IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 沖電気工業株式会社の特許一覧

特許7533277音波伝搬特性算出方法および音波伝搬特性算出装置
<>
  • 特許-音波伝搬特性算出方法および音波伝搬特性算出装置 図1
  • 特許-音波伝搬特性算出方法および音波伝搬特性算出装置 図2
  • 特許-音波伝搬特性算出方法および音波伝搬特性算出装置 図3
  • 特許-音波伝搬特性算出方法および音波伝搬特性算出装置 図4
  • 特許-音波伝搬特性算出方法および音波伝搬特性算出装置 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-05
(45)【発行日】2024-08-14
(54)【発明の名称】音波伝搬特性算出方法および音波伝搬特性算出装置
(51)【国際特許分類】
   G01S 7/526 20060101AFI20240806BHJP
【FI】
G01S7/526 Z
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021029340
(22)【出願日】2021-02-26
(65)【公開番号】P2022130771
(43)【公開日】2022-09-07
【審査請求日】2023-11-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000000295
【氏名又は名称】沖電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001461
【氏名又は名称】弁理士法人きさ特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】森下 到
【審査官】佐藤 宙子
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-031235(JP,A)
【文献】特開2003-161773(JP,A)
【文献】特開2005-083932(JP,A)
【文献】米国特許第10379218(US,B1)
【文献】米国特許出願公開第2014/0372049(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01S 1/72- 1/82
G01S 3/80- 3/86
G01S 5/18- 5/30
G01S 7/52- 7/64
G01S 15/00-15/96
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
近似式を用いて音圧を算出する音波伝搬特性算出方法であって、
予め決めた前記音圧の計算時間である許容時間で計算が可能な、近似の次数と、距離方向に前記音圧を逐次的に計算する際の距離間隔との複数の組み合わせに対して、それぞれ計算精度を評価し、
前記計算精度が最も高い前記次数および前記距離間隔の組み合わせを選択し、
選択された前記組み合わせにおける前記次数および前記距離間隔に基づき、前記近似式の係数である近似係数を算出し、
算出された前記近似係数に基づき、前記音圧を算出する
音波伝搬特性算出方法。
【請求項2】
前記近似式における真値と近似値との位相誤差に基づき、前記計算精度を評価する
請求項1に記載の音波伝搬特性算出方法。
【請求項3】
前記位相誤差が予め設定された閾値以下であるか否かに基づき、前記計算精度を評価する
請求項2に記載の音波伝搬特性算出方法。
【請求項4】
前記次数を1から順に1ずつ増加させながら、対応する前記距離間隔を算出する
請求項1~3のいずれか一項に記載の音波伝搬特性算出方法。
【請求項5】
前記複数の組み合わせにおいて、前記距離間隔は、前記次数に比例して増加する
請求項1~4のいずれか一項に記載の音波伝搬特性算出方法。
【請求項6】
近似式を用いて音圧を算出する音波伝搬特性算出装置であって、
近似の次数および予め決めた前記音圧の計算時間である許容時間を出力する制御装置と、
前記次数および前記許容時間に基づき、前記近似式の係数である近似係数と、距離方向に前記音圧を逐次的に計算する際の距離間隔とを出力するパラメータ算出装置と、
前記近似係数に基づき、前記音圧を算出する音圧算出装置と
を備え、
前記パラメータ算出装置は、
前記許容時間で計算が可能な、前記次数および前記距離間隔の複数の組み合わせに対して、それぞれ計算精度を評価し、
前記次数および前記距離間隔に基づき前記近似係数を算出し、
前記制御装置は、
前記計算精度が最も高い前記次数および前記距離間隔の組み合わせを選択し、
前記音圧算出装置は、
選択された前記組み合わせに対応する前記近似係数に基づき、前記音圧を算出する
音波伝搬特性算出装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、海洋中の音波伝搬特性を算出する音波伝搬特性算出方法および音波伝搬特性算出装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、海洋中の音波伝搬特性の模擬は、音を使った海洋環境特性の推定やターゲットから放射される音を使ったターゲット位置の推定等、様々な目的のために行われている(例えば、非特許文献1参照)。音波伝搬特性を模擬する方法の一つとして、例えば、非特許文献2に記載されているように、「放物型方程式(Parabolic Equation)法(以下、「PE法」と適宜称する)」が知られている(例えば、非特許文献2参照)。PE法は、距離および深度に対する音圧および波数が満足するヘルムホルツ方程式から得られる関係に基づいて、距離について音圧を逐次的に求めるものである。
