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特許7533775データ解析装置、データ解析方法、プログラムおよび記録媒体
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-05
(45)【発行日】2024-08-14
(54)【発明の名称】データ解析装置、データ解析方法、プログラムおよび記録媒体
(51)【国際特許分類】
   G01N 23/2273 20180101AFI20240806BHJP
   G01N 23/223 20060101ALN20240806BHJP
【FI】
G01N23/2273
G01N23/223
【請求項の数】 14
(21)【出願番号】P 2023516955
(86)(22)【出願日】2021-04-28
(86)【国際出願番号】 JP2021016993
(87)【国際公開番号】W WO2022230112
(87)【国際公開日】2022-11-03
【審査請求日】2023-06-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000002130
【氏名又は名称】住友電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001195
【氏名又は名称】弁理士法人深見特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】星名 豊
(72)【発明者】
【氏名】徳田 一弥
(72)【発明者】
【氏名】斎藤 吉広
【審査官】田中 洋介
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-343244(JP,A)
【文献】特開2017-054915(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2011/0210246(US,A1)
【文献】米国特許第5280176(US,A)
【文献】YUNAMOTO, Yoshiki,Application of Maximum Entropy Method to Semiconductor Engineering,Entropy,2013年,Vol.15,pp.1663-1689,doi:10.3390/e15051663
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 23/00-23/2276
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
プローブの入射によって試料から生じた応答信号に基づいて、前記試料の深さプロファイルを解析するデータ解析装置であって、
前記応答信号を測定する測定装置から、前記応答信号の測定値を受け付ける入力部と、
前記試料を複数の層からなる積層体にモデル化したときの前記応答信号の理論値を用い、前記応答信号の前記理論値と前記応答信号の前記測定値との間の偏差二乗和を最小化することによって、前記試料の前記深さプロファイルを解析する解析部とを備え、
前記解析部は、前記偏差二乗和の最小化において、前記試料の化学種の相対濃度が前記積層体の前記複数の層の間で滑らかに変化するという最大平滑性条件を満たすように、前記相対濃度を計算する、データ解析装置。
【請求項2】
前記最大平滑性条件は、前記積層体におけるすべての化学種およびすべての層について、隣り合う層の間における前記相対濃度の差の二乗和が最小になるという条件である、請求項1に記載のデータ解析装置。
【請求項3】
前記解析部は、前記偏差二乗和の最小化において、前記最大平滑性条件に加えて、前記化学種に関する電荷中性条件を適用する、請求項1または請求項2に記載のデータ解析装置。
【請求項4】
前記解析部は、前記測定装置に関するパラメータである装置定数を前記応答信号の前記理論値に乗じた値と、前記応答信号の測定値との間の前記偏差二乗和が最小となるように、前記装置定数を最適化する、請求項3に記載のデータ解析装置。
【請求項5】
前記解析部は、前記装置定数を固定して前記相対濃度を最適化する第1の演算と、前記相対濃度を固定して前記装置定数を最適化する第2の演算とを交互に繰り返して、前記第1の演算および前記第2の演算の結果が収束したときの前記相対濃度により、前記深さプロファイルを求める、請求項4に記載のデータ解析装置。
【請求項6】
前記測定装置は、角度分解光電子分光装置であり、
前記応答信号は、光電子信号である、請求項1から請求項5のいずれか1項に記載のデータ解析装置。
【請求項7】
プローブの入射によって試料から生じた応答信号の測定値を、測定装置から受け付けるステップと、
前記測定値に基づいて、前記試料の深さプロファイルを解析するステップとを備え、前記解析するステップは、
前記試料を複数の層からなる積層体にモデル化したときの前記応答信号の理論値を用いて、前記応答信号の前記理論値と前記応答信号の前記測定値との間の偏差二乗和を最小化するステップを含み、
前記偏差二乗和を最小化するステップは、前記試料の化学種の相対濃度が前記積層体の前記複数の層の間で滑らかに変化するという最大平滑性条件を満たすように前記相対濃度を計算するステップを含む、データ解析方法。
【請求項8】
前記最大平滑性条件は、前記積層体におけるすべての化学種およびすべての層について、隣り合う層の間における前記相対濃度の差の二乗和が最小になるという条件である、請求項7に記載のデータ解析方法。
【請求項9】
前記偏差二乗和を最小化するステップは、
前記偏差二乗和の最小化において、前記最大平滑性条件に加えて、前記化学種に関する電荷中性条件を適用するステップを含む、請求項7または請求項8に記載のデータ解析方法。
【請求項10】
前記偏差二乗和を最小化するステップは、
前記応答信号を測定する測定装置に関するパラメータである装置定数を前記応答信号の前記理論値に乗じた値と、前記応答信号の測定値との間の前記偏差二乗和が最小となるように、前記装置定数を最適化する、請求項9に記載のデータ解析方法。
【請求項11】
前記偏差二乗和を最小化するステップは、
前記装置定数を固定して前記相対濃度を最適化する第1の演算と、前記相対濃度を固定して前記装置定数を最適化する第2の演算とを、前記第1の演算および前記第2の演算の結果が収束するまで交互に繰り返すステップと、
前記第1の演算および前記第2の演算の結果が収束したときの前記相対濃度により、前記深さプロファイルを求めるステップとを含む、請求項10に記載のデータ解析方法。
【請求項12】
前記測定装置は、角度分解光電子分光装置であり、
前記応答信号は、光電子信号である、請求項7から請求項11のいずれか1項に記載のデータ解析方法。
【請求項13】
コンピュータに、
プローブの入射によって試料から生じた応答信号の測定値を、測定装置から受け付けるステップと、
前記測定値に基づいて、前記試料の深さプロファイルを解析するステップとを実行させ、前記解析するステップは、
前記試料を複数の層からなる積層体にモデル化したときの前記応答信号の理論値を用いて、前記応答信号の前記理論値と前記応答信号の前記測定値との間の偏差二乗和を最小化するステップを含み、
前記偏差二乗和を最小化するステップは、前記試料の化学種の相対濃度が前記積層体の前記複数の層の間で滑らかに変化するという最大平滑性条件を満たすように前記相対濃度を計算するステップを含む、プログラム。
【請求項14】
コンピュータに、
プローブの入射によって試料から生じた応答信号の測定値を、測定装置から受け付けるステップと、
前記測定値に基づいて、前記試料の深さプロファイルを解析するステップとを実行させ、前記解析するステップは、
前記試料を複数の層からなる積層体にモデル化したときの前記応答信号の理論値を用いて、前記応答信号の前記理論値と前記応答信号の前記測定値との間の偏差二乗和を最小化するステップを含み、
