IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 株式会社明電舎の特許一覧

<>
  • 特許-絶縁劣化診断装置及び絶縁劣化診断方法 図1
  • 特許-絶縁劣化診断装置及び絶縁劣化診断方法 図2
  • 特許-絶縁劣化診断装置及び絶縁劣化診断方法 図3
  • 特許-絶縁劣化診断装置及び絶縁劣化診断方法 図4
  • 特許-絶縁劣化診断装置及び絶縁劣化診断方法 図5
  • 特許-絶縁劣化診断装置及び絶縁劣化診断方法 図6
  • 特許-絶縁劣化診断装置及び絶縁劣化診断方法 図7
  • 特許-絶縁劣化診断装置及び絶縁劣化診断方法 図8
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-05
(45)【発行日】2024-08-14
(54)【発明の名称】絶縁劣化診断装置及び絶縁劣化診断方法
(51)【国際特許分類】
   G01R 31/12 20200101AFI20240806BHJP
   G01R 31/34 20200101ALI20240806BHJP
【FI】
G01R31/12 A
G01R31/34 D
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2021050901
(22)【出願日】2021-03-25
(65)【公開番号】P2022148993
(43)【公開日】2022-10-06
【審査請求日】2023-08-30
(73)【特許権者】
【識別番号】000006105
【氏名又は名称】株式会社明電舎
(74)【代理人】
【識別番号】100086232
【弁理士】
【氏名又は名称】小林 博通
(74)【代理人】
【識別番号】100092613
【弁理士】
【氏名又は名称】富岡 潔
(74)【代理人】
【識別番号】100104938
【弁理士】
【氏名又は名称】鵜澤 英久
(74)【代理人】
【識別番号】100210240
【弁理士】
【氏名又は名称】太田 友幸
(72)【発明者】
【氏名】藤田 浩輔
【審査官】島田 保
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-038927(JP,A)
【文献】特開2018-151376(JP,A)
【文献】特表2014-517320(JP,A)
【文献】特開2018-072304(JP,A)
【文献】特開2000-206213(JP,A)
【文献】特開昭60-203866(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01R 31/12-31/20
G01R 31/34
G01R 31/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
診断対象機器の既知のスロット放電に対応する交流波形の位相信号と当該診断対象機器の計測信号に基づく放電パルス信号とを検出する放電パルス検出部と、
前記位相信号と前記放電パルス信号とに基づき放電電荷量-位相平面における部分放電の分布を示す電圧位相と部分放電電荷量の組み合わせデータ(以下、Φ-qデータ)の二次元ヒストグラムである電圧位相と部分放電電荷量と部分放電発生数の組み合わせデータ(以下、Φ-q-nデータ)を生成する劣化パターン生成部と、
前記Φ-q-nデータの位相180~360°の部分放電発生数から、位相0~180°の電荷量を180°シフトさせて電荷量の符号を反転させた部分放電発生数を減算することで前記診断対象機器のスロット放電の発生の有無を特定するスロット放電特定部と、
を備えたことを特徴とする絶縁劣化診断装置。
【請求項2】
診断対象機器の既知のスロット放電に対応する交流波形の位相信号と当該診断対象機器の計測信号に基づく放電パルス信号とを検出する放電パルス検出部と、
前記位相信号と前記放電パルス信号とに基づき放電電荷量-位相平面における部分放電の分布を示す電圧位相と部分放電電荷量の組み合わせデータ(以下、Φ-qデータ)を生成する劣化パターン生成部と、
前記Φ-qデータのうち位相0~180°のΦ-qデータ点を含む凸包を作成し、さらに、当該凸包の電荷量を180°シフトさて電荷量の符号を反転させた第2の凸包に含まれる位相180°~360°のΦ-qデータをマスクすることで前記診断対象機器のスロット放電の発生の有無を特定するスロット放電特定部と、
