(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-06
(45)【発行日】2024-08-15
(54)【発明の名称】mRNA及びその製造方法並びにタンパク質の製造装置及びタンパク質の製造方法
(51)【国際特許分類】
C12N 15/11 20060101AFI20240807BHJP
C12P 19/34 20060101ALI20240807BHJP
C12P 21/02 20060101ALI20240807BHJP
【FI】
C12N15/11 Z ZNA
C12P19/34 A
C12P21/02 C
(21)【出願番号】P 2021552323
(86)(22)【出願日】2020-10-05
(86)【国際出願番号】 JP2020037706
(87)【国際公開番号】W WO2021075293
(87)【国際公開日】2021-04-22
【審査請求日】2023-08-28
(31)【優先権主張番号】P 2019188411
(32)【優先日】2019-10-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2020121249
(32)【優先日】2020-07-15
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 2019年7月17日東京大学において開催された第21回日本RNA学会年会のポスターセッションにて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 2019年9月4日東北大学で開催された第13回バイオ関連化学シンポジウム2019の予稿集にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 2019年9月5日東北大学で開催された第13回バイオ関連化学シンポジウム2019にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 2020年3月5日ウェブで発行された日本化学会第100回春季年会の予稿集にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 2020年7月5日にオンライン版で公開されたAngew.Chem.Int.Ed.にて発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 2020年7月7日に国立研究開発法人科学技術振興機構のウェブサイトで公開されたプレスリリース「硫黄原子を導入した人工mRNAで高効率たんぱく質合成」(https://www.jst.go.jp/pr/announce/20180129/index.html)と「プレスリリース資料」の本文にて発表
(73)【特許権者】
【識別番号】503360115
【氏名又は名称】国立研究開発法人科学技術振興機構
(74)【代理人】
【識別番号】110001612
【氏名又は名称】弁理士法人きさらぎ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】阿部 洋
(72)【発明者】
【氏名】阿部 奈保子
【審査官】西 賢二
(56)【参考文献】
【文献】特開平4-117284(JP,A)
【文献】TOHDA, Hideki et al.,Efficient expression of E. coli dihydrofolate reductase gene by an in vitro translation system using phosphorothioate mRNA,J. Biotechnol.,1994年,Vol. 34,pp. 61-69
【文献】Database: GenBank [online], Definition: pUC18c cloning vector (beta-galactosidase mRNA on complementary strand),1993年04月27日,[retrieved on 2020.11.12], Internet: <URL: https://www.ncbi.nlm.nih.gov/nuccore/L09136>
【文献】TaKaRa in vitro Transcription T7 Kit (for siRNA Synthesis) 説明書 [オンライン],2019年04月,pp. 1-14,[検索日 2020.11.12], インターネット: <URL: https://catalog.takara-bio.co.jp/PDFS/6140_j.pdf>
【文献】UEDA, Takuya et al.,Phosphorothioate-containing RNAs show mRNA activity in the prokaryotic translation systems in vitro,Nucleic Acids Res.,1991年,Vol. 19,pp. 547-552
【文献】KEEDY, Hannah E. et al.,Decoding on the ribosome depends on the structure of the mRNA phosphodiester backbone,Proc. Natl. Acad. Sci. U. S. A.,2018年,Vol. 115,pp. E6731-E6740
【文献】川口大輔 他,ホスホロチオエート修飾mRNAの合成と翻訳活性,第21回 日本RNA学会年会要旨集,2019年07月17日,p.134; P-73
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 15/00-15/90
C12P 1/00-41/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
タンパク質の合成に使用されるmRNAであって、
開始コドン及び停止コドンを含む翻訳領域と、
前記開始コドンの5’末端側に位置する非翻訳領域と、を含み、
前記非翻訳領域の5’末端から前記開始コドンの3’末端側15ntまでの範囲内における一部のリン酸基
のみがホスホロチオエート基に置換されていることを特徴とするmRNA。
【請求項2】
2か所以上の前記リン酸基が前記ホスホロチオエート基
に置換されていることを特徴とする請求項1に記載のmRNA。
【請求項3】
前記非翻訳領域の少なくとも一部の前記リン酸基と、前記翻訳領域の少なくとも一部の前記リン酸基
の両方が前記ホスホロチオエート基
に置換されていることを特徴とする請求項2に記載のmRNA。
【請求項4】
mRNAを構成するアデノシンモノリン酸、グアノシンモノリン酸、シチジンモノリン酸及びウリジンモノリン酸のいずれか2種類以上のヌクレオチドがホスホロチオエート基
