(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-08
(45)【発行日】2024-08-19
(54)【発明の名称】軟磁性鉄板、該軟磁性鉄板の製造方法、該軟磁性鉄板を用いた鉄心および回転電機
(51)【国際特許分類】
C22C 38/00 20060101AFI20240809BHJP
H01F 1/14 20060101ALI20240809BHJP
C21D 6/00 20060101ALI20240809BHJP
C21D 1/76 20060101ALI20240809BHJP
C21D 1/18 20060101ALI20240809BHJP
C21D 3/08 20060101ALI20240809BHJP
C23C 8/26 20060101ALI20240809BHJP
【FI】
C22C38/00 303S
H01F1/14
C21D6/00 C
C21D1/76 M
C21D1/18 Y
C21D3/08
C23C8/26
(21)【出願番号】P 2020163548
(22)【出願日】2020-09-29
【審査請求日】2023-01-31
(73)【特許権者】
【識別番号】000005108
【氏名又は名称】株式会社日立製作所
(74)【代理人】
【識別番号】110000350
【氏名又は名称】ポレール弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】小室 又洋
(72)【発明者】
【氏名】浅利 裕介
(72)【発明者】
【氏名】品川 一矢
(72)【発明者】
【氏名】田村 慎也
(72)【発明者】
【氏名】田畑 智弘
(72)【発明者】
【氏名】寺田 尚平
【審査官】鈴木 葉子
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-132894(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2016/0042849(US,A1)
【文献】特開平05-263198(JP,A)
【文献】特開平01-319632(JP,A)
【文献】韓国公開特許第10-2005-0019948(KR,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C21D 3/08, 6/00, 8/12
C22C 38/00
C23C 8/26
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鉄を主要成分とし窒素を含有する軟磁性鉄板であって、
前記軟磁性鉄板の厚さ方向において、2原子%以上11原子%以下の窒素濃度を有する高窒素濃度層と、前記高窒素濃度層の窒素濃度の半分以下の窒素濃度を有する低窒素濃度層と、前記高窒素濃度層の窒素濃度および前記低窒素濃度層の窒素濃度をつなぐ窒素濃度遷移層とを有し、
前記軟磁性鉄板の少なくとも両主面の表層領域が、前記低窒素濃度層になって
おり、
前記高窒素濃度層は、α相、α’相およびα”相を含み、
前記α相が主相であり、前記α”相の体積率が10%以上であり、該α”相は、格子定数のa軸長に対するc軸長の比率が化学量論組成のFe
16
N
2
のそれと異なる結晶相であり、
前記軟磁性鉄板は、飽和磁束密度が2.14 T超であり、磁束密度1.0 Tかつ400 Hzの条件下における鉄損が40 W/kg未満である、
ことを特徴とする軟磁性鉄板。
【請求項2】
請求項1に記載の軟磁性鉄板において、
前記窒素濃度遷移層の窒素の平均濃度勾配が、0.1原子%/μm以上10原子%/μm以下であることを特徴とする軟磁性鉄板。
【請求項3】
請求項1又は請求項2に記載の軟磁性鉄板において、
前記低窒素濃度層の窒素濃度が、1原子%以下であることを特徴とする軟磁性鉄板。
【請求項4】
請求項1乃至請求項
3のいずれか一項に記載の軟磁性鉄板において、
前記軟磁性鉄板の厚さが0.01 mm以上1 mm以下であることを特徴とする軟磁性鉄板。
【請求項5】
請求項1乃至請求項
4のいずれか一項に記載の軟磁性鉄板において、
前記鉄および前記窒素以外の元素の合計が1原子%未満であることを特徴とする軟磁性鉄板。
【請求項6】
請求項1乃至請求項
4のいずれか一項に記載の軟磁性鉄板において、
前記鉄および前記窒素以外にコバルトを更に含有することを特徴とする軟磁性鉄板。
【請求項7】
請求項
6に記載の軟磁性鉄板において、
前記厚さ方向に沿って、前記表層領域のコバルト濃度が内部領域のコバルト濃度よりも高くなっている濃度分布を有することを特徴とする軟磁性鉄板。
【請求項8】
請求項1乃至請求項
7のいずれか一項に記載の軟磁性鉄板の製造方法であって、
鉄を主要成分とする軟磁性材料からなり厚さが0.01 mm以上1 mm以下の出発材料を用意する出発材料用意工程と、
前記出発材料に対して所定の窒素濃度分布制御熱処理を施して該出発材料の板厚方向に沿って所定の窒素濃度分布を形成する窒素濃度分布制御熱処理工程と、
前記所定の窒素濃度分布を形成した出発材料をマルテンサイト組織に相変態させると共に窒化鉄相を分散生成させる相変態・窒化鉄相生成工程とを有し、
前記所定の窒素濃度分布制御熱処理は、オーステナイト相形成温度範囲で行われる熱処理であり、前記出発材料の両主面から窒素原子を侵入拡散させて内部の窒素濃度を2原子%以上11原子%以下にする浸窒素熱処理と、該出発材料の両主面から窒素を放出させて前記表層領域に前記低窒素濃度層とそれにつながる前記窒素濃度遷移層とを形成する脱窒素熱処理との組み合わせである、
ことを特徴とする軟磁性鉄板の製造方法。
【請求項9】
請求項
8に記載の軟磁性鉄板の製造方法において、
前記浸窒素熱処理は、アンモニアガスを含む雰囲気下でアンモニアガス分圧を制御して侵入拡散する窒素濃度を制御する熱処理であり、
前記脱窒素熱処理は、前記浸窒素熱処理よりもアンモニアガス分圧を下げると共に温度を上げて行う熱処理であることを特徴とする軟磁性鉄板の製造方法。
