(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-15
(45)【発行日】2024-08-23
(54)【発明の名称】維管束液計測センサ
(51)【国際特許分類】
G01N 27/416 20060101AFI20240816BHJP
G01N 27/414 20060101ALI20240816BHJP
A01G 7/00 20060101ALI20240816BHJP
【FI】
G01N27/416 353Z
G01N27/414 301Z
A01G7/00 603
(21)【出願番号】P 2021551706
(86)(22)【出願日】2020-10-08
(86)【国際出願番号】 JP2020038182
(87)【国際公開番号】W WO2021070913
(87)【国際公開日】2021-04-15
【審査請求日】2023-08-18
(31)【優先権主張番号】P 2019186455
(32)【優先日】2019-10-10
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】304028346
【氏名又は名称】国立大学法人 香川大学
(74)【代理人】
【識別番号】110001704
【氏名又は名称】弁理士法人山内特許事務所
(72)【発明者】
【氏名】下川 房男
(72)【発明者】
【氏名】石田 一馬
【審査官】黒田 浩一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2018/079186(WO,A1)
【文献】特開昭59-171852(JP,A)
【文献】特表平03-503677(JP,A)
【文献】特開2017-074023(JP,A)
【文献】特開平09-113478(JP,A)
【文献】特開2015-145810(JP,A)
【文献】特表2019-525141(JP,A)
【文献】 ONO, Akio et al.,Highly pure phloem-sap-extraction sensor device for direct component analysis of nutrition in plant,2017 19th International Conference on Solid-State Sensors, Actuators and Microsystems (TRANSDUCERS),,2017年,pp. 1604-1607,doi: 10.1109/TRANSDUCERS.2017.7994369.
【文献】 ONO, Akio et al.,Microscale phloem sap extraction sensor device for measuring biological information in plant branche,2016 IEEE SENSORS, Orlando, FL,2016年,pp. 1-3,doi: 10.1109/ICSENS.2016.7808532.
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 27/416
G01N 27/414
A01G 7/00
JSTPlus/JST7580(JDreamIII)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
イオン感応性電界効果トランジスタからなる指示電極が設けられた指示電極プローブと、
電気伝導体で形成された基層と、該基層の表面に形成された塩化銀層と、該塩化銀層の表面に形成された塩化物層とからなる固体参照電極が設けられた参照電極プローブと、
前記指示電極プローブおよび前記参照電極プローブを平行に並べた状態で支持する支持部と、を備え
、
前記塩化物層は、ガラスペーストと塩化カリウムとを1:0.05~0.25の重量比で混合して固化したものである
ことを特徴とする維管束液計測センサ。
【請求項2】
所定の間隔を空けて配置された一対の電極からなる電気伝導率電極対が設けられた電気伝導率プローブを備え、
前記電気伝導率プローブは前記支持部に支持されている
ことを特徴とする請求項1記載の維管束液計測センサ。
【請求項3】
前記電気伝導率電極対は、セル定数が500~2,000m
-1である
ことを特徴とする請求項
2記載の維管束液計測センサ。
【請求項4】
イオン感応性電界効果トランジスタからなる指示電極が設けられた指示電極プローブと、
電気伝導体で形成された基層と、該基層の表面に形成された塩化銀層と、該塩化銀層の表面に形成された塩化物層とからなる固体参照電極が設けられた参照電極プローブと、
所定の間隔を空けて配置された一対の電極からなる電気伝導率電極対が設けられた電気伝導率プローブと、
前記指示電極プローブ、前記参照電極プローブおよび前記電気伝導率プローブを平行に並べた状態で支持する支持部と、を備え、
前記一対の電極は、それぞれ、プローブ表面に形成された凸部を覆う金属層からなる
ことを特徴とす
る維管束液計測センサ。
【請求項5】
前記一対の電極は、前記電気伝導率プローブの幅方向に沿って並んで配置されている
ことを特徴とする請求項
2~
4のいずれかに記載の維管束液計測センサ。
【請求項6】
前記一対の電極は、前記電気伝導率プローブの軸方向に沿って並んで配置されている
ことを特徴とする請求項
2~
4のいずれかに記載の維管束液計測センサ。
【請求項7】
温度センサが設けられた温度プローブを備え、
前記温度プローブは前記支持部に支持されている
ことを特徴とする請求項
1~
6のいずれかに記載の維管束液計測センサ。
【請求項8】
前記指示電極、前記固体参照電極および前記電気伝導率電極対は、植物への突き刺し方向に同位置に配置されている
ことを特徴とする請求項
2記載の維管束液計測センサ。
【請求項9】
前記指示電極および前記固体参照電極と、前記電気伝導率電極対とは、植物への突き刺し方向に異なる位置に配置されており、
前記指示電極および前記固体参照電極を前記植物の師管に配置した状態において、前記電気伝導率電極対が該植物の道管に配置される
ことを特徴とする請求項
2記載の維管束液計測センサ。
【請求項10】
温度センサとヒータとが設けられたヒータ付温度プローブと、
温度センサが設けられた温度プローブと、を備え、
前記ヒータ付温度プローブおよび前記温度プローブは前記支持部に支持されている
ことを特徴とする請求項1または
2記載の維管束液計測センサ。
【請求項11】
前記温度プローブを2つ備え、
2つの前記温度プローブは、前記ヒータ付温度プローブを挟む位置に設けられている
ことを特徴とする請求項
10記載の維管束液計測センサ。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、維管束液計測センサに関する。さらに詳しくは、本発明は、植物の維管束液のpHなどの測定に用いられる維管束液計測センサに関する。
【背景技術】
【0002】
作物、果樹の生産においては、生産性の観点から植物の生育状態に合わせて適切な時期に灌水と養分補給を行なうことが望まれる。しかし、多くの農業現場では、無降雨日数などに基づき、経験と勘によって灌水と養分補給を行なっているのが現状である。このような経験に依存した方法は、熟練が必要であり手間と時間がかかる。また、基準となる指標が個人的な経験であるため、誰もが簡便に実施することは難しい。
