IP Force 特許公報掲載プロジェクト 2022.1.31 β版

知財求人 - 知財ポータルサイト「IP Force」

▶ 沖電気工業株式会社の特許一覧

特許7537308目標状態推定方法および目標状態推定装置
<>
  • 特許-目標状態推定方法および目標状態推定装置 図1
  • 特許-目標状態推定方法および目標状態推定装置 図2
  • 特許-目標状態推定方法および目標状態推定装置 図3
  • 特許-目標状態推定方法および目標状態推定装置 図4
  • 特許-目標状態推定方法および目標状態推定装置 図5
  • 特許-目標状態推定方法および目標状態推定装置 図6
  • 特許-目標状態推定方法および目標状態推定装置 図7
  • 特許-目標状態推定方法および目標状態推定装置 図8
  • 特許-目標状態推定方法および目標状態推定装置 図9
  • 特許-目標状態推定方法および目標状態推定装置 図10
  • 特許-目標状態推定方法および目標状態推定装置 図11
< >
(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-13
(45)【発行日】2024-08-21
(54)【発明の名称】目標状態推定方法および目標状態推定装置
(51)【国際特許分類】
   G01S 13/08 20060101AFI20240814BHJP
   G01S 15/08 20060101ALI20240814BHJP
【FI】
G01S13/08
G01S15/08
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2021029513
(22)【出願日】2021-02-26
(65)【公開番号】P2022130874
(43)【公開日】2022-09-07
【審査請求日】2023-11-09
(73)【特許権者】
【識別番号】000000295
【氏名又は名称】沖電気工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110001461
【氏名又は名称】弁理士法人きさ特許商標事務所
(72)【発明者】
【氏名】武田 啓之
【審査官】東 治企
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-211348(JP,A)
【文献】Jason M. Aughenbaugh et al.,"Measurement-Guided Likelihood Sampling for Grid-Based Bayesian Tracking",Journal of Advances in Information Fusion (JAIF),2010年12月,Vol.5, No.2,pp.108-127,ISSN: 1557-6418, < URL; https://isif.org/issue/jaif-volume-5-issue-2 >
【文献】Lawrence D. Stone et al.,"Technical Documentation of Nodestar",NAVAL RESEARCH LAB WASHINGTON DC,1995年12月11日,< URL; https://apps.dtic.mil/sti/citations/ADA302458 >
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01S 7/00-7/64
G01S 13/00-17/95
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
IEEE Xplore
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
方位と距離とを含む観測値から、等速直線運動を行うと仮定した目標についての位置座標と速力とを含む状態量を推定する目標状態推定方法であって、
複数の異なる前記速力ごとの前記位置座標を離散化して表す状態空間から、複数の異なる前記速力ごとに、前記目標が解析時間内に移動する小領域の範囲と分解能とを設定し、
複数の異なる前記小領域ごとの前記範囲と前記分解能とに基づいてベイズ推定を再帰的に行い、
前記ベイズ推定の結果から前記目標の前記状態量を推定する
目標状態推定方法。
【請求項2】
最初の前記観測値を用いて、複数の異なる前記速力における前記状態空間の前記範囲と前記分解能とに基づく尤度を計算し、
