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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-13
(45)【発行日】2024-08-21
(54)【発明の名称】車両制御装置
(51)【国際特許分類】
   B60L 3/00 20190101AFI20240814BHJP
   B60L 15/20 20060101ALI20240814BHJP
   G01P 3/56 20060101ALI20240814BHJP
   B60L 9/18 20060101ALN20240814BHJP
【FI】
B60L3/00 N
B60L15/20 S
B60L15/20 Y
G01P3/56 Z
B60L9/18 P
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2023540322
(86)(22)【出願日】2022-08-01
(86)【国際出願番号】 JP2022029415
(87)【国際公開番号】W WO2023013566
(87)【国際公開日】2023-02-09
【審査請求日】2023-09-15
(31)【優先権主張番号】P 2021129863
(32)【優先日】2021-08-06
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000006286
【氏名又は名称】三菱自動車工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100183689
【弁理士】
【氏名又は名称】諏訪 華子
(74)【代理人】
【識別番号】110003649
【氏名又は名称】弁理士法人真田特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 亮太
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼橋 直樹
(72)【発明者】
【氏名】松尾 俊輔
(72)【発明者】
【氏名】岡村 悠太郎
(72)【発明者】
【氏名】古賀 亮佑
【審査官】佐々木 淳
(56)【参考文献】
【文献】特開2017-073921(JP,A)
【文献】特開2000-309230(JP,A)
【文献】特開2007-049825(JP,A)
【文献】特開2020-162373(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B60L 1/00-58/40
B60W 10/00-20/50
G01P 3/56
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
車両の車輪を駆動する電動機を制御するための車両制御装置において、
前記車輪の角速度に基づき、第一車体速を算出する第一算出部と、
前記電動機の角速度に基づき、前記第一算出部よりも短い周期で第二車体速を算出する第二算出部と、
前記車両の状態に応じて、前記第一車体速及び前記第二車体速を併用して算出される推定車体速を推定する推定部と、
前記推定部で推定された前記推定車体速に基づき前記電動機を制御する制御部とを備え、
前記推定部が、前記第一車体速及び前記第二車体速の加重平均を前記推定車体速として推定する
ことを特徴とする、車両制御装置。
【請求項2】
前記推定部が、前記加重平均の算出に際し、前記第一車体速が低速であるほど、または、前記第二車体速が低速であるほど、前記第一車体速の重みを小さく設定するとともに前記第二車体速の重みを大きく設定する
ことを特徴とする、請求項に記載の車両制御装置。
【請求項3】
前記推定部が、前記車輪の角速度を検出する車輪速センサの異常時には、前記第二車体速の重みを大きく設定する
ことを特徴とする、請求項に記載の車両制御装置。
【請求項4】
前記第二算出部が、前記電動機の角速度から導出される前記車輪の駆動トルク及び前記車輪のイナーシャトルクに基づき前記車輪が路面に伝える推定駆動力を算出するとともに、前記推定駆動力の和を前記車両の重量で除した商を積分することで前記第二車体速を算出する
