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特許7535582ヒト多能性幹細胞由来の3Dオルガノイドを使用して大量のミクログリアを確保する、ミクログリアの分化のための方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-07
(45)【発行日】2024-08-16
(54)【発明の名称】ヒト多能性幹細胞由来の3Dオルガノイドを使用して大量のミクログリアを確保する、ミクログリアの分化のための方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 5/079 20100101AFI20240808BHJP
【FI】
C12N5/079
【請求項の数】 9
(21)【出願番号】P 2022535155
(86)(22)【出願日】2020-12-17
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2023-03-16
(86)【国際出願番号】 KR2020018569
(87)【国際公開番号】W WO2021125839
(87)【国際公開日】2021-06-24
【審査請求日】2022-08-04
(31)【優先権主張番号】10-2019-0168516
(32)【優先日】2019-12-17
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
(73)【特許権者】
【識別番号】520493429
【氏名又は名称】コアステムケモン インコーポレイテッド
(74)【代理人】
【識別番号】100107456
【弁理士】
【氏名又は名称】池田 成人
(74)【代理人】
【識別番号】100162352
【弁理士】
【氏名又は名称】酒巻 順一郎
(74)【代理人】
【識別番号】100123995
【弁理士】
【氏名又は名称】野田 雅一
(72)【発明者】
【氏名】リー, サン フン
(72)【発明者】
【氏名】キム, スン ウォン
(72)【発明者】
【氏名】チャン, ミ ユン
(72)【発明者】
【氏名】キム, ス ヒョン
【審査官】松田 芳子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/043714(WO,A1)
【文献】特表2017-532068(JP,A)
【文献】特表2010-518705(JP,A)
【文献】国際公開第2014/128254(WO,A1)
【文献】国際公開第2020/069515(WO,A1)
【文献】韓国公開特許第2017-0054346(KR,A)
【文献】特表2020-513794(JP,A)
【文献】Brain Res.,2019年04月24日,vol.1717,p.190-203
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 5/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ミクログリアの分化を誘導するための培地組成物であって、前記培地組成物が下記の式1:
[式1]
【化1】

によって表される化合物をさらに含み、
ミクログリアの分化を誘導するための培地が、BMP4(骨形成タンパク質4)及びアクチビンAを含む、NGD(神経膠細胞分化)培地である、培地組成物。
【請求項2】
bFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子)及びVEGF(血管内皮細胞増殖因子)がさらに含まれる、請求項1に記載の培地組成物。
【請求項3】
大量のミクログリアを得る、ミクログリアの分化のための方法であって、
前記方法が
ヒト多能性幹細胞から卵黄嚢模倣オルガノイドを調製するステップと
BMP4(骨形成タンパク質4)及びアクチビンAを含むNGD(神経膠細胞分化)培地中で前記オルガノイドを培養する間に前記NGD培地をN2添加培地で置換するステップであって、前記NGD培地が、培養の9日目~11日目にN2添加培地で置換されるステップを含み
ここで、前記NGD培地中で培養する時に、下記の式1:
[式1]
【化2】

によって表される化合物が前記NGD培地中にさらに含まれる、方法。
【請求項4】
bFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子)及びVEGF(血管内皮細胞増殖因子)が前記NGD培地中にさらに含まれる、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
M-CSF(マクロファージコロニー刺激因子)及びIL-34(インターロイキン34)が前記N2添加培地中にさらに含まれる、請求項3に記載の方法。
【請求項6】
コレステロール及びTGF-β1(トランスフォーミング増殖因子β1)が、前記N2添加培地中にさらに含まれる、請求項3に記載の方法。
【請求項7】
凍結保存を行うステップをさらに含む、請求項3に記載の方法。
【請求項8】
前記培養が、1~10%COのインキュベーターにおいて行われる、請求項3に記載の方法。
【請求項9】
細胞選別プロセスが別に行われない、請求項3に記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ヒト多能性幹細胞から調製された卵黄嚢模倣オルガノイド(yolk sac-mimic organoid)を使用することによって大量のミクログリアを確保する、ミクログリアの分化のための方法に関する。
【背景技術】
【0002】
ヒト脳疾患に関する現代の研究の殆どは、齧歯動物ニューロンを使用して行われてきた。ヒト脳ニューロンを得るのが困難であることと、齧歯動物遺伝子とヒト遺伝子との間にある程度の類似性があることが理由である。しかしながら、最近、幹細胞の分野で研究が進んだので、胚性幹細胞からヒト脳神経系細胞を分化させるための方法が開発され、脳疾患研究は、齧歯動物細胞を使用した研究から、ヒト細胞を直接使用した研究に次第に移ってきた。また、最近ゲノム分野での研究が進んだので、ヒトと実験動物遺伝子との間の類似性は、特にミクログリアにおいて、期待されるより相当低いことが明らかになった。このことから、ヒト脳神経系細胞と実験動物脳神経系細胞との間の相互作用によって、種間の遺伝的差異のためにヒト脳内で実際に起こる病変及び治療効果を有意に表すことが困難になるという問題が示唆される。
【0003】
特に、ミクログリアは、中でも脳組織内の炎症において、中心的役割を果たす。したがって、ミクログリアを理解することは、ヒト疾患の病原の同定及び疾患のための薬物の開発にとって非常に重要である。それにもかかわらず、脳及び神経系の他の細胞と比較して、ミクログリアの分化方法は、脳及び神経系の他の細胞と異なり、安定して確立された分化方法は現在までに研究されておらず、そのためかかる分化方法の開発が至急必要である。
【0004】
脳神経系は、大部分がニューロン、アストロサイト、オリゴデンドロサイト、及びミクログリアで構成される。ニューロン、アストロサイト、及びオリゴデンドロサイトは全て、発生の間に外胚葉に由来する神経幹細胞から生じるが、ミクログリアは発生の間に一次造血のプロセスによって卵黄嚢に由来する。一次造血は、血球を産生する造血幹細胞が産生される二次造血とは異なるプロセスである。それにもかかわらず、現在までに開発されたプロトコルの殆どは、造血幹細胞と同じ発生プロセスである、二次造血のプロセスによって分化する。
【0005】
ヒト多能性幹細胞からミクログリアへの分化のための方法が、研究、開発、及び報告されてきた[非特許文献1及び2]が、以下の問題が存在する。
【0006】
(1)ミクログリアを得るのに相当な長さの時間がかかる。
非特許文献1のプロトコルでは成熟ミクログリアを得るのに75日かかり、非特許文献2のプロトコルでは成熟ミクログリアを得るのに38日かかる。もし細胞を得るのに38~75日より長くかかる場合、各実験には少なくとも約40日の準備期間が必要なため、細胞をスムーズに確保するために分化期間を進めることが重要である。
【0007】
(2)酸素濃度制御機器及び多くの種類のタンパク質処理が必要である。
非特許文献2のプロトコルの場合、収率を増大させるため、最初の4日間は低酸素条件が適用される。分化期間の間に処理されるタンパク質の数は、非効率的に、高くても14である。