前記偏差二乗和を最小化するステップは、前記試料の化学種の相対濃度が前記積層体の前記複数の層の間で滑らかに変化するという最大平滑性条件を満たすように前記相対濃度を計算するステップを含む、プログラムを記録した記録媒体。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、データ解析装置、データ解析方法、プログラムおよび記録媒体に関する。
【背景技術】
【0002】
高電子移動度トランジスタ(HEMT)に代表される半導体デバイスでは、半導体基板最表面近傍の数nm~数十nm程度の厚み領域における材料の状態が、デバイスの特性に大きく影響する。このため、半導体デバイスの特性改善あるいは不良解析において、試料表面近傍における深さプロファイルの評価が重要である。
【0003】
たとえば走査型透過電子顕微鏡(STEM)エネルギー分散型X線分析(EDX)による分析は、原子層レベルの分解能で試料表面の元素分布を評価することができる。しかし、これらの分析では、試料表面近傍での化学結合状態を評価できない。さらに分析に先立って試料の薄片化が必要になるため、試料の前処理が煩雑である。
【0004】
X線光電子分光(XPS)による評価の場合、煩雑な前処理を要することなく、試料の構成元素、および、その構成元素の化学結合状態を評価することができる。XPSによって評価可能な情報深さは、測定条件にもよるが、典型的には表面から数nm程度である。より深い領域を評価する場合には、イオンスパッタリングによる試料表面のエッチングが行われる。イオンスパッタリングと測定とを交互に繰り返して得られたスペクトル情報から、元素の組成または化学結合状態に関する深さ方向プロファイルを得ることができる。しかし、スパッタリングによって試料の表面がダメージを受ける可能性があるため、正しい評価ができないおそれがある。
【0005】
したがって、試料の状態を変化させることなく試料の深さ方向のプロファイルを評価するための手法が求められる。たとえば、スパッタなしで取得した角度分解XPS(ARXPS)から得られたデータに最大エントロピー法(Maximum Entropy Method, MEM)を適用する解析手法が提案されている。非特許文献1("Application of Maximum Entropy Method to Semiconductor Engineering", Yoshiki Yonamoto, Entropy 2013, 15, 1663-1689; doi:10.3390/e15051663)は、MEMの理論的な説明および実際のXPSデータへの適用例を提供する。非特許文献2("In-depth distribution of elements and chemical bonds in the surface region of calcium-doped diamond-like carbon films", J. Zemek, J. Houdkova, P. Jiricek, M. Jelinek, K. Jurek, T. Kocourek, and M. Ledinsky, Applied Surface Science 539 148250 (2021))は、カルシウムがドープされたダイヤモンドライクカーボン(DLC)薄膜のXPSデータにMEMを適用することによって、深さ方向のプロファイルを評価することを開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】"Application of Maximum Entropy Method to Semiconductor Engineering", Yoshiki Yonamoto, Entropy 2013, 15, 1663-1689; doi:10.3390/e15051663
【文献】"In-depth distribution of elements and chemical bonds in the surface region of calcium-doped diamond-like carbon films", J. Zemek, J. Houdkova, P. Jiricek, M. Jelinek, K. Jurek, T. Kocourek, and M. Ledinsky, Applied Surface Science 539 148250 (2021)
【発明の概要】
【0007】
本開示に係るデータ解析装置は、プローブの入射によって試料から生じた応答信号に基づいて、試料の深さプロファイルを解析するデータ解析装置であって、応答信号を測定する測定装置から、応答信号の測定値を受け付ける入力部と、試料を複数の層からなる積層体にモデル化したときの応答信号の理論値を用い、応答信号の理論値と応答信号の測定値との間の偏差二乗和を最小化することによって、試料の深さプロファイルを解析する解析部とを備え、解析部は、偏差二乗和の最小化において、試料の化学種の相対濃度が積層体の複数の層の間で滑らかに変化するという最大平滑性条件を満たすように、相対濃度を計算する。
【0008】
本開示に係るデータ解析方法は、プローブの入射によって試料から生じた応答信号の測定値を、測定装置から受け付けるステップと、測定値に基づいて、試料の深さプロファイルを解析するステップとを備え、解析するステップは、試料を複数の層からなる積層体にモデル化したときの応答信号の理論値を用いて、応答信号の理論値と応答信号の測定値との間の偏差二乗和を最小化するステップを含み、偏差二乗和を最小化するステップは、試料の化学種の相対濃度が積層体の複数の層の間で滑らかに変化するという最大平滑性条件を満たすように相対濃度を計算するステップを含む。
【0009】
本開示に係るプログラムは、コンピュータに、プローブの入射によって試料から生じた応答信号の測定値を、測定装置から受け付けるステップと、測定値に基づいて、試料の深さプロファイルを解析するステップとを実行させ、解析するステップは、試料を複数の層からなる積層体にモデル化したときの応答信号の理論値を用いて、応答信号の理論値と応答信号の測定値との間の偏差二乗和を最小化するステップを含み、偏差二乗和を最小化するステップは、試料の化学種の相対濃度が積層体の複数の層の間で滑らかに変化するという最大平滑性条件を満たすように相対濃度を計算するステップを含む。
【0010】
本開示に係る記録媒体は、コンピュータに、プローブの入射によって試料から生じた応答信号の測定値を、測定装置から受け付けるステップと、測定値に基づいて、試料の深さプロファイルを解析するステップとを実行させ、解析するステップは、試料を複数の層からなる積層体にモデル化したときの応答信号の理論値を用いて、応答信号の理論値と応答信号の測定値との間の偏差二乗和を最小化するステップを含み、偏差二乗和を最小化するステップは、試料の化学種の相対濃度が積層体の複数の層の間で滑らかに変化するという最大平滑性条件を満たすように相対濃度を計算するステップを含む、プログラムを記録した記録媒体である。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1図1は、試料と、ARXPSにおいて発生する光電子信号との間の関係を示した模式図である。
図2図2は、本開示の実施の形態に係る分析装置を含む分析システムを示した図である。
図3図3は、本開示の実施の形態に係るデータ解析装置のハードウェア構成例を示すブロック図である。
図4図4は、図3に示したデータ解析装置の機能ブロックの一例を示す図である。
図5図5は、図4に示したデータ解析装置によって実行される最大平滑性法(MSM)のフローを説明した第1の図である。
図6図6は、図4に示したデータ解析装置によって実行されるMSMのフローを説明した第2の図である。
図7図7は、サンプルAのSTEM/EDX分析結果を示した図である。
図8図8は、サンプルBのSTEM/EDX分析結果を示した図である。
図9図9は、サンプルAおよびサンプルBの各々について、Arスパッタによる深さ分析結果を示した図である。
