(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-09
(45)【発行日】2024-08-20
(54)【発明の名称】細胞のシスチン取り込み能力の評価方法、細胞のシスチン取り込み能力評価用キット、セレノシステインの定量方法及びセレノシステインの定量用キット
(51)【国際特許分類】
C12Q 1/02 20060101AFI20240813BHJP
G01N 21/78 20060101ALI20240813BHJP
G01N 21/64 20060101ALI20240813BHJP
G01N 33/68 20060101ALI20240813BHJP
【FI】
C12Q1/02
G01N21/78 C
G01N21/64 F
G01N33/68
(21)【出願番号】P 2021034870
(22)【出願日】2021-03-05
【審査請求日】2024-02-27
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】590005081
【氏名又は名称】株式会社同仁化学研究所
(74)【代理人】
【識別番号】100197642
【氏名又は名称】南瀬 透
(74)【代理人】
【識別番号】100219483
【氏名又は名称】宇野 智也
(74)【代理人】
【識別番号】100139262
【氏名又は名称】中嶋 和昭
(72)【発明者】
【氏名】石山 宗孝
(72)【発明者】
【氏名】大内 雄也
(72)【発明者】
【氏名】下村 隆
(72)【発明者】
【氏名】平川 哲央
【審査官】田ノ上 拓自
(56)【参考文献】
【文献】bioRxiv,2021年03月07日,p.1-5,doi: https://doi.org/10.1101/2021.03.05.434035
【文献】Chem. Commun.,2012年,Vol.48,p.8341-8343,DOI: 10.1039/c2cc33932c
【文献】THE JOURNAL OF BIOLOGICAL CHEMISTRY,1982年,Vol.257, No.10,p.5663-5670
【文献】Chemico-Biological Interactions,2009年,Vol.177,p.234-241,doi:10.1016/j.cbi.2008.09.008
【文献】Journal of Immunological Methods,2016年,Vol.438,p.51-58,http://dx.doi.org/10.1016/j.jim.2016.08.013
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12Q 1/00-3/00
G01N 21/78
G01N 21/64
G01N 33/68
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
細胞にセレノシスチンを接触させ、細胞に取り込ませる工程と、
前記細胞に取り込まれなかったセレノシスチンを洗浄除去する工程と、
前記細胞を破砕し、細胞質に含まれるセレノシスチンを定量する工程とを有する細胞のシスチン取り込み能力の評価方法
であり、
前記細胞質に含まれるセレノシスチンを定量する工程において、セレノシスチンとセレノシスチンをセレノシステインに還元する還元剤とを反応させセレノシステインを生成し、下記の式(1)で表される蛍光色素をpH5.5~6.5の条件下でセレノシステインと特異的に反応させ、蛍光強度を測定することによりセレノシスチンを定量することを特徴とする細胞のシスチン取り込み能力の評価方法。
【化1】
なお、上記の式(1)において、R
11
は、水素原子又は下記の式(2)で表される官能基を表し、R
12
は、水素原子又はメチル基を表し、
【化2】
上記の式(2)において、R
13
は、水素原子又はメチル基を表す。
【請求項2】
前記蛍光色素が下記の式で表されることを特徴とする請求項
1に記載の細胞のシスチン取り込み能力の評価方法。
【化3】
【請求項3】
