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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-07
(45)【発行日】2024-08-16
(54)【発明の名称】金属成形品の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C21D 9/00 20060101AFI20240808BHJP
   C21D 6/00 20060101ALI20240808BHJP
【FI】
C21D9/00 A
C21D6/00 102A
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2020143526
(22)【出願日】2020-08-27
(65)【公開番号】P2022038840
(43)【公開日】2022-03-10
【審査請求日】2023-02-10
(73)【特許権者】
【識別番号】507250427
【氏名又は名称】日立GEニュークリア・エナジー株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】柳田 信義
(72)【発明者】
【氏名】内山 好司
(72)【発明者】
【氏名】渡辺 義雄
(72)【発明者】
【氏名】荒川 貴行
(72)【発明者】
【氏名】原田 清
【審査官】國方 康伸
(56)【参考文献】
【文献】特公昭46-019414(JP,B1)
【文献】特開2012-053556(JP,A)
【文献】特開2011-159213(JP,A)
【文献】特開2020-121348(JP,A)
【文献】特開2014-104556(JP,A)
【文献】特開2015-187768(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 9/00- 9/44
C21D 9/50
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
熱処理した金属素材を加工して成形品を得る金属成形品の製造方法において、
前記金属素材はオーステナイト綱であり、
前記金属素材の全体に対して溶体化熱処理をした場合に非弾性ひずみが発生する領域を予測する工程と、
前記領域を余肉部として含む形状を有する金属素材を準備する工程と、
準備した前記金属素材の全体に前記溶体化熱処理を行う工程と、
前記溶体化熱処理後の前記金属素材の前記余肉部を除去する工程と、
前記余肉部を除去した前記金属素材を所望の形状に加工して金属成形品を得る工程と、を有することを特徴とする金属成形品の製造方法。
【請求項2】
前記金属素材の非弾性ひずみが発生する領域を予測する工程は、
前記成形品の形状を決定する工程と、
前記成形品の前記余肉部の厚さを設定する工程と、
シミュレーションによる解析を行い、前記余肉部を除いた前記成形品に非弾性ひずみが発生しているか否かを判断する工程と、を有することを特徴とする請求項1に記載の金属成形品の製造方法。
【請求項3】
前記溶体化熱処理は、1100℃に加熱した後に水に投入して急冷する熱処理であることを特徴とする請求項1または2に記載の金属成形品の製造方法。
【請求項4】
前記シミュレーションによる解析は、有限要素法を用いる方法とし、非定常熱伝導解析および熱弾塑性解析を適用することを特徴とする請求項2に記載の金属成形品の製造方法。
【請求項5】
前記金属素材の非弾性ひずみが発生する領域を予測する工程は、
前記シミュレーションによる解析の結果を収集してデータベースを作成し、前記データベースから前記非弾性ひずみが発生する領域を予測することを特徴とする請求項2に記載の金属成形品の製造方法。
【請求項6】
前記金属素材の非弾性ひずみが発生する領域を予測する工程は、
前記金属素材と同じ材料からなり、前記溶体化熱処理を行った測定用金属素材を用意し、
前記測定用金属素材に対して、固有ひずみ法によってひずみを測定し、測定結果から前記金属素材の非弾性ひずみが発生する領域を予測することを特徴とする請求項1に記載の金属成形品の製造方法。
