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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-07
(45)【発行日】2024-08-16
(54)【発明の名称】糖の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07H 1/00 20060101AFI20240808BHJP
【FI】
C07H1/00
【請求項の数】 11
(21)【出願番号】P 2020020339
(22)【出願日】2020-02-10
(65)【公開番号】P2020138959
(43)【公開日】2020-09-03
【審査請求日】2022-12-15
(31)【優先権主張番号】P 2019030113
(32)【優先日】2019-02-22
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】519062742
【氏名又は名称】オーダ化成株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100113376
【弁理士】
【氏名又は名称】南条 雅裕
(74)【代理人】
【識別番号】100179394
【弁理士】
【氏名又は名称】瀬田 あや子
(74)【代理人】
【識別番号】100137811
【弁理士】
【氏名又は名称】原 秀貢人
(74)【代理人】
【識別番号】100185384
【弁理士】
【氏名又は名称】伊波 興一朗
(72)【発明者】
【氏名】村上 正浩
(72)【発明者】
【氏名】増田 侑亮
(72)【発明者】
【氏名】津田 裕陸
【審査官】早川 裕之
(56)【参考文献】
【文献】Angew. Chem. Int. Ed.,2020年,59,2755-2759
【文献】Synthesis ,2017年,49,3686-3691
【文献】Acta Chem. Scand. B,1978年,B32,249-256
【文献】Czech J. Food Sci.,2008年,26,117-131
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07H
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
糖の異性化方法であって、
(i):下記式Iで示される化合物
【化1】
(式中、XはHまたはCHOHを表す)
の塩基性水溶液を、水溶性の芳香族ケトンの存在下で紫外線照射し、下記式II
【化2】
で示される化合物を得るステップ、
を含み、
前記芳香族ケトンが、スルホニル基またはカルボキシル基を有するベンゾフェノン誘導体であることを特徴とする、
方法。
【請求項2】
請求項1に記載の方法であって、
(ii):前記ステップ(i)で得られる化合物を酸で処理することによって、下記式III
【化3】
で示される化合物を得るステップ、
をさらに含むことを特徴とする、
方法。
【請求項3】
請求項2に記載の方法であって、
前記酸が、クロロトリメチルシラン、塩酸、または、硫酸であることを特徴とする、
方法。
【請求項4】
請求項2または3に記載の方法であって、
前記式IIIで示される化合物を単離するステップ、をさらに含むことを特徴とする、
方法。
【請求項5】
請求項1~4のいずれか1項に記載の方法であって、
前記式Iで示される化合物が、六炭糖の還元糖または五炭糖の還元糖であることを特徴とする、
方法。
【請求項6】
請求項5に記載の方法であって、
前記六炭糖の還元糖が、グルコース、マンノース、ガラクトース、アロース、アルトロース、グロース、イドース、および、タロースからなる群から選択される還元糖であることを特徴とする、
方法。
【請求項7】
請求項5に記載の方法であって、
前記五炭糖の還元糖が、キシロース、リボース、アラビノース、および、リキソースからなる群から選択される還元糖である還元糖であることを特徴とする、
方法。
【請求項8】
請求項に記載の方法であって、
前記ベンゾフェノン誘導体が、
【化4】
からなる群から選択される1または2以上のベンゾフェノン誘導体であることを特徴とする、
方法。
【請求項9】
請求項1~のいずれか1項に記載の方法であって、
前記ステップ(i)における塩基性水溶液が、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化リチウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、水酸化カルシウム水溶液、水酸化マグネシウム水溶液、水酸化バリウム水溶液、炭酸ナトリウム水溶液、炭酸カリウム水溶液、リン酸カリウム水溶液、および、アンモニア水溶液からなる群から選択される塩基性水溶液であることを特徴とする、
方法。
【請求項10】
請求項2~4のいずれか1項に記載の方法であって、
(iii):前記ステップ(ii)で得られる化合物を、還元剤を用いて還元することにより、下記式IV
【化5】
で示される化合物を得るステップ、をさらに含むことを特徴とする、
方法。
【請求項11】
請求項10に記載の方法であって、
前記還元剤が、水素化ジイソブチルアルミニウムであることを特徴とする、
方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、糖の新規かつ簡便な製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
糖には様々な種類があるが、産業に有用な糖の多くは、その製造において複雑な工程を有する。例えば、2-デオキシグルコースは、ポジトロン断層法による医療診断に用いられる重要な化合物である(非特許文献1)が、既存の合成法は保護・脱保護の段階を含む多段階を経るものであり、より簡便な合成法の開発が望まれている(非特許文献2)。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0003】
【文献】S.Tamao et al. Jounal of Experimence & Clinical Cancer Research 2008, 27, 52.
