(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-13
(45)【発行日】2024-08-21
(54)【発明の名称】ラマン分光分析方法および顕微ラマン分光装置
(51)【国際特許分類】
G01N 21/65 20060101AFI20240814BHJP
【FI】
G01N21/65
(21)【出願番号】P 2023543648
(86)(22)【出願日】2022-03-03
(86)【国際出願番号】 JP2022009071
(87)【国際公開番号】W WO2023026523
(87)【国際公開日】2023-03-02
【審査請求日】2023-08-28
(31)【優先権主張番号】P 2021138263
(32)【優先日】2021-08-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001993
【氏名又は名称】株式会社島津製作所
(74)【代理人】
【識別番号】100179969
【氏名又は名称】駒井 慎二
(72)【発明者】
【氏名】廣野 航平
(72)【発明者】
【氏名】青位 祐輔
【審査官】横尾 雅一
(56)【参考文献】
【文献】特開2014-153098(JP,A)
【文献】特開2001-051202(JP,A)
【文献】特表2010-521662(JP,A)
【文献】特開2006-113021(JP,A)
【文献】特表2018-518719(JP,A)
【文献】特開2007-209219(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2020/0049627(US,A1)
【文献】米国特許出願公開第2018/0299384(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 21/00 - G01N 21/958
G01N 33/48 - G01N 33/98
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
レーザー光源から出射されたレーザー光を対物光学素子により分析対象試料に照射し、
分析対象試料からラマン散乱光を得、
前記得られたラマン散乱光を分光し特定の波数範囲における全散乱強度を求め、
前記レーザー光の照射から特定の波数範囲における全散乱強度を求める工程を複数回繰り返し、
1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度に対する各照射の前記特定の波数範囲における前記全散乱強度の比を求め、
前記1回目の
照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度と、照射回数毎の特定の波数範囲における前記全散乱強度との相関係数を求め、
測定回数と、前記照射回数毎の前記全散乱強度、または1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度に対する各照射回数の前記特定の波数範囲における前記全散乱強度の比、の少なくともいずれかの関係、および
前記測定回数と前記相関係数との関係から分析対象試料の損傷がない照射回数の上限を特定し、
前記上限の照射回数までのラマン散乱光のデータを用いるラマン分光分析方法。
【請求項2】
測定回数と、前記照射回数毎の前記全散乱強度、または1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度に対する各照射回数の前記特定の波数範囲における前記全散乱強度の比、の少なくともいずれかをプロットする請求項1に記載のラマン分光分析方法。
【請求項3】
前記測定回数と前記相関係数とをプロットする請求項
1に記載のラマン分光分析方法。
【請求項4】
測定回数と、前記照射回数毎の前記全散乱強度、または1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度に対する各照射回数の前記特定の波数範囲における前記全散乱強度の比、の少なくともいずれかのプロットの直線回帰分析を行ない、傾きが変化する測定回数から分析対象試料の損傷がない照射回数の上限と特定する請求項2に記載のラマン分光分析方法。
【請求項5】
前記測定回数
から前記相関係数とのプロットの直線回帰分析を行ない、傾きが変化する測定回数を分析対象試料の損傷がない照射回数の上限と特定する請求項3に記載のラマン分光分析方法。
【請求項6】
