(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-05
(45)【発行日】2024-08-14
(54)【発明の名称】化合物、誘導体化試薬、分析方法、並びに分離及び/又は定量方法
(51)【国際特許分類】
G01N 27/62 20210101AFI20240806BHJP
C07D 403/12 20060101ALI20240806BHJP
【FI】
G01N27/62 V
C07D403/12 CSP
(21)【出願番号】P 2020204964
(22)【出願日】2020-12-10
【審査請求日】2023-10-18
(73)【特許権者】
【識別番号】599055382
【氏名又は名称】学校法人東邦大学
(74)【代理人】
【識別番号】100107766
【氏名又は名称】伊東 忠重
(74)【代理人】
【識別番号】100070150
【氏名又は名称】伊東 忠彦
(74)【代理人】
【識別番号】100107515
【氏名又は名称】廣田 浩一
(74)【代理人】
【識別番号】100107733
【氏名又は名称】流 良広
(74)【代理人】
【識別番号】100115347
【氏名又は名称】松田 奈緒子
(72)【発明者】
【氏名】坂本 達弥
(72)【発明者】
【氏名】福島 健
(72)【発明者】
【氏名】小野里 磨優
【審査官】吉田 将志
(56)【参考文献】
【文献】再公表特許第2005/116629(JP,A1)
【文献】特開2014-034573(JP,A)
【文献】特開2018-205131(JP,A)
【文献】特開2000-329744(JP,A)
【文献】特開2006-160678(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2018/0059075(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/62
C07D 403/12
REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
1級アミン構造を有する化合物を誘導体化するための誘導体化試薬であって、
下記構造式(1)
【化1】
で表される化合物を含むことを特徴とする誘導体化試薬。
【請求項2】
タンデム型質量分析計により、化合物が1級アミン構造を有するか否かを分析する方法であって、下記構造式(1)
【化2】
で表される化合物を用いて試料中に含まれる1級アミン構造を有する化合物を誘導体化することを含むことを特徴とする分析方法。
【請求項3】
タンデム型質量分析計により、光学異性体が存在し、かつ1級アミン構造を有する化合物を分離及び/又は定量する方法であって、下記構造式(1)
【化3】
で表される化合物を用いて試料中に含まれる光学異性体が存在し、かつ1級アミン構造を有する化合物を誘導体化することを含むことを特徴とする分離及び/又は定量方法。
【請求項4】
下記構造式(1)
【化4】
で表されることを特徴とする化合物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、1級アミン構造を有する化合物を誘導体化するために好適な化合物、1級アミン構造を有する化合物を誘導体化するための誘導体化試薬、タンデム型質量分析計により、化合物が1級アミン構造を有するか否かを分析する分析方法、並びにタンデム型質量分析計により、光学異性体が存在し、かつ1級アミン構造を有する化合物を分離及び/又は定量する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
例えば、下記構造式で表される1級アミンと2級アミンとを高速液体クロマトグラフィー-タンデム型質量分析計(LC-MS/MS)で分析しようとした場合、これらの物質は分子式がともにC
3H
9NOであり、質量分析計(MS)で調べる精密質量(Exact Mass)は75.0684で同一のため、2物質の区別がつかないという問題がある。
【化1】
また、タンデム型質量分析計(MS/MS)での開裂イオンもわかりにくい場合が多いという問題がある。クロマトグラフィーでの保持時間の違いによって区別できる場合が多いものの、その場合、上記物質の標準品がないと判定できないという問題がある。
また、LC-MS/MS単独で分析しようとすると、化学構造の特定が困難な事例が多いという問題もある。例えば、マススペクトル情報がクラウド上のデータベースに接続され、候補物質を抽出できる高性能な質量分析計を用いても、候補物質が複数ヒットするため、1物質に絞れないことがよくあるのが現状である。
【0003】
生理活性物質や医薬品には、類似の化学構造でありながら、1級アミンと2級アミンの部分が異なっていたり、両方のアミンが混在している重要な物質が幾つか知られており、例えば、ノルアドレナリン(1級アミン)とアドレナリン(2級アミン);ノルフルオキセチン(1級アミン)とフルオキセチン(2級アミン);プトレスシン(2級アミン)、スペルミジン(1級アミンと2級アミンが混在)、及びスペルミン(1級アミンと2級アミンが混在)などが挙げられる。