ことを特徴とする、請求項1~のいずれか1項に記載の車両制御装置。
【請求項5】
左右輪にトルク差を付与する差動機構と前記差動機構に接続される一対の前記電動機とを具備する前記車両において、前記一対の前記電動機の作動状態を制御することで前記左右輪のスリップ状態を個別に制御する車両制御装置であって、
前記制御部が、前記推定車体速を用いて前記左右輪の前記スリップ状態を個別に制御する
ことを特徴とする、請求項1~のいずれか1項に記載の車両制御装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、車両の車輪を駆動する電動機を制御するための車両制御装置に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、駆動源としての電動機を搭載した車両において、車輪速センサの検出信号から算出される車体速(車速)に基づいて電動機を制御する車両制御装置が知られている。車輪速センサは、例えば車両の駆動輪や従動輪に取り付けられる(特許文献1参照)。
一方、一般的な車輪速センサの検出信号は、電動機の動作に対して遅れて応答する。例えば、車輪の回転状態は、電動機から出力される駆動力が車輪に伝達され、その車輪を介して駆動力が路面に伝達されることによって初めて変化する。そのため、電動機の動作に対して車輪速センサの検出信号の変化は遅れやすく、良好な制御応答性が得られないことがある。そこで、車輪速の代わりに電動機の回転状態をレゾルバで検出し、レゾルバの検出信号に基づいて車体速を推定することが提案されている(特許文献2参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特許第4637136号公報
【文献】特開2017-73921号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
しかしながら、レゾルバの回転状態は必ずしも車輪の回転状態とは一致しない。そのため、特許文献2に記載されたように、単に車輪速センサの検出信号をレゾルバの検出信号に切り替えただけでは、精度よく車体速を推定することが難しく、車両の走行性能が低下しうる。また、車輪速センサの検出信号をレゾルバの検出信号に切り替えたときに、車体速の推定値にずれが生じた場合には、車両の加速感が一時的に損なわれることがあり、フィーリングが低下するおそれがある。なお、車体速に基づいて車輪のスリップ状態を個別に調節しながら各輪の駆動力を制御するような車両制御装置においては、上記のような技術課題が顕著となる。
【0005】
本件の目的の一つは、上記のような課題に照らして創案されたものであり、車体速の推定精度を向上させて、車両の走行性能を改善できるようにした車両制御装置を提供することである。なお、この目的に限らず、後述する「発明を実施するための形態」に示す各構成から導き出される作用効果であって、従来の技術では得られない作用効果を奏することも、本件の他の目的として位置付けることができる。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本件は、以下に開示する態様又は適用例として実現できる。開示の車両制御装置は、上記の課題の少なくとも一部を解決する。
ここで開示する車両制御装置は、車両の車輪を駆動する電動機を制御するための車両制御装置であって、前記車輪の第一回転速度に基づき、第一車体速を算出する第一算出部と、前記電動機の第二回転速度に基づき、前記第一算出部よりも短い周期で第二車体速を算出する第二算出部と、前記車両の状態に応じて、前記第一車体速及び前記第二車体速を併用して算出される推定車体速を推定する推定部と、前記推定部で推定された前記推定車体速に基づき前記電動機を制御する制御部とを備える。前記推定部は、前記第一車体速及び前記第二車体速の加重平均を前記推定車体速として推定する。
【発明の効果】
【0007】
開示の車両制御装置によれば、車体速の推定精度を向上させて、車両の走行性能を改善できる。
【図面の簡単な説明】
【0008】