【請求項10】
請求項
9に記載の軟磁性鉄板の製造方法において、
前記脱窒素熱処理と前記浸窒素熱処理との温度差が20℃以上200℃以下であることを特徴とする軟磁性鉄板の製造方法。
【請求項11】
請求項
8乃至請求項
10のいずれか一項に記載の軟磁性鉄板の製造方法において、
前記相変態・窒化鉄相生成工程は、100℃未満まで急冷する焼入れと、0℃以下に冷却するサブゼロ処理とを含むことを特徴とする軟磁性鉄板の製造方法。
【請求項12】
軟磁性鉄板の積層体からなる鉄心であって、
前記軟磁性鉄板が請求項1乃至請求項
7のいずれか一項に記載の軟磁性鉄板であることを特徴とする鉄心。
【請求項13】
鉄心を具備する回転電機であって、
前記鉄心が請求項
12に記載の鉄心であることを特徴とする回転電機。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、磁性材料の技術に関し、特に、電磁純鉄板よりも高い飽和磁束密度と低い鉄損とを兼ね備えた軟磁性鉄板、該軟磁性鉄板の製造方法、該軟磁性鉄板を用いた鉄心および回転電機に関するものである。
【背景技術】
【0002】
電磁鋼板や電磁純鉄板(例えば、厚さ0.01~1 mm)は、複数枚を積層成形することで回転電機や変圧器の鉄心として使用される材料である。鉄心では、電気エネルギーと磁気エネルギーとの変換効率が高いことが重要であり、高い磁束密度および低い鉄損が重要になる。磁束密度を高めるには材料の飽和磁束密度Bsが高いことが望ましく、Bsが高い鉄系材料としてFe-Co系合金材料や窒化鉄材料(例えば、Fe16N2)が知られている。
【0003】
また、鉄心のコスト低減は当然のことながら最重要な課題のうちの一つであり、従来から高いBsを有する材料を安定して安価に製造する技術開発が活発に行われてきた。
【0004】
例えば、特許文献1(特開2007-046074)には、Feを主成分としグラファイトで被覆され、含有窒素量が0.1~5重量%であり、Fe4NおよびFe3Nのうち少なくとも1種を含む磁性金属微粒子、が開示されている。また、当該磁性金属微粒子の製造方法として、酸化鉄粉末と炭素を含有する粉末とを混合し、混合後の粉末を非酸化性雰囲気中で熱処理して、Feを主成分としグラファイトで被覆された金属微粒子を得た後に、さらに該微粒子に対して窒化処理を施すことによって前記磁性金属微粒子を得る製造方法、が開示されている。
【0005】
特許文献1によると、優れた耐食性を有する磁性金属微粒子とその製造方法を提供することができる、とされている。
【0006】
また、特許文献2(再公表WO2014/104393)には、質量%または質量ppmで、C:0.08%以下、Si:2.0~4.5%およびMn:0.5%以下を含有すると共に、S、SeおよびOをそれぞれ50 ppm未満、sol. Alを100 ppm未満に抑制し、さらにNを[sol. Al]×(14/27) ppm ≦ N ≦ 80 ppmの範囲に制御し、残部はFeおよび不可避的不純物の組成からなる鋼スラブを素材として、方向性電磁鋼板を製造するに際し、冷間圧延後、二次再結晶焼鈍開始前までに、窒素量が50質量ppm以上1000質量ppm以下となる窒化処理を施し、焼鈍分離剤中に硫化物および/または硫酸塩を合計で0.2~15質量%含有させ、二次再結晶焼鈍の昇温過程において300~800℃の温度域における滞留時間を5時間以上確保する方向性電磁鋼板の製造方法、が開示されている。
【0007】
特許文献2によると、窒化珪素(Si3N4)およびMnSを析出させ、この窒化珪素とMnSを正常粒成長の抑制力として併用することにより、磁気特性のバラツキを大幅に低減して、良好な磁気特性を有する方向性電磁鋼板を工業的に安定して製造することができる、とされている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2007-046074号公報
【文献】国際公開第2014/104393号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
ノイズフィルタやリアクトルなどの比較的小さな電気部品には、圧粉磁心が好適であるが、回転電機や変圧器などの比較的大きな電気機械には、機械的強度の観点から電磁鋼板を積層成形した鉄心が有利である。
【0010】
特許文献1は、圧粉磁心に好適な技術と考えられるが、電磁鋼板のような薄板材の製造・利用に適しているとは言えない。また、特許文献2は、電磁鋼板の技術であるが、該電磁鋼板のBsが電磁純鉄板のそれよりも低いという弱点がある。言い換えると、薄板材で電磁純鉄板よりも高い磁気特性を示し、かつそのような薄板材を安定して安価に製造する方法は、特許文献1~2からは知ることができない。
【0011】
また、鉄心において電気/磁気エネルギーの変換効率を高めるためには、鉄損Piの低減も非常に重要になる。Piはヒステリシス損失と渦電流損失との和である。ヒステリシス損失を低減するには保磁力Hcが小さいことが望ましく、Hcを小さくするには結晶粒がおおきいことが望ましい。また、渦電流損失を低減するには高い電気抵抗率や薄板であることが望ましい。しかしながら、電磁純鉄板よりも高いBsと低いPiとを示す電磁鋼板を低コストで安定して製造する技術は確立されていない。
【0012】
したがって、本発明の目的は、電磁純鉄板よりも高い飽和磁束密度と低い鉄損とを示す軟磁性鉄板、該軟磁性鉄板の製造方法、該軟磁性鉄板を用いた鉄心および回転電機を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0013】
(I)本発明の一態様は、鉄を主要成分とし窒素を含有する軟磁性鉄板であって、
前記軟磁性鉄板の厚さ方向において、2原子%以上11原子%以下の窒素濃度を有する高窒素濃度層と、前記高窒素濃度層の窒素濃度の半分以下の窒素濃度を有する低窒素濃度層と、前記高窒素濃度層の窒素濃度および前記低窒素濃度層の窒素濃度をつなぐ窒素濃度遷移層とを有し、