【0003】
近年、スマートアグリなど、情報技術を農業に導入する動きが活発になっている。情報技術により、人に依存することなく、植物の生物学的情報に基づいて、最適な生産が行なわれることが期待されている。
【0004】
例えば、非特許文献1には土壌のpHを測定することが開示されている。土壌のpHは作物の状態・健全性の確認に用いられる。また、非特許文献2には土壌の電気伝導率を測定することが開示されている。電気伝導率から土壌に含まれる栄養成分の濃度を推定できる。
【先行技術文献】
【非特許文献】
【0005】
【文献】二川、他、「半導体型pHセンサによる低水分量土壌リアルタイムpH計測に関する研究」、電気学会論文誌E、Vol.138 No.9 pp.417-422、2018年
【文献】川嶋、他、「挿入型農業用センサを利用したトマト培地のEC測定」、電気学会論文誌E、Vol.131 No.6 pp.211-217、2011年
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0006】
現状では、非特許文献1、2に開示されていように土壌のpHおよび電気伝導率を測定するなど、植物を取り囲む環境を監視することが一般的である。しかし、植物の生体情報を直接測定できれば、作物、果樹の生産をより最適化できる。
【0007】
また、植物の生育には水分と栄養物質のバランスが重要である。例えば、水分に比べて栄養物質が多すぎると、植物に水分が取り込まれず、肥料焼けとなる。そのため、植物の水分動態を測定することも重要である。
【0008】
本発明は上記事情に鑑み、以下の(1)~(3)のいずれか一または複数を目的とする。
(1)植物の維管束液のpHを直接測定できる維管束液計測センサを提供する。
(2)植物の維管束液の電気伝導率を直接測定できる維管束液計測センサを提供する。
(3)植物の維管束液の動態を直接測定できる維管束液計測センサを提供する。
【課題を解決するための手段】
【0009】
第1態様の維管束液計測センサは、イオン感応性電界効果トランジスタからなる指示電極が設けられた指示電極プローブと、電気伝導体で形成された基層と、該基層の表面に形成された塩化銀層と、該塩化銀層の表面に形成された塩化物層とからなる固体参照電極が設けられた参照電極プローブと、前記指示電極プローブおよび前記参照電極プローブを平行に並べた状態で支持する支持部と、を備え、前記塩化物層は、ガラスペーストと塩化カリウムとを1:0.05~0.25の重量比で混合して固化したものであることを特徴とする。
第2態様の維管束液計測センサは、第1態様において、所定の間隔を空けて配置された一対の電極からなる電気伝導率電極対が設けられた電気伝導率プローブを備え、前記電気伝導率プローブは前記支持部に支持されていることを特徴とする。
第3態様の維管束液計測センサは、第2態様において、前記電気伝導率電極対は、セル定数が500~2,000m-1であることを特徴とする。
第4態様の維管束液計測センサは、イオン感応性電界効果トランジスタからなる指示電極が設けられた指示電極プローブと、電気伝導体で形成された基層と、該基層の表面に形成された塩化銀層と、該塩化銀層の表面に形成された塩化物層とからなる固体参照電極が設けられた参照電極プローブと、所定の間隔を空けて配置された一対の電極からなる電気伝導率電極対が設けられた電気伝導率プローブと、前記指示電極プローブ、前記参照電極プローブおよび前記電気伝導率プローブを平行に並べた状態で支持する支持部と、を備え、前記一対の電極は、それぞれ、プローブ表面に形成された凸部を覆う金属層からなることを特徴とする。
第5態様の維管束液計測センサは、第2~第4態様のいずれかにおいて、前記一対の電極は、前記電気伝導率プローブの幅方向に沿って並んで配置されていることを特徴とする。
第6態様の維管束液計測センサは、第2~第4態様のいずれかにおいて、前記一対の電極は、前記電気伝導率プローブの軸方向に沿って並んで配置されていることを特徴とする。
第7態様の維管束液計測センサは、第1~第6態様のいずれかにおいて、温度センサが設けられた温度プローブを備え、前記温度プローブは前記支持部に支持されていることを特徴とする。
第8態様の維管束液計測センサは、第2態様において、前記指示電極、前記固体参照電極および前記電気伝導率電極対は、植物への突き刺し方向に同位置に配置されていることを特徴とする。
第9態様の維管束液計測センサは、第2態様において、前記指示電極および前記固体参照電極と、前記電気伝導率電極対とは、植物への突き刺し方向に異なる位置に配置されており、前記指示電極および前記固体参照電極を前記植物の師管に配置した状態において、前記電気伝導率電極対が該植物の道管に配置されることを特徴とする。
第10態様の維管束液計測センサは、第1または第2態様において、温度センサとヒータとが設けられたヒータ付温度プローブと、温度センサが設けられた温度プローブと、を備え、前記ヒータ付温度プローブおよび前記温度プローブは前記支持部に支持されていることを特徴とする。
第11態様の維管束液計測センサは、第10態様において、前記温度プローブを2つ備え、2つの前記温度プローブは、前記ヒータ付温度プローブを挟む位置に設けられていることを特徴とする。
【発明の効果】
【0010】
第1態様によれば、指示電極プローブおよび参照電極プローブを植物に突き刺すことで、植物の維管束液のpHを測定できる。また、ガラスペーストと塩化カリウムとを1:0.05~0.25の重量比で混合することで、密着性が良く、ガラスペーストが溶解しづらい塩化物層が得られる。
第2態様によれば、電気伝導率プローブを植物に突き刺すことで、植物の維管束液の電気伝導率を測定できる。
第3態様によれば、電気伝導率電極対のセル定数が500~2,000m-1であるので、維管束液の電気伝導率を精度良く測定できる。
第4態様によれば、電極を立体形状とすることで電極表面積を広くできる。これにより、電気伝導率電極対を植物に挿入できるサイズとしつつ、セル定数を小さくできる。
第5態様によれば、一対の電極が電気伝導率プローブの幅方向に沿って並んで配置されているので、電気伝導率プローブを植物に突き刺す際の抵抗を比較的小さくできる。
第6態様によれば、一対の電極が電気伝導率プローブの軸方向に沿って並んで配置されているので、電気伝導率プローブを植物に突き刺したときに、一対の電極の間隙が維管束に沿う状態となり、維管束液が通りやすくなる。
第7態様によれば、温度プローブにより測定した維管束液の温度に基づきpH測定値の温度補償をすることで、維管束液のpHを精度良く測定できる。または、温度プローブにより測定した維管束液の温度に基づき電気伝導率測定値の温度補償をすることで、維管束液の電気伝導率を精度良く測定できる。
第8態様によれば、指示電極、固体参照電極および電気伝導率電極対が植物への突き刺し方向に同位置に配置されているので、植物の師管液または道管液のpHおよび電気伝導率を同時に測定できる。
第9態様によれば、指示電極および固体参照電極が師管に配置され、電気伝導率電極対が道管に配置されるので、師管液のpHを測定しつつ、道管液の電気伝導率を測定できる。
第10態様によれば、ヒータ付温度プローブおよび温度プローブに設けられた温度センサの測定値から維管束液の流量を求めることができる。