を備えたことを特徴とする絶縁劣化診断装置。
【請求項3】
診断対象機器の既知のスロット放電に対応する交流波形の位相信号と当該診断対象機器の計測信号に基づく放電パルス信号とを検出する放電パルス検出の過程と、
前記位相信号と前記放電パルス信号とに基づき放電電荷量-位相平面における部分放電の分布を示す電圧位相と部分放電電荷量の組み合わせデータ(以下、Φ-qデータ)の二次元ヒストグラムである電圧位相と部分放電電荷量と部分放電発生数の組み合わせデータ(以下、Φ-q-nデータ)を生成する劣化パターン生成の過程と、
前記Φ-q-nデータの位相180~360°の部分放電発生数から、位相0~180°の電荷量を180°シフトさせて電荷量の符号を反転させた部分放電発生数を減算することで前記診断対象機器のスロット放電の発生の有無を特定するスロット放電特定の過程と、
を有することを特徴とする絶縁劣化診断方法。
【請求項4】
診断対象機器の既知のスロット放電に対応する交流波形の位相信号と当該診断対象機器の計測信号に基づく放電パルス信号とを検出する放電パルス検出の過程と、
前記位相信号と前記放電パルス信号とに基づき放電電荷量-位相平面における部分放電の分布を示す電圧位相と部分放電電荷量の組み合わせデータ(以下、Φ-qデータ)を生成する劣化パターン生成の過程と、
前記Φ-qデータのうち位相0~180°のΦ-qデータ点を含む凸包を作成し、さらに、当該凸包の電荷量を180°シフトさて電荷量の符号を反転させた第2の凸包に含まれる位相180°~360°のΦ-qデータをマスクすることで前記診断対象機器のスロット放電の発生の有無を特定するスロット放電特定の過程と、
を有することを特徴とする絶縁劣化診断方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高圧回転機の絶縁劣化診断技術に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、産業用の高圧回転機等の電気機器の予防保全を図るニーズがあり、機器の劣化を検知する技術、劣化発生要因又は劣化発生箇所を特定する技術、故障時期を予測する技術などの予防保全技術が提案されている(例えば特許文献1)。
【0003】
例えば、特許文献1の診断法は、先ず、部分放電の電圧位相-部分放電電荷量-部分放電発生数のデータから各分布点(ビン)における勾配ベクトルが算出される。そして、各位相範囲にける勾配ベクトルの方向のヒストグラムを位相順に並べて得られた特徴ベクトルの類似度から劣化要因が特定される。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0004】
【文献】IEC TS 60034-27-2,2012年3月22日発行
【文献】吉田郁政、本城勇介、大竹雄,「EMアルゴリズムを用いた劣化曲線群の同定法」,土木学会論文集A1(構造・地震工学),Vol.69,No.2,174-185,2013
【文献】数式を使わずイメージで理解するEMアルゴリズム (slideshare.net)、https://www.slideshare.net/yag_ays/em-algorithm-animation 、2013年
【特許文献】
【0005】
【文献】WO2018/229897号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1の手法は、劣化要因が複数混在している場合、特徴ベクトルは乱れ、類似度からの要因特定が困難となる。また、特徴ベクトルが位相方向に狭く放電電荷量方向に広い分布がある場合以外は劣化要因を特定できない。
【0007】
その主な劣化要因は、図8に示すように、(1)スロット内部の劣化、(2)電線側の層間剥離があり、それぞれ特徴的な放電パターンを示す。特に、(1)のスロット内部の劣化に起因する放電(スロット放電)は、位相方向に狭く放電電荷量方向に広い分布がある。尚、同図に示された(3)の主絶縁層内のボイドは、部分放電の要因の一つであるが、製造時点で既に生成されていることが多く、高圧回転機においては、ある程度許容されているので、劣化要因からは除外される。
【0008】
