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  • 特許-アクリル酸の製造方法 図1
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-13
(45)【発行日】2024-08-21
(54)【発明の名称】アクリル酸の製造方法
(51)【国際特許分類】
   C07C 51/42 20060101AFI20240814BHJP
   C07C 57/05 20060101ALI20240814BHJP
   C07C 51/245 20060101ALI20240814BHJP
   B01D 53/22 20060101ALI20240814BHJP
   B01D 69/02 20060101ALI20240814BHJP
   B01D 71/02 20060101ALI20240814BHJP
   B01J 23/887 20060101ALI20240814BHJP
   B01J 23/888 20060101ALI20240814BHJP
   C07B 61/00 20060101ALN20240814BHJP
【FI】
C07C51/42
C07C57/05
C07C51/245
B01D53/22
B01D69/02
B01D71/02 500
B01J23/887 Z
B01J23/888 Z
C07B61/00 300
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2020154490
(22)【出願日】2020-09-15
(65)【公開番号】P2022048594
(43)【公開日】2022-03-28
【審査請求日】2023-06-06
(73)【特許権者】
【識別番号】000004628
【氏名又は名称】株式会社日本触媒
(74)【代理人】
【識別番号】110002837
【氏名又は名称】弁理士法人アスフィ国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】岡村 淳志
【審査官】高橋 直子
(56)【参考文献】
【文献】特開2019-217428(JP,A)
【文献】特開平07-223994(JP,A)
【文献】特表2017-502942(JP,A)
【文献】特開2005-154445(JP,A)
【文献】特開2015-160806(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C07C 51/42
C07C 57/05
C07C 51/245
B01D 53/22
B01D 69/02
B01D 71/02
B01J 23/887
B01J 23/888
C07B 61/00
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アクリル酸を製造するための方法であって、
触媒と酸素の存在下、プロパン、プロピレン、アクロレイン、およびイソプロパノールから選択される1以上の原料ガスを部分酸化することにより、アクリル酸と水蒸気を含むガスを得る工程、および、
前記ガス中から分離膜を使って気相で水蒸気を除去し、前記ガス中の水分濃度を低下させる工程を含み、
前記分離膜の素材のpKaが1.5以上、9.3以下であることを特徴とする方法。
【請求項2】
原料ガスとしてイソプロパノールを用いる請求項1記載の方法。
【請求項3】
前記分離膜のアクリル酸透過率が1×10-7kmol/s・m2・kPa以下である請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記分離膜の素材が無機化合物を含む請求項1~3のいずれかに記載の方法。
【請求項5】
前記分離膜のアクリル酸透過率に対する水蒸気透過率の比が100以上である請求項1~4のいずれかに記載の方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、部分酸化反応により得られるアクリル酸含有ガス中の水蒸気を除去することにより、後段階での精製工程への負荷を低減してアクリル酸を効率的に製造できる方法に関するものである。
【背景技術】
【0002】
アクリル酸は、高吸水性ポリマーやアクリル酸エステル等の各種工業製品の基幹原料として重要な化学物質である。現在、アクリル酸は、主にプロピレンを原料として触媒を使って部分酸化することにより製造されている。しかし、プロピレンは主に石油のクラッキングの副産物として生産されており、脱石油の観点から、プロピレン以外の原料を用いてアクリル酸を製造する技術が近年提案されている。
