(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-15
(45)【発行日】2024-08-23
(54)【発明の名称】カム装置
(51)【国際特許分類】
C22C 9/04 20060101AFI20240816BHJP
B21D 37/08 20060101ALI20240816BHJP
F16C 33/12 20060101ALI20240816BHJP
【FI】
C22C9/04
B21D37/08
F16C33/12 A
(21)【出願番号】P 2023573201
(86)(22)【出願日】2023-07-04
(86)【国際出願番号】 JP2023024721
(87)【国際公開番号】W WO2024009985
(87)【国際公開日】2024-01-11
【審査請求日】2023-11-27
(31)【優先権主張番号】P 2022108604
(32)【優先日】2022-07-05
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(31)【優先権主張番号】P 2023101688
(32)【優先日】2023-06-21
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
【早期審査対象出願】
(73)【特許権者】
【識別番号】000175582
【氏名又は名称】三協オイルレス工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100087398
【氏名又は名称】水野 勝文
(74)【代理人】
【識別番号】100126147
【氏名又は名称】川上 成年
(72)【発明者】
【氏名】瀧澤 護
(72)【発明者】
【氏名】進 晃平
(72)【発明者】
【氏名】渡邊 知充
【審査官】山本 佳
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2010/140316(WO,A1)
【文献】国際公開第2008/146481(WO,A1)
【文献】特開2010-265500(JP,A)
【文献】特開2010-159443(JP,A)
【文献】特開昭60-114545(JP,A)
【文献】特開平01-252745(JP,A)
【文献】特許第7105522(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C22C 9/00 - 9/10
F16C 33/00
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
黄銅系鋳造合金からなる素地と、前記素地に含まれ
たCr-Fe-Si系金属間化合物と、を有
し、当該Cr-Fe-Si系金属間化合物を含む視野において、ナノインデンテーション硬さが、20GPa以上28GPa以下の領域を含み、前記Cr-Fe-Si系金属間化合物は、当該Cr-Fe-Si系金属間化合物が連結した立体構造を有し、(Cr,Fe)
3
Siの化学構造を有する摺動材、を備えたカム装置。
【請求項2】
前記摺動材は、前記素地に埋設された固体潤滑剤をさらに有し、
打回試験における前記摺動材の20.0N/mm
2以上の面圧において、前記摺動材の初期摩耗領域の摩耗速度は、8.0μm/10
4打回以下である、請求項1に記載のカム装置。
【請求項3】
前記摺動材は、前記素地に埋設された固体潤滑剤をさらに有し、
打回試験における前記摺動材の20.0N/mm
2以上の面圧において、前記摺動材の定常摩耗領域の摩耗速度は、0.20μm/10
4打回以下である、請求項1に記載のカム装置。
【請求項4】
前記摺動材の定常摩耗領域の摩耗速度は
、0.10μm/10
4打回以下である、請求項3に記載のカム装置。
【請求項5】
前記摺動材は、前記素地に埋設された固体潤滑剤をさらに有し、
打回試験における前記摺動材の20.0N/mm
2以上の面圧において、前記摺動材の5万回打回時における摩耗量は、5.0μm以下である、請求項1に記載のカム装置。
【請求項6】
前記カム装置は、
カムホルダ摺動部を有するカムホルダと、
前記カムホルダ摺動部に摺接するカムホルダ側カムスライダ摺動部と、カムドライバ側カムスライダ摺動部と、を有するカムスライダと、
前記カムドライバ側カムスライダ摺動部に摺接するカムドライバ摺動部を有するカムドライバと、を有し、
前記摺動材は、
前記カムホルダ摺動部、前記カムドライバ摺動部、前記カムホルダ側カムスライダ摺動部と、及び、前記カムドライバ側カムスライダ摺動部の中の少なくとも1つである、請求項1から5のいずれかに記載のカム装置。
【請求項7】
前記固体潤滑剤は、グラファイトである、請求項2から5のいずれかに記載のカム装置。
【請求項8】
前記カム装置は、上吊りタイプのカム装置のみならず、下置きタイプのカム装置、又は、ローラータイプのカム装置、である、請求項1から5のいずれかに記載のカム装置。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、カム装置に関するものである。
【背景技術】
【0002】
カム装置は、油圧等のプレス機械に用いられ、その摺動材は、低速高荷重、過酷な摺動環境条件で使用される。したがって、カム装置は、その摺動材に、耐摩耗、低摩擦特性が必要とされる用途となる。カム装置に組み込まれる摺動材は、初期なじみ性に関し、摩擦摩耗特性の重要性は認められていたが、使用される黄銅系鋳造合金の適性の詳細について検討されてはいなかった。
【0003】
特許文献1には、カムホルダの摺動面の硬さがカムスライダ側の摺動面の硬さよりも柔らかく設定され、更に、カムドライバにおける摺動面の硬さがカムスライダの摺動面の硬さよりも柔らかく設定されることで、初期なじみを早期に完了させることが記載されている。
【0004】
特許文献2には、カムホルダ摺動面とカムスライダ摺動面の間の摩耗量は、カムドライバ摺動面とカムスライダ摺動面の間の摩耗量より大きくすることで初期摩耗期間でのなじみによる接触面積の拡大を進ませて、接触面圧の過大を防止することが記載されている。
【0005】
