(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-13
(45)【発行日】2024-08-21
(54)【発明の名称】中立舵角決定装置、中立舵角決定方法及びプログラム
(51)【国際特許分類】
B62D 6/00 20060101AFI20240814BHJP
B62D 101/00 20060101ALN20240814BHJP
B62D 103/00 20060101ALN20240814BHJP
B62D 113/00 20060101ALN20240814BHJP
【FI】
B62D6/00
B62D101:00
B62D103:00
B62D113:00
(21)【出願番号】P 2022189399
(22)【出願日】2022-11-28
【審査請求日】2023-01-26
(73)【特許権者】
【識別番号】000000170
【氏名又は名称】いすゞ自動車株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110004222
【氏名又は名称】弁理士法人創光国際特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100166006
【氏名又は名称】泉 通博
(74)【代理人】
【識別番号】100154070
【氏名又は名称】久恒 京範
(74)【代理人】
【識別番号】100153280
【氏名又は名称】寺川 賢祐
(74)【代理人】
【識別番号】100167793
【氏名又は名称】鈴木 学
(72)【発明者】
【氏名】中俣 圭介
【審査官】飯島 尚郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2021-142909(JP,A)
【文献】特開2019-127233(JP,A)
【文献】特開2017-105277(JP,A)
【文献】特開2010-030424(JP,A)
【文献】特開2004-122933(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0118858(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B62D 6/00
B62D 101/00
B62D 103/00
B62D 113/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の進行方向に直交する車幅方向にかかる横加速度を取得する第1取得部と、
前記車両の車速を取得する第2取得部と、
前記車両のヨーレートを取得する第3取得部と、
前記車両の操舵角を取得する第4取得部と、
前記車両のコーナリング係数に応じた第1係数及び前記横加速
度の積で表される第1項
と、
前記車両のホイールベースを示す第2係数及び前記車速に対する前記ヨーレートの割
合の積で表される第2項
と、前記車両の車輪の向きが前記進行方向と平行になる中立舵角からのオフセット量を示す第3係数で表される第3項
とを含み、前記操舵角を表
し、前記第1係数、前記第2係数及び前記第3係数をパラメータとするモデル関数の関数値と、前記第
4取得部が取得した前記操舵角と
の差の二乗和を最小化する前記第1係数、前記第2係数及び前記第3係数を
、最小二乗法によるパラメータ推定を行うことで決定する第1決定部と、
前記第1決定部により決定された前記第3係数に応じて前記中立舵角を決定する第2決定部と、
を有する中立舵角決定装置。
【請求項2】
前記第1決定部は、前記第2取得部が取得した前記車両の車速が閾値以上であれば、前記第1係数、前記第2係数及び前記第3係数を決定する、
請求項1に記載の中立舵角決定装置。
【請求項3】
前記第1決定部は、前記第2取得部が取得した前記車両の車速が前記閾値未満であれば、前記第1係数、前記第2係数及び前記第3係数を決定しない、
請求項
2に記載の中立舵角決定装置。
【請求項4】
前記第1決定部は、前記車速が前記車両に前記横加速度が生じる閾値以上であり、かつ前記車速に対する前記ヨーレートの割合である前記車両の旋回曲率が、前記車両が走行中の道路を曲路であると判定する下限曲率以上前記車両が旋回可能な上限曲率以下であれば、前記第1係数、前記第2係数及び前記第3係数を決定する、
請求項1に記載の中立舵角決定装置。
