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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-05
(45)【発行日】2024-08-14
(54)【発明の名称】膵臓癌モデル非ヒト動物及びその使用
(51)【国際特許分類】
   A01K 67/0275 20240101AFI20240806BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20240806BHJP
【FI】
A01K67/0275 ZNA
C12N15/12
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2020102959
(22)【出願日】2020-06-15
(65)【公開番号】P2021193943
(43)【公開日】2021-12-27
【審査請求日】2023-03-14
(73)【特許権者】
【識別番号】304027279
【氏名又は名称】国立大学法人 新潟大学
(74)【代理人】
【識別番号】100106909
【弁理士】
【氏名又は名称】棚井 澄雄
(74)【代理人】
【識別番号】100149548
【弁理士】
【氏名又は名称】松沼 泰史
(74)【代理人】
【識別番号】100141139
【弁理士】
【氏名又は名称】及川 周
(72)【発明者】
【氏名】上村 顕也
(72)【発明者】
【氏名】寺井 崇二
(72)【発明者】
【氏名】柴田 理
(72)【発明者】
【氏名】五十嵐 聡
【審査官】林 康子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2009/037950(WO,A1)
【文献】Sci Signal,2014年,Vol.7, No.324, ra42,pp.1-34
【文献】五十嵐 聡,2018年度 実施状況報告書「ラット膵発癌モデルの開発による膵癌早期診断マーカーおよび新規治療法の確立」,KAKEN, [online], 2019-12-27 uploaded,[2024年1月31日検索],<https://kaken.nii.ac.jp/report/KAKENHI-PROJECT-18K15745/18K157452018hokoku/>
【文献】Molecular Therapy:Nucleic Acids,2017年,Vol.9,pp.80-88
【文献】The American J of Pathology,2014年,Vol.184, No.4,pp.912-923
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A01K 67/027
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
野生型非ヒト動物の膵臓細胞に変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子を導入し、発現させる発現工程を含み、
前記変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子が挿入された発現ベクターが膵臓細胞内に存在している状態の膵臓癌モデル非ヒト動物を製造し、
前記変異型K-ras遺伝子は、コドン12のグリシンからアスパラギン酸への変異(G12D)を有するK-ras遺伝子である、膵臓癌モデル非ヒト動物の製造方法。
【請求項2】
前記発現工程において、ハイドロダイナミック遺伝子導入法を用いて、前記野生型非ヒト動物の上腸間膜静脈に前記変異型K-ras遺伝子及び前記YAP遺伝子を含む溶液を注入することで、膵臓細胞内に前記変異型K-ras遺伝子及び前記YAP遺伝子を導入する、請求項1に記載の製造方法。
【請求項3】
膵臓細胞に変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子が導入され、前記変異型K-ras遺伝子及び前記YAP遺伝子が発現している非ヒト動物であり、
前記変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子が挿入された発現ベクターが膵臓細胞内に存在している状態であり、
前記変異型K-ras遺伝子は、コドン12のグリシンからアスパラギン酸への変異(G12D)を有するK-ras遺伝子である、膵臓癌モデル非ヒト動物。
【請求項4】
前記変異型K-ras遺伝子及び前記YAP遺伝子がヒトに由来するものである、請求項3に記載の膵臓癌モデル非ヒト動物。
【請求項5】
請求項2に記載の膵臓癌モデル非ヒト動物の製造方法により得られる膵臓癌モデル非ヒト動物である、請求項3又は4に記載の膵臓癌モデル非ヒト動物。
【請求項6】
被検物質の投与下又は非投与下で、請求項3~5のいずれか一項に記載の膵臓癌モデル非ヒト動物を飼育する工程と、
前記膵臓癌モデル非ヒト動物の膵臓癌の発症の程度を測定する工程と、
前記被検物質の投与下における膵臓癌の発症の程度が、前記被検物質の非投与下における膵臓癌の発症の程度と比較して低下した場合に、前記被検物質は膵臓癌の治療剤であると判定する工程と、
を含む、膵臓癌の治療剤のスクリーニング方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、膵臓癌モデル非ヒト動物及びその使用に関する。具体的には、本発明は、膵臓癌モデル非ヒト動物の製造方法、膵臓癌モデル非ヒト動物、及び、膵臓癌の治療剤のスクリーニング方法に関する。
【背景技術】
【0002】
膵臓癌は我が国の癌死の第4位を占め、5年生存率が10%前後とあらゆる癌種の中で最も低い。手術以外に有効な治療法がないこと、疾患動物モデルが確立していないことがその一因と考えられる。
【0003】
現在報告されている膵臓癌を発症するモデル動物としては、例えば、全身の遺伝子改変非ヒト動物(トランスジェニック非ヒト動物)に対して、リコンビナーゼを注入して、膵臓癌を発生させるモデル動物が挙げられる(例えば、特許文献1及び2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特表2007-523631号公報
【文献】国際公開第2009/037950号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、特許文献1及び2に記載の遺伝子改変非ヒト動物は、操作が複雑で、且つ、予め遺伝子改変非ヒト動物を作製する必要がある。またヒトにおける膵臓癌と異なり、これまでの膵臓癌モデル非ヒト動物では膵臓癌はさほど早く進行せず、転移がみられないという課題がある。
