(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-06
(45)【発行日】2024-08-15
(54)【発明の名称】樹脂組成物、樹脂成形体及び樹脂成形体の製造方法
(51)【国際特許分類】
C08L 59/00 20060101AFI20240807BHJP
C08L 23/06 20060101ALI20240807BHJP
C08K 3/04 20060101ALI20240807BHJP
C08L 25/06 20060101ALI20240807BHJP
H01B 1/24 20060101ALI20240807BHJP
C08K 5/50 20060101ALI20240807BHJP
C08K 5/5377 20060101ALI20240807BHJP
【FI】
C08L59/00
C08L23/06
C08K3/04
C08L25/06
H01B1/24 Z
C08K5/50
C08K5/5377
(21)【出願番号】P 2022034504
(22)【出願日】2022-03-07
【審査請求日】2023-03-01
(73)【特許権者】
【識別番号】000001007
【氏名又は名称】キヤノン株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100094112
【氏名又は名称】岡部 讓
(74)【代理人】
【識別番号】100101498
【氏名又は名称】越智 隆夫
(74)【代理人】
【識別番号】100106183
【氏名又は名称】吉澤 弘司
(74)【代理人】
【識別番号】100136799
【氏名又は名称】本田 亜希
(72)【発明者】
【氏名】小嶋 貴博
(72)【発明者】
【氏名】屋根 晃
(72)【発明者】
【氏名】大塚 碧
(72)【発明者】
【氏名】榊原 孝夫
【審査官】佐藤 貴浩
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-134346(JP,A)
【文献】特開2009-269996(JP,A)
【文献】特開昭63-286470(JP,A)
【文献】特開2021-123681(JP,A)
【文献】特開2020-187263(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C08L 1/00-101/14
C08K 3/00- 13/08
H01B 1/24
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ポリアセタール樹脂と、
ポリエチレンと、
カーボンブラックと、
式1で表されるオキサゾリン基含有高分子の反応物と、
式3で表されるトリフェニルホスフィン類及び/又は式4で表されるトリフェニルホスフィンオキシド類と、
を含み、
前記ポリアセタール樹脂の含有量が50質量%以上であり、
前記トリフェニルホスフィン類の含有量と前記トリフェニルホスフィンオキシド類の含有量の和が0.2質量%以上0.5質量%未満であ
り、前記トリフェニルホスフィン類の含有量が0.3質量%未満であることを特徴とする樹脂組成物。
【化1】
(式1において、PMはスチレンユニット、アクリルユニット、アクリロニトリルユニットの少なくともいずれかを含む高分子を示し、
Lはアルキレン基、-CO-、-O―、-NH-、および-S-からなる群より選ばれる1以上の基を含む炭素数10以下の2価の連結基を示し、
【化2】
は前記カーボンブラックへの結合を示し、
R
1はそれぞれ独立に、単結合もしくは炭素数5以下の置換基を有してよい2価の炭化水素基を示し、
a1は0または1以上の整数、b1は1以上の整数である。)
【化3】
(式3において、R
32~R
36はそれぞれ独立に、水素原子、又は炭素数2以下のアルキル基を示す。)
【化4】
(式4において、R
42~R
46はそれぞれ独立に、水素原子、又は炭素数2以下のアルキル基を示す。)
【請求項2】
前記式1におけるa1およびb1が以下を満たすことを特徴とする請求項1に記載の樹脂組成物。
100≦a1+b1≦200,000
0.1≦b1/a1
【請求項3】
前記式1において、PMで示される高分子がスチレンユニットを含む高分子であることを特徴とする請求項1または2に記載の樹脂組成物。
【請求項4】
前記ポリエチレンの含有量が5質量%以上15質量%以下であることを特徴とする請求項1から
3のいずれか一項に記載の樹脂組成物。
【請求項5】
前記カーボンブラックの含有量が7質量%以上13質量%以下であることを特徴とする請求項1から
4のいずれか一項に記載の樹脂組成物。
【請求項6】
前記トリフェニルホスフィンオキシド類の含有量が0.4質量%未満であることを特徴とする請求項1から
5のいずれか一項に記載の樹脂組成物。
【請求項7】
前記カーボンブラックは、フタル酸ジブチル吸油量が250ml/100g以上であることを特徴とする請求項1から
6のいずれか一項に記載の樹脂組成物。
【請求項8】
更に、脂肪酸エステルを含有することを特徴とする請求項1から
7のいずれか一項に記載の樹脂組成物。
【請求項9】
前記脂肪酸エステルが、ミリスチン酸セチル及びステアリン酸ステアリルのうちの少なくとも一種であることを特徴とする請求項
8に記載の樹脂組成物。
【請求項10】
前記脂肪酸エステルの含有量が、10質量%以下であることを特徴とする請求項
8又は9に記載の樹脂組成物。
【請求項11】
更に、黒鉛を含有することを特徴とする請求項1から
10のいずれか一項に記載の樹脂組成物。
【請求項12】
前記黒鉛の含有量が、2質量%以上8質量%以下であることを特徴とする請求項
11に記載の樹脂組成物。
【請求項13】
ポリアセタール樹脂と、
ポリエチレンと、
カーボンブラックと、
式1で表されるオキサゾリン基含有高分子の反応物と、
式3で表されるトリフェニルホスフィン類及び/又は式4で表されるトリフェニルホスフィンオキシド類と、
を含み、
前記ポリアセタール樹脂の含有量が50質量%以上であり、
前記トリフェニルホスフィン類の含有量と前記トリフェニルホスフィンオキシド類の含有量の和が0.2質量%以上0.5質量%未満であり、前記トリフェニルホスフィン類の含有量が0.3質量%未満であることを特徴とする樹脂成形体。
【化5】
(式1において、PMはスチレンユニット、アクリルユニット、アクリロニトリルユニットの少なくともいずれかを含む高分子を示し、
