(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-15
(45)【発行日】2024-08-23
(54)【発明の名称】電着塗装方法、電着塗装設備
(51)【国際特許分類】
C25D 13/22 20060101AFI20240816BHJP
C25D 13/14 20060101ALI20240816BHJP
C25D 21/12 20060101ALI20240816BHJP
C25D 21/14 20060101ALI20240816BHJP
【FI】
C25D13/22 305
C25D13/14 Z
C25D21/12 C
C25D21/14 K
(21)【出願番号】P 2020208995
(22)【出願日】2020-12-17
【審査請求日】2023-12-05
(73)【特許権者】
【識別番号】000110343
【氏名又は名称】トリニティ工業株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100114605
【氏名又は名称】渥美 久彦
(72)【発明者】
【氏名】金子 悠児
【審査官】石岡 隆
(56)【参考文献】
【文献】特公昭48-021341(JP,B1)
【文献】特開2005-249605(JP,A)
【文献】特公昭48-004925(JP,B1)
【文献】特開2019-007074(JP,A)
【文献】特開2020-132903(JP,A)
【文献】特開2003-147589(JP,A)
【文献】特開2003-013289(JP,A)
【文献】中国実用新案第204982101(CN,U)
【文献】特公昭62-34840(JP,B1)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C25D13/00-13/24
C25D21/00-21/22
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
電着槽に貯留された電着塗料に浸された車体に対して、前記電着槽内に配置された複数の電極から電流を印加することにより、前記車体に対する電着塗装を行う方法であって、
前記電極から前記車体に印加される電流の電流値を測定し、測定した前記電流値の変動に基づいて、前記電着塗料の酸濃度(MEQ)を推測する酸濃度推測ステップと、
測定した前記電流値と、前記酸濃度の許容範囲に対応して規定された前記電流値の特定範囲とを比較する電流値比較ステップと、
測定した前記電流値が前記特定範囲の下限値よりも低い場合には、前記酸濃度が前記許容範囲の下限値よりも低いと推測して、前記酸濃度が高くなるように調整する一方、測定した前記電流値が前記特定範囲の上限値よりも高い場合には、前記酸濃度が前記許容範囲の上限値よりも高いと推測して、前記酸濃度が低くなるように調整する酸濃度調整ステップと
を行うことを特徴とする電着塗装方法。
【請求項2】
前記酸濃度調整ステップでは、前記電着塗料に対して酸性添加剤を添加することにより前記酸濃度が高くなるように調整する一方、前記電着塗料の液体成分を減少させることにより前記酸濃度が低くなるように調整することを特徴とする請求項1に記載の電着塗装方法。
【請求項3】
電着塗料を貯留するとともに前記電着塗料に車体が浸された状態で搬送される電着槽と、前記電着槽内に配置される複数の電極と、前記車体を搬送する搬送手段とを備える電着塗装設備であって、
前記電極から前記車体に印加される電流の電流値を測定し、測定した前記電流値の変動に基づいて、前記電着塗料の酸濃度を推測する酸濃度推測手段と、
測定した前記電流値と、前記酸濃度の許容範囲に対応して規定された前記電流値の特定範囲とを比較する電流値比較手段と、
測定した前記電流値が前記特定範囲の下限値よりも低い場合には、前記酸濃度が前記許容範囲の下限値よりも低いと推測して、前記酸濃度を高くする調整作業の必要性を報知する一方、測定した前記電流値が前記特定範囲の上限値よりも高い場合には、前記酸濃度が前記許容範囲の上限値よりも高いと推測して、前記酸濃度を低くする調整作業の必要性を報知する酸濃度調整報知手段と
を備えることを特徴とする電着塗装設備。