【請求項7】
前記金属素材の非弾性ひずみが発生する領域を予測する工程は
記測定による複数の結果を収集してデータベースを作成し、前記データベースから前記非弾性ひずみが発生する領域を予測することを特徴とする請求項6に記載の金属成形品の製造方法。
【請求項8】
前記余肉部は、前記金属素材から前記金属成形品を仕上げる際の加工しろであることを特徴とする請求項1からのいずれか1項に記載の金属成形品の製造方法。
【請求項9】
熱処理した金属素材を加工して成形品を得る金属成形品の製造方法において、
前記金属素材はオーステナイト綱であり、
前記金属素材の全体に対して溶体化熱処理をした場合に残留応力が発生する領域を予測する工程と、
前記領域を余肉部として含む形状を有する金属素材を準備する工程と、
準備した前記金属素材の全体に前記溶体化熱処理を行う工程と、
前記溶体化熱処理後の前記金属素材の前記余肉部を除去する工程と、
前記余肉部を除去した前記金属素材を所望の形状に加工して金属成形品を得る工程と、を有し、
前記金属素材の残留応力が発生する領域を予測する工程は、
前記金属素材と同じ材料からなり、前記溶体化熱処理を行った測定用金属素材を用意し、
前記測定用金属素材に対して、X線回折法による残留応力計測法によって表面の残留応力を測定し、測定結果から前記金属素材の残留応力が発生する領域を予測する、
ことを特徴とする金属成形品の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、金属成形品の製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
金属材料からなる素材を所定の形状に加工(切削や切断)して成形品を製造する方法において、加工前の素材に熱処理が適用される場合がある。例えば、オーステナイト系ステンレス鋼では、1000℃以上に加熱した素材を水槽に投入して急速に冷却する溶体化熱処理と呼ばれる熱処理が行われる。このような熱処理では、素材表面は急速な冷却により熱応力が発生する。条件によっては、降伏が起きて塑性ひずみが発生する。急冷過程で発生した塑性ひずみは、素材が室温に到達した時点で残留応力を発生させる。
【0003】
熱処理を受けた素材を加工して成形品を製作する場合、残留応力が発生している領域が加工によって除去される。加工前の素材では、残留応力は力学的に平衡した状態で分布している。一方、残留応力が発生している領域が加工により除去されると、残留応力の再配分が起きることにより加工中に変形が起きる。
【0004】
加工過程で起きる残留応力の解放およびそれに伴って発生する変形は、成形品の寸法精度に影響を及ぼす。例えば、成形品の加工過程において、ある一部分の領域を仕上げた後に、他の部分の加工を行う場合、後続の加工領域の残留応力が解放され、後続の加工領域において内力の分布が平衡状態となるように変形が起きることから、最初に仕上げた領域では要求される幾何寸法公差を逸脱するような変形が起きることがある。
【0005】
このようにして発生する変形の抑制を目的として、下記特許文献1では、切削用素材の残留応力を十分に取り除くことができ、切削加工後に、寸法変化等の不具合が生じるのを防止することができる切削用素材の製造方法を提供している。この技術では、切削加工製品を切削加工する前の切削用素材を製造するための切削用素材の製造方法であって、成形素材を1次成形して1次成形品を得る工程と、1次成形品に対し溶体化処理を行った後、焼き入れ処理を行う工程と、焼き入れ処理を行った後、1次成形品に対し、冷間鍛造による2次成形を行って、切削用素材としての2次成形品を得る工程を含み、1次成形品に蓄積される残留応力が2次成形によって除去されるように、1次成形品の形状を決定するようにしたことを特徴とする切削用素材の製造方法を提供している。
【0006】