【請求項5】
前記第1決定部は、新たに取得された前記横加速度、前記車速、前記ヨーレート及び前記操舵角と、直前に取得された前記横加速度、前記車速、前記ヨーレート及び前記操舵角とに基づき、逐次最小二乗法を用いて各係数を決定する、
請求項1から
4のいずれか一項に記載の中立舵角決定装置。
【請求項6】
前記第1決定部は、前記車両の向きと前記進行方向とが平行になっているときに取得された前記操舵角を、前記逐次最小二乗法における前記第3係数の初期値にして各係数を決定する、
請求項
5に記載の中立舵角決定装置。
【請求項7】
前記第1決定部は、前記車両に物品が積載されていない状態で前記車両の向きと前記進行方向とが平行になるように前記車両が操舵されているときに取得された前記操舵角を前記初期値にして各係数を決定する、
請求項
6に記載の中立舵角決定装置。
【請求項8】
車両に搭載されたプロセッサが実行する、
前記車両の進行方向に直交する車幅方向にかかる横加速度を取得するステップと、
前記車両の車速を取得するステップと、
前記車両のヨーレートを取得するステップと、
前記車両の操舵角を取得するステップと、
前記車両のコーナリング係数に応じた第1係数及び前記横加速
度の積で表される第1項
と、
前記車両のホイールベースを示す第2係数及び前記車速に対する前記ヨーレートの割
合の積で表される第2項
と、前記車両の車輪の向きが前記進行方向と平行になる中立舵角からのオフセット量を示す第3係
数で表される第3項とを含み、前記操舵角を表
し、前記第1係数、前記第2係数及び前記第3係数をパラメータとするモデル関数の関数値と、取得された前記操舵角と
の差の二乗和を最小化する前記第1係数、前記第2係数及び前記第3係数を
、最小二乗法によるパラメータ推定を行うことで決定するステップと、
決定した前記第3係数に応じて前記中立舵角を決定するステップと、
を有する中立舵角決定方法。
【請求項9】
車両に搭載されたプロセッサを、
前記車両の進行方向に直交する車幅方向にかかる横加速度を取得する第1取得部、
前記車両の車速を取得する第2取得部、
前記車両のヨーレートを取得する第3取得部、
前記車両の操舵角を取得する第4取得部、
前記車両のコーナリング係数に応じた第1係数及び前記横加速
度の積で表される第1項
と、
前記車両のホイールベースを示す第2係数及び前記車速に対する前記ヨーレートの割
合の積で表される第2項及び前記車両の車輪の向きが前記進行方向と平行になる中立舵角からのオフセット量を示す第3係数で表される第3項
とを含み、前記操舵角を表
し、前記第1係数、前記第2係数及び前記第3係数をパラメータとするモデル関数の関数値と、前記第3取得部が取得した前記操舵角と
の差の二乗和を最小化する前記第1係数、前記第2係数及び前記第3係数を
、最小二乗法によるパラメータ推定を行うことで決定する第1決定部、及び
前記第1決定部により決定された前記第3係数に応じて前記中立舵角を決定する第2決定部として機能させるプログラム。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の車輪の向きが車両の進行方向と平行になる中立舵角を決定する中立舵角決定装置、中立舵角決定方法及びプログラムに関する。
【背景技術】
【0002】
車両の車輪の向きが車両の進行方向と平行になる中立舵角を決定する技術が知られている。特許文献1には、車両が直進状態であり、かつ操舵ハンドルが操舵されていないときの操舵ハンドルの角度を検出するセンサの検出値を統計処理して中立舵角を学習する技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかし、実際の道路には曲路や横断勾配があるため、車両が直進状態であり、かつ操舵ハンドルが操舵されていないという運転状態が維持されないことがあり、統計処理に必要な数の検出値が得られず、中立舵角の学習が完了しないことがあった。
【0005】
