(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-06
(45)【発行日】2024-08-15
(54)【発明の名称】六フッ化タングステンの製造方法および精製方法
(51)【国際特許分類】
C01G 41/04 20060101AFI20240807BHJP
【FI】
C01G41/04
(21)【出願番号】P 2021509308
(86)(22)【出願日】2020-03-19
(86)【国際出願番号】 JP2020012268
(87)【国際公開番号】W WO2020196248
(87)【国際公開日】2020-10-01
【審査請求日】2023-01-24
(31)【優先権主張番号】P 2019056045
(32)【優先日】2019-03-25
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000002200
【氏名又は名称】セントラル硝子株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110928
【氏名又は名称】速水 進治
(72)【発明者】
【氏名】末永 隆
(72)【発明者】
【氏名】北 拓也
(72)【発明者】
【氏名】中村 隆一
【審査官】宮脇 直也
(56)【参考文献】
【文献】中国特許出願公開第105417583(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第101070190(CN,A)
【文献】特開2000-072442(JP,A)
【文献】特開2003-238161(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第107459062(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第108658129(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C01G 41/04
CAplus(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
タングステンとフッ素元素含有化合物ガスとを反応させて、六フッ化タングステンとフッ化水素を含む不純物とを含む混合物を得る反応工程と、
前記混合物を蒸留し、当該蒸留時において、下記に示す溜め操作とパージ操作とを交互に行う排出操作を少なくとも2回以上行うことで、六フッ化タングステンを得る排出工程と、を含む、六フッ化タングステンの製造方法。
(操作)
溜め操作:蒸留塔内を全還流状態とした上で、前記フッ化水素が濃縮された混合物ガスを前記蒸留塔内の気相部に得る。
パージ操作:前記気相部に設けた凝縮器の上部から前記混合物ガスをパージし、その後、パージを停止する。
【請求項2】
請求項1に記載の六フッ化タングステンの製造方法であって、
前記排出工程は、下記の条件を満たす六フッ化タングステンを得るように前記排出操作を繰り返し行う、六フッ化タングステンの製造方法。
(条件)
六フッ化タングステン中におけるフッ化水素の含有量が100質量ppm以下である。
【請求項3】
請求項1または2に記載の六フッ化タングステンの製造方法であって、
前記排出操作を繰り返し行った後の、前記パージ操作におけるパージ量の合計値は、前記排出工程への前記六フッ化タングステンの仕込み量100質量%に対して、0.1質量%以上5質量%以下である、六フッ化タングステンの製造方法。
【請求項4】
請求項1~3のいずれか一項に記載の六フッ化タングステンの製造方法であって、
前記凝縮器の内部温度が5℃以上100℃以下である、六フッ化タングステンの製造方法。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか一項に記載の六フッ化タングステンの製造方法であって、
前記排出工程で得られた前記六フッ化タングステンを気化させて、保管容器に充填する充填工程を含む、六フッ化タングステンの製造方法。
【請求項6】
請求項1~5のいずれか一項に記載の六フッ化タングステンの製造方法であって、
