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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-09
(45)【発行日】2024-08-20
(54)【発明の名称】変異が導入されたキメラ受容体
(51)【国際特許分類】
   C07K 14/72 20060101AFI20240813BHJP
   C07K 19/00 20060101ALI20240813BHJP
   C12N 15/62 20060101ALI20240813BHJP
   C12N 15/12 20060101ALI20240813BHJP
   C12N 5/10 20060101ALI20240813BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20240813BHJP
【FI】
C07K14/72
C07K19/00
C12N15/62 Z
C12N15/12 ZNA
C12N5/10
C12Q1/02
【請求項の数】 12
(21)【出願番号】P 2021025010
(22)【出願日】2021-02-19
(65)【公開番号】P2022127080
(43)【公開日】2022-08-31
【審査請求日】2022-10-07
(73)【特許権者】
【識別番号】000006770
【氏名又は名称】ヤマサ醤油株式会社
(72)【発明者】
【氏名】保科 元気
【審査官】松村 真里
(56)【参考文献】
【文献】Eur. J. Biochem.,1999年,Vol.266, No.2,p.538-548
【文献】Molecular Endocrinology,2006年,Vol.21, No.2,p.512-523
【文献】ACS CHEMICAL BIOLOGY,2008年,Vol.3, No.6,p.346-351
【文献】The Journal of Biological Chemistry,1996年,Vol.271, No.49,p.31593-31601
【文献】Mol Pharmacol.,1999年,Vol.56, No.1,p.214-225
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N
C07K
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
配列番号2における(3)に記載された変異のうち少なくとも1つか、もしくは(4)に記載する変異を有することを特徴とする、配列番号2のV2Rの細胞外領域の一部を配列番号1のOXTRの細胞外領域に置換したキメラ受容体であり、(3)に記載された変異および/または(4)に記載する変異以外には変異を有さないか、もしくは1~10アミノ酸の変異を有しており、
AVP100pg/mLにおける前記キメラ受容体のS/N比に対するオキシトシン100pg/mLにおける前記キメラ受容体のS/N比の比率が0.20以上であることを特徴とする、キメラ受容体
(3)V90A,M122AM122I,M122T,M122L,M122G,M122W,M122P,M122S,M122N,M122Q,M122E,M122R,M122K,M122H,M122F,M122Y,M122D,M122C,Y126F,Y126
(4)(210)ALMVF(214)から(210)TLAVY(214)への変異
【請求項2】
変異が前記(3)に記載されたアミノ酸における点変異であることを特徴とする、請求項1に記載の、V2Rの細胞外領域の一部をOXTRの細胞外領域に置換したキメラ受容体。
【請求項3】
以下に記載する、配列番号2における点変異のうち、少なくとも1つを有することを特徴とする、配列番号2のV2Rの細胞外領域の一部を配列番号1のOXTRの細胞外領域に置換した請求項1又は請求項2に記載のキメラ受容体;
M122A,M122T,M122L,M122G,M122S,M122C
【請求項4】
V2受容体の第一細胞外領域配列がオキシトシン受容体の第一細胞外領域配列へと置換されていることを特徴とする、請求項1から請求項3のいずれか1項に記載のキメラ受容体。
【請求項5】
V2受容体の第一・第二・第三細胞外領域配列がオキシトシン受容体の第一・第二・第三細胞外領域配列へとそれぞれ置換されていることを特徴とする、請求項1から請求項4のいずれか1項に記載のキメラ受容体。
【請求項6】
請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の、V2Rの細胞外領域の一部をOXTRの細胞外領域に置換したキメラ受容体をコードするポリヌクレオチド。
【請求項7】
請求項1から請求項5のいずれか1項に記載の、V2Rの細胞外領域の一部をOXTRの細胞外領域に置換したキメラ受容体を発現する動物細胞。
【請求項8】
請求項7に記載の動物細胞を含有する、オキシトシン測定キット。
【請求項9】
前記動物細胞がcAMPバイオセンサーを発現することを特徴とする、請求項8に記載のオキシトシン測定キット。
【請求項10】
配列番号2における(3)に記載された変異のうち少なくとも1つか、もしくは(4)に記載する変異を導入し、(3)に記載された変異および/または(4)に記載する変異以外には変異を有さないか、もしくは1~10アミノ酸の変異を有しているキメラ受容体を得ることを特徴とし、
AVP100pg/mLにおける前記キメラ受容体のS/N比に対するオキシトシン100pg/mLにおける前記キメラ受容体のS/N比の比率が0.20以上である変異型キメラ受容体を得ることを特徴とする、配列番号2のV2Rの細胞外領域の一部を配列番号1のOXTRの細胞外領域に置換したキメラ受容体のオキシトシン特異性向上方法;
(3)V90A,M122A,M122I,M122T,M122L,M122G,M122W,M122P,M122S,M122N,M122Q,M122E,M122R,M122K,M122H,M122F,M122Y,M122D,M122C,Y126F,Y126L
(4)(210)ALMVF(214)から(210)TLAVY(214)への変異
【請求項11】
配列番号2における(3)に記載された点変異のうち少なくとも1つか、もしくは(4)に記載する変異を導入し、(3)に記載された変異および/または(4)に記載する変異以外には変異を有さないか、もしくは1~10アミノ酸の変異を有しているキメラ受容体を得ることを特徴とする、配列番号2のV2Rの細胞外領域の一部を配列番号1のOXTRの細胞外領域に置換したキメラ受容体のオキシトシン特異性を向上させ、かつ、オキシトシン反応性を向上させる方法;
(3)V90A,M122AM122I,M122T,M122L,M122G,M122W,M122P,M122S,M122N,M122Q,M122E,M122R,M122K,M122H,M122F,M122Y,M122D,M122C,Y126F,Y126
(4)(210)ALMVF(214)から(210)TLAVY(214)への変異
【請求項12】
請求項10または請求項11に記載の変異に加え、以下の配列番号2におけるアミノ酸に変異を導入することを特徴とする、キメラ受容体のオキシトシン特異性を向上させ、かつ、オキシトシン反応性を向上させる方法;
A167L,L177V,A216I,A285T,P306A