第11態様によれば、2つの温度プローブで測定された温度を比較することで、維管束液の流れる方向を特定できる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図1】第1実施形態に係る維管束液計測センサの平面図である。
【
図2】第1実施形態に係る維管束液計測センサの側面図である。
【
図4】第1実施形態に係る維管束液計測センサの使用状態説明図である。
【
図6】第2実施形態に係る維管束液計測センサの平面図である。
【
図8】他の形態の電気伝導率電極対の斜視図である。
【
図9】第2実施形態に係る維管束液計測センサの使用状態説明図である。
【
図10】セル定数Kと電気伝導率の測定レンジとの関係を示すグラフである。
【
図11】第3実施形態に係る維管束液計測センサの平面図である。
【
図12】第4実施形態に係る維管束液計測センサの平面図である。
【
図13】図(A)は試料1の出力電位の時間変化を示すグラフである。図(B)は試料2の出力電位の時間変化を示すグラフである。
【
図14】イオン感応性電界効果トランジスタのゲート-ソース間電圧Vgsとドレイン電流Idとの関係を示すグラフである。
【
図15】塩化カリウム水溶液の濃度と電気伝導率測定値との関係を示すグラフである。
【
図16】気象器内の光量と、センサにより測定された電気伝導率の時間変化を示すグラフである。
【発明を実施するための形態】
【0012】
つぎに、本発明の実施形態を図面に基づき説明する。
〔第1実施形態〕
本発明の第1実施形態に係る維管束液計測センサ1は、植物の新梢末端、果柄など、植物の細部に取り付けることができる。維管束液計測センサ1は植物の細部における維管束液のpHを測定する機能を有する。
【0013】
(維管束液計測センサ)
まず、維管束液計測センサ1の構成を説明する。
図1に示すように、維管束液計測センサ1は支持部10を備えている。支持部10には、指示電極プローブ20、参照電極プローブ30および温度プローブ40が設けられている。指示電極プローブ20および参照電極プローブ30は対となって維管束液のpH測定に用いられる。温度プローブ40は維管束液の温度測定に用いられる。維管束液の温度はpH測定値の温度補償に用いられる。したがって、温度補償の必要がない場合などには、維管束液計測センサ1に温度プローブ40を設けなくてもよい。
【0014】
プローブ20、30、40は、それらを同一平面内で平行に並べた状態で、その基端が支持部10に支持されている。プローブ20、30、40の並び順は特に限定されない。これらのプローブ20、30、40を植物に突き刺すことで、植物に維管束液計測センサ1が設置される
【0015】
支持部10およびプローブ20、30、40は半導体基板を加工することで形成されている。半導体基板として、シリコン基板、SOI(Silicon on Insulator)基板などが挙げられる。半導体基板の加工には、フォトリソグラフィ、エッチングのほか、スパッタ法、蒸着法などの薄膜形成を用いたMEMS技術が用いられる。
【0016】
・支持部
支持部10はプローブ20、30、40を支持する部材である。支持部10は、平面視長方形の板材であり、片方の長辺部に全てのプローブ20、30、40が支持されている。支持部10はその長手方向の長さが全てのプローブ20、30、40を所定の間隔で配置できる長さを有していればよい。支持部10の短手方向の長さは特に限定されない。
【0017】
・プローブ
各プローブ20、30、40は、棒状の部材であり、支持部10の縁(長辺部)に片持ち梁状に設けられている。各プローブ20、30、40の先端部は三角形など、尖った形に形成されているのが好ましい。プローブ20、30、40の先端部が尖った形であれば、プローブ20、30、40を植物の細部に挿入するときの挿入抵抗を小さくできる。これにより、プローブ20、30、40を植物の細部である茎などにスムーズに突き刺すことができる。また、プローブ20、30、40を植物の細部に突き刺す際にプローブ20、30、40の先端部が破損することを防止できる。
【0018】
各プローブ20、30、40は、植物の新梢末端、果柄など、茎径または軸径が数mm程度の植物の細部に突き刺して配置できる寸法に形成されている。各プローブ20、30、40の長さ(軸方向に基端から先端までの長さ)は、植物の細部に突き刺して設置した状態において、その先端部が植物の細部の道管または師管に配置され得る寸法に形成されている。例えば、各プローブ20、30、40の長さは50~1,000μmである。
【0019】
各プローブ20、30、40の幅は、特に限定されないが、例えば50~300μmである。プローブ20、30、40の幅が短いほど、植物に与えるダメ-ジ(損傷)を小さくできる。
【0020】
図2に示すように、各プローブ20、30、40は、半導体基板SSの下部を除去することにより、支持部10の厚さよりも薄く形成されている。各プローブ20、30、40の厚さは測定対象となる植物の師管および道管の幅よりも短く設定されている。各プローブ20、30、40の厚さは測定対象となる植物の種類および茎の太さによるが、例えば50~300μmである。厚さが50μm以上であれば強度が十分であり、プローブ20、30、40を植物の茎などに挿抜する際に折れる恐れがない。また、植物の種類にもよるが道管および師管の太さは100~400μm程度であるため、厚さが300μm以下であればプローブ20、30、40を道管または師管に刺してもそれらを塞ぐことを抑制できる。
【0021】
このような形状を有するプローブ20、30、40は、例えば、以下の手順で形成される。半導体基板SSにプローブ形状のフォトリソグラフィを行ない、ICP-RIEなどのドライエッチングにより不要部分を除去してプローブ形状の原形を形成する。つぎに、プローブ20、30、40が片持ち梁状になるように、半導体基板SSを裏面からエッチングする。この工程では、ICP-RIEなどのドライエッチングが用いられる。半導体基板SSを裏面からエッチングしていき、プローブ20、30、40が分離された段階でエッチングを終了する。これにより、片持ち梁状のプローブ20、30、40を形成できる。
【0022】
・指示電極プローブ
図1に示すように、指示電極プローブ20の先端部には指示電極21が設けられている。指示電極21はイオン感応性電界効果トランジスタ(ISFET)からなる。イオン感応性電界効果トランジスタは、通常の電界効果トランジスタ(FET)のゲート酸化膜上の金属電極部がなく、その代わりに誘電体などのイオン感応膜が形成されたものである。
【0023】
支持部10の上面には指示電極21に配線を介して接続された3つの電極パッド21eが配設されている。3つの電極パッド21eはそれぞれイオン感応性電界効果トランジスタのゲート電極、ソース電極およびドレイン電極に接続されている。
【0024】
イオン感応性電界効果トランジスタは、例えば、以下の手順で形成される。半導体基板上にソースおよびドレインの埋め込み層(n+)を拡散工程などにより形成する。つぎに、それらの埋め込み層と接続する金属電極をスパッタ法、蒸着法などにより形成する。つぎに、これらの上部に、SiO2、TaOxなどの誘電体膜からなるイオン感応膜(ゲート酸化膜)をスパッタ法などにより形成する。また、電極パッド21eおよび配線は、例えば、スパッタ法、蒸着法などにより半導体基板上にAl薄膜を堆積させることにより形成される。