蒸留前後における前記六フッ化タングステンのロス率が、仕込み量100%に対して、質量換算で5%以下である、六フッ化タングステンの製造方法。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか一項に記載の六フッ化タングステンの製造方法であって、
前記排出工程後における六フッ化タングステンが、CrF
5、SbF
5、NbF
5、及びTaF
5からなる群から選ばれる一または二以上の高沸不純物を含まない、六フッ化タングステンの製造方法。
【請求項8】
請求項1~7のいずれか一項に記載の六フッ化タングステンの製造方法であって、
前記蒸留は、蒸留塔を備える蒸留装置を使用して行うものである、六フッ化タングステンの製造方法。
【請求項9】
請求項1~8のいずれか一項に記載の六フッ化タングステンの製造方法であって、
前記排出工程後における六フッ化タングステンはCVD原料ガスとして使用するものである、六フッ化タングステンの製造方法。
【請求項10】
フッ化水素を含む不純物と六フッ化タングステンとを含む混合物を蒸留し、当該蒸留時において、下記に示す溜め操作とパージ操作とを交互に行う排出操作を少なくとも2回以上行うことで、六フッ化タングステンを得る排出工程と、を含む、六フッ化タングステンの精製方法。
(操作)
溜め操作:蒸留塔内を全還流状態とした上で、前記フッ化水素が濃縮された混合物ガスを蒸留塔内の気相部に得る。
パージ操作:前記気相部に設けた凝縮器の上部から前記混合物ガスをパージし、その後、パージを停止する。
【請求項11】
請求項10に記載の六フッ化タングステンの精製方法であって、
前記排出工程は、下記の条件を満たす六フッ化タングステンを得るように前記排出操作を繰り返し行う、六フッ化タングステンの精製方法。
(条件)
六フッ化タングステン中におけるフッ化水素の含有量が100質量ppm以下である。
【請求項12】
請求項10または11に記載の六フッ化タングステンの精製方法であって、
前記排出工程で得られた前記六フッ化タングステンを気化させて、保管容器に充填する充填工程を含む、六フッ化タングステンの精製方法。
【請求項13】
請求項1~9のいずれか一項に記載の六フッ化タングステンの製造方法であって、
前記六フッ化タングステンは、フッ化水素を含
み、
前記フッ化水素の含有量が、当該六フッ化タングステン全体中、100質量ppm以下である、六フッ化タングステン
の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、六フッ化タングステンの製造方法、その精製方法、および六フッ化タングステンに関する。
【背景技術】
【0002】
タングステンは、高融点で電気抵抗の小さい金属であり、各種電子材料用素材として金属単体あるいはそのシリサイドの形で広く使用されている。電子材料分野、特に半導体分野で使用されるタングステンは、高純度のものが必要であり、この高純度のタングステンを得る方法として、六フッ化タングステン(WF6)を原料ガスとするCVD法が使用されている。
【0003】
六フッ化タングステンは、通常、タングステン金属(W)とフッ素ガス(F2)との反応により製造されているが、加水分解による副生物や原料に由来して、製造された六フッ化タングステン中にフッ化水素(HF)が含まれることになる。
【0004】
六フッ化タングステン中のフッ化水素を除去する技術として、例えば、特許文献1に記載の技術が知られている。特許文献1には、六フッ化タングステンを還流させた状態で、凝縮器から不純物ガス成分を連続排出する手段が記載されている(特許文献1の実施例)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、本発明者が検討した結果、上記特許文献1に記載の六フッ化タングステンの精製方法において、六フッ化タングステンの高収率化および、フッ化水素濃度の低減の両立の点で改善の余地があることが判明した。
【0007】
タングステンと、フッ素ガスや三フッ化窒素ガス等のフッ素元素含有化合物ガスとを反応させて、六フッ化タングステンを製造する方法としては、以下の(1)または(2)の工程が一般的に用いられる。
W+3F2 → WF6 ・・・(1)
W+2NF3 → WF6+N2 ・・・(2)
