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特許7536147電気トリー劣化に伴う電力機器の余寿命判定方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-08
(45)【発行日】2024-08-19
(54)【発明の名称】電気トリー劣化に伴う電力機器の余寿命判定方法
(51)【国際特許分類】
   G01R 31/12 20200101AFI20240809BHJP
   H01F 27/00 20060101ALI20240809BHJP
   H01F 41/00 20060101ALI20240809BHJP
   H02H 3/00 20060101ALI20240809BHJP
【FI】
G01R31/12 A
H01F27/00 C
H01F27/00 H
H01F41/00 F
H02H3/00 N
【請求項の数】 6
(21)【出願番号】P 2023098635
(22)【出願日】2023-06-15
【審査請求日】2023-06-19
(73)【特許権者】
【識別番号】000141015
【氏名又は名称】株式会社かんでんエンジニアリング
(74)【代理人】
【識別番号】110000729
【氏名又は名称】弁理士法人ユニアス国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】牟田神東 達也
【審査官】越川 康弘
(56)【参考文献】
【文献】特開昭58-153183(JP,A)
【文献】特開平10-078471(JP,A)
【文献】特開2000-214211(JP,A)
【文献】特開2020-197498(JP,A)
【文献】特開2022-10761(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第104849633(CN,A)
【文献】中国特許出願公開第107505541(CN,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01R 31/12
H01F 27/00
H01F 41/00
H02H 3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
エポキシモールド電力機器から生じる部分放電に係る電気信号を検知して、印加電圧位相角φと放電電荷量qとの関係であるφ-q分布を得る工程(a)と、
前記工程(a)で得られた前記φ-q分布の形状が、φ軸方向の広がりに比べてq軸方向の広がりが主体的である線形状か、前記φ軸方向及び前記q軸方向の双方に広がりを示す面形状かを判定する工程(b)と、
前記φ-q分布の形状が前記面形状と判定された場合に、前記面形状を示す領域の形状が、前記面形状を示す領域の外縁を滑らかに結ぶ閉曲線によって形成される仮想図形に切り欠きが実質的に存在しない山型を呈した第一形状であるか、q軸方向を縦方向としたときの底部に切り欠きが存在することで羽根型を呈した第二形状であるかを判定する工程(c)と、
前記面形状を示す領域が前記第一形状である場合に、前記φ-q分布から前記放電電荷量qに係る分散値Varを算出すると共に、前記分散値Varに基づいて前記エポキシモールド電力機器内に生じている電気トリー長の推定値を算出する工程(d)と、
1日以上の所定期間を空けて前記工程(d)が複数回実行されることで得られた、前記所定期間の長さと前記電気トリー長の推定値との組み合わせに基づいて、前記エポキシモールド電力機器内の電気トリーの進展速度の推定値を算出する工程(e)と、
前記工程(e)で算出された、前記電気トリーの進展速度の推定値に基づいて、前記エポキシモールド電力機器の余寿命の推定値を算出する工程(f)と
前記工程(c)において前記面形状を示す領域が前記第二形状である場合に、前記エポキシモールド電力機器の寿命が到来していると判断する工程(g)を備えることを特徴とする、電気トリー劣化に伴う電力機器の余寿命判定方法。
【請求項2】
前記工程(b)において前記φ-q分布の形状が前記線形状であると判定された場合には、前記エポキシモールド電力機器は経過観察対象であると判断し、所定の待機期間の経過後に再び前記工程(a)を実行することを特徴とする、請求項に記載の電気トリー劣化に伴う電力機器の余寿命判定方法。
【請求項3】
前記工程(a)の前に、前記エポキシモールド電力機器が余寿命判定対象であるか否かを判定する工程(h)を備え、
前記工程(h)は、前記エポキシモールド電力機器から発された電磁波信号を受信して、周波数別の強度に分解し、100MHz以上200MHz未満の範囲内であって少なくとも150MHzを含む基準周波数帯の信号強度がノイズレベルを超える所定閾値を上回っている場合に、前記エポキシモールド電力機器が余寿命判定対象であると判定する工程であり、
前記工程(a)は、前記工程(h)において余寿命判定対象であると判定された前記エポキシモールド電力機器に対して実行されることを特徴とする、請求項に記載の電気トリー劣化に伴う電力機器の余寿命判定方法。
【請求項4】
前記工程(a)は、前記エポキシモールド電力機器の近傍にアンテナを設置する工程と、前記アンテナで電磁波信号を受信する工程とを含み、受信した前記電磁波信号の強度に基づいて前記φ―q分布を得る工程であることを特徴とする、請求項に記載の電気トリー劣化に伴う電力機器の余寿命判定方法。
【請求項5】
前記工程(a)は、前記エポキシモールド電力機器の接地線を流れる電流を電流センサで計測する工程を含み、計測された電流の強度に基づいて前記φ―q分布を得る工程であることを特徴とする、請求項に記載の電気トリー劣化に伴う電力機器の余寿命判定方法。
【請求項6】
前記工程(a)は、前記エポキシモールド電力機器の筐体の面に過渡接地電圧センサを設置する工程と、前記過渡接地電圧センサで電磁波信号を受信する工程とを含み、受信した前記電磁波信号の強度に基づいて前記φ―q分布を得る工程であることを特徴とする、請求項に記載の電気トリー劣化に伴う電力機器の余寿命判定方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電気トリー劣化に伴う電力機器の余寿命判定方法に関し、特にエポキシモールド電力機器の余寿命判定方法に関する。
【背景技術】
【0002】
変圧器や高圧盤などの受変電設備においては、寿命を予知したり、事故を未然に防止することが大切である。このため、受変電設備で起こる設備の劣化や事故につながる前兆的現象に注目し、事前に対策を行う予測保全がこれまでに提案されている。受変電設備で起こるこのような前兆の一つとして、受変電設備内の絶縁機能が低下した場合に発生する部分放電がある。
【0003】