図1】実施例としての車両制御装置が適用された車両を説明するための図である。
図2図1に示す車両の駆動系の構造を示す骨子図である。
図3図1に示す車両制御装置の構成を示すブロック図である。
図4図1の推定部で設定される重み係数と車速との関係を示すマップである。
図5図3に示す車両制御装置の変形例を説明するためのブロック図である。
【発明を実施するための形態】
【0009】
[1.車両]
実施例としての車両制御装置は、図1に示す車両1に適用される。車両1は、車幅方向に並んで配置される車輪5(左右輪)と、これらの車輪5にトルク差を付与する動力分配機構3と、動力分配機構3に接続される一対の電動機2とを具備する。図中において数字符号に付加されるアルファベットのR,Lは、当該符号にかかる要素の配設位置(車両1の右側や左側にあること)を表す。例えば、5Rは車輪5のうち車両1の右側(Right)に位置する一方(すなわち右輪)を表し、5Lは左側(Left)に位置する他方(すなわち左輪)を表す。
【0010】
電動機2は、車両1の前輪または後輪の少なくともいずれか駆動する機能を持つものであり、四輪すべてを駆動する機能を持ちうる。一対の電動機2のうち右側に配置される一方は右電動機2R(右モータ)とも呼ばれ、左側に配置される他方は左電動機2L(左モータ)とも呼ばれる。右電動機2R及び左電動機2Lは、互いに独立して作動し、互いに異なる大きさの駆動力を個別に出力しうる。これらの電動機2は、互いに別設された一対の減速機構を介して動力分配機構3に接続される。本実施例の右電動機2R及び左電動機2Lは、定格出力が同一であり、二個一組の対で設けられる。
【0011】
車両1は、一対の電動機2のトルク差を増幅して左右の車輪5に分配する動力分配機構3を備える。本実施例の動力分配機構3は、ヨーコントロール機能〔AYC (Active Yaw Control)機能〕を持ったディファレンシャル機構であり、左輪5Lに連結される車輪軸4(左車輪軸4L)と右輪5Rに連結される車輪軸4(右車輪軸4R)との間に介装される。ヨーコントロール機能とは、左右の車輪5の駆動力(駆動トルク)の分担割合を積極的に制御することでヨーモーメントを調節し、車両1の姿勢を安定させる機能である。動力分配機構3の内部には、遊星歯車機構や差動歯車機構などが内蔵される。なお、一対の電動機2と動力分配機構3とを含む車両駆動装置は、DM-AYC(Dual-Motor AYC)装置とも呼ばれる。
【0012】
図2に示すように、動力分配機構3は、電動機2の回転速度を減速する一対の減速機構(図2中にて破線で囲んだギヤ列)や変速機構(図2中にて一点鎖線で囲んだギヤ列)を含む。減速機構は、電動機2から出力されるトルク(駆動力)を減速することでトルクを増大させる機構である。減速機構の減速比は、電動機2の出力特性や性能に応じて適宜設定される。電動機2のトルク性能が十分に高い場合には、減速機構を省略してもよい。また、変速機構は、車輪5の各々に伝達されるトルク差を増幅させる機構である。
【0013】
図2に示す動力分配機構3の変速機構は、一対の遊星歯車機構を含む。これらの遊星歯車機構は、各々のキャリアに設けられるプラネタリギヤの自転軸同士が連結された構造を持つ。各キャリアは、プラネタリギヤを自転可能に支持するとともに、プラネタリギヤをサンギヤとリングギヤとの間で公転しうるように支持している。また、一方の遊星歯車機構のリングギヤ及びサンギヤには、左右それぞれの電動機2から伝達される駆動力が入力される。車輪5に伝達される駆動力は、他方の遊星歯車機構のサンギヤ及びキャリアから取り出される。他方の遊星歯車機構のリングギヤは、存在しない。なお、図2に示す動力分配機構3の構造は、ヨーコントロール機能を実現するための一例に過ぎず、他の公知構造を適用することも可能である。
【0014】
