(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-07
(45)【発行日】2024-08-16
(54)【発明の名称】ヘッドライト制御装置及びヘッドライト制御方法
(51)【国際特許分類】
B60Q 1/08 20060101AFI20240808BHJP
【FI】
B60Q1/08
(21)【出願番号】P 2021006212
(22)【出願日】2021-01-19
【審査請求日】2023-11-21
(73)【特許権者】
【識別番号】000003137
【氏名又は名称】マツダ株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100089004
【氏名又は名称】岡村 俊雄
(72)【発明者】
【氏名】竹之内 久美子
【審査官】土谷 秀人
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-206094(JP,A)
【文献】特開2009-113622(JP,A)
【文献】特開2009-220698(JP,A)
【文献】特開2014-008913(JP,A)
【文献】特開2015-164828(JP,A)
【文献】特開2011-065808(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60Q 1/00
F21S 41/00
F21S 45/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車線を走行する車両前方を照射可能なヘッドライトの輝度を制御するヘッドライト制御装置において、
車両を運転する乗員の瞳孔径を検出する瞳孔径検出手段と、
車両の走行速度を検出する車速検出手段と、
予め設定された視覚特性を用いて前記検出された瞳孔径に基づき乗員が視認可能な車線前方の視認可能距離を検知する視認可能距離検知手段と、
前記検出された車速に基づき乗員による車両の運転に必要な車線前方の必要視認距離を検知する必要視認距離検知手段と、
前記ヘッドライトを制御するヘッドライト制御手段とを有し、
前記ヘッドライト制御手段は、前記視認可能距離が
前記必要視認距離よりも小さい
場合に、前記視認可能距離が前記必要視認距離以上になるように
、前記車線の境界線における車両に対し遠方側の部分の輝度に対して車両に対し近傍側の部分の輝度を高くするように前記ヘッドライトを制御することを特徴とするヘッドライト制御装置。
【請求項2】
前方に延びる車線の境界線を撮像する撮像手段と、
前記車線の境界線の撮像情報を画像処理して車線の境界線の輝度情報を作成する輝度情報作成手段とを有し、
前記視覚特性が、車線の境界線の輝度と視認可能距離との関係が予め設定された第1特性と車線の境界線の最小輝度と瞳孔径との関係が予め設定された第2特性とを含み、
前記視認可能距離検知手段は、前記第1特性と第2特性とを用いて前記視認可能距離を検知することを特徴とする請求項1に記載のヘッドライト制御装置。
【請求項3】
前記必要視認距離検知手段は、車速と必要視認距離との関係が予め設定された第3特性を用いて前記必要視認距離を検知することを特徴とする請求項1又は2に記載のヘッドライト制御装置。
【請求項4】
前記ヘッドライト制御手段は、路面が乾燥しているとき又は必要視認距離よりも手前にカーブが存在するときを除いて、前記ヘッドライトの制御を実行することを特徴とする請求項1~3の何れか1項に記載のヘッドライト制御装置。
【請求項5】
車線を走行する車両前方を照射可能なヘッドライトの輝度を制御するヘッドライト制御方法において、
車両を運転する乗員の瞳孔径を検出する瞳孔径検出工程と、
車両の走行速度を検出する車速検出工程と、
予め設定された視認距離特性を用いて前記検出された瞳孔径に基づき乗員が視認可能な車線前方の視認可能距離を検知する視認可能距離検知工程と、
前記検出された車速に基づき乗員による車両の運転に必要な車線前方の必要視認距離を検知する必要視認距離検知工程と、
前記視認可能距離が前記必要視認距離よりも小さい場合に、前記視認可能距離が前記必要視認距離以上になるように、前記車線の境界線における車両に対し遠方側の部分の輝度に対して車両に対し近傍側の部分の輝度を高くするように前記ヘッドライトを制御するヘッドライト制御工程と、
を有することを特徴とするヘッドライト制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車線を走行する車両前方を照射可能なヘッドライトの輝度を制御するヘッドライト制御装置及びヘッドライト制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来より、ステアリングホイールの操舵方向や走行環境に応じてヘッドライトの光軸方向(照射範囲)を制御するAFS(Adaptive Front-Lighting System)のように車両を操縦する乗員をサポートする運転支援システムは知られている。