前記尤度から、複数の異なる前記速力ごとの前記目標の概略位置を推定し、
前記概略位置と、前記解析時間と、前記速力とから、複数の異なる前記速力ごとに複数の異なる前記小領域の前記範囲を設定する
請求項1に記載の目標状態推定方法。
【請求項3】
複数の異なる前記小領域の前記範囲を設定する際にマージンを付与する
請求項2に記載の目標状態推定方法。
【請求項4】
前記ベイズ推定の再帰処理の周期と、複数の異なる前記速力とから、複数の異なる前記小領域の前記分解能を設定する
請求項1~3の何れか1項に記載の目標状態推定方法。
【請求項5】
方位と距離とを含む観測値から、等速直線運動を行うと仮定した目標についての位置座標と速力とを含む状態量を推定する目標状態推定装置であって、
複数の異なる前記速力ごとの前記位置座標を離散化して表す状態空間から、複数の異なる前記速力ごとに、前記目標が解析時間内に移動する小領域の範囲と分解能とを設定する小領域設定部と、
複数の異なる前記小領域ごとの前記範囲と前記分解能とに基づいてベイズ推定を再帰的に行う再帰処理部と、
前記ベイズ推定の結果から前記目標の前記状態量を推定する状態推定部と、を備える
目標状態推定装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ベイズ推定を用いた目標状態推定方法および目標状態推定装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来、目標の状態量を推定する目標状態推定方法、及びこの目標状態推定方法を行う目標状態推定装置が知られている。このような目標状態推定方法では、ベイズ推定が用いられることがある。先ず、一般的なベイズ推定について述べる。推定したい状態量のベクトルu(u,u,u,…,u)、及び観測値zをとすると、ベイズの定理に従い、事後確率密度関数は下記式(1)で表現される。ここで、左辺p(u|z)は、事後確率である。また、右辺分子にあるp(u)は状態量uの事前確率であり、p(z|u)は状態量u、及び観測値zから計算される尤度である。そして、分母は、正規化項である。観測値zが目標状態推定装置に入力されるたびに、ベイズ推定、即ち式(1)に基づく演算が再帰的に処理され、より正確な事後確率、即ち観測値zを前提とした状態量uが得られる。以下の説明において、ベイズ推定の再帰的な処理を単に、再帰処理と称することがある。
【0003】
【数1】
【0004】
特許文献1には、センサが観測した目標の特徴量を用いてベイズ推定を行い、目標の種別を識別する類識別装置が開示されている。また、非特許文献1には、離散的なグリッド位置に限定した状態空間に基づいて状態量を推定するグリッドベース方式での目標状態推定方法が開示されている。非特許文献1の目標状態推定方法では、ベイズ推定の再帰処理ごとに、グリッドの再設計を行う。グリッドの再設計では、事後確率の低いグリッドを削除し、グリッドの範囲を縮小した後、再設計後のグリッド数がオリジナルのグリッド数となるように補間処理を行うものである。これにより、非特許文献1は、グリッドの再設計を行い、状態空間のグリッド範囲を縮小させて計算量を削減しようとするものである。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2016-133441号公報
【非特許文献】
【0006】
【文献】Stone, Lawrence D. , Corwin, Thomas L. , Hofmann, James B. , “Technical Documentation of Nodestar” , NAVAL RESEARCH LAB WASHINGTON DC, 1995.12.11, p.13-19
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
しかしながら、非特許文献1の目標状態推定方法では、ベイズ推定の再帰処理のたびにグリッドの再設計が行われる。グリッド再設計には、補間処理が含まれているため、再帰処理を繰り返すことで、目標状態推定の精度が低下してしまう。
【0008】
ここで、精度の低下を抑制する方法としては、次の2つの方法が考えられる。1つ目は、再設計後のグリッド数を増加させ、補間処理の精度を高くする方法である。しかしながら、この場合、グリッド数が増加したことで、補間処理での計算量が増加してしまう。また、2つ目は、1回のグリッド再設計で削除するグリッドの数を抑える方法である。しかしながら、この場合では、1回のグリッド再設計で削除するグリッドの数が多い場合と同じ精度を得るためには再帰処理の繰り返し回数が多くなってしまい、計算量が増加してしまう。