図10図10は、サンプルAおよびサンプルBの各々に関する、ARXPS分析データおよびArスパッタ併用XPS分析データを示した図である。
図11図11は、サンプルAの深さプロファイルのMEM解析結果を示した図である。
図12図12は、サンプルBの深さプロファイルのMEM解析結果を示した図である。
図13図13は、ARXPS分析データにMSMを適用することによって得られたサンプルAの深さプロファイルの解析結果を示した図である。
図14図14は、サンプルAのARXPS分析データのカーブフィッティングを示した図である。
図15図15は、ARXPS分析データにMSMを適用することによって得られたサンプルBの深さプロファイルの解析結果を示した図である。
図16図16は、ARXPS分析データのカーブフィッティングを示した図である。
図17図17は、MSMによる解析の対象となる試料の別の例を示した図である。
図18図18は、図17に示した試料から生じた光電子信号のスペクトルを示した図である。
図19図19は、図17に示す試料のXPS分析データにMSMを適用することによって得られた深さプロファイルの解析結果を示した図である。
図20図20は、MSMによる解析の対象となる試料のさらに別の例を示した図である。
図21図21は、図20に示す試料のXPS分析データにMSMを適用することによって得られた深さプロファイルの解析結果を示した図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
[本開示が解決しようとする課題]
半導体デバイス製品の特性改善あるいは不良解析の目的で、深さプロファイルが未知の試料を解析することがある。しかし、MEMによる深さプロファイルの解析では、ほぼ正解に近い初期プロファイルが必要となる。このため、MEMは、製造業でしばしば必要とされる、未知の深さプロファイルを有する試料の評価には適さない。本開示は、正確な初期値(初期プロファイル)を必要とすることなく、かつ、非破壊で、試料の深さプロファイルを評価するための手法を提供する。
【0013】
[本開示の効果]
本開示によれば、正確な初期値(初期プロファイル)を必要とすることなく、かつ、非破壊で、試料の深さプロファイルを評価することができる。
【0014】
[実施形態の概要]
最初に本発明の実施態様を列記して説明する。
【0015】
(1) 本開示の実施形態に係るデータ解析装置は、プローブの入射によって試料から生じた応答信号に基づいて、試料の深さプロファイルを解析するデータ解析装置であって、応答信号を測定する測定装置から、応答信号の測定値を受け付ける入力部と、試料を複数の層からなる積層体にモデル化したときの応答信号の理論値を用い、応答信号の理論値と応答信号の測定値との間の偏差二乗和を最小化することによって、試料の深さプロファイルを解析する解析部とを備え、解析部は、偏差二乗和の最小化において、試料の化学種の相対濃度が積層体の複数の層の間で滑らかに変化するという最大平滑性条件を満たすように、相対濃度を計算する。
【0016】
この構成によれば、非破壊で試料の深さプロファイルを得ることができる。さらに、最大平滑性条件を満たすように、化学種の相対濃度を計算することによって、尤もらしい解析結果を得ることができる。したがって、正確な初期値を不要としながら試料の深さプロファイルを得ることができる。
【0017】
(2) 上記(1)の構成において、最大平滑性条件は、積層体におけるすべての化学種およびすべての層について、隣り合う層の間における相対濃度の差の二乗和が最小になるという条件である。
【0018】
この構成によれば、最大平滑性条件が具体的に定められることにより、試料の深さプロファイルについて尤もらしい解析結果を得ることができる。
【0019】
(3) 上記(1)または(2)の構成において、解析部は、偏差二乗和の最小化において、最大平滑性条件に加えて、化学種に関する電荷中性条件を適用する。
【0020】
この構成によれば、試料の深さプロファイルについて、より尤もらしい解析結果を得ることができる。たとえば、現実には存在しえない層が深さプロファイルに現れることを避けることができる。
【0021】
(4) 上記(3)の構成において、解析部は、測定装置に関するパラメータである装置定数を応答信号の理論値に乗じた値と、応答信号の測定値との間の偏差二乗和が最小となるように、装置定数を最適化する。
【0022】
この構成によれば、偏差二乗和の最小化に装置定数が導入される。装置定数を最適化することによって、応答信号の理論値を測定値に近づけることができる。したがって、試料の深さプロファイルについて、より尤もらしい解析結果を得ることができる。
【0023】
(5) 上記(4)の構成において、解析部は、装置定数を固定して相対濃度を最適化する第1の演算と、相対濃度を固定して装置定数を最適化する第2の演算とを交互に繰り返して、第1の演算および第2の演算の結果が収束したときの相対濃度により、深さプロファイルを求める。
【0024】
第1の演算と第2の演算とを同時に最適化する場合、深さプロファイルの解析は凸2次計画問題の範疇を超えるため、初期値が必要な問題になる。この構成によれば、第1の演算と第2の演算とを交互に実行することにより、第1の演算を凸2次計画問題の範疇内に収めることができる。一方、第2の演算は、単純な四則演算となる。したがって、深さプロファイルの解析において、正確な初期値を不要とすることができる。
【0025】
(6) 上記(1)から(5)のいずれかの構成において、測定装置は、角度分解光電子分光装置であり、応答信号は、光電子信号である。
【0026】
この構成によれば、角度分解光電子分光によって得られた測定データから、試料の深さプロファイルを解析することができる。
【0027】
(7) 本開示の実施形態に係るデータ解析方法は、プローブの入射によって試料から生じた応答信号の測定値を、測定装置から受け付けるステップと、測定値に基づいて、試料の深さプロファイルを解析するステップとを備え、解析するステップは、試料を複数の層からなる積層体にモデル化したときの応答信号の理論値を用いて、応答信号の理論値と応答信号の測定値との間の偏差二乗和を最小化するステップを含み、偏差二乗和を最小化するステップは、試料の化学種の相対濃度が積層体の複数の層の間で滑らかに変化するという最大平滑性条件を満たすように相対濃度を計算するステップを含む。
【0028】
この構成によれば、正確な初期値(初期プロファイル)を必要とすることなく、かつ、非破壊で、試料の深さプロファイルを評価することができる。
【0029】
(8) 上記(7)の構成において、最大平滑性条件は、積層体におけるすべての化学種およびすべての層について、隣り合う層の間における相対濃度の差の二乗和が最小になるという条件である。
【0030】
この構成によれば、最大平滑性条件が具体的に定められることにより、試料の深さプロファイルについて尤もらしい解析結果を得ることができる。
【0031】
(9) 上記(7)または(8)の構成において、偏差二乗和を最小化するステップは、偏差二乗和の最小化において、最大平滑性条件に加えて、化学種に関する電荷中性条件を適用するステップを含む。
【0032】
この構成によれば、試料の深さプロファイルについて、より尤もらしい解析結果を得ることができる。たとえば、現実には存在しえない層が深さプロファイルに現れることを避けることができる。
【0033】
(10) 上記(9)の構成において、偏差二乗和を最小化するステップは、応答信号を測定する測定装置に関するパラメータである装置定数を応答信号の理論値に乗じた値と、応答信号の測定値との間の偏差二乗和が最小となるように、装置定数を最適化する。
【0034】
この構成によれば、偏差二乗和の最小化に装置定数が導入される。装置定数を最適化することによって、応答信号の理論値を測定値に近づけることができる。したがって、試料の深さプロファイルについて、より尤もらしい解析結果を得ることができる。