【請求項4】
前記酸濃度を高くする調整作業は、前記電着塗料に対して酸性添加剤を添加する作業であり、前記酸濃度を低くする調整作業は、前記電着塗料の液体成分を減少させる作業であることを特徴とする請求項3に記載の電着塗装設備。
【請求項5】
前記電着塗料に対して酸性添加剤を添加する酸性添加剤添加手段と、
前記電着塗料の液体成分を減少させる液体成分減少手段と、
前記酸濃度が前記許容範囲内にないときに前記酸性添加剤添加手段または前記液体成分減少手段を作動させて前記酸濃度を調整する酸濃度調整制御手段と
をさらに備えたことを特徴とする請求項4に記載の電着塗装設備。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、電着塗料に浸された車体に対して電着塗装を行う電着塗装方法、電着塗装設備に関するものである。
【背景技術】
【0002】
従来より、電着槽内の電着塗料に浸された車体に対して、電着槽内に配置された複数の電極から電流を印加することにより、車体に対する電着塗装を行う電着塗装設備が知られている(例えば、特許文献1参照)。このような電着塗装設備による電着塗装は、防錆性能を付与することを目的として、車体の塗装の下地工程で広く採用されている。しかし、電着塗装では、車体の内板部の膜厚を確保するために過剰な電圧が印加されるため、エネルギーや塗料のロスが発生し、余剰な膜厚が生じてしまう。そこで、車体の表面に形成される塗膜を狙った厚さにする手法として、例えば、電着塗料の成分を一定範囲内に調整することが考えられる。具体的には、
図6に示されるように、まず、電着槽101から電着塗料102のサンプルを採取する。次に、外部機関において、採取した電着塗料102(サンプル)の成分分析を行う。そして、電着塗料102の分析結果(調査結果)に基づいて、電着塗料102の成分を調整する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0003】
【文献】特開2020-132903号公報(
図1,
図4等)
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0004】
ところが、電着塗料102の成分分析を外部機関で行う場合、調査結果が出るまでに数日かかってしまう。このため、電着塗料102の成分を調整するタイミングは、電着塗料102のサンプルを採取してから数日が経過した後になる。その結果、数日のタイムラグの間に、電着塗料102の成分が狙いの範囲からずれてしまい、車体の表面に形成される塗膜の厚さが変動しやすくなるという問題がある。
【0005】
本発明は上記の課題に鑑みてなされたものであり、その目的は、塗膜の厚さに関係する電着塗料の成分を遅滞なく調整することにより、車体の表面に形成される塗膜の厚さの変動を抑えることができる電着塗装方法及び電着塗装設備を提供することにある。
【課題を解決するための手段】
【0006】
上記課題に鑑みて本願発明者らが鋭意研究を行った結果、電着塗料の複数の成分のうち、特に、酸濃度が塗膜の厚さに対する相関が高いことが確認された。しかし、酸濃度はリアルタイムに測定できないため、本願発明者らが酸濃度に連動するパラメータであって、リアルタイムに測定可能なものを探したところ、車体に印加される電流の電流値が酸濃度に連動することを新たに確認した。このことから、電流値の変動を測定すれば、電着塗料の酸濃度、ひいては塗膜の厚さを推測できることを新規に知見し、下記の発明を想到した。
【0007】
即ち、請求項1に記載の発明は、電着槽に貯留された電着塗料に浸された車体に対して、前記電着槽内に配置された複数の電極から電流を印加することにより、前記車体に対する電着塗装を行う方法であって、前記電極から前記車体に印加される電流の電流値を測定し、測定した前記電流値の変動に基づいて、前記電着塗料の酸濃度(MEQ)を推測する酸濃度推測ステップと、測定した前記電流値と、前記酸濃度の許容範囲に対応して規定された前記電流値の特定範囲とを比較する電流値比較ステップと、測定した前記電流値が前記特定範囲の下限値よりも低い場合には、前記酸濃度が前記許容範囲の下限値よりも低いと推測して、前記酸濃度が高くなるように調整する一方、測定した前記電流値が前記特定範囲の上限値よりも高い場合には、前記酸濃度が前記許容範囲の上限値よりも高いと推測して、前記酸濃度が低くなるように調整する酸濃度調整ステップとを行うことを特徴とする電着塗装方法をその要旨とする。