【0009】
本発明は、上記のような課題を背景としたものであり、精度の低下を抑制しつつ、計算量を削減させた目標状態推定方法、及び目標状態推定装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明に係る目標状態推定方法は、方位と距離とを含む観測値から、等速直線運動を行うと仮定した目標についての位置座標と速力とを含む状態量を推定する目標状態推定方法であって、複数の異なる速力ごとの位置座標を離散化して表す状態空間から、複数の異なる速力ごとに、目標が解析時間内に移動する小領域の範囲と分解能とを設定し、複数の異なる小領域ごとの範囲と分解能とに基づいてベイズ推定を再帰的に行い、ベイズ推定の結果から目標の状態量を推定する。
【0011】
本発明に係る目標状態推定装置は、方位と距離とを含む観測値から、等速直線運動を行うと仮定した目標についての位置座標と速力とを含む状態量を推定する目標状態推定装置であって、複数の異なる速力ごとの位置座標を離散化して表す状態空間から、複数の異なる速力ごとに、目標が解析時間内に移動する小領域の範囲と分解能とを設定する小領域設定部、複数の異なる小領域ごとの範囲と分解能とに基づいてベイズ推定を再帰的に行う再帰処理部と、ベイズ推定の結果から目標の状態量を推定する状態推定部と、を備える。
【発明の効果】
【0012】
本発明によれば、複数の速力のそれぞれにおける小領域の範囲及び分解能が設定される。このため、速力ごとに必要なグリッドの範囲、及び分解能が設定されているため、計算量が削減される。また、ベイズ推定を再帰的に処理する度に、グリッド調整を実施する必要がなく、目標状態推定の精度の低下が抑制される。以上のように、本発明における目標状態推定方法によれば、精度の低下を抑制しつつ、計算量を削減させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1】実施の形態1に係る目標状態推定装置1を示す機能ブロック図である。
図2】目標状態推定方法における特徴量を説明するための図である。
図3】実施の形態1に係る小領域設定部13を示す機能ブロック図である。
図4】実施の形態1に係る状態空間の領域A1における尤度を示す図である。
図5】尤度計算を説明するための図である。
図6】実施の形態1に係る小領域における尤度を示す図である。
図7】実施の形態1に係る小領域について説明するための図である。
図8】実施の形態1に係る小領域について説明するための図である。
図9】実施の形態1に係る目標状態推定方法を示すフローチャートである。
図10】比較例2に係るグリッド再設計を説明するための図である。
図11】比較例2に係る外周加算から最小辺削除までの流れを説明するための図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
実施の形態1.
図1は、実施の形態1に係る目標状態推定装置1を示す機能ブロック図である。目標状態推定装置1は、センサ91で検出した目標との距離及び方位に基づいて、目標状態推定方法を実施することで、目標の現在位置及び速力を推定し、表示装置92に出力するものである。実施の形態1の目標状態推定装置の目標状態推定方法では、グリッドベース方式が用いられている。センサ91は、例えば、ソーナー又はレーダー等である。表示装置92は、例えば、ディスプレイである。なお、目標状態推定装置1がセンサ91又は表示装置92を備えるように構成してもよい。図1に示すように、目標状態推定装置1は、処理装置2、及び記憶装置3を備える。処理装置2は、機能部として、入力部11、状態空間設定部12、小領域設定部13、事前確率計算部14、再帰処理部15、状態推定部16、及び出力部17を備える。記憶装置3は、各機能部での処理結果等を記憶する装置である。
【0015】
なお、目標状態推定方法を専用のハードウェア又はCPUで実現するその他の方法としてパーティクルフィルタが知られている。パーティクルフィルタは、状態空間に粒子をばらまき、粒子の密度で確率を表現する方法である。
【0016】