そのため、このような物質群における1級アミンと2級アミンの分別分析が求められている。
【0004】
試料中に含まれる微量成分の検出には、「誘導体化」が有効であり、成分を誘導体化することで、検出感度の向上や化学構造情報の取得が期待できる。
【0005】
これまでに、1級アミンと2級アミンの分別分析に関する技術として、1級アミンに対して特徴的な開裂様式を示す誘導体化試薬として下記構造式で表される化合物(以下、「COXA-OSu」と称することがある。)を用いて化合物を誘導体化し、誘導体化された化合物を分析する技術が提案されている(非特許文献1参照)。前記提案の技術によれば、アミノ酸やペプチドなどの生体試料中のアミンを定性・定量できる。
【化2】
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0006】
【文献】Sakamoto et al., J Chromatogr A, 1585:131-137, 2019
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
本発明者らは、前記COXA-OSuについて検討したところ、誘導体化した化合物の安定性が十分とはいえないという問題があることを見出した。
【0008】
本発明は、前記従来における諸問題を解決し、以下の目的を達成することを課題とする。即ち、本発明は、タンデム型質量分析計により1級アミン構造を識別することができ、かつ安定性に優れた1級アミン構造を有する化合物を誘導体化するための誘導体化試薬、前記誘導体化試薬に好適な化合物、タンデム型質量分析計により、化合物が1級アミン構造を有するか否かを分析する分析方法、並びにタンデム型質量分析計により、光学異性体が存在し、かつ1級アミン構造を有する化合物を分離及び/又は定量する分離及び/又は定量方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明者らは、前記目的を達成するべく鋭意検討を行った結果、4-イミダゾリジノン骨格を持つ構造式(1)で表される化合物(以下、「CIMA-OSu」と称することがある。)は、1級アミンと共有結合し、タンデム型質量分析計におけるマススペクトル上で、脱プロトン分子に対して、規則的なイオン(脱プロトン分子の質量電荷比(m/z)の値-43(×n)(nは1以上の整数を表す。)又は-194の値の質量電荷比)を生じること、1級アミン以外の2級アミン、フェノール性ヒドロキシ基などでは、前記規則的なイオンが生成されないこと、CIMA-OSuで誘導体化した化合物が非常に安定であることを知見した。
【0010】
本発明は、本発明者らによる前記知見に基づくものであり、前記課題を解決するための手段としては、以下の通りである。即ち、
<1> 1級アミン構造を有する化合物を誘導体化するための誘導体化試薬であって、
下記構造式(1)
【化3】
で表される化合物を含むことを特徴とする誘導体化試薬である。
<2> タンデム型質量分析計により、化合物が1級アミン構造を有するか否かを分析する方法であって、下記構造式(1)
【化4】
で表される化合物を用いて試料中に含まれる1級アミン構造を有する化合物を誘導体化することを含むことを特徴とする分析方法である。
<3> タンデム型質量分析計により、光学異性体が存在し、かつ1級アミン構造を有する化合物を分離及び/又は定量する方法であって、下記構造式(1)
【化5】
で表される化合物を用いて試料中に含まれる光学異性体が存在し、かつ1級アミン構造を有する化合物を誘導体化することを含むことを特徴とする分離及び/又は定量方法である。
<4> 下記構造式(1)
【化6】
で表されることを特徴とする化合物である。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、従来における前記諸問題を解決し、前記目的を達成することができ、タンデム型質量分析計により1級アミン構造を識別することができ、かつ安定性に優れた1級アミン構造を有する化合物を誘導体化するための誘導体化試薬、前記誘導体化試薬に好適な化合物、タンデム型質量分析計により、化合物が1級アミン構造を有するか否かを分析する分析方法、並びにタンデム型質量分析計により、光学異性体が存在し、かつ1級アミン構造を有する化合物を分離及び/又は定量する分離及び/又は定量方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1A】
図1Aは、試験例1におけるSerを誘導体化した場合(CIMA-Ser)のマススペクトル(陽イオンモード)と開裂様式を示す図である。
【
図1B】