各々の電動機2L,2Rは、インバータ6(6L,6R)を介してバッテリ7に電気的に接続される。インバータ6は、バッテリ7側の直流回路の電力(直流電力)と電動機2側の交流回路の電力(交流電力)とを相互に変換する変換器(DC-ACインバータ)である。また、バッテリ7は、例えばリチウムイオン二次電池やニッケル水素二次電池であり、数百ボルトの高電圧直流電流を供給しうる二次電池である。電動機2の力行時には、直流電力がインバータ6で交流電力に変換されて電動機2に供給される。電動機2の発電時には、発電電力がインバータ6で直流電力に変換されてバッテリ7に充電される。インバータ6の作動状態は、車両制御装置10によって制御される。
【0015】
車両制御装置10は、車両1に搭載される電子制御装置(ECU,Electronic Control Unit)の一つである。車両制御装置10には、図示しないプロセッサ(中央処理装置),メモリ(メインメモリ),記憶装置(ストレージ),インタフェース装置などが内蔵され、内部バスを介してこれらが互いに通信可能に接続される。車両制御装置10で実施される判定や制御の内容は、ファームウェアやアプリケーションプログラムとしてメモリに記録,保存されており、プログラムの実行時にはプログラムの内容がメモリ空間内に展開されて、プロセッサによって実行される。
【0016】
車両制御装置10には、図1に示すように、アクセル開度センサ21,ブレーキセンサ22,舵角センサ23,モード選択スイッチセンサ24,レゾルバ25,車輪速センサ26が接続される。アクセル開度センサ21はアクセルペダルの踏み込み量(アクセル開度)やその踏み込み速度を検出するセンサである。ブレーキセンサ22は、ブレーキペダルの踏み込み量(ブレーキペダルストローク)やその踏み込み速度を検出するセンサである。舵角センサ23は、車輪5の舵角(実舵角またはステアリングの操舵角)を検出するセンサであり、モード選択スイッチセンサ24は、乗員によって任意に選択されうる車両1の走行モード(例えば、スノーモード,ターマックモードなど)を設定するためのスイッチとそのスイッチの操作状態を検出するセンサとが一体化されたデバイスである。
【0017】
レゾルバ25は、電動機2の回転角速度(すなわちモータ角速度ωRm,ωLm)を検出するセンサであり、各々の電動機2に個別に設けられる。また、車輪速センサ26は、動力分配機構3から車輪軸4へと出力される回転角速度(車輪角速度ωRds,ωLds)を検出するセンサであり、動力分配機構3と車輪軸4との接続箇所近傍に設けられる。車両制御装置10は、これらのセンサ21~26で検出された各情報に基づいてインバータ6の作動状態を制御することで、一対の電動機2の出力を制御する。なお、電動機2の回転角速度を検出するセンサの種類はレゾルバ25に限られず、他のセンサ(例えばホールセンサやエンコーダ)であってもよい。
【0018】
[2.車両制御装置]
図1に示すように、車両制御装置10の内部には、少なくとも第一算出部11,第二算出部12,推定部13,制御部16(FB制御部)が設けられる。本実施例では、図3に示すように、上記の要素に加えて、演算部14,制限部15,FF制御部17,モデル算出部18,駆動力オブザーバ部19が設けられる。これらの要素は、車両制御装置10の機能を便宜的に分類して示したものである。これらの要素は独立したプログラムとして記述することができ、複数の要素を合体させた複合プログラムとして記述することもできる。各要素に相当するプログラムは、車両制御装置10のメモリや記憶装置に記憶され、プロセッサで実行される。
【0019】
第一算出部11は、車両1の車輪5(駆動輪)の角速度(車輪速センサ26で検出された車輪角速度ωLds,ωRds)に基づき、第一車体速VBrealを算出するものである。ここでは、個々の車輪5ごとに第一車体速VBrealが算出される。第一車体速VBrealは、その車輪5の角速度と有効半径rとの積に比例する値として算出される。第一車体速VBrealの算出周期は、車輪速センサ26の精度(角度分解能)や車輪速センサ26と車両制御装置10とを繋ぐ通信経路における通信周期などに依存する周期となり、例えば10~20[ms]である。
【0020】