処理装置2は、専用のハードウェア、又は記憶装置3に格納されるプログラムを実行するCPU(Central Processing Unit、中央処理装置、処理装置、演算装置、マイクロプロセッサ、マイクロコンピュータ又はプロセッサともいう)で構成される。処理装置2が専用のハードウェアである場合、処理装置2は、例えば、単一回路、複合回路、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)、FPGA(Field-Programmable Gate Array)、又はこれらを組み合わせたものが該当する。処理装置2が実現する各機能部のそれぞれを、個別のハードウェアで実現してもよいし、各機能部を一つのハードウェアで実現してもよい。
【0017】
処理装置2がCPUの場合、処理装置2が実行する各機能は、ソフトウェア、ファームウェア、又はソフトウェアとファームウェアとの組み合わせにより実現される。ソフトウェア及びファームウェアはプログラムとして記述され、記憶装置3に格納される。CPUは、記憶装置3に格納されたプログラムを読み出して実行することにより、各機能を実現する。ここで、記憶装置3は、例えば、RAM、ROM、フラッシュメモリ、EPROM、EEPROM等の不揮発性又は揮発性の半導体メモリである。なお、処理装置2の機能の一部を専用のハードウェアで実現し、一部をソフトウェア又はファームウェアで実現するようにしてもよい。
【0018】
入力部11は、センサ91からの観測値zを受け付ける。観測値zは、センサ91から見た目標の方位θ、及びセンサ91と目標との距離rである。
【0019】
状態空間設定部12は、初期の状態部分空間(以降は単に状態空間と簡略して記す)の設定を行う。状態量u(u,u,u,u)は、(x,y,v,v)の4種類である。図2は、目標状態推定方法における特徴量を説明するための図である。図2(a)に示すように、x及びyは、位置座標を示している。なお、位置座標は、単に位置と説明することがある。また、図2(b)に示すように、vは、速力のx方向の成分であり、vは、速力のy方向の成分である。
【0020】
状態空間設定部12は、具体的に、初期の状態空間の範囲及び分解能を設定する。ここで、実施の形態1における初期の状態空間は、速力(v,v)ごとの位置座標(x,y)を離散化させたグリッドによって表される。初期の状態空間の範囲は、目標状態推定装置1が取り扱う範囲に応じて設定され、状態空間の分解能は、後述する状態遷移を表現できる程度の所定の細かさを有する。また、状態空間の分解能は、グリッドの間隔の細かさである。状態空間の分解能の設定では、所定よりも粗い分解能を設定し、補間処理を実施するようにしてもよい。状態空間の分解能は、下記式(2)~(5)によって表される。なお、肩文字の(d)は、離散グリッドであることを表している。
【0021】
【数2】
【0022】
【数3】
【0023】
【数4】
【0024】
【数5】
【0025】
例えば、位置座標(x,y)の範囲は、10kmオーダー、即ち10km×10kmに設定される。また、速力(v,v)の範囲は、20kt×20ktに設定される。位置座標(x,y)の分解能は、後述の概略位置推定部22において目標の大まかな位置を求めるに十分であれば、比較的粗くてよい。例えば、位置座標(x,y)の分解能は、(10km,10km)に対して、1/100(100m)の分解能に設定される。速力(v,v)の分解能は、アプリケーションで推定したい速力の細かさに応じて設定される。例えば、比較的細かく速力を推定したい場合は、1kt間隔に設定される。また、比較的粗く速力を推定したい場合は、5kt間隔に設定される。
【0026】
小領域設定部13は、小領域の範囲、及び小領域の分解能を設定する。小領域は、初期の状態空間のうち、ある速力での位置座標を示した領域から、解析時間、即ち目標状態推定方法を実施する時間内で、当該速力を有する目標が移動する領域を抽出したものに相当する。小領域は、初期の状態空間と同様に、速力(v,v)ごとの位置座標(x,y)を離散的に近似させたグリッドで表される。即ち、小領域設定部13は、状態空間の断面ごと、即ち速力ごとに繰り返し動作し、範囲及び分解能が異なる小領域を速力ごとに複数設定する。図3は、実施の形態1に係る小領域設定部13を示す機能ブロック図である。図3に示すように、小領域設定部13は、初期尤度計算部21、概略位置推定部22、範囲設定部23、及び分解能設定部24を有する。
【0027】
初期尤度計算部21は、最初の観測値から、初期の状態空間のうち、ある速力での位置座標を示した領域の範囲及び分解能に基づく尤度を計算する。図4は、状態空間の領域A1における尤度を示す図である。初期の状態空間のうち、ある速力での位置座標を示した領域は、図4に示す領域A1に相当し、ある速力(v,v)での位置座標(x,y)のグリッドが平面状に表現されている。初期尤度計算部21では、図4に示すように、状態空間の領域A1における尤度を計算する。図4では、明るい部分ほど、尤度が高いことを示している。