図1Bは、試験例1におけるProを誘導体化した場合(CIMA-Pro)のマススペクトル(陽イオンモード)と開裂様式を示す図である。
【
図1C】
図1Cは、試験例1におけるSerを誘導体化した場合(CIMA-Ser)のマススペクトル(陰イオンモード)と開裂様式を示す図である。
【
図1D】
図1Dは、試験例1におけるLysを誘導体化した場合(CIMA-Lys)のマススペクトル(陰イオンモード)と開裂様式を示す図である。
【
図1E】
図1Eは、試験例1におけるProを誘導体化した場合(CIMA-Pro)のマススペクトル(陰イオンモード)と開裂様式を示す図である。
【
図1F】
図1Fは、試験例1におけるN-メチルグリシンを誘導体化した場合(CIMA-N-メチルグリシン)のマススペクトル(陰イオンモード)と開裂様式を示す図である。
【
図2】
図2は、試験例2におけるタンデム型質量分析計により測定したマススペクトルを示す図である。
【
図3A】
図3Aは、試験例3-1における誘導体化したセリンの安定性を調べた結果を示す図である。
【
図3B】
図3Bは、試験例3-2における誘導体化したセリンの安定性を調べた結果を示す図である。
【
図4A】
図4Aは、試験例4においてDL-Serを誘導体化した場合の結果を示す図である。
【
図4B】
図4Aは、試験例4においてDL-Alaを誘導体化した場合の結果を示す図である。
【
図4C】
図4Cは、試験例4においてDL-Ile及びDL-Leuを誘導体化した場合の結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
(化合物)
本発明の化合物は、下記構造式(1)で表される化合物(CIMA-OSu)である。下記構造式(1)中の「*」は不斉炭素を表す。下記構造式(1)で表される化合物は、S体であってもよいし、R体であってもよいし、S体とR体とが混在していてもよい。
【化7】
【0014】
前記構造式(1)で表される化合物の製造方法としては、特に制限はなく、公知の化学合成方法を適宜選択することができ、例えば、後述する〔実施例〕の項目に記載の方法などで製造することができる。
なお、後述する〔実施例〕の項目に記載の方法は一例である。また、化学合成における反応温度や反応時間などの反応条件や、用いる化合物及びその使用量、溶媒、精製方法などは、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0015】
得られた化合物が、前記構造式(1)で表される構造を有するか否かは、適宜選択した各種の分析方法により確認することができる。前記分析方法としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、質量分析法、紫外分光法、赤外分光法、プロトン核磁気共鳴分光法、炭素13核磁気共鳴分光法、元素分析法等の分析方法などが挙げられる。前記分析方法は、1種単独で用いてもよいし、2種以上を併用してもよい。なお、前記各分析方法による測定値には、多少の誤差が生じることがあるが、当業者であれば、化合物が前記構造式(1)で表される構造を有することは容易に同定することが可能である。
【0016】
前記構造式(1)で表される化合物の用途としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、1級アミン構造を有する化合物を誘導体化するための誘導体化試薬として好適に用いることができる。
【0017】
(誘導体化試薬)
本発明の誘導体化試薬は、1級アミン構造を有する化合物を誘導体化するための誘導体化試薬であって、本発明の構造式(1)で表される化合物を少なくとも含み、必要に応じて更にその他の成分を含む。
【0018】
<構造式(1)で表される化合物>
前記構造式(1)で表される化合物は、上記した本発明の構造式(1)で表される化合物である。
前記構造式(1)で表される化合物の前記誘導体化試薬における量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。前記誘導体化試薬は、前記構造式(1)で表される化合物のみからなるものであってもよい。
【0019】
<その他の成分>
前記その他の成分としては、本発明の効果を損なわない限り、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、前記構造式(1)で表される化合物を溶解させるための溶媒などが挙げられる。これらは、1種単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
前記溶媒としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、アセトニトリルなどが挙げられる。
前記その他の成分の前記誘導体化試薬における量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
