(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-14
(45)【発行日】2024-08-22
(54)【発明の名称】塑性加工方法および塑性加工装置
(51)【国際特許分類】
B21C 1/00 20060101AFI20240815BHJP
B21C 9/00 20060101ALI20240815BHJP
C21D 7/02 20060101ALI20240815BHJP
【FI】
B21C1/00 L
B21C9/00 A
C21D7/02 D
(21)【出願番号】P 2020109571
(22)【出願日】2020-06-25
【審査請求日】2023-04-25
(73)【特許権者】
【識別番号】000125369
【氏名又は名称】学校法人東海大学
(74)【代理人】
【識別番号】110002790
【氏名又は名称】One ip弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】窪田 紘明
(72)【発明者】
【氏名】秋元 雄天
【審査官】池田 安希子
(56)【参考文献】
【文献】特開平02-163320(JP,A)
【文献】特開昭50-019617(JP,A)
【文献】特開2001-353516(JP,A)
【文献】特開2008-093673(JP,A)
【文献】特開平11-117047(JP,A)
【文献】特開平04-362140(JP,A)
【文献】特開平05-117765(JP,A)
【文献】特開平04-339514(JP,A)
【文献】特開平09-164421(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B21C 1/00 - 19/00
C21D 7/02
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
棒線材を伸長方向に引っ張りながら前記棒線材を連続的に塑性加工する塑性加工方法であって、
前記棒線材を加熱する加熱工程と、
前記加熱工程後に前記棒線材を冷却する冷却工程と、
前記冷却工程後にダイスを用いて塑性加工を行う加工工程と、
前記加工工程後に前記ダイスの出側で前記棒線材を自然冷却する自然冷却工程と、を含み、
前記ダイスの内径をDとしたときに、前記冷却工程における冷却時間をtとすると、前記内径Dと前記冷却時間tは下記式(101)を満たす、塑性加工方法。
-0.00000277×
D
3
+0.001069085×
D
2
+0.00936692×D≦t≦-0.00001224×
D
3
+0.004235175×
D
2
+0.042723045×D ・・・(101)
ここで、前記内径Dの単位はmmであり、前記冷却時間の単位は秒である。
【請求項2】
前記冷却工程において、冷却終了位置における、前記棒線材の表面温度と前記棒線材の中心温度との差は50℃以上である、請求項1に記載の塑性加工方法。
【請求項3】
前記冷却工程において用いられる冷却媒体の温度と、前記冷却工程において冷却される直前の前記棒線材の表面温度との差は、100℃以上である、請求項1または2に記載の塑性加工方法。
【請求項4】
前記冷却媒体は、水、液体窒素、ドライアイス、空気および液体潤滑剤の少なくともいずれかを含む、請求項3に記載の塑性加工方法。
【請求項5】
前記冷却工程において冷却処理の完了から、前記加工工程における前記ダイスの内径Dの位置への到達までの時間は、0.1秒以下である、請求項1~4のいずれか1項に記載の塑性加工方法。
【請求項6】
前記加熱工程における加熱は、高周波誘導加熱、ヒーターによる加熱並びに前記加熱工程の前段階における塑性加工時に生じた塑性変形および摩擦の少なくともいずれかによる加熱の少なくともいずれかを含む、請求項1~5のいずれか1項に記載の塑性加工方法。
【請求項7】
前記棒線材は鉄鋼材料により形成され、
前記加熱工程における加熱温度は、記鉄鋼材料のオーステナイト変態温度以下である、請求項1~6のいずれか1項に記載の塑性加工方法。
【請求項8】
前記加工工程における塑性加工は、前記ダイスを用いた引抜き加工を含む、請求項1~7のいずれか1項に記載の塑性加工方法。
【請求項9】
棒線材を伸長方向に引っ張りながら前記棒線材を連続的に塑性加工する塑性加工装置であって、
前記棒線材を前記伸長方向に引っ張る引抜き機構と、
前記棒線材を加熱する加熱機構と、
前記加熱機構により加熱された前記棒線材を冷却する冷却機構と、
前記冷却機構により冷却された前記棒線材を加工するダイスと、
前記ダイスにより加工された後の前記棒線材を自然冷却する自然冷却機構と、を備え、
前記ダイスの内径をDとしたときに、前記冷却機構における冷却時間をtとすると、前記内径Dと前記冷却時間tは下記式(102)を満たす、塑性加工装置。