また、夜間雨天時には、自車両のヘッドライトから照射された照射光が路面上の水膜により鏡面反射され、照射光が路面で拡散反射或いは再帰反射されることから、乗員の視認性、特に車線の境界線に対する視認性が低下することも知られている。
【0003】
悪天候運転下における乗員の視認性改善を目的とする技術が提案されている。
特許文献1の車両用灯具システムは、第1灯具ユニットと、この第1灯具ユニットよりも遠方を照らすための第2灯具ユニットと、この第2灯具ユニットを通常天候用の第1照射方向と悪天候用の第2照射方向とを選択的に切替え設定可能な回転駆動部と、回転駆動部を制御する制御部とを備え、制御部は、天候状態に基づき回転駆動部を制御している。
悪天候用の配光パターンは、照射光の乱反射を抑制するため、中央領域が側方領域に比べて低い照度に設定される。
【0004】
人の瞳孔は、虹彩(Iris)に囲まれた眼球の穴部分に真円に近い楕円形状に形成されている。瞳孔は、自律神経系に支配され、主に交感神経支配の瞳孔散大筋(散瞳筋)と副交感神経支配の瞳孔括約筋(縮瞳筋)の作用により孔径の調節という形で反応が行われる。
瞳孔反応は、照明等周囲の環境光の変化に対応した対光反応と、注視対象(注視点)までの距離に対応した近見反応とに分類される。近見反応では、注視対象までの距離が短い程縮瞳する。光刺激による対光反応や注視対象距離に応じた近見反応の他に、瞳孔は音刺激、電気或いは機械による痛覚刺激にも反応する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1の車両用灯具システムは、夜間雨天時、照射光の乱反射に起因した光幕グレアを低減することができ、乗員の視認性を向上することができる。
しかし、特許文献1の技術では、雨粒や霧粒による照射光の乱反射は抑制されるものの、自車両が走行する車線の境界線の前方視認距離を十分に確保することができず、乗員が運転に対して不安感を覚える虞がある。
【0007】
悪天候運転下、対向車から照射されるヘッドライトの照射光に加えて、周囲からの環境光が路面上の水膜により鏡面反射して乗員の瞳に大量に入射される。反射的な対光反応によって瞳孔が縮瞳され、網膜に入射する光は縮瞳した瞳孔を介しているため絞られる。
一方、車線の境界線からの反射光(輝度)は、当然、前方方向に離隔する程低くなる。
それ故、夜間雨天時には、乗員が、精神的及び技量的に運転に必要とする前方の視界情報、所謂進行方向前方の車線境界線について十分に視認することができないことがある。
運転するために必要な車線前方の境界線の視認距離(以下、必要視認距離という)を確保することができない場合、乗員は、精神的及び技量的に不安感を覚える。
【0008】
また、乗員の視覚により視認可能な境界線の前方距離(以下、視認可能距離という)を必要視認距離以上にするため、乗員の瞳孔径を強制的に散瞳させることが考えられる。
しかし、瞳孔径を常時強制的に散瞳状態にする散瞳装置は物理的に困難であり、その制御も非常に複雑になることが懸念される。しかも、乗員が視認する注視対象が車両近傍に位置する場合、乗員の近見反応が阻害される虞があり、安全性に問題が生じる虞がある。
即ち、瞳孔反応への影響を最小限に抑えつつ必要な前方視認距離を確保することは容易ではない。
【0009】
本発明の目的は、瞳孔反応への影響を最小限に抑えつつ前方視認距離を確保可能なヘッドライト制御装置及びヘッドライト制御方法等を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
請求項1の発明は、車線を走行する車両前方を照射可能なヘッドライトの輝度を制御するヘッドライト制御装置において、車両を運転する乗員の瞳孔径を検出する瞳孔径検出手段と、車両の走行速度を検出する車速検出手段と、予め設定された視覚特性を用いて前記検出された瞳孔径に基づき乗員が視認可能な車線前方の視認可能距離を検知する視認可能距離検知手段と、前記検出された車速に基づき乗員による車両の運転に必要な車線前方の必要視認距離を検知する必要視認距離検知手段と、前記ヘッドライトを制御するヘッドライト制御手段とを有し、前記ヘッドライト制御手段は、前記視認可能距離が前記必要視認距離よりも小さい場合に、前記視認可能距離が前記必要視認距離以上になるように、前記車線の境界線における車両に対し遠方側の部分の輝度に対して車両に対し近傍側の部分の輝度を高くするように前記ヘッドライトを制御することを特徴とするヘッドライト制御装置。
