IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ トヨタ自動車株式会社の特許一覧

特許7533320抵抗スポット溶接方法および抵抗スポット溶接装置
<>
  • 特許-抵抗スポット溶接方法および抵抗スポット溶接装置 図1
  • 特許-抵抗スポット溶接方法および抵抗スポット溶接装置 図2
  • 特許-抵抗スポット溶接方法および抵抗スポット溶接装置 図3
  • 特許-抵抗スポット溶接方法および抵抗スポット溶接装置 図4
  • 特許-抵抗スポット溶接方法および抵抗スポット溶接装置 図5
  • 特許-抵抗スポット溶接方法および抵抗スポット溶接装置 図6
  • 特許-抵抗スポット溶接方法および抵抗スポット溶接装置 図7
  • 特許-抵抗スポット溶接方法および抵抗スポット溶接装置 図8
  • 特許-抵抗スポット溶接方法および抵抗スポット溶接装置 図9
  • 特許-抵抗スポット溶接方法および抵抗スポット溶接装置 図10
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-05
(45)【発行日】2024-08-14
(54)【発明の名称】抵抗スポット溶接方法および抵抗スポット溶接装置
(51)【国際特許分類】
   B23K 11/34 20060101AFI20240806BHJP
   B23K 11/11 20060101ALI20240806BHJP
【FI】
B23K11/34
B23K11/11 540
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2021060399
(22)【出願日】2021-03-31
(65)【公開番号】P2022156613
(43)【公開日】2022-10-14
【審査請求日】2023-09-12
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000028
【氏名又は名称】弁理士法人明成国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中田 光紀
(72)【発明者】
【氏名】泉野 亨輔
【審査官】柏原 郁昭
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-049541(JP,A)
【文献】特開2019-155389(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2020-0075336(KR,A)
【文献】中国特許出願公開第111195767(CN,A)
【文献】特開2004-358516(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 11/34
B23K 11/11
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
複数の金属部材を互いに重ね合わせた被溶接材を一対の電極により挟んで通電することにより、前記被溶接材を接合する抵抗スポット溶接方法であって、
前記被溶接材において前記電極と対向する表面には油が付与されており、
前記一対の電極間に通電を行うことにより、前記表面の前記油の少なくとも一部を除去する油除去工程と、
前記油除去工程の後に実行される工程であって、前記一対の電極間に通電を行うことにより、前記被溶接材の重なり部分にナゲットを形成するナゲット形成工程と、
を備える抵抗スポット溶接方法。
【請求項2】
前記油除去工程の最大電流値をI1とし、前記ナゲット形成工程の最大電流値をI2としたとき、I1<I2の関係を満たす請求項1に記載の抵抗スポット溶接方法。
【請求項3】
前記油除去工程の通電時間をT1とし、前記ナゲット形成工程の通電時間をT2としたとき、T1>T2の関係を満たす請求項1または請求項2に記載の抵抗スポット溶接方法。
【請求項4】
前記油除去工程では、前記油除去工程の電流値を経時的に上昇させながら通電を行う請求項1~請求項3のうちいずれか一項に記載の抵抗スポット溶接方法。
【請求項5】
前記油除去工程の前に実行される工程であって、経時的に一定の電流値にて前記一対の電極間に通電を行うことにより、電気抵抗値を取得し、取得された前記電気抵抗値が予め定められた閾値以上であるか否かを判断する油検知工程をさらに有し、
前記油検知工程において前記電気抵抗値が予め定められた閾値以上であると判断されたときに前記油除去工程を行い、前記電気抵抗値が予め定められた閾値未満であると判断されたときに前記油除去工程を行わない請求項1~請求項4のうちいずれか一項に記載の抵抗スポット溶接方法。