-0.00000277×
D
3
+0.001069085×
D
2
+0.00936692×D≦t≦-0.00001224×
D
3
+0.004235175×
D
2
+0.042723045×D ・・・(102)
ここで、前記内径Dの単位はmmであり、前記冷却時間の単位は秒である。
【請求項10】
前記引抜き機構による前記棒線材の引抜き速度をVとし、
前記冷却機構における冷却帯長さをLcとすると、
下記式(103)を満たす、請求項9に記載の塑性加工装置。
Lc=V×t ・・・(103)
ここで、前記引抜き速度Vの単位はm/秒であり、前記冷却帯長さの単位はmである。
【請求項11】
前記冷却機構は、送り方向に沿って並設され、冷却媒体を射出する複数の冷却ノズルを備え、
前記冷却帯長さLcは、前記冷却ノズルによる射出の有無を制御することにより調整される、請求項10に記載の塑性加工装置。
【請求項12】
前記冷却帯長さLcは固定であり、
前記引抜き速度Vが可変に調整される、請求項10に記載の塑性加工装置。
【請求項13】
冷却終了位置における前記棒線材の表面温度を計測する第1の温度計測手段を備え、
前記冷却終了位置における、前記第1の温度計測手段により得られる前記棒線材の表面温度と、前記棒線材の中心温度との差は50℃以上である、請求項9~12のいずれか1項に記載の塑性加工装置。
【請求項14】
前記冷却機構の入側を通過する前記棒線材の表面温度を計測する第2の温度計測手段を備え、
前記冷却機構において用いられる冷却媒体の温度と、前記冷却機構の入側を通過する前記棒線材の表面温度との差は、100℃以上である、請求項9~13のいずれか1項に記載の塑性加工装置。
【請求項15】
前記冷却媒体は、水、液体窒素、ドライアイス、空気および液体潤滑剤の少なくともいずれかを含む、請求項11または14に記載の塑性加工装置。
【請求項16】
前記冷却機構の冷却終了位置から前記ダイスの内径Dの位置への到達までの時間は、0.1秒以下となるように前記引抜き機構が制御される、請求項9~15のいずれか1項に記載の塑性加工装置。
【請求項17】
前記加熱機構による加熱は、高周波誘導加熱、ヒーターによる加熱および前記加熱機構の前段階における塑性加工時に生じた塑性変形または摩擦による加熱の少なくともいずれかを含む、請求項9~16のいずれか1項に記載の塑性加工装置。
【請求項18】
前記ダイスは、引抜き加工に用いられるダイスである、請求項9~17のいずれか1項に記載の塑性加工装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、棒線材の塑性加工方法および塑性加工装置に関する。
【背景技術】
【0002】
機械製品や自動車等に用いられる棒材や、エレベータやロープウェイのケーブル等に用いられる線材(併せて棒線材と呼ぶ)は、主に引抜き加工により生産される。この引抜き加工においては、加工後の棒線材の表面付近と中心付近において、それぞれ引張の残留応力と圧縮の残留応力が発生することが知られている(例えば非特許文献1)。素材に生じる残留応力は、二次加工や熱処理の際の変形の原因となりうるため、残留応力の低減が求められている。
【0003】
例えば、特許文献1には、引抜き加工後に棒線材に対してショットピーニングを行い、表面に圧縮応力を付与する技術が開示されている。特許文献2には、引抜き加工において複数のダイスにより段階的に減面し、表面の残留応力を低減させる技術が開示されている。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開平2-163320号公報
【文献】特開2001-353516号公報
【非特許文献】
【0005】
【文献】訓谷法仁,浅川基男,塑性と加工,日本塑性加工学会,38-433(1997),p.147-152
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1に開示された技術においては、表面の残留応力を制御できるものの、棒線材の断面全体の残留応力の制御は困難である。また、特許文献2に開示された技術においては、段付きダイスが必要であり、塑性加工の自由度が十分でない。
【0007】
そこで、本開示は上記問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、棒線材の残留応力による影響をより容易に低減させることが可能な塑性加工方法および塑性加工装置を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本開示によれば、棒線材を伸長方向に引っ張りながら前記棒線材を連続的に塑性加工する塑性加工方法であって、前記棒線材を加熱する加熱工程と、前記加熱工程後に前記棒線材を冷却する冷却工程と、前記冷却工程後にダイスを用いて塑性加工を行う加工工程と、を含み、前記ダイスの内径をDとしたときに、前記冷却工程における冷却時間をtとすると、前記内径Dと前記冷却時間tは下記式(101)を満たす、塑性加工方法。が提供される。