レーザー光源、
顕微鏡光学部、
分析対象試料を固定するプレート、
分光器、おおびラマン散乱光検出系を有し、
レーザー光照射の回数、その時のラマン散乱光スペクトルを記憶する記憶部、
レーザー光照射毎の特定の波数範囲におけるラマン散乱光の全散乱強度を演算する演算部、
1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度に対する各照射の前記特定の波数範囲における前記全散乱強度の比を求める演算部、
前記1回目の
照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度と、照射回数毎の特定の波数範囲における前記全散乱強度との相関係数を求める演算部、および
測定回数と、前記照射回数毎の前記全散乱強度、または1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度に対する各照射回数の前記特定の波数範囲における前記全散乱強度の比、の少なくともいずれかの関係、および
前記測定回数と前記相関係数との関係を表示する表示部、
前記測定回数と、前記照射回数毎の前記全散乱強度、または1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度に対する各照射回数の前記特定の波数範囲における前記全散乱強度の比、の少なくともいずれかの関係、および
前記測定回数と前記相関係数との関係
から分析対象試料の損傷がない照射回数の上限を特定する解析部
を有する顕微ラマン分光装置。
【請求項7】
前記表示部が測定回数と、前記照射回数毎の前記全散乱強度、または1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度に対する各照射回数の前記特定の波数範囲における前記全散乱強度の比、の少なくともいずれかをプロットして表示する請求項6に記載の顕微ラマン分光装置。
【請求項8】
前記表示部が測定回数と、前記相関係数をプロットして表示する請求項
6に記載の顕微ラマン分光装置。
【請求項9】
前記解析部が前記測定回数と、前記照射回数毎の前記全散乱強度、または1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度に対する各照射回数の前記特定の波数範囲における前記全散乱強度の比、の少なくともいずれかのプロットの直線回帰分析を行なって分析対象試料の損傷がない照射回数の上限を特定する請求項
6に記載の顕微ラマン分光装置。
【請求項10】
前記解析部が前記測定回数と前記相関係数とのプロットの直線回帰分析を行なって分析対象試料の損傷がない照射回数の上限を特定する請求項
6に記載の顕微ラマン分光装置。
【請求項11】
さらに分析対象試料の損傷がない照射回数のラマン散乱スペクトルを前記記憶部から呼出し表示させる機能を有する請求項
6に記載の顕微ラマン分光装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、ラマン分光分析方法および顕微ラマン分光装置に関する。
【背景技術】
【0002】
ラマン分光装置は、励起レーザーを照射したときに試料から生じる波長の異なるラマン散乱光を分光分析することで試料の構造解析を実現する測定手法である(例えば、特許文献1)。なかでも微小部の化学構造の分析手段として顕微ラマン分光法が開発され、近年、広く応用されている。
【0003】
ラマン散乱光はレーザー光に比べて強度が極めて小さいため、高強度のレーザー光を用いる必要がある。加えて、ラマン散乱光の強度が小さいことから得られるスペクトルのS/N比も低い。そのため、レーザー光を複数回、分析対象試料に照射し、ラマン散乱光を複数回測定して、その結果を積算することで高いS/N比を得る必要がある。
【0004】
しかし、レーザー光の強度が強すぎる、または積算回数が多すぎるとレーザー光による分析対象試料のダメージが大きくなる。特に分析対象試料が有機物の場合、レーザー光の照射による炭化や熱分解等で試料が焼損することがある。特に極微小領域を測定対象とする顕微ラマン分光法では、レーザー光が照射される領域が極微小の部分に集中するため、分析対象試料の焼損が顕著となる。
【0005】
試料の焼損が起こると分析対象試料の構造が変化するため、本来の構造に基づくラマン散乱光のデータが得られなくなるため、正確な構造な分析のためには再度、ラマン散乱光を測定する必要がある。