【0025】
・参照電極プローブ
参照電極プローブ30の先端部には固体参照電極31が設けられている。固体参照電極31は
図3に示す構成を有する。すなわち、固体参照電極31は基層32、塩化銀層33および塩化物層34がこの順に積層された構成を有する。なお、基層32は支持部10まで延長されており、固体参照電極31の読み出し用の配線も構成している(
図1参照)。
【0026】
基層32は、電気伝導体で形成された薄膜であり、参照電極プローブ30を構成する半導体基板SSの表面に形成されている。基層32の素材として、Au、Alなどの金属が好適に用いられる。基層32は、例えば、スパッタ法、蒸着法などにより半導体基板SS上に金属薄膜を堆積させることにより形成される。
【0027】
塩化銀層33は、AgCl薄膜であり、基層32の表面に形成されている。塩化銀層33は、例えば、塩化銀インクを基層32の表面に塗布し、乾燥させることで形成される。塩化銀インクは塩化銀結晶の微粒子を溶媒中に分散させたものである。
【0028】
塩化物層34は塩化銀層33の表面に形成されている。塩化物層34は塩化物を固化材で固化して形成した層である。塩化物として塩化カリウム、塩化ナトリウムなどを用いることができる。固化材は、化学的に安定であり、pHが中性であり、固化した状態で多孔質体であり、電気絶縁性を有する材料であればよい。このような固化材として、ガラスペースト、セラミックの多孔質材料、ポリイミドなどの高分子材料、ポリイミドとシリカからなるナノコンポジットの多孔体材料などが挙げられる。
【0029】
塩化物として塩化カリウムを用い、固化材としてガラスペーストを用いる場合、塩化物層34は塩化カリウム粉末とガラスペーストとを混合して固化することで形成できる。ガラスペーストはガラス粉末とビークルの混合物である。塩化カリウム粉末とガラスペーストとを所定の割合で混合し、混合物を塩化銀層33の表面に塗布した後、焼成することで、塩化物層34が形成される。
【0030】
ここで、ガラスペーストと塩化カリウムの重量比を、ガラスペースト1に対して塩化カリウム0.05~0.25とすることが好ましい。ガラスペーストと塩化カリウムとを1:0.05~0.25の重量比で混合することで、密着性が良く、ガラスペーストが溶解しづらい塩化物層34が得られる。また、ガラスペーストと塩化カリウムの重量比を、ガラスペースト1に対して塩化カリウム0.05~0.10とすることがより好ましい。そうすれば、固体参照電極31の出力電位が安定する。
【0031】
・温度プローブ
図1に示すように、温度プローブ40の先端部には温度センサ41が設けられている。温度センサ41は、温度を感知する機能を有しており、温度プローブ40の先端部に配設できる大きさのものであれば、特に限定されない。温度センサ41として、pn接合ダイオード、熱電対、測温抵抗体などを採用できる。また、支持部10の上面には温度センサ41に配線を介して接続された2つの電極パッド41eが配設されている。
【0032】
pn接合ダイオードは酸化拡散炉を用いて半導体基板上に形成できる。具体的には、半導体基板上に拡散用ホール(p形)を形成した後、n拡散(n形)を形成する。つぎに、pn接合ダイオードのコンタクト形成と、電極パッド41eおよび配線の形成を行なう。具体的には、スパッタ法、蒸着法などにより半導体基板上にAl薄膜を堆積させることで、コンタクト形成と、電極パッド41eおよび配線の形成を行なう。また、熱電対および測温抵抗体は、薄膜技術により半導体基板上に形成できる。
【0033】
温度センサ41としてpn接合ダイオードを採用した場合、以下の手順で温度測定を行なう。ダイオードの順方向特性は温度によって変化し、ダイオードに一定の電流を流すと温度変化に伴って電圧が変化することが知られている。2つの電極パッド41e、41eの間には、定電流源が接続される。定電流源でpn接合ダイオードである温度センサ41に順方向に定電流を供給し、電圧計で温度センサ41の陽極-陰極間の電圧を測定する。電圧計で測定した電圧から、温度を算出できる。
【0034】
(測定方法)
つぎに、維管束液計測センサ1による維管束液のpHの測定方法を説明する。
【0035】
・取り付け
まず、測定対象となる植物の新梢末端、果柄などに、維管束液計測センサ1を取り付ける。具体的には、
図4に示すように、維管束液計測センサ1の全てのプローブ20、30、40を植物に突き刺して取り付ける。このとき、植物の道管XYおよび師管PHに沿って、プローブ20、30、40を配置する。
【0036】
プローブ20、30、40を植物に突き刺していくと、プローブ20、30、40の先端部は植物の皮層COを通り、師管PHに達する。さらに、深く突き刺していくと、プローブ20、30、40の先端部は、道管XYに達し、つぎに髄PIに達する。師管液のpHを測定する場合には、プローブ20、30、40の先端部を師管PHに配置する。道管液のpHを測定する場合には、プローブ20、30、40の先端部を道管XYに配置する。
【0037】
・pH測定
図4に示すように、指示電極プローブ20および参照電極プローブ30の先端部を師管PHに配置すれば、指示電極21および固体参照電極31が共通の師管液と接触する。
【0038】
図5にpH測定原理を模式的に示す。指示電極21であるISFETはMOSFETに似た構造を有している。ISFETはMOSFETのゲート電極をイオン感応膜に置き換えた構造を有しており、溶液を介してゲートバイアスを印加している。シリコン(Si)のn
+型-p
+型-n
+型間の抵抗は7.0MΩと非常に高く、通常は微量の電流しか流れない。ゲート部分に溶液が接触すると、溶液内の水素イオン(H
+)によりイオン感応膜が正に帯電する。電気二重層により、帯電したイオン感応膜がシリコン内部の電子(e
-)をゲート付近に引き寄せるため、界面電位が生じる。界面電位は溶液のイオン濃度により変化する。そのため、界面電位をドレイン電流-ゲート電圧特性(Id-Vgs特性)のVthシフトとして検出すれば、イオン濃度を測定できる。
【0039】
・温度補償
イオン感応性電界効果トランジスタにより得られたpHの測定値は温度に依存することが知られている。溶液の温度によりpHあたりの起電力が変化するためである。そのため、pH測定値を温度補償することが好ましい。温度プローブ40の先端部を師管PHに配置すれば、温度センサ41が師管液と接触する。そのため、温度センサ41により師管液の温度を測定できる。温度プローブ40により測定した師管液の温度に基づきpH測定値の温度補償をする。これにより、師管液のpHを精度良く測定できる。
【0040】
以上のように、維管束液計測センサ1により師管液のpHを測定できる。師管液には光合成によって生成されるスクロースなどの栄養物質が含まれる。師管液のpHを測定することにより、師管液に含まれる栄養物質を定量化できる。これにより、植物の健康状態を把握できる。
【0041】