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、変異が導入された、オキシトシン(Oxytocin)受容体とV2受容体のキメラ受容体に関する。
【背景技術】
【0002】
オキシトシンは、下垂体後葉から分泌される9アミノ酸からなるホルモンである。子宮筋の収縮作用による分娩の促進や出産後授乳時の射乳反射を惹起する機能があり、分娩誘発剤として臨床的に用いられている。近年では、神経伝達物質として、精神神経疾患、社会的/性的なふるまいに関与している可能性が示唆されており、精神神経疾患などのバイオマーカーとして応用が期待されている。
【0003】
アルギニンバソプレシン(AVP : Arginine Vasopressin)は、オキシトシン同様、下垂体後葉から分泌され、腎臓における水再吸収を調節するホルモンである。9アミノ酸からなり、オキシトシンとは2アミノ酸が異なる。
【0004】
AVPの血中濃度は血中ナトリウム濃度に応じて変動することが知られているが、その濃度は非常に低くpg/mLレベルである。そのためAVPの測定法として、感度が非常に良いRIA法(非特許文献1)が臨床的に用いられている。
【0005】
オキシトシンの血中濃度はAVPのおおよそ10倍と見積もられているが、実際には測定法や報告により1pg/mL~1000pg/mLと大きな差がある(非特許文献2、3)。これは、正確な血中オキシトシン測定系構築の難しさを反映していると考えられる。
【0006】
オキシトシン受容体(OXTR)は、中枢神経、子宮、乳腺等の細胞膜上に存在するオキシトシンの受容体であり、Gタンパク質共役受容体の一種である。下垂体後葉から分泌されるオキシトシンがOXTRに結合すると、その刺激によりGタンパク質αq(Gαq)を介して細胞中のホスホリパーゼCが活性化、ホスファチジルイノシトール4,5-ビスリン酸(PIP2)が分解され、ジアシルグリセロール(DAG)およびイノシトール1,4,5-トリスリン酸(IP3)が産生される。IP3は小胞体上のカルシウムチャネルであるIP3受容体に結合して細胞質内にカルシウムを流入させる。DAGはカルシウムとともにプロテインキナーゼCを活性化、さらに下流にシグナルを伝達する。OXTRはオキシトシンだけでなくAVPにも強い親和性を有する。
【0007】
V2受容体(V2R)は、腎集合管の細胞膜上に存在するAVP受容体であり、Gタンパク質共役受容体の一種である。下垂体後葉から分泌されるAVPがV2Rに結合すると、その刺激により細胞中のGタンパク質αs(Gαs)を介してアデニレートシクラーゼが活性化されて環状アデノシン一リン酸(cAMP)が産生され、cAMPシグナルによるプロテインキナーゼA活性化を介して、腎臓における水の再吸収が行われる。AVPの受容体として、V2Rのほかに、V1a受容体(V1aR)、V1b受容体(V1bR)が知られているが、それぞれ発現組織が異なる。また、V2RはGαsと、V1aRおよびV1bRはGαqと共役することが知られている。これらの受容体はオキシトシンにも弱いながらも親和性を有する。
【0008】
V2RやOXTRに対する、オキシトシンやAVP結合部位は報告されているものの(非特許文献5、6)、結合部位の変異によるオキシトシン特異性向上については検討されておらず、何らの知見も存在しない。
【0009】
オキシトシンの測定法として、質量分析(特許文献1)や、抗体を用いた免疫学的測定法であるRIA法(非特許文献1、2)、酵素免疫測定法(特許文献1、非特許文献1、2、3)、免疫生物発光測定法(特許文献2)等が知られている。
【0010】
また、別の測定原理として、Gタンパク質共役受容体に対するリガンドや自己抗体活性を迅速に測定する方法の1つである、cAMPバイオセンサー及びGタンパク質共役受容体の両方が発現する哺乳動物細胞を用いてcAMPバイオセンサーの活性化レベルを測定する方法が検討されている(特許文献3)。特許文献3には、以下の工程(a)~(c)を行うことにより、被験者試料のTSHRに対する自己抗体活性を算定することができることが記載されている。
(a)cAMPバイオセンサー及びTSHRの両方が発現する動物細胞を、被験者から採取された血液試料存在下でインキュベートする工程;
(b)工程(a)の後、前記cAMPバイオセンサーの活性化レベルを測定する工程;
(c)工程(b)で測定した活性化レベルと、対照における活性化レベルとを比較し、TSHR活性化レベルを算定する工程;
【0011】
本発明者らは、上記方法を応用して、V2Rの細胞外領域の一部をOXTRの細胞外領域に置換したキメラ受容体及びcAMPバイオセンサーを用いることで、受容体の活性化シグナルを良好なS/N比で測定できることを見出した(特許文献4)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0012】
【文献】特許第6445861号
【文献】特許第6734258号
【文献】特願2019-20595号
【文献】特願2020-212785号
【非特許文献】
【0013】
【文献】田中誠仁 他, 医学と薬学, 72, 1379-1388, 2015
【文献】Szeto Angela et al, STATISTICS AND METHODS, Vol. 73, 5, 393-400, 2011
【文献】Arthur Lefevre et al, Scientific Reports, DOI:10.1038 / s41598 - 017 - 17674 - 7
【文献】Rolf Postina et al. THE JOURNAL OF BIOLOGICAL CHEMISTRY Vol. 271, No. 49, December 6, 31593-31601, 1996
【文献】Marek Jankowski et al. PLOS ONE, https://doi.org/10.1371/journal.pone.0219205 July 3, 2019
【文献】Gerald Gimpl et al. Progress in Brain Research, Vol. 170 ISSN 0079-6123, 2008
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0014】
V2Rの細胞外領域の一部をOXTRの細胞外領域に置換したキメラ受容体においては、野生型のV2R受容体と比較して、オキシトシンに対する特異性は100倍程度まで向上した。しかし、本発明者らの検討の中で、当該キメラ受容体のオキシトシンに対する特異性に、さらなる改善の余地があることが見いだされた。
【0015】
具体的には、V2Rの細胞外領域の一部をOXTRの細胞外領域に置換したキメラ受容体においては、オキシトシンを100pg/mL含む試料と、AVPを100pg/mL含む試料とで反応性(S/N比)を比較した場合、AVP試料に対するS/N比は、オキシトシン試料に対するS/N比の10倍程度であった。臨床的なオキシトシン測定に利用するためには、オキシトシンに対する特異性が高い方が、より好ましい。
【0016】