Lはアルキレン基、-CO-、-O―、-NH-、および-S-からなる群より選ばれる1以上の基を含む炭素数10以下の2価の連結基を示し、
【化6】
は前記カーボンブラックへの結合を示し、
R
1
はそれぞれ独立に、単結合もしくは炭素数5以下の置換基を有してよい2価の炭化水素基を示し、
a1は0または1以上の整数、b1は1以上の整数である。)
【化7】
(式3において、R
32
~R
36
はそれぞれ独立に、水素原子、又は炭素数2以下のアルキル基を示す。)
【化8】
(式4において、R
42
~R
46
はそれぞれ独立に、水素原子、又は炭素数2以下のアルキル基を示す。)
【請求項14】
請求項
13に記載の樹脂成形体からなることを特徴とする電気接点部材。
【請求項15】
請求項
13に記載の樹脂成形体からなることを特徴とする感光体ドラムフランジ。
【請求項16】
請求項
13に記載の樹脂成形体からなることを特徴とする軸受け部材。
【請求項17】
請求項
13に記載の樹脂成形体からなることを特徴とする複写機筐体。
【請求項18】
請求項
13に記載の樹脂成形体からなることを特徴とするトナーカートリッジの機構部品。
【請求項19】
ポリアセタール樹脂と、
ポリエチレンと、
カーボンブラックと、
式2で表されるオキサゾリン基含有高分子化合物と、
式3で表されるトリフェニルホスフィン類及び/又は式4で表されるトリフェニルホスフィンオキシド類と、
を含む原料を混錬
して、加熱して
、成形することを特徴とする樹脂成形体の製造方法、
ただし、該原料において
前記ポリアセタール樹脂の含有量が50質量%以上であり、
前記トリフェニルホスフィン類の含有量と前記トリフェニルホスフィンオキシド類の含有量の和が0.2質量%以上0.5質量%未満であ
り、前記トリフェニルホスフィン類の含有量が0.3質量%未満である。
【化9】
(式2において、PMはスチレンユニット、アクリルユニット、アクリロニトリルユニットの少なくともいずれかを含む高分子を示し、R
1は単結合もしくは炭素数5以下の置換基を有してよい2価の炭化水素基を示し、a2は1以上の整数である。)
【化10】
(式3において、R
32~R
36はそれぞれ独立に、水素原子、又は炭素数2以下のアルキル基を示す。)
【化11】
(式4において、R
42~R
46はそれぞれ独立に、水素原子、又は炭素数2以下のアルキル基を示す。)
【請求項20】
前記式2におけるa2が以下を満たすことを特徴とする請求項
19に記載の樹脂成形体の製造方法。
100≦a2≦200,000
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ポリアセタール樹脂を主成分として含有する導電性の樹脂組成物、該樹脂組成物からなる樹脂成形体、及び該樹脂成形体の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ポリアセタール樹脂(POM樹脂)はバランスの取れた機械的性質と優れた摺動性を持つ樹脂であり、特に摺動性が優れていることから、歯車をはじめとする各種の精密機構部品やOA機器等に広く使用されている。一方、近年では様々な用途において部材一体化が要求されており、摺動性に加え、導電性を有するPOM樹脂が求められる。そのため、導電性フィラーが添加されたPOM樹脂が、摺動の際に発生する静電気の除去機能や導電配線としての機能を持った部材へ適用されている。
【0003】
導電性フィラーを添加したPOM樹脂組成物は、フィラーの添加により溶融粘度が上昇するため可塑化の工程で発熱が起こりやすい。又フィラーの表面等にPOM樹脂の分解反応を促進する活性水素、特に酸性のプロトンを持った有機官能基があると、熱分解物であるホルムアルデヒドが発生しやすい。
【0004】
特許文献1には導電性カーボンブラックや黒鉛を添加した上で、オレフィン系樹脂、脂肪酸と脂肪族アルコールからなるエステル、及びエポキシ化合物を配合することにより、熱安定性と高い導電性を付与したPOM樹脂組成物が開示される。このようなPOM樹脂組成物においては、脂肪酸と脂肪族アルコールからなるエステルが滑剤として作用して混練や可塑化成形等の工程での発熱を抑え、エポキシ化合物が活性水素を有する有機官能基と反応して、分解反応を抑制するものと考えられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
エポキシ化合物は様々な有機官能基と反応するが、その反応条件は化合物によって様々である。大きくわけ、低温~室温で硬化するタイプと、温度を上げて硬化するタイプに分類される。低温~室温で硬化するタイプは、例えば、脂肪族ポリアミンやポリメルカプタン等が硬化剤として用いられる。温度を上げて硬化するタイプは、例えば、芳香族ポリアミンや酸無水物、フェノールノボラック樹脂、ジシアンジアミド等を硬化剤とする。温度を上げて硬化するタイプは耐熱性や機械強度の高さから熱可塑性樹脂への添加用途においても有効である。
【0007】
一方、酸無水物、フェノールノボラック樹脂、ジシアンジアミドを硬化剤とする場合、反応速度に劣ることから、硬化反応を促進する促進剤を併用することが望ましい。反応促進剤としては三級アミンやその塩、イミダゾール塩、スルホニウム塩、ホスフィンやホスホニウム塩が用いられる。これらの促進剤の多くは低融点化合物や有機塩である。これらの過剰の添加は材料からのブリードアウトや添加による機械物性(耐衝撃性、荷重たわみ温度等)の低下を伴い、用いる場合は添加量に注意する必要がある。
【0008】
特許文献1に開示されたPOM樹脂組成物においては、エポキシ樹脂硬化促進剤として0.5質量部乃至1.0質量部のトリフェニルホスフィンが添加されている。
【0009】
本発明の課題は、非エポキシ系の硬化促進剤を用いることで硬化促進剤の添加量を抑制し、熱分解が少なく機械物性の優れた、射出成形用途として実使用上問題ない導電性のPOM樹脂組成物、及び樹脂成形体及びその製造方法を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明は、ポリアセタール樹脂と、ポリエチレンと、下記式1で表されるオキサゾリン基含有高分子とカーボンブラックとの反応物と、下記式3で表されるトリフェニルホスフィン類及び/又は下記式4で表されるトリフェニルホスフィンオキシド類と、を含み、前記ポリアセタール樹脂の含有量が50質量%以上であり、前記トリフェニルホスフィン類の含有量と前記トリフェニルホスフィンオキシド類の含有量の和が0.2質量%以上0.5質量%未満であることを特徴とする樹脂組成物を提供する。