なお、プローブ20、30、40の先端部を道管XYに配置すれば、道管液のpHを測定できる。師管液にはスクロースなどの光合成産物が含まれているため、道管液に比べてpHが高い。具体的には、一般に、道管液のpHは約6であるのに対して、師管液のpHは約7.5~8である。指示電極プローブ20および参照電極プローブ30により測定されたpHに基づいて、プローブ20、30、40の先端部が師管PHに配置されているか、道管XYに配置されているかを判断できる。これに基づき、プローブ20、30、40の突き刺し量を調整できる。
【0042】
〔第2実施形態〕
つぎに、本発明の第2実施形態に係る維管束液計測センサ2を説明する。維管束液計測センサ2は、維管束液のpHに加え、電気伝導率を測定する機能を有する。
【0043】
(維管束液計測センサ)
図6に示すように、本実施形態の維管束液計測センサ2は第1実施形態の維管束液計測センサ1に電気伝導率プローブ50を追加したものである。その余の構成は第1実施形態と同様であるので、同一部材に同一符号を付して説明を省略する。
【0044】
電気伝導率プローブ50は維管束液の電気伝導率の測定に用いられる。温度プローブ40で測定された維管束液の温度は電気伝導率測定値の温度補償に用いられる。したがって、温度補償の必要がない場合などには、維管束液計測センサ2に温度プローブ40を設けなくてもよい。
【0045】
・電気伝導率プローブ
電気伝導率プローブ50は、その他のプローブ20、30、40とともに、同一平面内で平行に並べた状態で、その基端が支持部10に支持されている。プローブ20、30、40、50の並び順は特に限定されない。また、電気伝導率プローブ50は、その他のプローブ20、30、40と同様の形状、寸法を有する。
【0046】
電気伝導率プローブ50の先端部には電気伝導率電極対51が設けられている。電気伝導率電極対51は所定の間隔を空けて配置された一対の電極52、52からなる。電気伝導率電極対51は電極52、52間に存在する維管束液の電気伝導率を測定するためのものである。電極52は電気伝導率プローブ50の先端部に配設できる大きさのものであれば、特に限定されない。例えば、Al薄膜を電極52として用いることができる。
【0047】
支持部10の上面には、2つの電極52に配線を介して接続された2つの電極パッド52eが配設されている。電気伝導率は交流二電極法により測定できる。すなわち、一対の電極52、52に対応する一対の電極パッド52e、52eの間には、交流電源と電流計とが直列に接続される。交流電源で電極52、52間に電流を供給し、電流計で電極52、52間に流れる電流を測定する。オームの法則の基づき、電流計で測定した電流から、電極52、52間の電気抵抗を算出し、電気抵抗から電気伝導率を求める。
【0048】
ところで、一般に、土壌の電気伝導率として植物の育成に適した範囲は0.1~1.5mS/cmである。土壌の電気伝導率が2.0~5.0mS/cmであると植物に障害が発生する。また、植物中の維管束液の電気伝導率は、土壌の電気伝導率と同程度か、それよりも大きいと推測される。維管束液の電気伝導率を測定するには、電気伝導率の測定レンジが0.1~14mS/cmを含むことが好ましい。
【0049】
交流二電極法において電気伝導率は式(1)で表される。
【数1】
ここで、σは電気伝導率[S/m]、Kはセル定数[m
-1]、Rは電極間の電気抵抗[Ω]である。
【0050】
電気伝導率σはセル定数Kを測定値である電気抵抗Rで除して求められる。そのため、交流二電極法による電気伝導率の測定レンジは、電極対のセル定数Kに依存する。
【0051】
図10のグラフに、セル定数Kと電気伝導率の測定レンジとの一般的な関係を示す。
図10のグラフから分かるように、セル定数Kが10,000m
-1であったとしても、理論上、維管束液の電気伝導率を測定することは可能である。しかし、セル定数Kが大きいほど分極の影響により誤差が大きくなる。逆にいえば、セル定数Kを小さくするほど、電気伝導率を精度良く測定できる。維管束液の電気伝導率を精度良く測定するには、電気伝導率電極対51のセル定数Kを500~2,000m
-1とすることが好ましく、500~1,000m
-1とすることがより好ましい。
【0052】
セル定数Kは、式(2)に示すように、電極間距離Lを電極表面積Sで除して求められる。
【数2】
【0053】
セル定数Kを500~2,000m-1といった比較的小さい値にするには、電極表面積Sを大きくする必要がある。しかし、面積の小さい電気伝導率プローブ50の先端部に設けられる電極52を、平面電極のまま表面積を大きくするのには限界がある。
【0054】
そこで、
図7に示すように、電極52を立体形状とすることが好ましい。すなわち、一対の電極52、52のそれぞれを、プローブ表面50Sに形成された凸部53を覆う金属層からなる構成とすればよい。プローブ表面50Sに形成する凸部53を直方体にすれば、底面を除く5面から電極52を構成でき、その分表面積を大きくできる。このように、電極52を立体形状とすることで電極表面積を広くできる。これにより、電気伝導率電極対51を植物に挿入できるサイズとしつつ、セル定数Kを小さくできる。
【0055】
このような立体形状の電極52は、例えば、以下の手順で形成できる。半導体基板上に電極部分を保護するマスクパターンを形成し、ドライエッチングにより立体電極の基礎となる凸部53を形成する。つぎに、凸部53の表面に酸化膜を形成する。つぎに、凸部53の表面を覆う金属層と、配線および電極パッド52eとを、金属薄膜でパターニングする。
【0056】
なお、
図7に示す例では、一対の電極52、52が電気伝導率プローブ50の幅方向に沿って並んで配置されている。このようにすれば、電気伝導率プローブ50を植物に突き刺す際の抵抗を比較的小さくできる。これに代えて、
図8に示すように、一対の電極52、52を電気伝導率プローブ50の軸方向に沿って並べて配置してもよい。このようにすれば、電極52、52の間隙が電気伝導率プローブ50の幅方向に沿って配置される。そのため、電気伝導率プローブ50を植物に突き刺したときに、電極52、52の間隙が維管束に沿う状態となり、維管束液が通りやすくなる。
【0057】
(測定方法)
つぎに、維管束液計測センサ2による維管束液の電気伝導率の測定方法を説明する。
【0058】
図9に示すように、維管束液計測センサ2は、全てのプローブ20、30、40、50を植物に突き刺して取り付ける。師管液の電気伝導率を測定する場合には、プローブ20、30、40、50の先端部を師管PHに配置する。道管液の電気伝導率を測定する場合には、プローブ20、30、40、50の先端部を道管XYに配置する。
【0059】
図9に示すように、電気伝導率プローブ50の先端部を道管XYに配置すれば、電気伝導率電極対51が道管液と接触することになる。そのため、電気伝導率電極対51により道管液の電気伝導率を測定できる。
【0060】
電気伝導率電極対51により得られた電気伝導率測定値は温度に依存する。一般に、電気伝導率測定値は1℃ごとに1~3%変化する。そのため、電気伝導率測定値を温度補償することが好ましい。温度プローブ40の先端部を道管XYに配置すれば、温度センサ41が道管液と接触する。そのため、温度センサ41により道管液の温度を測定できる。温度プローブ40により測定した道管液の温度に基づき電気伝導率測定値の温度補償をする。これにより、道管液の電気伝導率を精度良く測定できる。
【0061】
電気伝導率測定値の温度補償は、例えば、以下の手順で行なう。すなわち、式(3)に基づき、電気伝導率測定値を基準温度25℃での電気伝導率σ
