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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-05
(45)【発行日】2024-08-14
(54)【発明の名称】NiCrMo鋼およびその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240806BHJP
   C22C 38/44 20060101ALI20240806BHJP
   C22C 38/46 20060101ALI20240806BHJP
   C21D 9/00 20060101ALI20240806BHJP
【FI】
C22C38/00 301A
C22C38/44
C22C38/46
C21D9/00 L
C21D9/00 M
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020031303
(22)【出願日】2020-02-27
(65)【公開番号】P2021134388
(43)【公開日】2021-09-13
【審査請求日】2022-09-02
(73)【特許権者】
【識別番号】320005154
【氏名又は名称】日本製鋼所M&E株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100091926
【弁理士】
【氏名又は名称】横井 幸喜
(72)【発明者】
【氏名】橋 邦彦
(72)【発明者】
【氏名】野戸 大河
(72)【発明者】
【氏名】本間 祐太
【審査官】國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-227573(JP,A)
【文献】特開昭62-109949(JP,A)
【文献】特開平08-120400(JP,A)
【文献】特開平02-034724(JP,A)
【文献】特開昭61-060867(JP,A)
【文献】特開昭63-255344(JP,A)
【文献】特開2010-175032(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
C21D 9/00- 9/44
C21D 9/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
質量%で、C:0.24~0.40%、Si:0.03~0.50%、Mn:0.05~0.35%、Ni:2.00~4.50%、Cr:0.50~2.00%、Mo:0.10~1.00%を含有し、残部がFe及び不可避不純物からなる組成を有し、前記組成の質量%含有量において、下記の式1で計算されるJ値が0以上となり、JIS G0551に準拠した旧オーステナイト粒の結晶粒度が5.5以上であり、室温の0.2%耐力が1200MPa以上、破面遷移温度FATTが―25℃以下であることを特徴とするNiCrMo鋼。
J=120+61.2C-130.0Si-66.0Mn-21.0Ni-38.1Cr+44.9Mo+184.3Cu+40.0V(質量%) … (1)
【請求項2】
前記組成に、さらに質量%で、V:0.20%以下を含有することを特徴とする請求項1記載のNiCrMo鋼。
【請求項3】
前記組成の不可避不純物中で、Cuが質量%で、0.20%以下であることを特徴とする請求項1または2に記載のNiCrMo鋼。
【請求項4】
調質後のNiCrMo鋼であって、金属組織が焼戻しマルテンサイト組織または焼戻しベイナイト組織、もしくはこれらの混合組織からなることを特徴とする請求項1~3のいずれか1項に記載のNiCrMo鋼。
【請求項5】
請求項1~3いずれか1項に記載の組成を有し、前記組成の質量%含有量において、下記の式1で計算されるJ値が0以上の鋼に対し、焼入れの前に焼ならしを施し、焼ならし冷却過程の500℃~100℃の温度範囲において1000℃/h以下の速度で冷却することにより、焼入れ後のJIS G0551に準拠した旧オーステナイト粒の結晶粒度が5.5以上であり、室温の0.2%耐力が1200MPa以上、破面遷移温度FATTが―25℃以下である鋼材を得ることを特徴とするNiCrMo鋼の製造方法。
J=120+61.2C-130.0Si-66.0Mn-21.0Ni-38.1Cr+44.9Mo+184.3Cu+40.0V(質量%) … (1)
