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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-14
(45)【発行日】2024-08-22
(54)【発明の名称】操船システム及び操船方法
(51)【国際特許分類】
   B63B 21/00 20060101AFI20240815BHJP
   B63B 21/16 20060101ALI20240815BHJP
   B63H 25/42 20060101ALI20240815BHJP
   B63H 25/02 20060101ALI20240815BHJP
【FI】
B63B21/00 A
B63B21/16
B63H25/42 G
B63H25/02 Z
B63H25/42 N
【請求項の数】 16
(21)【出願番号】P 2022566887
(86)(22)【出願日】2021-11-26
(86)【国際出願番号】 JP2021043400
(87)【国際公開番号】W WO2022118753
(87)【国際公開日】2022-06-09
【審査請求日】2022-12-28
(31)【優先権主張番号】P 2020201930
(32)【優先日】2020-12-04
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000000974
【氏名又は名称】川崎重工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】110000556
【氏名又は名称】弁理士法人有古特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】大江 啓司
(72)【発明者】
【氏名】風間 英輝
(72)【発明者】
【氏名】野田 嵩
(72)【発明者】
【氏名】檜野 武憲
(72)【発明者】
【氏名】原田 芳輝
(72)【発明者】
【氏名】絹川 悠介
【審査官】結城 健太郎
(56)【参考文献】
【文献】特開2005-255058(JP,A)
【文献】特開平11-129978(JP,A)
【文献】特開昭60-94889(JP,A)
【文献】特許第5442071(JP,B2)
【文献】特開2002-244543(JP,A)
【文献】特表2019-512428(JP,A)
【文献】土井正好,永本和寿,出縄憲一,森泰親,荒天時桟橋停泊のための可変ピッチプロペラ操船法の自動化に関する一考察,計測自動制御学会論文集,日本,計測自動制御学会,2013年03月,第49巻第3号,pp.336-344,DOI:10.9746/sicetr.49.336,ISSN 1883-8189(online),0453-4654(print)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B63B 21/00,
B63H 25/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
船体の前後方向のいずれにも推力を出力可能な前後推進機と、
前記船体の横方向のいずれにも横推力を出力可能な横推進機と、
前記船体の船尾側と船首側の各々に少なくとも1つずつ配置された、係船索の巻取りと繰り出しとが可能な係船機と、
前記係船機を前記係船索の張力に対応する推力を出力する推進デバイスと見做し、前記前後推進機、前記横推進機、及び前記係船機を含む複数の推進デバイスの動作を制御する操船コントローラとを備え、
前記操船コントローラは、前記船体に作用させる指令推力を向きと大きさで表した指令ベクトルを取得し、前記複数の推進デバイスの各々に前記指令ベクトルに対応する推力を配分し、前記複数の推進デバイスの各々から配分された推力が出力されるように前記複数の推進デバイスを制御する、
操船システム。
【請求項2】
前記操船コントローラは、前記複数の推進デバイスの各々から出力される推力の合成力を向きと大きさで表した推力ベクトルが前記指令ベクトルと対応するように前記複数の推進デバイスの各々に推力を配分する、
請求項に記載の操船システム。
【請求項3】
操作を受け付けて前記操船コントローラへ入力するジョイスティックを備え、
前記操船コントローラは、前記ジョイスティックの傾倒角度を前記指令ベクトルの大きさとし前記ジョイスティックの傾倒方向を前記指令ベクトルの向きとし、前記ジョイスティックが受け付けた操作に対応した前記指令ベクトルを取得する、
請求項又はに記載の操船システム。
【請求項4】
前記船体の接岸距離を計測する距離計と、
前記船体の船位を測定する船位測定装置とを備え、
前記操船コントローラは、前記接岸距離と前記船位とに基づいて前記指令ベクトルを生成する、
請求項に記載の操船システム。
【請求項5】
前記操船コントローラは、前記船体のおかれた環境の風向、風速、及び潮流を含む外乱情報を取得し、前記外乱情報に基づいて前記船体に作用する外乱力を推定し、前記外乱力で前記指令ベクトルを修正する、
請求項のいずれか一項に記載の操船システム。
【請求項6】
前記操船コントローラは、前記船体を岸壁に着岸及び係船する際に、所定の着岸開始位置から当該着岸開始位置よりも前記岸壁に近い係船開始位置へ前記船体を移動させる着岸操船と、前記係船開始位置から前記岸壁に接岸するまで前記船体を移動させる係船操船とを行い、前記着岸操船において前記係船機に配分される推力がゼロとなるように前記複数の推進デバイスの各々に推力を配分する、
請求項のいずれか一項に記載の操船システム。
【請求項7】
前記操船コントローラは、前記係船操船において、前記複数の推進デバイスのうち前記係船機に余の推進デバイスに対して優先的に推力が配分されるように前記複数の推進デバイスの各々に推力を配分する、
請求項に記載の操船システム。
【請求項8】
前記操船コントローラは、前記係船機の前記係船索の張力に基づいて前記係船機が出力する推力を推定するように構成された船体運動モデルを有する、
請求項のいずれか一項に記載の操船システム。
【請求項9】
船体の前後方向のいずれにも推力を出力可能な前後推進機と、前記船体の横方向のいずれにも推力を出力可能な横推進機と、前記船体の船尾側と船首側の各々に少なくとも1つずつ配置された、係船索の巻取りと繰り出しとが可能な係船機とを搭載した船舶の操船方法であって、
前記船体に作用させる指令推力を向きと大きさで表した指令ベクトルを取得すること、
前記係船機を前記係船索の張力に対応する推力を出力する推進デバイスと見做し、前記前後推進機、前記横推進機、及び前記係船機を含む複数の推進デバイスの各々に前記指令ベクトルに対応する推力を配分すること、及び、
前記複数の推進デバイスの各々から配分された推力が出力されるように前記複数の推進デバイスを制御すること、を含む、
操船方法。
【請求項10】
