(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-15
(45)【発行日】2024-08-23
(54)【発明の名称】溶接機の制御方法
(51)【国際特許分類】
B23K 9/095 20060101AFI20240816BHJP
B23K 31/00 20060101ALI20240816BHJP
B23K 9/10 20060101ALI20240816BHJP
B23K 9/29 20060101ALN20240816BHJP
【FI】
B23K9/095 501A
B23K31/00 M
B23K9/10 A
B23K9/29 E
(21)【出願番号】P 2022516890
(86)(22)【出願日】2021-03-18
(86)【国際出願番号】 JP2021011061
(87)【国際公開番号】W WO2021215152
(87)【国際公開日】2021-10-28
【審査請求日】2024-03-13
(31)【優先権主張番号】P 2020074555
(32)【優先日】2020-04-20
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】314012076
【氏名又は名称】パナソニックIPマネジメント株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100106116
【氏名又は名称】鎌田 健司
(74)【代理人】
【識別番号】100131495
【氏名又は名称】前田 健児
(72)【発明者】
【氏名】柴垣 龍之介
(72)【発明者】
【氏名】杉山 直仁
(72)【発明者】
【氏名】堀江 宏太
(72)【発明者】
【氏名】玉川 健太
【審査官】岩見 勤
(56)【参考文献】
【文献】特開2013-66906(JP,A)
【文献】国際公開第2019/202854(WO,A1)
【文献】国際公開第2018/025584(WO,A1)
【文献】特開2019-13930(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
B23K 9/095
B23K 31/00
B23K 9/10
B23K 9/29
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
角速度センサが少なくとも取り付けられた溶接トーチを有する溶接機の制御方法であって、
前記溶接機の溶接条件を変更可能な状態にする条件変更スタンバイステップと、
前記溶接トーチに設けられた第1操作部を操作した状態で、所定の軸回りに前記溶接トーチを回転させるトーチ回転ステップと、
前記トーチ回転ステップにおける前記溶接トーチの回転量が一定量以上である場合に、前記回転量に応じて、前記溶接条件のうち、特定のパラメータの値を変更する条件変更ステップと、
前記条件変更ステップの後に、前記第1操作部の操作を解除することで、前記溶接条件の変更を確定させる条件確定ステップと、を少なくとも備えたことを特徴とする溶接機の制御方法。
【請求項2】
請求項1に記載の溶接機の制御方法において、
前記条件変更スタンバイステップでは、前記溶接トーチに設けられた第2操作部を操作することで、前記溶接機の溶接条件を変更可能な状態にすることを特徴とする溶接機の制御方法。
【請求項3】
請求項2に記載の溶接機の制御方法において、
前記条件変更スタンバイステップでは、前記溶接トーチに設けられた前記第2操作部を操作することで、前記特定のパラメータを変更可能な状態にすることを特徴とする溶接機の制御方法。
【請求項4】
請求項1ないし3のいずれか1項に記載の溶接機の制御方法において、
前記回転量は、前記角速度センサでの検出値から得られた回転角度に基づいて求められることを特徴とする溶接機の制御方法。
【請求項5】
請求項1ないし4のいずれか1項に記載の溶接機の制御方法において、
前記所定の軸は、前記溶接トーチの長手方向に延びる軸であることを特徴とする溶接機の制御方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本開示は、溶接機の制御方法、特に溶接作業者が手動で操作するタイプの溶接トーチを有する溶接機の制御方法に関する。
【背景技術】
【0002】
従来、溶接作業者が手動で操作する溶接トーチに加速度センサ等のセンサを取り付けて、センサからの出力信号に基づいてアーク溶接を制御する技術が知られている(例えば、特許文献1~4参照)。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2013-066906号公報
【文献】特開2018-020367号公報
【文献】国際公開第2019/202854号
【文献】国際公開第2018/025584号
