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特許7536404燃料電池制御プログラム及び燃料電池システム
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-09
(45)【発行日】2024-08-20
(54)【発明の名称】燃料電池制御プログラム及び燃料電池システム
(51)【国際特許分類】
   H01M 8/04992 20160101AFI20240813BHJP
   H01M 8/0444 20160101ALI20240813BHJP
   H01M 8/04858 20160101ALI20240813BHJP
   H01M 8/04828 20160101ALI20240813BHJP
   H01M 8/04746 20160101ALI20240813BHJP
   H01M 8/00 20160101ALI20240813BHJP
   H01M 8/10 20160101ALN20240813BHJP
【FI】
H01M8/04992
H01M8/0444
H01M8/04858
H01M8/04828
H01M8/04746
H01M8/00 A
H01M8/10 101
【請求項の数】 17
(21)【出願番号】P 2021070506
(22)【出願日】2021-04-19
(65)【公開番号】P2022165235
(43)【公開日】2022-10-31
【審査請求日】2023-06-22
(73)【特許権者】
【識別番号】000003609
【氏名又は名称】株式会社豊田中央研究所
(73)【特許権者】
【識別番号】000003207
【氏名又は名称】トヨタ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100110227
【弁理士】
【氏名又は名称】畠山 文夫
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 昌男
(72)【発明者】
【氏名】北野 直紀
(72)【発明者】
【氏名】今西 雅弘
【審査官】大内 俊彦
(56)【参考文献】
【文献】特開2012-54082(JP,A)
【文献】特開2013-101914(JP,A)
【文献】特開2018-22570(JP,A)
【文献】特開2007-103114(JP,A)
【文献】特開2019-125429(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01M 8/00-8/2495
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
コンピュータに以下の手順を実行させるための燃料電池制御プログラム。
(A)電解質膜内にラジカル生成イオン及びラジカル消去イオンを含む固体高分子形燃料電池の時刻tにおける運転条件φ(t)に基づいて、前記電解質膜内における前記ラジカル生成イオンの濃度分布Cg(z,t)及び前記ラジカル消去イオンの濃度分布Cs(z,t)(zは、前記電解質膜の膜厚方向位置)を推定し、これらをメモリに記憶させる手順A。
(B)時刻(t+Δt)における負荷指令p(t+Δt)を取得し、これを前記メモリに記憶させる手順B。
(C)前記負荷指令p(t+Δt)を実現することが可能な基準運転条件φref(t+Δt)を取得し、これを前記メモリに記憶させる手順C。
(D)前記Cg(z,t)及び/又は前記Cs(z,t)を含む判定指標f1(Cg(z,t),Cs(z,t))が第1閾値ε1を超えている(又は、前記ε1以上である)か否かを判断する手順D。
(E)前記手順Dにおいて前記f1(Cg(z,t)、Cs(z,t))が前記ε1を超えている(又は、前記ε1以上である)と判断された時は、前記φ(t+Δt)として前記φref(t+Δt)とは異なる運転条件であって、前記f1(Cg(z,t)、Cs(z,t))が前記ε1以下(又は、前記ε1未満)となるものを選択し、
前記手順Dにおいて前記f1(Cg(z,t)、Cs(z,t))が前記ε1を超えていない(又は、前記ε1以上でない)と判断された時は、前記φ(t+Δt)として前記φref(t+Δt)を選択する手順E。
【請求項2】
前記f1(Cg(z,t),Cs(z,t))は、次の式(1)~式(3)のいずれかで表される請求項1に記載の燃料電池制御プログラム。
【数1】
【請求項3】
前記手順Cの後、前記手順Dの前に、前記時刻(t+Δt)において前記φref(t+Δt)が実行されたと仮定した時の、前記時刻(t+Δt)における前記電解質膜内における前記ラジカル生成イオンの濃度分布Cg(z,t+Δt)及び前記ラジカル消去イオンの濃度分布Cs(z,t+Δt)を推定し、これらを前記メモリに記憶させる手順Gをさらに含み、
前記手順Dは、前記判定指標f1(Cg(z,t),Cs(z,t))に代えて、判定指標f1(Cg(z,t+Δt),Cs(z,t+Δt))が前記ε1を超えている(又は、前記ε1以上である)か否かを判断する手順を含む
請求項1又は2に記載の燃料電池制御プログラム。
【請求項4】
前記手順Eは、
(a)前記ラジカル消去イオンの移動速度が前記ラジカル生成イオンの移動速度より遅い場合において、前記φref(t+Δt)が実行されたと仮定した場合に比べて、電流低下速度の絶対値が小さくなるように前記時刻(t+Δt)における電流I(t+Δt)を設定する手順E11
(b)前記ラジカル消去イオンの移動速度が前記ラジカル生成イオンの移動速度より速い場合において、前記φref(t+Δt)が実行されたと仮定した場合に比べて、電流増加速度の絶対値が小さくなるように前記時刻(t+Δt)における電流I(t+Δt)を設定する手順E12
(c)前記ラジカル消去イオンの移動速度が前記ラジカル生成イオンの移動速度より遅い場合において、前記φref(t+Δt)が実行されたと仮定した場合に比べて、電圧低下速度の絶対値が小さくなるように前記時刻(t+Δt)における電圧V(t+Δt)を設定する手順E21、及び/又は、
(d)前記ラジカル消去イオンの移動速度が前記ラジカル生成イオンの移動速度より速い場合において、前記φref(t+Δt)が実行されたと仮定した場合に比べて、電圧増加速度の絶対値が小さくなるように前記時刻(t+Δt)における電圧V(t+Δt)を設定する手順E22
を含む請求項1から3までのいずれか1項に記載の燃料電池制御プログラム。
【請求項5】
前記手順E11及びE12は、それぞれ、次の式(4)を用いて前記I(t+Δt)を設定する手順を含む請求項4に記載の燃料電池制御プログラム。
【数2】
但し、
I(Cs(z,t),Cg(z,t))は、前記電解質膜のカソード側表面又はアノード側表面における前記ラジカル消去イオンの濃度又は前記ラジカル生成イオンの濃度に応じて定まる電流変化速度の絶対値の最小値、
ref(t+Δt)は、前記基準運転条件φref(t+Δt)に含まれる基準電流、
1は、制御定数であって、前記手順E11では正の実数、前記手順E12では負の実数。
【請求項6】
前記手順E21及びE22は、それぞれ、次の式(5)を用いて前記V(t+Δt)を設定する手順を含む請求項4又は5に記載の燃料電池制御プログラム。
【数3】
但し、
V(Cs(z,t),Cg(z,t))は、前記電解質膜のカソード側表面又はアノード側表面における前記ラジカル消去イオンの濃度又は前記ラジカル生成イオンの濃度に応じて定まる電圧変化速度の絶対値の最小値、
ref(t+Δt)は、前記基準運転条件φref(t+Δt)に含まれる基準電圧、
2は、制御定数であって、前記手順E21では負の実数、前記手順E22では正の実数。
【請求項7】
前記手順Eは、
(a)カソード側における前記ラジカル消去イオン又は前記ラジカル生成イオン濃度がアノード側におけるそれより高い場合において、前記時刻(t+Δt)におけるカソードガスの相対湿度RHca(t+Δt)として、前記φref(t+Δt)におけるそれよりも高い値を設定する手順E31
(b)前記アノード側における前記ラジカル消去イオン又は前記ラジカル生成イオンの濃度がカソード側におけるそれよりも高い場合において、前記時刻(t+Δt)における前記カソードガスの相対湿度RHca(t+Δt)として、前記φref(t+Δt)におけるそれよりも低い値を設定する手順E32
(c)前記カソード側における前記ラジカル消去イオン又は前記ラジカル生成イオン濃度が前記アノード側におけるそれより高い場合において、前記時刻(t+Δt)におけるアノードガスの相対湿度RHan(t+Δt)として、前記φref(t+Δt)におけるそれよりも低い値を設定する手順E41、及び/又は、
(d)前記アノード側における前記ラジカル消去イオン又は前記ラジカル生成イオンの濃度が前記カソード側におけるそれよりも高い場合において、前記時刻(t+Δt)における前記アノードガスの相対湿度RHan(t+Δt)として、前記φref(t+Δt)におけるそれよりも高い値を設定する手順E42
を含む請求項1から6までのいずれか1項に記載の燃料電池制御プログラム。
【請求項8】
前記手順E31及びE32は、それぞれ、次の式(6)を用いて前記RHca(t+Δt)を設定する手順を含む請求項7に記載の燃料電池制御プログラム。
【数4】
但し、
