(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-09
(45)【発行日】2024-08-20
(54)【発明の名称】脈管奇形用医薬組成物及び脈管奇形の治療方法
(51)【国際特許分類】
A61K 31/5377 20060101AFI20240813BHJP
A61P 9/00 20060101ALI20240813BHJP
A61P 35/00 20060101ALI20240813BHJP
【FI】
A61K31/5377
A61P9/00
A61P35/00
(21)【出願番号】P 2023212522
(22)【出願日】2023-12-15
【審査請求日】2023-12-21
(31)【優先権主張番号】P 2022201377
(32)【優先日】2022-12-16
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】520242229
【氏名又は名称】ARTham Therapeutics株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100099759
【氏名又は名称】青木 篤
(74)【代理人】
【識別番号】100123582
【氏名又は名称】三橋 真二
(74)【代理人】
【識別番号】100117019
【氏名又は名称】渡辺 陽一
(74)【代理人】
【識別番号】100141977
【氏名又は名称】中島 勝
(74)【代理人】
【識別番号】100138210
【氏名又は名称】池田 達則
(72)【発明者】
【氏名】長袋 洋
(72)【発明者】
【氏名】田中 晃
(72)【発明者】
【氏名】國枝 香南子
【審査官】参鍋 祐子
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2022/004859(WO,A1)
【文献】第18回日本血管腫血管奇形学会学術集会 第13回血管腫・血管奇形講習会 プログラム・抄録集,2022年09月17日,p.45, 「PD2-6」欄
【文献】ART-001の低流速型脈管奇形患者における第II相臨床試験開始のお知らせ,ARTham Therapeutics News Release,2021年08月17日,https://www.arthamther.com/news/246/,[令和6年2月19日検索]
【文献】Journal of Vascular Surgery: Venous and Lymphatic Disorders,2020年,Vol.8(2),pp.244-250
【文献】Clinical Pharmacology & Therapeutics,2021年,Vol.109, Issue S1,p.S40, 「PII-041」欄
【文献】臨床薬理 Jpn. J. Clin. Pharmacol. Ther.,2019年,Vol.50, Suppl.2019,p.S254
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61K 31/00
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/REGISTRY/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
脈管奇形患者における腫脹病変を縮小させるための、及び/又は、脈管奇形患者における痛みを低減するための医薬組成物であって、セラベリシブ又はその医薬として許容される塩を有効成分として含むと共に、セラベリシブの一日当たりの用量が50mgから100mgの範囲である、医薬組成物。
【請求項2】
治療前と比較して、治療期間中又は治療後に標的病変の体積を20%以上低下させる
ための請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項3】
治療期間中に生じる副作用の発現を抑制しながら、脈管奇形を治療する
ための請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項4】
治療期間中に生じる副作用が、高血糖である、請求項3に記載の医薬組成物。
【請求項5】
セラベリシブの含有量が、全組成物量に対して2w/w%から40w/w%の範囲である、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項6】
セラベリシブの含有量が、全組成物量に対して20w/w%である、請求項5に記載の医薬組成物。
【請求項7】
脈管奇形が低流速型脈管奇形又は混合型脈管奇形である、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項8】