【0003】
PE法のうち、近似を用いて音圧を求める方法として、「Split-step Pade法」が知られている(例えば、非特許文献3参照)。Split-step Pade法では、近似の度合いを設定することにより、算出される音圧の精度と、音圧を算出する際の計算量を調整することができる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】T. F. Duda 他, “Computational Acoustics in Oceanography: The Research Roles of Sound Field Simulations,” Acoustics Today, 15(3), 2019
【文献】F. B. Jensen 他, “6 Parabolic Equations,” in Computational Ocean Acoustics (Second Edition), 2011
【文献】石渡 他, “浅海域音場解析のための放物型音波伝搬モデルの開発,” 日本音響学会誌, 57(12), 2001
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
ところで、Split-step Pade法では、近似度合いの設定と、算出される音圧の精度との関係を定量的に把握することができない。そのため、精度よく音圧を算出することを目的として必要以上に計算量を増やしたり、計算量を減らすことによって模擬する音波伝搬特性の俯仰角方向に対する角度範囲が狭くなり、必要な角度範囲を達成できなかったりするという課題があった。すなわち、従来のSplit-step Pade法では、音圧計算の際の精度と計算量とのトレードオフを図ることが困難である。
【0006】
そこで、音圧計算に対して許容できる計算時間を満足しながら、俯仰角方向に対する最大の角度範囲で音波伝搬特性を精度よく算出することができる音波伝搬特性算出方法および音波伝搬特性算出装置が望まれている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明に係る音波伝搬特性算出方法は、近似式を用いて音圧を算出する音波伝搬特性算出方法であって、予め決めた前記音圧の計算時間である許容時間で計算が可能な、近似の次数と、距離方向に前記音圧を逐次的に計算する際の距離間隔との複数の組み合わせに対して、それぞれ計算精度を評価し、前記計算精度が最も高い前記次数および前記距離間隔の組み合わせを選択し、選択された前記組み合わせにおける前記次数および前記距離間隔に基づき、前記近似式の係数である近似係数を算出し、算出された前記近似係数に基づき、前記音圧を算出するものである。
【0008】
また、本発明に係る音波伝搬特性算出装置は、近似式を用いて音圧を算出する音波伝搬特性算出装置であって、近似の次数および予め決めた前記音圧の計算時間である許容時間を出力する制御装置と、前記次数および前記許容時間に基づき、前記近似式の係数である近似係数と、距離方向に音圧を逐次的に計算する際の距離間隔とを出力するパラメータ算出装置と、前記近似係数に基づき、音圧を算出する音圧算出装置とを備え、前記パラメータ算出装置は、前記許容時間で計算が可能な、前記次数および前記距離間隔の複数の組み合わせに対して、それぞれ計算精度を評価し、前記次数および前記距離間隔に基づき前記近似係数を算出し、前記制御装置は、前記計算精度が最も高い前記次数および前記距離間隔の組み合わせを選択し、前記音圧算出装置は、選択された前記組み合わせに対応する前記近似係数に基づき、前記音圧を算出するものである。
【発明の効果】
【0009】
以上のように、本発明によれば、計算精度が最も高い次数および距離間隔の組み合わせが選択され、選択された組み合わせにおける次数および距離間隔に基づき近似係数が算出される。そして、算出された近似係数に基づき音圧が算出される。そのため、音圧計算に対して許容できる許容時間を満足しながら、俯仰角方向に対する最大の角度範囲で音波伝搬特性を精度よく算出することができる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1】実施の形態1に係る音波伝搬特性算出装置の構成の一例を示すブロック図である。
図2図1のパラメータ算出装置の構成の一例を示すブロック図である。
図3図2のパラメータ算出装置の構成の一例を示すハードウェア構成図である。
図4図2のパラメータ算出装置の構成の他の例を示すハードウェア構成図である。
図5】実施の形態1に係る制御装置による処理の流れの一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施の形態について、図面を参照して説明する。本発明は、以下の実施の形態に限定されるものではなく、本発明の主旨を逸脱しない範囲で種々に変形することが可能である。また、本発明は、以下の各実施の形態に示す構成のうち、組合せ可能な構成のあらゆる組合せを含むものである。また、各図において、同一の符号を付したものは、同一のまたはこれに相当するものであり、これは明細書の全文において共通している。
【0012】
実施の形態1.