【0008】
請求項1に記載の発明では、酸濃度推測ステップにおいて、電極から車体に印加される電流の電流値を測定し、酸濃度調整ステップにおいて、測定した電流値に基づいて電着塗料(浴液)の酸濃度を調整している。この場合、電流値を測定してからの時間的な遅れが殆どない状態で酸濃度を調整できるため、酸濃度の調整前に酸濃度が許容範囲から大きく外れることが防止される。その結果、酸濃度の高さに応じて厚さが変動する塗膜を、狙った厚さにすることができるため、車体の塗装品質が向上する。なお、電着塗料としては、カチオン電着塗料やアニオン電着塗料が挙げられるが、防錆の観点から言えば、カチオン電着塗料を用いることが好ましい。
【0009】
請求項2に記載の発明は、請求項1において、前記酸濃度調整ステップでは、前記電着塗料に対して酸性添加剤を添加することにより前記酸濃度が高くなるように調整する一方、前記電着塗料の液体成分を減少させることにより前記酸濃度が低くなるように調整することをその要旨とする。
【0010】
請求項2に記載の発明によると、電着塗料の酸濃度を、酸性添加剤を添加したり、電着塗料の液体成分を減少させたりすることにより調整している。即ち、酸濃度の調整に大掛かりな装置が不要であるため、酸濃度の調整を容易にかつ低コストで行うことができる。
【0011】
請求項3に記載の発明は、電着塗料を貯留するとともに前記電着塗料に車体が浸された状態で搬送される電着槽と、前記電着槽内に配置される複数の電極と、前記車体を搬送する搬送手段とを備える電着塗装設備であって、前記電極から前記車体に印加される電流の電流値を測定し、測定した前記電流値の変動に基づいて、前記電着塗料の酸濃度を推測する酸濃度推測手段と、測定した前記電流値と、前記酸濃度の許容範囲に対応して規定された前記電流値の特定範囲とを比較する電流値比較手段と、測定した前記電流値が前記特定範囲の下限値よりも低い場合には、前記酸濃度が前記許容範囲の下限値よりも低いと推測して、前記酸濃度を高くする調整作業の必要性を報知する一方、測定した前記電流値が前記特定範囲の上限値よりも高い場合には、前記酸濃度が前記許容範囲の上限値よりも高いと推測して、前記酸濃度を低くする調整作業の必要性を報知する酸濃度調整報知手段とを備えることを特徴とする電着塗装設備をその要旨とする。
【0012】
請求項3に記載の発明では、酸濃度推測手段が、電極から車体に印加される電流の電流値を測定し、酸濃度調整報知手段が、測定した電流値に基づいて、電着塗料(浴液)の酸濃度の調整作業の必要性を報知している。この場合、酸濃度調整報知手段による報知内容に基づいて、電流値を測定してからの時間的な遅れが殆どない状態で酸濃度を調整できるため、酸濃度の調整前に酸濃度が許容範囲から大きく外れることが防止される。その結果、酸濃度の高さに応じて厚さが変動する塗膜を、狙った厚さにすることができるため、車体の塗装品質が向上する。
【0013】
請求項4に記載の発明は、請求項3において、前記酸濃度を高くする調整作業は、前記電着塗料に対して酸性添加剤を添加する作業であり、前記酸濃度を低くする調整作業は、前記電着塗料の液体成分を減少させる作業であることをその要旨とする。
【0014】
請求項4に記載の発明によると、電着塗料の酸濃度を、酸性添加剤を添加する作業や電着塗料の液体成分を減少させる作業を行うことにより調整している。即ち、酸濃度の調整作業に大掛かりな装置が不要であるため、酸濃度の調整を容易にかつ低コストで行うことができる。
【0015】
請求項5に記載の発明は、請求項4において、前記電着塗料に対して酸性添加剤を添加する酸性添加剤添加手段と、前記電着塗料の液体成分を減少させる液体成分減少手段と、前記酸濃度が前記許容範囲内にないときに前記酸性添加剤添加手段または前記液体成分減少手段を作動させて前記酸濃度を調整する酸濃度調整制御手段とをさらに備えたことをその要旨とする。
【0016】