脈管奇形が静脈奇形、リンパ管奇形又はクリッペル・トレノネー症候群である、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項9】
脈管奇形が静脈奇形である、請求項8に記載の医薬組成物。
【請求項10】
脈管奇形がリンパ管奇形である、請求項8に記載の医薬組成物。
【請求項11】
脈管奇形がクリッペル・トレノネー症候群である、請求項8に記載の医薬組成物。
【請求項12】
少なくとも2週間の治療期間にわたって1日1回投与される、請求項1に記載の医薬組成物。
【請求項13】
少なくとも4週間、少なくとも12週間、少なくとも24週間、少なくとも36週間、少なくとも48週間、少なくとも52週間、少なくとも2年又は少なくとも3年の治療期間にわたって1日1回投与される、請求項12に記載の医薬組成物。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、セラベリシブを含有する脈管奇形用の医薬組成物、及び、セラベリシブを用いた脈管奇形の治療方法に関する。
【背景技術】
【0002】
脈管奇形とは、血管やリンパ管の形成異常がみられる疾患であり、自然退縮はせず、成長などに伴って進行するため、生涯に渡る疾患治療・管理が必要な疾患として知られている。また、その病変部位等に応じて分類され、静脈やリンパ管に奇形を認める場合、低流速型脈管奇形と呼ばれる。低流速型脈管奇形は、静脈奇形(VM)及びリンパ管奇形(LM)などに分類されている。また、静脈、動脈、毛細血管及びリンパ管の複数に渡り奇形を認める場合、混合型脈管奇形と呼ばれる。混合型脈管奇形は、クリッペル・トレノネー症候群(KTS)及びパークスウェーバー症候群などに分類される。これらの疾患を有する患者では、細胞の成長、増殖、生存、運動、代謝等の細胞機能で重要な役割を担うPI3K経路のうち、PI3Kαやその上流、下流のキナーゼをコードする遺伝子の機能獲得型突然変異が報告されていることから、PI3K経路の活性化が疾患の発症メカニズムとして示唆されている。
【0003】
血管腫・血管奇形・リンパ管奇形診療ガイドライン2017によれば、静脈奇形の治療法として、保存療法や侵襲的治療の記載はあるが、薬物療法についての記載はない。リンパ管奇形の治療法としては、切除等の外科的療法、硬化剤を用いた硬化療法及び内科的治療が行われており、治療薬としてシロリムス(mTOR阻害剤)等に効果が認められたとする報告がある(非特許文献1)。
【0004】
現在、シロリムスが、リンパ脈管筋腫症及び難治性リンパ管疾患を対象として日本で薬事承認を得ており、アルペリシブが、PROS(PIK3CA Related Overgrowth Spectrum)を対象として米国で迅速承認を得ている(非特許文献2及び3)。
【0005】
脈管奇形の発症への深い関与が示唆されているPI3K経路は、その生体内タンパク質として、PI3K、AKT及びmTORが知られており、これらの阻害剤は抗がん剤としても研究開発されてきた。既存のこれらの分子標的の阻害剤は、高頻度で高血糖が発現することが報告されており、高血糖はPI3K経路の阻害作用に由来するため、PI3K経路の阻害剤に共通する副作用とされている(非特許文献4)。
【0006】
一方で、脈管奇形は長期にわたる薬物治療が必要となりうる疾患であり、薬物治療によって生じる薬物の薬理作用に伴う有害事象(副作用)は、患者のQOLを著しく損なう恐れがある。
【0007】
実際に、脈管奇形の既存治療薬には次のような副作用が知られている。
シロリムス(mTOR阻害剤):免疫抑制、高血糖(頻度不明)(非特許文献2)
アルペリシブ(PI3Kα阻害剤):高血糖(非特許文献3)
【0008】
以上のように、脈管奇形の既存の治療方法及び治療薬では、薬効用量で同時に高血糖等の副作用が生じるという課題を抱えており、これらを分離できる薬剤が求められている。しかし、前述したように、高血糖等の副作用は、PI3Kα阻害作用と関連していることが示唆されていることから、薬効に比例して副作用の頻度も増加すると考えられている。従って、薬効と、高血糖等の副作用との分離が可能な薬剤やその用量が存在するか否かは、全く定かではない。
【0009】
セラベリシブは、PI3Kα阻害作用を有する化合物であって、活性化したPI3K経路のシグナル伝達経路を阻害することで、異常な脈管形成及び骨軟部組織の過形成を阻害し、脈管奇形に治療効果を発揮することが期待される。
【0010】
セラベリシブは、下記式(I):
【化1】
で表される化合物(以下、「セラベリシブ」又は「ART-001」と言う場合があるがいずれも同一の化合物を表す。)である。
【0011】