【0008】
(3)収率が低いか、又は細胞選別プロセスが別々に必要とされる。
非特許文献1のプロトコルの場合、1×10個のiPS細胞から開始して、74日目に0.5~4×10個のミクログリアだけが得られる。非特許文献2のプロトコルの場合、1×10個のiPS細胞から開始して得ることができるミクログリアの量は、30×10~40×10個にもなるが、プロトコルの間にFACSを使用した細胞選別プロセスが行われるべきである。この細胞選別プロセスによって、細胞損傷及び細胞喪失が必然的に伴う。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0009】
【文献】Julien Muffat、Rudolf Jaenischら。2016年、Efficient derivation of microglia-like cells from human pluripotent stem cells.Nature Medicine.22、1358~1367頁
【文献】Edsel M.Abud、MathewBlurton-Jonesら。2017年、iPSC-Derived Human Microglia-like Cells to Study Neurological Diseases.Neuron.94巻、2号、2017年4月19日、278~293頁。e9
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
したがって、本発明者らは、ヒト多能性幹細胞から調製された卵黄嚢模倣オルガノイドを培養する時にXAV939を培地に加えることによりWnt経路をブロックすることによって原始線条HSCへの分化を誘導する、実際のin vivo発生プロセスに最もよく似たプロトコルを開発した。特に、本発明者らは、培養の間に培地を脳細胞培養条件と置換することによって生じたミクログリアが培養液中に排出されるように、いかなる特別な細胞選別プロセスもなく大量の純粋なミクログリアを獲得し得る分化方法を開発した。上述のことに基づき、本発明者らは、本発明を完成させた。
【課題を解決するための手段】
【0011】
したがって、本発明の目的は、ミクログリアの分化を誘導するための培地組成物を提供することであり、該培地組成物は下記の式1によって表される化合物をさらに含む。
【0012】
[式1]
【化1】
【0013】
また、本発明の別の目的は、大量のミクログリアを得る、ミクログリアの分化のための方法を提供することであり、該方法は:
ヒト多能性幹細胞から卵黄嚢模倣オルガノイドを調製するステップと;
NGD(神経膠細胞分化:neuroglia differentiation)培地中でオルガノイドを培養する間にNGD(神経膠細胞分化)培地をN2添加培地で置換するステップとを含み、
ここで、NGD培地中で培養する時に、下記の式1によって表される化合物がNGD培地中にさらに含まれる。
【0014】
[式1]
【化2】
【0015】
また、本発明の別の目的は、神経変性疾患又は炎症性変性疾患を予防又は処置するための組成物を提供することであり、該組成物は、前記方法によって得られた、分化したミクログリア由来の抗炎症性サイトカインを含む。
【0016】
また、本発明の別の目的は、前記方法によって得られた分化したミクログリアを使用した、薬物スクリーニング方法を提供することである。
【発明の効果】
【0017】
ミクログリアの分化のための本発明の方法は、分化したミクログリアがXAV939によってWnt経路をブロックして原始線条HSCへの分化を誘導するので、実際のin vivo発生プロセスに最も似たプロトコルであると言える。また、ミクログリアの分化のための既存の方法では、細胞収率を増大させるために5%低酸素が最初に適用されるが、本発明では、低酸素方法を適用することなく得られたミクログリアの収率は、他の対照群のものより高い。
【0018】
本発明の方法は、発生段階における卵黄嚢を模倣するオルガノイドを生じ、効率的に生じたミクログリアが培養液中に排出されるように培養(分化)の9日目~11日目に培地を脳細胞培養条件で置換するシステムである。いかなる特別な細胞選別プロセスもなしに、純粋なミクログリアを獲得することができる。即ち、90%を超える純度のミクログリアもまた、FACS又はMACS等の細胞選別なしに得ることができた。さらに、ミクログリアはまた、凍結保存することができる。本発明のミクログリアの分化のための方法は、脳疾患の病変及び治療機構の研究並びに単一の細胞系による薬物スクリーニングのためのプラットフォームとして利用することができ、又は他の脳ニューロン、アストロサイト、及びオリゴデンドロサイトとの共培養によって成人脳のものと類似した顕微鏡的三次元脳構造システムを開発することによって利用することができる。
【図面の簡単な説明】
【0019】
図1図1は、本発明の卵黄嚢オルガノイドを使用してミクログリアを分化させるための詳細なプロトコルを説明する図である[x軸は培養(分化)の日数を示す]。
図2図2は、卵黄嚢中で発生しているiPSC由来の分化(培養)後1日目~9日目のオルガノイドの写真である。
図3図3は、卵黄嚢オルガノイド内で原始造血幹細胞(原始HSC)が実際に生じるか否かを確認するために、オルガノイドを凍結した後に切断して切片にすることによる免疫細胞化学解析によって断面図を確認する写真である。
図4図4は、オルガノイドを単一細胞レベルまで分解することによって、接着培養の後に免疫細胞化学解析によってオルガノイドの断面図を確認する写真である。
図5図5は、rt-PCRによって分化(培養)の14日目に卵黄嚢オルガノイドのRNAを収集することによって、ミクログリア分化の初期に発現された遺伝子マーカーの量を確認することによって得られた結果を説明する図である。
図6図6は、卵黄嚢オルガノイドから排出されたミクログリアの形状の変化を説明する図である。分化(培養)の開始後10日目に、培地を、ミクログリアが卵黄嚢から流れ出て脳に浸透する環境を模倣した、M-CSF及びIL-34を含むN2培地で置換する。
図7図7は、24日間分化(培養)し、細胞培養皿に付着している卵黄嚢オルガノイドから排出されたミクログリアを収集した後に撮影された写真である。
図8図8は、qPCRによって、分化(培養)の32日目に卵黄嚢オルガノイド(上清、sup)及び卵黄嚢オルガノイドから排出されたミクログリアのそれぞれにおいて、成熟ミクログリアマーカー遺伝子(Iba1;ミクログリア、CD11b;マクロファージ及びミクログリア、CX3CR1;ミクログリア強化タンパク質)の発現を確認することによって得られた結果を説明する図である。
図9図9は、免疫細胞化学解析によって、38日間分化(培養)した卵黄嚢オルガノイドの断面図を解析することによって得られた結果を説明する図である。
図10図10は、顕微鏡によってミクログリア前駆細胞の発生を確認することによって得られた結果を説明する図である[(1):分化(培養)の24日目に細胞培養皿にプレーティングされたオルガノイドから排出された細胞の写真;(2):写真(1)と同じウェル中でさらに+11日間培養された時の写真;(3):写真(1)と同じウェル中でさらに+29日間培養された時の写真(皿に付着している細胞及び浮遊細胞);及び(4):写真(3)の浮遊細胞を再び収集し、細胞培養皿にプレーティングすることによる、細胞の写真]。
図11図11は、ミクログリア前駆細胞におけるミクログリアマーカーの発現を説明する図である。優れた増殖能を有するミクログリア候補細胞集団は、オルガノイドから流れ出た直後には増殖しないが、ある一定期間の後に増殖する。IBA1染色によって、増殖性細胞がミクログリア前駆細胞である可能性が確認された(白色の矢印は増殖性細胞を示す)。
図12図12は、ミクログリア前駆細胞におけるミクログリアマーカーの発現を説明する図である。図12は、優れた増殖能を有するミクログリア前駆細胞候補及びミクログリアの両方が、ミクログリアの重要なマーカーであるCX3CR1を発現するという、免疫細胞化学解析によって確認することによって得られた結果を説明する図である。
図13図13は、アストロサイトを単独で培養した時、又はアストロサイトとミクログリアとを共培養した時の、炎症反応マーカーによる毒性の刺激に対する応答を確認することによって得られた結果を説明する図である。