ことを特徴としている。
【0011】
このヘッドライト制御装置では、車両を運転する乗員の瞳孔径を検出する瞳孔径検出手段と、予め設定された視覚特性を用いて前記検出された瞳孔径に基づき乗員が視認可能な車線前方の視認可能距離を検知する視認可能距離検知手段とを有するため、運転する乗員の生体情報である乗員特有の視認可能距離を検知することができる。車両の走行速度を検出する車速検出手段と、前記検出された車速に基づき乗員による車両の運転に必要な車線前方の必要視認距離を検知する必要視認距離検知手段とを有するため、車速を介して実際の乗員状態である乗員特有の必要視認距離を検知することができる。
前記ヘッドライト制御手段は、前記視認可能距離が必要視認距離よりも小さい場合に、前記視認可能距離が前記必要視認距離以上になるように、車線の境界線における車両から遠方側の部分の輝度に対して車両の近傍側の部分の輝度を高くするようにヘッドライトを制御する。これにより、グレア錯視を用いて乗員の瞳孔を対光反応として散瞳させることができ、乗員の視感度を瞳孔反応を用いて向上することができるので、瞳孔反応への影響を最小限に抑えつつ対光反応を利用して乗員の視認可能距離を必要視認距離以上にすることができる。
【0012】
請求項2の発明は、請求項1の発明において、前方に延びる車線の境界線を撮像する撮像手段と、前記車線の境界線の撮像情報を画像処理して車線の境界線の輝度情報を作成する輝度情報作成手段とを有し、前記視覚特性が、車線の境界線の輝度と視認可能距離との関係が予め設定された第1特性と車線の境界線の最小輝度と瞳孔径との関係が予め設定された第2特性とを含み、前記視認可能距離検知手段は、前記第1特性と第2特性とを用いて前記視認可能距離を検知することを特徴とすることを特徴としている。
この構成によれば、実際の境界線の輝度情報を用いて乗員の視認可能距離を高精度に検知することができ、第1,第2特性を用いて視認可能距離と必要視認距離とを容易に比較することができる。
【0013】
請求項3の発明は、請求項1又は2の発明において、前記必要視認距離検知手段は、車速と必要視認距離との関係が予め設定された第3特性を用いて前記必要視認距離を検知することを特徴としている。
この構成によれば、既知の第3特性を用いて必要視認距離を検知することができる。
【0014】
【0015】
請求項4の発明は、請求項1~3の何れか1項の発明において、前記ヘッドライト制御手段は、路面が乾燥しているとき又は必要視認距離よりも手前にカーブが存在するときを除いて、前記ヘッドライトの制御を実行することを特徴としている。
この構成によれば、視感度の調節を用いて車線の境界線を視認できる状況に限りヘッドライトの輝度を制御することができ、制御実行期間を制限することができる。
【0016】
請求項5の発明は、車線を走行する車両前方を照射可能なヘッドライトの輝度を制御するヘッドライト制御方法において、車両を運転する乗員の瞳孔径を検出する瞳孔径検出工程と、車両の走行速度を検出する車速検出工程と、予め設定された視認距離特性を用いて前記検出された瞳孔径に基づき乗員が視認可能な車線前方の視認可能距離を検知する視認可能距離検知工程と、前記検出された車速に基づき乗員による車両の運転に必要な車線前方の必要視認距離を検知する必要視認距離検知工程と、前記視認可能距離が必要視認距離よりも小さい場合に、前記視認可能距離が前記必要視認距離以上になるように、前記車線の境界線における車両に対し遠方側の部分の輝度に対して車両に対し近傍側の部分の輝度を高くするように前記ヘッドライトを制御するヘッドライト制御工程と、を有することを特徴としている。
この構成によれば、請求項1の発明と同様の効果を奏することができる。
【発明の効果】
【0017】
本発明のヘッドライト制御装置及びヘッドライト制御方法によれば、瞳孔径を介して乗員特有の視認可能距離を検知することにより、瞳孔反応への影響を最小限に抑えつつ前方視認距離を確保することができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】実施例1に係る制御装置によって制御されるヘッドライトを備えた車両の概略図である。
【
図5】視認可能距離と境界線輝度との関係を示す第1特性のグラフである。
【
図6】瞳孔径と境界線最小輝度との関係を示す第2特性のグラフである。
【
図7】車速と必要視認距離との関係を示す第3特性の表である。
【
図8】ヘッドライト制御の処理動作を示すフローチャートである。
【
図9】視認性判定処理動作を示すフローチャートである。
【
図10】ヘッドライト制御による乗員の瞳孔径変化を検証した際の検証結果を示す図である。
【
図11】ヘッドライト制御による乗員の視認可能距離変化を検証した際の検証結果を示す図である。