【0006】
本発明は、上記事情に鑑みてなされたものであって、容易且つ効率的に作製でき、且つ、転移形成を起こし得る膵臓癌モデル非ヒト動物及びその製造方法、並びに、前記膵臓癌モデル非ヒト動物を用いた膵臓癌の治療剤のスクリーニング方法を提供する。
【課題を解決するための手段】
【0007】
すなわち、本発明は、以下の態様を含む。
(1) 野生型非ヒト動物の膵臓細胞に変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子を導入し、発現させる発現工程を含む、膵臓癌モデル非ヒト動物の製造方法。
(2) 前記発現工程において、ハイドロダイナミック遺伝子導入法を用いて、前記野生型非ヒト動物の上腸間膜静脈に前記変異型K-ras遺伝子及び前記YAP遺伝子を含む溶液を注入することで、膵臓細胞内に前記変異型K-ras遺伝子及び前記YAP遺伝子を導入する、(1)に記載の製造方法。
(3) 膵臓細胞に変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子が導入され、前記変異型K-ras遺伝子及び前記YAP遺伝子が発現している非ヒト動物である、膵臓癌モデル非ヒト動物。
(4) 前記変異型K-ras遺伝子及び前記YAP遺伝子がヒトに由来するものである、(3)に記載の膵臓癌モデル非ヒト動物。
(5) (2)に記載の膵臓癌モデル非ヒト動物の製造方法により得られる膵臓癌モデル非ヒト動物である、(3)又は(4)に記載の膵臓癌モデル非ヒト動物。
(6) 被検物質の投与下又は非投与下で、(3)~(5)のいずれか一つに記載の膵臓癌モデル非ヒト動物を飼育する工程と、
前記膵臓癌モデル非ヒト動物の膵臓癌の発症の程度を測定する工程と、
前記被検物質の投与下における膵臓癌の発症の程度が、前記被検物質の非投与下における膵臓癌の発症の程度と比較して低下した場合に、前記被検物質は膵臓癌の治療剤であると判定する工程と、
を含む、膵臓癌の治療剤のスクリーニング方法。
【発明の効果】
【0008】
上記態様の膵臓癌モデル非ヒト動物及びその製造方法によれば、容易且つ効率的に作製でき、且つ、転移形成を起こし得る膵臓癌モデル非ヒト動物及びその製造方法を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】膵臓標的HGD(Hydrodynamic Gene Delivery)システムを用いた場合での遺伝子導入経路を示す概略構成図である。
図2】膵臓標的HGDシステムの一例を示す概略構成図である。
図3】実施例1におけるラットの腫瘍(点線で丸く囲った部分)を示す画像である。
図4図3に示す腫瘍のヘマトキシリン-エオジン(HE)染色像である。
図5図3に示すラットの皮下転移(矢印で示した部分が腫瘤である)を示す画像である。
図6図5に示す腫瘤のHE染色像である。
図7】正常ラットの膵臓のHE染色像である。
【発明を実施するための形態】
【0010】
以下、本発明の一実施形態に係る膵臓癌モデル非ヒト動物及びその製造方法、並びに、膵臓癌の治療剤のスクリーニング方法について、詳細を説明する。
【0011】
<膵臓癌モデル非ヒト動物の製造方法>
一実施形態において、本発明は、野生型非ヒト動物の膵臓細胞に変異型K-ras遺伝子及びYAP(Yes-associated protein;Yes1 associated transcriptional regulator)遺伝子を導入し、発現させる発現工程を含む、膵臓癌モデル非ヒト動物の製造方法を提供する。
【0012】
後述する実施例に示すように、本実施形態の製造方法で得られるラットは、膵臓細胞に変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子が導入され、該変異型K-ras遺伝子及び該YAP遺伝子が発現しており、膵臓癌を発症する。さらに、本実施形態の製造方法で得られるラットでは、膵臓癌の進行が従来のモデル非ヒト動物と比べて早く、肝臓、リンパ節や皮下組織への転移も見られる。したがって、本実施形態の製造方法で得られるモデル非ヒト動物は、膵臓癌を発症するモデル非ヒト動物として有用である。
【0013】
[発現工程]
発現工程では、野生型非ヒト動物の膵臓細胞に変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子を導入し、発現させる。
【0014】
導入対象となる野生型非ヒト動物としては、特に制限されず、例えば、マウス、ラット、ウサギ、ブタ、ウシ、サル、マーモセット、ニワトリ、イヌ、ネコ等が挙げられる。また、非ヒト動物の年齢及び性別についても特に制限されない。例えば、非ヒト動物としてラットを用いる場合には、4週齢以上48週齢以下のラットを用いることができる。
【0015】
(変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子)
以下、変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子を総じて、膵臓癌発症関連遺伝子と称する場合がある。
膵臓癌発症関連遺伝子の由来となる種としては、特別な限定はなく、例えば、マウス、ラット、ウサギ、ブタ、ウシ、サル、ニワトリ、ヒト等が挙げられる。中でも、膵臓癌発症関連遺伝子がヒト由来であることが好ましい。ヒト由来の膵臓癌発症関連遺伝子を用いることで、ヒト膵臓癌に近似した膵臓癌を発症するモデル非ヒト動物を得ることができる。
また、変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子の由来となる種はそれぞれ同一であってもよく、異なっていてもよいが、同一であることが好ましい。
【0016】
ヒト変異型K-ras遺伝子としては、例えば、コドン12、コドン13、コドン61、又はコドン146がアミノ酸置換されているものが挙げられる。中でも、膵臓癌で多く検出されていることから、ヒト変異型K-ras遺伝子としては、コドン12がアミノ酸置換されているものが好ましく、コドン12のグリシンからアスパラギン酸への変異(G12D)を有するK-ras遺伝子(以下、「変異型K-ras遺伝子(G12D)」若しくは「変異型K-rasG12D遺伝子」と称する場合がある)、又は、コドン12のグリシンからバリンへの変異(G12V)(以下、「変異型K-ras遺伝子(G12V)」若しくは「変異型K-rasG12V遺伝子」と称する場合がある)がより好ましく、変異型K-rasG12D遺伝子がさらに好ましい。
【0017】