【請求項6】
前記油除去工程の最大電流値をI1とし、前記ナゲット形成工程の最大電流値をI2とし、前記油検知工程の前記電流値をI3としたとき、I1<I3<I2の関係を満たす請求項5に記載の抵抗スポット溶接方法。
【請求項7】
前記複数の金属部材は、アルミニウムまたはアルミニウム合金である請求項1~請求項6のうちいずれか一項に記載の抵抗スポット溶接方法。
【請求項8】
前記油除去工程において、通電時間は50ms以上100ms以下であり、最大電流値は5kA以上9kA以下である請求項7に記載の抵抗スポット溶接方法。
【請求項9】
抵抗スポット溶接装置であって、
複数の金属部材を互いに重ね合わせた被溶接材を挟む一対の電極と、
前記一対の電極への通電を制御する制御装置と、
を備え、
前記制御装置は、
前記被溶接材の前記電極と対向する表面に付与された油の少なくとも一部を除去するための電流値で前記一対の電極に通電した後、前記被溶接材の重なり部分にナゲットを形成するための電流値で前記一対の電極に通電するように制御する抵抗スポット溶接装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、抵抗スポット溶接方法および抵抗スポット溶接装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、例えば特許文献1に記載されるように、車両に用いられる金属板のプレス加工において、プレス加工性の改善を目的として、金属板の表面にプレス油を塗布することが知られている。そして、所定の形状にプレス加工された金属板は、その後、例えば抵抗スポット溶接により接合される。抵抗スポット溶接では、2枚以上の金属板を重ね合わせ、一対の電極によって挟み、加圧しながら通電することにより接合する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開平10-113724号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、表面に油が塗布された状態の金属板に対してスポット溶接を行う場合、溶接時に油による過剰な抵抗発熱が発生し、通電方向へのナゲットの成長が過剰に促進される場合がある。そうすると、電極の表面温度が上昇し、電極と金属板とが溶着してしまう虞があった。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本開示は、以下の形態として実現することが可能である。
【0006】
(1)本開示の一形態によれば、抵抗スポット溶接方法が提供される。この抵抗スポット溶接方法は、複数の金属部材を互いに重ね合わせた被溶接材を一対の電極により挟んで通電することにより、前記被溶接材を接合する抵抗スポット溶接方法であって、前記被溶接材において前記電極と対向する表面には油が付与されており、前記一対の電極間に通電を行うことにより、前記表面の前記油の少なくとも一部を除去する油除去工程と、前記油除去工程の後に実行される工程であって、前記一対の電極間に通電を行うことにより、前記被溶接材の重なり部分にナゲットを形成するナゲット形成工程と、を備える。
この形態によれば、油除去工程において、被溶接材の表面の油を除去できる。このため、その後のナゲット形成工程において、被溶接材に予め付着した油に起因する過剰な抵抗発熱を低減でき、電極と金属部材との溶着を抑制できる。
また、油除去工程とナゲット形成工程とを同じ構成を用いて実現できるので、油を除去するためにヒータ等を用いて加熱して実現する形態や溶液を用いて実現する形態に比べてコストを低減できる。
(2)上記形態において、前記油除去工程の最大電流値をI1とし、前記ナゲット形成工程の最大電流値をI2としたとき、I1<I2の関係を満たしてもよい。この形態によれば、油除去工程において、ナゲット形成工程の最大電流値よりも小さい最大電流値で(I1<I2)通電するため、金属部材同士の溶融を抑えつつ、電極と金属部材との溶着を抑制できる。
(3)上記形態において、前記油除去工程の通電時間をT1とし、前記ナゲット形成工程の通電時間をT2としたとき、T1>T2の関係を満たしてもよい。この形態によれば、油除去工程では、ナゲット形成工程の通電時間よりも長い時間通電される。このため、ナゲット形成工程の通電時間以下の時間で通電する形態と比較して、被溶接材の表面において電極が接触する部位からより広い範囲に伝熱させることができる。また、I1<I2かつT1>T2の関係が満たされるので、金属部材同士の溶融を抑えつつ、より確実に油を除去することができる。