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところで、手動で溶接トーチを操作するアーク溶接においては、電源装置と溶接トーチとの間をトーチケーブルで接続する構成が一般的である。この場合、溶接条件の設定や変更は、電源装置に設けられた入力部または電源装置に接続されたリモコンを用いることが多い。
【0005】
しかし、電源装置の入力部を用いる場合、溶接作業者は、溶接条件を変更するために、電源装置まで移動して条件変更を行う必要がある。また、リモコンのケーブルが短いと、リモコンをワークの溶接個所まで持っていけない場合があり、溶接条件を変更するために、リモコンまで移動して条件変更を行う必要がある。
【0006】
このような煩わしさを解消するために、例えば、特許文献1,3には、溶接トーチを一方向に沿って移動させたり、溶接トーチをタップしたりすることで、加速度センサの検出値を変化させ、この変化の回数に応じて溶接条件の変更を行う構成が開示されている。
【0007】
しかし、特許文献1,3に開示された従来の構成では、溶接条件のうち変更したいパラメータを選択する方法は開示されていない。また、変更量が大きくなると、何度も溶接トーチを移動させたり、タップしたりするため、操作の煩わしさは解消されない。
【0008】
本開示はかかる点に鑑みてなされたもので、その目的は、溶接条件を変更するにあたって、溶接作業者の操作負担を軽減可能な溶接機の制御方法を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0009】
上記目的を達成するため、本開示に係る溶接機の制御方法は、角速度センサが少なくとも取り付けられた溶接トーチを有する溶接機の制御方法であって、前記溶接機の溶接条件を変更可能な状態にする条件変更スタンバイステップと、前記溶接トーチに設けられた第1操作部を操作した状態で、所定の軸回りに前記溶接トーチを回転させるトーチ回転ステップと、前記トーチ回転ステップにおける前記溶接トーチの回転量が一定量以上である場合に、前記回転量に応じて、前記溶接条件のうち、特定のパラメータの値を変更する条件変更ステップと、前記条件変更ステップの後に、前記第1操作部の操作を解除することで、前記溶接条件の変更を確定させる条件確定ステップと、を少なくとも備えたことを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
本開示によれば、溶接条件を変更するにあたって、溶接作業者の操作負担を軽減できる。また、操作の利便性及び安全性の向上が図れる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】
図1は、一実施形態に係るアーク溶接機の構成を示す模式図である。
【
図2】
図2は、溶接トーチの外観を示す模式図である。
【
図3】
図3は、溶接トーチの内部構造を示す模式図である。
【
図4】
図4は、電源装置と溶接トーチの機能ブロックの概略構成図である。
【
図5】
図5は、溶接電流の変更手順を示すフローチャートである。
【
図6】
図6は、変形例1に係る溶接トーチの外観を示す模式図である。
【
図7】
図7は、変形例2に係る電源装置と溶接トーチの機能ブロックの概略構成図である。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本開示の実施形態を図面に基づいて詳細に説明する。以下の好ましい実施形態の説明は、本質的に例示に過ぎず、本開示、その適用物或いはその用途を制限することを意図するものでは全くない。
【0013】
(実施形態)
[アーク溶接機の構成及び溶接トーチの構成]
図1は、本実施形態に係るアーク溶接機の構成の模式図を示す。
図2は、溶接トーチの外観の模式図を、
図3は、溶接トーチの内部構造の模式図をそれぞれ示す。
【0014】
図1に示すように、アーク溶接機10(以下、単に溶接機10と呼ぶことがある)は、電源装置20とワイヤ送給装置30と溶接トーチ60とを備えている。また、ガスボンベ80からガスホース81及びワイヤ送給装置30を介してシールドガス、例えば、CO
2ガスが溶接トーチ60に供給されている。なお、シールドガスの圧力及び流量が所定の値になるように、図示しない流量調整器で調整され、シールドガスが供給される。なお、ガスホース81はトーチケーブル41の内部に収容されており、後述する電力ケーブル40と制御ケーブル50も同様にトーチケーブル41の内部に収容されている。
【0015】
