IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 国立大学法人 千葉大学の特許一覧

<>
  • 特許-エレクトロクロミック素子 図1
  • 特許-エレクトロクロミック素子 図2
  • 特許-エレクトロクロミック素子 図3
  • 特許-エレクトロクロミック素子 図4
  • 特許-エレクトロクロミック素子 図5
  • 特許-エレクトロクロミック素子 図6
  • 特許-エレクトロクロミック素子 図7
  • 特許-エレクトロクロミック素子 図8
  • 特許-エレクトロクロミック素子 図9
  • 特許-エレクトロクロミック素子 図10
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-05
(45)【発行日】2024-08-14
(54)【発明の名称】エレクトロクロミック素子
(51)【国際特許分類】
   G02F 1/163 20060101AFI20240806BHJP
   G02F 1/1523 20190101ALI20240806BHJP
【FI】
G02F1/163
G02F1/1523
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2019197197
(22)【出願日】2019-10-30
(65)【公開番号】P2021071556
(43)【公開日】2021-05-06
【審査請求日】2022-08-31
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 2019年電気化学秋季大会(講演要旨集、学会発表) (1)学会名 2019年電気化学秋季大会 (2)講演要旨集発行日 令和1年8月27日 (3)学会発表日 令和1年9月5日
(73)【特許権者】
【識別番号】304021831
【氏名又は名称】国立大学法人千葉大学
(74)【代理人】
【識別番号】100098729
【弁理士】
【氏名又は名称】重信 和男
(74)【代理人】
【識別番号】100204467
【弁理士】
【氏名又は名称】石川 好文
(74)【代理人】
【識別番号】100148161
【弁理士】
【氏名又は名称】秋庭 英樹
(74)【代理人】
【識別番号】100195833
【弁理士】
【氏名又は名称】林 道広
(72)【発明者】
【氏名】小林 範久
(72)【発明者】
【氏名】中村 一希
(72)【発明者】
【氏名】杉田 隆紀
【審査官】植田 裕美子
(56)【参考文献】
【文献】特開2006-030616(JP,A)
【文献】特開昭62-071934(JP,A)
【文献】特開2009-025461(JP,A)
【文献】特開2007-178840(JP,A)
【文献】特開2015-082081(JP,A)
【文献】特開2005-196069(JP,A)
【文献】特開2004-004267(JP,A)
【文献】特開2007-240668(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G02F 1/15-1/19
G09G 3/19,3/38
G09F 9/30-9/46
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
一対の電極と、前記一対の電極の間に保持されたエレクトロクロミック材料及び溶媒を含む電解液と、前記一対の電極に電圧を印加する電圧印加手段と、前記一対の電極及び前記電圧印加手段の間に設けられた前記電圧を印加する閉回路状態及び前記電圧を印加しない開回路状態を切り替えるスイッチ手段と、を有し、鏡面発色させることができるエレクトロクロミック素子において、
前記エレクトロクロミック材料の濃度が、100mM以下であり、
前記電圧を印加して前記エレクトロクロミック材料を析出させ前記鏡面発色させる際、前記スイッチ手段を閉回路状態にした後、開回路状態にする期間を設け、再び閉回路状態にすることを特徴とするエレクトロクロミック素子。
【請求項2】
前記エレクトロクロミック材料が、銅化合物、銅イオン、金化合物、金イオン、ビスマス化合物、ビスマスイオン、銀化合物又は銀イオンを含有する請求項1に記載のエレクトロクロミック素子。
