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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-13
(45)【発行日】2024-08-21
(54)【発明の名称】乳酸菌、チーズの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C12N 1/20 20060101AFI20240814BHJP
   A23C 19/032 20060101ALI20240814BHJP
【FI】
C12N1/20 A
A23C19/032
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020040139
(22)【出願日】2020-03-09
(65)【公開番号】P2021069370
(43)【公開日】2021-05-06
【審査請求日】2023-02-14
(31)【優先権主張番号】P 2019195961
(32)【優先日】2019-10-29
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 五島軒本店・レストラン雪河亭で開催されたあるぱーじゅ はこだてチーズの会主催「チーズとワインの夕べ」において、平成30年11月11日に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 第24会高専シンポジウムの講演要旨集「https://www.oyama-ct.ac.jp/24sympo_bk/contents/images/sympo24/youshi/PB/PB04e288.pdf」に、平成31年1月8日に公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 小山工業高等専門学校で開催された第24会高専シンポジウムにおいて、平成31年1月26日にポスター発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 国立大学法人帯広畜産大学で開催された一般社団法人中央酪農会議主催「平成30年度国産ナチュラルチーズ製造技術初級研修会・北海道会場」において、平成31年2月27日に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 農林水産技術会議事務局 筑波産学連携支援センター1階第4会議室で行われた、平成30年度農業技術クラブつくば共同取材の会見において、平成31年3月14日に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 日本畜産学会第125回大会講演要旨集「https://confit.atlas.jp/guide/event/jsas125/proceedings/list, https://confit.atlas.jp/guide/event/jsas125/static/abstracts」に、平成31年3月20日に公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 麻布大学で開催された日本畜産学会第125回大会において、平成31年3月29日に発表
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 株式会社北海道協同組合通信社が発行する日刊酪農経済通信(電子版)平成4月11日付 第15464号「https://www.newspeed.jp/mypage/rakkei/reader.pdf?content_cd=1760&page_id=5」の第5~6面に、平成31年4月10日に公開
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 フォーポイントバイシェラトン函館で開催された2019年度北海道立工業技術センター研究成果発表会において、令和1年5月23日に発表
【国等の委託研究の成果に係る記載事項】(出願人による申告)平成29年委託事業「革新的技術開発・緊急展開事業」(うち経営体強化プログラム)「国産スターターを用いたブランドチーズ製造技術の開発」産業技術力強化法第17条の適用を受ける特許出願
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-03014
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-02889
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-02890
【微生物の受託番号】NPMD  NITE P-02903
(73)【特許権者】
【識別番号】501203344
【氏名又は名称】国立研究開発法人農業・食品産業技術総合研究機構
(73)【特許権者】
【識別番号】310010575
【氏名又は名称】地方独立行政法人北海道立総合研究機構
(73)【特許権者】
【識別番号】596075417
【氏名又は名称】公益財団法人とかち財団
(73)【特許権者】
【識別番号】000173511
【氏名又は名称】公益財団法人函館地域産業振興財団
(73)【特許権者】
【識別番号】591100563
【氏名又は名称】栃木県
(73)【特許権者】
【識別番号】504300088
【氏名又は名称】国立大学法人北海道国立大学機構
(73)【特許権者】
【識別番号】504237050
【氏名又は名称】独立行政法人国立高等専門学校機構
(73)【特許権者】
【識別番号】391009877
【氏名又は名称】雪印種苗株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000338
【氏名又は名称】弁理士法人 HARAKENZO WORLD PATENT & TRADEMARK
(72)【発明者】
【氏名】小林 美穂
(72)【発明者】
【氏名】守谷 直子
(72)【発明者】
【氏名】萩 達朗
(72)【発明者】
【氏名】木元 広実
(72)【発明者】
【氏名】鈴木 チセ
(72)【発明者】
【氏名】佐々木 啓介
(72)【発明者】
【氏名】中島 郁世
(72)【発明者】
【氏名】野村 将
(72)【発明者】
【氏名】八十川 大輔
(72)【発明者】
【氏名】葛西 大介
(72)【発明者】
【氏名】高谷 政宏
(72)【発明者】
【氏名】住佐 太
(72)【発明者】
【氏名】武内 純子
(72)【発明者】
【氏名】小林 秀彰
(72)【発明者】
【氏名】福澤 明里
(72)【発明者】
【氏名】太田 裕一
(72)【発明者】
【氏名】大坪 雅史
(72)【発明者】
【氏名】清水 健志
(72)【発明者】
【氏名】鳥海 滋
(72)【発明者】
【氏名】林 美貴成
(72)【発明者】
【氏名】豊田 知紀
(72)【発明者】
【氏名】酒向 佑輔
(72)【発明者】
【氏名】渡邉 ゆずは
(72)【発明者】
【氏名】野口 宗彦
(72)【発明者】
【氏名】星 一美
(72)【発明者】
【氏名】森 瞳
(72)【発明者】
【氏名】中村 正
(72)【発明者】
【氏名】▲高▼屋 朋彰
(72)【発明者】
【氏名】北村 亨
【審査官】鳥居 敬司
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2013/062034(WO,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C12N 1/00-1/38
A23C 19/00-19/16
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
CAplus/MEDLINE/EMBASE/BIOSIS(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
ラクトバチラス・パラカゼイOUT0010(受託番号:NITE P-03014)、ラクトバチラス・ラムノサスP-17(受託番号:NITE P-02889)、ラクトバチラス・カルヴァタス33-5(受託番号:NITE P-02890)、ラクトバチラス・カルヴァタスOY-57(受託番号:NITE P-02903)からなる群より少なくとも1つ選択される乳酸菌。
