(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-05
(45)【発行日】2024-08-14
(54)【発明の名称】車両走行制御装置
(51)【国際特許分類】
B62D 6/00 20060101AFI20240806BHJP
B62D 7/15 20060101ALI20240806BHJP
【FI】
B62D6/00
B62D7/15 A
(21)【出願番号】P 2021082483
(22)【出願日】2021-05-14
【審査請求日】2023-10-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000004695
【氏名又は名称】株式会社SOKEN
(73)【特許権者】
【識別番号】000004260
【氏名又は名称】株式会社デンソー
(74)【代理人】
【識別番号】110003214
【氏名又は名称】弁理士法人服部国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】立入 泉樹
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 雄大
【審査官】菅 和幸
(56)【参考文献】
【文献】特開平05-178232(JP,A)
【文献】特開2020-097291(JP,A)
【文献】独国特許出願公開第102009021693(DE,A1)
【文献】実開平06-069065(JP,U)
【文献】米国特許出願公開第2016/0016582(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 6/00
B62D 7/15
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
三輪以上のタイヤ(91-94)が独立して転舵可能な独立転舵車両(100)において車両の走行を制御する車両走行制御装置であって、
前記独立転舵車両の各タイヤが転舵可能な転舵角範囲は有限であり、
路面上の仮想直線に対する車両前後軸の角度が一定に維持される移動である直線移動の方向を指示する直線移動方向指示部(13)と、
車両の旋回時における旋回目標指示値として、旋回中心及び旋回半径を指示する旋回目標指示部(14)と,
車両特性記憶装置(20)から車両特性を取得し、前記直線移動方向指示部及び前記旋回目標指示部からの指示値に応じて、各タイヤを個別に転舵させる転舵角制御部(15)、及び、各タイヤを個別に制駆動させる制駆動力制御部(16)と、
を備え、
前記転舵角制御部は、指示された直線移動方向に対して車両を旋回させるとき、指示された直線移動方向と前記旋回目標指示値とから各タイヤの転舵角を算出
し、少なくとも一つのタイヤについて、算出した転舵角が、転舵可能な転舵角範囲の限界である転舵角限界を超過する場合、前記旋回目標指示値である旋回半径を保持しつつ旋回中心を調整して各タイヤの転舵角を再算出する車両走行制御装置。
【請求項2】
転舵角が限界に近づいていることをドライバに知らせる転舵角限界情報提示装置(70)を備えた車両に搭載され、
前記転舵角制御部は、少なくとも一つのタイヤについて、算出した転舵角が前記転舵角限界を超過することが予測される場合、前記転舵角限界情報提示装置に通知してドライバに知らせる請求項
1に記載の車両走行制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両走行制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、各車輪が独立して転舵可能な独立転舵車両において、通常走行運転モードから、その場回転や横方向移動を行う非通常走行運転モードへの切り替え操作を容易にする技術が知られている。
【0003】