【0003】
例えば特許文献1,2には、発酵法により得られたイソプロパノールを原料とし、これを加熱により気化した後、酸素存在下、部分酸化触媒により部分酸化してアクリル酸またはアクロレインを製造する方法が開示されている。特許文献3には、プロパン、プロピレン、アクロレインの他、イソプロパノールを接触酸化して不飽和アルデヒドおよび酸を製造するための触媒が開示されている。
【0004】
通常のアクリル酸製造工程では、触媒反応器出口のアクリル酸含有ガスからアクリル酸を捕集溶媒中に捕集したり、或いはアクリル酸含有ガスを凝縮したりすることにより、アクリル酸水溶液として回収後、得られたアクリル酸水溶液を蒸留や晶析などの精製工程に送り、当該工程でアクリル酸を高純度化して製品とする。アクリル酸水溶液に含まれる主な不純物は水であり、不純物のかかる水としては捕集溶媒由来のものの他、触媒反応工程で生成する水も含まれる。精製工程では、アクリル酸水溶液からアクリル酸と主に水からなる不純物を分離するが、この際、アクリル酸水溶液中の不純物含有率が高いほど精製工程に要するエネルギーが増大する。従って、経済的なアクリル酸製造のためには精製工程でのエネルギー消費を抑制することが重要であり、そのためにはアクリル酸水溶液中の水含有率が低いほど有利となる。
【0005】
イソプロパノールからのアクリル酸合成反応式とプロピレンからのアクリル酸合成反応式を比較すると以下のようになる。
イソプロパノールからのアクリル酸合成
38O + 1.5O2 → C342 + 2H2
プロピレンからのアクリル酸合成
36 + 1.5O2 → C342 + H2
【0006】
上記反応式の通り、プロピレン1モルからアクリル酸1モルが生成する場合には1モルの水が生成する一方で、イソプロパノール1モルからアクリル酸1モルが生成すると2モルの水が生成する。よって、イソプロパノールを原料としたアクリル酸製造では、プロピレンを原料とするアクリル酸製造時と比べて触媒反応器出口のアクリル酸含有ガス中の水分濃度が高くなる。発酵法で得られるバイオ由来イソプロパノールは、主に水溶液として生産される。通常、得られたイソプロパノール水溶液は蒸留により高濃度化されるが、イソプロパノールと水は共沸するため、単純な蒸留操作ではイソプロパノールの濃度の上限は87質量%である。このようなイソプロパノール水溶液を原料として使用してアクリル酸を製造する際には、反応で生成する水に加え、原料イソプロパノール水溶液由来の水も加わり、触媒反応器出口のアクリル酸含有ガス中の水分濃度は高濃度化し、粗アクリル酸中の水含有率が増加する。このような理由でイソプロパノールを原料とするアクリル酸製造では、プロピレン原料時と比較して必然的に粗アクリル酸の水含有率が高くなり、精製工程で要するエネルギーが増大するため、特にアクリル酸製造コストが増大して経済性を損なうという製造上の問題があった。
【0007】
その他、大気中に含まれる水蒸気もアクリル酸含有ガス中に混入し、延いてはアクリル酸水溶液にも混入する。また、主反応で水分子が生成しない場合であっても、副反応で水分子が生成することもある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特開2015-160806号公報
【文献】特開2015-160807号公報
【文献】特開2001-137709号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
上述したように、原料化合物の部分酸化によりアクリル酸を製造する際には水分子が副生する場合があり、また大気中には水蒸気が存在するため、得られるアクリル酸含有ガスには水蒸気が混入する。不純物としての水は、蒸留や晶析などによる精製でアクリル酸から分離することは可能であるが、そのためには多大なエネルギーが必要であるため、かかる精製の前にアクリル酸から水をできるだけ除去しておくことが望ましい。
そこで本発明は、アクリル酸製造において、精製工程へ送るアクリル酸水溶液の水含有率を低く抑えて精製工程に要するエネルギーを抑制し、経済性に優れた製造方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、原料化合物の部分酸化により得られるアクリル酸含有ガスから分離膜を用いて水蒸気を気相で分離除去することにより、アクリル酸から水を効率的に除去できることを見出し、本発明を完成した。
