(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-13
(45)【発行日】2024-08-21
(54)【発明の名称】トランス用多層絶縁電線
(51)【国際特許分類】
H01B 7/00 20060101AFI20240814BHJP
H01B 7/02 20060101ALI20240814BHJP
【FI】
H01B7/00 303
H01B7/02 A
(21)【出願番号】P 2020073285
(22)【出願日】2020-04-16
【審査請求日】2023-04-17
(73)【特許権者】
【識別番号】323004813
【氏名又は名称】株式会社TOTOKU
(74)【代理人】
【識別番号】110003904
【氏名又は名称】弁理士法人MTI特許事務所
(74)【代理人】
【識別番号】100117226
【氏名又は名称】吉村 俊一
(72)【発明者】
【氏名】羽生 勝夫
(72)【発明者】
【氏名】北沢 弘
(72)【発明者】
【氏名】駒村 昇平
(72)【発明者】
【氏名】仲條 裕一
(72)【発明者】
【氏名】清水 佑騎
(72)【発明者】
【氏名】宮下 誠
【審査官】北嶋 賢二
(56)【参考文献】
【文献】実開平04-108809(JP,U)
【文献】実開平03-110721(JP,U)
【文献】特開平10-223052(JP,A)
【文献】特開2009-043495(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
H01B 7/00
H01B 7/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
長手方向に延びる1本の素線で構成された導体と、該導体の外周に設けられた絶縁被膜とを有するインバータ用トランスに用いられる絶縁電線であって、前記絶縁被膜は、押出積層された2層のフッ素樹脂層で構成され、前記導体の直径が0.08~0.30mmの範囲内であり、前記絶縁被膜の厚さが0.05~0.10mmの範囲内である、ことを特徴とするトランス用多層絶縁電線。
【請求項2】
前記2層のフッ素樹脂層が、同一材料である、請求項1に記載のトランス用多層絶縁電線。
【請求項3】
前記2層のフッ素樹脂層は、第1層目のフッ素樹脂層の厚さが0.02~0.06mmの範囲内であり、第2層目のフッ素樹脂層の厚さが0.02~0.06mmの範囲内である、請求項1又は2に記載のトランス用多層絶縁電線。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、トランス用多層絶縁電線に関し、さらに詳しくは、インバータ内のトランス等に用いられる、高い耐熱性と耐電圧と柔軟性とを備えたトランス用多層絶縁電線に関する。
【背景技術】
【0002】
ハイブリッド車や電気自動車等には、インバータを有したモーター駆動装置が搭載されている。インバータは、数kHz~数十kHzでスイッチングを行い、パルス毎にサージ電圧を発生してモーターの回転速度を変えて駆動させる装置である。インバータを備えた装置として、高速スイッチング素子、インバータモーター、変圧器等の電気機器を挙げることができる。これら電気機器は、エナメル線からなる絶縁電線を用いたコイルを有している。
【0003】
そうしたコイルには出力電圧の2倍近い電圧がかかる。コイルに高電圧が印加されると、絶縁電線を構成する絶縁被膜の表面で部分放電(コロナ放電)が発生しやすくなる。部分放電の発生により、局部的な温度上昇やオゾン等の発生が引き起こされ易くなり、その結果、絶縁被膜が劣化し、絶縁電線及びその絶縁電線で作製されたモーターの寿命が短くなるという問題が生じていた。
【0004】
部分放電開始電圧を高めるため、例えば特許文献1には、断面が矩形状である導体の外周に、少なくとも1層の厚膜エナメル焼付層と、その外側に少なくとも1層の押出被覆樹脂層とを有する絶縁ワイヤが提案されている。また、特許文献2,3のように、絶縁被膜をフッ素樹脂等の低誘電率材料で構成することも提案されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2008-226853号公報