図14図14は、蛍光ビーズ及び免疫細胞化学解析を使用した、本発明の分化方法によって分化したミクログリアの食細胞活動を確認することによって得られた結果を説明する図である。
図15A図15は、pHrodo及び免疫細胞化学解析を使用した食細胞活動解析実験による、本発明の分化方法によって分化したミクログリアの食細胞活動を確認することによって得られた結果を説明する図である。図15Aは、pHrodoで処理することによって得られた結果を説明する図であり、図15Bは、強度解析による、細胞中に蓄積したpHrodoの量を定量化することによって得られた結果を説明する図である。
図15B図15は、pHrodo及び免疫細胞化学解析を使用した食細胞活動解析実験による、本発明の分化方法によって分化したミクログリアの食細胞活動を確認することによって得られた結果を説明する図である。図15Aは、pHrodoで処理することによって得られた結果を説明する図であり、図15Bは、強度解析による、細胞中に蓄積したpHrodoの量を定量化することによって得られた結果を説明する図である。
図16図16は、本発明の分化方法によって分化したミクログリアの凍結保存可能性を説明する図である。
図17図17は、本発明の分化方法による分化(培養)の21日目~39日目に排出によって得られたミクログリアの産物の数を示すグラフである。図17は、2日に1回卵黄嚢模倣オルガノイドから放出された細胞(ミクログリア+ミクログリア前駆細胞)を収集すること、並びに21日目~39日目に6ウェルプレートの1つのウェル(9.6cm)に付着させること、並びに、次いで、再び2日に1回各ウェル中で浮遊しているミクログリアを採取し、それらを測定することによって、得られた結果である。
図18図18は、非特許文献1による、ヒト胎児ミクログリアの遺伝子発現データ(公衆データ)と、本発明の分化方法によって得られたミクログリア(赤色の四角)及びH9胚性幹細胞の遺伝子発現データとの比較解析によって得られた結果を説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0020】
以下、本発明をより詳細に説明する。
【0021】
本発明は、ヒト多能性幹細胞から調製された卵黄嚢模倣オルガノイドを使用することによって大量のミクログリアを得る、ミクログリアの分化のための方法に関する。
【0022】
本明細書で使用される場合、用語「多能性幹細胞(PSC:pluripotent stem cell)」は、体を構成する任意のタイプの細胞への分化を誘導することができる幹細胞をいい、多能性幹細胞としては、胚性幹細胞(ESC:embryonic stem cell)及び誘導多能性幹細胞(Ipsc:induced pluripotent stem cell、脱分化幹細胞)が挙げられる。
【0023】
本明細書で使用される場合、用語「卵黄嚢」は、端黄卵又は多黄卵動物の胚に卵黄を含む(倍数体)外胚葉層で構成されるポケット状構造、即ち、胚を囲む薄いポケットをいう。卵黄嚢は受精卵で観察され得る。卵黄嚢は、卵黄において胚への血液の供給において役割を果たす。ヒトにおいては、胚が成長すると、卵黄嚢の殆どは初期の腸に融合する。
【0024】
本明細書で使用される場合、用語「オルガノイド」は、幹細胞を使用して最小限の機能を有するよう作成された「小型器官(mini-organ)様」をいい、三次元構造で作成され、実験室においても実際の体器官に類似した環境を作成し得る点によって特徴づけられる。即ち、「オルガノイド」は、3D立体構造を有する細胞をいい、動物等から収集又は獲得されていない、人工培養プロセスによって調製された、神経及び腸等の器官と類似したモデルをいう。オルガノイドを構成する細胞の起源は限定されない。オルガノイドは、細胞増殖の過程で周囲の環境と相互作用できる環境を有してもよい。
【0025】
オルガノイドは、一般に、ヒト多能性幹細胞を培養することによって調製され得る。具体的には、オルガノイドは、パーキンソン病由来の誘導多能性幹細胞から神経外胚葉スフィアへの分化、又はパーキンソン病由来の誘導多能性幹細胞から胚体内胚葉及び後腸への段階的分化による腸オルガノイドへの分化を誘導し得る。
【0026】
本明細書で使用される場合、用語「ミクログリア」はまた、グリア細胞又は神経膠細胞をいい、脳における免疫機能の原因となる神経膠細胞である。一般に、ミクログリアは中胚葉性であり、単球に由来すると考えられている。ミクログリアは、胎児発生の後期に心室及び髄膜の周辺に現れ、次第に脳実質に移動し、2週齢でピークに達し、次いで数が減って、分岐した休止細胞になる。成熟した脳において、ミクログリアは全ての神経膠細胞の約数パーセントを占める。炎症又は神経変性の間に、アメーバ状及び桿状ミクログリアが増大する。形態学的には、それらはマクロファージと類似しており、それらのマーカーの殆どはミクログリアの同定のために使用される。それらは移動能力及び食細胞活動を有し、発生段階の間に老廃物を処理する機能に加えて、それらはまた、活性酸素種、一酸化窒素、酸性ホスファターゼ、及びプロスタグランジンを生成することによって、炎症細胞としての機能を有する。脳には主要組織適合性抗原クラスIIタンパク質又はCD4抗原のみがあるため、それらは、活発にサイトカインを産生するという点で、免疫調節細胞として、神経免疫相互作用において重要な役割を果たす。これは神経膠細胞の中で最小であり、損傷した神経への移動するミクログリアによる食作用によって、神経を保護する特別なタイプのマクロファージである。ミクログリアの起源は外胚葉由来造血幹細胞であり、神経系の他の細胞と関連が殆どない。
【0027】
本明細書で使用される場合、用語「パターン形成」は、オルガノイドを調製する時に、最終的に脳の詳細な組織の中から抽出される、細胞の起源の組織の特性を有する運命の細胞集団が複数の細胞集団(標的細胞強化)として含まれるような、オルガノイドの調製をいう。また、パターン形成マーカーとしては、CD34、CD41、CD235a、PU.1等が挙げられる。
【0028】
本明細書で使用される場合、用語「分化」は、分裂、増殖、及び成長の間に、細胞の構造又は機能が互いに特殊化する現象、即ち、所定のタスクを行うための、生物の細胞、組織等の形態又は機能の変化をいう。一般に、分化は、比較的単純なシステムが2つ以上の定性的に異なるサブシステムに類別される現象である。例えば、個体発生において、最初は同質であった卵部分の間の頭若しくは胴体の区別、又は細胞における筋肉細胞若しくは神経細胞の区別等の、最初は殆ど同質であった生物システムの部分間の定性的差異、又は結果として、定性的に区別可能な細区分若しくはサブシステムへと類別された状態を分化と呼ぶ。
【0029】
ヒト多能性幹細胞から卵黄嚢模倣オルガノイドを調製すること、即ち、最大量の各標的細胞を含むオルガノイドを得ること、オルガノイド組織のパターン形成及び増殖、並びに培養の間に液体培地を脳細胞培養条件と置換することによって、ミクログリアが、CSF(脳脊髄液:cerebrospinal fluid)環境で一定の培養期間の後に実際の発生段階で脳に浸透した途端に、脳における培養条件を変化させる戦略をとることによって、ミクログリアのみが効率的にオルガノイドから培養液へ流れ出て、高い純度を有する大量のミクログリアを得ることができることが確認された。このようにして流れ出た細胞集団には増殖性細胞集団があるので、約30~40日でミクログリアを分離させ続けることが可能である。
【0030】
したがって、本発明において、調製された卵黄嚢オルガノイドの培養の間に培地を脳細胞培養条件で置換することによって、高い純度を有する大量のミクログリアを得ることができる培地組成物及び分化方法が確立された。
【0031】
本発明の一実施形態によると、ミクログリアの分化を誘導するための培地組成物としては、下記の式1に表される化合物をさらに含む、ミクログリアの分化を誘導するための培地組成物が挙げられる。
【0032】
[式1]
【化3】
【0033】
式1によって表される化合物はXAV939(CAS 284028-89-3)であり、これは3,5,7,8-テトラヒドロ-2-[4-(トリフルオロメチル)フェニル]-4H-チオピラノ[4,3-d]ピリミジン-4-オンと呼ばれる。XAV939は、βカテニン、TNKS1及びTNKS2の潜在的な阻害剤である。