(4)上記形態において、前記油除去工程では、前記油除去工程の前記電流値を経時的に上昇させながら通電を行うようにしてもよい。この形態によれば、油除去工程において、電流値を経時的に上昇させるため、一定の電流値で同じ時間通電する形態と比較して、電流積算量が低減された状態で油の除去を行うことができる。
(5)上記形態において、前記油除去工程の前に実行される工程であって、経時的に一定の電流値にて前記一対の電極間に通電を行うことにより、電気抵抗値を取得し、取得された前記電気抵抗値が予め定められた閾値以上であるか否かを判断する油検知工程をさらに有し、前記油検知工程において前記電気抵抗値が予め定められた閾値以上であると判断されたときに前記油除去工程を行い、前記電気抵抗値が予め定められた閾値未満であると判断されたときに前記油除去工程を行わないようにしてもよい。
この形態によれば、油検知工程において電気抵抗値が取得され、取得された電気抵抗値が予め定められた閾値以上であるときに油除去工程が行われるので、電気抵抗値が高く、溶接時に過剰な抵抗発熱を引き起こす程度の油が付着している可能性が高い状況において、油除去を行うことができる。加えて、電気抵抗値が低く、溶接時に過剰な抵抗発熱を引き起こすほどの油が付着していない可能性が高い状況において、油除去工程が行われないので、無駄な通電が行われることを抑制できる。
(6)上記形態において、前記油除去工程の最大電流値をI1とし、前記ナゲット形成工程の最大電流値をI2とし、前記油検知工程の電流値をI3としたとき、I1<I3<I2の関係を満たすようにしてもよい。この形態によれば、油検知工程の電流値は、油除去工程の最大電流値より大きく、ナゲット形成工程の最大電流値より小さいので、過剰に大きな電流または過剰に小さな電流を用いることなく電気抵抗値を取得でき、ナゲットを形成させることなく電気抵抗値を精度良く取得できる。
(7)上記形態において、前記複数の金属部材は、アルミニウムまたはアルミニウム合金であってもよい。アルミニウムまたはアルミニウム合金同士の溶接では、アルミニウムが低融点で軟質であることから、電極と金属部材との溶着現象が起こりやすい。上記形態によれば、溶着の起こりやすいアルミニウムを含む金属部材同士の接合において、電極と金属部材との溶着を好適に抑制できる。
(8)上記形態において、前記油除去工程において、通電時間は50ms以上100ms以下であり、最大電流値は5kA以上9kA以下であってもよい。上記形態によれば、電極と金属部材との溶着を抑制しつつ、好適な大きさのナゲットを形成することができる。
(9)本開示は、様々な形態で実現することも可能である。例えば、抵抗スポット溶接装置、抵抗スポット溶接における通電制御方法、これらの装置や方法を実現するためのコンピュータプログラム、かかるコンピュータプログラムを記録した一時的でない記録媒体等の形態で実現できる。
【図面の簡単な説明】
【0007】
図1】本開示の第1実施形態としての抵抗スポット溶接装置を示す概略構成図である。
図2】抵抗スポット溶接装置の部分的な機能ブロック図である。
図3】本開示の第1実施形態としての抵抗スポット溶接方法のフローチャートである。
図4】溶接時の電流値および抵抗値の変化の一例を示す図である。
図5】油検知工程における制御フローを示す図である。
図6】接合された被溶接材の断面の様子について説明する図である。
図7】電流値と通電時間を適宜変化させたときの接合試験結果を示す図である。
図8】第2実施形態における溶接時の電流値および抵抗値の変化の一例を示す図である。
図9】比較形態における、溶接時の電流値および抵抗値の変化の一例を示す図である。
図10】比較形態における、接合された被溶接材の断面の様子について説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0008】
A.第1実施形態:
A1.抵抗スポット溶接装置の全体構成:
本開示の第1実施形態における抵抗スポット溶接方法および抵抗スポット溶接装置10について、図1図8を参照して説明する。図1は、本開示の第1実施形態としての抵抗スポット溶接装置10を示す概略構成図である。第1実施形態の抵抗スポット溶接方法および抵抗スポット溶接装置10では、複数(本実施形態では2つ)の金属部材W1,W2を抵抗スポット溶接により接合する。本実施形態では、複数の金属部材W1,W2として、アルミニウム合金からなる板材W1,W2(以下、単に「アルミニウム合金板」、「金属板」ともいう)同士を接合する。
【0009】