ヒト変異型K-ras遺伝子(G12D)のGenbankアクセッション番号は、NG_007524.2、NC_000012.12である。ヒト変異型K-ras遺伝子(G12D)のmRNAのGenbankアクセッション番号は、NM_004985である。具体的には、ヒト変異型K-ras遺伝子(G12D)は、例えば、配列番号1に示される塩基配列からなるcDNAを用いることができる。
【0018】
ヒトYAP遺伝子のGenbankアクセッション番号は、NG_029530.2、NC_000011.10である。ヒトYAP遺伝子のmRNAのGenbankアクセッション番号は、NM_001130145.3、NM_001195044.2、NM_001195045.2、001282097.2、NM_001282098.2、NM_001282099.1、NM_001282100.1、NM_001282101.1、NM_006106.5、XM_005271378.3、XM_005271380.3、XM_005271383.3、XM_005271381.3、XM_011542556.2、XM_017017093.1、XM_011542555.2である。具体的には、ヒトYAP遺伝子は、例えば、配列番号2に示される塩基配列からなるcDNAを用いることができる。
【0019】
本実施形態の製造方法において、変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子の由来となる種と、野生型非ヒト動物の種とは、同一であってもよく、異なっていてもよい。例えば、変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子の由来となる種がヒトであり、野生型非ヒト動物がラットであってもよい。
【0020】
(発現ベクター)
膵臓癌発症関連遺伝子(変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子)は、発現ベクターに挿入された状態で用いることができる。変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子は、1つの発現ベクターにこれら2種類の遺伝子が挿入された状態であってもよく、それぞれ別の発現ベクターに挿入された状態であってもよい。
【0021】
発現ベクターとしては、導入対象となる非ヒト動物の膵臓細胞内でタンパク質を発現するベクターであれば特に制限されず、プラスミドであってもよく、ウイルスベクターであってもよい。
【0022】
プラスミドとしては、例えば、pRK5(参考文献1:欧州特許第307247号明細書)、pSV16B(参考文献2:国際公開第91/08291号)、pCAGGS(参考文献3:Niwa H et al., “Efficient selection for high-expression transfectants with a novel eukaryotic vector”, Gene, vol.108, no.2, p193-199, 1991.)、pVL1392(インビトロジェン社製)、pBK-CMV、pZeoSV、pcDNA3、pcDNA3.1(各インビトロジェン社製、ストラジーン社製)、pVC0396(参考文献4:特表平11-511009号公報)、pCMV(アジレント・テクノロジー社製)等が挙げられ、これに限定されない。
【0023】
ウイルスベクターとしては、例えば、アデノウイルス、アデノ随伴ウイルス(AAV)、レトロウイルス、ポックスウイルス、ヘルペスウイルス、単純ヘルペスウイルス、レンチウイルス(HIV)、センダイウイルス、エプスタイン-バーウイルス(EBV)、ワクシニアウイルス、ポリオウイルス、シンビスウイルス、SV40等由来のウイルスベクターが挙げられ、これに限定されない。また、ウイルスベクターは、ウイルス遺伝子を完全又はほぼ完全に欠失する複製欠失ウイルスベクターであることが好ましい。
【0024】
ベクターは、変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子それぞれに作動可能に連結された自己のプロモーター(天然において変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子が作動可能に連結しているプロモーター)を含んでいてもよい。又は、自己のプロモーターを含まない場合若しくは自己のプロモーター以外のプロモーターをさらに含む場合、変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子それぞれに作動可能に連結された任意の適切なプロモーターを含んでいてもよい。
プロモーターとしては、膵臓細胞において、機能するプロモーターであればよく、具体的には、例えば、構成的プロモーター、膵臓細胞又は膵臓細胞に由来する細胞株において選択的に発現するプロモーター(以下、「膵臓細胞選択的プロモーター」と称する場合がある。)等が挙げられる。
【0025】
なお、本明細書において「作動可能に連結」とは、遺伝子発現制御配列(例えば、プロモーター又は一連の転写因子結合部位)と発現させたい遺伝子(本実施形態においては、変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子)との間の機能的連結を意味する。ここで、「発現制御配列」とは、その発現させたい遺伝子(本実施形態においては、変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子)の転写を指向するものを意味する。また、「機能的連結」とは、発現させた遺伝子(本実施形態においては、変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子)をその制御下で発現できるように連結されている状態を意味する。
【0026】
一般に、構成的プロモーターとは、細胞又は個体の生育条件とは無関係に制御下にある遺伝子を発現させるプロモーターを意味する。構成的プロモーターとして具体的には、例えば、ウイルス性プロモーター、ハウスキーピング遺伝子プロモーター等が挙げられる。
【0027】
ウイルス性プロモーターとしては、特別な限定はなく、例えば、サイトメガロウイルス(CMV)プロモーター(CMV極初期プロモーター)(参考文献5:米国特許第5168062号明細書)、ヒト免疫不全ウイルス(HIV)由来のプロモーター(例えば、HIV長末端リピート等)、ラウス肉腫ウイルス(RSV)プロモーター(例えば、RSV長末端リピート等)、マウス乳腫瘍ウイルス(MMTV)プロモーター、HSVプロモーター(Lap2プロモーター又はヘルペスチミジンキナーゼプロモーター等)(参考文献6:Wagner E K et al., “Uninfected cell polymerase efficiently transcribes early but not late herpes simplex virus type 1 mRNA”, Proc Natl Acad Sci, vol.78, no.10, p6139-6143, 1981.)、SV40又はエプスタイン バール ウイルス由来のプロモーター、アデノ随伴ウイルスプロモーター(例えば、p5プロモーター等)等が挙げられる。