【0034】
XAV939は、Wnt経路をブロックすることによって、原始線条HSCへの分化を誘導する。
【0035】
ミクログリアの分化を誘導するための培地は、好ましくは、NGD(神経膠細胞分化)培地である。
【0036】
NGD(神経膠細胞分化)培地は、Gem21、Neuroplex N2、AlbuMAX I、塩化ナトリウム、ピルビン酸ナトリウム、ビオチン、乳酸シロップ、GlutaMAX、アスコルビン酸、及び/又はペニシリン/ストレプトマイシンを含む培地組成物をいう。文献[Julien Muffat、Rudolf Jaenischら。2016年、Efficient derivation of microglia-mimic cells from a human pluripotent stem cell.Nature Medicine.22、1358~1367頁]を参照することができる。
【0037】
ミクログリアの分化を誘導するための培地には、BMP4(骨形成タンパク質4:bone morphogenetic protein 4)及びアクチビンAがさらに含まれてもよい。
【0038】
また、ミクログリアの分化を誘導するための培地には、bFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子:basic fibroblast growth factor)及びVEGF(血管内皮細胞増殖因子:vascular endothelial growth factor)がさらに含まれてもよい。
【0039】
培地組成物は、低酸素装置及び多数のタンパク質成分を必要とすることなく、高い純度を有する大量のミクログリアを得るために使用することができる。
【0040】
本発明の一実施形態によると、本発明の一実施形態は、大量のミクログリアを得る、ミクログリアの分化のための方法を含み、該方法は:
ヒト多能性幹細胞から卵黄嚢模倣オルガノイドを調製するステップと;
NGD培地中でオルガノイドを培養する間にNGD培地をN2添加培地で置換するステップとを含み;
ここで、NGD培地中で培養する時に、下記の式1で表される化合物がNGD培地中にさらに含まれる。
【0041】
[式1]
【化4】
【0042】
NGD培地をN2添加培地と置換する時間は、好ましくは培養の9日目~11日目である。
【0043】
BMP4(骨形成タンパク質4)及びアクチビンAが、NGD培地中にさらに含まれてもよい。
【0044】
また、bFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子)及びVEGF(血管内皮細胞増殖因子)が、NGD培地中にさらに含まれてもよい。
【0045】
M-CSF(マクロファージコロニー刺激因子:macrophage colony stimulating factor)及びIL-34(インターロイキン34:interleukin 34)が、N2添加培地中にさらに含まれてもよい。
【0046】
コレステロール及びTGF-β1(トランスフォーミング増殖因子β1:transforming growth factor beta 1)が、N2添加培地中にさらに含まれてもよい。
【0047】
酸素濃度制御機器及び多数のタンパク質成分を必要とすることなく、高い純度を有する大量のミクログリアを得るために、酸素濃度制御機器なしに7つのタイプのタンパク質、XAV-939及びコレステロールを含む培地組成物を使用することができる。
【0048】
本発明の一実施形態によると、凍結保存を行うステップがさらに含まれ得る。
【0049】
凍結保存は、-250℃~-150℃で3~6カ月間の保存をいう。
【0050】
本発明で実施されるミクログリアが凍結保存及び再び解凍された時に、70%を超える細胞が生存していたことが確認された。したがって、本発明のミクログリアの分化のための方法によって得られたミクログリアもまた、凍結保存することができた。
【0051】
本発明の分化方法において、1~10%COのインキュベーターにおいて培養することが好ましい。本発明の分化方法は、従来の分化方法のような低酸素培養を必要とせず、一般の細胞培養条件と同様に行われ得る。また、従来の分化方法のような細胞選別プロセスを行うことなく、高い収率及び純度でミクログリアを得ることが可能である。
【0052】
具体的には、約30~40日で成熟ミクログリアを得ることができる。特に、非特許文献1より45~55日早く、及び非特許文献2より約8~18日早く、細胞を生じることが可能である。
【0053】
また、ミクログリアは、酸素濃度制御機器なしで、7つのタイプのタンパク質、1つのタイプの化学物質(XAV-939)、及び1つのタイプの有機化合物(コレステロール)のみを使用してうまく培養された。したがって、この方法は、従来の方法と比較して、より経済的及び効率的な分化方法である。
【0054】
非特許文献2のプロトコルは、現在最も高い収率を有し、開始時に加えられた細胞の数と比較して、38日目にミクログリアの数の30~40倍のみ生じるが、本発明の分化方法のプロトコルは、細胞の最初の数(2×10個のiPS細胞で開始)と比較して、30日目に成熟ミクログリアの数の5.5~6.5倍、40日目までに蓄積した場合は約50倍を生じ得る。さらに、非特許文献2のプロトコルとは異なり、本発明の分化方法のプロトコルは、FACS細胞選別なしに90%までの純度を示し、そのため、細胞を損傷することなく安定した量のミクログリアを得ることが可能である。
【0055】
ミクログリアにおいて、ミクログリアの活性化は、M1及びM2の2つのタイプに類別され得、M1応答は炎症性サイトカイン等の因子を放出する。言い換えれば、これは、神経毒性物質を生じることによって脳損傷を悪化させる。これらの神経毒性物質としては、IL-1β、TNF-α、IL-6、グルタミン酸塩、及びNO等の炎症性サイトカインが挙げられる。M2応答において、それらは、細胞残屑を除去すること、及び脳修復のために栄養因子を放出することによって、隣接する細胞を保護する。
【0056】
このようにして、M2応答は、炎症反応によって損傷を受けた組織を回復させ、栄養供給のために血管を形成又は修復する。この役割を果たす物質は、IL-4、IL-10、TNF-β、IGF-1、及びIL-33等の抗炎症性サイトカインである。
【0057】
したがって、ミクログリア由来の抗炎症性サイトカインを利用して、神経変性疾患又は炎症性変性疾患を予防又は処置することができる。
【0058】
本発明の一実施形態は、分化方法によって得られるミクログリア由来の抗炎症性サイトカイン又は増殖因子を含む、神経変性疾患又は炎症性変性疾患を予防又は処置するための組成物を含む。
【0059】
抗炎症性サイトカインは、IL-4、IL-10、IL-33、TNF-β及びIGF-1からなる群から選択される少なくとも1つであり得る。
【0060】
本発明の組成物は、医薬組成物の調製において一般に使用される適切なキャリア、賦形剤及び希釈剤をさらに含んでもよい。
【0061】
本発明の組成物は、経口又は非経口的に投与され得る。非経口投与のために、外用、又は腹腔内注射、直腸内注射、皮下注射、静脈内注射、筋肉内注射若しくは胸腔内注射のための注射方法を選択することが好ましいが、これらに限定されない。
【0062】
本発明の組成物は、それぞれ従来の方法に従って、粉末、顆粒、錠剤、カプセル、懸濁剤、乳剤、シロップ、及びエアロゾル等の経口製剤、外用製剤、坐薬及び無菌注射液の形態で製剤化してもよい。組成物に含まれ得るキャリア、賦形剤及び希釈剤としては、ラクトース、デキストロース、ショ糖、ソルビトール、マンニトール、キシリトール、エリスリトール、マルチトール、デンプン、アカシアガム、アルギン酸塩、ゼラチン、リン酸カルシウム、ケイ酸カルシウム、セルロース、メチルセルロース、微結晶セルロース、ポリビニルピロリドン、水、ヒドロキシ安息香酸メチル、ヒドロキシ安息香酸プロピル、タルク、ステアリン酸マグネシウム及び鉱油が挙げられる。製剤化の場合、本発明の組成物は、充填剤、増量剤、結合剤、湿潤剤、崩壊剤及び界面活性剤等の、一般に使用される希釈剤又は賦形剤を使用して調製される。経口投与のための固形製剤としては、錠剤、丸剤、粉末、顆粒、カプセル等が挙げられ、これらの固形製剤は、少なくとも1つの賦形剤、例えばデンプン、炭酸カルシウム、ショ糖又はラクトース、ゼラチン等を、混合生薬と混合することによって調製される。単純な賦形剤に加えて、ステアリン酸マグネシウム及びタルク等の滑沢剤もまた使用される。経口投与のための液状製剤としては、懸濁剤、内服液、乳剤、シロップ等が挙げられる。一般に使用される単純な希釈剤である水及び流動パラフィンに加えて、種々の賦形剤、例えば湿潤剤、甘味料、香料、保存料等が含まれてもよい。
