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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-14
(45)【発行日】2024-08-22
(54)【発明の名称】非磁性高強度線材及びこの製造方法
(51)【国際特許分類】
   C22C 38/00 20060101AFI20240815BHJP
   C22C 38/04 20060101ALI20240815BHJP
   C22C 38/12 20060101ALI20240815BHJP
   C21D 8/06 20060101ALI20240815BHJP
【FI】
C22C38/00 302A
C22C38/04
C22C38/12
C21D8/06 B
【請求項の数】 4
(21)【出願番号】P 2022520975
(86)(22)【出願日】2020-10-06
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2022-12-14
(86)【国際出願番号】 KR2020013577
(87)【国際公開番号】W WO2021071204
(87)【国際公開日】2021-04-15
【審査請求日】2022-06-01
(31)【優先権主張番号】10-2019-0124632
(32)【優先日】2019-10-08
(33)【優先権主張国・地域又は機関】KR
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】592000691
【氏名又は名称】ポスコホールディングス インコーポレーティッド
(74)【代理人】
【識別番号】110000051
【氏名又は名称】弁理士法人共生国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】イ, ボン-クン
(72)【発明者】
【氏名】ジョン, ソン-フン
【審査官】河口 展明
(56)【参考文献】
【文献】韓国公開特許第10-2013-0139626(KR,A)
【文献】特開昭56-059597(JP,A)
【文献】国際公開第2019/071178(WO,A1)
【文献】特表2015-524880(JP,A)
【文献】特開平07-113117(JP,A)
【文献】特開昭55-089454(JP,A)
【文献】特開昭55-104426(JP,A)
【文献】特開昭57-152609(JP,A)
【文献】実開昭57-087418(JP,U)
【文献】丹治雍典,Fe-Mn系合金のヤング率,ずれ弾性率および圧縮率,日本金属学会誌,日本,1971年,第35巻、第1号,p.1~5,https://www.jstage.jst.go.jp/article/jinstmet1952/35/1/35_1_1/_pdf/-char/ja
【文献】丹治雍典、白川勇記,Fe-Mn系合金の熱膨張係数,日本金属学会誌,日本,1970年,第34巻、第9号,p.897~901,https://www.jstage.jst.go.jp/article/jinstmet1952/34/9/34_9_897/_pdf/-char/ja
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 38/00-38/60
H01B 5/00-9/06
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
重量%で、マンガン(Mn):31~42%、炭素(C):0.35%以下(0%を除く)、シリコン(Si):0.5%以下、リン(P):0.03%以下、硫黄(S):0.03%以下、ニオブ(Nb):3.5%以下(0%を含む)を含み、残部がFe及びその他の不可避不純物からなり、
ニール(neel)温度が150℃を超え、
常温で10×10 -6 /℃以下の熱膨張係数を有することを特徴とする電力線用コア線に用いられる線材。
【請求項2】
前記線材は、微細組織としてオーステナイト単相組織を含むことを特徴とする請求項1に記載の電力線用コア線に用いられる線材。
【請求項3】
前記線材は、相対透磁率(μ)が1.05以下であることを特徴とする請求項1に記載の電力線用コア線に用いられる線材。
【請求項4】
重量%で、マンガン(Mn):31~42%、炭素(C):0.35%以下(0%を除く)、シリコン(Si):0.5%以下、リン(P):0.03%以下、硫黄(S):0.03%以下、ニオブ(Nb):3.5%以下(0%を含む)を含み、残部がFe及びその他の不可避不純物からなる鋼片またはインゴットを用意する段階、