しかしながら焼損した部分は構造が壊れているため、同じ場所を測定しても本来の構造を反映したラマン散乱光を得ることはできない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
したがって、ラマン分光測定中に分析対象試料がレーザー光により損傷する前に得られたラマン散乱光のデータを見極め、これら損傷前のラマン散乱光のデータのみから分析対象試料の構造解析を行う必要がある。
【0008】
本発明は複数回のラマン分光測定中に分析対象試料がレーザー光により損傷するレーザー光の照射回数を特定し、分析対象試料が未損傷の状態の時に得られたラマン散乱光のデータを使用し、分析対象試料の構造解析を行うラマン分光分析方法の提供を目的とする。
さらに本発明は前記ラマン分光分析方法を実行する顕微ラマン分光装置の提供を目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
すなわち本発明は、
レーザー光源から出射されたレーザー光を対物光学素子により分析対象試料に照射し、
分析対象試料からラマン散乱光を得、
前記得られたラマン散乱光を分光し特定の波数範囲における全散乱強度を求め、
前記レーザー光の照射から特定の波数範囲における全散乱強度を求める工程を複数回繰り返し、
1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度に対する各照射の前記特定の波数範囲における前記全散乱強度の比を求め、
前記1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度と、照射回数毎の特定の波数範囲における前記全散乱強度との相関係数を求め、
測定回数と、前記照射回数毎の前記全散乱強度、または1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度に対する各照射回数の前記特定の波数範囲における前記全散乱強度の比、の少なくともいずれかの関係、および
前記測定回数と前記相関係数との関係
から分析対象試料の損傷がない照射回数の上限を特定し、
前記上限の照射回数までのラマン散乱光のデータを用いるラマン分光分析方法、
を提供する。
【0010】
また本発明は、
レーザー光源、
顕微鏡光学部、
分析対象試料を固定するプレート、
分光器、おおびラマン散乱光検出系を有し、
レーザー光照射の回数、その時のラマン散乱光スペクトルを記憶する記憶部、
レーザー光照射毎の特定の波数範囲におけるラマン散乱光の全散乱強度を演算する演算部、
1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度に対する各照射の前記特定の波数範囲における前記全散乱強度の比を求める演算部、
前記1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度と、照射回数毎の特定の波数範囲における前記全散乱強度との相関係数を求める演算部、および
測定回数と、前記照射回数毎の前記全散乱強度、または1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度に対する各照射回数の前記特定の波数範囲における前記全散乱強度の比、の少なくともいずれかの関係、および
前記測定回数と前記相関係数との関係を表示する表示部、
前記測定回数と、前記照射回数毎の前記全散乱強度、または1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度に対する各照射回数の前記特定の波数範囲における前記全散乱強度の比、の少なくともいずれかの関係、および
前記測定回数と前記相関係数との関係から分析対象試料の損傷がない照射回数の上限を特定する解析部
を有する顕微ラマン分光装置、
を提供する。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、ラマン分光測定中に分析対象試料がレーザー光により損傷する前に得られたラマン散乱光のデータを見極め、これら損傷前のラマン散乱光のデータのみから分析対象試料の構造解析が行なえるラマン分光分析方法が提供される。
さらに本発明によれば、前記ラマン分光分析方法を実行する顕微ラマン分光装置が提供される。
【図面の簡単な説明】
【0012】
【
図1】本発明のラマン分光分析方法を示すフローチャートである。
【
図3】レーザー光により分析対象試料が損傷を受ける前後でのラマンスペクトルの変化を表す模式図である。
【
図4】nに対してSnまたはs
