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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-05
(45)【発行日】2024-08-14
(54)【発明の名称】電極及び電極チップ
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/30 20060101AFI20240806BHJP
【FI】
G01N27/30 F
G01N27/30 B
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2022049244
(22)【出願日】2022-03-25
(65)【公開番号】P2023142365
(43)【公開日】2023-10-05
【審査請求日】2023-10-13
(73)【特許権者】
【識別番号】300075751
【氏名又は名称】株式会社オプトラン
(74)【代理人】
【識別番号】110000464
【氏名又は名称】弁理士法人いしい特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】森 渉
(72)【発明者】
【氏名】朱 子誠
(72)【発明者】
【氏名】並木 恵一
【審査官】大瀧 真理
(56)【参考文献】
【文献】特開2000-314714(JP,A)
【文献】特開2016-153740(JP,A)
【文献】特開2012-120453(JP,A)
【文献】国際公開第2012/029405(WO,A1)
【文献】特開昭63-109365(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
絶縁性の基板の上に形成された多孔質構造を有する絶縁層と、
前記絶縁層の上に形成された導電層とを備え、
前記導電層は前記絶縁層の多孔質構造に起因する多孔質構造を有しているとともに、前記導電層の表面での開口形状が不規則な溝状で、かつ開口幅が孔深さよりも小さい多数の導電層細孔を備えている
電極。
【請求項2】
絶縁性の基板の上に形成された多孔質構造を有する絶縁層と、
前記絶縁層の上に形成された導電層とを備え、
前記絶縁層は、多数の絶縁層細孔を有するとともに不規則な表面凹凸形状を有し、
前記導電層は、前記絶縁層の多孔質構造に起因する不規則な表面凹凸形状を有する多孔質構造を有している、
電極。
【請求項3】
前記絶縁層は金属酸化物で形成されている、
請求項1又は2に記載の電極。
【請求項4】
前記絶縁層は、アルミナ層を温水処理によって多孔質化したアルミニウム化合物層で形成されている、
請求項1又は2に記載の電極。
【請求項5】
請求項1から4のいずれか一項に記載の電極からなる作用電極及び参照電極、もしくは作用電極、参照電極及び対極を備えている、
電極チップ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電極及び電極チップに関する。
【背景技術】
【0002】
電気化学測定の原理を利用した測定は、血糖測定や、溶液中の重金属の高感度測定、酵素電極を利用したグルコース測定、イオン電極を利用したpH(ペーハー)の測定、残留農薬の電気化学検出に代表される食物検査など、多くの場面で使用されている(例えば特許文献1参照)。特に、その中でも、カドミウム、水銀、砒素、コバルト、銅、亜鉛、鉛といった重金属の測定は、水や土壌、食物、野菜、米、飲料水に含まれるそれらの重金属量を体内に摂取する前に把握することは非常に重要である。また、このような電気化学的手法は、ウイルスや疾患の検出への応用が期待されている。
【0003】
電気化学測定において、絶縁性の基板の上に電極を形成した電極チップを使用できることが知られている。電極チップにおいて、電極は基本的に単層構造であり、電極材料としては、銀、白金、金、アルミニウムなどの金属材料、又は炭素などの導電性材料が用いられる。
【0004】
しかし、従来の電極では感度の限界があり、測定時間の長期化やプロセスの増加が問題となっていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開平11-248668号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