請求項5に記載の発明によると、酸濃度調整制御手段が、酸濃度が許容範囲内にないときに、酸性添加剤添加手段や液体成分減少手段を作動させ、電着塗料に対して酸性添加剤を添加する作業や電着塗料の液体成分を減少させる作業を自動的に行う。このため、作業者自身が酸性添加剤を添加する作業や液体成分を減少させる作業を行わなくても済む。よって、作業者の作業負荷が軽減される。
【発明の効果】
【0017】
以上詳述したように、請求項1~5に記載の発明によると、塗膜の厚さに関係する電着塗料の成分を遅滞なく調整することにより、車体の表面に形成される塗膜の厚さの変動を抑えることができる。
【図面の簡単な説明】
【0018】
【
図1】本実施形態における電着塗装設備を示す概略断面図。
【
図3】特定の電極における電流値の推移を示すグラフ。
【
図4】酸濃度(MEQ)及び電流値の推移を示すグラフ。
【
図5】酸濃度(MEQ)と時間との関係を示すグラフ。
【
図6】従来技術における酸濃度(MEQ)の調整方法を示す説明図。
【発明を実施するための形態】
【0019】
以下、本発明を具体化した一実施形態を図面に基づき詳細に説明する。
【0020】
図1に示されるように、電着塗装設備10は、電着塗料P1を貯留する電着槽11を備えている。電着槽11では、車体W1が電着塗料P1に浸された状態で搬送されるようになっている。電着槽11は、同電着槽11の天井部を構成する槽上部12と、電着槽11の床部を構成する槽底部13と、2つの側壁14とによって構成されている。また、電着槽11には、同電着槽11内に車体W1を搬入するための搬入口15と、電着槽11外に車体W1を搬出するための搬出口16とが開口されている。なお、本実施形態の電着塗料P1は、例えば、陽イオン電解性樹脂をビヒクルの主体として用いた塗料である。
【0021】
また、電着塗装設備10は、搬送方向(
図1では右方向)に車体W1を搬送するコンベア21(搬送手段)を備えている。コンベア21は、車体W1を下降させながら搬入口15を介して電着槽11内に搬入するとともに、車体W1を上昇させながら搬出口16を介して電着槽11外に搬出するようになっている。なお、コンベア21は、搬送方向に延びるレール22と、レール22に設けられ車体W1を懸架して搬送する複数のハンガーレール23とを備えている。さらに、各ハンガーレール23には、周期的にパルス信号を発信するパルス発信機24が設けられている。
【0022】
図1に示されるように、電着槽11内には複数の電極31が配置されている。各電極31は、電着槽11の側壁14に設置される側部電極32,33と、電着槽11の槽底部13に設置される底部電極34とからなる。側部電極32は、上下方向に延びる帯板状をなしており、車体W1の搬送方向に沿って間隔を空けて配置されている。また、側部電極33及び底部電極34は、搬送方向に延びる帯板状をなしており、搬送方向に沿って間隔を空けて配置されている。そして、各電極31にはケーブル(図示略)が接続されている。そして、各ケーブルは、電着槽11外に引き出される。
【0023】
図2に示されるように、電着塗装設備10は、酸性添加剤添加手段41及び液体成分減少手段44をさらに備えている。酸性添加剤添加手段41は、電着塗料P1に対して酸性添加剤42を添加するためのものである。なお、本実施形態の酸性添加剤42は、クエン酸、アスコルビン酸、酒石酸等の有機酸である。また、酸性添加剤添加手段41は、電着槽11内に連通する酸性添加剤供給管(図示略)上に、タンク(図示略)、酸性添加剤供給バルブ(図示略)及び酸性添加剤供給ノズル43を設置してなる。タンクは、酸性添加剤42を送り出すようになっている。酸性添加剤供給バルブは、タンクの下流側に配置されており、酸性添加剤供給管を開状態または閉状態に切り替えるようになっている。酸性添加剤供給バルブは、開状態に切り替えられた際に、タンクから送り出された酸性添加剤42を電着槽11内に供給可能とするようになっている。また、酸性添加剤供給ノズル43は、電着槽11の上方に配置されており、酸性添加剤42を電着槽11内に供給するようになっている。
【0024】