本発明は、上記の問題を解決するため、オキシトシンに対する特異性が向上したキメラ受容体を提供することを課題とする。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは、上記課題を解決するため鋭意検討した結果、V2Rの細胞外領域の一部をOXTRの細胞外領域に置換したキメラ受容体に、適切な変異を導入することによって、オキシトシン特異性を向上させることが可能であることを見出した。さらに、検討を進めることにより、本発明を完成させた。
【0018】
すなわち、本発明は、以下のとおりである。
[1](1)に記載されたアミノ酸のうち少なくとも1つか、もしくは(2)に記載する領域に、変異を有することを特徴とする、V2Rの細胞外領域の一部をOXTRの細胞外領域に置換したキメラ受容体。
(1)V90,M122,Y126,A295
(2)(210)ALMVF(214)
[2]変異が前記(1)に記載されたアミノ酸における点変異であることを特徴とする、[1]に記載の、V2Rの細胞外領域の一部をOXTRの細胞外領域に置換したキメラ受容体。
[3](3)に記載された点変異のうち少なくとも1つか、もしくは(4)に記載する変異を有することを特徴とする、[1]又は[2]に記載の、V2Rの細胞外領域の一部をOXTRの細胞外領域に置換したキメラ受容体;
(3)V90A,M122A,M122V,M122I,M122T,M122L,M122G,M122W,M122P,M122S,M122N,M122Q,M122E,M122R,M122K,M122H,M122F,M122Y,M122D,M122C,Y126F,Y126L,A295V
(4)(210)ALMVF(214)から(210)TLAVY(214)への変異
[4]以下に記載する点変異のうち、少なくとも1つを有することを特徴とする、[1]から[3]のいずれか1項に記載の、V2Rの細胞外領域の一部をOXTRの細胞外領域に置換したキメラ受容体;
M122A,M122V,M122T,M122L,M122G,M122S,M122C,A295V
[5]V2受容体の第一細胞外領域配列がオキシトシン受容体の第一細胞外領域配列へと置換されていることを特徴とする、[1]から[4]のいずれか1項に記載のキメラ受容体。[6]V2受容体の第一・第二・第三細胞外領域配列がオキシトシン受容体の第一・第二・第三細胞外領域配列へとそれぞれ置換されていることを特徴とする、[1]から[5]のいずれか1項に記載のキメラ受容体。
[7][1]から[6]のいずれか1項に記載の、V2Rの細胞外領域の一部をOXTRの細胞外領域に置換したキメラ受容体をコードするポリヌクレオチド。
[8][1]から[6]のいずれか1項に記載の、V2Rの細胞外領域の一部をOXTRの細胞外領域に置換したキメラ受容体を発現する動物細胞。
[9][8]に記載の動物細胞を含有する、オキシトシン測定キット。
[10]前記動物細胞がcAMPバイオセンサーを発現することを特徴とする、[9]に記載のオキシトシン測定キット。
[11](1)に記載されたアミノ酸のうち少なくとも1つか、もしくは(2)に記載する領域に変異を導入することを特徴とする、V2Rの細胞外領域の一部をOXTRの細胞外領域に置換したキメラ受容体のオキシトシン特異性向上方法;
(1)V90,M122,Y126,A295
(2)(210)ALMVF(214)
[12](3)に記載された点変異のうち少なくとも1つか、もしくは(4)に記載する変異を導入することを特徴とする、V2Rの細胞外領域の一部をOXTRの細胞外領域に置換したキメラ受容体のオキシトシン特異性を向上させ、かつ、オキシトシン反応性を向上させる方法;
(3)V90A,M122A,M122V,M122I,M122T,M122L,M122G,M122W,M122P,M122S,M122N,M122Q,M122E,M122R,M122K,M122H,M122F,M122Y,M122D,M122C,Y126F,Y126L,A295V
(4)(210)ALMVF(214)から(210)TLAVY(214)への変異
[13][11]または[12]に記載の変異に加え、以下のアミノ酸に変異を導入することを特徴とする、キメラ受容体のオキシトシン特異性を向上させ、かつ、オキシトシン反応性を向上させる方法;
A167L,L177V,A216I,A285T,L306A
【発明の効果】
【0019】
本発明の変異導入キメラ受容体は、変異導入前のキメラ受容体と比べ、オキシトシンに対する特異性が向上している。この特性により、オキシトシン特異的な測定に好適に用いることができる。
【図面の簡単な説明】
【0020】
図1図1は、本明細書実施例で用いているキメラ受容体OXTR(E123)-V2Rを示す模式図である。OXTR(E123)-V2Rでは、V2Rの第一、第二、第三細胞外領域(E1, E2, E3)配列がそれぞれOXTRの第一、第二、第三細胞外領域(E1, E2, E3)配列に置換されている。図中、V2Rに由来する部分は実線で、OXTRに由来する部分は点線で示されている。
図2図2は、本明細書実施例で用いているキメラ受容体OXTR(E123)-V2Rについて、配列の由来を示したものである。キメラ受容体OXTR(E123)-V2Rでは、第一、第二、第三細胞外領域(E1, E2, E3)配列がそれぞれOXTRの第一、第二、第三細胞外領域(E1, E2, E3)配列に置換されている。OXTRに由来する配列に下線が引かれている。
図3図3は、本明細書実施例で用いているキメラ受容体OXTR(E123)-V2Rについて、変異導入箇所を示したものである。OXTRに由来する配列に下線が引かれている。灰色の網掛けで囲まれたアルファベットが、実施例1にて変異を導入されたアミノ酸を示す。なお、変異導入箇所のうち、連続する「ALMVF」のみ、5アミノ酸が同時に置換された箇所である。その他の変異導入箇所については、たとえ連続するアミノ酸であっても、別個の点変異が導入されている。導入された点変異については、表1-1~表1-3に記載されている。
【発明を実施するための形態】
【0021】
本明細書において、「アミノ酸」とは、アミノ基とカルボキシル基を持つ有機化合物の総称である。特に限定されないが、例えばAla(A)、Arg(R)、Asn(N)、Asp(D)、Cys(C)、Gln(Q)、Glu(E)、Gly(G)、His(H)、Ile(I)、Leu(L)、Lys(K)、Met(M)、Phe(F)、Pro(P)、Ser(S)、Thr(T)、Trp(W)、Tyr(Y)、Val(V)を含む。上記アミノ酸はそれぞれ括弧内の英字1文字で表記されることもある。
【0022】
本明細書において、OXTRおよびV2Rの由来はヒトに限定されないが、由来について特に記載のない場合、OXTRおよびV2Rはヒト由来であることを意味する。本明細書において、OXTRおよびV2Rのアミノ酸配列は、NCBI(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/guide/)のデータベースに登録されているOXTRおよびV2Rアミノ酸配列であることとする。ヒト由来OXTR配列を配列番号1に、ヒト由来V2R配列を配列番号2に記載する。
【0023】
本明細書において、「V2Rの配列の一部がOXTRの配列へと置換される」とは、V2Rの2以上連続するアミノ酸配列が、対応するOXTRのアミノ酸配列に置換されていることを意味する。本明細書において、配列の一部がOXTRの配列へと置換されたV2Rのことを、単に「キメラ受容体」と表記することがある。
【0024】
