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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B1)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-15
(45)【発行日】2024-08-23
(54)【発明の名称】硫黄成分検出方法
(51)【国際特許分類】
   G01N 27/416 20060101AFI20240816BHJP
   G01N 27/30 20060101ALI20240816BHJP
   G01N 27/38 20060101ALI20240816BHJP
   C12Q 1/02 20060101ALI20240816BHJP
   C12M 1/34 20060101ALI20240816BHJP
【FI】
G01N27/416 302G
G01N27/30 B
G01N27/38
C12Q1/02
C12M1/34 Z
【請求項の数】 5
(21)【出願番号】P 2023140049
(22)【出願日】2023-08-30
【審査請求日】2024-03-11
【新規性喪失の例外の表示】特許法第30条第2項適用 発行者名 一般社団法人電気学会 刊行物名 電気学会電子図書館 論文NO.16P2-P-48 発行年月日 2022年11月7日
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】592029256
【氏名又は名称】福井県
(73)【特許権者】
【識別番号】504145320
【氏名又は名称】国立大学法人福井大学
(74)【代理人】
【識別番号】110003203
【氏名又は名称】弁理士法人大手門国際特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】中津 美智代
(72)【発明者】
【氏名】峠 知矢子
(72)【発明者】
【氏名】坂元 博昭
【審査官】倉持 俊輔
(56)【参考文献】
【文献】特開2016-010403(JP,A)
【文献】特表平08-508888(JP,A)
【文献】特開2019-140955(JP,A)
【文献】特開2019-158377(JP,A)
【文献】特開2019-032277(JP,A)
【文献】特開2013-134111(JP,A)
【文献】特開2014-238291(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2003/0085136(US,A1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/26,27/30,
C12Q 1/06,
C12M 1/34,
JSTPlus/JMEDPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アノード電極体及びカソード電極体を絶縁体を介して一体形成された電極センサを用いて検体中の硫黄成分を検出する硫黄成分検出方法であって、前記アノード電極体は、銀板を使用するか又は少なくとも前記検体と接触する露出表面が銀で被覆されており、前記検体を両電極体に接触させた状態で、前記検体中の硫黄成分と前記アノード電極体との間で生じる電気化学反応により銀の硫黄化合物が生成して両電極体の間に流れるガルバニック電流を測定し、測定された電流値に基づいて前記検体中の硫黄成分を検出する硫黄成分検出方法。
【請求項2】
前記検体は、生体組織由来の硫黄化合物を含んでいる請求項1に記載の硫黄成分検出方法。
【請求項3】
前記検体は、生物の代謝物由来の硫黄化合物を含んでいる請求項1又は2に記載の硫黄成分検出方法。
【請求項4】
前記アノード電極体は、少なくとも前記露出表面に厚さ10μm以上の銀からなる層で被覆されている請求項1又は2に記載の硫黄成分検出方法。
【請求項5】
請求項1又は2に記載の硫黄成分検出方法において使用された前記電極センサの再生方法であって、前記アノード電極体に生成した銀の硫黄化合物を前記アノード電極体に対してチオ尿素を含む硫酸溶液に接触させることで除去する電極センサの再生方法。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電極センサを用いて検体中の微量の硫黄化合物を検出する硫黄成分検出方法に関する。
【背景技術】
【0002】
硫黄(元素記号;S)は、生命活動に必須の元素として知られており、生体組織内において様々な硫黄化合物が重要な生体機能を担っている。そして、生体組織内の幅広い酸化還元反応に硫黄が関与していることが知られており、硫黄成分を検出することで、生体組織内の酸化還元反応を分析することが試みられている。