前記配分することが、前記複数の推進デバイスの各々から出力される推力の合成力を向きと大きさで表した推力ベクトルが前記指令ベクトルと対応するように前記複数の推進デバイスの各々に推力を配分することを含む、
請求項に記載の操船方法。
【請求項11】
前記指令ベクトルを取得することが、ジョイスティックの傾倒角度を前記指令ベクトルの大きさとし前記ジョイスティックの傾倒方向を前記指令ベクトルの向きとし、前記ジョイスティックが受け付けた操作に対応した前記指令ベクトルを取得することを含む、
請求項又は10に記載の操船方法。
【請求項12】
前記指令ベクトルを取得することが、前記船体の接岸距離を計測すること、前記船体の船位を測定することと、及び、前記接岸距離と前記船位に基づいて前記指令ベクトルを生成すること、を含む、
請求項又は10に記載の操船方法。
【請求項13】
前記指令ベクトルを取得することが、前記船体のおかれた環境の風向、風速、及び潮流を含む外乱情報を取得すること、前記外乱情報に基づいて前記船体に作用する外乱力を推定すること、及び、前記外乱力で前記指令ベクトルを修正すること、を含む、
請求項12のいずれか一項に記載の操船方法。
【請求項14】
前記船体を岸壁に着岸及び係船する際に、所定の着岸開始位置から当該着岸開始位置よりも前記岸壁に近い係船開始位置へ前記船体を移動させる着岸操船と、前記係船開始位置から前記岸壁に接岸するまで前記船体を移動させる係船操船とを行い、
前記着岸操船において前記係船機に配分される推力がゼロとなるように前記複数の推進デバイスの各々に推力を配分する、
請求項13のいずれか一項に記載の操船方法。
【請求項15】
前記係船操船において、前記複数の推進デバイスのうち前記係船機に余の推進デバイスに対して優先的に推力が配分されるように前記複数の推進デバイスの各々に推力を配分する、
請求項14に記載の操船方法。
【請求項16】
前記係船機の前記係船索の張力に基づいて前記係船機が出力する推力を推定するように構成された船体運動モデルを用いて、前記係船機に配分される推力を決定する、
請求項15のいずれか一項に記載の操船方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、船舶の着岸及び係船のための操船システム及び操船方法に関する。
【背景技術】
【0002】
船舶が入港してからバースで着岸し係船されるまでの一連の工程には、操船者にとって精神的負荷の大きい操船や、船内作業員にとって労働負荷の大きい作業が含まれている。このような理由から、負荷の軽減と安全性の向上のために上記一連の工程の自動化や省人化の要望がある。しかし、港湾内の気象海象の変動に対する臨機応変な対応や、船内作業員と港湾内作業員の絶妙な連携が必要とされることから、未だ操船者や船内及び港湾内作業員の経験に頼って作業の大部分が行われているのが現状である。
【0003】
特許文献1は、着岸から係船までの操船を自動化する自動着岸係船機を開示する。この特許文献1の船舶は、船体の前後推力を出力する前後推力機関と、船体の両舷方向のいずれにも横推力を出力可能な船首側サイドスラスタ及び船尾側ポッド推進機と、係船索の巻取り及び繰り出しが可能な船首側係船機及び船尾側係船機と、岸壁までの距離を計測する距離計と、距離計の計測値に基づいて船首側サイドスラスタ、船尾側ポッド推進機、船首側係船機及び船尾側係船機を制御するコントローラとを備える。コントローラは、船舶の着岸・係船動作を着岸モード、係船モードの順に行う。コントローラは、着岸モードでは前後推力機関、船首側係船機及び船尾側係船機を停止させて、船首側サイドスラスタ及び船尾側ポッド推進機で船体を岸壁から1mの係船開始位置まで横移動させる。コントローラは、係船モードでは前後推力機関、船首側サイドスラスタ及び船尾側ポッド推進機を停止させて、船首側係船機及び船尾側係船機で係船索を引っ張ることにより船体を岸壁に係止させる。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0004】
【文献】特開2005-255058号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0005】
上記特許文献1の船舶では、船首側サイドスラスタ及び船尾側ポッド推進機による船体の横移動の工程と、船首側係船機及び船尾側係船機による船体の接岸位置の調整及び維持とが連続的に行われるにすぎず、推進機による推力と係船機による張力とを同時に発生させることは行われていない。
【0006】
本開示は以上の事情に鑑みてなされたものであり、その目的は、推進機と係船機とを連携させることにより効率的に船体を接岸させる操船を行うことにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明一態様に係る操船システムは、
船体の前後方向のいずれにも推力を出力可能な前後推進機と、
前記船体の横方向のいずれにも横推力を出力可能な横推進機と、
前記船体の船尾側と船首側の各々に少なくとも1つずつ配置された、係船索の巻取りと繰り出しとが可能な係船機と、
前記係船機を前記係船索の張力に対応する推力を出力する推進デバイスと見做し、前記前後推進機、前記横推進機、及び前記係船機を含む複数の推進デバイスの動作を制御する操船コントローラとを備え、
前記操船コントローラは、前記船体に作用させる指令推力を向きと大きさで表した指令ベクトルを取得し、前記複数の推進デバイスの各々に前記指令ベクトルに対応する推力を配分し、前記複数の推進デバイスの各々から配分された推力が出力されるように前記複数の推進デバイスを制御することを特徴としている。
【0010】
本発明の別の一態様に係る操船方法は、
船体の前後方向のいずれにも推力を出力可能な前後推進機と、前記船体の横方向のいずれにも推力を出力可能な横推進機と、前記船体の船尾側と船首側の各々に少なくとも1つずつ配置された、係船索の巻取りと繰り出しとが可能な係船機とを搭載した船舶の操船方法であって、
前記船体に作用させる指令推力を向きと大きさで表した指令ベクトルを取得すること、
前記係船機を前記係船索の張力に対応する推力を出力する推進デバイスと見做し、前記前後推進機、前記横推進機、及び前記係船機を含む複数の推進デバイスの各々に前記指令ベクトルに対応する推力を配分すること、及び、
前記複数の推進デバイスの各々から配分された推力が出力されるように前記複数の推進デバイスを制御すること、を含むことを特徴としている。
【発明の効果】
【0012】
本開示の操船システム及び操船方法によれば、推進機と係船機とを連携させることにより効率的に船体を接岸させることができる。
【図面の簡単な説明】
【0013】
図1図1は、本開示の一実施形態に係る操船システムが適用される船舶の概略構成を示す図である。
図2図2は、係船機の概略構成を示す図である。
図3図3は、操船システムの構成を示す図である。