前記軟磁性鉄板の少なくとも両主面の表層領域が、前記低窒素濃度層になっていることを特徴とする軟磁性鉄板、を提供するものである。
【0014】
本発明は、上記の本発明に係る軟磁性鉄板(I)において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(i)前記窒素濃度遷移層の窒素の平均濃度勾配が、0.1原子%/μm以上10原子%/μm以下である。
(ii)前記低窒素濃度層の窒素濃度が、1原子%以下である。
(iii)飽和磁束密度が2.14 T超であり、磁束密度1.0 Tかつ400 Hzの条件下における鉄損が40 W/kg未満である。
(iv)前記軟磁性鉄板の厚さが0.01 mm以上1 mm以下である。
(v)α相、α’相およびα”相を含み、前記α相が主相であり、前記α”相の体積率が10%以上である。
(vi)前記α”相は、格子定数のa軸長に対するc軸長の比率が化学量論組成のFe16N2のそれと異なる結晶相である。
(vii)前記鉄および前記窒素以外の元素の合計が1原子%未満である。
(viii)前記鉄および前記窒素以外にコバルトを更に含有する。
(ix)前記厚さ方向に沿って、前記表層領域のコバルト濃度が内部領域のコバルト濃度よりも高くなっている濃度分布を有する。
【0015】
なお、本発明において、表層領域とは、鉄板の厚さ方向に沿って、主表面を含む最外層の領域と定義し、内部領域とは、表層領域に挟まれる領域で窒素濃度遷移層を除く領域と定義する。
【0016】
(II)本発明の他の一態様は、上記の軟磁性鉄板の製造方法であって、
鉄を主要成分とする軟磁性材料からなり厚さが0.01 mm以上1 mm以下の出発材料を用意する出発材料用意工程と、
前記出発材料に対して所定の窒素濃度分布制御熱処理を施して該出発材料の板厚方向に沿って所定の窒素濃度分布を形成する窒素濃度分布制御熱処理工程と、
前記所定の窒素濃度分布を形成した出発材料をマルテンサイト変態させると共に窒化鉄相を分散生成させる相変態・窒化鉄相生成工程とを有し、
前記所定の窒素濃度分布制御熱処理は、オーステナイト相形成温度範囲で行われる熱処理であり、前記出発材料の両主面から窒素原子を侵入拡散させて内部の窒素濃度を2原子%以上11原子%以下にする浸窒素熱処理と、該出発材料の両主面から窒素を放出させて前記表層領域に前記低窒素濃度層とそれにつながる前記窒素濃度遷移層とを形成する脱窒素熱処理との組み合わせである、
ことを特徴とする軟磁性鉄板の製造方法、を提供するものである。
【0017】
本発明は、上記の本発明に係る軟磁性鉄板の製造方法(II)において、以下のような改良や変更を加えることができる。
(x)前記浸窒素熱処理は、アンモニアガスを含む雰囲気下でアンモニアガス分圧を制御して侵入拡散する窒素濃度を制御する熱処理であり、前記脱窒素熱処理は、前記浸窒素熱処理よりもアンモニアガス分圧を下げると共に温度を上げて行う熱処理である。
(xi)前記脱窒素熱処理と前記浸窒素熱処理との温度差が20℃以上200℃以下である。
(xii)前記相変態・窒化鉄相生成工程は、100℃未満まで急冷する焼入れと、0℃以下に冷却するサブゼロ処理とを含む。
【0018】
(III)本発明の更に他の一態様は、軟磁性鉄板の積層体からなる鉄心であって、
前記軟磁性鉄板が上記の本発明に係る軟磁性鉄板であることを特徴とする鉄心、を提供するものである。
【0019】
(IV)本発明の更に他の一態様は、鉄心を具備する回転電機であって、
前記鉄心が上記の本発明に係る鉄心であることを特徴とする回転電機、を提供するものである。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、電磁純鉄板よりも高い飽和磁束密度と低い鉄損とを示す軟磁性鉄板、および該軟磁性鉄板の製造方法を提供することができる。また、該軟磁性鋼板を用いることにより、純鉄を用いた鉄心よりも電気エネルギーと磁気エネルギーとの変換効率を高めた鉄心および回転電機を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
【
図1A】本発明に係る軟磁性鉄板における窒素濃度と板厚方向長さとの関係の一例を示すグラフである。
【
図1B】本発明に係る軟磁性鉄板における窒素濃度と板厚方向長さとの関係の他の一例を示すグラフである。
【
図1C】本発明に係る軟磁性鉄板における窒素濃度と板厚方向長さとの関係の更に他の一例を示すグラフである。
【
図2】本発明に係る軟磁性鉄板を製造する方法の一例を示す工程図である。
【
図3A】回転電機の固定子の一例を示す斜視模式図である。
【
図3B】固定子のスロット領域の拡大横断面模式図である。
【
図4】本発明の試料C-01における板厚方向の窒素濃度分布およびコバルト濃度分布を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0022】
[本発明の基本思想]
純鉄は、安価で飽和磁束密度Bsが高い(2.14 T)という利点がある。ケイ素(Si)を1~3質量%程度添加したFe-Si系合金は、純鉄よりも鉄損Piを大きく低下させることができるが、Bsが若干下がる(2.0 T)という弱点がある。また、コバルト(Co)を50質量%程度混合したFe-Co系合金は、純鉄よりも十分に高いBs(2.4 T)と低いPiとを示すが、Coの材料コストがFeに比して高いという弱点がある。
【0023】
一方、純鉄よりも高いBsを示す軟磁性材料として、前述したFe16N2相がある。本発明者等は、Feを主成分とする軟磁性材料にNを含有させてFe16N2相を生成させるとBsが向上する可能性があることに着目した。しかしながら、Fe16N2相は準安定化合物相であり、先行技術においても粉末材料を対象としているものが多く、薄板材の製造技術に関する知見はほとんどない。
【0024】