そこで、本発明はこれらの点に鑑みてなされたものであり、車両の操舵状態によらず中立舵角を決定することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明の第1の態様においては、車両の進行方向に直交する車幅方向にかかる横加速度を取得する第1取得部と、前記車両の車速を取得する第2取得部と、前記車両のヨーレートを取得する第3取得部と、前記車両の操舵角を取得する第4取得部と、前記横加速度と第1係数との積で表される第1項、前記車速に対する前記ヨーレートの割合と第2係数との積で表される第2項及び前記車両の車輪の向きが前記進行方向と平行になる中立舵角からのオフセット量を示す第3係数で表される第3項を含み、前記操舵角を表すモデル関数の関数値と、前記第3取得部が取得した前記操舵角とに基づいて前記第1係数、前記第2係数及び前記第3係数を決定する第1決定部と、前記第1決定部により決定された前記第3係数に応じて前記中立舵角を決定する第2決定部と、を有する中立舵角決定装置を提供する。
【0007】
前記第1決定部は、前記モデル関数の関数値と前記第3取得部が取得した前記操舵角との差の二乗和を最小化する前記第1係数、前記第2係数及び前記第3係数を決定してもよい。
【0008】
前記第1決定部は、前記第2取得部が取得した前記車両の車速が閾値以上であれば、前記第1係数、前記第2係数及び前記第3係数を決定してもよい。
【0009】
前記第1決定部は、前記第2取得部が取得した前記車両の車速が前記閾値未満であれば、前記第1係数、前記第2係数及び前記第3係数を決定しなくてもよい。
【0010】
前記第1決定部は、前記車速が前記車両に前記横加速度が生じる閾値以上であり、かつ前記車速に対する前記ヨーレートの割合である前記車両の旋回曲率が、前記車両が走行中の道路を曲路であると判定する下限曲率以上前記車両が旋回可能な上限曲率以下であれば、前記第1係数、前記第2係数及び前記第3係数を決定してもよい。
【0011】
前記第1決定部は、新たに取得された前記横加速度、前記車速、前記ヨーレート及び前記操舵角と、直前に取得された前記横加速度、前記車速、前記ヨーレート及び前記操舵角とに基づき、逐次最小二乗法を用いて各係数を決定してもよい。
【0012】
前記第1決定部は、前記車両の向きと前記進行方向とが平行になっているときに取得された前記操舵角を、前記逐次最小二乗法における前記第3係数の初期値にして各係数を決定してもよい。
【0013】
前記第1決定部は、前記車両に物品が積載されていない状態で前記車両の向きと前記進行方向とが平行になるように前記車両が操舵されているときに取得された前記操舵角を前記初期値にして各係数を決定してもよい。
【0014】
本発明の第2の態様においては、車両に搭載されたプロセッサが実行する、前記車両の進行方向に直交する車幅方向にかかる横加速度を取得するステップと、前記車両の車速を取得するステップと、前記車両のヨーレートを取得するステップと、前記車両の操舵角を取得するステップと、前記横加速度と第1係数との積で表される第1項、前記車速に対する前記ヨーレートの割合と第2係数との積で表される第2項及び前記車両の車輪の向きが前記進行方向と平行になる中立舵角からのオフセット量を示す第3係数のみで表される第3項とを含み、前記操舵角を表すモデル関数の関数値と、取得された前記操舵角とに基づいて前記第1係数、前記第2係数及び前記第3係数を決定するステップと、決定した前記第3係数に応じて前記中立舵角を決定するステップと、を有する中立舵角決定方法を提供する。
【0015】
本発明の第3の態様においては、車両に搭載されたプロセッサを、前記車両の進行方向に直交する車幅方向にかかる横加速度を取得する第1取得部、前記車両の車速を取得する第2取得部、前記車両のヨーレートを取得する第3取得部、前記車両の操舵角を取得する第4取得部、前記横加速度と第1係数との積で表される第1項、前記車速に対する前記ヨーレートの割合と第2係数との積で表される第2項及び前記車両の車輪の向きが前記進行方向と平行になる中立舵角からのオフセット量を示す第3係数で表される第3項を含み、前記操舵角を表すモデル関数の関数値と、前記第3取得部が取得した前記操舵角とに基づいて前記第1係数、前記第2係数及び前記第3係数を決定する第1決定部、及び前記第1決定部により決定された前記第3係数に応じて前記中立舵角を決定する第2決定部として機能させるプログラムを提供する。
【0016】
本発明の第4の態様においては、加速度センサが検出した車両の車幅方向にかかる横加速度を取得する第1取得部と、車速センサが検出した前記車両の車速を取得する第2取得部と、ヨーレートセンサが検出した前記車両のヨーレートを取得する第3取得部と、操舵角センサが検出した前記車両の操舵角を取得する第4取得部と、前記横加速度、前記車両の車速、前記車両のヨーレート、及び前記車両の操舵角に基づいて、前記車両の車輪の向きが前記車両の進行方向と平行になる前記操舵角である中立舵角を決定する決定部と、を有する中立舵角決定装置を提供する。