図4図4は、操船コントローラの機能部を説明する図である。
図5図5は、操船機器制御部の処理を説明する図である。
図6図6は、着岸係船時の操船方法を説明する図である。
図7図7は、係船時の船体運動モデルを説明する図である。
【発明を実施するための形態】
【0014】
次に、図面を参照して本開示の実施の形態を説明する。図1は本発明の一実施形態に係る操船システム20が適用される船舶Sの概略構成を示す図である。
【0015】
〔船舶Sの概略構成〕
図1に示すように、船舶Sを基準とし、当該船舶Sの船首と船尾を繋ぐ水平方向を「前後方向」とし、前後方向と直交する水平方向(左右方向)を「横方向」とする。船舶Sは、船体5と、船体5に対し前後方向の推力を出力する少なくとも1つの前後推進機2と、船体5に対し横方向の推力を出力する少なくとも1つの横推進機3とを備える。
【0016】
本実施形態において、前後推進機2は主推進機である可変ピッチプロペラ及び舵の組み合わせを含む。可変ピッチプロペラ及び舵は、船体5の船尾側に設けられている。但し、前後推進機2は上記に限定されず、旋回式スラスタであったり、複数の可変ピッチプロペラ及び舵の組み合わせであったりしてもよい。
【0017】
横推進機3は、望ましくは、少なくとも1つの船首側横推進機3Bと少なくとも1つの船尾側横推進機3Aとを含む。本実施形態において、船首側横推進機3Bは船首側に設けられたサイドスラスタ(バウスラスタ)である。また、本実施形態において、船尾側に設けられた可変ピッチプロペラ及び舵の組み合わせは、舵の向きによって前後方向の推力と横方向の推力との双方を出力可能であることから、船尾側横推進機3Aとしての機能も併せ備える。但し、船舶Sが備える横推進機3は上記に限定されず、船体5の船首側及び船尾側のそれぞれにサイドスラスタが設けられていたり、船体5の船首側及び船尾側のうち少なくとも一方に旋回式スラスタが設けられていたりしてもよい。
【0018】
更に、船舶Sは、甲板の船首側に設置された少なくとも1つの船首側係船機10Bと、甲板の船尾側に設置された少なくとも1つの船尾側係船機10Aとを備える。
【0019】
本実施形態において船首側係船機10Bにはヘッドライン係船機と、フォワードスプリングライン係船機とが含まれる。船首側係船機10Bには、フォワードブレスト係船機が更に含まれていてもよい。また、本実施形態において船尾側係船機10Aには、スターンライン係船機とアフトスプリング係船機とが含まれる。船尾側係船機10Aには、アフトブレスト係船機が更に含まれていてもよい。船舶Sが所持すべき係船機10(船首側係船機10Bと船尾側係船機10Aとを区別しないときは、符号10を用いる)は、艤装数などにより決められている。
【0020】
船首側係船機10B及び船尾側係船機10Aの各係船機10は実質的に同一の構造を有している。図2に示すように、各係船機10は、係船索Rと、係船索Rの巻取りと繰り出しとが可能なウインチWとを備える。ウインチWは、電動油圧式である。ウインチWは、係船索Rが巻かれた巻取りドラム11と、巻取りドラム11を回転駆動するモータ12と、モータ12から巻取りドラム11への動力伝達の接続と遮断とを切り替える油圧式のクラッチ13と、モータ12から巻取りドラム11への動力伝達経路上に設けられた減速機14と、常時制動力を与える油圧解除式のブレーキ15とを備える。但し、ウインチWの構造は上記に限定されず、ウインチWは電動式であってもよい。
【0021】
係船機10には、回転位置センサ51、張力計52、索長計53、及び、これらの検出値に基づいてウインチWの動作を制御するウインチ制御装置50が設けられている。回転位置センサ51は、モータ12又は巻取りドラム11の回転位置及び回転数を検出する。索長計53は、巻取りドラム11から繰り出された係船索Rの長さを計測する。ウインチ制御装置50は、回転位置センサ51の検出信号及び/又は索長計53の測定値に基づいて、モータ12又は巻取りドラム11の回転を計測し、係船索Rの巻取り長さや繰り出し長さを推定する。張力計52は、係船索Rに作用する張力(負荷)を直接的又は間接的に検出するものであってよい。張力計52は、例えば、ブレーキ15に設けられたロードセルであって、当該ロードセルで検出された荷重に基づいて係船索Rの張力が推定されてよい。張力計52は、例えば、モータ12の出力トルクを検出するトルクセンサであって、当該トルクセンサで検出されたトルクに基づいて係船索Rの張力が推定されてよい。ウインチ制御装置50は、張力計52の検出値に基づいて、係船索Rに作用する張力が所定の上限値を超えない所定の値に維持されるように巻取りドラム11の回転を制御することができる。
【0022】
係船索Rを巻取りドラム11へ巻き取る際には、クラッチ13によってモータ12から巻取りドラム11への動力伝達経路が接続され、巻取りドラム11が巻取り方向に回転駆動される。係船索Rを巻取りドラム11から繰り出す際には、クラッチ13が切断されてモータ12から巻取りドラム11への動力伝達経路が切断され、巻取りドラム11は空転可能な状態となり繰り出し方向へ回転することができる。或いは、係船索Rを繰り出す際には、クラッチ13によってモータ12から巻取りドラム11への動力伝達経路が接続され、巻取りドラム11が繰り出し方向へ回転駆動されてもよい。
【0023】
図1に戻って、係船索Rの先端は、岸壁に設けられた係船柱35に係止される。巻取りドラム11から引き出された係船索Rは、チョック(ムアリングホール)、フェアリーダー、デッキエンドローラ、スタンドローラなどの適宜の案内器36によって、保護と案内がなされる。
【0024】
〔操船システム20の構成〕
図3は、操船システム20の構成を示す図である。図3に示すように、船舶Sの操船システム20は、操船コントローラ6と、操船コントローラ6と電気的に有線又は無線で接続された計器群7、ユーザーインターフェース8、及び操船機器群9とを備える。
【0025】
操船コントローラ6は、プロセッサ、ROM及びRAMなどのメモリ、及び、I/O部を備える(いずれも図示略)。操船コントローラ6には、I/O部を介して計器群7、ユーザーインターフェース8、及び操船機器群9が接続されている。操船コントローラ6には、I/O部を介してストレージ(図示略)が接続されていてもよい。操船コントローラ6は、集中制御を行う単独のプロセッサを備えてもよいし、分散制御を行う複数のプロセッサを備えてもよい。メモリや記憶手段には、プロセッサが実行する基本プログラムやアプリケーションプログラム等が格納されている。アプリケーションプログラムは、プロセッサに各機能部の処理を行わせるように構成されている。プロセッサがプログラムを読み出して実行することによって、プロセッサが操船コントローラ6としての機能を実現する。上記のような操船コントローラ6は、例えば、コンピュータ、パーソナルコンピュータ、マイクロコントローラ、マイクロプロセッサ、FPGA(field-programmable gate array)などのPLD(programmable logic device)、PLC(programmable logic controller)、及び、論理回路のうち少なくとも1つ、或いは、2つ以上の組み合わせで構成され得る。