【0028】
尤度は、観測値と状態量との関係に基づいて計算される。例えば、方位θについては下記式(6)によって計算される。ここで、η(a,b,c)は平均b、分散cのガウス分布の確率変数aの確率密度関数を表している。また、下記式(6)のうち、下記式(7)は、方位誤差の分散値に相当する。x及びyは、センサ91の位置である。
【0029】
【数6】
【0030】
【数7】
【0031】
同様に、距離rの尤度についても、下記式(8)によって計算される。下記式(8)のうち、下記式(9)は、距離誤差の分散値に相当する。
【0032】
【数8】
【0033】
【数9】
【0034】
図5は、尤度計算を説明するための図である。図5(a)は、方位θに対する尤度L、即ち式(6)を示している。図5(b)は、距離rに対する尤度L、即ち式(8)を表している。方位θと距離rとが独立であるため、図5(c)に示すように、尤度Lと距離に対する尤度Lとの積をとり、下記式(10)の最終的な尤度関数Lが得られる。
【0035】
【数10】
【0036】
図3に戻り、概略位置推定部22は、下記式(11)のとおり、初期の状態空間のうち、ある速力での位置座標を示した領域において、計算した尤度が最大となる位置座標(x,y)を目標の概略位置として推定する。図4では、位置A2が目標の概略位置として推定される。
【0037】
【数11】
【0038】
図3に戻り、範囲設定部23は、下記式(12)のとおり、概略位置、解析時間、速力、及び運動モデルからそれぞれの小領域の範囲を設定する。ここで、解析時間をT秒とする。また、xR(v,v)=[a,b]、及びyR(v,v)=[a,b]におけるa及びbは、小領域の範囲の端の座標を表している。δxとδyは、小領域の範囲に対して付与されたマージンとなる。これにより、式(11)で示された概略位置(xmax(v,v),ymax(v,v))に対して、補正が行われている。運動モデルとしては、等速直線運動が仮定されている。以上を踏まえると、範囲設定部23は、式(11)で推定した概略位置からT秒間で目標が移動する範囲を決定する処理であると言える。図3では、範囲A3が小領域の範囲に相当する。範囲設定部23が設定した、速力ごとに異なる複数の小領域の範囲の座標は、記憶装置3に記憶される。
【0039】
【数12】
【0040】
図3に戻り、分解能設定部24は、下記式(13)のとおり、再帰処理部15の処理周期dtと、速力とから小領域の分解能を設定する。図6は、実施の形態1に係る小領域における尤度を示す図である。図6は、図4から抽出した小領域を示している。図6では、グリッド同士の間隔Rが小領域の分解能に相当する。分解能設定部24が設定した、速力ごとに異なる複数の小領域の分解能は、記憶装置3に記憶される。
【0041】
【数13】
【0042】
図7は、実施の形態1に係る小領域について説明するための図である。図8は、実施の形態1に係る小領域について説明するための図である。図7は、速力(v,v)=(5kt,5kt)の場合を示している。図8は、速力(v,v)=(10kt,5kt)の場合を示している。即ち、図7図8とでは、速力が異なっている。図7及び図8を用いて、速力による小領域の範囲及び分解能の違いについて説明する。なお、解析時間は600秒とし、処理周期は5秒とし、マージンδx及びδyは簡易化のため0とする。
【0043】
図7の場合、即ち、速力(v,v)=(5kt,5kt)の場合では、小領域の範囲は、x方向及びy方向の何れも、1543.2m(=600s×5×0.5144m/s)である。また、グリッドの分解能についても、x方向及びy方向の何れも12.86m(=5s×5×0.5144m/s)である。
【0044】
図8の場合、即ち、速力(v,v)=(10kt,5kt)の場合では、小領域の範囲は、y方向が1543.2m(=600s×5×0.5144m/s)であるのに対して、x方向が3086.4m(=600s×10×0.5144m/s)である。また、グリッドの分解能についても、y方向が12.86m(=5s×5×0.5144m/s)であるのに対して、x方向が25.72m(=5s×10×0.5144m/s)である。このように、速力に応じて、範囲及び分解能が異なる小領域が形成される。
【0045】