【0020】
前記誘導体化試薬は、前記構造式(1)で表される化合物と、必要に応じて前記その他の成分とを同一の容器内に含む態様であってもよいし、別々の容器に分け、使用時に混合する態様であってもよい。
【0021】
本発明の誘導体化試薬によれば、後述する〔実施例〕の項目に示したように、24時間後も安定な誘導体を調製することができる。
【0022】
(分析方法)
本発明のタンデム型質量分析計により、化合物が1級アミン構造を有するか否かを分析する方法(以下、「分析方法」と称することがある。)は、誘導体化工程を少なくとも含み、分析工程、必要に応じて更にその他の工程を含む。
【0023】
<誘導体化工程>
前記分析方法における誘導体化工程は、本発明の構造式(1)で表される化合物を用いて試料中に含まれる1級アミン構造を有する化合物を誘導体化する工程である。
【0024】
前記試料としては、1級アミン構造を有する化合物が存在するか否かを分析しようとする試料であれば、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、生理活性物質、医薬品、アミノ酸やペプチドなどを含む生体試料などが挙げられる。
【0025】
前記誘導体化の反応における前記構造式(1)で表される化合物の使用量としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができるが、試料中に含まれ得る1級アミン構造に対して過剰量となるようにすることが好ましい。
【0026】
前記誘導体化の反応においては、塩基を加えて反応させてもよい。
前記誘導体化の反応条件としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、室温(20℃程度)~60℃程度で5~120分間程度反応させるなどが挙げられる。本発明の構造式(1)で表される化合物によれば、例えば、室温で15分間以下という短時間で誘導体化の反応を完結することも可能である。
【0027】
<分析工程>
前記分析方法における分析工程は、前記誘導体化した試料のマススペクトルをタンデム型質量分析計により分析する工程である。
【0028】
前記タンデム型質量分析計としては、特に制限はなく、市販のタンデム型質量分析計を適宜選択することができる。前記タンデム型質量分析計は、液体クロマトグラフィーと組み合わせた装置(LC/MS/MS)であってもよい。
【0029】
前記タンデム型質量分析計の測定条件としては、特に制限はなく、使用する装置の説明書などに基づいて適宜選択することができる。
【0030】
-分析-
前記構造式(1)で表される化合物で試料を誘導体化すると、1級アミンと2級アミンで、マススペクトル上のイオンが異なるため、分子式が同じであっても、両物質(1級アミンと2級アミン)の区別がはっきりでき、化学構造の決定に有用である。
【0031】
前記分析工程では、マススペクトルを陽イオンモードで分析した際に、質量電荷比(m/z)が91のイオン(フラグメントイオンと称することがある)が存在する場合には、試料中に、1級アミノ基、2級アミノ基、フェノール性ヒドロキシ基、又は芳香族アミノ基を分子中に有する化合物が存在すると判断することができる。
【0032】
前記分析工程では、マススペクトルを陰イオンモードで分析した際に、脱プロトン分子([M-H]-)の質量電荷比(m/z)の値から-43(×n)(nは1以上の整数を表す。)、又は-194の質量電荷比(m/z)の値のイオンが存在する場合には、試料中に1級アミノ基を分子中に有する化合物が存在すると判断することができる。以下、脱プロトン分子の質量電荷比(m/z)の値から-43(×n)、又は-194の値の質量電荷比のことを、それぞれ「Δm/z 43(×n)」、「Δm/z 194」と称することがある。
また、「Δm/z 43×n」のイオンが検出された場合には、n個の1級アミノ基が存在すると判断することができる。
【0033】
以上のように、陽イオンモード及び陰イオンモードで共通して検出されたピークは1級アミンを表し、陽イオンモードでしか検出されなかったピークは1級アミンではないことを表す。
【0034】
<その他の工程>
前記分析方法におけるその他の工程としては、本発明の効果を損なわない限り、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができる。
本発明の分析方法は、公知の他の分析方法と組み合わせて行うこともできる。
【0035】
本発明の分析方法によれば、ごく微量の物質であっても、その化学構造(1級アミンの存在及びその1分子あたりの数)を確認、決定することができる。
【0036】
(分離及び/又は定量方法)
本発明のタンデム型質量分析計により、光学異性体が存在し、かつ1級アミン構造を有する化合物を分離及び/又は定量する方法(以下、「分離及び/又は定量方法」と称することがある。)は、誘導体化工程を少なくとも含み、分析工程、必要に応じて更にその他の工程を含む。