通常、(1)または(2)で製造される六フッ化タングステンを含む混合物中には、加水分解による副生物や原料に由来して、フッ化水素等の不純物が含まれている。
【0008】
ここで、六フッ化タングステンの沸点が17.1℃、フッ化水素の沸点が19.5℃である。このため、六フッ化タングステンの沸点と近いフッ化水素などの低沸不純物を、選択的に除去することが困難であることが知られている。
【0009】
凝縮器の下部から六フッ化タングステンを還流させることで、気相中に、フッ化水素を濃縮させた六フッ化タングステンを得ることができる。このフッ化水素が濃縮された六フッ化タングステンを凝縮器の上部からパージすることで、六フッ化タングステン中のフッ化水素濃度を低減できる。
【0010】
しかしながら、特許文献1のように、蒸留装置を用いて連続排出を行うことで、六フッ化タングステンが所望の高純度となるまでフッ化水素濃度を低減させた場合、六フッ化タングステンの留出量が増大し、その収率が大幅に低下してしまうことが判明した。例えば、特許文献1の実施例1には、フッ化水素濃度が0.12ppmの六フッ化タングステンを得た場合、六フッ化タングステンの収率は85.7%を示した。すなわち、フッ化水素の濃度を低下させることと、六フッ化タングステンの収率を高めることとが、トレードオフの関係を示すことが分かった。
【0011】
本発明は、フッ化水素の濃度を低減しつつ、高純度の六フッ化タングステンを高収率で得る六フッ化タングステンの製造方法および六フッ化タングステンの精製方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
本発明者は上記の知見に基づきさらに鋭意研究したところ、蒸留塔内の六フッ化タングステンを全還流した状態で、フッ化水素を含む不純物ガスが濃縮された六フッ化タングステンを蒸留塔内の気相部に得て、フッ化水素を含む不純物が濃縮された六フッ化タングステンを凝縮器の上部からパージする排出操作を2回以上行うことで、合算したパージ量を低減できるため、六フッ化タングステン中のフッ化水素濃度を低減しつつも、六フッ化タングステンの収率を高められることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0013】
本発明によれば、
タングステンとフッ素元素含有化合物ガスとを反応させて、六フッ化タングステンとフッ化水素を含む不純物とを含む混合物を得る反応工程と、
前記混合物を蒸留し、当該蒸留時において、「排出操作」を、下記「溜め操作」とその後に行う「パージ操作」とからなる一連の操作と定義したとき、該「排出操作」を繰り返し行うことで、六フッ化タングステンを得る「排出工程」と、を含む、六フッ化タングステンの製造方法が提供される。
(操作)
溜め操作:蒸留塔内を全還流状態とした上で、前記フッ化水素が濃縮された混合物ガスを蒸留塔内の気相部に得る。
パージ操作:前記気相部に設けた凝縮器の上部から前記混合物ガスをパージし、その後、パージを停止する。
【0014】
また本発明によれば、
フッ化水素を含む不純物と六フッ化タングステンとを含む混合物を蒸留し、当該蒸留時において、上記に示す溜め操作とパージ操作とを交互に行う排出操作を少なくとも2回以上行うことで、六フッ化タングステンを得る排出工程と、を含む、六フッ化タングステンの精製方法が提供される。
【0015】
また本発明によれば、
フッ化水素を含む六フッ化タングステンであって、
前記フッ化水素の含有量が、当該六フッ化タングステン全体中、100質量ppm以下である、六フッ化タングステンが提供される。
【発明の効果】
【0016】
本発明によれば、フッ化水素の濃度を低減しつつ、高収率に六フッ化タングステンを得る六フッ化タングステンの製造方法および六フッ化タングステンの精製方法、これらを用いて得られた六フッ化タングステンが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0017】
【
図1】本実施形態の六フッ化タングステンの製造工程のフローの一例を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0018】
