IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 東レ株式会社の特許一覧

特許7533792液晶ポリエステル樹脂、液晶ポリエステル樹脂組成物およびそれからなる成形品
<>
  • 特許-液晶ポリエステル樹脂、液晶ポリエステル樹脂組成物およびそれからなる成形品 図1
  • 特許-液晶ポリエステル樹脂、液晶ポリエステル樹脂組成物およびそれからなる成形品 図2
  • 特許-液晶ポリエステル樹脂、液晶ポリエステル樹脂組成物およびそれからなる成形品 図3
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-05
(45)【発行日】2024-08-14
(54)【発明の名称】液晶ポリエステル樹脂、液晶ポリエステル樹脂組成物およびそれからなる成形品
(51)【国際特許分類】
   C08G 63/60 20060101AFI20240806BHJP
   C08L 67/00 20060101ALI20240806BHJP
   C08K 3/013 20180101ALI20240806BHJP
【FI】
C08G63/60
C08L67/00
C08K3/013
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2023531579
(86)(22)【出願日】2023-04-07
(86)【国際出願番号】 JP2023014353
(87)【国際公開番号】W WO2023199854
(87)【国際公開日】2023-10-19
【審査請求日】2024-01-10
(31)【優先権主張番号】P 2022064980
(32)【優先日】2022-04-11
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2022085736
(32)【優先日】2022-05-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000003159
【氏名又は名称】東レ株式会社
(72)【発明者】
【氏名】田邉 純樹
(72)【発明者】
【氏名】小西 彬人
(72)【発明者】
【氏名】中川 裕史
(72)【発明者】
【氏名】梅津 秀之
【審査官】内田 靖恵
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/056294(WO,A1)
【文献】特開2017-193704(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08G63
C08L67
C08K3
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
芳香族ヒドロキシカルボン酸に由来する構造単位、芳香族ジオールに由来する構造単位および芳香族ジカルボン酸に由来する構造単位を含む液晶ポリエステル樹脂であって、
該液晶ポリエステル樹脂が、下記構造単位(I)~(V)から選ばれる構造単位を含み、かつ、下記要件(a)~(d)を満たし、
25≦[I]≦75 ・・・(a)
1≦[II]≦20 ・・・(b)
2≦[III]+[IV]≦35 ・・・(c)
2≦[V]≦35 ・・・(d)
または、該液晶ポリエステル樹脂が、下記構造単位(I)~(VI)から選ばれる構造単位を含み、かつ、下記要件(g)~(l)を満たし、
25≦[I]≦75 ・・・(g)
1≦[II]≦20 ・・・(h)
2≦[III]+[IV]≦35 ・・・(i)
2≦[V]≦35 ・・・(j)
0.01≦[VI]≦10 ・・・(k)
[VI]/[II]<1 ・・・(l)
[I]~[VI]は、液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対する、下記各構造単位(I)~(VI)それぞれの含有量(モル%)を示す。
【化1】
かつ、下記要件(α)を満たす液晶ポリエステル樹脂:
(α):以下のようにして測定される温度感応係数が0.020以下であって、B(x)が-35~-15℃である;
液晶ポリエステル樹脂の融点をTm(℃)としたときに、下記のようにして液晶ポリエステル樹脂をレオメーターを用いて測定し、x軸をΔT(℃)=測定温度-Tm(℃)、y軸を複素粘度の対数(log(η(Pa・s)))として得られる液晶ポリエステル樹脂のレオメータースペクトル曲線において、ΔT=20℃の点を点A、ΔT=10℃の点を点A’、融点以下であって複素粘度ηが10000Pa・sの点を点C、複素粘度ηが5000Pa・sの点を点C’とし、点Aと点A’を通る直線を直線t、点Cと点C’を通る直線を直線u、直線tと直線uの交点を点B’、点B’を通りy軸に平行である直線を直線v、直線vとレオメータースペクトル曲線との交点を点Bとしたとき、点Aと点Bを結ぶ直線wの傾きの絶対値を温度感応係数、点BのΔTの値をB(x)と定義する。;
上記レオメータースペクトル曲線は、レオメーターの振動測定モードにおいて、パラレルプレートのギャップを1mm、歪み10%かつ周波数1Hzとして、Tm+30℃の温度で5分間保持した後、複素粘度が50000(Pa・s)になる温度まで0.17℃/秒で降温しながら得られた曲線である;
上記液晶ポリエステル樹脂の融点Tmは、示差熱量測定において、液晶ポリエステル樹脂を室温から20℃/分の昇温条件で加熱した際に観測される吸熱ピーク温度Tmの観測後、Tm+20℃の温度で5分間保持した後、20℃/分の降温条件で室温まで一旦冷却し、再度20℃/分の昇温条件で加熱した際に観測される吸熱ピーク温度である。
【請求項2】
上記構造単位(I)~(V)から選ばれる構造単位を含む液晶ポリエステル樹脂であって、下記要件(a)~(d)を満たす請求項1に記載の液晶ポリエステル樹脂:
25≦[I]≦75 ・・・(a)
1≦[II]≦20 ・・・(b)
2≦[III]+[IV]≦35 ・・・(c)
2≦[V]≦35 ・・・(d)
[I]~[V]は、液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対する、上記各構造単位(I)~(V)それぞれの含有量(モル%)を示す。
【請求項3】
上記構造単位(I)~(VI)から選ばれる構造単位を含む液晶ポリエステル樹脂であって、下記要件(e)および(f)を満たす請求項に記載の液晶ポリエステル樹脂:
0.01≦[VI]≦10 ・・・(e)
[VI]/[II]<1 ・・・(f)
[I]~[VI]は、液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対する、上記各構造単位(I)~(VI)それぞれの含有量(モル%)を示す。
【請求項4】
上記構造単位(I)~(VI)から選ばれる構造単位を含む液晶ポリエステル樹脂であって、下記要件(g)~(l)を満たす請求項に記載の液晶ポリエステル樹脂:
25≦[I]≦75 ・・・(g)
1≦[II]≦20 ・・・(h)
2≦[III]+[IV]≦35 ・・・(i)
2≦[V]≦35 ・・・(j)
0.01≦[VI]≦10 ・・・(k)
[VI]/[II]<1 ・・・(l)
[I]~[VI]は、液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対する、上記各構造単位(I)~(VI)それぞれの含有量(モル%)を示す。
【請求項5】
さらに、下記要件(m)を満たす請求項に記載の液晶ポリエステル樹脂:
0<[III]/[IV]<1.5 ・・・(m)
[III]、[IV]は、液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対する、前記各構造単位(III)、(IV)それぞれの含有量(モル%)を示す。
【請求項6】
さらに、下記要件(n)を満たす請求項に記載の液晶ポリエステル樹脂:
99≦[I]+[II]+[III]+[IV]+[V]+[VI]≦100 ・・・(n)
[I]~[VI]は、液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対する、前記各構造単位(I)~(VI)それぞれの含有量(モル%)を示す。
【請求項7】
請求項に記載の液晶ポリエステル樹脂100重量部に対し、充填材10~200重量部を含有する、液晶ポリエステル樹脂組成物。
【請求項8】
請求項1~6のいずれかに記載の液晶ポリエステル樹脂、または請求項7に記載の液晶ポリエステル樹脂組成物からなる成形品。
【請求項9】
成形品が、コネクタ、リレー、スイッチ、コイルボビン、およびカメラモジュールのアクチュエータ部品からなる群から選択されるいずれかである請求項8に記載の成形品。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、液晶ポリエステル樹脂、液晶ポリエステル樹脂組成物およびそれからなる成形品に関する。