-0.00000277×D3+0.001069085×D2+0.00936692×D≦t≦-0.00001224×D3+0.004235175×D2+0.042723045×D ・・・(101)
ここで、前記内径Dの単位はmmであり、前記冷却時間の単位は秒である。
【0009】
また、本開示によれば、棒線材を伸長方向に引っ張りながら前記棒線材を連続的に塑性加工する塑性加工装置であって、前記棒線材を前記伸長方向に引っ張る引抜き機構と、前記棒線材を加熱する加熱機構と、前記加熱機構により加熱された前記棒線材を冷却する冷却機構と、前記冷却機構により冷却された前記棒線材を加工するダイスと、を備え、前記ダイスの内径をDとしたときに、前記冷却機構における冷却時間をtとすると、前記内径Dと前記冷却時間tは下記式(102)を満たす、塑性加工装置が提供される。
-0.00000277×D3+0.001069085×D2+0.00936692×D≦t≦-0.00001224×D3+0.004235175×D2+0.042723045×D ・・・(102)
ここで、前記内径Dの単位はmmであり、前記冷却時間の単位は秒である。
【発明の効果】
【0010】
本開示によれば、棒線材の残留応力による影響をより容易に低減させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】従来の引抜き加工後の棒線材の残留応力分布の一例を示す図である。
【
図2】本開示の一実施形態に係る塑性加工方法における原理例を示す概要図である。
【
図3】本原理に基づいて得られる棒線材の残留応力分布の第1の例を示す図である。
【
図4】本原理に基づいて得られる棒線材の残留応力分布の第2の例を示す図である。
【
図5】同実施形態に係る塑性加工方法を実現する構成の一例を示す概要図である。
【
図6】同実施形態に係る塑性加工方法における冷却時間tの適正範囲を示すためのグラフである。
【
図7】同実施形態に係る塑性加工装置1の一例を示す構成図である。
【
図8】同実施形態の一変形例に係る冷却機構3の構成を説明するための図である。
【
図9】同実施形態の他の変形例に係る冷却機構3の構成を説明するための図である。
【
図10】棒線材の残留応力を推定するためのサンプルの一例を示す図である。
【
図11】本実施例に係る棒線材のサンプルの開き幅の比較結果を示す図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下に添付図面を参照しながら、本開示の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
【0013】
まず、本開示の一実施形態に係る塑性加工方法の概要について説明する。
図1は、従来の引抜き加工後の棒線材の残留応力分布の一例を示す図である。一般に、棒線材に対して引抜き加工を行うと、加工中の変形が不均一であることから、表面には引張の残留応力が生じ、中心付近には圧縮の残留応力が生じ得る。このような残留応力の分布が生じた棒線材を二次加工したり熱処理すると、かかる加工や処理の際に予期せぬ変形が生じることがある。
【0014】
そこで、本実施形態に係る塑性加工方法では、棒線材を加熱した後に、所定の条件で冷却処理を行い、その後ダイスによる塑性加工を行う。この方法では、主に冷却により生じる棒線材の表面付近と中心付近の温度差を利用して、表面付近と中心付近の残留応力をコントロールすることができる。
【0015】
図2は、本実施形態に係る塑性加工方法における原理例を示す概要図である。
図2に示すように、棒線材(Bar)の加熱(Heating)により一様に加熱された後、強制的な冷却を比較的短時間行う。そうすると、
図2に示すように、ダイの入側への棒線材の進入時において、棒線材の表面付近と中心付近との間に温度勾配が生じ得る。すなわち、棒線材の表面付近は冷却により温度が低下する一方で、棒線材の中心付近は熱を保持している状態となる。
【0016】
かかる温度勾配を保持したままダイスにより引抜き加工が行われた後、自然冷却により表面付近と中心付近との温度勾配は小さくなる。かかる自然冷却の過程において、棒線材の中心付近が遅れて冷却されることで、棒線材の中心付近において熱収縮が生じ得る。かかる熱収縮により、中心付近には引張方向の応力が生じ、その影響を受けて表面に圧縮方向の応力が生じ得る。これにより、表面の引張の残留応力が低減される。