本明細書において、「V2Rの細胞外領域配列」とは、NCBI(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/guide/)のデータベースに登録されているOXTRおよびV2Rの細胞膜貫通領域で分断されるアミノ酸配列区画の1,3,5,7番目であることとする。ただし、V2Rの2番目の細胞膜貫通領域は、OXTRおよびV2Rのアラインメントの結果、89番目のAlaまでとした。
【0025】
本明細書において、OXTRおよびV2Rの細胞膜貫通領域で分断されるアミノ酸配列区画の1番目、すなわちN末端から1番目の細胞外領域を、E1と表記することがある。同様に、OXTRおよびV2Rの細胞膜貫通領域で分断されるアミノ酸配列区画の3番目、すなわちN末端から2番目の細胞外領域をE2、細胞膜貫通領域で分断されるアミノ酸配列区画の5番目をE3と表記することがある。
【0026】
本明細書において、V2RのE1配列をOXTRのE1配列へと置換したキメラ受容体を、OXTR(E1)-V2Rと表記することがある。同様に、V2RのE1、E2、E3配列をそれぞれOXTRのE1、E2、E3配列へと置換したキメラ受容体を、OXTR(E123)-V2Rと表記することがある。また、本明細書において、細胞外領域のOXTR配列への置換以外に変異を有していないキメラ受容体のことを、「野生型キメラ受容体」と表記することがある。本明細書において、野生型キメラ受容体はOXTR(E123)-V2Rに限定されないが、配列の置換箇所について特に記載のない場合、OXTR(E123)-V2Rであることを意味する。OXTR(E123)-V2Rのアミノ酸配列を、配列番号3に示す。
【0027】
本明細書において、「変異を有する」とは、配列番号2に示すV2R受容体のアミノ酸配列が、アミノ酸の欠失、置換、挿入もしくは付加により、異なる配列となることを意味する。変異導入前後の配列を、当該技術分野で公知の方法に従って相同性が最も高くなるように整列させたとき、変異導入前後でアミノ酸配列が異なる部分を、変異箇所と定義する。アミノ酸配列を整列させるコンピュータプログラムとしてはNCBI(http://www.ncbi.nlm.nih.gov/)のBLASTが例示される。BLASTでアミノ酸配列を比較するときのAlgorithmには、Blastpが例示される。本明細書において、配列の一部がOXTRの配列へと置換されている以外の変異を有するキメラ受容体を、「変異型キメラ受容体」と表記することがある。
【0028】
本明細書において、アミノ酸配列に変異を有する箇所を、「M122」のようなアルファベット1文字、数字2文字ないし3文字の組み合わせで表記することがある。左端のアルファベット1文字は、変異導入箇所におけるアミノ酸残基を示す。数字2文字ないし3文字は、変異が導入されたキメラ受容体における当該アミノ酸残基の番号を示す。「M122」であれば、122番目のメチオニンに変異が導入されていることを表す。
【0029】
本明細書において、点変異したアミノ酸を、「M122V」のようなアルファベット1文字、数字2文字ないし3文字、アルファベット1文字の組み合わせで表記することがある。左端のアルファベット1文字は、変異導入箇所におけるアミノ酸残基を示す。中央の数字2文字ないし3文字は、変異が導入されたキメラ受容体における当該アミノ酸残基の番号を示す。右端のアルファベット1文字は変異した後のアミノ酸残基を示す。「M122V」であれば、122番目のメチオニンがバリンへと点変異していることを表す。
【0030】
本明細書において、複数のアミノ酸配列を、「(210)ALMVF(214)」のように、括弧内の数字、アルファベット文字列、括弧内の数字の組み合わせで表記することがある。このとき、左端の括弧内の数字は配列が開始するアミノ酸残基の番号を示す。アルファベット文字列は、当該配列のアミノ酸残基を示す。右端の括弧内の数字は配列が終了するアミノ酸残基の番号を示す。「(210)ALMVF(214)」であれば、210番目のアラニンで始まり、214番目のフェニルアラニンで終わる、アミノ酸配列ALMVFを示す。
【0031】
本明細書において、アミノ酸配列(210)ALMVF(214)を(210)TLAVY(214)と置換する変異を、「M1」ないし「M1変異」と表記することがある。なお、該当する部分の文脈から理解可能ではあるが、本明細書中で「M1」を「1番目のメチオニン」という意味で用いることはない。
【0032】
本明細書において「ポリヌクレオチド」とは、ヌクレオチドもしくは塩基、又はそれらの等価物が、複数結合した形態で構成されているものを含む。ヌクレオチド及び塩基は、DNA塩基又はRNA塩基を含む。上記の等価物は、例えばDNA塩基又はRNA塩基がメチル化等の化学修飾を受けているもの、又はヌクレオチドアナログを含む。ヌクレオチドアナログは、非天然のヌクレオチドを含む。
「DNA鎖」とは、DNA塩基又はそれらの等価物が2個以上連結した形態のことを表す。
「RNA鎖」とは、RNA塩基又はそれらの等価物が2個以上連結した形態のことを表す。
【0033】
本明細書において「ベクター」は、例えば大腸菌由来のプラスミド(例えばpBR322、pUC12、pET-Blue-2)、枯草菌由来のプラスミド(例えばpUB110、pTP5)、酵母由来プラスミド(例えばpSH19、pSH15)、動物細胞発現プラスミド(例えばpA1-11、pcDNAI/Neo)、λファージなどのバクテリオファージ、アデノウイルス、レトロウイルス、バキュロウイルスなどのウイルス由来のベクターなどを用いることができる。これらのベクターは、プロモーター、複製開始点、又は抗生物質耐性遺伝子など、タンパク質発現に必要な構成要素を含んでいてもよい。ベクターは発現ベクターであってもよい。
【0034】
本明細書において、「cAMPレベル」とは、各種野生型あるいは変異型キメラ受容体に起因して哺乳動物細胞内で産生されるcAMP量を意味し、以下に記載の方法で測定した際のRLUと定義する。
【0035】
[使用動物細胞]ヒト胎児腎細胞由来細胞株(HEK293細胞)(ECACC[European Collection of Authenticated Cell Cultures]より入手、Cat no. 85120602)。
【0036】
[使用ベクター]GloSensor cAMP、すなわち、ホタルルシフェラーゼ(firefly luciferase)の359~544番目のアミノ酸残基と、プロテインキナーゼA(PKA)の制御サブユニットのcAMP結合領域と、ホタルルシフェラーゼの4~355番目のアミノ酸残基とを含むタンパク質が発現するプラスミドベクター(pGloSensor-22F、Promega社製)と、野生型ヒトV2Rを発現するベクターpYS_CMV_V2R_Puro。なお、以下に記載の方法において、pYS_CMV_V2R_Puroの代わりに、適宜キメラ受容体が発現するpYS_CMVベクターを用いることもある。
【0037】
[細胞調製法]
〔1〕1.5×10個のHEK293細胞を10%FBS含有D-MEM培地に播種し、24時間培養する。
〔2〕pGloSenso-22FとpYS_CMV_OXTR(E123)-V2R_Puroを、PEI MAX(Polyscience社製)を用いて1:4の比率で混合、20分静置した後、HEK293細胞に添加してトランスフェクションする。