前記還元剤が、トリス(カルボキシエチル)ホスフィンであることを特徴とする請求項
1又は2に記載の細胞のシスチン取り込み能力の評価方法。
【請求項4】
前記細胞質に含まれるセレノシスチンを定量する工程において、酢酸緩衝溶液、リン酸緩衝溶液、クエン酸緩衝溶液、MES緩衝溶液及びBis-Tris緩衝溶液のいずれかであるpH5.5~6.5の緩衝溶液中で、セレノシスチンを前記還元剤と反応させセレノシステインを生成し、前記蛍光色素をセレノシステインと特異的に反応させることを特徴とする請求項1から3のいずれか1項に記載の細胞のシスチン取り込み能力の評価方法。
【請求項5】
セレノシスチンをセレノシステインに還元する還元剤と、
下記の
式(1)で表される蛍光色素と、
pH5.5~6.5の緩衝溶液とを含む細胞のシスチン取り込み能力評価用キット。
【化4】
なお、上記の式(1)において、R
11
は、水素原子又は下記の式(2)で表される官能基を表し、R
12
は、水素原子又はメチル基を表し、
【化5】
上記の式(2)において、R
13
は、水素原子又はメチル基を表す。
【請求項6】
前記蛍光色素が下記の式で表されることを特徴とする請求項
5に記載の細胞のシスチン取り込み能力評価用キット。
【化6】
【請求項7】
前記還元剤が、トリス(カルボキシエチル)ホスフィンであることを特徴とする請求項
5又は6に記載の細胞のシスチン取り込み能力評価用キット。
【請求項8】
前記緩衝溶液が、酢酸緩衝溶液、リン酸緩衝溶液、クエン酸緩衝溶液、MES緩衝溶液及びBis-Tris緩衝溶液のいずれかであることを特徴とする請求項
5から
7のいずれか1項に記載の細胞のシスチン取り込み能力評価用キット。
【請求項9】
pH5.5~6.5の条件下で
下記の式(1)で表される蛍光色素とセレノシステインとを反応させ、蛍光強度を測定することにより
セレノシステインを定量す
るセレノシステインの定量方法。
【化7】
なお、上記の式(1)において、R
11
は、水素原子又は下記の式(2)で表される官能基を表し、R
12
は、水素原子又はメチル基を表し、
【化8】
上記の式(2)において、R
13
は、水素原子又はメチル基を表す。
【請求項10】
前記蛍光色素が下記の式で表されることを特徴とする請求項
9に記載のセレノシステインの定量方法。
【化9】
【請求項11】
酢酸緩衝溶液、リン酸緩衝溶液、クエン酸緩衝溶液、MES緩衝溶液及びBis-Tris緩衝溶液のいずれかの緩衝溶液を用い、pH5.5~6.5の条件とする、請求項9又は10に記載のセレノシステインの定量方法。
【請求項12】
下記の
式(1)で表される蛍光色素と、
pH5.5~6.5の緩衝溶液とを含むセレノシステインの定量用キット。
【化10】
なお、上記の式(1)において、R
11
は、水素原子又は下記の式(2)で表される官能基を表し、R
12
は、水素原子又はメチル基を表し、
【化11】
上記の式(2)において、R
13
は、水素原子又はメチル基を表す。
【請求項13】
前記蛍光色素が下記の式で表されることを特徴とする請求項
12に記載のセレノシステインの定量用キット。
【化12】
【請求項14】
前記緩衝溶液が、酢酸緩衝溶液、リン酸緩衝溶液、クエン酸緩衝溶液、MES緩衝溶液及びBis-Tris緩衝溶液のいずれかであることを特徴とする請求項
12又は13に記載のセレノシステインの定量用キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、新規な細胞のシスチン取り込み能力の評価方法、細胞のシスチン取り込み能力評価用キット、セレノシステインの定量方法及びセレノシステインの定量用キットに関する。
【背景技術】
【0002】
ほ乳類の細胞膜を介したアミノ酸輸送に関しては、1950年代頃から盛んに研究されるようになり、基質特異性やナトリウム依存性等を指標にいくつかのアミノ酸輸送系が同定された(非特許文献1参照)。このようなアミノ酸輸送系の担い手は、アミノ酸トランスポーターと総称される膜タンパク質であり、現在までに殆どのアミノ酸トランスポーター遺伝子が分子クローニングされている。アミノ酸トランスポーターの機能は、第一義的には細胞内外へのアミノ酸の輸送であるが、様々な生理機能に関連しているものも存在する。シスチントランスポーターもその一つであり、培養細胞系におけるシスチンの重要性の発見に伴い、Xc