【0017】
図3は、本原理に基づいて得られる棒線材の残留応力分布の第1の例を示す図である。また、
図4は、本原理に基づいて得られる棒線材の残留応力分布の第2の例を示す図である。
図3に示す例では、棒線材の表面の引張の残留応力が
図1に示す例よりも低減している。また、
図4に示す例では、棒線材の表面には圧縮の残留応力が生じている。上述した原理によれば、
図3や
図4に示すような残留応力分布を実現することも可能である。なお、
図3および
図4に示す残留応力分布は、あくまで理想条件のもとで実現し得るものであり、本実施形態に係る塑性加工方法による効果の一例にすぎない。
【0018】
本発明者らが複数の棒線材について上記の原理に基づき鋭意検討した結果、ダイスの内径Dと冷却時間tとの関係から、棒線材の表面の引張残留応力を効果的に低減させることが可能であることを見出した。かかる方法によれば、簡易な構成により容易に棒線材の残留応力を制御することができる。
【0019】
なお、本実施形態では、棒線材を形成する素材は鉄鋼材料として説明するが、本技術はかかる例に限定されない。棒線材は、塑性加工が可能な素材であれば、特に限定されない。また、本実施形態に係る塑性加工方法の加工対象である棒線材の断面形状は特に限定されない。
【0020】
図5は、本実施形態に係る塑性加工方法を実現する構成の一例を示す概要図である。
図5に示すように、本実施形態に係る塑性加工方法は、加熱工程に用いられる加熱機構2と、冷却工程に用いられる冷却機構3と、加工工程に用いられるダイス4と、棒線材10を伸長方向に送るための引抜き機構5により実現され得る。それぞれ送り方向に沿って、加熱機構2、冷却機構3およびダイス4が設けられる。
【0021】
加熱機構2は、棒線材10を加熱するための機構である。加熱機構2による加熱方法は特に限定されず、例えば加熱機構2は、公知の高周波誘導加熱装置、ヒーター等により実現され得る。なお、加熱機構2は必ずしも設けられなくてもよい。例えば、加熱工程の前段階において棒線材が塑性加工された場合に、塑性加工時における塑性変形および摩擦の少なくともいずれかにより必要な加熱がなされる場合、加熱機構2は設けられない場合もある。他にも、冷却媒体が室温よりも低温である場合には、加熱機構2は設けられない場合もある。例えば、常温の棒線材10に対してドライアイスや液体窒素を用いて冷却して、棒線材10の径方向に温度勾配を付与する場合には、加熱機構2は設けられなくてもよい。
【0022】
冷却機構3は、加熱された棒線材10を冷却するための機構である。冷却機構3による冷却方法や、冷却機構3の態様は特に限定されない。棒線材10の伸長方向(送り方向)における冷却部分の長さを冷却帯長さLcとする。冷却帯長さLcは、冷却開始位置30と冷却終了位置31との間の距離である。冷却時間tは、冷却帯長さLcを通過する時間である。棒線材10の引抜き速度をVとすると、Lc=V×tである。冷却帯長さLcは後述するように、固定されていてもよいし、変動してもよい。
【0023】
冷却機構3に用いられる冷却媒体は特に限定されない。冷却媒体は、気体、液体または固体であってよく、例えば、水、液体窒素、ドライアイス、空気および液体潤滑剤が用いられ得る。この冷却媒体が棒線材10と接触している部分の長さが冷却帯長さLcとなる。
【0024】
ダイス4は、いわゆる引抜き加工用のダイスである。ダイス4の内径Dは、後述する冷却時間tの適正値を決定するために用いられるパラメータである。ここで、ダイス4の入側とは、ダイス4を棒線材10の送り方向に対して側方からみた際の、上流側の面の位置を意味する。
【0025】
なお、本実施形態に係るダイス4は、単純引抜き加工用のダイスであるが、本技術はかかる例に限定されない。棒線材10が送り方向に送られて連続的に塑性加工が行われる方法であれば、例えばダイス4はローラーダイスであってもよい。
【0026】
また、ダイス4の内径Dは、棒線材10の通過部分の送り方向に対する断面形状の縁上の2点および中心部分を通過する線分のうち最短のものの距離である。例えば、該断面形状が楕円であれば、短径が内径Dとなり得る。また、ダイスが棒線材の送り方向に沿って複数設けられている場合は、ダイスの内径Dは、最も下流側に設けられるダイスの内径である。ダイスの断面形状は、加工対象である棒線材10の断面形状に応じて適宜調整され得る。棒線材10の断面形状は、特に限定されず、円、楕円、多角形または任意の閉曲線により構成される形状であり得る。また、本明細書では、ダイス4により塑性加工される棒線材10の加工前の断面積に対する加工後の断面積の減少率を「断面減少率Re(%)」と定義する。
【0027】