【0037】
<誘導体化工程>
前記分離及び/又は定量方法における誘導体化工程は、本発明の構造式(1)で表される化合物を用いて試料中に含まれる光学異性体が存在し、かつ1級アミン構造を有する化合物を誘導体化する工程である。
前記分離及び/又は定量方法における誘導体化工程は、上記した本発明の分析方法における誘導体化工程と同様にして行うことができる。
【0038】
<分析工程>
前記分離及び/又は定量方法における分析工程は、前記誘導体化した試料のマススペクトルをタンデム型質量分析計により分析する工程である。
【0039】
前記タンデム型質量分析計及びその測定条件としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、上記した本発明の分析方法の項目に記載したものと同様とすることができる。
【0040】
-分析-
上記したように前記構造式(1)で表される化合物は、4-イミダゾリジノン骨格に不斉炭素を1つ有している。そのため、後述する〔実施例〕の項目に示したように、前記構造式(1)で表される化合物を用いて、光学異性体が存在し、かつ1級アミン構造を有する化合物を誘導体化し、質量分析計による分析に適用することで、光学異性体の分離・定量をすることができる。
【0041】
<その他の工程>
前記分離及び/又は定量方法におけるその他の工程としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、例えば、上記した本発明の分析方法におけるその他の工程と同様にして行うことができる。
本発明の分離及び/又は定量方法は、公知の他の分離及び/又は定量方法と組み合わせて行うこともできる。
【0042】
本発明の分離及び/又は定量方法によれば、ごく微量の物質であっても、光学異性体の分離・定量をすることができる。
【実施例】
【0043】
以下に本発明の製造例及び試験例を説明するが、本発明は、これらの製造例及び試験例に何ら限定されるものではない。
【0044】
(製造例1:(S)-CIMA-OSuの製造)
<(4S)-3-[(ベンジルオキシ)カルボニル]-5-オキソ-1,3-オキサゾリジン-4-イル)酢酸の合成>
【化8】
N-ベンジルオキシカルボニル-L-アスパラギン酸(2.50g、9.75mmol)、パラホルムアルデヒド(5当量)、及びp-トルエンスルホン酸一水和物(触媒量)をトルエン(50mL)に懸濁し、ディーンスターク装置を用いて生成する水を共沸除去しながら、3時間加熱還流した。続いて、反応溶液を分液漏斗に移し、5%炭酸水素ナトリウム水溶液(50mL×2)へ抽出した。水層を35%塩酸を添加して約pH1.0に調整した。生成物を酢酸エチル(50mL×2)に抽出し、得られた有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥し、乾燥剤をろ過後、溶媒を減圧留去した。得られた油状物を熱トルエンに溶解し、溶液を室温に冷却すると、白色の固体が沈殿した。固体をろ過し、減圧下で乾燥させて、(4S)-3-[(ベンジルオキシ)カルボニル]-5-オキソ-1,3-オキサゾリジン-4-イル)酢酸を得た(2.18g、7.81mmol、80%)。
【0045】
<(4S)-3-(((ベンジルオキシ)カルボニル)アミノ)-4-(メチルアミノ)-4-オキソブタン酸の合成>
【化9】
(4S)-3-[(ベンジルオキシ)カルボニル]-5-オキソ-1,3-オキサゾリジン-4-イル)酢酸(1.55g、5.55mmol)をメチルアミン-エタノール溶液(約2M、10mL)に溶解し、室温で一晩撹拌した。反応液を酢酸エチル(100mL)で希釈し、分液漏斗に移した。生成物を5%炭酸水素ナトリウム水溶液(50mL)に抽出し、水層を35%塩酸を添加して約pH1.0に調整した。生成物を酢酸エチル(50mL×2)に抽出し、得られた有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥し、乾燥剤をろ過後、溶媒を減圧留去した。得られた粗生成物を水で再結晶して白色固体(4S)-3-(((ベンジルオキシ)カルボニル)アミノ)-4-(メチルアミノ)-4-オキソブタン酸(774mg、2.78mmol、50%)を得た。
【0046】
<(4S)-2-(3-((ベンジルオキシ)カルボニル)-1-メチル-5-オキソイミダゾリジン-4-イル)酢酸の合成>
【化10】