に置換されていることを特徴とする請求項1に記載のmRNA。
【請求項5】
前記非翻訳領域がShine-Dalgarno配列を含むことを特徴とする請求項1に記載のmRNA。
【請求項6】
少なくとも前記非翻訳領域の5’末端から前記開始コドンの3’末端側15ntまでの範囲内における10か所以上のリン酸基がホスホロチオエート基に置換されており、
前記ホスホロチオエート基は、前記Shine-Dalgarno配列及び前記翻訳領域の両方に含まれることを特徴とする請求項5に記載のmRNA。
【請求項7】
請求項1~6のいずれか1項に記載のmRNAの製造方法であって、
前記非翻訳領域と前記翻訳領域とを含む前記mRNAに相補的なDNAテンプレートを調製する工程と、
前記DNAテンプレートのうち前記非翻訳領域の5’末端から前記開始コドンの3’末端側15ntまでの範囲に対応する配列内の一か所を切断して5’末端側DNAフラグメ ントと、3’末端側DNAフラグメントとを得るDNA切断工程と、
アデノシン三リン酸、グアノシン三リン酸、シチジン三リン酸
、及びウリジン三リン酸を含む未修飾NTPと、
少なくとも1種類の前記未修飾NTP
のリン酸基がホスホロチオエート基に置換された修飾NTPと、を準備する工程と、
5’末端側DNAフラグメントを鋳型とし、前記未修飾NTP及び前記修飾NTPを基質として転写反応を行って5’末端側修飾mRNAフラグメントを得る修飾mRNA調製工程と、
3’末端側DNAフラグメントを鋳型とし、前記未修飾NTPのみを基質として転写反応を行って3’末端側未修飾mRNAフラグメントを得る未修飾mRNA調製工程と、
前記5’末端側修飾mRNAフラグメントと前記3’末端側未修飾mRNAフラグメントとを連結する連結工程と、を備えることを特徴とするmRNAの製造方法。
【請求項8】
タンパク質の製造装置であって、
請求項1~6のいずれか1項に記載のmRNAであって、目的タンパク質をコードする配列を前記翻訳領域に有するmRNAと、
リボソーム、NTP、tRNA、アミノ酸、アミノアシルtRNA合成酵素を少なくとも含む翻訳系と、を備えることを特徴とするタンパク質の製造装置。
【請求項9】
前記翻訳系が再構成型大腸菌系翻訳システムであることを特徴とする請求項8に記載のタンパク質の製造装置。
【請求項10】
前記mRNAを構成するシチジンモノリン酸及びウリジンモノリン酸のいずれか少なくとも1種類のリン酸基の一部がホスホロチオエート基
に置換されていることを特徴とする請求項
9に記載のタンパク質の製造装置。
【請求項11】
タンパク質の製造方法であって、
請求項1~6のいずれか1項に記載のmRNAであって、目的タンパク質をコードする配列を前記翻訳領域に有するmRNAを調製するmRNA調
製工程と、
リボソーム、NTP、tRNA、アミノ酸、アミノアシルtRNA合成酵素を少なくとも含む翻訳系に前記mRNAを添加して前記リボソームにより前記目的タンパク質を翻訳する翻訳工程と、を備えることを特徴とするタンパク質の製造方法。
【請求項12】
前記翻訳系が再構成型大腸菌系翻訳システムであることを特徴とする請求項1
1に記載のタンパク質の製造方法。
【請求項13】
前記mRNAを構成するシチジンモノリン酸及びウリジンモノリン酸のいずれか少なくとも1種類のリン酸基の一部がホスホロチオエート基
に置換されていることを特徴とする請求項1
2に記載のタンパク質の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、mRNA及びその製造方法並びにタンパク質の製造装置及びタンパク質の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ホスホロチオエート基(phosphorothioate基:PS)を核酸に導入することで、生物学的安定性を付与することができることが知られている。PSを導入した核酸は、アンチセンス核酸やsiRNAの分子構造に使われており、上市されたオリゴ核酸医薬品にも使われている。PSで修飾(以下、「PS修飾」ということがある)したmRNA(以下、「PS-mRNA」ということがある)は、T7 RNAポリメラーゼ又は大腸菌RNAポリメラーゼを用いて、PSが三リン酸のα位に導入された基質ヌクレオチド三リン酸(NTPαS)を用いて酵素的に調製することができる。
【0003】
NTPαSの合成方法はすでに開発されているものの、PS修飾はmRNAにはほとんど使用されず、30年近く前に報告された数例のみである(例えば、非特許文献1~3参照)。これら報告は、大腸菌の無細胞翻訳系を用いたタンパク質合成に関するものである。
【0004】
非特許文献1では、poly-U配列からなるPS-mRNAを合成し天然配列の45%の効率でポリアラニンが合成された旨が記載されている(最後から3つ目の段落)。本文献では、配列が非常に限定されており、かつ生成物は厳密にはタンパク質とは言えない。
【0005】
非特許文献2では、T7ファージDNAを鋳型とし、T7 RNAポリメラーゼを用いた試験管内転写法によりPS-mRNAを作成している。本文献では、サーマス・サーモフィルス及び大腸菌の無細胞翻訳系でPS-mRNAの翻訳活性を評価し、一塩基をNTPαSで置換したPS-mRNAがこれら無細胞系において無置換体より最大で2倍のタンパク質合成を示したことが報告されている(Fig.3)。
【0006】
非特許文献3では、大腸菌ジヒドロ葉酸レダクターゼのPS-mRNAをインビトロ転写法で作成し、それを鋳型とするタンパク質合成量を測定している(Fig.2)。この論文では、転写時に1種類の塩基のみをNTPαSで置換したPS-mRNAと、4塩基ともNTPαSで置換したPS-mRNAを作成し、前者で未置換mRNA(以下、「PO-mRNA」ということがある)より約2~3倍のタンパク質が合成されたことが報告されている。発明者らは、この合成効率の改善がPS-mRNAの安定性によりもたらされたものと推定している。ただし、本文献には、4塩基ともNTPαSで置換したPS-mRNAでは未置換のものよりタンパク質合成量が低下した(PO-mRNAの約30%)ことも報告されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】Polyribonucleotides containing a phosphorothioate backbone. F. Eckstein, H. Gindl, Eur. J. Biochem. 13, 558-564, 1970;
【文献】Phosphorothioate-containing RNAs show mRNA activity in the prokaryotic translation systems in vitro. T. Ueda, H. Tohda, N. Chikazumi, F. Eckstein, K. Watanabe, Nucleic Acids Res. 19 (3), 547-552, 1991;