【0003】
例えば、特許文献1では、蛍光X線分析装置を用いて、被検者が採取可能な被検者由来の生体液に含まれるメチニオン由来の硫黄の含有比率を測定する点が記載されている。また、特許文献2では、呼気中の硫黄代謝物に基づいて感染症診断を行うために、呼気から回収した呼気凝縮液に処理液を添加した溶液を用いて、質量分析装置により硫黄代謝物を定量的に分析する点が記載されている。また、特許文献3では、銀粒子が露出している検知層を有する硫黄化合物センサーを用いて、検知層に液状又はペースト状の検体を直接接触させ、分光測定器により透過又は反射スペクトルを測定して硫黄化合物を検出する点が記載されている。
【0004】
本発明者らは、特許文献4に示すように、アノード電極体及びカソード電極体を絶縁体を介して一体形成された電極センサを培地に接触させた状態で両電極体の間に流れるガルバニック電流を測定して培地中の微生物の代謝物による電流変化を検出する微生物検出装置を提案している。こうした電極センサを用いることで、培地中の微生物から生じる代謝物による微小な電流変化を検出して微生物を簡易に精度よく検出することが可能となった。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0005】
【文献】特許第6734489号公報
【文献】特開2022-178150号公報
【文献】再表2019/167567
【文献】特許第6804063号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
特許文献1から3では、硫黄化合物を検出するために、蛍光X線分析装置等の分析機器が必要となり、特許文献2に記載されているように、処理液を添加するといった前処理を行わなければならず、簡単かつ迅速に検出処理を行うことが難しいといった課題がある。
【0007】
特に、生体組織内での酸化還元反応を分析するには、生体反応にできるだけ影響を与えないで分析することが望ましいが、従来の検出方法では、検体の抽出や前処理といった工程が必要となり、工程を行う際に生体反応に影響が及びやすいといった課題がある。
【0008】
そこで、本発明は、電極センサを用いて検体中の硫黄化合物等の硫黄成分を簡単に短時間で検出することができる硫黄成分検出方法を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明に係る硫黄成分検出方法は、アノード電極体及びカソード電極体を絶縁体を介して一体形成された電極センサを用いて検体中の硫黄成分を検出する硫黄成分検出方法であって、前記アノード電極体は、銀板を使用するか又は少なくとも前記検体と接触する露出表面が銀で被覆されており、前記検体を両電極体に接触させた状態で、前記検体中の硫黄成分と前記アノード電極体との間で生じる電気化学反応により銀の硫黄化合物が生成して両電極体の間に流れるガルバニック電流を測定し、測定された電流値に基づいて前記検体中の硫黄成分を検出する。さらに、前記検体は、生体組織由来の硫黄化合物を含んでいる。さらに、前記検体は、生物の代謝物由来の硫黄化合物を含んでいる。さらに、前記アノード電極体は、少なくとも前記露出表面に厚さ10μm以上の銀からなる層で被覆されている。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、検体中の硫黄成分とアノード電極体との間で生じる電気化学反応がアノード電極体及びカソード電極体の間に流れるガルバニック電流に反映されることから、測定されたガルバニック電流に基づいて検体中の微量の硫黄成分を検出することができる。そして、電極センサを検体に接触させた状態にするだけで検出でき、前処理等の工程を行う必要がないことから、簡単で短時間に検体中の硫黄成分を検出することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
図1】本発明に係る硫黄成分検出方法を実施するための硫黄成分検出装置に関する構成例である。
図2】電極センサに関する平面図及び一部拡大断面図である。
図3】電流値及び硫化水素H2S濃度の時間的推移を示すグラフである。
図4】測定された電流値と濃度の間の相関関係を示すグラフである。
図5】菌数に対応するOD値及び測定された電流値の時間的推移を示すグラフである。
図6】通電による再生処理の場合における初回、1回目の再生処理後及び2回目の再生処理後の電極センサを用いた検出試験の測定結果を示すグラフである。