以下、本発明の実施の形態について、図面を用いて説明する。尚、すべての図面において、同様な構成要素には同様の符号を付し、適宜説明を省略する。また、図は概略図であり、実際の寸法比率とは一致していない。
【0019】
本実施形態の六フッ化タングステンの製造方法の概要を説明する。
本実施形態の六フッ化タングステンの製造方法は、タングステンとフッ素元素含有化合物ガスとを反応させて、六フッ化タングステンとフッ化水素を含む不純物とを含む混合物を得る反応工程と、混合物を蒸留し、当該蒸留時において、下記に示す溜め操作とパージ操作とを交互に行う排出操作を少なくとも2回以上行うことで、六フッ化タングステンを得る排出工程と、を含むものである。
(操作)
・溜め操作:蒸留塔内を全還流状態とした上で、フッ化水素が濃縮された混合物ガスを蒸留塔内の気相部に得る。
・パージ操作:凝縮器の上部から混合物ガスをパージし、その後、パージを停止する。
【0020】
前述したように、式(1)または式(2)の化学反応で製造される六フッ化タングステンを含む混合物中には、当該反応の原料(F2等のフッ素元素含有化合物ガス)に由来するフッ化水素が残存していることが通常である。また、該フッ素元素含有化合物ガス自体が水分によって加水分解した場合も、少量のフッ化水素が発生する。
本発明において、蒸留原料の粗六フッ化タングステン中に含まれるフッ化水素の由来について、前記は例示であって、特に限定されるものではない。蒸留原料の粗六フッ化タングステン中のフッ化水素濃度についても特に制限はないが、当該蒸留原料の粗六フッ化タングステンの、不純物を含む質量全体に対して通常6質量%以下とするのが良く、さらに好ましくは、1質量%以下である。これらの、フッ化水素が所定量以下の蒸留原料を用いると、蒸留工程におけるパージ量が相対的に少なくなるので、より蒸留操作の負荷が軽減できるので好ましい。
なお、本明細書において、「パージ量」とは、当該蒸留工程中の「排出工程」において、六フッ化タングステンまたはフッ化水素など、系外にパージされるガスの総量を指す。
【0021】
本発明者の知見によれば、蒸留塔内で六フッ化タングステン混合物を全還流することで、フッ化水素を含む不純物が濃縮された六フッ化タングステンを含む混合物を蒸留塔内の気相部に得て、その混合物を凝縮器の上部に溜めた後にパージする排出操作を2回以上行うことで、蒸留前の六フッ化タングステン(粗六フッ化タングステンともいう)に含まれるフッ化水素の量が、粗六フッ化タングステン仕込み量に対し2.5質量%以下の場合、パージ量の合計値は、仕込み量の5質量%以下にでき、粗六フッ化タングステンに含まれるフッ化水素の量が0.5質量%以下の場合、パージ量は、粗六フッ化タングステン仕込み量に対し1質量%以下にできる。
このため、六フッ化タングステン中のフッ化水素濃度を低減しつつも、六フッ化タングステンの収率を高められることができる。これにより、収率よく、高純度の六フッ化タングステンを精製・製造することができる。
【0022】
また、本発明者の知見によれば、蒸留釜中の六フッ化タングステンを気化させて、受器に液体状態で捕集することで、CrF5、SbF5、NbF5、TaF5等の高沸不純物(原料のタングステン中に混入する可能性のある不純物とフッ素元素含有化合物との反応生成物であって、沸点が200℃以下かつ、フッ化水素の沸点よりも沸点が相対的に高い化合物)を、蒸留釜に残すことができる。受器内の六フッ化タングステンは、液体状態のまま、受器から保管容器に充填してもよい。受器内の六フッ化タングステンを気化させ、保管容器に液体状態で捕集してもよい。また、蒸留釜中の六フッ化タングステンを気化させて、直接、保管容器に液体状態で捕集してもよい。これにより、さらに高純度の六フッ化タングステンを実現できる。
【0023】
本実施形態の六フッ化タングステンの精製方法は、フッ化水素を含む不純物と六フッ化タングステンとを含む混合物を蒸留し、当該蒸留時において、上記に示す溜め操作とパージ操作とを交互に行う排出操作を少なくとも2回以上行うことで、六フッ化タングステンを得る排出工程を含むものである。六フッ化タングステン中のフッ化水素等の低沸不純物の含有量を低減することが可能である。
【0024】
本実施形態の六フッ化タングステンの精製方法によれば、スパッタリングターゲットあるいは導電性ペースト材料等に有用な高純度タングステン粉末を製造する際のCVD原料ガスや半導体製造用のCVD原料ガスとして使用される六フッ化タングステンを提供できる。
