IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 日産自動車株式会社の特許一覧 ▶ 国立大学法人群馬大学の特許一覧

特許7533887金属複合酸化物形成用前駆体水溶液、該前駆体水溶液を用いた固体酸化物形燃料電池用空気極の製造方法、及び固体酸化物形燃料電池単セル
<>
  • 特許-金属複合酸化物形成用前駆体水溶液、該前駆体水溶液を用いた固体酸化物形燃料電池用空気極の製造方法、及び固体酸化物形燃料電池単セル 図1
  • 特許-金属複合酸化物形成用前駆体水溶液、該前駆体水溶液を用いた固体酸化物形燃料電池用空気極の製造方法、及び固体酸化物形燃料電池単セル 図2
  • 特許-金属複合酸化物形成用前駆体水溶液、該前駆体水溶液を用いた固体酸化物形燃料電池用空気極の製造方法、及び固体酸化物形燃料電池単セル 図3
  • 特許-金属複合酸化物形成用前駆体水溶液、該前駆体水溶液を用いた固体酸化物形燃料電池用空気極の製造方法、及び固体酸化物形燃料電池単セル 図4
  • 特許-金属複合酸化物形成用前駆体水溶液、該前駆体水溶液を用いた固体酸化物形燃料電池用空気極の製造方法、及び固体酸化物形燃料電池単セル 図5
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-05
(45)【発行日】2024-08-14
(54)【発明の名称】金属複合酸化物形成用前駆体水溶液、該前駆体水溶液を用いた固体酸化物形燃料電池用空気極の製造方法、及び固体酸化物形燃料電池単セル
(51)【国際特許分類】
   H01M 4/88 20060101AFI20240806BHJP
   H01M 8/12 20160101ALI20240806BHJP
   H01M 4/86 20060101ALI20240806BHJP
   C04B 35/50 20060101ALI20240806BHJP
   C01G 51/00 20060101ALI20240806BHJP
【FI】
H01M4/88 T
H01M8/12 101
H01M4/86 U
C04B35/50
C01G51/00 B
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020115604
(22)【出願日】2020-07-03
(65)【公開番号】P2022013200
(43)【公開日】2022-01-18
【審査請求日】2023-06-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000003997
【氏名又は名称】日産自動車株式会社
(73)【特許権者】
【識別番号】504145364
【氏名又は名称】国立大学法人群馬大学
(74)【代理人】
【識別番号】100102141
【弁理士】
【氏名又は名称】的場 基憲
(74)【代理人】
【識別番号】100137316
【弁理士】
【氏名又は名称】鈴木 宏
(72)【発明者】
【氏名】宋 東
(72)【発明者】
【氏名】入月 桂太
(72)【発明者】
【氏名】福山 陽介
(72)【発明者】
【氏名】佐藤 和好
(72)【発明者】
【氏名】神成 尚克
【審査官】守安 太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-091578(JP,A)
【文献】特開2010-177096(JP,A)
【文献】特開平02-262260(JP,A)
【文献】特開2016-207399(JP,A)
【文献】特表2019-521496(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2013-0123928(KR,A)
【文献】韓国公開特許第10-2010-0102892(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 4/88
H01M 4/86
H01M 8/12
C04B 35/50
C01G 51/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
固体酸化物形燃料電池の空気極に用いられる、少なくともプラセオジム(Pr)と、バリウム(Ba)と、ストロンチウム(Sr)と、コバルト(Co)と、鉄(Fe)とを含む金属複合酸化物形成用の前駆体水溶液であって、
上記金属複合酸化物の金属源とキレート剤とを含有し、かつpHが2.0を超え4.0以下であり、
上記金属源が、炭酸塩、水酸化物、酢酸塩、クエン酸塩、及びアルコキシドから成る群より選ばれた少なくとも1種であることを特徴とする前駆体水溶液。
【請求項2】
pHが2.3以上4.0以下であることを特徴とする請求項1に記載の前駆体水溶液。
【請求項3】
上記キレート剤が、クエン酸、エチレンジアミン四酢酸、ジカルボン酸、ポリアクリル酸から成る群より選ばれた少なくとも1種であることを特徴とする請求項1又は2に記載の前駆体水溶液。
【請求項4】
上記金属源の含有量が、金属複合酸化物換算で1質量%を超え15質量%未満であることを特徴とする請求項1~3のいずれか1つの項に記載の前駆体水溶液。
【請求項5】
多孔質基材の細孔内に金属複合酸化物粒子を備える、固体酸化物形燃料電池用空気極の製造方法であって、
上記金属複合酸化物粒子が、プラセオジム(Pr)と、バリウム(Ba)と、ストロンチウム(Sr)と、コバルト(Co)と、鉄(Fe)とを含み、
上記請求項1~4のいずれか1つの項に記載の前駆体水溶液を上記多孔質基材の細孔内に付着させる含浸工程と、
上記前駆体水溶液が付着した多孔質基材を焼成する加熱工程と、を有することを特徴とすることを特徴とする固体酸化物形燃料電池用空気極の製造方法。
【請求項6】
上記加熱工程の焼成・焼結温度が、750℃以上850℃以下であることを特徴とする請求項5に記載の固体酸化物形燃料電池用空気極の製造方法。
【請求項7】
金属支持体の上に燃料極、固体電解質層、及び空気極がこの順で積層された積層構造を有する固体酸化物形燃料電池単セルであって、
上記空気極が多孔質基材の細孔内に金属複合酸化物粒子を備え、
上記金属複合酸化物粒子の組成が、下記一般式(1)で表され、
上記金属複合酸化物粒子の平均粒径が、100nm以下であることを特徴とする固体酸化物形燃料電池単セル。