【0017】
前記決定部は、前記横加速度に対応する第1項、前記車速に対する前記ヨーレートの割合に対応する第2項、及び前記車両の車輪の向きが前記進行方向と平行になる中立舵角からのオフセット量に対応する第3項を含み、前記操舵角を表すモデル関数の関数値と、前記第4取得部が取得した前記操舵角とに基づいて前記中立舵角を決定してもよい。
【0018】
前記決定部は、前記第4取得部が取得した前記操舵角に対する前記モデル関数の関数値の一致度が高くなるように、前記第3項の値を決定し、前記決定された第3項に応じて前記中立舵角を決定してもよい。
【0019】
前記決定部は、前記車速が閾値以上である場合に、前記中立舵角を決定し、前記車速が前記閾値未満である場合に、前記中立舵角を決定しなくてもよい。
【0020】
前記決定部は、前記車速が前記車両に前記横加速度が生じる閾値以上であり、かつ前記車両の旋回曲率が所定の範囲内にある場合に、前記中立舵角を決定してもよい。
【発明の効果】
【0021】
本発明によれば、車両の操舵状態によらず中立舵角を決定できるという効果を奏する。
【図面の簡単な説明】
【0022】
【
図1】中立舵角決定装置の構成を説明するための図である。
【
図2】ステアリングホイールが基準位置であるときの模式図である。
【
図3】ステアリングホイールが基準位置であるときの車輪の向きを示す模式図である。
【
図4】ステアリングホイールが、基準位置からオフセット量だけずれたオフセット位置であるときの図である。
【
図5】ステアリングホイールがオフセット位置であるときの車輪の向きの模式図である。
【
図6】決定された中立舵角の時間変化をプロットした図である。
【
図7】中立舵角を決定する処理の一例を示すフローチャートである。
【発明を実施するための形態】
【0023】
[実施の形態に係る中立舵角決定装置1の構成]
図1は、中立舵角決定装置1の構成を説明するための図である。中立舵角決定装置1は、自車両2に搭載されている。自車両2は、自動運転車両である。自車両2は、自車両2のユーザ又は管理者が設定した目標地点に向かうように、自車両2の速度及び操舵角を決定し、自車両2を走行させる。自車両2には、加速度センサ3、車速センサ4、ヨーレートセンサ5及び操舵角センサ6が搭載されている。
【0024】
加速度センサ3は、自車両2にかかる加速度を検出するセンサである。加速度センサ3は、進行方向に直交する車幅方向にかかる横加速度を検出する。また、加速度センサ3は、自車両2の進行方向にかかる縦加速度を検出してもよい。加速度センサ3は、周波数変化式、圧電式、ピエゾ抵抗式又は静電容量式等の任意のセンサを用いることができる。
【0025】
車速センサ4は、自車両2の車速を検出するセンサである。車速センサ4は、例えば単位時間当たりの車輪の回転数と車輪の周長とを乗算した値に応じた自車両2の車速を検出する。また、車速センサ4は、自車両2に搭載されているエンジンの回転数と、現在のギア段と、自車両2の車輪の周長とに基づいて自車両2の車速を検出してもよい。
【0026】
ヨーレートセンサ5は、自車両2のヨーレートを検出するセンサである。ヨーレートセンサ5は、自車両2の走行中に進行方向まわりに回転運動が変化する速度であるヨーレートを検出する。
【0027】
操舵角センサ6は、自車両2の操舵角を検出するセンサである。例えば、操舵角センサ6は、自車両2のステアリングホイールが基準位置であり、自車両2の車輪の向きと進行方向Xとが平行になるときに0を検出するように取り付けられる。ただし、操舵角センサ6の検出値は、操舵角センサ6を取り付ける位置や角度、製造時の誤差等により、ステアリングホイールが基準位置であっても0にならないことがある。また、自車両2が車軸懸架式であれば、自車両2の車輪の向きは、自車両2が搭載している物品の総重量に応じて変化するので、操舵角センサ6が検出した操舵角が0であっても自車両2の進行方向と平行にならない場合がある。
図2及び
図3を用いて車輪の向きが自車両2の進行方向と平行にならない場合について説明する。
【0028】
図2は、ステアリングホイール7が基準位置Kであるときの模式図である。