〔3〕トランスフェクションされた細胞を24時間培養した後、受容体刺激物質(例えばオキシトシンやオキシトシンを含む検体)の添加により発光強度の増加が見られるものを選抜する。
【0038】
[活性測定条件]
〔1〕細胞を24時間培養した後、細胞を回収、インキュベート用液に6.0×10cells/mLとなるよう置換し、96ウェルハーフエリアホワイトプレート(Corning社製)に26μLずつ分注する。8mM D-Luciferin(OZBIOSCIENCES社製、10mM HEPES-KOH, pH7.5で溶解)を10μLずつ加え、室温で2時間平衡化処理を行う。
〔2〕オキシトシンを添加し、20分間インキュベーションした後、ルミノメーターを用いてRLUを測定する。測定されたRLUを、cAMPレベルと定義する。
【0039】
なお、本明細書におけるcAMPレベルの測定法は、上記測定法と同等性が担保される範囲内で、適宜改変することもできる。
【0040】
本明細書において、「受容体活性化レベル」とは、オキシトシンやAVPに対する野生型あるいは変異型キメラ受容体の応答性を意味し、哺乳動物細胞中のオキシトシンやAVP非添加条件のRLUに対する、オキシトシンやAVP存在下におけるcAMPレベルの比(Fold change)によって定義される。
【0041】
本明細書において、「シグナル/ノイズ比」及び「S/N比」、「S/N ratio」とは、前記cAMPレベル測定法に従い野生型あるいは変異型キメラ受容体を一過性発現する株において、オキシトシンやAVPを添加したときの、受容体活性化レベルを意味する。ある濃度X(pg/mL)のオキシトシンやAVPを添加したときの受容体活性化レベルをX(pg/mL)におけるS/N比と定義する。
【0042】
本明細書において、特定濃度におけるオキシトシン又はAVPに対するS/N比を表す文言として、「反応性」を用いることがある。「反応性」という文言を用いるときに、オキシトシン又はAVPの濃度について特に言及がない場合、オキシトシン又はAVP 100(pg/mL)における反応性を意味する。本明細書において、「反応性が向上する」とは、S/N比値が増大することを意味する。
【0043】
本明細書において、受容体の「特異性」又は「オキシトシン特異性」とは、特定濃度のオキシトシンに対する反応性と、同一濃度のAVPに対する反応性の商((OXTに対するS/N比)/(AVPに対するS/N比);OXT/AVP ratio;OXT/AVP比)を意味する。オキシトシン又はAVPの濃度について特に言及がない場合、オキシトシン又はAVP 100(pg/mL)における特異性を意味する。「特異性が向上する」とは、当該数値が増大することを意味する。
【0044】
本明細書において「cAMPバイオセンサー」とは、哺乳動物細胞中のcAMPの産生量及び/又は濃度に依存し、可視化(イメージング)及び/又は定量可能な、自身に由来する指標(例えば、酵素活性レベル、発色レベル、発光[蛍光]レベル)が変化するタンパク質を意味する。上記cAMPバイオセンサーは、通常、cAMP結合領域を有し、かかるcAMP結合領域にcAMPが結合することにより、cAMPバイオセンサーの立体構造が変化し、不活性化状態から活性化状態への変化、不可視化状態から可視化状態への変化等のアロステリックな効果を有する。
【0045】
本発明の一態様は、(1)V90,M122,Y126,A295の少なくとも1つか、(2)(210)ALMVF(214)に変異を有することを特徴とする、V2Rの細胞外領域の一部をOXTRの細胞外領域に置換したキメラ受容体である。
【0046】
本発明の変異型キメラ受容体は、OXT/AVP比が向上している。当該変異型キメラ受容体は、オキシトシン特異的に受容体活性化レベルを測定できるため、好適にオキシトシンの測定に用いることができる。
【0047】
本発明に係る変異は、オキシトシンの測定に利用できる限りにおいて、アミノ酸の欠失、置換、挿入もしくは付加のいずれでも良い。受容体の機能保持の観点から、前記(1)の変異は1~10アミノ酸からなるアミノ酸配列との置換が好ましく、1~5アミノ酸からなるアミノ酸配列との置換がより好ましく、1アミノ酸置換(点変異)であることがより好ましい。前記(2)の変異も、同じアミノ酸数である5アミノ酸置換が好ましい。また、本発明に係る変異は、オキシトシンの測定に利用できる限りにおいて、複数個所に変異が導入されていてもよい。
【0048】
本発明のキメラ受容体は、OXT/AVP比が0.2(野生型キメラ受容体の2倍)以上に向上することが後述の実施例にて実証されていることから、(3)V90A,M122A,M122V,M122I,M122T,M122L,M122G,M122W,M122P,M122S,M122N,M122Q,M122E,M122R,M122K,M122H,M122F,M122Y,M122D,M122C,Y126F,Y126L,A295Vのうち少なくとも1つの点変異か、もしくは(4)(210)ALMVF(214)から(210)TLAVY(214)への変異のうち、少なくとも1つの変異を有していることがより好ましい。但し、上記に記載した特定の変異以外の、同一箇所の変異であっても、キメラ受容体の特異性が向上する蓋然性が高いことは、後述の実施例3によって示唆されている。
【0049】
中でも、OXT/AVP比が0.5(野生型キメラ受容体の5倍)以上に向上することが後述の実施例にて実証されていることから、M122A,M122V,M122T,M122L,M122G,M122W,M122P,M122S,M122N,M122Q,M122E,M122R,M122K,M122H,M122F,M122Y,M122D,M122C,Y126Lのうち少なくとも1つの点変異を有していることがより好ましい。OXT/AVP比が1.0(野生型キメラ受容体の10倍)以上に向上することが後述の実施例にて実証されていることから、M122A,M122T,M122G,M122P,M122S,M122N,M122E,M122Y,M122C,Y126Lのうち少なくとも1つの点変異を有していることがより好ましい。OXT/AVP比が2.0(野生型キメラ受容体の20倍)以上に向上することが後述の実施例にて実証されていることから、M122A,M122G,M122P,M122S,M122N,M122C,Y126Lのうち少なくとも1つの点変異を有していることがより好ましい。
【0050】
本発明のキメラ受容体は、変異型キメラ受容体のOXT/AVP比が0.2(野生型キメラ受容体の2倍)以上に向上し、かつ、オキシトシン反応性が野生型キメラ受容体と比較して向上している(具体的には、オキシトシン100(pg/mL)におけるS/N比が野生型キメラ受容体の1.2倍以上に向上している)ことが実証されているという点から、少なくともM122A,M122V,M122T,M122L,M122G,M122S,M122C,A295Vのうちいずれか1つの点変異を有していることがより好ましい。
【0051】
さらに、本発明のキメラ受容体は、野生型キメラ受容体よりも高いオキシトシン反応性(具体的にはオキシトシン100(pg/mL)におけるS/N比が野生型キメラ受容体の5.0倍以上)で、かつOXT/AVP比が向上している(具体的にはOXT/AVP比が0.5以上に向上している)ことが実証されているという点から、M122A,M122V,M122T,M122L,M122Cのいずれかの点変異を有することがより好ましい。中でも、野生型キメラ受容体よりも非常に高いオキシトシン反応性(具体的にはS/N比が7.0倍以上)を有し、かつAVPよりもオキシトシン優位な反応性(OXT/AVP ratioが1.5以上)を有することが実証されているという点から、M122A,M122V,M122Tのいずれかの点変異を有することがより好ましい。