この切削用素材の製造方法によれば、2次成形である冷間鍛造によって、1次成形品を塑性流動させるものであるから、残留応力が取り除かれた2次成形品を切削用素材として得ることができる。この切削用素材は、残留応力が取り除かれているため、切削加工を行って切削加工製品を製作した際に、残留応力に起因する切削加工後の寸法変化を確実に防止でき、高精度かつ高品質の切削加工製品を得ることができるとしている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】国際公開第2015/002177号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
上述したように、熱処理により素材に蓄積される残留応力は、加工後の構造物の変形に影響を及ぼすことから除去されることが好ましい。上記した特許文献1に記載の方法では、焼き入れ時に蓄積される残留応力を、2次成形によって取り除くようにしている。すなわち、2次成形において、焼き入れ後の1次成形品に対し所定の加工率で鍛造加工を行うことによって、1次成形品の内部全域において適度な永久ひずみを与えて、残留応力を取り除くようにしている。
【0009】
しかしながら、1次成形品の内部全域において適度な永久ひずみを与える場合には、内部全体の応力が降伏応力を超えるように荷重を負荷する必要がある。負荷する荷重は当該1次成形品の寸法に依存し、寸法が大きくなるとともに負荷するべき荷重も大きくなる。そのため、1次成形品の寸法によっては、大規模な鍛造加工の設備が2次成形の実施に必要となる。
【0010】
また、与える適度な永久ひずみは、1次成形品のなかで一様に分布するのが理想的である。永久ひずみの分布が不均一な場合は、それに起因して残留応力が発生する。1次成形品の形状が複雑な場合には、1次成形品の内部に永久ひずみを一様な分布で発生させる設備が必要となる。1次成形品の寸法が大きい場合には、永久ひずみを発生させることは困難であり、特許文献1に記載の技術が適用できないことがあり得る。
【0011】
本発明は、上記事情に鑑み、成形品の大きさによらず、熱処理した金属素材の加工に際の変形を抑制し、高い寸法精度を達成できる金属成形品の製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0012】
上記課題を解決するための本発明の一態様は、熱処理した金属素材を加工して成形品を得る金属成形品の製造方法において、金属素材に所定の条件で熱処理をした場合に非弾性ひずみが発生する領域を予測する工程と、上記領域を余肉部として含む形状を有する金属素材を準備する工程と、準備した金属素材に所定の条件の熱処理を行う工程と、熱処理後の金属素材の余肉部を除去する工程と、余肉部を除去した金属素材を所望の形状に加工して金属成形品を得る工程と、を有することを特徴とする金属成形品の製造方法である。
【0013】
また、上記課題を解決するための本発明の他の態様は、熱処理した金属素材を加工して成形品を得る金属成形品の製造方法において、金属素材に所定の条件で熱処理をした場合に残留応力が発生する領域を予測する工程と、上記領域を余肉部として含む形状を有する金属素材を準備する工程と、準備した金属素材に所定の条件の熱処理を行う工程と、熱処理後の金属素材の余肉部を除去する工程と、余肉部を除去した金属素材を所望の形状に加工して金属成形品を得る工程と、を有することを特徴とする金属成形品の製造方法である。
【0014】
本発明のより具体的な構成は、特許請求の範囲に記載される。
【発明の効果】
【0015】
本発明によれば、成形品の大きさによらず、熱処理した金属素材の加工に際の変形を抑制し、高い寸法精度を達成できる金属成形品の製造方法を提供することができる。
【0016】
上記した以外の課題、構成および効果は、以下の実施形態の説明により明らかにされる。
【図面の簡単な説明】
【0017】
図1】実施例1の金属成形品の製造方法のフローチャート
図2】従来の金属成形品を示す断面模式図
図3】実施例1の金属成形品を示す断面模式図
図4】余肉部の厚さを決定するためのコンピューターシミュレーションに適用する金属素材および成形品の解析モデルを示す模式図
図5】実施例2の金属成形品を示す断面模式図
図6】実施例2の金属成形品を示す断面模式図