図3は、ステアリングホイール7が基準位置Kであるときの車輪8の向きWを示す模式図である。
図3に示すとおり、車輪8の向きWは、自車両2の進行方向Xと平行になっていない。車輪8の向きWと進行方向Xとのなす角を、車輪8の向きWの進行方向Xからのずれ量を表すオフセット量δ
offsetと言う。
【0029】
オフセット量δoffsetが不明な状態で自車両2を操舵すると、設定された目標地点に移動できなくなったり、過大又は過小な操舵角を設定してしまったりするおそれがある。そこで、中立舵角決定装置1は、自車両2の進行方向Xと自車両2の車輪8の向きWとが平行になるときのステアリングホイール7の角度(以下「中立舵角δ0」と言う。)を決定する。以下、中立舵角決定装置1の構成の詳細を説明する。
【0030】
中立舵角決定装置1は、記憶部11及び制御部12を有する。記憶部11は、ROM(Read Only Memory)、RAM(Random Access Memory)及びハードディスク等を含む記憶媒体である。記憶部11は、制御部12が実行するプログラムを記憶する。
【0031】
制御部12は、例えばCPU(Central Processing Unit)等のプロセッサを含む計算リソースである。制御部12は、記憶部11に記憶されたプログラムを実行することにより、横加速度取得部121、車速取得部122、ヨーレート取得部123、操舵角取得部124、係数決定部125及び中立舵角決定部126としての機能を実現する。
【0032】
横加速度取得部121は、加速度センサ3が検出した横加速度を取得する第1取得部である。車速取得部122は、車速センサ4が検出した車速を取得する第2取得部である。車速取得部122は、加速度センサ3が検出した縦加速度を時間積分することにより自車両2の車速を取得してもよい。ヨーレート取得部123は、ヨーレートセンサ5が検出したヨーレートを取得する第3取得部である。操舵角取得部124は、操舵角センサ6が検出した操舵角を取得する第4取得部である。
【0033】
係数決定部125と中立舵角決定部126とは、横加速度、車速、ヨーレート、及び操舵角に基づいて、中立舵角を決定する。以下、中立舵角の決定の詳細な工程を説明する。なお、説明を簡易的にするため、係数決定部125と中立舵角決定部126とを個別の決定部としているが、係数決定部125と中立舵角決定部126との処理を1つの決定部として実行することも可能である。
【0034】
係数決定部125は、操舵角を表すモデル関数の係数を決定することによりオフセット量δoffsetを決定する第1決定部である。例えば、モデル関数は、横加速度、車速、及びヨーレートを用いて、操舵角を表す関数であり、係数としてオフセット量δoffsetを含むとする。係数決定部125は、取得された横加速度、車速及びヨーレートを用いてモデル関数で表される操舵角と、操舵角センサ6が検出した操舵角とに基づいて、モデル関数の係数の1つであるオフセット量δoffsetを決定する。具体的には、係数決定部125は、モデル関数で表される操舵角と、操舵角取得部124で取得された操舵角と、の違いが小さくなるように、モデル関数の係数の1つであるオフセット量δoffsetを決定する。言い換えると、係数決定部125は、横加速度、車速及びヨーレートを含む、操舵角を表すモデル関数の係数を決定することによりオフセット量δoffsetを決定する。以下、係数決定部125がモデル関数の係数を決定することによりオフセット量δoffsetを決定する方法を説明する。
【0035】
まず、自車両2が一定の速度及び操舵角で走行する定常状態における操舵角δを示すモデルを説明する。定常状態の操舵角δは、二輪モデル(運動方程式)を用いると下記式(1)で表される。
【数1】
式(1)のlは、自車両2の前輪軸と後輪軸との距離を表すホイールベースである。C
fは前輪等価コーナリング係数を示す。コーナリング係数は、車輪8のコーナリングフォースを横滑り角と接地重量に対する係数とした値である。コーナリングフォースは、車輪8が道路と接触する箇所において進行方向Xに直交する車幅方向に発生する力である。C
rは後輪等価コーナリング係数である。Vは自車両2の車速である。ρは自車両2が走行中の道路の曲率又は走行中の軌道の曲率である。gは重力加速度である。θは自車両2が走行中の道路の横断勾配である。
【0036】