図7】チオ尿素による再生処理の場合における初回、1回目の再生処理後及び2回目の再生処理後の電極センサを用いた検出試験の測定結果を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、本発明の実施形態を図面を用いて説明する。なお、以下に説明する実施形態は、本発明を実施するにあたって好ましい具体例であるから、技術的に種々の限定がなされているが、本発明は、以下の説明において特に本発明を限定する旨が明記されていない限り、これらの形態に限定されるものではない。
【0013】
図1に、本発明に係る硫黄成分検出方法を実施するための硫黄成分検出装置に関する構成例を示している。硫黄成分検出装置は、アノード電極体及びカソード電極体を絶縁体を介して一体形成された電極センサ1と、硫黄成分を含む液体又はペースト状の検体2と、電極センサ1の少なくとも両電極体を検体2に接触させた状態で両電極体の間に流れるガルバニック電流を測定して検体2中の硫黄成分による電流変化を検出する検出部3とを備えている。この例では、収容容器4の中に電極センサ1がセットされており、電極センサ1の上面に検体2を滴下して両電極体に付着させた状態に設定することで検体2中の硫黄成分を検出するようになっている。
【0014】
図2は、電極センサ1に関する平面図(図2(a))及び一部拡大断面図(図2(b))である。図2(b)では、円で囲まれた領域において左右方向の切断面を示している。
【0015】
電極センサ1は、矩形状のアノード電極体10の上面に絶縁体11が層状に積層されており、絶縁体11の上面に層状にカソード電極体12が積層されている。絶縁体11及びカソード電極体12の中央部分には、細幅の切欠きが櫛状に並行に形成されてアノード電極体10の表面が露出している。そして、電極センサ1の両電極体に検体2を接触させて、切欠きに露出したアノード電極体10とカソード電極体12との間に流れるガルバニック電流を測定することで、検体2中の硫黄成分による電流変化を検出することができる。
【0016】
ガルバニック電流は、切欠きに露出したアノード電極体10の電極表面において酸化反応が生じて電子が発生する部位となり、カソード電極体12の櫛状電極部分の電極表面において還元反応が生じて電子が消失する部位となることで、両電極体の間に発生する。そのため、カソード電極体12の電極表面は、電気化学反応が発生する環境条件において、アノード電極体10の電極表面よりも貴な電位となるように両電極体について異種金属の組み合せに設定する。
【0017】
電極センサ1では、櫛状電極部分において両電極体が絶縁体を介して対向配置するように一体形成されており、両電極体の間に検体を介在させて両電極体に接触した部分に電気化学反応を生じさせることで、ガルバニック電流を発生させる。そして、発生するガルバニック電流の出力は、絶縁体を介して対向配置した両電極体の境界部分において検体との接触範囲の境界の長さに比例し、その検出感度は境界部分の間隔が狭いほど高くなることが知られている。
【0018】
そのため、上述した例では、電極センサは、アノード電極体及びカソード電極体を絶縁体を介して積層配置しているが、こうした構成に限定されることはない。例えば、基板上に両電極体を並列配置して、対向配置した境界部分を櫛歯状に形成し、形成された細幅の電極部分を交互に並列配置して構成することもできる。
【0019】
また、こうした櫛歯状電極構造をスティック状の基材の周囲に取り巻くように形成したり、筒状の基材の内側に櫛歯状電極構造を形成してコンパクト化された電極センサとすることも可能で、コンパクト化された電極センサを検体内に挿入して硫黄成分の検出を行うようにしてもよい。
【0020】
絶縁体11は、アノード電極体10とカソード電極体12との間を電気的に絶縁する非導電性の絶縁性材料が用いられる。絶縁性材料であれば特に限定されないが、例えば、樹脂材料、セラミックス材料といったものが挙げられる。上述した例に示すように、積層構造で形成する場合には、絶縁性材料からなるペーストを用いて、後述するカソード電極体と同様に印刷方法により形成することができる。
【0021】
アノード電極体10及びカソード電極体12の電極表面には、金属薄膜を形成することが好ましい。金属薄膜としては、金、白金、銀、チタン、ニッケル、クロム、炭素の単一組成、又は、それら1種類以上を含む組成であることが好ましい。また、アノード電極体及びカソード電極体の表面は抵抗値が低いことが好ましく、具体的には0.1Ω以下に設定することが好ましい。表面抵抗値は、電極体の中心線の両端に測定端子を接続して測定することができる。
【0022】