【
図12】実施例2に係る第1特性のグラフであって、(a)は、2個所の注視点の輝度を用いて設定された第1特性であり、(b)は、1個所の注視点の輝度を用いて設定された第1特性である。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。
以下の説明は、本発明を車両のヘッドライト制御に適用したものを例示したものであり、本発明、その適用物、或いは、その用途を制限するものではない。
【実施例1】
【0020】
以下、本発明の実施例1について
図1~
図11に基づいて説明する。
図1は、本実施例1に係る制御装置により制御される左右1対のヘッドライト4を有する車両1を示す。この車両1は四輪自動車であり、不図示の駆動装置により、4つの車輪2のうち左右対称に位置する2輪、例えば、左右1対の前輪を駆動する。これにより、車両1は走行移動する。以下、車両1を運転する乗員から視て、前方を前側とし、左方を左側とし、上方を上側として説明する。また、以下の説明は、ヘッドライト制御方法の説明を含むものである。
【0021】
1対のヘッドライト4は、車両1の前端部分において左右両端部に夫々設けられ、車両1の前方領域を照射する。詳細な図示は省略するが、各ヘッドライト4は、車両1のフロントフェンダに連続するように夫々配置されている。これらのヘッドライト4は、バッテリ3と電気的に接続されている。ヘッドライト4は、バッテリ3から供給される電力により点灯する。
【0022】
図2に示すように、ヘッドライト4は、ロービームユニット5と、ハイビームユニット6とを備えている。ロービームユニット5は、車両前方のやや下方に指向するロービームを発する。ロービームは、ヘッドライト4が照射する光のうち車体近傍側部分の照射光を形成する。ハイビームユニット6は、車両前方に略水平方向に指向するハイビームを発する。ハイビームは、ヘッドライト4が照射する光のうち車体遠方側部分の照射光を形成する。
【0023】
ロービームユニット5は、ロービームを発する複数のLED光源5bからなるLEDアレイ5a及びその後方に配置された反射鏡を有している。
図3に示すように、LEDアレイ5aは、上下方向に複数個並んだLED光源5bの列が、横方向(車幅方向)に複数列に並んで形成されている。各LED光源5bは、夫々独立して輝度を調整することができるように構成されている。ハイビームユニット6も、ロービームユニット5と略同様に、複数のLED光源6bからなるLEDアレイ6aを有する。
LEDアレイ6aにおけるLED光源6bの配列は、LED光源5bの配列と同じであっても良く、異なっていても良い。
【0024】
次に、ECU20について説明する。
図1に示すように、ボディ系ECU(Electrical Control Unit)20は、ヘッドライト4の点灯中、運転する乗員の視感度を向上させるようにヘッドライト4の照射光の輝度を制御可能に構成されている。ここで、視感度とは、一般に、人間の目が波長毎に光を感じ取る強さの度合を意味する。本実施形態では、特に、乗員が視認できる進行方向前方の車線境界線の明るさ(輝度)の度合として明所比視感度を対象としている。
【0025】
ECU20は、プロセッサと、複数のモジュールを有するメモリ等から構成されるコンピュータハードウェアである。このECU20は、ヘッドライト4の制御の他に、ドアのロック機構やパワーウインド装置等のボディ系デバイスの制御を実行可能に構成されている。
【0026】
図4に示すように、ECU20は、複数のセンサから入力された情報に基づいて、ヘッドライト4に対する制御指令信号を生成している。
これら複数のセンサは、車内カメラ11(瞳孔径検出手段)と、複数の車外カメラ12と、ヘッドライトスイッチ13と、車両1の走行速度を検出可能な車速センサ14(車速検出手段)と、車両1の現在位置情報や周囲の地理情報等を外部サーバから受信可能なGPS(Global Positioning System)センサ15等を含むものである。
【0027】
車内カメラ11は、運転席に着座した乗員の目を含む顔を撮影できるように配設されている。車外カメラ12は、車両1の周囲を水平方向に360°撮影できるように複数配設されている。カメラ11,12は、例えば、CCD(Charge Coupled Device)又はCMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)等のイメージセンサである。
ヘッドライトスイッチ13は、例えば、ウインカーレバーに設けられている。ヘッドライトスイッチ13がオン操作されたとき、後述するヘッドライト制御部25が作動して、車両1の前方にヘッドライト4から照射光が照射される。
【0028】