PrBa 1-x Sr x Co 2-y Fe ・・・一般式(1)

但し、一般式(1)中、xの範囲は0.1~0.5であり、yの範囲は0.1~1.0である。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属複合酸化物形成用の前駆体水溶液、該前駆体水溶液を用いた固体酸化物形燃料電池用空気極の製造方法、及び固体酸化物形燃料電池単セルに係り、更に詳細には、電極反応の反応面積を増大することができる金属複合酸化物形成用の前駆体水溶液、該前駆体水溶液を用いた固体酸化物形燃料電池用空気極の製造方法、及び固体酸化物形燃料電池単セルに関する。
【背景技術】
【0002】
固体酸化物形燃料電池は、きわめて高い効率で発電できる燃料電池である。
この固体酸化物形燃料電池の空気極(カソード)の電極材料としては、従来からLSM、LSC、LSCF等のストロンチウム(Sr)を含むペロブスカイト型の金属複合酸化物が多く用いられている。
【0003】
これらの金属複合酸化物を用いた固体酸化物形燃料電池は、一般に作動温度が高く、起動時間の短縮や、燃料電池を構成する材料の耐久性向上の観点から、作動温度の低温化が望まれる。
【0004】
非特許文献1には、酸素の還元反応の活性が高く、作動温度を低温化できる空気極の電極材料として、PrBa0.5Sr0.5Co1.5Fe0.5等、プラセオジム(Pr)、バリウム(Ba)、ストロンチウム(Sr)、コバルト(Co)、及び鉄(Fe)を含む金属複合酸化物(以下「PBSCF」ということがある。)が開示されている。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】RSC Adv.,2014,4,1775-1781
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
空気極における電極反応は、空気極から電解質への酸素イオンの伝達によって行われるので、電池性能を向上させるためには、空気極を構成する電極材料(金属複合酸化物)と空気に代表される含酸素ガスとの反応面積の拡大、具体的には、金属複合酸化物の比表面積を増大させることが重要である。
【0007】
固体酸化物形燃料電池用空気極を作製する方法としては、金属複合酸化物の粉末とバインダーとを含むペーストを、スクリーン印刷法やドクターブレード法などで基板上に塗布して電極前駆体を形成し、この電極前駆体を加熱して焼結する方法が知られている。
【0008】
この作製方法で用いられる金属複合酸化物の粉末は、例えば、電極材料となる金属複合酸化物を構成する元素の硝酸塩を水に溶解し、ここに、クエン酸やグリシンなどの有機配位子を添加した後、加熱による濃縮工程において水を蒸発さて前駆体を調製し、この前駆体を焼成することで得ることができる。
【0009】
上記の方法では、前駆体の焼結条件や、金属複合酸化物の粉砕条件、電極の焼成条件を制御することで多孔質な空気極を形成することができる。
【0010】
しかしながら、PBSCFは、上記LSM、LSC、LSCF等の金属複合酸化物とは異なり、その構成元素にバリウム(Ba)含む。この硝酸塩(Ba(NO)は、他の金属の硝酸塩に比して安定性が極めて高いため、溶解度が低く、従って、前駆体調整時の濃縮工程において析出し、バリウム成分の偏在を生じやすい。
【0011】
したがって、未反応物や中間生成物などの不純物のない単相のPBSCF粒子を得るには、上記前駆体の粉砕や1000℃以上の高温での焼成を要するので、粒子同士が合一してPBSCF粒子が大粒径化し易い。
【0012】
また、上記の方法では、PBSCF粒子焼成時の加熱処理に加えて、空気極形成のために再度、950℃以上での加熱処理(焼結)が必要であり、PBSCF粒子が成長し表面積が減少してしまう。
【0013】
したがって、PBSCFを用いた燃料電池においては、電池性能の向上のために、PBSCF粒子を小粒径化し、反応面積を拡大させることが困難であるという、Baを含む金属複合酸化物に特有の問題を有する。
【0014】
本発明は、このような従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、その目的とするところは、反応面積を拡大させることが可能な、小粒径のPBSCF粒子を作製できる、金属複合酸化物形成用の前駆体水溶液、固体酸化物形燃料電池用空気極の製造方法、及び固体酸化物形燃料電池単セルを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0015】
本発明者は、上記目的を達成すべく鋭意検討を重ねた結果、金属複合酸化物の金属源として、硝酸塩以外の炭酸塩、水酸化物、酢酸塩、クエン酸塩、及びアルコキシドから選択使用することで、高温での焼成が不要となることを見出した。これにより、一回の加熱処理で焼成・焼結が可能となり、多孔質基材の細孔内に小粒径の金属複合酸化物粒子を形成することができ、本発明を完成するに至った。
【0016】
即ち、本発明の金属複合酸化物形成用の前駆体水溶液は、固体酸化物形燃料電池の空気極に用いられる、少なくともプラセオジム(Pr)と、バリウム(Ba)と、ストロンチウム(Sr)と、コバルト(Co)と、鉄(Fe)とを含む金属複合酸化物の形成に用いられる前駆体水溶液である。
そして、上記金属複合酸化物の金属源とキレート剤とを含有し、かつpHが2.0を超え4.0以下であり、
上記金属源が、炭酸塩、水酸化物、酢酸塩、クエン酸塩、及びアルコキシドから成る群より選ばれた少なくとも1種であることを特徴とする。
【0017】
また、本発明の固体酸化物形燃料電池用空気極の製造方法は、多孔質基材の細孔内に金属複合酸化物粒子を備える燃料電池用空気極の製造方法である。
そして、上記金属複合酸化物粒子が、プラセオジム(Pr)と、バリウム(Ba)と、ストロンチウム(Sr)と、コバルト(Co)と、鉄(Fe)とを含み、
上記金属複合酸化物形成用前駆体水溶液を上記多孔質基材の細孔表面に付着させる含浸工程と、
上記前駆体水溶液が付着した多孔質基材を焼成する加熱工程と、を有することを特徴とすることを特徴とする。
【0018】
さらに、本発明の固体酸化物形燃料電池単セルは、金属支持体の上に燃料極、固体電解質層、及び空気極がこの順で積層された積層構造を有する。
そして、上記空気極が多孔質基材の細孔内に金属複合酸化物粒子を備え、
上記金属複合酸化物粒子上記金属複合酸化物粒子の組成が、下記一般式(1)で表され、
上記金属複合酸化物粒子の平均粒径が、100nm以下であることを特徴とする

PrBa 1-x Sr x Co 2-y Fe ・・・一般式(1)