本実施の形態1に係る音波伝搬特性算出装置について説明する。本実施の形態1に係る音波伝搬特性算出装置は、PE法の特にSplit-step Pade法を用いて、俯仰角方向の角度範囲についての音波伝搬特性を算出するものである。
【0013】
[PE法およびSplit-step Pade法の概要]
まず、本実施の形態1に係る音波伝搬特性算出装置について説明する前に、音波伝搬特性を算出する際に用いられるPE法およびSplit-step Pade法について説明する。PE法は、音源からの距離rおよび深度zに対する音圧p(r,z)および波数k(r,z)が満足する、式(1)に示すヘルムホルツ方程式から得られる式(2)の関係に基づき、音圧pを距離rについて逐次的に求めるものである。
【0014】
【数1】
【0015】
【数2】
【0016】
式(2)において、関数ψ(r,z)は、式(3)の関係を満足するものである。式(3)において、「H (1)(kr)」は第1種の0次ハンケル関数を示す。「Δr」は距離方向に音圧を逐次的に計算する際の距離間隔を示す。「k」は基準波数を示す。また、「q」は、式(4)で表される微分作用素を示す。
【0017】
【数3】
【0018】
【数4】
【0019】
ここで、式(2)の右辺にある指数関数の項は、式(5)に示すように近似することができる。式(5)において、「aj,m」および「bj,m」(j=1,2,・・・,m)は近似関数の係数(以下、「近似係数」と称する)を示す。
【0020】
【数5】
【0021】
この近似係数aj,mおよびbj,mは、近似の次数mおよび距離間隔Δrに依存して決定される。このような近似を用いて音圧を算出する方法は、特に「Split-step Pade法」と称される。
【0022】
式(5)における「q」は、本来、微分作用素を示すが、近似精度を評価するために変数とみなすと、変数qの値が「0」である場合、式(5)の近似式における両辺の値は共に「1」となるため、両辺の値の間に誤差は生じない。一方、「q」が値「0」から離れるに従って、式(5)の両辺の値の差が大きくなるため、両辺の値の間の誤差が大きくなる。また、変数qは、伝搬する音波の俯仰角θとの間に、式(6)に示す関係がある(例えば、非特許文献2参照)。
【0023】
【数6】
【0024】
海洋中の音波は、水平方向に近い俯仰角から垂直方向に近い俯仰角の範囲に広がって伝搬するため、0°から±90°までの角度範囲θを有している。そのため、式(6)において、俯仰角θの取り得る範囲は「-90°≦θ≦90°」となり、これにより、変数qの取り得る範囲は、「-1≦q≦0」となる。したがって、俯仰角θが「0°」(q=0)に近いほど誤差が小さく、俯仰角θが「±90°」(q=-1)に近いほど誤差が大きくなる。
【0025】
ここで、広い角度範囲で音圧計算の誤差を小さくするためには、式(5)の近似式を用いることによって生じる両辺の値の間の誤差を、変数qの広い範囲で小さくする必要がある。そのためには、近似の次数mを大きく、あるいは、距離間隔Δrを小さくすればよい。
【0026】
しかしながら、音圧計算による音波伝搬特性の算出の際の計算量は、次数mに比例し、距離間隔Δrに反比例するため、いずれの場合も計算量は増加してしまう。次数mを必要以上に大きくする、あるいは、距離間隔Δrを必要以上に小さくすると、無駄に計算量が増加したり、次数mの不足または大きな距離間隔Δrの設定によって俯仰角θに対する必要な角度範囲が達成できなかったりしてしまう。
【0027】
また、音波伝搬特性の計算は、際限なく時間をかけてよいわけではなく、それに費やすことが可能な計算時間の上限が存在することが多い。そのため、音波伝搬特性の計算に対して許容できる計算時間(以下、「許容時間」と適宜称する)で、最大の角度範囲を得られるように、次数mおよび距離間隔Δrを適切に設定する必要がある。
【0028】
そこで、本実施の形態1に係る音波伝搬特性算出装置では、音波伝搬特性を算出する際の許容時間において最大の角度範囲を得るための次数mおよび距離間隔Δrを適切かつ自動的に設定し、音波伝搬特性を精度よく算出することができるようにする。