電力機器の絶縁体中にボイド等の欠陥が存在すると、部分放電が発生する。詳細には、欠陥における部分的な絶縁破壊に由来して、欠陥に印加される電圧が臨界電圧すなわち火花電圧を超えると、部分放電が発生する。この部分放電が繰り返されると最終的には絶縁体全体として絶縁破壊に至り、停電を初めとする送配電に支障を来す事態が発生するおそれがある。一方、この部分放電の検出のために送配電を停止するのは、極めて煩雑である。
【0004】
そこで、送配電を停止することなく、すなわち活線状態で絶縁体の部分放電を検出するために、部分放電時に発生する超音波を検出することにより部分放電を検出する方法が提案されている(例えば、下記特許文献1参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2004-335953号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
ところで、変圧器などの電力機器においては、絶縁材料として絶縁油が利用されるものの他、エポキシ樹脂などの固体絶縁材料が利用されるものが存在する。このような固体絶縁材料を有する電力機器の場合、部分放電が生じている状態が継続すると、絶縁材料が樹枝状に侵食されて電気トリーが生じる。この結果、絶縁耐力が低下し、最終的に全路破壊に至る。
【0007】
ひとたび電力機器に電気トリーが発生すると、この電気トリーが消滅することはなく、時間を掛けながら進展する。電気トリーが充分進展すると、電力機器は近い将来において全路破壊が生じる可能性がある。通電状態の下で電力機器に全路破壊が生じると、地絡に伴う停電事故が生じるため、全路破壊は回避すべき事象である。
【0008】
一方で、電力機器に電気トリーが生じている場合であっても、その進展の程度によっては、電力機器の交換作業が緊急を要するものであるものと、そこまで緊急を要しないものが存在する。電力機器の交換作業は、停電作業を伴うものである上、作業には不可避的にコストが発生する。更に、電力機器の数は膨大であるため、全ての電力機器に対して交換作業を行うのはおよそ現実的ではない。このため、交換の必要性が極めて高い電力機器を優先的に交換するのが好ましい。
【0009】
本発明は、上記の課題に鑑み、停電を伴うことなく、エポキシモールド電力機器の余寿命を簡易的な作業によって判定する技術を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る電気トリー劣化に伴う電力機器の余寿命判定方法は、
エポキシモールド電力機器から生じる部分放電に係る電気信号を検知して、印加電圧位相角φと放電電荷量qとの関係であるφ-q分布を得る工程(a)と、
前記工程(a)で得られた前記φ-q分布の形状が、φ軸方向の広がりに比べてq軸方向の広がりが主体的である線形状か、前記φ軸方向及び前記q軸方向の双方に広がりを示す面形状かを判定する工程(b)と、
前記φ-q分布の形状が前記面形状と判定された場合に、前記面形状を示す領域の形状が、前記面形状を示す領域の外縁を滑らかに結ぶ閉曲線によって形成される仮想図形に切り欠きが実質的に存在しない第一形状であるか前記仮想図形に切り欠きが存在する第二形状であるかを判定する工程(c)と、
前記面形状を示す領域が前記第一形状である場合に、前記φ-q分布から前記放電電荷量qに係る分散値Varを算出すると共に、前記分散値Varに基づいて前記エポキシモールド電力機器内に生じている電気トリー長の推定値を算出する工程(d)と、
1日以上の所定期間を空けて前記工程(d)が複数回実行されることで得られた、前記所定期間の長さと前記電気トリー長の推定値との組み合わせに基づいて、前記エポキシモールド電力機器内の電気トリーの進展速度の推定値を算出する工程(e)と、
前記工程(e)で算出された、前記電気トリーの進展速度の推定値に基づいて、前記エポキシモールド電力機器の余寿命の推定値を算出する工程(f)とを備えることを特徴とする。
【0011】
エポキシ樹脂において電気トリーが生じている場合、電気トリーが複数に分岐することで、トリー長が相互に異なる複数の電気トリーが生じるのが通常である。この場合、部分放電が発生する際の電圧位相の特性にばらつきが生まれるため、電圧位相と放電電荷量との関係を示すφ-q分布は、位相角φにばらつきが生じる。言い換えれば、電気トリーが生じている場合には、特定の位相角φの値において高い放電電荷量を示すという、位相の傾向が現れない。この場合、φ-q分布が、φ軸方向及びq軸方向の双方に広がりを示す面形状を示す。
【0012】
一方で、部分放電は、エポキシ樹脂内に生じたボイドやクラック等の空隙の存在を起点として発生する。初期段階では、部分放電によって空隙の壁面が浸食され、この浸食が進むことでピットと呼ばれる微小な窪みが形成される。その後、部分放電が継続することでピットが成長し、やがて特定のピットを起点として電気トリーが進展する。
【0013】
つまり、電気トリーの進展状態に達していない段階、言い換えればピットの段階では、電気トリーの進展状態と比較して、エポキシ樹脂を浸食する長さには顕著な差が生じない。この結果、特定の位相角φの値において高い放電電荷量を示す傾向にある。この場合、φ-q分布が、φ軸方向の広がりに比べてq軸方向の広がりが主体的である線形状を示す。ここで、「φ軸方向の広がりに比べてq軸方向の広がりが主体的である」とは、明らかに特定の位相角φの下で放電電荷量qが高い値を示していると認定できることを意味する。より詳細には、放電電荷量qが高い値を示している領域が、φ軸方向に関して30°以内の範囲に収まっていることを意味する。
【0014】
つまり、上記工程(b)において、前記φ-q分布の形状が線形状であると判定された場合には、エポキシモールド電力機器の部分放電は初期段階(ピット段階)であると推定され、前記φ-q分布の形状が面形状であると判定された場合には、エポキシモールド電力機器の部分放電はピット段階から進展し、電気トリーが形成されている段階であると推定できる。
【0015】
ところで、エポキシモールド電力機器内に生じ得る電気トリーとしては、非導電性トリーと導電性トリーの2種類が存在する。非導電性トリーとは、根元と先端の間が絶縁されている状態で生じている電気トリーであり、この場合、トリー根元とトリー先端との間に電位差が生じる。他方、導電性トリーとは、導電性を示す状態で生じている電気トリーであり、この場合、トリー根元とトリー先端はほぼ等電位である。
【0016】
非導電性トリーにおいては、トリーの根元とトリーの先端との間で、耐圧を超える高電圧が生じると、トリー内部全体で放電が発生する。一方、導電性トリーにおいては、トリーの根元とトリーの先端とはほぼ等電位であるため、トリー先端に電界が集中して耐圧を超えると、トリー先端の箇所で放電が生じる。
【0017】
本発明者の鋭意研究によれば、電気トリーが非導電性であるか導電性であるかによって、φ-q分布の形状が更に異なる傾向を示すことが確認された。