図1に戻り、事前確率計算部14は、それぞれの小領域に対して、記憶装置3に記憶された小領域ごとの範囲及び分解能を用いて、それぞれの小領域ごとの事前確率を設定する。事前確率は、再帰処理の最初に使用される初期値である。事前確率としては、一様な確率分布のほか、先験情報を用いた確率分布が与えられる。先験情報を用いた確率分布としては、例えば、速力は2kt~20ktまでしか取り得ないことが明らかであった場合、速力が2kt未満、及び20kt超である確率を0としたものがある。事前確率計算部14が設定した、速力ごとの事前確率は、記憶装置3に記憶される。
【0046】
次に、再帰処理部15は、事前確率及び尤度に基づいたベイズ推定を再帰的に処理する。再帰処理部15は、観測値の入力のたびに動作する。再帰処理部15での演算は、記憶装置3に記憶された、それぞれの小領域の範囲と分解能とに基づいている。即ち、再帰処理部15の計算量は、初期の状態空間に基づいて演算を行う場合よりも削減される。そして、削減された計算量は、演算範囲及び分解能を小領域ごと、即ち速力ごとに異なったものとなっている。再帰処理部15は、尤度計算部31、ベイズ推定部32、及び状態遷移部33を備える。
【0047】
尤度計算部31は、それぞれの小領域の範囲と分解能とに基づいて、尤度を計算する。尤度計算部31での演算では、式(6)、(8)、及び(10)が用いられる。
【0048】
ベイズ推定部32では、式(1)に示したベイズの定理に従い、事前確率、尤度、及び正規化項をあてはめて、下記式(14)のとおり、事後確率を計算する。ここで、ppre(A)、ppost(A)は、それぞれ確率変数Aに対する事前確率、事後確率を表している。また、x、y、vxk、及びvykは、再帰処理における第k時刻での確率変数であることを表している。時刻とは、再帰処理の処理された回数に相当する。
【0049】
【数14】
【0050】
状態遷移部33は、再帰処理の次の時刻に遷移した場合の状態量を算出する。状態遷移にあたっては、1つ前の時刻の状態のみに依存する一次マルコフモデルを考える。具体的には、先ず、目標は等速直線運動をすること仮定し、NCV(Nearly Constanat Velocity)モデルを適用した下記式(15)に基づき、次の時刻への運動更新を行う。ここで、dtは、前回時刻と今回時刻との時間差、即ち再帰処理の更新レートであり、σ、及びσは、それぞれv、vに与える擾乱の値である。更新レートは、再帰処理の処理周期とも称することができる。
【0051】
【数15】
【0052】
式(15)の運動更新に続いて、下記式(16)のように今回の時刻kにおける事後確率を次の時刻k+1の事前確率に設定する。
【0053】
【数16】
【0054】
所定の最終時刻の再帰処理が行われた後、状態推定部16では、事後確率から状態量が推定される。状態量の推定には、例えばMAP(Maximum A Posteriori)推定が用いられる。MAP推定は、下記式(17)を用いる。ここで、Kは最終時刻を表している。
【0055】
【数17】
【0056】
出力部17は、状態推定部16によって推定された目標の状態量を表示装置92に出力する。
【0057】
図9は、実施の形態1に係る目標状態推定方法を示すフローチャートである。図9を用いて、目標状態推定方法について説明する。先ず、状態空間設定部12は、速力ごとの位置座標を離散的に近似させたグリッドで表される初期の状態空間を設定する(S1)。次に、小領域設定部13の初期尤度計算部21は、最初の観測値から、初期の状態空間のうち、ある速力での位置座標を示した領域における尤度を計算する(S2)。続いて、小領域設定部13の初期尤度計算部21は、計算された尤度が最大となる座標をある速力における目標の概略位置として推定する(S3)。また、小領域設定部13の範囲設定部23は、概略位置から小領域の範囲を設定する(S4)。更に、小領域設定部13の分解能設定部24は、再帰処理部15の処理周期から小領域の分解能を設定する(S5)。
【0058】
ここで、小領域設定部13は、全ての速力の小領域の設定が完了したか否かを判定する(S6)。全ての速力の小領域の設定が未完了である場合(S6:NO)、次の速力の小領域の設定を行う(S2~S5)。全ての速力の小領域の設定が完了した場合(S6:YES)、事前確率計算部14は、全ての小領域に対して、小領域ごとの範囲及び分解能を用いて事前確率を計算する(S7)。続いて、再帰処理部15は、尤度計算、ベイズ推定、及び状態遷移を再帰的に処理する(S8)。そして、再帰処理部15は、最終時刻での処理が完了したか否かを判定する(S9)。最終時刻での処理が未完了の場合(S9:NO)、再帰処理部15は、次の時刻の処理を行う(S8)。最終時刻での処理が完了した場合(S9:YES)、状態推定部16は、最終時刻の計算結果から目標の状態量を推定する(S10)。
