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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-14
(45)【発行日】2024-08-22
(54)【発明の名称】臓器収容容器
(51)【国際特許分類】
   A61B 90/00 20160101AFI20240815BHJP
   A61B 46/20 20160101ALI20240815BHJP
   B65D 81/38 20060101ALI20240815BHJP
【FI】
A61B90/00
A61B46/20
B65D81/38 Z
【請求項の数】 7
(21)【出願番号】P 2020156015
(22)【出願日】2020-09-17
(65)【公開番号】P2022049795
(43)【公開日】2022-03-30
【審査請求日】2023-06-20
(73)【特許権者】
【識別番号】000207551
【氏名又は名称】株式会社SCREENホールディングス
(74)【代理人】
【識別番号】100135013
【弁理士】
【氏名又は名称】西田 隆美
(72)【発明者】
【氏名】虎井 真司
(72)【発明者】
【氏名】吉本 周平
【審査官】槻木澤 昌司
(56)【参考文献】
【文献】特開2020-044287(JP,A)
【文献】特開2016-121804(JP,A)
【文献】特表2018-532480(JP,A)
【文献】特開2019-085452(JP,A)
【文献】特開2005-087597(JP,A)
【文献】特開2019-094315(JP,A)
【文献】中国特許出願公開第107969419(CN,A)
【文献】特許第7406394(JP,B2)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
A61B 90/00
A61B 46/20
B65D 81/38
A01N 1/02
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
臓器を収容する臓器収容容器であって、
開口を有し、前記開口から内側空間へ挿入された臓器を収容可能な袋状または筒状の断熱シート
を有し、
前記断熱シートは、超軟質材料で形成され、
前記断熱シートの硬度は、日本工業規格JIS K 6253-3:2012のデュロメータ硬さ試験方法においてF45以下である、臓器収容容器。
【請求項2】
請求項1に記載の臓器収容容器であって、
前記断熱シートは、スチレン系エラストマーで形成される、臓器収容容器。
【請求項3】
請求項1または請求項2に記載の臓器収容容器であって、
前記断熱シートは、オイルブリードエラストマーで形成される、臓器収容容器。
【請求項4】
請求項1から請求項3までのいずれか1項に記載の臓器収容容器であって、
前記断熱シートは、200%伸長時の引張強さが5.8N/m2以下である、臓器収容容器。
【請求項5】
請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載の臓器収容容器であって、
前記断熱シートは、それぞれが平面視において四角形状を有し、かつ、互いに略同一形状を有して上下方向に重なる、上側シートと下側シートとを含み、
前記上側シートと前記下側シートは、前記四角形状における3辺において互いに固定され、残りの1辺において互いが離間することによって前記開口が形成される、臓器収容容器。
【請求項6】
請求項1から請求項4までのいずれか1項に記載の臓器収容容器であって、
前記断熱シートは、それぞれが平面視において四角形状を有し、かつ、互いに略同一形状を有して上下方向に重なる、上側シートと下側シートとを含み、
前記上側シートと前記下側シートは、前記四角形状における対向する2辺において互いに固定され、残りの2辺において前記上側シートと前記下側シートとが離間することによってそれぞれ前記開口が形成される、臓器収容容器。
【請求項7】
請求項1から請求項6までのいずれか1項に記載の臓器収容容器であって、
前記断熱シートの少なくとも一部は透明であり、外側空間から、前記内側空間に保持された臓器を視認可能である、臓器収容容器。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、臓器を収容する臓器収容容器に関する。
【背景技術】
【0002】
臓器の移植手術では、ドナーから摘出された臓器を、冷却した状態で保存する。これは、常温のまま血流が途絶える、いわゆる温虚血状態になると、臓器内の代謝によって、臓器の劣化が生じやすくなり、手術後に障害が発生するリスクが高まるためである。具体的には、摘出された臓器に対して低温の保存液を注入する、あるいは、臓器の周囲にアイス・スラッシュを投入した生理食塩水を直接ふりかける等の処置により、臓器の温度を低温に維持する。これにより、臓器の代謝を抑制する。