特許文献3には、黄銅素地をβ相に限定し、Fe-Cr-Si系金属間化合物などのFe系のシリサイドを含むものの記載があるが、カム装置への適用に関する詳細は不明である。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0006】
【文献】特開2011-140048号公報
【文献】特開2015- 27702号公報
【文献】特開2010-265500号公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0007】
カム装置に用いられる摺動材には、専らCAC303に代表されるJIS高力黄銅系鋳造合金が
使われる。近年の自動車外板用に多用されるハイテン材などの高強度材の加工においては、カム装置の耐摩耗性や耐久性が問題になってきていた。
【0008】
本発明は、このような従来の問題を解決するためになされたもので、耐摩耗性や耐久性を向上させたカム装置を提供することを目的とする。
【課題を解決するための手段】
【0009】
本発明は、黄銅系鋳造合金からなる素地と、素地に含まれたCr-Fe-Si系金属間化合物と、を有し、当該Cr-Fe-Si系金属間化合物を含む視野において、ナノインデンテーション硬さが、20GPa以上28GPa以下の領域を含み、Cr-Fe-Si系金属間化合物は、当該Cr-Fe-Si系金属間化合物が連結した立体構造を有し、(Cr,Fe)
3
Siの化学構造を有する摺動材、を備えたカム装置である。
【発明の効果】
【0010】
本発明によれば、耐摩耗性や耐久性を向上させたカム装置を提供することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【0011】
【
図5】摺動材中のCr-Fe-Si系金属間化合物のSEM像。
【発明を実施するための形態】
【0012】
以下、実施形態のカム装置について詳細に説明する。なお、本発明はこの実施形態に限定されない。
【0013】
図1は、実施形態のカム装置を示す分解斜視図である。
図1に示すように、実施形態のカム装置1は、カムホルダ2と、カムスライダ3と、カムドライバ4と、戻し用弾性部材5と、を有する。
【0014】
カムホルダ2は、カムホルダ摺動面2aを有するカムホルダ摺動材2bと、カムホルダ基部2cとを有する。カムホルダ摺動材2bは、カムホルダ基部2cの取り付け面に、ボルトで取り付けられる。これにより、カムホルダ摺動材2bを容易に交換することできる。
【0015】
摺動材の摩耗時に金型からカムホルダ基部を取り外す必要がなくなるため、カムホルダ摺動材がカムホルダ基部と一体となっている構造に比べて、交換にかかる時間が短縮され、コストが低くなる利点がある。なお、
図1に示すカムホルダ摺動材2bは平板形状であるが、摺動する機能を有していれば形状はこれに限定されない。
【0016】
カムスライダ3は、カムホルダ2のカムホルダ摺動面2aに摺接するカムホルダ側カムスライダ摺動面3aと、カムドライバ側カムスライダ摺動面3bと、工具取り付け面3e
とを有する。カムスライダ3は、カムホルダ側カムスライダ摺動面3aがカムホルダ摺動面2aに当接することにより、カムホルダ2に対して、移動すると共に、カムドライバ側カムスライダ摺動面3bが後述するカムドライバ摺動面4aに当接することにより、カムドライバ4に対して、所定の加工方向に移動する。工具取り付け面3eには、不図示の加工工具(例えば、孔開け用パンチや曲げ工具等)が取り付けられる。
【0017】
カムドライバ4は、カムドライバ側カムスライダ摺動面3bに当接するカムドライバ摺動面4aを有するカムドライバ摺動材4bと、カムドライバ基部4cとを有する。カムドライバ摺動面4aがカムドライバ側カムスライダ摺動面3bに当接することにより、カムドライバ4は、カムスライダ3を所定の加工方向に強制的に移動させる。カムドライバ摺動材4bは、カムドライバ基部4cの取り付け面に、ボルトで取り付けられている。これにより、カムドライバ摺動材4bを容易に交換することができる。
【0018】
摺動材の摩耗時に金型からカムドライバ基部を取り外す必要がなくなるため、カムドライバ摺動部がカムドライバ基部と一体となっている構造に比べて、交換にかかる時間が短縮され、コストが低くなる利点がある。なお、
図1に示すカムドライバ摺動材4bは、V字断面形状を有するが、摺動する機能を有していれば、これに限られず、平板形状や凸断面形状などであってもよい。
【0019】
図1では、カムホルダ2とカムドライバ4がそれぞれカムホルダ摺動材2bとカムドライバ摺動材4bを有するが、これに限られず、カムスライダ3は、取付可能なカムホルダ側カムスライダ摺動材3f(不図示)、及び、カムドライバ側カムスライダ摺動材3g(不図示)を有し、カムスライダ3のカムホルダ側カムスライダ摺動面3a又はカムドライバ側カムスライダ摺動面3bが、取付可能なカムホルダ側カムスライダ摺動材3f及びカムドライバ側カムスライダ摺動材3gの摺動面であってもよい。
【0020】
また、カムホルダ摺動材2b、カムドライバ摺動材4b、カムホルダ側カムスライダ摺動材3f、及び、カムドライバ側カムスライダ摺動材3gは、本体に取り付け可能な別体である必要はなく、本体と一体的(もしくは本体の一部)であってもよい。
【0021】
戻し用弾性部材5としては、例えば、コイルスプリングやガス圧シリンダーを用いることができる。
図1では、ガス圧シリンダーを使用する例を示す。戻し用弾性部材5の弾発力によりカムスライダ3を初期位置に復帰させる。
【0022】
図2は、カム装置の動作を示す図である。
図2の(A)~(C)に、カム装置1の動作を断面図を用いて示す。戻し用弾性部材5は、コイルスプリングである。
図2の(A)に示す状態(初期状態)から、カムホルダ2が、金型(図示せず)の上型と共に上死点(
図2の(A))から下死点(
図2の(C))へ上下方向に移動することで、カムスライダ3が加工方向へ移動する。カムスライダ3の工具取り付け面3eに設けられた加工工具Tが加工方向へ移動し、金型に設置されたワークに対して孔開け加工や曲げ加工を行う。
【0023】
カム装置1の動作時に、カムホルダ摺動面2aとカムドライバ摺動面4aに、摺動による摩耗が発生する。ここで、加工工具と被加工物等との相対位置調整には高い精度が要求されるため、カムホルダ摺動面2aとカムドライバ摺動面4aに発生する摩耗は小さいことが要求される。