【0035】
(11) 上記(10)の構成において、偏差二乗和を最小化するステップは、装置定数を固定して相対濃度を最適化する第1の演算と、相対濃度を固定して装置定数を最適化する第2の演算とを、第1の演算および第2の演算の結果が収束するまで交互に繰り返すステップと、第1の演算および第2の演算の結果が収束したときの相対濃度により、深さプロファイルを求めるステップとを含む。
【0036】
この構成によれば、第1の演算と第2の演算とを交互に実行することにより、第1の演算を凸2次計画問題の範疇内に収めることができる。一方、第2の演算は、単純な四則演算となる。したがって、深さプロファイルの解析において、正確な初期値を不要とすることができる。
【0037】
(12) 上記(7)から(10)のいずれかの構成において、測定装置は、角度分解光電子分光装置であり、応答信号は、光電子信号である。
【0038】
この構成によれば、角度分解光電子分光によって得られた測定データから、試料の深さプロファイルを解析することができる。
【0039】
(13) 本開示の実施形態に係るプログラムは、コンピュータに、プローブの入射によって試料から生じた応答信号の測定値を、測定装置から受け付けるステップと、測定値に基づいて、試料の深さプロファイルを解析するステップとを実行させ、解析するステップは、試料を複数の層からなる積層体にモデル化したときの応答信号の理論値を用いて、応答信号の理論値と応答信号の測定値との間の偏差二乗和を最小化するステップを含み、偏差二乗和を最小化するステップは、試料の化学種の相対濃度が積層体の複数の層の間で滑らかに変化するという最大平滑性条件を満たすように相対濃度を計算するステップを含む。
【0040】
この構成によれば、コンピュータを用いて、正確な初期値(初期プロファイル)を必要とすることなく、かつ、非破壊で、試料の深さプロファイルを評価することができる。
【0041】
(14) 本開示の実施形態に係る記録媒体は、コンピュータに、プローブの入射によって試料から生じた応答信号の測定値を、測定装置から受け付けるステップと、測定値に基づいて、試料の深さプロファイルを解析するステップとを実行させ、解析するステップは、試料を複数の層からなる積層体にモデル化したときの応答信号の理論値を用いて、応答信号の理論値と応答信号の測定値との間の偏差二乗和を最小化するステップを含み、偏差二乗和を最小化するステップは、試料の化学種の相対濃度が積層体の複数の層の間で滑らかに変化するという最大平滑性条件を満たすように相対濃度を計算するステップを含む、プログラムを記録した記録媒体である。
【0042】
この構成によれば、コンピュータを用いて、正確な初期値(初期プロファイル)を必要とすることなく、かつ、非破壊で、試料の深さプロファイルを評価することができる。
【0043】
[実施形態の詳細]
以下、本開示の実施の形態について図面を用いて説明する。なお、図中同一または相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
【0044】
本開示の実施の形態は、X線、電子線等の何らかのプローブを試料に入射させ、試料の深さに応じた応答信号を検出する分析方法に適用可能である。典型的には、そのような分析方法は光電子分光である。以下の説明では、光電子分光の一例として、角度分解X線光電子分光法(Angle Resolved X-ray Photoelectron Spectroscopy, ARXPS)を示す。
【0045】
ARXPSは、分析器(アナライザ)に対する試料の傾斜角度を変えることによって、試料の検出深さを実質的に変化させる分析手法である。イオンスパッタによる深さ方向の分析とは異なり、ARXPSは、光電子の脱出深さ(escape depth)までの領域を非破壊で分析することができる。ARXPS分析によって得られる情報は、試料の化学種の実際の深さプロファイルではないものの、深さプロファイルに関する重要なヒントである。したがってARXPS分析によって得られる情報から、実際の深さプロファイルを導出するための手法が必要である。本開示の実施の形態は、このための手法を提供する。
【0046】
<1.ARXPSデータの理論式>
最初に必要なのは、試料の深さプロファイルとARXPS分析データとを結びつける理論式である。
【0047】
図1は、試料と、ARXPSにおいて発生する光電子信号との間の関係を示した模式図である。図1に示すように、試料を、K個の薄い層の積み重ねであるとみなす。各層の厚みはtである。
【0048】
この試料に対して、ある取り出し角度θjでXPS分析をするという状況を仮定する。取り出し角度θjは全部でJ水準とする。このとき、第k層で発生して試料表面に到達する、化学種iに関する光電子信号Ikij)は、以下の式(1)によって表わされる。ここで化学種iの数は全部でIである。
【0049】
【数1】
【0050】
式(1)において、cikは、第k層における化学種iの相対濃度を表わす。化学種iの相対濃度の総和は1である(Σiik=1)。λliは、第l層において化学種iから生じる光電子の非弾性平均自由工程を表わす。σiは、化学種iの光電子の、X線に対する相対イオン化断面積を表わす。k=1のときの信号、つまり最表面層の信号について、総乗Πを1とみなす。
【0051】
なお、層の厚みtはλliに比べて極めて小さい(t<<λli)と仮定する。したがって式(1)では、光電子が発生した層における、光電子の減衰は線形関数で近似される(e-x~1-x)。
【0052】
実際のARXPS分析では、全K個の層から発生した信号の合計が観測される。したがって化学種iに関する取り出し角度θjにおける測定強度の理論値d’ijは、以下の式(2)で表わされる。
【0053】
【数2】
【0054】
式(1)および式(2)をまとめると、相対濃度とXPS理論強度と間の関係は、以下の式(3)のように、行列Sとベクトルd’,cで表すことができる。
【0055】
【数3】
【0056】
ベクトルd’およびcは、式(4)および式(5)で表わされる。
【0057】
【数4】
【0058】
【数5】
【0059】
式(4)に示されるように、ベクトルd’は、全化学種および全角度のARXPS強度理論値を1列に並べた(I×J)行ベクトルである。式(5)に示されるように、ベクトルcは、全化学種・全深さの相対濃度を1列に並べた(I×K)行ベクトルである。行列Sは、以下の式(6)で表わされる、(I×J)行(I×K)列の行列である。以下ではI×Jを「IJ」と表記し、I×Kを「IK」と表記する。
【0060】
【数6】
【0061】
(i) jkは、式(7)に従って表わされる。
【0062】
【数7】
【0063】
定数rijは、式(1)および式(2)には現れない。定数rijは、本開示の実施の形態に係る解析方法における重要な要素であるので、後に詳細に説明する。
【0064】
本実施の形態では、実際の測定データと理論値との間の偏差2乗和を、深さプロファイル評価の指標に用いる。式(4)に倣い、測定データをベクトルd(成分はdij)と表すと、偏差2乗和は、式(8)にしたがって表わされる。なお、式(8)において、定数1/2は、表記の都合上設けられたものである。
【0065】
【数8】
【0066】
<2.深さプロファイル決定に関する課題>
IK個の相対濃度cikを変数として式(8)を最小化することにより、測定データを最もよく再現する深さプロファイルを得ることができる。しかしながら、式(8)を最小化することは、数学的に極めて不安定という課題がある。
【0067】
式(1)および式(2)は、ARXPS分析で得られた光電子信号の強度が、試料の各層から発生した光電子信号を足し合わせたもの、すなわち重みづけ平均値であることを意味する。求めたいIK個の相対濃度cikに対してフィッティングの対象となる測定データは、I個の深さ方向重みづけ平均値のみである。このため、式(8)の最小化問題に対して、大きく異なる複数のプロファイルが解の候補となる。このことは測定データの変動がわずかであっても、解が大きく異なる可能性がある(解が不安定になる)ことを意味する。