【0063】
非経口投与のための製剤としては、滅菌水溶液、非水溶液、懸濁剤、乳剤、凍結乾燥製剤、及び坐薬が挙げられる。非水溶媒及び懸濁化剤としては、プロピレングリコール、ポリエチレングリコール、オリーブ油等の植物油、及びオレイン酸エチル等の注射用エステルを使用してもよい。坐薬の基剤としては、ウィテップゾール、マクロゴール、Tween61、カカオ脂、ラウリン脂、グリセロゼラチン等を使用してもよい。
【0064】
本発明の組成物の好ましい投薬量は、患者の状態及び体重、疾患の重症度、薬物の形態、投与の経路、及び持続時間に依存して変化し得るが、当業者によって適切に選択され得る。しかしながら、望ましい効果のために、組成物は、好ましくは、1日あたり0.0001~1g/kg、より好ましくは1日あたり0.001~200mg/kgで投与されるが、これらに限定されない。投与は、1日1回行われ得るか、又は1日数回に分割され得る。投薬量は、いかなる態様においても本発明の範囲を限定しない。
【0065】
本明細書で使用される場合、用語「処置」は、疾患に関連する臨床的状況を阻害するか、緩和するか、又は有利に変化させる、任意の行為をいう。また、処置は、処置を受けなかった場合に期待される生存率と比較して、増大した生存を意味してもよい。処置は、治療手段に加えて、同時に予防手段を含む。
【0066】
神経変性疾患としては、例えば、パーキンソン病、認知症、アルツハイマー病、ハンチントン病、筋萎縮性側索硬化症、記憶喪失、重症筋無力症、進行性核上麻痺、多系統萎縮症、本態性振戦、皮質基底核変性症、びまん性レビー小体病及びピック病からなる群から選択されるいずれか1つを挙げることができるが、これらに限定されない。
【0067】
炎症性変性疾患としては、認知症、レビー小体病、前頭側頭型認知症、白質変性、副腎白質ジストロフィー、多発性硬化症及びルー・ゲーリック病からなる群から選択されるいずれか1つを挙げることができるが、これらに限定されない。
【0068】
別の実施形態では、本発明は、対象に治療有効量のミクログリア由来の抗炎症性サイトカインを投与するステップを含む、神経変性疾患又は炎症性変性疾患を処置するための方法を提供する。
【0069】
本明細書で使用される場合、用語「対象」は、処置、観察又は実験される脊椎動物、好ましくは哺乳動物、例えば、ウシ、ブタ、ウマ、ヤギ、イヌ、ネコ、ラット、マウス、ウサギ、モルモット、ヒト等をいう。
【0070】
本明細書で使用される場合、用語「治療有効量」は、研究者、獣医、内科医又は他の臨床医によって検討される、組織系、動物又はヒトにおいて生物学的又は医学的な応答を誘導する有効成分又は医薬組成物の量をいう。治療有効量としては、処置される疾患又は障害の症状の緩和を誘導する量が挙げられる。本発明の有効成分についての治療有効量及び投与の頻度は所望する効果に依存して変化することが、当業者に明らかである。したがって、投与される最適な投薬量は当業者によって容易に決定され得、範囲は疾患のタイプ、疾患の重症度、組成物中に含まれる有効成分及び他の成分の含有量、製剤化のタイプ、患者の体重、年齢、性別、及び健康状態、食事、投与時間、投与方法、排泄率等に依存して変化する。
【0071】
本発明はまた、方法によって得られたミクログリアを使用した薬物スクリーニング方法を提供する。
【0072】
本発明によって得られたミクログリアの重要な特徴としては、大量の細胞の産生を得る可能性、凍結保存の間でもそれらの特性が維持されること、長時間同じ細胞集団を維持する可能性、及び生体に由来する細胞のものとより類似した分化が挙げられる。この特性は、同じ状態の大量の細胞を必要とする複数の薬物の同時のスクリーニングに特に適しており、長い時間同じ細胞をその繰り返し分析のために得るための鍵である。この特性は、鍵となるマーカーが維持されている同じ特徴を有する細胞集団を、スクリーニング操作の始めから終わりまで継続的に使用し得るので、細胞をスクリーニングするのに非常に適している。
【0073】
薬物は、神経変性疾患及び炎症性変性疾患からなる群から選択される疾患を処置するための薬物であり、神経変性疾患又は炎症性変性疾患に対して治療効果を示す。
【0074】
神経変性疾患としては、例えば、パーキンソン病、認知症、アルツハイマー病、ハンチントン病、筋萎縮性側索硬化症、記憶喪失、重症筋無力症、進行性核上麻痺、多系統萎縮症、本態性振戦、皮質基底核変性症、びまん性レビー小体病及びピック病を含む種々の神経系疾患を挙げることができるが、これらに限定されない。
【0075】
炎症性変性疾患としては、認知症、レビー小体病、前頭側頭型認知症、白質変性、副腎白質ジストロフィー、多発性硬化症及びルー・ゲーリック病からなる群から選択されるいずれか1つを挙げることができるが、これらに限定されない。
【0076】
本発明で使用される全ての技術用語は、他に定義されなければ、本発明が属する技術分野の当業者によって一般に理解されるのと同じ意味を有する。また、好ましい方法及び試料が本明細書に記載されているが、それらと同様又は同等なものもまた、本発明の範囲に含まれる。本明細書に参照として記載されている全ての刊行物の内容は、参照によって本明細書に組み込まれる。
【実施例
【0077】
以下、実施例によって本願を詳細に説明する。以下の実施例は本願を説明するためのみのものであり、本願の範囲は以下の実施例に限定されない。
【0078】
実施例1:卵黄嚢オルガノイドを使用した、ヒト誘導多能性幹細胞からミクログリアへの分化
[実験方法]
ヒト胚性幹細胞又はヒト誘導多能性幹細胞の培養
漢陽大学校(ソウル、大韓民国)の治験審査委員会(IRB:institutional review board)によって承認されたhESC研究指針に基づいて、hESC及びhiPSCを培養した。この実験に使用したhESC及びhiPSCを以下の表1に示す。
【0079】
【表1】
【0080】
3Dオルガノイドを使用したミクログリア分化
未分化状態で正常に培養されたhESC及びhiPSCを、継代培養の間にアクターゼ(Accutase)(商標)を使用して分離させ、未分化ヒト胚性/脱分化幹細胞を、20,000個の細胞/ウェルで底に付着しない丸底の96ウェルプレートに播種し、一度オルガノイドを形成した。
【0081】
1日目の培地組成物において、オルガノイドの発生は、以下の表3のNGD(神経膠細胞分化)培地における表2の培養(分化)の0日目に対応する追加条件(BMP4(Peprotech、#120-05ET 40ng/ml)+アクチビンA(Peprotech、#120-14P、10μg/ml)+アスコルビン酸(Sigma、#A4544、200μM)+Y27632(Sigma、#Y0503、20μM))で開始した。翌日、1日目に同じNGD培地に加えられた成分の中で、Y27632(20uM)以外の成分にXAV939(Sigma、#X3004、2μM)がさらに加えられた培地を使用することによって、発生が誘導された(表3参照)。培地は9日目まではNGDであり、添加成分について表3を参照した濃度に従って添加物を加えるか、又は取り除くことによって、発生が誘導された。成分が変化した場合は毎日培地を置換し、成分が変化しなかった場合は1日おきに培地を置換した。オルガノイドの正しい形成を、4日目~8日目に細胞集団の形成によって確認し、12日後に細胞の外側への排出によってチェックした。オルガノイド分化(培養)の6日目に、96ウェルプレートで1つずつ形成された8つのオルガノイドを各群に分類し、6ウェル低結合プレートのウェルに播種及び培養した。オービタルシェイカーで回転させながら(80~100rpm)、表2の成分を含むN2ベース培地(N2 base media)(表3)下で発生を誘導した。20日目に、オルガノイドを含む培地を収集し、1000gで3分間遠心分離して、排出された細胞を回収し、6ウェルのウェル1つあたり約8個のオルガノイドを、PLO(ポリLオルニチン:poly-L ornithine;15μg/cm)/ラミニン(200ng/cm)で被覆された6ウェルプレートにプレーティングした。その後、6ウェルプレートに付着していたミクログリアを、表2の培地組成に従って培養し、2~3日毎に培地を置換した。
