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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-09
(45)【発行日】2024-08-20
(54)【発明の名称】水性インクジェットインキ及び印刷物
(51)【国際特許分類】
   C09D 11/322 20140101AFI20240813BHJP
   B41M 5/00 20060101ALI20240813BHJP
   B41J 2/01 20060101ALI20240813BHJP
【FI】
C09D11/322
B41M5/00 120
B41J2/01 501
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2023209885
(22)【出願日】2023-12-13
【審査請求日】2024-01-22
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000222118
【氏名又は名称】artience株式会社
(72)【発明者】
【氏名】速水 真由子
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 紀雄
【審査官】堀 洋樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-109904(JP,A)
【文献】特開2017-115127(JP,A)
【文献】特開2013-203909(JP,A)
【文献】特開2018-030957(JP,A)
【文献】特開平04-183759(JP,A)
【文献】特開2015-006795(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C09D 11/00-11/54
B41M 5/00
B41J 2/01
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
顔料と、ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤と、2-メチル-2,4-ペンタンジオールと、バインダー樹脂と、有機化合物(A)(ただし、顔料、ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤、2-メチル-2,4-ペンタンジオール、及び、樹脂を除く)とを含む、水性インクジェットインキであって、
前記有機化合物(A)が、炭素原子、水素原子、及び、酸素原子のみからなり、かつ、水酸基を複数個有し、
前記有機化合物(A)が、アセチレンジオール系化合物、アセチレンジオール系化合物のエチレンオキサイド及び/またはプロピレンオキサイド付加物、グリセリン脂肪酸エステル系化合物、及び、中鎖アルカンジオール化合物からなる群から選択される1種以上の化合物を含み、
前記有機化合物(A)のHLB値が、2.5~5.2であり、
前記バインダー樹脂が、ガラス転移温度が-70~35℃である樹脂(B-1)を含み、
前記樹脂(B-1)の含有量が、前記水性インクジェットインキ中に含まれる樹脂の全質量中、50質量%以上である、水性インクジェットインキ。
【請求項2】
前記ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤の含有質量を1としたときの、前記樹脂(B-1)の含有質量が、2~50である、請求項1に記載の水性インクジェットインキ。
【請求項3】
前記水性インクジェットインキが、ブチレングリコールモノアルキルエーテル系水溶性有機溶剤(分子末端のアルキル基の炭素数が1~4であるもの)、及び、ペンチレングリコールモノアルキルエーテル系水溶性有機溶剤(分子末端のアルキル基の炭素数が1~4であるもの)を含まないか、
前記ブチレングリコールモノアルキルエーテル系水溶性有機溶剤(分子末端のアルキル基の炭素数が1~4であるもの)、及び、ペンチレングリコールモノアルキルエーテル系水溶性有機溶剤(分子末端のアルキル基の炭素数が1~4であるもの)の含有量の総量が、前記2-メチル-2,4-ペンタンジオールの含有量に対し50質量%以下である、請求項1または2に記載の水性インクジェットインキ。
【請求項4】
請求項1または2に記載の水性インクジェットインキを、印刷基材に印刷してなる印刷物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、水性インクジェットインキ、及び、当該水性インクジェットインキを用いて製造される印刷物に関する。
【背景技術】
【0002】
小ロット印刷及び印刷コスト低減のニーズの高まりに伴い、製版を必要としない、デジタル印刷方式の普及が急速に進んでいる。
【0003】
上記デジタル印刷方式の一種であるインクジェット印刷方式とは、微細なノズルからインキの液滴を吐出し、印刷基材(本願では、単に「基材」とも称する)に付与することで、当該印刷基材上に画像及び/または文字を印刷する方式である。インクジェット印刷方式は、印刷装置の操作が容易である、印刷時の騒音が小さいといった特徴を有しているため、当該インクジェット印刷方式を採用した印刷装置(インクジェットプリンタ)は、デジタル印刷方式の中でも需要が高い。
【0004】
なお本願では、画像及び/または文字が印刷された印刷基材を「印刷物」と総称する。また上記「画像」には、ベタ画像及び市松模様画像等のシームレス画像も含まれる。
【0005】
インクジェット印刷方式で使用されるインキ(本願では、「インクジェットインキ」と称する)は、その組成によって、溶剤型、水性型、紫外線硬化型等に分類される。一方で近年、ヒト及び環境に対して有害である原料の使用を規制する動きが加速している。それに伴い、これらの原料を使用する溶剤型インクジェットインキ及び紫外線硬化型インクジェットインキではなく、水性型インクジェットインキ(本願では、単に「水性インクジェットインキ」とも称する)を求める声が高まっている。
【0006】
また最近では、インクジェットヘッドの性能の向上もあり、民生用途のみならず、産業印刷用途においても、インクジェット印刷方式の利用拡大が進んでいる。特に、商業印刷市場及び包装(ラベル・パッケージ)印刷市場では、オフセット印刷方式、グラビア印刷方式等の有版印刷方式からの、インクジェット印刷方式への置き換えが、積極的に検討されている。
【0007】
しかしながら従来は、コート紙及びアート紙等の難浸透性基材、ならびに、プラスチックフィルム等の非浸透性基材に対して水性インクジェットインキを用いて作製したベタ印刷物(印字率100%の印刷物)において、当該水性インクジェットインキが印刷基材上に乗らない箇所が生じる「白抜け」と呼ばれる現象、及び、異なる色を有する水性インクジェットインキ同士が混ざってしまう「混色にじみ」と呼ばれる現象が発生し、有版印刷方式と同等の印刷画質を有する印刷物を得ることは難しかった。これは、水性インクジェットインキの主溶媒である水が、特異的に高い表面張力を有するため、上記印刷基材に対する濡れ性、特に、マイクロ秒オーダーでの濡れ性が悪いことが原因である。
【0008】
一般的に、印刷基材に対する濡れ性の向上のため、疎水性が高く、高分子ではない有機化合物を使用することが多い。上記有機化合物が、マイクロ秒オーダーで印刷基材との界面に配向し、当該印刷基材に対する濡れ性が向上する。しかしながら、疎水性が高いということは、水に対する溶解性が悪いということでもあるため、上記有機化合物を含む水性インクジェットインキでは、ノズル抜けの一因となり得る気泡が発生しやすい。また、上記有機化合物がインクジェットヘッドのノズル端面に形成される気液界面に配向することで、水性インクジェットインキのメニスカスが不安定化する、といった問題点が存在する。これらの問題点は、特に、印刷開始直後のノズル抜け(ノズルから水性インクジェットインキが吐出されない現象)の発生につながりやすい。また、インクジェットヘッドの構造上、ノズルの直径は数十マイクロメートルと非常に小さい。特に、長時間印刷を休止した場合、水性インクジェットインキ中の液体成分(水、水溶性有機溶剤等)が上記ノズル端面から揮発する一方、フレッシュな水性インクジェットインキがインクジェットヘッドに十分に供給されないことがある。そうなると、ノズル端面近傍に存在する水性インクジェットインキにおいて、固形分濃度の上昇、及び/または、沸点の高い水溶性有機溶剤の存在比率の増加が起こり、固体成分(顔料、樹脂等)の凝集・不溶化等による粘度上昇、そして、当該粘度上昇に伴うノズル抜けが発生し得る。
【0009】
なお本願では、印刷開始直後の吐出安定性を「初発の吐出安定性」と称し、長時間の印刷休止後の吐出安定性を「待機吐出性」とも称する。
【0010】
一方、特に包装印刷市場では、水が付着した印刷物を指等で擦っても、水性インクジェットインキの皮膜(インキ膜)が剥がれ落ちないようにする必要がある。すなわち、上記インキ膜にはある程度の耐水性が求められる。水溶性の原料を多く含む水性インクジェットインキにおいて、乾燥後のインキ膜に耐水性を持たせる方法として、当該水性インクジェットインキにバインダー樹脂を添加し、インキ膜を強固な連続膜にする方法が挙げられる。一方で、バインダー樹脂が一定量以上、印刷前(液体)の水性インクジェットインキ中に含まれると、当該水性インクジェットインキ中で、局所的な粘度上昇及び粘弾性の不均一化等が発生し吐出安定性が悪化する、といった問題や、バインダー樹脂が有機化合物の配向を阻害し、水性インクジェットインキの濡れ性が悪化する、といった問題が発生する恐れがある。
【0011】
このように、包装印刷市場での水性インクジェットインキの使用拡大を図るためには、初発の吐出安定性及び待機吐出性、印刷画質、インキ膜の耐水性という複数の課題が同時に解決される必要がある。しかしながら、これらの課題のすべてが、同時かつ好適に解決できる水性インクジェットインキは、これまでに見出されていない状況にあった。
【0012】
なお本願では、白抜け及び混色にじみのない印刷物を、「印刷画質に優れる印刷物」とも称する。
【0013】
難浸透性基材及び非浸透性基材に対する印刷物の、印刷画質の向上を図った検討の例として、特許文献1には、水と、有機溶剤と、HLB値が8以下であるポリシロキサン界面活性剤と、アクリルシリコーン樹脂粒子とを含み、インクジェット印刷方式で好適に使用できるインクが開示されている。また、特許文献1の実施例には、上記有機溶剤として、1,2-プロパンジオール(プロピレングリコール)、1,3-プロパンジオール、3-メトキシ-3-メチルブタノール、2-メチル-2,4-ペンタンジオール(ヘキシレングリコール)等を使用し、更に、その他の樹脂粒子として、ウレタン樹脂エマルジョン、ポリエステル樹脂エマルジョン、アクリル-スチレン樹脂エマルジョン等を含むインクの例が示されている。特許文献1には、上記構成を有するインクは保存安定性が良好であり、また、非浸透性基材に対して、定着性(濃度ムラの抑制性)及び密着性に優れる印刷物が作製できる、との記載がある(特許文献1の段落番号0006、0019参照)。
【0014】
また特許文献2には、エチレングリコール、プロピレングリコール、3-メトキシ-1-ブタノール等から選択される有機溶剤と、特定の構造を有するポリオキシアルキレンモノアリルエーテル化合物とを含む、水性インクジェットインクが開示されている。また、特許文献2の実施例には、上記有機溶剤に加えて、2,2-ジメチル-1,3-プロパンジオール、1,4-ブタンジオール、2-メチル-2,4-ペンタンジオール等を含み、更に、ウレタン樹脂エマルジョン、アクリル樹脂エマルジョン等の水不溶性樹脂、ならびに、アセチレングリコール系界面活性剤、シリコーン系界面活性剤等の界面活性剤を含む、水性インクジェットインクの例が示されている。特許文献2には、上記構成を有する水性インクジェットインクは吐出性に優れ、また、非吸水性記録媒体に対しても、濃度ムラがなく濡れ性も良好である印刷物が作製できる、との記載がある(特許文献2の段落番号0014、0028参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0015】
【文献】特開2017-115127号公報
【文献】特開2021-109904号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0016】
しかしながら、上記特許文献1に具体的に開示されたインクには、上記ポリシロキサン界面活性剤以外に、上述した、高分子ではない疎水性有機化合物が含まれていない。上記インクで使用されているポリシロキサン界面活性剤も、界面への配向性に優れ、印刷画質の向上に有効な材料であることは知られているが、配向速度は大きいとはいえず、マイクロ秒オーダーでの濡れ性の確保という観点からすると、十分とはいえない。また、上記特許文献2の実施例で具体的に使用されている、ポリオキシアルキレンモノアリルエーテル化合物、及び、アセチレングリコール系界面活性剤(特許文献2の段落番号0117~0118も参照)は、すべて、親水性が高いエチレンオキサイドを多く含んでいる。したがって、特許文献2に具体的に開示された水性インクジェットインクに関しても、高分子ではない疎水性有機化合物は含まれていない。このように、界面自由エネルギーが非常に小さい印刷基材に対するインクジェット印刷、あるいは、高速でのインクジェット印刷等、印刷条件によらず印刷画質に優れた印刷物を作製するためには、高分子ではない疎水性有機化合物の使いこなしを含む、更なる改良が必要である。