そこで、本発明者等は、電磁鉄板(例えば、厚さ0.01~1 mm)としての利用を念頭に置いて、安価な出発材料(例えば、電磁純鉄板、電磁鋼板)を用い、電磁純鉄板よりも優れた磁気特性を示す窒素含有軟磁性鉄板を安定して製造するプロセスを鋭意研究した。
【0025】
その結果、出発材料に対して、板厚方向に沿って所定の窒素濃度分布となるように浸窒素熱処理と脱窒素熱処理とを組み合わせた所定の窒素濃度分布制御熱処理を行った後、所定の相変態・窒化鉄相生成処理を施すと、純鉄よりも高いBsと低いPiとを示す軟磁性鉄板を安定して製造できることを見出した。本発明は、当該知見により完成されたものである。
【0026】
以下、本発明に係る実施形態について、図面を参照しながらより具体的に説明する。ただし、本発明はここで取り上げた実施形態に限定されることはなく、発明の技術的思想を逸脱しない範囲で、公知技術と適宜組み合わせたり公知技術に基づいて改良したりすることが可能である。また、同義の部位には同じ符号を付して、重複する説明を省略する。
【0027】
[本発明の軟磁性鉄板]
図1Aは、本発明に係る軟磁性鉄板における窒素濃度と板厚方向長さとの関係の一例を示すグラフである。
図1Bは、本発明に係る軟磁性鉄板における窒素濃度と板厚方向長さとの関係の他の一例を示すグラフである。
図1Cは、本発明に係る軟磁性鉄板における窒素濃度と板厚方向長さとの関係の更に他の一例を示すグラフである。
【0028】
図中に示す窒素濃度は、電子プローブマイクロアナライザ(EPMA、日本電子株式会社製、JXA-8800RL)を用い、スポット径1μmによる定量分析を行ったものである。
【0029】
図1A~
図1Cに示したように、本発明の軟磁性鉄板は、その厚さ方向において、2原子%以上11原子%以下の窒素濃度を有する高窒素濃度層10と、高窒素濃度層の窒素濃度の半分以下の窒素濃度を有する低窒素濃度層20と、高窒素濃度層の窒素濃度および低窒素濃度層の窒素濃度をつなぐ窒素濃度遷移層30とを有しており、かつ軟磁性鉄板の少なくとも両主面の表層領域が低窒素濃度層20になっている。
図1Bおよび
図1Cにおいては、両主面の表層領域の低窒素濃度層20に加えて、軟磁性鉄板の内部にも低窒素濃度層20と窒素濃度遷移層30とを有している。なお、
図1A~
図1Cから判るように、本発明の軟磁性鉄板の窒素濃度分布は、厚さ方向の中心を軸とした線対称になっている。
【0030】
高窒素濃度層10は、2原子%以上11原子%以下の窒素濃度を有することが好ましく、2原子%以上9原子%以下がより好ましい。窒素を2原子%以上含有させることにより、α”相(規則マルテンサイト相、Fe16N2相、体心正方晶)が有効量(例えば、10体積%以上)で生成すると考えられ、軟磁性鉄板のBs向上(2.14 T超のBs)に貢献する。窒素を11原子%以下に制御することにより、望まない相(例えばFe4N相)の生成を抑制し、軟磁性鉄板のBs低下(2.14 T以下のBs)を防ぐことができる。
【0031】
なお、詳細は後述するが、広角X線回折(WAXD)測定の結果から、高窒素濃度層10は、全てがα”相になるわけではなく、α相(フェライト相、体心立方晶)を主相(体積率が最も大きい相)とし、α”相とα’相(不規則マルテンサイト相、Fe8N相、体心正方晶)とが分散生成している状態と考えられる。
【0032】
また、本発明の軟磁性鉄板におけるα”相は、格子定数のa軸長に対するc軸長の比率「c/a」をWAXDで測定した場合に、当該「c/a」が化学量論組成のFe16N2の「c/a=1.10」と異なる結晶相であることが好ましい。これは、α”相の結晶格子が平均的に歪んでいることを意味する。化学量論組成のFe16N2結晶と対比して、N原子が欠損して結晶格子が歪むことにより、無歪の結晶格子よりも磁気モーメントの増大が期待できるためである。
【0033】
α’相の体積率に特段の限定はないが、α”相生成の前段階としてα’相が生成される可能性があることから、α’相の体積率は10%以上あることが好ましい。また、γ相(オーステナイト相、面心立方晶)は非磁性に近いため、γ相の体積率が5%超になると、α相の体積率を減じさせることと相まって、軟磁性鉄板のBsが電磁純鉄板のBsを超えることが困難になる。γ相の体積率は3%以下がより好ましく、1%以下がより好ましい。
【0034】
本発明者等の研究の結果、軟磁性鉄板全体を高窒素濃度層10にすると、大きな結晶磁気異方性によりHcが大きくなりPiも大きくなる傾向があることが判った。そこで、本発明の軟磁性鉄板では、Hcが小さい低窒素濃度層20を意図的に形成し、高窒素濃度層10と低窒素濃度層20との磁気的結合を生じさせることによって、軟磁性鉄板全体としてのPiを低減している。
【0035】
高窒素濃度層10と低窒素濃度層20とのHc差を明確にするため、低窒素濃度層20の窒素濃度は、高窒素濃度層10の窒素濃度の半分以下が好ましく、1原子%以下がより好ましく、0.5原子%以下が更に好ましい。
【0036】
また、高窒素濃度層10と低窒素濃度層20との間に所定の平均濃度勾配を有する窒素濃度遷移層30を形成することも重要である。窒素濃度遷移層30を形成することにより、低窒素濃度層20の磁化状態が高窒素濃度層10に伝搬し易くなる(言い換えると、高窒素濃度層10の磁壁および磁化が動き易くなる)。その結果、Hcが小さくなって軟磁性鉄板全体としてのPiが低減する。
【0037】
窒素濃度遷移層30の窒素の平均濃度勾配は、0.1原子%/μm以上10原子%/μm以下が好ましい。窒素の平均濃度勾配が0.1原子%/μm未満では、高窒素濃度層10の大きな結晶磁気異方性による磁化固定のポテンシャルを乗り越えるのが困難である。一方、窒素の平均濃度勾配が10原子%/μm超では、濃度勾配が急峻過ぎて高窒素濃度層10と低窒素濃度層20との磁気的結合が生じにくくなる。
【0038】
