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特許7535474電子源、荷電粒子線装置、および荷電粒子ビームシステム
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  • 特許-電子源、荷電粒子線装置、および荷電粒子ビームシステム 図1
  • 特許-電子源、荷電粒子線装置、および荷電粒子ビームシステム 図2A
  • 特許-電子源、荷電粒子線装置、および荷電粒子ビームシステム 図2B
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-07
(45)【発行日】2024-08-16
(54)【発明の名称】電子源、荷電粒子線装置、および荷電粒子ビームシステム
(51)【国際特許分類】
   H01J 37/06 20060101AFI20240808BHJP
   H01J 37/28 20060101ALI20240808BHJP
【FI】
H01J37/06 A
H01J37/28 B
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2021089268
(22)【出願日】2021-05-27
(65)【公開番号】P2022181997
(43)【公開日】2022-12-08
【審査請求日】2024-01-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110002572
【氏名又は名称】弁理士法人平木国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】佐山 淳一
(72)【発明者】
【氏名】松原 信一
【審査官】大門 清
(56)【参考文献】
【文献】米国特許第04473771(US,A)
【文献】特開昭52-019958(JP,A)
【文献】特開2003-036807(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01J 37/00-37/36
H01J 1/13
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
フィラメントを通電加熱することにより熱電子を放出する電子源であって、
前記フィラメントは、前記熱電子の放出対象の試料に対向する先端を含む先端部分と規定される第1部分と、前記先端部分以外の非先端部分と規定される第2部分とを含み、
前記フィラメントの前記第2部分は、前記フィラメントを構成する材料よりも放射率の高い材料で被覆されている、電子源。
【請求項2】
請求項において、
前記フィラメントを構成する材料よりも放射率の高い材料は、炭素、酸化ケイ素、酸化チタン、酸化クロム、酸化マンガン、酸化鉄、酸化コバルト、酸化銅、あるいは酸化ジルコニウムから選ばれる少なくとも1つの材料を含む、電子源。
【請求項3】
請求項1または2に記載の電子源を備える荷電粒子線装置。
【請求項4】
請求項に記載の荷電粒子線装置と、
前記荷電粒子線装置に前記電子源の寿命に関する情報を提供するコンピュータと、を備え、
前記コンピュータは、フィラメントの複数種類の性状に対応する電子源の寿命の情報を保持し、入力されたフィラメントの形状または電気特性に基づき、前記電子源の寿命を予測して通知する処理を実行する、荷電粒子ビームシステム。
【請求項5】
請求項において、
前記コンピュータは、定格電流で前記フィラメントを用いた場合の前記電子源の寿命の情報を保持する、荷電粒子ビームシステム。
【請求項6】
請求項において、
前記コンピュータは、フィラメントの形状または電気特性に対応する電子源の寿命の情報を出力する学習モデルを有し、前記電子源の使用時の電流値を含む使用履歴を取得し、当該使用履歴に基づいて、使用中の前記フィラメントの残寿命を予測し、当該予測の結果を提示する、荷電粒子ビームシステム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、電子源、荷電粒子線装置、および荷電粒子ビームシステムに関する。
【背景技術】
【0002】
電磁界レンズを通して電子ビームを集束し、これを走査しながら試料に照射して、試料から放出される荷電粒子(二次電子)を検出することにより、試料表面の構造を観察することができる。これを走査型電子顕微鏡(Scanning Electron Microscope:SEM)と呼ぶ。この技術は微細な構造の可視化に広く用いられている。SEMは、金属等の材料の形状や組成の観察や、生体試料の形状や形態の観察や、半導体デバイスのパターンの寸法や欠陥管理のための検査用途にも広く用いられている。