RH ca(Cs(z,t),Cg(z,t))は、前記電解質膜のカソード側表面又はアノード側表面における前記ラジカル消去イオンの濃度又は前記ラジカル生成イオンの濃度に応じて定まる前記カソード側の湿度の変化代、
RHca ref(t+Δt)は、前記基準運転条件φref(t+Δt)に含まれる前記カソードガスの基準相対湿度。
【請求項9】
前記手順E41及びE42は、それぞれ、次の式(7)を用いて前記RHan(t+Δt)を設定する手順を含む請求項7又は8に記載の燃料電池制御プログラム。
【数5】
但し、
RH an(Cs(z,t),Cg(z,t))は、前記電解質膜のカソード側表面又はアノード側表面における前記ラジカル消去イオンの濃度又は前記ラジカル生成イオンの濃度に応じて定まる前記アノード側の湿度の変化代、
RHan ref(t+Δt)は、前記基準運転条件φref(t+Δt)に含まれる前記アノードガスの基準相対湿度。
【請求項10】
前記手順Eは、
(a)カソード側における前記ラジカル消去イオン又は前記ラジカル生成イオンの濃度がアノード側のそれよりも高い場合において、前記時刻(t+Δt)におけるカソードガスの圧力Pca(t+Δt)として、前記φref(t+Δt)におけるそれよりも高い値を設定する手順E51
(b)前記アノード側における前記ラジカル消去イオン又は前記ラジカル生成イオンの濃度が前記カソード側におけるそれよりも高い場合において、前記時刻(t+Δt)における前記カソードガスの圧力Pca(t+Δt)として、前記φref(t+Δt)におけるそれよりも低い値を設定する手順E52
(c)前記カソード側における前記ラジカル消去イオン又は前記ラジカル生成イオンの濃度が前記アノード側のそれよりも高い場合において、前記時刻(t+Δt)におけるアノードガスの圧力Pca(t+Δt)として、前記φref(t+Δt)におけるそれよりも低い値を設定する手順E61、及び/又は、
(d)前記アノード側における前記ラジカル消去イオン又は前記ラジカル生成イオンの濃度が前記カソード側におけるそれよりも高い場合において、前記時刻(t+Δt)における前記アノードガスの圧力Pan(t+Δt)として、前記φref(t+Δt)におけるそれよりも高い値を設定する手順E62
を含む請求項1から9までのいずれか1項に記載の燃料電池制御プログラム。
【請求項11】
前記手順E51及びE52は、それぞれ、次の式(8)を用いて前記Pca(t+Δt)を設定する手順を含む請求項10に記載の燃料電池制御プログラム。
【数6】
但し、
P ca(Cs(z,t),Cg(z,t))は、前記電解質膜のカソード側表面又はアノード側の表面における前記ラジカル消去イオンの濃度又は前記ラジカル生成イオンの濃度に応じて定まる前記カソードガスの圧力の変化代、
ca ref(t+Δt)は、前記基準運転条件φref(t+Δt)に含まれる前記カソードガスの基準圧力。
【請求項12】
前記手順E61及びE62は、それぞれ、次の式(9)を用いて前記Pan(t+Δt)を設定する手順を含む請求項10又は11に記載の燃料電池制御プログラム。
【数7】
但し、
P an(Cs(z,t),Cg(z,t))は、前記電解質膜のカソード側表面又はアノード側の表面における前記ラジカル消去イオンの濃度又は前記ラジカル生成イオンの濃度に応じて定まる前記アノードガスの圧力の変化代、
an ref(t+Δt)は、前記基準運転条件φref(t+Δt)に含まれる前記アノードガスの基準圧力。
【請求項13】
前記手順Eは、
(a)カソード側における前記ラジカル消去イオン又は前記ラジカル生成イオンの濃度がアノード側におけるそれよりも高い場合において、前記時刻(t+Δt)におけるカソードガスの流量Qca(t+Δt)として、前記φref(t+Δt)におけるそれよりも少ない値を設定する手順E71
(b)前記アノード側における前記ラジカル消去イオン又は前記ラジカル生成イオンの濃度が前記カソード側におけるそれよりも高い場合において、前記時刻(t+Δt)における前記カソードガスの流量Qca(t+Δt)として、前記φref(t+Δt)におけるそれよりも多い値を設定する手順E72
(c)前記カソード側における前記ラジカル消去イオン又は前記ラジカル生成イオンの濃度が前記アノード側におけるそれよりも高い場合において、前記時刻(t+Δt)におけるアノードガスの流量Qan(t+Δt)として、前記φref(t+Δt)におけるそれよりも多い値を設定する手順E81、及び/又は、
(d)前記アノード側における前記ラジカル消去イオン又は前記ラジカル生成イオンの濃度が前記カソード側におけるそれよりも高い場合において、前記時刻(t+Δt)における前記アノードガスの流量Qan(t+Δt)として、前記φref(t+Δt)におけるそれよりも少ない値を設定する手順E82
を含む請求項1から12までのいずれか1項に記載の燃料電池制御プログラム。
【請求項14】
前記手順E71及びE72は、それぞれ、次の式(10)を用いて前記Qca(t+Δt)を設定する手順を含む請求項13に記載の燃料電池制御プログラム。
【数8】
但し、
Q ca(Cs(z,t),Cg(z,t))は、前記電解質膜のカソード側表面又はアノード側表面における前記ラジカル消去イオンの濃度又は前記ラジカル生成イオンの濃度に応じて定まる前記カソードガスの流量の変化代、
ca ref(t+Δt)は、前記基準運転条件φref(t+Δt)に含まれる前記カソードガスの基準流量。
【請求項15】
前記手順E81及びE82は、それぞれ、次の式(11)を用いて前記Qan(t+Δt)を設定する手順を含む請求項13又は14に記載の燃料電池制御プログラム。
【数9】
但し、
Q an(Cs(z,t),Cg(z,t))は、前記電解質膜のカソード側表面又はアノード側表面における前記ラジカル消去イオンの濃度又は前記ラジカル生成イオンの濃度に応じて定まる前記アノードガスの流量の変化代、
an ref(t+Δt)は、前記基準運転条件φref(t+Δt)に含まれる前記アノードガスの基準流量。
【請求項16】
前記手順Aは、
(a)金属イオン輸送方程式を用いて、前記Cg(z,t)及び前記Cs(z,t)を推定する手順、又は、
(b)予め作成された、時刻tにおける基準運転条件φref(t)と、前記φref(t)の定常状態(dC/dt=0)における前記ラジカル生成イオンの濃度Cg ref(z,t)及び前記ラジカル消去イオンの濃度Cs ref(z,t)との関係を表す第1マップ、及び、前記基準運転条件φref(t)と、金属イオン輸送の時定数τとの関係を表す第2マップを用いて、前記Cg(z,t)及び前記Cs(z,t)を推定する手順
を含む請求項1から15までのいずれか1項に記載の燃料電池制御プログラム。
【請求項17】
固体高分子形燃料電池と、
前記固体高分子形燃料電池で発電された余剰の電力を貯蔵する二次電池と、
前記固体高分子形燃料電池及び前記二次電池の動作を制御する制御装置と
を備え、
前記制御装置には、請求項1から16までのいずれか1項に記載の燃料電池制御プログラムが格納されている
燃料電池システム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、燃料電池制御プログラム及び燃料電池システムに関し、さらに詳しくは、ラジカルによる電解質の劣化を抑制することが可能な燃料電池制御プログラム、及び、これを備えた燃料電池システムに関する。
【背景技術】
【0002】
固体高分子形燃料電池は、電解質膜の両面に触媒層が接合された膜電極接合体(Membrane Electrode Assembly,MEA)を備えている。通常、触媒層の外側には、さらにガス拡散層が配置される。ガス拡散層の両面には、さらに、ガス流路を備えたセパレータ(集電体ともいう)が配置される。固体高分子形燃料電池は、通常、このようなMEA、ガス拡散層、及びセパレータを含む単セルが複数個積層された構造(燃料電池スタック)を備えている。
【0003】
固体高分子形燃料電池の作動中において、アノード触媒層内において過酸化水素が生成し、この過酸化水素がフェントン反応により・OHラジカルとなり、・OHラジカルがMEA内の電解質を劣化させることが知られている。電解質の劣化は、燃料電池の耐久性を低下させ、あるいは、燃料電池の発電性能を低下させる原因となる。そこでこの問題を解決するために、従来から種々の提案がなされている。
【0004】
例えば、特許文献1には、ラジカルによる電解質の劣化の抑制を目的とするものではないが、燃料電池に導入される燃料ガスの圧力と、燃料電池から排出される酸化剤ガスの圧力の差が所定値以上となる場合において、
(a)膜電極接合体の湿度が第1閾値以上である時には、水素ガスの圧力を低下させ、
(b)膜電極接合体の湿度が第1閾値未満である時には、空気の圧力を増加させる
燃料電池システムが開示されている。
【0005】
同文献には、
(A)アノード電極側の水素流路内の圧力と、カソード電極側の酸素流路内の圧力の差が大きい場合、この圧力差によりMEAが変形することがある点、
(B)MEAの変形を抑制するために、単に極間の圧力差を小さくすると、ドライアップ又はフラッディングが発生するおそれがある点、
(C)MEAの湿度が第1閾値以上である時に水素ガスの圧力を低下させると、極間の圧力差が低減されると同時に、水素ガスの飽和蒸気量が増加し、MEAの湿度が低下するためにフラッディングの発生を防止することができる点、及び、