【0018】
より詳細には、電気トリーが非導電性である場合には、φ-q分布が面形状を示す領域の外縁を滑らかに結ぶ閉曲線によって形成される仮想図形には、切り欠きが実質的に存在しない。一方、電気トリーが導電性である場合には、φ-q分布が面形状を示す領域の外縁を滑らかに結ぶ閉曲線によって形成される仮想図形には、切り欠きが存在する。なお、ここでいう「切り欠きが実質的に存在しない」とは、切り欠きが存在する場合と対比したときに図形として視覚的又はAIによる識別が可能であることを意味する。典型的な例としては、切り欠きが実質的に存在しない場合は山型の形状を示し、切り欠きが存在する場合には羽根型の形状を示す。
【0019】
上述したように、電気トリーが非導電性である場合には、トリー内部全体で放電が発生するため、φ-q分布が面形状を示す領域は、概ね滑らかな形状を示し、特異的な領域が生まれない。言い換えれば、前記面形状を示す領域の外縁を滑らかに結ぶ閉曲線で仮想図形を形成した場合、この仮想図形はまた滑らかな形状を示す。このように、前記面形状を示す領域に基づいて作成された前記仮想図形が滑らかな形状を示す場合の、前記面形状を示す領域の形状を、便宜上「第一形状」と称する。
【0020】
これに対し、電気トリーが導電性である場合には、トリーの先端付近で放電が進展することから、進展の程度によって、φ-q分布が面形状を示す領域に特異的な領域が生まれやすい。より詳細には、φ-q分布が面形状を示す領域の外縁を滑らかに結ぶ閉曲線によって形成される仮想図形には、非導電性の電気トリーの場合には確認できない切り欠きが生じる。このように、前記面形状を示す領域に基づいて作成された前記仮想図形に切り欠きが生じている場合の、前記面形状を示す領域の形状を、便宜上「第二形状」と称する。
【0021】
工程(c)において、前記φ-q分布が面形状を示す領域が、「第一形状」であると判定された場合、言い換えれば、エポキシモールド電力機器内において非導電性トリーが生じていると推定される場合、上記工程(d)において電気トリー長の推定処理が行われる。
【0022】
電気トリーが非導電性である場合、電気トリーの全体で内部放電が生じるため、非導電性の電気トリーが進展すると、電気トリーの先端以外の根元箇所や途中の箇所からも部分放電が生じやすくなる。この結果、高電圧側と接地側との間の距離に変化が生まれ、放電の強度にバラツキが生じ、放電電荷量qに係る分散値Varの値が顕著に大きくなる。このことは、分散値Varの値に応じて電気トリーの進展の程度、言い換えれば、電気トリー長を推定できることを意味する。
【0023】
工程(d)が日を空けて複数回実行されることで、工程(e)において電気トリーの進展速度を推定することができる。エポキシモールド電力機器に内蔵されているエポキシ樹脂の初期寸法(厚み)は通常既知であるため、前記工程(e)で推定された電気トリーの進展速度に基づいて、エポキシモールド電力機器が後どのぐらいの日数で絶縁破壊に至るかを予想すること、言い換えれば余寿命を予想することが可能である。
【0024】
前記電気トリー劣化に伴う電力機器の余寿命判定方法は、前記工程(c)において前記面形状を示す領域が前記第二形状である場合に、前記エポキシモールド電力機器の寿命が到来していると判断する工程(g)を備えるものとしても構わない。
【0025】
電気トリーが導電性である場合には、電気トリーの先端付近で放電が進展するため、非導電性の電気トリーの場合と異なり、電気トリー長と放電電荷量qに係る分散値Varとの間にはあまり相関性がない。言い換えれば、放電電荷量qに係る分散値Varに基づいて電気トリーがどの程度進展しているかを判断することができない。
【0026】
一方で、前記工程(c)において前記面形状を示す領域が前記第二形状であると判定された時点では、エポキシモールド電力機器に導電性の電気トリーが発生しており、現在も進展状態にあることまでは確認される。そこで、上記の方法によれば、前記面形状を示す領域が前記第二形状である場合には、安全性に鑑み、工程(g)において前記エポキシモールド電力機器の寿命が到来していると判断される。このように判断されたエポキシモールド電力機器は、迅速な機器の取替が推奨される。
【0027】
前記工程(b)において前記φ-q分布の形状が線形状であると判定された場合には、前記エポキシモールド電力機器は経過観察対象であると判断し、所定の待機期間の経過後に再び前記工程(a)を実行するものとしても構わない。
【0028】
前記φ-q分布の形状が線形状であると判定された場合は、エポキシ樹脂内において電気トリーには達していないものの、その初期段階であるピットが形成されている状態と推定される。つまり、このように判定されたエポキシモールド電力機器は、今後ピットが経時的に成長すると、電気トリーが発生する蓋然性があることになる。よって、このような機器については、期間を空けて再度判定工程を行う対象機器としてリストアップしておくことで、地絡等の事故が発生する前に、事前に余寿命を推定して、適切なタイミングでの機器交換を促すことができる。
【0029】
前記電気トリー劣化に伴う電力機器の余寿命判定方法は、
前記工程(a)の前に、前記エポキシモールド電力機器が余寿命判定対象であるか否かを判定する工程(h)を備え、
前記工程(h)は、前記エポキシモールド電力機器から発された電磁波信号を受信して、周波数別の強度に分解し、100MHz以上200MHz未満の範囲内であって少なくとも150MHzを含む基準周波数帯の信号強度がノイズレベルを超える所定閾値を上回っている場合に、前記エポキシモールド電力機器が余寿命判定対象であると判定する工程であり、
前記工程(a)は、前記工程(h)において余寿命判定対象であると判定された前記エポキシモールド電力機器に対して実行されるものとしても構わない。
【0030】
本発明者の鋭意研究により、エポキシモールド電力機器内で部分放電が生じている場合には、150MHzの周辺の周波数成分を含む電磁波信号がエポキシモールド電力機器から発信されることが確認された。つまり、上記方法によれば、事前にエポキシモールド電力機器からの電磁波信号を受信して周波数解析するのみで、当該エポキシモールド電力機器が、余寿命判定を行うべき対象であるか否かが分かる。電磁波信号を受信して周波数解析するのに要する工程は、上記工程(a)~(f)の各工程と比べると短時間で完了する。このため、上記方法によれば、工程(h)を予め行うことで、余寿命判定を行うべき機器を事前にスクリーニングすることができる。
【0031】
前記工程(a)は、より具体的にはいくつかの方法で実行することが可能である。
【0032】
例えば、前記工程(a)は、前記エポキシモールド電力機器の近傍にアンテナを設置する工程と、前記アンテナで電磁波信号を受信する工程とを含み、受信した前記電磁波信号の強度に基づいて前記φ―q分布を得る工程であるものとしても構わない。