【0026】
操船コントローラ6には、船陸間通信装置31が接続されている。操船コントローラ6は、船陸間通信装置31を使って、陸上基地に設けられた状態監視装置33へ操船情報を伝達する。この操船情報には、港湾内の航行状況や機器稼働データなどが含まれる。
【0027】
計器群7は、距離計27、カメラ28、及び各種の航海計器を含む。
【0028】
距離計27は、船首から岸壁までの船首側距離を測定する船首側距離計と、船尾から岸壁までの距離を測定する船尾側距離計とを含む。距離計27は、例えば、レーザー式距離計などの公知の非接触距離計であってよい。操船コントローラ6は、距離計27から取得した情報に基づいて、船体5(特に、船首及び船尾)から接岸しようとする岸壁までの距離(接岸距離)を求めることができる。
【0029】
カメラ28は、船首側甲板に設けられて船首から岸壁を連続的又は断続的に撮像する船首側カメラと、船尾側甲板に設けられ船尾から岸壁を連続的又は断続的に撮像する船尾側カメラとを含む。船首側カメラの撮像野には、岸壁に加えて、船首側係船機10B及び/又は船首側係船機10Bから繰り出された係船索Rが含まれることが望ましい。また、船尾側カメラの撮像野には、船尾側係船機10A及び/又は船尾側係船機10Aから繰り出された係船索Rが含まれることが望ましい。このように広い視野を確保するために、カメラ28としてアラウンドビューカメラシステムが採用されてもよい。
【0030】
各種の航海計器として、船首方位角を検出するコンパス21、(対水)速度計22、風向風速計25(風向計及び風速計)、船位測定装置26、潮流計29、音響測深器、レーダー、クロノメーター、喫水計などが例示される。船位測定装置26は、衛星を用いたGPSや基準局からの電波や光を用いた電波式及び/又は光波式の位置測定装置である。操船コントローラ6は、各種の航海計器から取得した情報に基づいて、船体5の位置、針路、船首方位角、船速などを含む航行状況情報を求めることができる。
【0031】
操船コントローラ6は船陸間通信装置31を使って、陸上基地に設けられた港湾情報提供装置32から港湾情報を適時に取得する。港湾情報には、港湾内の気象・海象情報、港湾環境情報などが含まれる。気象・海象情報には、港湾内の風速、風向、潮流、潮位、天気、及び気候などが含まれる。港湾環境情報には、港湾内の輻輳具合やバース状況などが含まれる。操船コントローラ6は、船陸間通信装置31を介して港湾情報提供装置32から送られてきた情報も、計器群7からの情報とともに演算に利用する。
【0032】
ユーザーインターフェース8には、操縦機器80と、表示装置83とが設けられている。ユーザーインターフェース8には、個別のプロペラや舵などの操船機器用の設定器や指示計、方位表示や船速表示などの計器群7からの信号を表示する表示部、各種機能切替スイッチ、及び、表示灯などが更に設けられていてもよい。
【0033】
本実施形態では、操縦機器80としてジョイスティック81と回頭ダイヤル82とが設けられている。ジョイスティック81は、操船者がジョイスティック81を動かすことによって入力した、船体5の平行移動のための推力の方向と大きさの指令を受け付けて、それを操船コントローラ6へ入力する。回頭ダイヤル82は、操船者が回頭ダイヤル82を動かすことによって入力した、回頭移動のための回頭モーメントの方向と大きさの指令を受け付けて、それを操船コントローラ6へ入力する。但し、操縦機器80は上記に限定されず、公知の操縦機器が採用されてよい。
【0034】
表示装置83としてタッチパネル式ディスプレイ、ヘッドマウント式ディスプレイなどの各種表示装置のうち少なくとも1種類の公知の表示装置が採用される。表示装置83には、操船コントローラ6から出力された操船支援情報、カメラ28で撮像された画像、機器の操作状況、航行状況情報、船体5の環境情報(海象・気象情報)などが表示され得る。操船支援情報には、海図上の自船位置、推奨航路、避険線、残存距離、海域施設、及び目標位置や、船体5の移動速度ベクトルや、船首及び船尾の任意位置の速度と岸壁との残距離などのうち少なくとも1つが含まれる。
【0035】
操船機器群9は、係船機10のウインチWを制御するウインチ制御装置50、前後推進機2を制御する前後推進制御装置91、及び、横推進機3を制御する横推進制御装置92を含む。ウインチ制御装置50、前後推進制御装置91、及び横推進制御装置92は、船舶Sに搭載されているウインチW、前後推進機2、及び横推進機3の基数に応じて設けられている。但し、図3ではウインチ制御装置50、前後推進制御装置91、及び横推進制御装置92のうちそれぞれ1つが図示されて残りは省略されている。操船コントローラ6は、これらの操船機器群9の各々に対して動作指令を出力し、操船機器群9は動作指令に基づいて対応する操船機器を動作させる。
【0036】
図4に示すように、操船コントローラ6は、操船支援情報生成部65、表示制御部66、航路計画部67、指令生成部68、及び、操船機器制御部69の各機能部を有する。操船支援情報生成部65は、計器群7や港湾情報提供装置32から取得した情報に基づいて、操船支援情報を生成する。表示制御部66は、生成された操船支援情報を表示装置83へ表示させる。航路計画部67は、計器群7や港湾情報提供装置32から取得した情報などに基づいて、出発地から目的地までの所定の評価指標を最適化する最適航路を探索し、その最適航路を計画航路として生成する。指令生成部68は、自動操船時に操船者に代わって指令を生成する。操船機器制御部69は、操船機器群9の動作を制御する。
【0037】
図5は、操船機器制御部69の処理を説明する図である。図5に示すように、操船コントローラ6の操船機器制御部69は、取得部61と、推力配分演算部62と、出力部63とを有する。
【0038】
取得部61は、計器群7で検出又は測定された情報や、ユーザーインターフェース8の操縦機器80が受け付けた指令を取得し、取得した情報(信号)に対してA/D変換、スケーリング処理、信号異常判断などを行う。
【0039】
推力配分演算部62は、ジョイスティック81が受け付けた指令(即ち、ジョイスティック81の傾倒角度と傾倒方向)に基づいて、「指令ベクトル」を生成する。指令ベクトルは、船体5に作用させる指令推力を向きと大きさで表したものと規定される。指令ベクトルの方向はジョイスティック81の傾倒方向と対応し、指令ベクトルの大きさはジョイスティック81の傾倒角度と対応する。
【0040】