特許文献1において、セラベリシブが優れたPI3Kα阻害作用を有し、PI3Kαの媒介する病態の治療に用いることができる旨が開示されている。特許文献2において、セラベリシブを活性成分とする医薬組成物が開示されている。非特許文献5において、セラベリシブの単回投与によるヒトの安全性及び忍容性に関する結果が示されている。
【0012】
しかしながら、これまで、有効成分としてセラベリシブを含有する医薬組成物において、脈管奇形の実際の患者に対しての治療効果や、当該治療効果と副作用等の安全性の関係性については開示も示唆もない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0013】
【文献】国際公開第2011/022439号
【文献】国際公開第2022/004859号
【非特許文献】
【0014】
【文献】平成26-28年度厚生労働科学研究費補助金難治性疾患等政策研究事業『血管腫・血管奇形・リンパ管奇形診療ガイドライン2017』、2017、「難治性血管腫・血管奇形・リンパ管腫・リンパ管腫症および関連疾患についての調査研究」班
【文献】ラパリムス(登録商標)添付文書、2021(改訂)、ノーベルファーマ株式会社
【文献】HIGHLIGHTS OF PRESCRIBING INFORMATION, “VIJOICE(registered trademark) (alpelisib) tablets, for oral use”, 2019, U.S. Food and Drug Administration
【文献】“Complications of hyperglycaemia with PI3K-AKT-mTOR inhibitors in patients with advanced solid tumours on Phase I clinical trials, British Journal of Cancer”, 2015, 113:1541-1547
【文献】“SAFETY AND PHARMACOKINETICS OF NOVEL PI3Kalpha INHIBITOR ART-001 IN ORAL PEDIATRIC FORMULATION FOR THE TREATMENT OF VASCULAR MALFORMATIONS”, American Society for Clinical Pharmacology and Therapeutics Annual Meeting, 2021, 122nd:Abs PII-041
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0015】
これまで、既存の脈管奇形の治療薬において、高血糖等の副作用の発現抑制は達成されていない。特に、セラベリシブと作用機序が同一(同じPI3Kα阻害剤)であるアルペリシブ(米国商品名VIJOICE(登録商標))においても、高血糖の副作用が発現することが、医薬品を使用するうえでの注意として報告されている。
【0016】
本発明が解決しようとする課題の一つは、セラベリシブを有効成分として用いた脈管奇形の治療において、副作用の発現の抑制と、脈管奇形に対する臨床での有効性とを両立することである。
【課題を解決するための手段】
【0017】
本発明者らは鋭意検討の結果、セラベリシブを有効成分として用いた脈管奇形の治療において、セラベリシブの一日当たりの用量を50mgから100mgの範囲に限定することによって、副作用の発現の抑制と、脈管奇形に対する臨床での有効性との両立が可能となることを見出した。
【0018】
前述したように、従来の脈管奇形治療薬であるアルペリシブによる高血糖の副作用は、そのPI3Kα阻害作用との関連が示唆されていることから、薬効に比例して副作用の頻度も増加すると考えられていた。セラベリシブもアルペリシブと同様にPI3Kα阻害剤であり、同一の作用機序に基づいて薬効を発揮すると考えられる。それにもかかわらず、本発明者等は、セラベリシブによる高血糖の副作用の発現の抑制と、脈管奇形に対する有効性とを両立可能な用量が存在することを見出した。これは、既存の治療薬が高血糖の副作用の課題を抱えていることからして、極めて意外な驚くべき知見である。更に本発明者らは、斯かる用量で長期投与(24週)を行った場合にも、有効性及び安全性が担保されることを明らかにし、本発明を完成させた。
【0019】
即ち、本発明は、以下の発明を包含する。
[項1]脈管奇形を処置又は治療するための医薬組成物であって、セラベリシブ又はその医薬として許容される塩を有効成分として含むと共に、セラベリシブの一日当たりの用量が50mgから100mgの範囲である、医薬組成物。
[項2]脈管奇形患者における腫脹病変を縮小させるための医薬組成物であって、セラベリシブ又はその医薬として許容される塩を有効成分として含むと共に、セラベリシブの一日当たりの用量が50mgから100mgの範囲である、医薬組成物。