【請求項3】
前記開回路状態にする期間が、1回以上4回以下であることを特徴とする請求項1又は請求項2に記載のエレクトロクロミック素子。
【請求項4】
前記開回路状態にする期間が、1秒以上であることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載のエレクトロクロミック素子。
【請求項5】
前記開回路状態にする期間が、5秒以上であることを特徴とする請求項1乃至請求項3のいずれかに記載のエレクトロクロミック素子。
【請求項6】
前記エレクトロクロミック材料の濃度が、30mM以下であることを特徴とする請求項1乃至請求項5のいずれかに記載のエレクトロクロミック素子。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、エレクトロクロミック素子に関し、より詳細には、エレクトロクロミック材料を含み、エレクトロクロミック材料の光物性を変化させることで調光、調色する素子及びこれを用いた製品、例えばディスプレイなどの表示装置、外部から入射する光量を調整する装置等に好適なものに関する。
【背景技術】
【0002】
透過する光量を調節する素子は、例えば表示装置、調光フィルタ等として現在市販されている。
【0003】
テレビやパソコンモニタ、携帯電話ディスプレイを始めとした情報を表示するための装置(表示装置)は、近年の情報化社会において欠かすことのできない装置である。また、外部から入射する光量を調節する調光フィルタ、防眩ミラー等の調光装置は、屋内、車、航空機等の空間において、外部からの光を調節するためのカーテン等と同様の効果を有し、生活において非常に役立つものである。
【0004】
本発明者らの公知の技術として、例えば、下記特許文献1には、一対の基板の対向する面に一対の電極を形成し、この一対の電極間に銀イオンを含むエレクトロクロミック材料及び溶媒を含む電解液を挟持させ、銀を透明電極上に電解析出させることで、透明状態から鏡状態・黒状態・カラー状態への可逆的な色変化を可能にするエレクトロクロミック素子が開示されている。
【0005】
この公知のエレクトロクロミック素子の駆動方式を図10に示す。一対の電極間に定電圧を印加する方式と、ステップ電圧(V1、V2)を印加する方式がある。このエレクトロクロミック素子は、このような電圧印加を取り入れることで、透明状態及び鏡状態・黒状態だけでなく、カラー状態を実現することができるようになる。
【0006】
まず、定電圧を印加すること又は電圧の印加を解除することで黒状態、鏡状態、透明状態を実現することができる。さらに、ステップ電圧を印加することで析出する銀の粒子径を異ならせ、カラー状態を実現することができる。
【0007】
ステップ電圧を印加する方式に関して、図10を用いて詳述すると、第一の印加期間t1において銀粒子の核生成を行い、第二の印加期間t2において核成長を行わせる。すなわち、それぞれの電圧値を異ならせることで核生成期間に特化した期間と、核成長期間に特化した期間とをそれぞれ設け、銀の粒子をカラー状態の範囲となるよう調節することが可能となる。
【0008】
以上の公知のエレクトロクロミック素子によると、印加電圧の値を変化させることで、黒状態、鏡状態、カラー状態を可能とし、更にカラー状態も多色の表示が可能となる。また、印加電圧を解除した状態で透明状態を実現することができる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】国際公開第2013/180125号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
発明者らは、様々な色発色を行うために様々な銀イオン濃度のエレクトロクロミック素子を検討してきた。実際に、銀イオン濃度が高濃度の素子を用いると鏡面発色を実現するのに有利であった。その一方で、低濃度の素子を用いると、低反射な黒発色、さらには鮮やかなマルチカラー発色を実現するのに有利であった。これは、黒発色と鏡面発色とは析出させる銀粒子の形状が対極であるため、低濃度の素子においては反射率の高い光学特性を得ることが困難であるという問題点を有していた。