【0052】
本発明に用いることができるOXTRおよびV2Rは、オキシトシンなどの測定対象に反応を示す限りにおいて、その由来に制限はない。動物細胞にて発現した際にヒトのOXTRおよびV2Rと近い反応性を示すことから、マウス、ラット、ハムスター、モルモット等のげっ歯類、ウサギ等のウサギ目、ブタ、ウシ、ヤギ、ウマ、ヒツジ等の有蹄目、イヌ、ネコ等のネコ目、ヒト、サル、アカゲザル、カニクイザル、マーモセット、オランウータン、チンパンジーなどの霊長類等由来の細胞を例示することができる。中でも、生体内のオキシトシンなどのリガンドに対する受容体活性を比較的よく反映できる点から、ヒトOXTR及びヒトV2Rであることがより好ましい。
【0053】
本発明の変異型キメラ受容体は、これまで記載した変異の他に、OXTR活性の顕著な低下やS/N比の顕著な低下を引き起こさない範囲内で、さらにアミノ酸配列を欠失、置換、挿入もしくは付加する変異を有していても良い。一般に、特に活性と直接的に関与しない部位において、1もしくは数個のアミノ酸残基の欠失、付加、挿入、又は他のアミノ酸による置換を受けたポリペプチドが、その生物学的活性を維持しうる(Mark et al., Proc Natl Acad Sci U S A.1984 Sep;81(18):5662-5666.、Zoller et al., Nucleic Acids Res. 1982 Oct 25;10(20):6487-6500.、Wang et al., Science. 1984 Jun 29;224(4656):1431-1433.)ことが知られている。
【0054】
本発明の変異型キメラ受容体は、A167,L177,A216,A285,L306に変異を有していてもよく、中でもA167L,L177V,A216I,A285T,L306Aの点変異を有していてもよい。後述の実施例2の結果より、上記の変異により、本発明のキメラ受容体におけるオキシトシン反応性が向上することが期待される。実施例4の結果より、これらの変異を導入しても、本発明のキメラ受容体におけるオキシトシン特異性向上効果は悪影響を受けない蓋然性が高いことが示唆されている。
【0055】
本発明の実施形態に係る変異型キメラ受容体は、そのアミノ酸配列中のいずれかのアミノ酸が化学修飾を受けていてもよい。そのような場合でも、本発明の実施形態に係るキメラ受容体は、特定のアミノ酸配列を含むといえる。一般的に、タンパク質に含まれるアミノ酸が生体内で受ける化学修飾としては、例えばN末端修飾(例えば、アセチル化 、ミリストイル化等)、C末端修飾(例えば、アミド化、グリコシルホスファチジルイノシトール付加等)、又は側鎖修飾(例えば、リン酸化、糖鎖付加等)等が知られている。
【0056】
本発明の一態様は、前記キメラ受容体をコードするポリヌクレオチドである。本発明の一態様は、前記変異型キメラ受容体を発現する、動物細胞である。
【0057】
本発明の一態様であるポリヌクレオチドは、DNA/RNA合成装置を用いて合成可能である。その他、DNA塩基又はRNA塩基合成の受託会社(例えば、インビトロジェン社やタカラバイオ社等)から購入することもできる。本発明のポリヌクレオチド配列は、本発明の変異型キメラ受容体のアミノ酸配列と、遺伝暗号表から、適宜設計することができる。
【0058】
前記ポリヌクレオチドを含むベクターは、一般に知られている分子生物学的手法によって調製することができ、その調製方法として、例えばTAクローニング法、平滑末端クローニング法、ライゲーション法、In-fusionクローニング法、Gatewayクローニング法、アッセンブリ―法等が例示される。
【0059】
本発明の一態様である動物細胞は、前記ベクターの導入により、前記変異型キメラ受容体が一過的(transient)又は安定的(stable)に発現する動物細胞であればよい。使用される細胞株に特に限定は無いが、購入や実験のし易さの点から、ヒト胎児腎細胞由来細胞株[HEK293細胞、HEK293T細胞等]、チャイニーズハムスター卵巣由来細胞株[CHO細胞]、ヒト骨肉腫細胞株[U2OS細胞]が好ましく、中でも遺伝子導入効率や安定増殖の点からヒト胎児腎細胞由来細胞株[HEK293細胞、HEK293T細胞等]、チャイニーズハムスター卵巣由来細胞株[CHO細胞]がより好ましい。
【0060】
本発明の動物細胞は、この分野で一般的に用いられている遺伝子工学的手法により作製することができる。例えば、プロモーター(例えば、サイトメガロウイルス[CMV]のIE[immediate early]遺伝子のプロモーター、SV40[Simian virus 40]の初期プロモーター、レトロウイルスのプロモーター、メタロチオネインプロモーター、ヒートショックプロモーター、SRαプロモーター、NFATプロモーター、HIFプロモーター)と、かかるプロモーターの下流に作動可能に連結されているTSH受容体をコードする遺伝子を含むベクター(例えば、pcDNA3.1(+)、pcDM8、pAGE107、pAS3-3、pCDM8)を、エレクトロポレーション法、リン酸カルシウム法、リポフェクション法、DEAE(Diethylaminoethyl)デキストラン法、ウイルス感染法等の方法を用いて、哺乳動物細胞へ導入(トランスフェクション)することにより得ることができる。リガンドの測定に用いられるために、適宜キメラ受容体をコードする遺伝子以外の遺伝子が導入されていても良く、例えばcAMPバイオセンサーをコードする遺伝子が導入されていても良い。
【0061】
本発明に用いることのできるcAMPバイオセンサーとしては、例えば、cAMP結合領域(例えば、プロテインキナーゼA[PKA]の制御サブユニット由来のcAMP結合領域、Epac1由来のcAMP結合領域)を含むレポータータンパク質(例えば、HRP[horseradish peroxidase];アルカリホスファターゼ;β-D-ガラクトシダーゼ;緑色発光ルシフェラーゼ[SLG]、橙色発光ルシフェラーゼ[SLO]、赤色発光ルシフェラーゼ[SLR]等のルシフェラーゼ;緑色蛍光タンパク質[GFP]、赤色蛍光タンパク質[DsRed]、シアン色蛍光タンパク質[CFP]等の蛍光タンパク質)を挙げることができ、具体的には、PKAの制御サブユニット由来のcAMP結合領域を含むルシフェラーゼであるGloSensor cAMP(Promega社製)や、Epac1由来のcAMP結合領域を含む赤色蛍光タンパク質であるPink Flamindo(Pink Fluorescent cAMP indicator)(文献「Harada K., et al., Sci Rep. 2017 Aug 4;7(1):7351. doi: 10.1038/s41598-017-07820-6.」参照)を挙げることができ、本実施例において、その効果が実証されているため、GloSensor cAMP(Promega社製)が好ましい。
【0062】
本発明の一態様は、前記変異型キメラ受容体を発現する動物細胞を含む、オキシトシンの測定キットである。
【0063】