[項3]脈管奇形患者における痛みを低減するための医薬組成物であって、セラベリシブ又はその医薬として許容される塩を有効成分として含むと共に、セラベリシブの一日当たりの用量が50mgから100mgの範囲である、医薬組成物。
[項4]治療前と比較して、治療期間中又は治療後に標的病変の体積を20%以上低下させる、項1から項3のいずれか一項に記載の医薬組成物。
[項5]治療期間中に生じる副作用の発現を抑制しながら、脈管奇形を治療することができる、項1から項4のいずれか一項に記載の医薬組成物。
[項6]治療期間中に生じる副作用が、高血糖である、項5に記載の医薬組成物。
[項7]脈管奇形を処置又は治療するための医薬組成物であって、セラベリシブ又はその医薬として許容される塩を有効成分として含むと共に、
(a)治療前と比較して、治療期間中又は治療後に標的病変の体積を20%以上低下させること、及び
(b)治療期間中に薬剤由来の高血糖の副作用を呈さないこと
を両立する用量にて投与される、医薬組成物。
[項8]セラベリシブの一日当たりの用量が50mgから100mgの範囲である、項7に記載の医薬組成物。
[項9]セラベリシブの含有量が、全組成物量に対して2w/w%から40w/w%の範囲である、項1から項8のいずれか一項に記載の医薬組成物。
[項10]セラベリシブの含有量が、全組成物量に対して20w/w%である、項9に記載の医薬組成物。
[項11]脈管奇形が低流速脈管奇形又は混合型脈管奇形である、項1から項10のいずれか一項に記載の医薬組成物。
[項12]脈管奇形が静脈奇形、リンパ管奇形又はクリッペル・トレノネー症候群である、項1から項11のいずれか一項に記載の医薬組成物。
[項13]脈管奇形が静脈奇形である、項12に記載の医薬組成物。
[項14]脈管奇形がリンパ管奇形である、項12に記載の医薬組成物。
[項15]脈管奇形がクリッペル・トレノネー症候群である、項12に記載の医薬組成物。
[項16]少なくとも2週間の治療期間にわたって1日1回投与される、項1から項15のいずれか一項に記載の医薬組成物。
[項17]少なくとも4週間、少なくとも12週間、少なくとも24週間、少なくとも36週間、少なくとも48週間、少なくとも52週間、少なくとも2年又は少なくとも3年の治療期間にわたって1日1回投与される、項16に記載の医薬組成物。
[項18]脈管奇形を処置又は治療するための方法であって、それを必要とする対象に対し、セラベリシブ又はその医薬として許容される塩を有効成分として、セラベリシブの一日当たりの用量が50mgから100mgの範囲で投与することを含む、方法。
[項19]脈管奇形患者における腫脹病変を縮小させるための方法であって、それを必要とする対象に対し、セラベリシブ又はその医薬として許容される塩を有効成分として、セラベリシブの一日当たりの用量が50mgから100mgの範囲で投与することを含む、方法。
[項20]脈管奇形患者における痛みを低減するための方法であって、それを必要とする対象に対し、セラベリシブ又はその医薬として許容される塩を有効成分として、セラベリシブの一日当たりの用量が50mgから100mgの範囲で投与することを含む、方法。
[項21]治療前と比較して、治療期間中又は治療後に標的病変の体積が20%以上低下する、項18から項20のいずれか一項に記載の方法。
[項22]治療期間中に生じる副作用の発現を抑制しながら、低流速型脈管奇形を治療することができる、項18から項21のいずれか一項に記載の方法。
[項23]治療期間中に生じる副作用が、高血糖である、項22に記載の方法。
[項24]脈管奇形を処置又は治療するための方法であって、それを必要とする対象に対し、セラベリシブ又はその医薬として許容される塩を有効成分として、
(a)治療前と比較して、治療期間中又は治療後に標的病変の体積を20%以上低下させること、及び
(b)治療期間中に薬剤由来の高血糖の副作用を呈さないこと
を両立する用量にて投与することを含む、方法。
[項25]セラベリシブの一日当たりの用量が50mgから100mgの範囲である、項24に記載の方法。
[項26]脈管奇形が低流速脈管奇形又は混合型脈管奇形である、項18から項25のいずれか一項に記載の方法。
[項27]脈管奇形が静脈奇形、リンパ管奇形又はクリッペル・トレノネー症候群である、項18から項26のいずれか一項に記載の方法。
[項28]脈管奇形が静脈奇形である、項27に記載の方法。
[項29]脈管奇形がリンパ管奇形である、項27に記載の方法。
[項30]脈管奇形がクリッペル・トレノネー症候群である、項27に記載の方法。
[項31]セラベリシブが、少なくとも2週間の治療期間にわたって1日1回投与される、項18から項30のいずれか一項に記載の方法。
[項32]セラベリシブが、少なくとも4週間、少なくとも12週間、少なくとも24週間、少なくとも36週間、少なくとも48週間、少なくとも52週間、少なくとも2年又は少なくとも3年の治療期間にわたって1日1回投与される、項31に記載の方法。