【0017】
以上のように、特許文献1~2に記載された技術では、上述した課題の全てを高いレベルで解決するには至っていない状況であった。
そこで、本発明の一実施形態では、難浸透性基材及び非浸透性基材に対する印刷であっても、白抜け及び混色にじみがなく、かつ、耐水性にも優れた印刷物が得られ、更には印刷開始直後及び長時間の印刷休止後の吐出安定性にも優れる、水性インクジェットインキを提供することを目的としている。
【課題を解決するための手段】
【0018】
本発明者らが鋭意検討を行った結果、下記構成を有する水性インクジェットインキによって、上述した課題のすべてが、同時かつ高いレベルで解決できることを見出した。
【0019】
すなわち本発明の一実施形態は、以下[1]~[3]に示す、水性インクジェットインキ、ならびに、以下[4]に示す、上記水性インクジェットインキを用いて製造される印刷物に関する。
[1]顔料と、ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤と、ヘキシレングリコールと、バインダー樹脂と、有機化合物(A)(ただし、顔料、ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤、ヘキシレングリコール、及び、樹脂を除く)とを含む、水性インクジェットインキであって、
前記有機化合物(A)が、炭素原子、水素原子、及び、酸素原子のみからなり、かつ、水酸基を複数個有し、
前記有機化合物(A)のHLB値が、2.5~5.2であり、
前記バインダー樹脂が、ガラス転移温度が-70~35℃である樹脂(B-1)を含み、
前記樹脂(B-1)の含有量が、前記水性インクジェットインキ中に含まれる樹脂の全質量中、50質量%以上である、水性インクジェットインキ。
[2]前記ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤の含有質量を1としたときの、前記樹脂(B-1)の含有質量が、2~50である、[1]に記載の水性インクジェットインキ。
[3]前記水性インクジェットインキが、ブチレングリコールモノアルキルエーテル系水溶性有機溶剤(分子末端のアルキル基の炭素数が1~4であるもの)、及び、ペンチレングリコールモノアルキルエーテル系水溶性有機溶剤(分子末端のアルキル基の炭素数が1~4であるもの)を含まないか、
前記ブチレングリコールモノアルキルエーテル系水溶性有機溶剤(分子末端のアルキル基の炭素数が1~4であるもの)、及び、ペンチレングリコールモノアルキルエーテル系水溶性有機溶剤(分子末端のアルキル基の炭素数が1~4であるもの)の含有量の総量が、前記ヘキシレングリコールの含有量に対し50質量%以下である、[1]または[2]に記載の水性インクジェットインキ。
[4][1]~[3]のいずれかに記載の水性インクジェットインキを、印刷基材に印刷してなる印刷物。
【発明の効果】
【0020】
本発明の一実施形態である水性インクジェットインキは、難浸透性基材及び非浸透性基材に対する印刷であっても、白抜け及び混色にじみがなく、かつ、耐水性にも優れた印刷物が得られ、更には印刷開始直後及び長時間の印刷休止後の吐出安定性にも優れるという効果を奏する。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下に、本発明の一実施形態である水性インクジェットインキ(以下では単に「本実施形態の水性インクジェットインキ」とも称する)について説明する。なお本発明は、以下に記載する実施形態に限定されるものではなく、当該本発明の本質的部分を変更しない範囲内で変形実施できる形態を含む。
【0022】
一般に、水性インクジェットインキは、主成分である水が有する、非常に高い表面張力により、難浸透性基材及び非浸透性基材に対して濡れ広がらず、精細な印刷物の形成が難しい。それに対して、界面活性剤等の、HLB値が小さい有機化合物を使用すると、マイクロ秒オーダーで、当該有機化合物が印刷基材との界面に配向する。その結果、難浸透性基材及び非浸透性基材、特に、ポリプロピレン(PP)フィルム等の、界面自由エネルギーが非常に小さい印刷基材に対しても、水性インクジェットインキが良好に濡れ広がることが可能となり、印刷画質の向上が見込める。一方で、上記有機化合物には、泡が立ちやすくノズル抜けの一因となり得る気泡が発生しやすいといった問題点、及び、インクジェットヘッドのノズル端面に形成される気液界面でも急速な配向が起こることで、水性インクジェットインキのメニスカスが不安定化する恐れがある、といった問題点が存在する。そして、これらの問題点は、初発の吐出安定性及び待機吐出性の悪化につながる。
【0023】
また、耐水性に優れた印刷物を得るためには、当該印刷物を構成するインキ膜において、バインダー樹脂が連続膜を形成していることが好ましい。一般に、バインダー樹脂のガラス転移温度が小さいほど、連続膜を形成しやすくなるため、連続膜の形成の観点では、ガラス転移温度の小さいバインダー樹脂の使用が有効である。一方で、ガラス転移温度の小さいバインダー樹脂は、例えば、インクジェットヘッドのノズル端面においても容易に成膜してしまうため、初発の吐出安定性が悪化してしまう恐れがある。また、印刷前(液体)の水性インクジェットインキ中に含まれるバインダー樹脂は、上記有機化合物の、界面への配向を阻害する恐れがある。上記有機化合物の配向が阻害されると、上述した効果を発現させることができなくなり、印刷物の印刷画質が悪化してしまう。上述した効果を十分に発現させるためには、阻害されてもなお界面に十分量配向するように、例えば、上記有機化合物の添加量を増やすという方法がある。しかしながら、過剰量の上記有機化合物は、バインダー樹脂の連続膜の形成を阻害するという問題点も有しており、結果として印刷物の耐水性が悪化してしまう。
【0024】
それに対して本実施形態の水性インクジェットインキでは、炭素原子、水素原子、及び、酸素原子のみからなり、かつ、水酸基を複数個有する有機化合物であって、HLB値が2.5~5.2である有機化合物(A)、及び、ガラス転移温度が-70~35℃である樹脂(B-1)に加えて、ヘキシレングリコールと、ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤とを含む。
【0025】
ヘキシレングリコール(2-メチル-2,4-ペンタンジオール)は、複数の分岐アルキル基を有しており、他のアルカンジオールと比較して疎水性が高い一方、水に対する溶解性も高く、1気圧下における沸点も低い、といった特徴を有している。そのため、水性インクジェットインキで一般的に使用されるアルカンジオール類(例えば、プロピレングリコール等)よりも、上記有機化合物(A)との親和性が高い。その結果、水性インクジェットインキ中では、有機化合物(A)がヘキシレングリコールによって安定化する。また、有機化合物(A)の界面への急速な配向が抑えられることで、インクジェットヘッド内に存在する水性インクジェットインキにおいて、気泡の発生及びメニスカスの不安定化が抑えられ、初発の吐出安定性及び待機吐出性が向上する。
【0026】
更に、ヘキシレングリコールは、バインダー樹脂との親和性も有している。そのため、例えば、印刷基材上に付与された水性インクジェットインキから水が揮発した後であっても、ヘキシレングリコールを介して、有機化合物(A)及びバインダー樹脂が親和することにより、上記バインダー樹脂が、有機化合物(A)(、及び、後述するポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤)とともに均一に拡散する。加えて、本実施形態の水性インクジェットインキは、ガラス転移温度が小さい、すなわち、連続膜を形成しやすい樹脂(B-1)を、バインダー樹脂として含み、かつ、当該樹脂(B-1)の含有量が、水性インクジェットインキ中に含まれる樹脂の全質量中、50質量%以上である。以上の結果、本実施形態の水性インクジェットインキでは、インキ膜の連続膜化が促進され、印刷物の耐水性が向上すると考えられる。また、ヘキシレングリコール自体は上記連続膜内に残留することなく、最終的には揮発するため、耐水性の高い印刷物を、低エネルギーで作製することができる。
【0027】
加えて、本実施形態の水性インクジェットインキは、ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤を含む。ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤は、疎水性が高いシロキサン鎖と、親水性が高いポリエーテル鎖とを有する。そのため、ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤も、ヘキシレングリコールと同様の親和性を発現すると考えられる。特に、ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤は、ヘキシレングリコールよりも分子量が大きいため、分子量が同じく大きいバインダー樹脂と、強く親和すると考えられる。その結果、ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤により、インクジェットヘッドのノズル端面におけるバインダー樹脂の成膜が抑制され、初発の吐出安定性が向上する。また、ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤が、有機化合物(A)から遅れる形で界面に配向することで、水性インクジェットインキの液滴の均一な濡れ広がりが可能となり、白抜け及び混色にじみのない印刷物の作製が容易となる。
【0028】
以上のように、上述した課題の全てを、高いレベルで解決するためには、上述した構成を有する水性インクジェットインキが必須不可欠である。なお、上述したメカニズムは本発明者らによる推測であり、本発明は、上述した推測によって限定されることはない。
【0029】
なお上述した通り、上記特許文献1~2には、ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤と、ヘキシレングリコールと、樹脂(B-1)とを含み、当該樹脂(B-1)の含有量が、水性インクジェットインキ中に含まれる樹脂の全質量中50質量%以上である、水性インクジェットインキの具体例が存在する(例えば、特許文献1の実施例D4~5、D11、E3、E8、E10、E12等、特許文献2のインク7、15、22)。しかしながらこれらの具体例は、有機化合物(A)を含まない点で、本実施形態の水性インクジェットインキと相違する。また、有機化合物(A)を含む本実施形態の水性インクジェットインキは、界面自由エネルギーが非常に小さい印刷基材に対しても、白抜け及び混色にじみのない印刷物が作製できるうえ、初発の吐出安定性及び待機吐出性、ならびに、印刷物の耐水性も良好なものとなっているが、このような開示や示唆は、特許文献1~2には存在しない。
【0030】
続いて以下に、本発明の一実施形態である水性インクジェットインキを構成する各成分について、詳細に説明する。
【0031】
<有機化合物(A)>
本実施形態の水性インクジェットインキは、炭素原子、水素原子、及び、酸素原子のみからなり、かつ、水酸基を複数個有する有機化合物であって、HLB値が2.5~5.2である有機化合物(A)を含む。印刷時には、有機化合物(A)が、短時間で印刷基材との界面に配向することで、難浸透性基材及び非浸透性基材に対しても、白抜け及び混色にじみのない印刷物が得られる。また、ヘキシレングリコールと有機化合物(A)とを併用することで、インクジェットヘッド内に存在する水性インクジェットインキにおいて、気泡の発生及びメニスカスの不安定化が抑えられ、初発の吐出安定性及び待機吐出性が向上する。更に、上記併用によって、バインダー樹脂が連続膜の形成を阻害することがなくなり、印刷物の耐水性も向上する。
【0032】
なお、顔料、ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤、及び、ヘキシレングリコールは、上記有機化合物(A)には含まれないものとする。また、上記バインダー樹脂を含む樹脂(1種類以上の重合性単量体同士が共有結合によって連結することで主鎖を形成してなる化合物)に関しても、上記有機化合物(A)から除かれるものとする。
【0033】
上述した通り、有機化合物(A)のHLB値は、2.5~5.2である。また、他の成分と親和しやすいために、印刷物における白抜け及び混色にじみを抑制しながらも、初発の吐出安定性及び待機吐出性が向上し、上記印刷物の耐水性も向上するという観点から、有機化合物(A)のHLB値は、3.0~5.2であることが好ましく、3.8~5.2であることが特に好ましい。
【0034】
本願におけるHLB(Hydrophile-Lipophile Balance)値とは、材料の親水・疎水性を表すパラメータの一つであり、本発明では、グリフィン法を用いてHLB値の算出を行う。
【0035】
グリフィン法とは、対象となる材料の分子量を用いて、下記式(1)によってHLB値を求める方法である。なお、HLB値は小さいほど材料の疎水性が高く、大きいほど当該材料の親水性が高いことを表す。
【0036】

式(1):
HLB値=20×(親水性部分の分子量の総和)÷(材料の分子量)