【0082】
【表2】
【0083】
【表3】
【0084】
オルガノイドを刻む方法
オルガノイドを刻み、それらを培養して単一細胞にする方法は以下の通りである。
【0085】
細い注射針(30ゲージ針)でオルガノイドを細かく分割し(直径約200μm)、アクターゼとともに10分間培養し、次いでPLO/ラミニン被覆皿に付着させ、培養した。
【0086】
卵黄嚢3Dオルガノイド由来ミクログリアの大量増殖及び収率の確認
卵黄嚢3Dオルガノイドから排出されたミクログリアを、2日毎に6ウェルプレートにプレーティングした。卵黄嚢3Dオルガノイドを含む培養液を収集し、15mlコニカルチューブに入れ、300gで2分間遠心分離し、次いでチューブの底に形成された細胞集団を分離させて単一細胞にし、次いでPLO/ラミニン被覆6ウェルプレートに付着させた。その後、オルガノイドから排出された細胞に加えて、6ウェルプレートの接着培養における細胞から増殖させた新しいミクログリアを含む培養液もまた収集し、2日毎に遠心分離してミクログリアを分離させ、次いでPLO/ラミニン被覆6ウェルプレートに再びプレーティングした。30日目から、プレーティングされるミクログリアの数が急速に増加し始めた。30日時点で、最初の培養物中の細胞の数の約6倍のミクログリアを得ることが可能である。各プレーティングについて、血球計数器で細胞の数を計数し、収率を計算した。収率は、最初の2×10個の細胞に基づいて計算した。
【0087】
免疫細胞化学解析
免疫細胞化学解析は、一次抗体を標的タンパク質に結合させ、次いで、蛍光色素が結合している二次抗体を一次抗体に結合させることによって、標的タンパク質を可視化する解析方法である。可視化することができるタンパク質の数は、二次抗体の蛍光色素のタイプによって決定される。この研究において、2つ又は3つのタイプの蛍光色素が使用された。
【0088】
固定液(4%パラホルムアルデヒド/PBS)で20分間試料を固定し、次いでPBSで3回、各回5分間すすいだ。ブロッキングバッファー(1% BSA/PBS、0.1% Triton X100)を使用して40分間ブロッキングを行い、次いで一次抗体を同じバッファーに溶解させ、24時間試料に結合させた。0.1% BSA/PBSで試料を3回すすぎ、次いで二次抗体を同じバッファーに溶解させ、1時間結合させた。その後、0.1% BSA/PBSで試料を3回すすぎ、次いでD.W.で1回すすぎ、マウンティング溶液(ベクタシールド、Vector Lab)とともにカバーガラスにマウントした。
【0089】
オルガノイド切片免疫細胞化学解析を、以下のように行った。固定液中で30分より長くオルガノイドを固定し、次いでPBSで3回、各回10分間すすぎ、次いで30%ショ糖溶液中で24時間培養し、脱水した。脱水された試料をOCT(最適切削温度:optimal cutting temperature)化合物中で凍結させ、次いで、ミクロトームで10~12μmの厚さに切断し、上述のブロッキングプロセスを行った。
【0090】
RT-PCR
トリゾールを使用して、解析する試料のRNAを抽出し、RNA抽出が完了した後、cDNAを合成し、RT-PCRを行った。これは、試料間で存在するRNAの相対量を比較することができる実験方法であり、この研究において、数個の試料の間での比較によって、特定の試料中のマーカータンパク質の発現を確認するのに使用された。
【0091】
RNA抽出方法は以下の通りである。1mlのトリゾール中で5分間細胞を溶解させ、200μlのクロロホルムを加え、振とうしながら混合し、次いで2~3分間静置した。12000Xg、4℃で15分間遠心分離を行った。遠心分離の後、上清の透明な部分を収集し(400~500μl)、新しいチューブに移し、500μlのイソプロパノールを加え、次いで混合した。10分間のインキュベーションの後、12000Xg、4℃で10分間遠心分離を行った。
【0092】
チューブの底に残っていた少量のRNA集団を除いて上清を除去し、次いで1mlの75%エタノール溶液を加え、集団と混合した。7500Xg、4℃で5分間遠心分離を行った。上清を除去し、次いでRNA集団のみを残し、次いで蓋を開けて風乾した。乾燥したRNAをRNアーゼフリー水に溶解させ、次いでその濃度を測定した。
【0093】
cDNA合成方法は以下の通りである。
【0094】
cDNA合成のために、2μgのRNAを使用した。ランダムプライマー(Invitrogen)を使用して第1の鎖のcDNA合成を行い、PCR装置によって75℃で15分間、反応を行った。その後、氷上で2分間インキュベーションを行い、次いでfirst strand buffer(Invitrogen)、DTT(Invitrogen)、及びRNasin(Promega)を加え、25℃で15分間、42℃で50分間、及び70℃で15分間、反応を行った。
【0095】
調製されたcDNAは、合計20μlであり、これを10倍希釈し、RT-PCRに使用した。反応のためにSYBRグリーンマスターミックス(Bio-rad)を使用し、2μlのcDNAを各回で反応させた。
【0096】
前駆細胞発生の確認
恒常的にミクログリアを生じるミクログリア集団を、IBA1で染色し、陽性の場合、ミクログリア前駆細胞として同定した。増殖性細胞もまた、リアルタイムで顕微鏡モニタリングによって同定した。また、これを、ミクログリアを排出するオルガノイドの分化の14日目にPU.1マーカーの発現によって確認した。
【0097】
純度及び収率の確認
免疫細胞化学解析によって、ミクログリアのマーカータンパク質(Iba1、CX3CR1等)の染色によって純度を確認した。マーカータンパク質を発現する細胞の発生及び排出を日付毎に計数し、最初にプレーティングされた細胞と比較して収率を計算した(図17)。
【0098】
21日目~39日目に、卵黄嚢模倣オルガノイドから放出された細胞(ミクログリア+ミクログリア前駆細胞)を2日毎に1回収集し、6ウェルプレートの1つのウェル(9.6cm)に付着させ、次いで各ウェル中で浮遊しているミクログリアを2日毎に1回再び採取し、測定した。
【0099】
細胞機能(食細胞活動)の確認
細胞を蛍光標識ミクロスフィアで処置し、細胞に侵入したミクロスフィアを確認することによって、第1の細胞の食細胞活動を確認した。ウェル1つあたり1×10個の細胞を24ウェルプレートに付着させ、1日後に3×10個のビーズで処置した。翌日、細胞をPBSで3回洗浄して、表面に付着して細胞に侵入しなかったミクロスフィアを除去し、次いで細胞を固定し、蛍光免疫染色を行った。
【0100】
PFF(既形成原線維:Pre-formed Fibril)をpHrodoに付着させ、ミクログリアを処置することによって、第2の細胞の食細胞活動を確認した。pHrodoは、酸性環境で赤色の蛍光を発する物質である。pHrodoが細胞によって貪食される場合、pHrodoは赤色の蛍光を発する。PFFは、ミクログリア等の食細胞によって貪食される物質である。pHrodo(Invitrogen、#P36600)をPFFに付着させ、ミクログリアをそれで処置し、次いで各時間について蛍光の量を測定して、ミクログリアの食細胞活動を確認した。一実験方法において、2.86μlの5mg/ml PFFを、1.5mlチューブ中で1μlのpHrodoと混合し、次いで遮光状態で、室温で1時間保存した。1mlのPBSを加え、14000rpmで1分間遠心分離を行い、次いでチューブの底の暗紫色の集団のみを残して上清を除去した。1mlのPBSを加え、集団を溶解し、再び14000rpmで1分間遠心分離を行った。これをもう一度繰り返した。紫色の集団を1mlの培養液で遊離させ、次いで24ウェルプレートで増殖している250μlの細胞を等分し、各ウェルに加えた。処置の1.5時間後に観察を開始した。
【0101】
3Dオルガノイド由来ミクログリアの凍結保存
培養の30日目に、オルガノイド由来ミクログリアの5×10個の細胞を-196℃で90%培養液及び10% DMSOで構成される凍結溶液で凍結し、次いで100日後に解凍して生存率を確認した。