25[S/m]に変換する。ここで、αは温度係数、Tは測定対象液の温度[℃]、σは電気伝導率測定値[S/m]である。
【数3】
【0062】
温度係数αは式(4)から求められる。ここで、T
1は25℃およびT
2以外の温度[℃]、T
2は25℃およびT
1以外の温度[℃]、σ
1はT
1での電気伝導率測定値[S/m]、σ
2はT
2での電気伝導率測定値[S/m]である。
【数4】
【0063】
以上のように、維管束液計測センサ2により道管液の電気伝導率を測定できる。土壌に散布された肥料は微生物によって硝酸性窒素などの塩分に分解される。また、塩分濃度と電気伝導率とは正の相関がある。そのため、道管液の電気伝導率を測定することで、植物に取り込まれた栄養物質を定量化できる。
【0064】
なお、電気伝導率プローブ50の先端部を師管pHに配置すれば、師管液の電気伝導率を測定できる。道管液には硝酸性窒素などの塩分が含まれているため、その他の部分(皮層CO、師管PH、髄PI等)に含まれる水分に比べて電気伝導率が高いという性質を有する。これを利用して、プローブ50の先端部が師管PHに配置されているか、道管XYに配置されているかを判断できる。これに基づき、プローブ20、30、40、50の突き刺し量を調整できる。
【0065】
本実施形態の維管束液計測センサ2は、全てのプローブ20、30、40、50の長さがほぼ同じである。そして、それらのプローブ20、30、40、50の先端部に設けられた指示電極21、固体参照電極31、温度センサ41および電気伝導率電極対51は、測定対象となる植物への突き刺し方向(各プローブ20、30、40、50の軸方向)に、ほぼ同位置に配置されている。そのため、これらの素子21、31、41、51を同時に師管PHに配置することもできるし、道管XYに配置することもできる。
【0066】
素子21、31、41、51が植物への突き刺し方向に同位置に配置されていることから、植物の師管液または道管液のpHおよび電気伝導率を同時に測定できる。維管束液のpHおよび電気伝導率は、それぞれ、植物の育成に適した範囲があると考えられる。維管束液のpHが適した範囲から外れると植物が病気になりやすくなる。また、維管束液の電気伝導率が適した範囲から外れると植物の生育に悪影響が出る。維管束液のpHと電気伝導率とを同時に測定することで、植物の健康状態を定量的に監視できる。
【0067】
温度プローブ40で測定された維管束液の温度は、電気伝導率測定値の温度補償にも、pH測定値の温度補償にも用いられる。
【0068】
なお、維管束液計測センサ2を電気伝導率プローブ50のみ、あるいは電気伝導率プローブ50および温度プローブ40のみを有する構成とし、指示電極プローブ20および参照電極プローブ30を設けなくてもよい。このような構成の維管束液計測センサ2であっても、維管束液の電気伝導率を測定できる。
【0069】
〔第3実施形態〕
つぎに、本発明の第3実施形態に係る維管束液計測センサ3を説明する。
図11に示すように、本実施形態の維管束液計測センサ3は、第2実施形態の維管束液計測センサ2において、電気伝導率プローブ50を指示電極プローブ20および参照電極プローブ30よりも長くしたものである。
【0070】
具体的には、電気伝導率プローブ50の長さは、指示電極プローブ20および参照電極プローブ30の長さよりも、測定対象となる植物の師管PHの中心と道管XYの中心との距離の分だけ長く設定されている。この長さの差は、測定対象となる植物の種類および茎の太さによるが、例えば50~300μmである。
【0071】
プローブ20、30、50の先端部には、それぞれ指示電極21、固体参照電極31、電気伝導率電極対51が配設されている。そのため、指示電極21および固体参照電極31と、電気伝導率電極対51とは、植物への突き刺し方向に異なる位置に配置される。そして、電気伝導率電極対51は、指示電極21および固体参照電極31に比べて、植物のより深い位置に達するよう配置されている。
【0072】
プローブ20、30、50を植物に突き刺し、電気伝導率電極対51を道管XYに配置した状態とすれば、指示電極21および固体参照電極31は師管PHに配置される。換言すれば、電気伝導率電極対51と指示電極21および固体参照電極31との間の距離は、電気伝導率電極対51を道管XYに配置した状態において、指示電極21および固体参照電極31が師管PHに配置されるよう設定される。
【0073】
維管束液計測センサ3はこのような構成を有することから、師管液のpHを測定しつつ、道管液の電気伝導率を測定できる。
【0074】
〔第4実施形態〕
つぎに、本発明の第4実施形態に係る維管束液計測センサ4を説明する。維管束液計測センサ4は、維管束液のpH、電気伝導率に加え、水分動態を測定する機能を有する。
【0075】
(維管束液計測センサ)
図12に示すように、本実施形態の維管束液計測センサ4は第2実施形態の維管束液計測センサ2において、温度プローブ40を第1温度プローブ40Aと第2温度プローブ40Bの2つとし、ヒータ付温度プローブ60を追加したものである。その余の構成は第2実施形態と同様であるので、同一部材に同一符号を付して説明を省略する。
【0076】
第1、第2温度プローブ40A、40Bとヒータ付温度プローブ60とは組となって維管束液の動態の測定に用いられる。第1温度プローブ40Aまたは第2温度プローブ40Bで測定された維管束液の温度は、pH測定値および電気伝導率測定値の温度補償にも用いられる。
【0077】
第1、第2温度プローブ40A、40Bおよびヒータ付温度プローブ60は、その他のプローブ20、30、50とともに、同一平面内で平行に並べた状態で、その基端が支持部10に支持されている。第1、第2温度プローブ40A、40Bは、ヒータ付温度プローブ60を挟む位置に設けられている。また、第1、第2温度プローブ40A、40Bおよびヒータ付温度プローブ60は、その他のプローブ20、30、50と同様の形状、寸法を有する。
【0078】
・温度プローブ
第1、第2温度プローブ40A、40Bは、それぞれ、第1実施形態の温度プローブ40と同様の構成を有する。すなわち、第1、第2温度プローブ40A、40Bは、それぞれ、先端部に温度センサ41が設けられている。温度センサ41により維管束液の温度を測定できる。
【0079】
・ヒータ付温度プローブ
ヒータ付温度プローブ60の先端部には温度センサ61が設けられている。温度センサ61として温度プローブ40の温度センサ41と同様のものを採用できる。支持部10の上面には、温度センサ61に配線を介して接続された2つの電極パッド61eが配設されている。温度プローブ40の温度センサ41と同様の方法で、温度センサ61により温度を測定できる。
【0080】
また、ヒータ付温度プローブ60にはヒータ62が設けられている。ヒータ62はヒータ付温度プローブ60に熱を供給できればよく、その位置は先端部に限定されない。ヒータ62は、ヒータ付温度プローブ60に配設できる大きさのものであれば、特に限定されない。例えば、酸化拡散炉を用いて形成したpn接合ダイオードをヒータ62として採用できる。また、Pt(白金)、NiCr(ニクロム)、またはITO(インジウムスズ酸化材料)の薄膜をスパッタ法、蒸着法などにより形成し、所定の形状に加工することで、ヒータ62を形成してもよい。