【0059】
ここで、実施の形態1の目標状態推定方法と、比較例1の目標状態推定方法とを比較する。比較例1の目標状態推定方法は、小領域の設定を行わない点で実施の形態1と異なり、それ以外の点で実施の形態1と共通している。初期の状態空間は、位置については10km×10kmの範囲とし、速力については2kt~20ktの範囲とする。また、速力は、1kt刻みのグリッドで表される。また、更新レートは5秒、解析時間を10分とする。また、計算を簡単にするため、最も遅い速力の(2kt,2kt)について考える。上記の条件で計算した場合、位置座標の分解能としては、(5.2m(=2kt(0.5144×2m/s)×5sの計算結果を切り上げ),5.2m)が必要とされる。
【0060】
比較例1の目標状態推定方法では、状態空間は、1924(=10km/5.2mの計算結果を切り上げ)×1924のグリッドサイズとなる。
【0061】
本実施の形態1では、小領域の範囲は、618m(=0.5144×2m/s×600sの計算結果を切り上げ)×618mとなる。このため、マージンも618m取った場合、238(=618×2/5.2の計算結果を切り上げ)×238のグリッドサイズとなる。このため、運動更新の対象となるグリッドの数を約1/66(=1/(1924/238))に減らすことができる。これにより、本実施の形態1では、比較例1よりも計算量を削減することができる。
【0062】
また、実施の形態1の目標状態推定方法と、比較例2の目標状態推定方法とを比較する。比較例2では、再帰処理のたびに、補間処理を含むグリッド再設計を行っている。図10は、比較例2に係るグリッド再設計を説明するための図である。
【0063】
先ず、比較例2の目標状態推定方法では、周辺分布計算が行われる(S91)。周辺分布計算は、ベイズ推定後の事後確率ppost(x,y,vxk,vyk)に対して、下記式(18)のとおり、x及びyに関する周辺分布を計算するものである。
【0064】
【数18】
【0065】
次に、中心の捜索が行われる(S92)。中心の捜索では、周辺分布の中心として、周辺分布の最大値を求める。周辺分布の最大値は、下記式(19)のとおり、算出される。なお、周辺分布の中心は、周辺分布の中央値、又は平均値などから推定してもよい。
【0066】
【数19】
【0067】
また、外周加算(S93)~最小辺削除(S97)が繰り返し行われる。外周加算から最小辺削除までの処理によって、状態空間のグリッドのうち、事後確率の程度が低いグリッドが削除される。この処理は、削除されたグリッドの事後確率の値の合計が所定の閾値に達するまで繰り返される。
【0068】
先ず、外周加算が行われる(S93)。図11は、比較例2に係る外周加算から最小辺削除までの流れを説明するための図である。外周加算では、下記式(20)及び(21)を用いて、グリッドで表現された周辺分布の最外周及びその内側の周、即ち8つの辺において、それぞれの辺を構成する事後確率の値を加算する。ここで、x(m)及びy(n)は、それぞれ、時刻kにおける周辺分布のm行目、及びn列目を意味している。また、Mは、グリッドの行数であり、Nは、グリッドの列数である。外周加算は、図11を用いて次のようにも説明することができる。即ち、式(20)は、周辺分布の4行のそれぞれ、即ち1行目、2行目、M-1行目、及びM行目のグリッドの加算値を算出する。また、式(21)は、周辺分布の4列のそれぞれ、即ち1列目、2列目、N-1列目、及びN列目のグリッドの加算値を算出する。以上のように、式(20)及び(21)によって、周辺分布の最外周及びその内側の周の8辺について、8つの加算値が算出される。
【0069】
【数20】
【0070】
【数21】
【0071】
図10に戻り、8つの加算値から最小となる辺が選択される(S94)。最小となる辺をl、最小値をminpostmerとする。図11の右図では、太枠で囲まれた1行目、即ちoutsumrow(1)が最小であった場合を例にしている。
【0072】
図10に戻り、この最小値minpostmerと、前回の累積削除確率recとを加算して累積削除確率が更新される(S95)。累積削除確率の初期値は、0である。