アルミニウム合金板W1,W2の表面には、例えば抵抗スポット溶接の前工程のプレス加工時に、プレス加工性の改善を目的として付与されたプレス油や防錆油が残存している。よって、2枚のアルミニウム合金板W1,W2が重ね合わされて構成される被溶接材Wの表裏面には、それぞれ油膜Fが形成されている。なお、以下の説明において、図1における下側を「下」とし、上側を「上」とする。
【0010】
まず、抵抗スポット溶接装置10の全体構成について説明する。図1に示すように、抵抗スポット溶接装置10は、スポット溶接ガンGと、ロボットアームRAと、制御装置100とを備えている。スポット溶接ガンGは、ガン本体1と、一対の電極である上部電極2(-電極)および下部電極3(+電極)と、電極昇降装置4と、電流調整装置5とを備えている。
【0011】
ガン本体1は、ロボットアームRAに保持されている。上部電極2は、ガン本体1の上部1aに電極昇降装置4を介して装着されている。下部電極3は、ガン本体1の下部1bに装着されている。上部電極2の先端と下部電極3の先端とは互いに対向する位置に配置されている。被溶接材Wを溶接する場合には、上部電極2と下部電極3によって被溶接材Wが挟まれて加圧され、上部電極2と下部電極3との間に電流が流される。これにより、抵抗発熱によって被溶接材Wが溶融して、その後に凝固することで、複数のアルミニウム合金板W1,W2が接合される。
【0012】
電極昇降装置4は、上部電極2を保持して昇降させる電動式の装置である。電極昇降装置4は、ガン本体1の上部1aの先端に装着されている。電極昇降装置4は、サーボモータ41と、サーボモータ41の駆動軸とギアを介して結合している昇降部材42とを備える。電極昇降装置4は、制御装置100からの指令信号に従ってサーボモータ41を作動させることで、昇降部材42を昇降させる。昇降部材42が降ろされた状態において、上部電極2と下部電極3との間で被溶接材Wが挟持される。
【0013】
電流調整装置5は、制御装置100から送信される電流指令信号に応じて上部電極2と下部電極3との間に流す溶接電流の値(以下、「溶接電流値I」または単に「電流値I」ともいう)を調整する。電流調整装置5としては、例えば、可変抵抗器を備えた装置やコンバーターを備えた装置などの周知の装置が適用される。
【0014】
次に、抵抗スポット溶接装置10の制御装置100について説明する。制御装置100は、抵抗スポット溶接装置10の動作、具体的には、電流値、通電時間、電極の加圧力、通電タイミング、および加圧タイミング等を統合的に制御する。図2は、抵抗スポット溶接装置10の部分的な機能ブロック図である。図2では、抵抗スポット溶接装置10のうち、制御装置100を中心とした一部の機能ブロック図のみを図示している。図2に示すように、制御装置100は、電極位置調整部101と、電流調整部102と、抵抗値算出部103と、判定部104と、を備えている。
【0015】
制御装置100は、図示しないCPU、ROM、RAM、および入出力インターフェース等を備えて構成され、各種制御プログラムを記憶する。制御装置100は、予め記憶されている制御プログラムを実行することで、電極位置調整部101と、電流調整部102と、抵抗値算出部103と、判定部104として機能する。
【0016】
電極位置調整部101は、溶接時に、所定の電極位置の条件に従った電極位置指令信号を電極昇降装置4に送信する。また、電流調整部102は、溶接電流値の条件に従った電流指令信号を電流調整装置5に送信する。この、電流調整部102による具体的な溶接電流値の制御については、溶接方法と併せて後述する。
【0017】
抵抗スポット溶接装置10は、さらに、電圧測定部201および電流測定部202を備えている。電圧測定部201は、各電極間の電圧(電位差)を検出する。また、電流測定部202は、各電極間を流れる実際の溶接電流値を検出する。電圧測定部201および電流測定部202は、制御装置100に電気的に接続されている。
【0018】
抵抗値算出部103は、通電時において測定された溶接電圧値と溶接電流値を用いて電気抵抗の値を算出する。具体的には、抵抗値算出部103は、溶接電圧値を溶接電流値で除算することで電気抵抗の値(以下、「電気抵抗値R」または単に「抵抗値R」ともいう)を算出する。溶接電圧値は、電圧測定部201によって計測される値である。溶接電流値は、電流測定部202によって計測される値である。
【0019】