式(1)で表される関数を最小二乗法によるパラメータ推定が可能な形に変形すると、式(1)は下記式(2)で表される。
【数2】
式(2)の第1項の(ρV
2+gθ)は、横加速度に相当する。式(2)の第2項のρは、自車両2の旋回曲率であり、旋回曲率は車速Vに対するヨーレートの割合(ヨーレート/車速V)である。
【0037】
式(2)の第1項の(1/Cf-1/Cr)を第1係数a1で表し、横加速度に相当する(ρV2+gθ)を第1変数u1で表し、第2項のlを第2係数a2で表し、旋回曲率ρを第2変数u2で表し、第3項のδoffsetを第3係数a3で表すと、式(1)で表される関数は、操舵角δを表すモデル関数として下記式(3)で表される。
y = a1u1 + a2u2 + a3…(3)
【0038】
上記のとおり、式(3)の第1項は第1係数a1と第1変数u1との積で表される。第2項は、第2変数u2と第2係数a2との積で表される。第3項は、オフセット量δoffsetを示す第3係数a3のみで表される。係数決定部125は、第1係数a1、第2係数a2及び第3係数a3をパラメータとするモデル関数の関数値yと、取得された操舵角δとの差の二乗和を最小化する第1係数a1、第2係数a2及び第3係数a3を決定する。
【0039】
係数決定部125は、自車両2の走行中に各係数を決定する。具体的には、係数決定部125は、車速が自車両2に横加速度が生じる閾値以上であり、かつ旋回曲率ρが、所定の範囲内であれば各係数を決定する。閾値の具体的な値は、時速30キロメートルであるが、これに限定するものではない。所定の範囲は、自車両2が走行中の道路を曲路であると判定する下限曲率以上、自車両2が旋回可能な上限曲率以下の範囲である。下限曲率の具体的な値は、例えば1/2000メートルであり、上限曲率の具体的な値は例えば1/100メートルである。ただし、上限曲率及び下限曲率の具体的な値は、適宜設定すればよく、これに限定するものではない。これにより、係数決定部125は、自車両2に横加速度が生じる速度で自車両2が曲路を走行中に、横加速度及び旋回曲率を考慮したモデル関数の各係数を決定できる。
【0040】
低速で走行中など横加速度が生じないときや直線を走行中に、横加速度及び旋回曲率を考慮したモデル関数の各係数を決定してしまうと、誤った各係数を決定してしまうおそれがある。そこで、係数決定部125は、車速が閾値未満であるか、旋回曲率ρが所定範囲外であれば、横加速度及び旋回曲率を考慮したモデル関数の各係数を決定しない。言い換えると、係数決定部125は、車速が閾値未満であるか、旋回曲率ρが所定範囲外であれば、横加速度及び旋回曲率を考慮しないモデルの各係数を決定する。
【0041】
係数決定部125は、新たに取得された横加速度、車速、ヨーレート及び操舵角δと、直前に取得された横加速度、車速、ヨーレート及び操舵角δとに基づき、逐次最小二乗法を用いて各係数を決定する。具体的には、係数決定部125は、下記式(4)及び(5)を用いて各係数を決定する。
【数3】
上付きのかっこ内のnは、データの時系列番号を示す。また、λは1である。式(4)及び(5)のハット付きθは、時刻nにおいて関数値yと操舵角δとの差の二乗和を最小化する各係数の最適解である。係数決定部125は、横加速度、車速、ヨーレート及び操舵角δが新たに取得される毎に、式(4)及び(5)を用いて各係数を決定する。
【0042】
係数決定部125は、車輪8の向きWと進行方向Xとが平行になっているときに取得された操舵角δを第3係数a3の初期値にして各係数を決定してもよい。具体的には、係数決定部125は、自車両2に物品が積載されていない状態で車輪8の向きWと進行方向Xとが平行になるようにステアリングホイール7が操舵されているときに取得された操舵角δを第3係数a3の初期値にして各係数を決定する。より具体的には、係数決定部125は、自車両2の出荷時、整備時又は点検時において、車輪8の向きWと進行方向Xとが平行になるようにして自車両2が停車しているときに取得された操舵角δを第3係数a3の初期値にして各係数を決定する。第3係数a3の初期値は、実験等により決定され、記憶部11に記憶されている。
【0043】
このようにすることで、係数決定部125は、実際のオフセット量δoffsetに近い値を初期値にして各係数を決定できるので、そうでない場合よりも係数が収束するまでの時間を短くすることができる。また、係数決定部125は、記憶部11に記憶されたホイールベースlの値を第2係数a2の初期値にして各係数を決定してもよい。