【0024】
図3は、黄銅系鋳造合金に固体潤滑剤が埋設された摺動材(カムホルダ摺動材2b、カムドライバ摺動材4b、カムホルダ側カムスライダ摺動材3f、又は、カムドライバ側カムスライダ摺動材3g)の摺動面(カムホルダ摺動面2a、カムドライバ摺動面4a、カムホルダ側カムスライダ摺動面3a、又は、カムドライバ側カムスライダ摺動面3b)の一部を拡大して示す図である。
【0025】
図に示すように、摺動面には、素地2e(4e、3i)に、円形断面の固体潤滑材2d(4d、3h)が分布している。固体潤滑剤2d(4d、3h)は、例えば、グラファイトである。埋設された固体潤滑剤が混合潤滑下で自己潤滑作用をなし、油膜が形成できづらい衝撃を伴う環境下でも良好な潤滑性能を示す。また、摺動面は素地と硬質粒子によって支えられる。固体潤滑剤は、硬質粒子であるCr-Fe-Si系金属間化合物に強固に移着し、潤滑膜を形成し、摩擦係数を低下させる効果を持つ。その結果、固体潤滑剤と硬質粒子によって、摩耗の進行を遅らせ(摩擦速度を低下させ)、寿命を長くすることができる。また、素地表面にも固体潤滑剤が移着し摺動を助ける。
【0026】
図4は、実施形態の摺動材(カムホルダ摺動材2b、カムドライバ摺動材4b、カムホルダ側カムスライダ摺動材3f、又は、カムドライバ側カムスライダ摺動材3g)の一部の断面構造を示す図である。なお、カムホルダ摺動材2b、カムドライバ摺動材4b、カムホルダ側カムスライダ摺動材3f、及び、カムドライバ側カムスライダ摺動材3gは、同一の断面構成を有するため、
図4を用いて、これら摺動材の構成を同時に説明する。なお、
図4における、固体潤滑剤とCr-Fe-Si系金属間化合物の大きさの関係は説明のためのものであり、厳密な大きさの関係を示すものではない。
【0027】
ここで、カムホルダ摺動材2bは、素地2e、Cr-Fe-Si系金属間化合物2f、固体潤滑材2dを有し、カムドライバ摺動材4bは、素地4e、Cr-Fe-Si系金属間化合物4f、固体潤滑材4dを有し、カムホルダ側カムスライダ摺動材3fは、素地3i、Cr-Fe-Si系金属間化合物3j、固体潤滑材3hを有し、カムドライバ側カムスライダ摺動材3gは、素地3i、Cr-Fe-Si系金属間化合物3j、固体潤滑材3hを有するものとする。
【0028】
図4は、摺動面に垂直な断面から見た金属間化合物の構造を示す。カムホルダ摺動材2b、カムドライバ摺動材4b、カムホルダ側カムスライダ摺動材3f、及び、カムドライバ側カムスライダ摺動材3gは、各々、素地2e、4e、及び、3iと、Cr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jと、固体潤滑材2d、4d、及び、3hとを有する。
【0029】
素地2e、4e、及び、3iは、黄銅系鋳造合金である。素地2e、4e、及び、3iは、各々、用途に応じた形状、及び、機械的な強度をカムホルダ摺動材2b、カムドライバ摺動材4b、カムホルダ側カムスライダ摺動材3f、及び、カムドライバ側カムスライダ摺動材3gに与える。
【0030】
実施形態のカムホルダ摺動材2b、カムドライバ摺動材4b、カムホルダ側カムスライダ摺動材3f、及び、カムドライバ側カムスライダ摺動材3gは、各々、Crを主成分とするCr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jとして、(Cr,Fe)3Siを含む。Cr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jは、代表的には(Cr0.85Fe0.15)3Siの構造を有
する。
【0031】
Cr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jは、Cr、Fe、及び、Siからなる組成の化合物である。実施形態のCr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jは、(Cr,Fe)3Siの構造を有する。Cr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jの各々は、丸みを
帯びた曲面の外形を有する。
【0032】
素地2e、4e、及び、3iに各々含まれる多数のCr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jは、互いに結合し、これにより、多数のCr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jが各々連結した立体構造を構成する。実施形態のカムホルダ摺動材2b、カムドライバ摺動材4b、カムホルダ側カムスライダ摺動材3f、及び、カムドライバ側カムスライダ摺動材3gに各々含まれるCr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jは、20GPa以上28GPa以下のナノインデンテーション硬さを有する。
【0033】
Cr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jの同定、原子の結合割合についてはSEM-EDSのポイント分析による原子%の組成から化合物の原子結合比を算出した。例えば、
単純なMnシリサイドの場合、Mn:Si=5:3の結合比であり、化学構造がMn5Si3の化合物であることが解る。
【0034】
この金属間化合物の表記は、一般合金成分の表記と同じく、多い成分から順に記載し、Mn-Si系金属間化合物と表記する。従って、Cr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、
3jとはCrを主成分とするCrとFeとSiからなる化合物であることを示す。
【0035】
本発明者らは、この化合物がMn-Fe-Si系金属間化合物のように、3元化した場合においては、主構造がMn5Si3であることに変わりはなく、Mnの一部が置換された(Mnx,Fey)(
