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特許7536274細胞を配向させる細胞培養基材、及びその製造方法
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-09
(45)【発行日】2024-08-20
(54)【発明の名称】細胞を配向させる細胞培養基材、及びその製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12M 3/00 20060101AFI20240813BHJP
【FI】
C12M3/00 A
【請求項の数】 10
(21)【出願番号】P 2020025572
(22)【出願日】2020-02-18
(65)【公開番号】P2021129501
(43)【公開日】2021-09-09
【審査請求日】2023-02-16
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)令和元年度、国立研究開発法人科学技術振興機構、未来社会創造事業「藻類抽出液を栄養素として培養した動物細胞を用いた立体筋組織の作製と評価」委託研究、 産業技術力強化法第19条の適用を受ける特許出願
(73)【特許権者】
【識別番号】591173198
【氏名又は名称】学校法人東京女子医科大学
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【弁理士】
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【弁理士】
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【弁理士】
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【弁理士】
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100150810
【弁理士】
【氏名又は名称】武居 良太郎
(74)【代理人】
【識別番号】100197169
【弁理士】
【氏名又は名称】柴田 潤二
(72)【発明者】
【氏名】清水 達也
(72)【発明者】
【氏名】菊地 鉄太郎
(72)【発明者】
【氏名】梅津 信二郎
(72)【発明者】
【氏名】山中 文登
【審査官】松村 真里
(56)【参考文献】
【文献】特開2011-155945(JP,A)
【文献】特開2013-099272(JP,A)
【文献】特開2017-055761(JP,A)
【文献】特開平03-007577(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12M 1/00-3/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞を配向させる細胞培養基材の製造方法であって、
前記細胞培養基材の培養表面の一部に、0.5W~2.0Wの出力の連続波レーザーを用いてストライプ状の加工溝を形成する工程
を含み、
ここで隣接する前記加工溝の間隔が、平均100~1500μmであり、
前記加工溝の加工溝幅が、平均100~500μmであ
前記細胞培養基材の材質が、前記連続波レーザーで加工可能な合成樹脂である、製造方法。
【請求項2】
前記加工溝の加工溝幅が、平均100~200μmである、請求項に記載の製造方法。
【請求項3】
隣接する前記加工溝の間隔が、平均100~500μmである、請求項又はに記載の製造方法。
【請求項4】
前記加工溝の深さが、平均10~180μmである、請求項のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項5】
前記加工溝の深さが、平均10~40μmである、請求項に記載の製造方法。
【請求項6】
前記細胞培養基材の材質が、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリカーボネート、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル、ナイロン、ポリウレタン、ポリウレア、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリビニルアルコール、ポリ酢酸ビニル、ポリ(メタ)アクリル酸、ポリ(メタ)アクリル酸誘導体、ポリアクリロニトリル、ポリ(メタ)アクリルアミド、ポリ(メタ)アクリルアミド誘導体、ポリスルホン、セルロース、セルロース誘導体、ポリメチルペンテン及びポリシリコーンからなる群より選ばれる合成樹脂である、請求項1~5のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項7】