【0044】
なお、オフセット量δoffsetは、上述したモデル関数で表される操舵角と、操舵角取得部124で取得された操舵角との差の二乗和が最小になる場合の係数をオフセット量δoffsetとして決定する方法と異なる方法で決定してもよい。例えば、係数決定部125は、上述したモデル関数で表される操舵角と、操舵角取得部124で取得された操舵角との差が、閾値以下になる場合の係数をオフセット量δoffsetとして決定する。また、係数決定部125は、上述したモデル関数で表される操舵角と、操舵角取得部124で取得された操舵角との比が、所定範囲内になる場合の係数をオフセット量δoffsetとして決定してもよい。所定範囲は1を含む範囲であり、例えば1から所定値を引いた値以上、1に所定値を加えた値以下の範囲である。係数決定部125は、モデル関数で表される操舵角が操舵角取得部124で取得された操舵角に対してより一致度が高くなる係数をオフセット量δoffsetとして決定してもよい。
【0045】
中立舵角決定部126は、第3係数a
3に応じて中立舵角δ
0を決定する第2決定部である。例えば、中立舵角決定部126は、係数決定部125が決定した第3係数a
3を中立舵角δ
0にする。
図4は、ステアリングホイール7が、基準位置Kからオフセット量δ
offsetだけずれたオフセット位置Mであるときの図である。
図5は、ステアリングホイール7がオフセット位置Mであるときの車輪8の向きWの模式図である。
図5に示すとおり、ステアリングホイール7がオフセット位置Mであるときに、車輪8の向きWと進行方向Xとが平行になる。
【0046】
図6は、決定された中立舵角δ
0の時間変化をプロットした図である。
図6の横軸は時刻tを示し、縦軸は決定された中立舵角δ
0を示す。時刻T0は自車両2が走行を開始した時刻である。自車両2は、時刻T0から時刻T2までの間、曲路の道路を走行した。自車両2は、時刻T2以降、直線の道路を走行した。なお、自車両2が走行する道路には、所定の角度の横断勾配が付けられている。
【0047】
実線9は、実施の形態に係る中立舵角決定装置1の中立舵角決定部126が決定した中立舵角δ0の時間変化を示すグラフである。中立舵角決定部126は、時刻T0から中立舵角δ0を決定する処理を開始した。中立舵角決定部126は、自車両2が曲路を走行している間であっても逐次最小二乗法を用いて中立舵角δ0を順次決定した。中立舵角決定部126が決定した中立舵角δ0は、時刻T1において第1中立舵角δ1に収束した。
【0048】
破線10は、比較例に係る装置が決定した中立舵角δ0の時間変化を示すグラフである。比較例に係る装置は、中立舵角決定装置1と異なり、比較例に係る装置を搭載した比較車両が直進中にステアリングホイールが操舵されていない状態でないと中立舵角を決定できない。そのため、比較例に係る装置は、比較車両が直進し始める時刻T2よりも前の時点では、中立舵角δ0を決定する処理を実行できない。比較例に係る装置は、時刻T2を過ぎて、統計処理できる数の操舵角δを取得した時刻T3になった後に中立舵角δ0を決定した。比較例に装置が決定した中立舵角δ0は、道路の横断勾配の影響を受けて、第1中立舵角δ1よりも絶対値が大きい第2中立舵角δ2に収束した。このように、実施の形態に係る中立舵角決定装置1の係数決定部125は、比較例に係る装置が中立舵角δ0を決定する時期よりも早い時期に、より適切な中立舵角δ0を決定できる。
【0049】
(変形例)
係数決定部125と中立舵角決定部126との処理を1つの決定部が実行してもよい。この場合、1つの決定部は、加速度センサが検出した3が検出した横加速度、車速センサ4が検出した車速、ヨーレートセンサ5が検出したヨーレート、及び操舵角センサ6が検出した操舵角に基づいて中立舵角を決定する。具体的には、1つの決定部は、まず、係数決定部125が実行する処理を実行して、モデル関数の第3係数a3を決定する。次に、1つの決定部は、第3係数a3に応じて中立舵角δ0を決定する。
【0050】
[中立舵角決定装置1が実行する処理]
図7は、中立舵角δ
0を決定する処理の一例を示すフローチャートである。
図7のフローチャートに係る処理は、自車両2が走行中に所定間隔で実行される。所定間隔は、例えば制御部12の処理周期であり、具体的な値は100ミリ秒である。なお、ヨーレート、車速、横加速度及び操舵角δは検出されているものとする。