【請求項2】
チーズ製造用に使用されることを特徴とする、請求項1記載の乳酸菌。
【請求項3】
請求項1に記載の乳酸菌を使用することを特徴とする、乳製品の製造方法。
【請求項4】
請求項1または2に記載の乳酸菌を使用することを特徴とする、チーズの製造方法。
【請求項5】
ラクトバチラス・パラカゼイOUT0010(受託番号:NITE P-03014)、ラクトバチラス・ラムノサスP-17(受託番号:NITE P-02889)、ラクトバチラス・カルヴァタス33-5(受託番号:NITE P-02890)、ラクトバチラス・カルヴァタスOY-57(受託番号:NITE P-02903)から選択される1種以上からなる、チーズ呈味および香味向上用乳酸菌。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、特定の乳酸菌を使用して、乳製品の機能性や食感といった特性を改変する方法に関する。
【背景技術】
【0002】
日本におけるナチュラルチーズの消費量は近年増加傾向にあり、それに伴って国産チーズの生産量も増加している。ナチュラルチーズは、その製造工程により多種多様な風味、食感、組織が形成される。食味に影響する要因としては、乳質、乳処理方法、スターター菌(乳酸菌、細菌、糸状菌)、酵素、熟成条件等が大きなものとして挙げられる。欧州では長い歴史の中でこれらを複合的に変化させ、各国や地域の人々の味覚に合うものが製造されるようになり、それが現在のチーズの多様性へと繋がっている。近年、国内においても、前述のナチュラルチーズの普及とともに多様な風味や食感を有するナチュラルチーズが市場に出回るようになってきているが、その種類は欧州と比較して未だに少ないのが現状である。
ナチュラルチーズの食味を形成する重要な要因の1つに、製造時に用いる乳酸菌などのスターター菌が挙げられる。代表的なスターター菌である乳酸菌ラクトコッカスは、乳酸生成により凝乳酵素キモシンの働きを高め、菌の分解とともに菌体内タンパク質分解酵素がカゼイン分解を助ける機能を有する。またスターター菌は、脂肪、タンパク質、糖質などを代謝することにより、アミノ酸などの旨味成分を生成するだけでなく、チーズの香気成分であるアルコール類、エステル類、アルデヒド類、ケトン類、硫化化合物、ラクトン類などを生成していることが知られている。
【0003】
現在、ナチュラルチーズ製造に使用されている乳酸菌は、海外からの輸入されたスターター乳酸菌がほとんどであり、自然界から独自に分離した菌株を利用している例は非常に少ない。また、野生の乳酸菌は、自然界の味噌、醤油、漬け物、ヨーグルト(自然発酵)、牛乳、サイレージ等非常に多くの場所に生息しているが、自然界から分離した菌株は必ずしもナチュラルチーズ製造に適した性質を有しているわけではない。
国産ナチュラルチーズの需要を高めていくためには、日本の風土や日本人の味覚にあったチーズを開発することが必要である。上述のように、ナチュラルチーズのおいしさは複合的な効果によるものであるが、効率的にチーズの味質を改善するためには、使用する乳酸菌を変えることが最も効果が高い。国産の乳酸菌を使用することにより、ナチュラルチーズに対する消費者のイメージは格段に向上することが期待されるため、ナチュラルチーズ製造に適した国産の新規乳酸菌株の分離、同定が強く望まれている状況にあった。
しかしながら、ナチュラルチーズ製造に有用な乳酸菌について報告(例えば、特許文献1~3等)されているものの、乳酸菌株と呈味や香味成分との関連性についての報告は未だなされていない。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特表2004-507265号公報
【文献】特開2017-221231号公報
【文献】特開2019-047831号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
本発明は、国産発酵食品から分離した独自の乳酸菌を用いることにより味質を改善し、日本人の嗜好性にあったナチュラルチーズを提供することを課題としている。
【課題を解決するための手段】
【0006】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を重ね、国産の様々な発酵食品から乳酸菌を分離・同定し、さらに同定された各乳酸菌の菌種の標準菌株と比較して同等以上のプロテアーゼ活性を有し、かつ、脱脂乳培地培養液中で標準菌株よりチーズの香気成分を有意に変化させうる株を、チーズの香気成分および呈味成分の両方に対して品質改善効果の高い乳酸菌として選抜した。これにより選抜された乳酸菌を、通常のチーズ製造時に補助スターターとして添加して製造したナチュラルチーズにおいて、アミノ酸などの呈味成分と香気成分の双方に顕著な変化が認められることを見出し、本発明を完成するに至ったものである。
【0007】
本発明は、具体的には次の事項を要旨とする。
1.ラクトバチラス・パラカゼイOUT0010(受託番号:NITE P-03014)、ラクトバチラス・ラムノサスP-17(受託番号:NITE P-02889)、ラクトバチラス・カルヴァタス33-5(受託番号:NITE P-02890)、ラクトバチラス・カルヴァタスOY-57(受託番号:NITE P-02903)からなる群より少なくとも1つ選択される乳酸菌。
2.チーズ製造用に使用されることを特徴とする、1.記載の乳酸菌。
3.1.または2.に記載の乳酸菌を使用することを特徴とする、乳製品の製造方法。
4.1.または2.に記載の乳酸菌を使用することを特徴とする、チーズの製造方法。
5.ラクトバチラス・パラカゼイOUT0010(受託番号:NITE P-03014)、ラクトバチラス・ラムノサスP-17(受託番号:NITE P-02889)、ラクトバチラス・カルヴァタス33-5(受託番号:NITE P-02890)、ラクトバチラス・カルヴァタスOY-57(受託番号:NITE P-02903)から選択される1種以上からなる、チーズ呈味および香味向上用乳酸菌。
【発明の効果】
【0008】
本発明における特定の乳酸菌は、同菌種標準菌株と比較して同等以上のプロテアーゼ活性を有する。さらに、脱脂乳培地培養液中で、標準菌株と比較して、チーズの香気成分を有意に変化させることができる乳酸菌である。
本発明における特定の乳酸菌は、通常のチーズ製造時に補助スターターとして使用することにより、アミノ酸などの呈味成分と香気成分の双方が顕著に変化したチーズを製造することができる。
すなわち、国産発酵食品から分離した本発明の乳酸菌により、味質を改善し、日本人の嗜好性にあったナチュラルチーズを提供することができ、かつ、チーズに新たな特徴を付与できる点において、本発明は有用である。
【図面の簡単な説明】
【0009】
図1】実施例7における、「弾力」に関する消費者型官能評価試験の結果を示すグラフである。
図2-1】実施例8における、テクスチャ分析試験の熟成0ヶ月の結果を示すグラフである。
図2-2】実施例8における、テクスチャ分析試験の熟成1ヶ月の結果を示すグラフである。
図2-3】実施例8における、テクスチャ分析試験の熟成2ヶ月の結果を示すグラフである。
図2-4】実施例8における、テクスチャ分析試験の熟成3ヶ月の結果を示すグラフである。
図3】実施例9における、遊離アミノ酸分析試験の結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0010】
本発明は、国産発酵食品から分離したラクトバチラス・パラカゼイOUT0010(受託番号:NITE P-03014)、ラクトバチラス・ラムノサスP-17(受託番号:NITE P-02889)、ラクトバチラス・カルヴァタス33-5(受託番号:NITE P-02890)、ラクトバチラス・カルヴァタスOY-57(受託番号:NITE P-02903)に関する。
以下、本発明について詳細に説明する。
【0011】
<新規な乳酸菌株>