以下、本発明を示す。
【0011】
[1] アクリル酸を製造するための方法であって、
触媒と酸素の存在下、プロパン、プロピレン、アクロレイン、およびイソプロパノールから選択される1以上の原料ガスを部分酸化することにより、アクリル酸と水蒸気を含むガスを得る工程、および、
前記ガス中から分離膜を使って気相で水蒸気を除去し、前記ガス中の水分濃度を低下させる工程を含むことを特徴とする方法。
[2] 原料ガスとしてイソプロパノールを用いる前記[1]記載の方法。
[3] 前記分離膜のアクリル酸透過率が1×10-7kmol/s・m2・kPa以下である前記[1]または[2]に記載の方法。
[4] 前記分離膜の素材が無機化合物を含む前記[1]~[3]のいずれかに記載の方法。
[5] 前記分離膜のアクリル酸透過率に対する水蒸気透過率の比が100以上である前記[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
【発明の効果】
【0012】
原料化合物を部分酸化してアクリル酸を得る場合、得られるアクリル酸含有ガスには大気由来の水蒸気が混入し、反応で副生した水が混入する場合もある。特にイソプロパノールを原料としてアクリル酸を製造する場合には、例えばプロピレンを原料とする場合に比べて2倍モルの水が副生し、更に原料であるイソプロパノールを発酵法により製造すると、イソプロパノールはその水溶液の形で得られ、このイソプロパノールをそのまま原料として用いる場合には、アクリル酸含有ガスには特に多量の水蒸気が混入する。水は蒸留や晶析などによりアクリル酸から分離することは可能であるが、そのためには多大なエネルギーを要する。
それに対して本発明方法によれば、たとえ原料化合物の部分酸化により得られるアクリル酸含有ガスに比較的多量の水蒸気が含まれていても、水蒸気を効率的に分離除去することができ、続くアクリル酸精製工程への負荷を効果的に低減することができる。よって本発明は、経済性に優れたアクリル酸製造プロセスを提供することができ、アクリル酸製造の経済的な実施を可能にするものとして、産業上有用である。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、アクリル酸含有ガスから気相で水蒸気を分離することが可能な膜分離装置の模式図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
本発明に係るアクリル酸の製造方法は、触媒と酸素の存在下、プロパン、プロピレン、アクロレイン、およびイソプロパノールから選択される1以上の原料ガスを部分酸化することにより、アクリル酸と水蒸気を含むガスを得る工程、および、前記ガス中から分離膜を使って気相で水蒸気を除去し、前記ガス中の水分濃度を低下させる工程を含む。以下、本発明を工程毎に説明するが、本発明は以下の具体例などに限定されるものではない。
【0015】
1.部分酸化工程
本工程では、触媒と酸素の存在下、原料ガスを部分酸化することによりアクリル酸含有ガスを得る。
【0016】
本工程で用い得る触媒は、従来、アクリル酸製造に用いられている触媒から選択すればよい。例えば、プロパン、プロピレン、およびイソプロパノールを部分酸化してアクリル酸とアクロレインを生成する反応を促進する前段部分酸化触媒と、アクロレインを部分酸化してアクリル酸を生成する反応を促進する後段部分酸化触媒とを組み合わせて用いることができる。なお、原料ガスとしてアクロレインのみを用いる場合には、後段部分酸化触媒のみを用いればよい。
【0017】
前段部分酸化触媒としては、例えば、Mo、W、Bi、Sb、Fe、Co、Ni、Si、Al、Zr、Ti、Tl、アルカリ金属、及びアルカリ土類金属からなる群より選択される少なくとも一種の元素を含む化合物;好ましくはMo及び/又はWと、Bi及び/又はSbと、Fe、Co及びNiとからなる群より選択される少なくとも一種と、Si、Al、Zr及びTiからなる群より選択される少なくとも一種と、アルカリ金属および/又はアルカリ土類金属とを含む化合物;更に好ましくはMoとBiとFeとを含む化合物;最も好ましくはMoとBiとを含む化合物を用いることができる。当該化合物は、個々の酸化物の混合物または複合酸化物であってもよく、複合酸化物はX線回折により明らかなピークが存在することが確認されるものの他、アモルファスなものであってもよい。