第二算出部12は、電動機2の角速度(レゾルバ25で検出されたモータ角速度ωRm,ωLm)に基づき、第一算出部11よりも短い周期で第二車体速VBrefを算出するものである。ここでは、二つの電動機2のモータ角速度ωRm,ωLmに基づいて、それらの電動機2に接続された二つの車輪5(駆動輪)の駆動トルクが算出される。また、その駆動トルク及び車輪5のイナーシャトルクに基づいて、車輪5が路面に伝える推定駆動力が算出される。さらに、推定駆動力の和を車両1の重量Mで除した商が算出されるとともに、これを積分することで第二車体速VBrefが算出される。第二車体速VBrefの算出周期は、少なくとも第一算出部11よりも短い周期(第一算出部11での第一車体速VBrealの算出周期よりも短い周期)に設定される。本実施例では、レゾルバ25と車両制御装置10との間が専用線(ハードワイヤ)で結線され、1~2[ms]程度の算出周期で第二車体速VBrefが算出されるようになっている。
【0021】
なお、車輪5の回転速度(ωRds,ωLds)は、式1,式2に示す関係に基づき、モータ角速度ωRm,ωLmから算出される。式中のb1,b2は、動力分配機構3に内蔵されるギヤの構造によって定まる等価第二速度比である。車輪5の駆動トルクTRds,TLdsは、式3,式4に基づいて算出される。式中のGは減速機構の減速比、Imはモータイナーシャ、TRm,TLmはモータトルクである。
【0022】
【数1】
【0023】
また、車輪5から路面に伝わるトルクTRroad,TLroadは、式5,式6に示すように、車輪5の駆動トルクTRds,TLds及びイナーシャトルクから算出される。式中のIdsは車輪5のイナーシャである。車輪5から路面に伝わる駆動力(推定駆動力)FRroad,FLroadは、式7,式8に示すように、TRroad,TLroad各々のトルクを車輪5の有効半径rで除算することで算出される。第二車体速VBrefは、式9に示すように、車輪5の推定駆動力FRroad,FLroadの和を車両1の重量Mで除した商を積分することで算出される。
【0024】
【数2】
【0025】
推定部13は、車両1の状態に応じて、第一車体速VBreal及び第二車体速VBrefを併用して算出される推定車体速VBctrlを推定するものである。推定車体速VBctrlは、以下の式10に示すように、第一車体速VBreal及び第二車体速VBrefの加重平均値として算出される。式中のWは、第一車体速VBrealの重み係数であり、(1-W)は第二車体速VBrefの重み係数である。推定車体速VBctrlの推定が実施される条件は、例えば車両1が発進した直後であること(発進してから所定時間が経過していないこと)や、車両1の走行速度(車速V)が極低速であること(例えば、車速Vが0以上で所定車速以下であること)、車両1の走行モードがターマックモードであること(路面が滑りにくい状態であること)等が挙げられる。ここで算出された推定車体速VBctrlの情報は、制御部16に伝達される。
【0026】
【数3】
【0027】
第一車体速VBreal及び第二車体速VBrefの各々についての重み(重み係数の値)は、少なくとも車両1の状態に応じて決定される。例えば、車速Vや車両1が発進してからの経過時間や走行モードに応じて、重み係数の値が設定される。また、車速Vを用いる場合、前回の演算周期で算出された推定車体速VBctrlを用いてもよいし、後述するモデル算出部18で算出される車速Vを用いてもよい。本実施例では、第二車体速VBrefに基づいて第一車体速VBrealの重み係数Wと第二車体速VBrefの重み係数(1-W)とが設定されるものとする。第一車体速VBrealの重み係数Wの値は、第一車体速VBrealまたは第二車体速VBrefが低速であるほど小さく設定される。したがって、第二車体速VBrefの重み係数(1-W)は、第一車体速VBrealまたは第二車体速VBrefが低速であるほど大きく設定される。
【0028】
図4は、第一車体速VBrealの重み係数Wと車速V(例えば、第一車体速VBrealまたは第二車体速VBref)との関係を例示するグラフである。図4に示すグラフでは、車速Vが第一所定値V1未満であるときに、重み係数Wの値が0に設定され、車速Vが第二所定値V2を超えるときには、重み係数Wの値が1に設定される。車速Vが第一所定値V1以上かつ第二所定値V2以下の速度範囲では、車速Vが低速であるほど重み係数Wの値が小さく、車速Vが高速であるほど重み係数Wの値が大きく設定される。