【0003】
しかしながら、レシピエントへの臓器の移植時には、レシピエントの体腔内に臓器を配置して、血管吻合等の処置を行う。このとき、臓器の冷却を継続できないので、レシピエントの体温や外気温によって臓器の温度が上昇し、臓器が徐々に温虚血状態となる。このため、移植手術の執刀者は、可能な限り短時間で血管吻合等の処置を行うか、あるいは、腹腔内に氷等を入れることにより、移植される臓器を低温状態に維持しなければならなかった。後者の場合、臓器だけでなく、執刀者の手先も同時に冷却されることとなり、精密さを求められる血管吻合において不利となる。
【0004】
そこで、本願の発明者は、特許文献1において、レシピエントへの臓器の移植時に、体腔内において袋状の断熱シートからなる臓器収容袋を用いて臓器を保持することによって、臓器の温度上昇を抑制できる技術を提案した。特許文献1の臓器収容袋は、臓器が通過可能な開口部を有し、開口部の縁に沿って設けられた環状の挿通孔に、操作紐が通されている。操作紐を引くと、臓器収容袋の開口部が収縮する。執刀者は、開口部を介して断熱シートの内側に臓器を挿入した後、操作紐を引いて、開口部を閉鎖する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特開2020-044287号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
しかしながら、特許文献1の臓器収容袋は、収容する臓器の大きさや形状に応じて、断熱シートおよび開口部の大きさや形状を設定しなければならない。このため、移植対象となる様々な臓器に対応するために大きさや形状が異なる複数の臓器収容袋を用意しなければならず、コストが増大する虞がある。また、仮に、移植対象となる臓器の大きさや形状に見合わない臓器収容袋を用いると、例えば、臓器収容袋が小さ過ぎて臓器全体を覆うことができず、または、臓器収容袋が大き過ぎて臓器収容袋が臓器のさらに外側に大きく拡がり、術野が狭まったり、執刀者の作業の妨げとなったりする虞がある。
【0007】
本発明は、このような事情に鑑みなされたものであり、レシピエントへの臓器の移植時に、様々な大きさや形状を有する臓器を保持することができ、かつ、執刀者の作業の妨げにもなりにくい医療器具を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0008】
本願の第1発明は、臓器を収容する臓器収容容器であって、開口を有し、前記開口から内側空間へ挿入された臓器を収容可能な袋状または筒状の断熱シートを有し、前記断熱シートは、超軟質材料で形成され、前記断熱シートの硬度は、日本工業規格JIS K 6253-3:2012のデュロメータ硬さ試験方法においてF45以下である。
【0009】
本願の第2発明は、第1発明の臓器収容容器であって、前記断熱シートは、スチレン系エラストマーで形成される。
【0010】
本願の第3発明は、第1発明または第2発明の臓器収容容器であって、前記断熱シートは、オイルブリードエラストマーで形成される。
【0011】
本願の第4発明は、第1発明から第3発明までのいずれか1発明の臓器収容容器であって、前記断熱シートは、200%伸長時の引張強さが5.8N/m2以下である。
【0012】
本願の第5発明は、第1発明から第4発明までのいずれか1発明の臓器収容容器であって、前記断熱シートは、それぞれが平面視において四角形状を有し、かつ、互いに略同一形状を有して上下方向に重なる、上側シートと下側シートとを含み、前記上側シートと前記下側シートは、前記四角形状における3辺において互いに固定され、残りの1辺において互いが離間することによって前記開口が形成される。
【0013】
本願の第6発明は、第1発明から第4発明までのいずれか1発明の臓器収容容器であって、前記断熱シートは、それぞれが平面視において四角形状を有し、かつ、互いに略同一形状を有して上下方向に重なる、上側シートと下側シートとを含み、前記上側シートと前記下側シートは、前記四角形状における対向する2辺において互いに固定され、残りの2辺において前記上側シートと前記下側シートとが離間することによってそれぞれ前記開口が形成される。
【0014】
本願の第7発明は、第1発明から第6発明までのいずれか1発明の臓器収容容器であって、前記断熱シートの少なくとも一部は透明であり、外側空間から、前記内側空間に保持された臓器を視認可能である。
【発明の効果】
【0015】