材質がポリスチレンである、請求項6に記載の製造方法。
【請求項8】
前記細胞培養基材は、刺激応答性高分子が被覆されている、請求項1~7のいずれか1項に記載の製造方法。
【請求項9】
前記刺激応答性高分子が温度応答性高分子である、請求項8に記載の製造方法。
【請求項10】
1cm/秒~50cm/秒のスキャン速度で前記加工溝を形成する、請求項1~9のいずれか1項に記載の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、細胞を配向させる細胞培養基材、及びその製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
近年、培養細胞を加工する技術が開発されており、三次元化した培養細胞組織を再構築できるようになってきた。しかしながら、それらは生体の組織を完全に模倣した三次元培養組織であるとはいいがたく、未だ様々な課題が残されている。
【0003】
培養細胞から機能的な組織を再構築するためには、生体組織と同様に異方性・配向性を細胞に付与する必要がある。これらの課題を解決するために、培養表面を様々なパターンで修飾又は微細加工した培養容器が開発されている(特許文献1~3)。これらの培養容器を製造するためには、パターンを形成するための型(モールド)やマスク等が必要であり、製造工程が複雑な上、パターンを変更することが容易ではなかった。また、培養表面の加工による異方性・配向性を付与するためには、一般的に細胞の種類に対応してパターンを最適化する必要があった。このようなパターン変更の難しさや培養容器の製造工程の複雑さが、これらの培養容器を用いた手法の普及を妨げていた。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2011-50303号公報
【文献】特開2010-119304号公報
【文献】特開2011-155945号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
細胞を配向させることができる新たな細胞培養基材を提供することを目的とする。また、細胞を配向させることができる新たな細胞培養基材を安価かつ簡便に製造する方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題に取り組む中で、連続波レーザーを市販の培養容器表面に照射すると、照射部の細胞接着性が低下するとともに、照射部での細胞の移動が妨げられる事を見出した。また、当該現象を利用し、細胞培養表面に連続波レーザーをストライプ状に照射することによって、細胞易接着部を一定幅の細長い領域とすることで、接着した細胞に異方性・配向性を付与することを見出した。本発明は、かかる発見に基づいて完成させたものである。従って、本発明は、以下の態様を含む。
【0007】
[1] 細胞を配向させる細胞培養基材であって、
前記細胞培養基材の培養表面の一部は、ストライプ状の加工溝を備え、
ここで隣接する前記加工溝の間隔が、平均100~1500μmであり、
前記加工溝の加工溝幅が、平均100~500μmである、
細胞培養基材。
[2] 前記加工溝の加工溝幅が、平均100~200μmである、項目1に記載の細胞培養基材。
[3] 隣接する前記加工溝の間隔が、平均100~500μmである、項目1又は2に記載の細胞培養基材。
[4] 前記加工溝の深さが、平均10~180μmである、項目1~3のいずれか1項に記載の細胞培養基材。
[5] 前記加工溝の深さが、平均10~40μmである、項目4に記載の細胞培養基材。
[6] 前記細胞培養基材は、刺激応答性高分子が被覆されている、項目1~5のいずれか1項に記載の細胞培養基材。
[7] 前記刺激応答性高分子が温度応答性高分子である、項目7に記載の細胞培養基材。
[8] 前記細胞培養基材の材質がポリスチレンである、項目1~7のいずれか1項に記載の細胞培養基材。
【0008】
[9] 細胞を配向させる細胞培養基材の製造方法であって、
前記細胞培養基材の培養表面の一部に、ストライプ状の加工溝を形成する工程
を含み、
ここで隣接する前記加工溝の間隔が、平均100~1500μmであり、
前記加工溝の加工溝幅が、平均100~500μmである、
製造方法。
[10] 前記加工溝の加工溝幅が、平均100~200μmである、項目9に記載の製造方法。
[11] 隣接する前記加工溝の間隔が、平均100~500μmである、項目9又は10に記載の製造方法。
[12] 前記加工溝の深さが、平均10~180μmである、項目9~11のいずれか1項に記載の製造方法。
[13] 前記加工溝の深さが、平均10~40μmである、項目12に記載の製造方法。
[14] 前記細胞培養基材は、刺激応答性高分子が被覆されている、項目9~13のいずれか1項に記載の製造方法。