本発明は、上記現状を改善すべく成されたものであり、液体試料中の微量成分を測定する電気化学測定の測定感度を向上できる電極及び電極チップを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の電極は、絶縁性の基板の上に形成された多孔質構造を有する絶縁層と、前記絶縁層の上に形成された導電層とを備え、前記導電層は前記絶縁層の多孔質構造に起因する多孔質構造を有しているものである。
【0008】
本発明の電極によれば、多孔質構造の導電層を有しているので、導電層の活性面積を平面よりも増大させることができ、測定感度を向上できる。また、多孔質構造の絶縁層の上に導電層を形成することで、絶縁層細孔の内部に導電層材料を入り込ませて絶縁層と導電層との接合面積を増大させることができ、これらの層の接合強度を向上して電極の剥離を抑制できる。さらに、導電層の多孔質構造は下層側の絶縁層が有する多孔質構造に起因したものであるから、絶縁層の上に導電層材料を積層することで多孔質構造を有する導電層を容易かつ確実に形成できる。また、導電層の成膜膜厚を変化させることで導電層の多孔質構造(導電層細孔の開口形状や開口幅、孔深さなど)を制御することが可能であり、用途に合わせた多孔質構造を有する導電層を備えた電極を形成できる。
【0009】
本発明の電極において、前記絶縁層は金属酸化物で形成されているようにしてもよい。
【0010】
このような態様によれば、絶縁性で多孔質構造を有する金属酸化物は各種報告されており、絶縁性金属酸化物の各種多孔質構造を適宜選択して基板の上に形成し、その上に導電層を積層形成することで、所望の多孔質構造を導電層に形成できる。ただし、上記絶縁層は、金属酸化物以外の絶縁性材料で形成されていてもよい。
【0011】
本発明の電極において、前記絶縁層は、アルミナ層を温水処理によって多孔質化したアルミニウム化合物層で形成されているようにしてもよい。
【0012】
このような態様によれば、基板の上にアルミナ(酸化アルミニウム、Al)を成膜した後、温水処理という至極簡単な処理を施すだけで多孔質構造を有するアルミニウム化合物層(絶縁層)を形成でき、電極の製造コストを低減できる。このようなアルミニウム化合物層は、例えば、アルミナ(酸化アルミニウム)とアルミナ水和物(水酸化アルミニウム)と水との混合物である。ただし、上記絶縁層は、温水処理以外の方法で成膜した多孔質構造のアルミナ層又はアルミニウム化合物層で形成されていてもよい。
【0013】
また、前記導電層は、前記導電層の表面での開口幅が孔深さよりも小さい溝状の導電層細孔を備えているようにしてもよい。
【0014】
このような態様によれば、溝状の導電層細孔内への微小粒子の進入を許容する一方、導電層細孔の開口幅よりも大きいサイズの不純物の導電層細孔内への進入を阻止する。これにより、微小粒子が導電層に接触可能な面積を不純物が導電層に接触可能な面積に比べて大きくできるので、微小粒子の選択的な感度を向上できる。
【0015】
本発明の電極チップは、本発明の電極からなる作用電極及び参照電極、又は本発明の電極からなる作用電極、参照電極及び対極を備えているものである。
【0016】
本発明の電極チップによれば、作用電極と参照電極とを使用する2電極方式の電気化学測定、又は作用電極と参照電極と対極とを使用する3電極方式の電気化学測定に適用できる。そして、各電極が金属層、多孔質構造をもつ導電層を備えた本発明の電極で構成されているので、測定感度を向上できる。
【発明の効果】
【0017】
本発明は、電気化学測定の測定感度を向上できる電極及び電極チップを提供できる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
図1】電気化学測定装置の一例を示す概略構成図である。
図2】電極チップの一実施形態を示す概略的な平面図である。
図3図2のA-A位置に対応する模式的な断面図である。
図4】一実施形態の電極チップにおける導電層の走査電子顕微鏡画像である。
図5】比較例の電極チップにおける略平坦な導電層の走査電子顕微鏡画像である。
図6】実施例の電極チップと比較チップとを使用したCA測定によって得られた時間-電流曲線を示すグラフである。
図7】実施例の電極チップと比較チップとを使用したASDPV測定によって得られた電流-電位曲線を示すグラフである。
図8】電極チップの他の実施形態の模式的な断面図である。
図9】導電層の膜厚と細孔形状の関係を説明するための図である。
図10】溝状の導電層細孔を有する電極の破断面の走査電子顕微鏡画像である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