推力配分演算部62は、潮流計29で検出された潮流、風向風速計25で検出された風向及び風速、並びに/又は、港湾情報提供装置32から取得した港湾内の潮流及び風向風速を含む外乱情報を取得し、外乱情報に基づいて船舶Sに作用する外乱力を推定し、指令ベクトルに外乱力に抗する力を加えることにより指令ベクトルを修正する。推力配分演算部62は、修正された指令ベクトルと推力ベクトルとが対応するように複数の推進デバイス(係船機10、前後推進機2、及び、横推進機3)の各々に推力を配分する演算を行う。ここで、係船機10は推進デバイスの一種と見做され、「推力ベクトル」は複数の推進デバイス(係船機10、前後推進機2、及び、横推進機3)から出力される推力の合成力を向きと大きさで表したものと規定される。推力配分演算部62による推力配分演算方法については、後ほど詳述する。
【0041】
出力部63は、推力配分演算部62が求めた各推進デバイス2,3,10に配分された推力を、スケーリングやD/A変換や異常処理などを行ったうえで、対応するウインチ制御装置50、前後推進制御装置91、及び横推進制御装置92へ動作指令として出力する。これにより、ジョイスティック81の傾倒角度と対応した大きさで傾倒方向へ向かう推力が船体5に与えられる。
【0042】
〔操船方法〕
ここで上記構成の操船システム20を用いた船舶Sの着岸・係船時の操船方法について、図6を用いて説明する。
【0043】
操船コントローラ6は、船舶Sが港湾に進入するとアプローチ操船を開始する。アプローチ操船において、操船コントローラ6は、計器群7や港湾情報提供装置32から取得した情報を用いてアプローチ操船支援情報を生成し、それを表示装置83の画面に表示させる。ここで、操船コントローラ6は、所定の着岸開始位置P2を目標位置とし、計器群7や港湾情報提供装置32から取得した情報を用いて港湾口P1から着岸開始位置P2までの最適航路を計画航路として求める。表示装置83の画面上には、アプローチ操船支援情報として複数のウエイポイントから成る計画航路と目標位置及び自船位置とがオーバーレイされた港湾の海図や、船首方位角及び船速などの航行情報がグラフィック表示される。着岸開始位置P2は、バースの岸壁から所定距離(例えば30m程度)だけ離れた位置であり、着岸開始位置P2に到達した船舶Sの船体5は前後方向が岸壁の延伸方向と略平行とであり、前後方向の速度は概ねゼロである。
【0044】
操船者は表示装置83に表示されたアプローチ操船支援情報に基づいてジョイスティック81及び回頭ダイヤル82を操作する。操船コントローラ6は、ジョイスティック81の傾倒角度及び傾倒方向に基づいて指令ベクトルを求める。但し、船舶Sは自動でアプローチ操船されてもよい。この場合、操船コントローラ6は、計器群7や港湾情報提供装置32から取得した情報、及び、計画航路に基づいて、自ら指令ベクトルを生成してもよい。
【0045】
操船コントローラ6は、指令ベクトルに外乱力に抗する力を加えて修正された指令ベクトルを求め、前後推進機2から出力される推力の合成によって修正された指令ベクトルと対応する推力ベクトルが得られるように、前後推進機2に推力を配分する。アプローチ操船では、横推進機3及び係船機10に配分される推力はゼロである。操船コントローラ6は、配分された推力が出力されるような推力目標値を生成してそれを前後推進制御装置91へ出力し、前後推進制御装置91は推力目標値と対応する推力が出力されるように前後推進機2を制御する。その結果、船舶Sは指令ベクトルと対応する推力を得て計画航路に沿って航行する。
【0046】
操船コントローラ6は、船舶Sが着岸開始位置P2に到達すると着岸操船を開始する。着岸操船において、操船コントローラ6は、計器群7や港湾情報提供装置32から取得した情報を用いて着岸操船支援情報を生成し、それを表示装置83の画面に表示させる。着岸操船では、船舶Sを着岸開始位置P2から所定の係船開始位置P3へ移動させる。係船開始位置P3は、バースの岸壁から数m程度だけ離れた位置であり、係船開始位置P3に到達した船舶Sの船体5は前後方向が岸壁の延伸方向と略平行とであり、船首方向及び横方向の速度は概ねゼロである。表示装置83の画面上には、着岸操船支援情報として目標位置や自船位置がオーバーレイされた港湾の海図や、船首方位角及び船速などの航行情報、接岸距離、カメラ28で撮像された画像などが表示される。
【0047】
操船者は表示装置83に表示された着岸操船支援情報に基づいてジョイスティック81及び回頭ダイヤル82を操作する。操船コントローラ6は、ジョイスティック81の傾倒角度及び傾倒方向に基づいて指令ベクトルを求める。但し、船舶Sは自動で着岸操船されてもよい。この場合、操船コントローラ6は、計器群7や港湾情報提供装置32から取得した情報に基づいて、自ら指令ベクトルを生成してもよい。
【0048】
操船コントローラ6は、指令ベクトルに外乱力に抗する力を加えて修正された指令ベクトルを求め、前後推進機2及び横推進機3から出力される推力の合成によって修正された指令ベクトルと対応する推力ベクトルが得られるように、前後推進機2及び横推進機3に推力を配分する。着岸操船では、係船機10に配分される推力はゼロである。操船コントローラ6は、前後推進制御装置91及び横推進制御装置92の各々に対して配分された推力が出力されるような推力目標値を生成してそれを出力し、前後推進制御装置91は与えられた推力目標値と対応する推力が出力されるように前後推進機2を制御し、横推進制御装置92は与えられた推力目標値と対応する推力が出力されるように横推進機3を制御する。その結果、船舶Sは指令ベクトルと対応する推力を得て係船開始位置P3まで主に横移動する。
【0049】
船舶Sが係船開始位置P3に到達すると、船尾側係船機10A及び船首側係船機10Bから係船索Rが繰り出され、係船索Rの先端部が岸壁に設けられた係船柱35に係止される。この間、操船コントローラ6は、自動方位保持機能で、船舶Sを係船開始位置P3に位置保持させる。操船コントローラ6の自動方位保持機能は、設定船首方位角とコンパス21からの船首方位角との偏差に対してPID演算などを行い、それを回頭ダイヤル82の代わりに回頭モーメント指令として推力配分演算に与えることで、船首の方位が保持されるように前後推進機2及び横推進機3を稼働させる。
【0050】
全ての係船索Rの先端部が岸壁に設けられた係船柱35に係止されてから、操船コントローラ6は係船操船を開始する。操船コントローラ6は、計器群7や港湾情報提供装置32から取得した情報を用いて係船操船支援情報を生成し、それを表示装置83の画面に表示させる。表示装置83の画面上には、着岸操船支援情報として目標位置や自船位置がオーバーレイされた港湾の海図や、船首方位角及び船速などの航行情報、接岸距離、カメラ28で撮像された画像などが表示される。
【0051】
係船操船は自動で行われ、操船コントローラ6は、計器群7や港湾情報提供装置32から取得した情報に基づいて指令ベクトルを生成する。但し、操船者は表示装置83に表示された係船操船支援情報を視認して必要に応じてジョイスティック81及び回頭ダイヤル82を操作してもよい。この場合、ジョイスティック81及び回頭ダイヤル82が受け付けた操作が、操船コントローラ6で生成される指令に対し優先されてよい。