ただしx+y=1)となることを確認し、その置換比を明確にした。即ち、これらの計測装置および化学構造を決定する考え方を導入することで、正確な化学構造を知ることが可能になった。
【0036】
従来、金属間化合物は、専ら断面形状を基に評価することが多かった。しかしながら、摩擦摩耗の場においては、摩耗が進行するプロセスに対応して化合物の3次元的な晶出形態を把握する必要がある。
【0037】
本発明者らは、黄銅の素地2e、4e、及び、3iを溶解し、Cr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jのみを残す腐食法を開発した。これにより、Cr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jの3次元的な晶出形態をSEM(2次電子像)観察することが可能になった。(
図5)
【0038】
また、微細な組織であるCr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jの硬さは、ナノインデンターにより硬さ測定が可能である。
【0039】
ナノインデンターによる硬さ計測は、“ISO 14577-1 Metallic materials -Instrumented indentation test for hardness and materials parameters-“およびその附則“Annex A (normative)Materials parameters determined from the force/indentation depth data set”に準拠する。ナノインデンターによる硬さ計測には、BRUKER社製HYSITRONTI980装置を用いた。
【0040】
ナノインデンテーション硬さの測定条件、及び、測定手順を、以下に示す。
【0041】
ナノインデンテーション測定条件は以下である
テスト荷重 800μN、
負荷 1s、
保持 0.4s、
除荷 1s
【0042】
測定条件のISO表記は以下である。
HIT =HIT8x10-4/1/0.4/1(備考:ISO 14577-1 Annex A)
【0043】
測定手順とCr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jのナノインデンテーション硬さの決定方法は以下である。
1. 試料測定面をイオンミリング装置にて研磨し、平滑な表面とする。
2. Cr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jを含む視野内の構成成分を、SEM/EDSを用いて確認する。次に、ナノインデーテーション測定装置のカメラを用いて、Cr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jと同一視野であることを確認する。これにより、ナノインデンテーション測定視野を決定する。
3. Cr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jを含む、13.5μm×13.5μmの視野
において、1.5μm格子間隔のグリッドを設定する。グリッドの合計100点の格子点のナノ
インデンテーション硬さを上記のナノインデンテーション測定条件で順次計測する。
4. 上記測定結果を基に、同一のナノインデンテーション硬さの点を線で接続すること
により等高線図を得る。
図6Aは、同一の硬さの点を線で接続することにより得られた等
高線図である。次に、
図6Aのナノインデンテーション硬さのピークを通り、X軸に平行
な線(
図6A中のD-D’)で、等高線の断面をとる。
図6Bは、等高線の断面をとることにより得られた硬さ分布を示す断面図である。
5.
図6Bの硬さ断面図において、Aは素地2e、4e、及び、3iの領域を示し、Bは素地2e、4e、及び、3iとCr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jとの境界領域を示し、CはCr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jの領域を示す。
【0044】
素地2e、4e、及び、3iの領域Aにおけるナノインデンテーション硬さは、約4GPaである。素地2e、4e、及び、3iとCr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3
jとの境界領域Bでは、Cr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jが晶出すること
により素地2e、4e、及び、3iより硬さが大きくなり、素地2e、4e、及び、3iに近い周辺部分から急激に硬さが上昇する。Cr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jの領域Cでは、中心部のナノインデンテーション硬さは比較的フラットであり、
図6Bでは、19.5 GPa以上24.4 GPa以下のナノインデンテーション硬さとなる。
【0045】
本測定法ではナノインデンテーション硬さが離散値でしか得られない。このため、Cr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jの硬さを表す方法として、中心部のフラットな高硬度の領域CをCr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jが晶出した領域とみなした。そして、領域Cのナノインデンテーション硬さを用いて、Cr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jの硬さとした。
【0046】
なお、境界領域Bの決定に当たっては、ある格子点のナノインデンテーション硬さをHnとし、その隣の1.5μm離れた格子点のナノインデンテーション硬さをHn+1とした場合に、|Hn+1-Hn|>6.0GPaの条件を満たす部分を境界領域Bとし、CとBの領域の境界線は等高線に
従って設けることとした。
【0047】
このように決定した境界領域Bよりも硬さの大きい領域Cを、Cr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jが晶出した領域とみなす。