本発明の電極及び電極チップの実施形態について図面に基づいて説明する。図1は、同
実施形態を示す概略構成図である。図2は、電極チップの一実施形態を示す平面図である。
【0020】
図1に示すように、電気化学測定装置1は、電極チップ2と、電極チップ2に接続されるポテンショスタット3と、ポテンショスタット3に接続される操作部4、表示部5、電源部6及び外部出力部7を備えている。本実施形態では、電極チップ2は使い捨て型のものである。
【0021】
図2に示すように、電極チップ2は平板状の絶縁性の基板21を備え、基板21上に作用電極22、対極23及び参照電極24が互いに絶縁されて設けられている。基板21は平面視で略長方形の形態を有している。作用電極22、対極23及び参照電極24は、基板21の長手方向一端近傍から他端近傍にわたって設けられている。
【0022】
電極チップ2において、作用電極22、対極23及び参照電極24の一端側には被測定物質を含む液体試料10が接触される。電極チップ2の作用電極22、対極23及び参照電極24の他端側は、コネクタ8及びケーブル9(図1での図示省略)を介してポテンショスタット3に電気的に接続される。電極チップ2は、コネクタ8に着脱可能に取り付けられる。
【0023】
電極チップ2の基板21の少なくとも一表面は、平坦な絶縁性材料で形成されている。基板21の材質は特に限定されず、例えば、ポリイミド(PI)、ポリエチレンテレフタレート(PET)、単結晶シリコン(シリコンウェハ)、ガラス、メタクリル樹脂(PMMA)、ポリカーボネート(PC)、ポリプロピレン(PP)、ポリエチレン(PE)、ポリスチレン(PS)、ポリ塩化ビニル(PVC)、ポリオキシメチレン(POM)、ABS樹脂(ABS)などを挙げることができる。ただし、基板21の材質は、これらに限定されず、セラミックスや石英などであってもよい。また、基板21の形状、厚み及び大きさは、特に限定されない。
【0024】
図3は、図2のA-A位置に沿った電極チップ2の模式的な断面図である。図2及び図3に示すように、電極チップ2において、作用電極22、対極23及び参照電極24のそれぞれは、基板21の上に形成された絶縁層41と、絶縁層41の上に形成された導電層42とを備えている。
【0025】
絶縁層41は、多数の絶縁層細孔41aをもつ多孔質構造を有する絶縁性の金属酸化物で形成されている。本実施形態では、絶縁層41は、アルミナ層を温水処理によって多孔質化したアルミニウム化合物層で形成されている。絶縁層41は基板21の上面において電極22,23,24の形成領域に形成されている。本実施形態では、絶縁層41は、基板21の上面の全面又はほぼ全面にわたって形成されている。
【0026】
このような絶縁層41は、例えば、基板21の上に原子層体積法(ALD法)又は物理気相成長法(PVD法)によって非晶質アルミナを30nm程度の厚みで成膜し、その後、基板21を75~85℃程度の温水に数分~数十分ほど浸漬することで形成できる。この温水処理で形成される多孔質のアルミニウム化合物層は、例えば、厚み(高さ)が140~150nm程度である。このように、温水処理という至極簡単な処理を施すだけで多孔質構造を有する絶縁層41を形成でき、製造コストを低減できる。
【0027】
導電層42は、絶縁層41の上に形成されており、絶縁層41の多孔質構造(多数の絶縁層細孔41a)に起因する多孔質構造(多数の導電層細孔42a)を有している。このような多孔質構造をもつ導電層42は、絶縁層41の上に導電層材料を積層することで形成できる。導電層42の多孔質構造は、絶縁層41の多孔質構造によるが、例えば、厚み
(膜厚)が20~1000nm程度である。また、導電層42の成膜膜厚を変化させることで、導電層42の多孔質構造(導電層細孔42aの開口形状や開口幅、孔深さなど)を制御することが可能である。これにより、用途に合わせた多孔質構造を有する導電層42を備えた電極22,23,24を形成できる。
【0028】
導電層42の材料としては、例えば、金、銀、チタン、ニッケル、アルミニウム、ルテニウム、タンタル、チタン、銅、白金、ニオブ、ジルコニウム、もしくはこれらの元素の合金、又はこれらの元素と炭素との合金、もしくは炭素単体などを使用できる。また、導電層42は、単層膜であってもよいし、複数の膜を積層した多層膜であってもよい。
【0029】