ラクトバチラス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)OUT0010株は、国立大学法人帯広畜産大学において、十勝管内で生産された原料より製造された酒粕より分離された乳酸菌である。この乳酸菌株は、16S r DNA 塩基配列の相同性および細菌同定キットAPI50CH(bioMerieux Japan製)によりラクトバチラス・パラカゼイと同定した。この乳酸菌株は、OUT0010として、独立行政法人 製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託されており、その受託番号は、NITE P-03014(受託日:2019年 8月13日)である。
ラクトバチラス・ラムノサス(Lactobacillus rhamnosus)P-17株は、北海道立総合研究機構(北海道江別市)において、胆振で製造された熟成チーズより分離され、当該熟成チーズ製造に使用した乳酸菌とは異なることが確認された乳酸菌である。この乳酸菌株は、16S r DNA 塩基配列の相同性および細菌同定キットAPI50CH(bioMerieux Japan製)によりラクトバチラス・ラムノサスと同定した。この乳酸菌株は、Lactobacillus rhamnosusP-17として、独立行政法人 製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託されており、その受託番号は、NITE P-02889(受託日:2019年 2月15日)である。
ラクトバチラス・カルヴァタス(Lactobacillus curvatus)33-5株は、函館地域産業振興財団(北海道函館市)において、後志で製造された熟成チーズより分離され、当該熟成チーズ製造に使用した乳酸菌とは異なることが確認された乳酸菌である。この乳酸菌株は、16S r DNA 塩基配列の相同性および細菌同定キットAPI50CH(bioMerieux Japan製)によりラクトバチラス・カルヴァタスと同定した。この乳酸菌株は、33-5株として、独立行政法人 製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託されており、その受託番号は、NITE P-02890(受託日:2019年 2月18日)である。
ラクトバチラス・カルヴァタス(Lactobacillus curvatus)OY-57株は、小山工業高等専門学校において、栃木県那須郡那珂川町で製造された三五八漬けより分離された乳酸菌である。この乳酸菌株は、16S r DNA 塩基配列の相同性および細菌同定キットAPI50CH(bioMerieux Japan製)によりラクトバチラス・カルヴァタスと同定した。この乳酸菌株は、OY-57として、独立行政法人 製品評価技術基盤機構 特許微生物寄託センターに寄託されており、その受託番号は、NITE P-02903(受託日:2019年 2月28日)である。
【0012】
本発明の新規な乳酸菌4株は、北海道と栃木県において、発酵食品から分離された乳酸菌約670株について、チーズ製造菌として重要なプロテアーゼ活性、香気成分であるジアセチル生成能、耐塩性、低温(10~15℃)生育性、ガス発生能の有無などの各乳酸菌株特性データを取得した上、メインスターター菌株との共培養を行っても急激なpH低下を起こさないという補助スターターに必要な特性を検討した上で選抜されたものである。
新規な乳酸菌株の分離・採集方法としては、特に限定されないが、例えば、次なる手法を例示することができる。発酵食品1gを滅菌処理した生理食塩水9mlで懸濁し、適当な濃度に希釈した後、0.5~1.0重量%の炭酸カルシウムを添加したDe Man,Rogosa and Sharpe(MRS)寒天培地(BBL、USA)に塗抹し、嫌気条件下において15℃または30℃で24時間培養した。その後、MRS寒天培地で生育したコロニーのうち、クリアゾーンをつくるコロニーを釣菌した。このようにして分離された菌株は、同定試験および特性評価試験をした後に、15%グリセロールを添加したMRS液体培地にて-80℃で保存した。
【0013】
本発明における乳製品とは、乳が原料として用いられる製品を意味する。具体的には、例えば、ヨーグルト、チーズ、クリーム、バター、バターオイル、濃縮ホエイ、アイスクリーム類、濃縮乳、脱脂濃縮乳、無糖練乳、無糖脱脂練乳、加糖練乳、加糖脱脂練乳、全粉乳、脱脂粉乳、クリームパウダー、ホエイパウダー、たんぱく質濃縮ホエイパウダー、バターミルクパウダー、加糖粉乳、調整粉乳、発酵乳、乳酸菌飲料および乳飲料等が挙げられる。中でも、本発明の乳製品としては、チーズが好適である。
乳製品の原料乳としては、例えば、牛乳のほか、山羊乳、羊乳、水牛乳、ロバ乳等が挙げられる。
【0014】
<チーズ製造>
チーズ製造では、種菌として使用する微生物をスターターといい、主に乳酸菌が使用される。乳酸菌は、乳中の糖を分解して乳酸を生成することでpHを低下させ、有害微生物の増殖を防ぎ、凝乳酵素レンネットの凝乳作用を助け、各種プロテアーゼ(たんぱく質分解酵素)を産生してたんぱく質を分解することにより、カード粒の結着を強め、ホエイ(乳清)を排出しやすくする。熟成中には、自己分解により細胞中のプロテアーゼを放出することで、乳中のたんぱく質を分解し、特有の風味をつくり出す。一方、たんぱく質分解が進むことにより、熟成に必要な乳酸菌の生育を助けるなどの作用が得られる。スターターとして使用する乳酸菌の種類により、乳酸を生成する能力と酵素を産生する能力が異なり、主として乳酸をつくる乳酸菌(メインスターター乳酸菌)と、呈味成分と香気成分をつくる乳酸菌(補助スターター乳酸菌)に分けられ、チーズの種類により複数の乳酸菌を組み合わせて使用される。補助スターター乳酸菌として市販されている菌株を使用する場合もあるが、チーズ熟成中において、添加したスターター乳酸菌とは異なる乳酸菌が増殖し、特徴ある風味を生成することも知られており、これをノンスターター乳酸菌という。
本発明の新規な乳酸菌4株は、メインスターター乳酸菌の乳酸発酵を邪魔することなく、チーズ熟成条件下で呈味成分と香気成分を高める補助スターターとしての使用に適した性質により選抜された乳酸菌である。本発明の新規な乳酸菌4株を補助スターターとして使用した場合、チーズ製造時におけるメインスターター乳酸菌の乳酸発酵を阻害することなく、促進することもないため、メインスターターによる安定したチーズ製造に加えて、さらに風味を付加することができる。
本発明の新規な乳酸菌4株は、チーズ製造時において少なくとも1株を使用すればよく、2株以上を併用してもよい。
【0015】
<チーズの製造方法>
本発明は、新規な乳酸菌4株を使用して乳製品を製造する方法に関するものであり、中でも、チーズの製造方法に関するものである。
例えば、新規な乳酸菌4株の何れか1株以上を使用してチーズを製造する方法について、簡単に説明する。
原料となる乳の由来は限定されず、山羊乳、羊乳、水牛乳、ロバ乳等の乳を用いること
ができるが、この中でも牛乳または山羊乳が好ましい。
チーズの製造は、チーズ製造用原料乳に、メインスターター乳酸菌と新規な乳酸菌4株の何れか1株以上を添加して、乳酸生成による酸味の醸成と風味物質の生成を行わせ、さらに凝乳酵素(レンネット)を添加して凝乳を行わせてカードを形成させる。次いで、カッティングおよびクッキング操作によりカード中のホエイ(乳清)の排除を行った後、カードを型に入れてプレスを行いホエイ(乳清)の排除と成型を行う。成形後、加塩による塩味と保存性の付与と、必要に応じて水分活性の調節を行ったのち、フレッシュチーズを除いては熟成を行うなど、公知のチーズ製造方法と同様の方法に従い製造すればよい。また、チーズ製造用原料乳には、公知のスターター乳酸菌を使用して、ホエイを排出した後のチーズカードやチーズに、新規な乳酸菌4株の何れか1株以上を接種してもよい。
【0016】
<チーズ>
本発明の新規な乳酸菌4株を使用して製造するチーズは、特に限定されない。チーズは、ナチュラルチーズとプロセスチーズに大別されるが、本発明の新規な乳酸菌4株は、ナチュラルチーズの製造に適しており、中でも、ゴーダーチーズ、チェダーチーズ、カマンベールチーズ等の熟成チーズの製造に特に適している。