図6Bに示したCr-Fe-Si系金属間化合
物2f、4f、及び、3jの場合には、領域Cのナノインデンテーション硬さは、19.5 GPa以上24.4 GPa以下である。
【0048】
なお、ナノインデンテーション硬さの測定は、複数の視野(例えば、5か所の視野)を反映させることでもよい。その場合、視野1~5のそれぞれのナノインデンテーション硬さ中で、最小値から最大値を、Cr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jのナノインデンテーション硬さとする。また、他の金属間化合物のナノインデンテーション硬さの測定手順~決定方法についても同じプロセスで行う。
【0049】
実施形態のカムホルダ摺動材2b、カムドライバ摺動材4b、カムホルダ側カムスライダ摺動材3f、及び、カムドライバ側カムスライダ摺動材3gは、各々、Cr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jの粒子の3次元結合構造と、ナノインデンテーション硬さと、により、摺動性を向上させている。
【0050】
実施形態のカムホルダ摺動材2b、カムドライバ摺動材4b、カムホルダ側カムスライダ摺動材3f、及び、カムドライバ側カムスライダ摺動材3gと、比較例の摺動材との、組成、構造、立体構造やナノインデンテーション硬さを比較し、実施形態のカムホルダ摺動材2b、カムドライバ摺動材4b、カムホルダ側カムスライダ摺動材3f、及び、カムドライバ側カムスライダ摺動材3gの効果を確認した。
【0051】
実施形態のカムホルダ摺動材2b、カムドライバ摺動材4b、カムホルダ側カムスライダ摺動材3f、及び、カムドライバ側カムスライダ摺動材3gは、各々、黄銅系鋳造合金の素地2e、4e、及び、3i中に(Cr,Fe)3Siの構造を有し、丸みを帯び曲面で構成されかつ部分的にCr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jが連結した立体構造を有し、ナノインデーテーション硬さが20GPa以上28GPa以下の硬さを有する。
【0052】
Cr、FeおよびSiからなる金属間化合物には、Crを主成分とする実施形態のCr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jである(Cr,Fe)3Si(具体的には、(Cr0.85Fe0.15)3Si)と、Feを主成分とするFe-Cr-Si系金属間化合物(Fe,Cr)3Si(具体的には、(Fe0.85Cr0.15)3Si)と、の2種類の化合物が存在する。しかしながら、この二つの金属間化合物は全く異なる形態を示す。
【0053】
Cr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jとFe-Cr-Si系金属間化合物は同時に晶出する傾向があり、本発明者らは、専らCr-Fe-Si系金属間化合物のみを活用する目的で、この二つのシリサイドの分離凝固を試みた。その結果、凝固条件を制御することでCr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jと、Fe-Cr-Si系金属間化合物を分離凝固させることに成功した。そのことによって、Cr-Fe-Si系金属間化合物に特化した優れた摩擦摩耗特性を把握することが出来、実施形態に至ることが可能となった。
【0054】
同じCr,Fe,Siを構成成分とする金属間化合物であっても、Cr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jとFe-Cr-Si系金属間化合物では、その形態やナノインデーテーション硬さが全く異なり、その結果硬質化合物がもたらす摩擦摩耗性能が異なる。実施形態では、このうちCrを主成分とし、丸みを帯び曲面で構成されかつ部分的に連結した立体構造を有することを特徴とするCr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jの活用を目的とした。
【0055】
黄銅系鋳造合金では、トライボロジー基礎式(1)に従い、耐摩耗性と低摩擦性(低μ性)が評価される。
μ=τ0/PH ・・・(1)
ただし、μ:摩擦係数、τ0 :潤滑物質のせん断力、PH :硬さ(荷重/面積)である
。
【0056】
摩擦係数μは、潤滑物質のせん断力に比例し、下地硬さに反比例する。硬さPHは、荷重を接触面積で割ったものである。摩擦係数μを低下させるには、摩擦時荷重点となる金属間化合物の硬さを上げることや、金属間化合物の接触面積を小さくすることが必要である。
【0057】
即ち、化合物の形状は、理想的には球形に近づけて接触面積を小さくし、かつ、硬い化合物であれば、摩擦係数を低下させることが出来る。
【0058】
図4及び
図5は、実施形態のCr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jを示す。
図4及び
図5に示すように、実施形態のCr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jは、硬質で丸みを帯び曲面で構成され、かつ連結した化合物形態である。
【0059】
これにより、実施形態のCr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jは、硬質でかつ摩擦面を小さくし、かつ放熱面積を増やした形態は、摩擦係数を下げることが可能な形態といえる。
【0060】
図7は、比較例2のFe-Al系金属間化合物を示す。
図7に示すように、比較例2のFe-Al系金属間化合物は角形で小さく化合物が夫々独立し連結していない。
【0061】
実施形態のCr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jによる効果は、上記トライボロジー基礎式(1)式に従い、PH(硬さ)の増大が摩擦係数を低下させ、潤滑剤が介在することにより、μ×荷重×速度で示される摩擦仕事を低下させ、これにより、摩擦熱の発生を少なくすることができ、低摩擦効果を発揮することである。
【0062】