前記鋼片またはインゴットを1000~1250℃の温度範囲で熱処理した後、ビレットで製造する段階、及び
前記ビレットを800~1250℃の温度範囲で線材圧延して線材を製造する段階を含み、
前記線材は、ニール(neel)温度が150℃を超えることを特徴とする電力線用コア線に用いられる線材の製造方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、非磁性高強度線材及びこの製造方法に係り、より詳しくは、電力線用コア線の素材に適した線材として、高強度及び非磁性特性を有し、熱膨張係数の低い非磁性高強度線材及びこの製造方法に関する。
【背景技術】
【0002】
国内外の電力線の場合、電力線の外部ではアルミニウム(Al)またはアルミニウム合金線で送電が行われ、そのような電力線の中心部は、鋼線、インバー(Invar)線及び複合素材線を活用して剛性を維持する二重構造からなっている。
【0003】
このような電力線を電信柱及び鉄塔間にかけて送電を行うが、送電中に電気抵抗及び電磁誘導(コア線側から誘導)によって送電線の温度が上がり、これにより電力線のたるみが発生する問題がある。この現象を弛度(sag)と称する。
【0004】
また、送電線での熱の発生は、最終的に電力損失を引き起こす問題となるため、世界中が非磁性に加えて低弛度特性を発揮する剛性開発に注力している傾向にある。
【0005】
現在用いられている送電線用コア線の場合、主に高強度炭素鋼の鋼線、インバー/インバー合金線または複合素材線を採択して製作するが、これらの素材を適用する場合には次のような長短所がある。
【0006】
(1)高強度炭素鋼の鋼線は、高い強度及び低価格で最も広く用いられている素材であるが、炭素鋼の磁性特性によって電磁誘導に起因する温度上昇及びこれによる電力損失が発生する問題がある。さらに、熱膨張係数が11~14×10-6/℃レベルであるため、弛度(sag)が大きく発生する問題がある。
【0007】
(2)上記のような炭素鋼の鋼線の欠点を補うために、インバー(36%Ni)及びインバー合金が開発されて一部適用されており、特にインバー及びインバー合金の低い熱膨張係数(0.2~5×10-6/℃)を活用して低弛度電力線の開発に適用されている。ところが、インバー及びインバー合金の場合、キュリー温度(Curie temperature、230℃内外)以下では強磁性特性を示し、電磁誘導現象が炭素鋼の鋼線に比べて非常に高く現れるという欠点がある。このため、電力損失量が炭素鋼の鋼線を活用した電力線に比べて高く、さらに高価のニッケル(Ni)が多量に添加されるため、経済的に不利であるという欠点がある。
【0008】
(3)上記高強度炭素鋼の鋼線とインバー及びインバー合金の利点のみを活用して開発された複合素材線としては、カーボンファイバー、セラミック及びプラスチックなどを用いて線材を製造した後適用する。このような複合素材線は、熱膨張係数がインバー線に比べて低いか、同等レベルである。また、非磁性特性によって、電磁誘導現象も発生せず、電力損失量が非常に低いレベルであるため、特性に最も優れたコア線といえる。しかし、その費用が非常に高いため、適用に限界がある。
【0009】
このため、電力線用コア線の素材として好適な非磁性特性を示しながらも、熱膨張係数が低くて低弛度特性を示し、経済的にも有利な素材の開発が求められているのが実情である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0010】
【文献】韓国登録特許第10-0361969号公報
【文献】韓国登録特許第10-0507904号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0011】
本発明が目的とするところは、電力線用コア線の素材に適した線材として、高強度及び非磁性特性を有し、熱膨張係数の低い線材及びこの製造方法を提供することである。
【0012】
本発明の課題は、上述した内容に限定されない。本発明の課題は、本明細書の全般的な内容から理解することができ、本発明が属する技術分野における通常の知識を有する者であれば、本発明のさらなる課題を理解するのに何ら困難がない。
【課題を解決するための手段】
【0013】
本発明の非磁性高強度線材は、重量%で、マンガン(Mn):27~42%、炭素(C):0.35%以下(0%を除く)、シリコン(Si):0.5%以下、リン(P):0.03%以下、硫黄(S):0.03%以下を含み、残部がFe及びその他の不可避不純物からなり、ニール(neel)温度が150℃を超えることを特徴とする。