図2に示されるように、液体成分減少手段44は、電着塗料P1の液体成分を減少させるためのものである。液体成分減少手段44は、両端が電着槽11内に連通する循環用配管45上に、電着塗料排出口46、電着塗料排出バルブ47、濾過装置48及び電着塗料供給口49を設置してなる。電着塗料排出口46は、電着槽11の槽底部13に配置されており、電着塗料P1を電着槽11外に排出するようになっている。電着塗料排出バルブ47は、電着塗料排出口46の下流側に配置されており、循環用配管45を開状態または閉状態に切り替えるようになっている。電着塗料排出バルブ47は、開状態に切り替えられた際に、電着槽11外に電着塗料P1を排出可能とするようになっている。濾過装置48は、電着塗料排出バルブ47の下流側に配置されており、電着塗料P1から濾液を分離するフィルターを備えている。なお、本実施形態のフィルターは、UF(ultrafiltration membrane)膜である。また、濾液の分離により、電着塗料P1の液体成分が減少し、電着塗料P1から分離された濾液は廃棄される。そして、電着塗料供給口49は、濾過装置48の下流側に配置されており、濾液が分離された電着塗料P1を電着槽11内に供給するようになっている。
【0025】
次に、電着塗装設備10の電気的構成について説明する。
【0026】
図1に示されるように、電着塗装設備10はパソコン50を備えており、パソコン50は、設備全体を統括的に制御するための制御装置51を備えている。制御装置51は、CPU52、ROM53、RAM54、入出力回路等により構成されている。なお、CPU52は、学習部55としての機能を有している。また、CPU52には、パソコン50のキーボード56、パソコン50のディスプレイ57及びアラーム58が電気的に接続されている。さらに、CPU52は、コンベア21、各パルス発信機24、酸性添加剤供給バルブ及び電着塗料排出バルブ47に電気的に接続されており、各種の駆動信号によってそれらを制御する。なお、本実施形態では、制御装置51に各電極31をケーブルを介して接続することにより、CPU52に各電極31が電気的に接続される。また、CPU52には、各パルス発信機24から出力されたパルス信号が周期的に入力されるようになっている。さらに、ROM53には、各車体W1の電着塗装の作業時間を示す生産タクトタイム情報が予め設定(記憶)されている。また、ROM53には、基準位置S1から側部電極32までの距離を示す距離情報が、複数の側部電極32ごとに記憶されている。
【0027】
次に、電着塗装設備10による電着塗装方法を説明する。
【0028】
まず、CPU52は、コンベア21に駆動信号を出力し、搬入口15を介して電着槽11内に車体W1(ハンガーレール23)を連続的に搬入させるとともに、搬出口16を介して電着槽11外に車体W1を連続的に搬出させる。そして、電着槽11内に搬入された車体W1が電着塗料P1に浸されると、電着槽11内に配置された各電極31から車体W1に電流が印加され、車体W1に対する電着塗装が行われる。その結果、車体W1の表面に塗膜が形成される。
【0029】
なお、塗膜の厚さが狙った範囲内にあれば、電着塗料P1の成分を調整することなく、電着塗装を行う。しかし、塗膜の厚さが変動して狙った範囲からずれてくると、CPU52は、電着塗料P1の成分である酸濃度の調整を行う。なお、酸濃度の調整は、定期的(例えば数日おき)に行われる。具体的に言うと、CPU52は、酸濃度推測ステップを行い、まず、電着塗料P1に浸されている複数(ここでは6つ)の車体W1の現在位置を算出する。詳述すると、CPU52は、ROM53に記憶されている生産タクトタイム情報を取得する。また、CPU52は、車体W1(ハンガーレール23)が基準位置S1(
図1参照)から現在位置に移動するまでの間に、対応するパルス発信機24から出力されたパルス信号の数(パルス数)をカウントする。なお、パルス数のカウントは、電着塗料P1に浸されている全ての車体W1において行われる。そして、CPU52は、カウントしたパルス数に基づいて、基準位置S1からの各車体W1の移動距離、即ち、各車体W1の現在位置をそれぞれ算出する。さらに、CPU52は、各車体W1の現在位置に基づいて、電着槽11内での各車体W1の滞留時間(電着塗料P1に浸されている時間)をそれぞれ算出する。