【0102】
[実験結果]
ヒト胚性幹細胞からの卵黄嚢オルガノイドの調製
図2において、光学顕微鏡によって、卵黄嚢オルガノイドが調製されたことを確認した。図2は、卵黄嚢で発生しているiPSC由来の分化(培養)の1日目~9日目のオルガノイドの写真である。半透明の嚢胞構造が、実際の卵黄嚢構造と似ていることが確認された。
【0103】
原始線条HSCマーカーの発現の確認
図3において、原始造血幹細胞(原始HSC)が実際に卵黄嚢オルガノイド内で生じるか否かを確認するために、オルガノイドを凍結させ、次いで切断して切片にし、断面図を解析した。分化の14日目に、卵黄嚢オルガノイドを固定液で固定し、免疫細胞化学解析によって確認した。原始線条HSCマーカーCD41及びCD235aが内部で発現されたか否かを確認した。ミクログリアは原始線条HSC及び最終的な線条HSC(definitive streak HSC)の中の原始線条HSCに由来するので、原始線条HSCでは発現されるが最終的な線条HSCでは発現されないCD235aタンパク質の存在が、免疫細胞化学解析によって確認された。
【0104】
また、図4において、オルガノイドの断面図から、及びオルガノイドを単一細胞レベルまで刻むことによる接着培養後の解析から、免疫細胞化学解析によって、90%より多くの細胞がCD235aを発現したことが確認された。分化の14日目に、アクターゼを使用して卵黄嚢オルガノイドを単一細胞レベルまで刻み、次いで二次元的にプレーティングし、オルガノイドの内部の細胞の特性を解析した。
【0105】
ミクログリアマーカーの発現
分化(培養)の14日目に、卵黄嚢オルガノイドのRNAを収集し、ミクログリア分化の初期に発現された遺伝子マーカーの量をRT-PCR(CD235a;原始HSC、CD34;HSC、PU.1;骨髄関連転写因子、TREM2;ミクログリア強化タンパク質)によって確認した。
【0106】
図5に示されるように、対照群、胚性幹細胞(H9 hESC)及び他の細胞型(神経前駆細胞、NPC:neural progenitor cell)と比較して、卵黄嚢オルガノイドで有意に高い量の遺伝子マーカーが発現されたことが観察された。これは、ミクログリア分化の初期の細胞がオルガノイド中で高度に濃縮されていることを示す。
【0107】
オルガノイドから排出された細胞の形状の変化の確認
分化(培養)の10日目に、培地を、ミクログリアが卵黄嚢から流れ出て脳に侵入する環境を模倣する、M-CSF及びIL-34を含むN2培地で置換した。培地を置換した時、細胞がオルガノイドから排出され始めた。培地を置換した2日後(12日間の分化)、排出された細胞の形状は殆ど円形であったが、培地を交換した11日後(21日間の分化)、排出された細胞の形状はミクログリアのものと類似しており、伸長した分枝の形状を有したことが確認された[図6]。したがって、排出された細胞を収集し、PLO/ラミニン被覆細胞培養皿に置いた時、図7に示される形状が得られる。
【0108】
図7は、24日間分化(培養)したオルガノイドから排出されたミクログリアを収集し、細胞培養皿に付着させた後に撮影された写真である。左の明視野写真は細胞付着の翌日に撮影され、形状はミクログリアのものと非常に類似していた。6日後に、ミクログリアマーカーであるIba1の発現を、蛍光染色によって確認した。結果として、全細胞中のIbaI発現細胞の割合は約90%であった。ミクログリアは、選別なしに高い純度で分化させることができた。
【0109】
分化(培養)の32日目に排出されたミクログリア(上清、sup)及び卵黄嚢オルガノイドのそれぞれにおける成熟ミクログリアマーカー遺伝子(Iba1;ミクログリア、CD11b;マクロファージ及びミクログリア、CX3CR1;ミクログリア強化タンパク質)の発現をqPCRによって確認した。結果として、成熟ミクログリアマーカー遺伝子は少なくとも43倍高く、上清に排出された細胞において、卵黄嚢スフィアにおけるよりも最大で444倍高かったことが確認された[図8]。
【0110】
したがって、成熟ミクログリアが流れ出すことができ、形状はミクログリアのものに非常に類似しており、排出されたミクログリアは有意な量の成熟ミクログリア遺伝子マーカーを発現する。よって、卵黄嚢オルガノイドを調製し、排出された細胞を得る方法によって、ミクログリアをうまく得ることができることが示された。
【0111】
図9は、免疫細胞化学解析によって、38日間分化(培養)した卵黄嚢オルガノイドの切断面を解析することによって得られた結果を説明する。細胞(DAPI)がオルガノイドの内部に存在しない嚢胞構造が存在し(実際は、卵黄嚢に類似した構造)、ミクログリア(Iba1)がその周りに分布することが確認された。特に、Iba1は殆ど、嚢胞の内部よりもむしろオルガノイドの表面に分布していた。このことから、卵黄嚢オルガノイドは、ミクログリアが卵黄嚢から流れ出る実際の組織の状況を同様に模倣することが示された。
【0112】
ミクログリア前駆細胞の発生
オルガノイドから排出された細胞に加えて、6ウェルプレートの接着培養中の細胞から増殖した新しいミクログリアを含む培養液もまた、2日毎に収集及び遠心分離して、ミクログリアを分離し、次いでPLO/ラミニン被覆6ウェルプレートに再びプレーティングした。分化(培養)の30日目から、プレーティングされるミクログリアの数が急速に増加し始めた。図10において、(1):分化(培養)の24日目に細胞培養皿にプレーティングされたオルガノイドから排出された細胞の写真;(2):写真(1)と同じウェル中でさらに+11日間培養された時の写真;(3):写真(1)と同じウェル中でさらに+29日間培養された時の写真(皿に付着している細胞及び浮遊細胞);及び(4):写真(3)の浮遊細胞を再び収集し、細胞培養皿にプレーティングすることによる、細胞の写真。
【0113】
分化(培養)の24日目に卵黄嚢オルガノイドから細胞を収集した場合、90%を超えるミクログリア純度が観察された。その他において、典型的なミクログリア形状を有する細胞に加えて、ミクログリア前駆細胞であると推定される細胞集団が観察された(図10の写真(1))。これらの細胞は、ミクログリアよりも、より優れた増殖能を有する(図10の写真(2))。約30日後、そこに細胞の集団が形成され、集団を形成する細胞の形状は、ミクログリアのものと非常に類似していた。また、ミクログリアであると推定される細胞が培養液中に浮遊していた。これらの細胞を再び収集してプレーティングした場合、それらがミクログリアであることが確認された(図10の写真(4))。
【0114】
優れた増殖能を有するミクログリア候補細胞集団は、オルガノイドから流れ出た直後には増殖しないが、ある一定期間の後には増殖する(約30日間の分化)。IBA1染色によって、分化の31日目に、増殖性細胞がミクログリア前駆細胞である可能性が確認された(図11の白色の矢印は増殖性細胞を示す)。顕微鏡下で、リアルタイムで細胞の増殖状況をモニタリングすることによって、増殖性細胞を同定した。
【0115】
免疫細胞化学解析によって、優れた増殖能を有する細胞及びミクログリアの両方が、ミクログリアの重要なマーカーであるCX3CR1を発現したことが確認された(図12の左;ミクログリア、図12の右;増殖性細胞)。CX3CR1は、恒常的なミクログリアの代表的なマーカーである。これらの結果に基づいて、この増殖性細胞集団は、ミクログリア前駆細胞と推定された。
【0116】
ミクログリアとしての、調製された細胞の機能の確認
図13は、アストロサイト単独で培養した場合又はアストロサイトとミクログリアとを共培養した場合に炎症反応マーカーによって毒性の刺激(LPS)に対する応答を確認することによって得られた結果を説明する。アストロサイトが、ミクログリアと比較して、LPS刺激を認識するTLR2、4のより弱い発現を有することが公知である。したがって、共培養の間に毒性の刺激に対するミクログリアの感受性に差があると予想されたので、実験は上述のように設計した。ミクログリアと共培養した場合に、炎症反応の重要なマーカーであるTNFaの発現が減少し、抗炎症反応の主要なマーカーであるIL-10及びArg1の発現が増加したことが観察された。対照群として、アストロサイトを単独で培養した。アストロサイトがミクログリアと共培養された場合、LPS刺激下でのミクログリアの状態の変化の刺激によって、アストロサイトの毒性感受性が誘導されたことが観察された。したがって、ミクログリアが正常に機能することが確認された。