(4S)-3-(((ベンジルオキシ)カルボニル)アミノ)-4-(メチルアミノ)-4-オキソブタン酸(79.2mg、0.283mmol)、パラホルムアルデヒド(2当量)、p-トルエンスルホン酸一水和物(触媒量)をトルエン(25mL)に懸濁し、ディーンスターク装置を用いて生成する水を共沸除去しながら、3時間加熱還流した。生成物を5%炭酸水素ナトリウム水溶液(50mL)に抽出し、水層を35%塩酸を添加して約pH1.0に調整した。生成物を酢酸エチル(50mL×2)に抽出し、得られた有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥し、乾燥剤をろ過後、溶媒を減圧留去した。粗生成物のトルエン溶液を-18℃に冷却で白色固体が析出した。固体をろ取して、(4S)-2-(3-((ベンジルオキシ)カルボニル)-1-メチル-5-オキソイミダゾリジン-4-イル)酢酸を白色固体として得た(139mg、0.476mmol、48%)。
【0047】
<(S)-CIMA-OSuの合成>
【化11】
(4S)-2-(3-((ベンジルオキシ)カルボニル)-1-メチル-5-オキソイミダゾリジン-4-イル)酢酸(139mg、0.476mmol)、N-ヒドロキシコハク酸イミド(123mg、1.07mmol)、及び1-(3-ジメチルアミノプロピル)-3-エチルカルボジイミド塩酸塩(115mg、0.600mmol)をアセトニトリル(10mL)に溶解し、室温で一晩撹拌した。反応混合物を酢酸エチル(50mL)で希釈し、0.5M塩酸(50mL)、飽和炭酸水素ナトリウム水溶液(50mL)、及び飽和塩化ナトリウム水溶液(50mL)で洗浄した。得られた有機層を無水硫酸ナトリウムで乾燥し、乾燥剤をろ過後、溶媒を減圧留去し、ベンジル(S)-5-(2-((2,5-ジオキソピロリジン-1-イル)オキシ)-2-オキソエチル)-3-メチル-4-オキソイミダゾリジン-1-カルボキシレート((S)-CIMA-OSu)を得た(149mg、0.383mmol、80%)。なお、同定データは、下記のとおりであった。
1H-NMR(400MHz; CDCl
3): 7.59-7.14(m, 5H, Ar-H
5), 5.48-4.95(m, 2H, OCH
2Ph), 4.91-4.70(m, 2H, 2-CH
2), 4.51-4.22(m, 1H, α-CH), 3.66-3.18(m, 2H, β-CH
2), 3.09-2.89(m, 3H, NCH
3), 2.85-2.54(m, 4H, OSu-H
4),
m/z[M+H]
+: 390.12963(calcd.: 390.13012)
【0048】
(製造例2:(R)-CIMA-OSuの製造)
出発原料としてN-ベンジルオキシカルボニル-D-アスパラギン酸を用いた以外は製造例1と同様の方法で、(R)-CIMA-OSuを製造し、同定した。
【0049】
(試験例1)
<前処理(誘導体化工程)>
10mM アミノ酸(Ser(1級アミン)、Pro(2級アミン)、Lys(1級アミン)、又はN-メチルグリシン(2級アミン))溶液10μL、30mM N,N-ジメチルアミノピリジン-アセトニトリル溶液10μL、20mM (S)-CIMA-OSu-アセトニトリル溶液10μLを混合し、60℃で60分間静置した。
その後、ギ酸/水/アセトニトリル混合液(1:50:50)170μLを加え反応停止したものを測定試料とした(カラムを通さず直接MSへ導入)。
【0050】
<質量分析計(MS)測定条件>
装置 : LCMS-8040(トリプル四重極型LC/MS/MSシステム、株式会社島津製作所)
イオン源 : エレクトロスプレーイオン化(ESI)
測定モード : プロダクトイオンスキャン m/z[M+H]+>50-1000
コリジョンエネルギー : 陽イオンモード-30V、陰イオンモード20V
【0051】
<結果>
結果を
図1Aから1Fに示す。
図1A及び1Bは陽イオンモードで測定した結果を示し(
図1A:Ser、
図1B:Pro)、
図1Cから1Fは陰イオンモードで測定した結果を示す(
図1C:Ser、
図1D:Lys、
図1E:Pro、
図1F:N-メチルグリシン)。
図1Aから1Fのグラフの横の図は、誘導体化した化合物の開裂様式の模式図である。
【0052】
図1A及び1Bに示したように、陽イオンモードでCIMA-OSuで誘導体化されたアミンの誘導体を分析した場合には、1級アミン及び2級アミンで、質量電荷比(m/z)が91のフラグメントイオンが共通して検出された。
この結果から、陽イオンモードで測定した場合において、質量電荷比(m/z)が91のフラグメントイオンが検出された場合には、試料中に1級アミノ基又は2級アミノ基などのCIMA-OSuで誘導体化される官能基を有する化合物が存在すると判断することができる。
【0053】
図1C及び1Dに示したように、陰イオンモードでCIMA-OSuで誘導体化された1級アミンの誘導体を分析した場合は、4-イミダゾリジノン骨格が開裂したプロダクトイオンが生成し、脱プロトン分子の質量電荷比(m/z)の値との差(Δm/z)が、194又は43(×n)のフラグメントイオンが検出された。
この結果から、Δm/zが194又は43(×n)のフラグメントイオンが検出された合には、測定した試料が、1級アミン構造を有する化合物であると判断することができ、また、Δm/zが43×nのフラグメントイオンの存在から、分子内の1級アミンの個数(n)を明らかにすることができる。