[15] 前記刺激応答性高分子が温度応答性高分子である、項目14に記載の製造方法。
[16] 材質がポリスチレンである、項目9~15のいずれか1項に記載の製造方法。
[17] 0.5W~2.0Wの出力の連続波レーザーを用いて前記加工溝を形成する、項目9~16のいずれか1項に記載の製造方法。
[18] 1cm/秒~50cm/秒のレーザースキャン速度で前記加工溝を形成する、項目17に記載の製造方法。
【発明の効果】
【0009】
本発明の細胞培養基材によれば、容易に細胞に異方性・配向性を付与可能となる。また、本発明の方法によれば、従来の手法に対して飛躍的に製造工程が簡略化された、細胞に異方性・配向性を付与可能な細胞培養基材を安価に提供可能となる。また、本発明の方法によれば、市販されている最大級の培養容器(例えば、25cm×25cm)であっても、細胞に異方性・配向性を付与可能な細胞培養容器が製造可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0010】
図1図1は、本発明の細胞培養基材を示す模式図である。(A)細胞培養基材。(B)細胞培養基材の培養表面の一部の拡大模式図。(C)(B)のA-A断面を示す模式図。
図2図2は、一実施態様において、本発明の方法で作製された細胞培養ディッシュの写真である。レーザー出力:3%(1.2W)、ストライプピッチ(加工溝の間隔):0.008インチ(203.2μm)、レーザースキャン速度:7cm/秒又は10cm/秒の条件で形成されたストライプ状の加工溝を有する細胞培養ディッシュの写真である。
図3図3は、一実施態様において本発明の方法で作製された細胞培養ディッシュ上で培養した正常ヒト皮膚線維芽細胞の顕微鏡像を示す。(A)位相差顕微鏡像。(B)phalloidin染色像(アクチン線維)。(C)DAPI染色像(細胞核)。(D)(A)~(C)のMarge像。(A)~(D)は、レーザー出力:3%(1.2W)、ストライプピッチ:0.008インチ(203.2μm)、レーザースキャン速度:7cm/秒の条件で形成されたストライプ状の加工溝を有するポリスチレン製の細胞培養ディッシュを用いた結果を示す。
図4図4は、一実施態様において本発明の方法で作製された細胞培養ディッシュ上で培養したマウス筋芽細胞株C2C12の位相差顕微鏡像(Day6、分化誘導前)を示す。各細胞培養ディッシュは、ポリスチレン製の細胞培養ディッシュ上に、以下の条件の連続波レーザーによってストライプ状の加工溝を形成して得られたものである。(A)レーザー出力:3%(1.2W)、ストライプピッチ:0.008インチ(203.2μm)、レーザースキャン速度:7cm/秒。(B)レーザー出力:3%(1.2W)、ストライプピッチ:0.007インチ(177.8μm)、レーザースキャン速度:7cm/秒。(C)レーザー出力:3%(1.2W)、ストライプピッチ:0.006インチ(152.4μm)、レーザースキャン速度:7cm/秒。(D)レーザー出力:3%(1.2W)、ストライプピッチ:0.010インチ(254.0μm)、レーザースキャン速度:7cm/秒。(E)レーザー出力:3%(1.2W)、ストライプピッチ:0.012インチ(304.8μm)、レーザースキャン速度:7cm/秒。(F)レーザー出力:3%(1.2W)、ストライプピッチ:0.008インチ(203.2μm)、レーザースキャン速度:6cm/秒。
図5図5は、一実施態様において本発明の方法で作製された細胞培養ディッシュ上で培養したマウス筋芽細胞株C2C12の位相差顕微鏡像(Day11、分化誘導5日目)を示す。各細胞培養ディッシュは、ポリスチレン製の細胞培養ディッシュ上に、以下の条件の連続波レーザーによってストライプ状の加工溝を形成して得られたものである。(A)レーザー出力:3%(1.2W)、ストライプピッチ:0.008インチ(203.2μm)、レーザースキャン速度:7cm/秒。(B)レーザー出力:3%(1.2W)、ストライプピッチ:0.007インチ(177.8μm)、レーザースキャン速度:7cm/秒。(C)レーザー出力:3%(1.2W)、ストライプピッチ:0.006インチ(152.4μm)、レーザースキャン速度:7cm/秒。(D)レーザー出力:3%(1.2W)、ストライプピッチ:0.010インチ(254.0μm)、レーザースキャン速度:7cm/秒。(E)レーザー出力:3%(1.2W)、ストライプピッチ:0.012インチ(304.8μm)、レーザースキャン速度:7cm/秒。(F)レーザー出力:3%(1.2W)、ストライプピッチ:0.008インチ(203.2μm)、レーザースキャン速度:6cm/秒。