アノード電極体10の金属として銀を用いた場合には、カソード電極体12に用いる金属は、銀よりも貴な電位となる組成の金属とすればよい。また、アノード電極体10に銀を用いた場合、金属薄膜の膜厚は10μm以上であることが好ましい。膜厚を10μm以上とすることで、電気抵抗値が低下するようになり、電流出力が向上する。銀の金属薄膜では、膜厚が10μmより薄い場合には長時間の使用により、薄膜の剥離といったトラブルが発生しやすくなる。
【0023】
アノード電極体10として、銀板を使用することが可能であるが、基板表面に湿式成膜処理、乾式成膜処理、又は導電性ペーストを焼結させることにより、銀からなる金属膜を形成して構成することもできる。湿式成膜処理としては、電気めっき、無電解めっき及び複合めっきが挙げられ、乾式成膜処理としては、蒸着およびスパッタリングが挙げられる。
【0024】
カソード電極体12は、少なくとも電極表面に金属材料を含む導電性材料を有しており、図2に示すように、基板となるアノード電極体10に板状体を用いた場合に、カソード電極体12は、導電性ペーストを用いた印刷法により形成することが好ましい。こうした印刷法によりカソード電極体を形成することで、層厚を5~100μmに厚く形成して電気抵抗値を低下させて、両電極体の間に発生する電流を精度よく安定して測定することが可能となる。
【0025】
また、両方の電極体を絶縁性を有する基板上に形成する場合にも、導電性ペーストを用いた印刷法により形成して構成することもできる。導電性ペーストを用いた印刷法としては、凸版式印刷法、平版式印刷法、凹版式印刷法、孔版印刷法、静電印刷法、インクジェット印刷法、レーザ印刷法が挙げられる。図2に示すような電極センサでは、孔版印刷法であるスクリーン印刷により作成することができるが、他の印刷法でもよく特に限定されない。
【0026】
電極センサ1は、アノード電極体10及びカソード電極体12に接触する検体2に含まれる微量の硫黄成分により両電極体の間で発生する電気化学反応に伴ってガルバニック電流が流れるようになる。例えば、微生物の代謝物に含まれる硫黄化合物である硫化水素の場合、以下のような反応が生じて両電極体の間に流れる電流に変化が生じるようになると考えられる。
<検体>
2S→HS-+H+
<カソード電極体>
2+2H2O+4e-→4OH-
<アノード電極体>
2Ag+H2S→Ag2S+2H++2e-
2Ag+HS-→Ag2S+H++2e-
2Ag+S2-→Ag2S+2e-
【0027】
以上の反応では、アノード電極体では、酸化反応の進行により銀イオンAg+が検体との界面に発生して電流が流れるようになるが、銀イオンAg+は検体中の硫黄成分である硫化水素H2S、硫化水素イオンHS-及び硫化物イオンS2-と発生直後に結びついて硫化銀Ag2Sが生成される。生成された硫化銀Ag2Sは、水に不溶のため、アノード電極体の表面に析出するようになる。
【0028】
硫化銀Ag2Sの析出により、アノード電極体と検体との間の界面において銀イオンAg+が消失していくが、酸化反応が進行して銀イオンAg+が供給されるようになる。そのため、アノード電極体と検体中の硫黄成分との間で銀イオンAg+の供給及び硫化銀Ag2Sの析出からなる一連の電気化学反応が進行するようになる。したがって、検体中の硫化水素の濃度の変化により銀イオンAg+の発生量が変化して電流が変化するようになると考えられる。
【0029】
そして、微生物から生じる代謝物を測定する際に、環境条件はそのままで試薬等を使用する前処理が不要であるため、微生物にダメージを与えることなく自然の状態で測定することが可能であり、微生物の状態をリアルタイムで把握することができる。また、微生物以外の生体組織の場合にも同様に、生体反応や生体反応で生じる生成物に関して硫黄化合物を検出する際に、環境条件等を変更することなく簡単に検出することが可能となる。
【0030】
硫化銀Ag2Sが析出したアノード電極体の表面は、硫化銀Ag2Sで被覆されると、銀イオンAg+が発生しにくくなるため、硫化銀Ag2Sを除去する電極センサの再生処理を適宜行うことが好ましい。
【0031】
電極センサの再生方法としては、アノード電極体の露出表面に生成した硫黄化合物である硫化銀Ag2Sを還元反応により除去するとよい。具体的には、アノード電極体を電解液中で通電することで生じるカソード還元法と同様の還元反応により露出表面に生成した硫化銀Ag2Sを除去することができる。電解液としては、通電可能な液体であればよく、特に限定されないが、例えば、塩化カリウム水溶液が挙げられる。通電するための再生装置としては、ガルバノスタット等の公知の電気化学反応測定装置を用いることができ、アノード電極体を作用電極として通電すればよい。
【0032】