【0011】
更には、本発明は、ポリアセタール樹脂と、ポリエチレンと、カーボンブラックと、下記式2で表されるオキサゾリン基含有高分子化合物と、下記式3で表されるトリフェニルホスフィン類及び/又は下記式4で表されるトリフェニルホスフィンオキシド類と、を含む原料を混錬及び加熱して成形することを特徴とする樹脂成形体の製造方法を提供する。
ただし、該原料において、前記ポリアセタール樹脂の含有量が50質量%以上であり、前記トリフェニルホスフィン類の含有量と前記トリフェニルホスフィンオキシド類の含有量の和が0.2質量%以上0.5質量%未満である。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、高い導電性を有しており熱分解が少なく、更には耐衝撃性や荷重たわみ温度等の機械強度が高く、射出成形用途として実使用上問題ない樹脂組成物、及び樹脂成形体を得ることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
【
図1】本発明の樹脂組成物のモデルを示す概念図である。
【
図2】本発明の樹脂組成物の原料を二軸押出機で混合したものの電子顕微鏡写真である。
【
図3】実施例1~4及び比較例1~2で製造した樹脂組成物のシャルピー耐衝撃値と荷重たわみ温度をプロットしたグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0014】
以下、本発明を実施するための形態を詳細に説明する。
本発明は第一の実施形態として、ポリアセタール樹脂と、ポリエチレンと、カーボンブラックと、式1で表されるオキサゾリン基含有高分子との反応物と、式3で表されるトリフェニルホスフィン類及び/又は式4で表されるトリフェニルホスフィンオキシド類と、を含み、前記ポリアセタール樹脂の含有量が50質量%以上であり、前記トリフェニルホスフィン類の含有量と前記トリフェニルホスフィンオキシド類の含有量の和が0.2質量%以上0.5質量%未満であることを特徴とする樹脂組成物を提供する。
式1は以下で示される。
【化1】
式1において、PMはスチレンユニット、アクリルユニット、アクリロニトリルユニットの少なくともいずれかを含む、高分子を示し、
Lはアルキレン基、-CO-、-O―、-NH-、および-S-からなる群より選ばれる1以上の基を含む炭素数10以下の2価の連結基を示し、アルキレン基は置換基を有してもよく、
【化2】
は前記カーボンブラックへの結合を示し(波線より右のCBで表すカーボンブラックは式1には含まれない)、
R
1はそれぞれ独立に、単結合もしくは炭素数5以下の置換基を有してよい2価の炭化水素基を示し、a1は0または1以上の整数、b1は1以上の整数である。
式3は以下で示される。
【化3】
式3において、R
32~R
36はそれぞれ独立に、水素原子、又は炭素数2以下のアルキル基を示す。
式4は以下で示される。
【化4】
式4において、R
42~R
46はそれぞれ独立に、水素原子、又は炭素数2以下のアルキル基を示す。
【0015】
また、本発明は第二の実施形態として、前記樹脂組成物からなる樹脂成形体を提供する。
さらに、本発明は第三の実施形態として、ポリアセタール樹脂と、ポリエチレンと、カーボンブラックと、式2で表されるオキサゾリン基含有高分子化合物と、式3で表されるトリフェニルホスフィン類及び/又は式4で表されるトリフェニルホスフィンオキシド類と、を含む原料を混錬及び加熱することを特徴とする樹脂組成物の製造方法、さらに、該樹脂組成物を成形することを特徴とする樹脂成形体の製造方法を提供する。ただし、該原料において前記ポリアセタール樹脂の含有量が50質量%以上であり、前記トリフェニルホスフィン類の含有量と前記トリフェニルホスフィンオキシド類の含有量の和が0.2質量%以上0.5質量%未満である。
式3、4は上記のとおりである。
式2は以下で示される。
【化5】
式2において、PMはスチレンユニット、アクリルユニット、アクリロニトリルユニットの少なくともいずれかを含む高分子を示し、R
1は単結合もしくは炭素数5以下の置換基を有してよい2価の炭化水素基を示し、a2は1以上の整数である。
式2中のa2は、オキサゾリン基含有高分子が有するオキサゾリン基の数にあたる。一方、式1中のb1は、オキサゾリン基含有高分子のオキサゾリン基のうち、カーボンブラックと反応し結合したものにあたり、a1はオキサゾリン基含有高分子の未反応のオキサゾリン基にあたる。a2、a1、b1はそれぞれ限定されるものではないが、a2は好ましくは高分子1gに対し、0.1mmol(すなわち6.02×10
19個)から10mmol(すなわち6.02×10
21個)であり、a1とb1の和は好ましくは高分子1gに対し、0.1mmol(すなわち6.02×10
19個)から10mmol(すなわち6.02×10
21個)であり、a1とb1の比は好ましくは0:10から10:1である。また、a2は100以上20万以下、より好ましくは1000以上2万以下であり、a1とb1の和は好ましくは100以上20万以下、より好ましくは1000以上2万以下であり、a1とb1の比は好ましくは0:10から10:1である。
すなわち、式(1)においては好ましくは、a1およびb1は、100≦a1+b1≦200,000、かつ、0.1≦b1/a1を満たし、式(2)においては、好ましくはa2は、100≦a2≦200,000を満たす。
【0016】
<樹脂組成物の構成>
樹脂組成物は、上記の構成条件において、高い導電性と機械強度を有する。
【0017】
オキサゾリン化合物は化学式C
3H
5NOを持つ5員環複素環式化合物であり、オキサゾリン基とは、式5に示されるC
3H
4NOを持つ5員環複素環の基を指す。オキサゾリン化合物は、カルボン酸やフェノールといった有機官能基と反応して、オキサゾリン基が開環したN-アシルエタノールアミンと有機官能基との縮合化合物であるアミドエステル化合物を与えることが知られている。
オキサゾリン基とフェノール類との反応の例を式5に示す。
【化6】
【0018】
オキサゾリン基含有高分子のオキサゾリン基を、式5に当てはめると、式1の-L-は-CH2CH2-O-である。Lはこれ以外に、アルキレン基、-CO-、-O―、-NH-、および-S-からなる群より選ばれる基を含む炭素数10以下のあらゆる2価の基であり得る。オキサゾリン基がカーボンブラック表面のカルボキシル基と反応する場合は、-L-は-CH2CH2-O-CO-である。オキサゾリン基がカーボンブラック表面のチオール基(-SH)と反応する場合は、-L-は-CH2CH2-S-である。
