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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-09
(45)【発行日】2024-08-20
(54)【発明の名称】抗体のFc領域改変体
(51)【国際特許分類】
   C07K 16/18 20060101AFI20240813BHJP
   C07K 19/00 20060101ALI20240813BHJP
   C12N 15/13 20060101ALI20240813BHJP
【FI】
C07K16/18 ZNA
C07K19/00
C12N15/13
【請求項の数】 2
(21)【出願番号】P 2020560003
(86)(22)【出願日】2019-12-05
(86)【国際出願番号】 JP2019047620
(87)【国際公開番号】W WO2020116560
(87)【国際公開日】2020-06-11
【審査請求日】2022-12-02
(31)【優先権主張番号】P 2018228448
(32)【優先日】2018-12-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】518433178
【氏名又は名称】株式会社バイカ・セラピュティクス
(74)【代理人】
【識別番号】100080791
【弁理士】
【氏名又は名称】高島 一
(74)【代理人】
【識別番号】100136629
【弁理士】
【氏名又は名称】鎌田 光宜
(74)【代理人】
【識別番号】100125070
【弁理士】
【氏名又は名称】土井 京子
(74)【代理人】
【識別番号】100121212
【弁理士】
【氏名又は名称】田村 弥栄子
(74)【代理人】
【識別番号】100174296
【弁理士】
【氏名又は名称】當麻 博文
(74)【代理人】
【識別番号】100137729
【弁理士】
【氏名又は名称】赤井 厚子
(74)【代理人】
【識別番号】100151301
【弁理士】
【氏名又は名称】戸崎 富哉
(72)【発明者】
【氏名】中尾 良太
(72)【発明者】
【氏名】泉 睦勝
(72)【発明者】
【氏名】服部 有宏
【審査官】松本 淳
(56)【参考文献】
【文献】特表2012-521784(JP,A)
【文献】国際公開第2013/081143(WO,A1)
【文献】特表2017-517745(JP,A)
【文献】国際公開第2018/073185(WO,A1)
【文献】STRIETZEL C. J. et al,In Vitro functional characterization of feline IgGs,Veterinary Immunology and Immunopathology,2014年,Vol.158,pp.214-223
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-15/90
C07K 1/00-19/00
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ネコIgGのFc領域を含む親ポリペプチドの改変体であって、酸性条件下において、ネコ新生児Fc受容体(FcRn)に結合する活性が、親ポリペプチドのネコFcRnに結合する活性よりも高く、かつ該Fc領域にアミノ酸改変を含む改変体であり、
ネコIgGのFc領域を含む親ポリペプチドは配列番号2のネコIgGのFc領域を含む親ポリペプチドであり、
該Fc領域のアミノ酸改変が、
(i)428位セリンのロイシンへの置換、
(ii)434位セリンのアラニンへの置換、
(iii)438位グルタミンのアルギニンへの置換、及び
(iv)440位セリンのグルタミン酸への置換
(ここで、Fc領域におけるアミノ酸の番号付けは、ヒト抗体のFc領域を基準にしたKabatのEUインデックスによる)である、改変体。
【請求項2】
請求項1に記載の改変体を含む抗体又はFc融合タンパク質。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、イヌ又はネコIgGのFc領域改変体、特に、新生児Fc受容体との結合親和性が増強されたFc領域改変体に関する。
【背景技術】
【0002】
新生児Fc受容体(neonatal Fc receptor;以下FcRnとも称する)は、IgGのFc領域に結合し、血漿中にリサイクルさせることでIgGがリソソームで分解されるのを回避する。IgGは、FcRnに結合することで長い血漿中滞留性を有する。IgGとFcRnとの結合は酸性条件下(例えば、pH6.0)においてのみ認められ、中性条件下(例えば、pH7.4)において結合はほとんど認められない。通常、IgGはエンドサイトーシスを介して非特異的に細胞に取り込まれるが、エンドソーム内の酸性条件下においてエンドソーム内のFcRnに結合することで細胞表面に戻り、血漿中の中性条件下においてFcRnから解離することでリサイクルされ、結果、他の血漿中タンパク質より長い血漿中滞留性を有する。エンドソーム内でFcRnに結合しなかったIgGはライソソームに進み、そこで分解される。
IgGの血漿中滞留性を改善させる方法として、酸性条件下におけるFcRnへの結合能を向上させる方法がヒトで報告されている。IgGのFc領域にアミノ酸置換を導入し、酸性条件下のFcRnへの結合能を上昇させることで、エンドソーム内から血漿中へのリサイクル効率が上昇し、その結果、血漿中滞留性が改善する(特許文献1、2、非特許文献1~3)。
また、IgGのFc領域を融合させたサイトカインおよび可溶性膜受容体等(Fc融合タンパク質)がヒト用の治療用医薬品として開発されているが、これらはIgGと同様にFcRnとの結合を介して長い血漿中滞留性を実現している。
上記の通り、ヒトにおいてはIgGのFc領域とFcRnの結合を改変・応用したバイオ医薬品が開発されており、イヌ、ネコ等ヒト以外の動物においても同じように血漿中滞留性を改善したバイオ医薬品の開発が望まれている。
しかしながら、イヌ、ネコにおける抗体の血漿中滞留性を改善し、向上させるFc領域のアミノ酸改変については知られていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】WO2002/060919公報
【文献】WO2012/083370公報
【非特許文献】
【0004】
【文献】Yeung YAら、J. Immunol. (2009) 182, 7663-71.
【文献】Datta-Mannan Aら、J. Biol. Chem. (2007) 282, 1709-17.
