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特許7537892高Crフェライト系耐熱鋼用被覆アーク溶接棒
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-13
(45)【発行日】2024-08-21
(54)【発明の名称】高Crフェライト系耐熱鋼用被覆アーク溶接棒
(51)【国際特許分類】
   B23K 35/365 20060101AFI20240814BHJP
   B23K 35/30 20060101ALI20240814BHJP
【FI】
B23K35/365 E
B23K35/30 330A
【請求項の数】 3
(21)【出願番号】P 2020050856
(22)【出願日】2020-03-23
(65)【公開番号】P2020163468
(43)【公開日】2020-10-08
【審査請求日】2022-11-01
(31)【優先権主張番号】P 2019058117
(32)【優先日】2019-03-26
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000001199
【氏名又は名称】株式会社神戸製鋼所
(74)【代理人】
【識別番号】110002000
【氏名又は名称】弁理士法人栄光事務所
(72)【発明者】
【氏名】小山田 宏美
(72)【発明者】
【氏名】高内 英亮
(72)【発明者】
【氏名】村西 良昌
(72)【発明者】
【氏名】難波 茂信
(72)【発明者】
【氏名】宮村 剛夫
【審査官】小森 重樹
(56)【参考文献】
【文献】特開2018-122329(JP,A)
【文献】特開2002-146484(JP,A)
【文献】特開平07-278761(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 35/365
B23K 35/30
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
鋼製心線と、該心線を被覆する被覆剤と、を有する被覆アーク溶接棒であって、
被覆アーク溶接棒全質量あたり、
C:0.04質量%以上0.12質量%以下、
Si:0.8質量%以上2.0質量%以下、
Mn:0.3質量%以上1.0質量%以下、
Ni:0.01質量%以上1.00質量%以下、
Cr:6.0質量%以上7.6質量%以下、
Mo:0.02質量%以上0.20質量%以下、
V:0.1質量%以上0.3質量%以下、
Co:1.8質量%以上4.0質量%以下、
B:0.04質量%以上0.12質量%以下、
Nb:0.05質量%以上0.35質量%以下、
W:1.0質量%以上2.5質量%以下、
N:0.01質量%以上0.03質量%以下、
Fe:50質量%以上80質量%以下、
及びスラグ形成剤を含有し、
前記Wの含有量と前記Coの含有量との合計が2.8質量%以上であり、
前記スラグ形成剤が、被覆アーク溶接棒全質量あたり、15質量%以上35質量%以下であることを特徴とする被覆アーク溶接棒。
【請求項2】
被覆アーク溶接棒全質量あたり、
P:0.05質量%以下、
S:0.008質量%以下、
Cu:0.10質量%以下、
Ti:0.5質量%以下、
Al:0.10質量%以下のいずれか一つを満たすことを特徴とする請求項1に記載の被覆アーク溶接棒。
【請求項3】
前記被覆剤の被覆率が20%以上45%以下であることを特徴とする請求項1又は2に記載の被覆アーク溶接棒。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、高Crフェライト系耐熱鋼の溶接に適した被覆アーク溶接棒に関する。
【背景技術】
【0002】
被覆アーク溶接は、心線に被覆剤と呼ばれるフラックスや保護材などを設けた被覆アーク溶接棒(単に、「溶接棒」や「手棒」などと呼称されることもある)を電極とし、母材との間にアークを発生させ、アーク熱で溶接棒と母材を溶融させることにより、対象物を接合する溶接方法である。被覆アーク溶接は、シールドガスを必要としない最も簡素な溶接方法であり、風が強い屋外などでも溶接することができ、各種製造工場、ビル、船舶、車両などで広く用いられている。
【0003】