【0019】
カーボンブラックの表面には製造過程に由来するカルボキシル基(-COOH)やヒドロキシル基(-OH)といった有機官能基が残存している。そして、これらの有機官能基は酸性の活性水素(プロトン)を有するためPOM樹脂の分解反応を促進し、熱分解物であるホルムアルデヒドを発生させやすい。オキサゾリン化合物は、プロトンを有する有機官能基と反応して縮合化合物を生成するため、オキサゾリン基含有高分子化合物を樹脂組成物に含有させることで、カーボンブラック表面の有機官能基が消費される。その結果、有機官能基によって促進されるPOM樹脂の分解反応を抑制することができる。
【0020】
オキサゾリン化合物はカルボン酸やチオール類とは無触媒で反応するが、フェノール類との反応の際は反応促進剤として芳香族リン系化合物を用いることが有効な場合がある。本発明の樹脂組成物は、オキサゾリン基と有機官能基の反応を促進させるため、トリフェニルホスフィン類を含む。芳香族リン系化合物にはトリフェニルホスフィン類、トリフェニルホスファイト、トリフェニルホスフェート及びこれら化合物の芳香環上水素を有機官能基で置換したものがあるが、酸性のリン化合物であるホスファイトやホスフェートはPOM樹脂の分解反応を誘発するため、トリフェニルホスフィン類(式3)が本発明の樹脂組成物に適している。
【化7】
式3において、R
32~R
36はそれぞれ独立に、水素原子、又は炭素数2以下のアルキル基を示す。
【0021】
トリフェニルホスフィン類は酸素や系中に含まれる酸化剤と反応して酸化されトリフェニルホスフィンオキシド類(式4)となる。
【化8】
式4において、R
42~R
46はそれぞれ独立に、水素原子、又は炭素数2以下のアルキルを示す。
【0022】
トリフェニルホスフィン類はエポキシ化合物と硬化剤の反応促進剤として使用されるが、三員環構造の酸素を有するエポキシ化合物は酸化剤として働きオレフィン類に変換されるため、エポキシ化合物の触媒反応とトリフェニルホスフィンの酸化反応は競合することとなる。従って、触媒反応に必要な量以上の添加が必要となり、機械物性(耐衝撃性、荷重たわみ温度等)に影響を及ぼしやすい。一方、オキサゾリン化合物は酸化反応を進行しにくいため、トリフェニルホスフィン類ならびにその酸化物であるトリフェニルホスフィンオキシド類の含有量が少なくて済み、機械物性が低下しにくい。
【0023】
一般に反応が溶液系ではなく溶融樹脂のような粘度の高い粘性流体内で行われる場合、とくに混錬押出機のような連続式反応機を通過させて反応させる場合は、反応速度や時間が制限されることから、材料混合時の反応促進剤は触媒当量より多めに添加することが望ましい。トリフェニルホスフィン類は空気による酸化でトリフェニルホスフィンオキシド類となり触媒活性を失う。このため、本発明の樹脂組成物においてはトリフェニルホスフィン類及びトリフェニルホスフィンオキシド類の含有量の和が0.2質量%以上0.5質量%未満である。この和は、材料仕込みに使用する材料総量に対して添加するトリフェニルホスフィンの添加量の割合と概ね等しい。
【0024】
本発明の樹脂組成物はトリフェニルホスフィン類及びトリフェニルホスフィンオキシド類の含有量の和が0.2質量%未満であるとオキサゾリン基含有高分子化合物とカーボンブラック表面の有機官能基の反応が不十分となり、POM樹脂の分解が進行し、低分子量化による機械物性の低下が進行するおそれがある。一方、これら化合物の過剰量の存在は機械物性の低下を伴い、本発明の樹脂組成物はトリフェニルホスフィン類及びトリフェニルホスフィンオキシド類の含有量の和は0.5質量%未満、より好ましくは0.45質量%未満である。
【0025】
機械物性のうち荷重たわみ温度については低融点添加剤の含有量が重要であり、トリフェニルホスフィンオキシド類よりも低融点であるトリフェニルホスフィン類の樹脂組成物中の含有量が0.3質量%未満であることが好ましい。
【0026】
又、機械物性のうち耐衝撃性については低分子量成分の含有量が重要であり、空気酸化により樹脂組成物中の存在比率がトリフェニルホスフィン類よりも実際には大きくなりやすいトリフェニルホスフィンオキシド類の樹脂組成物中の含有量が0.4質量%未満であることが好ましい。
【0027】
ポリアセタール樹脂ならびに樹脂組成物に対して極めて微量といえる触媒量のトリフェニルホスフィン類とトリフェニルホスフィンオキシド類の添加量の制御が機械物性を大きく支配することは、本願発明者らによって見いだされた驚くべき知見である。この理由は明確ではないものの、本発明の樹脂組成物における樹脂アロイならびにカーボンブラックの分散構造に起因すると考えられる。
【0028】
図1は本発明の樹脂組成物の概念図を示したものであり、
図2は本発明の樹脂組成物の原料を二軸押出機において混合して電子顕微鏡にて観察した画像である。なお、電子顕微鏡で明瞭な画像を得るために樹脂組成物中でカーボンブラックの濃度を1質量%としている。
【0029】
図1ならびに
図2に示した通り、POM樹脂とポリエチレンのポリマーブレンドは非相溶の海島構造、又は島が数珠状につながった共連続構造をとっている。すなわち、
図1において、POM樹脂を含む海相1中に、はポリエチレンを含む島相2が存在している。カーボンブラック3はポリエリレン側に局在化して存在している。オキサゾリン基含有高分子化合物、トリフェニルホスフィン類およびトリフェニルホスフィンオキシド類はカーボンブラックの有機官能基と反応するため、ポリエチレン側の相に存在していると推察される。
【0030】
上記の構造が樹脂組成物の摺動性や導電性に寄与するため、本発明の樹脂組成物においてはポリエチレンの含有量が5質量%以上15質量%以下であることが好ましい。又、カーボンブラックの含有量が7質量%以上13質量%以下であることが好ましい。
【0031】
ポリエチレンの含有量が5質量%未満になるか、カーボンブラックの含有量が13質量%より大きくなると上記の構造の形成が妨げられ、摺動性が悪化するおそれがある。又、カーボンブラックの含有量が7質量%未満になるか、ポリエチレンの含有量が15質量%より大きくなるとポリエチレン側の相中のカーボンブラック相対濃度が低下するため、導電性が悪化するおそれがある。
【0032】