本発明に係る軟磁性鉄板の組成に関しては、窒素以外の規定に特段の限定はなく、薄板材として工業的・商業的に容易・安価に入手できる従前の軟磁性材料(例えば、電磁純鉄材料、電磁鋼板、Fe-Si合金材料、Fe-Co合金材料)を適宜利用できる。言い換えると、それら従前の軟磁性材料をベースにして本発明で規定する窒素濃度分布を形成すると、ベースとなる軟磁性材料よりも高いBsと低いPiとを達成することができる。例えば、電磁純鉄材料をベースとした場合、2.14 T超のBsと、40 W/kg未満のPi(磁束密度1.0 Tかつ400 Hzの条件下)を達成することができる。
【0039】
[本発明の軟磁性鉄板の製造方法]
図2は、本発明に係る軟磁性鉄板を製造する方法の一例を示す工程図である。
図2に示したように、本発明の軟磁性鉄板の製造方法は、概略的に、出発材料用意工程S1と窒素濃度分布制御熱処理工程S2と相変態・窒化鉄相生成工程S3とを有する。工程S2と工程S3との間に浸炭素熱処理工程S4を更に行ってもよい。以下、各工程をより具体的に説明する。
【0040】
(出発材料用意工程)
本工程S1は、出発材料として工業的・商業的に容易・安価に入手できる軟磁性材料の薄板材(例えば、厚さ0.01~1 mm)を用意する工程である。鉄を主要成分とする軟磁性材料であれば特段の限定はなく、従前の材料(例えば、電磁純鉄材料、電磁鋼板、Fe-Si合金材料、Fe-Co合金材料)を好適に利用できる。これらの軟磁性材料は炭素(C)含有率が低いことから、後工程における鉄板中のN濃度分布の制御やα”相の生成が比較的容易になり、プロセスコストの低減にも寄与する。
【0041】
(窒素濃度分布制御熱処理工程)
本工程S2は、出発材料に対して所定の窒素濃度分布制御熱処理(浸窒素熱処理S2aと脱窒素熱処理S2bとを組み合わせた熱処理)を施して出発材料(軟磁性鉄板)の板厚方向に沿って所定の窒素濃度分布を形成する工程である。本発明の製造方法は、工程S2に大きな特徴がある。
【0042】
浸窒素熱処理S2aは、軟磁性鉄板内部の窒素濃度が所定の濃度となるように、軟磁性鉄板の両主面から窒素原子を侵入拡散させる熱処理であり、アンモニア(NH3)ガスを含む雰囲気下で、Fe-N系状態図におけるγ相形成温度範囲(共析変態点(592℃)以上の温度、例えば700~900℃)に加熱して行われる。軟磁性鉄板の表面でアンモニア分子を分解して窒素原子を侵入拡散させることから、アンモニアガスの導入は500℃程度以上の温度になってから行うことが好ましい。
【0043】
軟磁性鉄板の窒素濃度の制御は、主にアンモニアガス分圧の制御によって行うことができる。アンモニアガス分圧の制御は、例えば、熱処理環境の全圧制御および/または窒素(N2)ガスとの混合で行うことができる。また、アンモニアガスの供給を間欠制御して(供給する時間と供給しない時間とを制御して)軟磁性鉄板中への窒素原子の侵入と軟磁性鉄板内部での窒素原子の拡散とのバランスを調整することにより、板厚方向(特に、内部領域)の窒素濃度分布を制御することができる。
【0044】
脱窒素熱処理S2bは、軟磁性鉄板の両主面から窒素を放出させて表層領域の低窒素濃度層20とそれにつながる窒素濃度遷移層30とを形成する熱処理であり、上記の浸窒素熱処理S2aよりもアンモニアガス分圧を下げて行われる。脱窒素を効率化するために、浸窒素熱処理S2aよりも温度を上げて行うことはより好ましい。脱窒素熱処理S2bと浸窒素熱処理S2aとの温度差は、20℃以上200℃以下が好ましく、50℃以上120℃以下がより好ましい。
【0045】
表層領域の低窒素濃度層20の窒素濃度の制御は、主にアンモニアガス分圧の制御によって行うことができる。当該低窒素濃度層20の厚さの制御は、主に熱処理時間の制御によって行うことができる。窒素濃度遷移層30の平均濃度勾配の制御は、主に温度の制御によって行うことができる。
【0046】
(浸炭素熱処理工程)
本工程S4は、工程S2の脱窒素熱処理で形成した表層領域の低窒素濃度層20に炭素を侵入させる熱処理である。工程S4は必須の工程ではないが、表層領域の低窒素濃度層20に炭素を侵入させることにより、軟磁性鉄板のBsを低下させることなくPiを低減することができる。
【0047】
浸炭素熱処理の方法に特段の限定はなく、従前の方法(例えば、アセチレン(C2H2)ガス雰囲気下での熱処理)を好適に利用できる。一例として、脱窒素熱処理に引き続いて雰囲気ガスをアセチレンガスに変更するかたちで行うことができる。
【0048】
本工程S2によって、前述した
図1A~
図1Cのような窒素濃度分布を有する軟磁性鉄板が得られる。なお、
図1Aは、浸窒素熱処理S2aにおいて板厚方向の中央まで均等に窒素を拡散させた例であり、
図1Bは、
図1Aよりも浸窒素熱処理S2aの窒素拡散時間を短くして、板厚方向の中央領域に低窒素濃度層20と窒素濃度遷移層30とを形成した例(残存させた例)であり、
図1Cは、
図1Bよりも浸窒素熱処理S2aの窒素拡散時間を更に短くして、板厚方向の中央領域に
図1Bよりも厚い低窒素濃度層20と窒素濃度遷移層30とを形成した例(残存させた例)である。
【0049】
(相変態・窒化鉄相生成工程)
本工程S3は、工程S2で所定の窒素濃度分布を形成した軟磁性鉄板に対して、100℃未満まで急冷する焼入れを行ってγ相からマルテンサイト組織に相変態を起こさせると共に、窒化鉄相(特にα”相)を分散生成させる工程である。焼入れ方法に特段の限定はなく、従前の方法(例えば、油焼入れ)を好適に利用できる。
【0050】
軟磁性鉄板中の残留γ相をマルテンサイト組織に変態させるために、0℃以下に冷却するサブゼロ処理(例えば、ドライアイスを使用した普通サブゼロ処理、液体窒素を使用した超サブゼロ処理)を行うことは好ましい。また、軟磁性鉄板に靭性を与える目的で、必要に応じて、100℃以上210℃以下の焼戻しを更に行ってもよい。
【0051】
[本発明の軟磁性鉄板を用いた鉄心および回転電機]
図3Aは回転電機の固定子の一例を示す斜視模式図であり、
図3Bは固定子のスロット領域の拡大横断面模式図である。なお、横断面とは、回転軸方向に直交する断面(法線が軸方向と平行の断面)を意味する。回転電機では、