【0068】
ARXPS分析で得られた測定データから、IK個の相対濃度cikを推定することは、いわゆる逆問題(inverse problem)に該当する。アダマール(Jacques Salomon Hadamard)によれば、一般に提起された問題が適切(well-posed)であるとは、(1)解の存在性、(2)解の一意性、および(3)解の連続性あるいは安定性の3つの要件がすべて満足されていることを表す。これらの要件のうちの1つでも失われている問題は、不適切な問題(ill-posed)に該当する。
【0069】
式(8)の最小化問題の解が一意に決まらないことは、アダマールの意味で「不適切な問題」に該当する。測定データを最もよく再現する深さプロファイルを得るためには、式(8)の最小化問題に対する無数の解の候補の中から1つの解を選ぶための制約が必要となる。
【0070】
図1に示された系に対しては、ある程度妥当な考え方(言い換えると「一般常識」)が存在する。したがって、その「一般常識」を数式で表し、その数式を(8)に加えたものを最小化することによって、無数の解の候補に対する制約を課すことができる。
【0071】
<3.最大エントロピー法およびその課題>
最大エントロピー法(MEM)は、「系のエントロピーが最大であること」を「一般常識」として要請する。IK個の相対濃度cikの最適化の場合、以下の式(9)で表される量を考える。式(9)は、相対濃度cik (0)の相対濃度cikに対する相対エントロピーを表す(cik (0)は相対濃度の初期値を表す)。
【0072】
【数9】
【0073】
式(9)は、「相対濃度cik (0)に対する相対濃度cikの類似度」あるいは、「ARXPS分析によって相対濃度の推定状態がcik (0)からcikに変化したときに、その分析によって得られる情報量」と解釈することができる。
【0074】
式(9)で表される相対エントロピーを最大化することは、結果として「相対濃度の初期値cik (0)に近い範囲で最適な相対濃度cikを探す」ということになる。したがって、初期値cik (0)の決定が、相対濃度cikの決定に直接影響する。しかしながら、たとえば半導体デバイスに未知の不良モードが発生したためにARXPS分析を行う場合、分析対象の試料について、相対濃度の初期値cik (0)が推定できない可能性がある。この場合、MEMでは、精度の良い評価結果を得ることが難しい可能性がある。
【0075】
<4.最大平滑性法(Maximum Smoothness Method, MSM)>
上記のMEMに代わる新しい手法を、本明細書では、最大平滑性法(Maximum Smoothness Method, MSM)と呼ぶ。ARXPS分析へのMSMの適用について具体的に説明する。
【0076】
以下の式(10)で表される量の最小化を考える。
【0077】
【数10】
【0078】
ここでQsは、式(11)で表されるIK行IK列の行列である。
【0079】
【数11】
【0080】
式(10)は、隣り合う2つの層の間での相対濃度の差の2乗和を表す。この2乗和が小さいことは、層の間での相対濃度の変化が滑らかであることを意味する。すなわち、MSMは、各化学種について深さプロファイルが滑らかであるという制約を式(8)に追加で課したものである。
【0081】
MSMの基本的な思想は式(10)によって表現される。より尤もらしい解を得るために、さらなる一般常識として「電荷中性条件」を考慮する。式(8)および式(10)のみを最小化の対象とすると、実際の試料には存在しえない層が深さプロファイルに現れる可能性があるためである。このような問題を避けて尤もらしい解を得るために、以下の式(12)で表される量の最小化を考える。式(12)において、eiは、化学種iの存在比率を拘束する定数を表す。
【0082】
【数12】
【0083】
ここでQENは以下の式(13)で表されるIK行IK列の行列である。また、式(13)内のEは、K行K列の単位行列である。
【0084】
【数13】
【0085】
たとえば試料中に化学種i′と化学種i″とが1:3の割合で存在することが一般常識から妥当である場合、式(12)では、ei′=3、ei″=-1とし、他のeiを0とする。なお、ei′およびei″の符号は上記した符号と逆であってもよい。
【0086】
つまり、この場合の式(12)は、K個の層のすべてにおいて、化学種i′と化学種i″との濃度比が1:3からずれることに対するペナルティを課していることを意味する。
【0087】
式(8)、式(10)および式(12)の和を式(14)によって表わす。MSMでは、式(14)をベクトルcを変数として最小化する。式(8)の1/2dTdは、ベクトルcに依存しない定数項であるので、以下の議論において無視することができる。
【0088】
【数14】
【0089】
パラメータλおよびλENは、それぞれ、プロファイルが滑らかであること、および電荷が中性であることを偏差2乗和に比較してどのくらい強く要請するかを表す。これらのパラメータλおよびλENに依存して、得られる解の滑らかさおよび電荷中性の度合いが変化する。絶対的な正解はないので、尤もらしい解が得られるようにパラメータが調整される。
【0090】
式(14)の最小化は、2次計画問題に該当する。なおかつ2次の項の係数行列STS,QS,QENはすべて半正定値行列である。これにより、式(14)の最小化は、単なる2次計画問題ではなく、大域最適解(実行可能領域全体で最も良いことが保証された解)が得られる凸2次計画問題に該当する。
【0091】
MSMは、MEMの弱点である「初期値の入力が必要」という課題を克服する手法である。特に注目すべきは、MSMは、深さプロファイルの決定を凸2次計画問題に落とし込むことによって、初期プロファイルの必要性を徹底的に排除しているという点である。
【0092】
<5.相対濃度を簡便に扱う方法>
一般に、ARXPS分析において信号強度の絶対値および化学種の絶対濃度を扱うことは困難である。このため、信号強度および化学種の濃度ともに相対値のみを扱うことが一般的である。したがって、式(8)の計算において、ARXPS信号強度の理論値d’と実験データとを比較する際には、理論値d’を相対値に変換する必要がある。
【0093】
式(3)より、理論値d’は相対濃度cに対して線形である。しかし、理論値d’を相対値に変換するために、d’の各成分をd’の成分合計値で割って得られる値は、相対濃度cに対して非線形である。したがって式(14)の最適化問題が凸2次計画問題の範疇を超える。
【0094】
この問題を解決するために、MSMでは、式(6)に表わされるように、定数rjを用いる。定数rjは角度jごとに別個の値であり、装置の絶対感度などの未知の要素が反映された「装置定数」とみなすことができる。つまり、定数rjは、相対濃度cから仮想的に絶対信号強度の理論値d’を求めるためのパラメータとみなすことができる。当然ながら定数rjの値は未知であるが、式(14)の最小化と並行して定数rjの値を最適化することができる。
【0095】
解析のある時点において定数rjの暫定値が得られているとする。定数rjのそれぞれに別個の定数rj’を乗じて、それぞれの定数rjを「更新」することを考える。定数rjの更新のポリシーは明確であり、式(8)を最小化する。このことは装置定数rjを最適化することによって、実験データに近いもっとも理論値を導出することを意味する。
【0096】
式(6)に表わされる行列Sの部分行列S(i)を以下の式(15)により表わす。
【0097】
【数15】
【0098】
各定数rjは、実験値および理論値の角度j成分のみに寄与する。したがって、式(8)を偏差2乗和をrj’で偏微分した結果が0であるとする。これにより、式(16)で表わされる更新式を得ることができる。
【0099】
【数16】
【0100】