(D)MEAの湿度が第1閾値未満である時に空気の圧力を増加させると、極間の圧力差が低減されると同時に、空気の飽和蒸気量が減少し、MEAの湿度が増加するためにドライアップの発生を防止することができる点
が記載されている。
【0006】
特許文献1に記載の方法を用いると、機械的応力に起因する電解質膜の劣化を抑制することができる。しかしながら、特許文献1に記載の方法では、ラジカルに起因する電解質の劣化を抑制することはできない。さらに、ラジカルに起因する電解質の劣化を抑制することが可能な燃料電池の制御方法が提案された例は、従来にはない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0007】
【文献】特開2016-126932号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0008】
本発明が解決しようとする課題は、運転条件の制御によってラジカルに起因する電解質膜の劣化を抑制することが可能な燃料電池制御プログラムを提供することにある。
また、本発明が解決しようとする他の課題は、このような燃料電池制御プログラムを備えた燃料電池システムを提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記課題を解決するために本発明に係る燃料電池制御プログラムは、コンピュータに以下の手順を実行させるためのものからなる。
(A)電解質膜内にラジカル生成イオン及びラジカル消去イオンを含む固体高分子形燃料電池の時刻tにおける運転条件φ(t)に基づいて、前記電解質膜内における前記ラジカル生成イオンの濃度分布Cg(z,t)及び前記ラジカル消去イオンの濃度分布Cs(z,t)(zは、前記電解質膜の膜厚方向位置)を推定し、これらをメモリに記憶させる手順A。
(B)時刻(t+Δt)における負荷指令p(t+Δt)を取得し、これを前記メモリに記憶させる手順B。
(C)前記負荷指令p(t+Δt)を実現することが可能な基準運転条件φref(t+Δt)を取得し、これを前記メモリに記憶させる手順C。
(D)前記Cg(z,t)及び/又は前記Cs(z,t)を含む判定指標f1(Cg(z,t),Cs(z,t))が第1閾値ε1を超えている(又は、前記ε1以上である)か否かを判断する手順D。
(E)前記手順Dにおいて前記f1(Cg(z,t)、Cs(z,t))が前記ε1を超えている(又は、前記ε1以上である)と判断された時は、前記φ(t+Δt)として前記φref(t+Δt)とは異なる運転条件であって、前記f1(Cg(z,t)、Cs(z,t))が前記ε1以下(又は、前記ε1未満)となるものを選択し、
前記手順Dにおいて前記f1(Cg(z,t)、Cs(z,t))が前記ε1を超えていない(又は、前記ε1以上でない)と判断された時は、前記φ(t+Δt)として前記φref(t+Δt)を選択する手順E。
【0010】
本発明に係る燃料電池システムは、
固体高分子形燃料電池と、
前記固体高分子形燃料電池で発電された余剰の電力を貯蔵する二次電池と、
前記固体高分子形燃料電池及び前記二次電池の動作を制御する制御装置と
を備え、
前記制御装置には、本発明に係る燃料電池制御プログラムが格納されている。
【発明の効果】
【0011】
本発明に係る燃料電池制御プログラムは、
(a)時刻tにおける電解質膜内のラジカル生成イオンの濃度分布Cg(z,t)及びラジカル消去イオンの濃度分布Cs(z,t)を逐次推定し(手順A)、
(b)運転条件の変更があった場合(すなわち、時刻(t+Δt)における負荷指令p(t+Δt)を取得した場合)において、変更された運転条件をそのまま実行した時にラジカル生成イオンが局所的に濃化した領域が生成するか否か(すなわち、判定指標f1(Cg(z,t),Cs(z,t))が第1閾値ε1を超えているか否か)を判断し(手順B~手順D)、
(c)ラジカル生成イオンが局所的に濃化した領域が生成する可能性が高いと判断された時は、負荷指令p(t+Δt)に基づいて決定される基準運転条件φref(t+Δt)とは異なる運転条件(すなわち、ラジカル生成イオンの局所的な濃化を軽減することが可能な運転条件)を選択する(手順E)。
【0012】
そのため、燃料電池の運転中において電解質膜内に発生する電位勾配、イオン勾配、湿度勾配などが変化しても、一時的にラジカル生成イオンが濃化した領域が形成されることに起因する電解質膜の劣化を抑制することができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】本発明に係る燃料電池制御プログラムのフローチャートである。
図2図2(A)は、電流密度の経時変化を示す図である。図2(B)は、イオン濃度比の膜直方向最大値の経時変化を示す図である。
図3図2(B)のA点における膜厚方向相対位置と金属イオン濃度相対比又はイオン濃度比との関係を示す図である。
図4図2(B)のB点における膜厚方向相対位置と金属イオン濃度相対比又はイオン濃度比との関係を示す図である。
【0014】
図5図2(B)のC点における膜厚方向相対位置と金属イオン濃度相対比又はイオン濃度比との関係を示す図である。
図6図2(B)のD点における膜厚方向相対位置と金属イオン濃度相対比又はイオン濃度比との関係を示す図である。
図7図2(B)のE点における膜厚方向相対位置と金属イオン濃度相対比又はイオン濃度比との関係を示す図である。
図8図2(B)のF点における膜厚方向相対位置と金属イオン濃度相対比又はイオン濃度比との関係を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
以下、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 変数]
表1に、本願において用いられる変数の一覧を示す。
【0016】
【表1】
【0017】
[2. 燃料電池制御プログラム]
本発明に係る燃料電池制御プログラムは、コンピュータに以下の手順を実行させるためのものからなる。
【0018】
[2.1. 手順A]
まず、電解質膜内にラジカル生成イオン及びラジカル消去イオンを含む固体高分子形燃料電池の時刻tにおける運転条件φ(t)に基づいて、電解質膜内におけるラジカル生成イオンの濃度分布Cg(z,t)及びラジカル消去イオンの濃度分布Cs(z,t)(zは、電解質膜の膜厚方向位置で、z=0はアノード側の端部、z=Lはカソード側の端部を表す)を推定し、これらをメモリに記憶させる(手順A)。
【0019】
電解質膜内における金属イオンは、電位勾配、イオン濃度勾配、及び湿度勾配に従って移動することが知られている(参考文献1、2参照)。また、電位勾配や湿度勾配のフラックスがイオン濃度勾配のフラックスと釣り合うと、金属イオンの濃度分布は定常に達する。そのため、電解質膜内における電位勾配、イオン濃度勾配、及び湿度勾配を知ることができれば、Cg(z,t)及びCs(z,t)を推定することができる。
【0020】
[参考文献1] Kienits, B., et al. (2011). "Cationic Contamination Effects on Polymer Electrolyte Membrane Fuel Cell Performance," Journal of The Electrochemical Society 158(9)
[参考文献2] Shibata, M., et al. (2020). "A Teoretical and Experimental Study on Electrochemical Impedance Spectra of Polymer Electlolyte Membrane Fuel Cells for Cation Content Estimation," Journal of The Electrochemical Society 167(13)
【0021】
運転条件φ(t)としては、例えば、
(a)電流I(t)、電圧V(t)、
(b)カソードガスの相対湿度RHca(t)、アノードガスの相対湿度RHan(t)、
(c)カソードガスの圧力Pca(t)、アノードガスの圧力Pan(t)、
(d)カソードガスの流量Qca(t)、アノードガスの流量Qan(t)
などがある。
【0022】
これらの内、電流I(t)及び電圧V(t)は、電解質膜内において電位勾配の形成に寄与する。一方、相対湿度RH(t)、圧力P(t)、及び流量Q(t)は、いずれも電解質膜内において湿度勾配の形成に寄与する。そのため、φ(t)がわかると、これらに基づいて、Cg(z,t)及びCs(z,t)を推定することができる。
g(z,t)及びCs(z,t)を推定する方法は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な方法を選択することができる。このような方法としては、具体的には、以下のようなものがある。
【0023】
[2.1.1. 金属イオン輸送方程式]
第1の方法は、金属イオン輸送方程式を用いて、Cg(z,t)及びCs(z,t)を推定する方法である。手順Aは、このような方法を実行するための手順を含んでいても良い。
「金属イオン輸送方程式を用いた方法」とは、具体的には、次の式(a)で表されるフラックスの式と、次の式(b)で表される質量・電荷保存式とを連成させて、分割された体積の中の金属イオンの濃度を推定する方法である。式(a)及び式(b)を解くと、Cg(z,t)及びCs(z,t)を求めることができる。