【文献】Efficient expression of E. coli dihydrofolate reductase gene by an in vitro translation system using phosphorothioate mRNA. H. Tohda, N. Chikazumi, T. Ueda, K. Nishikawa, K. Watanabe, J. Biotechnol. 34, 61-69, 1994.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
従来のPS-mRNAは、NTPαSの種類や修飾数などで翻訳効率が高くなる場合や低くなる場合があり、mRNAにどのようなPS修飾を行えば翻訳効率を高くできるか不明であった。なお、非特許文献1~3には、非翻訳領域にPSを導入することは記載されていない。
【0009】
本発明の目的は、タンパク質の合成に使用され、リボソームによる翻訳効率の高いmRNA及びその製造方法を提供することにある。また、本発明の他の目的は、このmRNAを用いて翻訳効率を高くしたタンパク質の製造装置及びタンパク質の製造方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者らは、上記問題を解決すべく鋭意研究を重ねた。その結果、5’末端から開始コドン付近まで部分的にPSを導入したmRNAは、タンパク質の合成量が22倍増加し、一方、開始コドン付近から3’末端までの250塩基にPSを導入したmRNAはその合成量が20%低下したことがわかった。このことから、mRNAの5’末端から開始コドン付近までにPSを導入することで翻訳効率を格段に高めることができることを見出し、本発明を完成させた。
【0011】
すなわち、本発明は、タンパク質の合成に使用されるmRNAであって、開始コドン及び停止コドンを含む翻訳領域と、前記開始コドンの5’末端側に位置する非翻訳領域と、を含み、少なくとも前記非翻訳領域の5’末端から前記開始コドンの3’末端側15ntまでの範囲内における一部のリン酸基がホスホロチオエート基に置換されていることを特徴とするmRNAである。
【0012】
この場合において、2か所以上の前記リン酸基が前記ホスホロチオエート基であることが好ましい。
【0013】
さらにこの場合、前記非翻訳領域の少なくとも一部の前記リン酸基と、前記翻訳領域の少なくとも一部の前記リン酸基とが前記ホスホロチオエート基であることが好ましい。
【0014】
あるいはまた、mRNAを構成するアデノシンモノリン酸、グアノシンモノリン酸、シチジンモノリン酸及びウリジンモノリン酸のいずれか2種類以上のヌクレオチドがホスホロチオエート基であることが好ましい。
【0015】
上記のいずれかの場合において、前記非翻訳領域がShine-Dalgarno配列を含むことが好ましい。
【0016】
この場合において、少なくとも前記非翻訳領域の5’末端から前記開始コドンの3’末端側15ntまでの範囲内における10か所以上のリン酸基がホスホロチオエート基に置換されており、前記ホスホロチオエート基は、前記Shine-Dalgarno配列及び前記翻訳領域の両方に含まれることが好ましい。
【0017】
本発明は、上記のいずれかに記載のmRNAの製造方法であって、前記非翻訳領域と前記翻訳領域とを含む前記mRNAに相補的なDNAテンプレートを調製する工程と、アデノシン三リン酸、グアノシン三リン酸、シチジン三リン酸及びウリジン三リン酸を含む未修飾NTPと、前記未修飾NTPの少なくとも1種類のリン酸基がホスホロチオエート基に置換された修飾NTPと、を準備する工程と、前記DNAテンプレートを鋳型とし、前記未修飾NTP及び前記修飾NTPを基質としてRNAポリメラーゼにより転写反応を行う工程と、を備えることを特徴とするmRNAの製造方法である。
【0018】
この場合において、前記DNAテンプレートのうち前記非翻訳領域の5’末端から前記開始コドンの3’末端側15ntまでの範囲に対応する配列内の一か所を切断して5’末端側DNAフラグメントと、3’末端側DNAフラグメントとを得るDNA切断工程と、5’末端側DNAフラグメントを鋳型とし、前記未修飾NTP及び前記修飾NTPを基質として転写反応を行って5’末端側修飾mRNAフラグメントを得る修飾mRNA調製工程と、3’末端側DNAフラグメントを鋳型とし、前記未修飾NTPのみを基質として転写反応を行って3’末端側未修飾mRNAフラグメントを得る未修飾mRNA調製工程と、前記5’末端側修飾mRNAフラグメントと前記3’末端側未修飾mRNAフラグメントとを連結する連結工程と、を備えることが好ましい。
【0019】
さらに、本発明は、タンパク質の製造装置であって、上記のいずれかに記載のmRNAであって、目的タンパク質をコードする配列を前記翻訳領域に有するmRNAと、リボソーム、NTP、tRNA、アミノ酸、アミノアシルtRNA合成酵素を少なくとも含む翻訳系と、を備えることを特徴とするタンパク質の製造装置である。
【0020】
上記において、前記翻訳系として再構成型大腸菌系翻訳システムを挙げることができる。
【0021】
この場合において、前記mRNAを構成するシチジンモノリン酸及びウリジンモノリン酸のいずれか少なくとも1種類のリン酸基の一部がホスホロチオエート基であることが好ましい。
【0022】
あるいは、本発明は、タンパク質の製造方法であって、上記のいずれかに記載のmRNAであって、目的タンパク質をコードする配列を前記翻訳領域に有するmRNAを調製するmRNA調製工程と、リボソーム、NTP、tRNA、アミノ酸、アミノアシルtRNA合成酵素を少なくとも含む翻訳系に前記mRNAを添加して前記リボソームにより前記目的タンパク質を翻訳する翻訳工程と、を備えることを特徴とするタンパク質の製造方法。
【0023】
上記において、前記翻訳系として再構成型大腸菌系翻訳システムを挙げることができる。
【0024】
この場合において、前記mRNAを構成するシチジンモノリン酸及びウリジンモノリン酸のいずれか少なくとも1種類のリン酸基の一部がホスホロチオエート基であることが好ましい。
【発明の効果】
【0025】
本発明によれば、タンパク質の合成に使用され、リボソームによる翻訳効率の高いmRNA及びその製造方法を提供することが可能となる。また、本発明の他の目的は、このmRNAを用いて翻訳効率を高くしたタンパク質の製造装置及びタンパク質の製造方法を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0026】
【
図1】本発明のmRNAのホスホロチオエート修飾を示す図である。
【
図2】原核生物系でのmRNA翻訳に対するPS修飾の効果を示す図である。
【