【背景技術】
【0002】
液晶ポリエステル樹脂は、耐熱性、流動性および寸法安定性に優れるため、それらの特性が要求される電気・電子部品に用いられている。近年、スマートフォン等の小型化により、部品の高集積度化、薄肉化、低背化等が一層求められている。例えば、p-ヒドロキシ安息香酸、6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸、4,4’-ジヒドロキシビフェニル、ハイドロキノンおよびテレフタル酸に由来する構造単位を含む液晶ポリエステル樹脂や(例えば、特許文献1~4)、p-ヒドロキシ安息香酸、6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸、4,4’-ジヒドロキシビフェニル、テレフタル酸およびイソフタル酸に由来する構造単位を含む液晶ポリエステル樹脂(例えば、特許文献5)、p-ヒドロキシ安息香酸、6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸、ハイドロキノン、テレフタル酸およびイソフタル酸に由来する構造単位を含む液晶ポリエステル樹脂(例えば、特許文献6)により、優れた流動性を有しつつ、高強度や耐ブリスター性などを両立させることが提案されている。また、p-ヒドロキシ安息香酸、4,4’-ジヒドロキシビフェニル、ハイドロキノン、テレフタル酸およびイソフタル酸に由来する構造単位を含む液晶ポリエステル樹脂(例えば、特許文献7、8)により、剛性や滞留安定性などを両立させることが提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2021-24985号公報
【文献】特開2017-137438号公報
【文献】国際公開第2018/101214号
【文献】特開2012-126842号公報
【文献】国際公開第2012/137636号
【文献】国際公開第2013/51346号
【文献】特表2016-523291号公報
【文献】特開2004-256656号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、流動性に優れる樹脂は、成形温度が高い場合、成形時にハナタレ(成形時にノズル先端部分から漏れて垂れ下がる現象)や糸引き(金型の型開き時、固化しきらなかった樹脂がスプルー頂点から糸状に伸びる現象)が生じたり、ガスが発生するため、生産性が低下したりすることにより、成形品の品質が低下してしまう。このような問題を防ぐため、成形温度を下げる場合があるが、前記特許文献1~8に記載された技術では、成形温度を下げすぎると、樹脂が一部固化するため、流動性のバラつきを生じやすく、成形可能な温度範囲が狭い課題があった。また、流動性の厚み依存性が大きいため、厚みの異なる部位を有する成形品を成形する際に、流動性のバラつきを生じやすい課題があった。また、射出成形による生産は、品種切り替えや成形トラブルなどで成形機の停機と再開(復帰)を繰り返すため、復帰後に良品を得るまでに必要な時間を短縮させて成形安定性を高めることは重要である。特許文献1~8に記載された方法では成形安定性に課題があった。
【0005】
本発明の課題は、幅広い成形温度で成形可能であり、成形安定性に優れ、かつ流動性の厚み依存性が小さい液晶ポリエステル樹脂、液晶ポリエステル樹脂組成物およびそれからなる成形品を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意検討を重ねた結果、液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対して、芳香族ヒドロキシカルボン酸に由来する構造単位を15~80モル%、芳香族ジオールに由来する構造単位を2~40モル%、芳香族ジカルボン酸に由来する構造単位を2~40モル%含む液晶ポリエステル樹脂であって、後述する温度感応係数と固化開始温度が制御された液晶ポリエステル樹脂が、幅広い成形温度で成形可能であり、成形安定性に優れ、かつ流動性の厚み依存性が小さいことを見出し、本発明に到達した。
【0007】
すなわち本発明は以下のとおりである:
(1)芳香族ヒドロキシカルボン酸に由来する構造単位、芳香族ジオールに由来する構造単位および芳香族ジカルボン酸に由来する構造単位を含む液晶ポリエステル樹脂であって、液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対する、芳香族ヒドロキシカルボン酸に由来する構造単位の含有量が15~80モル%、芳香族ジオールに由来する構造単位の含有量が2~40モル%、芳香族ジカルボン酸に由来する構造単位の含有量が2~40モル%であって、かつ、下記要件(α)を満たす液晶ポリエステル樹脂:
(α):以下のようにして測定される温度感応係数が0.020以下であって、B(x)が-35~-15℃である;
液晶ポリエステル樹脂の融点をTm(℃)としたときに、下記のようにして液晶ポリエステル樹脂をレオメーターを用いて測定し、x軸をΔT(℃)=測定温度-Tm(℃)、y軸を複素粘度の対数(log(η(Pa・s)))として得られる液晶ポリエステル樹脂のレオメータースペクトル曲線において、ΔT=20℃の点を点A、ΔT=10℃の点を点A’、融点以下であって複素粘度ηが10000Pa・sの点を点C、複素粘度ηが5000Pa・sの点を点C’とし、点Aと点A’を通る直線を直線t、点Cと点C’を通る直線を直線u、直線tと直線uの交点を点B’、点B’を通りy軸に平行である直線を直線v、直線vとレオメータースペクトル曲線との交点を点Bとしたとき、点Aと点Bを結ぶ直線wの傾きの絶対値を温度感応係数、点BのΔTの値をB(x)と定義する。;
上記レオメータースペクトル曲線は、レオメーターの振動測定モードにおいて、パラレルプレートのギャップを1mm、歪み10%かつ周波数1Hzとして、Tm+30℃の温度で5分間保持した後、複素粘度が50000(Pa・s)になる温度まで0.17℃/秒で降温しながら得られた曲線である;
上記液晶ポリエステル樹脂の融点Tmは、示差熱量測定において、液晶ポリエステル樹脂を室温から20℃/分の昇温条件で加熱した際に観測される吸熱ピーク温度Tmの観測後、Tm+20℃の温度で5分間保持した後、20℃/分の降温条件で室温まで一旦冷却し、再度20℃/分の昇温条件で加熱した際に観測される吸熱ピーク温度である。
(2)下記構造単位(I)~(V)から選ばれる構造単位を含む液晶ポリエステル樹脂であって、下記要件(a)~(d)を満たす請求項1に記載の液晶ポリエステル樹脂:
25≦[I]≦75 ・・・(a)
1≦[II]≦20 ・・・(b)
2≦[III]+[IV]≦35 ・・・(c)
2≦[V]≦35 ・・・(d)
[I]~[V]は、液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対する、下記各構造単位(I)~(V)それぞれの含有量(モル%)を示す。
【0008】
【化1】
【0009】
(3)下記構造単位(II)および(VI)を含む液晶ポリエステル樹脂であって、下記要件(e)および(f)を満たす請求項1または2に記載の液晶ポリエステル樹脂:
0.01≦[VI]≦10 ・・・(e)
[VI]/[II]<1 ・・・(f)
[II]および[VI]は、液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対する、下記各構造単位(II)および(VI)それぞれの含有量(モル%)を示す。
【0010】
【化2】
【0011】
(4)下記構造単位(I)~(VI)から選ばれる構造単位を含む液晶ポリエステル樹脂であって、下記要件(g)~(l)を満たす請求項1~3のいずれかに記載の液晶ポリエステル樹脂:
25≦[I]≦75 ・・・(g)
1≦[II]≦20 ・・・(h)
2≦[III]+[IV]≦35 ・・・(i)
2≦[V]≦35 ・・・(j)
0.01≦[VI]≦10 ・・・(k)
[VI]/[II]<1 ・・・(l)
[I]~[VI]は、液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対する、下記各構造単位(I)~(VI)それぞれの含有量(モル%)を示す。
【0012】
【化3】
【0013】
(5)さらに、下記要件(m)を満たす請求項1~4のいずれかに記載の液晶ポリエステル樹脂:
0<[III]/[IV]<1.5 ・・・(m)
[III]、[IV]は、液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対する、前記各構造単位(III)、(IV)それぞれの含有量(モル%)を示す。
(6)さらに、下記要件(n)を満たす請求項1~5のいずれかに記載の液晶ポリエステル樹脂:
99≦[I]+[II]+[III]+[IV]+[V]+[VI]≦100 ・・・(n)
[I]~[VI]は、液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対する、前記各構造単位(I)~(VI)それぞれの含有量(モル%)を示す。
(7)(1)~(6)のいずれかに記載の液晶ポリエステル樹脂100重量部に対し、充填材10~200重量部を含有する、液晶ポリエステル樹脂組成物。
(8)(1)~(6)のいずれかに記載の液晶ポリエステル樹脂、または(7)に記載の液晶ポリエステル樹脂組成物からなる成形品。
(9)成形品が、コネクタ、リレー、スイッチ、コイルボビン、およびカメラモジュールのアクチュエータ部品からなる群から選択されるいずれかである(8)に記載の成形品。
【発明の効果】
【0014】
本発明の液晶ポリエステル樹脂は、幅広い成形温度で成形可能であり、成形安定性に優れ、かつ流動性の厚み依存性が小さい。本発明の液晶ポリエステル樹脂は、特に、小型の電気・電子部品などを成形する際に好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0015】
図1】本発明の液晶ポリエステル樹脂が満たす要件(α)を説明するレオメータースペクトル曲線の図
図2】本発明ならびに従来の液晶ポリエステル樹脂をそれぞれ測定したレオメータースペクトル曲線
図3】成形安定性の評価に用いるコネクタ成形品を表す斜視図
【発明を実施するための形態】
【0016】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0017】
<液晶ポリエステル樹脂>
液晶ポリエステル樹脂は、異方性溶融相を形成するポリエステルである。このようなポリエステル樹脂としては、例えば、後述するオキシカルボニル単位、ジオキシ単位、ジカルボニル単位などから異方性溶融相を形成するよう選ばれた構造単位によって構成されるポリエステルが挙げられる。
【0018】
次に、レオメータースペクトル曲線から得られる液晶ポリエステル樹脂の温度感応係数について説明する。本発明の液晶ポリエステル樹脂は、下記要件(α)を満たす。
(α):以下のようにして測定される温度感応係数が0.020以下であって、B(x)が-35~-15℃である;
上記の温度感応係数およびB(x)の求め方について、図1に基づいて説明する。液晶ポリエステル樹脂の融点をTm(℃)としたときに、下記のようにして液晶ポリエステル樹脂をレオメーターを用いて測定し、x軸をΔT(℃)=測定温度-Tm(℃)、y軸を複素粘度の対数(log(η(Pa・s)))として、図1に示す液晶ポリエステル樹脂のレオメータースペクトル曲線1を得る。レオメータースペクトル曲線1において、ΔT=20℃の点を点A、ΔT=10℃の点を点A’、融点以下であって複素粘度ηが10000Pa・sの点を点C、複素粘度ηが5000Pa・sの点を点C’とする。点Aと点A’を通る直線を直線t、点Cと点C’を通る直線を直線u、直線tと直線uの交点を点B’、点B’を通りy軸に平行である直線を直線v、直線vとレオメータースペクトル曲線1との交点を点Bとしたとき、点Aと点Bを結ぶ直線wの傾きの絶対値を温度感応係数、点BのΔTの値をB(x)と定義する。
【0019】
上記レオメータースペクトル曲線は、レオメーターの振動測定モードにおいて、パラレルプレートのギャップを1mm、歪み10%かつ周波数1Hzとして、Tm+30℃の温度で5分間保持した後、複素粘度が50000(Pa・s)になる温度まで0.17℃/秒で降温しながら得られた曲線である。
【0020】
上記液晶ポリエステル樹脂の融点Tmは、示差熱量測定において、液晶ポリエステル樹脂を室温から20℃/分の昇温条件で加熱した際に観測される吸熱ピーク温度Tmの観測後、Tm+20℃の温度で5分間保持した後、20℃/分の降温条件で室温まで一旦冷却し、再度20℃/分の昇温条件で加熱した際に観測される吸熱ピーク温度である。
【0021】
レオメーター測定は、樹脂の重要な特性の一つであるレオロジー特性(流動特性)を評価する手法である。前記温度感応係数は、前記のようにしてレオメータースペクトルから得られた係数であって、点Aと点Bを結ぶ直線wの傾きの絶対値で定義される値である。温度感応係数は、剪断条件下において、液晶ポリエステル樹脂の動的な粘度(複素粘度)の温度に対する変化の大きさを示している。温度感応係数が低いほど、温度や剪断などの外部要因に対して液晶ポリエステル樹脂の流動特性が変化しにくいことを示している。本発明では、特に温度感応係数が0.020以下である液晶ポリエステル樹脂が、幅広い成形温度で成形可能であって、成形安定性に優れ、流動性の厚み依存性が小さいことを見出した。温度感応係数が0.020より大きくなると、液晶ポリエステル樹脂の溶融から固化に至る挙動を制御することが困難となり、成形可能な温度範囲が狭くなるとともに、流動性の厚み依存性が大きくなる。また、温度感応係数が0.020より高い液晶ポリエステル樹脂は、成形機各部の温度の僅かな違いにより流動性が変化するため、成形機停機から復帰後に良品を得るまでに時間がかかり、成形安定性が低下する。成形可能な温度範囲、成形安定性および流動性の厚み依存性の観点から、温度感応係数は0.018以下が好ましく、0.016以下がより好ましい。なお、温度感応係数は低いほど好ましく、最低値は0である。
【0022】
さらに、本発明の液晶ポリエステル樹脂は、前記の要件(α)中に示した点BのΔTの値B(x)が-35~-15℃である。B(x)は、剪断条件下において液晶ポリエステル樹脂の固化が開始する温度である(以下、B(x)を固化開始温度と記載することがある)。B(x)が-35℃より低くなると成形時のバリやノズル先端からのドローリングが問題となり、成型可能な温度範囲が狭くなる。また、B(x)が-15℃より大きくなると、液晶ポリエステル樹脂の固化挙動を制御困難となり、成形可能な温度範囲が狭くなり、成形安定性に劣り、流動性の厚み依存性が大きくなる。B(x)は、好ましくは-30℃以上、より好ましくは-28℃以上である。また、B(x)は、好ましくは-16℃以下、より好ましくは-18℃以下、さらに好ましくは-20℃以下である。
【0023】
図2に本発明の液晶ポリエステル樹脂のレオメータースペクトル曲線の例(S1)ならびに従来の液晶ポリエステル樹脂のレオメータースペクトル曲線の例(S2)を示す。また、前記にて定義される温度感応係数を表す直線L1およびL2をそれぞれ図示している。図2に示す通り、L1の傾きの絶対値はL2と比較して小さく、本発明の液晶ポリエステル樹脂の温度感応係数は、従来の液晶ポリエステル樹脂の温度感応係数よりも小さいことが分かる。
【0024】
図2におけるS1とS2のスペクトル曲線を比較すると、S1は固化開始温度B(x)以上では粘度変化が抑えられており、温度が下がるにつれ、固化開始温度付近から粘度が急激に上昇することが分かる。S1のような粘度変化挙動を示す本発明の液晶ポリエステル樹脂は、幅広い成形温度で成形可能であって、成形安定性に優れ、流動性の厚み依存性が小さいという特性を併せ持つ。レオメータースペクトル曲線がS1と同様の形状であることを定量的に示す値が、前記にて定義される温度感応係数である。
【0025】
前記した温度感応係数と固化開始温度を好適な範囲に制御する手法としては、例えば、液晶ポリエステル樹脂を構成する構造単位を後述の好ましい範囲とすること、および/または液晶ポリエステル樹脂の製造方法を後述の好ましい方法とすることが挙げられる。詳細については、次の液晶ポリエステル樹脂を構成する構造単位、ならびに後述の「液晶ポリエステル樹脂の製造方法」に記載する。
【0026】
次に、液晶ポリエステル樹脂を構成する構造単位について説明する。
【0027】
本発明の液晶ポリエステル樹脂は、芳香族ヒドロキシカルボン酸に由来する構造単位、芳香族ジオールに由来する構造単位および芳香族ジカルボン酸に由来する構造単位を含む。
【0028】
本発明の液晶ポリエステル樹脂は、オキシカルボニル単位として、液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対して、芳香族ヒドロキシカルボン酸に由来する構造単位を15~80モル%含む。芳香族ヒドロキシカルボン酸に由来する構造単位の含有量が15%未満であると、液晶性が損なわれるため成形可能な温度範囲が狭くなる。含有量は20モル%以上が好ましく、25モル%以上がより好ましい。一方で、含有量が80モル%より多いと、液晶ポリエステル樹脂の結晶性および融点の制御が困難となり、成形可能な温度範囲が狭くなる。含有量は75モル%以下が好ましく、70モル%以下がより好ましい。芳香族ヒドロキシカルボン酸に由来する構造単位の具体例としては、p-ヒドロキシ安息香酸、m-ヒドロキシ安息香酸、6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸などに由来する構造単位を使用することができる。