【0025】
高純度の六フッ化タングステンを半導体製造用のCVD原料ガス等に使用すれば、CVDで形成した皮膜中に不純物が含まれることを抑制できる。不純物の拡散などに起因するデバイスの悪影響が発生することを抑制できる。
したがって、本実施形態の製造方法で得られた六フッ化タングステンを使用することにより、信頼性に優れたデバイスを実現できる。
【0026】
以下、本実施形態の六フッ化タングステンの製造方法の各工程について詳述する。
【0027】
本実施形態の六フッ化タングステンの製造方法は、反応ステップ(S100)、精製ステップ(S110)、必要に応じて、充填ステップ(S120)を含むことができる。
図1は、各ステップ(S100~S120)のフローの一例を示す。
【0028】
本実施形態の六フッ化タングステンの製造方法は、上記のステップに限定されずに、必要に応じて、精製、捕集、脱気、移液等の公知の操作を1または2以上組み合わせてもよい。これらの操作のいずれか1種以上を複数回実施してもよい。各操作の実施順番は適宜選択され得る。
【0029】
上記反応ステップ(S100)は、タングステンとフッ素元素含有化合物ガスとを反応させて、フッ化水素を含む不純物と六フッ化タングステンとを含む混合物を得ることができる。この不純物は、六フッ化タングステン以外の成分で構成される。上記反応工程において、上述の反応式(1)または(2)を採用できる。この中でも、製造安定性の観点から、タングステン金属とフッ素ガスとを反応させる反応式(1)を用いることができる。
【0030】
上記反応ステップで得られた混合物(六フッ化タングステン混合物)中には、六フッ化タングステン化合物の他に、原料のタングステン金属由来の不純物、フッ素ガス由来の不純物または製造プロセス中に混入する不純物が含まれる。これらの不純物として、フッ化水素等の低沸不純物の他にも、CrF5、SbF5、NbF5、TaF5等の高沸不純物が含まれていることがある。
【0031】
続いて、六フッ化タングステン混合物(ガス)を捕集容器中に捕集し、この捕集容器を脱気してもよい。このような捕集工程において、ガス状の六フッ化タングステンを-50℃程度に冷却した捕集容器内に捕集し、固化させることもできる。そして、捕集容器の上部の気体層を真空ポンプで除去する。このとき、ヘリウム等の不活性ガスで捕集容器内を置換、脱気してもよい。
【0032】
また、六フッ化タングステン混合物を例えば10℃程度に昇温して、液体化して捕集してもよい。
【0033】
次の精製ステップ(S110)は、六フッ化タングステン混合物を蒸留精製する蒸留工程を行う。精製ステップは、上記捕集工程で得られた六フッ化タングステン混合物を蒸留精製してもよい。
【0034】
上記蒸留方法として、公知の蒸留手段を使用することができるが、例えば、回分式蒸留及び連続式蒸留のいずれか一つの蒸留手段が用いられる。この蒸留手段は、常圧蒸留、減圧蒸留(真空蒸留)及び加圧蒸留のいずれか一つと組み合わせ用いることができる。
【0035】
本実施形態に係る蒸留工程について、
図2に示す蒸留装置100を用いた例を説明する。
図2に示す蒸留装置100は、蒸留釜110、蒸留塔120、凝縮器130、および受器150を備える。蒸留釜110、蒸留塔120および凝縮器130は、互いに接続される。また、蒸留釜110と受器150(受槽)とが接続されている。
【0036】
六フッ化タングステン混合物(液体)は、捕集容器から蒸留釜110に移液される。前記捕集容器とは別の製品タンクから蒸留釜110に移液されてもよい。
【0037】
蒸留釜110は、導入された六フッ化タングステン混合物(液体)を加熱する。蒸留釜110の加熱温度としては、例えば、約20℃~50℃に調整され得る。加熱された六フッ化タングステン(気体)は、蒸留塔120に移動する。
【0038】
蒸留塔120は、内部に充填物を入れる充填式でもよいが、複数の棚板を設ける棚段式でもよい。
【0039】