【0033】
また、例えば、前記工程(a)は、前記エポキシモールド電力機器の接地線を流れる電流を電流センサで計測する工程を含み、計測された電流の強度に基づいて前記φ―q分布を得る工程であるものとしても構わない。
【0034】
また、例えば、前記エポキシモールド電力機器の筐体の面に過渡接地電圧センサを設置する工程と、前記過渡接地電圧センサで前記エポキシモールド電力機器の過渡接地電圧を計測する工程とを含み、計測された過渡接地電圧の強度に基づいて前記φ―q分布を得る工程であるものとしても構わない。
【発明の効果】
【0035】
本発明によれば、エポキシモールド電力機器の余寿命を簡易的な作業によって判定することができる。これにより、例えば交換の必要性が特に高いエポキシモールド電力機器を認定することができる。
【図面の簡単な説明】
【0036】
図1】本発明に係る余寿命判定方法の手順の一例を模式的に示すフローチャートである。
図2】エポキシモールド電力機器から発信された電磁波信号を取得する方法の一例を模式的に示す図面である。
図3A】実験系の構成を模式的に示す図面である。
図3B】沿面放電を発生させるためのテストピースの構成を示す模式的な図面である。
図3C】部分放電を発生させるためのテストピースの構成を示す模式的な図面である。
図4A】実施例1-1の場合にアンテナで受信した電磁波信号を、周波数別にスペクトル分解したときの一例である。
図4B】実施例1-2の場合にアンテナで受信した電磁波信号を、周波数別にスペクトル分解したときの一例である。
図4C】実施例1-3の場合にアンテナで受信した電磁波信号を、周波数別にスペクトル分解したときの一例である。
図4D】実施例1-4の場合にアンテナで受信した電磁波信号を、周波数別にスペクトル分解したときの一例である。
図5A】実施例2-1の場合にアンテナで受信した電磁波信号を、オシロスコープに表示したときの表示画面の一例である。
図5B】実施例2-2の場合にアンテナで受信した電磁波信号を、オシロスコープに表示したときの表示画面の一例である。
図5C】実施例2-3の場合にアンテナで受信した電磁波信号を、オシロスコープに表示したときの表示画面の一例である。
図5D】実施例2-4の場合にアンテナで受信した電磁波信号を、オシロスコープに表示したときの表示画面の一例である。
図6A】エポキシモールド電力機器の接地線を流れる電流を計測する方法の一例を模式的に示す図面である。
図6B】エポキシモールド電力機器の過渡接地電圧を計測する方法の一例を模式的に示す図面である。
図7A】φ-q分布を示すグラフの一例である。
図7B】φ-q分布を示すグラフの一例である。
図8A】実験系の構成を模式的に示す図面である。
図8B】部分放電を発生させるためのテストピースの構成を示す模式的な図面である。
図9A】マクロスコープによるテストピースの撮影画像である。
図9B】マクロスコープによる別のテストピースの撮影画像である。
図10A図9Aの撮像時点において、部分放電アナライザで検知された電流信号に基づくφ-q分布を示すグラフである。
図10B図9Bの撮像時点において、部分放電アナライザで検知された電流信号に基づくφ-q分布を示すグラフである。
図11A図10Aで得られたφ-q分布の面形状を示す領域の外縁を滑らかに結んだ仮想図形を模式的に図示した図面である。
図11B図10Bで得られたφ-q分布の面形状を示す領域の外縁を滑らかに結んだ仮想図形を模式的に図示した図面である。
図12】φ-q分布の結果から得られた放電電荷量qに係る分散値Varと、電気トリー長との関係の一例を示すグラフである。
図13】異なるタイミングで導出された電気トリー長に基づいて電気トリー進展速度を推定する方法の一例を説明するための図面である。
【発明を実施するための形態】
【0037】
本発明に係る、電気トリー劣化に伴う電力機器の余寿命判定方法(以下では、「余寿命判定方法」と略記する。)の実施形態につき、適宜図面を参照して説明する。なお、各図において図面の寸法比と実際の寸法比は必ずしも一致しない。
【0038】
図1は、本発明に係る余寿命判定方法の手順の一例を模式的に示すフローチャートである。以下の説明では、図1に示すフローチャート内の符号が適宜参照される。
【0039】
本発明に係る余寿命判定方法が想定する対象機器は、エポキシモールド電力機器である。エポキシモールド電力機器とは、絶縁体材料にエポキシ樹脂を含む絶縁性材料で構成された絶縁体を含む電力機器を指す。このような電力機器の一例としては、変圧器、開閉器、遮断器、ブッシングなどが挙げられる。
【0040】
(ステップ#1:事前スクリーニング)
エポキシモールド電力機器は、上述した変圧器、開閉器、遮断器、ブッシング等に利用されている。これらの電力機器は、多数の現場に設置されており、また、1つの現場に複数の機器が設置されていることも多い。このため、全ての電力機器を余寿命判定対象とすると、対象機器が膨大になる可能性もある。
【0041】
そこで、図1に示すフローチャートでは、事前にスクリーニングを行って、余寿命の判定対象となるエポキシモールド電力機器を特定する。
【0042】
具体的には、エポキシモールド電力機器から発された電磁波信号を受信して、周波数別の強度に分解し、信号強度を分析する。図2は、ステップ#1を実行する際の方法の一例を模式的に示す図面である。この例では、事前スクリーニングの対象となるエポキシモールド電力機器が、キュービクル3内の変圧器5である場合が一例として示されている。
【0043】
図2に示すように、アンテナ11をスクリーニング対象となるエポキシモールド電力機器(ここでは変圧器5)の近傍に配置する。後述されるように、変圧器5が劣化している場合、変圧器5から所定の電磁波信号が発信されるため、この電磁波信号を受信可能な位置にアンテナ11が配置される。具体的には、アンテナ11の配置位置は、変圧器5の外表面から3m以内の領域であるのが好ましく、2m以内の領域であるのがより好ましい。このとき、アンテナ11を磁石などによって固定するものとしても構わない。
【0044】
なお、図2に示すように、対象となる電力機器(変圧器5)が、キュービクル3のような筐体内に配置されている場合には、アンテナ11を筐体内に配置した上で、開閉扉4を閉じるのが好ましい。これにより、キュービクル3の外部に存在する環境電波の、アンテナ11による受信感度が低下するため、外乱による誤診断が抑制される。
【0045】
図2に示すように、アンテナ11は波形分析部12に接続されており、波形分析部12からの信号がコンピュータ13に出力されるように構成されている。アンテナ11によって受信した電磁波信号が波形分析部12に入力され、電磁波信号の強度が周波数別に分解される。波形分析部12としては、例えばオシロスコープが利用可能である。