一方、機械物性の観点においてはカーボンブラックが局在化しているポリエチレン側の相に注目する必要がある。トリフェニルホスフィン類、ないしはトリフェニルホスフィンオキシド類の含有量が多すぎると、ポリエチレン側の相が可塑化、あるいは脆くなるため、カーボンブラックと樹脂界面の剥離が起こりやすくなり、機械物性の低下につながるものと考えられる。
【0033】
前述の通りポリエチレンは樹脂組成物内で占める割合は5質量%以上15質量%以下の範囲内であることが好ましいため、微量のトリフェニルホスフィン類、ないしはトリフェニルホスフィンオキシドの含有量の制御がポリエチレン側の相の特性に効果的に働き、機械物性を大きく支配するものと考えられる。
【0034】
本発明に用いられるオキサゾリン基含有高分子化合物は分子構造内に芳香環を有する。オキサゾリン基含有高分子化合物が芳香環を有する場合、sp2混成軌道の導電性炭素原子を有するカーボンブラックの電子的相互作用によって、該カーボンブラックにオキサゾリン基含有高分子化合物が吸着されることが期待される。その結果、カーボンブラック表面のプロトンを有する有機官能基とオキサゾリン基とが優先的に反応して、より効果的にPOM樹脂の分解反応を抑制することができる。
【0035】
本発明に用いられる式1で表されるオキサゾリン基含有高分子の反応物において、あるいは、式2で表されるオキサゾリン基含有高分子化合物において、PMで示されるスチレンユニット、アクリルユニット、アクリロニトリルユニットの少なくともいずれかを含む高分子は、より具体的には、スチレン、アクリル、スチレン/アクリル共重合(SA)、スチレン/アクリロニトリル共重合(SAN)等であり得る。中でも例えば、式6で表されるスチレンユニットを含むものが望ましい。
【化9】
【0036】
オキサゾリン基含有高分子化合物は、市販のものを用いることも可能である。また、高分子の分子量は特に限定されないが、重量平均分子量が1万以上20万以下であることが好ましい。
具体的として、以下の式7で示される構造を主成分とするオキサゾリン変性ポリスチレンである(株)日本触媒製の「エポクロス(登録商標)RPS-1005S(型番)」等を挙げられる。
【化10】
上記式7中、m、nはそれぞれ1以上の整数を示す。式7の高分子化合物は、式2の具体例の1つであり、この場合、PMはスチレンユニットを含む高分子であり、R
1は、単結合である。R
1は、単結合以外にも、炭素数5以下の置換基を有してよい2価の炭化水素基であり、たとえば、アルキレン基、オキシ基、カルボニル基、アミノ基などを組み合わせた基でありうる。
【0037】
又、本発明の樹脂組成物中のカーボンブラック1gに対して、樹脂組成物中のオキサゾリン基含有高分子化合物とその反応生成物の和の化学量論量(オキザゾリン基単位に換算)が0.02mmol以上2mmol以下であることが好ましい。より好ましくは、この化学量論量が0.02mmol以上0.2mmol以下である。この量が0.02mmol未満であると、カーボンブラック表面に存在する有機官能基に対してオキサゾリン基の量が十分でなく、有機官能基が残ってしまうためPOM樹脂の分解反応の抑制効果が弱くなってしまう。又、化学量論量が2mmolを超えると、未反応のオキサゾリン基が樹脂組成物に残りやすく、樹脂組成物及び樹脂成形体の長期安定性が損なわれやすい。
【0038】
次に、本発明の樹脂組成物の構成成分について説明する。
<POM樹脂>
本発明の樹脂組成物は、POM樹脂を主成分とする樹脂組成物である。ここで主成分とは樹脂組成物中に占めるPOM樹脂の割合が50質量%以上であることを意味する。ポリアセタール本来の摺動性、強度を確保する観点から、POM樹脂の割合は70質量%以上であることがより好ましい。
【0039】
本発明で用いるPOM樹脂の例として、ホルムアルデヒド単量体又はその多量体(トリオキサン等)を単独重合して得られる、実質上オキシメチレン単位のみから成るポリアセタールホモポリマーや、ホルムアルデヒド単量体又はその多量体(トリオキサン等)とエチレンオキシド、プロピレンオキシド、エピクロルヒドリン、1,3-ジオキソラン等のグリコールや環状エーテル類、環状ホルマール類を共重合させて得られるポリアセタールコポリマーを代表例として挙げることができる。
【0040】
好ましくは化学的な安定性からポリアセタールコポリマーを用いることができる。又、コポリマーの種類に応じて、架橋構造やブロック構造を有するポリアセタールコポリマーを用いることが可能であり、ポリアセタールコポリマーの構造的特徴に特に制限はない。
【0041】
ポリマーの末端構造も特に制限はないものの、末端部にオキシメチレン単位の水酸基やアルデヒドが存在している場合、この末端部が熱分解の起点となりそのままでは実用上用いることは困難である。オキシメチレン単位の末端に対する化学的な封止処理を施すか、アミン類やアンモニウム化合物等で不安定末端部の分解処理を施し、オキシメチレン単位以外のコポリマー成分が末端となったPOM樹脂を使用することが好ましい。
【0042】
本発明で用いられるPOM樹脂は用途に応じて各種添加剤が加えられた市販のPOM樹脂を用いてもよい。具体例は、以下を例示できる。
ポリプラスチック(株)製「ジュラコン(登録商標)」シリーズ、旭化成(株)製「テナック(商標)」シリーズ、「テナック(登録商標)-C」シリーズ、三菱エンジニアリングプラスチック(株)「ユピタール(登録商標)」シリーズ
又、これらのPOM樹脂の2種以上を混合して用いてもよい。
【0043】
本発明で用いられるPOM樹脂のメルトフローレート(MFR,JIS-K7210条件で測定)は、190℃において0.5g/10min乃至100g/10min、好ましくは1g/10min乃至50g/10minである。
【0044】
<ポリエチレン>
本発明の樹脂組成物にはポリエチレンが含まれる。ポリエチレンとしては低分子量ポリエチレンが好ましく用いられる。市販の低分子量ポリエチレンとして、以下を例示できる。
宇部ポリエチレン(株)製「UBEポリエチレン(製品名)」、旭化成(株)製「サンテック(商標)」シリーズ、住友化学(株)製「スミカセン(登録商標)」シリーズ、住友精化(株)製「フローセン(製品名)」、東ソー(株)製「ペトロセン(登録商標)」シリーズ、日本ポリエチレン(株)製「ノバテックLD(商標)」シリーズ、(株)プライムポリマー製「ネオゼックス(登録商標)」シリーズ、「ウルトゼックス(登録商標)」シリーズ、「エボリュー(登録商標)」シリーズ
又、これらのポリエチレンの2種以上を混合して用いてもよい。
【0045】