【0003】
SEM技術を用いる際に重要な点は、電子源から放出される電子ビームの電流を安定に保つことである。照射される電子ビームの電流が揺らぐと、SEMで観察される像の明るさが揺らぎ、像質が悪化する。最悪のケースにおいては、電子ビームの放出が何らかの影響で止まり、観察の中止を余儀なくされることもあり得る。
【0004】
電子源には様々なタイプがある。ショットキー型電子源や電界放出型電子源の寿命は非常に長く、1~2年は継続的に使用可能である。一方、タングステン等の金属をフィラメント状にし、通電加熱により発生する熱電子を用いるタイプの電子源を熱電子源、あるいは、熱電子放出型電子源と呼ぶ。この手法は非常に簡便な原理に基づいており、短期的には高安定な電子ビームを得られ、しかも安価に装置を構成できる。しかしながら、この手法においては、フィラメントが高温で使用されるので、昇華によりフィラメントが損耗し、フィラメントが細くなることで、最終的には破断してしまう。このフィラメント寿命は、一般的には50時間程度であり、上記の他方式の電子源の寿命と比較すると非常に短い。
【0005】
長時間を必要とする観察や分析の途中でフィラメントが破断すると、再度その観察や分析が最初からやり直しになるが、破断したフィラメント交換をすることにより、観察分析箇所の視野探し、フォーカス調整、等の前準備も必要になることから、装置の利用効率の低下に繋がる。また、破断する前に予めフィラメントを交換することも可能ではあるが、より多くのフィラメントを消費するためコスト増加を招く。従って、そもそもの熱電子源の寿命を長くすることが非常に重要であり、加えて、フィラメントの破断のタイミングを事前に正確に知ることも重要になる。
【0006】
電子源に用いるフィラメントについて、例えば、特許文献1は、タングステンフィラメントの尖端に球面の一部の形状の部分を残して、放電加工等を用いて加工する技術について開示する。
【0007】
また、特許文献2は、フィラメントの先端部分の厚さを非先端部分よりも厚く構成(リボン状の金属部材を折り曲げてフィラメントを形成)することにより、フィラメントの熱耐久性を向上させることを開示する。
【0008】
さらに、特許文献3は、曲率半径が小さく、高輝度な電子線源となるフィラメント素線の溶接と熱電子放出部の縮径加工を1回の溶接で簡便に作製可能にすべく、2本の素線を有し、先端に向けて縮径され、先端の曲率半径が100μm以下であり、2本の素線の材料が同一の金属又は合金であるフィラメントを用いることを開示する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0009】
【文献】特開2019-091621号公報
【文献】特開2018-085351号公報
【文献】特開2013-134874号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
前述の通り、熱電子源を用いたSEMにおいては、そもそもの熱電子源の寿命を長くすることが非常に重要であり、加えて、フィラメントの破断のタイミングを事前に正確に知ることも重要になる。
【0011】
ところで、熱電子源のフィラメントは、一般にはその中央が試料に最も近い位置に配置されるように突出した形状とすることが多い。以降、この突出した中央部を先端部と呼ぶ。熱電子源が熱電子を放出する箇所は主としてこのフィラメントの先端部であり、SEMにおいて所望の電子ビームの電流を得るためには、フィラメントの先端部の温度が所望のものとなるように電子源の電源は制御される。従って、フィラメントの先端部が最も高温となるのが最も高効率な電子源の使用方法である。即ち、フィラメントが破断する際には、フィラメントは先端部から優先的に損耗し、先端部で破断することが望ましい。
【0012】
しかしながら、本発明者らがフィラメントの破断するパターンを様々な条件で詳細に調べたところ、フィラメントの破断する位置は必ずしも先端部ではなく、むしろ先端部以外の部分で破断することが極めて多いことが分かった。このことは、フィラメントの先端部より先端部以外の部分から優先的にフィラメントが損耗したこと、即ち、フィラメントの先端部より先端部以外の部分が高温になっていたことを意味する。
【0013】
一方、熱電子源が熱電子を放出する箇所はフィラメントの先端部であり、SEMにおいて所望の電子ビームの電流を得るためには、フィラメントの先端部の温度が所望のものとなるよう電子源の電源が制御されることには変わりがない。つまり、フィラメントの先端部以外の部分が破断したことは、フィラメントの先端部以外の部分が不必要に昇温されていたことを意味する。