【0024】
【数1】
【0025】
但し、
Jは、フラックス、
Cは、金属イオンの濃度、
Zは、金属イオンの価数、
Lは、係数、
φeは、電位、
∇φeは、電位勾配、
∇Cg及び∇Csは、それぞれ、金属イオンの濃度勾配、
∇CH2Oは、水の濃度勾配。
【0026】
式(a)及び式(b)中、
添え字「H+」は、プロトンに関するパラメータであることを表し、
添え字「g」は、ラジカル生成イオンに関するパラメータであることを表し、
添え字「s」は、ラジカル消去イオンに関するパラメータであることを表し、
添え字「H2O」は、水に関するパラメータであることを表す。
【0027】
[2.1.2. 簡易的解法]
第2の方法は、簡易的解法を用いて、Cg(z,t)及びCs(z,t)を推定する方法である。手順Aは、このような方法を実行するための手順を含んでいても良い。
「簡易的解法」とは、具体的には、予め作成された、
(a)時刻tにおける基準運転条件φref(t)と、φref(t)の定常状態(dC/dt=0)におけるラジカル生成イオンの濃度Cg ref(z,t)及びラジカル消去イオンの濃度Cs ref(z,t)との関係を表す第1マップ、及び、
(b)基準運転条件φref(t)と、金属イオン輸送の時定数τとの関係を表す第2マップ
を用いて、Cg(z,t)及びCs(z,t)を推定する手順をいう。
手順Aは、このような方法を実行するための手順を含んでいても良い。
なお、「基準運転条件φref」とは、要求された負荷指令を実現することができ、かつ、最も発電効率が高くなる運転条件をいう。
「時定数τ」とは、初期のカチオン分布をC(z,t)として、ある条件φ(t)で時間τだけ保持した後のカチオン分布C(z,t+τ)が、その条件での定常状態Cref(z,t)とC(z,t)との差の(1-1/e)(約63.2%、eは自然対数の底)倍に相当する量だけ増加するのに要する時間を表す。すなわち、「時定数τ」とは、次式を満たす値をいう。
C(z,t+τ)=C(z,t)+{Cref(z,t)-C(z,t)}(1-1/e)
【0028】
時刻tにおいて基準運転条件φref(t)が設定され、定常状態(dC/dt=0)に到達した時のラジカル生成イオンの濃度Cg ref(z,t)及びラジカル消去イオンの濃度Cs ref(z,t)を予め求めておく。また、φref(t)とCg ref(z,t)又はCs ref(z,t)との関係をマップ化し、これを第1マップとしてメモリに記憶させておく。
同様に、φref(t)と時定数τとの関係を予め求めておく。また、φref(t)とτとの関係をマップ化し、これを第2マップとしてメモリに記憶させておく。
【0029】
この場合、基準運転条件φref(t)が決まると、Cg ref(z,t)、Cs ref(z,t)、及びτが決まる。また、Cg(z,t-Δt)及びCs(z,t-Δt)は、既知である。従って、これらを式(c)及び式(d)に代入すると、時刻tにおけるイオン分布Cg(z,t)及びCs(z,t)を推定することができる。
【0030】
【数2】
【0031】
[2.2. 手順B]
次に、時刻(t+Δt)における負荷指令p(t+Δt)を取得し、これをメモリに記憶させる(手順B)。
負荷指令p(t+Δt)の取得方法は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な方法を選択することができる。
【0032】
[2.3. 手順C]
次に、負荷指令p(t+Δt)を実現することが可能な基準運転条件φref(t+Δt)を取得し、これをメモリに記憶させる(手順C)。
「基準運転条件φref(t+Δt)」とは、上述したように、負荷指令p(t+Δt)を実現することができ、かつ、最も発電効率が高くなる運転条件をいう。燃料電池の仕様及び負荷指令p(t+Δt)が決まると、基準運転条件φref(t+Δt)は、一義的に定まる。これらの関係を表すデータベースを予めメモリに記憶させておき、負荷指令p(t+Δt)を取得したときに、データベースから基準運転条件φref(t+Δt)を読み出す。
【0033】
[2.4. 手順D、及び手順G]
[2.4.1. 手順D]
次に、Cg(z,t)及び/又はCs(z,t)を含む判定指標f1(Cg(z,t),Cs(z,t))が第1閾値ε1を超えている(又は、ε1以上である)か否かを判断する(手順D)。
「判定指標f1(Cg(z,t),Cs(z,t))」とは、ラジカル生成イオンの濃度Cg(z,t)がラジカル消去イオンの濃度Cs(z,t)に対して相対的に過剰になる領域が発生するか否かを判定するための指標をいう。判定指標f1(Cg(z,t),Cs(z,t))は、その性質上、Cg(z,t)及び/又はCs(z,t)の関数である。
「第1閾値ε1」とは、手順Cにおいて取得された基準運転条件φref(t+Δt)をそのまま実行するか否かを判定するための判定指標f1(Cg(z,t),Cs(z,t))の閾値をいう。
【0034】
判定指標f1(Cg(z,t),Cs(z,t))が第1閾値ε1を超えていない(又は、ε1以上でない)場合、手順Cにおいて取得された基準運転条件φref(t+Δt)をそのまま実行しても、電解質膜の劣化が進行する可能性が低いことを意味する。この場合、基準運転条件φref(t+Δt)がそのまま実行される。
一方、判定指標f1(Cg(z,t),Cs(z,t))が第1閾値ε1を超えている(又は、ε1以上である)場合、基準運転条件φref(t+Δt)をそのまま実行すると、電解質膜の劣化が進行する可能性が高いことを意味する。この場合、基準運転条件φref(t+Δt)とは異なる運転条件が実行される。
【0035】
判定指標f1(Cg(z,t),Cs(z,t))は、このような判定が可能なものである限りにおいて、特に限定されない。次の式(1)~式(3)に、判定指標f1(Cg(z,t),Cs(z,t))の一例を示す。本発明において、判定指標f1(Cg(z,t),Cs(z,t))として、式(1)~式(3)のいずれを用いても良い。
【0036】
【数3】
【0037】
式(1)~式(3)は、それぞれ、
(a)Cg(z,t)/Cs(z,t)比の膜厚方向の最大値、
(b)Cg(z,t)の膜厚方向の最大値、又は、
(c)Cs(z,t)の膜厚方向の最大値
を判定指標f1(Cg(z,t),Cs(z,t))として用いることを表す。式(1)~(3)のいずれも、ラジカル生成イオンの局所的な濃化を判定するための指標となりうる。
【0038】
[2.4.2. 手順G]
基準運転条件φref(t+Δt)を選択したと仮定したときに、どれだけ電解質膜の劣化が進行するかを予測するためには、厳密には、現在の時刻tにおける金属イオンの濃度(現在値)で判定するのではなく、時刻(t+Δt)における金属イオンの濃度(予測値)で判定すべきである。すなわち、判定指標には、Cg(z,t)及び/又はCs(z,t)ではなく、Cg(z,t+Δt)及び/又はCs(z,t+Δt)を用いるのが好ましい。しかしながら、通常、Δtは金属イオンの移動速度に比べて十分に短い時間間隔が設定されるので、いずれを用いてもほぼ同じ結果が得られる。
【0039】
一方、時刻(t+Δt)における金属イオンの濃度を用いて判定を行う場合、手順Cの後、手順Dの前に、時刻(t+Δt)においてφref(t+Δt)が実行されたと仮定した時の、時刻(t+Δt)における電解質膜内におけるラジカル生成イオンの濃度分布Cg(z,t+Δt)及びラジカル消去イオンの濃度分布Cs(z,t+Δt)を推定し、これらをメモリに記憶させるのが好ましい(手順G)。Cg(z,t+Δt)及びCs(z,t+Δt)の推定方法は、手順Aと同様であるので、説明を省略する。
【0040】
また、手順Gが実行される場合、手順Dは、判定指標f1(Cg(z,t),Cs(z,t))に代えて、判定指標f1(Cg(z,t+Δt),Cs(z,t+Δt))がε1を超えている(又は、ε1以上である)か否かを判断する手順を含むものが好ましい。
この場合、判定指標f1(Cg(z,t+Δt),Cs(z,t+Δt))は、Cg(z,t)及び/又はCs(z,t)に代えて、Cg(z,t+Δt)及び/又はCs(z,t+Δt)を用いる以外は、判定指標f1(Cg(z,t),Cs(z,t))と同様であるので、説明を省略する。
【0041】
[2.5. 手順E]
次に、手順Dにおいてf1(Cg(z,t)、Cs(z,t))がε1を超えている(又は、ε1以上である)と判断された時、又は、f1(Cg(z,t+Δt),Cs(z,t+Δt))がε1を超えている(又は、ε1以上である)と判断された時は、φ(t+Δt)としてφref(t+Δt)とは異なる運転条件であって、f1(Cg(z,t)、Cs(z,t))がε1以下となるものを選択する(手順E)。
一方、手順Dにおいてf1(Cg(z,t)、Cs(z,t))がε1を超えていない(又は、ε1以上でない)と判断された時、又は、f1(Cg(z,t+Δt),Cs(z,t+Δt))がε1を超えていない(又は、ε1以上でない)と判断された時は、φ(t+Δt)としてφref(t+Δt)を選択する(手順E)。
【0042】
すなわち、基準運転条件φref(t+Δt)をそのまま実行しても、ラジカル生成イオンの局所的な濃化が生じないと判断された場合には、基準運転条件φref(t+Δt)下において発電が実行される。