本発明は、以上の事情に鑑み、高圧回転機の劣化要因に起因する部分放電パターンが混在する場合でも、スロット放電または層間剥離に起因する部分放電をリアルタイムに検出して劣化診断の信頼性の向上を図ることを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
そこで、本発明の一態様は、診断対象機器の既知のスロット放電に対応する交流波形の位相信号と当該診断対象機器の計測信号に基づく放電パルス信号とを検出する放電パルス検出部と、前記位相信号と前記放電パルス信号とに基づき放電電荷量-位相平面における部分放電の分布を示す電圧位相と部分放電電荷量の組み合わせデータ(以下、Φ-qデータ)の二次元ヒストグラムである電圧位相と部分放電電荷量と部分放電発生数の組み合わせデータ(以下、Φ-q-nデータ)を生成する劣化パターン生成部と、前記Φ-q-nデータの位相0~180°の電荷量を180°シフトさせて電荷量の符号を反転させ、位相180~360°のデータからカウントデータについて減算し、残留データ量から前記診断対象機器のスロット放電の発生の有無を特定するスロット放電特定部と、を備えた絶縁劣化診断装置である。
【0010】
本発明の一態様は、診断対象機器の既知のスロット放電に対応する交流波形の位相信号と当該診断対象機器の計測信号に基づく放電パルス信号とを検出する放電パルス検出部と、前記位相信号と前記放電パルス信号とに基づき放電電荷量-位相平面における部分放電の分布を示す電圧位相と部分放電電荷量の組み合わせデータ(以下、Φ-qデータ)を生成する劣化パターン生成部と、前記Φ-qデータのうち位相0~180°の凸包を作成し、電荷量の符号を反転させて位相を180°シフトさせた凸包内のΦ-qデータをマスクし、残留データ量から前記診断対象機器のスロット放電の発生の有無を特定するスロット放電特定部と、を備えた縁劣化診断装置である。
【0011】
本発明の一態様は、診断対象機器の既知のスロット放電に対応する交流波形の位相信号と当該診断対象機器の計測信号に基づく放電パルス信号とを検出する放電パルス検出部と、前記位相信号と前記放電パルス信号とに基づき放電電荷量-位相平面における部分放電の分布を示す電圧位相と部分放電電荷量の組み合わせデータ(以下、Φ-qデータ)またはこのΦ-qデータの二次元ヒストグラムである電圧位相と部分放電電荷量と部分放電発生数の組み合わせデータ(以下、Φ-q-nデータ)を生成する劣化パターン生成部と、前記Φ-qデータの回帰曲線の振幅に基づき部分放電の発生を判定する異常データ診断部と、前記部分放電と判定された前記Φ-qデータの回帰曲線から算出した回帰曲線の振幅に基づき層間剥離による部分放電と特定する層間剥離特定部と、を備えた絶縁劣化診断装置である。
【0012】
本発明の一態様は、診断対象機器の既知のスロット放電に対応する交流波形の位相信号と当該診断対象機器の計測信号に基づく放電パルス信号とを検出する放電パルス検出過程と、前記位相信号と前記放電パルス信号とに基づき放電電荷量-位相平面における部分放電の分布を示す電圧位相と部分放電電荷量の組み合わせデータ(以下、Φ-qデータ)の二次元ヒストグラムである電圧位相と部分放電電荷量と部分放電発生数データ(以下、Φ-q-nデータ)を生成する劣化パターン生成過程と、前記Φ-q-nデータの位相0~180°の電荷量を180°シフトさせて電荷量の符号を反転させた位相180~360°のデータからカウントデータについて減算することで前記診断対象機器のスロット放電の発生の有無を特定するスロット放電特定過程と、を有する絶縁劣化診断方法である。
【0013】
本発明の一態様は、診断対象機器の既知のスロット放電に対応する交流波形の位相信号と当該診断対象機器の計測信号に基づく放電パルス信号とを検出する放電パルス検出過程と、前記位相信号と前記放電パルス信号とに基づき放電電荷量-位相平面における部分放電の分布を示す電圧位相と部分放電電荷量の組み合わせデータ(以下、Φ-qデータ)を生成する劣化パターン生成過程と、前記Φ-qデータのうち位相0~180°の凸包を作成し、電荷量の符号を反転させて位相を180°シフトさせた凸包内のΦ-qデータをマスクすることで前記診断対象機器のスロット放電の発生の有無を特定するスロット放電特定過程と、を有する絶縁劣化診断方法である。
【0014】