本願の第1発明~第7発明によれば、超軟質材料で形成された断熱シートを有する臓器収容容器を用いることによって、様々な大きさや形状を有する臓器を保持しつつ、臓器の表面に沿って臓器の表面を覆うことができる。これにより、レシピエントの体温や外気温による臓器の温度上昇を抑制し、障害の発生を抑制できる。また、臓器に何らかの衝撃が加わった場合でも、臓器の損傷を抑制することができる。また、収容する臓器の大きさや形状に対応して、大きさや形状が異なる複数の臓器収容容器を用意する必要がないため、コスト削減に繋がる。さらに、臓器収容容器が臓器のさらに外側に大きく拡がることを抑制できるため、術野を確保しつつ、執刀者の作業の妨げとなることを抑制できる。
【0016】
特に、本願の第2発明および第3発明によれば、断熱シートの外表面がタック性(べたつき性)を有するため、レシピエントの体腔内において周辺の体皮等との間に付着力が働くことにより、臓器を収容する臓器収容容器を体腔内により安定して配置することができる。
【0017】
特に、本願の第4発明によれば、臓器収容容器の伸張に起因する、臓器収容容器の内側空間に保持された臓器に加わる負荷をより軽減できるため、当該負荷による臓器の損傷や劣化をさらに抑制できる。
【0018】
特に、本願の第5発明によれば、臓器収容容器の内側空間から臓器が滑り落ちたり外れたりすることを抑制し、臓器をより安定して保持することができる。
【0019】
特に、本願の第6発明によれば、移植手術において吻合すべき血管が複数方向に延びる臓器を収容する場合でも、これらの血管の向きを大きく変えることなく開口から外側空間へ露出させることができる。
【0020】
特に、本願の第7発明によれば、臓器収容容器の内側空間に保持された臓器の状態を確認しながら作業を行うことができるため、鬱血や壊死等の疾患に繋がる何らかの異常を即座に把握して対処できることにより、これらの疾患の発生リスクを低減できる。
【図面の簡単な説明】
【0021】
図1】臓器収容容器の斜視図である。
図2】臓器収容容器の上面図である。
図3】臓器収容容器の側面図である。
図4】臓器収容容器に臓器を収容する直前の様子を概略的に示した図である。
図5】臓器収容容器に臓器を収容した直後の様子を概略的に示した図である。
図6】臓器収容容器を用いた移植手術の流れを示したフローチャートである。
図7】第2実施形態に係る下側シートの斜視図である。
図8】一変形例に係る下側シートの斜視図である。
図9】他の変形例に係る下側シートの斜視図である。
図10】第3実施形態に係る臓器収容容器の斜視図である。
【発明を実施するための形態】
【0022】
以下、本発明の実施形態について、図面を参照しつつ説明する。なお、以下では、後述する図1図3および図7図10に示すとおり臓器収容容器の上下方向および前後方向を定義する。ただし、当該上下方向および前後方向の定義は、臓器収容容器の使用時における向きを限定するものではない。
【0023】
本願において「ドナー」および「レシピエント」は、ヒトであってもよいし、非ヒト動物であってもよい。すなわち、本願において、「臓器」は、ヒトの臓器であってもよいし、非ヒト動物の臓器であってもよい。また、非ヒト動物は、マウスおよびラットを含む齧歯類、ブタ、ヤギおよびヒツジを含む有蹄類、チンパンジーを含む非ヒト霊長類、その他の非ヒトほ乳動物であってもよいし、ほ乳動物以外の動物であってもよい。
【0024】
<1.第1実施形態>
<1-1.臓器収容容器について>
図1は、第1実施形態に係る臓器収容容器1の斜視図である。図2は、臓器収容容器1の上面図である。図3は、臓器収容容器1を前側(後述する開口100側)から見た側面図である。この臓器収容容器1は、ドナーから摘出された臓器をレシピエント9へ移植する移植手術において、当該移植対象の臓器や、その周辺の臓器を一時的に収容するための容器である。すなわち、臓器収容容器1は、臓器の移植手術に使用されることを目的とした医療器具である。
【0025】
臓器収容容器1は、肝臓、腎臓、大腸、小腸、膵臓、脾臓、肺等を含む様々な臓器90を収容することができる。本実施形態では、臓器収容容器1に、移植対象の臓器90として肝臓を収容することとする。また、臓器収容容器1は、移植対象である臓器90の周辺に位置する臓器(以下「臓器90d」と称する)を収容するためにも用いられる。以下では、当該周辺に位置する臓器90dを収容する臓器収容容器1を、便宜上「臓器収容容器1d」と称することとする。ただし、臓器収容容器1と臓器収容容器1dとは、大きさや形状を含む構造が互いに同一のものである。
【0026】
また、本実施形態では、臓器収容容器1dに、移植対象の臓器90の周辺に位置する臓器90dとして、大腸および小腸を収容することとする。図4は、臓器収容容器1,1dに、移植対象の臓器90や周辺の臓器90dを収容する直前の様子を概略的に示した図である。図5は、臓器収容容器1,1dに、移植対象の臓器90や周辺の臓器90dを収容した直後の様子を概略的に示した図である。