【0029】
本発明の液晶ポリエステル樹脂は、ジオキシ単位として、液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対して、芳香族ジオールに由来する構造単位を2~40モル%含む。芳香族ジオールに由来する構造単位の含有量が2モル%未満であると、液晶ポリエステル樹脂の結晶性および融点の制御が困難となり、成形可能な温度範囲が狭くなる。含有量は7モル%以上が好ましく、10モル%以上がより好ましい。一方で、含有量が40モル%より多いと、液晶性が損なわれるため成形可能な温度範囲が狭くなる。含有量は37モル%以下が好ましく、35モル%以下がより好ましい。芳香族ジオールに由来する構造単位としては、例えば、4,4’-ジヒドロキシビフェニル、ハイドロキノン、レゾルシノール、t-ブチルハイドロキノン、フェニルハイドロキノン、クロロハイドロキノン、2,6-ジヒドロキシナフタレン、2,7-ジヒドロキシナフタレン、3,4’-ジヒドロキシビフェニル、2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)プロパン、4,4’-ジヒドロキシジフェニルエーテル、4,4’-ジヒドロキシジフェニルスルホン、4,4’-ジヒドロキシジフェニルスルフィド、4,4’-ジヒドロキシベンゾフェノンなどに由来する構造単位が挙げられる。入手性に優れ、成形可能な温度範囲に優れる観点から、4,4’-ジヒドロキシビフェニルまたはハイドロキノンに由来する構造単位を使用することが好ましい。
【0030】
本発明の液晶ポリエステル樹脂は、ジカルボニル単位として、液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対して、芳香族ジカルボン酸に由来する構造単位を2~40モル%含む。芳香族ジカルボン酸に由来する構造単位の含有量が2モル%未満であると、液晶ポリエステル樹脂の結晶性および融点の制御が困難となり、成形可能な温度範囲が狭くなる。含有量は7モル%以上が好ましく、10モル%以上がより好ましい。一方で、含有量が40モル%より多いと、液晶性が損なわれるため成形可能な温度範囲が狭くなる。含有量は37モル%以下が好ましく、35モル%以下がより好ましい。芳香族ジカルボン酸に由来する構造単位としては、例えば、テレフタル酸、イソフタル酸、2,6-ナフタレンジカルボン酸、4,4’-ジフェニルジカルボン酸、3,3’-ジフェニルジカルボン酸、2,2’-ジフェニルジカルボン酸、1,2-ビス(フェノキシ)エタン-4,4’-ジカルボン酸、1,2-ビス(2-クロロフェノキシ)エタン-4,4’-ジカルボン酸、4,4’-ジフェニルエーテルジカルボン酸などに由来する構造単位が挙げられる。入手性に優れ、成形可能な温度範囲に優れる観点から、テレフタル酸またはイソフタル酸に由来する構造単位を含むことが好ましい。
【0031】
次に、液晶ポリエステル樹脂を構成する構造単位についてより詳細に説明する。本発明の液晶ポリエステル樹脂は、幅広い成形温度で成形可能であり、成形安定性に優れ、かつ流動性の厚み依存性が小さい観点から、下記構造単位(I)~(V)から選ばれる構造単位を含み、下記要件(a)~(d)を満たすことが好ましい。
25≦[I]≦75 ・・・(a)
1≦[II]≦20 ・・・(b)
2≦[III]+[IV]≦35 ・・・(c)
2≦[V]≦35 ・・・(d)
[I]~[V]は、それぞれ液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対する、各構造単位(I)~(V)の含有量(モル%)を示す。
【0032】
【化4】
【0033】
本発明の液晶ポリエステル樹脂は、液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対して、オキシカルボニル単位として、構造単位(I)を25モル%以上含むことが好ましい。構造単位(I)はp-ヒドロキシ安息香酸に由来する構造単位である。幅広い成形温度で成形可能であり、成形安定性に優れ、かつ流動性の厚み依存性が小さい観点から、構造単位(I)の含有量は35モル%以上がより好ましく、45モル%以上がさらに好ましい。
【0034】
一方、本発明の液晶ポリエステル樹脂は、液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対して、構造単位(I)を75モル%以下含むことが好ましい。幅広い成形温度で成形可能であり、成形安定性に優れ、かつ流動性の厚み依存性が小さい観点から、構造単位(I)の含有量は65モル%以下が好ましく、55モル%以下がより好ましい。
【0035】
本発明の液晶ポリエステル樹脂は、液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対して、オキシカルボニル単位として、構造単位(II)を1モル%以上含むことが好ましい。構造単位(II)は6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸に由来する構造単位である。幅広い成形温度で成形可能であり、成形安定性に優れ、かつ流動性の厚み依存性が小さい観点から、構造単位(II)の含有量は2モル%以上が好ましく、3モル%以上がより好ましい。
【0036】
一方、本発明の液晶ポリエステル樹脂は、液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対して、構造単位(II)を20モル%以下含むことが好ましい。幅広い成形温度で成形可能であり、成形安定性に優れ、かつ流動性の厚み依存性が小さい観点から、構造単位(II)の含有量は15モル%以下が好ましく、10モル%以下がより好ましい。
【0037】
本発明の液晶ポリエステル樹脂は、幅広い成形温度で成形可能であり、成形安定性に優れ、かつ流動性の厚み依存性が小さい観点から、構造単位(I)と(II)の含有量のモル比([I]/[II])が、3以上であることが好ましく、5以上がより好ましく、7以上がさらに好ましい。一方、幅広い成形温度で成形可能であり、かつ流動性の厚み依存性が小さい観点から、[I]/[II]は20以下が好ましく、18以下がより好ましく、16以下がさらに好ましい。
【0038】
他に、オキシカルボニル単位として、m-ヒドロキシ安息香酸などに由来する構造単位を、本発明の効果を損なわない範囲で使用することができる。
【0039】
本発明の液晶ポリエステル樹脂は、ジオキシ単位として、構造単位(III)を含むことが好ましい。構造単位(III)は、4,4’-ジヒドロキシビフェニルに由来する構造単位である。幅広い成形温度で成形可能であり、成形安定性に優れ、かつ流動性の厚み依存性が小さい観点から、液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対して、構造単位(III)の含有量は1モル%以上が好ましく、3モル%以上がより好ましく、5モル%以上がさらに好ましい。一方、幅広い成形温度で成形可能であり、かつ流動性の厚み依存性が小さい観点から、構造単位(III)の含有量は25モル%以下が好ましく、20モル%以下がより好ましく、15モル%以下がより好ましい。
【0040】
本発明の液晶ポリエステル樹脂は、ジオキシ単位として、構造単位(IV)を含むことが好ましい。構造単位(IV)は、ハイドロキノンに由来する構造単位である。幅広い成形温度で成形可能であり、成形安定性に優れ、かつ流動性の厚み依存性が小さい観点から、液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対して、構造単位(IV)の含有量は1モル%以上が好ましく、4モル%以上がより好ましく、7モル%以上がさらに好ましい。一方、幅広い成形温度で成形可能であり、成形安定性に優れ、かつ流動性の厚み依存性が小さい観点から、構造単位(IV)の含有量は30モル%以下が好ましく、25モル%以下がより好ましく、20モル%以下がより好ましい。
【0041】
本発明の液晶ポリエステル樹脂は、液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対して、構造単位(III)および(IV)の合計含有量が2モル%以上であることが好ましい。幅広い成形温度で成形可能であり、成形安定性に優れ、かつ流動性の厚み依存性が小さい観点から、構造単位(III)および(IV)の合計含有量は5モル%以上が好ましく、10モル%以上がより好ましく、15モル%以上がさらに好ましい。
【0042】