判定部104は、抵抗値算出部103により算出された電気抵抗値Rと予め定められた上限閾値Rtとを比較し、その比較結果に基づいて後述する油除去工程(S20、図3参照)を実行するか否かを判定する。なお、抵抗スポット溶接装置10は、上記説明したものの他、複数種類の被溶接材Wの情報を格納したデータベースや、被溶接材Wの種類に応じた複数の溶接条件を格納したデータベース等を有している。
【0020】
A2.抵抗スポット溶接方法:
次に、上記抵抗スポット溶接装置10を用いた抵抗スポット溶接方法について説明する。図3は、本開示の第1実施形態としての抵抗スポット溶接方法のフローチャートである。以下、説明する各ステップは、制御装置100により実行される。図3に示すように、抵抗スポット溶接方法では、まず、ステップS10(以下、ステップを「S」と略す)において油検知工程が実行される。次に、S15で、油を検知したか否かが判断される。油を検知した場合(S15:YES)には、S20に進み、油除去工程が実行される。油除去工程後には、S30において、ナゲット形成工程が実行される。なお、S15において、油が検知されなかった場合(S15:NO)には、油除去工程(S20)を経ずに、S30において、ナゲット形成工程が実行される。
【0021】
すなわち、本実施形態では、油検知工程(S10)を経て、油が検知された場合にのみ油除去工程(S20)が実行され、油が検知されなかった場合には油除去工程(S20)は実行されない。
【0022】
油検知工程(S10)は、被溶接材Wの表面に除去すべき油膜Fが存在するか否かを調べる工程である。油除去工程(S20)は、被溶接材Wの表面の油膜Fを除去する工程である。なお、「除去する」とは、付着している油の全てを完全に除去することだけでなく、油の一部を除去すること、すなわち油の量を小さくすることも含まれる。ナゲット形成工程(S30)は、アルミニウム合金板W1,W2を溶融させて接合部分にナゲットを形成して接合させるための工程である。以下、制御装置100が実行する各工程について詳細に説明する。
【0023】
図4は、溶接時の電流値Iおよび抵抗値Rの変化を示す図である。図4において、電流値Iの変化を実線で示し、抵抗値Rの変化を破線で示している。また、油除去工程(S20)を実行するか否かを判断するための抵抗値Rの上限閾値Rtのラインを一点鎖線で示している。上限閾値Rtは、予め定められており、制御装置100が有する図示しない記憶部に記憶されている。本実施形態における上限閾値Rtは、1000μΩ程度である。なお、上限閾値Rtの値は適宜変更可能である。各工程において、どのような電流値Iの変化パターンにて通電するかは、各種データに基づいて電流調整部102により調整される。
【0024】
はじめに、各工程(S10,S20,S30)における通電条件について記載する。
油検知工程(S10)での通電条件は下記の通りである。
通電時間T3(図4の時刻aから時刻bに相当):32ms
電流値I3:12kA
油除去工程(S20)での通電条件は下記の通りである。
通電時間T1(図4の時刻cから時刻dに相当):100ms
最大電流値I1:(図4の時刻dにおける油除去工程(S20)での最大電流値に相当。以下、単に「電流値I1」ともいう)9kA
なお、油除去工程(S20)における電流値Iは、時刻c~時刻dにかけて0kA~9kAまで漸増する。
ナゲット形成工程(S30)での通電条件は下記の通りである。
通電時間T2(図4の時刻eから時刻fに相当):70ms
最大電流値I2:(図4の時刻400msにおけるナゲット形成工程(S30)での最大電流値に相当。以下、単に「電流値I2」ともいう)38kA
【0025】
なお、油検知工程(S10)、油除去工程(S20)、およびナゲット形成工程(S30)の各工程間には、所定時間だけ通電を停止したインターバル区間(時刻b~c、時刻d~e)がそれぞれ設けられている。
【0026】
油検知工程(S10)では、図4において時刻aからbに示すように、時間軸で見たときの電流値Iの変化パターンが矩形状をなすように、一定の規定電流値I3にて規定時間T3通電される。図5は、油検知工程(S10)における制御フローを示す図である。図5に示すように、油検知工程(S10)では、まずステップ11(以下、ステップを「S」と略す)で、抵抗値算出部103により、電圧測定部201で測定された電圧値および電流測定部202で測定された電流値が取得され、電圧値と電流値とから電気抵抗の値が算出される。
【0027】
次いで、S12で、判定部104により、S11で算出された抵抗値Rが上限閾値Rt以上であるか否かが判断される。抵抗値Rが上限閾値Rt以上である場合(S12:YES)には、S13に進み、油が検知された(油検知)と判定される。抵抗値Rが上限閾値Rt未満の場合(S12:NO)には、S14に進み、油が検知されなかった(油非検知)と判定される。S13,S14の後には、図3に示すS15へ移行する。