図3A~
図3Bの固定子の径方向内側に回転子(図示せず)が配設される。
【0052】
図3A~
図3Bに示したように、固定子50は、鉄心51の内周側に形成された複数の固定子スロット52に、固定子コイル60が巻装されたものである。固定子スロット52は、鉄心51の周方向に所定の周方向ピッチで配列形成されるとともに軸方向に貫通形成された空間であり、最内周部分には軸方向に延びるスリット53が開口形成されている。隣り合う固定子スロット52の仕切る領域は鉄心51のティース54と称され、ティース54の内周側先端領域でスリット53を規定する部分はティース爪部55と称される。
【0053】
固定子コイル60は、通常、複数のセグメント導体61から構成される。例えば、
図3A~
図3Bにおいて、固定子コイル60は、三相交流のU相、V相、W相に対応する3本のセグメント導体61から構成されている。また、セグメント導体61と鉄心51との間の部分放電、および各相(U相、V相、W相)間の部分放電を防止する観点から、各セグメント導体61は、通常、その外周を電気絶縁材62(例えば、絶縁紙、エナメル被覆)で覆われる。
【0054】
本発明の軟磁性鉄板を用いた鉄心および回転電機とは、本発明の軟磁性鉄板を所定の形状に成形加工したものを軸方向に多数枚積層して形成された鉄心51および該鉄心51を利用した回転電機である。本発明の軟磁性鉄板は、前述したように、電磁純鉄板よりも高いBsと低いPiとを示すという磁気特性を有することから、従来の電磁鋼板を用いた鉄心よりも電気エネルギーと磁気エネルギーとの変換効率を高めた鉄心を提供できる。高効率な鉄心は、回転電機の小型化や高トルク化につながる。
【実施例】
【0055】
以下、種々の実験により本発明をさらに具体的に説明する。ただし、本発明はこれらの実験に記載された構成・構造に限定されるものではない。
【0056】
[実験1]
出発材料として市販の電磁純鉄板(厚さ=0.1 mm)を用意した。該出発材料に対して、アンモニアガス雰囲気中(分圧=1×105 Pa)、800℃で2時間保持する浸窒素熱処理を行った。このとき、昇温過程で500℃に達した段階でアンモニアガスを導入し、6回の間欠制御(NH3ガスとN2ガスとを交互に流通)を行って、板厚方向に沿って一様に窒素濃度が5原子%になるように調整した。該浸窒素熱処理に引き続いて、アンモニア分圧を1×104 Paに下げながら820℃まで昇温して5分間保持する脱窒素熱処理を行った。
【0057】
つぎに、脱窒素熱処理を経た電磁純鉄板を油焼入れ(60℃)してマルテンサイト変態させた後、超サブゼロ処理を行って残留γ相もマルテンサイト変態させて試料A-03を作製した。
【0058】
得られた試料A-03の板厚方向の窒素濃度分布を、EPMAを用いて調査した結果が、前述した
図1Aである。試料の両主面の表層領域に低窒素濃度層(N濃度≒0原子%、厚さ=10μm)が形成され、内部領域に高窒素濃度層(N濃度≒5原子%、厚さ=70μm)が形成され、低窒素濃度層と高窒素濃度層とをつなぐ窒素濃度遷移層(平均N濃度勾配≒1原子%/μm、厚さ=5μm)が形成されていることが判る。
【0059】
[実験2]
出発材料として市販の電磁純鉄板(厚さ=0.1 mm)と市販の電磁鋼板(厚さ=0.1 mm、C濃度=0.2原子%)とを用意した。つぎに、窒素濃度分布制御熱処理工程における浸窒素熱処理のアンモニアガス分圧、および/または脱窒素熱処理の保持温度や保持時間を変更した以外は実験1と同様にして、高窒素濃度層の窒素濃度、低窒素濃度層の厚さ、および/または窒素濃度遷移層の平均N濃度勾配が実験1の試料のそれらと異なる試料A-01~A-02、A-04~A-12を用意した。相変態・窒化鉄相生成工程は、実験1と同様に行った。
【0060】
得られた試料A-01~A-02、A-04~A-12の板厚方向の窒素濃度分布を、実験1と同様にEPMAを用いて調査した。実験1~2の各試料の仕様を後述する表1にまとめる。
【0061】
[実験3]
出発材料として実験1と同じ市販の電磁純鉄板(厚さ=0.1 mm)を用意した。該出発材料に対して、実験1と同様の条件で浸窒素熱処理のみを行い(脱窒素熱処理を行わず)、板厚方向全体が高窒素濃度層(N濃度≒5原子%)となっている試料A-C1(低窒素濃度層および窒素濃度遷移層が形成されていない試料)を用意した。相変態・窒化鉄相生成工程は、実験1と同様に行った。本試料A-C1は、表層領域の低窒素濃度層および窒素濃度遷移層の効果を検証する比較試料となる。
【0062】
また、同じ出発材料(厚さ0.1 mmの市販の電磁純鉄板)に対して、熱処理条件を調整した浸窒素熱処理を行って、表層領域(厚さ=10μm)を高窒素濃度層(N濃度≒5原子%)とし、窒素濃度遷移層(平均N濃度勾配≒1原子%/μm、厚さ=5μm)を介して内部領域(厚さ=70μm)が低窒素濃度層(N濃度≒0原子%)となる窒素濃度分布を有する試料A-C2を用意した。脱窒素熱処理は行わなかった。相変態・窒化鉄相生成工程は、実験1と同様に行った。本試料A-C2は、試料A-03と真逆の窒素濃度分布を有しており、表層領域の低窒素濃度層の効果を検証する比較試料となる。
【0063】
さらに、実験1~2の基準として、市販の電磁純鉄板(厚さ=0.1 mm)そのものを参照試料A-R1とした。実験3で用意した比較試料A-C1~A-C2および参照試料A-R1の仕様を表1に併記する。
【0064】
[実験4]
得られた各試料を100枚重ねた断面に対して、Mo-Kα線およびCu-Kα線を用いたWAXD測定を行い、プロファイルフィッテイングによってα相、α’相、α”相およびγ相の検出の有無、および各回折ピークの積分強度を算出した。次に、標準データ記載の感度係数を用いた積分強度補正を行い、積分強度の比からα”相およびγ相の体積率を求めた。また、α”相の回折ピークから、α”相の格子定数のa軸長に対するc軸長の比率「c/a」を算出した。
【0065】