【文献】Dall'Acqua WFら、J. Immunol. (2002) 169, 5171-80.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、酸性条件下においてFcRnとの結合能が増強された、特に血漿中滞留性が向上したイヌ及びネコのIgGのFc領域の改変体を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者らは、上記課題を解決すべく、pH酸性域の条件下でのFcRnへの結合を天然のIgGのFc領域と比較して有意に増強することができるIgGのFc領域内におけるアミノ酸改変について鋭意検討し、結果、FnRn結合活性を野生型に比べて高めることができるアミノ酸改変(以下、本発明のアミノ酸改変とも称する)を見出して本発明を完成するに至った。
即ち、本発明は以下の通りである。
[1]イヌ又はネコIgGのFc領域を含む親ポリペプチドの改変体であって、酸性条件下において、イヌ又はネコ新生児Fc受容体(FcRn)に結合する活性が、親ポリペプチドがイヌ又はネコFcRnに結合する活性よりも高く、かつ該Fc領域に少なくとも1つのアミノ酸改変を含む改変体。
[2]親ポリペプチドが抗体を構成する上記[1]に記載の改変体。
[3]親ポリペプチドがイヌIgGのFc領域を含む、上記[1]又は[2]に記載の改変体。
[4]親ポリペプチドがネコIgGのFc領域を含む、上記[1]又は[2]に記載の改変体。
[5]Fc領域のアミノ酸改変が、
(i)252位ロイシンのチロシン又はスレオニンへの置換、
(ii)254位アラニンのスレオニンへの置換、
(iii)256位スレオニンのグルタミン酸への置換、
(iv)308位イソロイシンのプロリンへの置換、
(v)428位メチオニンのロイシンへの置換、
(vi)433位ヒスチジンのロイシンへの置換、
(vii)434位アスパラギンのアラニン、セリン、チロシン又はフェニルアラニンへの置換、
(viii)436位チロシンのスレオニンへの置換、
(ix)438位グルタミンのアルギニンへの置換、及び
(x)440位セリンのグルタミン酸への置換
からなる群より選択される少なくとも1つ(ここで、Fc領域におけるアミノ酸の番号付けは、ヒト抗体のFc領域を基準にしたKabatのEUインデックスによる)を含む、上記[3]に記載の改変体。
[6]Fc領域のアミノ酸改変が、
(i)434位アスパラギンのアラニンへの置換、
(ii)436位チロシンのスレオニンへの置換、
(iii)438位グルタミンのアルギニンへの置換、及び
(iv)440位セリンのグルタミン酸への置換
である上記[5]に記載の改変体。
[7]Fc領域のアミノ酸改変が、
(i)428位メチオニンのロイシンへの置換、
(ii)434位アスパラギンのアラニンへの置換、
(iii)436位チロシンのスレオニンへの置換、
(iv)438位グルタミンのアルギニンへの置換、及び
(v)440位セリンのグルタミン酸への置換
である上記[5]に記載の改変体。
[8]Fc領域のアミノ酸改変が、
(i)428位メチオニンのロイシンへの置換、
(ii)434位アスパラギンのアラニンへの置換、
(iii)438位グルタミンのアルギニンへの置換、及び
(iv)440位セリンのグルタミン酸への置換
である上記[5]に記載の改変体。
[9]Fc領域のアミノ酸改変が、
(i)252位ロイシンのチロシンへの置換、
(ii)254位アラニンのスレオニンへの置換、及び
(iii)256位スレオニンのグルタミン酸への置換
である上記[5]に記載の改変体。
[10]Fc領域のアミノ酸改変が、
(i)428位メチオニンのロイシンへの置換、及び
(ii)434位アスパラギンのセリンへの置換
である上記[5]に記載の改変体。
[11]Fc領域のアミノ酸改変が、
(i)308位イソロイシンのプロリンへの置換、及び
(ii)434位アスパラギンのチロシンへの置換
である上記[5]に記載の変異体。
[12]Fc領域のアミノ酸改変が、
(i)252位ロイシンのスレオニンへの置換、
(ii)254位アラニンのスレオニンへの置換、
(iii)256位スレオニンのグルタミン酸への置換、
(iv)433位ヒスチジンのロイシンへの置換、及び
(v)434位アスパラギンのフェニルアラニンへの置換
である上記[5]に記載の改変体。
[13]Fc領域のアミノ酸改変が、
(i)252位セリンのチロシン又はスレオニンへの置換、
(ii)254位セリンのスレオニンへの置換、
(iii)256位スレオニンのグルタミン酸への置換、
(iv)259位バリンのイソロイシンへの置換、
(v)308位イソロイシンのプロリン又はフェニルアラニンへの置換、
(vi)428位セリンのロイシンへの置換、
(vii)433位ヒスチジンのロイシンへの置換、
(viii)434位セリンのアラニン、チロシン又はフェニルアラニンへの置換、
(ix)436位ヒスチジンのスレオニンへの置換、
(x)438位グルタミンのアルギニンへの置換、及び
(xi)440位セリンのグルタミン酸への置換
からなる群より選択される少なくとも1つ(ここで、Fc領域におけるアミノ酸の番号付けは、ヒト抗体のFc領域を基準にしたKabatのEUインデックスによる)を含む、上記[4]に記載の改変体。
[14]Fc領域のアミノ酸改変が、
(i)434位セリンのアラニンへの置換、
(ii)436位ヒスチジンのスレオニンへの置換、
(iii)438位グルタミンのアルギニンへの置換、及び
(iv)440位セリンのグルタミン酸への置換
である上記[13]に記載の改変体。
[15]Fc領域のアミノ酸改変が、
(i)428位セリンのロイシンへの置換、
(ii)434位セリンのアラニンへの置換、
(iii)436位ヒスチジンのスレオニンへの置換、
(iv)438位グルタミンのアルギニンへの置換、及び
(v)440位セリンのグルタミン酸への置換
である上記[13]に記載の改変体。
[16]Fc領域のアミノ酸改変が、
(i)428位セリンのロイシンへの置換、
(ii)434位セリンのアラニンへの置換、
(iii)438位グルタミンのアルギニンへの置換、及び
(iv)440位セリンのグルタミン酸への置換
である上記[13]に記載の改変体。
[17]Fc領域のアミノ酸改変が、
(i)252位セリンのチロシンへの置換、
(ii)254位セリンのスレオニンへの置換、及び
(iii)256位スレオニンのグルタミン酸への置換
である上記[13]に記載の改変体。
[18]Fc領域のアミノ酸改変が、
(i)308位イソロイシンのプロリンへの置換、及び
(ii)434位セリンのチロシンへの置換
である上記[13]に記載の改変体。
[19]Fc領域のアミノ酸改変が、
(i)259位バリンのイソロイシンへの置換、
(ii)308位イソロイシンのフェニルアラニンへの置換、及び
(iii)428位セリンのロイシンへの置換
である上記[13]に記載の改変体。
[20]Fc領域のアミノ酸改変が、
(i)252位セリンのスレオニンへの置換、
(ii)254位セリンのスレオニンへの置換、
(iii)256位スレオニンのグルタミン酸への置換、
(iv)433位ヒスチジンのロイシンへの置換、及び
(v)434位セリンのフェニルアラニンへの置換
である上記[13]に記載の改変体。
[21]上記[1]~[20]のいずれかに記載の改変体を含む抗体又はFc融合タンパク質。
【発明の効果】
【0007】