一方、本発明の液晶ポリエステル樹脂は、液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対して、構造単位(III)および(IV)の合計含有量が35モル%以下であることが好ましい。幅広い成形温度で成形可能であり、成形安定性に優れ、かつ流動性の厚み依存性が小さい観点から、構造単位(III)および(IV)の合計含有量は30モル%以下が好ましく、25モル%以下がより好ましい。
【0043】
本発明の液晶ポリエステル樹脂は、幅広い成形温度で成形可能であり、成形安定性に優れ、かつ流動性の厚み依存性が小さい観点から、構造単位(III)と(IV)の含有量のモル比([III]/[IV])が、0より大きいことが好ましく、0.3以上であることがより好ましく、0.6以上であることがさらに好ましい。一方、幅広い成形温度で成形可能であり、かつ流動性の厚み依存性が小さい観点から、[III]/[IV]は1.5より小さいことが好ましく、1.2以下がより好ましく、1.0以下がさらに好ましい。
【0044】
他に、ジオキシ単位として、レゾルシノール、t-ブチルハイドロキノン、フェニルハイドロキノン、クロロハイドロキノン、2,6-ジヒドロキシナフタレン、2,7-ジヒドロキシナフタレン、3,4’-ジヒドロキシビフェニル、2,2-ビス(4-ヒドロキシフェニル)プロパン、4,4’-ジヒドロキシジフェニルエーテル、4,4’-ジヒドロキシジフェニルスルホン、4,4’-ジヒドロキシジフェニルスルフィド、4,4’-ジヒドロキシベンゾフェノンなどの芳香族ジオールに由来する構造単位;エチレングリコール、プロピレングリコール、1,4-ブタンジオール、1,6-ヘキサンジオール、ネオペンチルグリコールなどの脂肪族ジオールに由来する構造単位;1,4-シクロヘキサンジオール、1,4-シクロヘキサンジメタノールなどの脂環式ジオールに由来する構造単位を、本発明の効果を損なわない範囲で使用することができる。
【0045】
本発明の液晶ポリエステル樹脂は、液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対して、ジカルボニル単位として、構造単位(V)を2モル%以上含むことが好ましい。構造単位(V)は、テレフタル酸に由来する構造単位である。幅広い成形温度で成形可能であり、成形安定性に優れ、かつ流動性の厚み依存性が小さい観点から、構造単位(V)の含有量は5モル%以上が好ましく、10モル%以上がより好ましく、15モル%以上がさらに好ましい。
【0046】
一方、本発明の液晶ポリエステル樹脂は、液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対して、構造単位(V)を35モル%以下含むことが好ましい。幅広い成形温度で成形可能であり、成形安定性に優れ、かつ流動性の厚み依存性が小さい観点から、構造単位(V)の含有量は30モル%以下が好ましく、25モル%以下がより好ましい。
【0047】
また、本発明の液晶ポリエステル樹脂は、下記構造単位(II)および(VI)を含み、下記要件(e)および(f)を満たすことがより好ましい。
0.01≦[VI]≦10 ・・・(e)
[VI]/[II]<1 ・・・(f)
[II]および[VI]は、それぞれ液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対する、各構造単位(II)および(VI)の含有量(モル%)を示す。
【0048】
【化5】
【0049】
本発明の液晶ポリエステル樹脂は、液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対して、ジカルボニル単位として、構造単位(VI)を0.01モル%以上含むことが好ましい。構造単位(VI)は、イソフタル酸に由来する構造単位である。幅広い成形温度で成形可能であり、成形安定性に優れ、かつ流動性の厚み依存性が小さい観点から、構造単位(VI)の含有量は0.05モル%以上が好ましく、0.1モル%以上がより好ましい。
【0050】
一方、本発明の液晶ポリエステル樹脂は、液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対して、構造単位(VI)を10モル%以下含むことが好ましい。幅広い成形温度で成形可能であり、成形安定性に優れ、かつ流動性の厚み依存性が小さい観点から、構造単位(VI)の含有量は7モル%以下が好ましく、4モル%以下がより好ましい。
【0051】
他に、ジカルボニル単位として、2,6-ナフタレンジカルボン酸、4,4’-ジフェニルジカルボン酸、3,3’-ジフェニルジカルボン酸、2,2’-ジフェニルジカルボン酸、1,2-ビス(フェノキシ)エタン-4,4’-ジカルボン酸、1,2-ビス(2-クロロフェノキシ)エタン-4,4’-ジカルボン酸、4,4’-ジフェニルエーテルジカルボン酸などの芳香族ジカルボン酸に由来する構造単位;アジピン酸、アゼライン酸、セバシン酸、ドデカンジオン酸、ヘキサヒドロテレフタル酸などの脂肪族ジカルボン酸に由来する構造単位;1,4-シクロヘキサンジカルボン酸、1,3-シクロヘキサンジカルボン酸などの脂環式ジカルボン酸に由来する構造単位を、本発明の効果を損なわない範囲で使用することができる。
【0052】
本発明の液晶ポリエステル樹脂は、構造単位(VI)と(II)の含有量のモル比([VI]/[II])が1未満であることが好ましい。幅広い成形温度で成形可能であり、成形安定性に優れ、かつ流動性の厚み依存性が小さい観点から、構造単位(VI)と(II)の含有量のモル比([VI]/[II])が、0.9以下であることが好ましい。一方、[VI]/[II]の下限は特に限定されるものではなく、0.005以上が好ましい。幅広い成形温度で成形可能であり、かつ流動性の厚み依存性が小さい観点から、[VI]/[II]は0.01以上が好ましく、0.05以上がより好ましい。
【0053】
本発明の液晶ポリエステル樹脂は、前記した温度感応係数と固化開始温度を好適な範囲に制御することがさらに容易となり、幅広い成形温度で成形可能であり、成形安定性に優れ、かつ流動性の厚み依存性がさらに小さくなる観点から、下記構造単位(I)~(VI)を全て含む液晶ポリエステル樹脂であって、下記要件(g)~(l)を満たすことがさらに好ましい。
25≦[I]≦75 ・・・(g)
1≦[II]≦20 ・・・(h)
2≦[III]+[IV]≦35 ・・・(i)
2≦[V]≦35 ・・・(j)
0.01≦[VI]≦10 ・・・(k)
[VI]/[II]<1 ・・・(l)
[I]~[VI]は、それぞれ液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対する、各構造単位(I)~(VI)の含有量(モル%)を示す。
【0054】
【化6】
【0055】
各構造単位(I)~(VI)については、上述の通りである。
【0056】
また、液晶ポリエステル樹脂には、上記構造単位(I)~(VI)に加えて、p-アミノ安息香酸、p-アミノフェノールなどから生成した構造単位を、本発明の効果を損なわない範囲で使用することができる。
【0057】
本発明の液晶ポリエステル樹脂は、上記構造単位(I)~(VI)を上述の範囲で全て含むことにより、前記した温度感応係数と固化開始温度を好適な範囲に制御することがさらに容易となり、幅広い成形温度で成形可能であり、成形安定性に優れ、かつ流動性の厚み依存性が小さいという本発明の効果を発揮するので好ましい。本発明の効果を損なわない観点から、前記構造単位(I)~(VI)の合計含有量が液晶ポリエステル樹脂の全構造単位100モル%に対して99モル%以上であることが好ましく、99.5モル%以上が好ましく、100モル%がより好ましい。
【0058】
また、前記構造単位(III)および(IV)の合計量と、構造単位(V)および(VI)の合計量の比([III]+[IV])/([V]+[VI])は、重合性制御の観点から、0.9以上1.1以下が好ましい。
【0059】
上記の各構造単位を構成する原料となるモノマーは、各構造単位を形成しうる構造であれば特に限定されない。また、そのようなモノマーの水酸基がアシル化された誘導体や、カルボキシル基がエステル化物、酸ハロゲン化物、酸無水物などになったカルボン酸誘導体などが使用されてもよい。
【0060】
液晶ポリエステル樹脂について、各構造単位の含有量の算出法を以下に示す。まず、液晶ポリエステル樹脂を粉砕後、水酸化テトラメチルアンモニウムを添加し、GC/MS分析計(例えば、島津製GCMS-QP5050A)を用いて、熱分解GC/MS測定を行うことによって、各構造単位の含有量を求めることができる。検出されなかった、あるいは検出限界以下の構造単位の含有量は0モル%として計算する。
【0061】
液晶ポリエステル樹脂の融点(Tm)は、耐熱性の観点から、280℃以上が好ましく、300℃以上がより好ましく、320℃以上がさらに好ましい。一方、加工性の観点から、液晶ポリエステル樹脂の融点(Tm)は、370℃以下が好ましく、360℃以下がより好ましく、350℃以下がさらに好ましい。なお、Tmは示差走査熱量計を用いて、後述のようにして測定した値である。