【0018】
後段部分酸化触媒としては、例えば、シリカ-アルミナ、ゼオライト、イソポリ酸、ヘテロポリ酸などの固体酸を用いることができ、好ましくはヘテロポリ酸である。ヘテロポリ酸の骨格を形成する元素としては、Mo、V、Wが好ましく、対イオンとしてはプロトン、アンモニウムイオン、銅イオンなどのカチオンが好ましい。また、その他Co、Fe、Ni、Pb、Bi、Sb、Nb、Sn、Pなどを添加することもできる。更にSi、Al、Ti、Zrを添加することもできる。
【0019】
触媒の形状は特に制限されず、例えば、球状、円筒状、ペレット状、リング状、馬蹄形などとすることができる。触媒は、それ自体を上記形状に成型し使用することができる他、所定の形状の触媒用担体に担持して用いることができる。大きさは、0.5mm以上、12mm以下とすることができ、好ましくは0.7mm以上、10mm以下である。
【0020】
前段部分酸化触媒の調製方法としては、例えば、各成分の酸化物などを粉砕混合する乾式混合法、各成分を水媒体に溶解して混合、pH調製し水酸化物として沈殿させ、乾燥し適宜焼成する沈殿法、特定の酸化物に他の成分の水溶液を含浸させ乾燥、焼成する含浸法などを用いることができる。また各成分沈殿物、又は酸化物と水溶液の混合物などのスラリー状のものを不活性担体に吹き付け乾燥、焼成する焼き付け法なども用いることができる。
【0021】
後段部分酸化触媒として用い得るヘテロポリ酸の製造方法としては、一般文献に記載されている方法を用いることができる。触媒の形状は特に制限されない。例えば、触媒毒にならないバインダー成分を混合して所定の形状に成形し使用することができる他、不活性担体に担持し使用することもできる。形状としては、球状、円筒状、ペレット状、リング状、馬蹄形などが挙げられる。大きさは0.5mm以上、12mm以下とすることができ、好ましくは0.7mm以上、10mmである。
【0022】
不活性担体としては、アルミナ、シリカ、シリカ-アルミナ、チタニア、マグネシア、ステアタイト、コージェライト、シリカ-マグネシア、炭化ケイ素、窒化ケイ素、ゼオライト等が挙げられる。
【0023】
本工程で用いる酸素としてはO3やO2を用いることができる。反応系へは、酸素自体を導入してもよいし、窒素やアルゴン等と酸素との混合ガスや空気を導入してもよい。反応器へ導入する反応用ガスにおける酸素の濃度は、反応が良好に進行する範囲で適宜調整すればよいが、例えば、反応前の当初濃度で5容量%以上、25容量%以下、好ましくは7容量%以上、20容量%以下とすることができる。
【0024】
部分酸化反応によりアクリル酸を得るための原料ガスとしては、プロパン、プロピレン、アクロレイン、およびイソプロパノールから選択される1以上の原料ガスを用いる。好ましくは、アクリル酸を製造するための一般的な原料ガスであるプロピレンを用いてもよいが、原料ガスとしてイソプロパノールを用いる場合には得られるアクリル酸含有ガスに多くの水蒸気が混入するため本発明は特に効果的である。具体的には、原料ガスとしてイソプロパノールを用いてアクリル酸を製造する場合には、例えばプロピレンを原料とする場合に比べて、2倍モルの水が副生する。また、原料であるイソプロパノールを発酵法により製造すると、イソプロパノールはその水溶液の形で得られ、イソプロパノールと水は共沸するために、通常の蒸留でのイソプロパノール水溶液の高濃度化には限界がある。よって、このようなイソプロパノール水溶液を原料として用い、イソプロパノールを部分酸化する場合、得られるアクリル酸含有ガスには、反応で生成する水蒸気に加えて、イソプロパノール水溶液由来の水蒸気が混入する。水は蒸留や晶析などによりアクリル酸から分離することは可能であるが、そのためには多大なエネルギーを要する。それに対して本発明方法によれば、部分酸化により得られるアクリル酸含有ガスに比較的多量の水蒸気が含まれていても、水蒸気を効率的に分離除去することができ、続くアクリル酸精製工程への負荷を効果的に低減することができる。
【0025】
反応器へ導入する反応用ガスにおける原料ガスの濃度は、反応が良好に進行する範囲で適宜調整すればよいが、例えば、反応前の当初濃度で3容量%以上、35容量%以下、好ましくは5容量%以上、30容量%以下とすることができる。なお、原料ガスが常温常圧で液体である場合は、反応器への導入の前に加熱して気化しておくことが好ましい。
【0026】