蒸留塔120の塔内に含まれる充填物としては、規則充填物または不規則充填物の公知のものであれば、特に限定されない。充填物は、金属製、セラミック製、プラスチック製のいずれでもよく、耐食性金属製が好ましく、安価で取り扱い容易の観点から、ニッケル製またはSUS製がより好ましい。これにより、蒸留過程における金属不純物の混入を抑制できる。例えば、パッキン型、リング型、ボール型等の不規則製充填物を使用してもよい。
【0040】
充填物を含む蒸留塔120は、蒸留釜110から移動した六フッ化タングステン(気体)を凝縮器130に移動させるとともに、凝縮器130から還流された六フッ化タングステン(液体)と充填物の表面上で気液接触させる。
【0041】
凝縮器130は、蒸留塔120の塔頂に接続される。凝縮器130は、蒸留塔120を通過した六フッ化タングステン(気体)を冷却し、冷却された六フッ化タングステン(液体)を、凝縮器130の下部から還流ラインを介して蒸留塔120の塔内に戻す(還流させる)。
【0042】
上記の還流条件は、例えば、凝縮器130の冷媒流量、入口、出口の冷媒温度、塔頂内温、蒸留釜の熱媒流量等を調整することにより、適切に制御可能である。
【0043】
凝縮器130の内部温度は、凝縮器130内の内圧に応じて適切な温度に設定されればよく、例えば、5℃~100℃、好ましくは8℃~70℃、より好ましくは10℃~50℃である。内圧が高ければ内部温度を高く設定してもよい。これにより、気体のフッ化水素を選択的に凝縮器130の上部に溜めることができる。
【0044】
凝縮器130の頂部から、ガスパージラインを介して、気相中の低沸不純物を除去する。ガスパージライン中のバルブの開閉により、パージ量やパージ開始・終了を操作できる。
【0045】
本実施形態では、気化した六フッ化タングステン混合物を凝縮器130に導入し、凝縮器130の下部から六フッ化タングステンを蒸留塔120の塔内に還流させる六フッ化タングステンの蒸留時において、下記に示す溜め操作とパージ操作とを交互に行う排出操作を少なくとも2回以上行う排出工程を実施する。
【0046】
(操作)
・溜め操作:蒸留塔120内を全還流状態とした上で、フッ化水素が濃縮された混合物ガスを蒸留塔120内の気相部に得る。
・パージ操作:凝縮器130の上部からフッ化水素を含む不純物が濃縮された混合物ガスをパージした後、そのパージを停止する。
【0047】
本実施形態の製造方法は、このような全還流(溜め操作)、パージおよびパージ停止(パージ操作)という操作を有することにより、効率的にフッ化水素を除去でき、六フッ化タングステンのロス率を低減することが可能になる。
連続的に気相部をパージする場合、パージによって蒸留釜内の六フッ化タングステン中のフッ化水素濃度が低下することに伴い、気相部にフッ化水素が十分に濃縮されない状態でパージされるため、六フッ化タングステンのロス率が増加してしまう。そこで、パージを停止し、気相中にフッ化水素が濃縮されるまで、全還流状態を保持することにより、フッ化水素が濃縮された六フッ化タングステンをパージすることができる。したがって、溜め操作とパージ操作を繰り返すことにより、連続排出の場合と比べて、効率的にフッ化水素を除去できるため、全体のパージ量を低減し、六フッ化タングステンのロス率を低減することが可能となる。
【0048】
上記の排出操作には、本発明の効果を損なわない範囲において、溜め操作とパージ操作以外の追加操作が含まれていてもよく、または追加操作が含まれていなくてもよい。
また、上記排出工程には、本発明の効果を損なわない範囲において、繰り返しの第1回目と第2回目の排出操作の間に他の操作が含まれていてもよく、または他の操作が含まれていなくてもよい。
【0049】
本実施形態において、下記の条件を満たす六フッ化タングステンを得るように上記の排出操作を繰り返し行うことができる。
(条件)
条件:排出工程後の六フッ化タングステン中におけるフッ化水素の含有量の上限値に特別な制限はないが、六フッ化タングステン全体に対して、質量基準で通常100質量ppm以下であり、好ましくは10質量ppm以下であり、より好ましくは質量1ppm以下であり、さらに好ましくは0.1質量ppm以下である。当該フッ化の含有量の下限値は、特に限定されないが、例えば、質量基準で0.1質量ppb以上としてもよい。このようにフッ化水素の含有量が低減されており、製品の製造安定性に優れた高純度の六フッ化タングステンを実現できる。上記排出操作を繰り返し行うことで、このような条件を満たす六フッ化タングステンが得られる。