電源装置20は、出力端子21の一方に電力ケーブル40が、他方にワークケーブル42がそれぞれ接続されており、電力ケーブル40から溶接トーチ60に溶接用の電力が供給される。具体的には、トーチケーブル41内に収容されて溶接トーチ60に接続された電力ケーブル40及び図示しない溶接用チップを介して溶接トーチ60内を通る溶接ワイヤ70に溶接電流が供給される。また、電源装置20は、ワイヤ送給装置30に対してワイヤ送給速度や溶接ワイヤ70を流れる溶接電流を制御するための制御信号を送るように構成されている。電源装置20の機能及び内部の機能ブロック構成については後で述べる。
【0016】
ワイヤ送給装置30は、ワイヤ送給機構(図示せず)とワイヤ送給機構を駆動するモータ31とで構成され、電源装置20からの制御信号に応じて、溶接ワイヤ70を所定の速度でワーク(溶接対象物)Wに向けて送給する。また、ガスボンベ80から供給されたシールドガスを溶接トーチ60に供給する。なお、シールドガスは、流量調整器を介して溶接トーチ60に直接供給されるようにしてもよい。
【0017】
制御ケーブル50は、電源装置20とワイヤ送給装置30とに接続され、前述したように、溶接ワイヤ70のワイヤ送給速度を制御する制御信号を送るとともに、溶接トーチ60に設けられた各種デバイスと電源装置20との間で各種信号の授受を行うように構成されている。また、制御ケーブル50を介して、溶接トーチ60に設けられた各種デバイスの駆動電力が供給される。また、制御ケーブル50は、溶接の開始/停止を決定するトーチスイッチ64の操作信号を電源装置20に送るように構成されている。
【0018】
図2,3に示すように、溶接トーチ60は、トーチ本体61とトーチホルダ63とトーチスイッチ(第1操作部)64とヘッド62とを有している。また、溶接トーチ60は、内部に溶接ワイヤ70を保持しており、溶接ワイヤ70は、ヘッド62の先端からワークWに向けて送給される。
【0019】
図2,3に示すように、トーチホルダ63には、表示部100と操作部200とが配置されており、表示部100は、例えば液晶ディスプレイや有機ELディスプレイ等の表示デバイスで構成される。表示部100は、溶接条件等の各種表示を行う。操作部200の機能については後で述べる。
【0020】
また、
図3に示すように、トーチホルダ63の内部にはセンサ部300が取り付けられており、配線65を介してトーチケーブル41内を通る制御ケーブル50に電気的に接続されている。また、トーチホルダ63には、トーチスイッチ(第1操作部)64が取り付けられており、トーチスイッチ64も配線66を介してトーチケーブル41内を通る制御ケーブル50に電気的に接続されている。トーチスイッチ64を操作することで、溶接開始状態、つまり、ワイヤ送給装置30が作動し、溶接ワイヤ70に溶接電流が流れるON状態と、溶接停止状態、つまり、溶接電流の供給が停止し、ワイヤ送給装置30も停止するOFF状態とが切り替えられる。
【0021】
[電源装置及び溶接トーチの機能ブロック構成]
図4は、電源装置と溶接トーチの機能ブロックの概略構成図を示す。なお、図示しないが、前述したように、制御ケーブル50は、ワイヤ送給装置30を介して、電源装置20と溶接トーチ60とに接続されている。
【0022】
図2~4に示すように、溶接トーチ60には、表示部100と操作部(第2操作部)200とセンサ部300とが設けられている。
【0023】
操作部(第2操作部)200は、例えば、操作ボタン(図示せず)等のデバイスで構成され、溶接作業者の操作により、溶接トーチ60に設けられた各種デバイス、例えば、表示部100に操作信号を出力する。例えば、操作部200を操作することで、表示部100に所定の画面が表示される。また、表示部100の表示/非表示を操作部200の操作により切り替えることができる。また、操作部200を操作することで、トーチホルダ63に設けられたLED等の発光デバイス(図示せず)を点灯させてもよい。
【0024】
また、操作部200は、電源装置20の制御部400、例えば、溶接制御部430に操作信号を出力する。後で詳述するように、操作部200を操作することで、溶接条件が変更可能な状態となる。また、操作部200のうち、溶接条件の特定のパラメータに対応した操作ボタンや操作キー等を操作することで、特定のパラメータが変更可能な状態となる。なお、表示部100がタッチパネルである場合は、操作部200の機能は表示部100に集約でき、操作部200を省略できる。
【0025】
図4に示すように、センサ部300は、加速度センサ310と角速度センサ320と、これら加速度センサ310と角速度センサ320の出力を信号処理する信号処理部330とで構成されるともに、これらが1つのパッケージ内に集積されたデバイスである。なお、加速度センサ310と角速度センサ320とは、三次元空間の互いに直交する3軸(