図7】圧延材の厚さ、塑性ひずみ発生領域深さおよび加工可能な成形品厚さをまとめたデータベースの一例
【発明を実施するための形態】
【0018】
本発明の実施例を以下に説明する。なお、本発明において、加工前の金属材料を金属素材と称し、金属素材を所望の形状に加工した製品を金属成形品と称する。これらを素材または成形品とも称する。また、実施例では塑性ひずみを非弾性ひずみとする。
【実施例1】
【0019】
まず始めに、従来の金属成形品の製造方法と、本発明の一実施形態である実施例1の金属成形品の製造方法を比較する。図2は従来の金属成形品を示す断面模式図である。図2の金属成形品10bは、金属素材11bに対して熱処理を施し、加工しろ20(厚さB)を除去して作製したものである。金属素材11bとして、例えばオーステナイト鋼を用いる場合は、1100℃に加熱して1分間保持した後に水に投入する熱処理(溶体化熱処理)が行われる。このような熱処理を行うと、金属素材11bの表面に塑性ひずみ(非弾性ひずみ)が発生する。図2の符号13bを付した波線のハッチング領域が、熱処理後の金属素材11bにおける塑性ひずみ発生領域である。
【0020】
図2では、溶体化熱処理により、厚さA´の塑性ひずみが発生している。塑性ひずみ発生領域13bの厚さA´が加工しろ20の厚さBよりも厚い場合には、加工後の成形品10bの表面には塑性ひずみが残留する。塑性ひずみの分布は不均一であり、例えば、図2中の線分C1および線分C2では、線分の全長に対して、塑性ひずみが発生している長さの領域の割合が大きく、このような部位とその付近の加工しろ20を加工すると、加工しろの残留応力の解放が起き、加工しろの加工の順序によっては成形品に変形が発生する。
【0021】
図3は実施例1の金属成形品を示す断面模式図である。本実施例では、金属素材11aに熱処理を施して発生した塑性ひずみ発生領域13aの厚さAが、加工しろ20の厚さと一致している。すなわち、塑性ひずみ発生領域13aが成形品10aの形状に重ならないので、加工により成形品10aが形成された時点で、成形品には塑性ひずみが発生しておらず、残留応力は発生しない。そのため、成形品を寸法通りに加工することができる。
【0022】
本実施例では、上述した加工しろ20を余肉部として含む形状の金属素材11aを用意し、金属素材11aの熱処理後にこの余肉部を除去して金属成形品10aが得られるようにする。なお、図3では加工しろ20と塑性ひずみ発生領域13aが一致するように余肉部が設定されているが、塑性ひずみ発生領域13aと、塑性ひずみ発生領域13aよりも広い範囲の加工しろとを含む余肉部を設定し、塑性ひずみ発生領域13aを加工して除去した後に加工しろを加工して除去し、金属成形品10aを作製してもよい。
【0023】
上述した図3の金属成形品10aを製造するための方法を説明する。図1は実施例1の金属部材の製造方法のフローチャートである。本発明の金属成形品の製造方法は、図1に示すように、金属素材に所定の条件で熱処理をした場合に金属素材の非弾性ひずみが発生する領域を予測する工程(S1)と、この領域を余肉部として含む形状を有する金属素材を準備する工程(S2)と、準備した金属素材に所定の条件の熱処理を行う工程(S3)と、熱処理後の金属素材の余肉部を除去する工程(S4)と、余肉部を除去した金属素材を所望の形状に加工して金属成形品を得る工程(S5)とを有する。以下、S1~S5について詳述する。
【0024】
S1の工程では、最初に製造しようとする成形品の形状を決定する(S11)。続くS12からS15は、余肉部の厚さを決定するための処理となる。この工程では、コンピュータによるシミュレーションを適用する。
【0025】
図4は余肉部の厚さを決定するためのコンピューターシミュレーションに適用する金属素材および成形品の解析モデルを示す模式図である。この解析モデルを用いて、コンピューターシミュレーションを実施する。コンピュターシミュレーションでは、有限要素法を用いる。有限要素法は、解析対象の形状を模擬した解析モデルを複数の有限要素と呼ばれる領域に分割し、要素に設けられた節点および積分点と呼ばれる評価点において、温度、変位、ひずみおよび応力を計算する公知の方法である。なお、図4では、成形品10および余肉部を含む素材11cの形状のみを示しており、有限要素および節点は表示していない。