一方、基準運転条件φref(t+Δt)をそのまま実行すると、ラジカル生成イオンの局所的な濃化が生じると判断された場合には、ラジカル生成イオンの局所的な濃化が抑制されるような運転条件下において発電が実行される。この場合、燃料電池の実際の電力が負荷指令pに対して過剰、又は、不足する場合がある。このような場合、過剰な電力を二次電池に貯蔵し、あるいは、不足する電力を二次電池から供給するのが好ましい。
【0043】
ラジカルイオンの局所的な濃化を抑制する方法としては、具体的には、以下のような方法がある。以下の方法は、いずれか1つを用いても良く、あるいは、物理的に可能な限りにおいて、2以上を組み合わせて用いても良い。
【0044】
[2.5.1. 電流I(t)の制御:手順E11、E12
手順Eは、
(a)ラジカル消去イオンの移動速度がラジカル生成イオンの移動速度より遅い場合において、φref(t+Δt)が実行されたと仮定した場合に比べて、電流低下速度の絶対値が小さくなるように時刻(t+Δt)における電流I(t+Δt)を設定する手順E11、及び/又は、
(b)ラジカル消去イオンの移動速度がラジカル生成イオンの移動速度より速い場合において、φref(t+Δt)が実行されたと仮定した場合に比べて、電流増加速度の絶対値が小さくなるように時刻(t+Δt)における電流I(t+Δt)を設定する手順E12
を含んでいても良い。
【0045】
まず、ラジカル消去イオンの移動速度がラジカル生成イオンの移動速度より遅い場合について考える。
燃料電池が停止している場合、ラジカル消去イオン及びラジカル生成イオンは、電解質膜内に均一に分布している。この状態から発電を開始する(電流I(t)を増加させる)と、電解質膜内に電位勾配が発生し、金属イオンがカソード側に移動する。この場合において、ラジカル消去イオンの移動速度がラジカル生成イオンの移動速度より遅い時には、ラジカル生成イオンが先にカソード側に到達する。
一方、定常状態に達すると、ラジカル消去イオン及びラジカル生成イオンがともにカソード側に濃化した状態になっている。この状態から電流I(t)を減少させると、電位勾配が減少し、金属イオンがアノード側に移動する。この場合において、ラジカル消去イオンの移動速度がラジカル生成イオンの移動速度より遅い時には、ラジカル生成イオンが先にアノード側に到達する。
【0046】
通常、ラジカル消去イオンの濃度は、ラジカル生成イオンの濃度より高く設定される。また、ラジカル消去イオンの移動速度がラジカル生成イオンの移動速度より遅い場合において、電流が増加する時には、カソード側に初めから一定量以上のラジカル消去イオンが存在している可能性が高い。そのため、電流の増加速度が相対的に速い場合であっても、カソード側においてラジカル生成イオンが相対的に濃化する可能性は低い。
一方、定常状態から電流を減少させる時には、アノード側のラジカル消去イオンの濃度が低下している可能性が高い。そのため、電流の減少速度が相対的に速い場合には、アノード側においてラジカル生成イオンが相対的に濃化する可能性が高い。
従って、ラジカル消去イオンの移動速度がラジカル生成イオンの移動速度より遅い場合には、電流低下速度の絶対値が基準運転条件よりも小さくなるように、電流を制御するのが好ましい。
【0047】
次に、ラジカル消去イオンの移動速度がラジカル生成イオンの移動速度より速い場合について考える。
逆に、ラジカル消去イオンの移動速度がラジカル生成イオンの移動速度より速い場合場合において、電流が増加する時には、ラジカル消去イオンが先にカソード側に到達し、ラジカル生成イオンがアノード側に取り残される可能性が高い。
従って、ラジカル消去イオンの移動速度がラジカル生成イオンの移動速度より速い場合には、電流増加速度の絶対値が基準運転条件よりも小さくなるように、電流を制御するのが好ましい。
【0048】
具体的には、手順E11及びE12は、それぞれ、次の式(4)を用いてI(t+Δt)を設定する手順を含むものが好ましい。
【0049】
【数4】
【0050】
但し、
I(Cs(z,t),Cg(z,t))は、電解質膜のカソード側表面又はアノード側表面におけるラジカル消去イオンの濃度又はラジカル生成イオンの濃度に応じて定まる電流変化速度の絶対値の最小値、
ref(t+Δt)は、基準運転条件φref(t+Δt)に含まれる基準電流、
1は、制御定数であって、手順E11では正の実数、手順E12では負の実数。
【0051】
I(Cs(z,t),Cg(z,t))は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な値を選択することができる。fI(Cs(z,t),Cg(z,t))としては、例えば、次の式(4a)又は式(4b)で表されるものが好ましい。式(4a)及び式(4b)で表されるfIは、それぞれ、常に正の値を返す関数である。fIは、カソード側の端部(z=L)のラジカル消去イオンの濃度Cs(L,t)がそのラジカル消去イオンの平均濃度Cs aveに比べて大きい場合に小さい値を返す関数を表す。
【0052】
【数5】
【0053】
但し、
1は、制御定数であって、正の値、
1は、制御定数であって、式(4a)の場合はc1>0、式(4b)の場合はc1>1、
Lは、電解質膜の厚さ、
s aveは、ラジカル消去イオンの平均濃度。
【0054】
[2.5.2. 電圧V(t)の制御:手順E21、E22
手順Eは、
(c)ラジカル消去イオンの移動速度がラジカル生成イオンの移動速度より遅い場合において、φref(t+Δt)が実行されたと仮定した場合に比べて、電圧低下速度の絶対値が小さくなるように時刻(t+Δt)における電圧V(t+Δt)を設定する手順E21、及び/又は、
(d)ラジカル消去イオンの移動速度が前記ラジカル生成イオンの移動速度より速い場合において、φref(t+Δt)が実行されたと仮定した場合に比べて、電圧増加速度の絶対値が小さくなるように時刻(t+Δt)における電圧V(t+Δt)を設定する手順E22
を含んでいても良い。
【0055】
電圧V(t)は、電流I(t)と同様に、電解質膜内の電位勾配に影響を与える。
従って、ラジカル消去イオンの移動速度がラジカル生成イオンの移動速度より遅い場合には、電圧低下速度の絶対値が基準運転条件よりも小さくなるように、電圧を制御するのが好ましい。
逆に、ラジカル消去イオンの移動速度がラジカル生成イオンの移動速度より速い場合には、電圧増加速度の絶対値が基準運転条件よりも小さくなるように、電圧を制御するのが好ましい。
【0056】
具体的には、手順E21及びE22は、それぞれ、次の式(5)を用いてV(t+Δt)を設定する手順を含むものが好ましい。
【0057】
【数6】
【0058】
但し、
V(Cs(z,t),Cg(z,t))は、電解質膜のカソード側表面又はアノード側表面におけるラジカル消去イオンの濃度又はラジカル生成イオンの濃度に応じて定まる電圧変化速度の絶対値の最小値、
ref(t+Δt)は、基準運転条件φref(t+Δt)に含まれる基準電圧、
2は、制御定数であって、手順E21では負の実数、手順E22では正の実数。
【0059】
V(Cs(z,t),Cg(z,t))は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な値を選択することができる。fV(Cs(z,t),Cg(z,t))としては、例えば、次の式(5a)又は式(5b)で表されるものが好ましい。式(5a)及び式(5b)で表されるfVは、それぞれ、常に正の値を返す関数である。fVは、カソード側の端部のラジカル消去イオンの濃度Cs(L,t)がラジカル消去イオンの平均濃度Cs aveに対して大きい場合に小さい値を返す関数である。
【0060】
【数7】
【0061】
但し、
2は、制御定数であって、0から1までの実数、
2は、制御定数であって、式(5a)の場合は0から1までの実数、式(5b)の場合はc2>1、
Lは、電解質膜の厚さ、
s aveは、ラジカル消去イオンの平均濃度。
【0062】
[2.5.3. カソードガスの相対湿度RHca(t)の制御:手順E31、E32
手順Eは、
(a)カソード側におけるラジカル消去イオン又はラジカル生成イオン濃度がアノード側におけるそれより高い場合において、時刻(t+Δt)におけるカソードガスの相対湿度RHca(t+Δt)として、φref(t+Δt)におけるそれよりも高い値を設定する手順E31、及び/又は、
(b)アノード側におけるラジカル消去イオン又はラジカル生成イオンの濃度がカソード側におけるそれよりも高い場合において、時刻(t+Δt)におけるカソードガスの相対湿度RHca(t+Δt)として、φref(t+Δt)におけるそれよりも低い値を設定する手順E32
を含んでいても良い。
【0063】
まず、カソード側におけるラジカル消去イオン又はラジカル生成イオンの濃度がアノード側におけるそれより高い場合について考える。なお、カソード側の湿度がアノード側に比べて大きい時を「正の湿度勾配」と定義する。
上述したように、電解質膜内の電位勾配が変化すると、カソード側において、ラジカル消去イオン又はラジカル生成イオンが濃化する場合がある。このような場合において、カソードガスの相対湿度RHca(t)を増加させると、正の湿度勾配が増加する。その結果、カソード側からアノード側への金属イオンの拡散が促進される。