図2に示すX軸、Y軸、Z軸)方向の加速度または角速度の変化をそれぞれ検出するセンサである。つまり、センサ部300は、いわゆる6軸センサである。また、信号処理部330は、ICまたはLSIで構成されている。センサ部300は、溶接トーチ60における各軸方向の加速度及び角速度及びその変化を検出する。これらの値は所定の時間間隔毎に検出される。また、各軸方向の加速度または角速度に基づいて、溶接トーチ60の各軸方向の回転角度が求められる。回転角度は、例えば、角速度センサ320での検出値に基づいて、後で述べる演算部410で算出される。
【0026】
また、センサ部300は、各軸方向の加速度及び角速度の変化と、予め定められたセンサ部300と溶接トーチ60の先端であるヘッド62の先端との位置の差とから溶接トーチ60の先端の移動速度や動きを検出する。
【0027】
信号処理部330は、加速度センサ310及び角速度センサ320のアナログ出力信号を受け取って、ノイズのフィルタリングや信号増幅あるいはアナログ出力信号のデジタル化処理を行ったりする。なお、本実施形態では、加速度センサ310と角速度センサ320と信号処理部330とを1つのパッケージ内に集積しているが、それぞれを別個に準備してプリント基板に実装するようにしてもよい。
【0028】
一方、電源装置20には、制御部400と記憶部500とが設けられており、制御部400は、演算部410と判定部420と溶接制御部430とを少なくとも有している。
【0029】
記憶部500は、溶接条件、例えば、設定電圧や設定電流、またこれに対応するワイヤ送給速度を保存する。また、記憶部500は、所定の時間間隔毎に角速度センサ320で検出された溶接トーチ60の各軸方向の角速度や加速度を順次保存する。
【0030】
また、記憶部500は、後で述べる溶接トーチ60の各軸回りの回転量と操作部200で選択された溶接条件の特定のパラメータの変更量とが関連付けられた条件変更テーブル(図示せず)を保存している。
【0031】
制御部400は、マイクロコンピュータやLSI上で所定のソフトウェアを実行して実現される機能ブロックであり、これに含まれる演算部410と判定部420と溶接制御部430も同様である。なお、演算部410と判定部420と溶接制御部430とが、それぞれ別のLSI上に実装されていてもよい。
【0032】
制御部400のうち、溶接制御部430は、記憶部500に予め記憶された複数の溶接条件から、溶接作業者の操作等にしたがって、所望の条件を呼び出す。また、溶接制御部430は、呼び出された溶接条件にしたがって、ワイヤ送給装置30から送給される溶接ワイヤ70のワイヤ送給速度や、溶接出力、つまり、溶接ワイヤ70に流れる溶接電流や溶接電圧を制御する。
【0033】
また、溶接制御部430は、操作部200の操作により、呼び出された溶接条件を変更可能な状態にする。例えば、溶接電流を変更したい場合は、操作部200のうち、溶接電流に対応する操作ボタンまたは操作キー(図示せず)等を操作することで、溶接制御部430に呼び出された溶接電流条件を変更可能な状態にできる。
【0034】
演算部410は、センサ部300の信号処理部330から出力された信号、つまり、加速度センサ310や角速度センサ320での検出値に基づいて、各種演算処理を実行する。例えば、溶接トーチ60の先端の速度や振れ幅や溶接トーチ60の姿勢等を算出する。また、演算部410は、角速度センサ320での検出値に基づいて、溶接トーチ60の各軸回りの回転角度を算出する。さらに、演算部410は、溶接トーチ60の各軸回りの回転角度に基づいて、溶接トーチ60の各軸回りの回転量を算出する。ここで、各軸回りの回転量とは、ある時点T1と時点T1から所定の時間が経過した時点T2との間の各軸回りの回転角度の差分である。以降の説明では、Y軸回りの回転量ARY(以下、単に回転量ARYという)について述べる。また、本実施形態におけるY軸回りの回転量ARYは、溶接トーチ60を回転させる直前の時点と回転させた直後の時点との間のY軸回りの回転角度の差分である。
【0035】
判定部420は、トーチスイッチ64の操作信号と演算部410で算出されたY軸回りの回転量ARYとに基づいて、実際に溶接条件を変更するか否かを判定する。この場合に変更される溶接条件は、操作部200の操作により選択された特定のパラメータである。具体的には、判定部420は、トーチスイッチ64が操作された状態で、かつ回転量ARYが一定量以上である場合に、溶接条件が変更される。具体的には、溶接制御部430は、回転量ARYに応じて、記憶部500から対応する条件変更テーブルを呼び出して、溶接条件のうち、特定のパラメータの値を変更する。
【0036】
[溶接条件変更手順]
図5は、溶接条件の変更手順を示すフローチャートであり、ここでは、溶接電流の変更手順について述べる。
【0037】
まず、操作部200を操作して(ステップS1)、溶接条件を変更可能な状態にする(ステップS2)。さらに、操作部200に設けられた溶接電流に対応する操作ボタンまたは操作キー等を操作して、変更可能なパラメータとして溶接電流を選択する(ステップS3)。なお、ステップS3を実行することで、溶接条件を変更可能な状態にするとともに、パラメータとして溶接電流を選択するようにしてもよい。