図4に示すように、ECU20は、車両1の走行シーンを判定する走行シーン判定部21と、記憶部22と、視認可能距離Dpを検知する視認可能距離検知部23(視認可能距離検知手段)と、必要視認距離Drを検知する必要視認距離検知部24(必要視認距離検知手段)と、ヘッドライト制御部25(ヘッドライト制御手段)等を備えている。
ECU20は、車内カメラ11で撮影した乗員画像及び複数の車外カメラ12で撮影した車外環境画像を画像処理する。このECU20は、画像処理された乗員画像に基づき乗員の瞳孔径を時系列的に順次検出している。ECU20は、車両1の前側近傍位置から進行方向前方に亙って車線の境界線の撮像情報を画像処理して車線の境界線の輝度情報を作成可能である。
【0029】
まず、走行シーン判定部21について説明する。
走行シーン判定部21は、複数の車外カメラ12により撮影された車外環境情報に基づき車両1が走行している走行時間帯(日中、夜間)、現在の走行位置(直進路、交差点、市街地、郊外)、天候(晴れ、雨、曇り、雪)、道路状態(路面が濡れている、雪が積もっている)、周囲の環境(店舗や街灯等からの環境光の有無等)を特定する。
この走行シーン判定部21は、車速センサ14で検出された車速に基づき車両1が走行中か否か判定する。また、走行シーン判定部21は、複数の車外カメラ12により撮影された車外環境情報及びGPSセンサ15に基づき後述する必要視認距離Drよりも手前側にカーブが存在するか否か判定する。
【0030】
次に、記憶部22について説明する。
記憶部22は、3つの第1~第3特性F1~F3を記憶している。
図5に示すように、第1特性F1は、乗員の視認可能距離Dpと乗員が視認可能な車線の境界線輝度との関係が予め設定されている。第1特性F1は、双曲線関数に類似したグラフとして表される。それ故、視認可能距離Dpが大きくなる程境界線から反射された反射光の輝度は低くなる。また、第1,第2特性F1,F2が本発明の視覚特性に相当している。
【0031】
図6に示すように、第2特性F2は、乗員の瞳孔径と乗員が視認可能な車線境界線の最小輝度との関係が予め設定されている。第2特性F2は、双曲線関数に類似したグラフとして表され、瞳孔径が大きくなる程網膜に入射する光量(境界線から反射された反射光量)が増加して反射光の輝度が少ない場合でも乗員は認識することができる。
それ故、瞳孔径が大きい場合、輝度が低い境界線であっても乗員は視認することができる。
【0032】
図7に示すように、第3特性F3は、車両1の走行速度と必要視認距離Drとの関係が予め設定されている。第3特性F3は、一次関数に相当する表として表わすことができ、車速が大きくなる程必要視認距離Drは大きくなる。必要視認距離Drは、精神的及び技量的に乗員が運転に必要とする前方の視界情報領域として定義される。
乗員は、運転中のドライバ特性として、ハンドル操作や急制動によって危険を回避できる地点として3秒先の到達地点を注視する傾向がある。本実施形態では、ドライバ特性を考慮し、現在位置から3秒先の到達地点までの距離を必要視認距離Drと設定している。
【0033】
次に、視認可能距離検知部23について説明する。
視認可能距離検知部23は、運転中に検出された乗員の瞳孔径と第1,第2特性F1,F2とを用いて視認可能距離Dpを演算している。具体的には、視認可能距離検知部23は、車内カメラ11で撮影した画像情報から求めた乗員の瞳孔径R1と第2特性F2とを用いて、乗員が視認可能な車線の境界線最小輝度B1を検知する(
図6参照)。車線境界線の輝度がB1以上であれば、瞳孔径R1である車線境界線を視覚能力的に視認することができる。
【0034】
図5に示すように、視認可能距離検知部23は、第2特性F2から求めた境界線最小輝度B1と第1特性F1とを用いて、乗員が視認することができる車線前方の境界線の視認可能距離Dp(Dp1)を検知する。即ち、瞳孔径がR1の乗員は、網膜の受光容量により、輝度がB1以上の車線境界線に限り視認可能である。それ故、輝度がB1未満である視認可能距離Dp1よりも離れた領域の車線境界線については視覚能力的に視認することができない。
【0035】
次に、必要視認距離検知部24について説明する。
必要視認距離検知部24は、車速と第3特性F3とを用いて必要視認距離Drを演算している。具体的には、
図7に示すように、必要視認距離検知部24は、車速センサ14で検出した車速と第3特性F3とを用いて、乗員が不安感を覚えることがない必要視認距離Dr(Dr1)を検知する。例えば、時速60km/hのとき、必要視認距離Dr1は50mである。
【0036】
次に、ヘッドライト制御部25について説明する。