【文献】特開2010-284895号公報
【文献】特開2014-32885号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、上記した絶縁被膜を厚膜化したりフッ素樹脂で形成したりすると、柔軟性が悪くなりやすい。特にハイブリッド車や電気自動車で用いるインバータのトランス等に用いられる絶縁電線には、曲げ部分でクラックが生じて絶縁耐圧を低下させないため、耐熱性と共に高い耐電圧と柔軟性が要求されている。
【0007】
本発明は、上記課題を解決するためになされたものであって、その目的は、インバータ内のトランス等に用いられる、高い耐熱性と耐電圧と柔軟性とを備えたトランス用多層絶縁電線を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本発明に係るトランス用多層絶縁電線は、導体と、該導体の外周に設けられた絶縁被膜とを有するインバータ用トランスに用いられる絶縁電線であって、前記絶縁被膜は、押出積層された2層以上のフッ素樹脂層を有する、ことを特徴とする。
【0009】
この発明によれば、フッ素樹脂層を有するので耐熱性に優れるとともに、2層以上積層された厚被膜となるので十分な絶縁耐圧を確保できるとともに屈曲後の耐電圧も高くすることができる。また、押出によって積層されているので、各層の境界面で滑ることができ、柔軟性を実現できる。また、2層以上の押出積層なので、押出時にフッ素樹脂の熱容量を小さくでき、導体表面の酸化やめっきの劣化等を防止できる。さらに、フッ素樹脂層を多層積層したことで、巻線負荷がかかって外層が損傷等した場合であっても、外層が内層との境界面で滑って巻線負荷を分散させることができるとともに、皺も生じにくく、形状を安定させることができる。
【0010】
本発明に係るトランス用多層絶縁電線において、前記2層以上のフッ素樹脂層が、同一材料である。こうすることにより、レーザー剥離装置等での出力を一定にした効率的な端末剥離作業を実現できる。
【0011】
本発明に係るトランス用多層絶縁電線において、前記導体の直径が0.08~0.30mmの範囲内であり、前記絶縁被膜の厚さが0.05~0.10mmの範囲内である。こうすることにより、トランスの体積を2000~13000mm3に小型化できるとともに、十分な絶縁耐圧を確保できる。
【0012】
本発明に係るトランス用多層絶縁電線において、前記絶縁被膜は2層のフッ素樹脂層で構成され、第1層目の厚さが0.02~0.06mmの範囲内であり、第2層目の厚さが0.02~0.06mmの範囲内である。特に同じ厚さであることが好ましい。
【発明の効果】
【0013】
本発明によれば、インバータ内のトランス等に用いられる、高い耐電圧と柔軟性を備えたトランス用多層絶縁電線を提供することができる。
【図面の簡単な説明】
【0014】
【
図1】本発明に係るトランス用多層絶縁電線の一例を示す説明図である。
【
図2】
図1に示すトランス用多層絶縁電線の断面図である。
【発明を実施するための形態】
【0015】
本発明に係るトランス用多層絶縁電線について図面を参照しつつ説明する。なお、本発明は、その技術的特徴を有する限り各種の変形が可能であり、以下の説明及び図面の形態に限定されない。
【0016】
[トランス用多層絶縁電線]
本発明に係るトランス用多層絶縁電線(以下「多層絶縁電線」という。)10は、
図1及び
図2に示すように、導体1と、導体1の外周に設けられた絶縁被膜2とを有するインバータ用トランスに用いられる絶縁電線10であって、絶縁被膜2は、押出積層された2層以上のフッ素樹脂層2A,2Bを有する。
【0017】