【0028】
ハウスキーピング遺伝子プロモーターとしては、特別な限定はなく、例えば、GAPDH(glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase)遺伝子プロモーター、β-アクチン遺伝子プロモーター、β2-マイクログロブリン遺伝子プロモーター、HPRT 1(hypoxanthine phosphoribosyltransferase 1)遺伝子プロモーター等が挙げられる。
【0029】
膵臓細胞選択的プロモーターとしては、特別な限定はなく、例えば、インスリンプロモーター、エラスチンプロモーター、アミラーゼプロモーター、pdr1プロモーター、pdx1プロモーター、グルコキナーゼプロモーター等が挙げられる。
【0030】
中でも、発現ベクターの導入が膵臓への局所投与である場合には、ウイルス性プロモーター又はハウスキーピング遺伝子プロモーターを用いることが好ましい。或いは、発現ベクターの導入が全身投与の場合には、膵臓細胞選択的プロモーターを用いることが好ましい。膵臓細胞選択的プロモーターを用いることで発現ベクターを経口的、静脈内注射等の間接的投与により全身に投与する場合において、発現ベクターが膵臓細胞以外の細胞に導入されても発現されず、細胞障害を引き起こすことを防ぐことができる。
【0031】
発現ベクターは、上記プロモーターの他に、さらに、導入対象となる野生型非ヒト動物の細胞中で作動可能に連結されたマーカー遺伝子、又は種々の調節エレメント等を含んでいてもよい。調節エレメントとしては、例えば、ターミネーター及びエンハンサー等が挙げられる。
【0032】
使用される発現ベクターの種類及び調節エレメントの種類は、導入対象となる非ヒト動物の種類及び導入方法に応じて適宜選択すればよい。
【0033】
(その他ベクター)
膵臓癌発症関連遺伝子(変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子)は、発現ベクターの代わりに、相同組換え用ドナーベクターに挿入された状態であってもよい。ドナーベクターに挿入された状態であることで、膵臓癌発症関連遺伝子を非ヒト動物の膵臓細胞の核内のゲノムDNA上に組み込むことができる。変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子は、1つのドナーベクターにこれら2種類の遺伝子が挿入された状態であってもよく、それぞれ別のドナーベクターに挿入された状態であってもよい。
【0034】
ドナーベクターとしては、導入対象となる非ヒト動物の膵臓細胞の核内のゲノムDNAの標的領域の上流(左ホモロジーアーム)及び下流(右ホモロジーアーム)の配列と同一の塩基配列からなる1対のホモロジーアームを有するものであればよい。膵臓癌発症関連遺伝子は、ドナーベクター状の左ホモロジーアーム及び右ホモロジーアームの間に挿入された状態であることで、相同組換えにより、膵臓癌発症関連遺伝子を非ヒト動物の膵臓細胞の核内のゲノムDNA上に組み込むことができる。ドナーベクターを用いた相同組換え法の詳細については後述する。
また、ドナーベクターは、上記発現ベクターと同様に、プロモーター、マーカー遺伝子、種々の調節エレメント等を含んでいてもよい。
【0035】
中でも、膵臓癌発症関連遺伝子(変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子)は、発現ベクターに挿入された状態で用いられることが好ましい。膵臓癌発症関連遺伝子が挿入された発現ベクターを用いることで、後述する実施例に示すように、これら遺伝子の一過性の発現により、膵臓癌を発症させることができ、且つ、外部から導入されたこれら遺伝子が経時的に分解されて非ヒト動物の体内に残らないことから、より自然発症に近しい状態の膵臓癌モデルが得られる。
【0036】
(導入方法)
膵臓癌発症関連遺伝子の膵臓細胞への導入方法としては、それら遺伝子が挿入された発現ベクターを用いて、動脈内注射、静脈内注射、皮下注射、鼻腔内的、腹腔内的、経気管支的、筋内的、経皮的、経口的等の間接的投与(全身投与)によって行ってもよく、膵臓に直接的投与(局所投与)によって行ってもよい。
【0037】
間接的投与(全身投与)方法である場合には、ベクターは、膵臓癌発症関連遺伝子に(変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子それぞれに)作動可能に連結された膵臓細胞選択的プロモーターを含むことが好ましい。これにより、膵臓細胞以外の細胞に当該ベクターが導入されても、膵臓癌発症関連遺伝子は発現せず、原発巣として膵臓以外の組織や臓器で腫瘍が形成されることを効果的に防ぐことができる。
【0038】
また、間接的投与(全身投与)方法である場合には、ベクターを含むコロイド分散系の形態で投与することができる。コロイド分散系は、ベクターの生体内安定性を高める効果や、膵臓細胞へのベクターの移行性を高める効果が期待される。コロイド分散系としては、ポリエチレングリコール、高分子複合体、高分子凝集体、ナノカプセル、ミクロスフェア、ビーズ、水中油系の乳化剤、ミセル、混合ミセル、リポソームを包含する脂質が挙げられる。中でも、膵臓細胞内へベクターを効率的に輸送する効果のある、リポソームや人工膜の小胞が好ましい。
【0039】
一方、直接的投与(局所投与)方法としては、針、カテーテル、又はその他の輸送チューブを利用して、上腸間膜静脈から膵臓に直接的に投与する方法等が挙げられる。中でも、血管カテーテルを挿入し、ハイドロダイナミック遺伝子導入法を用いて、上腸間膜静脈に膵臓癌発症関連遺伝子を含む溶液を注入して、膵臓癌発症関連遺伝子を導入することが好ましい。
【0040】
ハイドロダイナミック遺伝子導入法による投与については、公知の方法(例えば、参考文献7:特開2019-47844号公報等参照)に基づいて、行えばよい。
具体的には、まず、希釈剤に膵臓癌発症関連遺伝子(好ましくは、当該遺伝子が挿入されたベクター)を分散させる。次いで、導入対象の非ヒト動物の腹部正中皮膚切開を行い、上腸間膜静脈内に(血管)カテーテルを挿入する。次いで、膵臓標的HGD(Hydrodynamic Gene Delivery)システムを用いて、上腸間膜静脈から膵臓へ膵臓癌発症関連遺伝子を含む溶液を注入して、膵臓癌発症関連遺伝子を導入する。膵臓標的HGDシステムを用いたハイドロダイナミック遺伝子導入法の詳細については、後述する。