但し、一般式(1)中、xの範囲は0.1~0.5であり、yの範囲は0.1~1.0である。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、金属複合酸化物の金属源として、硝酸塩以外の炭酸塩、水酸化物、酢酸塩、クエン酸塩、及びアルコキシドから選択使用することで、多孔質基材の細孔内に小粒径の金属複合酸化物粒子を形成可能な、固体酸化物形燃料電池の空気極に用いられる、金属複合酸化物形成用の前駆体水溶液、該前駆体水溶液を用いた固体酸化物形燃料電池用空気極の製造方法、及び固体酸化物形燃料電池単セルを提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】実施例1の空気極の断面TEM像である。
図2】金属源の種類が、金属複合酸化物の中の不純物の有無に影響を及ぼすことを示すX線回折スペクトルである。
図3】前駆体水溶液のpHが、金属複合酸化物の不純物の有無に影響を及ぼすことを示すX線回折スペクトルである。
図4】前駆体水溶液のpHが、金属複合酸化物の不純物の有無に影響を及ぼすことを示すX線回折スペクトルである。
図5】焼成温度が、金属複合酸化物の不純物の有無に影響を及ぼすことを示すX線回折スペクトルである。
【発明を実施するための形態】
【0021】
<前駆体水溶液>
本発明の前駆体水溶液について詳細に説明する。
上記前駆体水溶液は、固体酸化物形燃料電池の空気極の電極材料となる金属複合酸化物の形成に用いられる水溶液であり、上記金属複合酸化物の金属源とキレート剤とを含有する。
【0022】
上記金属複合酸化物は、少なくともプラセオジム(Pr)、バリウム(Ba)、ストロンチウム(Sr)、コバルト(Co)及び、鉄(Fe)を含む金属複合酸化物(PBSCF)であり、下記一般式(1)で表される。

PrBa1-xSrxCo2-yFe・・・一般式(1)