【0081】
支持部10の上面にはヒータ62に配線を介して接続された2つの電極パッド62eが配設されている。2つの電極パッド62e、62eの間には、直流定電圧源が接続される。直流定電圧源でpn接合ダイオードであるヒータ62に順方向に定電圧を供給する。ヒータ62に電流を流すことで、熱を発することができる。
【0082】
(測定方法)
つぎに、維管束液計測センサ4による維管束液の動態の測定方法を説明する。
【0083】
図12に示すように、維管束液計測センサ4は、全てのプローブ20、30、40A、40B、50、60を植物に突き刺して取り付ける。師管液の動態を測定する場合には、第1、第2温度プローブ40A、40Bおよびヒータ付温度プローブ60の先端部を師管PHに配置する。道管液の動態を測定する場合には、第1、第2温度プローブ40A、40Bおよびヒータ付温度プローブ60の先端部を道管XYに配置する。
【0084】
以下、師管液の動態を測定する場合を例に説明する。
まず、ヒータ付温度プローブ60に設けられたヒータ62を作動させる。ヒータ62を作動すれば、ヒータ62から供給された熱エネルギがヒータ付温度プローブ60に供給される。ヒータ付温度プローブ60に供給された熱エネルギは、ヒータ付温度プローブ60の表面から師管PH内を流れる師管液に放出される。
【0085】
このときの第1、第2温度プローブ40A、40Bおよびヒータ付温度プローブ60の温度を、温度センサ41、41、61によって測定する。そして、第1温度プローブ40Aと第2温度プローブ40Bの温度を比較することで、師管流の方向を特定する。
【0086】
第1、第2温度プローブ40A、40Bは、ヒータ付温度プローブ60を挟む位置に設けられている。師管液が植物の末端から根本に向かって流れている場合、根本側に位置する第2温度プローブ40Bは、ヒータ付温度プローブ60により昇温された師管液により暖められ、末端側の第1温度プローブ40Aに比べて温度が高くなる。
【0087】
逆に、師管液が植物の根本から末端に向かって流れている場合、末端側に位置する第1温度プローブ40Aは、ヒータ付温度プローブ60により昇温された師管液により暖められ、根本側の第2温度プローブ40Bに比べて温度が高くなる。
【0088】
すなわち、師管流の方向は、温度の低い温度プローブ40Aまたは40Bから温度の高い温度プローブ40Bまたは40Aに向かう方向であると特定できる。
【0089】
一般に、道管流は植物の根本から末端に向かう方向であるが、師管流の方向は植物の外形から把握することはできない。しかし、維管束液計測センサ4によれば、師管流の方向を特定できる。
【0090】
つぎに、第1、第2温度プローブ40A、40Bおよびヒータ付温度プローブ60で測定した温度から、グラニエ法に基づいて師管液の流量を測定する。ここで、第1、第2温度プローブ40A、40Bのうち温度の低い温度プローブ40Aまたは40Bと、ヒータ付温度プローブ60との温度差を基に計算する。温度の低い温度プローブ40Aまたは40Bは、ヒータ付温度プローブ60よりも師管流の上流側に配置されている。
【0091】
例えば、師管液の流量が多い(流速が速い)場合には、ヒータ付温度プローブ60の近傍の師管液は、常に新しい師管液に置き換えられた状態となる。そのため、ヒータ付温度プローブ60に供給する熱エネルギを一定とすれば、ヒータ付温度プローブ60の温度は低くなる。一方、師管液の流量が少ない(流速が遅い)場合には、ヒータ付温度プローブ60の近傍の師管液は、滞留したような状態となる。そのため、ヒータ付温度プローブ60に供給する熱エネルギを一定とすれば、ヒータ付温度プローブ60の温度は高くなる。
【0092】
したがって、温度プローブ40Aまたは40Bとヒータ付温度プローブ60との間の温度差ΔTから師管液の流速を求めることができる。具体的には、式(5)に示すように、温度差ΔTは流速uの関数となる。かかる関数に基づけば、温度差ΔTから流速uを算出できる。
【数5】
ここで、uは平均流速[m/s]、ΔT(u)は平均流速がuの時の温度プローブ40とヒータ付温度プローブ60との温度差[℃]、ΔT(0)はΔTの最大温度[℃]、αとβは観測データから得られる係数である。
【0093】
また、式(6)に基づき、流速uから流量Fを算出できる。
【数6】
ここで、Fは流量[m
3/s]、Sは道管または師管の断面積[m
2]である。
【0094】
なお、第1、第2温度プローブ40A、40Bおよびヒータ付温度プローブ60の先端部を植物の道管XYに配置すれば、道管流の方向とともに、道管液の流速および流量を求めることができる。また、維管束液計測センサ4は、ヒートパルス法によっても維管束液の流量を測定できる。
【0095】
本実施形態の維管束液計測センサ4は、維管束液の流量とともに、維管束液のpHおよび電気伝導率を測定できる。すなわち、植物の水分動態と栄養物質動態とを同時に測定できる。植物の育成には水分と栄養物質のバランスが重要である。例えば、水分に対して栄養物質が多すぎると、養分過剰による肥料やけが生じる。植物の水分動態と栄養物質動態とを同時に測定することで、水分と栄養物質のバランスを保つことができる。
【0096】
維管束液計測センサ4を半導体基板で形成することにより、維管束液計測センサ4を小型化でき、プローブ20、30、40A、40B、50、60を微細化できる。そのため、維管束液計測センサ4を植物に設置しても植物に与えるダメ-ジ(損傷)を小さくでき、長期間設置させておくことができる。植物の水分動態、栄養物質動態を長期間に渡ってモニタリングすることができ、植物の生育状態に合わせて適切な時期に灌水と養分補給を行なうことができる。その結果、作物、果樹などの収穫量の増大が図られる。あわせて、病害を含む生育不良の低減により、果樹栽培の高品質(果実糖度が高い)・安定生産(品質が揃った)など、高付加価値栽培が可能となる。
【0097】
なお、維管束液計測センサ4に設けられる温度プローブ40を1つとしてもよい。このような構成でも維管束液の流量を測定できる。また、維管束液計測センサ4に電気伝導率プローブ50を設けなくてもよい。すなわち、維管束液計測センサ4をpH測定用の指示電極プローブ20および参照電極プローブ30と、水分動態測定用の第1、第2温度プローブ40A、40Bおよびヒータ付温度プローブ60との組み合わせとしてもよい。維管束液計測センサ4に指示電極プローブ20および参照電極プローブ30を設けなくてもよい。すなわち、維管束液計測センサ4を電気伝導率測定用の電気伝導率プローブ50と、水分動態測定用の第1、第2温度プローブ40A、40Bおよびヒータ付温度プローブ60との組み合わせとしてもよい。
【実施例】
【0098】
(pH測定)
・固体参照電極の表面形状評価
ガラス片上に固体参照電極を形成した。ここで、固体参照電極を基層、塩化銀層、塩化物層の積層構造とした。ガラス片上に金薄膜を形成して基層とした。基層の表面に塩化銀インクを塗布し、乾燥させて塩化銀層とした。塩化カリウム粉末とガラスペーストと混合し、混合物を塩化銀層の表面に塗布した後、焼成(500℃、60分)することで、塩化物層を形成した。
【0099】
ガラスペーストと塩化カリウムの重量比を1:1、0.75、0.50、0.25の4パターンとし、各パターンで試料を作製した。そして、各試料の表面形状を観察した。