【0027】
図1図3に示すように、臓器収容容器1は断熱シート10を有する。断熱シート10は、上側シート11と下側シート12とを含む。本実施形態では、上側シート11および下側シート12は、それぞれ平面視(上面視)において略四角形状(略長方形状)を有する。また、上側シート11は、平面視における四角形状のうちの3つの辺S111,S112,S113へ向かうにつれて下方へ湾曲する曲面形状を有する。また、下側シート12は、平面視における四角形状のうちの3つの辺S121,S122,S123へ向かうにつれて上方へ湾曲する曲面形状を有する。また、上側シート11および下側シート12は、平面視において互いに略同一形状を有し、互いに上下方向に重なる。
【0028】
また、上側シート11の3辺S111,S112,S113において、それぞれマチ114が形成されている。また、下側シート12の3辺S121,S122,S123において、それぞれマチ124が形成されている。上側シート11の辺S111と下側シート12の辺S121とは、互いに上下方向に重なるマチ114およびマチ124において、熱溶着により固定される。上側シート11の辺S112と下側シート12の辺S122とは、互いに上下方向に重なるマチ114およびマチ124において、熱溶着により固定される。上側シート11の辺S113と下側シート12の辺S123とは、互いに上下方向に重なるマチ114およびマチ124において、熱溶着により固定される。
【0029】
ただし、上側シート11および下側シート12は、互いに上下方向に重なるマチ114およびマチ124において、縫合または接着により固定されてもよい。また、臓器収容容器1は、マチ114およびマチ124を有していなくてもよく、1枚のシームレスな断熱シート10により構成されていてもよい。
【0030】
一方、上側シート11の平面視における四角形状のうちの残りの辺S115と、下側シート12の平面視における四角形状のうちの残りの辺S125とは、互いに上下方向に離間する。これにより、断熱シート10において開口100が形成されている。本実施形態では、開口100は楕円形状である。開口100は、断熱シート10の内側空間Rと外側空間とを連通する。
【0031】
また、上記の構成を有することにより、断熱シート10は袋状となり、開口100から断熱シート10の内側空間Rへ挿入された臓器90,90dを安定して収容可能となっている。また、開口100は、内側空間Rへ臓器90,90dを挿入するための入出口となっている。なお、開口100は、断熱シート10の内側空間Rに臓器90を収容している間において、臓器90,90dから延びる血管等を外部へと接続するための接続口としての役割も果たす。また、本実施形態では、無負荷時の断熱シート10の内側空間Rの大きさは、臓器90,90dの外径の大きさよりも小さい。
【0032】
また、断熱シート10は、断熱性を有する超軟質材料であるスチレン系エラストマーで形成される。具体的には、断熱シート10は、熱可塑性のオイルブリードエラストマーで形成される。ただし、断熱シート10は、ウレタンエラストマーまたはオイルブリードシリコンゲルで形成されてもよい。本実施形態の断熱シート10の硬度は、日本工業規格JIS K 6253-3:2012のデュロメータ硬さ試験方法においてF45以下である。また、断熱シート10は、200%伸長時の引張強さが5.8N/m2以下である。
【0033】
断熱シート10をこのような超軟質材料で形成することにより、開口100を含む断熱シート10を、塑性変形または破断させることなく、極めて容易に伸張させることができる。そして、図4および図5に示すように、開口100および内側空間Rを伸張させつつ、無負荷時の開口100および内側空間Rよりも大きな外径を有する臓器90(肝臓)および臓器90d(大腸と小腸)を、開口100を介して内側空間Rへ収容することができる。また、断熱シート10は、内側空間Rに臓器90,90dを保持した状態で、臓器90,90dの表面に沿って柔軟に変形し、臓器90,90dの表面の大部分を覆うことができる。また、このとき、断熱シート10は、弾性力によって臓器90,90dの表面に僅かに圧接することから、臓器90,90dが断熱シート10から滑り落ちたり外れたりすることを抑制できる。
【0034】
これにより、内側空間Rに保持された移植対象の臓器90に、断熱シート10の外部の温度(レシピエント9の体温または外気温)または移植手術に用いられる様々な機器から発熱した熱が伝わるのを抑制できる。この結果、臓器90の温度上昇を抑制し、臓器90を低温に保ちながら、血管の吻合等の作業を行うことができる。これにより、臓器90が温虚血状態となることを抑制し、手術後における障害の発生を抑制できる。