但し、一般式(1)中、xの範囲は0.1~0.5であり、yの範囲は0.1~1.0である。
【0023】
上記金属複合酸化物を構成する金属は、炭酸塩、水酸化物、酢酸塩、クエン酸塩、及びアルコキシドから選択される水に可溶な金属源から得ることができ、1つの金属源につき、炭酸塩、水酸化物、酢酸塩、クエン酸塩、及びアルコキシドから選ばれた任意の2種類以上の化合物を金属源として使用してもよい。
【0024】
上記キレート剤は、金属複合酸化物を構成する金属のキレート錯体を形成し、電極材料の金属化合物を、前駆体水溶液中で安定化することができればよく、従来公知のキレート剤を使用することができる。
【0025】
上記キレート剤としては、例えば、クエン酸、エチレンジアミン四酢酸(EDTA)、ジカルボン酸、ポリアクリル酸を挙げることができ、これらは、1種又は2種以上を混合して使用してもよい。
【0026】
上記前駆体水溶液は、pHが2.0を超え4.0以下である。
さらに上記前駆体水溶液のpHは、2.3~4.0であることが好ましく、2.5~3.8であることがより好ましく、さらには2.8~3.8であることがより好ましい。
pHが2.0以下では、配位子の解離が抑制され、安定な水溶性錯体が形成されないため不純物のない単相のPBSCFを形成できない。
【0027】
また、pHが4.0を超えると、上記前駆体水溶液中のBaが、BaCoOやBaCOを生成し易くなり、単相のPBSCFの形成が困難になる。
加えて、Prを含有する前駆体水溶液においては、3価のPrが酸化されてPr4+となり、Pr単独の酸化物(PrO)が生成され易くなってPBSCFの生成反応が阻害される。
【0028】
上記前駆体水溶液のpHは、上記キレート剤の含有量や、アンモニアなどのpH調整剤の含有量により調整できる。
キレート剤の含有量は、金属源を含む化合物の種類やその濃度にもよるが、金属複合酸化物の重量の3倍~7倍であることが好ましい。キレート剤の含有量を多くすれば前駆体水溶液の安定性が向上するが、キレート剤の含有量が多すぎると生成する金属複合酸化物が相対的に減少して生産性が低下する。
【0029】
上記前駆体水溶液中の金属源の含有量は、金属複合酸化物換算で1質量%を超え15質量%未満であることが好ましく、3質量%以上13質量%以下であることがより好ましく、さらに5~10質量%であることが好ましい。
【0030】
金属源の含有量が上記範囲内であることで、生産性が向上する。
すなわち、金属源の含有量が少なすぎると、後述する、多孔質基材の細孔内に金属源を付着させる含浸工程一回当たりの金属源の付着量が少なく、十分な金属複合酸化物を形成するため付着工程が多くなる傾向がある。また、前駆体水溶液の温度にもよるが、金属源の含有量が多すぎると、前駆体水溶液の流動性が低下し、多孔質基材の細孔内に前駆体水溶液を含浸させ難くなる傾向がある。
【0031】
特に5質量%以上であると、常温での前駆体水溶液の安定性が良好であり、後述する、含浸工程における沈殿の発生を抑止できるのでバリウム成分の偏在を防止できる。
本発明の前駆体水溶液は、金属イオンに配位子が配位したキレート錯体の状態で水溶液中に安定的に溶解している。これは、キレート剤と水との競争的な反応の結果であり、上述したキレート剤の含有量においては、金属源の含有量が少なくなるとキレート剤の濃度も低下するため、配位子が金属イオンから外れて加水分解反応が進み、加水分解物(水酸化物等)が析出し易くなる。
【0032】
<固体酸化物形燃料電池用空気極の製造方法>
本発明の固体酸化物形燃料電池用空気極の製造方法は、多孔質基材の細孔内に金属複合酸化物粒子を備える空気極を作製する方法である。
【0033】
上記製造方法は、上記前駆体水溶液を多孔質基材の細孔表面に付着させ、電極前駆体を形成する含浸工程と、上記前駆体水溶液が付着した多孔質基材、すなわち電極前駆体を焼成・焼結し空気極を形成する加熱工程を有する。
【0034】
上記前駆体水溶液は、金属源として硝酸塩を用いていないので、NO を含んでいないのは当然ながら、SO 2-、Clなどの電極反応を阻害する他のイオン源をも含んでいない。したがって、上記イオンを除去するために金属複合酸化物粒子を洗浄する必要がない。