【0014】
また、その破断位置は、フィラメントによって大きくばらついた。このばらつきは、電子源やフィラメントの製造時に生じる形状や電気特性等の個体差に大きく影響されることが分かった。さらに、フィラメントの破断位置にばらつきが生じると、フィラメントが破断に至るまでの時間にも大きなばらつきが生じることも分かった。
【0015】
フィラメントの先端部以外の部分が不必要に昇温されることは、言うまでもなく、昇華によりフィラメントが不必要に損耗することを意味し、熱電子源の寿命を短くする大きな原因となる。また、破断位置がフィラメントによってばらつくことは、熱電子源の寿命がばらつく大きな原因となり、熱電子源の寿命を正確に知ることを困難にする。
【0016】
従って、熱電子源の寿命を長くするためには、フィラメントの先端部以外の部分が不必要に昇温されることなく、フィラメントの先端部が最も高温になるようにすることが非常に重要であり、フィラメントの破断のタイミングを事前に正確に知るためには、フィラメントの破断位置がばらつかないようにすることが重要である。つまり(これら2つの視点をまとめると)、フィラメントの先端部が最も高温になり、フィラメントの破断位置がフィラメントの先端部からばらつかないようにすることが極めて重要な課題である。この点、特許文献1、特許文献2、および特許文献3の何れにおいても、熱電子源のフィラメントに係る実施形態が示されているが、この課題が十分に考慮されているとは言えない。特に、特許文献2はフィラメントの長寿命化の課題については触れているものの、フィラメント先端部分をそれ以外の部分よりも厚く構成しているため、フィラメント先端部分よりもそれ以外の部分の方が破断する可能性が高いと言える。
【0017】
本開示は、このような事情に鑑み、熱電子源として使用することにより破断するフィラメントの破断部分がフィラメント先端に近くなり、複数のフィラメント間で破断位置のばらつきを極力小さくする技術を提案する。
【課題を解決するための手段】
【0018】
発明者らは鋭意検討を重ね、上記の課題を解決するために、フィラメントを通電加熱することにより熱電子を放出する電子源であって、フィラメントは、熱電子の放出対象の試料に対向する先端を含む先端部分と規定される第1部分と、先端部分以外の非先端部分と規定される第2部分とを含み、フィラメントの第1部分の断面積は、第2部分の断面積より小さい、電子源を創作するに至った。
【0019】
本開示に関連する更なる特徴は、本明細書の記述、添付図面から明らかになるものである。また、本開示の態様は、要素及び多様な要素の組み合わせ及び以降の詳細な記述と添付される特許請求の範囲の様態により実現される。
本明細書の記述は典型的な例示に過ぎず、本開示の特許請求の範囲又は適用例を如何なる意味においても限定するものではない。
【発明の効果】
【0020】
本開示の技術によれば、熱電子源として使用することにより破断するフィラメントの破断部分をフィラメント先端に近くにすることができ、複数のフィラメント間で破断位置のばらつきを抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】本実施形態に係る電子ビーム発生装置10の構成例を示す図である。
図2A】本実施形態によるフィラメント11の断面積の特徴について例示する図である。
図2B】本実施形態によるフィラメント11の先端部以外の部分18を、フィラメント11を構成する材料よりも放射率の高い材料で被覆する構成について例示する図である。
図3】電子ビーム発生装置10を備える荷電粒子線装置の一例として、走査型電子顕微鏡100の構成例を示す図である。
図4】実施例1におけるフィラメントの中央から破断位置までの平均距離とフィラメントの先端部の断面積と先端部以外の部分の断面積の比との関係を示す図である。
図5】実施例1におけるフィラメントが破断に至るまでの時間の平均と標準偏差とフィラメントの先端部の断面積と先端部以外の部分の断面積の比との関係を示す図。
図6】実施例1に係る温度プロファイルのシミュレーション結果を示す図である。
図7】実施例2におけるフィラメントの中央から破断位置までの平均距離とフィラメントが破断に至るまでの時間の平均と標準偏差を示す図である。
図8】実施例2について、温度プロファイルのシミュレーション結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、図面を参照して本発明の好ましい実施形態および実施例について説明する。なお、以下の実施形態および実施例は本開示の技術の理解を容易とするための例示に過ぎず、特に断る場合を除き、本開示の技術を限定するものではない。