【0029】
[音波伝搬特性算出装置100の構成]
図1は、本実施の形態1に係る音波伝搬特性算出装置の構成の一例を示すブロック図である。図1に示すように、音波伝搬特性算出装置100は、パラメータ算出装置10、制御装置20および音圧算出装置30を含んで構成されている。パラメータ算出装置10、制御装置20および音圧算出装置30のそれぞれは、ソフトウェアを実行することにより各種機能を実現するマイクロコンピュータ等の演算装置、もしくは各種機能に対応する回路デバイス等のハードウェアで構成されている。
【0030】
パラメータ算出装置10は、制御装置20から次数m(m=1,2,・・・,M)および許容時間tmaxを受け取り、受け取った次数mおよび許容時間tmaxに基づき、近似係数aj,mおよびbj,m(j=1,2,・・・,m)、角度範囲θならびに距離間隔Δrをパラメータとして算出する。そして、パラメータ算出装置10は、算出した近似係数aj,mおよびbj,m、角度範囲θならびに距離間隔Δrを制御装置20に供給する。ここで、「M」は制御装置20から送られる次数mの最大値である。
【0031】
制御装置20は、パラメータ算出装置10に対して、パラメータ算出装置10が各種のパラメータを算出する際に必要な次数mおよび許容時間tmaxを送信する。また、制御装置20は、次数m毎にパラメータ算出装置10から近似係数aj,mおよびbj,m、角度範囲θならびに距離間隔Δrを受け取り、受け取った角度範囲θのうち最大のものに対応する近似係数aj,mおよびbj,mを音圧算出装置30に供給する。
【0032】
音圧算出装置30は、制御装置20から供給された近似係数aj,mおよびbj,mに基づき、音圧pを算出する。
【0033】
(パラメータ算出装置10)
図2は、図1のパラメータ算出装置の構成の一例を示すブロック図である。図2に示すように、パラメータ算出装置10は、距離間隔算出部11、近似パラメータ算出部12、真値算出部13、位相誤差算出部14および角度範囲算出部15を備えている。
【0034】
距離間隔算出部11は、制御装置20から供給される次数mおよび許容時間tmaxに基づき、距離間隔Δrを算出する。距離間隔算出部11は、算出した距離間隔Δrを近似パラメータ算出部12、真値算出部13および制御装置20に供給する。
【0035】
近似パラメータ算出部12は、制御装置20から供給される次数mと、距離間隔算出部11から供給される距離間隔Δrとに基づき、式(5)で表される近似係数aj,mおよびbj,mを算出する。また、近似パラメータ算出部12は、算出した近似係数aj,mおよびbj,mに基づき、式(5)の右辺に示される近似値f^を算出する。近似パラメータ算出部12は、算出した近似係数aj,mおよびbj,mを制御装置20に供給し、算出した近似値f^を位相誤差算出部14に供給する。
【0036】
真値算出部13は、距離間隔算出部11から供給される距離間隔Δrに基づき、式(5)の左辺に示される真値fを算出する。真値算出部13は、算出した真値fを位相誤差算出部14に供給する。
【0037】
位相誤差算出部14は、近似パラメータ算出部12から供給される近似値f^と、真値算出部13から供給される真値fとに基づき、位相誤差εを算出する。位相誤差算出部14は、算出した位相誤差εを角度範囲算出部15に供給する。
【0038】
角度範囲算出部15は、位相誤差算出部14から供給される位相誤差εに基づき、閾値εmaxに対してε≦εmaxとなる最小のqを算出する。また、角度範囲算出部15は、式(6)の関係によって角度範囲θを算出する。
【0039】
図3は、図2のパラメータ算出装置の構成の一例を示すハードウェア構成図である。パラメータ算出装置10の各種機能がハードウェアで実行される場合、図2のパラメータ算出装置10は、図3に示すように、処理回路41で構成される。図2のパラメータ算出装置10において、距離間隔算出部11、近似パラメータ算出部12、真値算出部13、位相誤差算出部14および角度範囲算出部15の各機能は、処理回路41により実現される。