【0028】
図4に示す例では、時刻aにおける抵抗値Rが上限閾値Rt以上であるため、油除去工程(S20)が実行される。抵抗値Rが上限閾値Rt以上であるということは、被溶接材Wの表面に抵抗の高い油膜Fが形成されていることを意味している。したがって、油膜Fを除去するまたは小さくすることなく、ナゲット形成のために比較的大きい電流値による溶接通電を行うと、油膜Fに起因した過剰な抵抗発熱が発生する虞れがあるため、油除去工程(S20)が実行される。
【0029】
油除去工程(S20)では、図4において時刻cから時刻dに示すように、時間軸で見たときの変化パターンが直線状に上昇するように、電流調整部102により通電時の電流値Iが調整される。この油除去工程(S20)により、被溶接材Wの表面に付着した油膜Fが除去される。
【0030】
次いで、ナゲット形成工程(S30)では、図4において時刻eから時刻fに示すように、時間軸で見たときの変化パターンが、時刻eからしばらくは直線状に上昇したのち、一定値(ナゲット形成工程(S30)での最大電流値38kA)で通電し、その後下降するように、電流調整部102により通電時の電流値Iが調整される。ナゲット形成工程(S30)の最大電流値I2は、油除去工程(S20)時における最大電流値I1よりも大きい。また、短時間で最大電流値I2まで上昇しており、ナゲット形成工程(S30)開始後の、電流の時間あたりの上昇率が大きい。すなわち、図4において、右上がりのグラフの傾きが大きくなっている。
【0031】
換言すると、油除去工程(S20)の電流値Iの変化パターンは、ナゲット形成工程(S30)における変化パターンと比べて、経時的に緩やかに上昇する形であり、最大電流値I1は低く設定されている。すなわち、I1<I2、T1>T2の関係が満たされている。さらに、各工程(S10,S20,S30)における電流値Iは、小さい方から油除去工程(S20)、油検知工程(S10)、ナゲット形成工程(S30)の順になっている。すなわち、I1<I3<I2の関係が満たされている。
【0032】
また、各工程(S10,S20,S30)における通電時間は、短い方から油検知工程(S10)、ナゲット形成工程(S30)、油除去工程(S0)、の順になっている。すなわち、T3<T2<T1の関係が満たされている。また、各工程における通電の積算量(図4において、各工程(S10,S20,S30)のグラフにより形成される部分の面積に相当する)については、ナゲット形成工程(S30)における積算量が他の工程S10,S20よりも大きくなっている。
【0033】
図4に示すように、ナゲット形成工程(S30)の開始時(時刻e)において、上限閾値Rtを超えるような抵抗値Rの極端な上昇が見られない。これは、油除去工程(S20)において、被溶接材Wの表面の油膜Fが適度に除去されているため、通電時の急激な抵抗発熱が抑えられているためである。
【0034】
なお、油検知工程(S10)において、経時的に一定の電流値I3にて通電しており、油除去工程(S20)のように経時的に徐々に上昇する形態としていないのは、徐々に電流を大きくすることで生じる誘導起電力の影響により正確な抵抗値Rが取得できなくなることを回避するためである。
【0035】
図6は、接合された被溶接材Wの断面の様子について説明する図であり、通電方向に沿う平面における断面の写真が示されている。図6に示すように、径方向および通電方向へ適度に成長したナゲット11が形成されている。ナゲット11は、アルミニウム合金板W2の表面12にまで達することなく、つまり、通電方向に沿う+極側(図6において下側)へ過剰に成長することなく適度な範囲で形成されている。
【0036】
A3.油除去工程(S20)での好ましい条件:
以下、本出願人の試験によって得られた、油除去工程(S20)における適応条件について考察する。本試験では、接合される被溶接材Wとして、アルミニウム合金(A6061)からなる板厚0.8mmの金属板W1と、同じくアルミニウム合金(A6061)からなる板厚1.0mmの金属板W2とを用いた。加圧力は5kNとした。加圧力は、概ね2~10kNの範囲が好ましい。
【0037】