本発明の一態様であるオキシトシン測定キットは、常用されている試薬を適宜用いることができる。一例として、動物細胞液、発光基質液、反応プレート、標準液、希釈液のようなキット構成が考えられる。
【0064】
本発明の一態様は、(1)に記載されたアミノ酸のうち少なくとも1つか、もしくは(2)に記載する領域に変異を導入することを特徴とする、V2Rの細胞外領域の一部をOXTRの細胞外領域に置換したキメラ受容体のオキシトシン特異性向上方法である。
(1)V90,M122,Y126,A295
(2)(210)ALMVF(214)
【0065】
本発明の一態様は、(3)に記載された点変異のうち少なくとも1つか、もしくは(4)に記載する変異を導入することを特徴とする、V2Rの細胞外領域の一部をOXTRの細胞外領域に置換したキメラ受容体のオキシトシン特異性を向上させ、かつ、オキシトシン反応性を向上させる方法である。
(3)V90A,M122A,M122V,M122I,M122T,M122L,M122G,M122W,M122P,M122S,M122N,M122Q,M122E,M122R,M122K,M122H,M122F,M122Y,M122D,M122C,Y126F,Y126L,A295V
(4)(210)ALMVF(214)から(210)TLAVY(214)への変異
【0066】
本発明の一態様は、前記(1)~(4)に記載の変異のいずれかに加え、A167L,L177V,A216I,A285T,L306Aのいずれかの点変異を導入することを特徴とする、キメラ受容体のオキシトシン特異性を向上させ、かつ、オキシトシン反応性を向上させる方法である。
【0067】
以下、実施例により本発明をより具体的に説明するが、本発明の技術的範囲はこれらの例示に限定されるものではない。
【実施例
【0068】
実施例1.変異型キメラ受容体の調製
以下に示す方法に従い、野生型キメラ受容体を元に、変異型キメラ受容体を調製した。
【0069】
1-1.点変異の設計
V2Rの細胞外領域をOXTRの細胞外領域に置換したキメラ受容体OXTR(E123)-V2Rに対して、以下の変異導入検討を実施した。
【0070】
野生型キメラ受容体OXTR(E123)-V2Rのタンパク質構造を、図1に模式的に示す。当該タンパク質のアミノ酸配列について、配列番号3及び図2に示す。図2において、下線部で示すアミノ酸配列はOXTR由来の配列を、特に下線部のない配列はV2R由来の配列を表している。
【0071】
キメラ受容体OXTR(E123)-V2Rへ導入した変異の箇所を、図3に示す。網掛けが変異点の位置を表す。なお、(210)ALMVF(214)の変異は、後述するようにキメラ受容体OXTR(E123)-V2Rの(210)ALMVF(214)配列を(210)TLAVY(214)配列に置換したものである。上記以外の変異点については、いずれも点変異であり、連続する2アミノ酸以上を置換等した変異は含まれない。変異後のアミノ酸については、後述の表1-1~表1-3に記載する。
【0072】
1-2.変異キメラ受容体の発現ベクター調製
1-1.及び後述の表1-1~表1-3に記載した変異に対応するよう、変異点に相当するヌクレオチドを挟んで3’側と5’側に20~30merの人工プライマーを設計し、キメラ受容体OXTR(E123)-V2Rの3’側プライマーと変異導入するための1~5塩基を追加した5’側プライマーと、キメラ受容体OXTR(E123)-V2Rを発現するベクターpYS_CMV_OXTR(E123)-V2R_Puro用いて、東洋紡社KOD-plus-Mutagenesis Kit(Code No. SMK-101)によるinversePCR法で、OXTR(E123)-V2R配列への点変異導入を行った。点変異導入プラスミドを形質転換した大腸菌シングルコロニーからプラスミドを精製、シーケンス解析により点変異の導入を確認した。
【0073】
1-3.キメラ受容体一過性発現細胞株の取得
1.5×10個のヒト胎児腎細胞由来細胞株(HEK293細胞)(ECACC[European Collection of Authenticated Cell Cultures]より入手、Cat no. 85120602)を、10%FBS含有D-MEM培地とともに6ウェルマルチプレートに播種し、24時間培養した。
1-2.にて取得した変異型キメラ受容体ベクター0.5μgと、ホタルルシフェラーゼ(firefly luciferase)の359~544番目のアミノ酸残基と、プロテインキナーゼA(PKA)の制御サブユニットのcAMP結合領域と、ホタルルシフェラーゼの4~355番目のアミノ酸残基とを含むタンパク質が発現するプラスミドベクター(pGloSensor-22F、Promega社製)1.5μgを、PEI MAX(Polyscience社製)と1:4の比率で混合、20分静置した後、HEK293細胞に添加してトランスフェクションした。上記操作によって、キメラ受容体を一過性発現する、HEK293細胞を取得した。
【0074】
変異型キメラ受容体の一過性発現株に対する対照として用いるため、1-2記載の野生型キメラ受容体の発現ベクターにより、野生型キメラ受容体一過性発現株も取得した。
【0075】
実施例2.変異型キメラ受容体のオキシトシンおよびAVPに対する活性測定
実施例1にて得られた、pGloSensor-22Fと、変異型キメラ受容体あるいは野生型キメラ受容体を一過性発現するHEK293細胞に、オキシトシンあるいはAVPを添加して、各変異型キメラ受容体のS/N比を測定した。
【0076】
測定法は以下の通りである。
[測定条件]
pGloSensor-22Fと、野生型キメラ受容体あるいは変異型キメラ受容体を一過性発現するHEK293細胞を24時間培養後、細胞を回収、インキュベート用液に6.0×10cells/mLとなるよう置換し、96ウェルハーフエリアホワイトプレート(Corning社製)に26μLずつ分注した。8mM D-Luciferin(OZBIOACIENCE社製、10mM HEPES-KOH, pH7.5で溶解)を10μLずつ加え、遮光して室温で2時間静置した。2時間後、オキシトシンあるいはAVPを0、0.1、1、10、100、1000、10000、100000pg/mLとなるよう添加、20分間インキュベーションした後のRLU値を96ウェルマルチプレートルミノメーター(Promega社製)で測定した。
【0077】
表1-1~表1-3に、野生型キメラ受容体OXTR(E123)-V2Rに導入した変異、各キメラ受容体のオキシトシンおよびAVPの各濃度におけるS/N比(Fold change)、オキシトシン100pg/mLにおける野生型キメラ受容体OXTR(E123)-V2RのS/N比に対する変異型キメラ受容体のS/N比の比率(/WT ratio)、各キメラ受容体のAVP100pg/mLにおけるS/N比に対するオキシトシン100pg/mLにおけるS/N比の比率(OXT/AVP ratio)を示す。
【0078】
【表1-1】
【0079】
【表1-2】
【0080】
【表1-3】
【0081】
V90A,M122V,Y126F,Y126L,M1,A295Vの変異を有する変異型キメラ受容体では、100pg/mLにおけるOXT/AVP ratioが0.20以上となった。野生型キメラ受容体(表中WT)の100pg/mLにおけるOXT/AVP ratioは0.10であるため、上記変異型キメラ受容体のOXT/AVP ratioは、野生型キメラ受容体と比較して明確に高い値を示している。