本発明のFc領域改変体は、酸性域条件下でのFcRn結合活性が増強されていることから、当該改変体を用いることにより、より長い血漿中滞留性を有する抗体(IgG)およびFc融合タンパク質の提供が可能になる。
【発明を実施するための形態】
【0008】
本発明は、イヌ又はネコIgGのFc領域を含む親ポリペプチドの改変体であって、酸性条件下において、イヌ又はネコFcRnに結合する活性(以下、FcRn結合活性とも称する)が、親ペプチドのFcRn結合活性よりも高く、かつ該Fc領域に少なくとも1つのアミノ酸改変を含む改変体を提供する。以下、詳細に説明する。
【0009】
「FcRn」は、構造的には主要組織適合性複合体(MHC)クラスIのポリペプチドに構造的に類似し、ヒトではクラスIのMHC分子と22から29%の配列同一性を有する(ヒトの参考文献:Ghetieら,Immunol. Today (1997) 18 (12), 592-598)。
FcRnは、可溶性β鎖(または軽鎖)であるβ2-ミクログロブリン(β2mと記載する場合あり)と、膜貫通α鎖(または重鎖、FCGRTと記載する場合あり)よりなるヘテロダイマーとして発現される。FcRnのα鎖は3つの細胞外ドメイン(α1、α2、α3)よりなり、α1およびα2ドメインが抗体のFc領域におけるFcRn結合ドメインと相互作用する(Raghavanら、Immunity (1994) 1, 303-315)。
FcRnは生体内でβ2-ミクログロブリンとの複合体を形成する。可溶型FcRnとβ2-ミクログロブリンとの複合体は通常の組換え発現方法(実施例の「FcRn発現ベクターの作製」「FcRnタンパク質の発現と精製」の項を参照)を用いて調製し、該複合体を本発明のFcRn結合活性の評価に用いることができる。本発明において、特に記載のない場合は、FcRnはβ2-ミクログロブリンとの複合体として用いられる。
【0010】
「親ポリペプチド」とは、本発明のアミノ酸改変が導入されたポリペプチドに対し、該改変が導入される前のポリペプチドを意味する。イヌ又はネコIgGのFc領域を含む親ポリペプチドとしては、イヌ又はネコの天然のIgGのFc領域を含むポリペプチドが挙げられ、好ましくは抗体、特にイヌ又はネコの天然のIgGを構成するポリペプチドが挙げられる。親ポリペプチドのFc領域にアミノ酸改変が導入されたFc領域を有するポリペプチドをFc領域改変体とも称し、該改変体で構成されるIgGを変異型IgGとも称する。
イヌ又はネコの野生型IgGとは、天然に存在するイヌ又はネコのIgGと同一のアミノ酸配列を包含し、免疫グロブリンガンマ遺伝子により実質的にコードされる抗体のクラスに属するポリペプチドを意味する。
IgGにはアイソフォームが存在し、その数は動物種によって異なる。ヒト、マウスやラットではIgG1~IgG4の4種が知られている。イヌにおいても4つのIgG免疫グロブリンが存在し、これらはcaIgG-A、caIgG-B、caIgG-CおよびcaIgG-Dと定義されている(Tang et al., Vet. Immunol. Immunopathol. 80(3-4), 259-270, 2001)。ネコでは、3種類のIgG免疫グロブリンが存在し、これらはIgG1a、IgG1b、IgG2として存在が報告されている。
1)Kanai, T.H., et al., 2000. Identification of two allelic IgG1 C(H)coding regions (Cgamma1) of cat. Vet. Immunol. Immunopathol. 73(1), 53-62.
2)Strietzel,C.J., et al., 2014. In Vitro functional characterization of feline IgGs, Vet. Immunol. Immunopathol. 158 (3-4), 214-233.
【0011】
Fc領域におけるアミノ酸の改変の例としては、アミノ酸の置換、挿入、欠失等が含まれるが、好ましくはアミノ酸の置換である。改変されるアミノ酸の数は特に限定されず、1箇所のみのアミノ酸が改変されてもよいし、2箇所以上のアミノ酸が改変されてもよい。好ましくは2~数箇所、より好ましくは2~5箇所程度のアミノ酸が改変されている。アミノ酸の改変は、pH酸性域の条件下におけるFnRn結合活性が改変される前よりも強くなる限り特に限定はされないが、好ましくは、以下の改変である。
【0012】
(イヌの場合)
(i)252位ロイシンのチロシン又はスレオニンへの置換(L252Y or L252T)、
(ii)254位アラニンのスレオニンへの置換(A254T)、
(iii)256位スレオニンのグルタミン酸への置換(T256E)、
(iv)308位イソロイシンのプロリンへの置換(I308P)、
(v)428位メチオニンのロイシンへの置換(M428L)、
(vi)433位ヒスチジンのロイシンへの置換(H433L)、
(vii)434位アスパラギンのアラニン、セリン、チロシン又はフェニルアラニンへの置換(N434A, N434S, N434Y or N434F)、
(viii)436位チロシンのスレオニンへの置換(Y436T)、
(ix)438位グルタミンのアルギニンへの置換(Q438R)、及び
(x)440位セリンのグルタミン酸への置換(S440E)
当該改変を少なくとも1つ、好ましくは2つ以上有する。
好ましい改変の例としては以下のDFV-1~DFV-6、DFV-8が挙げられる。
DFV-1;N434A, Y436T, Q438R, S440E
DFV-2;M428L, N434A, Y436T, Q438R, S440E
DFV-3;M428L, N434A, Q438R, S440E
DFV-4;L252Y, A254T, T256E
DFV-5;M428L, N434S
DFV-6;I308P, N434Y
DFV-8;L252T, A254T, T256E, H433L, N434F
【0013】
(ネコの場合)
(i)252位セリンのチロシン又はスレオニンへの置換(S252Y or S252T)、
(ii)254位セリンのスレオニンへの置換(S254T)、
(iii)256位スレオニンのグルタミン酸への置換(T256E)、
(iv)259位バリンのイソロイシンへの置換(V259I)、
(v)308位イソロイシンのプロリン又はフェニルアラニンへの置換(I308P or I308F)、
(vi)428位セリンのロイシンへの置換(S428L)、
(vii)433位ヒスチジンのロイシンへの置換(H433L)、
(viii)434位セリンのアラニン、チロシン又はフェニルアラニンへの置換(S434A, S434Y or S434F)、
(ix)436位ヒスチジンのスレオニンへの置換(H436T)、
(x)438位グルタミンのアルギニンへの置換(Q438R)、及び
(xi)440位セリンのグルタミン酸への置換(S440E)
当該改変を少なくとも1つ、好ましくは2つ以上有する。
好ましい改変の例としては以下のCFV-1~CFV-4、CFV-6~DFV-8が挙げられる。
CFV-1;S434A, H436T, Q438R, S440E
CFV-2;S428L, S434A, H436T, Q438R, S440E
CFV-3;S428L, S434A, Q438R, S440E
CFV-4;S252Y, S254T, T256E