本実施形態は、試料に対して荷電粒子線を照射する荷電粒子線装置、またそれに用いられる熱電子放出型の電子源について開示する。以下、詳細に説明する。
【0023】
(1)実施形態
<電子ビーム発生装置の構成例>
図1は、本実施形態に係る電子ビーム発生装置10の構成例を示す図である。電子ビーム発生装置10は、端子A117および端子B118に取り付けられたフィラメントに直流電流を流す直流電源111と、加速電圧電源119と、ウエネルト電極14と、ウエネルト電極電源141と、アノード15と、測定器115と、制御装置116と、を備える。
【0024】
フィラメント11は、タングステン等の金属の細線や薄帯で構成されている。フィラメント11は、直流電源111を用いて電流を流すことにより、ジュール加熱現象によって加熱され、熱電子放出現象で電子を放出する。また、フィラメント11は、端子A117及び端子B118に溶接処理等により接続される。それぞれの端子は、絶縁碍子12に接続され固定される。フィラメント11の電位は、加速電圧電源119によって調整され、発生した電子はこの電位によって加速される電子ビームを形成する。電子ビームの放射は、ウエネルト電極14及びウエネルト電極電源141により調整される。アノード15は典型的にはグランド電位に接続されるが、必要に応じて電圧を印加してよい。
【0025】
本実施形態において、フィラメント11は、中央が曲線形状に曲げられて、先端が突出させられている。電子源が荷電粒子線装置において使用される際には、この先端部が試料側に配置され、熱電子放出部として機能する。なお、フィラメントの形状はこれに限られるものではなく、熱電子放出部として機能する先端部が試料側に配置されるのであれば、どのような形状のフィラメントを用いてもよい。フィラメント11の長さや断面形態は、直流電源111で電流を流した際に、先端部において所望の温度が得られるのであれば、任意に選んでよい。一例として、全長12mm、直径120μmの細線とすることができる。
【0026】
<フィラメントの特徴>
図2は、本実施形態によるフィラメント11の構成の特徴について示す図である。
(i)フィラメント11の断面積について
図2Aは、フィラメント11の断面積の特徴について例示する図である。図2Aに示されるように、フィラメント11の先端部の断面積は先端部以外の部分の断面積より小さい。フィラメント11では、一様なフィラメントから先端部の一部分17が除去されている。このようにすることで、先端部の抵抗が局所的に大きくなり、先端部においてジュール加熱現象が促進され、先端部の温度が高くなりやすい。本発明者らの検討によれば、フィラメント11の先端部の断面積と先端部以外の部分の断面積の比が0.81以下であると、電子源やフィラメントの製造時に生じる形状や電気特性等の個体差を加味しても、フィラメントの先端部を最も高温にすることができるため好ましい。この比が0.81以下であると、フィラメントの先端部以外の部分が不必要に高温になることがないため、熱電子源の平均寿命は長くなる。
【0027】
一方、上記断面積の比が小さくなりすぎると、フィラメント11の先端部を最も高温にするためには好ましい反面、昇華による損耗でフィラメント11の先端部が短い時間で破断に至ってしまう。発明者らの検討したところ、電子源の平均寿命を損なわないためには、上記断面積の比を0.49以上にすることが好ましいと判明した。以上より、フィラメント11の先端部の断面積と先端部以外の部分の断面積の比は、0.49以上0.81以下とすることができる。
【0028】
(ii)フィラメント11の先端部以外を被覆材で覆うことについて
図2Bは、フィラメント11の先端部以外の部分18を、フィラメント11を構成する材料よりも放射率の高い材料で被覆する構成について例示する図である。このようにすることで、フィラメント11の先端部以外の部分の放熱が促進され、先端部以外の部分の昇温が抑制され、結果として先端部の温度が高くなりやすい。フィラメント11の被覆される部分は、先端部以外の部分の全てであってもよいし、特に昇温を抑制したい先端部以外の部分の一部であってもよい。フィラメント11を被覆する材料としては、高い放射率が得られやすいものを用いる。発明者らの検討したところ、フィラメント11の被覆材として、炭素、酸化ケイ素、酸化チタン、酸化クロム、酸化マンガン、酸化鉄、酸化コバルト、酸化銅、酸化ジルコニウムから選ばれる少なくとも1つを含む材料を用いることができると判明した。これらの材料は、電子源やフィラメントの製造時に生じる形状や電気特性等の個体差を加味しても、フィラメントの先端部を最も高温にすることができるため特に好ましい。
【0029】
(iii)先端部と非先端部について