摺動材の摩耗量(V)は(2)式で示される。
V=Z(P/PH)L ・・・(2)
【0063】
摩耗量(V)は、摩耗係数Zと荷重P、摩擦距離Lに比例し、硬さPHに反比例する。従って、軟らかい黄銅系鋳造合金に晶出する化合物の硬さを上げることで摩耗量を減らすことが可能となる。
【0064】
実施形態のCr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jの領域C(
図6A、
図6Bに示す)のナノインデンテーション硬さは、20GPa~28GPaであり、耐摩耗性に優れた組織である。
【0065】
摩擦時、金属間化合物は、荷重点となり強い摩擦熱が生じる。この摩擦熱は化合物と銅合金マトリックス界面を通して放熱される。従って、化合物が3次元的に連結していることは、化合物全体の表面積を大きくし、放熱効率を飛躍的に高めることができる。このように摩擦時の放熱効率が良いことは、表面温度の上昇を防止し、過酷な摩擦状況を緩和することができる。
【0066】
例えば、単独で晶出した粒状の比較例のFe-Al系金属間化合物は、荷重点となり摩擦熱
が増大したときに、金属間化合物が高温化し、化合物/素地界面が軟化し、化合物界面が不安定化し、遊離する可能性がある。
【0067】
一方、
図4及び
図5に示すように、実施形態のCr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jは、表面積が大きく、連結しているため、熱交換面積が増え、集中荷重によって生じる摩擦熱を適宜拡散することができる。このように3次元構造を有することは、摩擦摩耗の場においては重要な要素である。
【0068】
このように、Cr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jの形状や、連続性は重要な意味を持ち、その用途としても高負荷摺動材として有効に機能する。即ちCr-Fe-Si系金属間化合物2f、4f、及び、3jの連続性と硬さは、摩耗を防ぎ、低摩擦状態を現出する優れた構造と言える。
【0069】
以下に、本発明の評価例について説明をする。なお、本発明は以下の評価例に限定されない。
【0070】
表1に、実施例の摺動材(カムホルダ摺動材2b、カムドライバ摺動材4b、カムホルダ側カムスライダ摺動材3f、及び、カムドライバ側カムスライダ摺動材3g)と比較例の摺動材に含まれる金属間化合物の構成を示す。実施例1の摺動材(カムホルダ摺動材2b、カムドライバ摺動材4b、カムホルダ側カムスライダ摺動材3f、及び、カムドライバ側カムスライダ摺動材3g)と比較例2の摺動材は、Cu-26Zn-5Alの黄銅系鋳造合金素
地中に、表1に示す金属間化合物を含む。
【0071】
実施例1は、素地(2e、4e、及び、3i)中に、各々、Cr-Fe-Si系金属間化合物(
2f、4f、及び、3j)を晶出させた摺動材(カムホルダ摺動材2b、カムドライバ摺動材4b、カムホルダ側カムスライダ摺動材3f、及び、カムドライバ側カムスライダ摺動材3g)である。比較例2は、素地中にFe-Al系金属間化合物を晶出させた摺動材で、一般的に使用される高力黄銅材である。
【0072】
表1に、それぞれの金属間化合物の化学式、金属間化合物の晶出形態(金属間化合物の形状、金属間化合物の連続性(結合、連結))、ナノインデンテーション硬さ(GPa)を
示した。また実施例1のSiの添加量は、0.3%とし、晶出する化合物の組成に従って、Mn、Fe、Crなどの添加量を決めた。
【0073】
【0074】
いずれの合金も、まず溶解温度1100℃で純Cu地金を溶解し、次にZnを所定量添加しCu-Zn合金を作成し、次にAlを添加、溶解し、次に1200℃まで昇温した後、必要な元素の母合
金を添加溶解し、所定の成分になるように溶解鋳造し、試験片形状に加工された。また本実施形態の摺動材は、砂型鋳造法、金型鋳造法、および金型鋳造した後、押出し加工、引く抜き加工を施す工法でも作ることが出来、各製造方法に限定されるものではない。
【0075】
実施例1のCr-Fe-Si系金属間化合物(2f、4f、及び、3j)の場合には、Cr-Fe-Si系金属間化合物(2f、4f、及び、3j)を含む視野においてナノインデンテーション硬さ19.5GPa以上27.9GPa以下の領域が観察された。一方、比較例2のFe-Al系金属間化合
物の場合は、6.6GPa以上7.4GPa以下の領域が観察された。
【0076】
このように、実施例1のCr-Fe-Si系金属間化合物(2f、4f、及び、3j)は極めて硬質な金属間化合物であり、この硬さがトライボ性能に大きく影響を与える。
【0077】
図8に、往復摺動試験装置の概要を示す。いわゆるピンオンデイスクタイプの往復摺動試験装置で、摩耗量を計測することが出来る。図中の、1は加圧装置、2は供試材料、3は
相手材料を示す。4は相手材を往復摺動させるモーターである。以下に試験条件を示す。
【0078】
・試験機 :往復動荷重試験機
・最高摺動速度 :8m/min
・往復摺動距離 :150mm
・トータル摺動距離:500m
・試験温度(軸受背面温度):100℃
・相手材 :FC250、表面粗さRa3.0
・潤滑油 :VG32
・摩耗試験荷重 :30MPa一定荷重
【0079】
図9に、実施例1の摺動材(カムホルダ摺動材2b、カムドライバ摺動材4b、カムホルダ側カムスライダ摺動材3f、及び、カムドライバ側カムスライダ摺動材3g)及び比較例2の摺動材の摩耗量を示す。おどろくべきことに、実施例1では摩耗量は2μmである。一方、比較例2では摩耗量は20μmである。
【0080】
実施例1の摺動材(カムホルダ摺動材2b、カムドライバ摺動材4b、カムホルダ側カ
ムスライダ摺動材3f、及び、カムドライバ側カムスライダ摺動材3g)は、従来から使用されている比較例2の摺動材よりも格段に優れた耐摩耗性が得られることわかる。
【0081】
このように実施例の摺動材(カムホルダ摺動材2b、カムドライバ摺動材4b、カムホルダ側カムスライダ摺動材3f、及び、カムドライバ側カムスライダ摺動材3g)は、晶出形態やナノインデンター硬さにおいてトライボロジー性能に優れるCr-Fe-Si系金属間化合物(2f、4f、及び、3j)の晶出によって、優れたトライボ性能の改善が得られることが実証された。