nをプロットした時の模式図である。
【
図5】nに対してrをプロットした時の模式図である。
【
図6】本発明の顕微ラマン分光装置の一態様を示す模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0013】
図1は顕微ラマン分光装置を用いた本発明のラマン分光分析方法を示すフローチャートである。
ステップ1および2
は対物光学素子により分析対象試料の所望の分析対象領域にレーザー光を照射し、分析対象試料からのラマン散乱光を得、得られたラマン散乱光を分光することで波長または波数に対して
図2で模式的に示したようにラマンスペクトルが得られる。
【0014】
通常、ラマンスペクトルの強度は非常に弱いため、前記ステップ1から3を複数回繰り返すことで
図2に模式的に示したようなスペクトルが得られる。
【0015】
しかしながら前記ステップ1から3を複数回繰り返すと、分析対象試料がレーザー光により分解、酸化、焼け等のダメージを受けやすくなる。特に分析対象試料が有機物の場合は焼損が起こりレーザー光によるダメージが大きくなる。
また顕微ラマンによる分析の場合、対物光学素子により局所にレーザー光が集中的に照射されるため、分析対象試料の焼損が顕著となる。
【0016】
図3にはレーザー光による分析対象試料が焼損を受ける前後でのラマン散乱スペクトルの変化を模式的に示した。
図3に示したように、レーザー光による焼損等の損傷を分析対象試料が受けた場合、ラマン散乱スペクトルのベースラインが上昇する。また分析対象試料が有機物の場合、炭素の炭化による1350cm
-1付近のD-bandおよび1590cm
-1付近のG-bandが出現する。その結果、本来得られるラマン散乱スペクトルが小さく、またブロードとなり構造解析に支障をきたす場合がある。
損傷によるラマン散乱スペクトルの変化は徐々に進行するため、何回目のレーザー光の照射で損傷が起こったかをスペクトルの変化のみから特定するのは困難である。またラマン分析後に分析対象試料が損傷していることが判明することで、その分析が無駄となる場合や、再度の分析対象試料の調整が必要となる場合がある。
【0017】
前記損傷が起こったレーザー光の照射回数を特定することができれば、損傷が起こった照射回数までのラマン散乱スペクトルを分析に用いることで、正確な分析を行なうことができる。また分析が無駄となることも分析対象試料の再調整も不要となる。
【0018】
そこで本発明の分析方法では、ステップ3ではステップ2で得られたラマン散乱スペクトルにおいて、特定の波数範囲における全散乱強度を求める。波数範囲は全波数について全散乱強度を求める必要はなく、分析対象試料がもつと予想されるスペクトルの波数であればよい。
【0019】
前記特定の波数範囲での全散乱強度、Snを求める。全散乱強度とは前記特定の波数範囲でスペクトルとスペクトル図の横軸で囲まれた面積に相当し、例えばラマン散乱強度が電気信号で表される場合、特定の波数範囲での全電気信号の積分で表さられる。なおSnはn回目のレーザー光照射の時の前記全散乱強度を表す。
ステップ4では前記ステップ1からステップ3を繰り返し、レーザー光の照射毎にSnを求める。この時、照射回数、n、全散乱強度、Sn、を記憶し適切な時に呼び出せるようにしておくか、照射回数毎に表示装置にnおよびSnを表示させてもよい。
【0020】
またステップ5では1回目のレーザー光照射の時の全散乱強度S1に対するSnの強度比、sn、を求める。snは下記式(1)で表される。
sn=Sn/S1 (1)
ステップ5は前記ステップ4でSnを求める毎に計算により求めてもよいし、ラマン分光測定が完了した後、まとめてs2からsnまで計算してもよい。
【0021】
ステップ6ではS1と各Snとの相関係数、r、を求める。rは統計処理で用いられる係数であり、共分散を標準偏差で除した値である。
共分散はSnの偏差を測定回数nで除した値であり、標準偏差はn回のレーザー光照射で得られる全散乱強度の平均値と各Snとの差の二乗の総和の平方根である。
前記nおよびSnと同様、前記snおよびrを記憶し適切な時に呼び出せるようにしておくか、照射回数毎に表示装置にnおよびSnと同時にsn、rを表示させてもよい。
【0022】
ステップ7では前記Snまたはs
nとnとの関係、およびrとの関係から分析対象試料が損傷を受けていないnの上限を求める。
図3に示したとおり、分析対象試料が損傷を受けるとラマン散乱スペクトルのベースラインが上昇する。すなわち損傷を受けるまではSnは一定であるが、損傷を受けた後はベースラインが上昇した分、Snは大きくなる。s