CFV-6;I308P, S434Y
CFV-7;V259I, I308F, S428L
CFV-8;S252T, S254T, T256E, H433L, S434F
【0014】
本明細書中、置換箇所までのアミノ酸残基数を表わす数字の左側に表示したアルファベットは置換前のアミノ酸の1文字表記を示し、右側に表示したアルファベットは置換後のアミノ酸の1文字表記を示している。置換箇所までのアミノ酸残基数は、ヒトIgGのFc領域のKabatのEUナンバリングシステムをイヌ又はネコのFc領域に対応させたものである。「EUナンバリングシステム」または「EUインデックス」とは、一般的に、抗体の重鎖定常領域の残基を参照する場合に用いられる(例えば、Kabat et al., Sequences of Proteins of Immunological Interest. 5th Ed. Public Health Service, National Institutes of Health, Bethesda, Md. (1991))。「KabatのEUナンバリングシステム」は、ヒトIgG1 EU抗体の残基ナンバリングを意味する。本明細書において特に明記していなければ、残基番号についての言及は、KabatのEUナンバリングをイヌ又はネコの配列に対応させたものである。
【0015】
本発明で用いられるイヌ又はネコIgGのFc領域を含む親ポリペプチドは、例えばADCC(抗体依存性細胞傷害)活性やCDC(補体依存性細胞傷害)活性を増強する為の改変、プロテアーゼ抵抗性を高める為の改変、エフェクター機能を減少させる為の改変、補体に対する結合活性を減少させる改変、抗体のヘテロジェニティーや安定性を向上させる為の改変、抗原の消失を促進させる為の改変、複数分子の抗原に繰り返し結合させるための改変、血中滞留性を高める目的で定常領域のpIを低下させる為の改変、他の抗原に対する結合能を持たせる為の改変等が施されていても良い。より詳細にはCurrent Pharmaceutical Biotechnology, 2016, 17, 1298-1314に記載のFcエンジニアリングの技術を参照することができる。なお、該文献における残基番号についての言及はKabatのEUナンバリングシステムに基づく。これらの改変の種類は、例えばアミノ酸の置換、欠失、付加、挿入、修飾のいずれか、またはそれらの組み合わせであってもよいが、好ましくはアミノ酸の置換である。
【0016】
なお本明細書で用いられているアミノ酸の3文字表記と1文字表記の対応は以下の通りである。
アラニン:Ala:A
アルギニン:Arg:R
アスパラギン:Asn:N
アスパラギン酸:Asp:D
システイン:Cys:C
グルタミン:Gln:Q
グルタミン酸:Glu:E
グリシン:Gly:G
ヒスチジン:His:H
イソロイシン:Ile:I
ロイシン:Leu:L
リジン:Lys:K
メチオニン:Met:M
フェニルアラニン:Phe:F
プロリン:Pro:P
セリン:Ser:S
スレオニン:Thr:T
トリプトファン:Trp:W
チロシン:Tyr:Y
バリン:Val:V
【0017】
アミノ酸配列中への、このようなアミノ酸の改変(欠失、置換、挿入、付加)は、そのアミノ酸配列をコードする塩基配列を部分的に改変することにより導入することができる。この塩基配列の部分的改変は、既知の部位特異的変異導入法(Site specific mutagenesis)(Proc Natl Acsd Sci USA., 1984 Vol. 81 5662-5666; Sambrook et al., Molecular Cloning A Laboratory Manual(1989) Second edition, Cold Spring Harbor Laboratory Press)やOverlap extension PCR等の公知の方法が適宜採用され得る。また、天然のアミノ酸以外のアミノ酸に改変する方法として、複数の公知の方法も採用され得る(Annu. Rev. Biophys. Biomol. Struct. (2006) 35, 225-249、Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. (2003) 100 (11), 6353-6357)。例えば、終止コドンの1つであるUAGコドン(アンバーコドン)の相補的アンバーサプレッサーtRNAに、非天然アミノ酸が結合したtRNAが含まれる無細胞翻訳システム(Clover Direct(Protein Express))等が好適に用いられる。
又、下記文献で実施されたヒトIgG1のFc領域を改変する手法を参照することができる。
Drug Metab Dispos. 2007 Jan;35(1):86-94、
Int Immunol. 2006 Dec;18(12):1759-69、
J Biol Chem. 2001 Mar 2;276(9):6591-604、
J Biol Chem. 2007;282(3):1709-17、
J Immunol. 2002;169(9):5171-80、
J Immunol. 2009;182(12):7663-71、
Molecular Cell, Vol. 7, 867-877, April, 2001、
Nat Biotechnol. 1997 Jul;15(7):637-40、
Nat Biotechnol. 2005 Oct;23(10):1283-8、
Proc Natl Acad Sci U S A. 2006 Dec 5;103(49):18709-14、
EP2154157、US20070141052、WO2000/042072、WO2002/060919、WO2006/020114、WO2006/031370、WO2010/033279、WO2006/053301、WO2009/086320。
【0018】
本発明において、「活性を有する」とは、その活性を測定することができる系において、測定値がその系におけるバックグラウンド値(あるいは陰性対照を測定したときの値)よりも高くなることを意味する。例えば、結合活性を有するとは、ELISAやFACS、Biacoreなどの結合活性を測定することができる系において、測定値がバックグラウンド値よりも高くなることを意味する。本発明においてバックグラウンド値に対する測定値の高さは、好ましくは2倍以上、より好ましくは3倍以上、さらに好ましくは5倍以上、特に好ましくは10倍以上である。
例えば、本発明において、FcRn結合活性の値としてKD(解離定数)の逆数を用いることが可能である。本発明が提供するFc領域改変体のKD値の測定は、例えばBiacore(GE Healthcare)の公知の方法を用いて行うことが可能である。Biacoreの場合、具体的には本発明が提供するFc領域改変体あるいは該改変体を含む抗体分子をセンサーチップ上に固定化し、そこにFcRnをアナライトとして流すことでKD値を測定することができる。測定を野生型IgGのFc領域(野生型Fc)と変異型IgGのFc領域(Fc領域改変体)およびpH酸性域の条件下とpH中性の条件下で行うことにより、KD(Fc領域改変体)/KD(野生型Fc)およびKD(pH酸性)/KD(pH中性)の値を算出することが可能である。
KDの代りにkd(Dissociation rate constant:解離速度定数)を用いることも可能である。