図3】実施例で使用したNTPαSsの逆相HPLC分析結果を示す図である。
【
図4】PUREシステムでのホスホロチオエート化mRNAの翻訳のウエスタンブロット分析結果を示す図である。
【
図5】
図5は、PURE翻訳混合物中のホスホロチオエート化mRNAの安定性を示すグラフである。
【
図6】PUREシステムでのFLAG-EGF-Pro3 mRNAの翻訳反応のシングルターンオーバー分析の結果を示す図である。
【
図7】PS修飾RNAの翻訳活性の位置の差を示す図である。
【
図8】異なるPS修飾パターンを含むキメラRNAの合成実験を示す図である。
【
図9】FLAG-EGF mRNAと混合したRiboGreen試薬の蛍光対温度プロットした結果を示す図である。
【
図10】NTPαSsを使用したPUREシステムでの転写/翻訳の結合反応を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0027】
1.mRNA
以下、本発明のmRNAについて説明する。本発明のmRNAは、目的とするタンパク質の合成に使用され、翻訳領域と非翻訳領域と、を含む。翻訳領域は、開始コドンと停止コドンとを含み、目的タンパク質をコードする領域(コーディング領域)である。非翻訳領域は、開始コドンの5’末端側に位置し、タンパク質に翻訳されない領域(非コーディング領域)である。この非翻訳領域には、リボソームが結合する配列(いわゆる「共通配列」)が含まれており、このような配列としては原核生物ではShine-Dalgarno配列(SD配列)を挙げることができる。なお、本発明の効果を阻害しなければ、停止コドンの3’末端側の下流に別の非翻訳領域を有していてもよい。
【0028】
本発明のmRNAは、少なくともこの非翻訳領域の5’末端から開始コドンの3’末端側15nt(ヌクレオチド:塩基)までの範囲内(以下、「PS修飾範囲」ということがある)における一部のリン酸基がホスホロチオエート基に置換されている。この15ntは、開始コドンのトリプレットのうち、5’側のヌクレオチド(例えば、開始コドンが「AUG」の場合は「A」)から数えたヌクレオチド数を意味する。ここでいうリン酸基とは、mRNAを構成する単位であるヌクレオチドのリン酸基であり、ホスホロチオエート基はこのリン酸基のリンと二重結合する酸素が硫黄に置換された基である。
図1の(a)は、RNAの化学構造を示しており、XがOの場合がリン酸基(未修飾ヌクレオチド、すなわち天然型ヌクレオチド)、XがSの場合がホスホロチオエート基(修飾ヌクレオチド)を示している。
【0029】
図1の(b)は、本発明のmRNAを使用することによって翻訳効率が高くなるメカニズムを概念的に示す模式図である。図の上段は、mRNAにリボソームが結合する前の状態を示している。この図に示すように、ホスホロチオエート基で置換されたmRNA(PS-mRNA)は、PS修飾範囲の複数個所でPS修飾されている。このmRNAの非翻訳領域の共通配列(SD配列など)にリボソームが結合して複合体を形成し、翻訳が開始される。このときに、PS修飾範囲でPS修飾されたmRNA(PS-mRNA)は、未修飾のmRNA(天然型mRNA)よりも翻訳開始速度が速くなり、翻訳効率が向上する。
【0030】
後述する実施例に示すように、翻訳反応中にリボソームを停止させるシングルターンオーバー解析を行った結果、PS-mRNAと天然型mRNAのリボソームによるペプチド伸長反応の速度は同じであった。他方、翻訳開始速度(リボソーム複合体形成の速度)は、PS-mRNAの鋳型の方が天然型のそれよりも速いことが明らかとなった。一般的に、翻訳サイクルにおいてその律速段階は翻訳開始段階にあると考えられることから、PS-mRNAの翻訳効率が高いのは、PS-mRNAがリボソームの複合体形成過程を速めるためと考えられる。本結果は非天然型mRNAを用いて翻訳能を向上させるための新たな戦略となる。
【0031】
また、後述する実施例に示すように、5’末端から開始コドン付近の翻訳領域(5’末端から34塩基=開始コドンから11塩基)まで部分的にPSを導入したmRNAは、その合成量が22倍増加した。一方で、この開始コドン付近から3’末端までの250塩基にPSを導入したmRNAは、その合成量が20%低下した。このことから、翻訳効率の観点からは、PSを導入する部位は、mRNAのどこでもよいわけではなく、5’末端から開始コドン付近の翻訳領域(開始コドンを基準に20塩基下流側)に限定される。
【0032】
本発明のmRNAでは、1か所以上のリン酸基がホスホロチオエート基に置換されているが、2か所以上のリン酸基がホスホロチオエート基であることが好ましい。置換箇所が少ないと、翻訳効率が低くなりやすい。PSの置換箇所は5か所以上であることが好ましく、10か所以上であることがより好ましい。置換箇所の上限は特にないが、20か所以下であることが好ましい。
【0033】
また、PS修飾範囲においては、非翻訳領域の少なくとも一部のリン酸基と、翻訳領域の少なくとも一部のリン酸基の両方がホスホロチオエート基で置換されていることが好ましい。また、本発明では、少なくともPS修飾範囲がPS修飾されていればよく、PS翻訳領域の3’末端側の翻訳領域や、停止コドンの3’末端側に別の非翻訳領域を有する場合はその非翻訳領域もPS修飾されていてもよい。ただし、後述する実施例に示すように、PS修飾範囲のみにPS修飾を有している方が、PS修飾範囲以外にもPS修飾されている場合に比べて、翻訳効率が高いため、PS修飾範囲のみがPS修飾されていることが好ましい。
【0034】
本発明のmRNAでは、mRNAを構成するアデノシンモノリン酸(AMP)、グアノシンモノリン酸(GMP)、シチジンモノリン酸(CMP)及びウリジンモノリン酸(UMP)のいずれか1種類のみがホスホロチオエート基である。あるいは、これらのヌクレオチドのうち、2種類以上のヌクレオチドがホスホロチオエート基であってもよい。これらヌクレオチドのどのヌクレオチドがPS修飾されると翻訳効率が高くなるかについては、mRNAの二次構造などに依存するため一概には決めらないため、未修飾領域の配列や翻訳系などに応じて適宜設計するのがよい。
【0035】
2.mRNAの製造方法
次に、mRNAの製造方法について説明する。mRNAの製造方法では、まず、非翻訳領域と翻訳領域とを含むmRNAに相補的なDNAテンプレートを調製する(DNA調製工程)。DNAテンプレートのうちmRNAの非翻訳領域に相補的な部分には、プロモータ配列や、上述したSD配列に相補的な配列などを含む。
【0036】