【0041】
図2は、膵臓標的HGDシステムの一例を示す概略構成図である。上記参考文献7に開示されている膵臓癌治療システムにおいて、導入する遺伝子を膵臓癌治療遺伝子から膵臓癌発症関連遺伝子に変更することで、当該膵臓癌治療システムを、膵臓癌モデル非ヒト動物製造用膵臓標的HGDシステムとして使用することができる。図2において、導入対象としてラットを例示しており、遺伝子の導入対象臓器はラットAの膵臓である。
【0042】
膵臓標的HGDシステム10は、少なくとも(血管)カテーテル1と、送液手段3と、制御手段6と、クランプ9bと、を備える。
【0043】
図2に示すように、(血管)カテーテル1は、上腸間膜静脈に留置されている。このカテーテル1の基部には、ベクターを含む溶液を収容する耐圧シリンジ2が接続している。そして、耐圧シリンジ2に収容された溶液は、送液手段3としての電動アクチュエーターの動作により押し出されて、カテーテル1を経由して上腸間膜静脈へ送り出されるようになっている。電動アクチュエーター3は、電源4、制御回路5を経由して、制御手段6としてのコンピュータに電気的に接続しており、コンピュータ6からの指令に基づいて動作するようになっている。
【0044】
制御手段6は、送液手段3の動作を制御するためのものであり、予め設定された送液速度となるように、送液手段3の動作を制御するように構成されている。
【0045】
導入対象が体重1kg未満の小動物である場合、送液速度としては、0.1mL/秒以上5mL/秒以下であることが好ましく、0.5mL/秒以上4mL/秒以下であることがより好ましく、1mL/秒以上3mL/秒以下であることがさらに好ましい。また、導入対象が体重1kg以上の中動物及び大動物である場合、送液速度としては、5mL/秒以上20mL/秒以下であることが好ましく、7mL/秒以上15mL秒以下であることがより好ましく、8mL/秒以上12mL/秒以下であることがさらに好ましい。
上記送液速度の範囲であることにより、脈管内圧の急な上昇を抑制することができるため、血管及び臓器への負担をより最小限にとどめられる。また、より高効率で膵臓癌発症関連遺伝子を導入することができる。
【0046】
また、導入対象が体重1kg未満の小動物である場合、送液時間としては、0.1秒以上10秒以下であることが好ましく、0.5秒以上5秒以下であることがより好ましく、1秒以上2秒以下であることがさらに好ましい。導入対象が体重1kg以上の中動物及び大動物である場合、送液時間としては、10秒以上180秒以下であることが好ましく、30秒以上150秒以下であることがより好ましく、60秒以上120秒以下であることがさらに好ましい。
上記送液時間の範囲であることにより、肝門脈への一時的な血流の遮断を行っても、肝障害をより効果的に防ぎ、且つ、膵臓を含む臓器での細胞障害をより効果的に防ぐことができる。また、より高効率で膵臓癌発症関連遺伝子を導入することができる。
【0047】
クランプ9bは、肝門脈への血流を一時的に遮断するためのものである。これにより、肝臓への溶液の流出を防ぎ、膵臓へ選択的に膵臓癌発症関連遺伝子を導入することができる。クランプ9bの装着位置は、肝門脈上であればよく、膵臓近傍であってもよく、肝臓近傍であってもよい。また、クランプ9bは手動で肝門脈に装着されてもよい。又は、制御手段6によって制御される形で溶液の送液中にのみ自動的に肝門脈に装着されてもよい。この場合、クランプ9bは、制御手段6と電気的に接続している。
【0048】
また、膵臓標的HGDシステム10は、更に、クランプ9aを備えていてもよい。クランプ9aは、カテーテル1が挿入された状態の上腸間膜静脈の外側から装着され、上腸間膜静脈内におけるカテーテル1と上腸間膜静脈との隙間を部分的に塞ぐためのものである。これにより、注入した溶液の上腸間膜静脈からの逆流を防ぐことができる。クランプ9aの装着位置は、上腸間膜静脈上であればよく、膵臓近傍であってもよく、腸の近傍であってもよい。また、クランプ9aは手動で上腸間膜静脈に装着されてもよい。又は、制御手段6によって制御される形で溶液の送液中にのみ自動的に上腸間膜静脈に装着されてもよい。この場合、クランプ9aは、制御手段6と電気的に接続している。
【0049】
また、膵臓標的HGDシステム10は、上述のクランプ9aの代わりに、カテーテル1の先端にバルーンを備えていてもよい(図示せず)。溶液の送液中にバルーンを膨らますことにより、注入した溶液の上腸間膜静脈からの逆流を防ぐことができる。バルーンの膨張及び収縮は、手動で調節してもよい。又は、制御手段6によって制御される形で、溶液の送液中にのみ自動的に膨張し、送液完了後に収縮するように、自動的に調節されてもよい。この場合、バルーンは、制御手段6と電気的に接続している。
【0050】
また、膵臓標的HGDシステム10は、更に、内圧検出手段7を備えていてもよい。図2に示すように、カテーテル1の先端部近傍に、脈管内圧を検出するための内圧検出手段7としての圧検出器が配置されていてもよい。圧検出器7は、カテーテル1を通じて上腸間膜静脈内に挿入され、アンプ8、制御回路5を経由して、コンピュータ6に電気的に接続している。圧検出器7により検出された脈管内圧は、コンピュータ6へ送られるようになっている。なお、圧検出器7は所属脈管から膵臓癌発症関連遺伝子を含む溶液を収容する耐圧シリンジまでのいずれの部位に配置されてもよいが、所属脈管以外の場合には、所属脈管から圧検出器までの間の圧力損失を考慮する必要がある。
【0051】
この場合、コンピュータ6には、予め設定された上述の範囲の溶液速度となるように、且つ、圧検出器により検出された脈管内圧に基づいて、予め設定された時間内に、予め設定した脈管内圧に達するように、制御回路5、電源4を介して電動アクチュエーター3の動作を制御するためのプログラムがインストールされていてもよい。また、予め設定する脈管内圧は、導入対象となる動物の種類、体重、年齢及び健康状態等に応じて、適宜選択し、設定することができる。ラット等の小動物である場合、予め設定する時間及び脈管内圧の組み合わせとしては、例えば、1秒間以上10秒間以下程度かけて脈管内圧が15mmHg以上30mmHg以下程度に達するように設定することができる。また、中動物及び大動物である場合、予め設定する時間及び脈管内圧の組み合わせとしては、例えば、10秒間以上60秒間以下程度かけて脈圧が100mmHg以上150mmHg以下程度に達するように設定することができる。
【0052】
膵臓標的HGDシステム10の耐圧シリンジ2に収容された溶液は、上述した膵臓癌発症関連遺伝子を含む。