-系と命名されたシスチン輸送系が同定され、酸化ストレスへの耐性、細胞外のレドックスバランスの維持、免疫細胞の活性化等への関与が明らかにされると共に、脳腫瘍等のがん治療の標的分子としても注目されている(非特許文献2参照)。
【0003】
シスチントランスポーターの活性や、特定の化合物のシスチントランスポーター阻害活性の評価のためには、シスチントランスポーターを介した細胞内へのシスチンの取り込み能力の評価が重要である。従来提案されている細胞内へのシスチンの取り込み能力の評価方法としては、例えば、蛍光標識したシスチン誘導体又は放射性同位体標識したシスチンを使用する方法(特許文献1参照)、安定同位体標識したシスチンを用いる方法(非特許文献3参照)、シスチントランスポーターがシスチンを取り込む際に放出されるグルタミン酸を定量する方法(非特許文献4参照)が挙げられる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【非特許文献】
【0005】
【文献】「Role of amino acid transport and countertransport in nutrition and metabolism」 H. N. Christensen: Physiological Reviews, Vol. 70, p.43-77 (1990)
【文献】「シスチン・グルタミン酸トランスポーター(Xc-系)-細胞へのシスチン取り込みを介した酸化ストレス防御機能と新たな展開-」佐藤英世、化学と生物、第50巻、第5号、p.316-318(2012年)
【文献】「Novel mouse model for evaluating in vivo efficacy of xCT inhibitor」 Yoshioka, R.; Fujieda, Y.; Suzuki, Y.; Kanno, O.; Nagahira, A.; Honda, T.; Murakawa, M.; Yukiura, H. J. Pharmacol. Sci. 2019, 140, 242-247.
【文献】「High cell density increases glioblastoma cell viability under glucose deprivation via degradation of the cystine/glutamate transporter xCT (SLC7A11)」 Yamaguchi, I.; Yoshimura S.H.; Katoh, H. J. Biol. Chem. 2020, 295, 6936-6945.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、蛍光標識したシスチン誘導体のシスチントランスポーターを介した細胞内への取り込みは、蛍光標識により影響を受けるという問題がある。放射性同位体標識は、シスチントランスポーターを介した細胞内への取り込みに影響を与えないが、放射性同位体の使用には規制が存在すること及び操作が煩雑であるという問題がある。安定同位体標識は、高価な質量分析装置が必要であるうえ、解析が非常に困難であるという問題がある。シスチンの取り込みに伴い放出されるグルタミン酸の測定による方法は、間接的で正確さに欠けるという問題がある。
【0007】
本発明はかかる事情に鑑みてなされたもので、簡便な方法により、低コストで高精度に細胞のシスチン取り込み能力を評価することができる細胞のシスチン取り込み能力の評価方法及び同方法に好適に用いることができる細胞のシスチン取り込み能力評価用キットを提供することを目的とする。併せて、本発明は、セレノシステインの定量方法及びセレノシステインの定量用キットを提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