本発明の一態様は、診断対象機器の既知のスロット放電に対応する交流波形の位相信号と当該診断対象機器の計測信号に基づく放電パルス信号とを検出する放電パルス検出の過程と、前記位相信号と前記放電パルス信号とに基づき放電電荷量-位相平面における部分放電の分布を示す電圧位相と部分放電電荷量の組み合わせデータ(以下、Φ-qデータ)またはこのΦ-qデータの二次元ヒストグラムである電圧位相と部分放電電荷量と部分放電発生数の組み合わせデータ(以下、Φ-q-nデータ)とを生成する劣化パターン生成の過程と、前記Φ-qデータまたは前記Φ-q-nデータの回帰曲線の振幅に基づき部分放電の発生を判定する異常データ診断の過程と、前記部分放電と判定された前記Φ-qデータまたは前記Φ-q-nデータの回帰曲線から算出した回帰曲線の振幅に基づき層間剥離による部分放電と特定する層間剥離特定の過程と、を有する絶縁劣化診断方法である。
【発明の効果】
【0015】
以上の本発明によれば、高圧回転機の劣化要因に起因する部分放電パターンが混在する場合でも、スロット放電または層間剥離に起因する部分放電をリアルタイムに検出できるので、劣化診断の信頼性の向上が図られる。
【図面の簡単な説明】
【0016】
図1】本発明の一態様である実施形態1の絶縁劣化診断装置のブロック構成図。
図2】部分放電の電圧位相-部分放電電荷量-部分放電発生数のデータを用いたスロット放電の特定処理の説明図(上覧は特定処理前、下欄は特定処理後)。「p軸の値」は「電圧位相のラジアン値」を、「q軸の値」は「放電電荷量」を、「nの値」は「部分放電発生数」を示す。
図3】部分放電の電圧位相-部分放電電荷量のデータを用いたスロット放電の特定処理の説明図(上覧は凸包を反転シフトさせた状態、下欄はマスク後の残留した当該データ)。「p軸の値」は「電圧位相のラジアン値」を、「q軸の値」は「放電電荷量」を示す。
図4】本発明の一態様である実施形態2の絶縁劣化診断装置のブロック構成図。
図5】実施形態2における回帰曲線に基づく異常データ診断の概要説明図。
図6】実施形態2における層間離診断の概要説明図。
図7】実施形態2におけるEMアルゴリズムの説明図。
図8】代表的な部分放電パターンの一例。
【発明を実施するための形態】
【0017】
以下に図面を参照しながら本発明の実施形態について説明する。
【0018】
[実施形態1]
図1に示された本発明の一態様である実施形態1の絶縁劣化診断装置1は、診断対象機器(例えば高圧回転機)の固定子コイルから発生する部分放電を検出し、固定子コイルの絶縁劣化を診断する。尚、絶縁劣化診断には、計測データを集計した部分放電の電圧位相と部分放電電荷量と部分放電発生数の組み合わせデータ(以下、Φ-q-nデータ)測定を用いる。
【0019】
絶縁劣化診断装置1は、診断信号入力部11、放電パルス検出部12、劣化パターン生成部13、スロット放電特定部14及びアラート出力部15を備える。
【0020】
診断信号入力部11は、前記診断対象機器に印加されている交流電圧の位相を示す位相信号と、診断対象の機器に取り付けたセンサの計測信号とを取得して劣化パターン生成部13に供する。
【0021】
放電パルス検出部12は、前記診断対象機器の既知のスロット放電に対応する交流波形の位相信号と当該診断対象機器の計測信号に基づく放電パルス信号とを検出して劣化パターン生成部13に供する。
【0022】
劣化パターン生成部13は、放電パルス検出部12からの前記位相信号と放電パルス検出部12からの前記放電パルス信号とに基づき放電電荷量-位相平面における部分放電の分布を示す電圧位相と部分放電電荷量の組み合わせデータ(以下、Φ-qデータ)の二次元ヒストグラムであるΦ-q-nデータを生成する。
【0023】
スロット放電特定部14は、前記Φ-q-nデータの位相180~360°の部分放電発生数から、位相0~180°の電荷量を180°シフトさせて電荷量の符号を反転させた部分放電発生数を減算することで前記診断対象機器のスロット放電の発生の有無を特定する。
【0024】
また、スロット放電特定部14は、前記Φ-qデータのうち位相0~180°のΦ-qデータ点を含む凸包を作成し、さらに、当該凸包の電荷量を180°シフトさて電荷量の符号を反転させた第2の凸包に含まれる位相180°~360°のΦ-qデータをマスクすることで前記診断対象機器のスロット放電の発生の有無を特定する