【0035】
また、詳細を後述するとおり、臓器90が収容された臓器収容容器1をレシピエント9の体腔内に配置して血管の吻合等の作業を行う際には、断熱シート10の内面と臓器90との間の隙間に、シリンジやピペットを用いて、低温の保存液が注入される。このとき、断熱シート10は、開口100の周囲において、弾性力によって臓器90の表面に隙間無く密着することから、保存液が開口100から流出することなく内側空間Rにしっかりと保持される。これにより、臓器90の温度上昇をさらに抑制し、臓器90が温虚血状態となることをさらに抑制できる。また、断熱シート10の内面と臓器90との間の摩擦力が、当該保存液や臓器90に含まれる水分によって低下するため、断熱シート10が臓器90の表面により滑らかにフィットする。
【0036】
また、本実施形態では、断熱シート10は透明であり、臓器収容容器1の内側空間Rに保持された臓器90が外側空間から視認可能となっている。これにより、臓器収容容器1の内側空間Rに保持された臓器90の状態を外部空間から確認しながら作業を行うことができる。このため、鬱血や壊死等の疾患に繋がる何らかの異常を即座に把握して対処できることにより、これらの疾患の発生リスクを低減できる。ただし、断熱シート10は、必ずしも全体が透明である必要はなく、少なくとも一部が透明であればよい。
【0037】
また、図4および図5に示すように、別途用意された臓器収容容器1dを用いて周辺の臓器90dを収容することにより、移植対象の臓器90の配置箇所から、より離れた位置に周辺の臓器90dを纏めることができる。これにより、術野を確保しつつ、周辺の臓器90dが執刀者の作業の妨げとなることを抑制できる。また、臓器収容容器1dの断熱シート10の内面と臓器90dとの間の摩擦力が、臓器90dに含まれる水分によって低下するため、断熱シート10が臓器90dの表面により滑らかにフィットする。
【0038】
また、断熱シート10を上記の材料で形成することにより、断熱シート10の外表面がタック性(べたつき性)を有する。これにより、レシピエント9の体腔内において、臓器収容容器1,1dの断熱シート10の外表面と周辺の体皮等との間に付着力が働く。この結果、臓器90,90dを収容する臓器収容容器1,1dを、それぞれレシピエント9の体腔内において、より安定して配置することができる。
【0039】
また、断熱シート10は、内側空間Rに保持した臓器90,90dの表面に沿って変形することから、断熱シート10が臓器90,90dのさらに外側に大きく拡がることを抑制できる。これにより、術野を確保しつつ、断熱シート10が執刀者の作業の妨げとなることを抑制できる。
【0040】
また、断熱シート10を上記の超軟質材料で形成することにより、何らかの衝撃が加わった場合でも、内側空間Rに保持した臓器90,90dに加わる衝撃を軽減し、臓器90,90dに損傷が生じることを抑制できる。また、断熱シート10の伸長時の引張強さが僅かであることから、臓器収容容器1,1dの伸張に起因する、内側空間Rに保持した臓器90,90dに加わる負荷(臓器90,90dに生じる応力)を大幅に軽減できる。これにより、臓器90,90dの損傷や劣化をさらに抑制できる。
【0041】
また、上記のとおり、本実施形態では、大きさや形状を含む構造が互いに同一である複数の臓器収容容器1,1dを用いて、様々な大きさや形状を有する臓器90,90dを保持しつつ、臓器90,90dの表面に沿って臓器90,90dの表面を覆うことができる。これにより、収容する臓器90,90d毎に対応して大きさや形状が異なる複数の臓器収容容器を用意する必要がないため、コスト削減に繋がる。
【0042】
<1-2.臓器移植の流れについて>
続いて、上記の臓器収容容器1を用いて、ドナーから摘出された臓器90(本実施形態では、肝臓である)をレシピエント9へ移植する移植手術の流れについて、説明する。図6は、臓器収容容器1を用いた移植手術の流れを示したフローチャートである。
【0043】
移植手術を行うときには、まず、ドナーから臓器90を摘出する(ステップS1)。具体的には、ドナーの臓器90から延びる門脈91、肝動脈92、および肝静脈93を含む複数の血管と、胆管94とを切断し(図4参照)、ドナーの体腔内から臓器90を取り出す。
【0044】
取り出された臓器90は、低温の保存液に浸漬された状態で、保存される。また、臓器90は、臓器収容容器1に収容される(ステップS2)。保存液には、例えば、4℃に維持された生理食塩水が用いられる。一般に、臓器は、常温のまま血流が途絶える、いわゆる温虚血状態になると、臓器内の代謝によって、劣化が生じやすくなる。このため、ステップS2では、臓器90を常温より低い温度で保存することにより、臓器90の劣化を抑制する。