【0073】
続いて、予め設定した閾値と、累積削除確率recとが比較される(S96)。累積削除確率が閾値未満の場合(S96:閾値未満)、状態空間のグリッドのうち、最小辺lを構成する事後確率のグリッドが削除され(S97)、再び、外周加算(S93)が行われる。
【0074】
累積削除確率が閾値以上である場合(S96:閾値以上)、グリッド調整が行われる(S98)。グリッド調整では、グリッドの中心を捜索したEstmarとし、グリッドを削除した後のグリッドサイズがオリジナルのグリッドサイズと等しくになるように調整する。例えば、グリッドを削除した後のグリッド範囲が2km×2kmであって、グリッドサイズ10×10であり、オリジナルのグリッドサイズが50×50であった場合を例にする。この場合は、グリッドの範囲が2km×2kmのまま、グリッドサイズが50×50となるように調整される。周辺分布の中心、グリッド範囲、及びグリッド数が決まっているため、分解能、及びグリッド位置が一意に決定される。これにより、グリッド再設計後のグリッドがオリジナルよりも密な分解能を有する。なお、グリッド再設計後における事後確率への推移は、線形補間、又は最近傍グリッドの選択などによって実施される。
【0075】
以上のように、比較例2では、再帰処理ごとに、状態空間のグリッド範囲を縮小させて計算量を削減していた。しかしながら、非特許文献2の目標状態推定方法では、ベイズ推定の再帰処理のたびにグリッドの再設計が行われる。グリッド再設計には、補間処理が含まれているため、再帰処理を繰り返すことで、目標状態推定の精度が低下してしまう。
【0076】
ここで、精度の低下を抑制する方法としては、次の2つの方法が考えられる。1つ目は、再設計後のグリッド数を増加させ、補間処理の精度を高くする方法である。しかしながら、この場合、グリッド数が増加したことで、補間処理での計算量が増加してしまう。また、2つ目は、累積削除確率recと比較する閾値を小さくし、1回のグリッド再設計で削除するグリッドの数を抑える方法である。しかしながら、この場合では、1回のグリッド再設計で削除するグリッドの数が多い場合と同じ精度を得るためには再帰処理の繰り返し回数が多くなってしまい、計算量が増加してしまう。
【0077】
本実施の形態1によれば、複数の速力のそれぞれにおける小領域の範囲及び分解能が設定される。このため、速力ごとに必要なグリッドの範囲、及び分解能が設定されているため、計算量が削減される。また、ベイズ推定を再帰的に処理する度に、グリッド調整を実施する必要がなく、目標状態推定の精度の低下が抑制される。以上のように、本実施の形態1における目標状態推定方法によれば、精度の低下を抑制しつつ、計算量を削減させることができる。
【0078】
以上が本発明の実施の形態の説明であるが、本発明は、上記の実施の形態の構成に限定されるものではなく、その技術的思想の範囲内で様々な変形または組み合わせが可能である。実施例では、式(6)、(8)、及び(10)を用いて方位及び距離に対する尤度を計算している。想定される対応関係が定式化できればよく、例えば、下記式(22)を尤度の計算に用いてもよい。
【0079】
【数22】
【0080】
また、式(6)、(8)、及び(10)では、誤差分布をガウス分布と想定した定式化をしているが、想定する誤差分布はガウス分布でなくてもよい。
【0081】
また、概略位置推定では尤度の最大値を用いて推定しているが、平均値など他の統計的な処理により求めてもよい。
【0082】
また、各機能部が動作する順番は、実施の形態1に開示した順番に限定されない。例えば、小領域の設定を行うごとに事前確率計算部14が動作するように変更してもよい。
【0083】
また、小領域の範囲及び分解能が速力ごとに設定されれば、初期尤度計算部21、及び概略位置推定部22の処理は、速力ごとに共通していてもよい。この場合、推定される概略位置がどの速力でも同じ位置になる。
【符号の説明】
【0084】
1 目標状態推定装置、2 処理装置、3 記憶装置、11 入力部、12 状態空間設定部、13 小領域設定部、14 事前確率計算部、15 再帰処理部、16 状態推定部、17 出力部、21 初期尤度計算部、22 概略位置推定部、23 範囲設定部、24 分解能設定部、31 尤度計算部、32 ベイズ推定部、33 状態遷移部、91 センサ、92 表示装置、901 目標状態推定装置。
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10
図11