【0117】
蛍光ビーズを使用して、ミクログリアの食細胞活動が確認された。ミクログリアが多くの蛍光ビーズを貪食するのが観察された。したがって、ミクログリアが、ミクログリアの主要な機能である食作用を十分に誘導したことが確認された[図14]。
【0118】
pHrodo(商標)グリーン及びレッドアミン反応性標識を使用して、ミクログリアの食細胞活動を確認した。pHrodo(PFFタンパク質に対して標識され、食作用により細胞に侵入する時に赤色になる物質)で細胞を処置した結果、ミクログリアが、アストロサイトと比較して、より早い時間でより多くの赤色を発現したことが観察された(図15A)。強度解析によって、細胞に蓄積したpHrodoの量を定量化した結果、量がミクログリアでは3倍多かったことが確認された(図15B)。
【0119】
ミクログリア凍結保存の可能性の確認
ミクログリアを-196℃で100日間凍結保存し、次いで再び解凍し、増殖させた。結果として、71.5%の細胞が生存していたことが確認された[図16]。
【0120】
得られたミクログリア収率の確認
21日目~39日目に、オルガノイドから放出された細胞(ミクログリア+ミクログリア前駆細胞)を2日毎に1回収集し、6ウェルプレートの1つのウェル(9.6cm)に付着させ、次いで各ウェル中で浮遊しているミクログリアを2日毎に1回再び採取し、測定した。結果を図17に示す。(ミクログリア前駆細胞はウェルに付着しているので、浮遊している細胞のみの数を測定した。ミクログリアは、ミクログリア前駆細胞によって継続的に生じており、1つのウェルで数回採取できる。)1回に得ることができたミクログリアの数は、およそ30日目に付着していたウェルで最大であり、細胞がウェルに付着するのが早い程、より多くの細胞が得られた。
【0121】
最初の細胞の数と比較して(2×10個のiPS細胞で開始)、30日目に成熟ミクログリアの数の5.5~6.5倍を得ることができ、40日目までに蓄積した場合、採取されたミクログリアの総量は約50倍の量で得ることができる。これは、従来技術と比較して、4倍(非特許文献1)及び30~40倍(非特許文献2)よりも多い。
【0122】
実際のヒト胎児ミクログリアとの遺伝子発現の比較解析
図18は、非特許文献1によるヒト胎児ミクログリアの遺伝子発現データ(公衆データ)と本発明に従って得られたミクログリア(赤色の四角)及びH9胚性幹細胞(hESC)の遺伝子発現データとの比較解析によって得られた結果を説明する。ヒートマップに示される全ての遺伝子は、ミクログリアのマーカーとして使用された遺伝子である。発明されたミクログリアが胎児ミクログリアのものと非常に類似した遺伝子発現パターンを示したことが確認された。
さらなる実施形態は、以下のとおりである。
[実施形態1]
ミクログリアの分化を誘導するための培地組成物であって、前記培地組成物が下記の式1:
[式1]
【化5】

によって表される化合物をさらに含む、培地組成物。
[実施形態2]
ミクログリアの分化を誘導するための培地がNGD(神経膠細胞分化)培地である、実施形態1に記載の培地組成物。
[実施形態3]
ミクログリアの分化を誘導するための培地が、BMP4(骨形成タンパク質4)及びアクチビンAを含む、実施形態1に記載の培地組成物。
[実施形態4]
bFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子)及びVEGF(血管内皮細胞増殖因子)がさらに含まれる、実施形態3に記載の培地組成物。
[実施形態5]
大量のミクログリアを得る、ミクログリアの分化のための方法であって、前記方法が:
ヒト多能性幹細胞から卵黄嚢模倣オルガノイドを調製するステップと;
NGD(神経膠細胞分化)培地中で前記オルガノイドを培養する間に前記NGD培地をN2添加培地で置換するステップとを含み;
ここで、前記NGD培地中で培養する時に、下記の式1:
[式1]
【化6】

によって表される化合物が前記NGD培地中にさらに含まれる、方法。
[実施形態6]
前記NGD培地が、培養の9日目~11日目にN2添加培地で置換される、実施形態5に記載の方法。
[実施形態7]
BMP4(骨形成タンパク質4)及びアクチビンAが前記NGD培地に含まれる、実施形態5に記載の方法。
[実施形態8]
bFGF(塩基性線維芽細胞増殖因子)及びVEGF(血管内皮細胞増殖因子)が前記NGD培地中にさらに含まれる、実施形態5に記載の方法。
[実施形態9]
M-CSF(マクロファージコロニー刺激因子)及びIL-34(インターロイキン34)が前記N2添加培地中にさらに含まれる、実施形態5に記載の方法。
[実施形態10]
コレステロール及びTGF-β1(トランスフォーミング増殖因子β1)が、前記N2添加培地中にさらに含まれる、実施形態5に記載の方法。
[実施形態11]
凍結保存を行うステップをさらに含む、実施形態5に記載の方法。
[実施形態12]
前記培養が、1~10%CO のインキュベーターにおいて行われる、実施形態5に記載の方法。
[実施形態13]
細胞選別プロセスが別に行われない、実施形態5に記載の方法。
[実施形態14]
神経変性疾患又は炎症性変性疾患を予防又は処置するための組成物であって、前記組成物が、実施形態5に記載の方法によって分化したミクログリア由来の抗炎症性サイトカインを含む、組成物。
[実施形態15]
前記抗炎症性サイトカインが、IL-4、IL-10、IL-33、TNF-β及びIGF-1からなる群から選択される少なくとも1つである、実施形態14に記載の組成物。
[実施形態16]
前記神経変性疾患が、パーキンソン病、認知症、アルツハイマー病、ハンチントン病、筋萎縮性側索硬化症、記憶喪失、重症筋無力症、進行性核上麻痺、多系統萎縮症、本態性振戦、皮質基底核変性症、びまん性レビー小体病及びピック病からなる群から選択されるいずれか1つである、実施形態14に記載の組成物。
[実施形態17]
前記炎症性変性疾患が、認知症、レビー小体病、前頭側頭型認知症、白質変性、副腎白質ジストロフィー、多発性硬化症及びルー・ゲーリック病からなる群から選択されるいずれか1つである、実施形態14に記載の組成物。
[実施形態18]
実施形態5に記載の方法によって分化したミクログリアを使用した、薬物スクリーニング方法。
[実施形態19]
前記薬物が、神経変性疾患又は炎症性変性疾患を処置する、実施形態18に記載の薬物スクリーニング方法。
[実施形態20]
前記神経変性疾患が、パーキンソン病、認知症、アルツハイマー病、ハンチントン病、筋萎縮性側索硬化症、記憶喪失、重症筋無力症、進行性核上麻痺、多系統萎縮症、本態性振戦、皮質基底核変性症、びまん性レビー小体病及びピック病からなる群から選択されるいずれか1つである、実施形態19に記載の薬物スクリーニング方法。
[実施形態21]
前記炎症性変性疾患が、認知症、レビー小体病、前頭側頭型認知症、白質変性、副腎白質ジストロフィー、多発性硬化症及びルー・ゲーリック病からなる群から選択されるいずれか1つである、実施形態19に記載の薬物スクリーニング方法。
[実施形態22]
対象に治療有効量のミクログリア由来抗炎症性サイトカインを投与するステップを含む、神経変性疾患又は炎症性変性疾患を処置するための方法。
[実施形態23]
前記抗炎症性サイトカインが、IL-4、IL-10、IL-33、TNF-β及びIGF-1からなる群から選択される少なくとも1つである、実施形態22に記載の方法。
[実施形態24]
前記神経変性疾患が、パーキンソン病、認知症、アルツハイマー病、ハンチントン病、筋萎縮性側索硬化症、記憶喪失、重症筋無力症、進行性核上麻痺、多系統萎縮症、本態性振戦、皮質基底核変性症、びまん性レビー小体病及びピック病からなる群から選択されるいずれか1つである、実施形態22に記載の方法。
[実施形態25]
前記炎症性変性疾患が、認知症、レビー小体病、前頭側頭型認知症、白質変性、副腎白質ジストロフィー、多発性硬化症及びルー・ゲーリック病からなる群から選択されるいずれか1つである、実施形態22に記載の方法。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13
図14
図15A
図15B
図16
図17
図18