【0030】
次に、CPU52は、電極31(側部電極32)から各車体W1に印加される電流の電流値をそれぞれ測定する(
図2参照)。具体的に言うと、CPU52は、電着塗料P1に浸されている複数の車体W1の中から1つの車体W1を選択する。次に、CPU52は、ROM53に記憶されている複数の距離情報のうち、基準位置S1から側部電極32までの距離が、選択した車体W1の移動距離に最も近い距離となる距離情報を選択する。そして、CPU52は、電流計(図示略)に駆動信号を出力し、選択した距離情報に対応する側部電極32から車体W1に印加される電流の電流値を測定する。その後、電流値の測定は、電着塗料P1に浸されている他の車体W1においても同様に行われる。
【0031】
なお、
図3は、各電極31の中から選択した特定の電極31(側部電極32)における電流値の推移を示している。本実施形態では、側部電極32に車体W1が近付くに従って電流値が上昇し、側部電極32から車体W1が離れるに従って電流値が低下する。そして、車体W1が側部電極32を通過する度に、電流値の上昇及び低下を繰り返すようになっている。また、横軸と電流値のグラフとに囲まれた領域R1の1つ分の面積は、1つの車体W1に対して印加された電流の量(仕事量)を示している。
【0032】
そして、CPU52は、測定した電流値の変動に基づいて、電着塗料P1の酸濃度(MEQ)を推測する(
図2参照)。即ち、CPU52は、『酸濃度推測手段』としての機能を有している。なお、本願発明者らは、電流値の変動と酸濃度の変動とが同期することを新たに確認した(
図4参照)。このため、CPU52は、電流値の変動が分かれば、電着塗料P1の酸濃度を推測することができる。
【0033】
なお、電流値、酸濃度、車体W1の種類、車体W1の各部位における電着塗料P1の膜厚等のデータは、随時RAM54に記憶される。また、データに含まれる電流値に一定範囲外となるもの(例えば、
図4のE1を参照)があれば、CPU52は、その電流値を異常値として除去する。本実施形態では、コンベア21の停止により、車体W1に通常よりも長く電流が印加された場合や、ハンガーレール23が、車体W1が懸架されていない空ハンガーである場合や、車体W1に印加される電流値の積算量が、電着塗装設備10の不調により平均の40%以下である場合に、データに含まれる電流値を異常値として除去する。即ち、CPU52は、電流異常値判定除去手段としても機能する。
【0034】
続く電流値比較ステップにおいて、CPU52は、測定した各電流値と、酸濃度の許容範囲A0(
図5参照)に対応して規定された電流値の特定範囲(図示略)とを比較する。即ち、CPU52は、『電流値比較手段』としての機能を有している。
【0035】
続く酸濃度調整ステップにおいて、CPU52は、測定した各電流値の中に特定範囲の下限値よりも低いものがある場合に、酸濃度が許容範囲A0の下限値A1(
図5参照)よりも低いと推測する。酸濃度が低くなって酸が減少すると、電着塗料P1に含まれる塗料粒子同士の反発が弱まり、凝集しやすくなる。その結果、酸濃度が高い場合と比べると、クーロン効率(1クーロン当りの析出量)が高くなるため、少ない電気で車体W1の表面に電着塗料P1を析出させやすくなる。よって、同じ通電条件であれば、余剰な膜厚が生じてしまう。
【0036】
従って、酸濃度が下限値A1よりも低いと推測された場合には、CPU52は、アラーム58に駆動信号を出力し、酸濃度を高くする調整作業の必要性をアラーム58に報知させる制御を行う。即ち、CPU52は、『酸濃度調整報知手段』としての機能を有している。さらに、酸濃度が下限値A1よりも低いと推測された場合、CPU52は、酸濃度が高くなるように調整する。具体的に言うと、CPU52は、酸濃度が許容範囲A0内にないときに酸性添加剤添加手段41を作動させて酸濃度を調整する。即ち、CPU52は、『酸濃度調整制御手段』としての機能を有している。詳述すると、まず、CPU52は、酸性添加剤供給バルブに駆動信号を出力する。これにより、酸性添加剤供給バルブが開状態に切り替わり、タンク内の酸性添加剤42が、酸性添加剤供給管を通過し、酸性添加剤供給ノズル43から電着槽11内に充填される。即ち、酸濃度を高くする調整作業は、電着槽11内の電着塗料P1に対して酸性添加剤42を自動的に添加(投入)する作業である。