【0011】
本発明は、上記課題に鑑みてなされたものであり、銀イオン濃度が低濃度の場合においても、反射率の高い光学特性を得ることが可能なエレクトロクロミック素子を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者らは、上記課題を解決するべく鋭意検討を行った結果、銀イオン濃度が低濃度の素子においては、流束(銀イオンの供給量)が小さく、銀ナノ粒子の粒子成長時、即座に一次元拡散律速へとシフトする傾向が見られたことにより、電極に対して垂直方向への粒子成長が中心的に行われるため、粒子同士の融着が起きず平滑で高反射な膜を形成することが困難であることが判明した。さらに検討を進めると、銀イオン濃度が低濃度の素子においても、銀イオンを析出させる際、電極に電圧を印加しない開回路状態にする期間を設けることで、水平方向への粒子成長を促すよう拡散を制御することが可能となり、析出時の銀粒子同士を融着させるため、平滑な膜を形成させ、反射率を向上できることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
本発明の一観点に係るエレクトロクロミック素子は、一対の電極と、一対の電極の間に保持されたエレクトロクロミック材料及び溶媒を含む電解液と、一対の電極に電圧を印加する電圧印加手段と、一対の電極及び電圧印加手段の間に設けられた前記電圧を印加する閉回路状態及び前記電圧を印加しない開回路状態を切り替えるスイッチ手段と、を有する構成において、前記電圧を印加してエレクトロクロミック材料を析出させる際、スイッチ手段を開回路状態にする期間を設けたことを特徴とするものである。
【0014】
さらに、エレクトロクロミック材料が、銅化合物、銅イオン、金化合物、金イオン、ビスマス化合物、ビスマスイオン、銀化合物又は銀イオンを含有すると望ましい。
【0015】
さらに、スイッチ手段を開回路状態にする期間が、1回以上4回以下であると望ましい。
【0016】
さらに、スイッチ手段を開回路状態にする期間が、1秒以上であると望ましい。
【0017】
さらに、スイッチ手段を開回路状態にする期間が、5秒以上であると望ましい。
【0018】
さらに、エレクトロクロミック材料の濃度が、30mM以下であると望ましい。
【発明の効果】
【0019】
本発明によれば、一対の電極に電圧を印加してエレクトロクロミック材料を析出させる際、電圧を印加しない期間(スイッチ手段を開回路状態にする期間)を設けることで、電極に対して水平方向への粒子成長を促すよう拡散を制御することが可能となり、析出時の粒子同士を融着させるため、平滑な膜を形成させ、エレクトロクロミック材料濃度が低濃度の場合においても、反射率の高い光学特性を得ることが可能なエレクトロクロミック素子を提供できる利点がある。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1】実施形態に係るエレクトロクロミック素子の概略図である。
図2】実施形態に係るエレクトロクロミック材料(AgNO)の濃度をパラメータとして、サイクリックボルタンメトリー測定を実施した結果を示す図である。
図3】実施例に係る開回路状態を設けた本発明と、開回路状態を設けない従来方式との反射スペクトルを比較した結果を示す図である。
図4】実施例に係る本発明の手法で銀析出を行った場合と、従来の手法で銀析出を行った場合のFE-SEMによる析出銀形状像を示す図である。
図5】実施例に係る反応電荷量が80mCに達するまでの電位印加時間をn回に分割し、その都度5秒間、開回路状態に戻して繰り返し銀析出を行った場合の変数nに対する700nmの反射率を比較した図である。
図6】実施例に係る反応電荷量が80mCに達するまでの電位印加時間を3回に分割し、その都度t秒間、開回路状態に戻して繰り返し銀析出を行った場合の変数tに対する700nmの反射率を比較した図である。
図7】実施例に係る他のエレクトロクロミック素子の概略図である。
図8】実施例に係るスイッチ手段の制御形態の一例を示す図である。
図9】実施例(2極素子)に係る開回路状態を設けた本発明と、開回路状態を設けない従来方式との反射スペクトルを比較した結果を示す図である。