従って、カソード側において金属イオンが濃化している場合には、カソードガスの相対湿度が基準運転条件よりも高くなるように、湿度を制御するのが好ましい。
【0064】
次に、アノード側におけるラジカル消去イオン又はラジカル生成イオンの濃度がカソード側におけるそれよりも高い場合について考える。
上述したように、電解質膜内の電位勾配が変化すると、アノード側において、ラジカル消去イオン又はラジカル生成イオンが濃化する場合もある。このような場合において、カソードガスの相対湿度RHca(t)を低下させると、正の湿度勾配が減少する。その結果、アノード側からカソード側への金属イオンの拡散が促進される。
従って、アノード側において金属イオンが濃化している場合には、カソードガスの相対湿度が基準運転条件よりも低くなるように、湿度を制御するのが好ましい。
【0065】
具体的には、手順E31及びE32は、それぞれ、次の式(6)を用いてRHca(t+Δt)を設定する手順を含むものが好ましい。
【0066】
【数8】
【0067】
但し、
RH ca(Cs(z,t),Cg(z,t))は、電解質膜のカソード側表面又はアノード側表面におけるラジカル消去イオンの濃度又はラジカル生成イオンの濃度に応じて定まるカソード側の湿度の変化代、
RHca ref(t+Δt)は、基準運転条件φref(t+Δt)に含まれるカソード側の基準湿度。
【0068】
RH ca(Cs(z,t),Cg(z,t))は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な値を選択することができる。fRH ca(Cs(z,t),Cg(z,t))としては、例えば、次の式(6a)で表されるものが好ましい。式(6a)で表されるfRH caは、Cs(L,t)/Cs aveが(1-b3)から(1+c3)の間の値である場合には0をとり、その範囲から外れる場合にはCs(L,t)/Cs aveの値に応じて単調増加する関数を表す。
【0069】
【数9】
【0070】
但し、
3は、制御定数であって、正の実数、
3、c3は、制御定数であって、0から1までの実数、
3は、制御定数であって、奇数、
s(L,t)は、カソード側のラジカル消去イオンの濃度、
g(L,t)は、カソード側のラジカル生成イオンの濃度、
s aveは、ラジカル消去イオンの平均濃度。
【0071】
[2.5.4. アノードガスの相対湿度RHan(t)の制御:手順E41、E42
手順Eは、
(c)カソード側におけるラジカル消去イオン又はラジカル生成イオン濃度がアノード側におけるそれより高い場合において、時刻(t+Δt)におけるアノードガスの相対湿度RHan(t+Δt)として、φref(t+Δt)におけるそれよりも低い値を設定する手順E41、及び/又は、
(d)アノード側におけるラジカル消去イオン又はラジカル生成イオンの濃度がカソード側におけるそれよりも高い場合において、時刻(t+Δt)におけるアノードガスの相対湿度RHan(t+Δt)として、φref(t+Δt)におけるそれよりも高い値を設定する手順E42
を含んでいても良い。
【0072】
アノードガスの相対湿度RHan(t)は、カソードガスの相対湿度RHca(t)と同様に、電解質膜内における湿度勾配に影響を与える。
従って、カソード側において金属イオンが濃化している場合には、アノードガスの相対湿度が基準運転条件よりも低くなるように、湿度を制御するのが好ましい。
逆に、アノード側に金属イオンが濃化している場合には、アノードガスの相対湿度が基準運転条件よりも高くなるように、湿度を制御するのが好ましい。
【0073】
具体的には、手順E41及びE42は、それぞれ、次の式(7)を用いてRHan(t+Δt)を設定する手順を含むものが好ましい。
【0074】
【数10】
【0075】
但し、
RH an(Cs(z,t),Cg(z,t))は、前記電解質膜のカソード側表面又はアノード側表面における前記ラジカル消去イオンの濃度又は前記ラジカル生成イオンの濃度に応じて定まる前記アノード側の湿度の変化代、
RHan ref(t+Δt)は、前記基準運転条件φref(t+Δt)に含まれる前記アノード側の基準湿度。
【0076】
RH an(Cs(z,t),Cg(z,t))は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な値を選択することができる。fRH an(Cs(z,t),Cg(z,t))としては、例えば、次の式(7a)で表されるものが好ましい。式(7a)で表されるfRH anは、Cs(L,t)/Cs aveが(1-b4)から(1+c4)の間の値である場合には0をとり、その範囲から外れる場合にはCs(L,t)/Cs aveの値に応じて単調減少する関数を表す。
【0077】
【数11】
【0078】
但し、
4は、制御定数であって、負の実数、
4、c4は、制御定数であって、0から1までの実数、
4は、制御定数であって、奇数、
s(L,t)は、カソード側のラジカル消去イオンの濃度、
g(L,t)は、カソード側のラジカル生成イオンの濃度、
s aveは、ラジカル消去イオンの平均濃度。
【0079】
[2.5.5. カソードガスの圧力Pca(t)の制御:手順E51、E52
手順Eは、
(a)カソード側におけるラジカル消去イオン又はラジカル生成イオンの濃度がアノード側のそれよりも高い場合において、時刻(t+Δt)におけるカソードガスの圧力Pca(t+Δt)として、φref(t+Δt)におけるそれよりも高い値を設定する手順E51、及び/又は、
(b)アノード側におけるラジカル消去イオン又はラジカル生成イオンの濃度がカソード側におけるそれよりも高い場合において、時刻(t+Δt)におけるカソードガスの圧力Pca(t+Δt)として、φref(t+Δt)におけるそれよりも低い値を設定する手順E52
を含んでいても良い。
【0080】
カソードガスの圧力Pca(t)は、カソードガスの相対湿度RHca(t)と同様に、電解質膜内における湿度勾配に影響を与える。一般に、Pca(t)が大きくなるほど電解質膜のカソード側表面から水が揮発しにくくなるので、正の湿度勾配が増加する。
従って、カソード側において金属イオンが濃化している場合には、カソードガスの圧力が基準運転条件よりも高くなるように、圧力を制御するのが好ましい。
逆に、アノード側に金属イオンが濃化している場合には、カソードガスの圧力が基準運転条件よりも低くなるように、圧力を制御するのが好ましい。
【0081】
具体的には、手順E51及びE52は、それぞれ、次の式(8)を用いてPca(t+Δt)を設定する手順を含むものが好ましい。
【0082】
【数12】
【0083】
但し、
P ca(Cs(z,t),Cg(z,t))は、電解質膜のカソード側表面又はアノード側の表面におけるラジカル消去イオンの濃度又はラジカル生成イオンの濃度に応じて定まるカソード側の圧力の変化代、
ca ref(t+Δt)は、基準運転条件φref(t+Δt)に含まれるカソード側の基準圧力。
【0084】
P ca(Cs(z,t),Cg(z,t))は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な値を選択することができる。fP ca(Cs(z,t),Cg(z,t))としては、例えば、次の式(8a)で表されるものが好ましい。式(8a)で表されるfP caは、Cs(L,t)/Cs aveが(1-b5)から(1+c5)の間の値である場合には0をとり、その範囲から外れる場合にはCs(L,t)/Cs aveの値に応じて単調増加する関数を表す。
【0085】
【数13】
【0086】
但し、
5は、制御定数であって、正の実数、
5、c5は、制御定数であって、0から1までの実数、
5は、制御定数であって、奇数、
s(L,t)は、カソード側のラジカル消去イオンの濃度、
g(L,t)は、カソード側のラジカル生成イオンの濃度、
s aveは、ラジカル消去イオンの平均濃度。
【0087】
[2.5.6. アノードガスの圧力Pan(t)の制御:手順E61、E62
手順Eは、
(c)カソード側におけるラジカル消去イオン又はラジカル生成イオンの濃度がアノード側のそれよりも高い場合において、時刻(t+Δt)におけるアノード側の圧力Pca(t+Δt)として、φref(t+Δt)におけるそれよりも低い値を設定する手順E61、及び/又は、
(d)アノード側におけるラジカル消去イオン又はラジカル生成イオンの濃度がカソード側におけるそれよりも高い場合において、時刻(t+Δt)におけるアノード側の圧力Pan(t+Δt)として、φref(t+Δt)におけるそれよりも高い値を設定する手順E62
を含むものでも良い。
【0088】
アノードガスの圧力Pan(t)は、カソードガスの圧力Pca(t)と同様に、電解質膜内における湿度勾配に影響を与える。一般に、Pan(t)が大きくなるほど電解質膜のアノード側表面から水が揮発しにくくなるので、正の湿度勾配が減少する。
従って、カソード側において金属イオンが濃化している場合には、アノードガスの圧力が基準運転条件よりも低くなるように、圧力を制御するのが好ましい。
逆に、アノード側に金属イオンが濃化している場合には、アノードガスの圧力が基準運転条件よりも高くなるように、圧力を制御するのが好ましい。
【0089】