【発明の効果】
【0020】
本発明によれば、セラベリシブを有効成分として用いた脈管奇形の治療において、副作用の発現の抑制と、脈管奇形に対する臨床での有効性とを両立することができる。
【発明を実施するための形態】
【0021】
以下、本発明を具体的な実施の形態に即して詳細に説明する。但し、本発明は以下の実施の形態に束縛されるものではなく、本発明の趣旨を逸脱しない範囲において、任意の形態で実施することが可能である。また、以下に記載する種々の態様のうち、任意の2以上の態様を組み合わせた態様も、その定義や文脈から明らかに矛盾する場合を除き、本発明の範囲に含まれるものとする。
【0022】
本明細書において、「AからB」又は「A~B」などと数値範囲を記載する場合は、別途記載ない限り「A以上B以下」の意図であり、その末端の数値も含むものとする。
【0023】
本明細書において、単に「セラベリシブ」と記載する場合、文脈から明らかに異なる場合や別途記載する場合を除き、「セラベリシブ又はその医薬として許容される塩」を意図するものとする。ただし、セラベリシブの医薬として許容される塩が有効成分として用いられる場合において、「セラベリシブの一日当たりの用量」との記載におけるセラベリシブは、フリー体のセラベリシブを意図する。
【0024】
本明細書において、「脈管奇形」を「治療」するとは、治療前と比較して、治療期間中又は治療後に標的病変の体積を低下させることを指す。好ましくは、標的病変の体積を20%以上低下させることを指す。
【0025】
本発明の第一の側面は、セラベリシブ又はその医薬として許容される塩を有効成分として含む、脈管奇形に関する種々の用途の医薬組成物に関する。
【0026】
一実施態様に係る医薬組成物は、脈管奇形を処置又は治療するための医薬組成物であって、セラベリシブ又はその医薬として許容される塩を有効成分として含むと共に、セラベリシブの一日当たりの用量が50mgから100mgの範囲であることを特徴とする。
【0027】
別の実施態様に係る医薬組成物は、脈管奇形患者における腫脹病変を縮小させるための医薬組成物であって、セラベリシブ又はその医薬として許容される塩を有効成分として含むと共に、セラベリシブの一日当たりの用量が50mgから100mgの範囲であることを特徴とする。
【0028】
別の実施態様に係る医薬組成物は、脈管奇形患者における痛みを低減するための医薬組成物であって、セラベリシブ又はその医薬として許容される塩を有効成分として含むと共に、セラベリシブの一日当たりの用量が50mgから100mgの範囲であることを特徴とする。
【0029】
一実施態様によれば、上記の各医薬組成物は、治療前と比較して、治療期間中又は治療後に標的病変の体積を20%以上低下させることが好ましい。
【0030】
一実施態様によれば、上記の各医薬組成物は、治療期間中に生じる副作用の発現を抑制しながら、脈管奇形を治療することが好ましい。一実施態様によれば、副作用の発現を抑制しながら治療される脈管奇形は、低流速型脈管奇形であることが好ましい。一実施態様によれば、治療期間中に生じる副作用は、高血糖であることが好ましい。
【0031】
更に別の実施態様に係る医薬組成物は、脈管奇形を処置又は治療するための医薬組成物であって、セラベリシブ又はその医薬として許容される塩を有効成分として含むと共に、
(a)治療前と比較して、治療期間中又は治療後に標的病変の体積を20%以上低下させること、及び
(b)治療期間中に薬剤由来の高血糖の副作用を呈さないこと
を両立する用量にて投与されることを特徴とする。
【0032】
一実施態様によれば、上記の医薬組成物は、セラベリシブの一日当たりの用量が50mgから100mgの範囲であることが好ましい。
【0033】
上記の各医薬組成物におけるセラベリシブの含有量は、特に限定されるものではない。但し、一実施態様によれば、上記の各医薬組成物におけるセラベリシブの含有量は、全組成物量に対して例えば2w/w%から40w/w%、又は5w/w%から35w/w%、又は10w/w%から30w/w%、又は15w/w%から25w/w%、又は15w/w%から25w/w%の範囲である。一実施態様によれば、上記の各医薬組成物におけるセラベリシブの含有量は、全組成物量に対して15w/w%、20w/w%、又は25w/w%である。一実施態様によれば、上記の各医薬組成物におけるセラベリシブの含有量は、全組成物量に対して20w/w%である。
【0034】
上記の各医薬組成物の剤形は、特に限定されるものではない。但し、一実施態様によれば、上記の各医薬組成物は、経口投与可能な剤形である。一実施態様によれば、上記の各医薬組成物は、錠剤、カプセル剤、顆粒剤、散剤、シロップ剤、ドライシロップ剤、腸溶剤、又は徐放剤とすることができる。中でも、ドライシロップ剤とすることが好ましい。