アラート出力部15は、前記特定されたスロット放電に基づくアラートを発信して固定子コイルのスロット内部の劣化を出力する。前記アラートは設備管理者に通報される。
【0025】
以下、図1を参照して絶縁劣化診断装置1による劣化診断の過程(S101~S105)について説明する。
【0026】
S101:診断信号入力部11は、前記診断対象機器に印加されている交流電圧の位相を示す位相信号と、診断対象の機器に取り付けたセンサの計測信号とを取得する。
【0027】
S102:放電パルス検出部12は、既知のスロット放電に対応する交流波形の位相信号と、診断対象機器の計測信号とを入力し、計測信号から放電パルス信号を検出し、この位相信号及び放電パルス信号を劣化パターン生成部13に出力する。
【0028】
S103:劣化パターン生成部13は、S102(放電パルス検出部12)で検出された交流波形の位相信号及び放電パルス信号に基づき部分放電の放電電荷量-位相平面における分布を示すΦ-qデータとその二次元ヒストグラムであるΦ-q-nデータを生成する。Φ-q-nデータは、放電パルス信号から放電電荷量と位相の組合せデータに変換し、放電電荷量と位相とを指定された幅に区切った区間を用意し、区間内のデータ点数をカウントすることで作成できる。
【0029】
S104:スロット放電特定部14は、Φ-qデータまたはΦ-q-nデータに基づきスロット放電の発生の有無を特定する。
【0030】
S105:アラート出力部15は、S104(スロット放電特定部14)で前記スロット放電の発生が特定された場合、アラートを発信して設備管理者に通報する。
【0031】
以下に、スロット放電特定部14の実施例について説明する。
【0032】
(実施例1)
代表的な劣化要因である、図8の(1)スロット内部の劣化による放電パターン、(2)電線側の層間剥離の放電パターンは、それぞれ以下の特徴(1)、特徴(2)を有する。
【0033】
特徴(1):180°~210°付近の正極側にスパイク状(位相範囲が狭く、電荷量範囲が広い)の波形となっている。
【0034】
特徴(2):0°~60°付近の負極側に曲線状の波形及び180~240°付近の正極側に曲線状の波形となっている。尚、層間剥離による放電は両極で略同量である(非特許文献1)。
【0035】
そこで、図のように、Φ-q-nデータにおいて、位相180~360°の部分放電発生数n2から、位相0~180°の電荷量を180°シフトさせて電荷量の符号を反転させた部分放電発生数n1を減算することで、(2)層間剥離による部分放電発生数を相殺できる。以下にΦ-q-nデータの処理方法を示す。
【0036】
<Φ-q-nデータ>
Φ-q-nデータdataを3つの列ベクトルの組合せをdata=(Φ,q,n)と示す。
【0037】
位相の区間数をi、放電電荷量の区間数をjとすると、列ベクトルのサイズはi×jで、Φとqの要素はそれぞれ区間の代表値、nの要素は区間における部分放電発生数とする。
【0038】
位相で半分に分けたデータをそれぞれ以下のように示す。
【0039】
data_half1=(Φ1,q1,n1) 但し、0≦Φ1<180deg
data_half2=(Φ2,q2,n2) 但し、180≦Φ2<360deg
<データ処理方法>
Data=(Φ,q,-n1+n2) 但し、Φ:Φ1+180=Φ2,q:-q1=q2の要素に対して演算する。
【0040】
スロット放電は両極性がなく片側の極でのみ生ずるため、スロット放電が混在していれば上記処理により部分放電発生数が取り出せる。部分放電発生数が予め定めた閾値を超えていればスロット放電が発生したものとし、閾値以下であれば発生していないものとする。前記閾値は、スロット放電を有する場合の部分放電発生数の実績データに基づき設定すればよい。
【0041】
(実施例2)
図3のように、Φ-qデータのうち位相0~180°のΦ-qデータ点を含む凸包を作成し、さらに、当該凸包の電荷量を180°シフトさて電荷量の符号を反転させた第2の凸包に含まれる位相180°~360°のΦ-qデータをマスクすることで、層間剥離による放電のΦ-qデータが削除されスロット放電によるデータが残る。残留したデータ数があらかじめ定めた閾値を超えていればスロット放電が発生したものとし、閾値以下であれば発生していないものとする。凸包の作成法としては、周知の高速アルゴリズムQuickhullが挙げられる。前記閾値の設定は、実施例1と同様に行えばよい。