【0040】
各機能がハードウェアで実行される場合、処理回路41は、例えば、単一回路、複合回路、プログラム化したプロセッサ、並列プログラム化したプロセッサ、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)、FPGA(Field-Programmable Gate Array)、またはこれらを組み合わせたものが該当する。パラメータ算出装置10は、距離間隔算出部11、近似パラメータ算出部12、真値算出部13、位相誤差算出部14および角度範囲算出部15の各部の機能それぞれを処理回路41で実現してもよいし、各部の機能を1つの処理回路41で実現してもよい。
【0041】
図4は、図2のパラメータ算出装置の構成の他の例を示すハードウェア構成図である。パラメータ算出装置10の各種機能がソフトウェアで実行される場合、図2のパラメータ算出装置10は、図4に示すように、プロセッサ42およびメモリ43で構成される。パラメータ算出装置10において、距離間隔算出部11、近似パラメータ算出部12、真値算出部13、位相誤差算出部14および角度範囲算出部15の各機能は、プロセッサ42およびメモリ43により実現される。
【0042】
各機能がソフトウェアで実行される場合、パラメータ算出装置10において、距離間隔算出部11、近似パラメータ算出部12、真値算出部13、位相誤差算出部14および角度範囲算出部15の機能は、ソフトウェア、ファームウェア、またはソフトウェアとファームウェアとの組み合わせにより実現される。ソフトウェアおよびファームウェアは、プログラムとして記述され、メモリ43に格納される。プロセッサ42は、メモリ43に記憶されたプログラムを読み出して実行することにより、各部の機能を実現する。
【0043】
メモリ43として、例えば、RAM(Random Access Memory)、ROM(Read Only Memory)、フラッシュメモリ、EPROM(Erasable and Programmable ROM)およびEEPROM(Electrically Erasable and Programmable ROM)等の不揮発性または揮発性の半導体メモリ等が用いられる。また、メモリ43として、例えば、磁気ディスク、フレキシブルディスク、光ディスク、CD(Compact Disc)、MD(Mini Disc)およびDVD(Digital Versatile Disc)等の着脱可能な記録媒体が用いられてもよい。
【0044】
このように、パラメータ算出装置10は、ハードウェア、ソフトウェア、ファームウェアまたはこれらの組み合わせによって、上述した各機能を実現することができる。なお、制御装置20および音圧算出装置30のそれぞれについても、パラメータ算出装置10と同様に、ハードウェア、ソフトウェア、ファームウェアまたはこれらの組み合わせによって、上述した各機能を実現することができる。
【0045】
[音波伝搬特性算出装置100の動作]
次に、本実施の形態1に係る音波伝搬特性算出装置100の動作について説明する。ここでは、パラメータ算出装置10による近似係数aj,mおよびbj,m、角度範囲θならびに距離間隔Δrの算出方法と、制御装置20による最大角度範囲θmax、ならびに近似係数aj,mおよびbj,mの決定方法と、音圧算出装置30による音圧pの算出方法とについて説明する。
【0046】
(近似係数aj,mおよびbj,m、角度範囲θならびに距離間隔Δrの算出)
まず、パラメータ算出装置10が制御装置20から次数mおよび許容時間tmaxを受け取ると、距離間隔算出部11は、次数mおよび許容時間tmaxに基づき距離間隔Δrを算出する。Split-step Pade法による音圧計算の際の計算時間tは、距離方向のグリッド数K(=rmax/Δr)、深度方向のグリッド数L(=zmax/Δz)および次数mに比例する。ここで、「rmax」は計算最大距離を示し、「zmax」は計算最大深度を示す。「Δz」は計算の深度間隔を示す。したがって、予め決められた基準条件での計算時間t(0)に対して、計算時間tは、式(7)に基づき算出される。