被覆アーク溶接等により製造される構造物のうち、例えば、発電用ボイラー及びタービン並びに各種耐熱耐圧鋼管は、高温高圧の条件下で使用されることから、特に、高温強度及び耐割れ性が優れていることを要求される。高Crフェライト系耐熱鋼はこのような要求に対して開発されたものであり、これに使用される被覆アーク溶接棒も各施工方法において提案がなされている。例えば、特許文献1には、クリープ破断特性及び靱性が優れた溶接金属を得ることができる被覆アーク溶接棒が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2018-122329号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
しかしながら、上記のようなボイラー等の構造物の蒸気温度及び蒸気圧は、熱効率向上の観点からますます高くなっており、特に、溶接金属の高温強度については更なる向上が要求されている。
【0006】
本発明は、上述した状況に鑑みてなされたものであり、溶接部において必要とされる靱性を確保しつつ、高温強度が優れた溶接金属を得ることができる高Crフェライト系耐熱鋼用被覆アーク溶接棒を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0007】
本発明の一態様に係る高Crフェライト系耐熱鋼用被覆アーク溶接棒は、
鋼製心線と、該心線を被覆する被覆剤と、を有する被覆アーク溶接棒であって、
被覆アーク溶接棒全質量あたり、
C:0.04質量%以上0.12質量%以下、
Si:0.8質量%以上2.0質量%以下、
Mn:0.3質量%以上1.0質量%以下、
Ni:0.01質量%以上1.00質量%以下、
Cr:6.0質量%以上7.6質量%以下、
Mo:0.02質量%以上0.20質量%以下、
V:0.1質量%以上0.3質量%以下、
Co:1.8質量%以上4.0質量%以下、
B:0.04質量%以上0.12質量%以下、
Nb:0.05質量%以上0.35質量%以下、
W:1.0質量%以上2.5質量%以下、
N:0.01質量%以上0.03質量%以下、
Fe:50質量%以上80質量%以下、
及びスラグ形成剤を含有し、
前記Wの含有量と前記Coの含有量との合計が2.8質量%以上である。
【0008】
上記高Crフェライト系耐熱鋼用被覆アーク溶接棒は、
被覆アーク溶接棒全質量あたり、
P:0.05質量%以下、
S:0.008質量%以下、
Cu:0.10質量%以下、
Ti:0.5質量%以下、
Al:0.10質量%以下のいずれか一つを満たすことが好ましい。
【0009】
また、上記高Crフェライト系耐熱鋼用被覆アーク溶接棒は、前記被覆剤の被覆率が20%以上45%以下であることが好ましい。
【0010】
さらに、上記高Crフェライト系耐熱鋼用被覆アーク溶接棒は、前記スラグ形成剤が、被覆アーク溶接棒全質量あたり、15質量%以上35質量%以下であることが好ましい。
【発明の効果】
【0011】
本発明によれば、溶接部において必要とされる靱性を確保しつつ、高温強度が優れた溶接金属を得ることができる高Crフェライト系耐熱鋼用被覆アーク溶接棒を提供することができる。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明を実施するための形態について詳細に説明する。なお、本発明は、以下に説明する実施形態に限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲において、任意に変更して実施することができる。
【0013】
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究した結果、強度を向上させる効果を有するWの含有量を増加させると、脆性組織であるδフェライトが生成されやすくなり、これが溶接金属の靱性を低下させるため、Wの含有量とともに、δフェライトの生成を抑制する効果を有するCoの含有量、そして、これらの合計の含有量を適切に調整し、更に、溶接金属の高温強度に影響を与える元素である、Ni、Cr、V及びBの含有量をバランスよく制御することにより、所望の靱性を確保しつつ、高温強度が優れた溶接金属を得ることができることを見出した。
【0014】
〔被覆アーク溶接棒の組成〕
以下、本実施形態に係る被覆アーク溶接棒について、その成分添加理由及び組成限定理由について詳細に説明する。なお、下記の成分は、鋼製心線及び被覆剤の一方に添加してもよく、あるいは両方に添加してもよい。また、以下における被覆アーク溶接棒中の各合金成分量(%)は、被覆アーク溶接棒全質量あたりの含有量として質量%で表している。
【0015】
<C:0.04質量%以上0.12質量%以下>