図10】公知のエレクトロクロミック素子の駆動方式を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明の実施形態について説明する。本発明の範囲はこれらの説明に拘束されることはなく、以下の例示以外についても、本発明の趣旨を損なわない範囲で適宜変更し実施することができる。
【0022】
図1は、本発明のエレクトロクロミック素子の概略図である。図1で示すように、本エレクトロクロミック素子は、一対の電極(作用極、対極)と、一対の電極の間に挟持されたエレクトロクロミック材料及び溶媒を少なくとも含む電解液とを有する。なお、一対の電極をそれぞれ支持する一対の基板を有するが、図1においては省略する。また、図1においては、電位の基準となる参照電極を設けた3極素子であり、作用極の電位を基準となる参照電極に対して厳密に規定できる点において好ましい構成である。なお、電解液の詳細な構成は、エレクトロクロミック材料としてAgNOを用い、溶媒としてDMSO(ジメチルスルホキシド)を用い、さらに、電解質としてLiBrを、メディエータとしてCuClを含む構成である。
【0023】
本実施形態において参照電極は、限定されるわけではないが、例えばAg/Ag電極、飽和カロメル電極を好適に用いることができる。なお、本実施形態においてはAg/Ag電極を採用した。
【0024】
また、本実施形態において一対の基板は、電解液を挟み保持するために用いられるものであって、一対の基板の少なくとも一方が透明であればよいが、双方透明であれば、透過型のエレクトロクロミック素子を実現することができる。本実施形態では双方透明な場合で説明する。なお、基板の材料としては、ある程度の硬さ、化学的安定性を有し、安定的に電解液を保持することができる限りにおいて限定されるわけではないが、ガラス、プラスチック、金属、半導体等を採用することができ、透明な基板として用いる場合は、ガラス、プラスチックが適している。
【0025】
また、本実施形態において、一対の基板のそれぞれには、対向面に電極(作用極、対極)が形成されている。この電極は電解液に電圧を印加するために用いられるものである。電極の材料としては、好適な導電性を有する限りにおいて限定されるわけではないが、例えば基板の材質が透明な場合はITO、IZO、SnO、ZnO等の少なくともいずれかを含む透明電極であることが好ましい。なお、本実施形態においては作用極としてITOを採用し、対極としてPt(白金)線を採用した。
【0026】
また、本実施形態において、電極(作用極、対極)は、いずれも平滑な電極であることが好ましい。平滑な電極とは、凹凸のない、凹凸があってもナノオーダー以下である電極であって、限定されるわけではないが、凹凸の高低差が20nm以下であることが好ましく、より好ましくは10nm以下、更に好ましくは5nm以下である。
【0027】
また、本実施形態において、平滑な電極の表面粗さとしては、触針式の測定による表面粗さ(Ra)が、20nm以下、より好ましくは10nm以下、更に好ましくは5nm以下である。この範囲とすることで、鏡状態を実現することができる。
【0028】
また、本実施形態に係る電極(作用極、対極)は、基板上に、表示したい文字などのパターンにあわせた形状として形成してもよく、また、領域ごとに区分された複数の電極を基板上に並べて形成したものであってもよい。領域ごとに区分すると、この各領域を画素として、画素ごとに表示を制御して、複雑な形状の表示にも対応できるといった利点がある。
【0029】
また、電極(作用極、対極)間の距離としては、エレクトロクロミック材料が、微粒子として十分に析出し、又、消失する電界を印加することができる限りにおいて限定されるわけではないが、1μm以上10mm以下が可能であり、望ましくは1μm以上1mm以下の範囲である。なお、スペーサーを電極(作用極、対極)間に設けて、電極(作用極、対極)間の距離を規定することができる。
【0030】
なお、本実施形態に係る電極(作用極、対極、参照電極)は、それぞれ導電性を有する配線を介して電圧印加手段およびスイッチ手段に接続されており、電圧印加手段により供給される電圧値を調整することによって、電解液に対する電圧調整、並びにスイッチ手段により電圧の印加及び解除を制御することができる。