具体的には、手順E61及びE62は、それぞれ、次の式(9)を用いてPan(t+Δt)を設定する手順を含むものが好ましい。
【0090】
【数14】
【0091】
但し、
P an(Cs(z,t),Cg(z,t))は、前記電解質膜のカソード側表面又はアノード側の表面における前記ラジカル消去イオンの濃度又は前記ラジカル生成イオンの濃度に応じて定まる前記アノード側の圧力の変化代、
an ref(t+Δt)は、前記基準運転条件φref(t+Δt)に含まれる前記アノード側の基準圧力。
【0092】
P an(Cs(z,t),Cg(z,t))は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な値を選択することができる。fP an(Cs(z,t),Cg(z,t))としては、例えば、次の式(9a)で表されるものが好ましい。式(9a)で表されるfP anは、Cs(L,t)/Cs aveが(1-b6)から(1+c6)の間の値である場合には0をとり、その範囲から外れる場合にはCs(L,t)/Cs aveの値に応じて単調減少する関数を表す。
【0093】
【数15】
【0094】
但し、
6は、制御定数であって、負の実数、
6、c6は、制御定数であって、0から1までの実数、
6は、制御定数であって、奇数、
s(L,t)は、カソード側のラジカル消去イオンの濃度、
g(L,t)は、カソード側のラジカル生成イオンの濃度、
s aveは、ラジカル消去イオンの平均濃度。
【0095】
[2.5.7. カソードガスの流量Qca(t)の制御:手順E71、E72
手順Eは、
(a)カソード側におけるラジカル消去イオン又はラジカル生成イオンの濃度がアノード側におけるそれよりも高い場合において、時刻(t+Δt)におけるカソードガスの流量Qca(t+Δt)として、φref(t+Δt)におけるそれよりも少ない値を設定する手順E71、及び/又は、
(b)アノード側におけるラジカル消去イオン又はラジカル生成イオンの濃度がカソード側におけるそれよりも高い場合において、時刻(t+Δt)におけるカソードガスの流量Qca(t+Δt)として、φref(t+Δt)におけるそれよりも多い値を設定する手順E72
を含むものでも良い。
【0096】
カソードガスの流量Qca(t)は、カソードガスの相対湿度RHca(t)と同様に、電解質膜内における湿度勾配に影響を与える。一般に、Qca(t)が少なくなるほど電解質膜のカソード側表面から水が揮発しにくくなるので、正の湿度勾配が増加する。
従って、カソード側において金属イオンが濃化している場合には、カソードガスの流量が基準運転条件よりも少なくなるように、流量を制御するのが好ましい。
逆に、アノード側に金属イオンが濃化している場合には、カソードガスの流量が基準運転条件よりも多くなるように、流量を制御するのが好ましい。
【0097】
具体的には、手順E71及びE72は、それぞれ、次の式(10)を用いてQca(t+Δt)を設定する手順を含むものが好ましい。
【0098】
【数16】
【0099】
但し、
Q ca(Cs(z,t),Cg(z,t))は、電解質膜のカソード側表面又はアノード側表面におけるラジカル消去イオンの濃度又はラジカル生成イオンの濃度に応じて定まるカソードガスの流量の変化代、
ca ref(t+Δt)は、前記基準運転条件φref(t+Δt)に含まれる前記カソード側の基準流量。
【0100】
Q ca(Cs(z,t),Cg(z,t))は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な値を選択することができる。fQ ca(Cs(z,t),Cg(z,t))としては、例えば、次の式(10a)で表されるものが好ましい。式(10a)で表されるfQ caは、Cs(L,t)/Cs aveが(1-b7)から(1+c7)の間の値である場合には0をとり、その範囲から外れる場合にはCs(L,t)/Cs aveの値に応じて単調減少する関数を表す。
【0101】
【数17】
【0102】
但し、
7は、制御定数であって、負の実数、
7、c7は、制御定数、
7は、制御定数であって、奇数、
s(L,t)は、カソード側のラジカル消去イオンの濃度、
g(L,t)は、カソード側のラジカル生成イオンの濃度、
s aveは、ラジカル消去イオンの平均濃度。
【0103】
[2.5.8. アノードガスの流量Qan(t)の制御:手順E81、E82
手順Eは、
(c)カソード側におけるラジカル消去イオン又はラジカル生成イオンの濃度がアノード側におけるそれよりも高い場合において、時刻(t+Δt)におけるアノードガスの流量Qan(t+Δt)として、φref(t+Δt)におけるそれよりも多い値を設定する手順E81、及び/又は、
(d)アノード側におけるラジカル消去イオン又はラジカル生成イオンの濃度がカソード側におけるそれよりも高い場合において、時刻(t+Δt)におけるアノードガスの流量Qan(t+Δt)として、φref(t+Δt)におけるそれよりも少ない値を設定する手順E82
を含んでいても良い。
【0104】
アノードガスの流量Qan(t)は、カソードガスの流量Qca(t)と同様に、電解質膜内における湿度勾配に影響を与える。一般に、Qan(t)が大きくなるほど電解質膜のアノード側表面から水が揮発しやすくなるので、正の湿度勾配が増加する。
従って、カソード側において金属イオンが濃化している場合には、アノードガスの流量が基準運転条件よりも多くなるように、流量を制御するのが好ましい。
逆に、アノード側に金属イオンが濃化している場合には、アノードガスの流量が基準運転条件よりも少なくなるように、流量を制御するのが好ましい。
【0105】
具体的には、手順E81及びE82は、それぞれ、次の式(11)を用いてQan(t+Δt)を設定する手順を含むものが好ましい。
【0106】
【数18】
【0107】
但し、
Q an(Cs(z,t),Cg(z,t))は、電解質膜のカソード側表面又はアノード側表面におけるラジカル消去イオンの濃度又はラジカル生成イオンの濃度に応じて定まるアノードガスの流量の変化代、
an ref(t+Δt)は、基準運転条件φref(t+Δt)に含まれるアノード側の基準流量。
【0108】
Q an(Cs(z,t),Cg(z,t))は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な値を選択することができる。fQ an(Cs(z,t),Cg(z,t))としては、例えば、次の式(11a)で表されるものが好ましい。式(11a)で表されるfQ anは、Cs(L,t)/Cs aveが(1-b8)から(1+c8)の間の値である場合には0をとり、その範囲から外れる場合にはCs(L,t)/Cs aveの値に応じて単調増加する関数を表す。
【0109】
【数19】
【0110】
但し、
8は、制御定数であって、正の実数、
8、c8は、制御定数、
8は、制御定数であって、奇数、
s(L,t)は、カソード側のラジカル消去イオンの濃度、
g(L,t)は、カソード側のラジカル生成イオンの濃度、
s aveは、ラジカル消去イオンの平均濃度。
【0111】
[2.6. フローチャート]
図1に、本発明に係る燃料電池制御プログラムのフローチャートを示す。まず、ステップ1(以下、単に「S1」ともいう)において、時刻tに初期値「0」を代入する。
次に、S2において、初期運転条件φ(0)を設定する。φ(0)の設定方法は、特に限定されない。例えば、φ(0)は、「電流を0に保ちながら、供給ガスの湿度を0%RH、出口圧力を大気圧に設定した上で、微小量のガスを流す」のような条件に設定することができる。
【0112】
次に、S3において、電解質膜内にラジカル生成イオン及びラジカル消去イオンを含む固体高分子形燃料電池の時刻tにおける運転条件φ(t)に基づいて、電解質膜内におけるラジカル生成イオンの濃度分布Cg(z,t)及びラジカル消去イオンの濃度分布Cs(z,t)(zは、電解質膜の膜厚方向位置)を推定し、これらをメモリに記憶させる(手順A)。Cg(z,t)及びCs(z,t)の推定方法の詳細については、上述した通りであるので、説明を省略する。
【0113】
次に、S4において、時刻(t+Δt)における負荷指令p(t+Δt)を取得し、これをメモリに記憶させる(手順B)。
次に、S5において、負荷指令p(t+Δt)を実現することが可能な基準運転条件φref(t+Δt)を取得し、これをメモリに記憶させる(手順C)。
【0114】
次に、S6において、時刻(t+Δt)においてφref(t+Δt)が実行されたと仮定した時の、時刻(t+Δt)における電解質膜内におけるラジカル生成イオンの濃度分布Cg(z,t+Δt)及びラジカル消去イオンの濃度分布Cs(z,t+Δt)を推定し、これらをメモリに記憶させる(手順G)。なお、上述したようにΔtは相対的に短いため、S6は省略することもできる。
【0115】
次に、S7において、Cg(z,t+Δt)及び/又はCs(z,t+Δt)を含む判定指標f1(Cg(z,t+Δt),Cs(z,t+Δt))が第1閾値ε1を超えている(又は、ε1以上である)か否かが判断される(手順D)。なお、S6を省略した場合、S7において、Cg(z,t)及び/又はCs(z,t)を含む判定指標f1(Cg(z,t),Cs(z,t))が第1閾値ε1を超えている(又は、ε1以上である)か否かが判断される。