【0035】
上記の各医薬組成物は、有効成分たるセラベリシブ又はその医薬として許容される塩以外に、任意の更にその他の成分を含有していてもよい。その他の成分の具体例としては、制限されるものではないが、マンニトール、エリスリトール、粉末還元麦芽糖水アメ、結晶セルロース、トウモロコシデンプン等の賦形剤;クロスポビドン、クロスカルメロースナトリウム、デンプングリコール酸ナトリウム、部分アルファー化デンプン、カルメロースカルシウム、低置換度ヒドロキシプロピルセルロース等の崩壊剤;スクラロース、アスパルテーム、アセスルファムカリウム、サッカリンナトリウム、グリチルリチン酸モノアンモニウム、タウマチン等の甘味剤;流動化剤、着色剤、香料等のその他の添加物が挙げられる。これらの成分は、医薬組成物の剤形等に応じて、適宜選択して使用することが可能である。これらの成分は、何れか1種を単独で使用してもよく、2種以上を任意の組み合わせ及び比率で併用してもよい。
【0036】
上記の各医薬組成物に使用可能な成分及びその製剤処方は特に制限されないが、その詳細については、例えばUniversity of the Sciences in Philadelphia, “Remington: The Science and Practice of Pharmacy, 20th EDITION”, Lippincott Williams & Wilkins, 2000等の記載や、特許文献2の記載を適宜参酌することができる。
【0037】
本発明の第二の側面は、セラベリシブ又はその医薬として許容される塩を有効成分として対象に投与することを含む、脈管奇形に関する種々の方法に関する。
【0038】
一実施態様に係る方法は、脈管奇形を処置又は治療するための方法であって、それを必要とする対象に対し、セラベリシブ又はその医薬として許容される塩を有効成分として、セラベリシブの一日当たりの用量が50mgから100mgの範囲で投与することを含むことを特徴とする。
【0039】
別の実施態様に係る方法は、脈管奇形患者における腫脹病変を縮小させるための方法であって、それを必要とする対象に対し、セラベリシブ又はその医薬として許容される塩を有効成分として、セラベリシブの一日当たりの用量が50mgから100mgの範囲で投与することを含むことを特徴とする。
【0040】
別の実施態様に係る方法は、脈管奇形患者における痛みを低減するための方法であって、それを必要とする対象に対し、セラベリシブ又はその医薬として許容される塩を有効成分として、セラベリシブの一日当たりの用量が50mgから100mgの範囲で投与することを含むことを特徴とする。
【0041】
一実施態様によれば、上記の各方法は、治療前と比較して、治療期間中又は治療後に標的病変の体積を20%以上低下させることが好ましい。
【0042】
一実施態様によれば、上記の各方法は、治療期間中に生じる副作用の発現を抑制しながら、低流速型脈管奇形を治療することが好ましい。一実施態様によれば、治療期間中に生じる副作用は、高血糖であることが好ましい。
【0043】
更に別の実施態様に係る方法は、脈管奇形を処置又は治療するための方法であって、それを必要とする対象に対し、セラベリシブ又はその医薬として許容される塩を有効成分として、
(a)治療前と比較して、治療期間中又は治療後に標的病変の体積を20%以上低下させること、及び
(b)治療期間中に薬剤由来の高血糖の副作用を呈さないこと
を両立する用量にて投与することを含むことを特徴とする。
【0044】
一実施態様によれば、上記の方法におけるセラベリシブの一日当たりの用量は、50mgから100mgの範囲であることが好ましい。
【0045】
本発明の第三の側面は、第一の側面である医薬組成物及び第二の側面である種々の方法の両方に関する。
【0046】
一実施態様によれば、脈管奇形は、低流速型脈管奇形又は混合型脈管奇形である。一実施態様によれば、脈管奇形は、静脈奇形、リンパ管奇形又はクリッペル・トレノネー症候群から選択される1又は2以上の疾患である。
【0047】
一実施態様によれば、副作用は高血糖及び高クレアチニン血症である。一実施態様によれば、副作用は高血糖である。本明細書において、「高血糖」とは、薬物の薬理作用に伴う有害事象(副作用)として、血糖値等の検査値より、医師によって診断される事象である。
【0048】