【0031】
また、本実施形態に係る電解液は、支持塩としての電解質を含むとともに、エレクトロクロミック材料およびメディエータを含んでいる。そのほか含有材料を保持するための溶媒を含んでいる。
【0032】
本実施形態の電解液における電解質は、エレクトロクロミック材料の酸化還元等を促進するためのものであり支持塩であることは好ましい一例である。電解質は、臭素イオンを含むことが好ましく、例えば、LiBr、KBr、NaBr、臭化テトラブチルアンモニウム(TBABr)等を例示することができる。なお、電解質の濃度としては、限定されるわけではないが、モル濃度でエレクトロクロミック材料の5倍程度、具体的には3倍以上6倍以下含んでいることが好ましく、例えば、3mM以上6M以下であることが好ましく、より好ましくは5mM以上5M以下、より好ましくは6mM以上3M以下、更に好ましくは15mM以上600mM以下、更に好ましくは25mM以上500mM以下、更に好ましくは30mM以上300mM以下の範囲である。
【0033】
また、本実施形態の電解液における溶媒は、エレクトロクロミック材料、メディエータ及び電解質を安定的に保持することができる限りにおいて限定されるわけではないが、水等の極性溶媒であってもよいし、極性のない有機溶媒等一般的なものも用いることができる。そして、本実施形態においては、DMSOを用いた。
【0034】
また、本実施形態の電解液におけるエレクトロクロミック材料とは、直流電圧を印加することによって酸化還元反応を起こす材料であり、銀イオンを含む塩であることが好ましい。このエレクトロクロミック材料は、酸化還元反応によって銀微粒子を析出又は消失させ、これに基づいて色の変化を生じさせ表示を行なうことができる。銀を含むエレクトロクロミック材料としては限定されるわけではないが、AgNO、AgClO、AgBr、CHCOOAgを挙げることができる。また、銀以外の金属を用いたエレクトロクロミック材料として、金、銅、ビスマスを用いたものが挙げられる。なお、エレクトロクロミック材料の濃度については、上記機能を有する限りにおいて特に限定されるわけではなく、材料によって適宜調整が可能であるが、5M以下であることが望ましく、より望ましくは1mM以上1M以下、更に望ましくは5mM以上100mM以下である。
【0035】
また、本実施形態の電解液におけるメディエータとは、銀、金、銅、ビスマスよりも電気化学的に低いエネルギーで酸化還元反応を行なうことのできる材料である。メディエータの酸化体が銀、金、銅、ビスマスから随時電子を授受することによって、銀、金、銅、ビスマスの酸化による消色反応を補助することができる。なお、メディエータとしては、上記機能を有する限りにおいて限定されるわけではないが、銅(II)イオンの塩であることが好ましく、例えば、CuCl、CuSO、CuBrを挙げることができる。また、メディエータの濃度としては、上記機能を有する限りにおいて限定されず、また、材料によって適宜調整が可能であるが、5mM以上20mM以下であることが望ましく、より望ましくは15mM以下である。20mM以下とすることで過度の色付きを防止することができる、なお、銀イオンと銅(II)イオンとの濃度比としては、限定されるわけではないが、銀イオンを10とした場合、銅(II)イオンは1以上3以下の範囲であることが好ましい。
【0036】
また、本実施形態の電解液においては、上記構成要件のほか、例えば増粘剤を加えることができる。増粘剤を加えることでエレクトロクロミック素子のメモリ性を向上させることができる。なお、増粘剤の例としては、特に限定されるわけではないが、例えばポリビニルアルコールを例示することができる。なお、増粘剤の濃度としては、特に限定されるわけではないが、例えば、電解液の総重量に対し5重量%以上20重量%以下の範囲で含ませておくことが好ましい。
【0037】
また、本実施形態において、電極間に定電圧を印加すると、一方の電極ではエレクトロクロミック材料の銀イオンが還元されて銀として析出する一方、電圧を解除すると、銀は再び銀イオンとして溶解する。なお、この定電圧印加の際の電界強度としては、一対の電極間の距離によって適宜調整が可能であり、限定されるものではなく、電界強度として例えば、絶対値で1.0×10V/m以上1.0×10V/m以下の範囲にあることが好ましく、より好ましくは1.0×10V/m以下の範囲内である。