例えば特許文献1に開示された自動車は、ドライバの操作によって走行モードを切り替える複数の入力操作手段がジョイスティックに設けられている。この操作によって、通常走行運転モードと非通常走行運転モードとを切り替え可能であり、さらに非通常走行運転モードでは、その場回転モード及び横方向移動モードを選択可能である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本明細書では、路面上の仮想直線に対する車両前後軸の角度が一定に維持される移動を「直線移動」という。直線移動のうち、車両前後軸に沿う方向の移動が「直進」である。直線移動に対し、路面上の仮想直線に対する車両前後軸の角度が変化する移動が「旋回」である。独立転舵車両では、直進以外の直線移動として横移動や斜め移動が可能である。ところで、横移動や斜め移動の途中に、飛び出しや障害物等を避けるために旋回走行が必要になる場合がある。しかし、特許文献1の従来技術では、直進以外の直線移動中の旋回走行について考慮されていない。
【0006】
本発明は上述の点に鑑みて創作されたものであり、その目的は、独立転舵車両による直進以外の直線移動中に旋回走行を適切に行う車両走行制御装置を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明による車両走行制御装置は、三輪以上のタイヤ(91-94)が独立して転舵可能な独立転舵車両(100)において車両の走行を制御する。独立転舵車両の各タイヤが転舵可能な転舵角範囲は有限である。この車両走行制御装置は、旋回目標指示部(14)と、転舵角制御部(15)及び制駆動力制御部(16)と、を備える。
【0008】
直線移動方向指示部は、路面上の仮想直線に対する車両前後軸の角度が一定に維持される移動である「直線移動」の方向を指示する。旋回目標指示部は、車両の旋回時における旋回目標指示値として、旋回中心及び旋回半径を指示する。転舵角制御部及び制駆動力制御部は、車両特性記憶装置(20)から車両特性を取得する。直線移動方向指示部及び旋回目標指示部からの指示値に応じて、転舵角制御部は各タイヤを個別に転舵させ、制駆動力制御部は各タイヤを個別に制駆動させる。
【0009】
転舵角制御部は、直線移動方向指示部から指示された直線移動方向に対して車両を旋回させるとき、指示された直線移動方向と旋回目標指示値とから各タイヤの転舵角を算出する。転舵角制御部は、少なくとも一つのタイヤについて、算出した転舵角が転舵可能な転舵角範囲を超過する場合、旋回目標指示値の旋回半径を保持しつつ旋回中心を調整して各タイヤの転舵角を再算出する。
【0010】
車両重心を原点とし、車両の直進方向をy軸とするxy座標を定義すると、直進以外の直線移動中の旋回時には、直進中の旋回時に対し各タイヤ中心のxy座標が異なる。そのため、直進中の旋回時と同じ転舵角で転舵するとタイヤの滑りによる不要な力が発生し、旋回半径がずれる。そこで、直線移動方向に変換したx’y’座標を用いて転舵角を算出することで、スムーズな旋回が可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】一実施形態による車両走行制御装置のブロック図。
【
図3】旋回中心、旋回半径及び転舵角の関係を示す図。
【
図4】独立転舵車両による(a)斜め移動、(b)横移動を示す図。
【
図5】直線移動方向に対して左旋回する場合の転舵動作を示す図。
【
図6】直線移動方向に対して右旋回する場合に(a)右輪が転舵角限界を超過した状態、(b)旋回中心を移動し左輪を逆方向に転舵させた状態を示す図。
【
図9】一実施形態による課題の解決策を説明する図。
【
図10】直進中の旋回時における転舵角の計算を説明する図。
【
図11】直進以外の直線移動中の旋回時における転舵角の計算を説明する図。
【
図12】直線移動中の旋回時における旋回半径のシミュレ-ション解析結果を示す図。
【
図13】一実施形態による走行制御処理のフローチャート。
【発明を実施するための形態】
【0013】
以下、本発明の一実施形態による車両走行制御装置を図面に基づいて説明する。本実施形態の車両走行制御装置は、各タイヤが独立して転舵可能な独立転舵車両において車両の走行を制御する。ここで、路面上の仮想直線に対する車両前後軸の角度が一定に維持される移動を「直線移動」と定義する。直線移動のうち、車両前後軸に沿う方向の移動を「直進」という。
【0014】