前記目的に沿う本発明の第1の態様は、細胞にセレノシスチンを接触させ、細胞に取り込ませる工程と、前記細胞に取り込まれなかったセレノシスチンを洗浄除去する工程と、前記細胞を破砕し、細胞質に含まれるセレノシスチンを定量する工程とを有する細胞のシスチン取り込み能力の評価方法を提供することにより上記課題を解決するものである。
【0009】
本発明の第1の態様に係る細胞のシスチン取り込み能力の評価方法において、前記細胞質に含まれるセレノシスチンを定量する工程において、セレノシスチンを還元剤と反応させセレノシステインを生成し、セレノシステインと特異的に反応して蛍光波長及び蛍光強度の一方又は双方が変化する蛍光色素とセレノシステインとを接触させ、或いはセレノシステインと特異的に反応して蛍光波長及び蛍光強度の一方又は双方が変化する条件下で蛍光色素とセレノシステインとを反応させ、蛍光強度を測定することによりセレノシスチンを定量することが好ましい。
【0010】
本発明の第1の態様に係る細胞のシスチン取り込み能力の評価方法において、前記細胞質に含まれるセレノシスチンを定量する工程において、下記の一般式(I)で表される蛍光色素をpH5.5~6.5の条件下でセレノシステインと特異的に反応させることが好ましい。
【0011】
【0012】
上記一般式(I)において、Aは、アクリロイル基又メタクリロイル基を表し、R2、R3、R4、R5、R6は、それぞれ独立して、水素原子、ヒドロキシル基、チオール基、ハロゲン原子、アミノ基、スルホンアミド基、アジド基、シアノ基、1又は複数の水素原子が他の原子又は官能基で置換されていてもよく、かつ炭素骨格中にアミノ基、カルボニル基、酸素原子及び硫黄原子の1又は複数を含んでいてもよい直鎖アルキル基、分岐鎖アルキル基、シクロアルキル基、アリール基及びヘテロアリール基からなる群より選択される原子又は原子団であり、
R2、R3、R4、R5及びR6のうち、隣り合う2つは、原子を共有し、O-A基がOH基に変換されることにより、蛍光波長及び蛍光強度の一方又は双方が変化する環状の蛍光基を形成している。
【0013】
本発明の第1の態様に係る細胞のシスチン取り込み能力の評価方法において、前記細胞質に含まれるセレノシスチンを定量する工程において、下記の式(1)で表される蛍光色素をpH5.5~6.5の条件下でセレノシステインと特異的に反応させることが好ましい。
【0014】
【0015】
なお、上記の式(1)において、R11は、水素原子又は下記の式(2)で表される官能基を表し、R12は、水素原子又はメチル基を表し、
【0016】
【0017】
上記の式(2)において、R13は、水素原子又はメチル基を表す。
【0018】
本発明の第1の態様に係る細胞のシスチン取り込み能力の評価方法において、前記蛍光色素が下記の式で表されることが好ましい。
【0019】
【0020】
本発明の第1の態様に係る細胞のシスチン取り込み能力の評価方法において、前記還元剤が、トリス(カルボキシエチル)ホスフィンであってもよい。
【0021】
本発明の第2の態様は、セレノシスチンをセレノシステインに還元する還元剤と、下記の一般式(I)で表される蛍光色素と、pH5.5~6.5の緩衝溶液とを含む細胞のシスチン取り込み能力評価用キットを提供することにより上記課題を解決するものである。
【0022】
【0023】
上記一般式(I)において、Aは、アクリロイル基又メタクリロイル基を表し、R2、R3、R4、R5、R6は、それぞれ独立して、水素原子、ヒドロキシル基、チオール基、ハロゲン原子、アミノ基、スルホンアミド基、アジド基、シアノ基、1又は複数の水素原子が他の原子又は官能基で置換されていてもよく、かつ炭素骨格中にアミノ基、カルボニル基、酸素原子及び硫黄原子の1又は複数を含んでいてもよい直鎖アルキル基、分岐鎖アルキル基、シクロアルキル基、アリール基及びヘテロアリール基からなる群より選択される原子又は原子団であり、R2、R3、R4、R5及びR6のうち、隣り合う2つは、原子を共有し、O-A基がOH基に変換されることにより、蛍光波長及び蛍光強度の一方又は双方が変化する環状の蛍光基を形成している。