一実施態様によれば、上記の各医薬組成物及び各方法によるセラベリシブの投与の対象は特に制限されない。一実施態様によれば、セラベリシブの投与対象はヒトである。一実施態様によれば、セラベリシブの投与対象は成人である。投与対象が成人である場合、セラベリシブの一日当たりの用量は、50mgから100mgの範囲である。一実施態様によれば、セラベリシブの投与対象は小児である。投与対象が小児である場合、セラベリシブの一日当たりの用量は、成人に対する50mgから100mgの範囲の用量に相当する小児向け用量とすることができる。斯かる小児向け用量は、成人に対する50mgから100mgの範囲の用量から、Crawfordの式に従い、体表面積に基づいて算出することができる。
【0049】
一実施態様によれば、上記の各医薬組成物及び各方法によるセラベリシブの投与は、食前、食間、及び食後のいずれのタイミングでおこなってもよい。一実施態様によれば、セラベリシブの投与は、食後に行うことが好ましい。一実施態様によれば、セラベリシブの投与は、少なくとも朝食後に行うことが好ましい。
【0050】
上記の各医薬組成物及び各方法によるセラベリシブの投与回数は、特に限定されない。1日1回であってもよく、1日分を複数回に分けて投与してもよい。一実施態様によれば、上記の各医薬組成物及び各方法によるセラベリシブの投与は、1日1回である。別の実施態様によれば、上記の各医薬組成物及び各方法によるセラベリシブの投与は、1日分を複数回に分けて行われる。一実施態様によれば、上記の各医薬組成物及び各方法によるセラベリシブの投与は、1日1回朝食後に投与することが好ましい。
【0051】
上記の各医薬組成物及び各方法によるセラベリシブの投与間隔は、特に限定されない。但し、一実施態様によれば、上記の各医薬組成物及び各方法によるセラベリシブの投与間隔は、例えば6~48時間、8~36時間、12~36時間、20~28時間、又は22~26時間である。
【0052】
上記の各医薬組成物及び各方法によるセラベリシブを用いた治療期間は、特に限定されない。但し、一実施態様によれば、上記の各医薬組成物及び各方法によるセラベリシブを用いた治療期間は、例えば少なくとも2週間、少なくとも4週間、少なくとも12週間、少なくとも24週間、少なくとも36週間、少なくとも48週間、少なくとも52週間、少なくとも2年又は少なくとも3年である。一実施態様によれば、上記の各医薬組成物及び各方法によるセラベリシブによる治療期間は、例えば長くとも4週間、長くとも12週間、長くとも24週間、長くとも36週間、長くとも48週間、長くとも52週間、長くとも2年又は長くとも3年である。一実施態様によれば、上記の各医薬組成物及び各方法は、長期投与においても有効性及び安全性が共に担保される点に特徴を有する。
【0053】
本発明の第四の側面は、上記の各医薬組成物の製造における、セラベリシブ又はその医薬として許容される塩の使用に関する。各医薬組成物の詳細については上に詳述したとおりである。
【0054】
本発明の第五の側面は、上記の各方法の用途に使用するための、セラベリシブ又はその医薬として許容される塩に関する。各方法の詳細については上に詳述したとおりである。
【実施例】
【0055】
以下、本発明を実施例に則して更に詳細に説明する。但し、以下の実施例はあくまでも説明のために便宜的に示す例に過ぎず、本発明は如何なる意味でも以下の実施例に限定されるものではない。
【0056】
[試験例]脈管奇形患者を対象としたセラベリシブ(ART-001)の有効性及び安全性の検証的試験
脈管奇形患者を対象としたランダム化二重盲検試験により、セラベリシブ含有ドライシロップ剤(1g中にセラベリシブを200mg含有する)を、セラベリシブの成人量として50mg又はセラベリシブの成人量として100mgとなるように、1日1回朝食後に24週間経口投与した際の有効性を検証した。また、小児患者においては、それぞれの成人量に対して、Crawfordの式に従った体表面積換算に基づいて算出した量を投与量とした。主要評価項目は、24週間投与終了時点の標的病変の体積変化(MRI)に基づく奏効率とした。
【0057】
本試験における「ベースライン」とは、投与前における基準となる症状の程度に関する各測定値をいう。ベースラインは投与前の指定された一定期間に測定される。
セラベリシブの医薬組成物の投与日数は、ベースラインを1日目とした日数であり、「投与期間」や「投与週数」等の表現もこの基準に準ずる。すなわち、ベースラインの測定日が、セラベリシブの医薬組成物の投与を開始する日である。
【0058】
<有効性に関する解析>
(1)有効性の主要解析
有効性評価のための主要評価項目の解析は、標的病変の消失を完全奏効、スクリーニング検査時と比較して標的病変の体積が20%以上減少を部分奏効と定義し、投与前と24週間投与終了時点の標的病変の体積変化(MRI)に基づく奏効率(完全奏功及び部分奏功の合計の全体に対する割合)の95%信頼区間をクロッパー-ピアソン法で算出し、その下限が12.5%を上回るかを検証した。
また、副次評価項目として、12週投与終了時点の標的病変の体積変化(MRI)に基づく奏効率を評価した。
【0059】