また、アデノシン三リン酸(ATP)、グアノシン三リン酸(GTP)、シチジン三リン酸(CTP)及びウリジン三リン酸(UTP)を含む(未修飾の)NTPを準備する。さらに、NTPのリン酸基がホスホロチオエート基に置換された修飾アデノシン三リン酸(ATPαSs)、修飾グアノシン三リン酸(GTPαSs)、修飾シチジン三リン酸(CTPαSs)及び修飾ウリジン三リン酸(UTPαSs)を含む修飾NTP(NTPαSs)を準備する。これらNTPとNTPαSsを含む試薬を調製する。そして、上記のDNAテンプレートを鋳型とし、試薬に含まれるNTP及びNTPαSsを基質としてRNAポリメラーゼにより転写反応を行う。RNAポリメラーゼとしては、T7 RNAポリメラーゼなどを挙げることができる。NTPとNTPαSsの比率は、mRNAに導入したいPSの数にもよるが、1:100~100:1の範囲内などで適宜設定することができる。転写反応の反応温度、反応時間も適宜設定することができるが、例えば反応温度は20~50℃、反応時間は30分~6時間とすることができる。
【0037】
次に、PS修飾範囲のみがPS修飾されたPS-mRNA(PS修飾範囲以外にPS修飾を有さないmRNA)を製造する方法について説明する。
【0038】
まず、上記のDNAテンプレートのうち、非翻訳領域の5’末端から開始コドンの3’末端側15ntまでの範囲(PS修飾範囲)に対応する配列内の一か所を切断する。これにより、5’末端側DNAフラグメントと、3’末端側DNAフラグメントとが得られる(DNA切断工程)。DNAテンプレートの切断は、制限酵素などを使用する。
【0039】
次に、5’末端側DNAフラグメントを鋳型とし、NTP及びNTPαSsの両方を基質として転写反応を行い、5’末端側修飾mRNAフラグメントを得る(修飾mRNA調製工程)。また、3’末端側DNAフラグメントを鋳型とし、NTPαSsのみを基質として転写反応を行い、3’末端側未修飾mRNAフラグメントを得る(未修飾mRNA調製工程)。これらmRNAフラグメントを得る工程では、T7 RNAポリメラーゼなどを使用し、上記の反応条件を適用して行うことができる。
【0040】
最後に、5’末端側修飾mRNAフラグメントと3’末端側未修飾mRNAフラグメントとを連結する(連結工程)。この工程では、T4 RNAリガーゼなどの酵素を使用して行うことができる。これにより、5’末端側修飾mRNAフラグメントと3’末端側未修飾mRNAフラグメントとが結合したキメラmRNAを製造することができる。
【0041】
3.タンパク質の製造装置及び製造方法
次に、本発明のタンパク質の製造装置及び製造方法について説明する。本発明のmRNAは、目的とするタンパク質の製造に使用することができる。まず、目的タンパク質をコードする配列を前記翻訳領域に有するmRNAを調製する(mRNA調製工程)。mRNAの調製は、上記のDNAテンプレートに目的とするタンパク質をコードする配列を含むものを使用して行うことができる。
【0042】
次に、このmRNAを翻訳系に添加して翻訳を行う(翻訳工程)。翻訳系には、リボソーム、NTP、tRNA、アミノ酸、アミノアシルtRNA合成酵素を少なくとも含むものを使用する。翻訳系は、再構成型大腸菌系翻訳システム(いわゆるPUREシステム)であることが好ましい。PUREシステムは、大腸菌の翻訳システムを試験官内で再構築したものである。PUREシステムには、開始因子(IF1、IF2、IF3)、伸長因子(EF-Tu、EF-Ts、EF-G)、終結(解離)因子(RF1、RF2、RF3)、リボソーム再生因子(RRF)、アミノアシルtRNA合成酵素(ARS)、メチオニルtRNAフォルミル転移酵素、リボソーム、T7 RNAポリメラーゼ、アミノ酸、NTP、tRNAなどが含まれる。これにmRNAを添加して翻訳することにより、目的タンパク質を得ることができる。反応温度、反応時間は適宜設定することができ、例えば反応温度は20~50℃、反応時間は1~24時間とすることができる。PUREシステムにおいては、基質としてのATPやGTPは系で分解されやすいため、CTPαSs及び/又はUTPαSsを使用することが好ましい。
【実施例】
【0043】
以下、本発明を実施例に基づいて具体的に説明するが、これらは本発明の目的を限定するものではない。また、以下の実施例において「%」表示は特に規定しない限り質量基準(質量パ-セント)である。
【0044】
1.実験例1:配列設計とPS-mRNAの合成及び大腸菌無細胞翻訳系を用いたタンパク質合成(FLAG-EGF)
図2(a)の上段は、テンプレートとしての対応するdsDNAからのFLAG-EGF mRNAの転写の概略図を示している。本実験では、最初に、Shine-Dalgarno(SD)配列、3つのFLAGオクタペプチドコード配列、及び上皮成長因子(EGF)コード配列を含むmRNA FLAG-EGFをモデル配列として設計した。
【0045】
FLAG-EGF mRNAは、T7 RNAポリメラーゼ及びPCR増幅によって得たdsDNA鋳型を用いた試験管内転写反応によって調製した。PS-mRNAは、1つ又は複数のNTPを対応するNTPαSで置換することによって調製した。未修飾NTPとNTPαSの16の可能な組み合わせを有するPS-mRNAを合成した。
【0046】
図2(a)の下段は、NTPαSsを使用したT7 RNAポリメラーゼによるin vitro転写の変性PAGE分析結果である。1つ以上のNTPが対応するNTPαSsに置換されており、図では+で表している。SYBR Green II染色でゲルを視覚化した。転写反応を16種類全ての組み合わせで行い、転写物を変性ポリアクリルアミドゲル電気泳動(PAGE)により分析した。ゲルを染色し、転写RNAの相対量を計算した。
【0047】
その結果、標的のRNAはすべての組み合わせで観察され、置換したNTP数が増えるにつれてmRNAの相対収量が減少したことがわかった。
【0048】
次に、異なるPS修飾パターンを有する16種類のFLAG-EGF mRNAの翻訳反応を、PUREシステムにおいて同濃度にて比較した。PUREシステムは、理化学研究所 清水義宏博士から供与されたものを使用した。その作成方法は以下に示す論文等に記載されている。
Cell-free translation reconstituted with purified components. Y. Shimizu, A. Inoue, Y. Tomari, T. Suzuki, T. Yokogawa, K. Nishikawa, T. Ueda, Nat. Biotechnol. 2001, 19, 751-755; b) The PURE System for Protein Production. Y. Shimizu, Y. Kuruma, T. Kanamori, T. Ueda, in Cell-Free Protein Synthesis: Methods and Protocols, Vol. 1118 (Eds.: K. Alexandrov, W. A. Johnston), Springer Nature Switzerland AG, 2014, pp. 275-284.