【0042】
以上のように、本実施形態の絶縁劣化診断装置1によれば、代表的な劣化要因に起因する部分放電パターンが混在していた場合でも、リアルタイムにスロット放電を検出でき、信頼性の高い高圧回転機用オンライン絶縁劣化診断装置が実現可能となる。
【0043】
[実施形態2]
図4に示された本発明の一態様である実施形態2の絶縁劣化診断装置2は、診断信号入力部21、放電パルス検出部22、劣化パターン生成部23、異常データ診断部24、層間剥離特定部25及びアラート出力部26を備える。
【0044】
診断信号入力部21は、実施形態1と同様に、前記診断対象機器に印加されている交流電圧の位相を示す位相信号と、診断対象の機器に取り付けたセンサの計測信号とを取得して劣化パターン生成部13に供する。尚、前記計測信号は、図8に示す代表的な劣化要因に起因する部分放電パターンが混入しているとは限らない。
【0045】
放電パルス検出部22は、実施形態1と同様に、診断信号入力部21からの診断対象機器の既知のスロット放電に対応する交流波形の位相信号と当該診断対象機器の計測信号に基づく放電パルス信号とを検出する。
【0046】
劣化パターン生成部23は、実施形態1と同様に、診断信号入力部21からの複数の時刻の位相信号と複数の時刻の計測信号と、放電パルス検出部22からの放電パルス信号に基づき、当該位相信号と当該放電パルス信号とに基づき放電電荷量-位相平面における部分放電の分布を示すΦ-qデータまたはその二次元ヒストグラムであるΦ-q-nデータとを生成する。
【0047】
異常データ診断部24は、前記Φ-qデータまたは前記Φ-q-nデータの回帰曲線の振幅に基づき部分放電の発生を判定する。例えば、劣化パターン生成部23から前記Φ-qデータまたは前記Φ-q-nデータに基づく回帰曲線の振幅が一定の数値を下回る場合、部分放電が発生していないものと判定し、診断を終了する。一方、回帰曲線の振幅が一定の数値を上回る場合、部分放電が発生しているものと判定する。
【0048】
層間剥離特定部25は、前記部分放電と判定された前記Φ-qデータまたは前記Φ-q-nデータの回帰曲線を求め、回帰曲線の振幅に基づき層間剥離による部分放電を特定する。異常データ診断部24および層間剥離特定部25で用いる回帰曲線は、適切に近似できていれば、多項式でも正弦波でもその他でもよい。
【0049】
層間剥離特定部25は、混合回帰曲線算出部251及び層間剥離診断部252を備える。混合回帰曲線算出部251は、異常データ診断部により出力された劣化パターンから複数の回帰曲線を算出する。層間剥離診断部252は、混合回帰曲線算出部251で得られた所定区間の各観測方程式の振幅から上位n個を選出し、この上位順にそれぞれ比較し、n個のうち1つでも一致しなかった場合、層間剥離による部分放電ではないと判定し、診断を終了する。そして、n個の全てが一致した場合、層間剥離による部分放電が発生しているものと判定する。
【0050】
アラート出力部26は、層間剥離特定部25にて層間剥離による部分放電が発生していると判定された場合、層間剥離が進行しているものとみなして、アラートを発信して設備管理者に通報する。
【0051】
以下、図4を参照して絶縁劣化診断装置2による劣化診断の過程(S201~S206)について説明する。
【0052】
S201:診断信号入力部21は、診断対象の機器に印加されている交流電圧の位相を示す複数の時刻の位相信号と、診断対象の機器の劣化状態を計測しているセンサの複数の時刻の計測信号を受けると、複数の時刻の位相信号と複数の時刻の計測信号とを出力する。
【0053】
S202:放電パルス検出部22は、既知のスロット放電に対応する交流波形の位相信号と、診断対象機器の計測信号とを入力し、計測信号から放電パルス信号を検出し、この位相信号及び放電パルス信号を劣化パターン生成部23に出力する。
【0054】
S203:劣化パターン生成部23は、S201(診断信号入力部21)で取集された複数の時刻の位相信号と複数の時刻の計測信号と、S202(放電パルス検出部22)で得られた放電パルス信号に基づき、実施形態1のS103と同様に、劣化パターン(Φ-q-n)若しくは劣化パターン(Φ-q)を生成する。尚、この処理で生成される劣化パターンは、ノイズ成分が除去される。