【0019】
本明細書において、イヌ又はネコFcRnに結合する活性が親ポリペプチドよりも高いとは、例えば、イヌ又はネコFcRnに結合する活性が親ポリペプチドの105%以上、好ましくは110%以上、115%以上、120%以上、125%以上、特に好ましくは130%以上、135%以上、140%以上、145%以上、150%以上、155%以上、160%以上、165%以上、170%以上、175%以上、180%以上、185%以上、190%以上、195%以上、2倍以上、2.5倍以上、3倍以上、3.5倍以上、4倍以上、4.5倍以上、5倍以上、7.5倍以上、10倍以上、20倍以上、30倍以上、40倍以上、50倍以上、60倍以上、70倍以上、80倍以上、90倍以上、100倍以上であることをいう。
【0020】
pH酸性域条件においてイヌ又はネコFcRnに結合する活性が天然のイヌ又はネコIgGよりも強くなるような性質を、本発明のFc領域改変体に付与することができれば、そして該Fc領域改変体を用いてIgGを構成することができれば、酸性条件下でのIgGのFcRnへの結合を上昇させることで、エンドソーム内から血漿中へのリサイクル効率が上昇し、その結果、血漿中滞留性を改善乃至向上することができる。
【0021】
本発明において、pH酸性域の条件下におけるイヌ又はネコFcRnに対する結合活性とは、pH4.0~pH6.5でのFcRn結合活性を意味する。好ましくはpH5.0~pH6.5でのFcRn結合活性を意味し、さらに好ましくはpH5.5、5.6、5.7、5.8、5.9、6.0、6.1、6.2、6.3、6.4、6.5のいずれかでのイヌ又はネコFcRn結合活性を意味し、特に好ましくは、生体内の早期エンドソーム内のpHに近いpH5.8~pH6.0でのFcRn結合活性を意味する。また、本発明において、pH中性域の条件下におけるイヌ又はネコFcRnに対する結合活性とは、pH6.7~pH10.0でのFcRn結合活性を意味する。好ましくは、pH7.0~pH9.0でのFcRn結合活性を意味し、さらに好ましくはpH7.0、7.1、7.2、7.3、7.4、7.5、7.6、7.7、7.8、7.9、8.0のいずれかでのFcRn結合活性を意味し、特に好ましくは、生体内の血漿中のpHに近いpH7.4でのFcRn結合活性を意味する。
【0022】
FcRnとの結合アフィニティーがpH7.4では非常に低いために、そのアフィニティーを正確に測定することが難しい場合には、pH7.4の代わりにpH7.0を用いることができる。測定条件に使用される温度として、FcRnとの結合アフィニティーを、10℃~50℃の任意の温度で測定してもよい。好ましくは、FcRnとの結合アフィニティーを決定するために、15℃~40℃の温度を使用する。特に限定されないが、25℃という温度は好ましい態様の一つである。
【0023】
本発明において、本発明のFc領域改変体をコードするポリヌクレオチドを提供することができる。ポリヌクレオチドは主にDNA、RNA、その他核酸類似体などから構成される。本発明のFc領域改変体をコードするポリヌクレオチドを、抗体を構成する他の領域をコードするポリヌクレオチドと結合させ、抗体をコードする遺伝子を構築し、適当な発現ベクターに挿入する(必要に応じて2種類の発現ベクターを用いてもよい)。あるいは、本発明のFc領域改変体をコードするポリヌクレオチドを、サイトカインや可溶性膜受容体等のタンパク質をコードするポリヌクレオチドと結合させてFc融合タンパク質をコードする遺伝子を構築し、適当な発現ベクターに挿入する。その際、発現制御領域、例えば、エンハンサー、プロモーターの制御のもとで発現するよう発現ベクターに組み込む。次に、この発現ベクターにより宿主細胞を形質転換し、抗体を発現させる。その際には、適当な宿主と発現ベクターの組み合わせを使用することができる。
【0024】
用いることのできるベクターとしては、挿入した遺伝子を安定に保持するものであれば種類に特に制限はなく、市販の種々のベクターを利用することができる。遺伝子クローニング用のベクターとしては例えばM13系ベクター、pUC系ベクターなどが挙げられる。本発明が提供するFc領域改変体を生産する目的においてベクターを用いる場合には、特に発現ベクターが有用である。発現ベクターとしては、試験管内、大腸菌内、培養細胞内、生物個体内でポリペプチドを発現するベクターであれば特に制限されない。例えば、試験管内発現用のベクターとしては例えばpBESTベクター(プロメガ社製)などが、大腸菌発現用のベクターとしては例えばpGEX、pET、pBluescriptベクター(Stratagene社製)などが、培養細胞発現用のベクターとしては例えばpME18S-FL3ベクター(GenBank Accession No. AB009864)などが、動物細胞発現用のベクターとしてはpcDNA、生物個体内発現用のベクターとしては例えばpME18Sベクター(Mol Cell Biol. 8:466-472(1988))などが挙げられる。ベクターへの本発明のポリヌクレオチドの挿入は、例えば、In-Fusion Advantage PCR Cloning Kit(クロンテック社製)を用いて行うことができる。
【0025】
用いることのできる宿主細胞は特に制限されず、例えば、大腸菌や種々の動物細胞などを好適に用いることができる。宿主細胞は、例えば、本発明のFc領域改変体及びそれを含む抗体あるいはFc融合タンパク質の製造や発現のための産生系として使用することができる。産生系には、インビトロおよびインビボの産生系が含まれる。インビトロの産生系としては、真核細胞を使用する産生系及び原核細胞を使用する産生系が挙げられる。
【0026】
宿主細胞として使用できる真核細胞として、例えば、動物細胞、植物細胞、真菌細胞が挙げられる。動物細胞としては、哺乳類細胞、例えば、CHO(J. Exp. Med. (1995) 108:94.0)、COS、HEK293、3T3、ミエローマ、BHK(baby hamster kidney)、HeLa、Vero等、両生類細胞、例えばアフリカツメガエル卵母細胞(Valle et al., Nature (1981) 291: 338-340)、及び昆虫細胞、例えば、Sf9、Sf21、Tn5が例示される。好ましくはCHO-DG44、CHO-DX11B、COS7、HEK293、BHKが用いられる。大量発現を目的とする場合には特にCHOが好ましい。宿主細胞へのベクターの導入には、例えば、リン酸カルシウム法、DEAEデキストラン法、カチオニックリボソームDOTAP(Boehringer Mannheim製)を用いた方法、エレクトロポレーション法、リポフェクション法、マイクロインジェクション法など当業者に公知の手法を用いることができる。また、Free Style 293 Expression System(Invitrogen社製)を用いて、遺伝子導入からポリペプチドの発現までを行うこともできる。
【0027】
得られたFc領域改変体又はそれを含む抗体あるいはFc融合タンパク質は、宿主細胞内または細胞外(培地、乳汁など)から単離し、実質的に純粋で均一分子として精製することができる。Fc領域改変体又はそれを含む抗体あるいはFc融合タンパク質の分離、精製は、通常のポリペプチドの精製で使用されている分離、精製方法を使用すればよく、何ら限定されるものではない。例えば、カラムクロマトグラフィー、フィルター、限外濾過、塩析、溶媒沈殿、溶媒抽出、蒸留、免疫沈降、SDS-ポリアクリルアミドゲル電気泳動、等電点電気泳動、透析、再結晶等を適宜選択、組み合わせて分離、精製することができる。