【0014】
また、本発明の非磁性高強度線材の製造法は、重量%で、マンガン(Mn):27~42%、炭素(C):0.35%以下(0%を除く)、シリコン(Si):0.5%以下、リン(P):0.03%以下、硫黄(S):0.03%以下を含み、残部がFe及びその他の不可避不純物からなる鋼片またはインゴットを用意する段階;上記鋼片またはインゴットを1000~1250℃の温度範囲で熱処理した後、ビレットで製造する段階;及び上記ビレットを800~1250℃の温度範囲で線材圧延して線材を製造する段階を含み、上記線材はニール(neel)温度が150℃を超えることを特徴とする。
【発明の効果】
【0015】
本発明によると、高価の元素または材料を活用せずに高強度及び非磁性特性を有しつつ、低弛度特性を示す線材を提供するため、経済的にも有利な利点がある。また、本発明の線材は、電力線用コア線の素材に好適に適用可能であるという効果がある。
【発明を実施するための形態】
【0016】
本発明者らは、電力線用コア線として用いられる従来素材の限界を確認し、低費用かつ高強度、非磁性特性及び低弛度特性を示す素材を開発するために深く研究した。
【0017】
その結果、目標素材として線材を提供することにおいて、マンガン(Mn)を活用して製造費用は大きく下げながら、高強度を有する線材が提供できることを確認した。特に、本発明は、優れた非磁性特性により実環境に用いられる際に、電力損失量を大きく低減する効果及び低い熱膨張係数で低弛度特性を示す線材を提供することができることを確認し、本発明を完成するに至った。
【0018】
以下、本発明について詳細に説明する。
【0019】
本発明による非磁性線材は、重量%で、マンガン(Mn):27~42%、炭素(C):0.35%以下(0%を除く)、シリコン(Si):0.5%以下、リン(P):0.03%以下、硫黄(S):0.03%以下を含むことができる。
【0020】
以下では、本発明で提供する線材の合金組成を上記のように制限する理由について詳細に説明する。
なお、本発明で特に断りのない限り、各元素の含有量は重量を基準とし、組織の割合は面積を基準とする。
【0021】
マンガン(Mn):31~42%
マンガン(Mn)は、その含有量が高いほど組織的に安定したオーステナイト組織を示すため、線材の引き抜きが容易になる効果がある。このような効果は、上記Mnを25%以上添加する場合に得られるが、その場合、線材のニール(neel)温度が150℃未満に落ち、電力線(例えば、耐熱アルミニウム電力線)の連続使用温度である150℃に及ぼすことができず、実使用に適用することが難しくなる。
【0022】
すなわち、Mnの含有量が25%レベルである素材は、ニール(neel)温度が低く、ニール(neel)温度以上では反インバー特性(Anti-Invar Effect)に起因して熱膨張係数が20×10-6/℃を超えて膨張する傾向にあるため、このような合金系では電力線用コア線に適した線材を製造することが難しい。
【0023】
これを考慮して、本発明ではMnを31%以上含むことができる。但し、その含有量が42%を超えると、却ってニール(neel)温度が低くなり、Mn含有量が高くなるにつれて製造原価の上昇につながる。
【0024】
したがって、本発明では、上記Mnを31~42%含むことができる
【0025】
炭素(C):0.35%以下(0%除く)
炭素(C)は、オーステナイト安定化向上に有利な元素であり、線材の引き抜き特性を向上させる効果がある。また、強度向上効果に優れるため、一定以上のMnが含有された鋼の強度確保の面で添加することができる。
【0026】
但し、上記Cを過度に添加する場合、線材の熱膨張係数が急激に増加するおそれがあるため、これを考慮してその含有量を0.35%以下に制限することができ、0%は除く。
【0027】
シリコン(Si):0.5%以下
シリコン(Si)は、鋼の脱酸及び脱リン過程で必然的に添加される元素である。このようなSiは、添加時の線材物性に特に影響はないが、可能な限りその含有量を下げることが有利である。具体的には、上記Siは、最大0.5%レベルで脱酸及び脱リンなどの過程で含有されることができるため、その含有量を0.5%以下に制限することができる。
【0028】
リン(P):0.03%以下及び硫黄(S):0.03%以下
リン(P)及び硫黄(S)は、鋼製造過程で不可避に流入される不純物であり、これらの含有量がそれぞれ0.03%を超えると連続鋳造及びインゴット鋳造時に亀裂を発生させるという問題がある。したがって、上記P及びSは、それぞれその含有量が0.03%以下になるように制御する必要がある。