なお、相対濃度cと定数rとを同時に最適化することは、凸2次計画法の範疇を超えて、初期値が必要な問題になる。しかしMSMでは式(14)の最適化と式(16)の更新とを交互に実施する。式(14)の最適化は凸2次計画問題であり、式(16)の更新は単純な四則演算である。したがって、深さプロファイルの構築は、初期値が不要な問題になる。
【0101】
<6.MSM実行プロセス>
以上をまとめると、MSMは、以下に記載したステップで実行される。
【0102】
(1) 測定データ(たとえばARXPS測定データ)を取得して、そのデータを相対値に変換する。
【0103】
(2) 式(1)のσi(相対イオン化断面積)を設定する。
(3) 式(12)の電荷中性条件を設定する。
【0104】
(4) 式(14)のパラメータλおよびλENの値を設定する。
(5) 定数rj=1として、式(16)でrjを更新し、初期値を決定する。
【0105】
(6) 式(14)の最適化(凸2次計画法での最適化)と式(16)の定数rjの更新とを、結果が収束するまで繰り返す。
【0106】
上記ステップ(2)においてσiを全ての化学種について定数倍した場合、ステップ(5)における1回目のrjの更新において、σiを定数倍した効果はキャンセルされる。つまりσiについては、正確な相対値だけを入力すればよく、詳細を知ることが一般に困難な絶対値を入力する必要はない。
【0107】
<7.分析装置および分析方法>
本開示の実施の形態では、コンピュータが上述のステップ(1)~(6)を実行することによって、試料のARXPS分析データから深さプロファイルの解析を行う。
【0108】
図2は、本開示の実施の形態に係る分析装置を含む分析システムを示した図である。分析システム10は、光電子分光装置20と、データ解析装置30とを備える。
【0109】
光電子分光装置20は、プローブとしての電磁波を試料25に照射して、試料25から生じる光電子信号(応答信号)の強度を測定する。一実施形態では、光電子分光装置20は、角度分解光電子分光(たとえばARXPS)を行う装置である。試料25は、たとえば半導体デバイスなどの固体試料である。
【0110】
データ解析装置30は、汎用的なコンピューティングアーキテクチャに従うハードウェアによって実現される。データ解析装置30は、光電子分光装置20から測定データを取得する。データ解析装置30は、その測定データにMSMを適用して、試料25の深さプロファイルを解析する。
【0111】
図3は、本開示の実施の形態に係るデータ解析装置のハードウェア構成例を示すブロック図である。データ解析装置30は、プロセッサ31と、一次記憶装置32と、二次記憶装置33と、外部機器インターフェイス34と、入力インターフェイス35と、出力インターフェイス36と、通信インターフェイス37と、バス38とを備える。プロセッサ31および一次記憶装置32等の要素は、バス38を通じてデータ、信号等を遣り取りする。
【0112】
プロセッサ31は、一次記憶装置32に格納されたプログラムやデータを処理する。一次記憶装置32は、プロセッサ31によって実行されるプログラム、および参照されるデータを格納する。ある局面において、DRAM(Dynamic Random Access Memory)が一次記憶装置32として用いられてもよい。
【0113】
二次記憶装置33は、プログラムおよびデータ等を不揮発的に記憶する。ある局面において、HDD(Hard Disk Drive)あるいはSSD(Solid State Drive)等の不揮発性メモリが二次記憶装置33として用いられてもよい。したがって、二次記憶装置33は、コンピュータによって実行されるプログラムを記録した、コンピュータ読み取り可能な記録媒体に該当する。
【0114】
外部機器インターフェイス34は、データ解析装置30に外部機器を接続する場合等に使用される。外部機器インターフェイス34は、たとえばUSB(Universal Serial Bus)インターフェイスである。
【0115】
入力インターフェイス35は、キーボード41、およびマウス42等の入力デバイスを接続するために使用される。入力インターフェイス35は、これらの入力デバイスを通じて、ユーザ操作およびユーザ入力を受け付ける。
【0116】
出力インターフェイス36は、たとえばディスプレイ43等の出力デバイスを接続するために使用される。
【0117】
通信インターフェイス37は、データ解析装置30が外部の機器と通信するために使用される。たとえば通信インターフェイス37は、ネットワークを介したデータ解析装置30の通信に用いられる。外部の機器との通信は、無線通信、有線通信のいずれでもよい。
【0118】
データ解析装置30は、オプションとして光学ドライブを有してもよい。光学ドライブは、コンピュータ読取可能なプログラムを非一過的に格納する記録媒体(たとえば、DVD(Digital Versatile Disc)などの光学記録媒体)から、その中に格納されたプログラムを読み出す。記録媒体から読み出されたプログラムは、二次記憶装置33などにインストールされてもよい。また、データ解析装置30で実行される各種プログラムは、ネットワーク上のサーバ装置などからダウンロードされてデータ解析装置30にインストールされてもよい。
【0119】
図4は、図3に示したデータ解析装置30の機能ブロックの一例を示す図である。ある局面において、図4に示した各ブロックは、本開示の実施の形態に係るプログラムを実行するコンピュータによって実現される。
【0120】
図4に示すように、データ解析装置30は、入力部51と、MSM実行部52と、出力部53と、記憶部54とを備える。
【0121】
入力部51は、光電子分光装置20(図2を参照)から出力された測定データを受け付ける。入力部51は、さらに、試料25の深さプロファイルの解析に必要な各種の情報(たとえば材料および化学種の種類に関する情報など)を受け付ける。
【0122】
記憶部54は、試料25の深さプロファイルの解析プログラム71、MSMの実行に必要なパラメータ72などを格納する。さらに、記憶部54は、データ解析装置30に入力された測定データを記憶してもよい。
【0123】
MSM実行部52は、上記のMSMを実行して、試料25の深さプロファイルを求める解析部である。MSM実行部52は、パラメータ決定部61と、電荷中性条件決定部62と、ハイパーパラメータ決定部63と、演算部64とを含む。
【0124】
パラメータ決定部61は、式(6)および式(7)に含まれる非弾性平均自由工程λおよび相対イオン化断面積σの値を決定する。電荷中性条件決定部62は、解析対象の試料についての電荷中性条件を決定する。具体的には、電荷中性条件決定部62は、式(13)に含まれるパラメータeの値を決定する。ハイパーパラメータ決定部63は、式(14)に含まれるパラメータλおよびλENの値を決定する。
【0125】
演算部64は、パラメータ決定部61、電荷中性条件決定部62、および、ハイパーパラメータ決定部63の各々によって決定されたパラメータ値を受けて、全ての化学種および全ての層について、相対濃度cを算出する。これにより全ての化学種の深さプロファイルが求められる。
【0126】
出力部53は、MSM実行部52によって求められた、試料25の深さプロファイルを解析結果として出力する。解析結果は、たとえばディスプレイ43(図3を参照)に表示される。
【0127】
図5は、図4に示したデータ解析装置30によって実行されるMSMのフローを説明した第1の図である。図6は、図4に示したデータ解析装置30によって実行されるMSMのフローを説明した第2の図である。
【0128】
図5に示したフローは、相対濃度の演算を行うための各種の設定に関するフローである。ステップS11において、入力部51は、光電子分光装置20から測定データを取得する。MSM実行部52は、以下に説明するステップS12~S15の処理を実行する。説明の便宜のため、図5では、ステップS12~S15の処理が順番に実行されるよう記載される。しかし、ステップS12~S15は任意の順序で実行されてもよい。さらに、複数のステップの処理が同時に実行されてもよい。