前段部分酸化触媒と後段部分酸化触媒は、1つの反応器中、ガスの流れ方向の上流に前段部分触媒層が存在し、下流に後段部分酸化触媒層が存在する二層となるように充填してもよい。この場合、前段部分酸化触媒層と後段部分酸化触媒層との間に不活性層を設けてもよい。また、ガスの流れ方向の上流に前段部分酸化触媒を充填した反応器を設け、下流に後段部分酸化触媒を充填した反応器を設けて、両反応器を管で連結してもよい。
【0027】
前段部分酸化反応で得られたアクリル酸とアクロレインを含む混合ガスからアクロレインを精製し、アクロレインを後段部分酸化に付してもよいが、アクリル酸とアクロレインを含む混合ガスをそのまま後段部分酸化反応に付すことが好ましい。
【0028】
反応器は部分酸化反応を良好に進行可能なものを適宜選択すればよいが、例えば、反応温度の調整が容易な熱交換式反応器を用いることができ、更に工業的な大量合成のためには熱交換式多管反応器を用いることができる。
【0029】
少なくとも酸素と原料ガスを含む混合ガスの、触媒を含む反応器への導入速度は部分酸化反応が良好に進行可能な範囲で適宜調整すればよいが、例えば、触媒層における前記混合ガスの空間速度を300h-1以上、5,000h-1以下に調整することができ、当該空間速度としては500h-1以上、2,000h-1以下が好ましい。反応温度も同様に調整すればよいが、例えば250℃以上、400℃以下とすることができる。反応温度としては、300℃以上が好ましく、310℃以上がより好ましく、また、370℃以下が好ましく、350℃以下がより好ましい。
【0030】
本工程での部分酸化反応の結果、原料ガスが部分酸化されて少なくともアクリル酸と水蒸気を含むガスが得られる。本開示では、当該ガスをアクリル酸含有ガスという。
【0031】
2.気相での水蒸気分離工程
本工程では、上記部分酸化工程で得られたアクリル酸含有ガスから分離膜を使って気相で水蒸気を除去し、アクリル酸含有ガス中の水分濃度を低下させる。いったん凝縮された水をアクリル酸から分離するにはより高いエネルギーを要するが、本発明では気相でアクリル酸から水蒸気を除去するため、エネルギー要求量はより低く効率的である。また、分離膜を使ってアクリル酸水溶液から液相で水を除去することも考えられるが、その場合には分離膜上でアクリル酸が重合して目詰まりするため、分離膜の洗浄再生操作や交換が定期的に必要となる。それに対して本発明では、気相でアクリル酸と水を分離するためにアクリル酸が分離膜上で凝縮して重合するという可能性が低く、分離膜の洗浄再生操作や交換の頻度が顕著に低減されると考えられる。
【0032】
分離膜の素材は特に制限されないが、気相での分離は比較的高温下で行う必要があり、且つ酸素も共存するため、有機-無機化合物や無機化合物など、無機化合物を含み、熱分解や酸化され難い素材が好ましい。分離膜の素材である無機化合物としては、例えば、シリカ及び/又はゼオライトが挙げられる。分離膜の素材である有機-無機化合物としては、例えば、ビス(C1-6アルコキシシリル)-C1-6アルカンの重合物や、RSiO1.5の一般式(式中、RはC1-6アルキル基を示す。)で表されるシルセスキオキサン等のオルガノシリカが挙げられる。
【0033】
分離膜の素材としては、目的化合物である反応性の高いアクリル酸の意図せぬ副反応の抑制の観点から、例えば、表面酸強度の指標となるpKaが1.5以上、9.3以下である素材が好ましい。分離膜の素材のpKaがこの範囲にあれば、分離膜の性能低下が抑制され、分離膜をより長期にわたって安定的に使用できる可能性がある。上記pKaとしては、3.3以上がより好ましく、4.8以上がより更に好ましく、また、7.2以下がより好ましい。なお、分離膜の素材のpKaは、酸強度既知のハメット試薬の呈色変化を利用した一般的方法により求めることができる。
【0034】
少なくともアクリル酸分子の動力学的粒子径は水分子の動力学的粒子径よりも明らかに大きいため、適切な孔径を有する分離膜を用いることにより、アクリル酸と水蒸気とを有効に分離することができる。よって、分離膜は、0.3nm以上の細孔を有し、且つ0.5nm以上の細孔を有さないことが好ましい。水分子の動力学的粒子径は一般的に0.3nm未満であることから、分離膜が0.3nm以上の細孔を有すれば、水分子が分離膜を透過できると考えられる。また、アクリル酸分子の動力学的粒子径は一般的に0.5nm超であることから、分離膜が0.5nm以上の細孔を有さなければ、アクリル酸分子は分離膜を透過することができないと考えられる。