ポリエチレンは引張降伏応力が10MPa以上のものがより好ましい。又、本発明の樹脂組成物中のポリエチレンの含有量が5質量%以上15質量%以下であることが好ましい。ポリエチレンの含有量を5質量%以上とすることで耐摩耗性に加えて耐衝撃性の高い樹脂組成物が得られ、又、15質量%以下とすることで導電性に優れた樹脂組成物が得られる。
【0046】
<カーボンブラック>
本発明で用いるカーボンブラックは導電性であり、鎖状構造の発達したカーボンブラックである。好ましくは、凝集体としての平均1次粒径(アグリゲート径)が0.05μm以上1μm以下の範囲にあるものが用いられる。又、カーボンブラックの添加量は、本発明の樹脂組成物中で5質量%以上25質量%以下であることが好ましい。カーボンブラックの添加量が5質量%以上であれば良好な導電性が得られ、25質量%以下であれば成形加工時の発熱が小さく、POM樹脂の熱分解が起こりにくく、好ましい。又、カーボンブラックの添加量が15質量%以下であれば、樹脂組成物の成形加工時の流動性が良好であるため、より好ましい。PОM樹脂の熱分解と導電性のバランスを両立するためには、特に7質量%以上13質量%以下であることが好ましい。
【0047】
加えて、上記の添加量の範囲で十分な導電性を有する樹脂組成物を得る上で、カーボンブラックはフタル酸ジブチル吸油量(DBP吸油量、ASTM D2415-65T)が250ml/100g以上であることが好ましい。
【0048】
本発明で用いられる具体的なカーボンブラックとして、以下を例示できる。
電気化学工業(株)製「デンカブラック(登録商標)」(粒状品のDBP吸油量:160ml/100g)
東海カーボン(株)製「シースト(製品名)」シリーズ(DBP吸油量:40~160ml/100g)、「トーカブラック(製品名)」シリーズ(DBP吸油量:50~170ml/100g)
三菱ケミカル(株)製「三菱カーボンブラック(製品名)」シリーズ(DBP吸油量:40~180ml/100g)
DBP吸油量が250ml/100gを超えるものとしては以下の通りである。
ライオン・スペシャリティ・ケミカルズ(株)「ケッチェンブラック(製品名)」シリーズ(DBP吸油量:350~500ml/100g)、「ライオナイト(製品名)」シリーズ(DBP吸油量:250~400ml/100g)
オリオン・エンジニアド・カーボン社製「PRINTEX(製品名)」シリーズ(50~420ml/100g)
カーボンブラックは、2種以上を組み合わせて用いてもよい。
【0049】
<黒鉛>
樹脂組成物は、黒鉛を含有することができる。本発明で用いられる黒鉛は人造品ないしは天然品から目的に応じて適宜選択することができる。黒鉛の形状は特に制限されず、例えば鱗片状、塊状、球状、土状等いずれでもかまわないが、より良好な導電性発現の観点から、鱗片状黒鉛であることが好ましい。
【0050】
本発明で使用される黒鉛粉末の平均粒径は0.5μm乃至100μmの範囲が好ましく、より好ましくは20μm乃至80μmの範囲である。高い導電性と温度変化時の寸法安定性の観点から20μm以上が好ましく、取り扱い性と成型品表面性の観点から100μm以下であることが好ましい。
【0051】
鱗片状黒鉛として具体的には、日本黒鉛(株)製「CP(製品名)」シリーズ、「F♯(製品名)」シリーズ、伊藤黒鉛工業(株)製「CNP(製品名)」シリーズ、「Z(製品名)」シリーズ等を例示できる。又、2種類以上の黒鉛を併用してもよい。又、黒鉛の添加量は樹脂組成物中で2質量%以上8質量%以下の範囲にあることが好ましい。
【0052】
<その他の添加剤>
本発明の樹脂組成物には、必要に応じて他の各種添加剤が配合されていてもよい。機能性を向上する各種添加剤として、難燃剤やワックス、各種脂肪酸、脂肪酸アミド、脂肪酸エステル、脂肪酸の金属塩等の滑剤・離型剤、各種帯電防止剤、脂肪酸エステル、ポリオレフィンやオレフィン共重合エラストマー、ポリシロキサン等の摺動性向上剤、ポリアミド樹脂やアクリルアミドの重合体、アミド化合物、アミノ置換トリアジン化合物及びその誘導体、尿素及びその誘導体、ヒドラジン誘導体、イミダゾール化合物、イミド化合物、エポキシ化合物といったPOM樹脂の分解抑制剤、メラミンやアルカリ金属の水酸化物や炭酸塩等の蟻酸捕捉剤、ポリウレタンエラストマー・ポリエステルエラストマー・ポリスチレンエラストマー等の耐衝撃向上剤、有機リン系化合物等の難燃剤が挙げられる。又、長期安定性を向上する各種添加剤として、ベンゾトリアゾール系化合物やベンゾフェノン系化合物、サリチル酸フェニル化合物等の紫外線吸収剤やヒンダートアミン系光安定剤、ヒンダートフェノール系の酸化防止剤等を挙げられる。
【0053】
中でも、添加剤として脂肪酸エステルが好ましく用いられる。脂肪酸エステル類は摺動性の改良と樹脂組成物の製造時の混練トルクの軽減に有効であり、好適に用いることができる。脂肪酸エステルは具体的には1価脂肪酸と1価脂肪族アルコールのエステルが好ましい。天然由来で容易に入手可能な1価脂肪酸としてミリスチン酸、ステアリン酸、モンタン酸、オレイン酸、リノール酸、リノレン酸等があり、これらの1価脂肪酸と脂肪族アルコールから得られるエステルは好適に用いることができる。特にミリスチン酸セチルとステアリン酸ステアリルは、添加剤として用いた場合の摺動性、熱変形温度、混練時のトルク低減量といった特性のバランスからより好ましい。脂肪酸エステル類の添加量は、これら特性のバランスを確保する目的からも、樹脂組成物中で10質量%以下であることが好ましい。
【0054】
又、本発明の樹脂組成物の導電性能を損なわない範囲で、低熱膨張率性や剛性等の機能向上を目的として、金属酸化物、金属水酸化物、炭酸塩、硫酸塩、ケイ酸塩化合物、ガラス系充填剤、ケイ酸化合物、金属粉末や金属繊維、炭素繊維、カーボンナノチューブ等の無機成分が含まれていてもよい。
【0055】
金属酸化物としては、アルミナ、酸化亜鉛、酸化チタン、酸化セリウム、酸化カルシウム、酸化マグネシウム、酸化鉄、酸化錫、酸化アンチモン等が挙げられる。金属水酸化物としては、水酸化カルシウム、水酸化マグネシウム、水酸化アルミニウム等が挙げられる。炭酸塩としては、塩基性炭酸マグネシウム、炭酸カルシウム、炭酸マグネシウム、炭酸亜鉛、炭酸バリウム、ドーソナイト、ハイドロタルサイト等が挙げられる。硫酸塩としては、硫酸カルシウム、硫酸バリウム、硫酸マグネシウム、石膏繊維等が挙げられる。ケイ酸塩化合物としては珪酸カルシウム(ウォラストナイト、ゾノトライト等)、タルク、クレー、マイカ、モンモリロナイト、ベントナイト、活性白土、セピオライト、イモゴライト、セリサイト、カオリン、バーミキュライト、スメクタイト等が挙げられる。ガラス系充填剤としては、ガラス繊維、ミルドガラス繊維、ガラスビーズ、ガラスフレーク、ガラスバルーン等が挙げられる。ケイ酸化合物としては、シリカ(ホワイトカーボン等)、ケイ砂等が挙げられる。金属粉末や金属繊維を構成する主元素としては、鉄、アルミニウム、チタン、銅等が挙げられ、これらの元素と他の元素を複合化したものでもよい。