引抜き機構5は、棒線材10を送り方向に引き抜くための機構である。引抜き機構5は、例えば、棒線材10の送り方向の先端を把持して棒線材10を引っ張る方向に送るものであり得る。引抜き機構5の態様は特に限定されず、公知の装置により実現され得る。引抜き機構5は、例えば、棒線材10の引抜き速度Vを制御可能に設けられてもよい。引抜き速度Vは固定であってもよいし、変動してもよい。
【0028】
なお、
図5に示す各構成のうち、加熱機構2の加熱帯の長さをLh、加熱機構2の加熱終了位置(出側)と冷却機構3の冷却開始位置30(冷却直前の位置)との距離をG1、冷却機構3の冷却終了位置31(冷却直後の位置)とダイス4の最小径の位置(すなわち内径Dである位置)との距離をG2とする。
【0029】
次に、本実施形態に係る棒線材10の塑性加工方法の一例について説明する。まず、棒線材10は加熱機構2を通過する際に加熱される。加熱温度は特に限定されず、適宜調整され得る。また、例えば棒線材が鉄鋼材料により形成される場合は、加熱温度は、該鉄鋼材料のオーステナイト変態温度以下であることが好ましい。加熱温度をオーステナイト変態温度以下とすることで、鉄鋼材料の組織をできるだけ変えないまま(つまり棒線材10の当初の材質を変えないまま)、塑性加工することができる。例えば、棒線材10の軟化を防ぐことができる。
【0030】
加熱機構2を通過した棒線材10は、次に、冷却機構3を通過する。なお、距離G1については特に限定されないが、略密接状態である場合、冷却機構3から飛散した冷却媒体により加熱機構2による加熱能力に異常が生じる場合がある。距離G1はできるだけ短くして放冷時間を最小限に留めることが好ましいが、上記のような設備間の干渉が生じないように配慮することが好ましい。
【0031】
棒線材10は、冷却機構3を通過する間に冷却される。冷却されるタイミングは、冷却機構3の冷却帯長さLc(すなわち冷却開始位置30と冷却終了位置31)の間である。かかる冷却帯長さLcの通過時間を冷却時間tとする。本発明者らは、冷却時間t(秒)とダイス4の内径D(mm)との関係について鋭意研究し、以下の式(1)で示す適正範囲を得るに至った。
【0032】
-0.00000277×D3+0.001069085×D2+0.00936692×D≦t≦-0.00001224×D3+0.004235175×D2+0.042723045×D ・・・(1)
【0033】
図6は、本実施形態に係る塑性加工方法における冷却時間tの適正範囲を示すためのグラフである。
図6に示すグラフ101は上記式(1)の第1項と第2項において等式である場合のグラフであり、グラフ102は上記式(2)の第2項と第3項において等式である場合のグラフである。かかる2つのグラフの間の領域が冷却時間tの適正範囲である。かかる適正範囲は、冷却機構3における冷却能力を種々に設定して得られたものである。かかる適正範囲を冷却時間tが下回る場合、冷却が十分でないため、棒線材10の表面付近と中心付近との温度勾配が十分に取れず、熱収縮による効果が得られにくい。また、かかる適正範囲を冷却時間tが上回る場合、棒線材10の中心付近の冷却が進行してしまい、棒線材10の表面付近と中心付近との温度勾配が十分に取れず、熱収縮による効果が得られにくい。かかる適正範囲に冷却時間tが含まれるように冷却機構3を制御することにより、ダイス4により引抜き加工された棒線材の表面の引張の残留応力を大きく低減させることができる。
【0034】
なお、冷却機構3における冷却工程において冷却される直前の棒線材の表面温度と、冷却機構3に用いられる冷却媒体の温度との差は、100℃以上であることが好ましい。これにより十分な冷却能力を得ることができ、棒線材10の断面における温度勾配をより十分に設けることができる。冷却される直前の棒線材の表面温度は、冷却機構3の冷却開始地点位置を含む領域の温度分布を計測するサーモグラフィ(第2の温度計測手段の一例)により計測される。
【0035】
また、冷却機構3の冷却終了位置31(つまり冷却処理の完了)からダイス4の内径Dの位置40への到達までの時間は、0.1秒以下であることが好ましい。冷却が終了した直後から、棒線材10の中心から表面への伝熱が開始し、温度勾配が小さくなりうる。そのため、ダイス4による加工のタイミングを短くすることにより、温度勾配を大きく維持したまま、塑性加工することができる。かかる時間が0.1秒以下となるように、距離G2が調整され得る。
【0036】
冷却機構3で冷却された棒線材10は、そのままダイス4に送られ、加工工程に入る。ダイス4の入側を通過して、ダイス4の内側面と接触した棒線材10は引き抜かれて塑性加工される。
【0037】