分離膜の細孔は、例えば、分子サイズ既知のガスを用いた単成分ガス透過試験により評価することができる。分子サイズ既知のガスとしては、ヘリウム(0.26nm)、一酸化窒素(0.31nm)、二酸化炭素(0.33nm)、窒素(0.36nm)、プロパン(0.43nm)、CF4(0.48nm)、SF6(0.55nm)等を用いることができる。例えば、単成分ガス透過試験により一酸化窒素、二酸化炭素、窒素などの透過が確認できれば、分離膜は0.3nm以上の細孔を有すると判断できる。また、単成分ガス透過試験によりCF4やSF6の透過を実質的に確認できなければ、分離膜は0.5nm以上の細孔を有さないと判断できる。
【0035】
分離膜としては、アクリル酸透過率が1×10-7kmol/s・m2・kPa以下であるものや、水蒸気透過率が1×10-8kmol/s・m2・kPa以上であるものが好ましい。上記アクリル酸透過率としては、1×10-8kmol/s・m2・kPa以下がより好ましく、5×10-9kmol/s・m2・kPa以下がより更に好ましい。上記水蒸気透過率としては、1×10-7kmol/s・m2・kPa以上がより好ましく、1×10-6kmol/s・m2・kPa以上がより更に好ましい。なお、特定化合物の透過率は、一定条件に設定した導入ガスを分離膜に導入した場合、分離膜を透過した透過ガス流速、及び透過ガスに含まれる特定化合物の濃度をガス流量計やガスクロマトグラフィ等で測定して分離膜を透過した特定化合物のモル流速を算出し、下記式に基づいて計算することができる。
特定化合物の透過率(kmol/s・m2・kPa)=(分離膜を通して透過側に透過したガス中の特定化合物のモル流速)/(分離膜面積)/(導入ガス中の特定化合物の分圧)
【0036】
更に、分離膜としては、アクリル酸透過率に対する水蒸気透過率の比が100以上であるものが好ましい。当該比が100以上であれば、アクリル酸含有ガスからより有効に水蒸気を除去することが可能になる。上記比としては、200以上または400以上がより好ましく、600以上または1000以上がより更に好ましい。一方、上記比は高いほど分離膜の水蒸気分離性能は高いといえ、上記比の上限は特に制限されないが、例えば、上記比を10000以下とすることができる。
【0037】
気相でアクリル酸含有ガスから水蒸気を除去するための装置は、従来、気相での成分分離装置を特に制限なく使用することができる。例えば、図1に示すように、円筒型の分離装置1の内部には、円筒型の筐体中に同じく円筒型の分離膜2が配置されており、分離膜2の両端部において、筐体の内壁と分離膜2との間は、グラファイト等からなるシールリング3によりシールされ、気体の漏出が防止されている。アクリル酸含有ガスをアクリル酸含有ガス導入用配管4から分離装置内へ供給すると、水蒸気など比較的小さい分子は分離膜2の細孔を透過して、膜透過ガス排出用配管6から排出される。一方、アクリル酸分子など比較的大きい分子は分離膜2の細孔を透過することができず、アクリル酸濃縮ガス排出用配管5からアクリル酸濃縮ガスとして取り出される。この様にして、水蒸気量が低減され且つ目的化合物であるアクリル酸が濃縮されたガスを得ることができる。
【0038】
分離膜のガス導入側とガス透過側では、圧力差を設けることが好ましい。例えば、膜分離装置のガス導入側圧力を0.1MPa超、1MPa以下(絶対圧)、ガス透過側圧力を0.005MPa以上、0.1MPa以下(絶対圧)に調整することができる。膜分離時の温度は、ガス成分が凝集しないよう調整することが好ましい。具体的には、膜分離装置内の温度を100℃超、200℃以下程度に調整することが好ましい。
【0039】
分離膜のガス導入側とガス透過側で圧力差を設けない場合は、透過側に導入ガスの水蒸気濃度よりも水蒸気濃度の低いガスを流通させることにより、ガス導入側とガス透過側の水蒸気分圧に分圧差を設けることで、水蒸気の透過を促進することもできる。
【0040】
本工程の膜分離処理により、アクリル酸含有ガスから水蒸気が効果的に除去され、アクリル酸の濃度が向上し且つ水蒸気の濃度が低減される。
【0041】
3.捕集/凝縮工程
本工程では、気相での水蒸気分離工程を経てアクリル酸含有ガスと捕集溶媒を接触させるか、或いは同アクリル酸含有ガスを凝縮させることにより、アクリル酸水溶液を得る。
【0042】