【文献】F.W.Liu et al.Synthesis 2017, 49, 3686.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
本発明は、有用な糖を簡便に製造する方法を提供することを課題とした。
【課題を解決するための手段】
【0005】
本発明者らは、鋭意検討を重ねた結果、所定の糖の塩基性水溶液をケトンの存在下で紫外線照射することにより異性化された糖を得る、新規な反応工程を見出し、本発明を完成させるに至った。
【0006】
すなわち本発明は、一実施態様において、
糖の製造方法であって、
(i):下記式Iで示される化合物
【化1】
(式中、XはHまたはCHOHを表す)
の塩基性水溶液を、ケトンの存在下で紫外線照射し、下記式II
【化2】
で示される化合物を得るステップ、
を含む、方法に関する。
【0007】
本発明の一実施態様においては、
(ii):前記ステップ(i)で得られる化合物を酸で処理することによって、下記式III
【化3】
で示される化合物を得るステップ、
をさらに含むことを特徴とする。
【0008】
本発明の一実施態様においては、前記酸が、クロロトリメチルシラン、塩酸、または、硫酸であることを特徴とする。
【0009】
本発明の一実施態様においては、前記式IIIで示される化合物を単離するステップ、をさらに含むことを特徴とする。
【0010】
本発明の一実施態様においては、前記式Iで示される化合物が、六炭糖の還元糖または五炭糖の還元糖であることを特徴とする。
【0011】
本発明の一実施態様においては、前記六炭糖の還元糖が、グルコース、マンノース、ガラクトース、アロース、アルトロース、グロース、イドース、および、タロースからなる群から選択される還元糖であることを特徴とする。
【0012】
本発明の一実施態様においては、前記五炭糖の還元糖が、キシロース、リボース、アラビノース、および、リキソースからなる群から選択される還元糖である還元糖であることを特徴とする。
【0013】
本発明の一実施態様においては、前記ステップ(i)におけるケトンが、水溶性の芳香族ケトンであることを特徴とする。
【0014】
本発明の一実施態様においては、前記芳香族ケトンが、スルホニル基またはカルボキシル基を有するベンゾフェノン誘導体であることを特徴とする。
【0015】
本発明の一実施態様においては、前記ベンゾフェノン誘導体が、
【化4】
からなる群から選択される1または2以上のベンゾフェノン誘導体であることを特徴とする。
【0016】
本発明の一実施態様においては、前記ステップ(i)における塩基性水溶液が、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化リチウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、水酸化カルシウム水溶液、水酸化マグネシウム水溶液、水酸化バリウム水溶液、炭酸ナトリウム水溶液、炭酸カリウム水溶液、リン酸カリウム水溶液、および、アンモニア水溶液からなる群から選択される塩基性水溶液であることを特徴とする。
【0017】
本発明の一実施態様においては、
(iii):前記ステップ(ii)で得られる化合物を、還元剤を用いて還元することにより、下記式IV
【化5】
で示される化合物を得るステップ、をさらに含むことを特徴とする。
【0018】
本発明の一実施態様においては、前記還元剤が、水素化ジイソブチルアルミニウムであることを特徴とする。
【0019】
本発明の一又は複数の特徴を任意に組み合わせた発明も、本発明の範囲に含まれる。
【発明の効果】
【0020】
本発明の方法によれば、糖(特に、アルドース)を原料として、簡便な工程により、反応の各段階で様々な有用な糖を生成することができる。これまで複雑な工程を経なければ得ることができなかった有用な糖を、簡便な工程によって得ることができるため、産業上の有用性が高い。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本発明の最も重要な特徴は、下記式Iで示される化合物
【化6】
(式中、XはHまたはCHOHを表す)
の塩基性水溶液を、ケトンの存在下で紫外線照射することにより、下記式II
【化7】
で示される化合物を得ることができることを新規に見出した点にある。この反応は、紫外線で励起されたケトンが式Iで示される化合物の1位から水素を引き抜いた後、ラジカルが2位に転移して進行すると考えられる。
【0022】