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、機械構造部材、ハンマーやプレス機、圧延機などの産業部材、圧力容器などに適用することができるNiCrMo鋼およびその製造方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
一般的に結晶粒微細化以外の方法で鋼を強化すると靱性が低下するが、結晶粒微細化のみ強度と靱性を同時に向上させる強化方法であることから、鉄鋼材料では結晶粒微細化が最も重要な強化方法である。結晶粒を微細化する方法は、相変態あるいは再結晶を利用する方法に大別されるが、鉄鋼材料の実用製造プロセスで最も微細な結晶粒が得られる方法は制御圧延・加速冷却(TMCP)で、再結晶を利用して5μmの微細なフェライト粒が得られている。
【0003】
しかし、鍛造プロセスを介する厚肉の鍛鋼製品では、TMCPのように加工ひずみや冷却速度を正確に制御することは難しいため、鍛造でニアネットシェイプした後に調質(焼入れと焼戻し)する工程で製造するのが一般的である。
また、厚肉製品で内部まで高強度、あるいは高硬度が要求される場合、合金元素を添加することによって焼入れ性を大きくし内部までマルテンサイト或いはベイナイトなどの焼きの入った組織にして使われる。
【0004】
焼入れ性の高い鋼種として、JIS SNCM625、815などのNiCrMo鋼などがある。焼入れ性が高いために徐冷してもベイナイト組織、あるいはマルテンサイト組織、またはそれらの混合組織といった焼入れ組織となる。それらを逆変態させると、母相と特定の結晶方位関係を有する板状γがラス境界に沿って生成し(非特許文献1)、それらが成長・合体することで旧オーステナイト粒とほぼ同じ大きさの粒径を有する粗大なγ粒組織になる場合がある(非特許文献2)。したがって、焼入れ性の高い鋼種において、結晶粒を微細化する方法としては、γ化処理の回数を増やして徐々に結晶粒を微細化する方法がとられる。例えば、先行特許文献1では、焼入れ性の高いNiCrMoV鋼において、1回のγ化処理で得られるASTM粒度番号は4.4以下であるが、3回γ化すると6.4以上が得られる結果が示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2000-319749号公報
【文献】特開平8-120400号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】E.Kula and M.Cohen:Transactions of the ASM,46,p.728(1954)
【文献】重里元一,杉山昌章,原卓也,朝日均:材料とプロセス,18,p.1269(2004)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかし、先行技術において、γ化処理を繰り返す方法は時間と費用がかかってしまう問題がある。
また、γ粒の微細化方法として、NbやTiなどの粒界ピン止め粒子を形成する元素を添加する方法があるが、強い炭化物形成能をもつ元素の添加は凝固偏析を助長したり、熱処理方法を誤ると混粒組織を呈したりするため、延靱性の低下を招く恐れがある。
【0008】
先行特許文献2では、超高圧圧力容器用鋼として強度と靱性に優れた鋼が示されている。この文献では、高強度化のため4%NiCrMoV鋼のCおよび/またはMoを増量すること、高靱性化のためSi、Mn、PおよびSの含有量を極力減じて高純度化すること、エレクトロスラグ再溶解(ESR)法を採用し偏析のない清浄化することが示されている。しかし、C増量は偏析しやすくなるため製造性の低下が危惧され、またMo増量や高純度化、ESR法の適用は製造コストの増加につながるため、一般産業用部材に対しては適用しにくいという問題がある。
【0009】
本発明は上記事情に着目してなされたものであり、TiやNbなどの粒界ピン止め粒子を形成する元素を添加したり、γ化処理を多数回繰り返したりしなくても、また高レベルの高純度化やESR法の適用などを必須としなくても、高強度、高靱性鋼の特性を得ることができるNiCrMo鋼およびその製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
すなわち、本発明のNiCrMo鋼のうち第1の形態の発明は、