【0129】
ステップS12において、パラメータ決定部61は、行列S(式(6)および式(7)を参照)に含まれる非弾性平均自由工程λおよび相対イオン化断面積σの値を決定する。
【0130】
非弾性平均自由工程λおよび相対イオン化断面積σの値は、試料25を構成する材料に依存する。たとえば、記憶部54が、材料の種類ごとに非弾性平均自由工程λおよび相対イオン化断面積σの値を定義したデータベースを記憶してもよい。パラメータ決定部61は、そのデータベースを参照することによって、非弾性平均自由工程λおよび相対イオン化断面積σの値を取得することができる。
【0131】
なお、上述のように、非弾性平均自由工程λの値は、厳密には層ごとに異なる値である。しかし、MSM実行部52による計算のコストおよび時間の節約の観点から、すべての層で非弾性平均自由工程λを一定の値に設定することができる。一方で、より高い推定精度を得るために、λを層ごとに別個の値とすることもできる。たとえば事前にλの値が既知である物質を複数種類選択し、式(14)で相対濃度cを最適化するたびに各層の相対濃度を、その複数種類の物質の線形結合で近似し、その層におけるλを同じ比率の線形結合で表現しながら計算を進める、などの方法をとることができる。相対イオン化断面積σの値は、相対値でよい。
【0132】
ステップS13において、電荷中性条件決定部62は、電荷中性条件を決定する。具体的には、電荷中性条件決定部62は、試料の組成(たとえばSiN、GaNなど)の自由度を制限するための光電子信号の組み合わせを決定する。たとえば入力部51に入力された組成の情報に基づいて、電荷中性条件決定部62は、光電子信号の組み合わせを決定することができる。光電子信号の組み合わせを決定することにより、電荷中性条件決定部62は、式(13)に含まれるパラメータe1~eIの値および符号を決定する。
【0133】
ステップS14において、ハイパーパラメータ決定部63は、式(14)に含まれるパラメータλおよびλENの値を決定する。一例として、ハイパーパラメータ決定部63は、パラメータλの値を任意の値に決定するとともに、パラメータλENの値を任意の値に決定する。パラメータλおよびλENの値は、深さプロファイルの解析が終了するまで変更されない。
【0134】
ステップS15において、演算部64は、ベクトルr(装置定数)の初期値を決定する。たとえばrj=1とする。ベクトルrの初期値はランダムに決定することができる。その理由は、図6に示したフローに従って1回目の計算ループを実行した際に、ステップS22の処理によってrjの値の大小の影響がリセットされるためである。たとえばrjの初期値を1でなく100にした場合には、ステップS22の処理において、各rjに、元の値の100分の1の比率が乗じられる。
【0135】
図6に示したフローは、相対濃度の演算に関するフローである。ステップS21において、演算部64は、装置定数を固定した状態で、プロファイル(相対濃度cik)の決定を行う。ステップS21の処理は、式(14)について、ベクトルcを変数とした最小化である。ステップS21の処理は、凸2次計画問題の解を求めることに相当する。したがって凸2次計画問題の解を求めるアルゴリズムとして知られている各種のアルゴリズムをステップS21の処理に適用することができる。
【0136】
ステップS22において、演算部64は、プロファイル(相対濃度cik)を固定した状態で、ベクトルr(装置定数)を更新する。具体的には、演算部64は、式(16)に従って定数rj’を更新する。ステップS22の処理は、ベクトルr(装置定数)の最適化に相当する。
【0137】
ステップS23において、演算部64は、相対濃度cikおよびベクトルrの値が収束したかどうかを判定する。「前回の計算で得られたrの値」と「今回の計算で得られたrの値」との差の絶対値が所定値以下である場合、演算部64は、ベクトルrの値が収束したと判定する。この場合、処理はステップS24に進む。一方、ベクトルrの値が収束していない場合は、処理はステップS21に戻る。したがって、ベクトルrの値が収束するまで、相対濃度cikの最適化のための演算(第1の演算)と、装置定数rの最適化のための演算(第2の演算)とが交互に繰り返される。
【0138】
ステップS24において、演算部64は、最適化された相対濃度cikを出力する。これにより、深さプロファイルが求められる。
【0139】
<8.深さプロファイル解析の例>
(例1:Siウエハ上に形成されたSiON薄膜試料)
Siウエハ上に形成されたSiON薄膜に対する深さプロファイル解析の例を示す。以下では、SiON薄膜の厚さが異なる2種類の試料について深さプロファイル解析について説明する。
【0140】
ARXPS分析との比較のため、試料に対するSTEM/EDX分析の結果を示す。図7は、サンプルAのSTEM/EDX分析結果を示した図である。図8は、サンプルBのSTEM/EDX分析結果を示した図である。たとえば図8から、サンプルBにおいて、SiON膜の厚みが7nm程度であること、酸素(O)元素がSiON膜の表面側およびウエハ側の両方に多く存在していることが示される。
【0141】
イオンスパッタを用いた深さ分析は、一般的に行われる方法である。図9は、サンプルAおよびサンプルBの各々について、Arスパッタによる深さ分析結果を示した図である。図9(A)に、サンプルAのArスパッタによる深さ分析結果を示す。図9(B)に、サンプルBのArスパッタによる深さ分析結果を示す。
【0142】
図10は、サンプルAおよびサンプルBの各々に関する、ARXPS分析データおよびArスパッタ併用XPS分析データを示した図である。ARXPS分析には、ULVAC PHI社の”QuanteraSXM”を用い、Al Kα線(1487eV)をX線源に用いた。なお、図10(A)~図10(D)に示された光電子スペクトルは、すべて、Si2pの光電子スペクトルである。
【0143】
図10(A)および図10(B)に、サンプルAのARXPS分析データおよびArスパッタ併用XPS分析データをそれぞれ示す。図9(C)および図9(D)に、サンプルBのARXPS分析データおよびArスパッタ併用XPS分析データをそれぞれ示す。ARXPS分析は、ULVAC PHI社の”QuanteraSXM”を用い、Al Kα線(1487eV)をX線源として、取り出し角度10°~90°の10°刻み、および45°の計10水準でARXPS分析を実施した。
【0144】
イオンスパッタリングの併用により生じる問題点を具体的に説明する。図10(A)および図10(C)に示されるように、ARXPS分析のデータでは、Si-Si(99eV),Si-N(102eV),Si-O(104eV)の3つのピークが明瞭に現れる。一方、図10(B)および図10(D)に示されるように、Arスパッタ併用XPS分析データでは、Si-NのピークとSi-Oのピークとが重なっている。このため2つのピークを区別することが困難である。この理由は、スパッタによってSiON膜中の元素の状態が変化したためである。したがって、上記の系を正確に評価するのにArスパッタリングによる深さ分析は適さないことが分かる。
【0145】
図11および図12に、試料のARXPS分析データにMEMを適用することによって得られた深さプロファイルの解析結果を示す。図11は、サンプルAの深さプロファイルのMEM解析結果を示した図である。図12は、サンプルBの深さプロファイルのMEM解析結果を示した図である。
【0146】
図11(A)および図12(A)は、化学種(炭素(C)、窒素(N)、酸素(O)、ケイ素(Si))の初期分布を一様(すべて1/6)と仮定して得られる深さプロファイルを示す。なお、ケイ素については、(Si-Si)、(Si-)、(Si-N)が一様に分布するものとした。図11(A)のプロファイルは、SiN、Siなどが明確に層に分かれておらず全体的に一様であり、初期分布をほぼそのまま受け継いだような結果となっている。
【0147】