なお、本明細書において、式Iで示される化合物の各置換基は、それぞれ独立に、紙面に対して手前側であっても奥側であってもよく、それゆえ式Iで示される化合物は様々な立体異性体を包含するものとする。例えば、非限定的な例として、式Iで示される化合物は、以下の立体異性体を全て包含する。
【化8】
【0023】
式Iで示される化合物の非限定的な例として、六炭糖の還元糖(例えば、グルコース、マンノース、ガラクトース、アロース、アルトロース、グロース、イドース、タロース)や五炭糖の還元糖(例えば、キシロース、リボース、アラビノース、リキソース)を挙げることができるが、本発明の方法は理論上様々な還元糖に広く使用することができる。
【0024】
本発明の方法において用いられるケトンは、水溶性のケトンが好ましく、水溶性の芳香族ケトンがより好ましく、スルホニル基またはカルボキシル基を有するベンゾフェノン誘導体がさらに好ましい。なお、単純なベンゾフェノンは水に溶解しないため、本発明の方法への使用には適さない。
【0025】
本発明の方法において使用し得るベンゾフェノン誘導体の非限定な例としては、下記のベンゾフェノン誘導体を挙げることができる。
【化9】
【0026】
本発明の方法において用いられる塩基性水溶液は、本発明の反応工程を阻害しない限り、様々な塩基性水溶液を使用し得る。本発明の方法において使用し得る塩基性水溶液の非限定的な例としては、水酸化ナトリウム水溶液、水酸化リチウム水溶液、水酸化カリウム水溶液、水酸化カルシウム水溶液、水酸化マグネシウム水溶液、水酸化バリウム水溶液、炭酸ナトリウム水溶液、炭酸カリウム水溶液、リン酸カリウム水溶液、または、アンモニア水溶液、もしくは、これらのうちの1つ以上を含む混合溶液、を挙げることができる。
【0027】
式IIで示される化合物は、水溶液からの単離が難しいため、酸で処理することによって、下記式III
【化10】
で示される化合物に変換し、単離に供してよい。この反応は、式IIで示される化合物に対して酸を作用させることで、分子内での脱水縮合が反応し、ラクトンが生成する反応である。なお、単離した式IIIで示される化合物は、塩基を作用させることにより、再び式IIで示される化合物に変換することができる。
【0028】
上記の工程において使用される酸は、反応工程を阻害しない限り、様々な酸を使用することができる。本発明の方法において使用し得る酸の非限定的な例としては、クロロトリメチルシラン、塩酸、硫酸を挙げることができる。
【0029】
式IIIで示される化合物は、還元剤を用いて還元することにより、下記式IV
【化11】
で示される化合物に、さらに変換することができる。この反応は、還元剤の作用によりラクトンのエステル部位が水素化され、生じたヘミアセタールが開環した後、6員環を巻き直すことで、式IVで示される化合物が生成される反応である。
【0030】
上記の工程において用いられる還元剤は、反応工程を阻害しない限り、様々な還元剤を用いることができる。本発明の方法において使用し得る還元剤の非限定的な例としては、水素化ジイソブチルアルミニウムを挙げることができる。
【0031】
本明細書において用いられる用語は、特定の実施態様を説明するために用いられるのであり、発明を限定する意図ではない。
【0032】
また、本明細書において用いられる「含む」との用語は、文脈上明らかに異なる理解をすべき場合を除き、記載された事項(部材、ステップ、要素または数字等)が存在することを意図するものであり、それ以外の事項(部材、ステップ、要素または数字等)が存在することを排除しない。
【0033】
異なる定義が無い限り、ここに用いられるすべての用語(技術用語および科学用語を含む。)は、本発明が属する技術の当業者によって広く理解されるのと同じ意味を有する。ここに用いられる用語は、異なる定義が明示されていない限り、本明細書および関連技術分野における意味と整合的な意味を有するものとして解釈されるべきであり、理想化され、または、過度に形式的な意味において解釈されるべきではない。
【0034】
本発明の実施態様は模式図を参照しつつ説明される場合があるが、模式図である場合、説明を明確にするために、誇張されて表現されている場合がある。
【0035】
本明細書において、例えば、「1~10w/w%」と表現されている場合、当業者は、当該表現が、1、2、3、4、5、6、7、8、9、または10w/w%を個別具体的に指すことを理解する。
【0036】
本明細書において、成分含有量や数値範囲を示すのに用いられるあらゆる数値は、特に明示がない限り、用語「約」の意味を包含するものとして解釈される。例えば、「10倍」とは、特に明示がない限り、「約10倍」を意味するものと理解される。