【0100】
ガラスペーストと塩化カリウムの重量比を1:1とした場合および1:0.75とした場合、塩化物層の剥離、クラックが観察された。ガラスペーストと塩化カリウムの重量比を1:0.50とした場合および1:0.25とした場合は、外観上の不良はみられなかった。
【0101】
以上より、ガラスペーストに対する塩化カリウムの比率が小さいほど、塩化物層の密着性が高いことが確認された。具体的には、ガラスペースト1に対して塩化カリウム0.50以下とすれば、十分な密着性が得られる。
【0102】
・固体参照電極の材料安定性評価
上記で得られた各試料について材料安定性を評価した。固体参照電極と金属電極とを純水に18時間浸漬した後、SEMおよび顕微鏡により外観観察を行なって評価した。
【0103】
その結果、ガラスペーストと塩化カリウムの重量比を1:1、0.75、0.50とした場合、ガラスペーストの溶解がみられた。ガラスペーストと塩化カリウムの重量比を1:0.25とした場合は、ガラスペーストの溶解がみられなかった。これより、ガラスペースト1に対して塩化カリウム0.25以下とすれば、ガラスペーストの溶解を抑制できることが確認された。
【0104】
以上より、ガラスペースト1に対して塩化カリウム0.25以下とすれば、密着性が良く、ガラスペーストが溶解しづらい塩化物層が得られることが確認された。
【0105】
・固体参照電極の出力電位評価
つぎに、シリコン基板上に固体参照電極を形成した。固体参照電極は上記と同様の手順で形成した。ガラスペーストと塩化カリウムの重量比を1:0.25、0.10の2パターンとし、各パターンで試料を作製した。ガラスペーストと塩化カリウムの重量比を1:0.25とした試料を試料1、ガラスペーストと塩化カリウムの重量比を1:0.10とした試料を試料2とする。
【0106】
試料1、2について出力電位を評価した。評価は、固体参照電極と金属電極とを純水に浸し、電極間の電位を24時間測定することにより行なった。試料1の出力電位の時間変化を
図13(A)に示す。試料2の出力電位の時間変化を
図13(B)に示す。
【0107】
試料1と試料2を比較すると、試料1は出力電位のドリフトが見られるのに対して、試料2は出力電位のドリフトがほとんどみられない。これより、ガラスペースト1に対して塩化カリウム0.10以下とすれば、固体参照電極の出力電位が安定することが確認された。
【0108】
・pH測定評価
シリコン基板を加工して指示電極プローブと参照電極プローブとを有する維管束液計測センサを作製した。指示電極プローブの先端部には指示電極としてイオン感応性電界効果トランジスタを設けた。また、参照電極プローブの先端部には固体参照電極を設けた。固体参照電極は上記と同様の手順で形成した。ここで、ガラスペーストと塩化カリウムの重量比を1:0.10とした。この維管束液計測センサを実施例1とする。
【0109】
実施例1の指示電極と固体参照電極とをpH標準液(pH:4.01、6.86、9.18)に浸し、暗室にてpH測定を行なった。
図14に、イオン感応性電界効果トランジスタのゲート-ソース間電圧Vgsとドレイン電流Idとの関係を示す。
【0110】
図14から分かるように、Id-Vgs特性がpHに依存して変化する。これより、実施例1の指示電極と固体参照電極とにより、pHの測定ができることが確認できた。また、センサ感度をpH1あたりのVgsの変化として求めたところ、29mV/pHであった。
【0111】
(電気伝導率測定)
シリコン基板を加工して電気伝導率プローブを有する維管束液計測センサを作製した。電気伝導率プローブの先端部に電気伝導率電極対を設けた。電気伝導率電極対として一対の平面電極からなるものを実施例2とする。平面電極の大きさは横55μm、縦100μmである。電気伝導率電極対として一対の立体電極からなるものを実施例3とする。立体電極は直方体であり、その大きさは横55μm、縦100μm、高さ50μmである。
【0112】
・セル定数
実施例2、3のそれぞれについて、電気伝導率電極対のセル定数を測定した。測定には、電気伝導率1.41mS/cmに調整されたKCl標準液を用いた。電気伝導率プローブをKCl標準液に浸漬し、電極間の電流および電圧の測定値から標準液の抵抗値を求めた。また、前記式(1)のσに1.41mS/cmを、Rに求めた抵抗値を代入してセル定数Kを求めた。10回の測定の平均値からセル定数を特定した。
【0113】
平面電極を有する実施例2は電気伝導率電極対のセル定数が4,659m-1であった。立体電極を有する実施例3は電気伝導率電極対のセル定数が1,258m-1であった。これより、電極を立体形状にすることで、電気伝導率電極対のセル定数を小さくできることが確認された。
【0114】
・電気伝導率測定
実施例3を用いて、塩化カリウム溶液の電気伝導率を測定した。測定には、濃度が0.01mol/Lごとに異なる塩化カリウム溶液を用いた。各濃度の塩化カリウム溶液の電気伝導率を測定した。また、市販のセンサ(HORIBA社製LAQUAtwin B-771)を用いて、同様に塩化カリウム溶液の電気伝導率を測定した。
【0115】
図15に塩化カリウム水溶液の濃度と電気伝導率測定値との関係を示す。実施例3で得られた電気伝導率の測定値は、市販のセンサで得られた測定値とよく一致する。少なくとも電気伝導率が0~12mS/cmの範囲で、実施例3と市販センサとの間に測定値の差異がほとんどない。これより、実施例3は少なくとも0~12mS/cmの範囲で、電気伝導率を精度良く測定できることが確認できた。
【0116】
(植物を用いた試験)
シリコン基板を加工して電気伝導率プローブおよび温度プローブを有する維管束液計測センサを作製した。まず、前記と同様の手順で、KCl標準液を用いて電気伝導率電極対のセル定数を測定した。つぎに、植木鉢で成長したキュウリの茎に電気伝導率プローブおよび温度プローブを突き刺してセンサを取り付けた。キュウリを植木鉢ごと気象器に入れ、温度25℃、湿度70%、二酸化炭素濃度500ppmに設定した。実時刻に合わせて気象器内の光量を変化させた。それと同時にセンサにより電気伝導率の測定を行なった。
【0117】
図16に、気象器内の光量と、センサにより測定された電気伝導率の時間変化を示す。
図16のグラフより、光量が増加すると電気伝導率が高くなり、光量が減少すると電気伝導率が低くなることが分かる。光量の増加にともない、植物が土壌から吸収する硝酸態窒素の量が多くなる。センサにより測定された電気伝導率は植物の硝酸態窒素吸収量により変化したと考えられる。
【0118】
また、植木鉢から出てきた水の電気伝導率を市販のセンサで測定したところ1.78mS/cmであった。本センサで測定された電気伝導率の最大値は1.75mS/cmであり、土壌の電気伝導率とほぼ同じ値である。以上より、本センサで植物の栄養物質動態を測定できることが確認された。
【符号の説明】
【0119】
1、2、3、4 維管束液計測センサ
10 支持部
20 指示電極プローブ
21 指示電極
30 参照電極プローブ
31 固体参照電極
32 基層
33 塩化銀層
34 塩化物層
40 温度プローブ
41 温度センサ
50 電気伝導率プローブ
51 電気伝導率電極対
52 電極
60 ヒータ付温度プローブ
61 温度センサ
62 ヒータ