従来、一般的な車両は左右対のタイヤがリンクを介して機械的に結合されており、ステアリングの操舵によってタイヤが転舵する。今後、ステアリングと左右対タイヤのリンクとが機械的に分離したステアバイワイヤや、左右前輪に加え、左右後輪も独立して転舵可能な四輪独立転舵車両に発展していくと考えられる。例えば四輪独立転舵車両では横移動や斜め移動、すなわち「直進以外の直線移動」が可能であり、狭い駐車スペースでも縦列駐車等を容易に行うことができる。
【0015】
ところで、横移動や斜め移動の途中に、飛び出しや障害物等を避けるために旋回走行が必要になる場合がある。また、四輪独立転舵車両では、旋回時における旋回中心及び旋回半径を自由に設定することが可能である。本実施形態は、このような独立転舵車両の特性を活かし、直進以外の直線移動中に旋回走行を適切に行うことを目的とする。
【0016】
(一実施形態)
図1、
図2を参照し、一実施形態による車両走行制御装置10の構成を説明する。
図1に示す独立転舵車両100は、四つのタイヤ91-94が全て独立に転舵可能である。各タイヤ91-94は、制駆動力を発生させるインホイールモータ(図中「IWM」)及びブレーキ機構と、タイヤを転舵させる転舵機構とが備わっている。前列左タイヤ91には「FL」、前列右タイヤ92には「FR」、後列左タイヤ93には「RL」、後列右タイヤ94には「RR」と記す。
【0017】
車両100には、車両走行制御装置10の他に、車両特性を記憶した車両特性記憶装置20や転舵角限界情報提示装置70が搭載されている。車両特性記憶装置20が記憶する車両特性にはホイールベースやトレッド幅等の車両寸法、転舵角の限界値等が含まれる。転舵角限界情報提示装置70は、転舵角が限界に近づいていることをドライバに知らせる装置であり、具体例は後述する。
【0018】
車両走行制御装置10は、直線移動方向指示部13、旋回目標指示部14、転舵角制御部15及び制駆動力制御部16を備える。直線移動方向指示部13は、直線移動の方向を指示する。旋回目標指示部14は、車両100の旋回時における旋回目標指示値として、旋回中心及び旋回半径を指示する。
図2に示すように、直線移動方向指示部13は例えばジョイスティックであり、旋回目標指示部14は例えばステアリングホイールである。
【0019】
転舵角制御部15及び制駆動力制御部16は、車両特性記憶装置20から車両特性を取得する。転舵角制御部15は、直線移動方向指示部13及び旋回目標指示部14からの指示値に応じて、各タイヤ91-94を個別に転舵させるように転舵機構に指令信号を出力する。制駆動力制御部16は、指示値に応じて各タイヤ91-94を個別に制駆動させるようにインホイールモータ及びブレーキ機構に指令信号を出力する。詳しくは、指示された直線移動方向に転舵角制御部15が全タイヤ91-94を転舵させる。その直線移動方向に制駆動力制御部16が駆動力を出力すると、車両100は直線移動を開始する。
【0020】
転舵角制御部15は、直線移動方向指示部13から指示された直線移動方向に対して車両100を旋回させるとき、指示された直線移動方向と旋回目標指示値とから各タイヤ91-94の転舵角を算出する。転舵角の具体的な計算式については
図11を参照して後述する。
【0021】
ところで、ブレーキ等の配線等を考慮すると無限に転舵する機構を備えることはできないため、車両100の転舵角は有限である。タイヤが転舵可能な転舵角範囲の限界を「転舵角限界」という。時計回転方向の転舵角を正と定義すると、転舵角限界は、時計回転方向の正の上限値と反時計回転方向の負の下限値とを含む。各タイヤ91-94が±90°転舵できれば全方位への直線移動が可能となるため、±90°、又は数°程度の余裕角度αを加えた±(90°+α)を転舵角限界として想定する。
【0022】
仮に転舵角制御部15が算出した転舵角が限界を超過すると、旋回半径が維持できなくなる。そこで転舵角制御部15は、少なくとも一つのタイヤについて、算出した転舵角が転舵角限界を超過する場合、旋回半径を保持しつつ旋回中心を調整して各タイヤ91-94の転舵角を再算出する。さらに転舵角制御部15は、少なくとも一つのタイヤについて、算出した転舵角が転舵角限界を超過することが予測される場合、転舵角限界情報提示装置70に通知してドライバに知らせる。
【0023】
転舵角限界情報提示装置70の具体例として、