【0035】
このため、本発明の固体酸化物形燃料電池用空気極の製造方法においては、予め、金属複合酸化物粒子を形成することなく、上記前駆体水溶液を直接多孔質基材に含浸させ、該多孔質基材と共に加熱処理することができる。
【0036】
そして、上記加熱処理により多孔質基材の細孔内で、金属元素の偏在のない前駆体粒子が析出し、これが焼成・焼結されて金属複合酸化物粒子が形成される。
【0037】
このように、一回の加熱処理で焼成・焼結を行うことで、金属複合酸化物粒子の大粒径化を防止し、多孔質基材の細孔の内面に小粒径の金属複合酸化物粒子が接合した空気極を製造できる。
【0038】
加えて、上述した硝酸塩を金属源として用いる従来の方法では、硝酸バリウム(Ba(NO)の低い溶解度に起因する、前駆体調整時の濃縮工程での析出によりバリウム成分の偏在を生じやすく、未反応物相や中間生成相が形成され易い。
【0039】
本発明では、前駆体水溶液の溶媒を蒸発させて金属元素の偏在のない前駆体粒子を析出させるので、組成に偏りが生じ難く、単相の金属複合酸化物粒子を形成できる。
【0040】
上記含浸工程は、常圧で行ってもよいが、減圧で行うことでと前駆体水溶液を多孔質基材の細孔内に入りやすく、生産性が向上する。
【0041】
また、含浸回数は、多孔質基材の細孔に前駆体水溶液を十分付着できれば、特に制限はなく、前駆体水溶液中の金属源の含有量にもよるが3回~10回であることが好ましい。
【0042】
上記多孔質基材は、平均細孔径が1~3μmであることが好ましく、また、細孔容積は、0.01~0.1cm/gであることが好ましい。
上記範囲内の多孔質基材を用いることで、前駆体水溶液を含浸させ易く、反応ガスの流通性と反応面積の拡大とを両立できる。
【0043】
上記加熱工程の温度は、750℃以上850℃以下であることが好ましい。
本発明においては、組成偏りのない析出物が得られ、焼成・焼結時に混相を形成し難いため、従来技術のように、単一の組成物からなる単相の金属複合酸化物粒子を得るための粉砕工程や、1000℃以上の高温での焼成が必要ない。
【0044】
したがって、電極前駆体の加熱処理を比較的低い上記温度範囲で行って、副反応を抑制しつつ、金属複合酸化物粒子の大粒径化を防止することができ、多孔質基材の細孔内に平均粒子径が10nm~100nmである単相の金属複合酸化物粒子が形成され、反応面積が大きな空気極を得ることができる。
【0045】
また、上記加熱工程の温度が750℃以上850℃以下と比較的低いため、メタルサポートや、燃料極の劣化をも防止することができる。
【0046】
上記電極前駆体の加熱時間は、10分間~3時間が好ましく、30分間~2時間がより好ましい。3時間を超えても、形成される金属複合酸化物粒子に影響はないが、金属複合酸化物粒子の大粒径化を招いたり生産性が低下したりするので3時間以下にすることが好ましい。
【0047】
上記焼成温度で固体酸化物形燃料電池用の空気極を形成可能な多孔質基材としては、イットリア安定化ジルコニア、スカンジア安定化ジルコニア、ガドリニウムドープセリアなどの多孔質基材を挙げることができる。
【0048】
<固体酸化物形燃料電池単セル>
本発明の固体酸化物形燃料電池単セルは、金属支持体の上に燃料極、固体電解質層、及び空気極がこの順で積層された積層構造を有し、上記前駆体水溶液を用いた固体酸化物形燃料電池用空気極の製造方法を用いて製造される。
【0049】
上記固体酸化物形燃料電池単セルの空気極は、多孔質基材の細孔内に金属複合酸化物粒子を備え、この金属複合酸化物粒子は、平均粒径が100nm以下であり反応面積を大きくできるので、電池性能を向上させることができる。
【実施例
【0050】
以下、本発明を実施例により詳細に説明するが、本発明は下記実施例に限定されるものではない。
【0051】
[実施例1]
PrBa0.5Sr0.5Co1.5Fe0.5を形成するように、次の金属源をモル比でPr:Ba:Sr:Co:Feが2:1:1:3:1の量となるように秤量した。