【0052】
操船コントローラ6は、指令ベクトルに外乱力に抗する力を加えて修正された指令ベクトルを求め、係船機10、前後推進機2及び横推進機3から出力される推力の合成によって修正された指令ベクトルと対応する推力ベクトルが得られるように、係船機10、前後推進機2及び横推進機3に推力を配分する。操船コントローラ6は、ウインチ制御装置50、前後推進制御装置91及び横推進制御装置92の各々に対して配分された推力が出力されるような推力目標値を生成してそれを出力する。ウインチ制御装置50は与えられた推力目標値と対応する推力が出力されるように係船機10を制御する。具体的には、ウインチ制御装置50は、係船索Rを巻き取ったり繰り出したりして張力及び索長を調整することにより推力目標値が得られるように、ウインチWの動作を制御する。前後推進制御装置91は与えられた推力目標値と対応する推力が出力されるように前後推進機2を制御し、横推進制御装置92は与えられた推力目標値と対応する推力が出力されるように横推進機3を制御する。その結果、船舶Sは指令ベクトルと対応する推力を得て接岸するまで主に横移動する。
【0053】
係船操船における推力配分では、係船機10への推力の配分が優先される。各係船機10には係船索Rの張力の許容範囲が設定されている。係船操船が開始されて、係船機10の巻上げ動作により係船索Rのたわみが解消されたのちは、張力計52で測定される係船索Rの張力が許容範囲内に維持されるように、係船機10へ推力が配分される。ここで、張力の許容範囲は、0より大きく且つ係船機10A,10Bの最大巻込力より小さい所定の閾値以下である。係船機10A,10Bの最大巻込力は、係船機10A,10Bの各々に固有の既知の値である。係船機10A,10Bの各々について、係船索Rの張力に関する閾値(許容範囲)が個別に設定されてよい。或いは、全ての係船機10A,10Bについて、同一の係船索Rの張力に関する閾値(許容範囲)が設定されてもよい。
【0054】
係船操船における推力配分では、先ず、各係船索Rの張力が許容範囲内に維持されるように各係船機10に推力が配分される。そして、全ての係船機10が出力する推力の合成ベクトル(係船機推力ベクトル)を求め、指令ベクトルから係船機推力ベクトルを差し引いた不足分が前後推進機2及び横推進機3から出力される推力で補われる。不足分が生じない場合には、前後推進機2及び横推進機3から出力される推力はゼロであってもよい。このように推力が分配されることによって、操船コントローラ6は、係船操船の少なくとも一部分において、船首側係船機10B及び船尾側係船機10Aに係船索Rの巻取り動作を行わせると同時に、前後推進機2及び横推進機3のうち少なくとも一方に係船索Rの張力を軽減させるような推力を出力させるように、これらの推進デバイスを制御する。
【0055】
ここで、操船コントローラ6の推力配分演算部62が行う推力配分演算方法(第1例及び第2例)について詳細に説明する。
【0056】
(推力配分演算方法:第1例)
操船コントローラ6は、船首側係船機10B及び船尾側係船機10Aの係船索Rの張力に基づいて船首側係船機10B及び船尾側係船機10Aが出力する推力を推定するように構成された船体運動モデルを有する。図7に示すように、船体運動モデルは、各係船索Rについて、船体5を基準としたウインチWから見て最も先端側に配置された案内器36の位置である入力点78の座標を有する。操船コントローラ6は、船体運動モデルに、船体5の喫水と、船体5の位置と、係船柱35への係止位置である岸壁側係留点77の座標と、係船索Rの張力とを入力することによって、入力点78に作用する推力の三方向(前後方向、横方向、及び鉛直方向)の成分を推定することができる。また、操船コントローラ6は、船体運動モデルを用いて入力点78に作用する推力による船体5の挙動をシミュレーションにより推定することができる。操船コントローラ6は、船体運動モデルを用いた演算結果に基づいて、船首側係船機10B及び船尾側係船機10Aに配分される推力を決定することができる。
【0057】
ウインチ制御装置50は、操船コントローラ6でシミュレーションに用いた張力が生じるようにウインチWを動作させる。そして、操船コントローラ6は、シミュレーションで得られた船体5の動きと、実際の船体5の動きとの差分をフィードバックし、任意の方向に船体5を動かして係船操船を行う。ここで、所定の閾値を超える張力が測定された場合に、操船コントローラ6は、巻取り速度を下げるようにウインチ制御装置50に指令を出し、巻取り速度の低下によって不足する推力が前後推進機2及び/又は横推進機3で発生する推力で補われるように前後推進機2及び/又は横推進機3に推力が配分される。これにより係船索Rの過負荷が防止される。
【0058】
(推力配分演算方法:第2例)
計算を単純化するために、船体5を水平面内で操縦制御するものとして(x,y,z)の3自由度で取り扱う。この3自由度に対してジョイスティック81と回頭ダイヤル82とで受け付けた推力指令を前後方向推力指令(xd)、横方向推力指令(yd)、及び回頭モーメント指令(φd)に割り当て、指令ベクトルXdを次式1によって表す。なお、上記実施形態では、修正された指令ベクトルから推力ベクトルを求めることから、以下の指令ベクトルXdを修正された指令ベクトルと読み替える。式1~4中のX,Xd,A,A*,Xkはベクトル又は行列を表す。
【0059】
【数1】
【0060】
前後推進機2の推力Tp、舵推力Tr、横推進機3の推力Ts、船首側係船機10Bの推力Tb、船尾側係船機10Aの推力Taとする。船舶Sがn基の複数の前後推進機2を備える場合、前後推進機2の推力はTp1,・・・,Tpnと表される。舵が複数である場合には、舵推力Trは複数の舵による合成力と考える。船舶Sがm基の複数の横推進機3を備える場合、横推進機3の推力はTs1,・・・,Tsmと表される。船舶Sがk基の複数の船首側係船機10Bを備える場合、船首側係船機10Bの各々では張力に相当する推力(前後推力と横推力の合成力)が発生しているものとし、船首側係船機10Bの推力はTb1,・・・,Tbkと表される。船舶Sがk基の複数の船尾側係船機10Aを備える場合、船尾側係船機10Aの各々では張力に相当する推力(前後推力と横推力)が発生しているものとし、船尾側係船機10Aの推力はTa1,・・・,Takと表される。これらをまとめた推力ベクトルXを次式2のように表す。
【0061】
【数2】
【0062】
推力ベクトルXと指令ベクトルXdとが次式3を満たすものとする。
Xd=A・X ・・・(式3)
【0063】
ここで、行列Aは配置行列である。配置行列Aの一般化逆行列A*を用いると、推力ベクトルXは次式4で表される。