また、アノード電極体の少なくとも露出表面に対してチオ尿素を含む硫酸溶液に接触させることで生じる還元反応により露出表面に生成した硫化銀Ag2Sを除去することもできる。チオ尿素を含む硫酸溶液は、チオ尿素の濃度を0.1~0.5M(モル)に設定すればよく、溶液を露出表面に滴下して所定時間放置すれば、簡単に硫化銀Ag2Sを除去できる。
【0033】
アノード電極体の露出表面から硫化銀Ag2Sを除去することで、検体との間の界面において酸化反応による銀イオンAg+が発生するようになり、硫黄成分の検出が可能となる。
【0034】
検出部3は、アノード電極体10とカソード電極体12との間に接続された無抵抗電流計を使用し、両電極体の間に生じるガルバニック電流を常時測定する。測定可能な電流範囲は、0.1nA~1000nAに設定することが好ましい。
【0035】
検出部3は、電池等のバッテリによる電源供給又は商用電源からのACアダプタ等による電源供給を行うことで、装置の小型化を図り、携帯用とすることも可能である。また、測定部12は、複数のチャンネルで測定する機能を備えることもでき、複数の検体の電流変化を並行して測定するようにしてもよい。
【0036】
電流の測定では、微小な電流変化を測定するために、短い時間間隔で行うことが好ましく、具体的には時間間隔を0.1秒~60秒に設定するとよい。測定された電流値は、保存し、電流値の変化に基づいて検体中の硫黄成分の有無や推移を検出して分析することができる。
【0037】
検出対象となる物質としては、硫黄成分が含まれている物質であればよく、特に限定されない。例えば、無機化合物としては、硫化水素、硫化ナトリウム、亜硫酸、一酸化硫黄、二酸化硫黄、三酸化硫黄、一酸化二硫黄、亜二チオン酸が挙げられる。有機化合物としては、システイン、プロパンチオール、エタンジチオール、チオフェノール、グルタチオン、4-メルカプト安息香酸が挙げられる。有機化合物では、チオール基を有する有機化合物が好ましい。
【0038】
検出する検体は、ペースト状又は液状の形態のものが好ましく、検出対象となる物質を溶媒等に溶解させて調製するようにしてもよい。例えば、血液,尿,汗等の体液、脳,肝臓等の生体組織、牛乳、食肉等の食品が挙げられる。
【0039】
微生物の代謝物を検体とする場合には、微生物を培養する培地を検体とすることができる。培地は、幅広い微生物を培養可能なものであれば特に限定されることはなく、液体培地、固体培地、ゲル状培地、膜状培地といった公知の培地を用いることができる。微生物は、代謝物が生じる任意の種類の生存する微生物であってよく、細菌、放線菌、真菌類等が挙げられる。例えば、食中毒または感染症の原因菌についても判定することができる。
【0040】
微生物を生存する環境から取り出して培地に添加して検体とすることで、簡単に微生物の代謝物に含まれる硫黄化合物の検出を行うことができる。検体は、そのまま用いることが可能で、微生物にストレスを与えることなく検出処理を行うことが可能となる。また、必要に応じて微生物を濃縮して用いてもよく、簡便な作業で実施できる。なお、微生物の存在しない培地に両電極体が接触した状態では、両電極体の間に流れる電流ができるだけ安定して低くなるように培地と電極体に用いる金属材料との組合せを選択することが好ましい。
【実施例
【0041】
次に本発明を具体的に実施例で説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
【0042】
<電極センサについて>
図2に示す電極センサを準備した。電極センサは、銀の金属薄膜が形成された矩形状のアノード電極体の表面に樹脂層からなる絶縁体を介して炭素を含む導電層からなるカソード電極体を積層して形成した。カソード電極体は、半径35mmの円形状に形成し、中央部分に幅1mmの細幅の切欠きを1mmの間隔で櫛状に配列しており、細幅の切欠き部分にでは樹脂層が形成されておらずアノード電極体の銀の金属薄膜が露出した電極構造となっている。
【0043】
アノード電極体として市販の鉄製基板(幅64mm×長さ64mm×厚さ0.8mm)を用い、基板の一方の露出表面に銀の金属薄膜を湿式成膜処理により形成した。湿式成膜処理では、基板をシアン化銀及びシアン化カリウムを含む市販のめっき液に浸漬後、20℃にて、基板に120C通電して行った。基板の表面に形成された銀の金属薄膜の厚さは12μmであった。
【0044】
次に、基板に形成された金属薄膜の表面に絶縁体となる樹脂層を形成した。樹脂層は、エポキシ樹脂材料からなる樹脂ペースト(ヘンケルエイブルスティックジャパン株式会社製)を櫛状に切欠きを形成してスクリーン印刷した後、窒素雰囲気において150℃で1時間加熱硬化させて形成した。樹脂層の厚さは20μmであった。
【0045】