Pr源:Pr(CO(富士フィルム和光純薬)
Ba源:BaCO(堺化学工業)
Sr源:SrCO(関東化学)
Co源:2CoCO・3Co(OH)・4HO(関東化学)
Fe源:クエン酸Feアンモニウム(関東化学)
【0052】
秤量した金属源の濃度が5質量%になるように純水に加え、さらに形成される金属複合酸化物(PBSCF)の重量に対して5倍の重量となるようにクエン酸(関東化学)を添加し、ここに、pH調整剤として25%アンモニア水溶液を、クエン酸の重量に対して0.2倍となるように添加し、100℃で1時間攪拌して金属源を完全に溶解させて前駆体水溶液を得た。
この前駆体水溶液のpHは3.3であった。
【0053】
金属支持体の上に燃料極、固体電解質層、中間層、及び空気極がこの順で積層された積層構造を有するメタルサポート型の積層構造物を形成した。
【0054】
上記金属支持体は、鉄及びクロムを主成分とする金属の多孔質体からなり、厚さは300μm、気孔率は40%である。
上記燃料極は、鉄及びクロムを主成分とする金属とイットリア安定化ジルコニア(YSZ)との混合物からなり、厚さは20μmである。
上記固体電解質層は、イットリア安定化ジルコニアからなり、厚さは5μmである。
上記空気極の多孔質基材は、ガドリニウムドープセリア(GDC)からなり、厚さは20μm、細孔径は2μm、細孔容積は0.05cm/gである。
【0055】
上記積層構造物の空気極に前駆体水溶液を滴下し、前駆体水溶液が空気極に含浸させた。前駆体水溶液の滴下が終了したら5分間保持し、含浸後に余剰の前駆体水溶液を除去した。
【0056】
その後、積層構造物を240℃のホットプレート上で10分間保持し乾燥させた。
【0057】
さらに、上記の滴下、保持、及び乾燥を複数回繰り返した後、空気中で、焼成温度850℃、焼成・焼結時間2時間の条件で積層構造物を焼成して、固体酸化物形燃料電池単セルを得た。
空気極の断面TEM像を図1に示す。
【0058】
[実施例2]
焼成・焼結を750℃で行う他は、実施例1と同様にして固体酸化物形燃料電池単セルを得た。
【0059】
[実施例3]
秤量した金属源の濃度が1質量%になるように純水に加える他は、実施例2と同様にして固体酸化物形燃料電池単セルを得た。
【0060】
[実施例4]
秤量した金属源の濃度が10質量%になるように加える純水を減らす他は、実施例2と同様にして固体酸化物形燃料電池単セルを得た。
【0061】
[実施例5]
秤量した金属源の濃度が15質量%になるように加える純水を減らす他は、実施例2と同様にして固体酸化物形燃料電池単セルを得た。
【0062】
[実施例6]
前駆体水溶液にpH調整剤として添加する25%アンモニア水溶液を、クエン酸の重量に対して0.3倍となるように添加した他は実施例1と同様にして、固体酸化物形燃料電池単セルを得た。
この前駆体水溶液のpHは3.8であった。
【0063】
[実施例7]
前駆体水溶液にpH調整剤として添加する25%アンモニア水溶液を、クエン酸の重量に対して0.1倍となるように添加した他は実施例1と同様にして、固体酸化物形燃料電池単セルを得た。
この前駆体水溶液のpHは2.5であった。
【0064】
[実施例8]
次の金属源に変えて前駆体水溶液を作製する他は、実施例1と同様にして固体酸化物形燃料電池単セルを得た。