【0038】
次に、溶接作業者がトーチスイッチ64を操作し(ステップS4)、判定部420は、トーチスイッチ64の操作信号に基づいて、トーチスイッチ64がONになっているか否かを判断する(ステップS5)。ステップS5での判断結果が否定的であれば、トーチスイッチ64が正しく操作されていない可能性があるため、ステップS4に戻って、再度、トーチスイッチ64を操作する。
【0039】
一方、ステップS5での判断結果が肯定的であれば、溶接作業者は、溶接トーチ60をY軸回りに回転させる(ステップS6)。判定部420は、ステップS6における溶接トーチ60の回転量ARYが一定量以上であるか否かを判定する(ステップS7)。なお、前述したように、回転量ARYは、角速度センサ320で検出された回転速度に基づいて、演算部410で算出される。また、この結果が、判定部420に入力されて、前述の一定量と比較され、ステップS7が実行される。なお、ステップS5での判断結果を溶接作業者に報知するために、例えば、表示部100に当該結果を表示させてもよい。
【0040】
ステップS7での判定結果が否定的であれば、溶接電流の電流値の変更はされないため、ステップS6に戻って、再度、溶接トーチ60を回転させる。一方、ステップS7での判定結果が肯定的であれば、回転量ARYに応じて、溶接電流の電流値が変更される(ステップS8)。
【0041】
具体的には、溶接制御部430が、記憶部500から呼び出した条件変更テーブルと実際の回転量ARYとを照合して、溶接電流の変更量を決定する。なお、この場合に変更される電流量は、もとの値に対して小さいことが多い。例えば、溶接電流のもとの設定値が200Aである場合に、変更量は数A以下となることが多い。
【0042】
また、回転量ARYに応じて、溶接電流の電流値を線形に変更するわけではなく、例えば、電流量を1Aだけ増加させる場合の回転量として、適当な範囲が予め条件変更テーブルに定められている。例えば、回転量ARYが10度~30度の範囲で、溶接電流が1A増加するように設定されている。このようにすることで、手振れや誤操作による条件変更設定時のエラーを低減できる。
【0043】
また、センサ部300が溶接トーチ60の回転方向を検知することで、変更量の増減操作を簡便に行うことができる。例えば、
図2に示すY軸方向において、溶接トーチ60の根元、つまり、トーチケーブル41が接続された側から溶接トーチ60の先端を見る方向において、時計回り方向に溶接トーチ60が回転すると、変更量が増加し、反時計回り方向に溶接トーチ60が回転すると、変更量が減少するようにする。
【0044】
次に、溶接電流の変更量を確認し(ステップS9)、所望の変更量になっているか否かを判断する(ステップS10)。ステップS9,S10は溶接作業者によって行われ、例えば、表示部100に変更量を表示することで、溶接作業者がこれを視認して判断する。ステップS10での判定結果が否定的であれば、再度、ステップS6に戻って、以降のステップを実行する。
【0045】
一方、ステップS10での判定結果が肯定的であれば、トーチスイッチ64の操作を解除する(ステップS11)。これにより、溶接電流の条件変更が確定する(ステップS12)。
【0046】
[効果等]
以上説明したように、本実施形態に係る溶接機の制御方法は、角速度センサ320が少なくとも取り付けられた溶接トーチ60を有する溶接機10の制御方法である。
【0047】
この制御方法は、溶接機10の溶接条件を変更可能な状態にする条件変更スタンバイステップ(ステップS2)と、溶接トーチ60に設けられたトーチスイッチ(第1操作部)64を操作した状態で(ステップS4)、Y軸回りに溶接トーチ60を回転させるトーチ回転ステップ(ステップS6)と、を備えている。
【0048】
また、トーチ回転ステップにおける溶接トーチ60の回転量ARYが一定量以上である場合に、回転量ARYに応じて、溶接条件のうち、特定のパラメータの値、本実施形態では溶接電流の電流値を変更する条件変更ステップ(ステップS8)と、条件変更ステップの後に、トーチスイッチ64の操作を解除することで、溶接条件の変更を確定させる条件確定ステップ(ステップS12)と、を少なくとも備えている。
【0049】
本実施形態によれば、トーチスイッチ64を操作しつつ、溶接トーチ60をY軸回りに回転させるという簡便な方法で、溶接条件を変更できる。このことにより、溶接作業者にとって、溶接条件の変更に要する操作の利便性を向上できる。また、特許文献1,3に開示された従来の構成に比べて、溶接トーチ60を動かす回数や操作量を少なくでき、溶接作業者の操作負担を軽減できる。また、溶接トーチ60を動かす範囲を小さくできるため、近くにある設備等に溶接トーチ60が衝突する等の不具合を回避でき、溶接作業者の作業安全性の向上が図れる。