【0116】
1>ε1である場合(又は、f1≧ε1である場合)(S7:YES)、φref(t+Δt)をそのまま実行すると、電解質膜が劣化するおそれがある。このような場合には、S8に進み、φ(t+Δt)としてφref(t+Δt)とは異なる運転条件f2であって、f1(Cg(z,t+Δt)、Cs(z,t+Δt))がε1以下となる(又は、ε1未満となる)ものを選択する(手順E)。運転条件f2は、通常、φ(t)、φref(t+Δt)、Cg(z,t+Δt)、及びCg(z,t+Δt)に依存する。
次に、S9に進む。S9では、運転を終了させるか否かが判断される。運転を終了させない場合(S9:NO)には、S10に進む。S10では、時刻tにΔtを加算する。その後、S3に戻る。以下、運転を終了させる(S9:YES)まで、上述したS3~S10の各ステップを繰り返す。
【0117】
一方、f1>ε1でない場合(又は、f1≧ε1でない場合)(S7:NO)、φref(t+Δt)をそのまま実行しても、電解膜が劣化するおそれが少ない。このような場合には、S11に進む。S11では、φ(t+Δt)としてφref(t+Δt)を選択する(手順E)。
次に、S9に進む。以下、運転を終了させる(S9:YES)まで、上述したS3~S11の各ステップを繰り返す。
【0118】
[3. 燃料電池システム]
本発明に係る燃料電池システムは、
固体高分子形燃料電池と、
前記固体高分子形燃料電池で発電された余剰の電力を貯蔵する二次電池と、
前記固体高分子形燃料電池及び前記二次電池の動作を制御する制御装置と
を備え、
前記制御装置には、本発明に係る燃料電池制御プログラムが格納されている。
【0119】
[3.1. 固体高分子形燃料電池]
本発明において、固体高分子形燃料電池の構造は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な構造を選択することができる。
【0120】
[3.2. 二次電池]
二次電池は、固体高分子形燃料電池で発電された余剰の電力を貯蔵するためのものである。上述したように、本発明においては、電解質膜の劣化を抑制するために、固体高分子形燃料電池は、必ずしも負荷指令pに等しい電力を発生させない。そのため、負荷指令pに対して固体高分子形燃料電池で発生させた電力に過不足が生じる場合がある。本発明において、二次電池は、単に余剰の電力を貯蔵するためだけでなく、負荷指令pに対する電力の過不足を解消するためにも用いられる。
【0121】
[3.3. 制御手段]
制御手段は、固体高分子形燃料電池及び二次電池の作動条件を制御するための手段である。燃料電池システムは、通常、燃料電池以外にも、
(a)アノードに燃料(アノードガス)を供給するための燃料ガス供給装置、
(b)カソードに酸化剤(カソードガス)を供給するための酸化剤ガス供給装置、
(c)アノードガス及び/又はカソードガスを加湿する加湿器、
(d)燃料電池を冷却するための冷却装置、
(e)アノード及び/又はカソード側の排出ガスから液体を分離する凝縮器、
などを備えている。制御手段は、これらの装置の動作を制御するためのものである。
【0122】
本発明において、制御手段は、本発明に係る制御プログラムが格納されている。この点が従来の燃料電池システムとは異なる。燃料電池制御プログラムの詳細については、上述した通りであるので、説明を省略する。
【0123】
[4. 作用]
ある種の金属イオン(例えば、Feイオン)は、燃料電池内においてラジカルを発生させる作用があることが知られている。このようなイオン(ラジカル生成イオン)が電解質膜内に不純物として混入すると、電解質膜を劣化させる原因となる。
一方、ある種の金属イオン(例えば、Ceイオン)は、燃料電池内においてラジカルを消去する作用があることが知られている。このようなイオン(ラジカル消去イオン)を電解質膜に予め添加すると、電解質膜内にラジカル生成イオンが混入しても、電解質膜の劣化を抑制することができる。
【0124】
しかしながら、ラジカル生成イオン及びラジカル消去イオンのいずれも、燃料電池が停止している時は電解質膜内に均一に分布しているが、燃料電池が作動するとこれらは電位勾配、イオン濃度勾配、湿度勾配などによってカソード側又はアノード側に移動する。しかも、通常、ラジカル生成イオンの移動速度とラジカル消去イオンの移動速度とは異なる。そのため、停止状態にある時から電流が増加する局面又は定常状態にある時から電流が減少する局面において、いずれか一方のイオンの移動が遅れ、一時的にラジカル生成イオンの濃度がラジカル消去イオンの濃度に比べて相対的に過剰になる領域が生成する。その結果、ラジカル生成イオンが濃化した領域において、電解質膜が劣化するおそれがある。
【0125】
これに対し、本発明に係る燃料電池制御プログラムは、
(a)時刻tにおける電解質膜内のラジカル生成イオンの濃度分布Cg(z,t)及びラジカル消去イオンの濃度分布Cs(z,t)を逐次推定し(手順A)、
(b)運転条件の変更があった場合(すなわち、時刻(t+Δt)における負荷指令p(t+Δt)を取得した場合)において、変更された運転条件をそのまま実行した時にラジカル生成イオンが局所的に濃化した領域が生成するか否か(すなわち、判定指標f1(Cg(z,t),Cs(z,t))が第1閾値ε1を超えているか否か)を判断し(手順B~手順D)、
(c)ラジカル生成イオンが局所的に濃化した領域が生成する可能性が高いと判断された時は、負荷指令p(t+Δt)に基づいて決定される基準運転条件φref(t+Δt)とは異なる運転条件(すなわち、ラジカル生成イオンの局所的な濃化を軽減することが可能な運転条件)を選択する(手順E)。
【0126】
そのため、燃料電池の運転中において電解質膜に作用する電位勾配、イオン勾配、湿度勾配などが変化しても、一時的にラジカル生成イオンが濃化した領域が形成されることに起因する電解質膜の劣化を抑制することができる。
【実施例
【0127】
(実施例1、比較例1)
[1. 試験方法]
電解質膜に所定量のラジカル生成イオン及びラジカル消去イオンを含む燃料電池を起動させたときのイオン濃度比(=ラジカル生成イオンの濃度/ラジカル消去イオンの濃度)の変化をシミュレーションにより求めた。シミュレーションには、参考文献2に記載のモデル式を使用した。
【0128】
イオン濃度比の変化は、
(a)本発明に係る制御プログラムを用いて燃料電池を制御した場合(実施例1)と、
(b)負荷指令どおりの出力が得られるように燃料電池を制御した場合(比較例1)
について、それぞれ、求めた。
また、ラジカル生成イオン(例えば、Feイオン)の移動速度は、ラジカル消去イオン(例えば、Ceイオン)のそれより早いと仮定した。
【0129】
[2. 結果]
図2(A)に、電流密度の経時変化を示す。図2(B)に、イオン濃度比の膜直方向最大値の経時変化を示す。図3図8に、それぞれ、図2(B)のA点~F点における膜厚方向相対位置と金属イオン濃度相対比又はイオン濃度比との関係を示す。
なお、「金属イオン濃度相対比」とは、電解質膜中のアニオン基のうち、各金属イオンに占有されているものの割合をいう。アニオン基の濃度をCanion、アニオン基の価数をZanion、金属イオンの濃度をCcation、金属イオンの価数をZcationとすると、金属イオン濃度相対比=Zcation・Ccation/(Zanion・Canion)と表せる。
図2図8より、以下のことが分かる。
【0130】
(1)時刻t=0において、ラジカル生成イオン及びラジカル消去イオンは、電解質膜内に均一に分布している(図3)。この状態から電流密度を増加させると、図2(B)のB点において、イオン濃度比が増大した。これは、ラジカル生成イオンの移動速度が速いために、カソード側においてイオン濃度比が大きくなる領域が生じたためである(図4)。
(2)始動後、電流密度を一定に保ったまま発電を継続すると、イオン濃度比は一定の値を示した。これは、金属イオンの濃度勾配によるフラックスと電位勾配によるフラックスとが釣り合い、金属イオンの偏析が定常に達したためである(図5)。
【0131】
(3)始動してから約22秒経過した後、電流密度を急激に減少させた。この場合、比較例1では、D点においてイオンの濃度比が急増した。電流密度を急激に減少させると金属イオンが均一状態に戻ろうとするが、ラジカル消去イオンの輸送の時定数がラジカル生成イオンの時定数より大きいために、ラジカル消去イオンの均一化が遅れる。その結果、アノード側においてイオン濃度比が非常に大きくなる領域が生じたと考えられる(図6)。
【0132】
(4)一方、実施例1の場合、比較例1に比べて、電流密度の低下速度の絶対値が低減されている。そのため、E点においてイオン濃度比が極大になっているが、その大きさはD点に比べて遙かに小さい(図7)。
(5)その後、低電流で保持すると、イオン濃度比が次第に減少した。そして、F点では、金属イオンの濃度が再び均一化した(図8)。
【0133】
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
【産業上の利用可能性】
【0134】
本発明に係る燃料電池制御プログラムは、車載動力源として用いられる固体高分子形燃料電池の運転条件の制御に用いることができる。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8