【0046】
電磁波信号の周波数別の強度(周波数スペクトル)に関する情報が、コンピュータ13に出力される。コンピュータ13は機能的手段としての判定部を備えている。判定部は、100MHz以上200MHz未満の範囲内であって少なくとも150MHzを含む基準周波数帯の信号強度がノイズレベルを超える所定閾値を上回っている場合に、対象となる電力機器(変圧器5)に内部放電が生じている可能性が高いと判定する。この場合、スクリーニングされた変圧器5は、余寿命の判定対象と判断される(図1における1A)。一方、前記基準周波数帯の信号強度がノイズレベル以下である場合には、変圧器5は余寿命の判定対象外とされる(図1における1B)。
【0047】
図3Aは、実験系の構成を示す模式的な図面である。試験空間30内に載置された試験台31上に、テストピース33及びアンテナ32を設置し、アンテナ32で受信した電磁波信号をケーブル36を介してオシロスコープ34に入力した。テストピース33は、1.1kΩの抵抗を介して接地した。アンテナ32は、テストピース33から1m離れた箇所に設置した。アンテナ32としては、小型モービルアンテナが採用された。
【0048】
図3Bは、沿面放電を発生させるためのテストピース33の構成を示す模式的な図面である。6kV用の支持碍子61の高圧側ヒダ表面に、針電極62を介して1.5kVの交流電圧を印加したものが、テストピース33として利用された。
【0049】
図3Cは、部分放電を発生させるためのテストピース33の構成を示す模式的な図面である。エポキシ樹脂(ビスフェノールA型、充填剤無し)の小片51に針電極53を介して13kVの交流電圧を印加したものが、テストピース33として利用された。なお、針電極53の先端には0.5mm程度の空隙(ボイド)が設けられ、小片51の接地側には導電性ペースト54を介してアルミニウム電極が配置され、テストピース33に対して平面方向に均一に電圧が印加されるように構成されている。テストピース33は、縦×横×奥行きが、30mm×20mm×5mmの寸法のものが用いられた。また、針電極53の先端からテストピース33の接地側の面(底面)までの距離は約3mmとされた。
【0050】
図4A図4Cは、図3Cに示すテストピース33から発信された電磁波信号をアンテナ32で受信し、オシロスコープ34において周波数別にスペクトル分解した結果を示すグラフである。また、図4Dは、図3Bに示すテストピース33から発信された電磁波信号をアンテナ32で受信し、オシロスコープ34において周波数別にスペクトル分解した結果を示すグラフである。図3Cに示すテストピース33を用いた場合において、電圧の印加初期のスペクトルが図4Cに対応し、印加時間が長くなるに連れ、図4B図4Aの順に波形が変化した。
【0051】
図4C及び図4Dによれば、いずれも150MHzの付近に電磁波信号の強度が確認されていない。なお、図4Dによれば、部分放電が生じていないものの、沿面放電が生じている場合には、100MHz未満の周波数帯に電磁波信号の高い強度が確認された。これに対し、部分放電がある図4A及び図4Bについては、150MHz付近、特に100MHz以上、200MHz未満の周波数帯(以下「基準周波数帯」という。)に電磁波信号の高い強度が確認された。これにより、コンピュータ13は、電磁波信号が、少なくとも150MHzを含み、100MHz以上200MHz未満の範囲内の基準周波数帯の信号が、ノイズレベルを超える所定閾値を上回っていることを確認すると、変圧器5内で内部放電が生じている可能性が高いと判定することができる。
【0052】
より詳細な例として、0MHz以上、500MHz以下の範囲内の信号の積分強度に対する基準周波数帯の信号の積分強度が30%を超える場合に、基準周波数帯の信号が所定閾値を上回っていると判断するものとしても構わない。また、別の一例として、基準周波数帯よりも低い周波数帯(例えば0MHz以上、100MHz未満)に属する信号のピーク強度で規格化したときに、基準周波数帯に属する信号のピーク強度が0.2以上である場合に、基準周波数帯の信号が所定閾値を上回っていると判断しても構わない。
【0053】
図5A図5Dは、それぞれ異なるキュービクル3内に設置された変圧器5から発信されている電磁波信号をアンテナ11によって受信し、波形分析部12としてのオシロスコープの表示画面に表示させたときの画面例である。なお、各図には、周波数別のスペクトル波形も併記されている。図5A図5Dの各図において、上側に表示されている波形が電圧波形であり、横軸が時間、縦軸が強度に対応する。また、下側に表示されている波形が周波数別のスペクトルであり、横軸が周波数、縦軸が強度に対応する。電圧波形に対応する横軸は1目盛が100nsであり、スペクトルに対応する横軸は1目盛が50MHzである。
【0054】
図5Aは、電気トリーが進展している変圧器5(実施例2-1)から発信されている電磁波信号の波形である。図5Bは、電気トリーは進展していないが、部分放電が生じている変圧器5(実施例2-2)から発信されている電磁波信号の波形である。図5Cは、電気トリーも部分放電も生じていない変圧器5(実施例2-3)から発信されている電磁波信号の波形である。図5Dは、電気トリーも部分放電も生じていないが、沿面放電が称している変圧器5(実施例2-4)から発信されている電磁波信号の波形である。
【0055】
図5A及び図5Bによれば、実験系のみならず実際の変圧器5から取得された波形においても、部分放電が生じている変圧器からの電磁波信号に関して、少なくとも150MHzを含み100MHz以上200MHz未満の範囲内の基準周波数帯の信号が、ノイズレベルを超えていることが確認される。一方、部分放電が生じていない変圧器からの電磁波信号の波形に対応する図5C及び図5Dについては、前記基準周波数帯の信号の強度はノイズレベル以下であることが確認される。
【0056】
スクリーニングの別方法として、波形分析部12で得られた電磁波信号の波形を分析する方法を採用することもできる。上記図5A及び図5Bによれば、部分放電が生じている変圧器5からは、立ち上がり時間が100n秒未満であり、1μ秒以内に収束する三角形状の電圧波形を示す電磁波信号が発信されていることが分かる。これに対し、図5C及び図5Dによれば、部分放電が生じていない変圧器5からは、このような形状の電圧波形を示す電磁波信号は発信されていない。
【0057】
電圧波形の立ち上がりのタイミングが、変圧器5に印加されている電圧の位相と同期している場合には、アンテナ11によって受信した電磁波信号が、変圧器5内で生じている部分放電に由来した信号である可能性が高い。これに対し、電圧波形の立ち上がりのタイミングが、電圧の位相とは関係ない場合には、インバータノイズなどのノイズ信号によるものであると考えられる。
【0058】