Pr源:Pr(CHCOO)(関東化学)
Ba源:Ba(CHCOO)(関東化学)
Sr源:Sr(CHCOO)・0.5HO (関東化学)
Co源:(CHCOO)Co・4HO (関東化学)
Fe源:クエン酸Feアンモニウム (関東化学)
【0065】
[比較例1]
前駆体水溶液にpH調整剤として添加する25%アンモニア水溶液を、クエン酸の重量に対して0.4倍となるように添加した他は実施例2と同様にして、固体酸化物形燃料電池単セルを得た。
この前駆体水溶液のpHは4.3であった。
【0066】
[比較例2]
前駆体水溶液にpH調整剤として25%アンモニア水溶液を添加しなかった他は実施例2と同様にして、固体酸化物形燃料電池単セルを得た。
この前駆体水溶液のpHは2.0であった。
【0067】
[比較例3]
前駆体水溶液にpH調整剤として添加する25%アンモニア水溶液を、クエン酸の重量に対して0.4倍となるように添加し、焼成・焼結を850℃で行う他は実施例1と同様にして、固体酸化物形燃料電池単セルを得た。
この前駆体水溶液のpHは4.3であった。
【0068】
[比較例4]
前駆体水溶液にpH調整剤として添加する25%アンモニア水溶液を、クエン酸の重量に対して1.0倍となるように添加した他は実施例1と同様にして、固体酸化物形燃料電池単セルを得た。
この前駆体水溶液のpHは6.5であった。
【0069】
[比較例5]
次の金属源に変えて前駆体水溶液を作製する点と、pH調整剤として添加する25%アンモニア水溶液の量の他は、実施例1と同様にして固体酸化物形燃料電池単セルを得た。

Pr源:Pr(NO(関東化学)
Ba源:Ba(NO(関東化学)
Sr源:Sr(NO (関東化学)
Co源:Co(NO(関東化学)
Fe源:Fe(NO3 (関東化学)

この前駆体水溶液のpHは3.3であった。
【0070】
<評価>
実施例、比較例の前駆体水溶液、及び空気極を形成する金属複合酸化物粒子を、以下の方法で評価した。評価結果を表1に示す。
【0071】
(前駆体水溶液の流動性)
前駆体水溶液が入った容器を45°傾けて流動性を評価した。

○:すぐに流動し始める。
△:すぐには流動し始めない。
【0072】
(前駆体水溶液の作業性)
多孔質基材に所定量の前駆体水溶液を付着させるのに要した含浸回数により作業性を評価した。

〇:4以下
△:5回以上
【0073】
(金属複合酸化物粒子の相)
ガドリニウムドープセリアの平板に前駆体水溶液を付着させ、加熱処理して得た金属複合酸化物粒子を、2θ/θ法,Cu Kα,40kV/40mA,サンプル間隔2θ=0.01°の条件でX線回折(XRD)により結晶構造を測定した。
測定結果を図2~5に示す。X線回折スペクトル図中、不純物に起因するピークを□で示した。
【0074】
図2から、金属源が硝酸塩であると、加熱温度が850℃では単相の金属複合酸化物を形成できないことがわかる。
図3、4から、pHが4.0を超える比較例1、3、4は、中間生成相であるBaCoOが確認できるが、pHが2.5の実施例7とpHが3.8の実施例6とは、実施例1と同様に単相の金属複合酸化物が形成されていることから、前駆体水溶液のpHが2を超え4以下であると単相の金属複合酸化物を形成できることがわかる。
図5から、加熱温度が750℃以上850℃以下であると単相の金属複合酸化物を形成できることがわかる。
【0075】
(金属複合酸化物粒子の平均粒径)
XRDの半値幅から金属複合酸化物粒子の平均粒径を算出した。
【0076】
【表1】
【0077】
表1の結果から、本発明の前駆体水溶液を用いて、本発明の固体酸化物形燃料電池用空気極の製造方法で空気極を製造すると、平均粒径が25~40nmの単相の金属複合酸化物粒子が形成されており、平均粒径が100nm以下の単相の金属複合酸化物粒子を形成できることから、電池性能を向上できることがわかる。
図1
図2
図3
図4
図5