ヘッドライト制御部25は、ヘッドライト4の照射光において、視感度増加制御を実行可能に構成されている。乗員の視感度は、グレア錯視、具体的には、車両遠方側部分の輝度と車両近傍側部分の輝度との差である輝度勾配によって調整することが可能である。
視感度を向上する場合、車両近傍側部分の輝度を高くし、車両遠方側部分の輝度を低くする。一方、視感度を減少させる場合、車両遠方側部分の輝度を高くし、車両近傍側部分の輝度を低くする。
【0037】
ヘッドライト制御部25は、ヘッドライト4を構成するLED光源5b,6bの輝度を夫々調整することで、ヘッドライト4の照射光の輝度勾配傾向を調整している。例えば、ヘッドライト制御部25は、各LED光源5b,6bのうち車両近傍側部分に光を照射するロービームユニット5のLED光源5bの輝度を、車両遠方側部分に光を照射するハイビームユニット6のLED光源6bの輝度よりも高くすることで、ヘッドライト4の輝度勾配傾向を調整している。
【0038】
ヘッドライト制御部25は、乗員の視感度向上が必要な場合、視感度増加制御を実行するように構成されている。このヘッドライト制御部25は、視認可能距離Dpが必要視認距離Drよりも小さいとき、乗員の視認性改善が必要であると判定している。
また、ヘッドライト制御部25は、視認性改善が必要であると判定されても、乗員による近見反応に悪影響を与える可能性がある場合、例えば、体調不良や0.2(cd/m2)を超える境界線輝度の増加等に該当する場合、視感度増加制御を禁止している。
【0039】
具体的には、夜間雨天時、車両1が時速60km/hで走行する際、必要視認距離Dr1は50mである(
図7参照)。このとき、乗員の瞳孔径R1が、例えば、2.7mmであり、
図6に示すように、境界線最小輝度B1が、例えば、0.2である。境界線最小輝度B1が0.2のとき、
図5に示すように、視認可能距離Dp1が、例えば、45mである。視認可能距離Dp1が必要視認距離Dr1(50m)よりも小さい場合、乗員は、50m先の境界線を視認することができないため、精神的及び技量的に不安感を覚える。
【0040】
図5に示すように、乗員の視感度の度合を境界線輝度B1からB2に変更することで、乗員が50m先の境界線を視認することが可能になる。境界線輝度をB1からB2に変更することは、境界線最小輝度をB1からB2に変更することに相当するため、
図6に示すように、グレア錯視を用いて乗員の瞳孔径を3.0mmに散瞳することにより乗員の視覚能力を向上し、乗員の不安感を解消している。
【0041】
次に、
図8に示すフローチャートを参照しながら、ECU20によるヘッドライト制御の処理動作の一例について説明する。尚、図中、Si(i=1,2,…)は、各ステップを示す。
【0042】
まず、車内外カメラ11,12等の各センサから入力された情報を読み込み(S1)、S2に移行する。S2では、乗員からヘッドライト4の点灯要求が有ったか否か判定する。
S2の判定の結果、ヘッドライトスイッチ13がオン操作されて点灯要求が有った場合、車外環境が暗い状況であるため、S3に移行する。S2の判定の結果、ヘッドライトスイッチ13がオン操作されずに点灯要求がない場合、車外環境が明るく、視感度増加制御が要求されるシーンではないため、リターンする。
【0043】
S3では、車両1が、現在走行中か否か判定する。
S3の判定の結果、車両1が走行中の場合、S4に移行する。
S3の判定の結果、車両1が走行中ではない場合、S7に移行する。
S4では、現在、視認性向上が必要なシーンか否か判定する視認性判定処理を実行して、S5に移行する。
【0044】
S5では、視感度増加制御を実行するか否か判定する。
乗員の視認性改善が必要な場合でも、乗員の近見反応に悪影響を与える可能性がある状況では、視感度増加制御は禁止される。尚、他の視界改善制御は実行可能である。
S5の判定の結果、視感度増加制御を実行する場合、S6に移行する。S6では、視感度を増加するため、ヘッドライト4を用いて車両近傍の輝度を上昇した後、リターンする。
S5の判定の結果、視感度増加制御を実行しない場合、S7に移行する。S7では、視感度を増加しないため、ヘッドライト4の現在の輝度を維持して、リターンする。
【0045】
次に、
図9に示すフローチャートを参照しながら、S4で実行される視認性判定処理動作の一例について説明する。尚、図中、Si(i=11,12,…)は、各ステップを示す。
【0046】
S4では、まず、第3特性F3を用いて検出された車速に対応した必要視認距離Drを演算し(S11)、S12に移行する。S12では、撮像された乗員画像に基づき乗員の瞳孔径を検出すると共にこの検出された瞳孔径と境界線輝度(境界線最小輝度)に基づき視認可能距離Dpを演算し、S13に移行する。
【0047】
S13では、車線の路面が濡れているか否か判定する。