質量%で、C:0.24~0.40%、Si:0.03~0.50%、Mn:0.05~0.35%、Ni:2.00~4.50%、Cr:0.50~2.00%、Mo:0.10~1.00%を含有し、残部がFe及び不可避不純物からなる組成を有し、前記組成の質量%含有量において、下記の式1で計算されるJ値が0以上となり、JIS G0551に準拠した旧オーステナイト粒の結晶粒度が5.5以上であり、室温の0.2%耐力が1200MPa以上、破面遷移温度FATTが―25℃以下であることを特徴とする。
J=120+61.2C-130.0Si-66.0Mn-21.0Ni-38.1Cr+44.9Mo+184.3Cu+40.0V(質量%) … (1)
【0011】
第2の形態のNiCrMo鋼の発明は、前記形態の発明において、前記組成に、さらに質量%で、V:0.20%以下を含有することを特徴とする。
【0012】
第3の形態のNiCrMo鋼の発明は、前記形態の発明において、前記組成の不可避不純物中で、Cuが質量%で、0.20%以下であることを特徴とする。
【0013】
第4の形態のNiCrMo鋼の発明は、前記形態の発明において、調質後のNiCrMo鋼であって、金属組織が焼戻しマルテンサイト組織または焼戻しベイナイト組織、もしくはこれらの混合組織からなる。
【0015】
本発明のNiCrMo鋼の製造方法の発明は、前記形態の組成を有し、前記組成の質量%含有量において、下記の式1で計算されるJ値が0以上の鋼に対し、焼入れの前に焼ならしを施し、焼ならし冷却過程の500℃~100℃の温度範囲において1000℃/h以下の速度で冷却することにより、焼入れ後のJIS G0551に準拠した旧オーステナイト粒の結晶粒度が5.5以上であり、室温の0.2%耐力が1200MPa以上、破面遷移温度FATTが―25℃以下である鋼材を得ることを特徴とする。
J=120+61.2C-130.0Si-66.0Mn-21.0Ni-38.1Cr+44.9Mo+184.3Cu+40.0V(質量%) … (1)
【0016】
次に、本発明で規定する内容について以下に説明する。なお、組成における含有量はいずれも質量%で示される。
【0017】
C:0.20~0.40%
鋼に含有するCの一部またはすべてが、焼ならし冷却過程で炭化物を形成する。それら炭化物は逆変態時のγ粒微細化に影響を及ぼすため、0.20%以上添加する。しかし、多すぎると鋼材として加工性の低下や中心部の凝固偏析がひどくなり靱性の低下を招く。なお、同じ理由で下限を0.24%とするのがより望ましい。
【0018】
Si:0.01~0.50%
Siは、逆変態時のγ粒粗大化に影響を及ぼす元素であるが、フェライトの固溶強化元素であり、鋼の溶製時において脱酸作用を有し、健全な鋼を得るために所定量以上を含有することが必要である。よってその範囲を0.01~0.50%に限定する。
なお、同じの理由により、下限を0.03%、上限を0.30%とするのが望ましい。
【0019】
Mn:0.05~0.60%
Mnは、逆変態時のγ粒粗大化に影響を及ぼす元素であるが、オーステナイト安定化元素であるため、焼入れ性を大きく向上させ強度を高める効果や、不純物元素であるSと結合して靱性を向上する効果があることから、所定量以上を含有することが必要である。なお、同じ理由で下限を0.05%、上限を0.35%とするのが望ましく、さらに下限を0.06%超とするのが一層望ましい。
【0020】
Ni:2.00~4.50%
Niは、逆変態時のγ粒粗大化に影響を及ぼす元素であるが、母相に固溶し焼入れ性を高め、高強度化および高靱性化に寄与する元素であることから、所定量以上を含有することが必要である。一方、過剰に含有しても特性改善効果は飽和し、材料コストのみ増加する。
なお、同じの理由により、下限を2.50%、上限を4.20%とするのが望ましい。
【0021】
Cr:0.50~2.00%
Crは、逆変態時のγ粒粗大化に影響を及ぼす元素であるが、焼入れ性および焼戻し軟化抵抗の向上をもたらす元素であることから、所定量以上を含有することが必要である。一方、過剰に含有すると、靱性を低下させる。
なお、同じ理由で下限を0.80%、上限を1.80%とするのがより望ましい。
【0022】
Mo:0.10~1.00%
Moは、焼入れ性を向上させる元素であり、また逆変態時のγ粒粗大化に影響を及ぼす元素であるが、焼戻し脆化を低減する役割を果たすため、所定量以上を含有することが必要である。一方、過剰に含有すると、材料コストが増加する。
なお、同じ理由で下限を0.20%、上限を0.80%とするのがより望ましい。