X=A*・Xd+Xk ・・・(式4)
【0064】
ここで、Xkは次式5を満たす。A*を推力配分行列と称する。
A*・Xk=0 ・・・(式5)
【0065】
一般化逆行列は種々の形があるが、例えば、推力ベクトルXの各要素の二乗和を最小にする一般化逆行列を採用してよい。なお、舵横力のように必要とする推力を得るためには舵角だけではなく最小限必要な可変ピッチプロペラの推力の条件などの拘束条件が与えられる。操船コントローラ6には予め推力配分行列A*が記憶されており、操船コントローラ6は推力配分行列A*を用いて指令ベクトルXd(上記実施形態では修正された指令ベクトル)から推力ベクトルを導き出す。
【0066】
〔総括〕
以上に説明したように、本実施形態に係る操船システム20は、
船体5の前後方向のいずれにも推力を出力可能な少なくとも1つの前後推進機2と、
船体5の横方向のいずれにも推力を出力可能な少なくとも1つの横推進機3と、
船体5の船尾側と船首側の各々に少なくとも1つずつ配置された、係船索Rの巻取りと繰り出しとが可能な係船機10A,10Bと、
前後推進機2、横推進機3、及び係船機10A,10Bの動作を制御する操船コントローラ6とを備える。
そして、操船コントローラ6が、船体5を岸壁に接岸させる際に、係船索Rが岸壁に設けられた係船柱35に係止された状態で係船機10A,10Bに係船索Rの巻取り動作を行わせると同時に、前後推進機2及び横推進機3のうち少なくとも一方に係船索Rの張力を軽減させるような推力を出力させるように構成されていることを特徴としている。
【0067】
同様に、本実施形態に係る船舶Sの操船方法は、船体5の前後方向のいずれにも推力を出力可能な少なくとも1つの前後推進機2と、船体5の横方向のいずれにも推力を出力可能な少なくとも1つの横推進機3と、船体5の船尾側と船首側の各々に少なくとも1つずつ配置された、係船索Rの巻取りと繰り出しとが可能な係船機10A,10Bとを搭載した船舶Sの操船方法であって、
船体5を岸壁に接岸させる際に、係船索Rが岸壁に設けられた係船柱35に係止された状態で係船機10A,10Bに係船索Rの巻取り動作を行わせると同時に、前後推進機2及び横推進機3のうち少なくとも一方に係船索Rの張力を軽減させるような推力を出力させることを特徴としている。
【0068】
上記操船システム20及び操船方法では、船体5を接岸させるために係船機10A,10Bに係船索Rの巻取り動作をさせている間、係船索Rの張力が軽減されるような推力が船体5に作用する。このように推進機2,3と係船機10A,10Bとを連携させることにより、係船索Rに過負荷が掛かることが防止される。一般的に、係船機の巻取り動作中に係船索に過負荷が掛かった場合には、係船機に係船索の繰り出し動作を行わせることによって、過負荷を解消する。これに対し、上記の操船システム20及び操船方法では、係船機10A,10Bの巻取り動作中に係船索Rに過負荷が掛かることが防止されることから、係船索Rの繰り出し長さが停滞したり長くなったりせずに継続的に短くなるので、係船機10A,10Bのみを用いる場合と比較して効率的に船体5を接岸させることができる。
【0069】
上記の操船システム20は、係船索Rの張力を測定する張力計52を更に備え、操船コントローラ6は、張力計52で測定される係船索Rの張力が0より大きく且つ係船機10A,10Bの最大巻込力より小さい所定の閾値以下の範囲に維持されるように、前後推進機2及び横推進機3のうち少なくとも一方に係船索Rの張力を軽減させるような推力を出力させるように構成されている。
【0070】
同様に、上記の操船方法では、係船索Rの張力が0より大きく且つ係船機10A,10Bの最大巻込力より小さい所定の閾値以下の範囲に維持されるように、前後推進機2及び横推進機3のうち少なくとも一方に係船索Rの張力を軽減させるような推力を出力させる。
【0071】
このように、船体5を接岸させるために係船機10A,10Bに係船索Rの巻取り動作をさせている間、係船索Rの張力の範囲が維持されることから、係船索Rに過負荷が掛かることが防止される。
【0072】
また、上記実施形態に係る操船システム20は、
船体5の前後方向のいずれにも推力を出力可能な少なくとも1つの前後推進機2と、船体5の横方向のいずれにも推力を出力可能な少なくとも1つの横推進機3と、
船体5の船尾側と船首側の各々に少なくとも1つずつ配置された、係船索Rの巻取りと繰り出しとが可能な係船機10A,10Bと、
係船機10A,10Bを係船索Rの張力に対応する推力を出力する推進デバイスと見做し、前後推進機2、横推進機3、及び係船機10A,10Bを含む複数の推進デバイス2,3,10A,10Bの動作を制御する操船コントローラ6とを備える。
そして、操船コントローラ6が、船体5に作用させる指令推力を向きと大きさで表した指令ベクトルを取得し、複数の推進デバイス2,3,10A,10Bの各々に指令ベクトルに対応する推力を配分し、複数の推進デバイス2,3,10A,10Bの各々から配分された推力が出力されるように複数の推進デバイス2,3,10A,10Bを制御することを特徴としている。ここで、操船コントローラ6は、複数の推進デバイス2,3,10A,10Bの各々から出力される推力の合成力を向きと大きさで表した推力ベクトルが指令ベクトルと対応するように複数の推進デバイス2,3,10A,10Bの各々に推力を配分するように構成されていてよい。
【0073】
同様に、上記実施形態に係る船舶Sの操船方法は、船体5の前後方向のいずれにも推力を出力可能な少なくとも1つの前後推進機2と、船体5の横方向のいずれにも推力を出力可能な少なくとも1つの横推進機3と、船体5の船尾側と船首側の各々に少なくとも1つずつ配置された、係船索Rの巻取りと繰り出しとが可能な係船機10A,10Bとを搭載した船舶Sの操船方法であって、
船体5に作用させる指令推力を向きと大きさで表した指令ベクトルを取得すること、
係船機10A,10Bを係船索Rの張力に対応する推力を出力する推進デバイスと見做し、前後推進機2、横推進機3、及び係船機10A,10Bを含む複数の推進デバイス2,3,10A,10Bの各々に指令ベクトルに対応する推力を配分すること、及び、
複数の推進デバイス2,3,10A,10Bの各々から配分された推力が出力されるように複数の推進デバイス2,3,10A,10Bを制御すること、を含む。ここで、上記の配分することが、複数の推進デバイス2,3,10A,10Bの各々から出力される推力の合成力を向きと大きさで表した推力ベクトルが指令ベクトルと対応するように複数の推進デバイス2,3,10A,10Bの各々に推力を配分することを含んでいてよい。
【0074】