図6図6は、一実施態様において本発明の方法で作製された、細胞培養ディッシュ上で培養したマウス筋芽細胞株C2C12の位相差顕微鏡像(Day6、分化誘導前)を示す。各細胞培養ディッシュは、温度応答性高分子が被覆されたポリスチレン製の細胞培養ディッシュ(Upcell(登録商標)、セルシード、東京、日本)上に、以下の条件の連続波レーザーによってストライプ状の加工溝を形成して得られたものである。(A)レーザー出力:3%(1.2W)、ストライプピッチ:0.008インチ(203.2μm)、レーザースキャン速度:6cm/秒。(B)レーザー出力:3%(1.2W)、ストライプピッチ:0.012インチ(304.8μm)、レーザースキャン速度:6cm/秒。(C)レーザー出力:3%(1.2W)、ストライプピッチ:0.008インチ(203.2μm)、レーザースキャン速度:7cm/秒。(D)レーザー出力:3%(1.2W)、ストライプピッチ:0.012インチ(304.8μm)、レーザースキャン速度:7cm/秒。(E)レーザー出力:4%(1.6W)、ストライプピッチ:0.012インチ(304.8μm)、レーザースキャン速度:7cm/秒。
図7図7は、一実施態様において本発明の方法で作製された、細胞培養ディッシュ上で培養したマウス筋芽細胞株C2C12の位相差顕微鏡像(Day11、分化誘導5日目)を示す。各細胞培養ディッシュは、温度応答性高分子が被覆されたポリスチレン製の細胞培養ディッシュ(Upcell(登録商標)、セルシード、東京、日本)上に、以下の条件の連続波レーザーによってストライプ状の加工溝を形成して得られたものである。(A)レーザー出力:3%(1.2W)、ストライプピッチ:0.008インチ(203.2μm)、レーザースキャン速度:6cm/秒。(B)レーザー出力:3%(1.2W)、ストライプピッチ:0.012インチ(304.8μm)、レーザースキャン速度:6cm/秒。(C)レーザー出力:3%(1.2W)、ストライプピッチ:0.008インチ(203.2μm)、レーザースキャン速度:7cm/秒。(D)レーザー出力:3%(1.2W)、ストライプピッチ:0.012インチ(304.8μm)、レーザースキャン速度:7cm/秒。(E)レーザー出力:4%(1.6W)、ストライプピッチ:0.012インチ(304.8μm)、レーザースキャン速度:7cm/秒。
図8図8は、一実施態様において本発明の方法で作製されたストライプ状の加工溝を有する温度応答性培養ディッシュを用いて、シート状の細胞組織を回収した結果を示す。(A)温度応答性培養ディッシュ(Upcell(登録商標)、セルシード、東京、日本)(コントロール)上に播種した培養したマウス筋芽細胞株C2C12(培養2日目)。(B)(A)にゲル化溶液(マトリゲル12.5%、フィブリノーゲン25mg/mL、トロンビン2.5U/mL、塩化カルシウム2mMの水溶液)を流し込み、ゲル化し、20℃に冷却して温度応答性培養ディッシュからゲルに転写して回収したマウス筋芽細胞株C2C12。(C)ストライプ状の加工溝(レーザー出力:3%(1.2W)、ストライプピッチ:0.012インチ(304.8μm)、レーザースキャン速度:7cm/秒の条件で形成)を有する温度応答性培養ディッシュ(Upcell(登録商標)、セルシード、東京、日本)上に播種した培養したマウス筋芽細胞株C2C12(培養2日目)。(D)(C)にゲル化溶液(マトリゲル12.5%、フィブリノーゲン25mg/mL、トロンビン2.5U/mL、塩化カルシウム2mMの水溶液)を流し込み、ゲル化し、20℃に冷却して温度応答性培養ディッシュからゲルに転写して回収したマウス筋芽細胞株C2C12。
図9図9は、図8(B)及び(D)においてゲルに回収したマウス筋芽細胞株C2C12を分化誘導した結果(分化誘導培養5日目)を示す。(A)加工溝無し温度応答性培養ディッシュ、低倍率(4倍)。(B)加工溝無し温度応答性培養ディッシュ、高倍率(10倍)。(C)加工溝有り温度応答性培養ディッシュ、低倍率(4倍)。(D)加工溝有り温度応答性培養ディッシュ、高倍率(10倍)。
図10図10は、様々なレーザー出力及びレーザースキャン速度で形成した加工溝の加工溝幅(μm)を示す。
図11図11は、様々なレーザー出力及びレーザースキャン速度で形成した加工溝の深さ(μm)を示す。
図12図12は、正常ヒト線維芽細胞を培養した細胞培養ディッシュの加工溝の断面を示す。(A)レーザー出力:0.8W、レーザースキャン速度:1cm/秒で形成された加工溝の断面。(B)レーザー出力:0.8W、レーザースキャン速度:0.5cm/秒で形成された加工溝の断面。
図13-1】図13は、細胞培養ディッシュに形成された加工溝の加工溝幅と、細胞の分離性との関係を示す顕微鏡像である。左列:位相差顕微鏡像、中央列:DAPI(細胞核)染色蛍光像、右列:phalloidin(アクチン線維)染色蛍光像。