nも同様に分析対象試料が損傷を受けた後は大きくなる。したがって、Snまたはs
nが大きくなるnを特定すれば、その直前のn-1が分析対象試料が損傷を受けていない上限の回数となる。
【0023】
さらに
図3に示したように、分析対象試料が有機物の場合、炭素の炭化による1350cm
-1付近のD-bandおよび1590cm
-1付近のG-bandが出現する。その結果、前記ベースラインの上昇のようにSnまたはs
nが大きくなるのに対して、焼損等により新しく出現したピークの影響でrは小さくなく。
したがって、rが小さくなるnを特定することで、焼損による有機物の損傷を受けたnを特定することができる。その直前のn-1が分析対象試料が焼損を受けていない上限の回数となる。
【0024】
前記nとSnまたはsnとの関係、およびnとrの関係は数値をこれまで記憶させた各n、Snまたはsn、rを呼出し比較することで、分析対象試料が損傷を受けていない上限の回数を特定することができる。nに対してSnまたはsnをプロットし、nに対してrをプロットすれば、視覚的に分かりやすくなる。
【0025】
図4および
図5は前記nに対してSnまたはs
nをプロットし、nに対してrをプロットした場合の結果を模式的に示した。
図4に示したように、nに対してSnまたはs
nをプロットした場合、あるnに対してSnまたはs
nの値が大きくなり、各点を直線で結んだ場合、x軸に対して平行であった直線が右肩上がりに変化するnが出現する。このnが分析対象試料が損傷を受けたレーザー光の照射回数である。
【0026】
また
図5に示したように、nに対してrをプロットした場合、あるnに対してrの値が小さくなり、各点を直線で結んだ場合、x軸に対して平行であった直線が右肩下がりに変化するnが出現する。このnが分析対象試料が焼損等により新たなピークが出現した回数であり、分析対象試料が焼損を受けたレーザー光の照射回数である。
【0027】
すなわち分析対象試料が損傷を受けた場合、Snまたはsnの値が大きくなるnが存在する。したがってSnとそのひとつ前のSn-1、またはsnとそのひとつ前のsn-1を比較し、Sn-1<Snまたはsn-1<snとなるnを求めることで、分析対象試料が焼損を受けたレーザー光の照射回数を求めることができ、分析対象試料が焼損を受けていない上限の回数を特定することができる。
またはある閾値dを予め決めておき、Sn-Sn-1≧dまたはsn-sn-1≧dとなるようなnを分析対象試料が焼損を受けたレーザー光の照射回数とし、分析対象試料が焼損を受けていない上限の回数を特定してもよい。
rとnについても同様である。
【0028】
なお
図4および
図5は前記nに対してSnまたはs
nをプロットし、nに対してrをプロットした場合の結果を模式的に示しており、その変化が非常に小さい場合もある。したがって、nに対するSnまたはs
nのプロット、およびnに対するrのプロットを直線回帰分析により、直線の傾きの変化から分析対象試料が損傷を受けていない上限の回数を特定するのが、より正確に回数を特定できるので好ましい。
【0029】
前記方法により分析対象試料が損傷を受けたレーザー光の照射回数nが求められれば、n-1回目までは分析対象試料が損傷を受けていないレーザー光の照射回数として特定できるので、n-1回目までのデータを使用し、分析対象試料の構造解析を行うことで、正確な分析が可能となる。
前記のとおり各nとそのラマン散乱スペクトルとを記憶させておけば、前記で特定した分析対象試料が損傷を受けていないレーザー光の照射回数の上限までのラマン散乱スペクトルを呼び出し分析すればよい。
【0030】
上記分析方法を行なうための顕微ラマン分光装置の態様の模式図を
図6に示した。
図6に示した顕微ラマン分光装置は、レーザー光源A、顕微鏡光学部4、分析対象試料を固定するプレート2、分光器5、おおびラマン散乱光検出系6を有している。
図6はさらにこのましい態様としてプレート2を固定するステージ3、分析視野を画像で表示する光学撮影素子11を有している。
【0031】