図2に示すように、ステアリングホイールにクリック感を設け、少なくとも一つのタイヤが転舵角限界を超過しそうであることを触覚によりドライバに知らせることができる。この構成例では、転舵角限界情報提示装置70の機能を兼ねる旋回目標指示部14が車両走行制御装置10の内部に設けられると解釈してもよい。或いは、ブザーやインジケータランプ等で構成された転舵角限界情報提示装置70を用い、聴覚や視覚情報によりドライバに知らせるようにしてもよい。
【0024】
次に
図3に、旋回中心、旋回半径及び転舵角の関係を示す。旋回半径は、旋回中心から車両重心までの距離に相当する。各タイヤ91-94の回転方向は、各タイヤ91-94の中心と旋回中心とを結んだ直線に対して垂直になるように設定される。このように四輪独立転舵車両では、旋回時における旋回中心及び旋回半径を自由に設定することが可能である。
【0025】
次に
図4を参照し、独立転舵車両100による「直進以外の直線移動」について説明する。車両前後軸yに対する角度は、前方に対し右方向(時計回転方向)を正として表す。
図4(a)は、車両前後軸yに対し右前45°方向への直線移動である斜め移動を示す。
図4(b)は、車両前後軸yに対し右90°方向、すなわちx軸方向への直線移動である横移動を示す。直線移動方向に延びる路面上の仮想直線を想定すると、斜め移動及び横移動において、路面上の仮想直線に対する車両前後軸yの角度は一定に維持される。
【0026】
直線移動では、原則として、全てのタイヤ91-94の転舵角が直線移動方向に平行な同じ角度に設定された状態で駆動される。ただし例外的にトーイン又はトーアウトの思想を用い、直線移動方向の中心線を跨ぐ両側のタイヤを対称に内側又は外側に向けるようにしてもよい。
【0027】
ここで直線移動において、車両重心に対し進行方向前方に位置するタイヤを疑似前輪部といい、車両重心に対し進行方向後方に位置するタイヤを疑似後輪部という。例えば
図4(b)の横移動において、疑似前輪部に相当する右前輪92と右後輪94とがトーインとなるようにしてもよい。なお、後述の転舵角の計算では、例外的なトーイン、トーアウトについては考慮しない。
【0028】
続いて
図5、
図6を参照し、直進以外の直線移動の例として、右前方向の斜め移動中の旋回について説明する。
図5に示すように、直線移動方向に対して左旋回する場合、旋回中心と、車両重心に対する各タイヤ91-94の位置から転舵角を算出し、転舵させることで問題なく旋回可能である。
【0029】
これに対し
図6(a)に示すように、直線移動方向に対して右旋回する場合、疑似前輪部に相当する右前輪92、右後輪94が転舵角限界を超過すると、右旋回することができない。しかし
図6(b)に示すように、旋回半径を保持しつつ旋回中心を直線移動方向の前方側に移動し、限界に達していない疑似後輪部に相当する左前輪91、左後輪93を逆方向に転舵させることで、旋回半径を保持しつつ右旋回が可能となる。
【0030】
本実施形態の転舵角制御部15によるこの制御を「転舵角限界時旋回制御」という。本実施形態の車両走行制御装置10は、転舵角限界時旋回制御により、直進以外の直線移動中の旋回時に旋回半径を最小化し、旋回走行を適切に行うことができる。
【0031】
図7~
図9を参照し、本実施形態の転舵角限界時旋回制御により解決される課題の例について説明する。
図7~
図9は上から見た平面図であり、紙面上方が前方、下方が後方を示す。右端の壁又は路肩に沿って、2台の他車両801、803が間にスペースを空けた状態で駐車している。その2台の他車両801、803の間のスペースに、自車両100を左側から横移動で縦列駐車する状況を想定する。駐車スペースの前後距離は、自車両100の全長よりもやや長い。
【0032】
図7に示す課題の例1では、自車両100が前車両801のすぐ後ろに駐車しようと横移動している途中に、駐車スペース前部にゴミ等の障害物があることに気が付いた、或いは、ゴミ等の障害物が落下や風等によって駐車スペース前部に出現した状況を想定する。このとき、障害物を避けようとしても、自車両100の右前輪92、右後輪94が転舵角限界に達しているため、右後方の目標位置(二点鎖線)に斜め移動することができない。
【0033】
図8に示す課題の例2では、この場所が下り坂であり、自車両100が駐車スペースに向かって真横に横移動しているつもりでも滑って前方に下がり、そのまま滑ると前車両801の後部に衝突する状況を想定する。このとき、衝突を避けようとしても、自車両100の右前輪92、右後輪94が転舵角限界に達しているため、右後方に斜め移動することができない。