【0026】
まず始めに、金属成形品10の形状を模擬した解析モデルを作成する。加工前の金属素材11cに対して溶体化熱処理が行われるが、溶体化熱処理により素材の表面から内部に向かって塑性ひずみが発生する。発生する塑性ひずみが成形品の形状に重ならないように余肉部を設ける(S12)。余肉部の厚さは、コンピューターシミュレーションによって決定する。次に、製品形状の外側に余肉部の領域を設ける。余肉部は製品の表面から一様な厚さになるように設けた解析モデルとする。
【0027】
有限要素法では、最初に非定常熱伝導解析により温度分布の履歴を求め(S13)、次に熱弾塑性解析により塑性ひずみの分布を求める(S14)。非定常熱伝導解析では、解析モデルのすべての節点の温度が溶体化熱処理温度である1100℃に到達するように節点温度を設定する。次に、実機では素材を水中に投入することにより急冷を模擬するためのシミュレーションを実施する。溶体化熱処理では、水中に投入された素材の表面から周囲の水に放熱が起きる。素材表面から周囲の水に熱が移動する現象は、シミュレーションでは熱伝達境界条件を設定することにより模擬する。熱伝達境界条件を用いた溶体化熱処理のコンピューターシミュレーションは公知の方法である。このコンピューターシミュレーションにより、余肉部を設けた素材11cの溶体化熱処理過程の温度分布の履歴を計算することができる。
【0028】
上述した温度解析により得られた昇温および急冷による温度分布を用いて、熱弾塑性解析により素材に発生する塑性ひずみおよび残留応力を計算する。熱弾塑性解析は、温度分布解析結果の温度範囲である、室温から溶体化熱処理温度である1100℃までの応力ひずみ関係および発生する熱ひずみを計算する物性値である線膨張係数により解析することができる。熱弾塑性解析により素材に発生する塑性ひずみおよび残留応力の予測も公知の方法である。
【0029】
以上説明した温度解析および熱弾塑性解析により、解析対象に発生する塑性ひずみの分布を求めることができる。塑性ひずみは、素材の表面から素材の内部に発生し、ある深さでゼロになる。ポストプロセッサにより塑性ひずみが発生した領域を求める。
【0030】
次に、非弾性ひずみが成形品に発生しているか否かを判断する(S15)。コンピューターシミュレーションにより予測した塑性ひずみが発生した範囲が成形品の形状に重ならなかった場合には、成形品の形状に解析モデルで設定した余肉部を設けた形状を素材の形状とすればよい。なお、コンピューターシミュレーションにより予測した塑性ひずみが発生した領域が余肉部で占める領域が少ない場合、すなわち、余肉部において塑性ひずみが発生していない領域が比較的広い場合には、得られた塑性ひずみが発生した領域の厚さを余肉部の厚さとした解析モデルを作成し、その解析モデルを対象として、再度、非定常熱伝導解析および熱弾塑性解析を実施してもよい。余肉部は、切削加工により削除するため、余肉部の厚さが大きい場合には切削加工に長時間を要する。一方、塑性ひずみが発生する領域が、成形品の外面に接している状態の場合には、余肉部の加工に要する時間の短縮が可能となる。
【0031】
コンピューターシミュレーションにより予測した塑性ひずみが発生した範囲が成形品の形状に重なった場合には、得られた塑性ひずみが発生した領域の厚さを余肉部の厚さとした解析モデルを作成し、その解析モデルを対象として、再度、非定常熱伝導解析および熱弾塑性解析を実施する。その結果、塑性ひずみが発生した範囲が、成形品の形状に重ならなかった場合には、成形品の形状に解析モデルで設定した余肉部を設けた形状を素材の形状とすればよい。また、重なった場合には、余肉部の厚さをさらに厚くした解析モデルを作成し、その解析モデルを対象として、非定常熱伝導解析および熱弾塑性解析を実施する。このように、塑性ひずみが発生した範囲が成形品の形状に重ならない余肉部の厚さとなるまで解析を繰り返す。
【0032】