さらに本発明の顕微ラマン分光装置は、レーザー光照射の回数、その時のラマン散乱光スペクトルを記憶する記憶部7、レーザー光照射毎の特定の波数範囲におけるラマン散乱光の全散乱強度を演算する演算部81、1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度に対する各照射の前記特定の波数範囲における前記全散乱強度の比を求める演算部82、前記1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度と、照射回数毎の特定の波数範囲における前記全散乱強度との相関係数を求める演算部83、および測定回数と、前記照射回数毎の前記全散乱強度、または1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度に対する各照射回数の前記特定の波数範囲における前記全散乱強度の比、の少なくともいずれかの関係、および前記測定回数と前記相関係数との関係を表示する表示部9、前記測定回数と、前記照射回数毎の前記全散乱強度、または1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度に対する各照射回数の前記特定の波数範囲における前記全散乱強度の比、の少なくともいずれかの関係、および前記測定回数と前記相関係数との関係から分析対象試料の損傷がない照射回数の上限を特定する解析部10を有する。
【0032】
レーザー光源Aは前記ラマン散乱光を得るためのレーザー光を照射する光源である。
顕微鏡光学部4は対物光学素子(図示せず)として凸レンズと凹レンズを組み合わせた対物レンズ(図示せず)を組み合わせた構成が例示でき、顕微鏡光学部3に入射した光はこれら対物光学素子によりプレート2に固定された測定対象試料上に焦点を結ぶ。
サンプルにより反射したラマン散乱光は集光レンズ(図示せず)および集光スポット(図示せず)を経て分光器5、ラマン散乱光検出系6に導かれる。集光レンズにより集光されたラマン散乱光は集光スポット上で焦点を結び分光器5に導かれる。
この時、光源A、プレート2、集光スポットの位置が共役関係にある共焦点光学系となる顕微鏡光学部4が解像度の観点から好ましい。
【0033】
前記光学撮影素子11は例えば、CCD(Charge Coupled Device)イメージセンサやCMOS(Complementary Metal Oxide Semiconductor)イメージセンサ等が挙げられ、サンプルの静止画あるいは動画を撮像可能に構成されている。光学撮影素子は、顕微鏡光学部4や透過照明(図示せず)の構成に応じて、サンプルの明視野像、暗視野像、位相差像、蛍光像、偏光顕微鏡像等の全部または少なくともいずれかを撮像することができる。光学撮影素子は、必要であれば撮像した画像を他の情報処理装置等に出力する。
【0034】
本発明の顕微ラマン分光装置は前記レーザー光照射の回数、n、その時のラマン散乱光スペクトル、Wn、を記憶する記憶部7を有する。記憶部7はnおよびWnの値を記憶するだけでなく、必要な時に呼出し可能となるように構成されている。記憶部7はnとWnとを一組のデータとして記憶するのが好ましい。
【0035】
本発明の顕微ラマン分光装置はレーザー光照射毎の特定の波数範囲におけるラマン散乱光の全散乱強度Snを演算する、演算部8の一部である演算部81を有する。Snの求め方は前記のとおりであり、演算部81は前記Snを計算するように構成されている。
【0036】
また本発明の顕微ラマン分光装置は、前記S1対するSnの比snを求める、演算部8の一部である演算部82、前記S1とSnとの相関係数rを求める、演算部8の一部である演算部83を有する。
前記演算部81から83は同一の演算装置ともよいし、それぞれが独立した演算装置でもよい。
snおよびrの計算方法は前記のとおりである。
【0037】
前記演算部8で得られたSn、sn、およびrは前記記憶部7に送り、記憶するようにしてもよい。記憶する場合は先に記憶したnとSnおよびsnとを組としいて記憶するのが好ましい。また記憶したSnおよびsnは必要な時に呼出し可能となるように構成されているのが好ましい。
【0038】
前記演算部8で得られたSnまたはs
nと測定回数nの少なくともいずれかの関係、およびnとrとの関係を表示部9に表示する。表示の方法は例えば、nに対して対応するSnまたはs
n、およびnとrを一組として表示する方法、nに対してSnまたはs
n、rを一組として表示する方法等が挙げられるが、前記のとおりnに対してSnまたはs
nをプロットし、nに対してrをプロットして表示するのが好ましい。
例えば
図4または
図5に模式的に示したような図を表示すると視覚的に分かりやすく、分析対象試料がレーザー光によって損傷を受けた照射回数が判別しやすい。
【0039】