【0053】
注入用の溶液は、蒸留水等のベヒクルに、膵臓癌発症関連遺伝子(好ましくは、該遺伝子が挿入されたベクター)を分散させることで調製することができる。
【0054】
注入用の水溶液ベヒクルとしては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液等が挙げられ、適当な溶解補助剤、非イオン性界面活性剤等と併用してもよい。その他の補助薬としては、例えば、D-ソルビトール、D-マンノース、D-マンニトール、塩化ナトリウム等が挙げられる。溶解補助剤としては、例えば、アルコール等が挙げられる。アルコールとしては、例えば、エタノール、ポリアルコール等が挙げられる。ポリアルコールとしては、例えば、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール等が挙げられる。非イオン性界面活性剤としては、例えば、ポリソルベート80(登録商標)、HCO-50等が挙げられる。
【0055】
注入用の非水溶液のベヒクルとしてはゴマ油、大豆油等が挙げられ、溶解補助剤として安息香酸ベンジル、ベンジルアルコールと併用してもよい。また、注入用の非水溶液のベヒクルは、緩衝剤、無痛化剤、安定剤、酸化防止剤等をさらに配合してもよい。緩衝剤としては、例えば、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液等が挙げられる。無痛化剤としては、例えば、塩酸プロカイン等が挙げられる。安定剤としては、例えば、ベンジルアルコール、フェノール等が挙げられる。
【0056】
ハイドロダイナミック遺伝子導入法において、膵臓癌発症関連遺伝子の導入量としては、導入対象の非ヒト動物の年齢、性別、体重、健康状態、処理時間等を勘案して適宜調節される。
【0057】
具体的な溶液の投与量としては、導入対象の非ヒト動物の体重に対して、10v/w%未満であることが好ましく、0.5v/w%以上5v/w%であることがより好ましく、1v/w%以上3v/w%以下であることがさらに好ましい。
【0058】
また、膵臓癌発症関連遺伝子がベクターに挿入されている場合、当該ベクターの1回の投与量は症状によっても異なるが、例えば通常体重1kg未満の小動物(例えば、体重200g以上250g以下程度の成体ラット)においては、通常、1回当り0.1μg以上1g以下、好ましくは1μg以上0.5g以下、より好ましくは10μg以上100μg以下を上述の範囲の容量の溶液に分散させて、ハイドロダイナミック遺伝子導入法により投与するのが好適である。
例えば、体重1kg以上の中動物及び大動物(例えば、体重5kg以上15kg以下程度のサル)である場合、通常、1回当り10μg以上20g以下、好ましくは100μg以上10g以下、より好ましくは500μg以上5g以下を上述の範囲の容量の溶液に分散させて、ハイドロダイナミック遺伝子導入法により投与するのが好適である。
遺伝子は1回(単回投与)又は2回以上の複数回に分けて導入してもよい。
なお、変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子がそれぞれ別々のベクターに挿入されている場合には、各ベクターの量が上記範囲内となるように、溶液に分散させることができる。
また、変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子を導入するタイミングは同時であってもよく、いずれかを先に導入させた後、残りを後から導入させてもよい。変異型K-ras遺伝子をそれぞれ別のタイミングで導入する場合には、1種類目の遺伝子の導入から2種類目の遺伝子の導入までの間を1日間以上14日間以下程度の期間を空けてもよい。
【0059】
膵臓標的HGDシステム10を用いたハイドロダイナミック遺伝子導入法では、まず、コンピュータ6が、キーボードやマウスからの入力(送液速度、送液量、送液時間、送液時間-脈管内圧曲線等の入力)に基づき、電動アクチュエーター3を始動させるための指令を制御回路5に向けて発する。制御回路5はその指令に基づいて、電動アクチュエーター3を始動させるための電圧を電源4から出力させる。そして、電源4から出力された電圧によって電動アクチュエーター3が始動し、耐圧シリンジ2内の液体が押し出される。耐圧シリンジ2内の液体は、カテーテル1を経由して上腸間膜静脈内に注入される。このとき、同時に、手動又は制御手段6により自動的に、クランプ9bが肝門脈へ装着される。これにより、一時的に肝臓への血流が遮断される。また、必要に応じて、クランプ9aも手動又は制御手段6により自動的に、カテーテル1を挿入した上腸間膜静脈の外側から装着される。これにより、注入した溶液の上腸間膜静脈からの逆流が抑制される。
【0060】
また、圧検出器7を有する場合、圧検出器7により検出された上腸間膜静脈の脈管内圧の検出信号は、アンプ8で増幅され、制御回路5を経由して、リアルタイムにコンピュータ6へ送られる。そして、コンピュータ6は、脈管内圧を常にモニターする。
【0061】
コンピュータ6は、予め設定された送液時間-脈管内圧曲線に基づくその時点での脈管内圧(以下、設定内圧という)と、圧検出器7により検出されたその時点での脈管内圧(以下、検出内圧という)とをリアルタイムに比較する。検出内圧が設定内圧を下回っているときは、コンピュータ6は制御回路5に指令を出し、電動アクチュエーター3の動作を速くして、上述の送液速度の範囲内で送液速度を調節する。又は、電動アクチュエーター3が停止していたときは、電動アクチュエーター3を動作させて、上述の送液速度の範囲内となるように送液速度を調節する。一方、検出内圧が設定内圧を上回っているときは、コンピュータ6は制御回路5に指令を出し、電動アクチュエーター3の動作を遅くするか停止させて、上述の送液速度の範囲内で送液速度を調節する。
【0062】
このように、コンピュータ6は、予め設定された送液時間-脈管内圧曲線に基づくその時点での設定内圧と、実際の圧検出器7により検出されたその時点での検出内圧が重なるように、リアルタイムに電動アクチュエーター3の動作を制御する。すなわち、コンピュータ6は、溶液の注入に伴い生じる脈管内圧の変化を常時モニターすることで、予め設定された送液時間-脈管内圧曲線を再現するように、且つ、上述の送液速度の範囲内となるように送液速度を調節して、電動アクチュエーター3を制御し、注入を完了する。
【0063】
なお、膵臓標的HGDシステムは、図2に示す構成に限定されない。例えば、図2では、制御手段としてコンピュータ6を用いているが、コンピュータ6を使用せずに、目標とする送液速度、脈管内圧力とその現状値との比較、並びに、電動アクチュエーター3の制御を、制御回路5で行うように構成してもよい。また、電源4は、モーターコントローラー又はこれと同等の装置で構成してもよい。