図13-2】図13は、細胞培養ディッシュに形成された加工溝の加工溝幅と、細胞の分離性との関係を示す顕微鏡像である。左列:位相差顕微鏡像、中央列:DAPI(細胞核)染色蛍光像、右列:phalloidin(アクチン線維)染色蛍光像。
図14図14は、ストライプ状に形成された加工溝幅と細胞の配向性との関係を示す。ストライプ方向に対する標準偏差(°)が低い方が、配向性が高いことを示す。
図15図15は、ストライプ状に形成された加工溝の間隔と細胞の配向性との関係を示す。ストライプ方向に対する標準偏差(°)が低い方が、配向性が高いことを示す。
【発明を実施するための形態】
【0011】
以下、本発明の実施形態について、必要に応じて図面を参照にしながら説明する。実施形態の構成は例示であり、本発明の構成は、実施形態の具体的構成に限定されない。
【0012】
<細胞を配向させる細胞培養基材>
図1は、一実施態様における本発明の細胞培養基材1を示す模式図である。一実施態様において、本発明は、細胞を配向させる細胞培養基材1であって、
前記細胞培養基材1の培養表面10の一部は、ストライプ状の加工溝11を備え、
ここで隣接する前記加工溝11の間隔が、平均100~1500μmであり、
前記加工溝11の加工溝幅が、平均100~500μmである、
細胞培養基材1を提供する。
【0013】
本明細書において、「細胞培養基材1」は、細胞、例えば動物細胞、昆虫細胞、植物細胞、好ましくは動物細胞、特に好ましくは哺乳動物細胞を培養可能な基材をいう。本発明の細胞培養基材1の材質は、化学的に安定であり、所望の細胞を培養可能な材質であればよく、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリカーボネート、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル、ナイロン、ポリウレタン、ポリウレア、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリビニルアルコール、ポリ酢酸ビニル、ポリ(メタ)アクリル酸、ポリ(メタ)アクリル酸誘導体、ポリアクリロニトリル、ポリ(メタ)アクリルアミド、ポリ(メタ)アクリルアミド誘導体、ポリスルホン、セルロース、セルロース誘導体、ポリシリコーン、ポリメチルペンテン、金属などが挙げられるが、加工溝11を形成する観点から、連続波レーザーで加工可能な合成樹脂、例えば、ポリエチレン、ポリプロピレン、ポリカーボネート、ポリスチレン、ポリ塩化ビニル、ナイロン、ポリウレタン、ポリウレア、ポリ乳酸、ポリグリコール酸、ポリビニルアルコール、ポリ酢酸ビニル、ポリ(メタ)アクリル酸、ポリ(メタ)アクリル酸誘導体、ポリアクリロニトリル、ポリ(メタ)アクリルアミド、ポリ(メタ)アクリルアミド誘導体、ポリスルホン、セルロース、セルロース誘導体、ポリメチルペンテン又はポリシリコーンがよく、より好ましくはポリスチレンである。
【0014】
細胞培養基材1の形状は特に限定されず、例えば、シャーレ型、フラスコ型、ボトル型、プレート型等の形状であってもよい。
【0015】
本明細書において、「加工溝11」とは、図1に示されるように、細胞培養基材1の培養表面10の一部に、ストライプ状に形成された溝をいい、培養表面10の一部を、例えば、低出力(例えば、0.5W~2.0W)の連続波レーザーによって加工(例えば、溶融)、形成することができる。また、本明細書において、加工溝11は、凹部110と、凹部110の両側に形成された凸部111を含む領域をいう。凸部111は、培養表面10の一部に凹部110が形成されたことによって除去された培養表面10の材料によって形成される。そのため、凸部111は、培養表面10の平面部12よりも盛り上がっている。また、凹部110は、培養表面10の平面部12よりも窪んでいる。
【0016】
本明細書において、「加工溝の深さH」は、培養表面10の任意の断面において、加工溝11の凹部110の最も窪んだ部分から、該凹部に隣接する凸部111の最も盛り上がった部分までの長さをいう。本発明において、加工溝の深さHは、平均10~180μmであることが好ましく、より好ましくは平均10~40μmである。
【0017】
本明細書において、「凸部幅W1」とは、培養表面10の任意の断面において、平面部12から盛り上がり始めた部分(C1)から、凹部110側の凸部111と平面部12の延長線との交点(C2)までの長さをいう。また、本明細書において、「凹部幅W2」は、凹部110を挟んで、C2と向かい側にある、凹部110側の凸部111と平面部12の延長線との交点(C3)までの長さをいう。また、本明細書において、「加工溝幅W3」は、培養表面10の任意の断面において、凹部幅W2と、その両側の凸部幅W1とを合計した長さをいう。本発明において、加工溝11の加工溝幅W3は、平均100~500μmであり、好ましくは平均100~200μmである。当該加工溝幅W3を有する細胞培養基材1であれば、細胞の加工溝11方向への配向のばらつきが小さくなる。