後段の実施例において詳細に説明するが、本発明の新規な乳酸菌4株を使用して製造したチーズは、旨味アミノ酸の1つであるグルタミン酸や、甘味を示すアミノ酸の1つであるアラニンが増加し、苦味を示すアミノ酸であるチロシンやアルギニンが減少するなど、呈味向上効果が得られることが確認されている。さらに、本発明の新規な乳酸菌4株を使用して製造したチーズは、強いバター様・チーズ様の匂いであるジアセチルが増加し、フルーティーな香りであるアセトアルデヒドが既存のチーズに比べて増加するなど、特徴ある香味向上効果が得られることも確認された。
【実施例
【0017】
以下、実施例を挙げて本発明を説明するが、本発明の技術範囲はこれらにより限定されるものではない。
【0018】
本発明の新規な乳酸菌4株の性質を示すために、以下の測定項目(スクリーニング項目)について、試験を行った。
(i)乳製品らしい芳香の付与性能については、クエン酸からのジアセチル生産性(呈色反応)を確認した。
(ii)乳たんぱく質分解力については、スキムミルク寒天培地(グルコース添加または無添加)でのハロー形成(乳たんぱく質を分解するため菌のコロニーの周囲が透明になる)により検出し、アゾカゼイン法により分解活性を定量化した。
(iii)乳糖、ブドウ糖、ガラクトースの資化性は、細菌同定キットAPI50CH(bioMerieux Japan製)を用い、添付のマニュアルに記載された方法に従い、48時間後に判定した。
(iv)高温(40℃)および低温(10℃)での生育は濁度で判定した。
(v)チーズ製造工程における加塩への耐性を確認するために、耐塩性(2、5%)を確認した。
(vi)熟成中や真空パック包装での流通中において、ガスが発生しないチーズとなり得るかについては、MRS培地におけるグルコースからのガス発生を確認した。
(vii)溶血活性はヒツジ血液寒天培地(ベクトン・ディキンソン社製)に一晩培養した菌培養液2μLをスポットし、嫌気培養(アネロパック)にて30℃一晩培養し、赤血球の溶血の有無や変色により溶血活性を評価した。
(viii)細胞壁溶解活性の高い菌株は、チーズ製造時にスターター乳酸菌および自己の細胞壁を溶解して溶菌を早め、熟成促進効果に寄与することが期待できる。この活性を調べるため、Micrococcus luteus菌体(和光純薬)を2mg/mL添加したMRS寒天培地を作製し、一晩培養した菌培養液1μLをスポットし嫌気培養(アネロパック)にて30℃一晩培養してクリアゾーンを観察した。
また、本発明の新規な乳酸菌4株の利用効果を示すために、チーズの試作と評価を行い、得られたチーズについて各種分析や官能評価等を行なった。
【0019】
<実施例1:新規乳酸菌株の分離と同定>
ラクトバチラス・パラカゼイOUT0010株の分離と同定を行い、結果を以下に示す。
(1)菌株の分離
国立大学法人帯広畜産大学において、十勝産原料のみを用いて製造された酒粕より分離した。
分離培地:0.5wt%炭酸カルシウム含有MRS寒天培地
培養条件:嫌気条件下、30℃、48時間
(2)菌株の性質
ジアセチル生産性(+)
乳たんぱく質の分解力(+)
乳糖資化性(-)
ブドウ糖資化性(+)
ガラクトース資化性(+)
40℃での生育性(+)
10℃での生育性(+)
2%塩(NaCl)耐性(+)
5%塩(NaCl)耐性(+)
ブドウ糖を炭素源としたガス産生(-)
β溶血(-)
ラクトバチラス・パラカゼイOUT0010株は、細菌同定キットAPI50CH(bioMerieux Japan製)を用い、添付のマニュアルに記載された方法に従い、48時間後に判定した場合、典型的な「Lb. paracasei subsp. paracasei 2」で通常認められるアルブチンおよびサリシンの資化性が認められないという、特徴を有する。
【0020】
ラクトバチラス・ラムノサスP-17株の分離と同定を行い、結果を以下に示す。
(1)菌株の分離
北海道立総合研究機構(北海道江別市)において、胆振で製造された熟成チーズから分離した。
分離培地:0.5wt%炭酸カルシウム含有MRS寒天培地
培養条件:嫌気条件下、30℃、48時間
(2)菌株の性質
ジアセチル生産性(+)
乳たんぱく質の分解力(+)
乳糖資化性(+)
ブドウ糖資化性(+)
ガラクトース資化性(+)
40℃での生育性(+)
10℃での生育性(+)
2%塩(NaCl)耐性(+)
5%塩(NaCl)耐性(+)
ブドウ糖を炭素源としたガス産生(-)
β溶血(-)
Micrococcus luteus菌体に対する溶菌活性(-)
ラクトバチラス・ラムノサスP-17株は、細菌同定キットAPI50CH(bioMerieux Japan製)を用い、添付のマニュアルに記載された方法に従い、48時間後に判定した場合、ラクトバチラス・ラムノサス基準株で通常認められるD-マルトースおよびD-ツラノースの資化性が認められないという、特徴を有する。
【0021】
ラクトバチラス・カルヴァタス33-5株の分離と同定を行い、結果を以下に示す。
(1)菌株の分離
函館地域産業振興財団(北海道函館市)において、後志で製造された熟成チーズから分離した。
分離培地:0.5wt%炭酸カルシウム含有MRS寒天培地
培養条件:嫌気条件下、30℃、48時間
(2)菌株の性質
ジアセチル生産性(+)
乳たんぱく質の分解力(+)
乳糖資化性(+)
ブドウ糖資化性(+)
ガラクトース資化性(+)
40℃での生育性(+)
30℃での生育性(+)
10℃での生育性(+)
2%塩(NaCl)耐性(+)
5%塩(NaCl)耐性(+)
ブドウ糖を炭素源としたガス産生(-)
β溶血(-)
ラクトバチラス・カルヴァタス33-5株は、細菌同定キットAPI50CH(bioMerieux Japan製)を用い、添付のマニュアルに記載された方法に従い、48時間後に判定した場合、ラクトバチラス・カルヴァタス基準株で通常認められるD-マルトースの資化性が認められないという、特徴を有する。
【0022】
ラクトバチラス・カルヴァタスOY-57株の分離と同定を行い、結果を以下に示す。
(1)菌株の分離
小山工業高等専門学校において、栃木県那珂川町で製造された三五八漬けより分離した。
分離培地:「1wt%炭酸カルシウム含有、グルコース1%、pH 6.5」MRS寒天培地
培養条件:30℃、72時間
(2)菌株の性質
ジアセチル生産性(+)
スキムミルク固化性(-)
乳糖資化性(-)
ブドウ糖資化性(+)
ガラクトース資化性(+)
40℃での生育性(+)
10℃での生育性(+)
2%塩(NaCl)耐性(+)
5%塩(NaCl)耐性(+)
ブドウ糖を炭素源としたガス産生(-)
β溶血(-)
ラクトバチラス・カルヴァタスOY-57株は、細菌同定キットAPI50CH(bioMerieux Japan製)を用い、添付のマニュアルに記載された方法に従い、48時間後に判定した場合、ラクトバチラス・カルヴァタス基準株で通常認められる糖の資化性が認められた。
【0023】
<実施例2:プロテアーゼ活性確認試験1>
(1)試験方法
試験菌体として、ラクトバチラス・パラカゼイOUT0010株、ラクトバチラス・ラムノサスP-17株、ラクトバチラス・カルヴァタス33-5株と、各菌株の標準菌株であるラクトバチラス・パラカゼイATCC 25302T株、ラクトバチラス・ラムノサスNBRC 3425T株、ラクトバチラス・カルヴァタスJCM 1096T株を使用した。
各菌株をMRS培地で一晩前培養(30℃)して、菌体を洗浄した後、この洗浄菌体懸濁液をOD600=1.0となるように調製した。1%グルコース添加10%脱脂粉乳培地(10mL)に、この菌液500μLを接種し、本培養(30℃、120rpm、24時間)した。次いで、この培養液をボルテックスでよく撹拌し、遠心分離を行い、上清を回収して酵素液とした。基質溶液2.5%アゾカゼイン含有リン酸緩衝生理食塩水(pH7.4、400μL)に、この酵素液100μLを添加して反応(30℃、6時間)させた後、トリクロロ酢酸溶液(110mM)1mLを加えて反応を停止した。この反応液を遠心分離(10000rpm、10分間)し、上清の440nmにおける吸光度を測定した。
3反復実験を行い、その測定結果を、表1にまとめて示す。表1中の「*」はt検定により有意差があることを示している。