【0037】
本明細書中に引用される文献は、それらのすべての開示が、本明細書中に援用されているとみなされるべきであって、当業者は、本明細書の文脈に従って、本発明の精神および範囲を逸脱することなく、それらの先行技術文献における関連する開示内容を、本明細書の一部として援用して理解する。
【実施例
【0038】
以下の実施例及び参考例において、各種物性は以下のようにして測定した。
【0039】
H-NMR>
得られた化合物を、重水の溶液とし、高分解能核磁気共鳴装置(製品名「JNM-ECZ400S/L1」;100MHz、JEOL社製)を用いて測定した。化学シフトは、テトラメチルシランから低磁場側における100万分の1(ppm;δスケール)として記録し、NMR溶媒中の水素核(δ=4.79)を参照とした。
【0040】
13C-NMR>
得られた化合物を、重水の溶液とし、高分解能核磁気共鳴装置(製品名「JNM-ECZ400S/L1」;100MHz、JEOL社製)を用いて測定した。化学シフトは、テトラメチルシランから低磁場側における100万分の1(ppm;δスケール)として記録し、テトラメチルシランの炭素核(δ=0.0)を参照とした。
【0041】
実施例1:グルコースを原料とした例
本実施例における反応の概要を以下に示す。
【化12】
【0042】
ステップ(i)
空気中で、D-グルコース(1.8g、10mmol)、3,3’―ビス(ナトリウムスルホニル)ベンゾフェノン(BPSS;1.9g、5mmol)および水酸化ナトリウム(0.6g、15mmol)を水(200mL)に溶解させた。得られた水溶液に対して、紫外光(365nm)を照射しながら室温で2.5時間攪拌したところ、2-デオキシグルコン酸ナトリウムが得られた。
【0043】
ステップ(ii)
上記の反応溶液にクロロトリメチルシラン(TMSCl;3.1g、29mmol)を加えて、室温で4時間攪拌した。反応後、溶液をロータリーエバポレーターで濃縮し、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(酢酸エチル:メタノール=9:1)で精製することにより下記式
【化13】
で表される2-デオキシ-1,4-グルコノラクトン(440mg、2.7mmol)を収率27%で得た。その物性値は以下の通りであった。
【0044】
H NMR(400 MHz, DO):δ 2.59 (d, J = 18.1 Hz, 1H), 3.07 (dd, J = 18.1, 5.4 Hz, 1H),
3.72 (dd, J = 12.2, 5.3 Hz, 1H), 3.86 (dd, J = 12.2, 2.7 Hz, 1H), 4.04 (ddd, J = 9.2, 5.2, 2.7 Hz, 1H), 4.49 (dd, J = 9.2, 3.5 Hz, 1H), 4.72 (dd, J = 3.5, 5.4 Hz, 1H) ppm;13C NMR(100 MHz, DO):δ 38.8, 63.0, 67.7, 67.9, 82.9, 179.6 ppm
【0045】
ステップ(iii)
アルゴン中、ステップ(ii)で得た2-デオキシ-1,4-グルコノラクトン(14.6mg、0.09mmol)のテトラヒドロフラン溶液(6mL)を-78℃に冷却しながら攪拌し、そこへ水素化ジイソブチルアルミニウム(DIBAL)のテトラヒドロフラン溶液(1.0M、0.63mL、0.63mmol)を滴下した。滴下終了後、-78℃で2時間攪拌し、1Mの酢酸水溶液(0.63mL)を加えて反応を停止した。反応溶液をロータリーエバポレーターで濃縮し、シリカゲルカラムクロマトグラフィー(酢酸エチル:メタノール=9:1)で精製することにより下記式
【化14】
で表される2-デオキシ-D-グルコース(11.8mg、0.07mmol)を収率79%で得た。
【0046】
以上のとおり、グルコースを原料として、簡便な工程により、2-デオキシグルコン酸ナトリウム、2-デオキシ-1,4-グルコノラクトン、および、2-デオキシ-D-グルコースを製造することができた。
【0047】
実施例2:他の糖を原料とした例
実施例1においてグルコースを原料として実施した方法は、理論上、様々な還元糖を原料とする糖の製造方法に利用することができる。非限定的な例として、マンノース、ガラクトース、リボース、および、キシロースを用いて同様の反応を行った結果を以下に示す。
【化15】
【0048】
以上のとおり、本発明の方法を用いることにより、様々な有用な糖を簡便な方法により製造し得ることが示された。