上述のように、フィラメント11は曲線形状(ほぼ中央で)に曲げられ、使用時には荷電粒子線照射対象に対してフィラメント11の曲線部分が対向するように電子ビーム発生装置10に設置される。このため、フィラメント11の先端は、荷電粒子線照射対象と最小距離にある部分であると言うことができる。そして、当該先端を中心として一定範囲の部分を先端部分(上記断面積を小さくした部分、あるいは上記被覆材で覆わない部分)と定義することができる。フィラメント11の先端からどこの範囲までの断面積を小さくするか、あるいはフィラメント11のどこから上記被覆材で覆うかは、製造者が適宜決定することができる。ただし、前者の場合、フィラメント11の断面積を一律に小さくすることは実際には難しい。そのため、製造者が、フィラメント11において、断面積を小さくする加工を施した部分、あるいは上記被覆材で覆わなかった部分をフィラメント11の先端部分と定義し、当該加工を施さなかった部分、あるいは上記被覆材で覆った部分をフィラメント11の非先端部分と定義することができる。
【0030】
<荷電粒子線装置への適用>
図3は、上記のように構成された電子ビーム発生装置10を備える荷電粒子線装置の一例として、走査型電子顕微鏡100の構成例を示す図である。
【0031】
走査型電子顕微鏡100は、電子ビーム31を出射する電子ビーム発生装置10と、第1集束レンズ21と、第2集束レンズ22と、第1偏向コイル23と、第2偏向コイル24と、対物レンズ25と、検出器27と、排気手段28および29と、試料ステージ30と、真空計41と、集束レンズ用電源211と、偏向コイル用電源231と、対物レンズ用電源251と、を備える。
【0032】
電子ビーム発生装置10により引き出された電子ビーム31は、必要に応じて、第1集束レンズ21、第2集束レンズ22によって集束されて試料26に照射される。これら2つのレンズの構成によって、試料26に電子ビーム31が照射される際の電流量と開き角を自由に変更できる。電子ビーム31は、必要に応じて、第1偏向コイル23および第2偏向コイル24によってビームの偏向量が調整される。電子ビーム31を試料26上で走査し、その結果として放出される信号電子を検出器27で検出することにより、走査型電子顕微鏡(SEM)像を得ることができる。電子ビーム31は、最後に対物レンズ25によってフォーカスされてもよい。
【0033】
第1集束レンズ21、第2集束レンズ22、第1偏向コイル23、および第2偏向コイル24、対物レンズ25はそれぞれ、集束レンズ用電源211、偏向コイル用電源231、および対物レンズ用電源251によって電流または電圧が印加される。また、電子ビーム31がガス分子によって散乱されないように、筐体内を排気手段28及び排気手段29により真空排気することができる。
【0034】
<フィラメント11の寿命予測>
電子ビーム発生装置10の熱電子源(フィラメント11)がどの程度の寿命があるか(使用中に後どの位の寿命が残されているか(残寿命))を知ることができればユーザビリティが非常に向上する。これを実現するために、次のような処理を行う。本実施形態では、熱電子源について、その作製時に、個体差も含めたフィラメント11の詳細な形状、フィラメント11の溶接処理部の形状、端子A117及び端子B118の形状、抵抗等の電気特性といった初期特性と、それぞれのフィラメント11が破断に至るまでの時間(例えば、定格電流で使用したときの破断までの時間)との関係を調べる。これを多数の熱電子源について行い、その結果をデータベース化する。このデータベースに基づき機械学習を行い、個々の熱電子源の初期特性から期待される寿命を出力する関数を作ることができる。このような関数化が可能であるのは、本実施形態に係る熱電子源において、フィラメント11の破断位置がばらつくことがなく、寿命のばらつきが小さいからである。寿命のばらつきの大きい熱電子源では、機械学習を試みたとしても、寿命を出力とする関数を作ることは極めて困難である。
【0035】
ここで、フィラメント11の個別の形状データや電気特性データといった初期特性は、製造時に予め測定しておき、インターネット上のファイルサーバ(図示せず)に保存しておくことができる。これらのデータにアクセスするためのコードを熱電子源の本体やケース等に貼付しておく。ユーザは、制御装置116にこのコードを入力して上記ファイルサーバに送信することにより、当該コードに対応するデータ(フィラメントの初期特性とフィラメントが破断に至るまでの時間との関係を示すデータ)をダウンロードすることができる。これを可能にするため、制御装置116はパーソナルコンピュータ等を含む構成としてよい。もしくは、走査型電子顕微鏡100を用いて、フィラメント11の初期特性を把握するためのモードを設けてもよい。