【0024】
【表1】
【0025】
表1に示すとおり、本発明の新規な乳酸菌であるラクトバチラス・パラカゼイOUT0010株、ラクトバチラス・ラムノサスP-17株、ラクトバチラス・カルヴァタス33-5株は、各標準菌株と同等以上のプロテアーゼ活性が確認された。
【0026】
<実施例2:プロテアーゼ活性確認試験2>
(1)試験方法
試験菌体として、ラクトバチラス・カルヴァタスOY-57株と、標準菌株であるラクトバチラス・カルヴァタスJCM 1096T株を使用した。
各菌株をMRS培地で一晩前培養(30℃)して菌体を洗浄した後、OD600=1.0となるように調製した。1%グルコース添加10%脱脂粉乳培地(10mL)に、この菌液500μLを接種し、30℃、24時間静置条件で本培養した。その後、培養液をボルテックスでよく撹拌し、遠心分離を行い、上清を回収して酵素液とした。基質溶液2.5%アゾカゼイン含有リン酸緩衝生理食塩水(pH7.4、400μL)に酵素液100μLを添加して反応(30℃、 18時間)させた後、トリクロロ酢酸溶液(110mM)1mLを加えて反応を停止し、反応液を遠心分離(10000rpm、10分間)し、上清の440nmにおける吸光度を測定した。
3反復実験を行い、その測定結果を、表2にまとめて示す。表2中の「*」はt検定により有意差があることを示している。
【0027】
【表2】
【0028】
表2に示すとおり、本発明の新規な乳酸菌であるラクトバチラス・カルヴァタスOY-57株は、標準菌株と同等以上のプロテアーゼ活性が確認された。
【0029】
<実施例3:香り分析>
香り分析は、フラッシュGCノーズによる網羅的解析を行った。
(1)試験方法
試験菌体として、ラクトバチラス・パラカゼイOUT0010株、ラクトバチラス・ラムノサスP-17株、ラクトバチラス・カルヴァタス33-5株、ラクトバチラス・カルヴァタスOY-57株と、各菌株の標準菌株であるラクトバチラス・パラカゼイATCC 25302T株、ラクトバチラス・ラムノサス NBRC 3425T株、ラクトバチラス・カルヴァタスJCM 1096T株を使用した。
試験菌体をMRSで30℃、24時間培養後、その1mLを遠心分離に供して菌体を回収した。菌体を洗浄するため、滅菌リン酸緩衝液1mLを添加して懸濁し、再度遠心分離に供して沈殿を回収した。菌体洗浄は3回行った。沈殿物にリン酸緩衝液を0.5mL添加して菌体縣濁液を調製し、この0.5 mLを0.15%クエン酸3ナトリウム含有還元脱脂乳10mLに接種し、30℃で24時間培養した。培養物2gをバイアル瓶に採集して密栓し、フラッシュGCノーズ(アルファモス社製)を用いた芳香成分分析を行った。バイアル瓶を60℃、15分間加温した後、ヘッドスペースの気層(5mL)を試料として装置に注入して分析した。装置に注入された気層をTenaX TAに50℃、30秒間吸着濃縮したのち、240℃まで昇温、35秒間保持することにより揮発成分の離脱を行った。移動相には水素ガスを用い、注入口流量10mL/分、カラム流量1mL/分とした。カラムにはMXT-5(5%ジフェニル)およびMXT-WAX(100%ポリエチレングリコール)を用い、初期温度45℃から1.5℃/秒で250℃まで昇温させたのちに60秒間保持した。検出はFIDにより260℃で行い、得られたクロマトグラムの解析は、付属のAlpha SoftとAroChem Base(保持指標とにおいに関する化合物ライブラリー)を用いて試料の主要香り成分の推定・同定、並びにピーク面積値を求めた。各香り成分のピーク面積値の統計解析は、市販統計ソフト(エクセル統計 社会情報社製)を用いて行った。2試料間の検定はt検定を、3試料間の検定は一元分散分析を行った。
この培養後の香気成分について(n=3)、各標準菌株と比べて統計的に違いのあった香り成分量比を表3~5に示す。表3、4中の「*」は、t検定の結果、各々の香気成分において、本発明の新規な乳酸菌株と各標準菌株との間に、p<0.05の有意差がある場合を意味し、「**」はp<0.01の有意差がある場合を意味する。表5の異なるアルファベット(a、b、c)は、一元分散分析の結果、各々の香気成分において、新規な乳酸菌株と各標準菌株の間で有意差(p<0.05)がある場合を意味する。すなわち、ジアセチル、アセトイン、テトラメチルピラジンの香りは標準菌株であるJCM 1096T株、OY-57株、33-5株の3菌株において有意に異なり、いずれも標準菌株が最も低い値であることを示している。
【0030】
【表3】
【表4】
【表5】
【0031】
表3~5に示すとおり、本発明の新規な乳酸菌4株は、各標準菌株と香り成分に違いがあることが確認された。これは、本発明の新規な乳酸菌4株を使用してチーズ製造を行った場合に、チーズの香りに特徴付け出来ることを意味する結果である。
一元分散分析の結果、ジアセチルおよびアセトインの生成量は、いずれもOY-57株、次いで33-5株の順に有意に多かった(p<0.05)、また、両株のこれら生成量は、標準菌株JCM 1096T株より有意に多かった(p<0.05)。テトラメチルピラジンの生成量は、33-5株が、OY-57株とJCM 1096T株より有意に多かった(p<0.05)。以上の結果より、ラクトバチラス・カルヴァタス33-5株、ラクトバチラス・カルヴァタスOY-57株は、香りにおいて、標準菌株であるラクトバチラス・カルヴァタスJCM 1096T株より優れた株であり、また、33-5株とOY-57株は、同一の株でなく異なった特長を有する株であるであることが確認された。
【0032】
<実施例4:チーズ製造と分析1>
補助スターターとして、ラクトバチラス・パラカゼイOUT0010株、ラクトバチラス・ラムノサスP-17株、ラクトバチラス・カルヴァタス33-5株の使用に関する、チーズの食味への効果について確認試験を行った。
(1)製造方法
乳酸菌メインスターターとして市販品(クリスチャンハンセン社製、CHN-11)を使用した。
低温殺菌した原料乳を4つの容器に分注(10L)して32℃に保持した後、通常使用量の上記メインスターターと、上記補助スターター各3株(ラクトバチラス・パラカゼイOUT0010株、ラクトバチラス・ラムノサスP-17株、ラクトバチラス・カルヴァタス33-5株)それぞれを添加(約1.0×10cfu/mL)して、ゴーダーチーズタイプのチーズ製造を行った。低温殺菌乳を32℃に加温し、各補助スターターを1.0×10cfu/mL milkとなるように添加、撹拌し、次いで 1.0 U のメインスターターおよび0.01%量の塩化カルシウムを添加した。30分後に0.03%量のレンネット(クリスチャンハンセン社製、CHY-MAX)を添加し、32℃で40分間静置したのち、カードナイフを用いて1cm角にカッティングを行った。その後、緩やかに30分間撹拌を行い、5分間静置した後、ホエイを4L除去し、38℃で加温しながら45分間撹拌した。30分間予備圧搾を行ったのち、マット状になったカードを切り分けて、重量が等しくなるように小型のモールドに充填した。3時間20分圧搾後、チーズをモールドから取り外し、4℃の冷水中で30分間冷却したのち、20%食塩水中で2時間塩漬を行った。塩漬後、表面の水分をふき取り、真空包装して12±1℃で熟成させた。
【0033】
(2)一般組成
上記製造方法により得られたチーズ(それぞれ18個)の平均重量を表6に示した。
また、公定法により定量した各試験区のチーズの一般組成(タンパク質、脂肪)を表7に示した。
表6、7中の「従来品」は、補助スターターとして本発明の新規な乳酸菌を添加していないものを意味する。
【0034】
【表6】
【表7】
【0035】
表6に示すとおり、各試験区のチーズの重量は平均182~185gであり、各試験区のチーズ重量に有意差は認められなかった。
また、表7に示すとおり、各試験区のチーズのタンパク質含量はいずれも21~22%であり、脂肪含量も28~29%であることから、試験区間における有意差が認められなかった。
これらのことから、本発明の新規な乳酸菌株を補助スターターとして使用してチーズを製造すると、得られたチーズの歩留まりの減少などの問題を生じないことが確認された。
【0036】
(3)熟成向上効果の確認