この多層絶縁電線10は、フッ素樹脂層を有するので耐熱性に優れるとともに、2層以上積層された厚被膜となるので十分な絶縁耐圧を確保できるとともに屈曲後の耐電圧も高くすることができる。また、押出によって積層されているので、各層の境界面で滑ることができ、柔軟性を実現できる。また、2層以上の押出積層なので、押出時に樹脂の熱容量を小さくでき、導体表面の酸化やめっきの劣化等を防止できる。さらに、フッ素樹脂層を多層積層したことで、巻線負荷がかかって外層が損傷した場合であっても、外層が内層との境界面で滑って巻線負荷を分散させることができるとともに、皺も生じにくく、形状を安定させることができる。
【0018】
以下、各構成について説明する。
【0019】
(導体)
導体1は、多層絶縁電線10、特にトランス用の多層絶縁電線10の中心導体として適用されているものであれば特に限定されず、どのような種類の導体でもよく、材質や撚り構成も問わない。例えば、長手方向に延びる1本の素線で構成されたものでもよいし、数本の素線を撚り合わせて構成されたものでもよいし、リッツ線として構成されたものであってもよい。素線は、良導電性金属であればその種類は特に限定されないが、銅線、銅合金線、アルミニウム線、アルミニウム合金線、銅アルミニウム複合線等の良導電性の金属導体、又はそれらの表面にめっき層が施されたものを好ましく挙げることができる。コイル用の観点からは、銅線、銅合金線が特に好ましい。めっき層としては、はんだめっき層、錫めっき層、金めっき層、銀めっき層、ニッケルめっき層等が好ましい。さらに、導体としては、絶縁・酸化防止用等のエナメル層等で覆われていてもよい。素線の断面形状も特に限定されないが、断面形状が円形又は略円形の線材であってもよいし、矩形形状であってもよい。
【0020】
導体1の断面形状も特に限定されないが、円形(楕円形を含む。)であってもよいし矩形等であってもよい。導体1の外径も特に限定されないが、例えば、円形の素線は0.08~0.30mm程度であることが好ましい。
【0021】
(絶縁被膜)
絶縁被膜2は、
図1及び
図2に示すように、導体1の外周に設けられ、押出積層された2層以上のフッ素樹脂層2A,2Bを有している。フッ素樹脂層を構成するフッ素樹脂は特に限定されないが、例えば、PFA、ETFE、FEP等を挙げることができる。これらフッ素樹脂は耐熱性に優れるので、多層絶縁電線に高い耐熱性を持たせることができる。また、フッ素樹脂は低誘電率であるので、部分放電開始電圧を高める点でも有利である。2層以上のフッ素樹脂層が、同一材料であることが好ましい。こうすることにより、レーザー剥離装置等での出力を一定にした効率的な端末剥離の作業を実現できる。
【0022】
絶縁被膜2は2層以上のフッ素樹脂層で構成されている。こうすることにより、絶縁被膜2を厚くすることができ、十分な絶縁耐圧を確保できるとともに屈曲後の耐電圧も高くすることができる。絶縁被膜2の合計厚さは、0.05~0.10mmの範囲内であることが好ましく、作製後のトランスの体積を2000~13000mm3に小型化できるとともに、十分な絶縁耐圧を確保できる。なお、絶縁被膜2が2層のフッ素樹脂層で構成されている場合、第1層目の厚さが0.02~0.06mmの範囲内であり、第2層目の厚さが0.02~0.06mmの範囲内であることが好ましく、特に同じ厚さであることが好ましい。同じ厚さにすることにより、製造条件(押出条件や剥離条件等)を同じにすることができ、効率的に製造しやすい。
【0023】
絶縁被膜2は、2層押出で形成したものであっても3層押出で形成したものであってもよいが、あまり多層にすると製造コストがアップすることから、2層押出で形成したものであることが好ましい。特に本発明では、押出によって2層のフッ素樹脂層が積層されている。フッ素樹脂層の押出層同士は、焼付け被膜のような層間密約していないでの、フッ素樹脂層の境界面で滑ることができ、柔軟性を実現できる。そして、トランス製造時に巻線負荷がかかって外層のフッ素樹脂層が損傷等した場合であっても、外層のフッ素樹脂層が内層のフッ素樹脂層との境界面で滑って巻線負荷を分散させることができるとともに、皺も生じにくく、形状を安定させることができる。