導電層42の製造方法としては、形成領域及び膜厚を高精度に制御できることから、蒸着法であることが好ましい。ここで、蒸着法としては、スパッタリング法、真空蒸着法、イオンプレーティング法などの、いわゆる物理気相成長法(PVD法)や、いわゆる化学的気相成長法(CVD法)を使用できる。ただし、各層の製造方法は、蒸着法に限定されず、スクリーン印刷法やインクジェット印刷法などの印刷法であってもよい。
【0030】
なお、基板21の表面に、基板21と絶縁層41との剥離を防止する接着層を形成してもよい。このような接着層の材料としては、基板21及び絶縁層41との密着性が良好なものであればよく、例えば、クロム、チタン、タングステンを使用できる。また、接着層は、基板21の表面に絶縁層41との密着性を向上させ得る表面処理を施して形成した表面処理層で形成されていてもよい。このような表面処理としては、例えば、プラズマ処理、コロナ処理、フレーム処理、エッチング処理、蒸気処理、イオンビーム処理などを挙げることができる。
【0031】
電極22,23,24は、多孔質構造の導電層42を有しているので、導電層42の活性面積を平面よりも増大させることができ、測定感度を向上できる。また、導電層42が多孔質構造による導電層細孔42aを有することで、導電層細孔42a内での微小粒子(検出対象成分)の導電層42への接触を許容する一方、導電層42表面における導電層細孔42aの開口幅よりも大きな不純物が導電層細孔42a内へ入り込むのを抑制する。これにより、不純物が導電層42に接触する面積を低減でき、微小粒子に対する選択的な感度を向上できる。
【0032】
さらに、導電層42の多孔質構造(導電層細孔42a)は下層側の絶縁層41が有する多孔質構造(絶縁層細孔41a)に起因したものであるから、絶縁層41の上に導電層材料を積層することで多孔質構造を有する導電層42を容易かつ確実に形成できる。また、導電層42の成膜膜厚を変化させることで導電層42の多孔質構造(導電層細孔42aの開口形状や開口幅、孔深さなど)を制御することが可能であり、用途に合わせた多孔質構造を有する導電層42を備えた電極22,23,24を形成できる。
【0033】
電極チップ2は、作用電極22と参照電極24と対極23とを備えているので、3電極方式の電気化学測定に適用できる。そして、作用電極22、参照電極24及び対極23について、導電層42の活性面積の増大及び導電層42への不純物接触の低減を実現できるので、測定感度を向上できる。
【0034】
なお、電極チップ2の電極構造を、作用電極と参照電極とを有する2電極の電極チップに適用できる。そして、作用電極と参照電極の両方が導電層42の活性面積の増大及び導電層42への不純物接触の低減を実現できるので、2電極方式の電気化学測定において測定感度を向上できる。
【0035】
図1に示すように、ポテンショスタット3は、電極チップ2の作用電極22の電位が参
照電極24に対して一定になるように制御するとともに、作用電極22と対極23との間に流れる電流を測定可能に構成されている。ポテンショスタット3は、概略構成として、演算制御部31、電圧印加部32及び電流検出部33を備えている。
【0036】
演算制御部31は、電気化学測定で得られた測定値を用いて所定の演算処理を行なうとともに、操作部4を介して入力されたユーザからの指令に基づいて、電圧印加部32に必要な信号を送信したり、表示部5に測定結果等の情報を表示させたりする機能である。演算制御部31は、例えばマイクロコンピュータが所定のプログラムを実行することによって実現される。
【0037】
電圧印加部32は、演算制御部31からの測定開始の信号を受信したときに、電極チップ2の作用電極22と対極23との間に所望の波形の電圧を印加して、作用電極22と参照電極24との間の電位が所望の電位になるように制御するように構成されている。
【0038】
電流検出部33は、電極チップ2の作用電極22と対極23との間を流れる電流の大きさを検出するように構成されている。電流検出部33が検出した電流の大きさに関する信号は演算制御部31に取り込まれる。
【0039】
演算制御部31は、電流検出部33から取り込んだ信号に基づき、例えば予め用意された検量線を用いて、試料溶液中の特定成分濃度等の計算を行ない、測定結果を表示部5に表示するように構成されている。
【0040】
電気化学測定装置1において、操作部4は、電源のオン・オフや測定の開始、表示部5に表示される情報の変更といった操作をユーザが行なうための入力装置である。表示部5は、例えば液晶ディスプレイによって実現されるものである。なお、表示部5をタッチパネルで構成し、表示部5に操作部4の機能を兼ね備えさせてもよい。電源部6は、例えば乾電池や蓄電池などによって実現することができる。電源部6により、ポテンショスタット3や表示部5へ必要な電力が供給される。