【0050】
回転量ARYは、角速度センサ320での検出値から得られた回転角度に基づいて求められるのが好ましい。
【0051】
例えば、加速度センサ310及び角速度センサ320のそれぞれの検出値を用いて溶接トーチ60のY軸回りの角度を算出し、当該角度をそのまま用いて、溶接条件を変更することも考えられる。しかし、この場合の角度は、重力方向を基準とし、これに対する傾きとして求められる。よって、例えば、傾斜地等で溶接作業を行う場合であっても、平地で溶接作業を行う場合であっても、同じ変更量を得るためには、同じ角度となるように溶接トーチ60を操作しなければならない。しかし、これらの場合、実際の溶接トーチ60の回転量が異なるため、所望の変更量に合わせるための操作に手間がかかってしまう。
【0052】
また、加速度センサ310の検出値のみから角度を算出し、その変化量から回転量を求めることも可能であるが、重力加速度以外の加速度が発生している場合は誤差が大きくなる。
【0053】
一方、本実施形態によれば、前述の回転量ARYに応じて、溶接条件の変更量を設定するため、溶接作業者の姿勢や作業環境に関わらず、同じ操作量で所望の変更量に合わせることができ、溶接条件の変更に要する操作の利便性を向上できる。
【0054】
なお、本実施形態では、Y軸回りの回転量ARYに応じて、溶接条件の変更量を設定したが、特にこれに限定されない。例えば、溶接トーチ60をX軸回りに回転させた場合の回転量ARXやZ軸回りに回転させた場合の回転量ARZを用いてもよい。
【0055】
なお、加速度センサ310の検出値を用いて、角速度センサ320の検出値を補正することで、さらに算出精度は高まる。具体的には、角度の変化がない場合であっても、角速度センサ320の検出値が微小に出力される事象が発生しうる。これは角度の演算に角速度の積分値を使用するためである。この結果、実際の角度変化はなくとも、この微小な検出値の影響により、角度が変化しているかの演算結果となる現象(ドリフト)が生じうる。そこで加速度センサ310の検出値を用いて角速度センサ320の検出値を補正することで、さらに算出精度を高めることが可能である。補正方法としては、相補フィルタやカルマンフィルタなどを用いる方法が有用である。例えば、相補フィルタによる補正として、「補正後の角度=加速度センサ310の検出値による角度×k+角速度センサ320の検出値による角度×(1-k)」といった式(ここでkは0以上1以下の係数)を用いることが考えられる。
【0056】
なお、溶接作業者が溶接トーチ60を操作する場合、Y軸回りに回転させるのが最も回しやすい。また、X軸回りやZ軸回りに溶接トーチ60を回転させると、溶接トーチ60の長さや重量の影響を受けやすいが、Y軸回りの回転はこの影響を受けにくい。つまり、パラメータの変更量の調整が容易となる。
【0057】
条件変更スタンバイステップでは、溶接トーチ60に設けられた操作部(第2操作部)200を操作することで、溶接機10の溶接条件を変更可能な状態にする。また、その場合、特定の操作ボタンまたは操作キー等を操作することで、これに対応する特定のパラメータ、本実施形態では溶接電流を変更可能な状態にするのが好ましい。
【0058】
このようにすることで、溶接作業者は、変更したいパラメータの選択とパラメータの変更量の設定とを手元での操作のみにより行うことができる。このことにより、溶接条件の変更に要する操作の利便性を向上できる。また、溶接作業者の操作負担を軽減できる。
【0059】
本実施形態の溶接機10の制御方法は、条件変更スタンバイステップの後に、トーチスイッチ64が操作されたか否かを判断する操作判断ステップ(ステップS5)をさらに備えている。操作判断ステップにおいて、トーチスイッチ64が操作されたと判断した場合に、条件変更ステップを実行可能な状態にする。
【0060】
このようにすることで、例えば、溶接作業者が意図せずに溶接トーチ60を回したとしても、溶接条件が変更されず、所望の条件と異なる条件でワークWが溶接されるのを防止できる。また、意図しない条件でアークが発生するのを防止できるため、溶接作業者の作業安全性の向上が図れる。
【0061】
条件変更ステップの実行中に、特定のパラメータ、この場合は溶接電流の変更量を溶接トーチ60に設けられた表示部100に表示させるのが好ましい。
【0062】
このようにすることで、溶接作業者は、パラメータの変更量が所望の値になっているか否かを容易に目視で確認できる。このことにより、溶接条件を所望の値に確実に変更できる。
【0063】
また、本実施形態に係る溶接機10は、加速度センサ310及び角速度センサ320が取り付けられ、溶接トーチ60を有する溶接トーチ60と、溶接トーチ60と電気的に接続され、溶接トーチ60に溶接用の電力を供給する電源装置20とを少なくとも備えている。