【0034】
図9に、
図7と同じ状況における本実施形態の転舵角限界時旋回制御の実施例を示す。自車両100の横移動中に右前輪92、右後輪94が転舵角限界に達した場合、左前輪91、左後輪93を左方向に転舵させて右旋回(※1)し、さらに右前輪92、右後輪94を左方向に転舵させて左旋回(※2)することで、障害物を避けつつ自車両100を駐車スペースに駐車することができる。
【0035】
次に
図10、
図11を参照し、転舵角制御部15による旋回時の転舵角の計算について説明する。まず
図10を参照する。直進中の旋回時には、車両重心を原点(0,0)とし、車両左右軸をx軸、車両前後軸をy軸とするxy座標を定義する。x軸は右を正、左を負とし、y軸は前を正、後を負とする。旋回中心の座標を(x1,y1)とする。各タイヤ91-94の回転方向が、各タイヤ91-94の中心と旋回中心とを結んだ直線に対して垂直になるように転舵角が計算される。
【0036】
旋回半径Rtは、旋回中心と重心との距離であり、式(1)で表される。
Rt=√(x12+y12) ・・・(1)
【0037】
車両のホイールベースL及びトレッド幅Df、Drは、車両特性記憶装置20から取得される。y軸方向における重心から前輪91、92の軸までの距離をLf、重心から後輪93、94の軸までの距離をLrと表す。各タイヤ91-94の転舵角δFL、δFR、δRL、δRRは、時計回転方向を正とし、式(2.1)~(2.4)によりタンジェント値で表される。
図10及び
図11中の下付文字「FL、FR、RL、RR」を明細書中では通常文字で記載する。
【0038】
tanδFL= (Lf-y1)/{x1+(Df/2)} ・・・(2.1)
tanδFR= (Lf-y1)/{x1-(Df/2)} ・・・(2.2)
tanδRL=-(Lr+y1)/{x1+(Dr/2)} ・・・(2.3)
tanδRR=-(Lr+y1)/{x1-(Dr/2)} ・・・(2.4)
【0039】
続いて
図11を参照する。直進以外の直線移動中の旋回時には、直進中の旋回時に用いるxy座標に代えて、原点を中心に回転変換したx’y’座標を用いる。y’軸は直線移動方向の軸であり、x’軸はy’軸に直交する。回転変換の角度、すなわち直進方向に対する直線移動方向の角度をθoとする。
【0040】
右前輪92を例として、転舵角の計算を説明する。車両のホイールベースL及び前輪のトレッド幅Dfは
図10の記号を援用する。車両重心から右前輪92の軸までの距離Lfroは、式(3.1)で表される。
Lfro=√{(Df/2)
2+Lf
2} ・・・(3.1)
【0041】
右前輪92の軸のx’y’座標を(Dfr,Lfr)とする。y軸に対する右前輪92の軸の角度をθfrとすると、Dfr,Lfrは、それぞれ式(3.2)、(3.3)で表される。θo及びθfrについても、各転舵角δと同様に時計回転方向を正とする。
【0042】
Dfr=Lfro×sin(θfr-θo) ・・・(3.2)
Lfr=Lfro×cos(θfr-θo) ・・・(3.3)
【0043】
右前輪92の転舵角δFRは、式(4)によりタンジェント値で表される。他のタイヤ91、93、94の転舵角δFL、δRL、δRRも、タイヤ軸のx’y’座標に基づき同様に算出可能である。
tanδFR= (Lfr-y’1)/(x’1-Dfr) ・・・(4)
【0044】
図12に、直線移動中の旋回時における旋回半径のシミュレ-ション解析結果を示す。車両が車両前後軸yに対し85°の方向に直線移動している状態から旋回する場合を想定する。左旋回の場合、転舵角が限界に達しないため、長破線で示すように旋回半径は約4mである。これに対し右旋回の場合、転舵角が限界に達し、二点鎖線で示すように旋回半径は約14mに大きくなる。この場合、旋回走行によって障害物等を回避することができないおそれがある。
【0045】
しかし、
図6(b)に示すように、転舵角限界時旋回制御により旋回中心を調整し、転舵角に余裕のあるタイヤ91、93を用いて旋回することで、旋回半径(実線)は左旋回の場合と同程度の約4mになる。したがって、旋回走行によって障害物等を回避することができる可能性が高くなる。