そこで、波形分析部12で得られた電磁波信号の電圧波形の立ち上がり時間が100n秒未満であり、且つ、1μ秒以内に収束する形状(三角形型の形状)を示し、且つ、電磁波信号の電圧波形が、変圧器5に印加されている電圧の位相に同期している場合には、変圧器5内で部分放電が生じている可能性が高いと判定し、この変圧器5を判定対象と判断するものとしても構わない(図1における1A)。この波形の分析処理については、波形分析部12側で行っても構わないし、コンピュータ13側で行っても構わない。
【0059】
変圧器5内で部分放電が生じている場合に、アンテナ11によって受信した電磁波信号が、上記のような三角形型の形状を示す理由としては、部分放電が放電1回あたり数n秒間の現象であることから、受信した電磁波信号も1μ秒以内の短時間で収束するためと考えられる。
【0060】
一方で、電圧波形が前記の条件を満たさない場合には、変圧器5を判定対象外と判断するものとしても構わない(図1における1B)。ただしこの場合であっても、安全を考慮して、電磁波信号の周波数別の強度分析を行って、前記基準周波数帯の信号がノイズレベルを超えているか否かの判定を更に行っても構わない。
【0061】
このステップ#1が、工程(h)に対応する。
【0062】
ただし、本発明において、ステップ#1は必須工程ではない。例えば、あるエポキシモールド電力機器については、予め余寿命判定を行うことが決まっている場合があり、この場合はステップ#1は不要である。また、対象となり得るエポキシモールド電力機器の総数が少ない場合においても、ステップ#1は不要である。
【0063】
(ステップ#2:φ-q分布の取得)
ステップ#1において、エポキシモールド電力機器が余寿命判定対象機器であると判定された場合(図1における1A)、受信した電磁波信号を位相角φ毎の強度に分析し、位相角φに応じた放電電荷量qを導出してφ-q分布(「q-φ分布」とも称される。)を算定する。なお、上述したように、ステップ#1は省略可能であり、ステップ#2から実行しても構わない。
【0064】
具体的には、アンテナ11で受信された電磁波信号が示す電圧値の時間的な変化を認識し、位相分析を行う。ここで、位相分析を行う対象となる周波数帯としては、部分放電に由来する可能性が高い所定の周波数帯とすることができる。一例としては、ステップ#1において上述したように、100MHz~200MHzの範囲内としても構わない。また、別の例としては、数MHz~数十MHz(例えば、4MHz~40MHz)の範囲内としても構わない。図5A図5Dによれば、放電が発生していない図5Cの場合には、数MHz~数十MHzの周波数帯の信号が確認できない一方で、部分放電又は沿面放電が発生している図5A図5B及び図5Dにおいては、数MHz~数十MHzの周波数帯の信号が確認される。この点は、図4A図4Dの検証結果からも理解される。
【0065】
なお、ステップ#2において、アンテナ11で電磁波信号を受信する代わりに、図6Aに示すように、電流センサ11aを用い、接地線10aを流れる接地電流を測定するものとしても構わない。電流センサ11aとしては、高周波CTを利用することができる。この場合は、電流センサ11aで検出された接地電流に関する情報が、波形分析部12に入力される。波形分析部12に入力された情報に対する処理は、アンテナ11で受信された電磁波信号に対する処理と同様である。
【0066】
更に、ステップ#2において、アンテナ11で電磁波信号を受信する代わりに、図6Bに示すように、過渡接地電圧センサ11bを用いて、エポキシモールド電力機器(ここでは変圧器5)の筐体の面に取り付けられた過渡接地電圧センサ11bによって、エポキシモールド電力機器の過渡接地電圧を計測するものとしても構わない。この場合は、過渡接地電圧センサ11bで検出された過渡接地電圧に関する情報が、波形分析部12に入力される。アンテナ11で受信された電磁波信号に対する処理と同様である。
【0067】
なお、電流センサ11a又は過渡接地電圧センサ11bは、ステップ#1においても利用可能である。
【0068】
図7A及び図7Bは、それぞれ異なる電力機器から受信された電磁波信号に基づいて、φ-q分布を導出したときの図面の一例である。なお、接地電流又は過渡接地電圧に関する情報に基づいても、同様のφ-q分布を導出することができる。
【0069】
このステップ#2が、工程(a)に対応する。
【0070】
(ステップ#3:φ-q分布形状の識別)
次に、ステップ#2で得られたφ-q分布の形状が識別される。具体的には、φ-q分布の形状が、φ軸方向の広がりに比べてq軸方向の広がりが主体的である線形状か、φ軸方向及びq軸方向の双方に広がりを示す面形状かが判定される。
【0071】
図7Aに示した例(機器X1)の場合には、φ-q分布の形状が、φ軸方向及びq軸方向の双方に広がりを示す面形状であることが分かる。一方、図7Bに示した例(機器X2)の場合には、φ-q分布の形状が、φ軸方向の広がりに比べてq軸方向の広がりが主体的である線形状であることが分かる。
【0072】
なお、φ-q分布の形状が線形状であるか面形状であるかの判定方法としては、作業者が視覚的に判断しても構わないし、AIによって自動的に判定しても構わない。後者の場合には、ステップ#3が、図2図6A又は図6Bに図示されているコンピュータ13によって実行されるものとしても構わないし、図示しないサーバによって実行されるものとしても構わない。
【0073】
このステップ#3が、工程(b)に対応する。
【0074】
(ステップ#4:待機)
ステップ#3においてφ-q分布の形状が線形状であると判定された場合(ステップ#3において3A)には、所定の期間待機された後、再びステップ#2が実行される。
【0075】
φ-q分布の形状が線形状である場合とは、特定の位相角φにおいて特に高い放電電荷量qを示す傾向にあることを意味する。この場合には、部分放電が電気トリーの進展状態に達しておらず、ピットが形成された段階にあり、余寿命を判定して機器の交換を促す時期には達していないと判断することができる。一方で、ピットが形成されている可能性が高いため、引き続き部分放電が進展すると、その後、電気トリーの形成・進展につながる可能性がある。
【0076】
そこで、ステップ#3においてφ-q分布の形状が線形状であると判定された電力機器については、経過観察の対象機器と判定することができる。この観点から、所定の期間(例えば1年又は数年)の経過後に、再びステップ#2を行うものとすることができる。
【0077】
(ステップ#5:面形状を更に識別)
一方で、ステップ#3においてφ-q分布の形状が面形状であると判定された場合(ステップ#3において3B)、更にφ-q分布の形状が識別される。
【0078】
具体的には、面形状を示す領域の外縁を滑らかに結ぶ閉曲線によって形成される仮想図形について、切り欠きが実質的に存在しない第一形状であるか、切り欠きが存在する第二形状であるかが判定される。