【0028】
必要に応じて、本発明のFc領域改変体又はそれを含む抗体あるいはFc融合タンパク質に適当なタンパク質修飾酵素を作用させることにより、任意に修飾を加えることや、部分的にペプチドを除去することもできる。タンパク質修飾酵素としては、例えば、トリプシン、キモトリプシン、リシルエンドペプチダーゼ、プロテインキナーゼ、グルコシダーゼなどが用いられる。
【0029】
本発明のFc領域改変体を含む抗体、あるいはFc融合タンパク質は、酸性条件下でのFcRn結合活性が増強されており、血漿中滞留性が長い。従って本発明は、該抗体を有効成分として含むイヌ又はネコを対象とした医薬組成物を提供する。医薬組成物は疾患を治療するために使用することができるが、本発明が提供する医薬組成物は、該抗体の抗原が原因の1つと考えられる疾患を治療するために使用することができる。本明細書において「治療」とは、薬理学的なおよび/または生理学的な効果を得ることを意味する。効果とは、疾患の症状を完全にあるいは部分的に妨げる点で予防的であることができ、疾患の症状を完全にあるいは部分的に治療する点で治療的であることもできる。本明細書における「治療」とは、イヌ又はネコ、もしくはそれらに近縁の動物種における疾患の治療すべてを含む。
【0030】
本発明が提供する医薬組成物は、当業者に公知の方法で製剤化することが可能である(例えば、Remington's Pharmaceutical Science,latest edition,Mark Publishing Company,Easton,USA)。通常、当分野で慣用であり、治療、診断または予防目的のために対象への投与に対して適当である薬学的に許容される添加成分を含む。例えば、固体として製剤化される場合には、例えばラクトース等の充填剤、カルボキシメチルセルロース、ゼラチン等の結合剤、着色剤、コーティング剤等を用いることができ、このような剤は経口投与に好適である。また、担体または賦形剤として例えば、白色ワセリン、セルロース誘導体、界面活性剤、ポリエチレングリコール、シリコーン、オリーブ油等を加えてクリーム、乳液、ローション等の形態として外用薬として患部に塗布して用いることもできる。また、液体として製剤化される場合には、通常行われている生理学的に許容される溶媒、および乳化剤、安定剤を含むことができる。溶媒としては水、PBS、等張性生理食塩水等が挙げられ、乳化剤としては、ポリオキシエチレン系界面活性剤、脂肪酸系界面活性剤、シリコーン等が例示でき、安定剤としては、イヌ血清アルブミン、ゼラチン等のポリオール、またはソルビトール、トレハロースなどの糖類等が挙げられる。経口投与のための組成物は、溶液、懸濁液、錠剤、丸剤、カプセル、持続放出製剤、含嗽液または粉末を形成することができる。
【0031】
本発明の医薬組成物の投与方法に特に限定はないが、注射投与することにより最も治療効果が期待できる。注射投与方法としては静脈内投与、筋肉内投与、皮下投与、腹腔内投与、胸腔内投与いずれの方法にも限定されない。
【0032】
投与量は、用いる抗体の種類(抗原の種類)や、個体の大きさ、投与方法、疾病の種類、症状などに依存して決定されるであろうが、治療効果および予防効果を示すのに十分な量を投与すればよい。
【0033】
本明細書において引用された全ての先行技術文献は、参照として本明細書に組み入れられる。
【実施例
【0034】
次に実施例を挙げて本発明を更に説明するが、本発明はこれらに限定されるものではない。
【0035】
実施例1.野生型Fcを有するIgG発現ベクターの作製
GenBank:AF354265.1に登録されている野生型イヌIgG H鎖のFc領域(配列番号1、以降dog wild type Fc、dog wtFcと略する。)とGenBank:AB016710.1に登録されている野生型ネコIgG H鎖のFc領域(配列番号2、以降cat wild type Fc、cat wtFcと略する。)はアミノ酸配列を元にジェンスクリプトジャパン株式会社に遺伝子合成を依頼した。
IgG H鎖のFdからヒンジまでの領域(配列番号3、以降Fd-Hinge)およびIgG L鎖の全領域(配列番号4、以降L鎖)はIMGT(参照先URL http://www.imgt.org/)のIMGT/mAb-DB ID:77に登録されているヒト化抗ヒトIgE抗体であるomalizumabのアミノ酸配列を元に、分泌シグナルペプチドとしてFd-HingeのN末端側にはMEFGLSWVFLVALFRGVQC(配列番号5)からなるアミノ酸が付与されるように、L鎖のN末端側にはMDMRVPAQLLGLLLLWLSGARC(配列番号6)からなるアミノ酸が付与されるようにジェンスクリプトジャパン株式会社に遺伝子合成を依頼した。
合成した分泌シグナルペプチドを含むomalizumabのFd-Hinge遺伝子はPCR法により増幅し、同じくPCR法により増幅したdog wtFc遺伝子およびcat wtFc遺伝子それぞれとFd-HingeがN末端側にwtFcがC末端側になるようにIn-Fusion HD Cloningキット(クロンテック社製)(以降 In-Fusionキット)を用いて連結し、同時に、pcDNA3.1(+)(Invitrogen)のCMVプロモーター直下に挿入後、大腸菌DH5αを形質転換しプラスミドを抽出することでH鎖発現用ベクターpcDNA3.1(+)/omalizumab Fd-dog wtFcおよびpcDNA3.1(+)/omalizumab Fd-cat wtFcを得た。
合成した分泌シグナルペプチドを含むomalizumabのL鎖遺伝子はPCR法により増幅しIn-Fusionキットを用いてpcDNA3.1(+)(Invitrogen)のCMVプロモーター直下に挿入後、大腸菌DH5αを形質転換しプラスミドを抽出することでL鎖発現用ベクターpcDNA3.1(+)/omalizumab Lchを得た。
いずれの場合もIn-Fusionキットの使用にあたっては添付説明書記載の方法に従い、In-Fusion反応後のDNA溶液で大腸菌DH5αコンピテント細胞(TOYOBO)の形質転換を行った。得られた形質転換体を100μg/mLアンピシリン含有LB液体培地にて37℃にて一晩培養し、これよりNucleoBond Xtra Midiキット(タカラバイオ株式会社)を用いてプラスミドを抽出した。得られた発現ベクターの塩基配列は当業者公知の方法で決定し、目的のアミノ酸配列のタンパク質がコードされている事を確認した。
【0036】
omalizumab Fd-Hinge領域のアミノ酸配列
EVQLVESGGGLVQPGGSLRLSCAVSGYSITSGYSWNWIRQAPGKGLEWVASITYDGSTNYNPSVKGRITISRDDSKNTFYLQMNSLRAEDTAVYYCARGSHYFGHWHFAVWGQGTLVTVSSASTKGPSVFPLAPSSKSTSGGTAALGCLVKDYFPEPVTVSWNSGALTSGVHTFPAVLQSSGLYSLSSVVTVPSSSLGTQTYICNVNHKPSNTKVDKKVEPKSCDKTHTCPPCP(配列番号3)
【0037】
野生型イヌIgG H鎖Fc領域のアミノ酸配列