上記製造方法により得られたチーズ(5.0g)に0.85%減菌生理食塩水(45mL)を加えて、ストマッカー(20℃、260rpm、3分間)を用いて粉砕・均質化した。これを10倍段階希釈し、104から106倍希釈液をMRS寒天培地に混釈し、30℃で46時間培養後、コロニー数を計測した。熟成1ヶ月目と2ヶ月目について、コロニー数の計測結果を表8にまとめて示す。表8中の「従来品」は、補助スターターとして本発明の新規な乳酸菌株を添加していないものを意味する。
【0037】

【表8】
【0038】
表8に示すとおり、補助スターターとして本発明の新規乳酸菌株を使用することにより、上記補助スターターを使用しないチーズ(従来品)に比べて、約10倍多いコロニー数が確認された。すなわち、本発明の新規乳酸菌株を補助スターターとして添加したチーズにおいては、生残乳酸菌が多く、その熟成がより増長・促進されていることが明らかとなった。このことから、熟成期間の短縮による保管コストの削減が期待される。また、生きた乳酸菌の摂取源としては、ヨーグルトに匹敵する菌数であることも大きな特徴である。
【0039】
(4)チーズの乳酸菌叢解析
各チーズの菌叢解析はNanopore Sequencing法によって行った。各チーズ1gをShake Master Neo (BMS)を用いて、1500rpm、3分間ビーズ破砕を行ったのち、NucleoSpin Plant II Maxi Kit (MACHEREY-NAGEL)を用いて、添付のプロトコールに従って抽出した。抽出したDNAの濃度はSynergy H1 (Bio Tek) と QuantiFluor dsDNA System (Promega)を用いて測定し、16S Barcoding Kit (Oxford Nanopore Technologies)を用いたライブラリーの作製に供した。PCR反応液はAgencourt AMPure XP (Beckman Coulter)を用いて精製し、QuBit とdsDNA HS Assay Kを用いて濃度測定を行った。 精製したPCR反応液は等量ずつ混合したのち、100ngを分取しRapid Adaprterを付加した。アダプターを付加した試料は、プロトコールに従ってフローセルへ添加し、GridION と R9.4 Flowcellを用いて18時間のシーケンシングを行った。出力された波形データはGuppy_basecalle(Ver. 1.8.5)を用いてベースコールを行い、Porechopを用いてアダプター配列をトリミングし、バーコード配列による振り分けを行った。それらをBiopythonのSeqIO モジュールを用いて、1400塩基から 1600塩基の配列を抽出し、Filtlong(Ver 0.2.0)を用いて、平均クオリティー値(Q値)8以上の配列 から160Mbp分の配列(100,000配列程度)を抽出した。usearchのnbc_taxコマンドを用いて系統推定を行った. データベースはRDP_16S_V16_spを使用した。
従来品には、メインスターター中の乳酸菌であるラクトコッカス・ラクチス(Lactococcus lactis)のほかロイコノストック・メセンテロイデス(Leuconostoc mesenteroides)を含むロイコノストック(Leuconostoc)属が主要菌叢として確認され、P-17添加区、33-5添加区およびOUT0010添加区の各チーズでは、上述のメインスターター中の乳酸菌に加えて、ラクトバチラス・ラムノサス(Lactobacillus rhamnosus)、ラクトバチラス・カルヴァタス(Lactobacillus curvatus)、ラクトバチラス・パラカゼイ(Lactobacillus paracasei)がそれぞれ菌叢として確認された。
【0040】
すなわち、本発明の新規乳酸菌株を補助スターターとして添加して製造したチーズは生残乳酸菌が多く、その生残乳酸菌数は、生きた乳酸菌の摂取源として公知のヨーグルトに匹敵するものである。本発明の新規乳酸菌株を添加したチーズ中で、当該新規乳酸菌株の存在が確認されたことから、その存在が熟成の増長・促進に影響を与えていることが明らかとなり、熟成期間の短縮による保管コストの削減が期待される。
【0041】
(5)遊離アミノ酸の確認
上記製造方法により得られた、本発明の新規乳酸菌株を補助スターターとしたチーズ3種(+OUT0010、+P-17、+33-5)と、補助スターターを添加しなかったチーズ1種(従来品)を使用した。表皮を除去したチーズ(6g)に、4倍量の蒸留水を添加し、ミルサーによりチーズを破砕、撹拌した。得られた懸濁液を5℃、18000rpm、20分間遠心分離し、清澄液をろ過してチーズ抽出液を得た。このチーズ抽出液をPTCアミノ酸分析法により分析を行った。各チーズ中のアミノ酸含量の統計解析は一元配置分散分析ならびに多重比較検定により行った。有意差の認められたアミノ酸について、下記表9にまとめて示す。なお、各水準間の有意差の有無は表中のアルファベット(a、b)の違いにより標記した。同一文字を有さない群の間で有意差あり(p<0.05)。
【0042】
【表9】
【0043】
表9に示すとおり、従来品と比較して、本発明の新規乳酸菌株を補助スターターとして添加することにより、熟成1ヶ月で旨味を呈するアミノ酸であるグルタミン酸含量に、増加傾向または有意な増加が認められた。また、熟成2ヶ月の33-5添加区では、従来品や他の補助スターター添加区と比較して、酸味や旨味を呈するアミノ酸であるアスパラギン酸が有意に多く、苦味を呈するアミノ酸であるチロシンやアルギニンが有意に少ないことが確認された。
さらに、味認識装置TS-5000Z(株式会社インテリジェントセンサーテクノロジー製)により、本発明の新規乳酸菌株を補助スターターとする添加区のチーズ3種(+OUT0010、+P-17、+33-5)は、旨味、旨味・コクの強度が増加し、OUT0010添加区と33-5添加区は苦味が減少することが確認された。
これらの結果より、本発明の新規乳酸菌株は熟成を増長・促進するとともに呈味に影響することが明らかとなった。
【0044】
(6)チーズの香り成分の確認
上記製造方法により得られた、本発明の新規乳酸菌株を補助スターターとしたチーズ3種(+OUT0010、+P-17、+33-5)と、補助スターターを添加しなかったチーズ1種(従来品)を使用した。各チーズを2.00g±0.05gにカットし、直ちにサンプル瓶に封入して分析まで冷凍保存した。分析方法は、上記「実施例3:香り分析」と同様に行った。各熟成期間における補助スターター未添加(従来品)および各補助スターター添加チーズの芳香成分の変化を、下記表10に示す。
【0045】
【表10】
【0046】
表10に示すとおり、補助スターターとして本発明の新規乳酸菌株を使用することにより、従来品と比較して、熟成2ヶ月後にジメチルスルフィド、ブタン-2-オン、テトラメチルピラジンが高い値を示す傾向が見られ、従来品とは異なる香気成分を有するチーズが製造できることが明らかとなった。
【0047】
(7)官能評価試験
上記製造方法により得られた1ヶ月および2ヶ月熟成チーズについて、嗜好順位評価により官能評価を行った。被験者21名を対象として、各熟成期間の従来品、P-17添加区、33-5添加区およびOUT0010添加区の各チーズを、各被験者にランダムに提示し、嗜好性の高い順に1位~4位の順位を付けて貰った。試料間の順位の差の検定は、各被験者が行なった各試料に対する順位をもとに、フリードマン検定により行い、次いでScheffeの対比較を行った。その結果を下記表11に示す。なお、表11中の異なるアルファベット(a、b、c)は、Scheffeの対比較による試料間の有意差あり(p<0.05)を意味する。
また、本発明の新規乳酸菌株を補助スターターとして添加したチーズ3種(+OUT0010、+33-5、+OY-57)と、該乳酸菌無添加の比較チーズ2種について別途実施した消費者型官能評価では、本発明の新規乳酸菌株によるチーズ3種は味・香りの好ましさ、および全体的な好ましさにおいて、上記比較チーズ2種よりも高い評価となり、甘味、旨味、ミルク風味、およびバター臭が、消費者型官能評価におけるチーズの味・香りの好ましさ、並びに全体的な好ましさの評価を有意に高める項目として特定された。