【0082】
次に、実施例1の摺動材(カムホルダ摺動材2b及びカムドライバ摺動材4b)、比較例2の摺動材を、
図1に示すカム装置に組み込み、カム装置としての機能を、
図10で示す試験装置を用いて評価を実施した。図中の、1はカムユニット、9は負荷用ガスシリンダ、10は上型、11は下型を示す。なお、打回試験とはプレス装置を用いた、実際の金型加工を模擬した試験方法のことをいう。
【0083】
打回試験の試験条件を以下に示す。なお、打回数とはプレスの動作回数を示し、プレス機のスライドが上死点から下降し、金型の上型を下死点まで押し下げ、カム装置を作動させ再び元の上死点に復帰する1サイクルの動作の数を示し、ショット数ともいう。
【0084】
・負荷荷重 92 (KN)
・面圧 カムホルダ側 30.0 (N/mm2)
カムドライバ側 24.7 (N/mm2)
・プレス速度 30 (min-1(SPM))
・すべり速度 カムホルダ側 10.7 (m/min)
カムドライバ側 6.9 (m/min)
・打回数(ショット数) 50000 ( 回 )
【0085】
通常、摩耗曲線は、なじみ段階で急速に摩耗が進行するI)初期摩耗領域と、その後なじみ面が形成され摩耗速度が減速するII)定常摩耗領域の二つの領域に分けて考えられる。初期摩耗段階は、加工誤差を含む加工面が摺動することにより、必要な摩耗が急速に生じ、その装置に最適ななじみ面を形成する。初期摩耗段階を早期にクリアし、安定したなじみ面同士の摺動になることで、摩耗量は減速し、安定した摩擦状態に入る。摩耗曲線を比較することで、それぞれの摺動材の特性を知ることが可能である。なお、初期摩耗領域とは、打回数が0~5000回までの領域と定義し、定常摩耗領域とは打回数が20000回以降の安定領域と定義する。
【0086】
試験結果を
図11、12に示す。試験結果は、縦軸に摩耗量、横軸に打回数をとった摩耗曲線で示した。本試験では打回数を50000回まで実施し、実施例1と比較例2のカムホ
ルダ摺動材とカムドライバ摺動材の摩耗曲線を測定した。
【0087】
カムホルダ摺動材2b(
図11)、カムドライバ摺動材4b(
図12)のいずれも、初期摩耗(~5000回)の後、定常摩耗(20000回~)状態に移行することが解る(
図11、
12中の2の線)。
図12に示すように、5万回打回時の摩耗量は比較例2(
図12中の1の線)のカムドライバ摺動材が17.8μmに対して、実施例1(
図12中の2の線)のカムドライバ摺動材4bが4.9μmである。
図11に示すように、5万回打回時の摩耗量は、比較
例2(
図11中の1の線)のカムホルダ摺動材が12.7μmに対して、実施例1(
図11中の
2の線)のカムホルダ摺動材2bが4.4μmである。カムホルダ摺動材2bもカムドライバ摺動材4bも比較例2と比べ実施例1は極めて少なく、おどろくべきことに、初期摩耗領域でも定常摩耗領域でも摩耗速度が低下することが解った。
【0088】
表2には、カムドライバ摺動材4bの初期摩耗領域および定常摩耗領域の摩耗速度を示す。0~5000回打回までの初期摩耗領域において表1に示す硬質な化合物を析出させた本
願材料が6.8μm/104打回の摩耗速度に対し、軟質な化合物を析出させた比較材は30.0μm/104打回と約4.4倍の摩耗速度を示した。また摩耗量が安定する定常摩耗領域でも本願材料は極めて低い摩耗速度で安定しているのに対し比較例は約4.3倍の速度で摩耗が進行
することが判明した。このように、実施形態の摺動材(カムホルダ摺動材2b及びカムドライバ摺動材4b)を用いたカム装置においては、初期摩耗領域、定常摩耗領域のいずれにおいても優れた耐摩耗性能が実証された。
【0089】
【0090】
実施形態のカム装置は、摺動面に固体潤滑剤が埋設され、黄銅系鋳造合金素地に、ナノインデンテーション硬さが20GPa以上28GPa以下のCr-Fe-Si系金属間化合物を含む摺動材(カムホルダ摺動材2b、カムドライバ摺動材4b、カムホルダ側カムスライダ摺動材3f、及び、カムドライバ側カムスライダ摺動材3g)を、カム装置に設置し、20.0(N/mm2)
以上の面圧において、摺動材(カムホルダ摺動材2b、カムドライバ摺動材4b、カムホルダ側カムスライダ摺動材3f、及び、カムドライバ側カムスライダ摺動材3g)の定常摩耗領域における摩耗速度が0.20(μm/104打回)以下であるカム装置である。
【0091】
実施形態のカム装置は、摺動面に固体潤滑剤が埋設され、黄銅系鋳造合金素地に、ナノインデンテーション硬さが20GPa以上28GPa以下のCr-Fe-Si系金属間化合物を含む摺動材(カムホルダ摺動材2b、カムドライバ摺動材4b、カムホルダ側カムスライダ摺動材3f、及び、カムドライバ側カムスライダ摺動材3g)を、カム装置に設置し、20.0(N/mm2)
以上の面圧において、摺動材(カムホルダ摺動材2b、カムドライバ摺動材4b、カムホルダ側カムスライダ摺動材3f、及び、カムドライバ側カムスライダ摺動材3g)の初期摩耗領域の摩耗速度は、8.0μm/104打回以下であるカム装置である。
【0092】
実施形態のカム装置は、摺動面に固体潤滑剤が埋設され、黄銅系鋳造合金素地に、ナノインデンテーション硬さが20GPa以上28GPa以下のCr-Fe-Si系金属間化合物を含む摺動材(カムホルダ摺動材2b、カムドライバ摺動材4b、カムホルダ側カムスライダ摺動材3f、及び、カムドライバ側カムスライダ摺動材3g)を、カム装置に設置し、20.0N/mm2以
上の面圧において、摺動材の5万回打回時における摩耗量は、5.0μm以下であるカム装置である。
【0093】
一般的にハイテン材と言われる材料強度780MPaのパネル(板厚1mm)に、幅46mmのカム
に設置できる最大のリテーナ(シャンク径φ16)で加工するときの打抜力を算出した結果、カムホルダ摺動面2aにかかる面圧は19.1MPa と算出され、実施形態のカム装置1において高加工力とは摺動面に掛かる面圧が20MPaを超えるものとする。
【0094】
【0095】
即ち、実施形態の摺動材(カムホルダ摺動材2b、カムドライバ摺動材4b、カムホルダ側カムスライダ摺動材3f、及び、カムドライバ側カムスライダ摺動材3g)はカム装置1に適用され、高負荷(20MPa以上)にも耐え、かつ極めて小さな摩耗に留まることにより、高精度な加工を維持することが出来ることが判明した。