上記操船システム20及び操船方法では、係船機10A,10Bが推進デバイスの一種と見做され、係船機10A,10B、前後推進機2及び横推進機3を含む複数の推進デバイス2,3,10A,10Bに船体5に作用させる推力が配分される。このように、推進機2,3と係船機10A,10Bとが統括的に制御されるので、推進機2,3と係船機10A,10Bとを個別に操作する必要が無く、作業の効率化と省人化を図ることができる。また、岸壁付近の流体力は不規則であるが、推進機2,3と係船機10A,10Bを含む複数の推進デバイス2,3,10A,10Bで連携して推力を発生させることにより、係船機10A,10Bのみで船体5を移動させる場合と比較して安定して目標位置へ到達させることができる。
【0075】
また、上記実施形態に係る操船システム20は、操作を受け付けて操船コントローラ6へ入力するジョイスティック81を備え、操船コントローラ6は、ジョイスティック81の傾倒角度を指令ベクトルの大きさとしジョイスティック81の傾倒方向を指令ベクトルの向きとし、ジョイスティック81が受け付けた操作に対応した指令ベクトルを取得するように構成されている。
【0076】
同様に、上記の操船方法において、指令ベクトルを取得することが、ジョイスティック81の傾倒角度を指令ベクトルの大きさとしジョイスティック81の傾倒方向を指令ベクトルの向きとし、ジョイスティック81が受け付けた操作に対応した指令ベクトルを取得することを含む。
【0077】
このようにジョイスティック81を操作することによって、係船機10A,10B及び横推進機3を含む複数の推進デバイス2,3,10A,10Bを統括的に動作させることができる。よって、推進機2,3と係船機10A,10Bとを個別に操作する必要が無く、作業の効率化と省人化を図ることができる。
【0078】
また、上記実施形態に係る操船システム20は、船体5の接岸距離を計測する距離計27と、船体5の船位を測定する船位測定装置26とを備え、操船コントローラ6は、接岸距離と船位とに基づいて指令ベクトルを生成するように構成されている。
【0079】
同様に、上記実施形態に係る操船方法において、指令ベクトルを取得することが、船体5の接岸距離を計測すること、船体5の船位を測定することと、及び、接岸距離と船位に基づいて指令ベクトルを生成すること、を含む。
【0080】
このように、指令ベクトルが自動的に生成されるので、船舶Sを自動操船することができる。
【0081】
また、上記実施形態に係る操船システム20において、操船コントローラ6は、船体5のおかれた環境の風向、風速、及び潮流を含む外乱情報を取得し、外乱情報に基づいて船体5に作用する外乱力を推定し、外乱力で指令ベクトルを修正するように構成されている。
【0082】
同様に、上記実施形態に係る操船方法において、指令ベクトルを取得することが、船体5のおかれた環境の風向、風速、及び潮流を含む外乱情報を取得すること、外乱情報に基づいて船体5に作用する外乱力を推定すること、及び、外乱力で指令ベクトルを修正すること、を含む。
【0083】
このように、船体5に作用する外乱力を打ち消すように指令ベクトルが修正されるので、修正前の指令ベクトルは外乱力が考慮されたものでなくてよい。よって、操船者は、経験値に依らずに指令を出すことができる。
【0084】
また、上記実施形態に係る操船システム20において、操船コントローラ6は、船体5を岸壁に着岸及び係船する際に、所定の着岸開始位置P2から当該着岸開始位置P2よりも岸壁に近い係船開始位置P3へ船体5を移動させる着岸操船と、係船開始位置P3から岸壁に接岸するまで船体5を移動させる係船操船とを行い、着岸操船において係船機10A,10Bに配分される推力がゼロとなるように複数の推進デバイス2,3,10A,10Bの各々に推力を配分するように構成されている。また、操船コントローラ6は、係船操船において、複数の推進デバイス2,3,10A,10Bのうち係船機10A,10Bに余の推進デバイス2,3に対して優先的に推力が配分されるように複数の推進デバイス2,3,10A,10Bの各々に推力を配分するように構成されている。
【0085】
同様に、上記実施形態に係る操船方法は、船体5を岸壁に着岸及び係船する際に、所定の着岸開始位置P2から当該着岸開始位置P2よりも岸壁に近い係船開始位置P3へ船体5を移動させる着岸操船と、係船開始位置P3から岸壁に接岸するまで船体5を移動させる係船操船とを行い、着岸操船において係船機10A,10Bに配分される推力がゼロとなるように複数の推進デバイス2,3,10A,10Bの各々に推力を配分する。また、係船操船において、複数の推進デバイス2,3,10A,10Bのうち係船機10A,10Bに余の推進デバイス2,3に対して優先的に推力が配分されるように複数の推進デバイス2,3,10A,10Bの各々に推力を配分する。
【0086】
このように、係船索Rが係船柱35に係留されていない着岸操船では、推進機2,3の稼働により船体5に推力が与えることができる。係船索Rが係船柱35に係留された係船操船では、係船機10A,10Bを含む複数の推進デバイス2,3,10A,10Bの稼働により船体5に推力を与えることができる。そのうえ、係船操船では、係船機10A,10Bに優先的に推力が配分されて、主に係船索Rの張力で船体5を移動させつつ、不足する推力を推進機2,3で発生する推力で補うように、複数の推進デバイス2,3,10A,10Bを動作させることができる。
【0087】
また、上記実施形態に係る操船システム20において、操船コントローラ6は、係船機10A,10Bの係船索Rの張力に基づいて係船機10A,10Bが出力する推力を推定するように構成された船体運動モデルを有する。
【0088】
同様に、上記実施形態に係る操船方法において、係船機10A,10Bの係船索Rの張力に基づいて係船機10A,10Bが出力する推力を推定するように構成された船体運動モデルを用いて、係船機10A,10Bに配分される推力を決定する。
【0089】
このように係船索Rの張力によって船体5に作用する推力が船体運動モデルを用いて推定されるので、複雑な系においてもより正確な船体5の挙動を得ることができ、これを推力の配分に利用することができる。
【0090】
以上に本開示の好適な実施の形態を説明したが、本開示の趣旨を逸脱しない範囲で、上記実施形態の具体的な構造及び/又は機能の詳細を変更したものも本発明に含まれ得る。
【符号の説明】
【0091】
2 :前後推進機(推進デバイス)
3 :横推進機(推進デバイス)
3A :船尾側横推進機(推進デバイス)
3B :船首側横推進機(推進デバイス)
5 :船体
6 :操船コントローラ
7 :計器群
8 :ユーザーインターフェース
9 :操船機器群
10 :係船機(推進デバイス)
10A :船尾側係船機(推進デバイス)
10B :船首側係船機(推進デバイス)
20 :操船システム
26 :船位測定装置
27 :距離計
81 :ジョイスティック
P2 :着岸開始位置
P3 :係船開始位置
R :係船索
S :船舶
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7