【0041】
また、ポテンショスタット3には、USB(ユニバーサル・シリアル・バス)端子といった有線通信手段や無線通信手段によってパーソナルコンピュータ等の外部機器へ情報を出力することができるように、外部出力部7が接続されてもよい。その場合、演算制御部31は、外部出力部7を介して測定データ等を外部機器へ出力するように構成されている。
【0042】
なお、操作部4、表示部5、電源部6及び外部出力部7は、例えば、ノートパソコンやタブレットなどのモバイルコンピュータで実現されるようにしてもよい。さらに、ポテンショスタット3として小型のもの(例えば小型ポテンショスタット「miniSTAT100」(バイオデバイステクノロジー製))を用いるようにすれば、電気化学測定装置1を持ち運び可能に構成できる。これにより、電気化学測定装置1を使用したオンサイト(現場)での液体試料の測定が可能になる。
【0043】
電気化学測定装置1を使用した電気化学測定は、図2に示すように、電極チップ2に液体試料10が滴下された状態で行われる。電極チップ2に対して、液体試料10は作用電極22、対極23及び参照電極24に接触するようにして基板21上に滴下される。なお、作用電極22、対極23及び参照電極24の一端側を液体試料に浸漬した状態で測定を行ってもよい。
【0044】
次に、電極チップ2の作製例について説明する。基板21としての厚さ2500nm(2.5μm)程度のPET基板の上に、スパッタリング法により、絶縁層形成領域に対応
する開口パターンを有するメタルマスクを用いて厚さ30nm程度のアルミナ層を絶縁層41形成用金属酸化膜として形成した。なお、アルミナ層の膜厚は30nmよりも大きくても小さくてもよい。
【0045】
アルミナ層を成膜した基板21を75~85℃程度の温水に7分ほど浸漬してアルミナ層を多孔質化し、多数の絶縁層細孔41a(多孔質構造)を有する絶縁層41を形成した。その後、基板21を乾燥させた。多孔質化した絶縁層41は厚みが200~300nm程度であった。
【0046】
次に、スパッタリング法により、導電層形成領域に対応する開口パターンを有するメタルマスクを用いて絶縁層41の上に導電性材料を積層し、多数の導電層細孔42a(多孔質構造)を有する導電層42を形成した。このようにして、絶縁層41及び導電層42をそれぞれ有する作用電極22、対極23及び参照電極24を形成した。電極22,23,24の線幅(長手方向に直交する幅方向の寸法)は、1.0mm程度である。また、電極
22,23,24の間隔は、0.5mm程度である。なお、電極22,23,24の線幅
や形状などは適宜変更可能である。
【0047】
このように、蒸着法(ここではスパッタリング法)により、絶縁層41形成用の金属酸化膜及び導電層42を、開口パターンを有するメタルマスクを使用して形成することで、各層の成膜後にエッチング法やリフトオフ法によるパターニングが不要であり、製造コストを低減できる。
【0048】
導電層42として、(1)チタン(Ti)層を成膜し、その上に金(Au)層を成膜した2層構造のもの、(2)銀(Ag)層を成膜したもの、の2種類の電極チップ2を製作した。
【0049】
図4は、一実施形態の電極チップ2における多孔質構造の導電層42の走査電子顕微鏡画像である。図5は、比較例の電極チップにおける略平坦な導電層の走査電子顕微鏡画像である。図4の導電層42は上記(1)の構成(Ti層+Au層)である。図5の比較例の電極チップでは、基板の上に、多孔質構造を有する絶縁層を形成せずに、実施形態の導電層と同じ構成の導電層を直接成膜した。
【0050】
図5から分かるように、平坦な基板の上に成膜した導電層の表面はほぼ平坦である。これに対し、実施形態の電極チップ2の導電層42は、図4からわかるように、下層側の絶縁層41の多孔質構造に起因した多孔質構造(多数の導電層細孔42a)を有し、導電層42の表面に凹凸形状が形成されている。これにより、電極チップ2の導電層42は、活性面積を平面の導電層よりも増大させることができ、測定感度を向上できる。また、導電層42が多孔質構造による導電層細孔42aを有することで、導電層細孔42a内での微小粒子の導電層42への接触を許容する一方、導電層細孔42aの開口幅よりもサイズが大きい不純物が導電層42に接触する面積を低減でき、微小粒子の選択的な感度を向上できる。
【0051】