【0047】
【数7】
【0048】
式(7)において、「K(0)」は基準条件での距離方向のグリッド数を示し、「K(0)=r(0) max/Δr(0)」である。「L(0)」は基準条件での深度方向のグリッド数を示し、「L(0)=z(0) max/Δz(0)」である。「m(0)」は基準条件での次数を示す。また、「r(0) max」は基準条件での計算最大距離を示し、「r(0)」は基準条件での距離間隔を示す。「z(0) max」は基準条件での計算最大深度を示し、「z(0)」は基準条件での深度間隔を示す。
【0049】
さらに、基準条件での計算時間t(0)は、これらの基準条件に基づいて音圧算出装置30として用いられる計算機上で音圧pを算出した際の計算時間である。このことから、式(7)は、式(8)に示すように変形することができる。
【0050】
【数8】
【0051】
式(8)において、計算時間tを許容時間tmaxとした場合、式(8)は、式(9)に示すように、許容時間tmaxに対する距離間隔Δrを算出するための関係式に変形することができる。
【0052】
【数9】
【0053】
このようにして、距離間隔算出部11は、次数mおよび許容時間tmaxに基づき距離間隔Δrを算出する。式(9)においては、次数mが大きいほど、それに比例して距離間隔Δrも大きくなり、計算時間が一定に保たれる関係となっている。なお、上述した基準条件である各種の値「r(0) max」、「z(0) max」、「Δr(0)」、「Δz(0)」および「m(0)」は、基準条件での計算時間t(0)を得るための暫定的な条件である。この場合、異なる基準条件を使ったとしても、それによって計測した計算時間をt(0)とすれば、式(9)によって同じ距離間隔Δrを得ることができる。
【0054】
次に、近似パラメータ算出部12は、制御装置20から受け取った次数mと、距離間隔算出部11で算出された距離間隔Δrとに基づき、式(5)で表される近似係数aj,mおよびbj,m(j=1,2,・・・,m)を算出する。また、近似パラメータ算出部12は、算出した近似係数aj,mおよびbj,mを用いて、変数qに対して、式(5)の右辺による近似値f^(q)を、式(10)に基づき算出する。ここで、変数qは、「q=-1」、「q=q+Δq」、・・・、「q=q+NΔq」となる値である。「N」は、予め決めた自然数を示し、「Δq=1/N」である。
【0055】
【数10】
【0056】
また、真値算出部13は、距離間隔算出部11で算出された距離間隔Δrを用いて、変数qに対して、式(5)の左辺による真値f(q)を、式(11)に基づき算出する。
【0057】
【数11】
【0058】
次に、位相誤差算出部14は、近似パラメータ算出部12で算出された近似値f^(q)(n=0,1,・・・,N)と、真値算出部13で算出された-1≦q≦0に対する真値f(q)(n=0,1,・・・,N)とに基づき、式(12)を用いて位相誤差ε(q)を算出する。式(12)において、「φ[・]」は、複素数ζがその振幅Aと位相Pによってζ=AeiPと表されるときに、φ[ζ]=Pとなるような関数である。
【0059】
【数12】
【0060】
角度範囲算出部15は、位相誤差算出部14で算出された位相誤差ε(q)(n=0,1,・・・,N)と予め設定された閾値εmaxとを比較し、「ε(q)≦εmax」となるときの最小の変数qを算出する。そして、角度範囲算出部15は、算出した変数qに基づき、式(6)の関係によって角度範囲θを算出する。すなわち、角度範囲θは、式(6)の関係から得られる式(13)によって算出される。
【0061】
【数13】
【0062】