次に、樹脂層上に積層するようにカソード電極体となる導電層を形成した。導電層には、炭素材料を含む導電材料として導電ペースト(株式会社タムラ製作所製)を樹脂層に重なるように櫛状に切欠きを形成してスクリーン印刷した後、窒素雰囲気中で130℃で1時間加熱硬化させて形成した。導電層の厚さは20μmであった。
【0046】
<検出装置について>
検出装置は、図1に示す構成のものを組み立てて用いた。無菌チャンバ内において樹脂製の底板の上面に電極センサをカソード電極体を上側にして配置し、ガラス製の円筒体(内径42mm、高さ32mm)をシリコン製パッキン材を介してカソード電極体上に配置した。円筒体の上側開口を覆うように樹脂製の蓋板を配置し、底板及び蓋板の四隅をボルト及びナットからなる締付具で各部材が密着するように固定して収容容器を組み立てた。蓋板の中央には、検体の投入用に開口部を形成した。組み立てられた収容容器等の各部品は、121℃で15分間オートクレープし、37℃の恒温槽内に配置した。
【0047】
電極センサのアノード電極体及びカソード電極体には、収容容器外に露出した部分にそれぞれ導電線の一端部を接続し、他端部を無抵抗電流計(株式会社シュリンクス製)に接続し、両電極体の間の電流を測定した。測定結果を記憶して電流値の推移を分析する情報処理装置を用いて検出処理を行った。
【0048】
<検体の作製に用いる培養液について>
微生物を培養するための培地としてLB培養液を用いた。LB培養液は、トリプトン(10.0g;BD Biomedicals製)、酵母エキス(5.0g;BD Biosciences製)及びNaCl(5.0g;Wako製)に純水1リットルを加えて攪拌した後、オートクレーブを用いて121℃で15分間の高圧蒸気による滅菌処理を行って調製した。
【0049】
[実施例1]
各種硫黄化合物を含む試験液を検体として検出試験を行った。
【0050】
<試験液について>
硫黄化合物として、硫化ナトリウム(富士フイルム和光純薬株式会社製)、システイン(富士フイルム和光純薬株式会社製)、シスチン(富士フイルム和光純薬株式会社製)、メチオニン(富士フイルム和光純薬株式会社製)、プロパンチオール(和光純薬工業株式会社製)及びエタンジチオール(和光純薬工業株式会社製)をそれぞれLB培養液中に所定濃度となるように添加して試験液を作製した。添加濃度は、硫化ナトリウムで0.312mM(ミリモル)、システインで0.825mM、シスチンで4.16mM、メチオニンで6.70mM、プロパンチオールで13.1mM、エタンジチオールで10.6mMに設定した。また、脱気した純水中に硫化ナトリウムを溶解した試験液を作製した。添加濃度は、0.312mMに設定した。比較のため、硫黄化合物を添加していないLB培養液のみの試験液も準備した。
【0051】
<検出試験について>
検出装置の収容容器の開口部より電極センサのカソード電極体の上面に各種試験液を10ミリリットル滴下した後、アノード電極体とカソード電極体との間に流れる電流を測定した。測定中において収容容器の開口部は開放した状態に設定した。
【0052】
試験液を滴下して100分経過後の安定した電流値は、硫化ナトリウムで180nA(ナノアンペア)、システインで215nA、シスチンで検出限界(10nA)以下、メチオニンで検出限界以下、プロパンチオールで104nA、エタンジチオールで272nAであった。また、純水を用いた硫化ナトリウムの試験液では、620nAで、LB培養液のみの試験液では、検出限界以下であった。
【0053】
<測定結果について>
測定結果をみると、硫黄化合物の種類によって、異なる電流値が測定された。測定された濃度当たりの電流値は、硫化ナトリウムが最も高く、次にシステイン、エタンジオール、プロパンチオールの順であった。シスチン及びメチオニンでは検出されなかった。
【0054】
硫化ナトリウムの場合、試験液中に硫化水素イオンHS-又は硫黄イオンS2-が生成していると考えられる。また、チオール基を有する硫黄化合物では電流値が測定されていることから、チオール基を有する硫黄化合物が検出されると考えられる。
【0055】
硫化ナトリウムに関する試験液では、LB培養液に添加した場合よりも純水に添加した場合の方が電流値が高くなった。これは、試験液中の硫黄成分である硫化水素イオンHS-又は硫黄イオンS2-は、LB培養液に含まれるタンパク質などに吸着されるため、LB培養液中の硫黄成分の濃度が純水中よりも減少していることが推測される。
【0056】
[実施例2]
生菌を含む菌液を検体として検出試験を行った。
【0057】
<菌液の調製について>
