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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-06
(45)【発行日】2024-08-15
(54)【発明の名称】毛球部毛根鞘細胞を同定する方法
(51)【国際特許分類】
   C12Q 1/04 20060101AFI20240807BHJP
   G01N 33/68 20060101ALI20240807BHJP
   G01N 33/543 20060101ALI20240807BHJP
   G01N 33/48 20060101ALI20240807BHJP
【FI】
C12Q1/04
G01N33/68
G01N33/543 597
G01N33/48 M
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2021534053
(86)(22)【出願日】2020-07-21
(86)【国際出願番号】 JP2020028331
(87)【国際公開番号】W WO2021015209
(87)【国際公開日】2021-01-28
【審査請求日】2023-05-19
(31)【優先権主張番号】P 2019134854
(32)【優先日】2019-07-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001959
【氏名又は名称】株式会社 資生堂
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 達則
(74)【代理人】
【識別番号】100166165
【弁理士】
【氏名又は名称】津田 英直
(72)【発明者】
【氏名】小出 さやか
(72)【発明者】
【氏名】石松 弓子
(72)【発明者】
【氏名】相馬 勤
【審査官】中島 芳人
(56)【参考文献】
【文献】特表2005-528916(JP,A)
【文献】特開2017-158586(JP,A)
【文献】国際公開第2019/176881(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/04
G01N 33/48
G01N 33/543
G01N 33/68
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS/WPIDS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
毛球部毛根鞘細胞を含む細胞組成物において、毛球部毛根鞘細胞を同定する方法であって、CD13、CD90、CD10、CD29、CD105、CD49b及びNG2からなる群から選ばれる少なくとも1の細胞表面マーカーを検出することを含む、前記方法。
【請求項2】
前記細胞表面マーカーが、CD13、CD90、CD10、CD29、CD105、及びNG2からなる群から選ばれ、前記細胞組成物の中に含まれるケラチノサイトから、毛球部毛根鞘細胞を識別する、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
前記細胞表面マーカーが、CD13、CD90、CD29、及びCD49bからなる群から選ばれ、前記細胞組成物の中に含まれるメラノサイトから、毛球部毛根鞘細胞を識別する、請求項1に記載の方法。
【請求項4】
前記細胞表面マーカーが、CD13、CD90、及びCD29からなる群から選ばれ、前記細胞組成物の中に含まれるメラノサイト及びケラチノサイトから、毛球部毛根鞘細胞を識別する、請求項1に記載の方法。
【請求項5】
前記細胞表面マーカーが、CD13及びCD90からなる群から選ばれる、請求項1~4のいずれか一項に記載の方法。
【請求項6】
前記細胞表面マーカーが、フローサイトメトリーにより検出される、請求項1~5のいずれか一項に記載の方法。
【請求項7】
前記細胞組成物が、毛髪再生用の細胞組成物である、請求項1~6のいずれか一項に記載の方法。
【請求項8】
前記細胞組成物が、培養された毛球部毛根鞘細胞を含む、請求項1~7のいずれか一項に記載の方法。
【請求項9】
細胞組成物が、凍結保存前又は凍結保存後の細胞組成物である、請求項1~8のいずれか一項に記載の方法。
【請求項10】
細胞組成物が、凍結保存後の細胞組成物である、請求項9に記載の方法。