【0049】
図2(b)は、PUREシステムでFLAG-EGF mRNAを翻訳し、ウエスタンブロット分析した結果を示す図である。転写後、精製RNA(0.2μM)をシステム内で37℃、2時間インキュベートした。転写時のRNAの修飾パターンは、置換されたNTPαSsを+記号で示すことで表した。翻訳産物は、抗FLAG M2抗体を使用して検出した。ウエスタンブロット法により、PS-mRNAから得られた翻訳産物とPO-mRNAから得られた翻訳産物との相対量を計算した。
【0050】
その結果、すべてのPS-mRNAは、PO-mRNAよりも高い翻訳量を示した。最も高い相対比は、UTPαS及びCTPαSの両方が使用されたときの11倍であり、2番目に高い相対比はATPαSのみが使用されたときの8.6倍であった。
【0051】
次に、NTPαSに含まれる異性体を分析した。
図3は、この実験で使用したNTPαSsの逆相HPLC分析結果を示す図である。HPLC分析の結果、TriLink BioTechnologies社から購入したNTPαSは、Rp異性体とSp異性体の同等混合物であった。なお、T7 RNAポリメラーゼは基質としてSp型のみを使用しRp型は転写反応を阻害しないことが示されている。
【0052】
2.実験例2:他の配列によるタンパク質合成(AcGFP、Spider-FLAG)
次に、PS修飾による翻訳効率の向上に何らかの一般性があるかどうかを決定するために、実験例1のFLAG-EGFとは異なる他の2つの配列(AcGFP、Spider-FLAG)を用いて検討した。
【0053】
図4は、PUREシステムでのホスホロチオエート化mRNAの翻訳のウエスタンブロット分析を示す図である。AcGFP mRNA(a)及びSpider-FLAG mRNA(b)は、ATP又はGTPがそれぞれATPαSs又はGTPαSsで置換されて転写された。転写後、精製RNA(0.2μM)をPUREシステムで37℃、2時間インキュベートした。翻訳産物は、AcGFP mRNAには抗GFP抗体(Santa Cruz Biotech、sc-9996)、Spider-FLAG mRNAには抗FLAG M2抗体(Sigma-Aldrich、F1804)を使用して検出した。
【0054】
その結果、Spider-FLAG mRNA及びAcGFP mRNAにATPαS又はGTPαSを導入し、PS-mRNAの翻訳量をPO-mRNAと比較した。その結果、いずれのPS-mRNAもPO-mRNAと比較し翻訳量が向上した。さらに、EGF-FLAG mRNAのPS導入位置と翻訳量の関係をバイオインフォ―マティクスにより解析したが、その関係性を見出すことはできなかった。置換する塩基の種類ではなく、mRNA中におけるPSの分布が翻訳能を左右する要因である可能性がある。
【0055】
3.実験例3:PURE翻訳混合物中のホスホロチオエート化mRNAの安定性
次に、mRNAへのPS導入がなぜ翻訳効率を向上させるかを調べた。ひとつはPS-mRNAの安定性に起因する可能性がある。ATP及びCTPをそれぞれATPαS及びCTPαSに置換することによって転写されたFLAG-EGF mRNAであるPS(A,C)-mRNAの安定性を、翻訳液中でインキュベートし、次いでRT-PCRにより定量することによってPO-mRNAの安定性と比較した。
【0056】
図5は、PURE翻訳混合物中のホスホロチオエート化mRNAの安定性[50mM HEPES-KOH(pH7.6)、100mMグルタミン酸カリウム、2mMスペルミジン、1mM DTT、20mMクレアチンリン酸ナトリウム、0.1mM 各20アミノ酸]を示すグラフである。FLAG-EGF配列のPO-mRNA及びPS(A、C)-mRNAは、0.05pmol/μLの濃度で、37℃でインキュベートした。10分及び30分後、混合物からアリコート(2μL)を取り、148μLの水と混合し、-30℃で保存した。これらの溶液中のRNAの濃度は、定量的逆転写ポリメラーゼ連鎖反応(qRT-PCR)によって決定された。qRT-PCRは、One Step TBGreen(登録商標) PrimeScript
TM RT-PCR Kit(Takara Bio)を使用し、CFX ConnectリアルタイムPCR検出システム(Bio-Rad)で実施した。
【0057】
使用したプライマーの配列は、FLAG-EGF_F:5’-CAATATACATGCACACACCG-3’、FLAG-EGF_R:5’-GGGATCCGAAGGAGATATATCC-3’。ウミシイタケルシフェラーゼmRNA(BioRadのpRL-TKを使用して調製)を、プライマーセット(Rluc_F:5’-GTTGGACGACGAACTTCACC-3’ Rluc_R:5’-ATCATGGGATGAATGGCCTG-3’)を使用し、qRT-PCRの内部コントロールとして使用した。反応条件:42℃、5分→95℃、10秒→(95℃、5秒→60℃、30秒)×40サイクル。
【0058】
その結果、2つのmRNAの安定性に差は観察されなかった。PURE systemは大腸菌翻訳系を再構成したものであり、ヌクレアーゼを含んでいないため、RNAの分解反応は起こりにくいものと考えられる。したがって、PS-mRNAの安定性は、その翻訳効率向上の主要因ではないと判断した。
【0059】
4.実験例4:PUREシステムでのFLAG-EGF-Pro3 mRNAの翻訳反応のシングルターンオーバー分析
次に翻訳反応のメカニズムに注目した。リボソームの翻訳反応は大きく開始、伸長、終結の3段階にわけられる。その中で、開始段階、すなわちリボソームがmRNAへの結合する段階はもっとも時間がかかり、律速段階であると考えられている。そのため、mRNAへのPS導入がリボソームの結合速度を速め、その結果翻訳効率が向上したのではないかとの仮説を立てた。この仮説を検証するために、翻訳反応の初速度を解析した。翻訳反応の初速度をとらえるために、リボソームが解離を起こさないシングルターンオ―バーの実験条件を設定した(