【0054】
図1E及び1Fに示したように、陰イオンモードでCIMA-OSuで誘導体化された2級アミンの誘導体を分析した場合は、脱プロトン分子([M-H]
-)の質量電荷比(m/z)との差(Δm/z)が、194又は43のフラグメントイオンは検出されなかった(4-イミダゾリジノン骨格が開裂しない)。
この結果から、Δm/zが194又は43のフラグメントイオンが検出されない場合には、測定した試料が、1級アミン構造を有する化合物ではないと判断できる。なお、陰イオンモードでCIMA-OSuで誘導体化された2級アミンの誘導体を分析した場合は、Δm/zが108(×n)(nは1以上の整数を表す)のフラグメントイオンが検出される。
【0055】
(試験例2:食品中のアミノ酸の探索的分析)
<試料の調製(誘導体化工程)>
約50mgの味噌を秤量し、水(1.0mL/50mg味噌)を加えて懸濁し、65℃、15分間加熱した。次に、不溶性成分を遠心分離した後、上清を10μL採り、水で10倍に希釈した。希釈液10μLを30mM N,N-ジメチルアミノピリジン(塩基触媒)-アセトニトリル溶液10μL、20mM (R)-CIMA-OSu-アセトニトリル溶液10μLと混合し、室温で15分間静置した。
続いて、ギ酸/アセトニトリル混合液(1:1000)1mLを加え反応を停止し、ギ酸/アセトニトリル混合液(1:1000)で予めコンディショニングした陰イオン交換型固相抽出剤(InertSepNH2(50mg/1mL)へ添加した。次に、洗浄(ギ酸/アセトニトリル混合液(1:1000)1mL)及び溶出(ギ酸/メタノール/水混合液(5:30:70)、200μL)を行い、溶出した液をLC-MSで分析した。
【0056】
<<測定条件>>
-液体クロマトグラフィー(LC)条件-
分離固定相としてユニゾンUK-C8(2.0mm×150mm、3.0μm)(Imtakt Corporation)を使用し、移動相は、[A]ギ酸/メタノール/水(3:200:800)、及び、[B]ギ酸/アセトニトリル(3:1000)の2液によるグラジエント溶出を採用した。
[B]の割合 : 0%(0~20分)、0~15%(20~25分)、15%(25~30分)、15~25%(30~35分)、25%(35~40分)、40%(40.01~45分)、100%(45.01~50分)、0%(50.01~60分)
カラム恒温槽温度 : 35℃
流速 : 0.3mL/分間
【0057】
-MS測定条件-
装置 : Q Exactive(ハイブリッド四重極-オービトラップ質量分析計LC/MS/MSシステム、Thermo Scientific)
イオン源 : ESI
測定モード : data-dependent MS/MS
【0058】
<結果>
結果を
図2に示す。
図2中、上段は陽イオンモードの結果(質量電荷比m/zが91のイオンを検出)を示し、下段は陰イオンモードの結果(脱プロトン分子の質量電荷比の値-194の質量電荷比(Δm/zが194)のイオンを検出)を示す。
図2の上段に示したように、陽イオンモードでは複数のピークが検出され、味噌には、様々な種類のアミンのようにCIMA-OSuと反応する物質が含まれていることが明らかになった。
また、
図2の下段に示したように、陰イオンモードでは1級アミン誘導体と推察されるピークのみが検出され、2級アミン誘導体などと思われるピークは検出されなかった。
図2の上段及び下段の比較、並びに各ピークのマススペクトルから分子を推定することで、本発明の誘導体化試薬を用いると、全イオン(
図2の上段)の中から試料中の1級アミン構造を有する化合物(
図2の上段及び下段で共通して検出されたピーク)を検出することができ、試料中の化合物のアミンの級数を識別し、定性できることが確認された。そのため、本発明の誘導体化試薬は、ヒト血清などの生体試料や食品試料への適用も期待できる。
【0059】
(試験例3)
<試験例3-1>
<<前処理(誘導体化工程)>>
100μM DL-アミノ酸混合溶液(各100μM)10μL、30mM N,N-ジメチルアミノピリジン-アセトニトリル溶液10μLと、20mM (R)-CIMA-OSu-アセトニトリル溶液10μLを混合し、室温で15分間静置した。
続いて、ギ酸/アセトニトリル混合液(1:1000)1mLを加え反応を停止し、ギ酸/アセトニトリル混合液(1:1000)で予めコンディショニングした陰イオン交換型固相抽出剤(InertSepNH2(50mg/1mL)へ添加した。次に、洗浄(ギ酸/アセトニトリル混合液(1:1000)1mL)及び溶出(ギ酸/メタノール/水混合液(5:30:70)、200μL)を行い、溶出した液を測定試料とした。
【0060】
<<測定条件>>
-LC条件-