APEMLGGPSVFIFPPKPKDTLLIARTPEVTCVVVDLDPEDPEVQISWFVDGKQMQTAKTQPREEQFNGTYRVVSVLPIGHQDWLKGKQFTCKVNNKALPSPIERTISKARGQAHQPSVYVLPPSREELSKNTVSLTCLIKDFFPPDIDVEWQSNGQQEPESKYRTTPPQLDEDGSYFLYSKLSVDKSRWQRGDTFICAVMHEALHNHYTQESLSHSPGK(配列番号1)
【0038】
野生型ネコIgG H鎖Fc領域のアミノ酸配列
PPEMLGGPSIFIFPPKPKDTLSISRTPEVTCLVVDLGPDDSDVQITWFVDNTQVYTAKTSPREEQFNSTYRVVSVLPILHQDWLKGKEFKCKVNSKSLPSPIERTISKAKGQPHEPQVYVLPPAQEELSRNKVSVTCLIKSFHPPDIAVEWEITGQPEPENNYRTTPPQLDSDGTYFVYSKLSVDRSHWQRGNTYTCSVSHEALHSHHTQKSLTQSPGK(配列番号2)
【0039】
omalizumab L鎖のアミノ酸配列
DIQLTQSPSSLSASVGDRVTITCRASQSVDYDGDSYMNWYQQKPGKAPKLLIYAASYLESGVPSRFSGSGSGTDFTLTISSLQPEDFATYYCQQSHEDPYTFGQGTKVEIKRTVAAPSVFIFPPSDEQLKSGTASVVCLLNNFYPREAKVQWKVDNALQSGNSQESVTEQDSKDSTYSLSSTLTLSKADYEKHKVYACEVTHQGLSSPVTKSFNRGEC(配列番号4)
【0040】
実施例2.改変型Fcを有するIgG H鎖発現ベクターの作製
Fc領域のアミノ酸配列が下記表1「イヌ、ネコFc改変の位置」に示されるアミノ酸に置換されるように変異アミノ酸をコードするプライマーを設計した。実施例1で作製したH鎖発現用ベクターpcDNA3.1(+)/omalizumab Fd-dog wtFcおよびpcDNA3.1(+)/omalizumab Fd-cat wtFcを鋳型とし、設計したプライマーを用いたPCR法にてFc領域に変異が導入されたDNA断片を増幅し、In-Fusionキットを用いて増幅したDNA断片を連結することで、鋳型となったFcの任意の箇所のみに変異が導入されたH鎖発現ベクターを作製した。
いずれの場合もIn-Fusionキットの使用にあたっては添付説明書記載の方法に従い、In-Fusion反応後のDNA溶液で大腸菌DH5αコンピテント細胞(TOYOBO)の形質転換を行った。得られた形質転換体を100μg/mLアンピシリン含有LB液体培地にて37℃にて一晩培養し、これよりNucleoBond Xtra Midiキット(タカラバイオ株式会社)を用いてプラスミドを抽出した。得られた発現ベクターの塩基配列は当業者公知の方法で決定し、目的のアミノ酸配列のタンパク質がコードされている事を確認した。
下記表1「イヌ、ネコFc改変の位置」に示されるアミノ酸置換をdog-wtFcおよびcat-wtFcのFc領域に導入して種々のFc領域改変体を作製した。
【0041】
【表1】
【0042】
実施例3.抗体発現と精製
実施例1および実施例2で得られた発現ベクターをFreeStyle293細胞(Invitrogen)に、一過性に導入し、抗体の発現を行った。得られた培養上清を回収した後、0.22μmフィルターMillex(R)-GP(Merck Millipore)を通して培養上清を得た。得られた培養上清から、MabSelect SuRe(GE Healthcare)を用いたアフィニティークロマトグラフィーにより、50mM酢酸による溶出を行い、1.5M Tris-HCl, pH7.5を加えて中和処理を行うことで抗体を精製した。得られた抗体は20mM Histidine-HCl,150mM NaCl,pH6.5の緩衝液に30kDaを分画可能な限外ろ過膜(Merck Millipore)を用いてBuffer置換を行った。精製抗体濃度は、分光光度計を用いて280nmでの吸収度を測定し、得られた値からPACEらの方法により算出された吸光係数を用いて抗体濃度を算出した(Protein Science (1995); 4, 2411-2423)。
【0043】
実施例4.FcRn発現ベクターの作製
GenBank: XP_005616366.1に登録されているイヌFCGRTの細胞外領域(配列番号7、以降dog FCGRTと略する。)および、GenBank: XP_023100998.1に登録されているネコFCGRTの細胞外領域(配列番号8、以降cat FCGRTと略する。)はそれぞれC末端側にHisタグ(HHHHHHHH)(配列番号9)を付与したアミノ酸配列となるように、ジェンスクリプトジャパン株式会社に遺伝子合成および、合成した遺伝子のpcDNA3.1(+)(Invitrogen)へのクローニングおよびプラスミド抽出を依頼した。得られた発現ベクターはpcDNA3.1(+)/dog FCGRT、pcDNA3.1(+)/cat FCGRTとした。
GenBank: NP_001271408に登録されているイヌβ2m(配列番号10、以降dog β2mと略する。)および、GenBank: NP_001009876に登録されているネコβ2m(配列番号11、以降cat β2mと略する。)アミノ酸配列を元にジェンスクリプトジャパン株式会社に遺伝子合成および、合成した遺伝子のpcDNA3.1(+)(Invitrogen)へのクローニングおよびプラスミド抽出を依頼した。得られた発現ベクターはpcDNA3.1(+)/dogβ2m、pcDNA3.1(+)/catβ2mとした。
【0044】
dog FCGRT細胞外領域のアミノ酸配列
MGVPRPRSWGLGFLLFLLPTLRAADSHLSLLYHLTAVSAPPPGTPAFWASGWLGPQQYLSYNNLRAQAEPYGAWVWENQVSWYWEKETTDLRTKEGLFLEALKALGDGGPYTLQGLLGCELGPDNTSVPVAKFALNGEDFMTFDPKLGTWNGDWPETETVSKRWMQQAGAVSKERTFLLYSCPQRLLGHLERGRGNLEWKEPPSMRLKARPGSPGFSVLTCSAFSFYPPELQLRFLRNGLAAGSGEGDFGPNGDGSFHAWSSLTVKSGDEHHYRCLVQHAGLPQPLTVELESPAKSS(配列番号7)
【0045】
cat FCGRT細胞外領域のアミノ酸配列
MGVPRPQPWGLGFLLFLLPTLRAAESHLSLLYHLTAVSSPAPGTPAFWVSGWLGPQQYLSYNNLRAQAEPCGAWVWENQVSWYWEKETTDLRNKQELFLEALKVLGEGGPYTLQGLLGCELGPDNASVPVAKFALNGEDFMDFDPKLGTWSGEWPETETISKRWMQEAGAVSKERTFLLNSCPQRLLGHLERGRGNLEWKEPPSMRLKARPGSPGFSVLTCSAFSFYPPELQLRFLRNGLAAGSGEGDFGPNGDGSFHAWSSLTVKSGDEHHYRCLVQHAGLPQPLTVELESPAKSS(配列番号8)
【0046】
dog β2mのアミノ酸配列
MAPRPALATAGFLALLLILLAACRLDAVQHPPKIQVYSRHPAENGKPNFLNCYVSGFHPPEIEIDLLKNGKEMKAEQTDLSFSKDWTFYLLVHTEFTPNEQDEFSCRVKHVTLSEPQIVKWDRDN(配列番号10)