【0046】
図13のフローチャートに、本実施形態による走行制御のルーチンを示す。フローチャートの説明で記号「S」はステップを意味する。S1で転舵角制御部15は、直線移動方向指示部13から直線移動方向の指示値を取得する。直線移動する場合、S2でYESと判断され、S3で直線移動が開始される。直線移動中に旋回指示があると、S4でYESと判断され、S5に移行する。旋回指示が無い場合、S2の前に戻る。
【0047】
S5で転舵角制御部15は、直線移動方向と旋回指示値(旋回中心、旋回半径)とから、
図11の計算式に基づいて転舵角を算出する。S6では全タイヤ91-94が転舵角限界内であるか判断される。全タイヤ91-94が転舵角限界内にある場合、S6でYESと判断され、S7で転舵角制御部15は、算出した転舵角でタイヤを転舵させる。
【0048】
少なくとも一つのタイヤについて、算出した転舵角が転舵角限界を超過する場合、S6でNOと判断される。この場合、S8で転舵角制御部15は、旋回半径指示値を保持し、転舵角限界に応じて旋回中心を調整する。そして、S9で転舵角制御部15は、調整した旋回中心から転舵角を再算出する。
【0049】
(本実施形態の効果)
(1)転舵角制御部15は、直線移動方向指示部13から指示された直線移動方向に対して車両100を旋回させるとき、指示された移動方向と旋回目標指示値とから各タイヤ91-94の転舵角を算出する。
【0050】
図10に示すように、車両重心を原点とし、車両の直進方向をy軸とするxy座標を定義すると、直進以外の直線移動中の旋回時には、直進中の旋回時に対し各タイヤ中心のxy座標が異なる。そのため、直進中の旋回時と同じ転舵角で転舵するとタイヤの滑りによる不要な力が発生し、旋回半径がずれる。そこで、
図11に示すように、直線移動方向に変換したx’y’座標を用いて転舵角を算出することで、スムーズな旋回が可能となる。よって、本実施形態の車両走行制御装置10は、障害物の回避や道路勾配に対する対応、自動運転時のパスプランニングに対するパスフォローイング等の車両走行性能を向上させることができる
【0051】
(2)独立転舵車両100の各タイヤ91-94が転舵可能な転舵角範囲は有限である。転舵角制御部15は、少なくとも一つのタイヤについて、算出した転舵角が転舵角範囲の限界である転舵角限界を超過する場合、旋回目標指示値である旋回半径を保持しつつ旋回中心を調整して各タイヤ91-94の転舵角を再算出する。
【0052】
配線等を考慮すると、通常、車両の転舵角は有限である。そのため、旋回の条件によっては転舵角が限界を超過し、旋回半径が維持できなくなる場合がある。そこで転舵角制御部15は、旋回半径を保持しつつ旋回中心を調整することで、転舵角の限界を超えることなく旋回半径を維持できる転舵角を算出することができる。
【0053】
(3)本実施形態の車両走行制御装置10は、転舵角限界情報提示装置70を備えた車両100に搭載される。転舵角制御部15は、少なくとも一つのタイヤについて、算出した転舵角が転舵角限界を超過することが予測される場合、転舵角限界情報提示装置70に通知してドライバに知らせる。
【0054】
いずれかのタイヤの転舵角が限界に達してから突然旋回中心を調整すると、ドライバに違和感を覚えさせる可能性がある。そこで転舵角制御部15は、いずれかのタイヤの転舵角が限界を超過しそうであることを予め知らせることで、ドライバの違和感を除去することができる。
【0055】
(その他の実施形態)
(a)本発明の車両走行制御装置10により制御される独立転舵車両は、四輪車両に限らず、三輪以上のタイヤが独立して転舵可能な車両であればよい。
【0056】
(b)
図1の構成例に対し、車両100に転舵角限界情報提示装置70が備えられなくてもよい。
【0057】
以上、本発明はこのような実施形態に限定されるものではなく、その趣旨を逸脱しない範囲において、種々の形態で実施することができる。
【符号の説明】
【0058】
10・・・車両走行制御装置、
13・・・直線移動方向指示部、
14・・・旋回目標指示部、
15・・・転舵角制御部、
16・・・制駆動力制御部、
20・・・車両特性記憶装置、
91-94・・・タイヤ、
100・・・独立転舵車両。