【0036】
熱電子源の初期特性が与えられれば、機械学習により求めた関数を用いて、その期待される寿命を知ることができる。例えば、教師データとして、熱電子源(フィラメント)の個体差のデータと、個体差に対応する寿命のデータを与えて学習モデルを作成する。それに対して、製造後の個体差のデータを当該学習モデルに適用して寿命推定し、それをデータベースに格納しておく。この寿命の計算は制御装置116で行ってもよいし、もしくは、インターネット上のサーバで行われた計算の結果に制御装置116がアクセスできるように構成してもよい。これにより、ユーザは、当該製品(熱電子源:フィラメント11)を定格電流で用いた場合のおおよその寿命を知ることができる。
【0037】
ただし、ユーザの用途によって、用いる電子ビームの電流は様々であり、また、電子ビーム発生装置10や走査型電子顕微鏡100の置かれる状況も様々である。これら使用環境によってフィラメントの損耗速度は逐次変化するため、それらに応じて計算結果としての寿命や計算に用いる関数は随時更新することもできる。つまり、各ユーザが実際に使用した熱電子源がどの程度の時間で寿命を迎えたかといったデータ(履歴データ:使用時の定格電流の情報、フィラメントの性状(形状、電気特性、サイズ、構成材料など)、寿命を迎えるまでの使用時間)を随時データベースに加えて更新することもできる。これらにより、データの蓄積が進めば進むほど、更に精度の高い寿命の予測が可能になる。また、ユーザが定格電流の80%の電流で電子ビーム発生装置10を使用した(履歴データとなる)とすると、データベースからダウンロードした寿命データを履歴データに基づいて適宜補正(制御装置116で補正してもよいし、上記ファイルサーバに履歴データを送信して補正するようにしてもよい)してユーザに提示(表示画面上に残寿命を表示)することができる。
【0038】
以上のように予測した熱電子源の寿命は、ユーザに随時通知することができる。例えば、制御装置116に接続されたパーソナルコンピュータのディスプレイを用いて、数値として寿命を表示することができる。また、電子ビーム発生装置10の外側、もしくは、走査型電子顕微鏡100の外側に、LED等の表示器あるいはブザー等の音声発生器を付けて、寿命が残り少ないことを知らせる機能を設けてもよい。あるいは、制御装置116に接続したインターネット回線により、ユーザに電子メールやショートメッセージ等の電子的な手段をもって、数値として寿命を通知したり、寿命が残り少ないことを知らせたりすることもできる。
【0039】
(2)実施例
【0040】
<実施例1>
実施例1は、フィラメントの先端部分の断面積を非先端部分のそれよりも小さくする形態に係るものである。
【0041】
実施例1では、先端部の断面積と先端部以外の部分の断面積の比が様々であるフィラメントをもつ熱電子源を作製した。具体的には、市販の熱電子源のフィラメントの先端部に対して、フィラメント先端部とは逆側の方向から、フェリシアン酸塩を含むアルカリ溶液からなるエッチング剤に浸漬させた細線を接触させることで作製した。また、断面積の比を様々に変化させることは、接触時間を変化させることで実現した。細線を接触させた後、エッチング剤を除去するため、フィラメントの先端部を水とアルコールで洗浄した。なお、このような熱電子源は、フェリシアン酸塩を含むアルカリ溶液からなるエッチング剤にフィラメントの先端部を単に浸漬させることでも作製することができる。また、フィラメントの先端部以外の部分をマスクして、イオンエッチング等の物理エッチング法を用いることでも作製できる。
【0042】
作製した熱電子源を、走査型電子顕微鏡100に取り付け、一定の電子ビーム電流を取り出し続けるよう直流電源111を調整し、その他の条件は全て同一として、フィラメントが破断に至るまで電流を流し続けた。
【0043】
図4は、各断面積の比のフィラメントにおいて、フィラメントの中央から破断位置までの平均距離と断面積比との関係を示した図である。先端部の断面積と先端部以外の部分の断面積が等しいとき、即ち、断面積比が1のときには、破断位置はフィラメントの中央から約400μm離れた位置であった。つまり、断面積比が1のときには、フィラメントの先端部より先端部以外の部分が高温になっていたこと、フィラメントの先端部以外の部分が不必要に昇温されていたことがわかる。一方、この断面積比を小さくしていくと、破断位置はフィラメントの中央に近付いていった。特に、断面積比を0.81まで小さくしたときに、フィラメントの中央から破断位置までの平均距離は急激に小さくなった。また、破断位置のばらつきも同様に急激に小さくなった。断面積比が0.81のときのフィラメント中央から破断位置までの平均距離は40μm以下であり、断面積比が1のときの約1/10となった。断面積比が0.81以下ではフィラメント中央から破断位置までの平均距離は微減した。断面積比が0.81以下の場合には、ほぼ先端部で破断が生じたと言って差し支えなく、フィラメントの先端部が最も高温になっていたことがわかる。