【0024】
本発明の第2の態様に係る細胞のシスチン取り込み能力評価用キットにおいて、前記蛍光色素が下記の式(1)で表されるものであることが好ましい。
【0025】
【0026】
なお、上記の式(1)において、R11は、水素原子又は下記の式(2)で表される官能基を表し、R12は、水素原子又はメチル基を表し、
【0027】
【0028】
上記の式(2)において、R13は、水素原子又はメチル基を表す。
【0029】
本発明の第2の態様に係る細胞のシスチン取り込み能力評価用キットにおいて、前記蛍光色素が下記の式で表されることが好ましい。
【0030】
【0031】
本発明の第2の態様に係る細胞のシスチン取り込み能力評価用キットにおいて、前記還元剤が、トリス(カルボキシエチル)ホスフィンであってもよい。
【0032】
本発明の第2の態様に係る細胞のシスチン取り込み能力評価用キットにおいて、前記緩衝溶液が酢酸緩衝溶液、リン酸緩衝溶液、クエン酸緩衝溶液、MES緩衝溶液及びBis-Tris緩衝溶液のいずれかであってもよい。
【0033】
本発明の第3の態様は、セレノシステインと特異的に反応して蛍光波長及び蛍光強度の一方又は双方が変化する蛍光色素とセレノシステインとを接触させ、或いはセレノシステインと特異的に反応して蛍光波長及び蛍光強度の一方又は双方が変化する条件下で蛍光色素とセレノシステインとを反応させ、蛍光強度を測定することによりセレノシステインを定量する工程を有するセレノシステインの定量方法を提供することにより上記課題を解決するものである。
【0034】
本発明の第3の態様に係るセレノシステインの定量方法において、セレノシステインを定量する工程において、下記の一般式(I)で表される蛍光色素をpH5.5~6.5の条件下でセレノシステインと特異的に反応させることが好ましい。
【0035】
【0036】
上記一般式(I)において、Aは、アクリロイル基又メタクリロイル基を表し、R2、R3、R4、R5、R6は、それぞれ独立して、水素原子、ヒドロキシル基、チオール基、ハロゲン原子、アミノ基、スルホンアミド基、アジド基、シアノ基、1又は複数の水素原子が他の原子又は官能基で置換されていてもよく、かつ炭素骨格中にアミノ基、カルボニル基、酸素原子及び硫黄原子の1又は複数を含んでいてもよい直鎖アルキル基、分岐鎖アルキル基、シクロアルキル基、アリール基及びヘテロアリール基からなる群より選択される原子又は原子団であり、R2、R3、R4、R5及びR6のうち、隣り合う2つは、原子を共有し、O-A基がOH基に変換されることにより、蛍光波長及び蛍光強度の一方又は双方が変化する環状の蛍光基を形成している。
【0037】
本発明の第3の態様に係るセレノシステインの定量方法において、セレノシステインを定量する工程において、下記の式(1)で表される蛍光色素をpH5.5~6.5の条件下でセレノシステインと特異的に反応させることが好ましい。
【0038】
【0039】
なお、上記の式(1)において、R11は、水素原子又は下記の式(2)で表される官能基を表し、R12は、水素原子又はメチル基を表し、
【0040】
【0041】
上記の式(2)において、R13は、水素原子又はメチル基を表す。
【0042】
本発明の第3の態様に係るセレノシステインの定量方法において、前記蛍光色素が下記の式で表されることが好ましい。
【0043】
【0044】
本発明の第3の態様に係るセレノシステインの定量方法において、前記還元剤が、トリス(カルボキシエチル)ホスフィンであってもよい。
【0045】
本発明の第4の態様は、下記の一般式(I)で表される蛍光色素と、pH5.5~6.5の緩衝溶液とを含むセレノシステインの定量用キットを提供することにより上記課題を解決するものである。
【0046】
【0047】