(2)有効性の副次的解析
・疼痛の評価:
ベースライン、投与4週目、投与12週目、投与24週目の疼痛の程度(VAS)を評価した。
【0060】
<有効性の調査項目>
以下の項目を調査し、その結果を記録した。
【0061】
(1)MRIを用いた標的病変の体積測定
・測定方法:
標的病変として、脈管奇形の成分である血管奇形病変、リンパ管奇形の嚢胞成分、リンパ浮腫、リンパ液、リンパ漏(骨内,骨外,皮下も含む)について、T2脂肪抑制像にて検出された標的病変を選択して体積を測定した。
【0062】
(2)視覚的アナログスケール(VAS)による疼痛の程度の測定
・測定方法:
記録用紙の上に10cmの直線を引いて、その左端を0、その右端を100と定義して、「0」を「全く痛みがない」状態、「100」を「これ以上の強い痛みは考えられない、または最悪の痛み」の状態として、現在の疼痛の程度が直線上のどの位置にあるかを聞き取り、記録した。なお、代諾者が記載した場合にはその旨を記録した。また、同意取得時の年齢として15歳未満と15歳以上に分類し、各年齢区分に応じた記録用紙を使用した。
【0063】
<対象患者及び主な組入れ基準>
以下の診断基準及び条件を満たす脈管奇形の患者とした。
(1)2歳以上の男女。
(2)静脈奇形、リンパ管奇形又はクリッペル・トレノネー症候群と診断された患者。
(3)症候性の患者。
(4)難治性と判断された患者。
【0064】
<主な除外基準>
(1)糖尿病又は糖代謝異常をきたす疾患を有する患者。
(2)腎機能障害を有する患者。
(3)肝機能障害を有する患者。
(4)コントロール不十分な虚血性心疾患、不整脈、心不全を合併する患者。
(5)CYP3A4阻害もしくは誘導作用を有する薬剤を服用している患者。
【0065】
<主な中止基準>
(1)各来院日に実施する臨床検査の血糖値(空腹時)において、140mg/dL以上の検査値が認められた場合、試験を中止する。
(2)各来院日に実施する臨床検査において、年齢区分ごとに定める以下の全ての基準を満たす場合、試験を中止する。
≪18歳以上≫
・治験薬投与開始日に実施した検査値から血清クレアチニンが1.5倍以上の増加。
・治験薬投与開始日に実施した検査値から血清クレアチニンが0.3mg/dL以上の増加。
・治験薬投与開始日に実施した検査値から血清シスタチンCが1.5倍以上の増加。
・血清シスタチンCが0.95mg/Lを超える。
≪18歳未満≫
・治験薬投与開始日に実施した検査値から血清クレアチニンが1.5倍以上の増加。
・治験薬投与開始日に実施した検査値から血清シスタチンCが1.5倍以上の増加。
・血清シスタチンCが0.95mg/Lを超える。
【0066】
<治験対象患者>
脈管奇形患者35名に対して、以下のように治験薬を割り付け、これら患者群を対象としてデータ解析を行った。
セラベリシブとして50mgとなるような量のドライシロップ剤を投与する群を「50mg投与群」、セラベリシブとして100mgとなるような量のドライシロップ剤を投与する群を「100mg投与群」とし、50mg投与群に17名、100mg投与群に18名を割り付けた。
なお、両群の人口統計学的特性は同様であった。
【0067】
<有効性の主要評価項目及び副次評価項目の結果>
主要評価項目として、投与24週目の標的病変の体積変化に基づく奏効率及び被験者数と、クロッパー-ピアソン法による95%信頼区間を下表に示した。また、副次評価項目として、投与12週目の奏効率及び被験者数も併せて下表に示した。
【0068】
【0069】
有効性を示した被験者の割合は、50mg投与群で29.4%(5/17名)、100mg投与群で33.3%(6/18名)、クロッパー-ピアソン法による95%信頼区間は50mg投与群で10.3%~56.0%、100mg投与群で13.3%~59.0%であった。100mg投与群では、95%信頼区間の下限が12.5%を上回った。
【0070】
<疼痛に関する副次的評価項目の結果>
ベースライン、投与4週目、投与12週目、及び投与24週目のVASの推移を下表に示した。
【0071】
【0072】
50mg投与群と100mg投与群で、VASの平均値と中央値は投与後に減少した。
【0073】
<高血糖の副作用>
本試験において、血糖値等の検査値から、医師が高血糖と診断した事象を呈する被験者はいなかった。
【0074】
以上の結果より、セラベリシブを含む本発明の医薬組成物は、脈管奇形の治療において、アルペリシブ等の既存の薬物治療において課題であった高血糖の副作用を生じることなく治療効果を奏することが示された。
【産業上の利用可能性】
【0075】
本発明によれば、セラベリシブを含む医薬組成物は、脈管奇形の治療において、既存の薬物治療において高頻度で生じる可能性のあった高血糖の副作用を生じることなく治療効果を奏するため、より安全に用いることができる。