【0064】
ハイドロダイナミック遺伝子導入法は、ウイルス又は化学物質を使用せずに、水圧で膵臓細胞にベクターを導入できるため、免疫応答等に関する生物学的な安全性が高い方法である。また、操作が比較的簡便であり、遺伝子導入効率が高い方法である。また、ハイドロダイナミック遺伝子導入法において、コンピュータ制御システム等により注入力を制御することで、高い再現性を実現できる。
【0065】
また、膵臓癌発症関連遺伝子がドナーベクターに挿入された状態である場合には、公知のゲノム編集ツールを用いて標的二本鎖DNAを切断させることで、効率的に相同組換えを行うことができる。公知のゲノム編集ツールとしては、ZFN、TALEN、CRISPR/Cas9システム等が挙げられる。例えば、CRISPR/Cas9システムを用いてゲノム編集を行う場合には、ドナーベクターを含む溶液に、ガイドRNA及びCas9タンパク質(又は該Cas9タンパク質をコードした核酸を含む発現ベクター)を添加した混合液を、上述したいずれかの導入方法を用いて非ヒト動物の体内に投与することができる。
【0066】
膵臓細胞内に導入された変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子は、発現ベクターに挿入された状態で膵臓細胞内に存在していてもよく、膵臓細胞の核内のゲノムDNA上に組み込まれた状態であってもよい。中でも、変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子の一過性の発現により、膵臓癌を発症させることができ、且つ、外部から導入された遺伝子が経時的に分解されて非ヒト動物の体内に残らないことから、膵臓細胞内に導入された変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子は、発現ベクターの状態で膵臓細胞内に存在していることが好ましい。
【0067】
[その他の工程]
本実施形態の製造方法は、上記発現工程に加えて、遺伝子導入後の非ヒト動物を飼育する飼育工程を更に含んでもよい。
【0068】
飼育工程では、非ヒト動物の動物種に応じた方法に従い、遺伝子導入後の非ヒト動物を飼育する。膵癌発症までの飼育期間としては、例えばラットの場合には、通常、遺伝子導入後1か月間以上2か月間程度で膵癌の発症を確認することができ、遺伝子導入後3か月間以上4か月間以下程度で肝臓、リンパ節、皮下組織等への転移を確認することができる。
【0069】
<膵臓癌モデル非ヒト動物>
一実施形態において、本発明は、膵臓癌モデル非ヒト動物を提供する。本実施形態の膵臓癌モデル非ヒト動物は、膵臓細胞に変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子が導入され、該変異型K-ras遺伝子及び該YAP遺伝子が発現している。
【0070】
後述する実施例に示すように、膵臓細胞に変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子が導入され、該変異型K-ras遺伝子及び該YAP遺伝子が発現しているラットは、膵臓癌を発症する。したがって、本実施形態のモデル非ヒト動物は、膵臓癌を発症するモデル非ヒト動物として有用である。
【0071】
本実施形態の膵臓癌モデル非ヒト動物において、非ヒト動物としては、特に制限されず、例えば、マウス、ラット、ウサギ、ブタ、ウシ、サル、マーモセット、ニワトリ、イヌ、ネコ等が挙げられる。
【0072】
本実施形態の膵臓癌モデル非ヒト動物において、変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子は、膵臓細胞に加えて、非ヒト動物のその他臓器や組織を構成する細胞にも導入されていてもよいが、膵臓細胞にのみ導入されており、膵臓細胞以外の細胞には導入されていないことが好ましい。
【0073】
本実施形態の膵臓癌モデル非ヒト動物において、「変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子が導入されている」とは、変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子が発現可能な状態であればよく、変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子が挿入された発現ベクターが膵臓細胞内に存在している状態であってもよく、膵臓細胞の核内のゲノムDNA上に変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子が組み込まれた状態であってもよい。中でも、変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子の一過性の発現により、膵臓癌を発症させることができ、且つ、外部から導入された遺伝子が経時的に分解されて非ヒト動物の体内に残らないことから、変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子が挿入された発現ベクターが膵臓細胞内に存在している状態であることが好ましい。
【0074】
本実施形態の膵臓癌モデル非ヒト動物において、変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子の由来となる種としては、上記「膵臓癌モデル非ヒト動物の製造方法」において例示されたものと同様の種が挙げられる。中でも、変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子がヒト由来であることが好ましい。ヒト由来の変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子であることで、ヒト膵臓癌に近似した膵臓癌を発症するモデル非ヒト動物とすることができる。
また、変異型K-ras遺伝子及びYAP遺伝子の由来となる種はそれぞれ同一であってもよく、異なっていてもよいが、同一であることが好ましい。
【0075】
本実施形態の膵臓癌モデル非ヒト動物において、その製造方法については特に限定されないが、本実施形態の膵臓癌モデル非ヒト動物は、上記「膵臓癌モデル非ヒト動物の製造方法」において説明された方法により得られるものであることが好ましく、ハイドロダイナミック遺伝子導入法を用いた製造方法により得られたものであることがより好ましい。
ハイドロダイナミック遺伝子導入法を用いることで、比較的簡便に、膵臓細胞にのみ選択的に効率よく遺伝子を導入することができ、高い再現性で、膵臓癌モデル非ヒト動物を得ることができる。