ここで、冷却終了位置31における、棒線材10の表面温度と棒線材10の中心温度との差は50℃以上であることが好ましい。50℃以上とすることで、ダイス4による塑性加工時において十分な温度勾配をつけることができ、熱収縮による影響を大きく得ることができる。棒線材10の表面温度は、冷却機構3の冷却終了位置31を含む領域の温度分布を計測するサーモグラフィ(第1の温度計測手段の一例)により計測される。
【0038】
なお、棒線材10の中心温度は、直接測定することは困難であるため、本明細書では以下のように計算される。棒線材の表面温度、材質、直径および冷却時間tの条件を用いて、下記式(2)で表す非定常一次元円筒座標系を仮定した熱伝導方程式を解いて温度変化を計算し、冷却終了位置における中心温度を得る。
【0039】
【0040】
ここで、Tは温度(℃)、Qvは発熱密度(W/m3)、ρは密度(kg/m3)、cは比熱(J/kg・K)、λは熱伝導率(W/(m・k))、a=λ/ρcは温度伝導率、rは半径方向の位置(m)である。境界条件として、対流熱伝達境界条件を用いる。熱伝達係数は10000(W/(m2K))を用いる。熱的材料特性値は、代表値として、25℃と加熱温度の間の値、つまり(加熱温度-25℃)/2の値を用いる。
【0041】
以上、本実施形態に係る塑性加工方法について説明した。次に、本実施形態に係る塑性加工方法を実現する塑性加工装置の一例について説明する。
【0042】
図7は、本実施形態に係る塑性加工装置1の一例を示す構成図である。
図7に示すように、塑性加工装置1は、加熱機構2と冷却機構3と、ダイス4と、引抜き機構5と、第1の温度計測手段6と、第2の温度計測手段7と、制御部8とを備える。加熱機構2、冷却機構3、ダイス4および引抜き機構5の機能は既に説明しているため、詳細は省略する。
【0043】
図7に示すように、塑性加工装置1の冷却機構3はダイス4に接続して設けられる。例えば、ダイス4の入側には、冷却機構3に導入される冷却媒体を覆うためのシールド等が設けられ得る。ダイス4は、チップ部41とケース部42とにより構成される。チップ部41は、ケース部42により圧入されて設けられる。チップ部41は、例えば、超硬合金またはダイヤモンド等により形成され得る。また、ケース部42は、一般的な鋼材等により形成され得る。第1の温度計測手段6は、ダイス4の入側における棒線材10の表面温度を計測する。第2の温度計測手段7は、冷却開始位置30における棒線材10の表面温度を計測する。なお、冷却媒体の温度は、不図示の温度計により計測され得る。なお、第1の温度計測手段6において、ダイス4の入側における棒線材10の表面温度の計測が、冷却媒体の飛散等により困難な場合は、ダイス4の出側における棒線材10の表面温度を測定することとしてもよい。
【0044】
制御部8は、塑性加工装置1に設けられる温度計測手段7、8を含むセンサから得た情報を取得し、かかる情報に基づいて、加熱機構2、冷却機構3および引抜き機構5の少なくともいずれかの動作を制御する。かかる制御部9は、CPU(Central Processing Unit)やFPGA(Field-Programmable Gate Array)、ASIC(Application Specific Integrated Circuit)等のプロセッサや、メモリ等を有するコンピュータ等により実現され得る。制御部9は、例えば、冷却機構3の冷却時間tを調整するため、引抜き機構5による棒線材10の引抜き速度や、冷却帯長さLcを調整し得る。また、加熱機構2による加熱処理においては、加熱温度を一定に保つためのフィードバック制御が行われてもよいし、所定の電力に基づく加熱処理が行われてもよい。
【0045】
次に、冷却機構3の変形例について説明する。
図8は、本実施形態の一変形例に係る冷却機構3の構成を説明するための図である。
図8に開示の塑性加工方法を実現するための構成例は、
図5に開示した構成例と同一である。
【0046】
本変形例に係る冷却機構3は、内部を通過する棒線材10の周囲から冷却媒体R1(例えば水等)を不図示の冷却ノズルから射出する構成を備える。冷却ノズルは、棒線材10の送り方向に沿って並設される。この冷却媒体R1の射出の有無(例えば射出領域)を調整することで、冷却帯長さLcを変更することが可能である。
【0047】
図9は本実施形態の他の変形例に係る冷却機構3の構成を説明するための図である。
図9に示す例では、冷却媒体R2は冷却機構3の後半部でのみ射出される。そのため、冷却帯長さLcは
図8に示した長さよりも短くなる。このように、冷却帯長さLcを調整することにより、引抜き速度Vが固定または可変であるかに関わらず、冷却時間tを適正な範囲に調整することができる。冷却帯長さLcを短く調整する場合において、射出する冷却ノズルの位置は、温度勾配を大きくつけるために、下流側であることが好ましい。
【0048】