S13の判定の結果、路面が濡れている場合、ヘッドライト4の照射光や環境光等が水膜に反射されるため、S14に移行する。S13の判定の結果、路面が濡れていない場合、ヘッドライト4の照射光や環境光等が水膜に反射されないため、S17に移行する。
【0048】
S14では、必要視認距離Drよりも手前にカーブが存在していないか否か判定する。
S14の判定の結果、必要視認距離Drよりも手前にカーブが存在していない場合、視界が良ければ、乗員が要視認距離Drよりも前方領域を見通せるため、S15に移行する。
S14の判定の結果、必要視認距離Drよりも手前にカーブが存在している場合、視界が良くても、乗員がカーブよりも前方領域を見通すことが物理的に困難であるため、S17に移行する。
【0049】
S15では、視認可能距離Dpが必要視認距離Drよりも小さいか否か判定する。
S15の判定の結果、視認可能距離Dpが必要視認距離Drよりも小さい場合、視認可能距離Dpを必要視認距離Drまで延ばす必要があるため、視認性改善要と判定し(S16)、終了する。S15の判定の結果、視認可能距離Dpが必要視認距離Dr以上の場合、視認可能距離Dpが必要視認距離Drを超えているため、視認性改善不要と判定し(S17)、終了する。
【0050】
次に、本発明の実施形態によるヘッドライト制御装置の作用効果について説明する。
作用、効果の説明にあたり、実車A,Bを準備し、乗員の瞳孔径及び視認可能距離について検証実験を夫々行った。実車Aは、視感度増加制御を実行しない車両、実車Bは、視感度増加制御を実行した車両であり、n数は3である。尚、視感度増加制御の実行有無を除き、車線境界線の輝度、環境光、車速(60km/h)等の諸条件は同じ値に設定した。
【0051】
図10,
図11に基づき、検証結果を説明する。
図10に示すように、車両Bに乗車した乗員の瞳孔径が、車両Aに乗車した乗員の瞳孔径よりも0.33mm大きいことが知見された。これにより、グレア錯視により乗員の眼に瞳孔反応(散瞳)が発現することが確認された。
図11に示すように、車両Bに乗車した乗員の視認可能距離Dpが、車両Aに乗車した乗員の視認可能距離Dpよりも5m大きいことが知見された。これにより、瞳孔径が大きい程網膜に入射する光が増加し、視認可能距離Dpの増加が確認された。
【0052】
このヘッドライト制御装置では、車両1を運転する乗員の瞳孔径を検出する車内カメラ11と、予め設定された視覚特性(第1,第2特性F1,F2)を用いて検出された乗員の瞳孔径に基づき乗員が視認可能な車線前方の視認可能距離Dpを検知する視認可能距離検知部23とを有するため、運転する乗員の生体情報である乗員特有の視認可能距離Dpを検知することができる。車両1の走行速度を検出する車速センサ14と、検出された車速に基づき乗員による車両1の運転に必要な車線前方の必要視認距離Drを検知する必要視認距離検知部24とを有するため、車速を介して実際の乗員状態である乗員特有の必要視認距離Drを検知することができる。ヘッドライト制御部25は、視認可能距離Dpが必要視認距離Drよりも小さい場合に、視認可能距離Dpが必要視認距離Dr以上になるようにヘッドライト4を制御する。このとき、ヘッドライト制御部25は、車線の境界線における車両1に対し遠方側の部分の輝度に対して車両1に対し近傍側の部分の輝度を高くするようにヘッドライト4を制御する。これにより、グレア錯視を用いて乗員の瞳孔を対光反応として散瞳させることができ、乗員の視感度を瞳孔反応を用いて向上することができるので、瞳孔反応への影響を最小限に抑えつつ対光反応を利用して乗員の視認可能距離Dpを必要視認距離Dr以上にすることができる。
【0053】
必要視認距離検知部24は、車速と必要視認距離Drとの関係が予め設定された第3特性F3を用いて必要視認距離Drを検知するため、既知の第3特性F3を用いて必要視認距離Drを検知することができる。
【0054】
【0055】
ヘッドライト制御部25は、路面が乾燥しているとき又は必要視認距離Drよりも手前にカーブが存在するときを除いて、ヘッドライト4の制御を実行するため、視感度の調節を用いて車線の境界線を視認できる状況に限りヘッドライト4の輝度を制御することができ、制御実行期間を制限することができる。
【0056】