【0044】
図5は、図4の各フィラメントが破断に至るまでの時間の平均と標準偏差を示した図である。断面積比が0.81まで小さくなると、前述の通り、フィラメントの先端部以外の部分が不必要に昇温されることがなく、フィラメントの先端部が最も高温になることから、フィラメントが破断に至るまでの時間、即ち、寿命が長くなった。また、破断位置のばらつきも小さくなったことから、寿命の標準偏差も小さくなった。一方、断面積比が0.49未満では、フィラメントの先端部以外の部分が不必要に昇温されることはなく、フィラメントの先端部が最も高温にはなるが、フィラメントの先端部での損耗速度が速く、寿命は短くなった。
【0045】
フィラメントの先端部の断面積を先端部以外の部分の断面積より小さくすることの効果を検証するため、有限要素法シミュレーションによるフィラメントの温度分布計算を行った。図6は、実施例1について、有限要素法シミュレーションによるフィラメントの温度分布計算の結果を示す図である。図6において破線で示されているのは、断面積比が1であり、フィラメントの中央から約400μm離れた位置が最高温度となる場合を模擬したモデルにおいて計算された温度プロファイルである。これに対して、実線で示されているのは、このモデルのフィラメント形状のみを変更し、断面積比を0.81として計算された温度プロファイルである。後者では、フィラメントのほぼ中央が最高温度となっており、前述の図4及び図5の結果を支持している。
【0046】
<実施例2>
実施例2は、フィラメントの非先端部分を被覆材で覆う形態に係るものである。
【0047】
実施例2では、先端部以外の部分が酸化ケイ素、酸化ジルコニウム、酸化クロム、酸化鉄を主成分とする塗料、所謂黒体塗料(塗料1)、で被覆されているフィラメントをもつ熱電子源を作製した。これは、市販の熱電子源のフィラメントの先端部以外の部分に対して、塗料を塗布し、焼き付け乾燥することで作製した。同様にして、塗料1の代わりに、カーボンブラック塗料(塗料2)、酸化チタンを主成分とする黒色塗料(塗料3)、酸化銅、酸化鉄、酸化マンガン、酸化コバルトを主成分とする黒色塗料(塗料4)、をそれぞれ用いて、先端部以外の部分が被覆されているフィラメントをもつ熱電子源を作製した。
【0048】
このようにして作製した熱電子源について、実施例1と同様の性能試験を行った。図7は、性能試験の結果を示す図である。図7において、被覆無しの結果は、実施例1の断面積比が1の場合の結果と同一である。被覆無しの結果と比較して、塗料1乃至4で先端部以外の部分が被覆されているフィラメントでは、フィラメントの中央から破断位置までの平均距離は急激に小さくなった。また、破断位置のばらつきも同様に急激に小さくなった。塗料1乃至4で先端部以外の部分が被覆されているフィラメントの何れにおいても、フィラメント中央から破断位置までの平均距離は40μm以下であり、被覆無しのときの約1/10となり、ほぼ先端部で破断が生じたと言って差し支えなく、フィラメントの先端部が最も高温になっていたことがわかる。また、塗料1乃至4で先端部以外の部分が被覆されているフィラメントの何れにおいても、フィラメントの先端部以外の部分が不必要に昇温されることがなく、フィラメントの先端部が最も高温になることから、フィラメントが破断に至るまでの時間、即ち、寿命が長くなった。また、破断位置のばらつきも小さくなったことから、寿命の標準偏差も小さくなった。
【0049】
タングステンフィラメントの放射率は、その表面状態にもよるが、0.4程度と言われている。一方、塗料1乃至4を塗布したフィラメントの放射率は、フィラメントという微小部品への塗布であるため実測することは困難であるが、塗料の性質から0.7~0.95程度と推定される。何れにせよ、タングステンより放射率の高い材料でフィラメントの先端部以外の部分を被覆すれば、フィラメントの先端部以外の部分の放熱が促進され、結果としてフィラメントの先端部を最も高温にすることができる。
【0050】