Cは、炭化物を形成し、溶接金属のクリープ破断特性を改善するのに寄与する元素である。
C含有量が0.04質量%未満では、上記効果を十分に得ることができない。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するC含有量は0.04質量%以上とし、好ましくは0.07質量%以上とする。
一方、C含有量が0.12質量%を超えると、炭化物が粗大化しすぎて溶接金属の靭性が低下することがある。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するC含有量は0.12質量%以下とし、好ましくは0.11質量%以下とする。
なお、Cを被覆剤から添加する場合は、他の金属原料に含有させて添加することができる。
【0016】
<Si:0.8質量%以上2.0質量%以下>
Siは、脱酸剤として機能して、溶接金属の強度及び靱性を向上させる効果を有する元素である。
Si含有量が0.8質量%未満では、上記効果を十分に得ることができない。また、Siは溶接時の作業性向上に寄与する元素であり、Si量が0.8質量%未満であると溶接作業性が劣化して溶接金属中に欠陥が生じる。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するSi含有量は0.8質量%以上とし、好ましくは1.2質量%以上とする。
一方、Si含有量が2.0質量%を超えると、溶接金属の過剰な強度上昇が生じ、靭性の劣化を招く。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するSi含有量は2.0質量%以下とし、好ましくは1.6質量%以下とする。
なお、本実施形態において、Siとは、金属又は合金のSi換算値とSiOのSi換算値との総量を示す。また、Siを被覆剤から添加する場合は、Fe-Si等により添加することができる。
【0017】
<Mn:0.3質量%以上1.0質量%以下>
Mnは、脱酸剤として機能して、溶接金属の強度及び靱性を向上させる効果を有する元素である。
Mn含有量が0.3質量%未満では、溶接時にδフェライトが生成しやすくなり、生成したδフェライトは溶接後熱処理を施しても消失しないため、溶接時に生成したδフェライトが溶接金属のクリープ破断特性及び靭性に悪影響をおよぼす可能性がある。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するMn含有量は0.3質量%以上とし、好ましくは0.4質量%以上とする。
一方、Mnはオーステナイト生成元素であるため、Mn含有量が1.0質量%を超えると、熱処理中に逆変態オーステナイトを生成し、靱性が劣化する。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するMn含有量は1.0質量%以下とし、好ましくは0.8質量%以下とする。
なお、Mnを被覆剤から添加する場合は、Fe-Mn等により添加することができる。
【0018】
<Ni:0.01質量%以上1.00質量%以下>
Niはオーステナイト生成元素であり、靱性に悪影響を及ぼすフェライトの生成を抑制する効果を有する元素である。また、Niはマトリクス中の合金元素の拡散を促進する元素でもある。
Ni含有量が0.01質量%未満では、上記効果を十分に得ることができない。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するNi含有量は0.01質量%以上とし、好ましくは0.30質量%以上とする。
一方、Ni含有量が1.00質量%を超えるとBの拡散が助長され、Cr、Fe及びMo等の金属元素をMと表記したとき、M23で表される炭化物粒子(以下、単に「M23粒子」ともいう)のオストワルド成長が進行しやすくなり、溶接金属のクリープ破断特性が劣化する。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するNi含有量は1.00質量%以下とし、好ましくは0.90質量%以下とする。
なお、Niを被覆剤から添加する場合は、Fe-Ni等により添加することができる。
【0019】
<Cr:6.0質量%以上7.6質量%以下>
Crは、本実施形態に係る被覆アーク溶接棒の溶接対象である、高Crフェライト系耐熱鋼に含有される主要合金元素である。また、Crは、M23粒子を形成し、溶接金属のクリープ破断特性を改善するとともに、溶接金属の耐酸化性及び耐食性等を確保するために必要不可欠である。