【0024】
また、2層以上(好ましくは2層)としたので、押出温度が比較的高めのフッ素樹脂であっても個々の層の押出時での熱容量を小さくでき、導体表面の酸化やめっきの劣化等を防止できる。なお、多層絶縁電線10の最外周には、さらに絶縁外被(図示しない)が必要に応じて設けられていてもよい。
【実施例】
【0025】
実施例により、本発明をさらに具体的に説明する。本発明は、以下の実施例に限定されるものではなく、当業者は本発明の範囲内で種々の変更、修正及び改変を行い得る。
【0026】
[実施例1]
厚さ0.35μmの錫めっきを設けた直径0.120mmの錫めっき銅線の外周に、1層目を厚さ30μmのPFA押出層(フッ素樹脂層2A)とし、2層目も厚さ30μmのPFA押出層(フッ素樹脂層2B)とし、総外径0.240mmの多層絶縁電線10を作製した。得られた多層絶縁電線10の導体抵抗を抵抗計にて測定し、1.534Ω/mであった。また、絶縁破壊電圧は、2本撚りして耐電圧試験器にて測定し、12.8~14.8kVの範囲内であった。
【0027】
[実施例2]
実施例1の多層絶縁電線10の錫めっき銅線に代えて、厚さ0.35μmの錫めっきを設けた直径0.180mmの錫めっき銅線を用いた。それ以外は実施例1と同様にして総外径0.300mmの多層絶縁電線10を作製した。得られた多層絶縁電線10の導体抵抗は0.670Ω/mであり、絶縁破壊電圧は12.2~15.0kVの範囲内であった。
【0028】
[実施例3]
実施例1の多層絶縁電線10の錫めっき銅線に代えて、厚さ0.35μmの錫めっきを設けた直径0.260mmの錫めっき銅線を用いた。それ以外は実施例1と同様にして総外径0.380mmの多層絶縁電線10を作製した。得られた多層絶縁電線10の導体抵抗は0.334Ω/mであり、絶縁破壊電圧は13.1~15.3kVの範囲内であった。
【0029】
[比較例1]
実施例1の多層絶縁電線10において、1層目を厚さ60μmのPFA押出層(フッ素樹脂層2A)とし、2層目のフッ素樹脂層(フッ素樹脂層2B)は設けなかった。それ以外は実施例1と同様にして総外径0.240mmの絶縁電線を作製した。得られた絶縁電線の導体抵抗は1.534Ω/mであり、絶縁破壊電圧は12.5~14.5kVの範囲内であった。
【0030】
[比較例2]
実施例1の多層絶縁電線10において、1層目を厚さ30μmのPFA押出層(フッ素樹脂層2A)とし、2層目のフッ素樹脂層(フッ素樹脂層2B)は設けなかった。それ以外は実施例1と同様にして総外径0.180mmの絶縁電線を作製した。得られた絶縁電線の導体抵抗は1.534Ω/mであり、絶縁破壊電圧は6.4~7.4kVの範囲内であった。
【0031】
[比較例3]
実施例1の多層絶縁電線10において、厚さ0.35μmの錫めっきを設けた直径0.260mmの錫めっき銅線を用い、さらに1層目を厚さ60μmのPFA押出層(フッ素樹脂層2A)とし、2層目のフッ素樹脂層(フッ素樹脂層2B)は設けなかった。それ以外は実施例1と同様にして総外径0.380mmの絶縁電線を作製した。得られた絶縁電線の導体抵抗は0.334Ω/mであり、絶縁破壊電圧は12.3~15.3kVの範囲内であった。
【0032】
[巻線負荷を加えた際の耐電圧試験]
実施例3の多層絶縁電線10と比較例3の絶縁電線について、巻線負荷を加えた際の耐電圧試験を行った。試験は、JIS C3215-0-1(2014)及びJIS C3216-3(2011)に準拠し、マンドレル径を0.26mmとして試験(n=5)した。その結果、実施例3では平均7.88kVであり、比較例3は7.02kVであった。この結果は、同じ厚さであっても、実施例3は2層のフッ素樹脂層からなる押出層で絶縁被膜が形成されているので、境界面で滑ることができ、柔軟性が向上し、高い耐電圧を実現できた。
【符号の説明】
【0033】
1 導体
2 絶縁被膜
2A 第1層
2B 第2層
10 トランス用多層絶縁電線