【0055】
S204:異常データ診断部24は、S203(劣化パターン生成部23)で得られた劣化パターンに基づき図5に例示した回帰曲線を算出する。次いで、この回帰曲線の振幅が一定の数値を下回る場合、部分放電が発生していないものと判定し、診断を終了する。そして、前記回帰曲線の振幅が一定の数値を上回る場合、部分放電が発生しているものと判定し、劣化パターン生成部23で生成した劣化パターンを層間剥離特定部25に出力する。
【0056】
S205:層間剥離特定部25の混合回帰曲線算出部251は、S204(異常データ診断部24)で得られた劣化パターンの複数の回帰曲線を算出する。ここで、算出する観測方程式の数はm個で固定とする。回帰曲線は、例えば図6に示したように、Φ:0°~180°,Φ:180°~360°で分けて算出するものとする。
【0057】
混合回帰曲線の算出方法は、線形の混合回帰モデルに基づく。これは、目的変数と説明変数の線形構造の背後に潜在クラスを仮定したモデルで、潜在クラスごとに異なる線形モデルに従うとしたものである。混合回帰モデルは、例えば非特許文献2に記載されており、多変量で線形の混合回帰モデルは式(1)の通りに表現され、その確率密度関数は式(2)の通りとなり、対数尤度関数は式(3)の通りとなる。潜在クラスが存在する場合、最尤推定を解析的に行うことは難しいため、収束計算を用いるEM(Expectation-Maximization)アルゴリズムを用いて計算する方法が知られている。本実施例においてもEMアルゴリズムを用いて、Φ-qデータから複数の回帰曲線のパラメータを推定する。
【0058】
【数1】
【0059】
【数2】
【0060】
【数3】
【0061】
EMアルゴリズムは、仮定したパラメータに対する対数尤度関数の期待値を算出するEステップと、前記期待値の関数が最大となるパラメータを決定するMステップと、を反復実行し、最尤推定値を算出する(非特許文献2,3)。以下、図7(非特許文献3)を参照してEMアルゴリズムの具体的な手順(S1~S4)について説明する。
【0062】
S1:パラメータθの初期値を設定する(図7(a))。
【0063】
S2:現在のパラメータ値での下界(同図(a)の点線で示した曲線)を計算する(Eステップ)。
【0064】
S3:前記下界が最大化するパラメータθ´を新たに決定する(Mステップ)。つまり、前記下界(前記曲線)が極大となるところにパラメータθ´をずらす(同図(b))。
【0065】
S4:対数尤度関数が最大となるまで(パラメータや対数尤度値が収束するまで)、Eステップ(S2)とMステップ(S2)を繰り返す(同図(c))。
【0066】
以上のように前記対数尤度関数が最大となるパラメータが決定される。
【0067】
次いで、層間剥離特定部25の層間剥離診断部252は、混合回帰曲線算出部251にて算出された各観測方程式の振幅を算出する。そして、同図のように、Φ:0°~180°,Φ:180°~360°それぞれの所定区間の各観測方程式の振幅から上位n個を選出し、上位順にそれぞれ比較する。n個のうち1つでも一致しなかった場合、層間剥離による部分放電ではないと判定し、診断を終了する。n個の全てが一致した場合、層間剥離による部分放電が発生しているものと判定する。
【0068】
S206:アラート出力部26は、S205(層間剥離特定部25)で層間剥離による部分放電が発生していると判定された場合、層間剥離が進行しているものとみなして、アラートを発信して設備管理者に通報する。
【0069】
以上の本実施形態の絶縁劣化診断装置2によれば、リアルタイムに層間剥離に起因する部分放電を検出することができ、また、信頼性の高い高圧回転機のオンライン絶縁劣化診断が実現する。
【符号の説明】
【0070】
1…絶縁劣化診断装置、11…診断信号入力部、12…放電パルス検出部、13…劣化パターン生成部、14…スロット放電特定部、15…アラート出力部
2…絶縁劣化診断装置、21…診断信号入力部、22…放電パルス検出部、23…劣化パターン生成部、24…異常データ診断部、25…層間剥離特定部(251…混合回帰曲線算出部、252…層間剥離診断部)、26…アラート出力部
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8