【0096】
実施形態によるカム装置は、上述の例に限られない。例えば、実施形態に示すカム装置は、カムホルダおよびカムドライバがそれぞれ、金型とは異なる部品として組み付けられているが、この別体構造に限られない。例えば、カムホルダもしくはカムドライバのどちらか一方が、金型と一体となっていてもよい。カムドライバが金型と一体化した構造であれば、金型がカムドライバとしての機能を有する。
【0097】
例えば、カム装置には、上吊りカム(
図1に示すカム装置1)、下置きカム、ローラーカムなどの種類があり、それぞれ構造が異なる。いずれのカムも摺動部を有し、各々の摺動部に実施形態のカム装置の摺動材を適用することが出来る。これにより、耐摩耗性や耐久性が向上し高加工力を備えるカム装置とすることが出来る。
【0098】
以下に、実施形態のカム装置1の応用例を説明する。実施形態のカム装置は、例えば、以下に説明する下置きカム装置やローラーカム装置とすることができる。なお、各カム装置の公知の構成については説明を適宜省略する。
【0099】
図13に、下置きタイプのカム装置200の分解図を示す。カム装置200は、カムドライバ201、カムスライダ202、カムホルダ203、戻し用弾性部材207と、を有する。カムドライバ201は、プレス金型装置の上型に取り付けられ、カムスライダ202を加工方向に駆動する。カムホルダ203は下型に取り付けられる。カムスライダ202は、ワークを加工する加工工具が設置可能であり、カムホルダ203に摺動可能に取り付けられている。
【0100】
図13に示すように、カムドライバ201には、摺動面201bを有する摺動材201aが着脱可能に設けられている。カムスライダ202は、摺動面201bと摺接する摺動面202aと、工具取り付け面202bと、摺動面202cと、摺動面202dと、を有する。カムホルダ203は、カムスライダ202と摺接する摺動面203aを有する。
【0101】
例えば、カムドライバ201の摺動部、カムスライダ202の摺動部、カムホルダ203の摺動部、のいずれか1以上の摺動材が、黄銅系鋳造合金からなる素地と、素地に含まれ、Cr-Fe-Si系金属間化合物が露出した領域のナノインデンテーション硬さが20GPa以上28GPa以下のCr-Fe-Si系金属間化合物と、を有し、素地に埋設された固体潤滑剤をさらに有し、20.0N/mm2以上の面圧において、摺動材の摩耗速度は、定常摩耗領域において、0.20
μm/104打回以下であることにより、高加工力を備え摺動性に優れたカム装置200を
実現することができる。
【0102】
さらに、カムドライバ201の摺動部、カムスライダ202の摺動部、カムホルダ203の摺動部、のいずれか1以上の摺動材が、素地に埋設された固体潤滑剤をさらに有し、20.0N/mm2以上の面圧において、摺動材の初期摩耗領域の摩耗速度は、8.0μm/104打回
以下であることにより、高加工力を備え摺動性に優れたカム装置200を実現することができる。さらに、20.0N/mm2以上の面圧において、摺動材の5万回打回時における摩耗量は、5.0μm以下であるカム装置を提供することができる。
【0103】
図14に、ローラータイプのカム装置300の分解図を示す。カム装置300は、固定金型(下型、不図示)等に固定されたカムホルダ301と、カムホルダ301に摺動可能に支持されるカムスライダ部302と、移動金型(上型、不図示)等に固定され、カムスライダ302を所定の加工方向Aに駆動するためのカムドライバ303と、を有する。カ
ムスライダ302は、戻し用弾性部材306で戻り方向に付勢され、所定のストロークで加工方向Aに往復動作し、側面に加工工具(不図示)が取り付けられる。
【0104】
図14に示すように、カムホルダ301は、カムスライダ302を所定の加工方向Aに
動作可能とするための摺動材301a、301b、301c、301dを有する。
【0105】
図14に示すように、カムスライダ302は、ローラー304を有する。
【0106】
例えば、カムホルダ301の摺動部301a、301b、301c、302d、カムス
ライダ302のローラー304のいずれか1以上の摺動材が、黄銅系鋳造合金からなる素地と、素地に含まれ、Cr-Fe-Si系金属間化合物が露出した領域のナノインデンテーション硬さが20GPa以上28GPa以下のCr-Fe-Si系金属間化合物と、を有し、素地に埋設された固体潤滑剤をさらに有し、20.0N/mm2以上の面圧において、摺動材の摩耗速度は、定常摩耗領
域において、0.20μm/104打回以下であることにより、摺動性に優れたカム装置300
を実現することができる。
【0107】
さらに、カムホルダ301の摺動部301a、301b、301c、302d、カムス
ライダ302のローラー304のいずれか1以上の摺動材が、素地に埋設された固体潤滑剤をさらに有し、20.0N/mm2以上の面圧において、摺動材の初期摩耗領域の摩耗速度は、8.0μm/104打回以下であることにより、高加工力を備え摺動性に優れたカム装置300
を実現することができる。さらに、20.0N/mm2以上の面圧において、摺動材の5万回打回時における摩耗量は、5.0μm以下であるカム装置を提供することができる。
【0108】
このように、実施形態のカム装置は、摺動部に様々な形状(例えば、プレート型、円筒型)の摺動材を有することができ、カム装置1(
図1)とは異なる構造のカム装置200(
図13)やカム装置300(
図14)に応用することができる。
【0109】
以上、実施形態を説明したが、この実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図されない。この新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。この実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。
【符号の説明】
【0110】
1:カム装置1、2:カムホルダ、3:カムスライダ、4:カムドライバ、5:戻し用弾性部材