【0064】
電源装置20は、制御部400と記憶部500とを有し、制御部400は、演算部410と判定部420と溶接制御部430とを少なくとも有している。
【0065】
加速度センサ310は、所定の時間間隔毎に溶接トーチ60の加速度を検出し、角速度センサ320は、所定の時間間隔毎に溶接トーチ60の角速度を検出する。
【0066】
演算部410は、角速度センサ320の検出値に基づいて、トーチスイッチ64が操作された状態で溶接トーチ60を回転させる前後の回転量を算出する。
【0067】
記憶部500は、複数のパラメータを有するワークWの溶接条件を保存する。また、記憶部500は、溶接条件における特定のパラメータの変更量と溶接トーチ60の回転量とが対応付けられた条件変更テーブルを保存する。
【0068】
判定部420は、トーチスイッチ64の操作信号と演算部410で算出されたY軸回りの回転量ARYとに基づいて、溶接条件を変更するか否かを判定する。
【0069】
溶接制御部430は、判定部420での判定結果が肯定的な場合、記憶部500から対応する条件変更テーブルを呼び出し、回転量ARYに応じて溶接条件を変更する。
【0070】
本実施形態の溶接機10によれば、前述した通り、簡便に溶接条件を変更できる。つまり、溶接条件の変更に要する溶接作業者の操作の利便性を向上できる。また、溶接作業者の操作負担を軽減できる。溶接作業者の作業安全性の向上が図れる。
【0071】
また、溶接トーチ60は、表示部100と操作部200とを少なくとも有している。
【0072】
操作部200は、操作されることで、電源装置20において、溶接条件を変更可能な状態にする。また、溶接条件のうちの特定のパラメータを変更可能な状態にする。
【0073】
操作部200をこのように構成することで、溶接作業者は、変更したいパラメータの選択とパラメータの変更量の設定とを手元での操作のみにより行うことができる。このことにより、溶接条件の変更に要する操作の利便性を向上できる。また、溶接作業者の操作負担を軽減できる。
【0074】
表示部100は、溶接条件の変更中に、変更されるパラメータの変更量を表示するように構成されるのが好ましい。
【0075】
表示部100をこのように構成することで、溶接作業者は、パラメータの変更量が所望の値になっているか否かを容易に目視で確認できる。このことにより、溶接条件を所望の値に確実に変更できる。
【0076】
<変形例1>
図6は、本変形例に係る溶接トーチの外観の模式図を示す。なお、
図6及び後で述べる
図7において、実施形態と同様の箇所については同一の符号を付して詳細な説明を省略する。
【0077】
図6に示す溶接トーチ60は、表示部140が、第1~第3表示部110,120,130で構成されている点で、
図2に示す表示部100と異なる。
【0078】
第1表示部110は、
図2に示す表示部100と同じ位置に設けられている。一方、第2表示部120は、トーチホルダ63において、第1表示部110からY軸回りに時計回り方向に約30度回転した位置に設けられている。第3表示部130は、トーチホルダ63において、第1表示部110からY軸回りに反時計回り方向に約30度回転した位置に設けられている。
【0079】
図6に示すように、溶接トーチ60をY軸回りに時計回り方向に回転させた場合、溶接作業者は、第2表示部120を視認することができる。一方、反時計回り方向に回転させた場合、溶接作業者は、第3表示部130を視認することができる。
【0080】
図2に示す溶接トーチ60をY軸回りに所定量以上回転させると、溶接作業者は、表示部100の画面が見づらくなってしまうことがある。このため、溶接電流の変更量が所望の値になっているか否かを確認するのが難しくなる。
【0081】
一方、本変形例によれば、パラメータである溶接電流の変更量を第2表示部120または第3表示部130に表示させることで、溶接作業者は、溶接電流の変更量が所望の値になっているか否かを容易に目視で確認できる。このことにより、溶接条件を所望の値に確実に変更できる。
【0082】
また、本変形例に示すように、トーチホルダ63の外周に沿って、第1表示部110を挟んで、第2表示部120と第3表示部130を設けることで、溶接トーチ60の回転方向が変わる場合にも、溶接作業者は、溶接電流の変更量が所望の値になっているか否かを容易に目視で確認でき、溶接条件を所望の値に確実に変更できる。
【0083】
前述したように、溶接トーチ60の回転方向に応じて、パラメータの増減を決定する場合等は、本変形例に示す構成は好適である。溶接電流を増加させたい場合に、溶接トーチ60をY軸回りに時計回り方向に回転させると、その増加量を第2表示部120で視認できる。反対に溶接電流を減少させたい場合に、溶接トーチ60をY軸回りに時計回り方向に回転させると、その減少量を第3表示部130で視認できる。