【0050】
1回目の排出操作、2回目の排出操作・・・n回目の排出操作(n≧2)とし、1回目のパージ操作のパージ量をV1、2回目のパージ操作のパージ量をV2・・・n回目のパージ量をVnとしたとき、排出操作をn回繰り返し行ったときの、パージ操作におけるパージ量の合計値は、ΔV=V1+V2+・・・+Vnで表される。
このパージ量の合計値(ΔV)は、「蒸留釜に仕込む粗六フッ化タングステン中のフッ化水素の含量」をa、「排出工程後の六フッ化タングステン中に残存するフッ化水素の含有量」をb、「蒸留工程を通じた六フッ化タングステンのロス量(後述)」をcとしたとき、「a-b+c」と定まる。
好ましい態様の例を挙げると、蒸留釜に仕込む粗六フッ化タングステン中のフッ化水素の含量が、粗六フッ化タングステンの質量全体に対して0.1~5質量%であり、かつ、排出工程後の六フッ化タングステン中におけるフッ化水素の含有量が、六フッ化タングステン全体に対して、100質量ppm以下となるような実施態様の場合、ΔVは、粗六フッ化タングステンの仕込み量100質量%に対して、例えば、0.1質量%以上5質量%以下とすることができ、好ましくは0.3質量%以上3質量%以下、より好ましくは0.5質量%以上1.0質量%以下である。
nの下限は、フッ化水素濃度の低減の観点から、2以上の整数であればよく、3以上、5以上、10以上でもよく、nの下限は、製造工程における生産性の観点から、例えば、50以下でもよく、30以下でもよく、20以下でもよい。
蒸留塔底部に貯槽があり、蒸留塔頂部に凝縮器にあり、凝縮器下部から還流ラインが設置されている蒸留装置において、貯槽を六フッ化タングステンの沸点以上に加熱し、凝縮器を六フッ化タングステンの沸点以下まで冷却することで、蒸留操作が開始される。全還流状態とは、系外へのパージが行われておらず、還流ラインからの戻りが一定流量となっている状態を示す。凝縮器出口部分の気相成分中のフッ化水素濃度が一時間以上変化しない場合、パージ操作の開始可能時期とすることが好ましい。1回当りのパージ量については、凝縮器の空塔容積の3倍以上を最小パージ量とすることが好ましい。
【0051】
この排出工程において、パージ操作前の溜め操作は、六フッ化タングステン中におけるフッ化水素の含有量に応じて、溜め操作の時間を設定することができる。これにより、液相中に含まれるフッ化水素の含有比率が低い場合であっても、気相中のフッ化水素の含有比率を高められるため、パージ操作によって十分なフッ化水素量を除去できる。
【0052】
これにより、含まれるフッ化水素の含有比率に応じて、パージ量を適切に制御できるため、ロス率をさらに低減させることができる。
【0053】
パージされたガスは、排ガスポンプ160を介して、蒸留装置100外に排除される。
【0054】
以上のような排出工程を行うことで、六フッ化タングステンにおいて、フッ化水素濃度を低減しつつも、ロス率を低減させることができる。
【0055】
本実施形態によれば、六フッ化タングステンの純度は、全体に対して、例えば、質量換算で99.99%以上、好ましくは99.999%以上、より好ましくは99.9999%以上とすることができる。
本実施形態によれば、ロス率は、仕込み量100%に対して、例えば、質量換算で5%以下、好ましくは3%以下、より好ましくは1%以下とすることができる。
【0056】
フッ化水素濃度が所望濃度以下となるまで上記排出操作を繰り返し実施した後、還流を停止する。蒸留釜110中の六フッ化タングステンを受器150(受槽)に回収する。
凝縮器130および蒸留塔120中に残留する六フッ化タングステンは、排ガスポンプ160により系外に排出する。六フッ化タングステンの収率を向上させるため、凝縮器130および蒸留塔120中に残留する六フッ化タングステンを次回蒸留操作分と混合してもよい。
【0057】
パージ分や回収された六フッ化タングステンについて、例えば、フーリエ変換赤外分光光度計により、ガス成分の含有量を測定できる。
【0058】