図6(a))。
図6は、PUREシステムでのFLAG-EGF-Pro3 mRNAの翻訳反応のシングルターンオーバー分析の結果を示す図であり、
図6(a)は実験計画の概要を示している。
【0060】
これまでに、タンパク質配列の末端に3つ以上のプロリン(Pro)リピート配列を導入することで、リボソームが当該部位で乖離せず停止することが報告されている。そこで、FLAG-EGF mRNAの末端に3つのPro配列を導入したFLAG-EGF-Pro3 mRNAを設計・合成し翻訳反応を行った。先の実験結果で翻訳量が向上したATPαSとCTPαSの組み合わせを用い、転写によりPS(A,C)-mRNAを調製した。翻訳反応を2~7分間行った後、タンパク合成量をウエスタンブロット法により解析した(
図6)。
【0061】
図6(b)は、ウエスタンブロッティングにより分析されたホスホロチオエート化mRNA(PS(A、C)-mRNA+Pro3)又は未修飾mRNA(PO-mRNA+Pro3)の翻訳反応の時間経過を示している。
FLAG-EGF mRNAの翻訳反応では~15kDaの位置に生成物のバンドが生じたが、FLAG-EGF-Pro3 mRNAの翻訳反応では37kDa付近に生成物のバンドが生じた(
図6(b))。これは、Proリピート上でリボソームがペプチド伸長を行なえず、また終結反応が起こらないため、tRNAが結合した状態で反応が終結し、翻訳産物として得られたためである。
【0062】
図6(c)は、RNase A処理後の翻訳産物のウエスタンブロット分析結果を示している。mRNA(PO-mRNA+Pro3)をシステム内で37℃、240分間翻訳した後、RNaseを混合物に加えた。
この結果、実際に翻訳産物をRNA分解酵素であるRNase Aで処理すると、tRNAが分解され15kDa付近に生成物が観察された。この結果は、本系がリボソームのシングルターンオーバー反応を解析できることを裏付けた。
【0063】
図6(d)は、反応時間変換プロットを示している。25-kDaマーカーと37-kDaマーカーの間に現れたバンドのシグナル強度がプロットされた。
この結果、天然型mRNA及びPS-mRNAから生じた37kDa付近の生成物量の時間変化をプロットしたところ、2本の直線のx切片は約100秒とほぼ同じ値を示した。このことは、天然型mRNA及びPS-mRNAの翻訳反応における伸長速度がほぼ同じであることを示す。各グラフの傾きは翻訳反応の初期速度を表し、これはPS-mRNAでPO-mRNAよりも約4倍速いことが分かった。翻訳反応の律速段階は開始段階(リボソームの結合)であることから、PS修飾はmRNAへのリボソームの結合を促進し、そのことがその翻訳活性向上の主要因であることが示された。
【0064】
5.実施例・比較例:PS修飾導入位置の違いが翻訳反応に与える影響
次に、FLAG-EGF配列に基づいて2つのキメラmRNAを設計した。5’-PS-mRNAに対しては主にUTR(非翻訳領域)からなる、5’末端から34nt(開始コドンから11nt)のA及びC塩基にPSを導入した。3’-PS-mRNA に対しては3’末端から250塩基中のA及びC塩基にPSを導入した(
図7,
図8)。これらは、T4 RNAリガーゼ2を用いて2本のRNA鎖を連結することで得た(
図8)。
【0065】
図7は、PS修飾RNAの翻訳活性の位置の差を示す図である。図の(a)は、異なるPS修飾パターンを持つFLAG-EGF mRNAの合成スキームを示している。図の(b)は、5’-PS-mRNAのヌクレオチド配列を示している。図の(c)は、PUREシステムにおける4つのmRNAのウエスタンブロット分析結果を示している。図の(d)は、(c)に示すウエスタンブロットに基づいた4つのRNAからの相対的な発現レベルの定量結果を示している。エラーバーは標準偏差(n=3)を表す。P値は、対応のないt検定に基づいて計算した。
【0066】
図8は、異なるPS修飾パターンを含むキメラRNAの合成実験の結果を示す図である。図の(a)は、34nt RNA 5’-フラグメントのMALDI-TOF MS分析結果を示している。メインピークは5’三リン酸化された34nt転写物に対応し、マイナーピークは5’ピロリン酸化された転写物に対応する。図の(b)は、キメラRNAを調製するためのライゲーション反応の6%変性PAGE分析結果を示している。図の(c)は、分取PAGEによる精製後のRNAの分析結果を示している。ゲルは、SYBR Green II染色によって視覚化された。(c)では、0.5pmolの各RNAが分析された。
【0067】
これらのキメラmRNAの翻訳活性を評価した結果、PS修飾なしのPO-mRNA(比較例1)と比較すると、5’-PS-mRNA(実施例1)では22倍となり大幅な増加を示し、3’-PS-mRNA(比較例2)では0.8倍となり減少を示し、mRNA全体にPS修飾を施したPS(A,C)-mRNA(実施例2)では5.8倍となり増
加を示した(
図7(c),
図7(d))。この結果は、5’末端から開始コドン付近にPSを導入することが、翻訳量を上げる主要な要因になることを意味する。また、PS(A,C)-mRNAの翻訳量が5’-PS-mRNAよりも低いことを考えると、開始コドン以降3’末端までのPS導入は翻訳量を減ずる効果を持つことが示唆される。ここまで得られた結果から判断すると、5’末端から開始コドン付近へのPS導入は翻訳の開始を促進し翻訳産物量を増やすと判断される。
【0068】
5.実験例5:PO-mRNA及びPS(A,C)-mRNAの二本鎖形成能及び熱力学的安定性の評価
mRNAの二次構造形成が翻訳開始段階におけるリボソーム複合体形成へ影響することが知られている。