【0037】
また、本実施形態の水性インクジェットインキで用いられる有機化合物(A)は、炭素原子、水素原子、及び、酸素原子のみからなり、かつ、水酸基を複数個有する。当該有機化合物(A)として使用できる化合物を例示すると、
2,5,8,11-テトラメチル-6-ドデシン-5,8-ジオール(2.7)、2,4,7,9-テトラメチル-5-デシン-4,7-ジオール(3.0)、5,8-ジメチル-6-ドデカイン-5,8-ジオール(3.0)、3,6-ジメチル-4-オクチン-3,6-ジオール(4.0)等のアセチレンジオール系化合物、ならびに、それらのエチレンオキサイド(EO)及び/またはプロピレンオキサイド(PO)付加物;
ソルビタンモノステアレート(4.7)、ソルビタンジステアレート(4.4)、ソルビタンモノオレエート(4.3)等のソルビタン脂肪酸エステル系化合物、ならびに、それらのエチレンオキサイド及び/またはプロピレンオキサイド付加物;
グリセロールモノステアレート(3.5)、グリセロールモノベヘネート(3.0)、グリセロールモノオレエート(2.8)等のグリセリン脂肪酸エステル系化合物、ならびに、それらのエチレンオキサイド及び/またはプロピレンオキサイド付加物;
1,2-ヘプタンジオール(5.2)、1,7-ヘプタンジオール(5.2)、1,2-オクタンジオール(4.7)、1,8-オクタンジオール(4.7)、1,2-ノナンジオール(4.2)、1.9-ノナンジオール(4.2)等の中鎖(例えば、炭素数が7~12である)アルカンジオール化合物;
等が挙げられる。なお、カッコ内の数値は各材料のHLB値である。
【0038】
これらの化合物の中でも、ヘキシレングリコールとの親和性が高く、初発の吐出安定性及び待機吐出性が向上するうえ、印刷物の耐水性も向上するという観点から、アセチレンジオール系化合物、アセチレンジオール系化合物のエチレンオキサイド及び/またはプロピレンオキサイド付加物、及び、中鎖アルカンジオール化合物からなる群から選択される1種以上の化合物が好ましく使用できる。
【0039】
界面への配向速度に優れ、ヘキシレングリコールとの親和性も良好であるため、印刷物における白抜け及び混色にじみを抑制しながらも、初発の吐出安定性及び待機吐出性が向上し、上記印刷物の耐水性も向上するという観点から、有機化合物(A)の分子量は、100~750であることが好ましく、130~650であることが特に好ましい。
【0040】
有機化合物(A)の添加量は、白抜け及び混色にじみがなく耐水性にも優れる印刷物が得られ、初発の吐出安定性及び待機吐出性も向上するという点から、水性インクジェットインキ全量中0.05~1.5質量%であることが好ましく、0.1~1質量%であることが特に好ましい。
【0041】
また、有機化合物(A)とヘキシレングリコールとの親和性が向上するため、印刷物における白抜け及び混色にじみを抑制しながらも、初発の吐出安定性及び待機吐出性が向上し、上記印刷物の耐水性も向上するという観点から、有機化合物(A)の含有質量を1としたときのヘキシレングリコールの含有質量は、2~200であることが好ましく、4~50であることがより好ましい。
【0042】
<ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤>
本実施形態の水性インクジェットインキは、ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤を含む。ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤が、バインダー樹脂と親和する結果、インクジェットヘッドのノズル端面における上記バインダー樹脂の成膜が抑制され、初発の吐出安定性が向上する。また、ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤が、有機化合物(A)から遅れる形で界面に配向することで、白抜け及び混色にじみのない印刷物が得られる。
【0043】
本実施形態の水性インクジェットインキで使用できるポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤として、下記一般式(2)で表される構造を有する化合物が挙げられる。
【0044】

一般式(2):
【化1】
【0045】
一般式(2)中、mは0~99の整数であり、nは1~100の整数である。ただし、m+nは1~100の整数である。また、R1はメチル基、または、下記一般式(3)で示される構造であり、R2は炭素数1~6のアルキル基(ただし、分岐を有していてもよい)、または、下記一般式(3)で示される構造である。ただし、R1がメチル基の場合、mは0である。また、R1及びR2の少なくとも一方は、下記一般式(3)で示される構造を有する(R1及びR2が、ともに下記一般式(3)で示される構造を有してもよい。)。
【0046】

一般式(3):
【化2】
【0047】
一般式(3)中、pは1~6の整数、qは1~50の整数、rは0~50の整数である。ただし、q+rは1~100の整数である。また、R3は水素原子、炭素数1~6のアルキル基、アクリル基、または、メタクリル基のいずれかである。なお、[ ]内のエチレンオキサイド基及びプロピレンオキサイド基の付加様式は、ブロックでもランダムでもよい。
【0048】
上記一般式(2)において、R6が上記一般式(3)で示される構造であり、かつ、R1が上記一般式(3)で示される構造ではないポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤(本願では「両末端ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤」とも記載する)は、バインダー樹脂との親和性が高く、初発の吐出安定性、及び、印刷物の耐水性の向上の点で有効である。また、両末端ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤は、界面への均一配向性にも優れており、混色にじみの改善も可能であるため、本実施形態の水性インクジェットインキにおいて、ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤として特に好ましく使用できる。
一方で、上記一般式(2)において、R1が上記一般式(3)で示される構造であり、かつ、R2が上記一般式(3)で示される構造ではないポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤(本願では「側鎖ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤」とも記載する)は、表面張力を下げる能力が高く、界面への配向速度にも優れるため、印刷物における白抜けの抑制の点で有効である。
【0049】
上記両末端ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤の市販品の例として、東レ・ダウコーニング社製のBY16-201、SF8427、ビックケミー社製のBYK-331,BYK-333、BYK-UV3500、BYK-3420、エボニックデグサ社製のTEGO Glide 410、TEGO Glide 432、TEGO Glide435、TEGO Glide440、TEGO Glide450、日信化学工業社製のシルフェイスSWP-001、シルフェイスSAG003、シルフェイスSAG005等が挙げられる。
【0050】
また、上記側鎖ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤の市販品の例として、東レ・ダウコーニング社製のSF8428、 FZ-2162、 8032ADDITIVE、SH3749、FZ-77、L-7001、L-7002、 FZ-2104、 FZ-2110、F-2123、SH8400、 SH3773M, ビックケミー社製のBYK-345、BYK-346、 BYK-347、 BYK-348、BYK-349、エボニックデグサ社製のTEGO Wet 240、TEGO Wet 250、TEGO Wet 260、TEGO Wet 270、TEGO Wet 280、信越化学工業社製のKF-351A、 KF-352A、KF-353、KF-354L、KF355A、 KF-615A、 KF-640、 KF-642、 KF-643等が挙げられる。
【0051】
ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤の添加量は、インキ全量中0.1~4質量%であることが好ましく、より好ましくは0.2~3質量%であり、更に好ましくは0.3~2質量%である。ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤の添加量が上記範囲内であれば、初発の吐出安定性及び待機吐出性の向上、ならびに、白抜け及び混色にじみがなく耐水性にも優れた印刷物を得ることが容易になる。
【0052】
また、樹脂(B-1)と好適に親和し、初発の吐出安定性の向上、ならびに、印刷物の白抜け及び混色にじみの抑制が実現できる観点から、ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤の含有質量を1としたときの、樹脂(B-1)の含有質量は、2~50であることが好ましく、2.5~35であることがより好ましい。
【0053】
<その他ノニオン系界面活性剤>
本実施形態の水性インクジェットインキは、ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤、及び、上述した有機化合物(A)に該当する界面活性剤以外のノニオン系界面活性剤(本願では「その他ノニオン系界面活性剤」とも記載する)が含まれていてもよい。
【0054】
上記その他ノニオン系界面活性剤の具体例として、アセチレンジオール系界面活性剤、及び、それらのエチレンオキサイド及び/またはプロピレンオキサイド付加物(ただし、HLB値が2.5未満または5.2超であるもの)、アセチレンモノオール系界面活性剤、及び、それらのエチレンオキサイド及び/またはプロピレンオキサイド付加物、ソルビタン脂肪酸エステル系界面活性剤、及び、それらのエチレンオキサイド及び/またはプロピレンオキサイド付加物(ただし、HLB値が2.5未満または5.2超であるもの)、グリセリン脂肪酸エステル系界面活性剤、及び、それらのエチレンオキサイド及び/またはプロピレンオキサイド付加物(ただし、HLB値が2.5未満または5.2超であるもの)、フッ素系界面活性剤、ポリオキシアルキレンアルキルエーテル系界面活性剤、ポリオキシアルキレンアルキルアミン系界面活性剤等が挙げられる。
【0055】
これらの中でも、上記有機化合物(A)及びバインダー樹脂との親和性が高いため、初発の吐出安定性及び待機吐出性が向上するうえ、印刷物の耐水性も良化する、という観点から、アセチレンジオール系界面活性剤、アセチレンジオール系界面活性剤のエチレンオキサイド及び/またはプロピレンオキサイド付加物(ただし、HLB値が2.5未満または5.2超であるもの)、ならびに、ポリオキシアルキレンアルキルエーテル系界面活性剤からなる群から選択される1種以上が、好適に使用できる。
【0056】
そのうち、アセチレンジオール系界面活性剤、ならびに、アセチレンジオール系界面活性剤のエチレンオキサイド及び/またはプロピレンオキサイド付加物(ただし、HLB値が2.5未満または5.2超であるもの)は、界面への配向速度に優れるため、上述した効果に加えて、水性インクジェットインキの濡れ性が向上し、白抜け及び混色滲みのない印刷物を得ることが容易となる点からも、好ましく使用できる。特に、非浸透性基材及び難浸透性基材に対する濡れ性が向上し、優れた印刷画質を有する印刷物が得られるという観点から、アセチレンジオール系界面活性剤、ならびに、アセチレンジオール系界面活性剤のエチレンオキサイド及び/またはプロピレンオキサイド付加物(ただし、HLB値が2.5未満または5.2超であるもの)として、2,4,7,9-テトラメチル-5-デシン-4,7-ジオールのエチレンオキサイド及び/もしくはプロピレンオキサイド付加物、ならびに/または、2,5,8,11-テトラメチル-6-ドデシン-5,8-ジオールのエチレンオキサイド及び/もしくはプロピレンオキサイド付加物を用いることが好ましい。
【0057】
一方で、ポリオキシアルキレンアルキルエーテル系界面活性剤は、上記有機化合物(A)との親和性が特に高く、初発の吐出安定性及び待機吐出性、ならびに、印刷物の耐水性が、特段に向上するという観点で、好ましく使用できる。また、これらの観点から、ポリオキシアルキレンアルキルエーテル系界面活性剤として、下記一般式(4)で表される構造を有する化合物を使用することが好ましい。
【0058】

一般式(4):
【化3】
【0059】
一般式(4)中、sは15~100の整数、tは0~50の整数である。ただし、s>tである。また、R4は炭素数8~22のアルキル基またはアルキレン基(ただし、分岐を有していてもよい)である。なお、[ ]内のエチレンオキサイド基及びプロピレンオキサイド基の付加様式は、ブロックでもランダムでもよい。
【0060】