導電層42の膜厚は、特に限定されないが、50nm以上、1000nm以下であることが好ましい。なお、導電層42の膜厚が50nmよりも薄いと、電極22,23,24が高抵抗となって測定感度が低下する。また、導電層42の膜厚が1000nmよりも厚いと、導電層42を蒸着法(例えばスパッタリング法)で成膜する場合には、導電層42の成膜に要する時間が長くなり、生産効率が低下する。
【0052】
なお、1枚の基板21に複数の電極チップ2の領域を設けて、複数の電極チップ2を同時に形成した後、各電極チップ2を個片化することで、製造コストを低減できる。
【0053】
次に、電極チップ2を使用した測定結果例について説明する。
【0054】
<実施例1>
実施例1の電極チップ2として、導電層42が上記(1)の構成(Ti層+Au層)を有するものを使用した。比較例として、平坦な基板の上に導電層42と同じ構成の導電層を直接成膜したものを製作して使用した。測定溶液として、フェリシアン化カリウムK[Fe(CN)]0.0626mol/Lとフェリシアン化カリウムK[Fe(CN)]0.0048mol/Lの混合液を使用した。
【0055】
ポテンショスタット3として小型ポテンショスタット「Interface1010」(GARMY製)を使用した。2電極系のクロノアンペアメトリー(CA)により電気化学測定を行った。CAによる測定は、測定電圧350mV、測定時間10s(秒)、サンプリング時間1ms(ミリ秒)の条件で行った。電極チップ2と比較チップの上に上記サンプルをそれぞれ20μL程度滴下して測定を行った。得られた時間-電流曲線を図6に示す。図6において、縦軸は電流、横軸は時間を示す。
【0056】
図6からわかるように、実施形態の電極チップ2を使用した測定(実施例1参照)は、比較チップを使用した測定(比較例参照)に比べて3倍程度の電流応答が得られた。
【0057】
<実施例2>
実施例2の電極チップ2として、導電層42が上記(2)の構成(Ag層)を有するものを使用した。比較例として、平坦な基板の上に導電層42と同じ構成の導電層を直接成膜したものを製作して使用した。測定溶液として、ヒト血液に鉛800ppbを添加したものを使用した。
【0058】
ポテンショスタット3は、上記実施例1の測定で使用したものと同じものを使用した。2電極系の陽極溶出微分パルスボルタンメトリー(ASDPV)により電気化学測定を行った。電極チップ2と比較チップの上に上記サンプルをそれぞれ20μL程度滴下して測定を行った。得られた電流-電位曲線を図7に示す。図7において、縦軸は電流、横軸は電位を示す。
【0059】
図7からわかるように、実施形態の電極チップ2を使用した測定(実施例2参照)では、良好なPbピークが得られた。これに対して、比較チップを使用した測定(比較例参照)では、実施形態に比べてPbピークが小さいことが確認された。
【0060】
本発明は、前述の実施形態に限らず、様々な態様に具体化できる。例えば、電極チップは、電極として作用電極22及び参照電極24を備え、対極23を備えていない構成であって、二電極方式の電気化学測定に適用可能な構成であってもよい。
【0061】
また、本発明の電極チップは、クロノアンペアメトリー(CA)、微分パルスボルタンメトリー(DPV)に限らず、サイクリックボルタンメトリー(CV)、リニアスイープボルタンメトリー(LSV)、短波形ボルタンメトリー(SWV)などの方法にも適用可能である。
【0062】
また、絶縁性の基板21の上に形成された多孔質構造を有する絶縁層41は、その多孔質構造に起因して導電層42に多孔質構造が形成される構造を有し、かつ絶縁性を有するものであればよい。このような絶縁層は、例えば、酸化チタン、酸化スズ、酸化マグネシウムなどの多孔質膜であってもよいし、複数の金属元素を含む多孔質な金属酸化膜であってもよいし、絶縁性金属酸化物からなる多数の微小粒子が接合することで多孔質構造の層
が形成されているものであってもよい。
【0063】
また、図8に示すように、多孔質構造の絶縁層41の絶縁層細孔41aに基板21の表面が露出しており、導電層42が絶縁層細孔41aを介して基板21に接合していてもよい。このような構成によれば、基板21と導電層42とを接合させることで、電極22,23,24と基板21との接合強度を高めて電極22,23,24の剥離を抑制できる。
【0064】
なお、絶縁層41における多数の絶縁層細孔41aのうち少なくとも一部の絶縁層細孔41aに基板21の表面が露出していれば、導電層42を基板21に接合できる。また、絶縁層41における多数の絶縁層細孔41aは、不規則に形成されていてもよいし、規則的に形成されていてもよい。図3を参照して説明した上記実施形態でも同様である。