【0045】
なお、ステップS2では、臓器90の門脈91、肝動脈92、および肝静脈93に配管を接続し、臓器90内に保存液を灌流させた状態で、臓器90を保存してもよい。また、ステップS2では、門脈91および肝動脈92の一方のみに配管を接続してもよい。また、保存液の灌流は、後述するステップS4まで、継続してもよい。
【0046】
また、臓器90を臓器収容容器1に収容するタイミングは、臓器90を保存液に浸漬する前であってもよいし、臓器90をしばらく保存液に浸漬して十分に冷却した後であってもよい。臓器90を臓器収容容器1に収容する際には、臓器収容容器1の開口100から、袋状の断熱シート10の内側空間Rへ、臓器90を挿入する。これにより、断熱シート10内に、臓器90が保持される。また、このとき、断熱シート10は、弾性力によって臓器90の表面に僅かに圧接することから、臓器90が断熱シート10から滑り落ちたり外れたりすることが抑制される。なお、後述するステップS5においてレシピエント9の血管と吻合される臓器90の門脈91、肝動脈92、および肝静脈93は、開口100から外部へ露出した状態としておく。
【0047】
また、断熱シート10の内面と臓器90との間の隙間に、シリンジやピペットを用いて、低温の保存液が注入される。このとき、断熱シート10は、開口100の周囲において、弾性力によって臓器90の表面に隙間無く密着することから、保存液が開口100から流出することなく内側空間Rにしっかりと保持される。さらに、臓器90は、臓器収容容器1に包まれた状態で、再度低温の保存液に浸漬され、低温保存状態が維持される。
【0048】
臓器収容容器1に保持された臓器90は、低温の保存液に浸漬された状態で、ドナー側からレシピエント9側へと搬送される(ステップS3)。レシピエント9側に搬送された臓器90は、移植の直前まで引き続き、臓器収容容器1に保持されつつ、低温の保存液に浸漬される。なお、この臓器収容容器1は、上記のとおり、弾性力のある超軟質材料で形成されている。このため、搬送中や、手術中における臓器90への衝撃を吸収することができる。したがって、臓器90が損傷することを抑制できる。
【0049】
続いて、レシピエント9の腹部を開き、臓器90が収容された臓器収容容器1を、レシピエント9の体腔内に配置する(ステップS4)。ここで、断熱シート10の外表面は、タック性(べたつき性)を有する。これにより、レシピエント9の体腔内において、断熱シート10の外表面と周辺の体皮等との間に付着力が働く。この結果、臓器90を収容する臓器収容容器1を、より安定して配置することができる。
【0050】
また、別途用意した臓器収容容器1dを用いて、移植対象の臓器90の配置箇所の付近に隣接する臓器90d(本実施形態では、大腸および小腸である)を収容し、臓器90の配置箇所から、より離れた位置に纏める。これにより、体腔内において術野を確保しつつ、周辺の臓器90dが執刀者の作業の妨げとなることを抑制できる。そして、レシピエント9の血管と、臓器収容容器1の開口100から外部へ露出した臓器90の門脈91、肝動脈92、および肝静脈93とを、吻合する(ステップS5)。
【0051】
なお、断熱シート10は透明であり、臓器収容容器1の内側空間Rに保持された臓器90が外側空間から視認可能となっている。これにより、臓器収容容器1の内側空間Rに保持された臓器90の状態を外部空間から確認しながら血管の吻合を行うことができる。このため、鬱血や壊死等の疾患に繋がる何らかの異常が生じた場合でも、即座に把握して対処できることにより、これらの疾患の発生リスクを低減できる。
【0052】
なお、ステップS2~S5の作業の間、臓器90の内部には、まだ血液が流れていない。また、ステップS4~S5の作業の間、臓器収容容器1に収容された臓器90は、レシピエント9の体腔内に配置される。しかしながら、臓器90は臓器収容容器1に収容され、表面の大部分が断熱シート10に覆われているため、外部の温度(レシピエント9の体温または外気温)または移植手術に用いられる様々な機器から発熱した熱の影響を受けにくい。これにより、臓器90の昇温を抑制しつつ、血管の吻合を行うことができる。したがって、臓器90が温虚血状態となって、代謝による劣化が進むことを抑制できる。その結果、手術後における障害の発生を抑制できる。
【0053】
また、ステップS4~S5において、臓器収容容器1の内部には、定期的に(例えば数分毎に)、シリンジやピペットを用いて、低温の保存液が注入される。また、既に臓器収容容器1の内部に存在する保存液(若干温まってしまっている保存液)は、ドレンを用いて回収され、レシピエント9の体外に排出される。これにより、断熱シート10内の臓器90の温度が上昇することを、さらに抑制できる。