特に、初発の吐出安定性及び待機吐出性、ならびに、印刷物の耐水性が、特段に向上する観点から、上記一般式(4)中のsは20~50であることが好ましく、tは0~10であることが好ましい。また、同様の観点から、上記一般式(4)中のR4は、炭素数10~22のアルキル基(ただし、分岐を有していてもよい)であることが好ましく、炭素数12~18のアルキル基(ただし、分岐を有していてもよい)であることが特に好ましい。
【0061】
水性インクジェットインキ中における、その他ノニオン系界面活性剤の含有量の総量は、0.1~3質量%であることが好ましく、0.2~2質量%であることがより好ましい。含有量の総量が0.1質量%以上であれば、上述した効果を確実に発現させることができるうえ、印刷物の白抜け及び混色滲みの抑制が容易となり、印刷物の耐水性も良化する。また、その他ノニオン系界面活性剤の含有量の総量が3質量%以下であれば、初発の吐出安定性及び待機吐出性が向上する。
【0062】
<ヘキシレングリコール>
上述した通り、本実施形態の水性インクジェットインキは、ヘキシレングリコールを含む。また、吐出安定性、及び、印刷物の印刷画質が全て良好なものとなる点から、本実施形態の水性インクジェットインキに含まれるヘキシレングリコールの含有量は、当該水性インクジェットインキの全量中、0.1~30質量%であることが好ましく、0.5~20質量%であることがより好ましく、1~10質量%であることが特に好ましい。
【0063】
<水溶性有機溶剤>
また、本実施形態の水性インクジェットインキは、水溶性有機溶剤を含んでもよい。ただし本願における「水溶性有機溶剤」には、ヘキシレングリコール、及び、上述した有機化合物(A)に該当する化合物は含まれないものとする。
【0064】
上記水溶性有機溶剤の具体例として、炭素数2~4のアルカンモノオール類;炭素数2~5のアルカンジオール類;炭素数3~6のアルカントリオール類;ポリエチレングリコール類(ただし、エチレンオキサイド基の数が2~4であるもの);(ポリ)エチレングリコールモノアルキルエーテル類(ただし、分子末端のアルキル基の炭素数が1~4であり、エチレンオキサイド基の数が1~3であるもの);(ポリ)プロピレングリコールモノアルキルエーテル類(ただし、分子末端のアルキル基の炭素数が1~4であり、プロピレンオキサイド基の数が1~3であるもの);ブチレングリコールモノアルキルエーテル類(ただし、分子末端のアルキル基の炭素数が1~4であるもの);ペンチレングリコールモノアルキルエーテル類(ただし、分子末端のアルキル基の炭素数が1~4であるもの);(ポリ)エチレングリコールジアルキルエーテル類(ただし、分子末端のアルキル基の炭素数がそれぞれ1~4であり、エチレンオキサイド基の数が1~4であるもの);ラクタム類(ただし、ラクタム環を構成する原子の数が5~7であるもの。また、当該ラクタム環を構成する窒素原子及び/または炭素原子に、炭素数1~2のアルキル基、炭素数1~2のヒドロキシアルキル基、または、ビニル基が結合していてもよい);アルカノールアミン類(ただし、アミノ基の数が1であり、水酸基の数が1~3であり、炭素数が3~9であるもの);等が使用できる。これらのその他水溶性有機溶剤は、1種のみを単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
なお本願において「(ポリ)エチレングリコール」「(ポリ)プロピレングリコール」とは、それぞれ、「エチレングリコール及び/またはポリエチレングリコール」「プロピレングリコール及び/またはポリプロピレングリコール」を表す。
【0065】
本実施形態の水性インクジェットインキが、上述した水溶性有機溶剤を含む場合、その含有量の総量は、当該水性インクジェットインキの全量中、2~40質量%であることが好ましく、3~30質量%であることがより好ましく、4~25質量%であることが特に好ましい。水溶性有機溶剤の含有量の総量を上記範囲内とすることで、インクジェットインキとして吐出するための適正な粘度を保つことができ、例えば長期間の印刷休止後であっても吐出安定性を良好なものとすることができるうえに、低エネルギーで乾燥可能、かつ、耐水性が良好な印刷物となる。
【0066】
また、本実施形態の水性インクジェットインキが水溶性有機溶剤を含む場合、上記ヘキシレングリコールの含有量は、当該水性インクジェットインキに含まれる水溶性有機溶剤の含有量と上記ヘキシレングリコールの含有量との総和中、3~75質量%であることが好ましく、10~60質量%であることが更に好ましく、15~50質量%であることが特に好ましい。水溶性有機溶剤及びヘキシレングリコールの含有量の総量に対する、ヘキシレングリコールの含有量を上記範囲内とすることで、当該併記試練グリコールによる、有機化合物(A)の安定化を、水溶性有機溶剤が阻害することがないため、初発の吐出安定性及び待機吐出性が向上すると同時に、マイクロ秒オーダーでの水性インクジェットインキの濡れ性が向上することで、白抜け及び混色にじみのない印刷物が得られる。
【0067】
一実施形態において、本実施形態の水性インクジェットインキに含まれる、ブチレングリコールモノアルキルエーテル類(分子末端のアルキル基の炭素数が1~4であるもの)の含有量、及び、ペンチレングリコールモノアルキルエーテル類(分子末端のアルキル基の炭素数が1~4であるもの)の含有量の総量は、上記ヘキシレングリコールの含有量に対し、50質量%以下である(含まれなくてもよい)ことが好ましく、20質量%以下である(含まれなくてもよい)ことがより好ましく、10質量%以下である(含まれなくてもよい)ことが特に好ましい。ブチレングリコールモノアルキルエーテル類(分子末端のアルキル基の炭素数が1~4であるもの)、及び、ペンチレングリコールモノアルキルエーテル類(分子末端のアルキル基の炭素数が1~4であるもの)は、ブチレン基、ペンチレン基といった大きな疎水基を有しており、他の水溶性有機溶剤と比較して疎水性が強いため、上述したヘキシレングリコールの効果を阻害する恐れがある。そのため、ブチレングリコールモノアルキルエーテル類(分子末端のアルキル基の炭素数が1~4であるもの)、及び、ペンチレングリコールモノアルキルエーテル類(分子末端のアルキル基の炭素数が1~4であるもの)の含有量の総量を制御することで、白抜け及び混色にじみがなく、耐水性に優れた印刷物が得られる。
なお、ブチレングリコールモノアルキルエーテル類(ただし、分子末端のアルキル基の炭素数が1~4であるもの)の例として、ブチレングリコールモノメチルエーテル(メトキシブタノール、メトキシメチルプロパノール等)が挙げられ、ペンチレングリコールモノアルキルエーテル類(ただし、分子末端のアルキル基の炭素数が1~4であるもの)の例として、ペンチレングリコールモノメチルエーテル(メトキシペンタノール、メトキシメチルブタノール等)が挙げられる。
【0068】
≪炭素数2~5のアルカンジオール類≫
一実施形態において、本実施形態の水性インクジェットインキは、水溶性有機溶剤として、炭素数2~5のアルカンジオール類を含んでもよい。炭素数2~5のアルカンジオール類を含むことで、有機化合物(A)の更なる安定化が実現でき、待機吐出性が向上する。また、印刷基材上に付与された水性インクジェットインキから水が揮発した後、ヘキシレングリコールとともに、ガラス転移温度の小さいバインダー樹脂を溶解することができる。その結果、印刷基材上で、水性インクジェットインキの粘度が上昇し、混色にじみが抑制される。
また、有機化合物(A)として、アセチレンジオール系化合物、アセチレンジオール系化合物のエチレンオキサイド及び/またはプロピレンオキサイド付加物、ならびに、中鎖アルカンジオール化合物からなる群から選択される1種以上の化合物を使用する場合、これらの有機化合物(A)が特段に安定化し、待機吐出性の向上、印刷物における混色にじみの抑制に加えて、当該印刷物の耐水性も良好なものとなる。
【0069】
上記炭素数2~5のアルカンジオール類として、エチレングリコール、プロピレングリコール、1,3-プロパンジオール、1,2-ブタンジオール、1,3-ブタンジオール、1,4-ブタンジオール、2,3-ブタンジオール、1,2-ペンタンジオール、1,5-ペンタンジオール、2-メチル-1,3-プロパンジオール、3-メチル-1,3-ブタンジオール等が使用できる。これらの化合物は、1種のみを単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0070】
これらの中でも、長期間の印刷休止後の吐出安定性が良好である点、及び、印刷物における混色にじみが抑制できる点から、エチレングリコール、プロピレングリコール、1,3-プロパンジオール、及び、1,3-ブタンジオールからなる群から選択される1種以上を使用することが好ましい。
特に、有機化合物(A)として、アセチレンジオール系化合物、アセチレンジオール系化合物のエチレンオキサイド及び/またはプロピレンオキサイド付加物、ならびに、中鎖アルカンジオール化合物からなる群から選択される1種以上の化合物を使用する場合、待機吐出性の向上、印刷物における混色にじみの抑制に加えて、更に印刷物の耐水性も良化する点から、プロピレングリコールを使用することが特に好ましい。
【0071】
初発の吐出安定性及び待機吐出性が向上するうえ、白抜けのない、耐水性に優れた印刷物が得られる点から、上記炭素数2~5のアルカンジオール類の含有量は、水性インクジェットインキの全量中1~30質量%であることが好ましく、3~25質量%であることがより好ましく、5~22質量%であることが特に好ましい。
【0072】
また、印刷基材上に付与された水性インクジェットインキが乾燥する際に、ヘキシレングリコールと炭素数2~5のアルカンジオール類とが、ともに、バインダー樹脂の溶解、及び、有機化合物(A)の安定化に寄与することで、白抜け及び混色にじみがなく、耐水性にも優れた印刷物が得られ、更には初発の吐出安定性及び待機吐出性も良好である水性インクジェットインキが得られるという観点から、上記ヘキシレングリコールの含有質量を1としたときの、炭素数2~5のアルカンジオール類の含有質量は、0.2~25であることが好ましく、0.4~15であることがより好ましく、1~12であることが特に好ましい。
【0073】
≪特定(ポリ)プロピレングリコールモノアルキルエーテル類≫
一方、本実施形態の水性インクジェットインキは、(ポリ)プロピレングリコールモノアルキルエーテル類のうち、分子末端のアルキル基の炭素数が2~4であり、プロピレンオキサイド基の数が1または2である化合物(本願では「特定(ポリ)プロピレングリコールモノアルキルエーテル類」と称する)を含んでもよい。特定(ポリ)プロピレングリコールモノアルキルエーテル類は、25℃における表面張力が適度に低いため、初発の吐出安定性の向上、及び、印刷物の白抜け防止が容易となる。また、特定(ポリ)プロピレングリコールモノアルキルエーテル類が、バインダー樹脂の造膜助剤としても機能するため、特定(ポリ)オキシプロピレンモノアルキルエーテル類を使用することで、均一かつ連続的なインキ膜を得ることができ、印刷物の耐水性が特段に向上する。
【0074】
特定(ポリ)プロピレングリコールモノアルキルエーテル類として、例えば、プロピレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノ-n-プロピルエーテル、プロピレングリコールモノイソプロピルエーテル、プロピレングリコールモノ-n-ブチルエーテル、プロピレングリコールモノイソブチルエーテル、プロピレングリコールモノ-tert-ブチルエーテル、ジプロピレングリコールモノエチルエーテル、ジプロピレングリコールモノ-n-プロピルエーテル、ジプロピレングリコールモノイソプロピルエーテル、ジプロピレングリコールモノ-n-ブチルエーテル、ジプロピレングリコールモノイソブチルエーテル、ジプロピレングリコールモノ-tert-ブチルエーテルが使用できる。これらの化合物は、1種のみを単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0075】
これらの化合物の中でも、1気圧下における沸点及び25℃における表面張力が適度な値を有しているため、印刷開始直後の吐出安定性が向上し、印刷物においては耐水性が向上し白抜けも防止できるという点から、分子末端のアルキル基が、分岐を有しない、炭素数2または3のアルキル基である化合物を使用することが好ましい。上記列挙した化合物のうち、これらの要件を満たすものとして、プロピレングリコールモノエチルエーテル、プロピレングリコールモノ-n-プロピルエーテル、ジプロピレングリコールモノエチルエーテル、及び、ジプロピレングリコールモノ-n-プロピルエーテルが挙げられる。また、ヘキシレングリコールとの親和性も向上することで、インキ膜の均一化及び連続膜化が促進し印刷物の耐水性が特段に向上するとともに、当該印刷物における混色にじみも抑制できるという点から、分子末端のアルキル基がn-プロピル基である化合物、すなわち、プロピレングリコールモノ-n-プロピルエーテル、及び/または、ジプロピレングリコールモノ-n-プロピルエーテルを使用することが特に好ましい。特に、待機吐出性の向上という観点も考慮すれば、特定(ポリ)オキシプロピレンモノアルキルエーテル類として、ジプロピレングリコールモノ-n-プロピルエーテルを使用することが特に好ましい。
【0076】
初発の吐出安定性の向上、ならびに、印刷物における白抜けの防止及び耐水性の向上、の全ての効果を両立させることができる点から、上記特定(ポリ)プロピレングリコールモノアルキルエーテル類の含有量は、水性インクジェットインキの全量中、0.2~10質量%であることが好ましく、0.5~8質量%であることが特に好ましい。