【0023】
V:0.20%以下
Vは逆変態時のγ粒サイズに及ぼす悪影響はほとんどないが、焼戻し軟化特性および強度向上、水素起因の遅れ割れを抑制する効果があるため、製品サイズや要求スペックに応じて添加する。ただし、過剰に含有すると粗大な未固溶炭化物が形成されやすくなり、また未固溶炭化物量が増加するため、靱性の低下を招く。
なお、同じ理由により、下限を0.05%、上限を0.15%とするのが望ましい。
また、Vを積極的に含有しない場合、不可避不純物として0.03%以下で含有してもよい。
【0024】
不可避不純物
鋼の組成においては、その他に不可避不純物を含むものであってもよい。不可避不純物として、Cu、P、S、Nなどが挙げられる。
これらの不純物は、不可避的に含有される量においては特に上限を定めるものではないが、例えば、Cu:0.20%、P:0.02%、S:0.02%、N:0.02%を上限とみることができる。
【0025】
J値:0以上
本願発明者らは、結晶粒度と各種元素の含有量にはある程度の相関があると考え、旧γ粒界の結晶粒度を目的変数として、各種元素を説明変数として回帰分析をし、下記式(1)を得た。これにより決定係数R値が0.95と非常に高い相関性が認められた。
式(1)で示されるJ値が0以上となる組成を選択することで、逆変態時のγ粒微細化効果を高めることができる。Jの値が大きいほど微細な結晶粒を得られ、機械的特性が改善される。
J=120+61.2C-130.0Si-66.0Mn-21.0Ni-38.1Cr+44.9Mo+184.3Cu+40.0V(質量%) … (1)
【0026】
金属組織
本発明のNiCrMo鋼は、焼入れ焼戻し後において、焼戻しマルテンサイト組織または焼戻しベイナイト組織、もしくはこれらの混合組織を有する。
これにより、高い強度と優れた靱性が得られる。
なお、焼入れ焼戻し組織としては、焼戻しマルテンサイト単一組織の方が望ましい。
【0027】
焼ならし冷却速度:1000℃/h以下
焼入れ後の旧γ粒をJIS結晶粒度5.5以上に微細化させるためには、焼入れ前の組織、即ち焼ならし組織がマルテンサイト組織または焼戻しマルテンサイト組織以外の高温変態組織とする必要がある。したがって、高温変態組織を得るために、500~100℃の温度範囲における焼ならし冷却速度を1000℃/h以下に制限する。なお、焼ならしと焼入れの間に650℃以下の焼戻しを施してもかまわない。
【0028】
焼入れ温度:800~930℃
焼入れは、800~930℃で行うことができる。例えば、30時間加熱保持しても、結晶粒度はほとんど変わらないことから、狙いの機械的特性や部材の肉厚に応じて、800~930℃の範囲内で自由に選択できる。
【0029】
焼戻し温度:450~650℃
焼戻しは、母材の靱性を改善させる目的で実施される。450℃以下ではその作用が十分に得られないことや、残留応力が高すぎる懸念があるため、下限を450℃とした。一方、上限の650℃を超えると一部がγ化することで混粒となり、靱性が悪化する懸念があることから、上限を650℃とした。なお、焼戻し温度・時間は所望の特性に応じて自由に選定することができる。
【0030】
なお、焼ならしの回数は1回でよいが、本発明としてはその回数が限定されるものではない。
【発明の効果】
【0031】
以上に述べたように、本発明によれば適切な化学組成と焼ならし条件により、その後の焼入れ工程で微細な組織が得られる。この方法によって、これまで結晶粒微細化のために繰返しγ化処理を行っていたNiCrMo鋼などの焼入れ性の高い鋼製部材の熱処理時間および費用を節減することができる。また、結晶粒度が要求スペックに入っている部材に対して結晶粒度の確保が期待される。
【図面の簡単な説明】
【0032】
図1】実施例におけるJ値と旧γ粒の結晶粒度の関係とを示すグラフである。
図2】実施例の一部供試材の金属組織を示す図面代用写真である。
図3】実施例の一部の供試材において、焼きならし冷却過程の冷却速度を変えた際の結晶粒度を示すグラフである。
図4】実施例一部の供試材において、焼入れ後の結晶粒観察結果を示す図面代用写真である。
【発明を実施するための形態】
【0033】
以下、この発明の一実施形態を説明する。
本実施形態の鋼は、本発明の範囲の組成に調製して常法により溶製することができる。溶製により得られる鋼塊は必要に応じて鍛造などの加工や焼ならし等の熱処理を実施し、さらに調質を行う。それらの鍛造等や熱処理は常法により行うことができ、本発明としては特定の条件に限定されるものではない。