【0037】
なお、酸性添加剤42の添加量は、学習部55によって、RAM54に記憶されている過去データ(電流値、酸濃度、車体W1の種類、車体W1の各部位の膜厚等のデータ)から推測される。学習部55は、酸性添加剤42の添加量をどの程度にすれば、電着塗料P1の酸濃度が許容範囲A0の下限値A1よりも高く、かつ許容範囲A0の上限値A2(
図5参照)よりも低くなるかを学習する。具体的に言うと、酸濃度調整ステップにおいて酸濃度が高くなるように調整する度に、酸性添加剤42の添加量を測定する。そして、学習部55は、酸濃度推測ステップ及び電流値比較ステップを順番に実行させる。その結果、学習部55は、「酸性添加剤42の添加量をどの程度にすれば、酸濃度を下限値A1よりも高く、かつ上限値A2よりも低くなるか」についてのデータを新たに得ることができる。そして、学習部55は、得られたデータを学習済データ(過去データ)としてRAM54に記憶する。その後、CPU52は、RAM54に記憶されている学習済データに基づいて、酸性添加剤42の添加量を決定し、決定した添加量に基づいて、酸性添加剤添加手段41による酸濃度を高くする調整作業を行わせる。
【0038】
一方、測定した各電流値の中に特定範囲の上限値よりも高いものがある場合、CPU52は、酸濃度が許容範囲A0の上限値A2(
図5参照)よりも高いと推測する。酸濃度が高くなって酸が増加すると、析出に多くの電流量が必要となる。その結果、電気分解が増加し、ガスが多く発生する。また、電着塗料P1の析出に多くの電流量が必要になるため、クーロン効率が低下する。この場合、析出に時間がかかるため、膜厚を確保しにくくなる。
【0039】
従って、酸濃度が上限値A2よりも高いと推測された場合には、CPU52は、アラーム58に駆動信号を出力し、酸濃度を低くする調整作業の必要性をアラーム58に報知させる制御を行う。さらに、酸濃度が上限値A2よりも高いと推測された場合、CPU52は、酸濃度が低くなるように調整する。具体的に言うと、CPU52は、酸濃度が許容範囲A0内にないときに、液体成分減少手段44を作動させて電着塗料P1の液体成分を減少させることにより、酸濃度を低くする。詳述すると、まず、CPU52は、電着塗料排出バルブ47に駆動信号を出力する。これにより、電着塗料排出バルブ47が開状態に切り替わり、電着塗料P1が、電着塗料排出口46から電着槽11外に排出され、循環用配管45を通過して濾過装置48に導かれる。そして、濾過装置48は、電着塗料P1から濾液を分離する。なお、濾液の分離により、電着塗料P1の液体成分が減少し、電着塗料P1から分離された濾液は廃棄される。その後、濾液が分離された電着塗料P1は、電着塗料供給口49から電着槽11内に供給される。即ち、酸濃度を低くする調整作業は、電着塗料P1の液体成分を自動的に減少させる作業である。
【0040】
従って、本実施形態によれば以下のような効果を得ることができる。
【0041】
(1)本実施形態の電着塗装方法によれば、酸濃度推測ステップにおいて、側部電極32から車体W1に印加される電流の電流値を測定し、酸濃度調整ステップにおいて、測定した電流値に基づいて電着塗料P1の酸濃度を調整している。この場合、電流値を測定してからの時間的な遅れが殆どない状態で酸濃度を調整できるため、酸濃度の調整前に酸濃度が許容範囲A0から大きく外れることが防止される。その結果、酸濃度の高さに応じて厚さが変動する塗膜を、狙った厚さにすることができるため、車体W1の塗装品質が向上する。
【0042】
(2)本実施形態では、電流計(図示略)が測定した電流値に一定範囲外となるもの(
図4のE1参照)がある場合に、CPU52が、その電流値を、本来あり得ないかけ離れた異常値であるとして除去したうえで、残りの電流値をRAM54に記憶している。その結果、学習部55は、酸濃度が許容範囲A0よりも低い場合に電着塗料P1に添加される酸性添加剤42の添加量を、RAM54に記憶されている電流値等に基づいて正確に推測することができる。
【0043】