【0079】
この形状について、実験系を用いたデータに基づいて以下説明する。
【0080】
図8Aは、実験系の構成を示す模式的な図面である。試験空間40内に載置された試験台31上に、板状のテストピース33を収容した容器42を設置した。なお、テストピース33において沿面放電が生じないよう、容器42内に絶縁油を充填した状態でテストピース33が容器42内に収容された。
【0081】
容器42は、透明なアクリル製である。容器42の外側に設置されたマクロスコープ48(ライカ社製Z16APO、ズームレンジ0.57倍~9.2倍)によって容器42内のテストピース33が観察・撮影された。なお、テストピース33は、絶縁シート41上に設置された。
【0082】
試験空間40には電源Vccが接続された変圧器47が設置された。テストピース33には、変圧器47を介して60Hzで14kV~17kVの高電圧が印加された。テストピース33には接地線33aが接続されており、この接地線33aを流れる電流が高周波CT49(PRODYN社製I-125-1 HF、120kHz~600MHz)によって検知された。
【0083】
高周波CT49によって検知された電流信号は、部分放電アナライザ44(総研電気社製DAC-PD-9、40kHz~40MHz)によって検知された。部分放電アナライザ44によって検知された電流信号は、テストピース33と同一ノードに接続されたカップリングコンデンサ45及び、このカップリングコンデンサ45に接続された位相同期器46によって、位相が検出された。すなわち、部分放電アナライザ44、カップリングコンデンサ45及び位相同期器46によって、波形分析部12が模擬されている。
【0084】
図8Bは、部分放電を発生させるためのテストピース33の構成を示す図面であり、実質的に図3Cと共通する。この検証では、エポキシ樹脂(ビスフェノールA型、充填剤無し)の小片51に針電極53を介して14~17kVの交流電圧が印加されたものが、テストピース33として利用された。なお、針電極53の先端には0.5mm程度の空隙(ボイド)が設けられ、小片51の接地側には導電性ペースト54を介してアルミニウム電極が配置され、テストピース33に対して平面方向に均一に電圧が印加されるように構成されている。テストピース33は、縦×横×奥行きが、30mm×20mm×5mmの寸法のものが用いられた。また、針電極53の先端からテストピース33の接地側の面(底面)までの距離は約3mmとされた。
【0085】
図9A及び図9Bは、上述した実験系を用いて行われた実験結果を示す写真であり、異なるテストピース33に対して、高電圧を印加し続けて意図的に部分放電を発生させてマクロスコープ38によって撮影したものである。図9Aに示す状態αには電気トリーTre1が確認され、図9Bに示す状態βには電気トリーTre2が確認された。
【0086】
図10A及び図10Bは、それぞれ図9A及び図9Bの写真が撮像された時点において、部分放電アナライザ44で検知された電流信号に基づくφ-q分布を示すグラフである。また、図11A及び図11Bは、図10A及び図10Bで得られたφ-q分布の面形状を示す領域の外縁を滑らかに結んだ仮想図形を模式的に図示した図面である。
【0087】
図10A図10Bによれば、いずれも図7Aと同様に、φ-q分布が面形状を示すことが確認される。そして、両者を比較すると、その面形状を示す領域の形状が明らかに相違することが確認される。
【0088】
図10Aに示す形状の場合、面形状を示す領域の外縁を滑らかに結ぶ仮想図形Y1には、切り欠きが実質的に存在しない。この点は、図11Aに示す模式的な図面からも明らかである。一方、図10Bに示す形状の場合、面形状を示す領域の外縁を滑らかに結ぶ仮想図形Y2には、明らかに認識できる程度の大きさの切り欠きZ2が確認される。この点は、図11Bに示す模式的な図面からも明らかである。
【0089】
前記面形状を示す領域が、仮想図形に実質的な切り欠きが存在しない場合の、同領域の形状(図10A図11Aに示す形状)を、便宜上「第一形状」と称する。また、前記面形状を示す領域が、仮想図形に切り欠きが形成されている場合の、同領域の形状(図10B図11Bに示す形状)を、便宜上「第二形状」と称する。
【0090】
前記面形状を示す領域が、第一形状であるか第二形状であるかの判定方法としては、作業者が視覚的に判断しても構わないし、AIによって自動的に判定しても構わない。第一形状は、図10A及び図11Aに示すように山のような形状である一方、第二形状は、図10B及び図11Bに示すように羽根のような形状であるため、このような形状を学習させることで、AIによる自動判定が可能である。後者の場合には、ステップ#3が、図2図6A又は図6Bに図示されているコンピュータ13によって実行されるものとしても構わないし、図示しないサーバによって実行されるものとしても構わない。
【0091】
このステップ#5が、工程(c)に対応する。
【0092】
(ステップ#6:電気トリー長の推定)
ステップ#5において面形状を示すφ-q分布の領域が、第一形状であると判定された場合(ステップ#5において5A)、電気トリー長の推定処理が行われる。
【0093】
具体的には、ステップ#2で得られたφ-q分布の結果から、放電電荷量qに係る分散値Varが算出される。そして、この分散値Varに基づいてエポキシモールド電力機器(ここでは変圧器5)内に生じている電気トリー長の推定値が導出される。
【0094】
図8A及び図8Bと同一の実験系を用い、同一のテストピース33に対して高電圧を印加し続けて意図的に部分放電を発生させ、テストピース33の経時的な変化の様子をマクロスコープ38によって撮影し、写真から電気トリー長を測定した。また、撮影時点におけるφ-q分布の結果から、放電電荷量qに係る分散値Varを算出した。電気トリー長と放電電荷量qに係る分散値Varの対応関係を表1及び図12に示す。
【0095】
【表1】
【0096】
表1及び図12の結果によれば、電気トリーのトリー長が成長するに伴い、放電電荷量qに係る分散値Varの値が大きくなっていることが分かる。
【0097】
エポキシモールド電力機器内において生じ得る電気トリーには、非導電性トリーと導電性トリーの2種類が存在する。非導電性トリーとは、根元と先端の間が絶縁されている状態で生じている電気トリーであり、この場合、根元と先端の間で電位差が生じる。他方、導電性トリーとは、導電性を示す状態で生じている電気トリーであり、この場合、根元と先端はほぼ等電位である。
【0098】
つまり、非導電性トリーにおいては、トリーの根元とトリーの先端との間で、耐圧を超える高電圧が生じると、トリー内部全体で放電が発生するため、φ-q分布が面形状を示す領域は、概ね滑らかな形状を示し、特異的な領域が生まれない。言い換えれば、前記面形状を示す領域の外縁を滑らかに結ぶ閉曲線で形成した仮想図形は、滑らかな図形(第一形状)となりやすい。