【0051】
係数決定部125は、取得されたヨーレートが所定範囲内であるか否かを判定する(ステップS1)。具体的には、係数決定部125は、ヨーレートが下限曲率以上であり、かつ上限曲率以下であるか否かを判定する。係数決定部125は、ヨーレートが下限曲率未満であるか、上限曲率よりも大きければ(ステップS1でNo)、ヨーレートが下限曲率以上であり、かつ上限曲率以下になるまでステップS1を繰り返す。
【0052】
係数決定部125は、ヨーレートが所定範囲内であれば(ステップS1でYes)、車速が閾値以上か否かを判定する(ステップS2)。係数決定部125は、車速が閾値未満であれば(ステップS2でNo)、車速が閾値以上になるまでステップS1及びS2を繰り返す。なお、係数決定部125は、ステップS2をステップS1の前に実行してもよく、ステップS1及びS2を並列に実行してもよい。
【0053】
係数決定部125は、ヨーレートが所定範囲内であり、かつ車速が閾値以上であれば(ステップS2でYes)、式(3)で表されるモデル関数の各係数を決定する(ステップS3)。具体的には、係数決定部125は、第1係数a1、第2係数a2、及び第3係数a3をパラメータとするモデル関数の関数値yと取得された操舵角δとの差の二乗和を最小化する第1係数a1、第2係数a2、及び第3係数a3を決定する。
【0054】
中立舵角決定部126は、係数決定部125が決定した第3係数a3に応じて中立舵角δ0を決定する。具体的には、中立舵角決定部126は、第3係数a3を操舵角センサの零点からのオフセット量δoffsetとして、零点からオフセット量δoffsetだけずらした中立舵角δ0を決定する(ステップS4)。
【0055】
[中立舵角決定装置1の効果]
以上説明したとおり、中立舵角決定装置1は、横加速度をパラメータとして用いる操舵角を表すモデル関数と実際の操舵角との差を用いて中立舵角を決定する。中立舵角決定装置1は、第1係数a1と横加速度との積で表される第1項と、車速に対するヨーレートの割合(旋回曲率ρ)と第2係数a2との積で表される第2項と、自車両2の車輪8の向きが進行方向Xと平行になる中立舵角δ0からのオフセット量を示す第3係数のみで表される第3項とを含み操舵角δを表すモデル関数の関数値と、操舵角センサが検出した操舵角δとの差の二乗和を最小化する第1係数、第2係数及び第3係数を決定する。
【0056】
これにより、中立舵角決定装置1は、自車両2が曲路を走行していたり、横断勾配のある道路を走行していたりしていても中立舵角δ0を決定することができる。つまり、中立舵角決定装置1は、車両の操舵状態によらず中立舵角δ0を決定できる。その結果、中立舵角決定装置1は、直進中にステアリングホイール7が操作されていない状態でのみ中立舵角δ0を決定する装置よりも早く中立舵角δ0を決定したり、適切な中立舵角δ0を決定したりできるようになる。このような特段の効果は、自車両2が走行する走行路の状態、すなわち走行路が曲路であるか、もしくは横断勾配を有するか、によって変化する横加速度をパラメータとして用いることにより、実現されるものである。さらに、実施の形態に係る中立舵角決定装置1は、操舵角δを表すモデル関数の関数値と、操舵角センサが検出した操舵角δとの差の二乗和を最小化する第3係数に応じて中立舵角を決定することにより、よりその精度を高めることを可能とする。
【0057】
以上、本発明を実施の形態を用いて説明したが、本発明の技術的範囲は上記実施の形態に記載の範囲には限定されず、その要旨の範囲内で種々の変形及び変更が可能である。例えば、装置の全部又は一部は、任意の単位で機能的又は物理的に分散・統合して構成することができる。また、複数の実施の形態の任意の組み合わせによって生じる新たな実施の形態も、本発明の実施の形態に含まれる。組み合わせによって生じる新たな実施の形態の効果は、もとの実施の形態の効果を併せ持つ。
【符号の説明】
【0058】
1 中立舵角決定装置
11 記憶部
12 制御部
121 横加速度取得部
122 車速取得部
123 ヨーレート取得部
124 操舵角取得部
125 係数決定部
126 中立舵角決定部
2 自車両
3 加速度センサ
4 車速センサ
5 ヨーレートセンサ
6 操舵角センサ
7 ステアリングホイール
8 車輪