【請求項11】
請求項1~10のいずれか一項に記載の方法により、毛球部毛根鞘細胞を含む細胞組成物において毛球部毛根鞘細胞を同定し、それにより細胞組成物の品質を決定する方法。
【請求項12】
品質管理された細胞組成物の製造方法であって、以下の:
請求項11に記載の細胞組成物の品質を決定する方法により、毛球部毛根鞘細胞を含む細胞組成物の品質を決定し、そして
所定の品質以下の細胞組成物を除くこと
を含む、前記製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、毛髪再生の細胞治療の技術分野に関する。より具体的に、本発明は、毛髪再生の細胞治療において用いる毛球部毛根鞘細胞を同定する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
脱毛症や薄毛の治療として、薬剤の投与が主に行われていたが、継続的な投与を必要とする一方で、対象によっては十分な効果が得られないこともあった。一方、対象の頭皮組織から採取した毛髪になりうる細胞を増殖させて、自家移植により対象の頭皮に戻すことで、より安全性高く、効果的に毛髪を再生することが期待されている。毛髪再生に使用される細胞は、毛乳頭細胞、毛球部毛根鞘細胞などが用いられている。
【0003】
自家移植技術による毛髪再生治療の実用化が近づいている。それに伴い、より安全性及び有効性を高め、安定した毛髪再生を実現するため、細胞培養物の品質管理が重要になる。毛球部毛根鞘細胞を移植に用いる場合、その採取部位の近傍に存在するメラノサイト及びケラチノサイトが混入する可能性がある。したがって、毛球部毛根鞘細胞を培養して増殖させて得た細胞組成物に対して、対象への移植前にメラノサイト及びケラチノサイトの混入について検査が行われている。これまでは、ケラチノサイトの混入を検出するため、フローサイトメーターによる分析でケラチノサイトの存在を否定しつつ、チロシナーゼと基質との反応性によりメラノサイトの存在を否定する試験方法が行われている。
【0004】
細胞種の識別には、細胞表面マーカーが一般に使用されている。主な細胞表面マーカーは、国際分類としてCD分類で決定されている。細胞表面マーカーは、細胞種の識別に有用である。しかしながら、ある細胞種において発現していたとしても、混入する細胞種においても発現があれば、識別に用いることはできない。また細胞の状態に応じて細胞表面マーカーは変化することもあるから、移植前の毛球部毛根鞘細胞を他の細胞種から識別するマーカーはこれまで特定されていなかった。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】Lee et al., J. DERMATOL 2006;155:858-860
【文献】Poblet et al., J. DERMATOL 2008;159:646-652
【文献】Sorrel et al., Exp Dermatol 2003;12: 315
【文献】Park et al., J Cutan Pathol. 2017; 44: 909-914.
【文献】Ernst et al., PLoS One. 2013; 8 (12)
【文献】Huang et al., Sci Rep. 2016; 6
【文献】Dominici et al., Cytotherapy 2006; 8: 315-317
【文献】Wang et al., J Invest Dermatol. 2014;134:736-745
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
従来行われていたメラノサイト及びケラチノサイトの否定試験では、陽性対照の調製や、試験の実施に多大な労力と時間を要する。また、この否定試験はあくまでケラチノサイトおよびメラノサイトの混入を否定する方法であり、毛球部毛根鞘細胞(Dermal Sheath Cup Cells (DSCC))を直接同定するものではないという問題があった。そこで、より簡便に毛球部毛根鞘細胞を含む細胞組成物の品質管理を可能にする方法が求められている。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明者らは、毛球部毛根鞘細胞を含む細胞組成物において、毛球部毛根鞘細胞を同定する手法について鋭意研究を行った結果、メラノサイト及び/又はケラチノサイトと、毛球部毛根鞘細胞とを識別できる細胞表面マーカーを見出し、本発明に至った。そこで、本発明は、以下のものに関する:
[1] 毛球部毛根鞘細胞を含む細胞組成物において、毛球部毛根鞘細胞を同定する方法であって、CD13、CD90、CD10、CD29、CD105、CD49b及びNG2からなる群から選ばれる少なくとも1の細胞表面マーカーを検出することを含む、前記方法。
[2] 前記細胞表面マーカーが、CD13、CD90、CD10、CD29、CD105、及びNG2からなる群から選ばれ、前記細胞組成物の中に含まれるケラチノサイトから、毛球部毛根鞘細胞を識別する、項目1に記載の方法。
[3] 前記細胞表面マーカーが、CD13、CD90、CD29、及びCD49bからなる群から選ばれ、前記細胞組成物の中に含まれるメラノサイトから、毛球部毛根鞘細胞を識別する、項目1に記載の方法。
[4] 前記細胞表面マーカーが、CD13、CD90、及びCD29からなる群から選ばれ、前記細胞組成物の中に含まれるメラノサイト及びケラチノサイトから、毛球部毛根鞘細胞を識別する、項目1に記載の方法。
[5] 前記細胞表面マーカーが、CD13及びCD90からなる群から選ばれる、項目1~4のいずれか一項に記載の方法。
[6] 前記細胞表面マーカーが、フローサイトメトリーにより検出される、項目1~5のいずれか一項に記載の方法。
[7] 前記細胞組成物が、毛髪再生用の細胞組成物である、項目1~6のいずれか一項に記載の方法。
[8] 前記細胞組成物が、培養された毛球部毛根鞘細胞を含む、項目1~7のいずれか一項に記載の方法。
[9] 細胞組成物が、凍結保存前又は凍結保存後の細胞組成物である、項目1~8のいずれか一項に記載の方法。
[10] 細胞組成物が、凍結保存後の細胞組成物である、項目9に記載の方法。
[11] 項目1~10のいずれか一項に記載の方法により、毛球部毛根鞘細胞を含む細胞組成物において毛球部毛根鞘細胞を同定し、それにより細胞組成物の品質を決定する方法。
[12] 品質管理された細胞組成物の製造方法であって、以下の:
項目11に記載の細胞組成物の品質を決定する方法により、毛球部毛根鞘細胞を含む細胞組成物の品質を決定し、そして
所定の品質以下の細胞組成物を除くこと
を含む、前記製造方法。
【発明の効果】
【0008】
本発明により、より短い時間及び少ない労力で、毛球部毛根鞘細胞を含む細胞組成物の品質管理が可能になる。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1図1は、細胞表面マーカーを用いて、毛球部毛根鞘細胞(DSCC)とケラチノサイト(KC)との識別可能性について検討したフローサイトメトリーの結果を示す。Mixは、DSCCとKCとを1:1で混合したサンプルにおける結果を示す。実線は各抗体を使用した場合の分布、点線は各々に対応するアイソタイプコントロール抗体を使用した場合の分布を示す。
図2図2は、細胞表面マーカーを用いて、毛球部毛根鞘細胞(DSCC)とメラノサイト(MC)との識別可能性について検討したフローサイトメトリーの結果を示す。Mixは、DSCCとMCとを1:1で混合したサンプルにおける結果を示す。実線は各抗体を使用した場合の分布、点線は各々に対応するアイソタイプコントロール抗体を使用した場合の分布を示す。
図3図3は、細胞表面マーカー(CD13、CD29及びCD90)がそれぞれ、毛球部毛根鞘細胞(DSCC)と、ケラチノサイト(KC)及びメラノサイト(MC)とを識別できたことを示す、フローサイトメトリーの結果を示す(A)。図3Bは、図3AのDSCC、KC及びMCで得られたグラフを重ね合わせたグラフを示す。実線は各抗体を使用した場合の分布、点線は各々に対応するアイソタイプコントロール抗体を使用した場合の分布を示す。
図4図4は、CD90とCD13とで二重染色を行った毛球部毛根鞘細胞(DSCC)について、フローサイトメトリーの結果を示す(A及びB)。実線は各抗体を使用した場合の分布、点線は各々に対応するアイソタイプコントロール抗体を使用した場合の分布を示す。図4Cは、CD13とCD90が二重陽性である細胞の集合を示す。
図5図5は、図4と同様の方法であるが異なるロットのDSCCを用いて得られた結果を示す(A-C)。実線は各抗体を使用した場合の分布、点線は各々に対応するアイソタイプコントロール抗体を使用した場合の分布を示す。