【0084】
なお、例えば、変更したいパラメータとその増減方向を、操作部200を操作して決定する場合、パラメータの変更量を決めるために、溶接トーチ60のY軸回りの回転方向を一方向のみに限定することができる。このような場合は、限定された回転方向に応じて、第2表示部120または第3表示部130のいずれかが設けられていればよい。
【0085】
なお、第1~第3表示部110,120,130の間の配置関係は、本変形例に示した関係に特に限定されない。例えば、第2表示部120は、第1表示部110からY軸回りに45度程度回転した位置に設けられていてもよい。あるいは、90度程度回転した位置に設けられていてもよい。第3表示部130についても同様である。
【0086】
なお、第2表示部120及び第3表示部130は、液晶パネルのように画面表示を行う形式でなくてもよい。例えば、LEDを並べたインジケータ方式とし、パラメータの変更量に応じて、点灯するLEDの個数を変えるようにしてもよい。また、第2表示部120及び第3表示部130とでLEDの発光色を変えるようにしてもよい。パラメータの値を増加させているのか減少させているのかを容易に確認できる。
【0087】
<変形例2>
図7は、本変形例に係る電源装置と溶接トーチの機能ブロックの概略構成図を示す。
【0088】
図7に示す構成は、溶接トーチ60に演算部610や判定部620や記憶部500を設けられている点で、
図4に示す構成と異なる。なお、演算部610や判定部620の機能は、
図4に示す演算部410や判定部420の機能と同じである。
【0089】
また、センサ部300の出力信号を電源装置20に設けられた制御部400に送るにあたって、溶接トーチ60に通信部630が設けられ、通信部630から制御部400の溶接制御部430に当該信号が絶縁信号として送られる。
【0090】
本変形例によれば、実施形態に示す構成が奏するのと同様の効果を奏することができる。つまり、簡便に溶接条件を変更できる。また、溶接条件の変更に要する溶接作業者の操作の利便性を向上できる。また、溶接作業者の操作負担を軽減できる。溶接作業者の作業安全性の向上が図れる。
【0091】
さらに、本変形例によれば、溶接トーチ60の各軸方向の加速度や角速度や各軸回りの回転量を正確に算出することができる。制御ケーブル50を含むトーチケーブル41が非常に長くなる場合、センサ部300の出力信号が小さいと、制御ケーブル50を伝搬して制御部400に入力される信号のなまりが大きくなり、溶接トーチ60の各軸方向の加速度や角速度を正確に算出することが難しくなることがある。このような場合に、溶接トーチ60に、演算部610や判定部620や記憶部500を設けることで、制御ケーブル50での信号のなまりを無くし、溶接トーチ60の各軸方向の加速度や角速度、ひいては溶接トーチ60の各軸回りの回転量を正確に算出することができる。
【0092】
なお、信号処理部330に演算部410や判定部420を組み込んで一体化してもよい。また、通信部630を無線信号を送受信する機能ブロックとしてもよい。その場合は、電源装置20に図示しない無線通信部を設けて、通信部630とこの無線通信部との間で信号の授受が行われる。
【0093】
なお、本願明細書において、溶接ワイヤ70を用いた、いわゆる消耗電極式のアーク溶接機10を例に取って説明したが、アーク溶接機10を、TIG等の非消耗電極式のアーク溶接機としてもよい。ただし、その場合は、ワイヤ送給装置30は不要となるので、電源装置20から電力ケーブル40を介して直接、溶接トーチ60に電力が供給される。また、ワイヤ送給装置30の代わりに溶接棒または溶加材送給装置を配置してもよい。また、溶接トーチ60は、制御ケーブル50により、電源装置20と直接に接続される。
【産業上の利用可能性】
【0094】
本開示の溶接機の制御方法は、溶接条件を変更するにあたって、溶接作業者の操作負担を軽減でき、また、操作の利便性及び安全性の向上が図れるため有用である。
【符号の説明】
【0095】
10 アーク溶接機
20 電源装置
30 ワイヤ送給装置
31 モータ
40 電力ケーブル
41 トーチケーブル
42 ワークケーブル
50 制御ケーブル
60 溶接トーチ(第1操作部)
61 トーチ本体
62 ヘッド
63 トーチホルダ
64 トーチスイッチ
70 溶接ワイヤ
80 ガスボンベ
81 ガスホース
100,140 表示部
110 第1表示部
120 第2表示部
130 第3表示部
200 操作部(第2操作部)
300 センサ部
310 加速度センサ
320 角速度センサ
330 信号処理部
400 制御部
410,610 演算部
420,620 判定部
500 記憶部
630 通信部
W ワーク(溶接対象物)