捕集操作は、一般的に、アクリル酸含有ガスを捕集塔の下部へ導入し、且つ捕集塔の上部から捕集溶媒を導入することによりアクリル酸含有ガスと捕集溶媒とを対向接触させ、アクリル酸などの可溶成分を捕集溶媒中に捕集してアクリル酸水溶液を得るものである。また、凝縮操作は、アクリル酸含有ガスを凝縮塔へ導入し、冷却によりアクリル酸含有ガスを凝縮させることによりアクリル酸水溶液を得るものである。いずれの場合でも、気相での水蒸気分離工程と本工程を経て得られるアクリル酸水溶液のアクリル酸濃度は、気相での水蒸気分離工程を経ずに得られるアクリル酸水溶液に比べて、高いといえる。
【0043】
4.アクリル酸精製工程
本工程では、上記捕集/凝縮工程で得られたアクリル酸水溶液からアクリル酸を精製する。アクリル酸の精製方法としては一般的な方法を用いればよいが、例えば、アルデヒド類などの低沸点不純物を除去するためのストリッピング、水や酢酸などの低沸点不純物を除去するための共沸脱水、アクリル酸の蒸留、および晶析によるアクリル酸の結晶化から選択される1以上の精製操作を行うことが好ましい。この際、本発明ではアクリル酸水溶液の水濃度が低減され、相対的にアクリル酸濃度が向上しているため、上記各精製操作における負荷が低減されている。
【実施例
【0044】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明するが、本発明はもとより下記実施例によって制限を受けるものではなく、前・後記の趣旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術的範囲に包含される。
【0045】
実施例1
(1)触媒調製例1
蒸留水2000部を加熱攪拌しつつ、モリブデン酸アンモニウム500部を溶解した(A液)。別に500部の蒸留水に硝酸コバルト412部および硝酸ニッケル124部を溶解させた(B液)。また別に、100部の蒸留水に硝酸第二鉄191部を溶解させた(C液)。更に別途、150部の蒸留水に65wt%濃硝酸25部を加えて酸性とした溶液に、硝酸ビスマス172部を溶解させた(D液)。加熱攪拌しつつA液にB液、C液、D液を順次滴下し、更に硝酸カリウム1.2部、酸化アルミニウム48.1部、および酸化ホウ素7.4部を加えて懸濁液を得た。このようにして得られた懸濁液を加熱しつつ攪拌することにより、乾固した。得られた乾固物を200℃で乾燥した後、250μm以下に粉砕し、触媒前駆体を得た。転動造粒機に平均粒径5.0mmのシリカ-アルミナ球状担体4kgを投入し、次いで結合剤として30質量%硝酸アンモニウム水溶液と共に触媒前駆体を90℃の熱風を通しながら投入し、12kgの担持体を得た。得られた担持体全量を箱型焼成炉に仕込み、空気を1リットル/分で炉内に導入しながら480℃で6時間熱処理をすることにより、Mo12Bi1.5Fe2Co6Ni1.80.05Al40.9の組成を有する触媒1を得た。この触媒の担持率(触媒活性成分質量/担体成分質量)は約150質量%であった。
【0046】
(2)触媒調製例2
蒸留水4000部を加熱攪拌しながら、その中にパラモリブデン酸アンモニウム650部、メタバナジン酸アンモニウム144部、パラタングステン酸アンモニウム108部を溶解した。別に水400部を加熱攪拌しながら、硝酸銅222部を溶解した。得られた2つの水溶液を混合し、更に三酸化アンチモン44.7部および酸化アルミニウム156部を添加し、懸濁液を得た。このようにして得られた懸濁液をドラムドライヤーにて乾燥することにより、顆粒状粉体を得た。得られた顆粒状粉体を250μm以下に粉砕し、触媒前駆体を得た。遠心流動コーティング装置に平均粒径4.5mmのシリカ-アルミナ球形担体8kgを投入し、次いで結合剤として20質量%硝酸アンモニウム水溶液と共に触媒前駆体を90℃の熱風を通しながら投入し、11.5kgの担持体を得た。得られた担持体全量を箱型焼成炉に仕込み、空気を0.1L/分で炉内に導入しながら390℃で5時間熱処理をして、Mo1241.3Cu3Sb1Al10の組成を有する触媒2を得た。この触媒2の担持率は約33質量%であった。
【0047】
(3)イソプロパノールからのアクリル酸製造
U字型ステンレス製反応管1に150mLの触媒1を充填し、別の同サイズのU字型ステンレス反応管2に触媒2を75mL充填した。反応管1の出口と反応管2の入口を接続し、反応管1は340℃、反応管2は260℃に別々の熱媒浴で加熱した。80質量%のイソプロパノール水溶液を0.5g/分で150℃に加熱した気化器に供給して気化した後、空気40mL/分(標準状態)を加えて反応原料ガスとした。反応原料ガスの濃度は、イソプロパノール5体積%、水5体積%、酸素18.8体積%、窒素71.2体積%であった。この反応原料ガスを反応管1の入口に供給して反応を行った。