図6及び
図7に示した結果は、PS修飾導入による5’UTR領域周辺の二次構造形成の減少が寄与する可能性を示唆する。5’UTRから開始コドンまでのmRNA配列に二次構造が少ない場合、翻訳開始はより速い。しかし、(Rp)-PS-RNAはPO-RNAと熱力学的により安定な二本鎖を形成することが報告されている。RNA中の二本鎖形成部位で蛍光を発することが知られている、RiboGreen試薬を用いて、PO-mRNA及びPS(A,C)-mRNAの二本鎖形成能及び熱力学的安定性を評価した。
【0069】
図9は、FLAG-EGF mRNAと混合したRiboGreen試薬の蛍光対温度プロットした結果を示す図である。RNA[0.2μM; PO-mRNA又はPS(A、C)-mRNA]は、Quant-iT RiboGreen RNA Reagent(400倍希釈、Thermo Fisher Scientific)とともに、PUREシステムバッファー[50mM HEPES-KOH(pH7.6)、100mM グルタミン酸カリウム、2mM スペルミジン、13mM Mg(OAc)
2、1mM DTT、20mM クレアチンリン酸ナトリウム、0.1mM 各20アミノ酸、2mM ATP、2mM GTP、1mM CTP、1mM UTP]に混合した。温度を95℃から25℃に下げることで、溶液(25μL)のRNAをアニーリングした後、温度を25℃から上げながら、蛍光(Ex 450-490nm、Em 515-530nm)を、CFX ConnectリアルタイムPCR検出システム(Bio-Rad)で25~95℃まで5℃ごとに記録した。
【0070】
この結果、PS(A,C)-mRNAの二次構造はPO-mRNAのそれよりわずかに安定であることが分かった。これらmRNAの物理的性質は、RNA高次構造形成の観点では翻訳効率の上昇を説明できない。他のRNA高次構造形成又は他の因子がリボソーム開始複合体の促進に関与している可能性があり、これは将来解明しなければならない。
【0071】
6.実験例5:NTPαSを用いた転写と翻訳の共役反応
ここまでの実験では、転写したPS-mRNAを単離・精製してから翻訳反応に用いたが、実用性を考慮し、転写・翻訳共役系においても系へのNTPαS添加が翻訳効率を向上させうるかどうか検討することとした。ただし、ATP及びGTPはアミノアシル化反応や、開始因子2及び伸長因子Gのような翻訳系で機能するGTPアーゼにとっての基質である。そのため、ATPαS,GTPαSによる置換は翻訳反応に影響を及ぼすことが予想された。最初に、
図2aに示した鋳型DNAを用い、1塩基のNTPをNTPαSで置換した転写・翻訳共役反応をPUREシステムにより行った。得られた翻訳産物はウエスタン法により分析した(
図10(a))。
【0072】
図10は、NTPαSsを使用したPUREシステムでの転写/翻訳の結合反応を示す図である。図の(a)は、1つのNTPαSsが置換されたFLAG-EGF mRNAをコードするテンプレートDNAを使用した翻訳産物のウエスタンブロット分析を示している。置換されたNTPαSsが図に示される。図の(b)の左側は、PUREシステムでNTPαSsを使用して翻訳を強化する戦略の図を示している。ATPαSsを除き、1つ以上のNTPが対応するNTPαSsに置き換えられた。(b)の右側は、FLAG-EGF mRNAをコードするテンプレートDNAを使用した、ATPαSsを除く1つ以上のNTPαSs置換による2時間のインキュベーション後の反応のウエスタンブロット分析を示している。
【0073】
その結果、ATPαS,UTPαS及びGTPαSで置換した場合、未置換反応よりも高レベルの翻訳産物を与えたが、ATPαSで置換すると翻訳産物が生じなかった。ATPは、PUREシステムにおいてアミノアシルtRNA合成酵素によってAMPへと加水分解される。したがって、ATPαSでの置換はこれらの酵素反応を抑制し、その結果全翻訳反応を抑制した可能性が考えられた。対照的に、GTPは翻訳反応においていくつかのGTPアーゼ酵素によってGDPに加水分解されるが、GTPαSとの置換は翻訳効率に影響を及ぼさず、GTPαSはGTPと同等の役割を果たしたと考えられた。したがって、翻訳効率に対するATP及びGTP置換の異なる効果は、加水分解生成物(AMP及びGDP)の間の差によって引き起こされたかもしれない。
【0074】
我々はまた、CTPαS、UTPαS及びGTPαSを使用して、2つ以上のNTPαSによる置換の効果を分析した(
図10b)。未修飾NTPを用いた結果と比較した場合、全ての置換の組み合わせでより多量の翻訳産物を与えた。特に、UTPαS又はCTPαSによる置換が最も効果的であり、これらにおいては約3倍量の翻訳産物を与えた。NTPαSを用いる手法は、無細胞タンパク質翻訳系においてNTPと置換するだけで翻訳量を上げることができるため、有用な技術となる。
【0075】
以上、本実施例で、PSのmRNAへの導入が大腸菌無細胞翻訳系のタンパク質合成量を最大22倍まで向上させることを示した。PSの導入は翻訳反応の開始段階にあたるリボソームの結合速度を速くさせることが示唆された。さらに、5’末端から開始コドン付近にPSを導入したmRNAが最適な分子デザインであり、開始段階を早めるのに重要であることが明らかとなった。また、NTPαSを用いた転写・翻訳の同時反応を行った結果、未修飾NTPを用いた場合に比較し、より高い翻訳量を与えることが明らかとなった。本手法は、大腸菌無細胞翻訳系における有用な技術となりえる。
【0076】
本発明のmRNAは、原核生物の翻訳系だけでなく、真核生物の翻訳系にも適用でき、目的のタンパク質の翻訳効率を高くすることができる。また、本発明のmRNAは、目的とするタンパク質を効率的に翻訳することができるため、タンパク質の工業的な生産のみならず、mRNA医薬などにも有用である。