以上説明したように、本実施形態に係る塑性加工方法によれば、棒線材を加熱した後の冷却工程において、適切な冷却時間により棒線材を冷却することにより、棒線材の表面付近のみが冷却され、表面と中心との温度勾配をつけることができる。この温度勾配がついた状態でダイスにより引抜き加工をすると、加工直後は棒線材の表面に引張の残留応力が生じるものの、中心付近の熱収縮により、放冷とともに棒線材の表面の引張の残留応力が低減し得る。このように、冷却時間の適正化により、塑性加工装置の大幅な構成の変更をしいることなく、容易に棒線材の残留応力の制御が可能となる。
【実施例】
【0049】
次に、本実施形態に係る塑性加工方法の実施例について説明する。
【0050】
塑性加工方法を実現する塑性加工装置は、
図5と同様であり、上流側から、加熱機構2、冷却機構3、ダイス4から構成される。加熱機構2はセラミックファイバーヒーターである。セラミックファイバーのヒーターの長さLhは305mm、内径は25mmである。冷却機構3は、
図7に示すように、ダイス4の入側の手前に設けられた。冷却機構3としては、アルミニウム箔を用いて棒線材10が通過可能な穴を含むシールドを形成し、そのシールドの内側に冷却媒体としての水を供給した。水温は25℃であり、水量は1.7~2.0L/minとした。シールドの位置を調整して、冷却時間tを調整した。
【0051】
ダイス4の内径Dは9.9mmであり、ダイス半角は6.5°とした。棒線材10は中炭素鋼線S45Cとし、直径10mmと11mmの2サンプルを用意した。引抜き速度Vは31mm/秒とした。
【0052】
実験条件は、下記表1および表2のとおりである。なお、参考例は加熱工程および冷却工程を省略して引抜き加工を行った従来の例である。また、実施例は、上記式(1)を満たす冷却時間tによる冷却処理を行った例であり、比較例は、上記式(1)を満たさない冷却時間tによる冷却処理を行った例である。
【0053】
【0054】
【0055】
引抜き加工後の棒線材については、ワイヤ放電加工を行った。
図10は、棒線材の残留応力を推定するためのサンプルの一例を示す図である。
図10に示すように、棒線材のサンプルに対して、伸長方向の端部からl=100mmのスリットをワイヤ放電加工により形成した。そして、下記式(3)に基づき、残留応力σ
rを算出した。参考例より15%以上の残留応力の減少が得られた例をGOOD、15%未満の例をPOORとした。
σr=1.65δER/l
2 ・・・(3)
ここで、δは開き幅、Eはヤング率(205GPa)、Rは棒線材の半径、lはスリット長さである。
【0056】
次に、実験結果について説明する。
図11は、本実施例に係る棒線材のサンプルの開き幅の比較結果を示す図である。
図11に示すサンプルのうち、左側は参考例1の結果であり、右側は実施例1の結果である。
図11に示すように、従来例(Conventional)と比較して、実施例(Proposed)では開き幅が大きく減少した。このことから、本実施例に係る冷却時間tにより冷却をしたことによる残留応力の低下が生じていることがわかる。
【0057】
具体的な残留応力の低下の程度について、表3および表4に示す。表3および表4に示すように、実施例1および2においては、参考例1および2と比較して、残留応力が28~47%も減少した(GOODの例)。一方で、比較例1~4においては、ある程度残留応力の低下は見られるものの、高々10%程度であり、大きな改善は見られない(POORの例)。以上の結果から、本実施例に係る冷却時間tにより冷却をしたことによる残留応力の低下が定量的に明らかである。
【0058】
【0059】
【0060】
以上、添付図面を参照しながら本開示の好適な実施形態について詳細に説明したが、本開示の技術的範囲はかかる例に限定されない。本開示の技術分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本開示の技術的範囲に属するものと了解される。
【0061】
また、本明細書に記載された効果は、あくまで説明的または例示的なものであって限定的ではない。つまり、本開示に係る技術は、上記の効果とともに、または上記の効果に代えて、本明細書の記載から当業者には明らかな他の効果を奏しうる。
【0062】
なお、以下のような構成も本開示の技術的範囲に属する。
(項目1)
棒線材を伸長方向に引っ張りながら前記棒線材を連続的に塑性加工する塑性加工方法であって、
前記棒線材を加熱する加熱工程と、
前記加熱工程後に前記棒線材を冷却する冷却工程と、
前記冷却工程後にダイスを用いて塑性加工を行う加工工程と、
を含み、
前記ダイスの内径をDとしたときに、前記冷却工程における冷却時間をtとすると、前記内径Dと前記冷却時間tは下記式(101)を満たす、塑性加工方法。