【0029】
上述したように、本発明の線材はMn及びCを一定量含み、不純元素の含有量を制御するだけでも製造が可能である。但し、線材の物理的特性をさらに向上させるために、ニオブ(Nb)をさらに含むことができる。
【0030】
ニオブ(Nb):3.5%以下
ニオブ(Nb)は、一定量添加すると線材の熱膨張係数を下げるのに効果的であり、Nb炭化物を形成することで強度向上の効果も得られる。
【0031】
但し、上記Nbの含有量が3.5%を超えると、強度向上に起因して線材が脆性に変わるため、その含有量を3.5%以下に制限して添加することができる。
【0032】
本発明の残りの成分は鉄(Fe)である。但し、通常の製造過程では、原料または周囲環境から意図しない不純物が不可避に混入され得るため、これを排除することはできない。これらの不純物は、通常の製造過程の技術者であれば、誰もが分かることであるため、そのすべての内容を特に本明細書で言及しない。
【0033】
上述した合金組成を有する本発明の非磁性線材は、微細組織としてオーステナイト単相組織を含むことができ、このようにオーステナイト単相組織を有することで、外部エネルギーを受けても非磁性を維持する効果を得ることができる。
【0034】
特に、本発明の非磁性線材は、合金組成の最適化から安定度が高いオーステナイト相を有し、これから本発明の線材は相対透磁率が1.05μ以下であり、常温で熱膨張係数が10×10-6/℃以下である特性を有することができる。
【0035】
電磁場に露出する素材の渦電流による損失は、素材の磁性と密接な関係がある。磁性が大きいほど渦電流発生が大きくなって損失が増加するようになる。一般的に、磁性は透磁率(μ)に比例する。すなわち、透磁率が大きいほど磁性が増加する。透磁率は、磁化させる磁場(H)に対する誘導磁場(B)の比、すなわち、μ=B/Hの式で定義される。換言すると、透磁率を下げると、素材の磁性が減少し、電場に露出した場合、表面に渦電流損失が防止されるため、エネルギー効率が増加する。したがって、電力線用コア線の素材として磁性がなく、熱膨張係数の低い線材を用いることがエネルギー損失を防止しながら、低弛度特性を確保するのに有利である。
【0036】
さらに、本発明の非磁性線材は、ニール(neel)温度が150℃を超える特性を有するため、電力線用コア線の素材として好適に適用可能である効果がある。
【0037】
ここで、ニール温度(neel temperature)は、常磁性(常磁性物質、Paramagnetic material)から反強磁性(反強磁性物質、Antiferromagnetic material)に変わる温度を意味し、この温度が高いほど自己変形を起こす温度範囲が広くなることを意味する。
【0038】
以下、本発明の他の一側面による非磁性線材を製造する方法について詳細に説明する。
【0039】
まず、上述した合金組成を満たす鋼片またはインゴット(ingot)を用意した後、これを1000~1250℃の温度範囲で熱処理することで、ビレット(billet)で製造することができる。
【0040】
上記熱処理時の温度が1000℃未満であると、熱間変形抵抗が増加して生産性の低下をもたらすおそれがあり、一方、その温度が1250℃を超えると、結晶粒が粗大化して靭性が低下するおそれがある。
【0041】
上記熱処理されたビレットを線材圧延して線材を得ることができる。
【0042】
このとき、上記線材圧延は熱間圧延で行い、800~1250℃の温度範囲で行うことができる。上記熱間圧延時の温度が800℃未満であると、圧延中に負荷が大きくなり、変形抵抗が大きくなるおそれがあり、一方、その温度が1250℃を超えると、結晶粒が過度に粗大化して靭性が低下するおそれがある。
【0043】
上述したように熱間圧延を行った後、常温まで冷却して目標とする微細組織と機械的物性を有する線材を得ることができる。
【0044】
このとき、上記冷却は通常の線材製造工程時に適用される条件によるため、本発明では特に限定せず、通常の技術者であれば誰でも容易に行うことができる。但し、一例として、上記冷却は水冷で行うことができ、このとき、5℃/s以上の冷却速度で行うことができる。
【0045】
本発明で提案する合金組成及び製造条件によって製造される最終線材は、微細組織として高い安定性のオーステナイト相を有するようになり、これによって優れた非磁性特性を確保することができ、高強度に加えて低い熱膨張係数の特性を有することができる。