図6図6は、DSCCに対し、ケラチノサイトを20%(A)、10%(B)、5%(C)、0%(D)混入して、CD90を用いたフローサイトメトリーを行った結果である。実線は各抗体を使用した場合の分布、点線は各々に対応するアイソタイプコントロール抗体を使用した場合の分布を示す。図6Eは、CD90陽性の細胞率を示す。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、毛球部毛根鞘細胞を含む細胞組成物において、毛球部毛根鞘細胞を同定する方法に関する。より具体的に、毛球部毛根鞘細胞を含む細胞組成物において、CD13、CD90、CD10、CD29、CD105、CD49b及びNG2からなる群から選ばれる少なくとも1の細胞表面マーカーを検出することを含む。これらの細胞表面マーカーは、毛球部毛根鞘細胞で発現されている。これらの細胞表面マーカーを単独で用いてもよいし、組み合わせて用いてもよい。
【0011】
上述の細胞表面マーカーのうち、ケラチノサイトはCD49bを有しており、CD49bはケラチノサイトからのDSCCの分離には適さなかった。したがって、毛球部毛根鞘細胞を含む細胞組成物において毛球部毛根鞘細胞とケラチノサイトとを識別する観点では、CD13、CD90、CD10、CD29、CD105、及びNG2からなる群から選ばれる少なくとも1の細胞表面マーカーが用いられる。一方、CD29及びNG2は、DSCCでの発現が少し低い(約90%)一方で、ケラチノサイトでの発現がみられた(15.7%、5.34%)。CD105は、ケラチノサイトでの発現は低いものの(0.56%)、DSCCでの発現が低かった(84.4%)。したがって、より好ましい態様では、CD13、CD90、及びCD10からなる群から選ばれる少なくとも1の細胞表面マーカーが用いられる。これらの細胞表面マーカーを単独で用いてもよいし、組み合わせて用いてもよい。
【0012】
上述の細胞表面マーカーのうち、メラノサイトはCD10、CD105、NG2を有しており、これらのマーカーはメラノサイトからのDSCCの分離には適さなかった。したがって、毛球部毛根鞘細胞を含む細胞組成物において毛球部毛根鞘細胞とメラノサイトとを識別する観点では、CD13、CD90、CD29、及びCD49bからなる群から選ばれる少なくとも1の細胞表面マーカーが用いられる。一方、CD29及びCD49bは、DSCCでの発現が比較的低く(92.4%、96.7%)、かつメラノサイトでもある程度発現がみられた(17.9%、1.81%)。したがって、より好ましくい態様では、CD13及びCD90からなる群から選ばれる少なくとも1の細胞表面マーカーが用いられる。これらの細胞表面マーカーを単独で用いてもよいし、組み合わせて用いてもよい。
【0013】
毛球部毛根鞘細胞を含む細胞組成物において、毛球部毛根鞘細胞をメラノサイト及びケラチノサイトの両方から識別する観点では、CD13、CD90、及びCD29からなる群から選ばれる細胞表面マーカーが用いられる。より好ましくは、CD13及びCD90からなる群から選ばれる少なくとも1の細胞表面マーカーが用いられる。
【0014】
本発明において、細胞表面マーカーとは、細胞表面に存在する抗原をいう。特に国際分類であるCD分類により分類され決定されたCD番号により表されうる。CD分類は、本来はモノクローナル抗体の分類であるが、モノクローナル抗体が認識する表面抗原の名称にも用いられている。所望の細胞表面マーカーに対して特異的に結合する抗体は、各販売元から入手可能である。
【0015】
したがって、本発明の別の態様では、本発明は、CD13、CD90、CD10、CD29、CD105、CD49b及びNG2からなる群から選ばれる少なくとも1のモノクローナル抗体を用いて、毛球部毛根鞘細胞を同定する方法に関してもよい。これらのモノクローナル抗体を用いて任意の免疫学的手法により、検出することができる。
【0016】
本発明で言及される細胞表面マーカーは、任意の組み合わせで使用することができ、例えば2種類、3種類、4種類、又はそれ以上の細胞表面マーカーを組み合わせて使用してもよい。一例として、識別力の高い細胞表面マーカーを組み合わせる観点から、CD13とCD90、CD13とCD29、CD29とCD90の組み合わせが使用されうる。一方のモノクローナル抗体でケラチノサイトを精度よく識別し、他のモノクローナル抗体でメラノサイトを精度よく識別する観点から、CD10とCD13、CD10とCD90、CD10とCD29、CD10とCD49b、CD13とCD29、CD13とCD49b、CD90とCD29、CD90とCD49b、CD29とCD49b、CD105とCD13、CD105とCD90、CD105とCD29、CD105とCD49b、NG2とCD10、NG2とCD13、NG2とCD90、NG2とCD29、NG2とCD49bの組み合わせを使用しうる。3種の組み合わせとしては、CD13とCD90とCD29とを使用することができる。