【0018】
本明細書において、「加工溝の間隔W4(「ストライプピッチ」ともいう。)」とは、培養表面10に形成されるストライプ状の加工溝11の間隔をいい、図1(C)に示すように、培養表面10の任意の断面において、平面部12から盛り上がり始めた部分(C1)から、隣接する他の加工溝11の平面部12から盛り上がり始めた部分(C4)までの長さをいう。本発明において、加工溝の間隔W4は、平均100~1500μmであり、好ましくは平均100~500μmである。当該加工溝の間隔W4を有する細胞培養基材1であれば、細胞の加工溝11方向への配向のばらつきが小さくなる。
【0019】
一実施態様において、本発明の細胞培養基材1は、刺激応答性高分子が被覆されているものであってもよい。本明細書において、「刺激応答性高分子」とは、公知の刺激、例えば、温度、pH、光等の刺激によって分子構造が変化する高分子をいう。刺激応答性高分子が被覆された刺激応答性細胞培養基材上で細胞を培養し、温度、pH、光等の刺激の条件を変えて刺激応答性細胞培養基材の表面を変化させることで、細胞同士の接着状態は維持しつつ、刺激応答性細胞培養基材から細胞をシート状に剥離することができる。刺激応答性細胞培養基材としては、0~80℃の温度範囲で水和力が変化する温度応答性高分子を表面に被覆した温度応答性細胞培養基材が知られている。温度応答性細胞培養基材上で、温度応答性高分子の水和力が弱い温度域で細胞を培養し、その後、培養液を温度応答性高分子の水和力が強い状態となる温度に変化させることで細胞をシート状の細胞群として剥離させることができる。
【0020】
細胞シートを得るために用いられる温度応答性細胞培養基材は、細胞が培養可能な温度域でその表面の水和力を変化させる基材であることが好ましい。その温度域は、一般に細胞を培養する温度、例えば33℃~40℃であることが好ましい。細胞シートを得るために用いられる細胞培養基材1に被覆される温度応答性高分子は、ホモポリマー、コポリマーのいずれであってもよい。このような高分子としては、例えば、特開平2-211865号公報に記載されているポリマーが挙げられる。
【0021】
刺激応答性高分子、特に温度応答性高分子としてポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)を用いた場合を例(温度応答性培養皿)に説明する。ポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)は31℃に下限臨界溶解温度を有するポリマーとして知られ、遊離状態であれば、水中で31℃以上の温度で脱水和を起こしポリマー鎖が凝集して白濁する。逆に31℃未満の温度ではポリマー鎖は水和し、水に溶解した状態となる。本発明では、このポリマーがシャーレなどの基材表面に被覆されて固定されたものである。したがって、31℃以上の温度であれば、細胞培養基材の表面のポリマーも同じように脱水和するが、ポリマー鎖が細胞培養基材表面に固定されているため、細胞培養基材表面が疎水性を示すようになる。逆に、31℃未満の温度では、細胞培養基材表面のポリマーは水和するが、ポリマー鎖が細胞培養基材表面に被覆されているため、細胞培養基材表面が親水性を示すようになる。このときの疎水的な表面は細胞が付着し、増殖できる適度な表面であり、また、親水的な表面は細胞が付着できない表面となる。そのため、該基材を31℃未満に冷却すると、細胞が基材表面から剥離する。細胞が培養面一面にコンフルエントになるまで培養されていれば、該基材を31℃未満に冷却することによって細胞シートを回収できる。温度応答性細胞培養基材は、同一の効果を有するものであれば限定されるものではないが、例えば、セルシード社(東京、日本)が市販するUpCell(登録商標)などが挙げられる。
【0022】
一実施態様において、本発明の細胞培養基材1は、刺激応答性高分子が予め被覆された細胞培養基材1に加工溝11を形成したものであってもよく、加工溝11を形成した細胞培養基材1に、後から刺激応答性高分子を被覆したものであってもよい。
【0023】
<細胞を配向させる細胞培養基材の製造方法>
一実施態様において、本発明は、細胞を配向させる細胞培養基材の製造方法であって、
前記細胞培養基材の培養表面の一部に、ストライプ状の加工溝を形成する工程
を含み、
ここで隣接する前記加工溝の間隔が、平均100~1500μmであり、
前記加工溝の加工溝幅が、平均100~500μmである、
製造方法を提供する。細胞を配向させる細胞培養基材の製造方法の説明は、上記の「細胞を配向させる細胞培養基材」の説明も適用される。
【0024】