以上のコンピューターシミュレーションによる解析により、成形品の形状に塑性ひずみが発生した領域が重ならないようにするために必要となる余肉部の厚さを決定する。
【0033】
次に、素材の形状として、成形品の形状に前記で求めた塑性ひずみ発生する領域が余肉部内となる厚さの余肉部を設けた金属素材を準備する(S2)。本実施例では、素材の形成として熱間鍛造を適用する。形成した素材に対して溶体化熱処理を実施する(S3)。熱処理後の素材に対して、余肉部を表面から加工により除去する(S4)。加工は、切削加工や切断加工を用いることができる。余肉部は、全体を均一に除去していくことが好ましいが、余肉部を複数の部位に分けて、この部位ごとに除去してもよい。余肉部を除去した時点で、素材からの残留応力の除去が完了する。これ以降は、加工を行っても残留応力の解放はないため、残留応力の解放に伴う変形は起きないので、所定の形状に成形品を加工して金属成形品を完成する(S5)。
【0034】
上述したように、本実施例によれば、素材を熱処理した際に塑性ひずみが発生する領域を余肉部として設定し、熱処理後には余肉部を除去することで素材から塑性ひずみが発生している領域を除去する。このような構成とすることで、素材を成形品の形状に加工する際の変形を抑制することができる。
【実施例2】
【0035】
実施例2の金属成形品の製造方法を図5および図6を用いて説明する。本実施例では、素材12として圧延材を用いる場合について説明する。図5は実施例1の金属成形品を示す断面模式図である。図5に示すように、板状(帯状)の圧延材である金属素材12から成形品10を加工により形成する場合について説明する。
【0036】
最初に、溶体化熱処理により塑性ひずみが発生する領域をコンピューターシミュレーションにより予測する。なお、本実施例のように素材が板状の場合には、厚さ、溶体化熱処理の温度を変数として、温度解析および熱弾塑性解析により塑性ひずみが発生する深さを求め、それをデータベースとしておけば、それ以降はデータベースを用いることにより、成形品を製作するために必要となる素材の厚さをただちに決定することが可能となる。
【0037】
図5に示したように、成形品10を加工するのに必要となる厚さに余肉部を加えた厚さを有する素材12を形成する。次に素材12を溶体化熱処理として、所定の温度に昇温、保持した後に水槽に投入して急冷する。急冷により、室温に到達した時点では素材の表面から余肉部の厚さの範囲に塑性ひずみが発生する。
【0038】
塑性ひずみが発生する領域13cを含む余肉部である加工しろ20を除去すると、成形品は残留応力が除去された状態となる。その後、所定の形状になるように加工を行えばよい。なお、板状の圧延材では、溶体化熱処理におり塑性ひずみが発生する領域は、素材表面から均一な深さとなる。そこで、余肉部を除去する方法として、切削加工ではなく、バンドソーやワイヤー放電加工による切断加工としてもよい。
【0039】
余肉部を除去した後は加工に際して残留応力の解放はないため、要求される寸法精度を満たす製作を容易に行うことが可能となる。
【0040】
図6は実施例2の金属成形品を示す断面模式図であり、図5とは異なる加工しろ20を有する例である。図5では、加工によって除去する加工しろ20領域が大きいが、成形品を複数製作する場合には、図6に示すように加工すれば、加工によって除去する加工しろ20領域がより小さくなり、材料の無駄を省くことが可能になる。
【実施例3】
【0041】
実施例1および実施例2では、塑性ひずみの発生領域の予測および余肉部の厚さの設定をコンピューターシミュレーションにより行った。一方、溶体化熱処理を行った素材に対して、塑性ひずみが発生している領域を実験計測により求めることもできる。
【0042】
圧延材のような厚板状の金属素材に対しては、溶体化熱処理を行った金属素材にひずみゲージを取り付けて、加工に伴って解放されるひずみを計測することにより、塑性ひずみが発生している領域を求めることができる。この方法は固有ひずみ計測法と呼ばれている公知の技術である。
【0043】