【0038】
次に、本実施形態のエレクトロクロミック素子において、エレクトロクロミック材料(AgNO)の濃度をパラメータとして、サイクリックボルタンメトリー測定を実施した結果を図2に示しておく。各濃度において電圧を負方向に掃引すると、-1.5Vより銀の析出による還元電流の増加が見られた。次いで正方向に折り返すと、-0.8Vより銀の溶解が始まり、それに伴い酸化電流の増加が見られた。また、濃度が高くなるに伴い還元電流が大きくなっている。これは、流束(銀イオンの供給量)が大きくなっていることに起因すると考えられる。
【0039】
以上のような構成の本実施形態においては、詳細は後述するが、電極に電圧を印加してエレクトロクロミック材料を析出させる際、スイッチ手段を制御して、電圧を印加しない開回路状態にする期間を設けただけの簡易な構成で、電極に対して水平方向への粒子成長を促すよう拡散を制御することが可能となり、析出時の粒子同士を融着させるため、平滑な膜を形成させ、エレクトロクロミック材料濃度が低濃度の場合においても、反射率の高い光学特性を得ることが可能なエレクトロクロミック素子を提供できる。
【0040】
そして、本実施形態のエレクトロクロミック素子は、透明状態から鏡状態・黒状態・カラー状態の多色表示を応用して、表示装置に適用可能であるが、表示装置に限られず、例えば、建築物の調光窓、店舗・商業施設におけるショーウインドウ、自動車・飛行機・電車等の防眩窓等のいわゆるスマートウインドウや、自動車・サングラス等のミラー、駅・空港・バス停等公共の場における情報表示媒体、電子広告等、光の量を調節することのできる極めて広い製品分野に採用することができる。
【実施例
【0041】
以下、実施例により本発明をさらに詳細に説明するが、本発明はこれらによって限定されるものではない。
【0042】
ここで、実際にエレクトロクロミック素子を作製し、その効果の確認を行なったので、以下に説明する。
【0043】
ジメチルスルホキシド(DMSO)にエレクトロクロミック材料として硝酸銀(AgNO)を10、30、50mMの濃度で溶解させた。また、支持電解質として臭化リチウム(LiBr)をAgNOの5倍当量、メディエータとして塩化銅(CuCl)を5mMとなるように溶解させた。これらの溶液を用い、作用極をITO電極、対極を白金線、参照電極をAg/Ag電極とし、3極型の電気化学セルを作製した。同セルの作用極に、定電位-2.5Vを反応電荷量が80mCとなるまで印加し、その後電極表面の反射スペクトル測定を行った。また、発明者らがこれまで鏡状態を発現させるために使用していた銀イオン濃度が50mM以上の素子を使用せず、反射率が比較的小さい特性を示す銀イオン濃度が30mMの素子において反応電荷量が80mCに達するまでの電位印加時間を3回に分け(約27mC×3回)、その都度5秒間開回路状態に戻し、繰り返し銀析出を行った。その際の反射スペクトル測定および電界放射型走査型電子顕微鏡(FE-SEM)による析出銀形状像の観察を行った。
【0044】
銀イオン濃度を変化させた素子に定電位を印加し、反応電荷量80mCに達した後の銀析出面の700nmにおける反射率Rを測定した結果を下記の表1に示す。銀イオン濃度が高くなるに伴い反射率Rは上昇した。また、この定電位印加時において銀析出機構の違いを解析するため、過渡電流値よりコットレル式を用いたフィッティングを行い銀イオンが一次元拡散に律速されるまでの時間Tおよび電荷量Qを算出した結果も下記の表1に示す。時間Tおよび電荷量Qより、銀イオン濃度が高い場合には一次元拡散に律速される前に多量の銀が析出されることが明らかとなった。一般的な電解析出において、一次元拡散律速前には、析出粒子は電着面に対して水平方向を含む三次元的な粒子成長を示す。一方、一次元拡散律速後は反応種が電着面に対し垂直方向のみから供給されるため垂直方向への粒子成長が促進される。よって、銀イオン濃度が高い場合には水平方向への粒子成長が比較的促進され平滑な膜を形成したのち一次元拡散に移行するため、高い反射率が得られたと考えられる。このことから、素子において高い反射率を得るためには、析出中に銀イオンの一次元拡散に律速された状態を起こし難くすることが重要である。