上記一般式(I)において、Aは、アクリロイル基又メタクリロイル基を表し、R2、R3、R4、R5、R6は、それぞれ独立して、水素原子、ヒドロキシル基、チオール基、ハロゲン原子、アミノ基、スルホンアミド基、アジド基、シアノ基、1又は複数の水素原子が他の原子又は官能基で置換されていてもよく、かつ炭素骨格中にアミノ基、カルボニル基、酸素原子及び硫黄原子の1又は複数を含んでいてもよい直鎖アルキル基、分岐鎖アルキル基、シクロアルキル基、アリール基及びヘテロアリール基からなる群より選択される原子又は原子団であり、R2、R3、R4、R5及びR6のうち、隣り合う2つは、原子を共有し、O-A基がOH基に変換されることにより、蛍光波長及び蛍光強度の一方又は双方が変化する環状の蛍光基を形成している。
【0048】
本発明の第4の態様に係るセレノシステインの定量用キットにおいて、前記蛍光色素が下記の式(1)で表されるものであることが好ましい。
【0049】
【0050】
なお、上記の式(1)において、R11は、水素原子又は下記の式(2)で表される官能基を表し、R12は、水素原子又はメチル基を表し、
【0051】
【0052】
上記の式(2)において、R13は、水素原子又はメチル基を表す。
【0053】
本発明の第4の態様に係るセレノシステインの定量用キットにおいて、前記蛍光色素が下記の式で表されることが好ましい。
【0054】
【0055】
本発明の第4の態様に係るセレノシステインの定量用キットにおいて、前記還元剤が、トリス(カルボキシエチル)ホスフィンであってもよい。
【0056】
本発明の第4の態様に係るセレノシステインの定量用キットにおいて、前記緩衝溶液が酢酸緩衝溶液、リン酸緩衝溶液、クエン酸緩衝溶液、MES緩衝溶液及びBis-Tris緩衝溶液のいずれかであってもよい。
【発明の効果】
【0057】
セレノシスチンとシスチンについて、シスチントランスポーターを介した細胞への取り込み能力には差異がない。また、セレノシスチンの還元産物であるセレノシステインは、システインと化学的性質が異なるため、細胞質内に存在するシステインやグルタチオン等の妨害を受けることなく特異的に定量することが可能である。以上の特徴より、本発明によると、低コストで高精度に細胞のシスチン取り込み能力を評価することができる細胞のシスチン取り込み能力の評価方法が提供される。また、本発明によると、同方法に好適に用いることができる細胞のシスチン取り込み能力評価用キット、併せて、セレノシステインの定量方法及びセレノシステインの定量用キットが提供される。
【図面の簡単な説明】
【0058】
【発明を実施するための形態】
【0059】
本発明の第1の実施形態に係る細胞のシスチン取り込み能力の評価方法(以下、「細胞のシスチン取り込み能力の評価方法」又は「評価方法」と略称される場合がある。)は、細胞にセレノシスチンを接触させ、細胞に取り込ませる工程と、前記細胞に取り込まれなかったセレノシスチンを洗浄除去する工程と、前記細胞を破砕し、細胞質に含まれるセレノシスチンを定量する工程とを有している。
【0060】
評価方法における評価対象は、シスチントランスポーターを発現した任意の細胞であるが、その具体例として、A549(ヒト肺胞基底上皮腺ガン由来細胞)、HeLa(ヒト子宮頸ガン由来細胞)、HepG2(ヒト肝ガン由来細胞)、HL60(ヒト白血病細胞株)、MOLT-4(ヒト急性リンパ芽球性腫由来細胞)、U-251(悪性ヒト神経膠腫細胞株)、U-87 MG(ヒトグリア芽腫由来細胞)、BxPC-3(ヒト膵ガン由来細胞)、THP-1(ヒト急性単球性白血病由来細胞)、SK-MEL-30(ヒト皮膚ガン由来細胞)、EFO-21(ヒト卵巣嚢胞由来細胞)、GAMG(ヒト脳腫瘍由来細胞)、Karpas-707(ヒト多発性骨髄腫由来細胞)、OE-19(ヒト食道ガン由来細胞)、U266/70(ヒト多発性骨髄腫由来細胞)、RT4(ヒト膀胱上皮性乳頭腫由来細胞)、U-2 OS(ヒト骨肉腫由来細胞)等が挙げられる。
【0061】
まず、上述の細胞等の評価対象となる細胞にセレノシスチンを接触させ、細胞に取り込ませる。セレノシスチンを細胞へ取り込ませるための方法としては、例えば、シスチンを含まない培地や緩衝液(例えば、シスチン不含DMEM、HBSS、PBS等)にセレノシスチンを溶解した後、細胞に添加し、37℃のCO2インキュベーター内で5分~1時間程度静置する方法が挙げられる。