このようにして、パラメータ算出装置10は、最大の角度範囲θと、最大の角度範囲θで音圧pを適切に算出するための近似係数aj,mおよびbj,mとを制御装置20で決定するための近似係数aj,mおよびbj,m、角度範囲θならびに距離間隔Δrを算出する。なお、式(5)の近似式に含まれる「q」は、本来は微分作用素だが、式(5)の近似誤差を定量的に表すために、パラメータ算出装置10では、「q」を「-1≦q≦0」の範囲の値をとる変数として扱っている。
【0063】
(最大角度範囲θmaxおよび近似係数aj,mおよびbj,mの決定)
図5は、本実施の形態1に係る制御装置による処理の流れの一例を示すフローチャートである。まず、制御装置20は、ステップS1において、角度範囲θの最大値である最大角度範囲θmaxを初期化し、値を「0」とする。また、ステップS2において、制御装置20は、近似の次数mを初期化し、値を「0」とする。
【0064】
ステップS3において、制御装置20は、次数mの値を「1」から順に1ずつインクリメントする。そして、制御装置20は、設定した次数mと、予め設定された許容時間tmaxをパラメータ算出装置10に供給する。その後、供給された次数mおよび許容時間tmaxに基づき、パラメータ算出装置10によって各種のパラメータが算出されると、制御装置20は、パラメータ算出装置10から近似係数aj,mおよびbj,m、角度範囲θならびに距離間隔Δrを受け取る。
【0065】
次に、ステップS4において、制御装置20は、パラメータ算出装置10から受け取った距離間隔Δrと、予め設定された距離間隔Δrの最大値である最大距離間隔Δrmaxとを比較する。比較の結果、距離間隔Δrが最大距離間隔Δrmax以下である場合(ステップS4:Yes)には、処理がステップS5に移行する。
【0066】
一方、距離間隔Δrが最大距離間隔Δrmaxよりも大きい場合(ステップS4:No)、制御装置20は、保持している近似係数aj,mおよびbj,mを音圧算出装置30に供給する。そして、一連の処理が終了する。
【0067】
ステップS5において、制御装置20は、パラメータ算出装置10から受け取った角度範囲θと、予め設定された最大角度範囲θmaxとを比較する。比較の結果、角度範囲θが最大角度範囲θmaxよりも大きい場合(ステップS5:Yes)、制御装置20は、ステップS6において、現在の角度範囲θを最大角度範囲θmaxとして更新する。そして、ステップS7において、制御装置20は、パラメータ算出装置10から受け取った近似係数aj,mおよびbj,mを保持する。その後、処理がステップS3に戻る。
【0068】
一方、ステップS5において、角度範囲θが最大角度範囲θmax以下である場合(ステップS5:No)には、処理がステップS3に戻る。
【0069】
ここで、上述した式(9)で示されるように、パラメータ算出装置10から送られる距離間隔Δrは、次数mに比例して大きくなる。そのため、次数mが1ずつ大きくなっていけば、いずれ「Δr>Δrmax」となり、ステップS3~ステップS7の処理のループは、必ず有限の回数で終了する。つまり、1ずつ大きくなっていく次数mの最大値Mは、式(9)の左辺をΔrからΔrmaxに変えて、次数mについて解いた式によって得られる。ただし、次数mは整数でなければならないため、最大値Mは、式(14)に基づき決定される。式(14)において、floor[・]は小数点以下を切り捨てる関数である。
【0070】
【数14】
【0071】
図5のステップS3~ステップS7によるループ中の処理では、まず、次数mに1を加算し、次数mを1だけ大きくする(ステップS3)。そして、制御装置20は、次数mおよび許容時間tmaxをパラメータ算出装置10に供給する。
【0072】
次に、制御装置20は、パラメータ算出装置10から供給される近似係数aj,mおよびbj,m、角度範囲θおよび距離間隔Δrを受け取る。制御装置20は、距離間隔Δrと最大距離間隔Δrmaxとを比較し(ステップS4)、「Δr>Δrmax」であれば(ステップS4:No)、ループを抜ける。
【0073】