【0062】
液晶ポリエステル樹脂の溶融粘度は、耐熱性の観点から、3Pa・s以上が好ましく、5Pa・s以上がより好ましく、7Pa・s以上がさらに好ましい。一方、流動性の観点から、液晶ポリエステル樹脂の溶融粘度は、50Pa・s以下が好ましく、30Pa・s以下が好ましく、20Pa・s以下がさらに好ましい。
【0063】
なお、この溶融粘度は、液晶ポリエステル樹脂の融点(Tm)+20℃の温度において、かつ、せん断速度1000/秒の条件下で、高化式フローテスターによって測定した値である。
【0064】
<液晶ポリエステル樹脂の製造方法>
本発明の液晶ポリエステル樹脂を製造する方法は、構造単位(I)~(VI)を与えるモノマーを、上述の範囲の含有量で共重合する方法や、構造単位(I)~(VI)を与えるモノマーを上述の範囲外の含有量で共重合して得られた2種類以上の液晶ポリエステル樹脂をブレンドして、構造単位(I)~(VI)の含有量が上述の範囲となるようにする方法がある。ブレンド前の液晶ポリエステル樹脂の性質を引き継がずに、前記した温度感応係数と固化開始温度を好適な範囲に制御することが容易となり、幅広い成形温度で成形可能であり、成形安定性に優れ、かつ流動性の厚み依存性が小さくなる観点から、構造単位(I)~(VI)を与えるモノマーを、上述の範囲の含有量で共重合する方法が好ましい。
【0065】
本発明の液晶ポリエステル樹脂を製造する方法としては、特に制限はなく、公知のポリエステルの重縮合法を用いることができる。前記した温度感応係数と固化開始温度を好適な範囲に制御する観点から、構造単位(I)~(VI)からなる液晶ポリエステル樹脂を製造する方法を例にとると、p-ヒドロキシ安息香酸、6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸、4,4’-ジヒドロキシビフェニル、ハイドロキノン、テレフタル酸およびイソフタル酸に無水酢酸を反応させて、フェノール性水酸基をアセチル化した後、脱酢酸重合することによって液晶ポリエステル樹脂を製造する方法が好ましい。
【0066】
さらに、前記した製造方法において、以下の1~3の要件を満たすことによって、前記した温度感応係数と固化開始温度を好適な範囲に制御することが容易になるので好ましい。
1.脱酢酸重合を無触媒で行う。
2.脱酢酸重合を昇温条件で行い、145℃から270℃までの平均昇温速度を、0.3~0.8℃/分とする。
3.モノマーをアセチル化する工程において、無水酢酸の使用量を、芳香族ヒドロキシカルボン酸および芳香族ジオールのフェノール性水酸基の合計の1.05~1.20モル当量にする。
【0067】
上記要件1について、脱酢酸重合に触媒を添加すると反応が高速で進行する一方、芳香族ヒドロキシカルボン酸からなる長連鎖の生成を誘発する。芳香族ヒドロキシカルボン酸の長連鎖は高結晶であるため、液晶ポリエステル樹脂が芳香族ヒドロキシカルボン酸の長連鎖を含む場合、耐熱性などの物性が向上する反面、不融結晶や異物生成の原因となるだけではなく、溶融状態からの固化結晶化が急速に進行するため、前記した温度感応係数と固化開始温度の制御が困難となる。したがって、脱酢酸重合を無触媒で行うことが好ましい。なお、触媒を添加する場合における触媒の具体例としては、酢酸第一錫、テトラブチルチタネート、炭酸ナトリウムや炭酸カルシウムなどのアルカリ金属やアルカリ土類金属塩を含む金属塩、酢酸カリウムおよび酢酸ナトリウムなどの有機酸とアルカリ金属やアルカリ土類金属類からなる金属塩、三酸化アンチモン、金属マグネシウムなどが挙げられる。
【0068】
上記要件2について、重合温度が145℃から270℃の範囲においては、芳香族ヒドロキシカルボン酸および芳香族ジオールのアセチル化からオリゴマー形成までが進行する。このとき、平均昇温速度を、0.3~0.8℃/分にすることによって、オリゴマー形成がエステル交換を伴って進行しやすくなり、主鎖の構成単位のランダム化が促進される。従って、前述した芳香族ヒドロキシカルボン酸の長連鎖生成が抑制されるため、前記した温度感応係数と固化開始温度の制御が容易となる。平均昇温速度は、0.35℃/分以上が好ましく、0.4℃/分以上がより好ましい。また、平均昇温速度は、0.7℃/分以下が好ましく、0.65℃/分以下がより好ましく、0.6℃/分以下がさらに好ましい。
【0069】
上記要件3について、無水酢酸の量をフェノール性水酸基の合計の1.05~1.20モル当量とすることによって、オリゴマー形成から分子量が上昇する過程がエステル交換を伴って進行しやすくなり、主鎖の構成単位のランダム化が促進される。従って、前述した芳香族ヒドロキシカルボン酸の長連鎖生成が抑制されるため、前記した温度感応係数と固化開始温度の制御が容易となる。無水酢酸の量は、1.06モル当量以上が好ましく、1.07モル当量以上がより好ましい。また、無水酢酸の量は、1.18以下が好ましく、1.15以下がより好ましい。
【0070】
以上のように、上記1~3の要件を満たすことによって、液晶ポリエステル樹脂中の芳香族ヒドロキシカルボン酸の長連鎖生成を抑制することができ、前記した温度感応係数と固化開始温度を好適な範囲に制御することが容易になる。
【0071】
<充填材>
液晶ポリエステル樹脂に機械強度その他の特性を付与するために、本発明の液晶ポリエステル樹脂および充填材を含有する液晶ポリエステル樹脂組成物としてもよい。本発明で使用される充填材は、特に限定されるものではないが、例えば、繊維状、ウィスカー状、板状、粉末状、粒状などの充填材を挙げることができる。具体的には、繊維状、ウィスカー状充填材としては、ガラス繊維;PAN系やピッチ系の炭素繊維;ステンレス繊維、アルミニウム繊維や黄銅繊維などの金属繊維;芳香族ポリアミド繊維や液晶ポリエステル繊維などの有機繊維;石膏繊維、セラミック繊維、アスベスト繊維、ジルコニア繊維、アルミナ繊維、シリカ繊維、酸化チタン繊維、炭化ケイ素繊維、ロックウール、チタン酸カリウムウィスカー、チタン酸バリウムウィスカー、ホウ酸アルミニウムウィスカー、窒化ケイ素ウィスカー、および針状酸化チタンなどが挙げられる。板状充填材としては、マイカ、タルク、カオリン、ガラスフレーク、クレー、二硫化モリブデン、およびワラステナイトなどが挙げられる。粉状、粒状の充填材としては、シリカ、ガラスビーズ、酸化チタン、酸化亜鉛、ポリリン酸カルシウムおよび黒鉛などが挙げられる。上記の充填材は、その表面が公知のカップリング剤(例えば、シラン系カップリング剤、チタネート系カップリング剤など)等の表面処理剤で処理されていてもよい。また、上記の充填材は、2種以上を併用してもよい。
【0072】
上記充填材中、特に引張強度や曲げ強度などの機械的強度、耐熱性、寸法安定性に優れる点から、ガラス繊維を使用することが好ましい。ガラス繊維の種類は、一般に樹脂の強化用に用いるものであれば特に限定はなく、例えば、長繊維タイプや短繊維タイプのチョップドストランド、ミルドファイバーなどを挙げることができる。また、薄肉流動性に優れる点から、板状充填材を使用することも好ましい。
【0073】
ガラス繊維は、その表面が公知のカップリング剤(例えば、シラン系カップリング剤、チタネート系カップリング剤など等の表面処理剤により処理されていてもよい。また、ガラス繊維は、エチレン/酢酸ビニル共重合体などの熱可塑性樹脂またはエポキシ樹脂などの熱硬化性樹脂で被覆あるいは集束されていてもよい。
【0074】
本発明の液晶ポリエステル樹脂組成物には、本発明の効果を損なわない範囲でさらに酸化防止剤、熱安定剤(例えば、ヒンダードフェノール、ハイドロキノン、ホスファイト、チオエーテル類およびこれらの置換体など)、紫外線吸収剤(例えば、レゾルシノール、サリシレート)、亜リン酸塩、次亜リン酸塩などの着色防止剤、滑剤および離型剤(モンタン酸およびその金属塩、そのエステル、そのハーフエステル、ステアリルアルコール、ステアラミドおよびポリエチレンワックスなど)、染料または顔料を含む着色剤、導電剤あるいは着色剤としてカーボンブラック、結晶核剤、可塑剤、難燃剤(臭素系難燃剤、燐系難燃剤、赤燐、シリコーン系難燃剤など)、難燃助剤、および帯電防止剤から選択される通常の添加剤を配合することができる。
【0075】
本発明の液晶ポリエステル樹脂組成物において、充填材の含有量は、液晶ポリエステル樹脂100重量部に対し、10~200重量部が好ましい。充填材含有量が10重量部以上であれば、成形品の機械強度を向上させることができる。充填材含有量は15重量部以上がより好ましく、20重量部以上がさらに好ましい。一方、充填材含有量が200重量部以下であれば、成形性および薄肉流動性に優れ、小型薄肉成形品を容易に射出成形可能な液晶ポリエステル樹脂組成物が得られるため好ましい。充填材含有量は150重量部以下がより好ましく、100重量部以下がさらに好ましい。