【0056】
これらの無機充填剤は、その表面がシランカップリング剤やチタンカップリング剤、有機脂肪酸、アルコール、アミン等の各種表面処理剤、ワックスやシリコーン樹脂等で処理されているものであってもよい。
上記添加剤は、一種以上を組み合わせて用いても構わない。
【0057】
<構成成分について>
本発明の樹脂組成物の構成成分については、公知の分離技術及び分析技術を組み合わせて知ることができる。その方法や手順は特に制限されないが、一例として、樹脂組成物から有機成分を抽出した溶液を各種クロマトグラフ法等で成分を分離したのちに成分分析を進めることができる。
【0058】
樹脂組成物から有機成分を抽出するには、可溶な溶媒に樹脂組成物を溶解させればよく、予め樹脂組成物を細かく破砕したり溶媒を加熱撹拌したりすることで、抽出に必要とする時間を短縮することができる。使用する溶媒は樹脂組成物を構成する有機成分の性状に応じて任意に選択できるが、本発明の如くPOM樹脂を含む樹脂組成物の場合、ヘキサフルオロプロパノール等の溶媒が好適に用いられる。
【0059】
樹脂組成物中に含まれる無機成分の含有量は、有機成分を分離した後に残る残渣を乾燥して秤量することで知ることができる。樹脂組成物の無機成分の含有量を知る方法としては、他に熱重量分析(TGA)等で樹脂の分解温度以上まで温度を上げて灰分を定量する方法もある。
【0060】
樹脂組成物から有機成分を抽出した溶液からの成分の分離は、各種クロマトグラフ等の方法により行われる。低分子量の添加物の類はガスクロマトグラフ(GC)や高速液相カラムクロマトグラフ(HPLC)法、高分子量の重合体はゲル浸透クロマトグラフ法(GPC)等で分離することができる。特に溶液が分子量の大きな架橋重合物やゲルを含む場合、あるいは、溶液中にミセルが形成されている場合は、遠心分離や半透膜による分離を選択することもできる。分離された有機成分は、核磁気共鳴(NMR)スペクトル測定や赤外吸収(IR)スペクトル測定、ラマンスペクトル測定、マススペクトル測定、元素分析等の公知の分析手法により分析できる。
【0061】
無機成分、特にカーボンブラック、黒鉛、及びこれらの表面の有機官能基と化学的に結合したオキサゾリン基含有高分子化合物については、その他の有機成分を可溶な溶媒に溶解して抽出した後、遠心分離して得られる残渣から回収することができる。この残渣については適切な化学処理、例えば強酸等による処理で各成分のフラグメントへと分離することが可能で、遠心分離により可溶な成分を分取したのち、中和後に溶媒を除去、洗浄した上でガスクロマトグラフ(GC)や高速液相カラムクロマトグラフ(HPLC)法、核磁気共鳴(NMR)スペクトル測定や赤外吸収(IR)スペクトル測定、ラマンスペクトル測定、マススペクトル測定、元素分析等の公知の分析手法によりその構造を確認することができる。
【0062】
<樹脂組成物および樹脂成形体の製造方法>
本発明の樹脂組成物の製造方法は特定の方法に限定されるものではなく、熱可塑性樹脂について一般に採用されている混合方法を用いることができる。例えば、タンブラー、V型ブレンダー、バンバリーミキサー、混練ロール、ニーダー、単軸押出機、二軸以上の多軸押出機等の混合機により混合、混練して製造することができる。特に二軸押出機による溶融混練が生産性に優れている。
【0063】
樹脂組成物の製造においては、POM樹脂、カーボンブラック、オキサゾリン基含有高分子化合物、及び必要に応じて用いられるその他の添加剤のうち複数の原料を予め予備混合又は予備混練して混錬物を調製もよいし、同時に混合又は混練してもよい。特に押出機による製造においては、成分毎に個別のフィーダーを設け押出過程において逐次添加を行った混練を行うこともできる。
【0064】
添加剤を、POM樹脂、カーボンブラック、オキサゾリン基含有高分子化合物のうちのいずれか1つ又は複数の原料と予備混合する場合、乾式法又は湿式法で処理すればよい。乾式法では、例えば、ヘンシェルミキサー、ボールミル等の攪拌機を用いて攪拌することができ、湿式法では、例えば、溶剤に導電性樹脂を加えて攪拌し、混合後に溶剤を乾燥除去することができる。
【0065】
溶融混練による製造において、混練温度、混練時間及び送出速度は、混練装置の種類や性能、配合成分、及び必要に応じて用いられるその他の添加剤の成分の性状に応じて任意に設定できる。混練温度については通常150℃乃至250℃、好ましくは160℃乃至230℃、より好ましくは170℃乃至210℃である。混練温度が150℃以上で分散性が良好になり、250℃以下とすることで熱分解によるホルムアルデヒドの発生や諸物性の低下を抑制することができる。
【0066】
成形は、あらゆる既知の成形方法が用いられる。押出成形、射出成形、圧縮成形等の一般に用いられている成形方法で容易に成形が可能であり、ブロー成形、真空成形、二色成形、インサート成形等にも適用可能である。本発明の樹脂組成物を成形して得られる樹脂成形体は、OA機器その他の電気電子機器の部品、又は電気電子機器の導電性機能部品として適用される。又、本発明の樹脂成形体は、自動車や航空機等の構造部材、建築部材、食品容器等にも適用可能である。即ち、型を用いて樹脂組成物を成形して樹脂成形体を製造する種々の製造方法に適用可能であり、特に高い導電性と摺動性が要求される複写機筐体及びトナーカートリッジ用容器の機構部位に好適に用いることができる。具体的には、電気・電子機器内における電気接点部材、画像形成装置内の感光体ドラムフランジ、プロセスカートリッジ部品、軸受け部材等に好適に用いられる。
【実施例】
【0067】
本実施例(比較例も含む)において用いた材料は以下の通りである。
(A)POM樹脂
ポリプラスチック(株)製「ジュラコン(登録商標)M270CA(製品名)」
(B)ポリエチレン
B-1:宇部丸善ポリエチレン(株)製「UBEポリエチレンL719(製品名)」(低密度ポリエチレン、引張降伏応力13MPa)
B-2:旭化成(株)製「サンテックLD L1850A(製品名)」(低密度ポリエチレン、引張降伏応力12MPa)