【0062】
細胞に取り込まれたセレノシスチンの定量を行う前に、細胞に取り込まれなかったセレノシスチンの除去を行う。除去の方法に特に制限はなく、例えば、セレノシスチンを含まない緩衝溶液、液体培地等により細胞を洗浄する方法等が挙げられる。
【0063】
次いで、細胞を破砕して細胞質を溶出させ、細胞質中に含まれるセレノシスチンの定量を行うことにより、セレノシスチンの取り込み能力の評価を行う。細胞の破砕を行う方法に特に制限はなく、任意の公知の方法を用いることができるが、例えば、アルコール、DMSO等の水溶性の有機溶媒あるいは界面活性剤を含む緩衝液を用いて細胞を溶解する方法が挙げられる。
【0064】
次いで、溶出した細胞質中のセレノシスチンの定量を行う。セレノシスチンの定量法の具体例としては、セレノシスチンを還元してセレノシステインを生成させ、セレノシステインと特異的に反応して蛍光発光する蛍光色素とセレノシステインとを接触させ、或いはセレノシステインと特異的に反応して蛍光発光する条件下で蛍光色素とセレノシステインとを反応させ、蛍光強度を測定することによりセレノシスチンを定量する方法が挙げられる。
【0065】
セレノシスチンの還元に使用する好ましい還元剤の具体例としては、臭気や毒性がなく、親水性及び安定性に優れる等の多くの利点を有するトリス(2-カルボキシエチル)ホスフィン(TCEP)が挙げられる。
【0066】
次いで、システインとの共存下であっても、セレノシステインと特異的に反応して蛍光波長及び蛍光強度の一方又は双方が変化する蛍光色素とセレノシステインとを接触させ、或いはシステインとの共存下であっても、セレノシステインと特異的に反応して蛍光波長及び蛍光強度の一方又は双方が変化する条件下で蛍光色素とセレノシステインとを反応させ、蛍光強度を測定することによりセレノシスチンを定量する。
【0067】
好ましい色素及び特異的反応の条件の一例としては、下記の一般式(I)で表される蛍光色素をpH5.5~6.5の条件下でセレノシステインと特異的に反応させることが挙げられる。
【0068】
【0069】
上記一般式(I)において、Aは、アクリロイル基又メタクリロイル基を表し、R2、R3、R4、R5、R6は、それぞれ独立して、水素原子、ヒドロキシル基、チオール基、ハロゲン原子、アミノ基、スルホンアミド基、アジド基、シアノ基、1又は複数の水素原子が他の原子又は官能基で置換されていてもよく、かつ炭素骨格中にアミノ基、カルボニル基、酸素原子及び硫黄原子の1又は複数を含んでいてもよい直鎖アルキル基、分岐鎖アルキル基、シクロアルキル基、アリール基及びヘテロアリール基からなる群より選択される原子又は原子団であり、R2、R3、R4、R5及びR6のうち、隣り合う2つは、原子を共有し、O-A基がOH基に変換されることにより、蛍光波長及び蛍光強度の一方又は双方が変化する環状の蛍光基を形成している。
【0070】
pH5.5~6.5の条件下でセレノシステインと特異的に反応する一般式(I)で表される色素の具体例としては、下記の式で表される蛍光色素が挙げられる。
【0071】
【0072】
特に好ましい蛍光色素としては、下記の式(1)で表されるものが挙げられる。
【0073】
【0074】
なお、上記の式(1)において、R11は、水素原子又は下記の式(2)で表される官能基を表し、R12は、水素原子又はメチル基を表し、
【0075】
【0076】
上記の式(2)において、R13は、水素原子又はメチル基を表す。
【0077】
蛍光色素とセレノシステインとの特異的な反応及びその反応機構は、例えば、上記の式(1)で表される蛍光色素の場合、下記の式で表される。
【0078】
【0079】
【0080】
好ましい緩衝溶液としては、酢酸緩衝溶液、リン酸緩衝溶液、クエン酸緩衝溶液、MES緩衝溶液及びBis-Tris緩衝溶液が挙げられる。
【0081】
本発明の第2の実施の形態に係る細胞のシスチン取り込み能力評価用キットは、セレノシスチンをセレノシステインに還元する還元剤と、下記の一般式(I)で表される蛍光色素と、pH5.5~6.5の緩衝溶液とを含んでいる。還元剤、蛍光色素、緩衝溶液の具体例については、上述の本発明の第1の実施の形態において説明したとおりであるので、詳細な説明を省略する。