図7は、最大電流値と通電時間を適宜変化させたときの接合試験結果を示す図である。図7に示す表Mでは、最大電流値と通電時間を適宜変化させた試験において、測定された抵抗値が十分に小さく、かつ、ナゲット径が十分な大きさであるかを総合的に判断して評価した結果を、「A」「B」「C」の3段階で示している。「A」は、抵抗値が十分に小さくナゲットの通電方向の過剰な成長が抑制されており、ナゲット径が十分な大きさであることを示している。「B」は、抵抗値の低減は見られるものの、ナゲット径が減少し、接合強度の点で不十分であることを示している。「C」は、抵抗値の低減が見られず、ナゲットが通電方向へ過剰に成長してしまったことを示している。
【0038】
図7から明らかなように、適切な条件としては「A」が得られた条件、すなわち、通電時間は50ms以上100ms以下、最大電流値は5kA以上9kA以下を満たしていることが好ましい。ただし、抵抗値を低減でき、電極3と金属板W2との溶着を抑制できるという観点では、「B」の評価も含めて、通電時間は50ms以上120ms以下、最大電流値は5kA以上12kA以下も好ましい。なお、接合される被溶接材Wを代えて、上記とは異なるアルミニウム合金(6T02-T4)からなる板材の組み合わせ(板厚0.8mmと板厚1.8mmの組み合わせ)にて行った別の試験においても、上記図7に示す表Mと略同様の結果が得られた。
【0039】
[効果]
(1)図9は、上記第1実施形態と同様に、表面に油膜Fを有する被溶接材Wの抵抗スポット溶接方法であって、油除去工程(S20)を有さない比較形態の溶接方法における、溶接時の電流値および抵抗値の変化を示す図である。図9に示す比較形態におけるナゲット形成工程(S30)は、初期通電と、本通電とを有している。所定期間(時刻a~b)だけ初期通電を行った後、所定期間だけ通電を停止しインターバルをおき(時刻b~c)、その後、本通電(時刻c~d)を行う。本通電の溶接電流値は、初期通電での溶接電流値よりも高く設定されている。
【0040】
図9に示すように、比較形態では、初期通電開始時(時刻a)と、本通電開始時(時刻)における電気抵抗値Rが、2000μΩを超えている。図10は、比較形態における、接合された被溶接材Wの断面の様子について説明する図であり、通電方向に沿う平面における断面の写真が示されている。図10に示すように、溶接時に油膜Fによる過剰な抵抗発熱が発生することに起因して、通電方向に沿う+極側(図10において下側)へのナゲット13の成長が過剰に促進されている。これにより、ナゲット13が下側のアルミニウム合金板W2の表面12にまで成長しており、このような状態での溶接が行われると、抵抗スポット溶接装置10の電極3の表面温度が上昇し、電極3と金属板W2とが溶着してしまうという問題があった。
【0041】
その点、上記第1実施形態の抵抗スポット溶接装置10および抵抗スポット溶接方法では、油除去工程(S20)において、ナゲット形成工程(S30)前に被溶接材Wの表面の油を除去できる。このため、その後のナゲット形成工程(S30)において、被溶接材Wに予め付着した油に起因する過剰な抵抗発熱を低減でき、電極3と金属部材W2との溶着を抑制でき、電極3が損傷するという問題を回避できる。
【0042】
(2)また、油除去工程(S20)では、ナゲット形成工程(S30)の電流値よりも小さい電流値で(I1<I2)通電するため、金属部材W1,W2同士の溶融が抑制される。そして、油除去工程(S20)とナゲット形成工程(S30)とを同じ構成を用いて電流値を変えることにより実現できるので、油を除去するためにヒータ等を用いて加熱して実現する形態や溶液を用いて実現する形態に比べてコストを低減できる。
【0043】
(3)上記第1実施形態では、油除去工程(S20)の通電時間T1は、ナゲット形成工程(S30)の通電時間T2よりも長い(T1>T2)。このため、ナゲット形成工程(S30)の通電時間T2よりも短い時間で通電する形態と比較して、表面の油膜Fを電極2,3が接触する部位からより広い範囲に伝熱させることができる。また、金属部材W1,W2同士の溶融を抑えつつ、油膜Fをより確実に除去することができる。
【0044】
(4)上記第1実施形態の油除去工程(S20)では、電流値Iを経時的に緩やかに上昇させている。このため、一定の電流値で同じ時間通電する形態と比較して、電流積算量を低減できる。
【0045】
(5)上記第1実施形態の抵抗スポット溶接装置10および抵抗スポット溶接方法では、油検知工程(S10)において電気抵抗値Rが取得され、取得された電気抵抗値Rが予め定められた上限閾値Rt以上であるときに油除去工程(S20)が行われる。すなわち、電気抵抗値Rが高く、溶接時に過剰な抵抗発熱を引き起こす程度の油が付着している可能性が高い状況において、油除去を行うことができる。加えて、電気抵抗値Rが低く、溶接時に過剰な抵抗発熱を引き起こすほどの油が付着していない可能性が高い状況において、油除去工程(S20)が行われないので、無駄な通電が行われることを抑制できる。