(C)カーボンブラック
C-1:ライオン・スペシャリティ・ケミカルズ(株)製「ライオナイトEC300J(製品名)」(DBP吸油量:365ml/100g)
C-2:オリオン・エンジニアドカーボンズ(株)製「プリンテックスXE2-B(製品名)」(DBP吸油量:420ml/100g)
(D)オキサゾリン基含有高分子化合物
(株)日本触媒製「エポクロス RPS-1005S(製品名)」(オキサゾリン変性ポリスチレン、オキサゾリン当量:0.27mmol/g)
(E)トリフェニルホスフィン類
E-1:北興化学工業(株)製「ホクコーTPP(登録商標)」(主成分:トリフェニルホスフィン)
E-2:東京化成工業(株)製トリ-p-トリルホスフィン
(F)その他の添加剤
F-1:日本黒鉛工業(株)製「F♯3(製品名)」(鱗片状黒鉛、平均粒径:60μm)
F-2:日油(株)製「スパームアセチ(製品名)」(主成分:ミリスチン酸セチル)
F-3:日本化薬(株)製「EOCN-104S(製品名)」(クレゾールノボラック型エポキシ樹脂)
F-4:キシダ化学(株)製ジシアンジアミド(エポキシ硬化剤)
【0068】
(樹脂組成物の製造)
POM樹脂(A)を予め90℃の温度で3時間乾燥した。その上で、最終的に得られる樹脂組成物中の各成分の質量%が表1に示す配合量となるよう、ポリエチレン(B)、カーボンブラック(C)、オキサゾリン基含有高分子化合物(D)、トリフェニルホスフィン類(E)、その他の添加剤(F)を加え、原材料のブレンド物を作製した。当該ブレンド物を(株)日本製鋼所社製二軸押出機「TEX44α(製品名)」でシリンダ温度240℃の条件で可塑化、200℃の条件で混練してストランドを作製し、ペレタイザーにより切断加工することで樹脂組成物のペレットを得た。得られたペレットについて、以下の評価を行った。結果は表2に示される。
【0069】
(トリフェニルホスフィン類含有量・トリフェニルホスフィンオキシド類含有量評価)
加熱炉としてフロンティア・ラボ(株)社製マルチショットパイロライザー「PY-3030D(製品名)」、ガスクロマトグラフとして日本電子(株)製JMS-T200GC AccuTOF(登録商標)GCx-plus(製品名)を接続して、樹脂組成物の加熱による含有成分を定量した。
【0070】
トリフェニルホスフィンが酸化されて生じるトリフェニルホスフィンオキシドの定量のため、キシダ化学製トリフェニルホスフィンオキシドの50ppmアセトン溶液を調製し、トリフェニルホスフィンオキシド質量として50~350ngの範囲で検量線を作成したうえで、ガスクロマトグラフで検知される強度比を含有量へ換算した。
【0071】
340℃から20℃/分の速度で昇温し、360℃に到達後1分保持することで、加熱脱離を行った。600℃で2分保持し、熱分解を行った。ガスクロマトグラフ内カラムとしてシグマ・アルドリッチ社製「SLB-5ms」を用い、カラム温度40℃から20℃/分の速度で昇温し、340℃で5分保持し、測定を行った。
【0072】
(体積抵抗率評価)
樹脂組成物を切断加工前のストランドの状態で取り分け、径をノギスで計測した。5cmの長さの範囲をカイセ(株)製「ハンディーミリオームテスターSK-3800(製品名)」で抵抗値を計測し、樹脂組成物の体積抵抗率を算出した。
【0073】
(熱安定性評価)
樹脂組成物中に含まれるPOM樹脂(A)が分解してホルムアルデヒドガスが発生した場合、樹脂組成物の質量減少が観測される。メトラートレド社製の熱重量分析(TGA)を用いて225℃窒素気流下で2時間保持し、質量減少率を測定した。
【0074】
(シャルピー衝撃試験・荷重たわみ温度評価)
得られた樹脂組成物のペレットを住友重機械工業社製の射出成形機「SE-180D(製品名)」により、シリンダ温度200℃、金型温度60℃で射出成形し、JISK7152-1で規定される短冊形試験片タイプB1(長さ80mm×幅10mm×厚さ4mm)を作製した。以下の試験は成形後常温で1週間保管した試験片で、加熱アニール無しの状態で行った。
【0075】
シャルピー衝撃試験についてはJIS K7111-1に記載されるシャルピー衝撃特性の求め方に従って以下のとおり行った。上記試験片を(株)安田精機製作所製ノッチ加工機により試験片の厚さ方向に対して垂直に形状Aノッチ(先端半径:0.25mm、切り込み深さ2mm)を加工した。(株)安田精機製作所製シャルピー衝撃試験機を用いてノッチの背面側から1Jの打撃を加えるエッジワイズ衝撃試験を行った場合の値を計測した。測定は異なる試験片について5回行い、その平均値をシャルピー耐衝撃の値とした。
【0076】
荷重たわみ温度についてはJIS K7191-1、2に記載される荷重たわみ温度の求め方に従いって以下のとおり行った。(株)東洋精機製作所製HDT試験装置3M-2(製品名)を用いて、試験片の厚さ方向に1.80MPaの荷重を加えるフラットワイズ試験により30℃から120℃/hの速度で昇温を行い、規定たわみ量0.34mmに到達する温度を計測した。測定は3本の異なる試験片について同時に行い、その平均値を荷重たわみ温度とした。
【0077】
【0078】
【0079】
表1は材料の原料仕込み比率を示し、表2は混錬後の組成物特性をまとめたものである。又、
図3は実施例1~4と比較例1、2のトリフェニルホスフィン類の含有量(1)とトリフェニルホスフィンオキシド類の含有量(2)の和に対し、シャルピー耐衝撃値と荷重たわみ温度をプロットしたものである。
【0080】
図3から明らかなように、オキサゾリン基含有高分子化合物を添加する場合、トリフェニルホスフィン類及びトリフェニルホスフィン類の含有量の和が0.2質量%以上0.5質量%未満とすることにより、耐衝撃性が高く、荷重たわみ温度の高い樹脂組成物とその成形体が得られていることがわかった。又、比較例3や4のようにオキサゾリン基含有高分子化合物のかわりにエポキシ化合物を使用する場合に比べて、原料として加えたトリフェニルホスフィン類が酸化される比率が抑えられており、結果としてトリフェニルホスフィンの添加量が低減できるため、とくに耐衝撃性に優れた樹脂組成物が得られていることがわかる。
【0081】
本発明は、以上説明した実施形態及び実施例に限定されるものではなく、本発明の技術的思想内で多くの変形が可能である。又、本発明の実施形態及び実施例に記載された効果は、本発明から生じる最も好適な効果を列挙したに過ぎず、本発明による効果は、実施形態及び実施例に記載されたものに限定されない。