図11(B)および図12(B)は、(C/SiO/SiN/Si)の初期分布の第1の例を示す。図11(C)および図12(C)は、(C/SiO/SiN/Si)の初期分布の第1の例によって得られる深さプロファイルを示す。
【0148】
図11(D)および図12(D)は、(C/SiO/SiN/Si)の初期分布の第2の例を示す。図11(E)および図12(E)は、(C/SiO/SiN/Si)の初期分布の第2の例によって得られる深さプロファイルを示す。
【0149】
図11および図12から、MEMでは、正確な深さプロファイルを得るためには、ほぼ正解に近い初期分布が必要であることが分かる。たとえば図11(D)および図11(E)に示されるように、SiN膜とSiウェハとの界面に薄いSiO膜が存在するという初期分布を定義した場合には、解析結果においても、SiN膜とSiウェハとの界面にSiO膜が現れる。しかし、図11(B)および図11(C)に示されるように、SiN膜とSiウェハとの界面のSiO膜が初期分布に定義されていない場合には、解析結果においてSiO膜を再現することができない。図12に示される解析結果においても同様である。
【0150】
図13図16に、試料のARXPS分析データにMSMを適用することによって得られた深さプロファイルの解析結果を示す。MSMの適用においては、ARXPS分析データのカーブフィッティングにより、ケイ素(Si)の光電子信号をSi-Si,Si-O,Si-Nの各々の光電子信号に分離する。さらに、式(12)の電荷中性条件について、Si34の想定の下に電荷中性条件を設定している。さらに、ハイパーパラメータλおよびλENについて、λ=1、λEN =1としている。
【0151】
図13は、ARXPS分析データにMSMを適用することによって得られたサンプルAの深さプロファイルの解析結果を示した図である。図14は、サンプルAのARXPS分析データのカーブフィッティングを示した図である。
【0152】
図13内の矢印によって示されるように、MSMの解析結果は、SiN層とSiウェハとの界面にSiO膜が存在することを示す。この結果は、STEM/EDX分析結果と整合する。さらにSiN層の厚みもSTEM/EDX分析結果によく一致している。
【0153】
図15は、ARXPS分析データにMSMを適用することによって得られたサンプルBの深さプロファイルの解析結果を示した図である。図16は、ARXPS分析データのカーブフィッティングを示した図である。図15内の矢印によって示されるように、サンプルBの場合にも、MSMの解析結果は、SiN層とSiウェハとの界面にSiO膜が存在することを示す。さらにSiN層の厚みもSTEM/EDX分析結果によく一致している。
【0154】
(例2:Au/SiN/InP試料)
図17は、MSMによる解析の対象となる試料の別の例を示した図である。図17に示すように、第2の例では、試料は、SiN膜が表面に形成されたリン化インジウム(InP)基板である。XPS測定にはSPring-8のBL16XUを用いた。X線はSi 111 結晶二分光器およびSi 444チャンネルカット分光器を用いて8000eVに単色化した。光電子アナライザには、Scienta Omicron社のR4000を用いた。
【0155】
図18は、図17に示した試料から生じた光電子信号のスペクトルを示した図である。図18には、Au4f,N1f,In3d,P1sの光電子信号のスペクトルが示される。図18から、試料の深い位置からの情報が得られることが分かる。試料表面の組成がSiNである場合、試料の帯電を測定中に中和することが容易ではない。このため、光電子信号の測定には、金(Au)の膜を表面にコーティングした試料を用いた。SiN膜の厚みは最大10nm程度であり、Au膜の厚みは最大10nm程度である。光電子信号の取り出し角度は、50°および85°である。
【0156】
図19は、図17に示す試料のXPS分析データにMSMを適用することによって得られた深さプロファイルの解析結果を示した図である。2つの角度の情報のみでも、Au/SiN/InPの全体構造を導き出すことができる。なお「試料表面の組成がAuである」という事前情報を反映させるべく、「角度10°では、金(Au)が100%であるというダミーデータが深さプロファイルの解析に追加される。これにより得られた解析結果では、SiN膜の表面にSiO膜が存在するという情報が正しく表現されている。
【0157】
(例3:処理条件の異なるGaNウエハ表面)
図20は、MSMによる解析の対象となる試料のさらに別の例を示した図である。図20に示すように、第3の例では、試料は、ガリウム(Ga)酸化膜が表面に形成された窒化ガリウム(GaN)基板である。なお、窒化ガリウム基板の処理条件を異ならせることにより、窒化ガリウム基板表面の状態が異なる複数の試料を準備した。具体的には、ガリウム酸化膜の厚みが異なる。ガリウム酸化膜の厚みは数nm以下であると推定されている。
【0158】
XPS測定には放射光施設九州シンクロトロン光研究センターのBL17を用いた。X線は可変偏角型回折格子分光器を用いて光子エネルギー600eVに単色化した。回折格子の刻数は1000本/mmとした。光電子アナライザには、Scienta Omicron社のR3000を用いた。光電子信号の取り出し角度は、30°、45°および85°である。
【0159】
図21は、図20に示す試料のXPS分析データにMSMを適用することによって得られた深さプロファイルの解析結果を示した図である。図21(A)および図21(B)は異なる条件で処理された2種類の試料の解析結果をそれぞれ示す。上記の通り、2種類の試料は、Ga酸化膜の厚みの点で異なる。
【0160】
図21に示されるように、3つの取り出し角度の情報のみで、基板表面の汚染、Ga酸化膜、およびGaNバルクという試料の全体構造が導き出されている。さらに、図21(A)は、試料中に薄いGa酸化膜が存在することを示す。これに対して図21(B)は、試料中に厚いGa酸化膜が存在することを示す。図21(A)および図21(B)から、処理条件の違いによるGa酸化膜の厚みの違いが正しく表現されていることが分かる。
【0161】
以上の例によって示されるように、MSMは、STEM/EDX分析のような試料の複雑な前処理を不要としながら、試料の深さプロファイルについて尤もらしい解析結果を得ることができる。したがって、従来の解析方法よりも簡便に試料の深さプロファイルを解析することができる。
【0162】
さらに、MSMは、正確な初期値が不要であるにもかかわらず、尤もらしい解析結果を得ることができる。これにより、たとえばデバイスの開発、不良の解析など、試料の深さプロファイルの解析を必要とする多様な場面にMSMを適用することができる。
【0163】
本明細書では、MSMの適用例として主にXPSの例を示した。しかしながら、MSMの適用はXPSに限定されず、たとえばEDX分析、あるいは蛍光X線分析(XRF)など、試料へのプローブの侵入深さを変化させることができる分析に汎用的に適用可能である。
【0164】
本発明の実施の形態について説明したが、今回開示された実施の形態はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0165】
10 分析システム、20 光電子分光装置、25 試料、30 データ解析装置、31 プロセッサ、32 一次記憶装置、33 二次記憶装置、34 外部機器インターフェイス、35 入力インターフェイス、36 出力インターフェイス、37 通信インターフェイス、38 バス、41 キーボード、42 マウス、43 ディスプレイ、51 入力部、52 MSM実行部、54 記憶部、53 出力部、61 パラメータ決定部、62 電荷中性条件決定部、63 ハイパーパラメータ決定部、64 演算部、71 解析プログラム、72 パラメータ、S11~S15,S21~S24 ステップ。
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