【0017】
細胞表面マーカーは、本技術分野に既知の任意の手法を用いて検出されうる。一例として、各細胞表面マーカーに対して結合する標識抗体を用いたフローサイトメトリー法により検出することができる。組み合わせを検出する場合には、異なる吸収波長及び励起波長を有する蛍光標識を用いて標識されたモノクローナル抗体を用いることで検出が可能となる。そのような蛍光標識の組み合わせは、当業者に周知であり、適宜選択することができる。一例として、FITCとPEの組み合わせを使用することができる。フローサイトメトリー法を行う場合、検出した蛍光標識に基づいて、細胞を分取することで、毛球部毛根鞘細胞のみを実質的に含む細胞組成物を得ることができる。
【0018】
本発明において、細胞組成物とは、細胞を含む任意の組成物のことを指す。本発明の細胞組成物は、特に毛髪再生用の細胞組成物又は頭皮注入用の細胞組成物である。本発明の細胞組成物には、主に毛球部毛根鞘細胞が含まれ、さらに、ケラチノサイト、メラノサイトが微量に含まれ、その他の細胞が含まれてもよい。本発明の毛髪再生用の細胞組成物は、ヒトの毛球部を含むサンプルを切開することで、毛乳頭細胞と区別して、毛球部毛根鞘細胞を取得し、場合により培養することにより得られる。したがって、毛髪再生用の細胞組成物は、毛乳頭細胞を実質的に含まない。その一方で、毛球部を含むサンプル毛球部毛根鞘細胞の近傍にケラチノサイト及びメラノサイトが存在することから、毛球部毛根鞘細胞を含む細胞組成物には、ケラチノサイト及びメラノサイトが含まれうる。限定を意図するものではないが、本発明の同定方法に供される細胞組成物は、毛球部毛根鞘細胞を増殖(又は濃縮)させた細胞組成物であり、通常細胞集団の30%以上、好ましくは50%以上、さらにより好ましくは70%以上の毛球部毛根鞘細胞を含んでいる。このような毛球部毛根鞘細胞を含む細胞組成物に対し、本発明の同定方法又は品質決定方法を用いることができる。これにより、細胞組成物に含まれる毛球部毛根鞘細胞が、細胞集団の所望の割合以上、一例として90%以上で存在することを決定することができ、細胞組成物の品質を担保することができる。本発明の細胞組成物は、細胞を培養して得られた細胞組成物であってよく、細胞組成物には、細胞以外の成分、例えば培地等が含まれていてよく、場合により凍結保護剤や細胞活性化剤などが含まれていてもよい。
【0019】
さらに別の態様では、本発明は、毛球部毛根鞘細胞を含む細胞組成物における品質を決定することにより、品質管理された毛球部毛根小細胞を含む細胞組成物を製造する方法に関してもよい。かかる製造方法は、具体的に毛球部毛根鞘細胞を含む細胞組成物において、CD13、CD90、CD10、CD29、CD105、CD49b及びNG2からなる群から選ばれる少なくとも1の細胞表面マーカーを検出し、細胞組成物の品質を決定し、所定の品質以下である細胞組成物を除くことで、品質が管理された毛球部毛根小細胞を含む細胞組成物を取得することができる。品質は、一例として毛球部毛根小細胞の存在割合を所定の閾値と比較することで決定することができる。所定の閾値としては、例えば90%、好ましくは95%、さらに好ましくは97%、さらにより好ましくは99%が用いられる。
【0020】
本発明において、毛球部毛根鞘細胞を含む細胞組成物において毛球部毛根鞘細胞が同定されうる。毛球部毛根鞘細胞の同定は、細胞組成物に含まれる他の細胞種のなかから毛球部毛根鞘細胞を識別することをいう。したがって、毛球部毛根鞘細胞を含む細胞組成物に含まれうる望ましくない細胞、例えばケラチノサイト及び/又はメラノサイトと識別ができればよい。
【0021】