また本発明の顕微ラマン分光装置は、前記演算部8で得られたSnまたはsnと測定回数nの少なくともいずれかの関係、およびnとrとの関係から分析対象試料の損傷がないレーザー光の照射回数の上限を特定する解析部を有する。
解析部10での分析対象試料の損傷がないレーザー光の照射回数の上限を特定する方法は前記のとおりである。得られた分析対象試料の損傷がないレーザー光の照射回数の上限を前記表示部9に表示させてもよく、例えば分析対象試料の損傷がないレーザー光の照射回数の範囲を、表示部9で表示させたnに対するSnまたはsnのプロット、またはnに対するrのプロットともに表示させてもよい。
【0040】
前記のようにnに対するSnまたはsnのプロット、またはnに対するrのプロットともに、分析対象試料の損傷がないレーザー光の照射回数の範囲を表示部9に表示させることで、表示部9の画面上でその範囲を選択することができる。
表示部9の画面上で範囲を選択することで、nおよびラマン散乱スペクトル、Wnを記憶する記憶部7からレーザー光によって損傷を受けていないnの範囲に相当するWnを呼び出せるよう、記憶部7と表示部9および解析部10を連動させてもよい。選択の方法は解析部10で特定された分析対象試料の損傷がないレーザー光の照射回数の上限値以下のラマン散乱スペクトルを自動的に記憶部7から呼び出せるようにしてもよいし、分析者が表示部9の画面上をマウスまたはキーボードにより指定する等の方法で記憶部7から呼び出してもよい。
分析者が範囲を選択する場合、必ずしも前記解析部10で特定されたn-1回目を指定する必要はなく、分析者の判断で範囲を選択出来るようにしてもよい。
【0041】
前記顕微ラマン分光装置を用いることで、ラマン分光測定中に分析対象試料がレーザー光により損傷する前に得られたラマン散乱光のデータを見極め、これら損傷前のラマン散乱光のデータのみから分析対象試料の構造解析が行なえる。
【0042】
前記本発明のラマン分光分析方法によれば、ラマン分光測定中に分析対象試料がレーザー光により損傷する前に得られたラマン散乱光のデータを見極め、これら損傷前のラマン散乱光のデータのみから分析対象試料の構造解析が行なえる。
さらに本発明によれば、前記ラマン分光分析方法を実行する顕微ラマン分光装置が提供される。
【0043】
[態様]
前記例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
【0044】
[1]
レーザー光源から出射されたレーザー光を対物光学素子により分析対象試料に照射し、
分析対象試料からラマン散乱光を得、
前記得られたラマン散乱光を分光し特定の波数範囲における全散乱強度を求め、
前記レーザー光の照射から特定の波数範囲における全散乱強度を求める工程を複数回繰り返し、
1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度に対する各照射の前記特定の波数範囲における前記全散乱強度の比を求め、
前記1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度と、照射回数毎の特定の波数範囲における前記全散乱強度との相関係数を求め、
測定回数と、前記照射回数毎の前記全散乱強度、または1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度に対する各照射回数の前記特定の波数範囲における前記全散乱強度の比、の少なくともいずれかの関係、および
前記測定回数と前記相関係数との関係から分析対象試料の損傷がない照射回数の上限を特定し、
前記上限の照射回数までのラマン散乱光のデータを用いるラマン分光分析方法。
【0045】
前記[1]の発明によれば、ラマン分光測定中に分析対象試料がレーザー光により損傷する前に得られたラマン散乱光のデータを見極め、これら損傷前のラマン散乱光のデータのみから分析対象試料の構造解析が行なえるラマン分光分析方法が提供される。
【0046】
[2] 測定回数と、前記照射回数毎の前記全散乱強度、または1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度に対する各照射回数の前記特定の波数範囲における前記全散乱強度の比、の少なくともいずれかをプロットする前記[1]に記載のラマン分光分析方法。
[3] 前記測定回数と前記相関係数とをプロットする前記[1]または[2]に記載のラマン分光分析方法。
【0047】