【0077】
<バインダー樹脂>
≪樹脂(B-1)≫
本実施形態の水性インクジェットインキは、バインダー樹脂を含む。また、当該バインダー樹脂として、ガラス転移温度が-70~35℃である樹脂(B-1)を含み、かつ、当該樹脂(B-1)の含有量が、上記水性インクジェットインキ中に含まれる樹脂の全質量中、50質量%以上である。上述した通り、ガラス転移温度が小さく、連続膜を形成しやすい樹脂(B-1)を一定量使用し、かつ、ヘキシレングリコール及びポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤と併用することで、印刷物の耐水性の向上と、初期の吐出安定性の良化との両立が実現できる。また、上記バインダー樹脂を含む水性インクジェットインキを、難浸透性基材及び非浸透性基材に印刷すると、液体成分の揮発に伴い水性インクジェットインキの粘度が大きく上昇するため、混色にじみが抑制され印刷画質が向上する。
【0078】
上述した通り、樹脂(B-1)のガラス転移温度(Tg)は、-70~35℃である。また、均一な連続膜が形成でき印刷物の耐水性が向上するとともに、水性インクジェットインキの待機吐出性も良化するという点から、樹脂(B-1)のガラス転移温度は、-55~30℃であることが好ましく、-45~25℃であることが特に好ましい。
【0079】
樹脂(B-1)を含む、バインダー樹脂のガラス転移温度は、JIS K 7121に準拠した方法によって測定できる。具体的には、あらかじめ質量を測定したアルミニウム製サンプルパンに、対象となる樹脂のサンプルを約10mg入れ、再度質量を測定したのち、ふたを載せ密閉する。次いで、この試料容器と、樹脂を入れずに作製したサンプルパンとを、島津製作所社製「DSC-60」(示差走査熱量計)内のホルダーにセットしたのち、10℃/分の昇温条件にて測定を行い、DSCチャートを得る。そして、低温側のベースラインと、当該ベースラインの変曲点における接線との交点を求め、当該交点の温度をガラス転移温度とする。なお、温度校正にはインジウムを使用する。
【0080】
一方で、アクリル樹脂については、下記式(5)によって算出できる値を、ガラス転移温度として使用することができる。
【0081】

式(5):
1/Tg = Σ(Wn/Tgn)
【0082】
上記式(5)において、Tgは樹脂のガラス転移温度(K)を表し、Wnは、上記樹脂を構成する重合性単量体nからなる構造単位の質量分率を表し、Tgnは、当該各重合性単量体nからなるホモポリマーのガラス転移温度(K)を表す。上記Tgnは、例えば「ポリマーハンドブック(第4版)」(Wiley社、1998年)記載の値が使用できる。
【0083】
上記樹脂(B-1)は、水溶性樹脂であってもよいし、樹脂微粒子であってもよい。また、水溶性樹脂と樹脂微粒子とを組み合わせて使用してもよい。なかでも、初期の吐出安定性及び待機吐出性の向上、ならびに、印刷物の耐水性の向上の観点から、樹脂(B-1)は樹脂微粒子であることが好ましい。
【0084】
本願では、25℃の水100gに対する溶解度が1g以上である樹脂を「水溶性樹脂」と称し、当該溶解度が1g未満である樹脂を「水不溶性樹脂」と称する。また本願では、上記水不溶性樹脂のうち、水中で粒子状に分散している樹脂であって、体積基準でのメジアン径(本願では「D50」とも記載する)が、10~1,000nmである樹脂を、「樹脂微粒子」とする。なお、本願におけるD50は、マイクロトラック・ベル社製「ナノトラックUPA-EX150」等の、動的光散乱法粒度分布測定装置を用いて、25℃環境下で測定される値である。
【0085】
また、上記樹脂(B-1)の種類として、アクリル樹脂、スチレン樹脂、(無水)マレイン酸樹脂、ウレタン樹脂、ポリエステル樹脂、塩化ビニル樹脂、酢酸ビニル樹脂、塩化ビニル-酢酸ビニル共重合樹脂、エチレン-酢酸ビニル共重合樹脂等が任意に使用できる。これらの樹脂は、1種のみを単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。
【0086】
これらの中でも、アクリル樹脂、ウレタン樹脂、及び、ポリエステル樹脂からなる群から選択される1種以上を、樹脂(B-1)として使用することが好ましい。更に、軟吸収性基材及び非吸収性基材に対して、密着性及び耐水性に優れた印刷物が作製できる観点から、樹脂(B-1)としてアクリル樹脂及び/またはウレタン樹脂を使用することが好ましい。
【0087】
本願において「アクリル樹脂」とは、重合性単量体として、アクリル酸、メタクリル酸、アクリル酸エステル、及び、メタクリル酸エステルからなる群から選択される1種以上を用いた樹脂を表す。なお、上記列挙した重合性単量体に加えて、アクリル樹脂を構成する当該重合性単量体として、更にスチレン系単量体が用いられてもよい。ただし、重合性単量体として、(無水)マレイン酸(「マレイン酸」及び「無水マレイン酸」から選ばれる少なくとも1種)を含む樹脂は、本願における「アクリル樹脂」には含まれない。
また「(無水)マレイン酸樹脂」とは、重合性単量体として、少なくとも(無水)マレイン酸を用いた樹脂を表す。なお(無水)マレイン酸樹脂は、重合性単量体として、更に、α-オレフィン、スチレン系単量体、アクリル酸、メタクリル酸、アクリル酸エステル、メタクリル酸エステル等が用いられてもよい。
【0088】
樹脂(B-1)の酸価は0~100mgKOH/gであることが好ましく、0.5~80mgKOH/gであることがより好ましい。特に好ましくは1~60mgKOH/gである。酸価を上記範囲内とすることで、仮に、インクジェットヘッドのノズル近傍において水性インクジェットインキの一部が乾燥したとしても、当該水性インクジェットインキの大幅な増粘を抑制することができるため、吐出安定性(特に待機吐出性)を向上させることが可能となる。また、印刷物の耐水性も向上する。
【0089】
本願における「樹脂の酸価」とは、当該樹脂1g中に含まれる酸基を中和するのに必要な水酸化カリウム(KOH)のmg数である。本願では、酸価として、以下方法により算出される値を使用する。例えば、樹脂が、1分子中にva価の酸基をna個有し、分子量がMaである重合性単量体を、当該樹脂を構成する重合性単量体中Wa質量%含む場合、その酸価(mgKOH/g)は、下記式(6)によって求められる。
【0090】

式(6):
(酸価)={(va×na×Wa)÷(100×Ma)}×56.11×1000
【0091】
上記式(6)において、数値「56.11」は、水酸化カリウムの分子量である。
【0092】
また、樹脂(B-1)として水溶性樹脂を使用する場合、当該樹脂(B-1)の質量平均分子量は、1,000~25,000であることが好ましく、5,000~20,000であることがより好ましい。上記質量平均分子量を有する樹脂(B-1)を使用することで、短い乾燥時間でも均一な連続膜が形成でき、印刷物の耐水性が向上する。
【0093】
本願では、化合物の質量平均分子量として、JIS K 7252に準拠した方法によって測定できる、ポリスチレン換算値を使用する。具体的な測定条件の例を、以下に示す。
・使用装置:東ソー社製「HLC-8320GPC」
・使用カラム:TSKgel(登録商標) SuperMultiporeHZ-M(3本)
・カラム温度:40℃
・展開溶媒:テトラヒドロフラン
・流速:0.6mL/分
・試料溶液濃度:0.1質量%
・試料溶液注入量:10μL
【0094】
本実施形態の水性インクジェットインキに含まれる、樹脂(B-1)の好適な含有量は、初期の吐出安定性及び待機吐出性が向上できるとともに、混色にじみがなく耐水性にも優れる印刷物が得られる点から、当該水性インクジェットインキの全量中、1~20質量%であることが好ましく、2~18質量%であることがより好ましく、5~15質量%であることが特に好ましい。
【0095】
上述した通り、樹脂(B-1)の含有量は、水性インクジェットインキ中に含まれる樹脂の全質量中、50質量%以上である。水性インクジェットインキ中に含まれる樹脂の半分以上が、ガラス転移温度の小さい樹脂(B-1)であることにより、インキ膜が均一な連続膜となり、印刷物の耐水性が向上する。また、上記水性インクジェットインキを難浸透性基材及び非浸透性基材に印刷した際、液体成分の揮発に伴い水性インクジェットインキの粘度が大きく上昇するため、混色にじみが抑制され印刷画質が向上する。上記観点から、樹脂(B-1)の含有量は、水性インクジェットインキ中に含まれる樹脂の全質量中、65質量%以上がより好ましく、75質量%以上が特に好ましい。
【0096】
≪その他バインダー樹脂≫
本実施形態の水性インクジェットインキは、上記樹脂(B-1)以外のバインダー樹脂(本願では「その他バインダー樹脂」とも記載する)を含んでいてもよい。
【0097】
その他バインダー樹脂は、水溶性樹脂であってもよいし、樹脂微粒子であってもよい。また、その他バインダー樹脂として使用できる樹脂の種類は、上記樹脂(B-1)の場合と同様である。一実施形態において、樹脂(B-1)との親和性が良好であるため、印刷物の耐水性が向上するという観点から、当該樹脂(B-1)と同種の樹脂を使用することが好適である。
【0098】
また例えば、印刷物の耐擦過性が向上するうえ、待機吐出性が良好なものとなる、という観点から、その他バインダー樹脂として、ガラス転移温度が50~120℃である樹脂を使用することが好ましく、60~110℃である樹脂を使用することが更に好ましく、70~100℃である樹脂を使用することが特に好ましい。
【0099】
更に、上記樹脂(B-1)と同様の観点、すなわち、吐出安定性(特に待機吐出性)、及び、印刷物の耐水性が向上するという観点から、その他バインダー樹脂の酸価は、0~100mgKOH/gであることが好ましく、0.5~80mgKOH/gであることがより好ましい。特に好ましくは1~60mgKOH/gである。
【0100】
本実施形態の水性インクジェットインキがその他バインダー樹脂を含む場合、当該その他バインダー樹脂の好適な含有量は、初期の吐出安定性及び待機吐出性が向上できる点から、当該水性インクジェットインキの全量中、1~12質量%であることが好ましく、1.5~10質量%であることがより好ましく、2~8質量%であることが特に好ましい。
【0101】
<ワックス樹脂微粒子>
また、本実施形態の水性インクジェットインキは、ワックス樹脂微粒子を含んでもよい。更に、当該ワックス樹脂微粒子として、ポリオレフィン樹脂微粒子を使用することが好ましい。詳細な理由は不明であるが、ポリオレフィン樹脂微粒子は、上述した樹脂(B-1)と併用しても、安定に水性インクジェットインキ中に分散させることが可能である。また、印刷物の耐擦過性、密着性、耐水性等を向上できる点からも、好適に選択される。
【0102】
上記ポリオレフィンとして、ポリエチレン、ポリプロピレン、及び、ポリブテンからなる群から選択される1種以上が好適に使用できるが、特にポリエチレンを選択することが、印刷物の耐水性を向上させることができる点から好ましい。
【0103】
ワックス樹脂微粒子を用いる場合、そのD50は、10~200nmであることが好ましく、20~180nmであることがより好ましい。D50が上記範囲内であれば、印刷物の耐擦過性、密着性、耐水性等の向上が可能となる。また、インクジェットヘッドノズルでの詰まりを起こすことがなくなるため、特に初発の吐出安定性に優れた水性インクジェットインキが得られる。
【0104】
ワックス樹脂微粒子を使用する場合、水性インクジェットインキ中に含まれるすべての樹脂(顔料分散樹脂、バインダー樹脂、及び、ワックス樹脂微粒子)の配合量の総量に対する、上記ワックス樹脂微粒子の配合量が、2~30質量%であることが好ましく、3~25質量%であることがより好ましく、4~20質量%であることが特に好ましい。上記範囲内に収めることで、初発の吐出安定性及び待機吐出性を悪化させることなく、印刷物の耐擦過性、密着性、耐水性が向上できる。
また、高速印刷時であっても十分な耐水性を有する印刷物が得られることから、水性インクジェットインキ全量に対する、ワックス樹脂微粒子の配合量は、0.2~2.5質量%であることが好ましく、0.5~2質量%であることが特に好ましい。
【0105】
<顔料>
本実施形態の水性インクジェットインキは、顔料を含む。上記顔料として、従来既知の有機及び無機顔料を任意に使用することができ、例えば、下記のカラーインデックス名で表される顔料が使用できる。
すなわち、レッド顔料として、C.I.ピグメントレッド52、5、7、9、12、17、22、23、31、48:1、48:2、48:3、48:4、49:1、49:2、57:1、57:2、112、122、123、146、147、149、150、166、168、170、171、175、176、177、178、184、188、202、207、209、254、255、260、264、266、269、282;
バイオレット顔料として、C.I.ピグメントバイオレット19、23、29、32、36、37、42、50;
オレンジ顔料として、C.I.ピグメントオレンジ1、2、3,5、7、13、14、15、16、22、34、36、38、40、43、47、48、49、51、52、53、60、61、62、64、65、66、69、71、73;
ブルー顔料として、C.I.ピグメントブルー15、15:3、15:4、15:6、16、60、64、79;
グリーン顔料として、C.I.ピグメントグリーン7、10、36、48;