毛髪再生の細胞治療では、組織を取得し、培養された細胞を移植する臨床現場とは異なる場所において、細胞を加工培養することがある。一例として、細胞の加工培養は、別途設置された細胞加工培養施設において行われる。細胞加工培養施設において作製された毛球部毛根鞘細胞を含む組成物は、品質検査を行った上で、臨床現場に送られる。本発明の毛球部毛根鞘細胞を含む細胞組成物における毛球部毛根鞘細胞の同定方法は、通常、細胞加工培養後、出荷前において行われるが、細胞加工、すなわち組織からの細胞の分離後、凍結保存前、凍結保存後に行われてもよい。一般に、凍結保存後の細胞組成物における細胞において、代謝が変化していることから、細胞表面マーカーも変化しうる。一方で、本発明で特定された細胞表面マーカー、特にCD90及びCD13は、凍結保存直後であっても、DSCCの識別力に差がないことが示されており(データ未掲載)、凍結保存前及び凍結保存後のいずれの細胞組成物に対して使用することができる。
【0022】
本発明において用いられる細胞表面マーカーの選択に当たり、8種の表面抗原(CD10、CD13、CD29、CD49b、CD90、CD105、CD274、及びNG2)を検討の対象とした。検討した8種のマーカーについては毛球部毛根鞘細胞での発現はこれまで報告されていない。これらのマーカーの知見について、下記に述べる。
【0023】
CD10は神経系、造血系細胞など種々の組織において発現する。毛包では真皮毛根鞘(Dermal Sheath)でのCD10の発現が報告されている(非特許文献1:Lee et al., J. DERMATOL 2006;155:858-860及び非特許文献2:Poblet et al., J. DERMATOL 2008;159:646-652)。また、ヒト急性リンパ芽球性白血病の共通抗原であり、ヒト膜結合中性エンドペプチダーゼ(NEP)として知られている。
【0024】
CD13は顆粒球、骨髄前駆細胞、内皮細胞、上皮細胞などに存在するアミノペプチダーゼ-Nであり、腎近位尿細管、腸、胎盤など他の組織にも広範に発現する。CD13は毛包では真皮毛根鞘に局在することが報告されている(非特許文献3:Sorrel et al., Exp Dermatol 2003;12: 315及び非特許文献4:Park et al., J Cutan Pathol. 2017; 44: 909-914.)。
【0025】
CD29はインテグリンβ1鎖として知られている。CD29は、間葉系幹細胞のマーカーとして用いられているが、真皮毛根鞘にも発現している(非特許文献5:Ernst et al., PLoS One. 2013; 8 (12))。
【0026】
CD49bはインテグリンα2鎖であり、インテグリンβ1と伴にVLA-2レセプターを形成する。VLA-2はコラーゲン、フィブリノゲン、ラミニンなどと結合するため、様々な細胞を細胞外マトリックスに繋ぎとめる役割を果たす。CD49bは文献上、リンパ球、活性化T細胞単球、上皮細胞、血小板での発現が良く知られる。
【0027】
CD90はイムノグロブリンスーパーファミリーに属するGPIアンカー型タンパク質であり、間葉系の細胞に広く発現する。
【0028】
CD105はエンドグリンとも呼ばれTGF-β1とTGF-β3のレセプターとして働くこと、脂肪由来幹細胞での発現が良く知られる(非特許文献6: Huang et al., Sci Rep. 2016; 6)。国際細胞治療学会は、ヒト間葉系幹細胞の定義にCD90陽性とCD105陽性を採用している(非特許文献7: Dominici et al., Cytotherapy 2006; 8: 315-317)。
【0029】
CD274はプログラム細胞死リガンド1として知られ、PD-1のリガンドの1つである。PD-1とPD-L1の相互作用は、T細胞の活性化と寛容に重要な役割を果たし、免疫チェックポイントと呼ばれる。2014年に承認されたニボルマブ(商品名:オプジーボ)はヒト型抗ヒトPD-1モノクローナル抗体であり免疫チェックポイント阻害薬の一つである。PD-1とPD-L1、PD-L2との結合を阻害することでT細胞を活性化し、抗腫瘍効果を示す。また、既報において毛球部毛根鞘細胞(Dermal Sheath Cup Cell:DSCC)での発現が示唆されている(非特許文献9:Wang et al., J Invest Dermatol. 2014;134:736-745)。
【0030】
NG2は別名コンドロイチン硫酸プロテオグリカン4(Chondroitin sulfate proteoglycan 4)とも呼ばれるニューログリカンの一種である。内皮の基底膜でメラノーマ細胞が分化・移行する際に細胞基質の相互作用を制御する働きを示す。また、軸索再生における神経突起の伸長と成長円錐の虚脱を阻害する分子であることが示唆されている。