[4] 測定回数と、前記照射回数毎の前記全散乱強度、または1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度に対する各照射回数の前記特定の波数範囲における前記全散乱強度の比、の少なくともいずれかのプロットの直線回帰分析を行ない、傾きが変化する測定回数から分析対象試料の損傷がない照射回数の上限と特定する前記[2]に記載のラマン分光分析方法。
[5] 前記測定回数と前記相関係数とのプロットの直線回帰分析を行ない、傾きが変化する測定回数から分析対象試料の損傷がない照射回数の上限と特定する前記[4]に記載のラマン分光分析方法。
【0048】
前記[2]から[5]の発明によれば、より簡便にラマン分光測定中に分析対象試料がレーザー光により損傷する前に得られたラマン散乱光のデータを見極めが可能となる。
【0049】
また前記例示的な実施形態は、以下の態様の具体例であることが当業者により理解される。
[6] レーザー光源、
顕微鏡光学部、
分析対象試料を固定するプレート、
分光器、およびラマン散乱光検出系を有し、
レーザー光照射の回数、その時のラマン散乱光スペクトルを記憶する記憶部、
レーザー光照射毎の特定の波数範囲におけるラマン散乱光の全散乱強度を演算する演算部、
1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度に対する各照射の前記特定の波数範囲における前記全散乱強度の比を求める演算部、
前記1回目の前記特定の波数範囲における全散乱強度と、照射回数毎の特定の波数範囲における前記全散乱強度との相関係数を求める演算部、および
測定回数と、前記照射回数毎の前記全散乱強度、または1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度に対する各照射回数の前記特定の波数範囲における前記全散乱強度の比、の少なくともいずれかの関係、および
前記測定回数と前記相関係数との関係を表示する表示部、
前記測定回数と、前記照射回数毎の前記全散乱強度、または1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度に対する各照射回数の前記特定の波数範囲における前記全散乱強度の比、の少なくともいずれかの関係、および
前記測定回数と前記相関係数との関係から分析対象試料の損傷がない照射回数の上限を特定する解析部
を有する顕微ラマン分光装置。
【0050】
前記[6]の発明によれば、ラマン分光測定中に分析対象試料がレーザー光により損傷する前に得られたラマン散乱光のデータを見極め、これら損傷前のラマン散乱光のデータのみから分析対象試料の構造解析が行なえるラマン分光分析を簡単に行える顕微ラマン分光装置が提供される。
【0051】
[7] 前記表示部が測定回数と、前記照射回数毎の前記全散乱強度、または1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度に対する各照射回数の前記特定の波数範囲における前記全散乱強度の比、の少なくともいずれかをプロットして表示する前記[6]に記載の顕微ラマン分光装置。
[8] 前記表示部が測定回数と、前記相関係数をプロットして表示する前記[6]または[7]に記載の顕微ラマン分光装置。
【0052】
[9] 前記解析部が前記測定回数と、前記照射回数毎の前記全散乱強度、または1回目の照射の前記特定の波数範囲における全散乱強度に対する各照射回数の前記特定の波数範囲における前記全散乱強度の比、の少なくともいずれかのプロットの直線回帰分析を行なって分析対象試料の損傷がない照射回数の上限を特定する前記[6]から[8]のいずれかに記載の顕微ラマン分光装置。
[10] 前記解析部が前記測定回数と前記相関係数とのプロットの直線回帰分析を行なって分析対象試料の損傷がない照射回数の上限を特定する前記[6]から[9]のいずれかに記載の顕微ラマン分光装置。
[11] さらに分析対象試料の損傷がない照射回数のラマン散乱スペクトルを前記記憶部から呼出し表示させる機能を有する前記[6]から[10]に記載の顕微ラマン分光装置。
【0053】
前記[7]から[11]の発明によれば、より簡便にラマン分光測定中に分析対象試料がレーザー光により損傷する前に得られたラマン散乱光のデータを見極めが可能となる顕微ラマン分光装置が提供される。
【符号の説明】
【0054】
1:顕微ラマン分光装置
2:プレート
3:ステージ
4:顕微鏡光学部
5:分光器
6:ラマン散乱光検出系
7:記憶部
8:演算部
81:演算部
82:演算部
83:演算部
9:表示部
10:解析部
11:光学撮影素子
A:レーザー光源