【0054】
また、臓器90,90dが弾性力を有する超軟質材料である断熱シート10にそれぞれ収容されることにより、手術中に何らかの衝撃が加わった場合でも、断熱シート10において衝撃を吸収することができるため、臓器90,90dの損傷を抑制することができる。また、断熱シート10は袋状であり、臓器90,90dの表面に沿って変形しつつ覆うことから、断熱シート10が臓器90,90dのさらに外側まで大きく拡がることが抑制される。このため、断熱シート10の端部が、手術中における執刀者の作業の妨げとなりにくい。
【0055】
その後、臓器収容容器1の開口100から、血管吻合後の臓器90を取り出す。そして、レシピエント9の体腔内から臓器収容容器1を除去する(ステップS6)。その後、吻合したレシピエント9の血管との間で臓器90の血流を再開する(ステップS7)。また、臓器収容容器1dの開口100から臓器90dを取り出し、レシピエント9の体腔内から臓器収容容器1dを除去する。
【0056】
<2.第2実施形態>
続いて、本発明の第2実施形態について、説明する。なお、以下では、上記の第1実施形態との相違点を中心に説明し、第1実施形態と同等の点については、重複説明を省略する。
【0057】
図7は、第2実施形態に係る断熱シート10Bを形成する下側シート12Bの斜視図である。なお、図7と、後述する図8および図9においては、断熱シート10Bを形成する上側シート11Bを破線にて図示している。本実施形態の下側シート12Bの上面には、凹凸形状が形成されている。凹凸形状は、複数の線状の突起41Bからなる。複数の線状の突起41Bはそれぞれ、下側シート12Bの上面から断熱シート10Bの内側空間R2へ向かって突出する。また、複数の線状の突起41Bはそれぞれ、開口100Bの縁に対して略平行に延びる。
【0058】
本実施形態では、断熱シート10Bが上記の構成を有することにより、レシピエント9への臓器90の移植時に、断熱シート10Bの内側空間R2に収容された臓器90は、断熱シート10Bの凹凸形状によって、断熱シート10Bから滑り落ちたり外れたりすることがさらに抑制される。この結果、臓器90を内側空間R2にさらに安定して保持しつつ、臓器90の温度を低温に保ちながら、血管の吻合を行うことができる。したがって、臓器90が温虚血状態となることをさらに抑制し、手術後における障害の発生をさらに抑制できる。
【0059】
また、本実施形態では、断熱シート10Bが上記の構成を有することにより、断熱シート10Bの内側空間R2に臓器90が収容された状態で、断熱シート10Bの内面と臓器90との間の隙間に、それぞれが開口100Bの縁に対して略平行に延びる複数の溝Gが形成される。そして、臓器収容容器1Bの内部に低温の保存液が注入された際に、複数の溝Gのそれぞれにおいて、さらにしっかりと保存液を保持できる。これにより、臓器90の温度が上昇することをさらに抑制できる。
【0060】
なお、複数の線状の突起41Bは、上側シート11Bの下面において設けられていてもよい。また、複数の線状の突起41Bはそれぞれ、開口100Bの縁に対して略垂直に延びていてもよく、開口100Bの縁に対して斜め方向に延びていてもよい。また、複数の線状の突起41Bのそれぞれの角部にさらにテーパ面が形成されていてもよい。また、複数の線状の突起41Bは、互いに等間隔に設けられていてもよく、互いに不等間隔に設けられていてもよい。
【0061】
また、断熱シート10Bに設けられる凹凸形状は、これに限定されない。例えば、図8の変形例に示すように、下側シート12Bの上面または上側シート11Bの下面において、それぞれ断熱シート10Bの内側空間R2へ向かって突出する複数の半球状の突起42Bが設けられてもよい。また、図9の変形例に示すように、下側シート12Bの上面または上側シート11Bの下面において、それぞれ断熱シート10Bの内側空間R2へ向かって突出する複数の八角柱状の突起43Bが設けられていてもよい。さらに、凹凸形状は、縞状に設けられてもよく、格子状に設けられてもよく、その他どのような形状であってもよい。
【0062】
<3.第3施形態>
続いて、本発明の第3実施形態について、説明する。なお、以下では、上記の第1実施形態および第2実施形態との相違点を中心に説明し、第1実施形態および第2実施形態と同等の点については、重複説明を省略する。
【0063】