(3)本実施形態では、学習部55が得た学習済データに基づいて、酸性添加剤42の添加量が推測されるため、酸性添加剤42の添加によって電着塗料P1の酸濃度を容易に許容範囲A0内に保つことができ、塗装品質が安定する。しかも、学習部55による学習機会を多くすれば、酸性添加剤42の添加量が最適化されていくため、塗装品質がいっそう安定する。
【0044】
なお、上記実施形態を以下のように変更してもよい。
【0045】
・上記実施形態では、CPU52が、酸性添加剤添加手段41や液体成分減少手段44を作動させ、電着塗料P1に対して酸性添加剤42を添加する作業や電着塗料P1の液体成分を減少させる作業を自動的に行っていた。しかし、酸濃度が許容範囲A0内にないときに、作業者のスイッチ操作によって酸性添加剤添加手段41や液体成分減少手段44を作動させ、酸性添加剤42を添加する作業や液体成分を減少させる作業を行うようにしてもよい。また、酸性添加剤添加手段41や液体成分減少手段44を用いずに、作業者が、電着塗料P1に対して酸性添加剤42を添加する作業や、フィルターを用いて電着塗料P1から濾液を分離し、電着塗料P1の液体成分を減少させる作業を行ってもよい。
【0046】
・上記実施形態では、酸濃度が許容範囲A0外にあると推測された場合に、CPU52が、酸濃度の調整作業の必要性を、音声出力手段であるアラーム58に報知させる制御を行っていた。しかし、CPU52は、酸濃度の調整作業の必要性を、ディスプレイ57等の表示手段やランプ等の発光手段に報知させる制御を行ってもよい。
【0047】
・上記実施形態では、濾過装置48を用いて電着塗料P1から濾液を分離することにより、電着塗料P1の液体成分を減少させていたが、他の手法によって液体成分を減少させてもよい。例えば、電着塗料P1の液体成分を蒸発させることによって、液体成分を減少させてもよいし、遠心分離機を用いて電着塗料P1から濾液を分離することにより、液体成分を減少させてもよい。また、上記実施形態では、電着塗料P1の液体成分を減少させることにより、酸濃度が低くなるように調整していたが、電着塗料P1に対してアルカリ分を添加することにより、酸濃度が低くなるように調整してもよい。
【0048】
次に、特許請求の範囲に記載された技術的思想のほかに、前述した実施形態によって把握される技術的思想を以下に列挙する。
【0049】
(1)請求項1または2において、前記酸濃度調整ステップでは、測定した前記電流値に一定範囲外となるものがある場合に、前記一定範囲外にある電流値を異常値であるとして除去したうえで、残りの電流値を記憶手段に記憶することを特徴とする電着塗装方法。
【0050】
(2)請求項3乃至5のいずれか1項において、前記搬送手段は、搬送方向に延びるレールと、前記レールに設けられ前記車体を懸架して搬送する複数のハンガーレールとを備え、前記複数のハンガーレールには、周期的にパルス信号を発信するパルス発信機が設けられ、前記酸濃度推測手段は、前記車体が懸架された前記ハンガーレールが基準位置から現在位置に移動するまでの間に前記パルス発信機から出力された前記パルス信号の数をカウントし、カウントした前記パルス信号の数に基づいて、前記車体の前記基準位置からの移動距離を算出することを特徴とする電着塗装設備。
【0051】
(3)請求項5において、前記電着塗料の前記酸濃度を前記許容範囲の下限値よりも高く、かつ前記許容範囲の上限値よりも低くするための前記酸性添加剤の添加量を学習する学習部と、前記学習部が学習した前記酸性添加剤の添加量に関するデータを学習済データとして記憶する記憶手段とを備え、前記酸濃度調整制御手段は、前記記憶手段に記憶されている前記学習済データに基づいて、前記酸性添加剤の添加量を決定し、決定した前記添加量に沿って前記酸性添加剤添加手段による調整作業を行わせることを特徴とする電着塗装設備。
【符号の説明】
【0052】
10…電着塗装設備
11…電着槽
21…搬送手段としてのコンベア
31…電極
41…酸性添加剤添加手段
42…酸性添加剤
44…液体成分減少手段
52…酸濃度推測手段、電流値比較手段、酸濃度調整報知手段及び酸濃度調整制御手段としてのCPU
A0…許容範囲
A1…許容範囲の下限値
A2…許容範囲の上限値
P1…電着塗料
W1…車体