一方、「Δr≦Δrmax」であれば(ステップS4:Yes)、制御装置20は、パラメータ算出装置10から供給された角度範囲θと最大角度範囲θmaxとを比較する(ステップS5)。もし、「θ>θmax」であれば(ステップS5:Yes)、制御装置20は、最大角度範囲θmaxを「θmax=θ」とし、そのときの近似係数aj,mおよびbj,mを保持する。そして、処理がループの先頭(ステップS3)に戻る。また、「θ≦θmax」であれば(ステップS5:No)、そのままループの先頭に戻る。
【0074】
以上のようにして、距離間隔Δrが「Δr>Δrmax」となるまでステップS3~ステップS7のループが継続され、ループを抜けた時点で保持されている近似係数aj,mおよびbj,mが音圧算出装置30に供給される。
【0075】
(音圧pの算出)
音圧算出装置30は、上述したようにして制御装置20で決定された近似係数aj,mおよびbj,mを受け取ると、式(2)の指数項を式(5)で近似した式(15)と、式(3)の関係とに基づき、音圧p(r,z)を算出する。
【0076】
【数15】
【0077】
このように、音波伝搬特性算出装置100では、許容時間tmaxを満足する近似の次数mと、距離間隔Δrとの組み合わせのうち、最大の角度範囲θmaxを有する場合の組み合わせ、つまり精度の最もよくなる組み合わせが自動的に設定される。そして、設定された次数mと距離間隔Δrとに基づき算出された近似係数aj,mおよびbj,mを用いて音圧pが算出される。そのため、音圧計算に対する許容時間を満足しながら、俯仰角方向に対する最大の角度範囲で音波伝搬特性を精度よく算出することができる。
【0078】
なお、上述の例では、変数qの値を「-1≦q≦0」の範囲で等間隔となるように「q=q+nΔq」(n=0,1,2,・・・,N)と設定したが、これはこの例に限られない。例えば、角度範囲θの値を「0°≦θ≦90°」の範囲で「θ=0」、「θ=Δθ」、・・・、「θ=NΔθ=90°」と設定し、式(6)に基づき、変数qを「q=-sinθ」(n=0,1,2,・・・,N)として導出してもよい。この場合、「Δθ」は、「Δθ=90/N」から得られる値である。
【0079】
また、変数q(n=0,1,2,・・・,N)は、上述した方法以外の方法によって導出されてもよい。例えば、式(12)に基づき得られる位相誤差ε(q)は、「-1≦q≦0」で単調変化するため、単調変化する関数の根を見つける一般的な数値計算手法、例えば二分法を用いてもよい。この場合、式(16)の根を求めることにより、「ε(q)=εmax」となる変数qを得ることができる。そして、角度範囲θは、「θ=sin-1√-q」によって算出することができる。
【0080】
【数16】
【0081】
以上のように、本実施の形態1に係る音波伝搬特性算出装置100では、計算精度が最も高い次数mおよび距離間隔Δrの組み合わせが選択され、選択された組み合わせにおける次数mおよび距離間隔Δrに基づき近似係数aj,mおよびbj,mが算出される。そして、算出された近似係数aj,mおよびbj,mに基づき音圧pが算出される。そのため、音圧計算に対して許容できる許容時間tmaxを満足しながら、俯仰角方向に対する最大の角度範囲θmaxで音波伝搬特性を精度よく算出することができる。
【0082】
音波伝搬特性算出装置100では、近似式における真値f(q)と近似値f^(q)との位相誤差ε(q)に基づき、計算精度を評価する。このとき、位相誤差ε(q)が予め設定された閾値εmax以下であるか否かに基づき、計算精度を評価してもよい。真値f(q)と近似値f^(q)との位相誤差ε(q)が小さく、閾値εmax以下であれば、誤差が小さく精度が高いと判断することができる。
【符号の説明】
【0083】
10 パラメータ算出装置、11 距離間隔算出部、12 近似パラメータ算出部、13 真値算出部、14 位相誤差算出部、15 角度範囲算出部、20 制御装置、30 音圧算出装置、41 処理回路、42 プロセッサ、43 メモリ、100 音波伝搬特性算出装置。
図1
図2
図3
図4
図5