Cr含有量が6.0質量%未満では、上記溶接金属の特性を十分に確保することができない。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するCr含有量は6.0質量%以上とし、好ましくは6.5質量%以上とする。
一方、Cr含有量が7.6質量%を超えると、溶接時にδフェライトが生成しやすくなり、生成したδフェライトは溶接後熱処理を施しても消失しないため、溶接時に生成したδフェライトが溶接金属のクリープ破断特性及び靭性の改善に悪影響をおよぼす可能性がある。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するCr含有量は7.6質量%以下とし、好ましくは7.1質量%以下とする。
なお、Crを被覆剤から添加する場合は、Fe-Cr等により添加することができる。
【0020】
<Mo:0.02質量%以上0.20質量%以下>
Moは、固溶強化により溶接金属のクリープ破断特性を改善する元素である。
Mo含有量が0.02質量%未満では、上記効果を十分に得ることができない。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するMo含有量は0.02質量%以上とし、好ましくは0.06質量%以上とする。
一方、Moが0.20質量%を超えると、溶接時にδフェライトが生成しやすくなり、生成したδフェライトは溶接後熱処理を施しても消失しないため、溶接時に生成したδフェライトが溶接金属のクリープ破断特性及び靭性の改善に悪影響をおよぼす可能性がある。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するMo含有量は0.20質量%以下とし、好ましくは0.18質量%以下とする。
なお、Moを被覆剤から添加する場合は、Fe-Mo等により添加することができる。
【0021】
<V:0.1質量%以上0.3質量%以下>
Vは、MX型炭窒化物([M:Nb、V]、[X:C、N])を形成して溶接金属のクリープ破断特性を改善する元素である。また、MX型炭窒化物としてNを固定することで、BNとして生成するB量を減らす効果があり、M23粒子に溶け込むB量を増加させることで、M23粒子のオストワルド成長を抑制する。
V含有量が0.1質量%未満では、上記効果を十分に得ることができない。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するV含有量は0.1質量%以上とし、好ましくは0.12質量%以上とする。
一方、V含有量が0.3質量%を超えると、溶接時にδフェライトが生成するとともに、高温でのMX型炭窒化物のオストワルド成長を招き、その結果、溶接金属のクリープ破断特性及び靭性が劣化する。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するV含有量は0.3質量%以下とし、好ましくは0.28質量%以下とする。
なお、Vを被覆剤から添加する場合は、他の金属原料に含有させて添加することができる。
【0022】
<Co:1.8質量%以上4.0質量%以下>
Coは、溶接時にδフェライトが生成することを抑制し、溶接金属のクリープ破断特性及び靭性を改善する元素である。本実施形態では、溶接金属の強度を高める一方で、δフェライトの生成を促進させるW含有量の上限を2.5質量%とし、δフェライトの生成を抑制する効果を有するCoの含有量を調整することにより、必要とされる靱性を確保しつつ、溶接金属の高温強度を高めることができる。
Co含有量が1.8質量%未満では、上記効果を十分に得ることができない。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するCo含有量は1.8質量%以上とし、好ましくは2.0質量%以上であり、より好ましくは2.2質量%以上とする。
一方、Coが4.0質量%を超えると、溶接金属の強度の過大な上昇を招き、靭性を劣化させる。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するCo含有量は4.0質量%以下とし、好ましくは3.9質量%以下であり、より好ましくは3.8質量%以下とする。
なお、Coは、被覆剤から添加する場合はFe-Co等により添加することができる。
【0023】
<B:0.04質量%以上0.12質量%以下>
Bは、M23粒子に溶け込むことで、M23粒子のオストワルド成長を抑制し、溶接金属のクリープ破断特性を改善する効果を有する元素である。