菌液には、市販の大腸菌(E.coli DH5α)を用いた。大腸菌を平板培地で培養し、独立したコロニーをピックアップしてLB培養液中で培養後、遠心分離を行った。得られた沈殿物の菌体をLB培養液にて洗浄を行うことで、生成した代謝物を除去した後、再びLB培養液に懸濁させた。菌液の菌数は,分光光度計(株式会社日立ハイテク製)により菌液の600nm光学密度(OD)を測定し、OD=0.1である時、菌数が107cfu/ミリリットル相当となることを基準とし、菌数が106cfu/ミリリットルになるようにLB培養液を用いて希釈して調製した。
【0058】
<検出試験について>
検出装置の収容容器の開口部より電極センサのカソード電極体の上面に菌液を10ミリリットル滴下した後、アノード電極体とカソード電極体との間に流れる電流を0.5秒間隔で連続測定した。測定中において収容容器の開口部は開放した状態に設定した。
【0059】
<菌液中の硫化水素H2S濃度の定量分析について>\電流値の測定と並行して、菌液中の硫化水素H2S濃度を定量分析した。測定中の菌液から適当なタイミングで0.5ミリリットルずつサンプル採取し、イオンクロマトグラフ(サーモフィッシャーサイエンティフィック株式会社製ICS-3000 電気化学検出器)を用いて、検量線法にてサンプルの定量分析を行った。
【0060】
<測定結果について>
図3は、電流値及び硫化水素H2S濃度の時間的推移を示しており、横軸に時間(分)をとり、左側の縦軸に電流値(nA)及び右側の縦軸に濃度(μM(マイクロモル))をとっている。図4は、測定された電流値と濃度の間の相関関係を示すグラフであり、横軸に濃度(μM)及び縦軸に電流値(nA)をとっている。
【0061】
大腸菌は、増殖時にシステインなどの代謝分解から、微量の硫化水素H2Sを放出することが知られている。図3に示すように、大腸菌の増殖に伴いLB培養液中にわずかに放出された硫化水素H2Sが定量分析結果により確認されており、それに伴って電流値の上昇が確認された。
【0062】
図4では、LB培養液の硫化水素H2S濃度と電極センサの電流値との間に高い正の相関関係(相関係数R2=0.993)が確認されており、両者の相関関係を定量的に示す直線関係式(y=530x-1.70)が得られた。
【0063】
また、電極センサは、0.022μMから0.70μMの微量濃度の硫化水素H2Sを検出可能であることが示された。得られた直線関係式を基準として、電極センサの電流値から検体中の微量の硫化水素H2Sを検出することができ、直線関係式に基づけば、検出限界は0.003μMの微量濃度であることを示している。
【0064】
以上の検出試験結果では、LB培養液のようなタンパク質、アミノ酸等の多くの夾雑物を含む溶液においても、溶液中に存在する微量の硫化水素H2Sを、pH調整や抽出などの前処理操作を行うことなく、直接検出できることが確認された。
【0065】
[実施例3]
電極センサのアノード電極体の金属薄膜の厚さを変化させて検出試験を行った。
【0066】
<検出試験について>
電極センサは、アノード電極体として基板の表面に形成する銀の金属薄膜の厚さを5、8、10、15μmとする4種類の電極センサを実施例1と同様の方法で製造した。比較のため、基板に銀板を用いて金属薄膜を形成せずに実施例1と同様に製造した電極センサを準備した。
【0067】
実施例2と同様の培地及び微生物を用いて、108cfu/ミリリットルのサンプルを調製し、実施例2と同様の検出試験により電流値の測定を行った。
【0068】
<測定結果について>
得られた測定結果から、銀の膜厚と最大電流値との関係をみると、膜厚が5μmでは、最大電流値が350nA、8μmでは、最大電流値が400nAであったのに対し、膜厚が10μmでは610nA、実施例2の膜厚が12μmでは650nA、膜厚が15μmでは650nA、銀板を用いた場合では650nAであった。
【0069】
これらの測定結果から、アノード電極体の銀の膜厚を10μm以上に形成することで、最大電流値を大きくすることができ、安定した測定結果を得られることが確認された。
【0070】
[実施例4]
検体中の生菌に対して検出試験が与える影響について確認試験を行った。
【0071】
<確認試験について>
実施例1と同様に製造された電極センサを用いて、実施例2と同様に生菌を含む検体について検出試験を行った。生菌の菌数を105cfu/ミリリットルに調製した菌液を用いた。
【0072】
収容容器内の電極センサ上の菌液を30分ごとに3ミリリットルずつ抜き取り、実施例2と同様に分光光度計を用いて抜き取った菌液の600nmでのOD値を測定した。一方、検出試験に用いた検体と同様の菌液を市販のポリ容器内に37℃で静置しておき、同様に30分ごとに菌液の600nmでのOD値を測定した。