【0029】
なお、第一車体速VBrealに応じた値を持つ第一重み係数W1と、第二車体速VBrefに応じた値を持つ第二重み係数W2とを設定し、これらの積を最終的な重み係数Wとして設定してもよい。この場合、第一重み係数W1は、例えば第一車体速VBrealが低速であるほど小さく設定される。また、第二重み係数W2も、例えば第二車体速VBrefが低速であるほど小さく設定される。
【0030】
また、車輪5の角速度(車輪角速度ωLds,ωRds)を検出する車輪速センサ26の異常時には、第一車体速VBrealの重み係数Wを小さく設定し、第二車体速VBrefの重み(1-W)を大きく設定してもよい。例えば、第一車体速VBrealの重み係数Wを0に近い値に設定し、第二車体速VBrefの重み(1-W)を1に近い値に設定してもよい。この場合、推定車体速VBctrlの算出に係る検出信号が実質的に車輪速センサ26からレゾルバ25へと切り替えられる。
【0031】
第一所定値V1の値は少なくとも0[km/h]以上であり、例えば2~4[km/h]程度に設定される。また、第二所定値V2の値は少なくとも第一所定値V1よりも大きく設定され、例えば6~10[km/h]程度に設定される。なお、図4中に破線で示すように、車速Vの上昇に対して重み係数Wの値を一定の勾配で増大させてもよい。あるいは、図4中に実線で示すように、重み係数Wと車速Vとの関係が滑らかな曲線で描かれるような設定にしてもよい。
【0032】
演算部14は、車輪5のスリップ率の目標値である目標スリップ率y(スリップ率指令値)を個別に演算するものである。目標スリップ率yの値は、少なくとも車両1の要求駆動力に基づいて演算される。本実施例では、車両1の要求駆動力と推定駆動力とに基づいて、目標スリップ率yの値が演算される。例えば、要求駆動力から推定駆動力を減じた値(誤差)を積分した値に基づいて、目標スリップ率yが演算される。要求駆動力は、例えばセンサ21~26で検出された各情報に基づいて算出される。
【0033】
なお、演算部14で演算される目標スリップ率yの値が過大である場合には、その値が、後述する制限部15で設定される上限値ymax以下の範囲にクリップされる。この場合、上限値ymaxを超えた分の値は、余剰分の値として破棄されることになる。そこで、この余剰分の値を次回以降の演算に反映させるべく、所定のゲインを乗じたうえで再び演算部14の上流側へと導入し、要求駆動力から減算するような演算構成にしてもよい。
【0034】
制限部15は、少なくとも車両1の車速Vに基づいて目標スリップ率yの上限値ymaxを個別に設定するとともに、演算部14で演算された目標スリップ率yを上限値ymax以下に制限するものである。ここでいう車速Vは、第一車体速VBrealでもよいが、好ましくは第二車体速VBrefとされる。上限値ymaxは、目標スリップ率yのリミッターとして機能する。
【0035】
制御部16(FB制御部)は、制限部15で制限された目標スリップ率yとなる車輪速が得られるように、車輪5のフィードバック制御量を算出するものである。ここでは、目標スリップ率yに1を加算した値と推定部13で算出された推定車体速VBctrlとの積が算出される。また、その値が車輪5の有効半径rで除算され、その車輪5の角速度目標値ω*が算出される。その後、例えば前回の演算周期におけるその車輪5の実際の角速度ωと角速度目標値ω*との差が小さくなるように(理想的には差が0になるように)、トルクのフィードバック制御量(例えば、PI制御量)が算出される。なお、前回の演算周期における角速度ωの代わりに、モデル算出部18で算出される角速度ωの推定値を用いてもよい。
【0036】
FF制御部17は、車輪5の要求駆動力に基づくフィードフォワード制御量を算出するものである。ここでは、要求駆動力に車輪5の有効半径rが乗算されて、その車輪5についての要求車輪トルクが算出される。FF制御部17で算出された要求車輪トルクと制御部16で算出されたフィードバック制御量とを加算したものが、その車輪5についての最終的な出力トルクTとなる。この出力トルクTに基づいて、一対の電動機2の作動状態が制御される。