【0076】
上記の充填材および添加剤を配合する方法としては、例えば、液晶ポリエステル樹脂に充填材およびその他の固体状の添加剤等を配合するドライブレンド法や、液晶ポリエステル樹脂に充填材およびその他の液体状の添加剤等を配合する溶液配合法、充填材およびその他の添加剤を液晶ポリエステル樹脂の重合時に添加する方法、液晶ポリエステル樹脂に充填材およびその他の添加剤を溶融混練する方法等を用いることができる。なかでも溶融混練する方法が好ましい。
【0077】
溶融混練には、公知の方法を用いることができる。溶融混練に用いる装置としては、例えば、バンバリーミキサー、ゴムロール機、ニーダー、単軸もしくは二軸押出機などを挙げることができる。なかでも二軸押出機が好ましい。溶融混練温度は、液晶ポリエステル樹脂の融点以上、融点+50℃以下が好ましい。
【0078】
混練方法としては、1)液晶ポリエステル樹脂、充填材およびその他の添加剤を元込めフィーダーから一括で投入して混練する方法(一括混練法)、2)液晶ポリエステル樹脂とその他の添加剤を元込めフィーダーから投入して混練した後、充填材および必要に応じてその他の添加剤をサイドフィーダーから添加して混練する方法(サイドフィード法)、3)液晶ポリエステル樹脂中にその他の添加剤を高濃度に含む液晶ポリエステル組成物(マスターペレット)を作製し、次いで該添加剤が規定の濃度になるように該マスターペレットを液晶ポリエステル樹脂および充填材と混練する方法(マスターペレット法)などが挙げられる。
【0079】
<成形品>
本発明の液晶ポリエステル樹脂および液晶ポリエステル樹脂組成物は、射出成形、押出成形、紡糸などの溶融成形;プレス成形、溶液キャスト製膜などの成形方法によって、優れた表面外観(色調)、機械的性質および耐熱性を有する成形品に加工することが可能である。ここでいう成形品としては、射出成形品、押出成形品、プレス成形品、シート、パイプ、未延伸フィルム、一軸延伸フィルム、二軸延伸フィルムなどの各種フィルム、未延伸糸、超延伸糸などの各種繊維などが挙げられる。特に加工性の観点から成形方法としては射出成形が好ましい。溶融成形する場合、液晶ポリエステル樹脂組成物の劣化を抑制し、機械強度を向上させる観点から、370℃以下で溶融成形するのが好ましく、360℃以下がより好ましい。
【0080】
本発明の液晶ポリエステル樹脂および液晶ポリエステル樹脂組成物を成形して得られる成形品は、電気・電子部品として好ましく用いることができる。電気・電子部品としては、例えば、パソコン、GPS内蔵機器、携帯電話、衝突防止用レーダーなどのミリ波および準ミリ波レーダー、タブレットやスマートフォンなどの移動通信・電子機器のアンテナに用いられるフレキシブルプリント基板、積層用回路基板、プリント配線基板および三次元回路基板;LEDなどのランプリフレクターやランプソケット、移動通信端末の通信基地局スモールセルやマイクロセル部材、アンテナカバー、筐体、センサー、カメラモジュールのアクチュエータ部品、コネクタ、リレーケースおよびベース、スイッチ、コイルボビン、コンデンサーなどが挙げられる。なかでも、幅広い成形温度で成形可能であり、かつ流動性の厚み依存性が小さい観点から、薄肉複雑形状部を有するコネクタ、リレー、スイッチ、コイルボビン、カメラモジュールのアクチュエータ部品などに有用である。
【実施例
【0081】
以下、実施例を用いて本発明を説明するが、本発明は実施例に限定されない。実施例中、液晶ポリエステル樹脂の組成および特性評価は以下の方法により測定した。
【0082】
(1)液晶ポリエステル樹脂の組成分析
粉砕した液晶ポリエステル樹脂ペレット0.1mgに、水酸化テトラメチルアンモニウム25%メタノール溶液2μLを添加し、島津製GCMS-QP5050Aを用いて熱分解GC/MS測定を行い、液晶ポリエステル樹脂中の各構成成分の組成比を求めた。
【0083】
(2)液晶ポリエステル樹脂の融点(Tm)測定
示差走査熱量計DSC-7(パーキンエルマー製)により、液晶ポリエステル樹脂を室温から20℃/分の昇温条件で加熱し、この際に観測される吸熱ピーク温度(Tm)の観測後、Tm+20℃の温度で5分間保持した後、20℃/分の降温条件で室温まで一旦冷却し、再度20℃/分の昇温条件で室温からTm+20℃の温度まで加熱した際に観測される吸熱ピーク温度を融点(Tm)とした。
【0084】
(3)液晶ポリエステル樹脂の溶融粘度
高化式フローテスターCFT-500D(オリフィス0.5φ×10mm)(島津製作所製)を用いて、温度Tm+20℃、せん断速度1000/sの条件で液晶ポリエステル樹脂の溶融粘度を測定した。
【0085】
(4)成形可能な温度範囲の評価
液晶ポリエステル樹脂を、熱風乾燥機を用いて150℃で3時間乾燥した後、ファナックα30C射出成形機(ファナック製)に供し、幅5.0mm×長さ50mm×0.2mm厚みの成形品を成形できる金型を用い、金型温度90℃、射出速度200mm/sの成形条件で、得られる成形品の平均長さが40mmになるように成形圧力を調整して100ショット連続成形を行った。この際、液晶ポリエステル樹脂の融点±0℃~融点+40℃の範囲でシリンダー温度を5℃刻みで変更して成形を行い、得られた試験片について、長さが39mm以下または41mm以上となるショット数が100ショット中5ショット以下となるシリンダー温度を、成形可能な温度とし、成形可能な温度範囲=(成形可能な最高温度)-(成形可能な最低温度)を算出した。この数値が大きいほど、成形可能な温度範囲が広いことを示す。
【0086】
(5)流動性の厚み依存性評価
液晶ポリエステル樹脂を、熱風乾燥機を用いて150℃で3時間乾燥した後、ファナックα30C射出成形機(ファナック製)に供し、幅5.0mm×長さ50mm×厚み0.2mmの成形品を成形できる金型を用い、シリンダー温度が液晶ポリエステル樹脂の融点+10℃、金型温度90℃として、射出速度200mm/sの成形条件で、得られる成形品の平均長さが40mmになる成形条件に調整した。その後、金型を幅5.0mm×長さ50mm×厚み0.5mmの流動末端側に、さらに幅5.0mm×長さ30mm×厚み0.2mmの成形品を成形できる金型に交換した以外は、同様の成形条件で、それぞれ10本成形し、得られた成形品における0.2mm厚部分の平均の流動長を算出した。0.2mm厚み部分の流動長が大きいほど、流動性の厚み依存性が小さく、優れるとした。
【0087】
(6)成形安定性(復帰に必要なショット数の評価)
各実施例および比較例により得られた液晶ポリエステル樹脂ペレットを、熱風乾燥機を用いて150℃で3時間熱風乾燥した後、ファナック製ファナックα30C射出成形機に供し、射出シリンダー温度を液晶ポリエステルの融点+15℃、金型温度:90℃として、射出圧力を100MPa、速度を最低充填速度に設定して射出成形を行い、図3に示すコネクタ成形品を得た。図3はコネクタ成形品の斜視図であり、長尺面(2)と短尺面(3)を有し、外形寸法が幅(6)3mm×高さ(5)2mm×長さ(4)30mmである。隔壁部(8)で区画された端子を有し、端子間距離(7)は0.4mm、製品の最小肉厚部である隔壁部(8)の厚みが0.2mmである。コネクタ成形品の片側の短尺面(3)に設置したピンゲートG1(ゲート径0.3mm)から液晶ポリエステル樹脂または樹脂組成物を充填し、ゲート対面側の壁角部まで十分に充填されていた。100ショット連続成形を行った後、いったん成形を停止し、射出シリンダー温度を150℃まで下げて120分間静置した。その後、射出シリンダー温度を液晶ポリエステルの融点+15℃に上昇させ、前記成形と同じ液晶ポリエステル樹脂または樹脂組成物を用いて、パージショットを1ショット行った後、同条件、同一金型にて連続成形を行い、前記成形と同様にゲート対面側の壁角部まで十分に充填された成形品が得られるまでに必要なショット数、すなわち復帰に必要なショット数を評価した。該壁角部は復帰後に未充填が発生しやすい部位であり、復帰に必要なショット数が10個より少ないと成形安定性に優れる。
【0088】
(7)温度感応係数および固化開始温度の評価
液晶ポリエステル樹脂を、熱風乾燥機を用いて150℃で3時間乾燥した後、レオメーターPhysicaMCR501(アントンパールトン社製レオメーター)を用いて、以下の通り測定を行った。直径25mmのパラレルプレート間に液晶ポリエステル樹脂を配置し、レオメーターの振動測定モードにおいて、パラレルプレートのギャップを1mm、歪み10%かつ周波数1Hzとして、Tm+30℃の温度で5分間保持した後、複素粘度が50,000(Pa・s)となる温度まで0.17℃/秒で降温しながら測定を行い、レオメータースペクトルを得た。x軸をΔT(℃)=測定温度-Tm(℃)、y軸を複素粘度の対数(log(η(Pa・s)))として、図1に示すレオメータースペクトル曲線1を得て、得られたレオメータースペクトルから、前述したとおりの手順により、B(x)(固化開始温度)と点Aと点Bを結ぶ直線wの傾きの絶対値(温度感応係数)を算出した。なお、温度感応係数は以下の式