イエロー顔料として、C.I.ピグメントイエロー1、2、3、5、12、13,14、16、17、24、73、74、83、87、93、94、95、97、98、109、110、111、112、120、126、127、128、129、137、138、139、147、150、151、154、155、166、167、168、170、180、185、213;
ブラック顔料として、C.I.ピグメントブラック1、7、11;ならびに、
ホワイト顔料として、C.I.ピグメントホワイト4,5、6、21等である。
これらの顔料は、1種のみを単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。また、上記列挙した顔料の2種以上からなる固溶体を、顔料として使用することもできる。
【0106】
本実施形態の水性インクジェットインキに含まれる顔料の含有量は、当該水性インクジェットインキを用いて作製される印刷物の使用用途によって調整されるが、例えば、水性インクジェットインキの全量中、0.5~30質量%であることが好ましい。また、白色の水性インクジェットインキ(水性ホワイトインキ)の場合以外では、水性インクジェットインキの吐出安定性を悪化させることなく、濃度が高い印刷物が得られる点から、上記顔料の含有量は、0.5~12質量%であることがより好ましく、1~8質量%であることが特に好ましい。一方で水性ホワイトインキの場合は、当該水性ホワイトインキの吐出安定性を悪化させることなく、隠蔽性が高い印刷物が得られる点から、上記顔料の含有量は、5~25質量%であることがより好ましく、10~20質量%であることが特に好ましい。
【0107】
<顔料分散樹脂>
本実施形態の水性インクジェットインキは、顔料分散用途で使用される樹脂(顔料分散樹脂)を含んでもよい。顔料分散樹脂を使用せずに分散された顔料(自己分散顔料、界面活性剤で分散された顔料等)と比較して、顔料分散樹脂を用いて分散された顔料は、分散安定性に優れるため、初発の吐出安定性及び待機吐出性に優れた水性インクジェットインキとなる。また、印刷物の耐水性に悪影響を与えない点からも、顔料分散樹脂を選択することが好適である。
【0108】
なお、顔料分散樹脂は、上述した樹脂(B-1)を兼ねるものであってもよい。顔料分散樹脂が、上記樹脂(B-1)を兼ねる形態の例として、顔料を含み、ガラス転移温度が-70~35℃である樹脂微粒子が挙げられる。
【0109】
顔料分散樹脂の種類は特に限定されず、例えば、アクリル樹脂、スチレン樹脂、(無水)マレイン酸樹脂、ウレタン樹脂、ポリエステル樹脂等が任意に使用できる。これらの樹脂は、1種のみを単独で使用してもよいし、2種以上を併用してもよい。これらの中でも、初発の吐出安定性及び待機吐出性が向上できること、材料選択性が大きいこと、樹脂合成が容易であること、等の点から、アクリル樹脂、(無水)マレイン酸樹脂、及び、ウレタン樹脂からなる群より選択される1種以上を使用することが好ましい。また、樹脂(B-1)との親和性が向上するため、顔料が水性インクジェットインキ内で不均一化しにくく、インキ膜の均一化及び連続膜化が上記顔料によって阻害されないため、印刷物の耐水性が向上する、という点から、顔料分散樹脂として、上記樹脂(B-1)と同種の樹脂を使用することが特に好ましい。
【0110】
顔料分散樹脂として、従来既知の方法により合成した樹脂を使用してもよいし、市販品を使用してもよい。またその構造についても特に制限はなく、例えばランダム構造、ブロック構造、グラフト構造、ハイパーブランチ構造等を有する樹脂が利用できる。一実施形態において、上記顔料分散樹脂は、ブロック構造またはグラフト構造を有していることが好ましい。水性インクジェットインキ中に遊離した顔料分散樹脂は、有機化合物(A)及びポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤と吸着し、初発の吐出安定性及び待機吐出性、ならびに、印刷物の印刷画質を悪化させる恐れがある。そのため、本実施形態の水性インクジェットインキでは、顔料からの脱着を起こしにくい、ブロック構造またはグラフト構造を有している顔料分散樹脂が好適に使用できる。また同様の理由により、顔料表面に吸着した顔料分散樹脂を、架橋剤等により架橋させる(すなわち、架橋顔料分散樹脂を使用する)ことも好適である。
【0111】
また、顔料分散樹脂として、水溶性樹脂を選択してもよいし、水不溶性樹脂を選択してもよいし、水溶性樹脂と水不溶性樹脂とを併用してもよい。
【0112】
顔料分散樹脂として水溶性樹脂を用いる場合、その酸価は60~400mgKOH/gであることが好ましく、70~350mgKOH/gであることがより好ましく、80~300mgKOH/gであることが特に好ましい。酸価を上記範囲内とすることで、顔料の分散安定性を保つことが可能であり、初発の吐出安定性及び待機吐出性が向上する。
【0113】
一方、顔料分散樹脂として水不溶性樹脂を用いる場合、その酸価は0~100mgKOH/gであることが好ましく、5~90mgKOH/gであることがより好ましく、10~80mgKOH/gであることが更に好ましい。酸価が上記範囲内であれば、耐水性に優れる印刷物を得ることが容易になる。
【0114】
本実施形態の水性インクジェットインキでは、顔料に対する吸着性が向上することで、顔料の分散安定性が向上するだけでなく、顔料分散樹脂の遊離を抑制し、初発の吐出安定性及び待機吐出性、ならびに、印刷物の印刷画質の悪化を防止することができる、という観点から、上記顔料分散樹脂に芳香族基を導入することが好ましい。なお、芳香族基としては、フェニル基、ナフチル基、アントリル基、トリル基、キシリル基、メシチル基、アニシル基等が挙げられるが、これらに限定されない。中でもフェニル基、ナフチル基、及び、トリル基からなる群から選択される1種以上が、顔料の分散安定性、初発の吐出安定性及び待機吐出性、ならびに、印刷物の印刷画質の全てが良好なものとなる点から好ましく選択される。
【0115】
顔料の分散安定性、初発の吐出安定性及び待機吐出性、ならびに、印刷物の印刷画質の全てが向上するという観点から、芳香環を含有する重合性単量体の導入量は、顔料分散樹脂を構成する重合性単量体の全量に対し、5~75質量%であることが好ましく、10~65質量%であることがより好ましく、15~55質量%であることが特に好ましい。
【0116】
顔料分散樹脂が上記樹脂(B-1)を兼ねるものではない場合、当該顔料分散樹脂の配合量は、顔料の配合量に対して3~80質量%であることが好ましく、5~70質量%であることがより好ましく、10~60質量%であることが特に好ましい。また、耐水性に優れた印刷物が得られるという観点から、顔料分散樹脂の配合量は、樹脂(B-1)の配合量に対して、2~50質量%であることが好ましく、3~45質量%であることがより好ましく、4~40質量%であることが特に好ましい。
【0117】
<水>
本実施形態の水性インクジェットインキは、水を含む。当該水として、イオン交換水(脱イオン水)または蒸留水を使用することが好ましい。また、水の含有量は、水性インクジェットインキ全量に対し45~85質量%であることが好ましく、50~80質量%であることが特に好ましい。水は沸点が低いため、水性インクジェットインキから優先的に揮発する。水の含有量を上記範囲内とすることで、印刷基材上で当該水が優先的に揮発した後、ヘキシレングリコール及びポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤と、有機化合物(A)及びバインダー樹脂とが好適に親和し、連続的なインキ膜が形成される結果、印刷物の耐水性が向上する。
【0118】
<その他成分>
本実施形態の水性インクジェットインキは、上述した成分以外に、pH調整剤、及び、その他添加剤を含んでいてもよい。また、上記その他添加剤の例として、架橋剤、防腐剤、紫外線吸収剤、及び、赤外線吸収剤が挙げられる。これらの成分には、それぞれ、従来既知の化合物を1種、または2種以上使用することができる。
【0119】
<水性インクジェットインキの製造方法>
本実施形態の水性インクジェットインキは、従来既知の方法によって製造することができる。一例を挙げると、あらかじめ、少なくとも水を含む媒体(水系媒体)中に顔料を分散させた、顔料分散液を製造する。そして、当該顔料分散液に、水、有機化合物(A)、ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤と、ヘキシレングリコール、バインダー樹脂等を添加し、十分に撹拌及び混合したのち、濾過、遠心分離等の手法によって粗大粒子を除去する、という方法が挙げられる。ただし、本実施形態の水性インクジェットインキの製造方法は、上述した方法に限定されるものではない。
【0120】
<水性インクジェットインキの特性>
本実施形態の水性インクジェットインキは、25℃における粘度が3~15mPa・sであることが好ましい。この粘度領域であれば、吐出周波数が4~10KHz程度であるインクジェットヘッドだけではなく、20~70KHz程度という高い吐出周波数を有するインクジェットヘッドからも、水性インクジェットインキの液滴を安定して吐出することができる。特に、本実施形態の水性インクジェットインキの25℃における粘度が4~10mPa・sである場合は、600dpi以上の設計解像度を有するインクジェットヘッドを使用した場合であっても、安定的に水性インクジェットインキを吐出させることができる。なお本願では、粘度として、東機産業社製「TVE25L型粘度計」等のコーンプレート型回転粘度計(E型粘度計、コーン角度1°34’)を用いて、25℃環境下で測定された値を使用する。
【0121】
また、初発の吐出安定性、及び、印刷物の印刷画質に優れた水性インクジェットインキが得られる点から、本実施形態の水性インクジェットインキの、25℃における静的表面張力は、18~35mN/mであることが好ましく、21~32mN/mであることが特に好ましい。なお本願では、静的表面張力として、協和界面科学社製「自動表面張力計CBVP-Z」等の、ウィルヘルミー法(プレート法)を用いて、25℃環境下で測定された値を使用する。
【0122】
<水性インクジェットインキのセット>
本実施形態の水性インクジェットインキは1種のみを単独で使用してもよいが、2種以上の水性インクジェットインキを組み合わせた、水性インクジェットインキのセットとして使用することもできる。当該水性インクジェットインキのセットとして、例えば、シアン色の水性インクジェットインキ(水性シアンインキ)、マゼンタ色の水性インクジェットインキ(水性マゼンタインキ)、イエロー色の水性インクジェットインキ(水性イエローインキ)、及び、ブラック色の水性インクジェットインキ(水性ブラックインキ)からなる、4色の水性インクジェットインキのセット(プロセスカラーインキセット);当該プロセスカラーインキセットに、更に水性ホワイトインキを追加した、5色の水性インクジェットインキのセット;等が挙げられる。なお、水性インクジェットインキのセットを構成するすべての水性インクジェットインキが、上述した本発明の実施形態の要件を満たすことが好ましい。
【0123】
<インキ-前処理液セット>
また、本実施形態の水性インクジェットインキ、及び、上記水性インクジェットインキのセットは、凝集剤を含む前処理液と組み合わせた形態(インキ-前処理液セットの形態)で使用することもできる。凝集剤を含む前処理液を、水性インクジェットインキの印刷前に印刷基材上に付与することで、当該水性インクジェットインキ中に含まれる固体成分を意図的に凝集させる層(インキ凝集層)を形成することができる。そして当該インキ凝集層上に上記水性インクジェットインキを着弾させることで、当該水性インクジェットインキの液滴同士の合一及び混色にじみを防止し、印刷物の印刷画質を著しく向上できる。
【0124】
なお、上記凝集剤として、例えば、多価金属イオンを含む水溶性の無機塩または有機塩、ならびに、カチオン性基を有し、カチオン性基当量がアニオン性基当量よりも大きい樹脂が使用できる。
【0125】
<インクジェット印刷方法>
本実施形態の水性インクジェットインキは、上述したインクジェット印刷方式で使用される。すなわち、本実施形態の水性インクジェットインキを用いて行われるインクジェット印刷方法は、微細なノズルを有するインクジェットヘッドから印刷基材上に吐出される工程(吐出工程)を含む。また、印刷基材上に吐出された水性インクジェットインキは、乾燥機構によって乾燥されることが好ましい(乾燥工程)。
【0126】
≪吐出工程≫
吐出工程における、インクジェットヘッドの動作方式として、印刷基材の搬送方向と直行する方向にインクジェットヘッドを往復走査させながら、水性インクジェットインキの吐出及び記録を行うシャトル(スキャン)方式、及び、印刷基材を、固定配置したインクジェットヘッドの下部を通過させる際に、水性インクジェットインキの吐出及び記録を行うシングルパス方式が存在する。本実施形態の水性インクジェットインキを搭載したインクジェットヘッドは、シャトル方式及びシングルパス方式のどちらを採用してもよい。中でも、水性インクジェットインキの液滴の着弾位置にずれが生じにくく、印刷物の印刷画質が向上する点、更には高速印刷が可能であり有版印刷代替としての高い生産性が発揮できる点から、シングルパス方式が好適に選択される。
【0127】