ステップS160では、蒸留工程(ステップS150)の後、回収された六フッ化タングステンを気化させて、保管容器に充填する。これにより、CrF5、SbF5、NbF5、TaF5等の高沸不純物を蒸留釜110に残すことができるため、充填先である保管容器中における高沸不純物の含有量を低減できる。これにより、高純度の六フッ化タングステンを実現できる。
【0059】
本実施形態の保管容器は、上記の精製方法で得られた六フッ化タングステンを内部に充填してなるものである。保管容器中六フッ化タングステンは液体で保管され得る。これにより、保管性や搬送性を高めることができる。
【0060】
上記保管容器は、内部空間を有する金属製容器と、金属製容器に設けられた六フッ化タングステンの出入口と、出入口に設けられた弁と、を備えることができる。出入口から導入された六フッ化タングステンは、金属製容器内の内部空間に保管される。これにより、六フッ化タングステンの取り扱い性を高めることができる。
【0061】
上記保管容器の金属製容器は、少なくとも内部(六フッ化タングステンと接触する内壁)が耐食性金属製であることが好ましい。耐食性金属として、ニッケル、ニッケル基合金、ステンレス鋼(SUS)、マンガン鋼、アルミニウム、アルミニウム基合金、チタン、チタン基合金、または白金等が挙げられる。この中でも、安価で取り扱い容易の観点から、金属製容器は、ニッケル、ニッケル基合金等のニッケル製またはSUS製がより好ましい。これにより、高純度を維持したまま六フッ化タングステンを保管・搬送することが可能である。
【0062】
以上、本発明の実施形態について述べたが、これらは本発明の例示であり、上記以外の様々な構成を採用することもできる。
【実施例】
【0063】
以下、本発明について実施例を参照して詳細に説明するが、本発明は、これらの実施例の記載に何ら限定されるものではない。
【0064】
[実施例1]
フッ素ガスとタングステン金属とを反応させて、フッ化水素を含む不純物と六フッ化タングステンとを含む混合物を得た。得られた混合物を、塔径40A、長さ1200mmの蒸留塔120を具備した
図2に示す蒸留設備(蒸留装置100)の蒸留釜110に移液した。
ここで、蒸留塔120の充填物はφ6mm×6mmのステンレス製ラシヒリングを用い、塔底に蒸留釜110、塔頂に凝縮器130を設置した。凝縮器130の頂部にガスパージを設置し、凝縮器130の下部に還流ラインを設置した。
図2の蒸留装置100は、凝縮器130の下部から還流ラインを介して、六フッ化タングステンの全量(還流液)を蒸留塔120の塔内に戻しつつ、凝縮器130の上部からガスパージラインを介して、気相中の低沸不純物を除去する構造を備える。
続いて、上記の蒸留装置100を用いて、以下に示す(蒸留条件)に基づいて蒸留精製を行い、下記の全還流時間の経過直後に下記のパージ量をパージする排出操作を、下記のパージ回数行った。
【0065】
(蒸留条件)
・蒸留釜110の内温:20℃
・凝縮器130の内温:10℃
・全還流時間:パージ1~6回目:15min、パージ7~16回目:20min
・パージ回数:16回(ガスパージラインのバルブの開閉回数)
・合計パージ量:仕込み量100質量%に対して、0.35質量%
なお、六フッ化タングステン(WF6)の沸点:17.1℃、フッ化水素(HF)の沸点:19.5℃である。
【0066】
蒸留前の捕集器内における液中のフッ化水素濃度が73.82質量ppmに対して、蒸留後の蒸留釜内における液中のフッ化水素濃度が0.09質量ppmであった。蒸留後の六フッ化タングステンのロス率は0.35質量%(収率:99.65質量%)であった。
【0067】
[実施例2]
実施例1で得られた蒸留釜110の六フッ化タングステンを気化させて、別のタンク(受器150)に充填し、回収した。受器150中に回収された六フッ化タングステン中には、高沸不純物が含まれていなかった。高沸不純物は蒸留釜110に釜残したものと考えられる。
【0068】
実施例1、2の六フッ化タングステンの製造方法は、フッ化水素の濃度が低減された六フッ化タングステンを高収率に得られることが分かった。
【0069】
この出願は、2019年3月25日に出願された日本出願特願2019-056045号を基礎とする優先権を主張し、その開示の全てをここに取り込む。
【符号の説明】
【0070】
100 蒸留装置
110 蒸留釜
120 蒸留塔
130 凝縮器
150 受器
160 排ガスポンプ