【0037】
モデル算出部18は、所定の車両モデルに基づき、車輪5が出力トルクTで駆動されたときの車速,車輪速(角速度ω),車体加速度などの推定値を算出するものである。これらの推定値は、例えば電動機2のトルクを車輪軸4のトルクへと変換するための公知演算手法を適用することで導出可能である。
【0038】
駆動力オブザーバ部19は、少なくとも出力トルクTに基づき、推定駆動力を算出するものである。ここでは、例えばモデル算出部18で算出された車輪速に基づき、車輪5の各々のイナーシャトルクJwsが算出される。続いて、出力トルクTからイナーシャトルクJwsを減じた推定軸トルクが算出される。この推定軸トルクを車輪5の有効半径rで除算することで、推定駆動力が算出される。
【0039】
上記のイナーシャトルクJwsは、レゾルバ25の検出値から算出することも可能である。例えば、上記の式1,式2に基づき、レゾルバ25で検出されたモータ角速度ωRm,ωLmから車輪5の各々の車輪速(ドライブシャフト側の角速度ωRds,ωLds)が推定される。また、車輪5の各々のイナーシャトルクJwsは、式3,式4における右辺の第二項に相当するため、各々の車輪速から算出可能である。その後、出力トルクTからイナーシャトルクJwsを減じた推定軸トルクを車輪5の有効半径rで除算することで、推定駆動力が算出される。
【0040】
[3.作用・効果]
(1)上記の実施例では、車両制御装置10に第一算出部11と第二算出部12と推定部13と制御部16とが設けられる。第一算出部11は、車輪5の角速度に基づき、第一車体速VBrealを算出する。第二算出部12は、電動機2の角速度に基づき、第一算出部11よりも短い周期で第二車体速VBrefを算出する。推定部13は、車両1の状態に応じて、第一車体速VBreal及び第二車体速VBrefを併用して算出される推定車体速VBctrlを推定する。制御部16は、推定部13で推定された推定車体速VBctrlに基づき電動機2を制御する。
【0041】
このような構成により、例えば車両1の発進時や極低速での走行時における第二車体速VBrefを推定車体速VBctrlに反映させることで、制御応答性を高めることができる。一方、第二車体速VBrefのみを用いるのではなく、第一車体速VBreal及び第二車体速VBrefを併用することで、電動機2の作動状態だけでなく車輪5の実際の回転状態を推定車体速VBctrlに適切に反映させることができる。したがって、上記の実施例によれば、推定車体速VBctrlの推定精度を向上させることができ、車両1の走行性能を改善できる。
【0042】
(2)上記の実施例では、推定部13が、第一車体速VBreal及び第二車体速VBrefの加重平均を推定車体速VBctrlとして推定する。このような構成により、所定のルールに則って設定される重み係数を用いて第一車体速VBreal及び第二車体速VBrefの各々を推定車体速VBctrlに反映させることができる。したがって、例えば推定車体速VBctrlの急変や予想外の変動を抑制することができ、推定車体速VBctrlの安定性を向上させることができ、車両1の走行性能を改善できる。
【0043】
(3)上記の実施例では、加重平均の算出に際し、第一車体速VBrealまたは第二車体速VBrefが低速であるほど、第一車体速VBrealの重みWが小さく設定されるとともに第二車体速VBrefの重み(1-W)が大きく設定される。このような構成により、極低速での走行時には電動機2の角速度を重視した推定車体速VBctrlを算出でき、制御応答性を高めることができる。また、車速がある程度上昇した後には、実際の車輪5の角速度を重視した推定車体速VBctrlを算出でき、制御安定性を高めることができる。例えば、第二算出部12における積分誤差による精度低下を抑制できる。
【0044】