反応管2出口ガスを分析した結果、イソプロパノール転化率は100%で、反応管2出口ガス濃度は、アクリル酸3.9体積%、酢酸0.1体積%、一酸化炭素0.9体積%、二酸化炭素1.7体積%、水16.1体積%、酸素8.7体積%、窒素68.6体積%であった。この出口ガスを氷水で冷却して凝縮成分を回収したところ、アクリル酸50.3質量%、酢酸1.5質量%、水48.2質量%のアクリル酸含有水溶液が得られた。
【0048】
(4)アクリル酸含有ガスからの水分除去
上記反応管2出口ガスと同組成のモデルガスを調製し、多孔性シリカ膜を装填した膜分離装置に導入してアクリル酸含有ガスからの水分除去を行った。多孔性シリカ膜はイーセップ社製シリカ膜(BTESE)を用いた。当該シリカ膜の中心細孔径を、ヘリウム、二酸化炭素、窒素、CF4、およびSF6を使った200℃での単成分ガス透過試験により測定したところ、0.3~0.4nmであった。また、当該シリカ膜の酸強度pKaを、ハメット試薬を用いて測定したところ、+4.8以上、+7.2未満であった。
圧力を0.1115MPa(絶対圧)に調整した導入ガスを膜分離装置に導入した。透過側は0.0304MPa(絶対圧)に減圧し、分離膜を透過したガス成分を膜分離装置から連続的に排出した。膜分離装置は150℃の恒温槽内に設置し、膜分離装置へのガス供給ラインとガス排出ラインも150℃に加温してガス成分の凝縮が起こらないようにした。
具体的には、図1に模式的に示す分離装置1を用いて、アクリル酸含有ガスからの水分除去を行った。円筒型の分離装置1の内部には、分離膜2として円筒型の多孔性シリカ膜が配置されている。分離装置中、分離膜の有効面積は75.4cm2であった。多孔性シリカ膜の両端はグラファイト製リング3でシールした。配管4を通して0.1115MPa(絶対圧)に昇圧されたアクリル酸含有ガスを、12mL/分(標準状態)の速度で分離膜2の外側表面に供給した。分離膜2を透過したガス成分は、分離膜2の内側に移動し、透過ガスとして配管6から取り出した。他方、分離膜2の外側表面に供給されたが、分離膜2を透過しなかったガス成分は、配管5を通って分離装置1より濃縮ガスとして取り出された。各ガスの成分のモル流速を測定した結果を表1に示す。
【0049】
【表1】
【0050】
表1に示される結果の通り、水、酸素および窒素は分離膜を透過して透過側に移行したが、アクリル酸、酢酸、一酸化炭素、二酸化炭素の透過量はごく少なかった。濃縮ガスの水のモル流速は、導入ガスの水のモル流速の14.5%となり、除去率は85.5%であった。分離膜を透過したアクリル酸のモル流速は、導入ガスのアクリル酸のモル流速の0.97%で、分離膜での水除去操作におけるアクリル酸のロスはごく少なかった。
使用した分離膜の水の透過率を算出すると1.59×10-6kmol/s・m2・kPa、アクリル酸透過率は2.39×10-9kmol/s・m2・kPaであり、アクリル酸の透過率に対する水の透過率の比は664であった。透過側へ移動したアクリル酸量は、膜分離装置に供給されたアクリル酸の0.97%と僅かであり、分離膜によりアクリル酸含有ガスから効果的に水を除去できることが分かった。
【0051】
配管5を通って分離装置1より取り出された濃縮ガスを氷水で冷却して凝縮成分を回収したところ、アクリル酸84.5質量%、酢酸2.6質量%、水12.9質量%のアクリル酸含有混合水溶液が得られた。
反応器出口ガスを直接冷却してアクリル酸を回収した場合と、膜分離装置による水分除去を実施後に冷却してアクリル酸を回収した場合に得られたアクリル酸含有混合水溶液の成分濃度を表2にまとめた。
【0052】
【表2】
【0053】
表2に示される結果の通り、反応器出口ガスを直接冷却してアクリル酸を回収する場合に比べて、膜分離装置による水分除去を行った後に冷却してアクリル酸を回収すると、回収アクリル酸混合水溶液中の水分含有量が顕著に低減される。その結果、その後の蒸留や晶析によるアクリル酸精製工程でのエネルギー使用量が大きく低減される。よって、本発明方法によれば、イソプロパノールからアクリル酸を経済的に製造することが可能となる。
【符号の説明】
【0054】
1:分離装置, 2:分離膜, 3:シールリング,
4:アクリル酸含有ガス導入用配管, 5:アクリル酸濃縮ガス排出用配管,
6:膜透過ガス排出用配管
図1