【0099】
一方で、導電性トリーにおいては、トリーの根元とトリーの先端とはほぼ等電位であるため、トリー先端に電界が集中して耐圧を超えることでトリー先端の箇所で放電が発生し、進展する。このため、トリーの進展の程度によって、φ-q分布が面形状を示す領域に特異的な領域が生まれやすい。言い換えれば、前記面形状を示す領域の外縁を滑らかに結ぶ閉曲線で形成した仮想図形には、切り欠きが生じやすい(第二形状)。
【0100】
つまり、ステップ#5において面形状を示すφ-q分布の領域が、第一形状であると判定された場合は、対象のエポキシモールド電力機器(変圧器5)に、非導電性の電気トリーが発生していると推定できる。非導電性の電気トリーが進展すると、電気トリーの先端以外の根元箇所や途中の箇所からも部分放電が生じやすくなるため、高電圧側と接地側との間の距離の種類数が増加する。この結果、放電の強度にバラツキが生じ、放電電荷量qに係る分散値Varの値が顕著に大きくなる。
【0101】
つまり、非導電性の電気トリーが発生している場合には、放電電荷量qに係る分散値Varと電気トリー長との間には相関性があるため、分散値Varに基づいて電気トリー長を推定することができる。このことは、表1及び及び図12の結果にも現れている。
【0102】
例えば、予め実験系において、放電電荷量qに係る分散値Varと電気トリー長との関係を計測しておくことで得られた、両者の検量線に関する情報をコンピュータ13に記録しておくことで、実際にφ-q分布から導出された分散値Varに基づいて変圧器5に生じている電気トリーのトリー長の推定値を得ることができる。
【0103】
このステップ#6が、工程(d)に対応する。
【0104】
(ステップ#7:電気トリーの進展速度を算出)
次に、所定の期間を空けて複数回ステップ#7を繰り返し実行することで、電気トリーのトリー長の推定値の経時的な変化の態様を得ることができる。このデータに基づいて、電気トリーの進展速度が算出される。
【0105】
簡易的には、図13に示すように、ある日付D1の下で導出された電気トリー長の推定値がL1であり、D1よりD日後の日付D2の下で導出された電気トリー長の推定値がL2である場合に、電気トリーの進展速度vは、v=(L2-L1)/ Dで算出できる。ただし、電気トリーの進展速度vは、異なる3つの時点における電気トリーのトリー長の推定値に基づいて導出しても構わない。
【0106】
このステップ#7が、工程(e)に対応する。
【0107】
(ステップ#8,#9:余寿命の推定)
ステップ#7で算出された、電気トリーの進展速度の推定値に基づいて、変圧器5の余寿命が推定される(ステップ#8)。エポキシモールド電力機器(変圧器5)に内蔵されているエポキシ樹脂の初期寸法(厚み)は通常既知であるため、ステップ#7で算出された電気トリーの進展速度に基づいて、エポキシモールド電力機器が後どのぐらいの日数で絶縁破壊に至るかを予想すること、言い換えれば余寿命を予想することが可能である。
【0108】
なお、余寿命をゼロとする基準は、必ずしも絶縁破壊に至る時点とする必要はなく、例えばエポキシ樹脂の初期厚みに対して所定比率以下の時点とするものとしても構わない。ここでいう所定比率とは、例えば5%~25%の範囲内の値を採用することができる。
【0109】
一方で、ステップ#5において面形状を示すφ-q分布の領域が第二形状であると判定された場合(ステップ#5において5B)、言い換えれば、対象のエポキシモールド電力機器(変圧器5)に、導電性の電気トリーが発生していると推定された場合には、変圧器5の寿命が到来しているものとみなされる(ステップ#9)。
【0110】
上述したように、電気トリーが導電性である場合には、電気トリーの先端付近で放電が進展するため、非導電性の電気トリーの場合と異なり、電気トリー長と放電電荷量qに係る分散値Varとの間には有意な相関性が認められない。このため、放電電荷量qに係る分散値Varの情報からは変圧器5の寿命を推定することができない。
【0111】
かかる観点から、安全面を考慮して、変圧器5に導電性の電気トリーが生じている可能性が高い場合には、寿命が到来しているものとみなし、迅速な機器の交換が促される。
【0112】
ステップ#8が工程(f)に対応し、ステップ#9が工程(h)に対応する。
【0113】
本発明は上記した実施形態に限定されるものではなく、様々な変形例が含まれる。例えば、上記した実施形態は本発明のより良い理解のために詳細に説明したのであり、必ずしも説明の全ての構成を備えるものに限定されるものではない。本発明の範囲は特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内での全ての変更が含まれることが意図される。
【符号の説明】
【0114】
3 :キュービクル
4 :開閉扉
5 :変圧器
10a :接地線
11 :アンテナ
11a :電流センサ
11b :過渡接地電圧センサ
12 :波形分析部
13 :コンピュータ
30 :試験空間
31 :試験台
32 :アンテナ
33 :テストピース
33a :接地線
34 :オシロスコープ
36 :ケーブル
38 :マクロスコープ
40 :試験空間
41 :絶縁シート
42 :容器
44 :部分放電アナライザ
45 :カップリングコンデンサ
46 :位相同期器
47 :変圧器
48 :マクロスコープ
51 :小片
53 :針電極
54 :導電性ペースト
61 :支持碍子
62 :針電極
Y1 :仮想図形
Y2 :仮想図形
Z2 :切り欠き
【要約】
【課題】停電を伴うことなく、エポキシモールド電力機器の余寿命を簡易的な作業によって判定する技術を提供する。
【解決手段】この方法は、エポキシモールド電力機器から生じる部分放電に係る電気信号を検知してφ-q分布を得る工程(a)と、φ-q分布の形状が線形状か面形状かを判定する工程(b)と、φ-q分布の形状が面形状と判定された場合に、面形状を示す領域の外縁を滑らかに結ぶ閉曲線によって形成される仮想図形に切り欠きが実質的に存在しない第一形状であるか仮想図形に切り欠きが存在する第二形状であるかを判定する工程(c)と、面形状を示す領域が第一形状である場合に放電電荷量qに係る分散値Varに基づいて電気トリー長の推定値を算出する工程(d)と、電気トリーの進展速度の推定値を算出する工程(e)と、電気トリーの進展速度の推定値に基づいてエポキシモールド電力機器の余寿命の推定値を算出する工程(f)とを備える。
【選択図】図1
図1
図2
図3A
図3B
図3C
図4A
図4B
図4C
図4D
図5A
図5B
図5C
図5D
図6A
図6B
図7A
図7B
図8A
図8B
図9A
図9B
図10A
図10B
図11A
図11B
図12
図13