図10は、第3実施形態に係る臓器収容容器1Cの斜視図である。図10に示すように、臓器収容容器1Cは、上側シート11Cと下側シート12Cとを含む断熱シート10Cを有する。上側シート11Cおよび下側シート12Cは、それぞれ平面視(上面視)において略四角形状(長方形状)を有する。また、上側シート11Cは、平面視における四角形状のうちの2つの辺S111C,S113Cへ向かうにつれて下方へ湾曲する曲面形状を有する。また、下側シート12は、平面視における四角形状のうちの2つの辺S121C,S123Cへ向かうにつれて上方へ湾曲する曲面形状を有する。また、上側シート11Cおよび下側シート12Cは、平面視において互いに略同一形状を有し、互いに上下方向に重なる。
【0064】
また、上側シート11Cの2辺S111C,S113Cにおいて、それぞれマチ114Cが形成されている。また、下側シート12Cの2辺S121C,S123Cにおいて、それぞれマチ124Cが形成されている。上側シート11Cの辺S111Cと下側シート12Cの辺S121Cとは、互いに上下方向に重なるマチ114Cおよびマチ124Cにおいて、熱溶着により固定される。上側シート11Cの辺S113Cと下側シート12Cの辺S123Cとは、互いに上下方向に重なるマチ114Cおよびマチ124Cにおいて、熱溶着により固定される。
【0065】
一方、上側シート11Cの平面視における四角形状のうちの残りの辺S112Cと、下側シート12Cの平面視における四角形状のうちの残りの辺S122Cとは、互いに上下方向に離間する。上側シート11Cの平面視における四角形状のうちの残りの辺S115Cと、下側シート12Cの平面視における四角形状のうちの残りの辺S125Cとは、互いに上下方向に離間する。また、上側シート11Cにおいて、辺S112Cと辺S115Cとは、互いに対向する。また、下側シート12Cにおいて、辺S122Cと辺S125Cとは、互いに対向する。これにより、断熱シート10Cにおいて、互いに対向する2つの開口101C,102Cが形成されている。本実施形態では、2つの開口101C,102Cはそれぞれ、楕円形状である。また、開口101C,102Cはそれぞれ、断熱シート10Cの内側空間R3と外側空間とを連通する。
【0066】
また、上記の構成を有することにより、断熱シート10Cは筒状となり、開口101Cまたは開口102Cを介して断熱シート10Cの内側空間R3へ挿入された臓器90,90dを収容可能となっている。また、開口101C,102Cはそれぞれ、内側空間R3へ臓器90,90dを挿入するための入出口となっている。なお、開口101C,102Cはそれぞれ、断熱シート10Cの内側空間R3に臓器90を収容している間において、臓器90,90dから延びる血管等を外部へと接続するための接続口としての役割も果たす。
【0067】
このように、本実施形態の断熱シート10Cは、互いに対向する2つの開口101C,102Cを有する。このため、移植手術において吻合すべき血管が複数方向に延びる肝臓、膵臓、脾臓等の臓器を収容する場合でも、これらの血管の向きを大きく変えることなく2つの開口101C,102Cのいずれか一方から外側空間へ各血管を露出させることができる。なお、開口101C,102Cの大きさは必ずしも互いに同じでなくてもよい。
【0068】
<4.変形例>
以上、本発明の主たる実施形態について説明したが、本発明は上記の実施形態に限定されるものではない。
【0069】
上記の第2実施形態では、1つの断熱シートの内面に、それぞれ1種類の凹凸形状が形成されていた。しかしながら、1つの断熱シートの内面に、複数種類の凹凸形状が形成されてもよい。例えば、開口付近における断熱シートの内面には、複数の線状の突起からなる凹凸形状が形成され、開口から離れた箇所における断熱シートの内面には、複数の半球状の突起からなる凹凸形状が形成されてもよい。さらに、断熱シートの内面には、複数種類の凹凸形状が規則的に形成されてもよく、複数種類の凹凸形状が不規則に形成されてもよい。
【0070】
また、上記の実施形態では、臓器収容容器の断熱シートは1種類の材料で形成されていたが、本発明はこれに限定されない。断熱シートは、複数種類の材料で形成されてもよい。例えば、上側シートと下側シートは、互いに硬度が異なる超軟質材料から形成されてもよい。また、断熱シートの外表面に、外傷を防止するためのコーティングを施してもよい。
【0071】
また、臓器収容容器の細部の構造については、本願の各図に示された構造と、完全に一致していなくてもよい。また、上記の実施形態および変形例に登場した各要素を、矛盾が生じない範囲で、適宜に組み合わせてもよい。
【符号の説明】
【0072】
1,1B,1C,1d 臓器収容容器
9 レシピエント
10,10B,10C 断熱シート
11,11B,11C 上側シート
12,12B,12C 下側シート
90 (移植対象の)臓器
90d (周辺に位置する)臓器
100,100B,101C,102C 開口
R,R2,R3 内側空間
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8
図9
図10