車線を走行する車両前方を照射可能なヘッドライト4の輝度を制御するヘッドライト制御方法において、車両1を運転する乗員の瞳孔径を検出する瞳孔径検出工程(S1)と、車両の走行速度を検出する車速検出工程(S1)と、予め設定された視認距離特性(第1,第2特性F1,F2)を用いて前記検出された瞳孔径に基づき乗員が視認可能な車線前方の視認可能距離Dpを検知する視認可能距離検知工程(S12)と、前記検出された車速に基づき乗員による車両の運転に必要な車線前方の必要視認距離Drを検知する必要視認距離検知工程(S11)と、視認可能距離Dpが必要視認距離Drよりも小さい場合に、視認可能距離Dpが必要視認距離Dr以上になるように、車線の境界線における車両1に対し遠方側の部分の輝度に対して車両1に対し近傍側の部分の輝度を高くするようにヘッドライト4を制御するヘッドライト制御工程(S6)と、を有している。これにより、グレア錯視を用いて乗員の瞳孔を対光反応として散瞳させることができ、乗員の視感度を瞳孔反応を用いて向上することができるので、瞳孔反応への影響を最小限に抑えつつ前方視認距離を確保することができる。
【実施例2】
【0057】
次に、実施例2に係るヘッドライト制御装置について
図12(a),
図12(b)に基づいて説明する。実施例1では、第1特性F1は、乗員の視認可能距離Dpと乗員が視認可能な車線の境界線輝度との関係が予め設定されていたのに対し、実施例2では、実際に計測された境界線の輝度情報を用いて第1特性F1aを設定している。
尚、実施例1と同様の部材には、同じ符号を付している。
【0058】
ECU20は、車内カメラ11で撮影した乗員画像及び複数の車外カメラ12で撮影した車外環境画像を画像処理する。このECU20は、画像処理された乗員画像に基づき乗員の瞳孔径を時系列的に順次検出している。ECU20は、車両1の前側近傍位置から進行方向前方に亙って車線の境界線の撮像情報を画像処理して車線の境界線の輝度情報を作成する。
【0059】
乗員の顔の向きと瞳孔の方向との組み合わせを基に乗員の視線方向を計算し、視線方向が車線に交差した点(注視点)を求めると共に注視点のうち最も前方に位置する少なくとも2個所の注視点における境界線の輝度を検出する。
図12(a)に示すように、少なくとも2個所の注視点P1,P2を通る双曲線を作成し、第1特性F1aとして設定する。視認可能距離検知部23は、第2特性F2から求めた境界線最小輝度B1と第1特性F1aとを用いて、乗員が視認することができる車線前方の境界線の視認可能距離Dpを検知する。
【0060】
前述した第1特性F1aは、2個所の注視点における境界線の輝度を必要としたが、1個所の注視点における境界線の輝度にて第1特性F1bを設定することも可能である。
図12(b)に示すように、予め標準双曲線Lを設定しておき、最も前方に位置する1個所の注視点P3における境界線の輝度を検出する。標準双曲線Lを注視点P3を通るように移行して第1特性F1bを設定している。これにより、実際に計測された境界線の輝度情報を用いて乗員の視認可能距離Dpを高精度に検知することができ、第1特性F1a(F1b)と第2特性F2を用いて視認可能距離Dpと必要視認距離Drとを容易に比較することができる。
【0061】
次に、前記実施形態を部分的に変更した変形例について説明する。
1〕前記実施形態においては、車両近傍側部分に光を照射するロービームユニット5のLED光源5bの輝度を、車両遠方側部分に光を照射するハイビームユニット6のLED光源6bの輝度よりも高くした例を説明したが、制御前後で乗員視界における照射輝度を一定にしても良い。具体的には、車両近傍側部分に光を照射するロービームユニット5のLED光源5bの輝度を上昇すると共に車両遠方側部分に光を照射するハイビームユニット6のLED光源6bの輝度を下降させて、車両近傍側部分の輝度と車両遠方側部分の輝度の合計を制御の前後に亙り一定とする。これにより、ヘッドライト4の消費エネルギを抑制できる。
【0062】
2〕前記実施形態においては、グレア錯視を利用して瞳孔径を散瞳させた例を説明したが、より散瞳効果を高めるために、光刺激に加えてそれ以外の媒体を用いることも可能である。
例えば、ヘッドライト制御と並行して、突然、音刺激を与えても良く、また、照明色の変更によっても瞳孔反応として散瞳を生じさせることができる。
【0063】
3〕前記実施形態においては、第1特性F1のグラフと第2特性F2のグラフを夫々独立した2次元グラフとして保有した例を説明したが、瞳孔径と境界線輝度と視認可能距離Dpとを3軸とした単一の3次元グラフとして予め保有しても良い。
また、第1特性F1と第2特性F2をグラフの形ではなく、表の形で保有しても良く、第3特性F3を表の形ではなく、一次関数のグラフの形で保有することも可能である。
【0064】
4〕その他、当業者であれば、本発明の趣旨を逸脱することなく、前記実施形態に種々の変更を付加した形態で実施可能であり、本発明はそのような変更形態も包含するものである。
【符号の説明】
【0065】
1 車両
4 ヘッドライト
11 車内カメラ
12 車外カメラ
20 ECU
23 視認可能距離検知部
24 必要視認距離検知部
25 ヘッドライト制御部
F1,F1a,F1b 第1特性
F2 第2特性
F3 第3特性