【0076】
<膵臓癌の治療剤のスクリーニング方法>
一実施形態において、本発明は、被検物質の投与下又は非投与下で、上述した膵臓癌モデル非ヒト動物を飼育する工程と、
前記膵臓癌モデル非ヒト動物の膵臓癌の発症の程度を測定する工程と、
前記被検物質の投与下における膵臓癌の発症の程度が、前記被検物質の非投与下における膵臓癌の発症の程度と比較して低下した場合に、前記被検物質は膵臓癌の治療剤であると判定する工程と、
を含む、膵臓癌の治療剤のスクリーニング方法を提供する。
【0077】
被検物質としては、例えば化合物ライブラリー等を用いることができる。
【0078】
被検物質の投与は、例えば飲水中への添加、食餌中への添加、直接飲ませる等の方法により経口的に行ってもよく、例えば静脈内注射等により非経口的に行ってもよい。
【0079】
膵臓癌の発症の程度を測定する方法は、特に制限されず、例えば、体重の変化を測定する方法、膵臓の組織切片の顕微鏡観察により評価する方法、癌マーカーの量を測定する方法等が挙げられる。
【0080】
膵臓癌モデル非ヒト動物に投与した場合に、膵臓癌の発症の程度を低下させる被検物質は、膵臓癌の治療剤となり得る。
【実施例
【0081】
以下、実施例により本発明を説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
【0082】
[実施例1]
1.導入用ベクターの準備
pCMVベクター(アジレント・テクノロジー社製)に、ヒト野生型K-ras遺伝子(配列番号3)、ヒト変異型K-ras(G12D)遺伝子(配列番号1)、ヒトN-ras遺伝子(配列番号4)、ヒトMyc遺伝子(配列番号5)、又はヒトYAP遺伝子(配列番号2)のcDNAを挿入し、導入用ベクターを構築した。
【0083】
2.上腸間膜静脈を介したハイドロダイナミック法によるラット膵臓への遺伝子導入(膵臓標的HGD)
日本SLC社製のWistarラット(雌、7週齢以上8週齢以下程度、体重:200g以上250g以下程度)を購入し、使用した。すべての動物実験は、新潟大学の動物衛生研究所利用規定に基づいて、承認され、実施された。
まず、イソフルラン及び塩酸メデトミジン(1mg/mL)0.75mL、ミダゾラム(5mg/mL)2mL、及び酒石酸ブトルファノール(5mg/mL)2.5mLに注射用蒸留水19.75mLを加えて全量を25mLとしたものを、更に注射用蒸留水で二倍に希釈した。次いで、調製した希釈麻酔液を、ラットの体重10g当たり0.1mL(すなわち、200gのラットであれば、2mL)腹腔内投与して、全身麻酔下でラット(10個体)に腹部正中皮膚切開を行った。次いで、上腸間膜静脈に注射カテーテル(SURFLO 22 gauge、Terumo社製)を挿入した。(図1参照)。次いで、図2に示す膵臓標的HGD(Hydrodynamic Gene Delivery)システムを用いて、1mL/秒の送液速度で、「1.」で構築した導入用ベクター(導入量及び組み合わせは下記表1参照)を含む生理食塩水4mL(5.0%Body Weight(BW))を4秒間(準備時間を含む)で、カテーテルを介して、膵臓に注入した。また、このとき、クランプを用いて肝門脈の一時的な血流閉塞を行った。さらに、注入溶液の上腸間膜静脈への逆流を防ぐために、カテーテルを挿入したまま上腸間膜静脈の外側からクランプを用いて、一時的な血流閉塞を行った。溶液注入後、腹部正中皮膚切開を縫合した。
【0084】
3.ラットの飼育
遺伝子導入後、毎週、ラットの腹部の腫大や全身状態を検証し、必要があれば、試験開腹を行い腫瘍形成の有無を検索した。遺伝子導入から2か月後に5匹以上6匹以下、4か月後に5匹以上6匹以下を解剖し、全身の臓器における腫瘍形成を詳細に検索した。結果を以下の表1及び図3図6に示す。なお、表1中、腫瘍発生率(%)は、遺伝子導入から4ヶ月後に解剖したラット数に対する腫瘍が発生したラット数の割合の百分率である。図3は、グループ6のラットの腫瘍(点線で丸く囲った部分)を示す画像(肉眼像)である。図4は、図3に示す腫瘍のヘマトキシリン-エオジン(HE)染色像(倍率:200倍)である。図5は、図3に示すグループ6のラットの皮下転移(矢印で示した部分)を示す画像(肉眼像)である。図6は、図5に示す腫瘤のHE染色像(倍率:200倍)である。参考として正常ラットの膵臓のHE染色像(倍率:200倍)を図7に示す。なお、図4図6及び図7はいずれも、Axio Imager 1 microscope(Carl Zeiss、Oberkochen、Germany)を用いて撮影した画像である。
【0085】
【表1】
【0086】
表1から、変異型K-ras(G12D)遺伝子を単独で導入したラット(グループ5のラット)、並びに、変異型K-ras(G12D)遺伝子及びYAP遺伝子を導入したラット(グループ6のラット)において、遺伝子導入から2ヶ月後に腫瘍の発生が確認された。変異型K-ras(G12D)遺伝子及びYAP遺伝子を導入したラットでは、遺伝子導入から4ヶ月後に、転移性病変が確認された。
【0087】
図4から、変異型K-ras(G12D)遺伝子及びYAP遺伝子を導入したラット(グループ6のラット)の腫瘍では、異形度の高い腫瘍細胞とその周囲の線維増生が顕著であり、ヒト膵臓癌の組織学的特徴と近似していることが確かめられた。
【0088】
また、図6から、変異型K-ras(G12D)遺伝子及びYAP遺伝子を導入したラット(グループ6のラット)での皮下転移の腫瘤でも、図4に示す腫瘍のHE染色像と同様に、異形度の高い腫瘍細胞とその周囲の線維増生が顕著であり、ヒト膵臓癌の組織学的特徴と近似していた。
【0089】
以上のことから、本実施例における方法を用いることで、ヒト膵臓癌に近似した膵臓癌を発症するモデル非ヒト動物を容易且つ効率的に作製できることが明らかとなった。
【産業上の利用可能性】
【0090】
本実施形態の膵臓癌モデル非ヒト動物及びその製造方法によれば、容易且つ効率的に作製でき、且つ、転移形成を起こし得る膵臓癌モデル非ヒト動物及びその製造方法を提供することができる。
【符号の説明】
【0091】
A…導入対象(ラット)、1…カテーテル、2…耐圧シリンジ、3…送液手段(電動アクチュエーター)、4…電源、5…制御回路、6…制御手段(コンピュータ)、7…内圧検出手段(圧検出器)、8…アンプ、9a,9b…クランプ、10…膵臓標的HGDシステム
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
【配列表】
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