B含有量が0.04質量%未満では、上記効果を十分に得ることができない。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するBは0.04質量%以上とし、好ましくは0.05質量%以上とする。
一方、B含有量が0.12質量%を超えると、溶接金属の強度が過大に上昇し、必要とされる靭性が確保できなくなる。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するB含有量は0.12質量%以下とし、好ましくは0.11質量%以下とする。
なお、Bを被覆剤から添加する場合は、他の金属原料に含有させて添加することができる。
【0024】
<Nb:0.05質量%以上0.35質量%以下>
Nbは、MX型窒化物を形成して、溶接金属のクリープ破断特性を改善する効果を有する元素である。
Nb含有量が0.05質量%未満では、上記効果を十分に得ることができない。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するNb含有量は0.05質量%以上とし、好ましくは0.07質量%以上とする。
一方、Nb含有量が0.35質量%を超えると、溶接金属の強度の過大な上昇を招き、靭性を劣化させる。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するNb含有量は0.35質量%以下とし、好ましくは0.30質量%以下とする。
なお、Nbを被覆剤から添加する場合は、他の金属原料に含有させて添加することができる。
【0025】
<W:1.0質量%以上2.5質量%以下>
Wは、Moと同様に、固溶強化元素として溶接金属のクリープ破断特性を改善する効果を有するとともに、高温でLaves相として粒界に析出し、粒界におけるB拡散を妨げることにより、M23粒子のオストワルド成長を抑制する作用が期待される元素である。
W含有量が1.0質量%未満では、上記効果を十分に得ることができない。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するW含有量は1.0質量%以上とし、好ましくは1.2質量%以上であり、より好ましくは1.5質量%以上とする。
一方、被覆アーク溶接棒中にWが過剰に含有されていると、溶接時にδフェライトが生成しやすくなり、生成したδフェライトは溶接後熱処理を施しても消失しないため、溶接時に生成したδフェライトが溶接金属のクリープ破断特性及び靭性の改善に悪影響をおよぼす可能性がある。
ただし、本実施形態では上述の通り、W含有量の上限を2.5質量%とし、δフェライトの生成を抑制する効果を有するCoの含有量とともに調整することにより、必要とされる靱性を確保しつつ、溶接金属の強度を高めることができる。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するW含有量は2.5質量%以下とし、好ましくは2.3質量%以下であり、より好ましくは2.1質量%以下とする。
なお、Wを被覆剤から添加する場合は、Fe-W等により添加することができる。
【0026】
<[W]+[Co]:2.8質量%以上>
上述の通り、Wは溶接金属の強度を高める効果を有する元素であるが、δフェライトの生成を促進させて溶接金属の靱性を低下させる元素でもある。一方、Coはδフェライトの生成を抑制する効果を有するため、溶接金属の強度を高めるためにW含有量を増加させた場合であっても、Coの含有量を調整することにより、溶接金属の靱性の低下を防止することができる。
被覆アーク溶接棒全質量に対するWの含有量を[W]、Coの含有量を[Co]としたとき、W及びCoの各含有量が上記範囲に調整されているとともに、[W]+[Co](Wの含有量とCoの含有量との合計)が2.8質量%以上であれば、靱性を確保しつつ、高温強度が優れた溶接金属を得ることができる。
なお、[W]+[Co]は3.0質量%以上であることが好ましく、3.6質量%以上であることがより好ましく、4.2質量%超であることが特に好ましい。
【0027】
<N:0.01質量%以上0.03質量%以下>
Nは、Nbと同様に、MX型炭窒化物を形成して、溶接金属のクリープ破断特性を改善する効果を有する元素である。
N含有量が0.01質量%未満では、上記効果を十分に得ることができない。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するN含有量は0.01質量%以上とし、好ましくは0.012質量%以上とする。