【0048】
【表11】
【0049】
表11に示したように、1ヶ月および2ヶ月熟成の本発明の新規乳酸菌株を補助スターターとして添加したチーズは、従来品よりも嗜好性が高いことが示された。この結果より、本発明の新規乳酸菌株を補助スターターとして添加することが、従来よりも嗜好性を高い製品の製造に有用であることが確認された。
【0050】
<実施例5:チーズ製造と分析2>
補助スターターとしての、ラクトバチラス・カルヴァタスOY-57株の使用に関する、チーズの食味への効果について確認試験を行った。
(1)製造方法
乳酸菌メインスターターとして市販品(クリスチャンハンセン社製、CHN-11)を使用した。
低温殺菌した原料乳を35℃に保持した後、通常使用量の上記メインスターターと、上記補助スターター(ラクトバチラス・カルヴァタスOY-57株)を添加(約1.0×10cfu/mL)して、ゴーダーチーズタイプのチーズ製造を行った。メインスターター添加1時間後にレンネットを添加し撹拌後、30分間静置した。カッティング後30分間撹拌し、ホエイを排除、加湯しながら20分間撹拌を行った後、加温(40℃)した。型詰め(モールディング)を行い、プレスをかけながらカードを反転させ、一晩20℃に保たれた部屋に静置した。翌日、塩漬した後、熟成(13±1℃)を行った。
(2)一般組成
上記製造方法により得られたチーズの一般組成は、脂肪含量27~29%、タンパク質含量21~24%で、補助スターター未添加(従来品)と補助スターターOY-57株を添加したチーズの間に差はなかった。
すなわち、本発明の新規乳酸菌株は、補助スターターとして使用した場合も、問題なくチーズ製造が行えることが確認された。
【0051】
(3)乳酸菌添加効果の確認
上記製造方法により得られたチーズ(1.0g)に0.85%減菌生理食塩水(4mL)を加えて、ストマッカー(20℃、300rpm、3分間)を用いて粉砕・均質化した。これを菌数104から106に段階希釈して、これらをBCP寒天培地に混釈した後、培養(30℃、48時間)してコロニー数を計測した。熟成1ヶ月目と2ヶ月目について、コロニー数の計測結果を表12に示す。また、熟成2ヶ月目に確認された乳酸菌のコロニー48個について、MALDIバイオタイパーにより菌種を同定し、チーズ中に生残する乳酸菌の菌叢を解析した。
【0052】
【表12】
【0053】
表12に示すとおり、補助スターターとして本発明の新規乳酸菌株の1つであるラクトバチラス・カルヴァタスOY-57株を使用することにより、上記補助スターターを使用しないチーズ(従来品)に比べて、約10倍多いコロニー数が確認された。ずなわち、本発明の新規乳酸菌株を補助スターターとして添加したチーズにおいては、生残乳酸菌が多いことが明らかとなった。
また、ラクトバチラス・カルヴァタスOY-57株を添加して製造したチーズでは、生残乳酸菌のうち、ラクトバチラス・カルヴァタスは熟成2ヶ月後に7割を占めており、ラクトバチラス・カルヴァタスOY-57株はチーズ中で生きて熟成を増長・促進していることが確認された。
【0054】
(4)遊離アミノ酸の確認
上記製造方法により得られたチーズ(2.5g)に7.5%トリフルオロ酢酸溶液(5mL)を加えて、ホモジナイザーを用いて粉砕・均質化した。このチーズ懸濁サンプルを遠心分離処理し、上清(200μL)に0.05N塩酸溶液(800μL)を加えて、希釈サンプルを一度、凍結させた。希釈サンプルは室温にて融解した後、すみやかにカットオフ値20kDaの限外ろ過フィルターを用いて沈殿物を除去し、遊離アミノ酸量測定用サンプルを得た。遊離アミノ酸量はニンヒドリン比色法により定量した。上記補助スターター未添加(従来品)および補助スターターラクトバチラス・カルヴァタスOY-57株を添加したチーズ中に含まれる総遊離アミノ酸量と、苦味アミノ酸の1つである遊離チロシン量を確認した。表13は総遊離アミノ酸量を、表14はチロシン量の熟成期間中の変化を示す。
【0055】
【表13】
【表14】
【0056】
表13、14に示すとおり、補助スターターとして本発明の新規乳酸菌株の1つであるラクトバチラス・カルヴァタスOY-57株を使用することにより、上記補助スターターを使用しないチーズ(従来品)に比べて、熟成1ヶ月後から総遊離アミノ酸量が増大し、熟成2ヶ月後には、約1.7倍に増大することが確認された。また苦味アミノ酸の1つであるチロシン量の増加を、約10%程度に抑制することが確認された。
この結果より、本発明の新規乳酸菌株の1つであるラクトバチラス・カルヴァタスOY-57株は熟成を増長・促進するとともに呈味に影響することが明らかとなった。
【0057】
(5)チーズの香り成分の確認
上記製造方法により得られたチーズを2.00g±0.05gにカットし、直ちにサンプル瓶に封入して分析まで冷凍保存した。分析方法は、上記「実施例3:香り分析」と同様に行った。補助スターター未添加(従来品)および補助スターターラクトバチラス・カルヴァタスOY-57株を添加したチーズ中に含まれる香り成分の熟成期間中の変化を表15に示す。表15中の「*」は、本発明のラクトバチラス・カルヴァタスOY-57株添加チーズと、従来品補助スターター未添加(従来品)チーズとの間に、p<0.05(t検定)の有意差がある場合を意味する。
【0058】
【表15】
【0059】
表15に示すとおり、補助スターターとして本発明の新規乳酸菌株の1つであるラクトバチラス・カルヴァタスOY-57株を使用することにより、上記補助スターターを使用しないチーズ(従来品)に比べて、熟成1ヶ月後からブタン-2-オンが増大することが確認された。またアセトイン、テトラメチルピラジンも高い値を示し、従来品とは異なる香気成分を有するチーズが製造できることが明らかとなった。
【0060】
<実施例6:チーズ製造と分析3>
補助スターターとして、ラクトバチラス・カルヴァタスOY-57株の使用に関する、チーズの食味への効果について官能評価試験を行った。
(1)製造方法
乳酸菌メインスターターとして市販品(クリスチャンハンセン社製、FLORA DANICA)を使用した。
低温殺菌した原料乳を35℃に保持した後、通常使用量の上記メインスターターに上記補助スターター(ラクトバチラス・カルヴァタスOY-57株)または市販の乳酸菌(クリスチャンハンセン社製、LH-B02)を補助スターターとして添加して、ゴーダーチーズタイプのチーズ製造を行った。メインスターター添加1時間後にレンネットを添加し撹拌後、30分間静置した。カッティング後30分間撹拌し、ホエイを排除、加湯しながら20分間撹拌を行った後、加温(40℃)した。型詰め(モールディング)を行い、プレスをかけながらカードを反転させ、一晩20℃に保たれた部屋に静置した。翌日、塩漬した後、熟成(13±1℃)を行った。
【0061】
(2)官能評価試験
上記製造方法により得られたチーズを3ケ月熟成させた後、被験者36名(栃木県内チーズ製造者、酪農家、栃木県関係者等)を対象に2種類(OY-57株添加、市販乳酸菌添加)の官能評価を嗜好型二点法で実施した。味の好ましさ、風味(鼻から抜ける香り)の好ましさ、食感の好ましさ、苦みの強さ、全体的な好ましさの設問について、二項検定で統計解析を行った。表中の「n.s」は有意差がないことを意味している。
【0062】
【表16】
【0063】
表16に示すように、本発明の新規乳酸菌株の1つであるラクトバチラス・カルヴァタスOY-57株を補助スターターとして添加したチーズは、いずれの項目においても、市販の乳酸菌(LH-B02)を補助スターターとして添加したチーズと有意な差は認められなかった。この結果は、本発明の新規乳酸菌株を補助スターターとして添加したチーズは、輸入補助スターターを添加したチーズと同等レベルの品質を有するチーズであることを意味しており、本発明の新規乳酸菌株の有用性が確認された。
【0064】
<実施例7:消費者型官能評価試験>
補助スターターとして、ラクトバチラス・パラカゼイOUT0010株、ラクトバチラス・カルヴァタス33-5株、ラクトバチラス・カルヴァタスOY-57を使用して、上記実施例4と同様の製造方法により実規模(原料乳:370L)で製造したチーズ3種と、補助スターター無添加の対照チーズ2種(対照1、対照2)について、下記に説明する消費者型官能評価試験を行った。