【0046】
以下、実施例を挙げて本発明をより具体的に説明する。但し、下記実施例は、本発明の例示としてより詳細に説明するためのものであり、本発明の権利範囲を限定するためのものではない点に留意する必要がある。本発明の権利範囲は、特許請求の範囲に記載された事項と、それから合理的に類推できる事項によって決定されるものであるためである。
【実施例
【0047】
(実施例)
下記表1に示した合金組成を有するインゴットを用意した後、これを1200℃で加熱してビレットを製造した。上記加熱直後に、ビレットを800~1200℃で直径8mmに熱間圧延した後、5℃/s以上の冷却速度で水冷して直径8mmの線材を製造した。
【0048】
この後、各線材について機械的物性(ニール(neel)温度、熱膨張係数、相対透磁率)を測定した。
【0049】
各線材のニール(neel)温度は、Thermo-Calcプログラムを用いて計算された値を導出し、熱膨張係数はジラトメーター(Dilatometry)を用いて測定した。また、Stefan Mayer Instruments社のFerromaster機器を用いて、真空及び大気での透磁比率である相対透磁率を測定した。各物性値は、下記表2に示した。
【0050】
一方、比較のために既に電力線用素材として用いられている炭素鋼線材(KS D 3559 HSWR 67A)及びインバー合金(36%Ni)を用意した後、これらについても同一の方式で機械的物性を測定し、その結果を示した。
【0051】
【表1】
【0052】
【表2】
【0053】
電力線用素材として適用されている炭素鋼線材(従来例1)は、相対透磁率が高くて非磁性特性が低いことが分かり、熱膨張係数も相対的に高いことが確認できる。
【0054】
ニッケルを36%含有するインバー合金線材(従来例2)の場合には、熱膨張係数が最も低いのに対し、相対透磁率が非常に高く、キュリー温度も230℃を示した。
【0055】
上述したように、炭素鋼線材の場合、高い熱膨張係数及び高い透磁率によって使用時の熱発生が大きく、弛度(sag)が発生して電力損失量が大きく現れるという問題がある。一方、インバー合金の場合、熱膨張係数の特性が非常に優れるため、弛度の面では有利であるのに対し、透磁率が炭素鋼に対して8~9倍と高いレベルで現れ、熱発生量が非常に大きく、電力損失量が大きいという欠点がある。
【0056】
マンガン(Mn)を25%含有する比較例1及び2は、ニール(neel)温度が150℃未満であるため、実適用時に限界がある。但し、熱膨張係数は相対的に高いが、多量のマンガンによって微細組織がオーステナイトで形成され、透磁率が大きく向上したことが確認できる。
【0057】
一方、マンガン(Mn)を31%以上含有する発明例~12は、ニール(neel)温度が150℃以上でありながら、従来の炭素鋼線材に対して熱膨張係数が非常に低く、相対透磁率が1.05以下と優れた非磁性特性を示したことが分かる。
【0058】
これらの結果から、線材内のMn含有量が高くなるほどニール(neel)温度が上昇するようになり、その温度(ニール温度)以下では、電磁特性に起因した体積変化が発生し、これが熱的膨張を相殺して熱膨張係数が低くなる効果が得られるようになる。
【0059】
特に、鋼中のMnを31%以上含有すると、常温での熱膨張係数が10×10-6/℃以下に低くなる特性を示す。また、インバー及びインバー合金の場合、キュリー温度以下で強磁性特性を示すのに対し、本発明による線材の場合には、インバー及びインバー合金とは相違にニール(neel)温度以下で反強磁性特性が現れるため、非磁性特性が得られる効果がある。
【0060】
さらに、本発明の線材は、引き抜き時にオーステナイト加工硬化の効果によって高強度鋼線の製造が可能となる。
【0061】
一例として、直径8mmの線材(発明例1)は600MPa程度の引張強度を有するが、これを直径6mmに引き抜く場合、引張強度が1300MPaレベルに向上し、さらに直径4mmに引き抜く場合には1700MPaまで、さらに直径3mmに引き抜く場合には2100MPaまで引張強度が上昇する。
【0062】
このように、本発明の線材は加工量を高めて引張強度を大きく向上させることができるが、強度が高くなるほど靭性が低下する傾向にあるため、加工工程間に熱処理を経て目標とする剛性を合わせることができる。
【0063】
現在、電力線用素材として引張強度1300MPa以上の材料を用い、最高2100MPaまでも適用しているため、本発明の線材を実使用で求める物性に合わせて加工量及び熱処理回数を調節し、引き抜きした後に適用することができる。