一実施態様の本発明の製造方法において、細胞培養基材の培養表面にストライプ状の加工溝を形成するために、低出力の連続波レーザーを用いてもよい。本明細書において、「連続波レーザー」とは、連続的にレーザー光を照射するCWレーザーをいい、低出力とは瞬間最大出力が、断続的にレーザー光を照射するパルスレーザーよりも低出力(例えば、10W以下)のレーザーをいう。そのため、本発明の一実施態様において用いられる連続波レーザーによって形成される加工溝は、瞬間最大出力が高いパルスレーザーを用いた場合に照射部の樹脂が蒸発して形成されるエッジの立った加工溝の形状とは異なり、レーザー照射部の樹脂が溶融して凹部が形成され、その凹部の両側には溶融した樹脂が付着した凸部を備えている。
【0025】
本発明に用いられる連続波レーザーは、例えば、固体レーザー、液体レーザー、ガスレーザー(例えば、炭酸ガスレーザー)、半導体レーザー、自由電子レーザー、化学レーザー、ファイバーレーザーなどを用いることができるが、好ましくは、ガスレーザーである。
【0026】
一実施態様において、連続波レーザーから照射されるレーザー光の照射スポットの形状は、円形であることが好ましく、その直径は、約10~500μm、より好ましくは約20~100μmである。
【0027】
一実施態様において、細胞培養基材の培養表面にストライプ状の加工溝を形成する工程は、上述の条件に適合する加工溝が形成される工程であればよく、使用される連続波レーザーの種類、出力及び/又はスキャン速度によって変化するが、例えば、0.5W~2.0Wの出力の連続波レーザーを用いて加工溝を形成する工程であってもよい。また、他の態様において、細胞培養基材の培養表面にストライプ状の加工溝を形成する工程は、例えば、0.5cm/秒~1000cm/秒、好ましくは1cm/秒~4cm/秒のスキャン速度で加工溝を形成する工程であってもよい。
【実施例
【0028】
以下に、本発明を実施例に基づいて更に詳しく説明するが、これらは本発明を限定することを意図するものではない。
【0029】
<実施例1:ヒト線維芽細胞の配向性制御>
【0030】
細胞培養用の6cmディッシュ(コーニング社(米国)、Cat.#353002)の培養表面を、連続波レーザー(小型COレーザー加工機HAJIME CL1、オーレーザー社)を用いて加工し、以下の条件にて加工溝を形成した(図2)。
・レーザー光の照射部:円形、直径80μm
・ストライプピッチ:0.008インチ(203.2μm)
・レーザー出力 3%(1.2W)
・レーザースキャン速度:7cm/秒 又は 10cm/秒
【0031】
加工溝を形成したディッシュにUV照射を15分間行い、殺菌処理を行った。正常ヒト皮膚線維芽細胞(NHDF)を50000cells/dishで播種した。10%のウシ胎児血清を添加したダルベッコ変法イーグル培地(ナカライテスク社(日本)、Cat.#08458-45)を用いて、37℃、5%COで9日間培養した。
【0032】
Alexa Fluor 568 phalloidin(サーモフィッシャサイエンティフィック社(米国)、Cat.#A12380)を用いてアクチン線維を染色し、DAPIを用いて細胞核を染色し、位相差顕微鏡及び蛍光顕微鏡で観察した(図3)。
【0033】
ストライプ状の加工溝が形成された細胞培養基材を用いることによって、線維芽細胞が配向することが確認された。線維芽細胞はレーザー照射領域(すなわち、加工溝)にも接着しているが、その部分の配向性は保たれることが明らかとなった。
【0034】
<実施例2:マウス筋芽細胞株の配向性制御>
【0035】
細胞培養用の3.5cmディッシュ(コーニング社(米国)、Cat.#353001)及び温度応答性培養dish(直径3.5cm、UpCell(登録商標)、セルシード社(日本))の培養表面を、連続波レーザー(小型COレーザー加工機HAJIME CL1、オーレーザー社)を用いて加工し、以下の条件にて加工溝を形成した。
・レーザー光の照射部:円形、直径80μm
・ストライプピッチ:0.006~0.012インチ(152.4~304.8μm)
・レーザー出力 3%(1.2W)又は4%(1.6W)
・レーザースキャン速度:6cm/秒 又は 7cm/秒
【0036】
加工溝を形成した培養ディッシュにUV照射を15分間行い、殺菌処理を行った。マウス筋芽細胞株C2C12を100000cells/dishで播種した。10%のウシ胎児血清を添加したダルベッコ変法イーグル培地(ナカライテスク社(日本)、Cat.#08458-45)を用いて、37℃、5%COで6日間培養した。
【0037】
その後、分化誘導培地として2%のウマ血清を添加したダルベッコ変法イーグル培地(ナカライテスク社(日本)、Cat.#08458-45)に交換し、37℃、5%COで6日間培養した。
【0038】