【0045】
【表1】
【0046】
一次元拡散に律速される時間を抑制するため、銀イオン濃度が30mMの素子において反応電荷量が80mCに達するまでの電位印加時間を3回に分割し、その都度5秒間、開回路状態に戻して繰り返し銀析出を行った場合と、従来の開回路状態を設けず、定電位で反応電荷量80mCを印加して銀析出を行った場合との反射スペクトルを比較した結果を図3に示しておく。
【0047】
電圧印加後、従来素子では反応電荷量80mCまで電位を印加し続ける。この場合、銀イオン濃度が比較的低いため一次元拡散律速へ素早く移行する。そのため、粒子が主に縦方向へと成長する一次元的な粒子成長期間が大部分を占めることにより、融着による平滑な膜形成が起きず、比較的小さな反射スペクトルが得られる。
【0048】
一方、本発明の手法では、電圧印加後に一次元拡散律速の状態を打ち消すために反応電荷量80mCまでの電位印加時間を3回に分割し、その都度5秒間開回路状態にした。この結果、従来の素子より反射率が最大30%程度大きくなる様子が見られた。これは一次元拡散律速による垂直方向のみの成長を阻害し、水平方向を含む3次元的な粒子成長を促進させたことにより銀粒子同士が融着を起こしやすくさせたことに起因すると考えられる。
【0049】
本発明の手法で銀析出を行った場合と、従来の手法で銀析出を行った場合のFE-SEMによる析出銀形状像を図4に示しておく。図4(a)が本発明の手法の析出銀形状像であり、図4(b)が従来の手法の析出銀形状像である。FE-SEMを用いて素子を観察した際、一度も開回路状態に戻さなかった素子表面(図4(b))は凹凸を有する球状の粒子が見られた。この銀ナノ粒子の粒径は約100nmであった。その一方、本発明の手法(図4(a))では粒子同士が融着を起こしている様子が見られ、素子の平滑化が認められた。また、この銀ナノ粒子は粒径が約20nmであった。これは、電圧印加を分割することによって、銀ナノ粒子の核数を増やし、さらに水平方向を含む3次元的な粒子成長が促進されたことに起因すると考えられる。
【0050】
以上の結果、反応電荷量が80mCに達するまでの電位印加時間を3回に分割し、その都度5秒間、開回路状態に戻して繰り返し銀析出を行った場合(本発明の手法)、析出中に銀イオンの一次元拡散に律速された状態を起こし難くすることが可能となり、このことから、素子において高い反射率を得ることができるようになったと考えられる。なお、本実施例において、反射率が比較的小さい特性を示す銀イオン濃度が30mMの素子において検討したが、エレクトロクロミック材料の濃度が、30mM以下の素子においても、反射率を向上できることを確認した。
【0051】
(電位印加の分割回数の検討)
図5は、反応電荷量が80mCに達するまでの電位印加時間をn回に分割し、その都度5秒間、開回路状態に戻して繰り返し銀析出を行った場合の変数nに対する700nmの反射率を比較した図である。なお、分割回数1とは、従来の開回路状態を設けず、定電位で反応電荷量80mCを印加して銀析出を行った場合である。分割回数2回以上5回以下(開回路状態にする期間が、1回以上4回以下)で、従来の手法より、反射率の向上が見られた。そして、電位印加を分割する回数を3回(開回路状態にする期間が2回)とした場合、最も反射率が高かった。分割回数を1回から大きくするに伴い700nmにおける反射率は大きくなり、3回では最大値である80%程度に達する。その後、4回以上に分割回数を増やした場合では反射率は徐々に低下する傾向が見られた。
【0052】
(開回路状態にする時間の検討)
図6は、反応電荷量が80mCに達するまでの電位印加時間を3回に分割し、その都度t秒間、開回路状態に戻して繰り返し銀析出を行った場合の変数tに対する700nmの反射率を比較した図である。なお、時間0秒とは、従来の開回路状態を設けず、定電位で反応電荷量80mCを印加して銀析出を行った場合である。開回路状態にする時間を1、5、10、15、20秒と変化させて実験を行った場合、1秒以上で反射率が向上する結果を得た。また、5秒以上では同様の高い反射率(約80%)が得られた。これは、5秒以上のような長時間の間開回路状態に晒すことで、溶液内の濃度勾配が完全になくなったことによると考えられる。