(4)上記の実施例において、車輪5の角速度(車輪角速度ωLds,ωRds)を検出する車輪速センサ26の異常時には、第一車体速VBrealの重み係数Wを小さく設定し、第二車体速VBrefの重み(1-W)を大きく設定してもよい。例えば、第二車体速VBrefの重み(1-W)を1に近い値に設定して、推定車体速VBctrlの算出に係る検出信号を実質的に車輪速センサ26からレゾルバ25へと切り替えてもよい。このような構成により、第一車体速VBrealよりも信頼性の高い第二車体速VBrefの値を推定車体速VBctrlの値に反映させることができ、推定車体速VBctrlの推定精度を向上させることができる。
【0045】
(5)上記の実施例では、第二算出部12が、電動機2の角速度から導出される車輪5の駆動トルクTRds,TLds及び車輪5のイナーシャトルクに基づき車輪5が路面に伝える推定駆動力FRroad,FLroadを算出するとともに、推定駆動力FRroad,FLroadの和を車両1の重量Mで除した商を積分することで第二車体速VBrefを算出する。このような構成により、第二車体速VBrefを精度よく算出することができ、車両1の走行性能を改善できる。
【0046】
(6)上記の実施例では、車輪5(左右輪)にトルク差を付与する動力分配機構3(差動機構)と動力分配機構3に接続される一対の電動機2とを具備する車両1に車両制御装置10が適用される。車両制御装置10は、一対の電動機2の作動状態を制御することで車輪5(左右輪)のスリップ状態を個別に制御するものであって、推定車体速VBctrlを用いて車輪5(左右輪)のスリップ状態を個別に制御する。このような構成により、推定されるスリップ量と実際のスリップ量との差を小さくでき、車輪5のスリップを抑制するための抑制トルクの大きさを精度よく設定できる。例えば、車両1の発進時に抑制トルクが過大になるような不具合を防止でき、車両1の発進性能(走行性能)を改善できる。
【0047】
[4.変形例]
上記の実施例はあくまでも例示に過ぎず、本実施例で明示しない種々の変形や技術の適用を排除する意図はない。本実施例の各構成は、それらの趣旨を逸脱しない範囲で種々変形して実施することができる。また、必要に応じて取捨選択することができ、あるいは適宜組み合わせることができる。
【0048】
例えば、上記の実施例では、車両1の後輪に適用された車両制御装置10を例示したが、前輪に同様の車両制御装置を適用してもよいし、前後輪の両方に同様の車両制御装置を適用してもよい。また、上記の実施例では、動力分配機構3を備えた車両1の電動機2を制御する車両制御装置10を例示したが、動力分配機構3を持たない車両1への適用も可能である。少なくとも、車輪5を駆動する電動機2を備えた車両1において、上記の車両制御装置10を適用することで、上記の実施例と同様の作用効果を奏しうる。
【0049】
また、上記の実施例では、同一の車両制御装置10の中に第一算出部11や第二算出部12が含まれている事例を説明したが、上記の車両制御装置10に含まれる要素の各々は個別に分離可能であって、各々の要素が持つ機能を複数の電子制御装置に分担させることが可能である。例えば、図5に示すように、第一算出部11を車両制御装置10とは別設されたPHEV-ECU30(第二の車両制御装置)に内蔵させるとともに、車両制御装置10に第二算出部12及び推定部13を内蔵させてもよい。この場合、車両制御装置10とPHEV-ECU30との間の通信周期によっては、第一車体速VBrealの推定部13への伝達周期が長くなるおそれがある。しかしながら、上記の実施例のように、第一車体速VBreal及び第二車体速VBrefを併用して算出される推定車体速VBctrlを用いて電動機2を制御することで、上記の実施例と同様の作用効果を奏しうる。
【符号の説明】
【0050】
1 車両
2 電動機
3 動力分配機構
4 車輪軸
5 車輪(左右輪)
6 インバータ
7 バッテリ
10 車両制御装置(ECU)
11 第一算出部
12 第二算出部
13 推定部
14 演算部
15 制限部
16 制御部(FB制御部)
17 FF制御部
18 モデル算出部
19 駆動力オブザーバ部
21 アクセル開度センサ
22 ブレーキセンサ
23 舵角センサ
24 モード選択スイッチセンサ
25 レゾルバ
26 車輪速センサ
30 PHEV-ECU
VBreal 第一車体速
VBref 第二車体速
VBctrl 推定車体速
図1
図2
図3
図4
図5