その結果、マウス筋芽細胞株C2C12は、ストライプ方向に配向した筋管を形成した(図4及び図5)。また、温度応答性培養ディッシュ上においても、マウス筋芽細胞株C2C12は、ストライプ方向に配向した筋管を形成した(図6及び図7)。
【0039】
<実施例3:配向した組織の回収>
【0040】
温度応答性培養ディッシュ(直径3.5cm、UpCell(登録商標)、セルシード社(日本))の培養表面を、連続波レーザー(小型COレーザー加工機HAJIME CL1、オーレーザー社)を用いて加工し、以下の条件にて加工溝を形成した。
・レーザー光の照射部:円形、直径80μm
・ストライプピッチ:0.012インチ(304.8μm)
・レーザー出力 3%(1.2W)
・レーザースキャン速度:7cm/秒
【0041】
その後、上記で加工溝を形成したディッシュにUV照射を15分間行い、殺菌処理を行った。加工溝を形成していない温度応答性培養ディッシュ(コントロール)及び加工溝を形成した温度応答性培養ディッシュ上に、マウス筋芽細胞株C2C12を100000cells/dishで播種した。10%のウシ胎児血清を添加したダルベッコ変法イーグル培地(ナカライテスク社(日本)、Cat.#08458-45)を用いて、37℃、5%COで2日間培養した。
【0042】
ゲル化溶液(マトリゲル12.5%、フィブリノーゲン25mg/mL、トロンビン2.5U/mL、塩化カルシウム2mMの水溶液)を流し込み、ゲル化し、20℃に冷却することによって温度応答性培養ディッシュ上に形成されたマウス筋芽細胞株C2C12の細胞シートをゲルへと転写して回収した(図8)。
【0043】
ゲルに回収したマウス筋芽細胞株C2C12の細胞シートを分化誘導培地として2%のウマ血清を添加したダルベッコ変法イーグル培地(ナカライテスク社(日本)、Cat.#08458-45)に浸漬させ、37℃、5%COで5日間培養した。
【0044】
配向したマウス筋芽細胞株C2C12の細胞シートは、そのままゲル上へ回収可能であることが明らかとなった。また、ゲル上の細胞シート(組織)の観察の結果から、レーザー照射部、すなわち、加工溝の凹部にも細胞が一部接着していることが明らかとなった。また、ゲル上で細胞シートを分化誘導した結果、配向したまま筋管を形成することが確認できた(図9)。
【0045】
<実施例4:加工溝の至適条件の検討>
【0046】
細胞培養用の3.5cmディッシュ(コーニング社(米国)、Cat.#353001)の培養表面に連続波レーザー(小型COレーザー加工機HAJIME CL1、オーレーザー社)を用いて様々な幅を有する加工溝を形成した。
・レーザー光の照射部:円形、直径80μm
・加工溝幅:50~1000μm
・加工溝の間隔:100~3000μm
【0047】
なお、レーザー出力及びレーザースキャン速度と、加工溝幅または加工溝の深さとの関係を図10及び図11に示す。また、図12は、正常ヒト線維芽細胞を培養した細胞培養ディッシュの加工溝の断面を光干渉顕微鏡(パナソニック社(日本)、開発中)で観察した結果を示す。
【0048】
上記のように加工溝を形成した培養ディッシュにUV照射を15分間行い、殺菌処理を行った。正常ヒト皮膚線維芽細胞を50000cells/dishで播種した。10%のウシ胎児血清を添加したダルベッコ変法イーグル培地(ナカライテスク社(日本)、Cat.#08458-45)を用いて、37℃、5%COで7日間培養した。
【0049】
Alexa Fluor 568 phalloidin(サーモフィッシャサイエンティフィック社(米国)、Cat.#A12380)を用いてアクチン線維を蛍光染色し、DAPIを用いて細胞核を蛍光染色した。それらを正立型蛍光顕微鏡で撮影した(図13-1及び図13-2)。
【0050】
画像処理ソフト(ImageJ、オープンソース、パブリックドメイン)を用いて、線維の向きを検出し、表計算ソフト(Excel、マイクロソフト、US)によってストライプの向きに対する線維の向きのばらつき(標準偏差)を計算した(図14及び15)。
【0051】
その結果、加工溝幅は、100~500μmであれば、ストライプの向きに対する線維の向きのばらつきが小さくなり、100~200μmであれば、ばらつきがより小さくなることが明らかとなった(図14)。
【0052】
また、加工溝の間隔は、100~1500μmであれば、ストライプの向きに対する線維の向きのばらつきが小さくなり、100~500μmであれば、ばらつきがより小さくなることが明らかとなった(図15)。
【符号の説明】
【0053】
1 細胞培養基材
10 培養表面
11 加工溝
110 凹部
111 凸部
12 平面部
W1 凸部幅
W2 凹部幅
W3 加工溝幅
W4 加工溝の間隔
H 加工溝の深さ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11
図12
図13-1】
図13-2】
図14
図15