【0053】
(2極素子の検討)
図7は、本発明の他のエレクトロクロミック素子の概略図である。図7で示すように、本エレクトロクロミック素子は、一対の電極(作用極、対極)と、一対の電極の間に挟持されたエレクトロクロミック材料及び溶媒を含む電解液とを有する。なお、一対の電極をそれぞれ支持する一対の基板を有するが、図7においては省略する。そして、図1のエレクトロクロミック素子と異なる点は、参照電極を設けていない2極素子である点であり、構成が簡単である点において好ましい構成である。また、一対の電極に電圧を印加する電圧印加手段と、一対の電極及び電圧印加手段の間に設けられた一対の電極に電圧を印加する閉回路状態及び電圧を印加しない開回路状態を切り替えるスイッチ手段を設けている。このスイッチ手段のオン/オフを制御することで、一対の電極に電圧を印加してエレクトロクロミック材料を析出させる際、スイッチ手段を開回路状態にする期間を設ける構成である。
【0054】
なお、本実施例においては、一対の電極をITOで構成したが、他の電極材料でもよい。また、一対の電極間の距離を300μmとしたが、エレクトロクロミック材料が、微粒子として十分に析出し、又、消失する電界を印加することができる限りにおいて限定されるわけではない。また、スペーサー等を電極間に設けて、電極間の距離を規定しているが、これに限定されるわけではない。
【0055】
また、スイッチ手段の構成は限定されるわけではないが、リレー、半導体(トランジスタ、FET、IGBT)で構成できる。また、本実施例においては、電圧印加手段及びスイッチ手段を別体に設けたが、これに限定されるわけではない。スイッチ手段を内蔵した電圧印加手段でもよく、一対の電極に電圧を印加する閉回路状態及び電圧を印加しない開回路状態を切り替えることが可能ならば他の構成でもよい。
【0056】
図8は、スイッチ手段の制御形態の一例を示す図である。図8(a)は本発明の制御形態の一例であり、図8(b)が従来の制御形態である。図8(a)は、一対の電極への反応電荷量が80mCに達するまでの電位印加時間を3回に分け(約27mC×3回)、その都度5秒間開回路状態に戻し、繰り返し銀析出を行う制御形態である。また、図8(b)は、開回路状態を設けず、定電位で反応電荷量80mCを印加して銀析出を行う制御形態である。すなわち、電位印加の分割回数、開回路状態にする時間、閉回路状態にする時間は、スイッチ手段の制御形態を変更することで、自由に設定できる構成である。
【0057】
以上のような構成の2極素子において、一次元拡散に律速される時間を抑制するため、銀イオン濃度が30mMの素子において反応電荷量が80mCに達するまでの電位印加時間を3回に分割し、その都度5秒間、開回路状態に戻して繰り返し銀析出を行った場合(本発明の手法)と、従来の開回路状態を設けず、定電位で反応電荷量80mCを印加して銀析出を行った場合(従来の手法)との反射スペクトルを比較した結果を図9に示しておく。従来の開回路状態を設けない方式に対して、本発明の手法は、反射率が最大10%程度上昇する様子が見られた。このことから、2極素子においても開回路状態に戻すことで、水平方向を含む3次元的な粒子成長を促進させることができ、銀粒子同士が融着を起こしやすくなったと考えられる。
【0058】
以上、本実施例により、一対の電極に電圧を印加してエレクトロクロミック材料を析出させる際、電圧を印加しない期間(スイッチ手段を開回路状態にする期間)を設けることで、電極に対して水平方向への粒子成長を促すよう拡散を制御することが可能となり、析出時の粒子同士を融着させるため、平滑な膜を形成させ、エレクトロクロミック材料濃度が低濃度の場合においても、反射率の高い光学特性を得ることが可能なエレクトロクロミック素子を実現できることを確認した。
【産業上の利用可能性】
【0059】
本発明は、反射率の高い光学特性を得ることが可能なエレクトロクロミック素子として、産業上利用可能である。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10