【0047】
cat β2mのアミノ酸配列
MARFVVLVLLGLLYLSHLDAVQHSPKVQVYSRHPAENGKPNFLNCYVSGFHPPQIDITLMKNGKKMEAEQTDLSFNRDWTFYLLVHTEFTPTVEDEYSCQVNHTTLSEPKVVKWDRDM(配列番号11)
【0048】
実施例5.FcRnタンパク質の発現と精製
実施例4で得られたpcDNA3.1(+)/dog FCGRTと pcDNA3.1(+)/dogβ2mの組み合わせ、およびpcDNA3.1(+)/cat FCGRTとpcDNA3.1(+)/catβ2mの組み合わせで発現ベクターをFreeStyle293細胞(Invitrogen社)に共トランスフェクションし、イヌおよびネコのFcRnタンパク質を発現させた。培養し、得られた培養上清を回収した後、0.22μmフィルターMillex(R)-GP(Merck Millipore)を通して培養上清を得た。得られた培養上清は原則として次の2ステップで精製した。第1ステップはHisタグに対するアフィニティカラムクロマトグラフィー(His Trap HP)を行い、20 mM Tris, 0.5 M NaCl, 10 mM imidazole, pH 7.4及び20 mM Tris, 0.5 M NaCl, 500 mM imidazole, pH 7.4の緩衝液を用いたイミダゾール濃度のグラジェント溶出により目的となるタンパク質を分画した。第2ステップはゲル濾過カラムクロマトグラフィー(Superdex200)を使用し、D-PBS(-), pH7.0緩衝液への置換とサイズ分画を行い、目的となるタンパク質の精製を行った。精製タンパク質については、分光光度計を用いて280nmでの吸収度を測定し、得られた値からPACEらの方法により算出された吸光係数を用いて精製タンパク質の濃度を算出した(Protein Science (1995); 4, 2411-2423)。
【0049】
試験例1:Biacoreによる相互作用測定(結合解析)
取得された抗体のイヌおよびネコのFcRnに対する結合能の評価
取得された抗体について、イヌおよびネコのFcRnに対する結合能があるかどうかを判断するため、BiacoreX100(GE Healthcare)を用いて評価した。血漿中条件として、pH7.4を設定した。エンドソーム内条件(酸性条件)としては、pH6.0を設定した。Sensor chip Protein L(GE Healthcare)に目的抗体をキャプチャーさせ、抗原としてイヌ、ネコFcRnを用いた。3種類のランニングバッファー(1; 50 mmol/L リン酸, 150 mmol/L NaCl, 0.05%(w/v)Tween-20, pH7.4、 2; 50 mmol/L リン酸, 150 mmol/L NaCl, 0.05%(w/v)Tween-20, pH7.0、 3; 50 mmol/L リン酸, 150 mmol/L NaCl, 0.05%(w/v)Tween-20, pH6.0)を用いて測定した。
【0050】
測定の実施方法
ランニングバッファーで希釈した抗体を流速5μL/分で1分間インジェクトし、センサーチップにキャプチャーさせた。そのあと、ランニングバッファーで1600, 800, 400, 200, 100 nMに希釈したFcRnとランニングバッファー(参照溶液として)を流速30uL/分で2分間インジェクトして、キャプチャーさせた抗体と相互作用させ、さらに流速30μL/分で10分間ランニングバッファーを流してFcRnの解離を観察した。最後に、10 mmol/L Glycine-HCl、pH1.7を流速30μL/分で2回1分間インジェクトし、センサーチップを再生した。再生の操作により、センサーチップにキャプチャーした抗体を洗浄し、センサーチップを繰り返し用いた。
野生型IgGとFcRnとの結合アフィニティーがpH7.4では非常に低いために、KD値の算出が困難であることから、アフィニティーを正確に測定することが難しい場合には、pH7.4の代わりにpH7.0を用いて測定を実施した。
【0051】
解析方法
各Fc領域改変体を含む抗体のFcRnに対する解離定数KD(mol/L)を算出するため、速度論的な解析は以下の方法に従って実施した。まず、上記のセンサーチップに目的の抗体をキャプチャーさせ、ランニングバッファーで希釈したFcRnを相互作用させ、得られたセンサーグラムに対してBiacore Evaluation Softwareにより測定結果を1:1 binding modelでglobal fittingさせることで結合速度定数ka(L/mol/s)、解離速度定数kd(1/s)を算出し、その値から解離定数KD(mol/L)を算出した。
得られたセンサーグラムが箱型ですぐに平衡状態に達する場合は、FcRnをインジェクトしている間の平衡値(=結合量)が解離定数KD(M)を反映しており、各改変体のFcRnに対する解離定数KD(mol/L)の算出は、Biacoreの測定結果として得られたセンサーグラムに対してBiacore Evaluation Softwareを用いてsteady state affinity解析を行うことで算出した。
1:1 binding modelで相互作用する分子のBiacore上での挙動は以下の式1によってあらわすことができる。
Req = C x Rmax / (KD + C) +RI (式1)
上記式中の各項目の意味は下記の通り。
Req(RU):定常状態結合レベル(steady state binding levels)
Rmax(RU):アナライトの表面結合能(Affinity binding capacity of the surface)
RI(RU):試料中の容量屈折寄与(Bulk refractive index contribution in the sample)
C(M):アナライト濃度(Analyte concentration)
KD(M):平衡解離定数(Equilibrium dissociation constant)
結果を下記表に示す。
【0052】
【表2】
【0053】
【表3】
【0054】
【表4】
【0055】
【表5】
【0056】
得られたこれらの結果は、ヒトで報告されている結果と必ずしも一致しない。特に、DFV-7のアミノ酸置換は、ヒトでは酸性条件下でのFcRnとの結合を著しく増強している(Zelevsky, J et al, Nat Technol (2010) 28, 157-159)のに対し、イヌではその効果は全く認めなかった。このことは、イヌやネコの抗体医薬の調製には、その効果を、イヌやネコのFcRnを用いて確認することの重要性を強く示している。
【産業上の利用可能性】
【0057】
本発明のFc領域改変体は、酸性域条件下でのFcRn結合活性が増強されていることから、当該改変体を用いることにより、より長い血漿中滞留性を有する抗体(IgG)およびFc融合タンパク質の提供が可能になる。
【0058】
本出願は、日本で出願された特願2018-228448(出願日:2018年12月5日)を基礎としておりその内容は本明細書に全て包含されるものである。
【配列表】
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