インクジェットヘッドからの吐出方式に関しても、既知の方式を任意に選択することができる。当該吐出方式として、例えば、圧電素子(ピエゾ素子)の体積変化を利用するピエゾ方式、ヒーターの加熱により発生する気泡によって水性インクジェットインキを吐出するサーマル方式、ノズルの蓋(バルブ)をソレノイドで開閉しながら、加圧した水性インクジェットインキを吐出するバルブ方式、等がある。
【0128】
インクジェットヘッドから吐出される水性インクジェットインキの液滴量は、乾燥負荷の軽減、印刷画質の向上等の点から、0.5~20ピコリットルであることが好ましく、0.5~15ピコリットルであることが特に好ましい。また、印刷画質の向上の点から、印刷物の記録解像度が600dpi以上となるように、印刷条件(具体的には、インクジェットヘッドの駆動周波数及び設置個数、ならびに、印刷速度)を調整することが好ましく、1200dpi以上となるように印刷条件を調整することが特に好ましい。
【0129】
≪乾燥工程≫
乾燥工程で使用される乾燥機構で採用される乾燥方法として、加熱乾燥法、熱風乾燥法、赤外線(例えば、波長700~2500nmの赤外線)乾燥法、マイクロ波乾燥法、ドラム乾燥法等が挙げられる。
上記乾燥工程では、これらの1つ以上の方法を任意に選択及び使用することができる。また、上記乾燥方法を2種以上採用する際は、それぞれの乾燥方法を別々に(例えば続けて)使用してもよいし、同時に併用してもよい。例えば、加熱乾燥法と熱風乾燥法とを併用することで、それぞれを単独で使用したときよりも素早く、水性インクジェットインキを乾燥させることができる。
【0130】
特に、水性インクジェットインキ中の液体成分の突沸を防止し、印刷画質に優れた印刷物を得る観点から、加熱乾燥法を採用する場合は、乾燥温度を35~100℃とすることが、また熱風乾燥法を採用する場合は、熱風温度を50~250℃とすることが、それぞれ好適である。また同様の観点から、赤外線乾燥法を採用する場合は、照射される赤外線の全出力の積算値の50%以上が、700~2200nmの波長領域に存在することが好ましい。
【0131】
<印刷基材>
本実施形態の水性インクジェットインキが印刷される印刷基材は、特に限定されるものではない。
一方で、本実施形態の水性インクジェットインキは、難浸透性基材及び非浸透性基材に対して好適に使用することができる。一般に、印刷基材として難浸透性基材及び非浸透性基材を使用した場合、水性インクジェットインキが浸透しない(または浸透しにくい)ため、印刷物において、混色にじみ及び耐水性の悪化が発生しやすい。それに対して、本実施形態の水性インクジェットインキを使用することで、難浸透性基材や非浸透性基材に対しても、混色にじみがなく、耐水性に優れる印刷物を得ることが可能となる。
【0132】
本願では、印刷基材の浸透性は、動的走査吸液計によって測定される吸水量によって判断する。具体的には、下記方法によって測定される、接触時間100msecにおける純水の吸水量が、1g/m2未満である印刷基材を「非浸透性基材」、1g/m2以上6g/m2未満である印刷基材を「難浸透性基材」、6g/m2以上である印刷基材を「浸透性基材」とする。
なお、印刷基材の吸水量は、以下に示す条件に設定した動的走査吸液計(例えば、熊谷理機工業社製「KM500win」)を使用し、15~20cm角程度にした印刷基材を試料として、23℃、50%RHの環境下で測定することができる。
・測定方法:螺旋走査(Spiral Method)
・測定開始半径:20mm
・測定終了半径:60mm
・接触時間:10~1,000msec
・サンプリング点数:19(接触時間の平方根に対してほぼ等間隔になるよう測定)
・走査間隔:7mm
・回転テーブルの速度切替角度:86.3度
・ヘッドボックス条件:幅5mm、スリット幅1mm
【0133】
非浸透性基材及び難浸透性基材の例として、ポリエチレンテレフタレート(PET)フィルム、ポリプロピレン(PP)フィルム、ポリエチレンフィルム、ナイロンフィルム、ポリスチレンフィルム、ポリスチレンシート等のプラスチックフィルム及びシート;コート紙、アート紙、キャスト紙等の塗工紙;アルミニウム、鉄、ステンレス、チタン等の金属;等が挙げられる。
【0134】
上記列挙した印刷基材は、その表面が滑らかであっても、凹凸のついたものであってもよい。また、上記印刷基材は、透明、半透明、不透明のいずれであってもよい。更に、上記印刷基材は、ロール状であっても枚葉状であってもよい。加えて、上記列挙した印刷基材の2種以上を互いに貼り合わせたものを、印刷基材として使用してもよい。また、印刷面の反対側に、剥離粘着層等が設けられていてもよいし、印刷後の印刷面に粘着層等を設けてもよい。
【0135】
本実施形態の水性インクジェットインキの濡れ性を向上し、印刷画質及び乾燥性に優れ、印刷物表面の均一化に伴い耐擦過性及び耐水性も良好な印刷物が得られる点から、上記列挙した印刷基材の印刷面に対し、印刷前にコロナ処理及びプラズマ処理といった表面改質を施すことも好適である。
【0136】
<印刷物>
本実施形態の水性インクジェットインキは、印刷物の製造に使用できる。また上記印刷物を製造する方法として、上述したインクジェット印刷方法が使用できる。
【実施例
【0137】
以下に実施例及び比較例を挙げて、本実施形態の水性インクジェットインキについて、更に具体的に説明する。なお、以下の記載において「部」及び「%」とあるものは、特に断らない限り、それぞれ「質量部」、「質量%」を表す。
【0138】
<アクリル顔料分散樹脂の水性化溶液の製造例>
ガス導入管、温度計、コンデンサー、攪拌器を備えた反応容器に、2-ブタノンを56部仕込んだ。次いで、重合性単量体であるベンジルメタクリレートを56部と、重合開始剤である2,2’-アゾビスイソブチロニトリルを0.3部と、2-(ドデシルチオカルボノチオイルチオ)-イソ酪酸を2.2部とを、それぞれ投入した。反応容器内を窒素ガスで置換したのち、当該反応容器内の内容物が75℃になるまで加熱し、内温を75℃に保持したまま3時間重合反応を行うことで、メタクリル酸ベンジルからなる重合体(Aブロック)を得た。
上記重合反応の終了後、内容物が常温になるまで冷却したのち、反応容器に、2-ブタノンを44部、ブチルメタクリレートを28部、及び、メタクリル酸を16部、をそれぞれ投入した。再度、反応容器内を窒素ガスで置換したのち、当該反応容器内の内容物が75℃になるまで加熱し、内温を75℃に保持したまま3時間にわたって重合反応を行うことで、上記Aブロックに、メタクリル酸ブチル及びメタクリル酸からなる共重合体(ブロックB)が付加したA-Bブロック構造を有する、アクリル顔料分散樹脂を得た。
その後、反応容器内の内容物が常温になるまで冷却したのち、ジメチルアミノエタノールを17部添加してアクリル顔料分散樹脂を中和し、更に、イオン交換水を150部添加した。その後、内容物を加熱し、2-ブタノンをイオン交換水と共沸させて当該2-ブタノンを留去したのち、イオン交換水を加えて固形分濃度が20%になるように調整することで、アクリル顔料分散樹脂の水性化溶液を得た。また、上述した方法で測定したアクリル顔料分散樹脂の質量平均分子量は、23,000であり、上記式(5)を用いて算出したアクリル顔料分散樹脂のガラス転移温度は、53℃であり、上記式(6)を用いて算出したアクリル顔料分散樹脂の酸価は、104mgKOH/gであった。
【0139】
なお、本願において「水性化溶液」とは、水系媒体と、当該水系媒体に分散及び/または溶解した成分とを含む溶液を表す。
【0140】
<マゼンタ顔料分散液の製造例>
C.I.ピグメントレッド122(DIC社製「FASTOGEN SUPER MAGENTA RTS」)を450gと、アクリル顔料分散樹脂の水性化溶液を560gと、イオン交換水を1,990gとを、撹拌機を備えた混合容器(容積10L)中に投入し、1時間撹拌(プレミキシング)を行った。次いで、直径0.5mmのジルコニアビーズ1,800gを充填したシンマルエンタープライゼス社製「ダイノーミル」(容積0.6L)を用いて、混合物の循環分散を開始した。そして、一定時間(例えば1時間)ごとに、上述した装置を使って上記混合物のD50を測定し、当該D50が180nm以下になったところで循環分散を終了することで、顔料濃度が15%であるマゼンタ顔料分散液を製造した。
【0141】
<イエロー顔料分散液の製造例>
顔料としてLysopac Yellow 5515C(バイブランツ社製C.I.ピグメントイエロー155)を使用した以外は、上記マゼンタ顔料分散液と同様の原料及び方法により、顔料濃度が15%であるイエロー顔料分散液を得た。
【0142】
<アクリルバインダー樹脂1の製造例>
温度計、コンデンサー、攪拌機、滴下ロートを備えた反応容器に、イオン交換水40部と、乳化剤であるアクアロンKH-10(第一工業製薬社製)0.2部とを仕込んだ。一方、攪拌機を備えた別の混合容器に、重合性単量体である、メチルメタクリレート25部、ブチルアクリレート10部、ブチルメタクリレート50部、アクリル酸2.5部、及び、ベンジルメタクリレート12.5部;イオン交換水53部;ならびに、乳化剤であるアクアロンKH-10(第一工業製薬社製)1.8部を仕込み、よく攪拌混合することで、乳化液とした。
上記乳化液を5部分取し、上記反応容器に投入した。その後、反応容器内の内容物の温度が60℃になるまで加熱し、当該反応容器内を窒素ガスで置換したのち、過硫酸カリウムの5%水溶液を3部と、無水重亜硫酸ナトリウムの1%水溶液を4部とを添加し、重合反応を開始した。重合反応の開始後、反応容器内の内容物の温度を60℃に保ちながら、上記乳化液の残りと、過硫酸カリウムの5%水溶液を2部と、無水重亜硫酸ナトリウムの1%水溶液を6部とを、1.5時間かけて滴下した。また滴下完了後、更に2時間攪拌を継続した。その後、反応容器内の内容物が常温になるまで冷却したのち、当該内容物のpHが8.5になるまでジエチルアミノエタノールを添加した。そして、イオン交換水を加え、固形分濃度が30%になるように調整することで、樹脂微粒子である、アクリルバインダー樹脂1の水分散液を得た。なお、上記式(5)を用いて算出したアクリルバインダー樹脂1のガラス転移温度は、32℃であり、上記式(6)を用いて算出したアクリルバインダー樹脂1の酸価は、20mgKOH/gであった。
【0143】
<アクリルバインダー樹脂2~4の製造例>
乳化液の作製に使用した重合性単量体の種類及び添加量を、下表1のように変更した以外は、上記アクリルバインダー樹脂1と同様の材料及び方法により、樹脂微粒子である、アクリルバインダー樹脂2~4の水分散液(それぞれ固形分濃度30%)を得た。
【0144】
【表1】
【0145】
なお上表1には、アクリルバインダー樹脂1の製造に使用した重合性単量体の種類及び添加量、ならびに、アクリルバインダー樹脂1~4のガラス転移温度(上記式(5)を用いて算出)及び酸価(上記式(6)を用いて算出)に関しても、併せて記載した。
【0146】
<アセチレンジオール系化合物1~3の製造例>
特開2001-215690号公報の、実施例6~9記載の方法を利用し、ジオールとして2,4,7,9-テトラメチル-5-デシン-4,7-ジオール(エボニックジャパン社製「サーフィノール104」)を出発物質とするとともに、エチレンオキシド及びプロピレンオキシドの量、ならびに、合成条件(圧力、温度、時間)を調整することで、当該2,4,7,9-テトラメチル-5-デシン-4,7-ジオールにエチレンオキサイド基及びプロピレンオキサイド基が付加した化合物(アセチレンジオール系化合物1~3)を合成した。
具体的には、2,4,7,9-テトラメチル-5-デシン-4,7-ジオールに、3モルのエチレンオキサイド基及び11モルのプロピレンオキサイド基が付加した、アセチレンジオール系化合物1(HLB値2.7)、2,4,7,9-テトラメチル-5-デシン-4,7-ジオールに、3.5モルのエチレンオキサイド基及び4モルのプロピレンオキサイド基が付加した、アセチレンジオール系化合物2(HLB値5.0)、及び、2,4,7,9-テトラメチル-5-デシン-4,7-ジオールに、1.5モルのエチレンオキサイド基及び7.5モルのプロピレンオキサイド基が付加した、アセチレンジオール系化合物3(HLB値1.8)の3種類の化合物を製造した。
【0147】
<水性インクジェットインキのセットの製造>
上述した方法で製造した顔料分散液を使用し、下表2の各列に記載した配合処方になるように、攪拌機を備えた混合容器中に、各原料を投入した。また全ての原料を投入した後、混合物が十分に均一になるまでを攪拌混合を継続した。その後、孔径0.8μmのメンブレンフィルターで濾過を行うことで、水性インクジェットインキを製造した。なお、上記マゼンタ顔料分散液及びイエロー顔料分散液のそれぞれで水性インクジェットインキを製造することにより、それぞれ、水性マゼンタインキ(M)及び水性イエローインキ(Y)からなる水性インクジェットインキのセットを製造した。
【0148】
水性インクジェットインキの製造にあたっては、混合容器内の混合物を攪拌しながら、各原料を投入するようにした。またそれぞれ、表1の各列において、上の行に記載されている成分から順番に投入した。ただし、これらの成分の1種以上を含まない水性インクジェットインキを製造する場合は、当該成分を投入せずに、順番に従い次の成分を投入した。また、2種類以上の原料を含む成分に関しては、当該成分内での投入順序は任意とした。
【0149】
【表2】
【0150】
【表2】
【0151】
【表2】
【0152】
【表2】
【0153】