【0082】
本発明の第3の実施の形態に係るセレノシステインの定量方法は、セレノシステインと特異的に反応して蛍光波長及び蛍光強度の一方又は双方が変化する蛍光色素とセレノシステインとを接触させ、或いはセレノシステインと特異的に反応して蛍光波長及び蛍光強度の一方又は双方が変化する条件下で蛍光色素とセレノシステインとを反応させ、蛍光強度を測定することによりセレノシステインを定量する工程を有している。各工程については、上述の本発明の第1の実施の形態において説明したとおりであるので、詳細な説明を省略する。
【実施例】
【0083】
次に、本発明の作用効果を確認するために行った実施例について説明する。
【0084】
実施例1:フルオレセインO,O’-ジアクリラート(FOdA)のセレノシスチンとの反応性検討
【0085】
フルオレセインO,O’-ジアクリラート(FOdA、10μM)を各バッファー(pH5及び5.5 100mM 酢酸バッファー、pH6及び6.5 100mM MESバッファー、pH7 100mM リン酸バッファー)中で、10μM セレノシスチン、10μM シスチン、20μMグルタチオンのいずれか、及びTCEP(200μM)と混合し、37℃で30分間静置した。その後、各溶液の蛍光強度をプレートリーダー(Infinite(登録商標)200 PRO、励起波長:485nm、蛍光波長:535nm)を用いて測定した。
【0086】
図1に示すように、FOdAはpH6及び6.5のバッファー中ではシスチンやグルタチオンとはほとんど反応せず、セレノシスチンと選択的に反応し、蛍光を発することが確認された。
【0087】
実施例2:セレノシスチンの細胞内取り込み能の検討
【0088】
HeLa細胞にDMEM(シスチン不含)を添加し、CO2インキュベーター内(37℃)で5分間静置した。上清を除去した後、各濃度のセレノシスチンを含むDMEM(シスチン不含)を添加し、CO2インキュベーター内(37℃)で30分間静置した。上清を除去し、PBSで3回洗浄した後、メタノールで細胞を溶解した。その後、10μM FOdA及び200μM TCEPを含むpH6 100mM MESを添加し、37℃で30分間静置した。その後、各溶液の蛍光強度をプレートリーダー(Infinite(登録商標)200 PRO、励起波長:485nm、蛍光波長:535nm)を用いて測定した。
【0089】
図2に示すように、細胞に添加するセレノシスチンの濃度に依存して、蛍光強度が増加することが確認された。この結果は、セレノシスチンが細胞内に取り込まれ、かつFOdAとTCEPを用いた反応によって細胞内に取り込まれたセレノシスチンを蛍光測定できることを示している。
【0090】
実施例3:シスチントランスポーター阻害剤によるセレノシスチンの取り込み阻害検討
【0091】
HeLa細胞にシスチントランスポーター阻害剤(スルファサラジンあるいはエラスチン)を含むDMEM(シスチン不含)を添加し、CO2インキュベーター内(37℃)で5分間静置した。その後、200μM セレノシスチンを含むDMEM(シスチン不含)を添加し、CO2インキュベーター内(37℃)で30分間静置した。上清を除去し、PBSで3回洗浄した後、メタノールで細胞を溶解した。その後、10μM FOdA及び200μM TCEPを含むpH6 100mM MESを添加し、37℃で30分間静置した。その後、各溶液の蛍光強度をプレートリーダー(Infinite(登録商標)200 PRO、励起波長:485nm、蛍光波長:535nm)を用いて測定した。
【0092】
結果を
図3に示す。シスチントランスポーター阻害剤を添加した細胞では蛍光が有意に低下したことから、セレノシスチンはシスチントランスポーターを介して取り込まれていることが確認された。
【0093】
また、
図4に示すように、この蛍光強度の低下からシスチントランスポーター阻害剤の濃度依存的な阻害活性を算出することが可能であった。