一方、N含有量が0.03質量%を超えると、溶接金属の強度の過大な上昇を招き、靭性を劣化させる。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するN含有量は0.03質量%以下とし、好ましくは0.028質量%以下とする。
なお、Nを被覆剤から添加する場合は、他の金属原料に含有させて添加することができる。
【0028】
<P:0.05質量%以下(0質量%を含む)>
Pは、高温割れを高める元素であり、溶接金属の形成過程におけるような凝固温度範囲及びその直下の温度において、P含有量が0.05質量%以下では、高温割れを抑制できる。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するP含有量は、好ましくは0.05質量%以下とし、より好ましくは0.01質量%以下、特に好ましくは0.008質量%以下とする。
【0029】
<S:0.008質量%以下(0質量%を含む)>
Sは高温割れ感受性を高める元素であり、S含有量が0.008質量%以下では、溶接金属の高温割れを抑制できる。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するS含有量は、好ましくは0.008質量%以下とし、より好ましくは0.006質量%以下とする。
【0030】
<Cu:0.10質量%以下(0質量%を含む)>
Cuは、オーステナイト生成元素であり、靱性に悪影響を及ぼすδフェライトの生成を抑制する効果を有する。
Cu含有量が0.10質量%以下であると、溶接金属の耐割れ性が向上するとともに、クリープ強度が向上する。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するCu含有量は、好ましくは0.10質量%以下とし、より好ましくは0.05質量%以下、特に好ましくは0.03質量%以下とする。
なお、Cu含有量は、0.001質量%以上であることが好ましく、0.005質量%以上であることがより好ましい。
【0031】
<Ti:0.5質量%以下(0質量%を含む)>
Tiは、MX型炭窒化物を形成し、溶接金属のクリープ破断特性の改善に寄与する元素である。
Ti含有量が0.5質量%以下では、溶接金属の強度が過大になることを抑制し、靭性が向上する。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するTi含有量は、好ましくは0.5質量%以下とし、より好ましくは0.1質量%以下、特に好ましくは0.08質量%以下とする。
なお、Ti含有量は、0.001質量%以上であることが好ましく、0.005質量%以上であることがより好ましい。
【0032】
<Al:0.10質量%以下(0質量%を含む)>
Alは、脱酸剤として作用する元素である。
Al含有量が0.10質量%以下では、粗大な酸化物の生成が抑制され、溶接金属の靭性が向上する。したがって、被覆アーク溶接棒全質量に対するAl含有量は、好ましくは0.10質量%以下とし、より好ましくは0.05質量%以下、特に好ましくは0.04質量%以下とする。
なお、Al含有量は、0.001質量%以上であることが好ましく、0.01質量%以上であることがより好ましい。
【0033】
<残部>
本実施形態に係る被覆アーク溶接棒は、上記元素の他に、Fe及びスラグ形成剤を含有する。スラグ形成剤は、スラグ形成を主目的とするものの他に、アーク安定剤やガス発生剤としての目的を兼ねるものも含まれる。スラグ形成剤としては、CaCO、CaF、BaCO、BaF、SiO、KO、Al、CaSO等が挙げられる。
スラグ形成剤は、被覆アーク溶接棒全質量あたり、15質量%以上とすることが好ましく、20質量%以上とすることがより好ましい。スラグ形成剤は、被覆アーク溶接棒全質量あたり、35質量%以下とすることが好ましく、30質量%以下とすることがより好ましい。
本実施形態に係る被覆アーク溶接棒は、Fe含有量を、被覆アーク溶接棒全質量あたり、50質量%以上とし、55質量%以上とすることが好ましく、60質量%以上とすることがより好ましい。Fe含有量は、被覆アーク溶接棒全質量あたり、80質量%以下とし、75質量%以下とすることが好ましく、70質量%以下とすることがより好ましい。
また、不可避的不純物としては、Zr、Li、Sn、Sb及びAs等が挙げられる。なお、上記説明した成分の他に、本発明の効果を逸脱しない範囲で他の成分を含有してもよい。