「消費者型官能評価試験」
被験者は、札幌市周辺から年齢層および性別が均等になるようリクルートした一般消費者106名(女性52名、男性54名)であり、前記チーズ5種類を2ヶ月および3ヶ月の2通りの熟成期間で熟成させたチーズ合計10検体について、評価試験を行った。評価試験は、1人の被験者が10検体を検体毎に1分間の休憩をはさんで評価する方法で、その評価順序はラテン方格法により計画した被験者毎に異なる順序で行った。評価試験は、各検体の好ましさについて「非常に好ましくない」~「非常に好ましい」までの8段階のカテゴリ尺度で評価する設問と共に、チーズの味、匂い、および食感を表現する合計33語からなる官能特性評価用語の中から、各検体の特性を示すと被験者が考える官能特性評価用語を自由に選択させる「Check-All-That-Apply法(認識全特性チェック法)」による設問によって行った。
試験データは、各被験者が各検体に対して判定した好ましさを数値に置き換えた嗜好得点を従属変数に、Check-All-That-Apply法による各官能特性評価用語について当該被験者が当該検体において選択した場合を1、選択しなかった場合を0とおいた33のカテゴリカル変数を、説明変数としたペナルティ分析を実施して、33語により表現される味、匂い、もしくは食感がチーズの嗜好得点を上昇もしくは低下させるかを解析し、チーズの嗜好得点を統計的に有意に上昇もしくは低下させる官能特性評価用語を選択した。
続いて、前記ペナルティ分析により選択した官能特性評価用語について、評価した検体により当該用語が選択される確率が異なるかどうか、当該用語について当該被験者が当該検体において選択した場合を1、選択しなかった場合を0とおいた結果を従属変数に、チーズの種類、熟成期間、および当該被験者内における当該検体の提示順序を説明変数とした一般化線形混合モデル分析により解析した。その際、リンク関数はロジット、確率分布は二項分布とするとともに、被験者内の繰り返しによる効果については、誤差の共分散構造を指定し解析を行った。チーズの種類間における推定値の差の検定はテューキー法で実施するとともに、推定値から各チーズの種類における当該用語の選択確率を算出した。
ペナルティ分析により、消費者のチーズの嗜好性評価を有意に向上させることが示された項目の1つである「弾力」について、各チーズの種類において消費者が「弾力性を感じた」と回答する確率(0~1)を縦軸とするグラフを図1に示す。なお、図1中の、アルファベット(a、b、c)は、チーズの種類により当該用語が選択される確率が異なるアルファベットが付された数値の間で有意(p<0.05)に異なることを意味する。
【0065】
図1に示すとおり、本発明の新規乳酸菌株を補助スターターとして添加したチーズ3種(+OUT0010、+33-5、+OY-57)は、「弾力」が増強されることが、特に、OUT0010株、OY-57株を補助スターターとして添加したチーズは、有意に増強されることが明らかとなった。
この消費者型官能評価試験により、本発明の新規乳酸菌株、特に、OUT0010株、OY-57株を添加することにより、嗜好性評価を向上させる項目である「弾力」がさらに高まることが確認された。
【0066】
<実施例8:テクスチャ分析試験>
実施例7と同様に、補助スターターとしてラクトバチラス・パラカゼイOUT0010株、ラクトバチラス・カルヴァタス33-5株を使用して、実規模で製造したチーズ2種それぞれ熟成0ヶ月、1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月のものと、補助スターター無添加の対照チーズ2種それぞれ熟成0ヶ月、1ヶ月、2ヶ月、3ヶ月のものについてテクスチャ分析試験を行った。
このテクスチャ分析試験は、小型卓上試験機EZ-SX(島津製作所製)を、圧縮治具は直径20mmを使用し、外皮を除いた試験片(20mm×20mm×10mm)を、5℃で2時間以上冷却したチーズを試験検体とした。測定は、ストロークを上下2回・速度1mm/秒で固定し、移動距離3mmの条件で行った。
このテクスチャ分析試験の結果を、図2に示す。
図3に示すとおり、本発明の新規乳酸菌株であるOUT0010株を補助スターターとして添加したチーズは、予備乾燥直後から対照チーズとくらべて、硬さ・咀嚼性・ガム性が高い値を示し、熟成1ヶ月から3ヶ月にかけて、それらの値が増加したが、付着性の値は、予備乾燥直後から熟成2ヶ月にかけて低下した。
一方、本発明の新規乳酸菌株である33-5株を添加したチーズは、熟成1ヶ月から3ヶ月にかけて硬さ・咀嚼性・ガム性において、対照チーズより低い値を示した。
これらの結果より、OUT0010株を添加することにより、噛み応えがあり、サラサラとしたチーズが製造できる一方、33-5株を添加することにより、やわらかでしっとりとしたチーズが製造できることが明らかとなった。すなわち、本発明の新規乳酸菌株を使い分けることにより、異なる質感のチーズの製造が可能であることが確認された。
【0067】
<実施例9:遊離アミノ酸分析試験>
実施例7と同様に、補助スターターとしてラクトバチラス・パラカゼイOUT0010株、ラクトバチラス・カルヴァタス33-5株を使用して、実規模で製造したチーズ2種と、補助スターター無添加の対照チーズ2種について遊離アミノ酸分析試験を行った。
この遊離アミノ酸分析試験は、高速液体クロマトグラフィー(島津製作所製、Prominence)のLiモードのグラジエントプログラムを用いた。使用標準液はアミノ酸混合標準液B型およびAN-II型、L-アスパラギン標準液、L(+)-グルタミン標準品(アミノ酸分析用、富士フィルム和光純薬社製)を使用した。外皮を除いたチーズ試験片(5g)に、0.16Mトリクロロ酢酸(15mL)を加えてポリトロンで磨砕し、50mLにメスアップしたのち、上清をヘキサンで脱脂したものを試験検体とした。
この遊離アミノ酸分析試験の結果を、図3に示す。
図4に示すとおり、対照チーズのグルタミン酸量は熟成2ヶ月で109.8 mg/100g、3ヶ月で150mg/100gであるのに対し、OUT0010株を添加したチーズでは、熟成2ヶ月でグルタミン酸量が149.5 mg/100g、3ヶ月後には197.0mg/100gに達した。また33-5株を添加したチーズにおいても、熟成2ヶ月で131.0mg/100g、3ヶ月で163.5mg/100gであった。
すなわち、本発明の新規乳酸菌株を補助スターターとして添加することにより、熟成2ヶ月で対照チーズ3ヶ月熟成と同等のグルタミン酸量となることや、熟成2ヶ月目では対照チーズの120~130%程度のグルタミン酸量となり、グルタミン酸の増産が確認された。
さらに、本発明の新規乳酸菌株を補助スターターとして添加することにより、各アミノ酸の増産傾向や、減少傾向は特異的なものであった。例えば、OUT0010株を添加したチーズは、オルニチンの含量が対照チーズと比べて有意に少なく、逆にオルニチンの原料となるアルギニンおよびシトルリンが対照チーズと比べて多いことが明らかとなった。一方、33-5株を添加したチーズは、チロシンおよびアルギニンの含量が予備乾燥直後から検出限界に低下し、シトルリンにおいても対照チーズよりも少なく、OUT0010株を添加したチーズとは逆に、オルニチン含量が対照チーズと比べて多いという特徴を示した。チロシン含量が多いとチロシンの結晶によるざらつきを感じる場合があるため、チロシンがほとんど含まれない33-5株を添加したチーズの特徴は、上記実施例7におけるしっとりした食感とも合致するものと考えられる。
なお、上記実施例4の「(5)遊離アミノ酸の確認」の項においても、チロシンやアルギニン等の遊離アミノ酸を確認しているが、この実施例4と実施例7は、補助スターターとして添加した乳酸菌株は共通するものの、原料乳が異なり、製造規模が大きく相違する。そのため、実施例4と実施例7においては、個々のアミノ酸分析値に差が生じるものと推察されるが、各アミノ酸の産出傾向については、一致する結果が得られたと考えている。
図1
図2-1】
図2-2】
図2-3】
図2-4】
図3