WAXD測定の結果、参照試料A-R1は、α相のみが検出された。参照試料A-R1以外の試料は、α相、α’相およびα”相の回折ピークが検出され、γ相は検出されなかった。α”相の体積率は10体積%以上であり、α”相の「c/a」は1.02~1.09の範囲であった。
【0066】
磁気特性としてBsとPiとを測定した。振動試料型磁力計(VSM、理研電子株式会社BHV-525H)を用いて磁界1.6 MA/m、温度20℃の条件下で試料の磁化(単位:emu)測定し、試料体積および試料質量からBs(単位:T)を求めた。また、BHループアナライザ(株式会社IFG製、IF-BH550)を用いたHコイル法により、磁束密度1.0 T、400 Hz、温度20℃の条件下で試料のPi-1.0/400(単位:W/kg)を測定した。磁気特性の結果を表1に併記する。
【0067】
【0068】
前述したように、表1に示した試料A-R1は実験3で用意した参照試料であり、試料A-C1、A-C2は実験3で用意した比較試料であり、試料A-01~A-02、A-04~A-12は実験2で作製した試料であり、試料A-03は実験1で作製した試料である。
【0069】
表1に示したように、板厚方向全体が高窒素濃度層になっている比較試料A-C1は、参照試料A-R1に比してBsが向上するがPi-1.0/400も増大していることが判る。内部領域に低窒素濃度層が形成されているが表層領域に低窒素濃度層が形成されていない比較試料A-C2は、比較試料A-C1に比してPi-1.0/400が減少しているが、参照試料A-R1に比してPi-1.0/400が増大していることが判る。
【0070】
これに対し、本発明の試料A-01~A-12は、参照試料A-R1に比して、Bsが向上しPiが減少していることが判る。これらの結果から、本発明の軟磁性鉄板の構成である高窒素濃度層(それに起因するα”相の生成)はBsの向上に寄与し、低窒素濃度層および窒素濃度遷移層はPi-1.0/400の低減に寄与していることが確認される。
【0071】
また、比較試料A-C2と試料A-03との比較から、表層領域における低窒素濃度層がPi-1.0/400の低減に寄与していることが確認される。これは、表層領域にHcが低い層が存在する方が、外部磁界の変動に対する磁化変動の応答性が高くなってPi-1.0/400が低減するものと考えられる。言い換えると、表層領域にHcが高い層が存在すると、該表層領域が磁気シールド的に作用して、内部領域の磁化変動の応答を阻害すると考えられる。
【0072】
[実験5]
所望の合金組成となるように市販の純金属原料(Fe、Co、それぞれ純度=99.9%)を混合し、水冷銅ハース上のアーク溶解法(大亜真空株式会社製、自動アーク溶解炉、減圧Ar雰囲気中)により合金塊を作製した。このとき、合金塊均質化のために、試料を反転させながら再溶解を6回繰り返した。得られた合金塊に対してプレス加工、圧延加工を施して、出発材料となるFe-Co合金板(厚さ=0.1 mm)を用意した。
【0073】
出発材料に対して、アンモニアガス雰囲気中(分圧=1×105 Pa)、700℃で2時間保持する浸窒素熱処理を行った。このとき、昇温過程で500℃に達した段階でアンモニアガスを導入し、6回の間欠制御(NH3ガスとN2ガスとを交互に流通)を行って、板厚方向に沿って一様に窒素濃度が5原子%になるように調整した。該浸窒素熱処理に引き続いて、アンモニア分圧を1×104 Paに下げながら750℃まで昇温して5分間保持する脱窒素熱処理を行った。その後、実験1と同様にして、油焼入れ(60℃)と超サブゼロ処理とを行って、本発明の試料B-03を作製した。
【0074】
得られた試料B-03の板厚方向の窒素濃度分布を、実験1と同様にEPMAを用いて調査したところ、
図1Aと同様の窒素濃度分布が形成されていることが確認された。
【0075】
[実験6]
実験5と同様に、市販の純金属原料(Fe、Co、V、それぞれ純度=99.9%)を混合・溶解して、所望の合金組成を有する合金塊を作製した。得られた合金塊に対してプレス加工、圧延加工を施して、出発材料となるFe-Co系合金板(厚さ=0.1 mm)を用意した。
【0076】
つぎに、窒素濃度分布制御熱処理工程における浸窒素熱処理のアンモニアガス分圧、および/または脱窒素熱処理の保持温度や保持時間を変更した以外は実験5と同様にして、高窒素濃度層の窒素濃度、低窒素濃度層の厚さ、および/または窒素濃度遷移層の平均N濃度勾配が実験5の試料B-03のそれらと異なる試料B-01~B-02、B-04~B-15を用意した。相変態・窒化鉄相生成工程は、実験1と同様に行った。
【0077】
得られた試料B-01~B-02、B-04~B-15の板厚方向の窒素濃度分布を、実験1と同様にEPMAを用いて調査した。実験5~6の各試料の仕様を後述する表2にまとめる。
【0078】
[実験7]
実験5で用意した出発材料に対して、実験5と同様の条件で浸窒素熱処理のみを行い(脱窒素熱処理を行わず)、板厚方向全体が高窒素濃度層(N濃度≒5原子%)となっている試料B-C1を用意した。相変態・窒化鉄相生成工程は、実験1と同様に行った。本試料B-C1は、低窒素濃度層および窒素濃度遷移層の効果を検証する比較試料となる。また、実験5~6の基準として、出発材料そのものを参照試料B-R1とした。実験7で用意した比較試料B-C1および参照試料B-R1の仕様を表2に併記する。
【0079】
[実験8]
得られた各試料に対して、実験4と同様にして、WAXD測定による検出相の同定、α”相およびγ相の体積率、α”相の格子定数のa軸長に対するc軸長の比率「c/a」を求めた。その結果、参照試料B-R1は、α相のみが検出された。参照試料B-R1以外の試料は、α相、α’相およびα”相の回折ピークが検出され、γ相は検出されなかった。α”相の体積率は10体積%以上であり、α”相の「c/a」は1.02~1.09の範囲であった。
【0080】
また、実験4と同様にして、磁気特性としてBsとPi-1.0/400とを測定した。磁気特性の結果を表2に併記する。
【0081】