【実施例
【0031】
実施例1:毛球部毛根鞘細胞の識別
フローサイトメーター(Guava 8HT-2L(MERCK MILLIPORE))を用いて、毛球部毛根鞘細胞を含む細胞組成物の識別を行った。以下の表1の抗体を、フローサイトメトリーに使用した。
【表1】


【0032】
毛球部毛根鞘細胞とケラチノサイトとの分離
毛球部毛根鞘細胞(DSCC)、ケラチノサイト、DSCCとケラチノサイトの等量混合物の3種類を使用して、細胞を各抗体(CD10、CD13、CD29、CD49b、CD90、CD105、CD274、NG2、及び該当するアイソタイプコントロール(IgG1K抗体又はIgG2a))それぞれの希釈液に懸濁し、4℃で30分間反応させた。PBSで洗浄した後にPBSに再懸濁し、フローサイトメーターで検出を行った。結果を図1に示す。CD10、CD13、及びCD90を用いた場合に、ケラチノサイトとDSCCは顕著に分離され、識別が可能であった。CD29、CD105及びNG2を用いた場合に、ケラチノサイトとDSCCはある程度の重なりが存在したものの、中程度に分離され、概ね識別が可能であった。CD49b及びCD274を用いた場合、ケラチノサイトとDSCCは分離されなかった。
【0033】
毛球部毛根鞘細胞とメラノサイトとの分離
毛球部毛根鞘細胞(DSCC)、メラノサイト、DSCCとメラノサイトの等量混合物3種類を使用して、細胞を各抗体(CD10、CD13、CD29、CD49b、CD90、CD105、CD274、NG2及び該当するアイソタイプコントロール)それぞれの希釈液に懸濁し、4℃で30分間反応させた。PBSで洗浄した後にPBSに再懸濁し、フローサイトメーターで検出を行った。結果を図2に示す。CD13及びCD90を用いた場合に、メラノサイトとDSCCは顕著に分離され、識別が可能であった。CD29、及びCD49bを用いた場合に、メラノサイトとDSCCはある程度の重なりが存在したものの、中程度に分離され、概ね識別が可能であった。CD10、CD105、CD274及びNG2を用いた場合、メラノサイトとDSCCは分離されなかった。
【0034】
実施例2:再現性の確認
DSCC、ケラチノサイト、メラノサイトの3種類を使用し、細胞をCD13、CD29、CD90及び該当するアイソタイプコントロールの各抗体の希釈液に懸濁し、4℃で30分間反応させた。PBSで洗浄した後にPBSに再懸濁し、フローサイトメーターで検出を行った。結果を図3Aに示し、ヒストグラムを重ね合わせた図を図3Bに示す。CD13、CD29及びCD90の全ての抗体で、DSCCとケラチノサイト、及びメラノサイトを分離して検出することができた。
【0035】
実施例3:二重染色の検討
2つのロットのDSCCを使用し、細胞をCD13抗体(PE標識)、CD90抗体(FITC標識)、及びCD13抗体(PE標識)+CD90抗体(FITC標識)の希釈液に懸濁し、4℃で30分間反応させて単染色及び二重染色を行った。PBSで洗浄した後にPBSに再懸濁し、フローサイトメーターで検出を行った。フローサイトメーター実施後に単染色のデータを用いてPE検出系へのFITCの漏れ込みの補正を行った。結果を図4及び5に示す。CD13の単染色(A)、D90の単染色(B)、及びCD13及びCD90の二重染色(C)により、DSCCと判断された細胞の割合を示した。また、同じロットのDSCCについて、従来行われているケラチノサイト否定試験を行った。ケラチノサイト否定試験では、ケラチノサイトの割合が0.16%、0.05%と判定された。したがって、ケラチノサイト以外をDSCCと仮定すると、DSCCの割合は99.84%、99.95%となり、単染色及び二重染色の結果は、概ね従来試験と同等のDSCC割合を示した。
【0036】
実施例4:DSCC検出力の検証
3つのロットのDSCCを使用し、ケラチノサイトを5%、10%、及び20%を混入させた細胞組成物について、CD90抗体(FITC標識)の希釈液にそれぞれ懸濁し、4℃で30分間反応させて単染色を行った。PBSで洗浄した後にPBSに再懸濁し、フローサイトメーターで検出を行った結果を図6に示す。ケラチノサイト混入率20%(A)、10%(B)、5%(C)、及び0%(D)におけるフローサイトメーターの結果であり、CD90陽性の細胞率を図6Eとして示した。
図1
図2
図3
図4
図5
図6