【0034】
ただし、結晶粒微細化には焼ならし工程の冷却条件を適正に定めることが望ましく、好適には、500~100℃の温度範囲における冷却速度を1000℃/h以下とするのが望ましい。さらに、500℃/h以下とするのが一層望ましい。冷却速度が1000℃/hより高くなると、γ粒微細化に必要な高温変態組織が得られなくなるため、結晶粒微細化しなくなる可能性が高い。焼ならしは一般的に適応される温度、例えば870~930℃で行うことができる。焼きならし後、焼き入れ前には、必要に応じて焼き戻しを行ってもよく、これを省略してもよい。
【0035】
焼入れ後は焼戻しマルテンサイト組織または焼戻しベイナイト組織、もしくはこれらの混合組織が得られる。焼入れは800~930℃から常法による冷却を用いることができ、要求される機械的特性や部材の肉厚などに応じて、水冷、油冷、空冷、炉冷などを用いることができる。
【0036】
焼入れ後の焼戻しは、要求される機械的特性や部材の肉厚などに応じて、450~650℃で常法により行えばよい。
【0037】
結晶粒度および整粒であるか否かの判定は、JIS G0551“鋼のオーステナイト結晶粒度試験方法”によって判定することができ、光学顕微鏡などの装置を用いて判定が可能である。組織についても光学顕微鏡を用いて判定が可能である。
本実施形態の鋼は、一般的な熱処理、すなわち鍛錬、焼ならし、焼入れ後に上記規格におけるJIS結晶粒度で5.5以上の結晶粒が得られ、高い強度(例えば、室温の0.2%耐力≧1200MPa)と優れた靱性(例えば、FATT≦―25℃)が得られる。
本実施形態では、鋼製の肉厚部材に好適に適用される。例えば、肉厚が2500mm以下の部材にまで用いることができる。ただし、本願発明では、部材の肉厚が前記厚さに限定されるものではない。
【実施例1】
【0038】
以下に、本発明の実施例を説明する。
表1に示す組成の鋼種(残部がFeとその他不可避不純物)を50kg真空誘導溶解炉で溶製した。得られた鋼塊は初期加熱温度1250℃で熱間鍛造し、焼ならし焼戻し-焼入れを施した。
焼ならしは920℃で4h保持した後、500℃以下を50℃/h以下の冷却速度で冷却した。焼ならし後は650℃で10時間焼戻しを行った。なお、焼入れ前の焼戻しは省略してもかまわない。焼入れは840℃で4h保持した後、水冷を施して供試材を得た。
【0039】
各供試材について、組成に基づくJ値を算出し、JIS G0551(2013)に準拠した旧オーステナイト粒の結晶粒度を測定した。結晶粒度は、倍率200倍の顕微鏡写真による目視により観察した。J値および結晶粒度は表1に示した。
【0040】
【表1】
【0041】
図1に焼入れ後のJIS結晶粒度とJ値の関係を示す。縦の破線はJ値が0となる線であり、横の破線は結晶粒度が5.5となる線である。J値が0以上の組成の鋼種であれば結晶粒度5.5以上を達成でき、それ0未満であれば結晶粒度は5.5未満となる。
また、図1には、式(1)を示す線分を併せて表示した。
【0042】
表2に840℃で焼入れ、550℃で焼戻しした発明材1、発明材17、比較材19および比較材25の引張特性およびシャルピー衝撃特性(破面遷移温度:FATT)を示す。
引張特性はJIS Z2241:2011に従って試験を実施し、シャルピー衝撃特性は、JIS Z2242:2018に従って試験を実施した。
【0043】
【表2】
【0044】
また、発明材1および比較材20の金属組織を倍率100倍の顕微鏡写真により観察し、図2に示した。
図2に示すように、いずれも焼戻しマルテンサイト組織を呈しており、結晶粒度のみ異なる。強度に差はないが、結晶粒が微細な発明材1はFATTが低く、結晶粒微細化の効果が認められた。また、発明材1は比較材25よりMn量が少ない、即ち添加する合金元素量が低いにもかかわらず、特性が比較材25より良好であることから、J値を制御すれば低合金化しても特性が改善できることが示唆される。
【0045】
次に、発明材1および比較材20の焼入れ後の結晶粒度に及ぼす焼きならし時の冷却速度の影響を調査した。その結果を表3、図3および図4に示す。表および図3に示すように、冷却速度を1000℃/h以下にすることで、結晶粒度5.5以上が確保されている。一方、比較材20では、いずれの冷却速度においても結晶粒度5.5以上にならない。
【0046】
【表3】
図1
図2
図3
図4