-0.00000277×D3+0.001069085×D2+0.00936692×D≦t≦-0.00001224×D3+0.004235175×D2+0.042723045×D ・・・(101)
ここで、前記内径Dの単位はmmであり、前記冷却時間の単位は秒である。
(項目2)
前記冷却工程において、冷却終了位置における、前記棒線材の表面温度と前記棒線材の中心温度との差は50℃以上である、項目1に記載の塑性加工方法。
(項目3)
前記冷却工程において用いられる冷却媒体の温度と、前記冷却工程において冷却される直前の前記棒線材の表面温度との差は、100℃以上である、項目1または2に記載の塑性加工方法。
(項目4)
前記冷却媒体は、水、液体窒素、ドライアイス、空気および液体潤滑剤の少なくともいずれかを含む、項目3に記載の塑性加工方法。
(項目5)
前記冷却工程において冷却処理の完了から、前記加工工程における前記ダイスの内径Dの位置への到達までの時間は、0.1秒以下である、項目1~4のいずれか1項に記載の塑性加工方法。
(項目6)
前記加熱工程における加熱は、高周波誘導加熱、ヒーターによる加熱並びに前記加熱工程の前段階における塑性加工時に生じた塑性変形および摩擦の少なくともいずれかによる加熱の少なくともいずれかを含む、項目1~5のいずれか1項に記載の塑性加工方法。
(項目7)
前記棒線材は鉄鋼材料により形成され、
前記加熱工程における加熱温度は、記鉄鋼材料のオーステナイト変態温度以下である、項目1~6のいずれか1項に記載の塑性加工方法。
(項目8)
前記加工工程における塑性加工は、前記ダイスを用いた引抜き加工を含む、項目1~7のいずれか1項に記載の塑性加工方法。
(項目9)
棒線材を伸長方向に引っ張りながら前記棒線材を連続的に塑性加工する塑性加工装置であって、
前記棒線材を前記伸長方向に引っ張る引抜き機構と、
前記棒線材を加熱する加熱機構と、
前記加熱機構により加熱された前記棒線材を冷却する冷却機構と、
前記冷却機構により冷却された前記棒線材を加工するダイスと、を備え、
前記ダイスの内径をDとしたときに、前記冷却機構における冷却時間をtとすると、前記内径Dと前記冷却時間tは下記式(102)を満たす、塑性加工装置。
-0.00000277×D3+0.001069085×D2+0.00936692×D≦t≦-0.00001224×D3+0.004235175×D2+0.042723045×D ・・・(102)
ここで、前記内径Dの単位はmmであり、前記冷却時間の単位は秒である。
(項目10)
前記引抜き機構による前記棒線材の引抜き速度をVとし、
前記冷却機構における冷却帯長さをLcとすると、
下記式(103)を満たす、項目9に記載の塑性加工装置。
Lc=V×t ・・・(103)
ここで、前記引抜き速度Vの単位はm/秒であり、前記冷却帯長さの単位はmである。
(項目11)
前記冷却機構は、送り方向に沿って並設され、冷却媒体を射出する複数の冷却ノズルを備え、
前記冷却帯長さLcは、前記冷却ノズルによる射出の有無を制御することにより調整される、項目10に記載の塑性加工装置。
(項目12)
前記冷却帯長さLcは固定であり、
前記引抜き速度Vが可変に調整される、項目10に記載の塑性加工装置。
(項目13)
冷却終了位置における前記棒線材の表面温度を計測する第1の温度計測手段を備え、
前記冷却終了位置における、前記第1の温度計測手段により得られる前記棒線材の表面温度と、前記棒線材の中心温度との差は50℃以上である、項目9~12のいずれか1項に記載の塑性加工装置。
(項目14)
前記冷却機構の入側を通過する前記棒線材の表面温度を計測する第2の温度計測手段を備え、
前記冷却機構において用いられる冷却媒体の温度と、前記冷却機構の入側を通過する前記棒線材の表面温度との差は、100℃以上である、項目9~13のいずれか1項に記載の塑性加工装置。
(項目15)
前記冷却媒体は、水、液体窒素、ドライアイス、空気および液体潤滑剤の少なくともいずれかを含む、項目11または14に記載の塑性加工装置。
(項目16)
前記冷却機構の冷却終了位置から前記ダイスの内径Dの位置への到達までの時間は、0.1秒以下となるように前記引抜き機構が制御される、項目9~15のいずれか1項に記載の塑性加工装置。
(項目17)
前記加熱機構による加熱は、高周波誘導加熱、ヒーターによる加熱および前記加熱機構の前段階における塑性加工時に生じた塑性変形または摩擦による加熱の少なくともいずれかを含む、項目9~16のいずれか1項に記載の塑性加工装置。
(項目18)
前記ダイスは、引抜き加工に用いられるダイスである、項目9~17のいずれか1項に記載の塑性加工装置。
【符号の説明】
【0063】
1 塑性加工装置
2 加熱機構
3 冷却機構
4 ダイス
5 引抜き機構