【0082】
上記OXT/AVP ratioが向上した変異型キメラ受容体の中でも、M122V,Y126Fの変異を有する変異型キメラ受容体では、100pg/mLにおけるOXT/AVP ratioが0.5以上となった。
【0083】
OXT/AVP ratio 0.20以上変異型キメラ受容体の内、M122V,Y126F,Y126L,A295Vの変異を有する変異型キメラ受容体において、オキシトシン反応性が野生型と同等以上であった。特に、A295V変異型キメラ受容体は野生型キメラ受容体と比較してオキシトシン反応性が約4.4倍、M122V変異型キメラ受容体はオキシトシン反応性が約10.6倍に向上していた。
【0084】
A167L,L177V,A216I,A285T,L306Aの変異を有するキメラ受容体は、100pg/mLにおけるオキシトシン特異性(OXT/AVP ratio)は野生型キメラ受容体(表中WT)と同等程度だったものの、100pg/mLにおけるオキシトシン反応性は野生型キメラ受容体(表中WT)の1.1倍以上であった。特にA285Tに変異を有するキメラ受容体は、オキシトシンに対する反応性が2.32倍に向上していた。
【0085】
Y126F,Y126Lに変異を有するキメラ受容体は、ともに100pg/mLにおけるOXT/AVP ratioが向上していた。それぞれの変異アミノ酸に注目すると、Y126Fでは126番目のTyr(Y)がPhe(F)に、Y126Lでは126番目のTyr(Y)がLeu(L)に置換されている。Phe(F)は芳香族含有側鎖を有するのに対し、Leu(L)は脂肪族側鎖を有することから、これら変異後のアミノ酸は性質を異にする。一方で、どちらの変異型キメラ受容体においてもOXT/AVP ratioが向上していることから、本実施例においてOXT/AVP ratioの向上が確認された変異点においては、変異後のアミノ酸の種類に関わらず、OXT/AVP ratioが向上する可能性が示唆された。
【0086】
実施例3.M122部位変異型キメラ受容体のオキシトシンおよびAVPに対する活性測定
実施例2で、Y126に点変異を有する2種類のキメラ受容体が、ともにオキシトシン特異性が向上していたことを受け、変異後のアミノ酸の種類による、オキシトシン特異性向上効果への影響を検討した。
【0087】
本実施例では、実施例2の結果より産業上有用であると思われたM122部位変異型キメラ受容体について、バリン以外のアミノ酸への置換による影響を検討した。具体的には、pGloSensor-22Fと、M122部位変異型キメラ受容体あるいは野生型キメラ受容体を一過性発現するHEK293細胞に、オキシトシンあるいはAVPを添加して、各M122部位変異型キメラ受容体のS/N比を測定した。
【0088】
測定法は、M122部位変異型キメラ受容体を用いる以外は実施例2と同様に行った。
【0089】
野生型キメラ受容体OXTR(E123)-V2Rの、オキシトシンおよびAVP100pg/mLにおける反応比(OXT/AVP ratio)を、表2-1~表2-2に示す。
【0090】
【表2-1】
【0091】
【表2-2】
【0092】
上記M122部位変異型キメラ受容体OXTR(E123)-V2Rにおいては、驚くべきことに、全ての変異型キメラ受容体において、OXT/AVP ratioが0.20以上であり、オキシトシン特異性が向上することが見いだされた。
【0093】
また、変異型キメラ受容体におけるオキシトシン反応性を測定したところ、M122V,M122A,M122L,M122T,M122G,M122S,M122Cでオキシトシン反応性が野生型キメラ受容体の1.2倍以上に向上していた。特に、M122A,M122V,M122T,M122L,M122Cは/WT ratioが5.0倍以上の高いオキシトシン反応性、かつ高いオキシトシン特異性(OXT/AVP ratioが0.5以上)を有していた。中でも、M122A、M122Tは/WT ratioが7.0倍以上の高いオキシトシン反応性、かつAVPよりもオキシトシン優位な反応性(OXT/AVP ratioが1.5以上)を有していた。
【0094】
M122部位変異型キメラ受容体OXTR(E123)-V2Rの全てにおいて、野生型キメラ受容体OXTR(E123)-V2Rよりもオキシトシン特異性が向上するという本実施例の結果からは、生体内のV2Rにおいて、オキシトシン及び/又はAVPとの結合性に関与するいくつかの重要なアミノ酸では、AVP受容体はAVPに対する特異性を高めるために分子進化し、オキシトシンに対する反応性を抑制するために最適化されている可能性が示唆される。本仮説に従えば、実施例2でオキシトシン特異性が向上した変異点については、いずれのアミノ酸変異であっても、オキシトシン特異性が向上する可能性が示唆される。
【0095】
実施例4.二重の変異を導入したキメラ受容体のオキシトシンおよびAVPに対する活性測定
実施例2でオキシトシン反応性向上に有効と思われた変異型キメラ受容体A285T、特異性向上に有効と思われた変異型キメラ受容体Y126Fについて、二重変異型キメラ受容体(Y126F/A285T)を作製し、二重の変異を導入することによる影響を検討した。
【0096】
具体的には、pGloSensor-22Fと、各変異型キメラ受容体あるいは野生型キメラ受容体を一過性発現するHEK293細胞に、オキシトシンあるいはAVPを添加して、各変異型キメラ受容体のS/N比を測定した。
【0097】
測定法は、単独変異Y126Fの変異型キメラ受容体、A285Tの変異型キメラ受容体、二重変異型キメラ受容体(Y126F/A285T)の各変異型キメラ受容体を用いる以外は実施例2と同様に行った。
【0098】
野生型キメラ受容体OXTR(E123)-V2Rの、オキシトシンおよびAVPの各濃度におけるS/N比(Fold change)に対する、各変異型キメラ受容体OXTR(E123)-V2Rの比率(/WT ratio)と、オキシトシンおよびAVP100pg/mLにおける反応比(OXT/AVP ratio)を、表3に示す。
【0099】
【表3】
【0100】
二重変異(Y126F/A285T)のキメラ受容体は、Y126Fのオキシトシン特異性向上と、A285Tのオキシトシン反応性向上の、両特性を有していた。
【0101】
本実施例の結果からは、異なる2種類の変異(例えば、オキシトシン特異性を向上させる変異と、オキシトシン反応性を向上させる変異)を組み合わせた場合、二重変異株においては、それぞれの変異によって奏される効果を併せ持つ(上記の例であればオキシトシン特異性とオキシトシン反応性がともに高い変異型受容体が取得される)蓋然性が高いことが示唆された。このことから、本発明のうち、オキシトシン特異性を高めるがオキシトシン反応性を高めない変異についても、オキシトシン反応性を高める変異と組み合わせることにより、オキシトシン特異性とオキシトシン反応性のどちらも高いキメラ受容体を取得できることが予想され、産業上有用であると考えられた。
【産業上の利用可能性】
【0102】
本発明は、オキシトシンの特異的な測定に資するものである。
図1
図2
図3
【配列表】
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