【0034】
本実施形態に係る被覆アーク溶接棒において、C、Si、Mn、Ni、Cr、Mo、V、Co、B、Nb、W、N、Fe及びスラグ形成剤の合計は、被覆アーク溶接棒全質量あたり、90質量%以上であることが好ましく、93質量%以上であることがより好ましく、96質量%以上であることがさらに好ましく、98質量%以上であることが特に好ましい。
【0035】
次に、心線及び被覆率について説明する。
〔心線〕
本実施形態における心線は特に限定されないが、例えば直径が2.6mm~6.0mmのものを使用することができ、特に直径が4.0mmのものを好適に使用できる。
【0036】
〔被覆率〕
本実施形態において、被覆剤の心線外周への被覆率は、特に限定はされないが、被覆剤の強度確保等の観点から、例えば20%以上とすることが好ましく、25%以上とすることがより好ましく、30%以上とすることが特に好ましい。また、アーク安定性等の観点から、例えば45%以下とすることが好ましく、40%以下とすることがより好ましく、36%以下とすることが特に好ましい。
【0037】
〔被覆アーク溶接棒の製造方法〕
上述した被覆アーク溶接棒の製造方法としては、特に限定されるものではない。例えば、被覆剤原料を水ガラスとともに混練し、これを心線外周に塗布し、乾燥及び焼成を行うことにより、本実施形態に係る被覆アーク溶接棒を製造することができる。
【実施例
【0038】
以下、発明例及び比較例を挙げて本発明についてより詳細に説明するが、本発明はこれに限定されるものではない。
【0039】
[被覆アーク溶接棒の製造]
直径が5.0mm、4.0mmである2種類の心線を準備し、各心線の外周に34%の被覆率で被覆剤を塗布、乾燥させることにより、下記表1に示す成分組成(残部は、Fe、スラグ形成剤及び不可避的不純物など)及び心線の直径を有する被覆アーク溶接棒を製作した。なお、表1に示す各化学成分の含有量は、被覆アーク溶接棒全質量あたりの含有量として質量%で表している。
【0040】
【表1】
【0041】
[溶接]
次に、上記被覆アーク溶接棒を使用して、軟鋼の鋼板に対して3層バタリングを実施した。このとき、裏当て材部分は2層バタリングとした。その後、所定の条件で本溶接し、740~780℃の温度で溶接後熱処理(PWHT:Post Weld Heat Treatment)を実施した。心線の直径が5.0mm、4.0mmそれぞれの場合における、母材、溶接条件及びPWHT条件を、下記表2に示す。
【0042】
【表2】
【0043】
[評価]
続いて、下記表3に示す温度及び時間でのPWHT後の溶接金属について、次の各種試験を行い、溶接金属の高温強度及び靱性、更に耐割れ性を評価した。各種試験の評価結果を下記表3に併せて示す。
【0044】
<高温強度>
PWHT後の溶接金属について、JIS Z3111に準じて650℃での高温引張試験を実施し、0.2%耐力を算出した。なお、得られた値が220MPa以上のものを合格とした。
【0045】
<靱性>
PWHT後の溶接金属について、JIS Z2242に準じて20℃でシャルピー衝撃試験を実施することにより、吸収エネルギーvE(J)を測定し、靱性を評価した。なお、測定により得られた吸収エネルギーが15J以上となる溶接金属を靱性が良好であると評価した。
【0046】
<耐割れ性>
PWHT後の溶接金属について、ビード表面を目視で割れの有無を観察することにより、耐割れ性を評価した。なお、割れがなかったものを合格とした。
【0047】
【表3】
【0048】
上記表1及び表3に示すように、発明例A~Gは、被覆アーク溶接棒中の全ての化学成分の含有量が本発明の範囲内であるため、これらの被覆アーク溶接棒を使用して溶接した結果、必要とされる靱性を確保しつつ、高温強度及び耐割れ性が優れた溶接金属を得ることができた。
【0049】
一方、比較例Hは被覆アーク溶接棒中のSi及びVの含有量が本発明範囲の下限未満であるとともに、Ni含有量が本発明範囲の上限を超えている。
また、比較例Iは被覆アーク溶接棒中のCr含有量が本発明範囲の下限未満であるとともに、Ni含有量が本発明範囲の上限を超えている。
さらに、比較例Jは被覆アーク溶接棒中のB含有量が本発明範囲の下限未満である。
したがって、比較例H~Jはいずれも、高温強度が低いものとなった。
【0050】
以上詳述したように、本発明によれば、溶接部において必要とされる靱性を確保しつつ、高温強度が優れた溶接金属を得ることができる高Crフェライト系耐熱鋼用被覆アーク溶接棒を提供することができる。