【0065】
また、図9に示すように、導電層の成膜膜厚を変化させることで導電層42の多孔質構造(導電層細孔42aの開口形状や開口幅、孔深さなど)を制御することが可能である。図9において、上段は模式的な断面図を示し、下段は電極の走査電子顕微鏡画像を示す。
【0066】
凹凸形状が不規則な多数の絶縁層細孔41aを有する絶縁層41の上に、例えばスパッタ法で導電性材料を積層成膜すると、絶縁層41の表面形状に応じた多数の導電層細孔42aをもつ導電層42が形成される。例えば導電層42の膜厚が100nmよりも小さい場合、図9の左から2番目の模式断面図及びSEM画像のように、穴状の多数の導電層細孔42aが不規則に形成される。図9の左から3番目の模式断面図及びSEM画像に示すように、導電層42の膜厚が例えば150nmを越えるあたりから導電層細孔42aが溝状に形成される。
【0067】
導電層42の膜厚が例えば200nm以上になると、図9の一番右の模式断面図及びSEM画像、ならびに図10のSEM画像に示すように、導電層細孔42aは不規則な溝状に形成される。ここで、図10は、絶縁層41及び導電層42の一部分が基板21から剥離して出現した電極の破断面を示している。図10から分かるように、溝状の導電層細孔42aは、導電層42の表面での開口幅が孔深さよりも小さくなっている。導電層細孔42aの開口幅(導電層42の表面での溝幅)は、例えば100nm以下である。このような溝状の導電層細孔42aをもつ導電層42は、導電層細孔42a内への微小粒子の進入を許容する一方、導電層細孔42aの開口幅よりも大きいサイズの不純物の導電層細孔42a内への進入を阻止する。これにより、微小粒子が導電層42に接触可能な面積を不純物が導電層42に接触可能な面積に比べて大きくできるので、微小粒子の選択的な感度を向上できる。
【0068】
なお、図9に示す模式断面図では絶縁層41の絶縁層細孔41aに基板21表面が露出している。ただし、絶縁層細孔41aに基板21表面が露出していない絶縁層41上に導電層42を積層した場合でも、導電層42の成膜膜厚を変化させることで多孔質構造(導電層細孔42aの開口形状や開口幅、孔深さなど)を制御することが可能である。また、多数の導電層細孔42aを有する多孔質構造の導電層42は、下地層表面の凹凸形状に応じて形成されることから、多孔質構造の導電層42を形成するための下地層は、表面に凹凸形状を有する層であれば、多孔質構造の絶縁層41以外の層であってもよい。例えば、表面に多数の凹凸形状をもつ絶縁性の基板21を下地層としてその上にスパッタ法などの蒸着法で導電性材料を成膜すれば、表面に多数の凹凸形状をもつ多孔質構造の導電層を電極として形成することも可能である。
【0069】
[付記]以下に、上記実施形態の構成を付記する。
[付記1]
絶縁性の基板の上に形成された導電層を備え、
前記導電層はその表面に多数の凹凸形状を有している、
電極。
付記1の電極によれば、表面の凹部内への微小粒子の進入を許容する一方、凹部の開口幅よりも大きいサイズの不純物の凹部内への進入を阻止する。これにより、微小粒子が導電層に接触可能な面積を不純物が導電層に接触可能な面積に比べて大きくできるので、微小粒子の選択的な感度を向上できる。
[付記2]
前記導電層は、前記基板又は前記基板上に形成された絶縁層を下地層とし、前記下地層の表面に形成された多数の凹凸形状の形状に応じた凹凸形状を有している、
付記1に記載の電極。
[付記3]
前記下地層は、前記基板の上に形成された不規則な表面凹凸形状を有する金属酸化物である、
付記2に記載の電極。
[付記4]
前記下地層は、前記基板の上に形成されたアルミナ層を温水処理によって多孔質化したアルミニウム化合物層である、
付記2に記載の電極。
[付記5]
前記導電層は、前記導電層の表面での開口幅が孔深さよりも小さい溝状の導電層細孔を備えている、
付記1から4のいずれか一項に記載の電極。
[付記6]
前記導電層は、スパッタ法で成膜された導電性材料で形成されている、
付記1から5のいずれか一項に記載の電極。
[付記7]
付記1から6のいずれか一項に記載の電極からなる作用電極及び参照電極、もしくは作用電極、参照電極及び対極を備えている、
電極チップ。
【符号の説明】
【0070】
21 基板
22 作用電極
23 対極
24 参照電極
41 絶縁層
41a 絶縁層細孔
42 導電層
42a 導電層細孔
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10