【0046】
(6)上記第1実施形態の油除去工程(S20)の通電条件において、通電時間T1は50~100ms、電流値I1は5~9kAの範囲となっている。このため、電極2,3と金属板W1,W2との溶着を抑制しつつ、適正な径を有するナゲットを形成することができ、アルミニウム合金板W1,W2同士の溶接部の接合強度を良好にできる。
【0047】
B.第2実施形態:
次に、本開示の第2実施形態の抵抗スポット溶接方法について、図8を参照して説明する。図8は、第2実施形態における溶接時の電流値および抵抗値の変化を示す図である。なお、抵抗スポット溶接装置10の構成は第1実施形態と同様であるため、その説明は省略する。
【0048】
上記第1実施形態では、油検知工程(S10)において取得された抵抗値Rが、上限閾値Rt以上である場合に、次の油除去工程(S20)を実行するものとした。すなわち、油膜Fを除去する必要があるか否かが判断されたのち、必要がある場合にのみ油除去工程(S20)を実行したが、第2実施形態では、油検知工程(S10)を有さない。
【0049】
図8に示すように、第2実施形態の抵抗スポット溶接方法では、まず、油除去工程(S20)(時刻a~b)が実行される。油除去工程(S20)の後には、ナゲット形成工程(S30)が実行される。第2実施形態におけるナゲット形成工程(S30)では、上記比較形態(図9参照)で説明したものと同様に、初期通電(時刻c~d)と本通電(時刻e~f)とを有している。油除去工程(S20)とナゲット形成工程(S30)における電流値および通電時間の関係については上記第1実施形態と同様である(I1<I2、T1>T2)。
【0050】
本実施形態においても、確実に油除去工程(S20)が実行されるため、上記第1実施形態と同様の効果(1)~(4)、(6)を奏することができる。
【0051】
C.他の実施形態:
(C1)上記第1実施形態のナゲット形成工程(S30)において、第2実施形態と同様に、本通電前に初期通電を有していてもよい。
【0052】
(C2)上記各実施形態では、2枚のアルミニウム合金板W1,W2同士を溶接する抵抗スポット溶接方法および抵抗スポット溶接装置10として本開示を適用した場合について説明した。本開示はこれに限らず、3枚以上の板材(金属板)同士を溶接する抵抗スポット溶接装置として適用してもよい。また、本開示の抵抗スポット溶接装置10に適用可能な金属板の材料としては、アルミニウム合金に限らず、鉄(鋼材)、マグネシウム、チタン、銅等であってもよい。また、異種金属同士の溶接に適用することもできる。
【0053】
(C3)上記各実施形態では、抵抗値算出部103で電気抵抗の値Rを算出するに当たり、電圧測定部201で測定された電圧値および電流測定部202で測定された溶接電流値を利用していた。これに限らず、電圧測定部201で測定された電圧値および予め設定された溶接電流値(固定値)を利用してもよい。
【0054】
(C4)上記各実施形態では、油除去工程(S20)において、電流値Iを経時的に上昇させるものとしたが、はじめから一定の電流値で通電するようにしてもよい。
【0055】
本開示は、上記各実施形態に限られるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において種々の構成で実現することができる。例えば、発明の概要の欄に記載した各形態中の技術的特徴に対応する各実施形態中の技術的特徴は、上述の課題の一部又は全部を解決するために、あるいは、上述の効果の一部又は全部を達成するために、適宜、差し替えや、組み合わせを行うことが可能である。また、その技術的特徴が本明細書中に必須なものとして説明されていなければ、適宜、削除することが可能である。
【符号の説明】
【0056】
1…ガン本体、1a…上部、1b…下部、2…上部電極、3…下部電極、4…電極昇降装置、5…電流調整装置、10…抵抗スポット溶接装置、11…ナゲット、12…表面、13…ナゲット、41…サーボモータ、42…昇降部材、100…制御装置、101…電極位置調整部、102…電流調整部、103…抵抗値算出部、104…判定部、201…電圧測定部、202…電流測定部、F…油膜、G…スポット溶接ガン、S10…油検知工程、S20…油除去工程、S30…ナゲット形成工程、RA…ロボットアーム、W…被溶接材、W1…アルミニウム合金板(金属板、金属部材)、W2…アルミニウム合金板(金属板、金属部材)
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10