【0082】
前述したように、表2に示した試料B-R1は実験7で用意した参照試料であり、試料B-C1は実験7で用意した比較試料であり、試料B-01~B-02、B-04~B-15は実験6で作製した試料であり、試料B-03は実験5で作製した試料である。
【0083】
表2に示したように、板厚方向全体が高窒素濃度層になっている比較試料B-C1は、参照試料B-R1に比して、Bsが向上するがPi-1.0/400も増大していることが判る。これに対し、本発明の試料B-01~B-15は、参照試料B-R1およびA-R1に比して、Bsが向上しPi-1.0/400が減少していることが判る。これらの結果から、本発明の軟磁性鉄板の構成である高窒素濃度層(それに起因するα”相の生成)はBsの向上に寄与し、低窒素濃度層および窒素濃度遷移層はPi-1.0/400の低減に寄与していることが確認される。
【0084】
[実験9]
市販の電磁純鉄板(厚さ=0.08 mm)の両主面にCo膜(それぞれ厚さ=0.01 mm)を蒸着した薄板材を用意した。つぎに、当該薄板材に対して、窒素雰囲気中(分圧=1×105 Pa)、1000℃で5時間保持する熱処理(コバルト拡散熱処理)を行った。コバルト拡散熱処理を行った薄板材を出発材料とした。
【0085】
出発材料に対して、アンモニアガス雰囲気中(分圧=1×105 Pa)、700℃で2時間保持する浸窒素熱処理を行った。このとき、昇温過程で500℃に達した段階でアンモニアガスを導入し、6回の間欠制御(NH3ガスとN2ガスとを交互に流通)を行って、板厚方向に沿って一様に窒素濃度が5原子%になるように調整した。該浸窒素熱処理に引き続いて、アンモニア分圧を1×104 Paに下げながら800℃まで昇温して5分間保持する脱窒素熱処理を行った。その後、実験1と同様にして、油焼入れ(60℃)と超サブゼロ処理とを行って、本発明の試料C-01を作製した。
【0086】
得られた試料の板厚方向の窒素濃度分布を、EPMAを用いて調査した。結果を
図4に示す。
図4は、試料C-01における板厚方向の窒素濃度分布およびコバルト濃度分布を示すグラフである。
【0087】
図4に示したように、窒素濃度分布に関しては、試料の両主面の表層領域に低窒素濃度層(N濃度≒0原子%、厚さ=10μm)が形成され、内部領域に高窒素濃度層(N濃度≒5原子%、厚さ=70μm)が形成され、低窒素濃度層と高窒素濃度層とをつなぐ窒素濃度遷移層(平均N濃度勾配≒1原子%/μm、厚さ=5μm)が形成されていることが判る。
【0088】
また、コバルト濃度分布に関しては、試料の両主面の表層領域(厚さ=10μm)で相対的に高いコバルト濃度(約30~55原子%)を有し、内部に向かって徐々に低下しながら内部領域(厚さ=40μm)で相対的に低いコバルト濃度(約20原子%)を有していることが判る。コバルト拡散熱処理によって、軟磁性鉄板の板厚方向にコバルト濃度分布を形成できることが確認される。
【0089】
つぎに、実験4と同様にして、試料C-01の磁気特性(Bs、Pi-1.0/400)を測定しところ、Bs=2.45 T、Pi-1.0/400=10 W/kgという結果が得られた。試料C-01の磁気特性は、パーメンジュール(Fe-49質量%-2質量%V)に匹敵する高いBsとパーメンジュールよりも低いPi-1.0/400とを示している。試料C-01の表層領域は、窒素濃度が低くコバルト濃度が高いことから、実質的にFe-Co合金層が形成していると考えられる。そして、該Fe-Co合金の低い保磁力が試料全体のPi-1.0/400の低減に寄与していると考えられる。
【0090】
試料C-01の結果から、高いBsと低いPi-1.0/400とを実現するには、試料B-03やB-06のように表層領域の低窒素濃度層、内部領域の高窒素濃度層、およびそれらをつなぐ窒素濃度遷移層を形成することに加えて、表層領域のコバルト濃度を高める濃度分布を形成することが有効であることが判った。また、試料C-01は、全体としてのCo使用量がパーメンジュールよりも少ないことから、材料コストを低減できる利点がある。
【0091】
[実験10]
市販の電磁純鉄板(厚さ=0.08 mm)の両主面にCo膜(それぞれ厚さ=0.01 mm)を蒸着した薄板材を用意した。つぎに、当該薄板材に対して、窒素雰囲気中(分圧=1×105 Pa)、1000℃のコバルト拡散熱処理を行った。このとき、1000℃での保持時間を制御してコバルト濃度分布を調整した。本実験10では、このコバルト濃度分布を調整した薄板材を軟磁性鉄板の試料とした。
【0092】
用意した軟磁性鉄板の試料に対して、EPMAを用いてコバルト濃度分布を調査し、磁気特性(Bs、Pi-1.0/400)を測定した。その結果、厚さ10μmの表層領域のコバルト濃度が5~70原子%で厚さ40μmの内部領域のコバルト濃度が0~2原子%の試料の磁気特性は、Bs=2.25 T、Pi-1.0/400=20 W/kgであった。厚さ10μmの表層領域のコバルト濃度が30~60原子%で厚さ40μmの内部領域のコバルト濃度が20~25原子%の試料の磁気特性は、Bs=2.35 T、Pi-1.0/400=15 W/kgであった。
【0093】
上述した実施形態や実験は、本発明の理解を助けるために説明したものであり、本発明は、記載した具体的な構成のみに限定されるものではない。例えば、実施形態の構成の一部を当業者の技術常識の構成に置き換えることが可能であり、また、実施形態の構成に当業者の技術常識の構成を加えることも可能である。すなわち、本発明は、本明細書の実施形態や実験の構成の一部について、発明の技術的思想を逸脱しない範囲で、削除・他の構成に置換・他の構成の追加をすることが可能である。
【符号の説明】
【0094】
10…高窒素濃度層、20…低窒素濃度層、30…窒素濃度遷移層、
50…固定子、51…鉄心、
52…固定子スロット、53…スリット、54…ティース、55…ティース爪部、
60…固定子コイル、61…セグメント導体、62…電気絶縁材。