分離固定相としてユニゾンUK-C8(2.0mm×150mm、3.0μm)(Imtakt Corporation)を使用し、移動相は、[A]ギ酸/メタノール/水(3:200:800)、及び、[B]ギ酸/アセトニトリル(3:1000)の2液によるグラジエント溶出を採用した。
[B]の割合 : 0%(0~20分)、0~15%(20~25分)、15%(25~30分)、15~25%(30~35分)、25%(35~40分)、40%(40.01~45分)、100%(45.01~50分)、0%(50.01~60分)
カラム恒温槽温度 : 35℃
流速 : 0.3mL/分間
【0061】
-MS測定条件-
装置 : LCMS-8040(トリプル四重極型LC/MS/MSシステム、株式会社島津製作所)
イオン源 : ESI
測定モード : 多重反応モニタリング(MRM) m/z[M+H]+>91.1
同一試料を24回(1時間/測定)連続分析した。
【0062】
<試験例3-2>
誘導体化試薬として、「Sakamoto et al., J Chromatogr A, 1585:131-137, 2019」に記載の下記構造式で表される化合物((R)-COXA-OSu)を前記文献に記載の方法で製造した。
【化12】
【0063】
<<前処理(誘導体化工程)及び測定条件>>
試験例3-1における(R)-CIMA-OSu-アセトニトリル溶液を(R)-COXA-OSu-アセトニトリル溶液に代えた以外は、試験例3-1と同様にして前処理及び測定を行った。
【0064】
<結果>
試験例3-1の結果を
図3Aに、試験例3-2の結果を
図3Bに示す。なお、データは、L-Serの結果を抜粋して示した。
図3A及び3Bに示したように、従来の誘導体化試薬でセリンを誘導体化した試験例3-2では誘導体の安定性が欠けていたのに対し、本発明の誘導体化試薬でセリンを誘導体化した試験例3-1では、誘導体の面積の経時的減少はほとんど見られず、安定性に優れたものであることが確認された。
【0065】
一般的な高速液体クロマトグラフィー装置を用いた分析は、一測定当たり数分~数十分要するが、一度に多数の検体を連続分析するため、試料調製直後から分析が始まるまでに時間差が生じる。この間に誘導体化した化合物の分解が起きると、測定待ち時間が長い検体と短い検体との間の測定結果の差が生じてしまうため、誘導体の不安定性は分析の再現性を著しく損なうことになる。また、極微量の成分の場合、重要な物質であっても、経時的分解があれば、検出できなくなる恐れがある。
上記した結果から明らかなように、本発明の構造式(1)で表される化合物で誘導体化した場合には、従来の誘導体化試薬で誘導体化した場合と比べて、顕著に安定性が優れるため、安定性が劣ることによる問題を低減することができる。
【0066】
(試験例4)
<前処理(誘導体化工程)>
100μM DL-アミノ酸混合溶液(各100μM、アミノ酸の種類は、Ser、Ala、又はIle及びLeu)10μL、30mM N,N-ジメチルアミノピリジン-アセトニトリル溶液10μL、20mM (R)-CIMA-OSu-アセトニトリル溶液10μLを混合し、室温で15分間静置した。
続いて、ギ酸/アセトニトリル混合液(1:1000)1mLを加え反応を停止し、ギ酸/アセトニトリル混合液(1:1000)で予めコンディショニングした陰イオン交換型固相抽出剤(InertSepNH2(50mg/1mL)へ添加した。次に、洗浄(ギ酸/アセトニトリル混合液(1:1000)1mL)及び溶出(ギ酸/メタノール/水混合液(5:30:70)、200μL)を行い、溶出した液を測定試料とした。
【0067】
<測定条件>
<<液体クロマトグラフィー(LC)条件>>
分離固定相としてユニゾンUK-C8(2.0mm×150mm、3.0μm)(Imtakt Corporation)を使用し、移動相は、[A]ギ酸/メタノール/水(3:200:800)、及び、[B]ギ酸/アセトニトリル(3:1000)の2液によるグラジエント溶出を採用した。
[B]の割合 : 0%(0~20分)、0~15%(20~25分)、15%(25~30分)、15~25%(30~35分)、25%(35~40分)、40%(40.01~45分)、100%(45.01~50分)、0%(50.01~60分)
カラム恒温槽温度 : 35℃
流速 : 0.3mL/分間
【0068】
<<MS測定条件>>
装置 : LCMS-8040(トリプル四重極型LC/MS/MSシステム、株式会社島津製作所)
イオン源 : ESI
測定モード : MRM m/z[M+H]+>91.1
【0069】
<結果>
アミノ酸としてSerを用いた場合の結果を
図4Aに、Alaを用いた場合の結果を
図4Bに、Ile及びLeuを用いた場合の結果を
図4Cに示す。
図4Aから4Cに示したように、本発明の誘導体化試薬で光学異性体が存在し、かつ1級アミン構造を有する化合物を誘導体化することで、光学異性体の分離及び定量が可能であることが確認された。