すなわち、ひずみ測定用の溶体化熱処理を行った金属素材を用意し、この測定用の金属素材に対して固有ひずみ計測法により塑性ひずみが発生する深さを計測する。そして、計測した結果から、金属成形品の製作に際して、設けるべき余肉の厚さを決定することができる。
【0044】
決定した余肉を設けた金属素材に対して、溶体化熱処理を行い、さらに余肉部を除去した後に、成形品の加工を行うことにより、成形品の加工過程では残留応力の解放による変形の発生を回避することが可能となり、製品の寸法精度を満たす加工が容易になる。
【実施例4】
【0045】
実施例1および実施例2では、塑性ひずみの発生領域の予測および余肉部の厚さの設定をコンピューターシミュレーションにより行った。また、実施例3では、溶体化熱処理を行った測定用の金属素材を用意し、この金属素材に対して固有ひずみ計測法による実験計測から余肉部の厚さを決定した。これらの結果から、金属素材の形状と、熱処理により金属素材の表面に発生する塑性ひずみ発生領域との関係を示すデータベースを構築すれば、データベースに登録したデータから余肉部の厚さをただちに決定することができる。
【0046】
図7は圧延材の厚さ、塑性ひずみ発生領域深さおよび加工可能な成形品厚さをまとめたデータベースの一例である。圧延材の厚さ、塑性ひずみ発生領域深さから加工可能な成形品厚さを求めることができる。図7から、製造する金属成形品のサイズを基に、加工可能な製品厚さを有する圧延材厚さを選定して熱処理を行い、余肉部を除去した後に最終的な成形品の形状に加工を行えばよい。本方法では、ひとたびデータベースを構築すれば、熱処理すべき素材の大きさ(形状)をただちに決定できる利点がある。
【実施例5】
【0047】
実施例1から実施例4では、金属素材の塑性ひずみが発生する領域を決定して、その領域を余肉部として金属素材に設けた。金属素材の加工過程の残留応力の解放に伴って発生する変形は、金属素材の残留応力が影響する。そこで、金属素材の残留応力を実験計測して、残留応力が消滅する深さを求め、その領域の厚さを余肉部の厚さとしてもよい。
【0048】
本実施例を適用する方法について、板状の圧延材を対象に説明する。所定の熱処理を実施した金属素材を準備し、素材表面の残留応力を測定する。本実施例ではX線回折法による残留応力計測法を適用する。次に、表面から深さ方向に複数のX線回折測定を行い、残留応力を計測する。この深さ方向の削除と残留応力の計測を、残留応力がゼロとなる深さまで実施する。計測された残留応力がゼロとなる深さが余肉として設定するべき深さとなる。
【0049】
本実施例により決定した余肉部の厚さは、本質的には実施例4で決定したものと一致するが、X線回折法による残留応力の直接計測に基づいて決定している点に特徴がある。
【0050】
以上、説明したように、本発明によれば熱処理した金属素材の加工の際の変形を抑制し、高い寸法精度を達成できる金属成形品の製造方法を提供できることが示された。本発明により、熱処理により非弾性ひずみまたは残留応力を有する素材から成形品を製作するに際して、残留応力の解放に伴って発生する変形が、成形品の寸法精度に及ぼす影響を除去することが可能であり、高い寸法精度を有する成形品をその大きさによらず製作することが可能となる。
【0051】
なお、本発明は上記した実施例に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上記した実施例は本発明を分かり易く説明するために詳細に説明したものであり、必ずしも説明した全ての構成を備えるものに限定されるものではない。また、ある実施例の構成の一部を他の実施例の構成に置き換えることが可能であり、ある実施例の構成に他の実施例の構成を加えることも可能である。また、各実施例の構成の一部について、他の構成の追加・削除・置換をすることが可能である。
【符号の説明】
【0052】
10a,10b…金属成形品、11a、11b、11c、12…金属素材、13a、13b、13c…塑性ひずみ発生領域、20…加工しろ(余肉部)。
図1
図2
図3
図4
図5
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図7