【0073】
<測定結果について>
図5に測定結果を示す。図5では、横軸に時間(分)をとり、左側の縦軸にOD値及び右側の縦軸に電流値(n)をとっている。菌数に対応するOD値及び測定された電流値の時間的推移を比較すると、菌の増殖と電流値の増加は一致しておらず、菌が増殖を開始してから約100分後に電流値が増加し始め、電流値が増加している間、菌は増殖し続けていることが確認された。
【0074】
また、電極センサ上の菌液及びポリ容器内の菌液は、OD値の変化が一致しており、両者の増殖速度が同じであると考えられる。具体的には、60~210分の対数増殖期間におけるOD値の時間変化の傾きから、大腸菌の倍加時間を算出し、倍加時間は両方とも27分であった。つまり、電極センサに接触した状態において生菌の生育を全く妨げていないことが確認された。
【0075】
[実施例5]
検出試験で使用した電極センサの再生試験を行った。
【0076】
<再生試験について>
実施例2と同様の検出試験を、菌数が107cfu/ミリリットルの菌液を用いて行った。検出試験後の電極センサは、アノード電極体の銀めっきされた露出表面に硫化銀が生成して褐色に変色していた。
【0077】
使用済みの電極センサを試験体として、ポテンショガルバノスタット(株式会社東陽テクニカ製SI1287)を用いてカソード還元法と同様の還元反応による再生試験を行った。0.1Nの塩化カリウム(KCl)電解液に試験体を浸漬し、試験体のアノード電極体を作用電極とし、SCEを参照電極、白金を対極とする3電極法にて、-125μAで1000秒間通電した。
【0078】
また、0.01Nの硫酸水溶液に0.5モル濃度でチオ尿素が溶解した試験液を調製し、試験液によるチオ尿素の還元反応による再生試験を行った。使用済みの電極センサを試験体として、試験体の変色した表面に、試験液を6ミリリットル滴下し1分間室温で放置した。
【0079】
再生試験後、電極センサを流水で水洗し、室内乾燥した。次に、1回目の再生処理を行った電極センサを用いて、上述した検出試験と同様の検出試験を行った。そして、2回目の検出試験で使用済みの電極センサについて2回目の再生処理を行った後、2回目の検出試験を上述した検出試験と同様に行った。
【0080】
<測定結果について>
図6は、通電による再生処理の場合における初回、1回目の再生処理後及び2回目の再生処理後の電極センサを用いた検出試験の測定結果を示している。図6では、横軸に時間(分)をとり、縦軸に電流値(μA)をとり、電流値の時間的推移を示している。最大電流値は、初回で284nA、1回目の再生処理で273nA、2回目の再生処理で242nAであった。
【0081】
また、図7は、チオ尿素による再生処理の場合における初回、1回目の再生処理後及び2回目の再生処理後の電極センサを用いた検出試験の測定結果を示している。図7では、図6と同様に、電流値の時間的推移を示している。最大電流値は、初回で305nA、1回目の再生処理で284nA、2回目の再生処理で251nAであった。
【0082】
電極センサのアノード電極体の変色表面は、再生処理後に褐色から白色に変化したことを目視で確認した。還元反応による再生処理により、表面に析出した硫化銀が除去されていると考えられる。いずれの還元反応により再生処理を行った場合でも、1回目の再生処理による電極センサは、初回の電極センサと同等の検出結果が得られた。そのため、1回目の再生処理を行った電極センサを使用した検出試験が可能であることを確認した。
【0083】
なお、2回目の再生処理を行った電極センサの場合には、初回と同様に電流値が増加するものの最大電流値が15%程度低下しているが、硫黄成分の有無について検出可能であることを確認した。
【符号の説明】
【0084】
1・・・電極センサ、2・・・検体、3・・・検出部、4・・・収容容器、10・・・アノード電極体、11・・・絶縁体、12・・・カソード電極体
【要約】
【課題】本発明は、電極センサを用いて検体中の硫黄化合物等の硫黄成分を簡単に短時間で検出することができる硫黄成分検出方法を提供することを目的とする。
【解決手段】本発明に係る硫黄成分検出方法は、アノード電極体10及びカソード電極体12を絶縁体11を介して一体形成された電極センサ1を用いて検体2中の硫黄成分を検出する硫黄成分検出方法であって、検体2を両電極体に接触させた状態で、検体2中の硫黄成分とアノード電極体10との間で生じる電気化学反応により両電極体の間に流れるガルバニック電流を測定し、測定された電流値に基づいて検体2中の硫黄成分を検出する。
【選択図】図1
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7