温度感応係数=|(点Aのlog(η(Pa・s))-点Bのlog(η(Pa・s)))/(20-B(x))|
で求める。
【0089】
[実施例1]
撹拌翼および留出管を備えた5Lの反応容器にp-ヒドロキシ安息香酸(HBA)808重量部、6-ヒドロキシ-2-ナフトエ酸(HNA)88重量部、4,4’-ジヒドロキシビフェニル(DHB)229重量部、ハイドロキノン(HQ)161重量部、テレフタル酸(TPA)428重量部、イソフタル酸(IPA)19重量部および無水酢酸1278重量部(フェノール性水酸基合計の1.07当量)を仕込み、窒素ガス雰囲気下で撹拌しながら145℃で120分反応させた後、145℃から360℃まで4時間かけて昇温した(145℃から270℃までの平均昇温速度が0.9℃/分)。その後、重合温度を360℃に保持し、1.0時間かけて1.0mmHg(133Pa)に減圧し、さらに反応を続け、所定の撹拌トルクに到達したところで重合を完了させた。次に、直径6mmの円形吐出口を1ケ持つ口金を経由してポリマーをストランド状に吐出し、カッターによりペレタイズして液晶ポリエステル樹脂(A-1)を得た。
【0090】
[実施例2]
モノマーの仕込み量を、HBA776重量部、HNA66重量部、DHB251重量部、HQ168重量部、TPA447重量部、IPA29重量部に変更した以外は実施例1と同様にして、液晶ポリエステル樹脂(A-2)を得た。
【0091】
[実施例3]
モノマーの仕込み量を、HBA1018重量部、HNA264重量部、DHB44重量部、HQ135重量部、TPA214重量部、IPA29重量部に変更した以外は実施例1と同様にして、液晶ポリエステル樹脂(A-3)を得た。
【0092】
[実施例4]
モノマーの仕込み量を、HBA905重量部、HNA88重量部、DHB109重量部、HQ193重量部、TPA321重量部、IPA68重量部に変更した以外は実施例1と同様にして、液晶ポリエステル樹脂(A-4)を得た。
【0093】
[実施例5]
モノマーの仕込み量を、HBA469重量部、HNA242重量部、DHB131重量部、HQ309重量部、TPA564重量部、IPA19重量部に変更した以外は実施例1と同様にして、液晶ポリエステル樹脂(A-5)を得た。
【0094】
[実施例6]
モノマーの仕込み量を、HBA986重量部、HNA88重量部、DHB360重量部、HQ13重量部、TPA321重量部、IPA19重量部に変更した以外は実施例1と同様にして、液晶ポリエステル樹脂(A-6)を得た。
【0095】
[実施例7]
モノマーの仕込み量を、HBA792重量部、HNA88重量部、DHB251重量部、HQ155重量部、TPA457重量部、無水酢酸1314重量部(フェノール性水酸基合計の1.10当量)に変更し、145℃から270℃までの平均昇温速度が0.5℃/分となるように昇温した以外は実施例1と同様にして、液晶ポリエステル樹脂(A-7)を得た。
【0096】
[実施例8]
モノマーの仕込み量を、HBA905重量部、HNA88重量部、DHB436重量部、TPA321重量部、IPA68重量部、無水酢酸1314重量部(フェノール性水酸基合計の1.10当量)に変更し、145℃から270℃までの平均昇温速度が0.5℃/分となるように昇温した以外は実施例1と同様にして、液晶ポリエステル樹脂(A-8)を得た。
【0097】
[実施例9]
145℃から270℃までの平均昇温速度が0.5℃/分となるように昇温した以外は実施例1と同様にして、液晶ポリエステル樹脂(A-9)を得た。
【0098】
[比較例1]
モノマーの仕込み量を、HBA870重量部、DHB352重量部、HQ89重量部、TPA292重量部、IPA157重量部に変更した以外は実施例1と同様にして、液晶ポリエステル樹脂(A’-10)を得た。
【0099】
[比較例2]
モノマーの仕込み量を、HBA808重量部、HNA88重量部、DHB501重量部、TPA408重量部、IPA39重量部に変更した以外は実施例1と同様にして、液晶ポリエステル樹脂(A’-11)を得た。
【0100】
[比較例3]
モノマーの仕込み量を、HBA970重量部、HNA88重量部、DHB196重量部、HQ116重量部、TPA350重量部に変更した以外は実施例1と同様にして、液晶ポリエステル樹脂(A’-12)を得た。
【0101】
[比較例4]
モノマーの仕込み量を、HBA743重量部、HNA176重量部、HQ296重量部、TPA292重量部、IPA156重量部に変更した以外は実施例1と同様にして、液晶ポリエステル樹脂(A’-13)を得た。
【0102】
[比較例5]
モノマーの仕込み量を、HBA937重量部、HNA44重量部、DHB261重量部、HQ103重量部、TPA292重量部、IPA97重量部に変更した以外は実施例1と同様にして、液晶ポリエステル樹脂(A’-14)を得た。
【0103】
[比較例6]
モノマーの仕込み量を、HBA792重量部、HNA88重量部、DHB251重量部、HQ155重量部、TPA457重量部、無水酢酸1231重量部(フェノール性水酸基合計の1.03当量)に変更し、触媒として酢酸カリウムを1重量部添加し、145℃から270℃までの平均昇温速度が0.5℃/分となるように昇温した以外は実施例1と同様にして、液晶ポリエステル樹脂(A’-15)を得た。
【0104】
[比較例7]
モノマーの仕込み量を、HBA792重量部、HNA88重量部、DHB251重量部、HQ155重量部、TPA457重量部に変更した以外は実施例1と同様にして、液晶ポリエステル樹脂(A’-16)を得た。
【0105】
[比較例8]
モノマーの仕込み量を、HBA905重量部、HNA88重量部、DHB436重量部、TPA321重量部、IPA68重量部に変更した以外は実施例1と同様にして、液晶ポリエステル樹脂(A’-17)を得た。
【0106】
実施例1~9および比較例1~8で得られた液晶ポリエステル樹脂について、上記(1)~(7)の評価を行った結果を表1および2に示す。
【0107】
【表1】
【0108】
【表2】
【0109】
実施例1および比較例5で得られた液晶ポリエステル樹脂に対して、さらに充填材を加えて、液晶ポリエステル樹脂組成物を作製した。各実施例および比較例において用いた充填材を次に示す。
【0110】
充填材(B)
(B-1)日本電気硝子製 ミルドファイバー(40M-10A)
[実施例10、比較例9]
サイドフィーダーを備えた東芝機械製TEM35B型2軸押出機を用いて、各製造例で得られた液晶ポリエステル樹脂(A-1、A’-14)を表3に示す配合量でホッパーから投入し、充填材(B-1)を表3に示す配合量でサイドフィーダーから投入し、シリンダー温度を液晶ポリエステル樹脂の融点+10℃に設定し、溶融混練してペレットを得た。得られた液晶ポリエステル樹脂組成物のペレットを熱風乾燥後、(4)~(6)と同様に評価を行った結果を表3に示す。
【0111】
【表3】
【0112】
表1~3の結果から、温度感応係数が0.020以下であり、固化開始温度が-35~-15℃である液晶ポリエステル樹脂、または該樹脂を用いた液晶ポリエステル樹脂組成物を用いることにより、幅広い成形温度で成形可能であり、成形安定性に優れ、かつ流動性の厚み依存性が小さい成形品を得られることがわかる。
【産業上の利用可能性】
【0113】
本発明の液晶ポリエステル樹脂および液晶ポリエステル樹脂組成物は、幅広い成形温度で成形可能であり、成形安定性に優れ、かつ流動性の厚み依存性が小さいため、コネクタ、リレー、スイッチ、コイルボビン、およびカメラモジュールのアクチュエータ部品などの電気・電子部品や機械部品用途に好適である。
【符号の説明】
【0114】
1 液晶ポリエステル樹脂のレオメータースペクトル曲線
A レオメータースペクトル曲線上のΔTが20℃の点
A’ レオメータースペクトル曲線上のΔTが10℃の点
t 点A’と点Aを通る直線
C レオメータースペクトル曲線上の融点以下であって複素粘度が10000Pa・sの点
C’ レオメータースペクトル曲線上の融点以下であってレオメータースペクトル曲線上の複素粘度が5000Pa・sの点
u 点Cと点C’を通る直線
B’ 直線tと直線uの交点
v 点B’を通りy軸に平行である直線
B 直線vとレオメータースペクトル曲線との交点
w 点Aと点Bを結ぶ直線
S1 本発明の液晶ポリエスル樹脂のレオメータースペクトル曲線の例
S2 従来の液晶ポリエステル樹脂のレオメータースペクトル曲線の例
L1 図1におけるwに相当する、S1の温度感応係数を表す直線
L2 図1におけるwに相当する、S2の温度感応係数を表す直線
2 長尺面
3 短尺面
4 長さ
5 高さ
6 幅
7 端子間距離
8 隔壁部
G1 ピンゲート
図1
図2
図3