上表1に記載された略称の意味及び商品名の詳細は、以下に示す通りである。また表1中、「HLB」はHLB値を表し、「Tg」はガラス転移温度を表し、「Nv」は固形分濃度を表す。更に、「EO」は「エチレンオキサイド」を表し、「PO」は「プロピレンオキサイド」を表す。
・サーフィノールDF110D:2,5,8,11-テトラメチル-6-ドデシン-5,8-ジオール(エボニックジャパン社製アセチレンジオール系化合物(界面活性剤)、HLB値=2.7)
・サーフィノール420:2,4,7,9-テトラメチル-5-デシン-4,7-ジオールに、1.3モルのエチレンオキサイド基が付加した化合物(エボニックジャパン社製アセチレンジオール系化合物(界面活性剤)、HLB値=4.0)
・1,7-HepD:1,7-ヘプタンジオール(中鎖アルカンジオール化合物、HLB値=5.2)
・1,2-OctD:1,2-オクタンジオール(中鎖アルカンジオール化合物、HLB値=4.7)
・1,6-HexD:1,6-ヘキサンジオール(HLB値=5.8)
・BYK-3420:両末端ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤(ビックケミー・ジャパン社製)
・BYK-333:両末端ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤(ビックケミー・ジャパン社製)
・BYK-348:側鎖ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤(ビックケミー・ジャパン社製)
・KF-6015:側鎖ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤(信越シリコーン社製)
・サーフィノール465:2,4,7,9-テトラメチル-5-デシン-4,7-ジオールに、10モルのエチレンオキサイド基が付加した化合物(エボニックジャパン社製アセチレンジオール系化合物(界面活性剤)、HLB値=13.2)
・ノニオンK-230:一般式(4)においてR4が炭素数12のアルキル基であり、s=30、t=0である化合物(日油社製、HLB値=17.5)
・タケラックW-6061:三井化学社製ウレタン樹脂微粒子(固形分濃度=30%、ガラス転移温度=25℃)
・タケラックW-6110:三井化学社製ウレタン樹脂微粒子(固形分濃度=32%、ガラス転移温度=-20℃)
・SF470:スーパーフレックス470(第一工業製薬社製ウレタン樹脂微粒子、固形分濃度=38%、ガラス転移温度=-31℃)
・SF300:スーパーフレックス300(第一工業製薬社製ウレタン樹脂微粒子、固形分濃度=30%、ガラス転移温度=-42℃)
・QE-1042:星光PMC社製アクリル樹脂微粒子(固形分濃度=40.5%、ガラス転移温度=53℃)
・プロキセルGXL:1,2-ベンゾイソチアゾール-3-オンのジプロピレングリコール-水溶液(1,2-ベンゾイソチアゾール-3-オン:ジプロピレングリコール:水=2:6:2、アーチケミカルズ社製防腐剤)
【0154】
[実施例1~57、比較例1~8]
上述した方法で製造した水性インクジェットインキのセットを使用し、以下に示す評価を行った。また評価結果は上表1に示した通りであった。
【0155】
<評価1:吐出安定性(初発)の評価>
25℃の環境下に設置した、京セラ社製インクジェットヘッド「KJ4B-QA」(設計解像度600dpi)を搭載したインクジェット吐出装置に、上記水性インクジェットインキのセットを構成する、水性マゼンタインキまたは水性イエローインキを充填したのち、ノズルチェックパターンを印刷し、全てのノズルから正常にインキが吐出されていることを確認した。
次いで、周波数30kHz、600×600dpiの印字条件で、OKトップコート紙に、印字率100%のベタ印刷を行った。そして、得られたベタ印刷物について、最初に水性インクジェットインキが印刷されるはずの部分に、当該水性インクジェットインキが付与されているか、ルーペで確認を行うことで、吐出安定性(初発)の評価を行った。評価基準は下記のとおりとし、◎、○、○△、△を実使用可能とした。なお上記評価は、水性インクジェットインキのセットを構成する水性マゼンタインキ及び水性イエローインキでそれぞれ行った。また表2には、評価を行った、水性マゼンタインキ及び水性イエローインキのうち、評価結果が悪かったものについて、その結果を記載した。
◎:ベタ印刷物において、最初に印刷されるはずの部分に、全く欠けが見られなかったか、欠けが見られたもののその長さは3mm以下であった
○:ベタ印刷物において、最初に印刷されるはずの部分に、3mm超1cm以下の欠けが見られた
○△:ベタ印刷物において、最初に印刷されるはずの部分に、1cm超1.5cm以下の欠けが見られた
△:ベタ印刷物において、最初に印刷されるはずの部分に、1.5cm超2cm以下の欠けが見られた
×:ベタ印刷物において、最初に印刷されるはずの部分に、2cm超の欠けが見られた。
【0156】
<評価2:待機吐出性の評価>
25℃の環境下に設置したインクジェット吐出装置に、FUJIFILM Dimatix社製インクジェットヘッド「Samba G3L」(設計解像度1,200dpi)を設置し、更に、ポンプ、チューブ及びインキタンクを準備して、上記Samba G3Lのインキ供給口とポンプ、当該ポンプとインキタンク、並びに、当該インキタンクと当該Samba G3Lのインキ排出口を接続した。
次いで、上記水性インクジェットインキのセットを構成する、水性マゼンタインキまたは水性イエローインキを上記インキタンクに充填し、上記ポンプを稼働してインクジェットヘッド及び流路内を水性インクジェットインキで満たした。ノズルチェックパターンを印刷し、全てのノズルから正常にインキが吐出されていることを確認した後、上記ポンプを稼働させた状態で、インクジェット吐出装置を1時間待機させた。そして1時間後、再度ノズルチェックパターンを印刷し、ノズル抜け本数を目視でカウントすることで、待機吐出性を評価した。評価基準は下記のとおりとし、◎、○、△を実使用可能とした。なお上記評価は、水性インクジェットインキのセットを構成する水性マゼンタインキ及び水性イエローインキでそれぞれ行った。また表2には、評価を行った、水性マゼンタインキ及び水性イエローインキのうち、評価結果が悪かったものについて、その結果を記載した。
◎:ノズル抜けが全くなかった
○:ノズル抜けが1~4本発生した
△:ノズル抜けが5~9本発生した
×:ノズル抜けが10本以上発生した
【0157】
<マゼンタ/イエローグラデーション印刷物の作製>
京セラ社製インクジェットヘッド「KJ4B-1200」(設計解像度1200dpi、ノズル径20μm)を2個、印刷基材の搬送方向に沿って並べて設置したインクジェット吐出装置を準備し、当該搬送方向の上流側から、水性マゼンタインキ、水性イエローインキの順番で、それぞれの水性インクジェットインキのセットを充填した。また、コンベヤ上に、印刷基材として、A4サイズ(幅21cm×長さ30cm)のOPPフィルム(三井化学東セロ社製「OPU-1」(厚さ20μm)、または、フタムラ化学社製「FOR-AQ」(厚さ20μm))を、コロナ処理面が上側になるように固定した。その後、コンベヤを50m/分で駆動させ、上記印刷基材がインクジェットヘッドの設置部の下方を通過する際に、上記水性インクジェットインキのセットを、それぞれ、ドロップボリューム2.6pLの条件で吐出し、マゼンタ/イエローグラデーション画像を印刷した。そして印刷後すぐに、70℃に設定した送風定温恒温器内に印刷後の印刷基材を投入し、3分間乾燥させることで、マゼンタ/イエローグラデーション印刷物を作製した。
なお、上記「マゼンタ/イエローグラデーション画像」とは、水性マゼンタインキを用いて印刷された、幅5cm×長さ30cmのマゼンタ色グラデーション画像(印字率を、10~100%の間で、かつ、10%刻みで変化させた画像)、及び、水性イエローインキを用いて印刷された、幅5cm×長さ30cmのイエロー色グラデーション画像が、互いに長辺で接触するように隣り合って配置された画像である。
また、印刷基材として上述した2種類のOPPフィルムを使用し、そのそれぞれに対して、マゼンタ/イエローグラデーション画像を印刷した。
【0158】
<評価3:印刷画質(白抜け)の評価>
上述した方法で製造したマゼンタ/イエローグラデーション印刷物を目視で観察した。そして、印字率100%における白抜けの有無を確認することで、当該マゼンタ/イエローグラデーション印刷物の印刷画質を評価した。評価基準は下記のとおりとし、◎、○、○△、△を実使用可能とした。なお、マゼンタ/イエローグラデーション印刷物が印刷された、2種類の印刷基材のそれぞれで、上記評価を行った。
◎:2種類の印刷基材の両方、かつ、マゼンタ色グラデーション画像の印刷部及びイエロー色グラデーション画像の印刷部の両方で、白抜けは観察されなかった
○:2種類の印刷基材のうちの片方のみにおいて、マゼンタ色グラデーション画像の印刷部またはイエロー色グラデーション画像の印刷部で、わずかな白抜けが観察された
○△:2種類の印刷基材のうちの片方のみにおいて、マゼンタ色グラデーション画像の印刷部、及び、イエロー色グラデーション画像の印刷部の両方で、わずかな白抜けが観察された
△:2種類の印刷基材のうちの少なくとも片方において、マゼンタ色グラデーション画像の印刷部、及び、イエロー色グラデーション画像の印刷部の両方で、明らかな白抜けが観察された
×:2種類の印刷基材の両方とも、かつ、マゼンタ色グラデーション画像の印刷部及びイエロー色グラデーション画像の印刷部の両方で、明らかな白抜けが観察された
【0159】
<評価4:印刷画質(混色にじみ)の評価>
上述した方法で作製したマゼンタ/イエローグラデーション印刷物を目視で観察した。そして、マゼンタ色グラデーション画像の印刷部、及び、イエロー色グラデーション画像の印刷部の境界部分において、混色にじみが見られ始めた箇所の印字率を確認することで、当該マゼンタ/イエローグラデーション印刷物の印刷画質(混色にじみ)を評価した。評価基準は下記のとおりとし、◎、○、○△、△を実使用可能とした。また表2には、評価を行った2種類の印刷基材のうち、評価結果が悪かったものの結果を記載した。
◎:両方の印刷基材ともに、印字率80%でも混色にじみは見られなかった
○:少なくとも1種の印刷基材において、印字率80%で混色にじみが見られたが、両方の印刷基材ともに、印字率70%では混色にじみは見られなかった
○△:少なくとも1種の印刷基材において、印字率70%で混色にじみは見られたが、両方の印刷基材ともに、印字率60%では混色にじみは見られなかった
△:どちらか片方の印刷基材において、印字率60%で混色にじみが見られた
×:両方の印刷基材ともに、印字率60%で混色にじみが見られた
【0160】
<評価5:耐水性の評価>
フタムラ化学社製OPPフィルム(FOR-AQ、厚さ20μm)の上に、上記水性インクジェットインキを20μL滴下し、SA-203バーコーター(RODNo.3)を装着した自動塗工機(テスター産業社製「PI-1210」)を用いて塗工した。その後、水性インクジェットインキを塗工したOPPフィルムを、70℃に設定した送風定温恒温器内に印刷後の印刷基材を投入し、3分間乾燥させた。
そして、イオン交換水で湿らせた綿棒で、1cm幅で往復させながらインキ膜を擦り、擦っている箇所のインキ膜が完全にはがれるまでに綿棒を往復させた回数をカウントした。上記評価を、同一インキ膜内の5カ所で行い、その往復回数の平均値を求めることで、耐水性を評価した。評価基準は下記のとおりとし、◎、○、△を実使用可能とした。また評価は、水性マゼンタインキ及び水性イエローインキのそれぞれで行い、表1には、そのうち、評価結果が悪かったものの結果を記載した。
◎:20回擦ってもインキ膜がはがれなかった
○:11~19回擦ったところでインキ膜がはがれた
△:6~10回擦ったところでインキ膜がはがれた
×:擦った回数が5回以下でも、インキ膜がはがれた
【0161】
上記表2に示す通り、本発明の構成を有する実施例1~57の水性インクジェットインキ(のセット)は、比較例1~8の水性インクジェットインキに比べて吐出安定性に優れており、また、ベタ埋まりが良好で混色も少なかった。更にインキ膜の耐水性も良好であった。この結果から、本発明の構成を有する水性インクジェットインキは、吐出安定性、印刷物の印刷画質及び耐水性を兼ね備えた、優れた水性インクジェットインキであることが確認された。
【要約】
【課題】難浸透性基材及び非浸透性基材に対する印刷であっても、白抜け及び混色にじみがなく、耐水性にも優れた印刷物が得られ、更には印刷開始直後及び長時間の印刷休止後の吐出安定性にも優れる、水性インクジェットインキを提供する。
【解決手段】顔料と、ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤と、ヘキシレングリコールと、バインダー樹脂と、有機化合物(A)(ただし、顔料、ポリエーテル変性シロキサン系界面活性剤、ヘキシレングリコール、及び、樹脂を除く)とを含む、水性インクジェットインキであって、前記有機化合物(A)が、炭素原子、水素原子、及び、酸素原子のみからなり、水酸基を複数個有し、かつ、HLB値が、2.5~5.2であり、前記バインダー樹脂が、ガラス転移温度が-70~35℃である樹脂(B-1)を、前記水性インクジェットインキ中に含まれる樹脂の全質量中、50質量%以上含む、水性インクジェットインキ。
【選択図】なし