フィラメントの先端部以外の部分を高い放射率の材料で被覆することの効果を検証するため、実施例1と同様に、有限要素法シミュレーションによるフィラメントの温度分布計算を行った。図8は、実施例2について、有限要素法シミュレーションによるフィラメントの温度分布計算の結果を示す図である。図8において破線で示されているのは、被覆無しの場合の結果であり、フィラメントの中央から約400μm離れた位置が最高温度となる場合を模擬したモデルにおいて計算された温度プロファイルである。これは図6の破線で示されている温度プロファイルと同一である。これに対して、実線で示されているのは、このモデルのフィラメントの放射率のみを変更し、先端部以外の部分の放射率を0.7として、タングステンより放射率の高い材料で先端部以外の部分が被覆されたフィラメントを模擬して計算された温度プロファイルである。後者では、フィラメントのほぼ中央が最高温度となっており、前述の図7の結果を支持している。
【0051】
(3)まとめ
(i)本実施形態において、電子源におけるフィラメントは、熱電子の放出対象の試料に対向する先端を含む先端部分と規定される第1部分と、先端部分以外の非先端部分と規定される第2部分とを含む。そして、フィラメントの第1部分の断面積は、第2部分の断面積より小さく構成されている。このようにすることにより、熱電子源として使用することにより破断するフィラメントの破断部分をフィラメント先端に近くにすることができ、複数のフィラメント間で破断位置のばらつきを抑えることができる。破断部分をフィラメント先端近くにすることができるので、寿命が長く、かつ、寿命のばらつきが小さい熱電子源を提供することができる。また、ユーザは熱電子源の寿命を高精度に知ることができる。このため、装置の利用効率が向上する。
【0052】
熱電子源の寿命のばらつきを抑えるためには、例えば、フィラメントの先端部分であると規定された部分(第1部分)の断面積とフィラメントの非先端部分であると規定された部分(第2部分)の断面積との比が0.49以上0.81以下となるように、フィラメントを構成することができる。
【0053】
(ii)また、フィラメントの第2部分を、フィラメントを構成する材料よりも放射率の高い材料で被覆するようにしてもよい。このようにすることによっても、熱電子源として使用することにより破断するフィラメントの破断部分をフィラメント先端に近くにすることができ、複数のフィラメント間で破断位置のばらつきを抑えることができる。破断部分をフィラメント先端近くにすることができるので、寿命が長く、かつ、寿命のばらつきが小さい熱電子源を提供することができる。また、ユーザは熱電子源の寿命を高精度に知ることができる。このため、装置の利用効率が向上する。なお、上記第1部分の断面積を第2部分の断面積よりも小さくすることに加えて、第2部分をフィラメントの材料よりも放射率の高い材料で被覆するようにしてもよい。
【0054】
熱電子源の寿命のばらつきを抑えるために、例えば、フィラメントを構成する材料よりも放射率の高い材料として、炭素、酸化ケイ素、酸化チタン、酸化クロム、酸化マンガン、酸化鉄、酸化コバルト、酸化銅、あるいは酸化ジルコニウムから選ばれる少なくとも1つの材料を含む被覆材を用いることができる。
【0055】
(iii)上記特徴を有するフィラメントを有する電子源を備えた荷電粒子線装置と、コンピュータによって荷電粒子ビームシステムを構成することができる。このとき、コンピュータ(荷電粒子線装置に直接接続されるコンピュータでもよいし、ネットワークを介して接続されるファイルサーバでもよい)は、フィラメントの複数種類の性状に対応する電子源の寿命の情報(データベース)を保持し、入力されたフィラメントの形状または電気特性に基づき、電子源の寿命(例えば、定格電流を使用した場合の寿命)を予測して通知する処理を実行する。また、当該コンピュータは、フィラメントの形状または電気特性に対応する電子源の寿命の情報を出力する学習モデルを有し、電子源の使用時の電流値を含む使用履歴を取得し、当該使用履歴に基づいて、使用中のフィラメントの残寿命を予測し、当該予測値をユーザに提示するようにしてもよい。
【符号の説明】
【0056】
10 電子ビーム発生装置
11 フィラメント
12 絶縁碍子
14 ウエネルト電極
15 アノード
17 除去されたフィラメントの先端部の一部分
18 放射率の高い材料で被覆されたフィラメントの先端部以外の部分
100 走査型電子顕微鏡
111 直流電源
115 測定器
116 制御装置
117 端子A
118 端子B
119 加速電圧電源
141 ウエネルト電極電源
21 第1集束レンズ
22 第2集束レンズ
23 第1偏向コイル
24 第2偏向コイル
25 対物レンズ
26 試料
27 検出器
28 排気手段
29 排気手段
211 集束レンズ用電源
231 偏向コイル用電源
251 対物レンズ用電源
31 電子ビーム
41 真空計
図1
図2A
図2B
図3
図4
図5
図6
図7
図8