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特許7539369病態情報生成方法、病態情報生成システム、HE4糖鎖分析キット及びHE4
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-15
(45)【発行日】2024-08-23
(54)【発明の名称】病態情報生成方法、病態情報生成システム、HE4糖鎖分析キット及びHE4
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/574 20060101AFI20240816BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20240816BHJP
   G01N 33/533 20060101ALI20240816BHJP
   C07K 14/42 20060101ALN20240816BHJP
【FI】
G01N33/574 A
G01N33/53 V
G01N33/533
C07K14/42
【請求項の数】 23
(21)【出願番号】P 2021511506
(86)(22)【出願日】2020-03-24
(86)【国際出願番号】 JP2020013080
(87)【国際公開番号】W WO2020203478
(87)【国際公開日】2020-10-08
【審査請求日】2023-01-12
(31)【優先権主張番号】P 2019070727
(32)【優先日】2019-04-02
(33)【優先権主張国・地域又は機関】JP
(73)【特許権者】
【識別番号】000206956
【氏名又は名称】大塚製薬株式会社
(74)【代理人】
【識別番号】100145403
【弁理士】
【氏名又は名称】山尾 憲人
(74)【代理人】
【識別番号】100138911
【弁理士】
【氏名又は名称】櫻井 陽子
(74)【代理人】
【識別番号】100165892
【弁理士】
【氏名又は名称】坂田 啓司
(72)【発明者】
【氏名】乾 智惠
(72)【発明者】
【氏名】金子 智典
(72)【発明者】
【氏名】彼谷 高敏
【審査官】三木 隆
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2010/090264(WO,A1)
【文献】ZHUANG Huiyu et al.,Overexpression of Lewis y antigen promotes human epididymis protein 4-mediated invasion and metastasis of ovarian cancer cells,Biochimie,2014年,Vol.105,Page.91-98
【文献】マーク・K・成松,フコース転移酵素ファミリー,2001年05月15日,https://www.glycoforum.gr.jp/glycoword/ glycoprotein/GPB02J.html
【文献】乾智惠等,表面プラズモン共鳴励起増強蛍光分光(SPFS)を用いた卵巣癌糖鎖マーカーの開発,Konica Minolta Technology Report,2020年01月,Vol.17,Page.76-80
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/574
G01N 33/53
G01N 33/533
C07K 14/42
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
卵巣癌の罹患又は発症の診断のためにHE4の糖鎖を分析する方法であって、
被検試料に含まれる、β-N-アセチルガラクトサミン残基、α2,3-シアル酸残基、α2,6-シアル酸残基又はマンノース残基の4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量に関する情報を取得する第1工程を含み、及び
前記被験試料が、血液、血清、又は血漿である、分析方法。
【請求項2】
前記第1工程が、質量分析法又は前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のある第1物質と前記被検試料とを接触させる方法により、前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量に関する情報を測定する工程である請求項1に記載の分析方法。
【請求項3】
さらに、前記被検試料に含まれる前記全てのHE4の前記総量に対する前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量の比率を算出する第2工程を含む、請求項1又は2に記載の分析方法。
【請求項4】
さらに、前記4種の残基を有するHE4に拘わらず、前記被検試料に含まれる全てのHE4の総量を取得する第3工程を含む、請求項1~3のいずれか一項に記載の分析方法。
【請求項5】
前記第3工程が、質量分析法、クロマトグラフィー又はHE4のポリペプチド鎖部分と親和性のある第2物質と前記被検試料とを接触させる方法により、前記HE4の総量を測定する工程である請求項1~4のいずれか一項に記載の分析方法。
【請求項6】
前記第1工程を、前記第3工程の前に行う請求項4又は5に記載の分析方法。
【請求項7】
前記第1工程が、前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のある第1物質と、前記被検試料とを接触させる方法により、前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量を測定する工程であり、
前記第1物質が、前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のあるレクチン又は抗体である請求項に記載の分析方法。
【請求項8】
前記第1物質が、前記4種の残基のいずれかを有する前記HE4と親和性のあるレクチンであり、ConA、フジレクチン、SSA又はMAMのいずれかのレクチンである請求項に記載の分析方法。
【請求項9】
前記第1物質が、支持体に固定化されており、
前記第3工程が、HE4のポリペプチド鎖部分と親和性のある第2物質と、前記被検試料とを接触させる方法により、前記全てのHE4の前記総量を測定する工程であり、
前記第2物質が、前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のある抗体である請求項7又は8に記載の分析方法。
【請求項10】
前記第1工程が、クロマトグラフィーによる工程である請求項6~9のいずれか一項に記載の分析方法。
【請求項11】
前記第3工程を、前記第1工程の前に行う、請求項4又は5に記載の分析方法。
【請求項12】
前記第2物質が、支持体に固定されており、
前記第1工程が、前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のある第1物質と、前記被検試料とを接触させる方法により、前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量を測定する工程であり、
前記第1物質が、前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のあるレクチンであり、
前記第1物質が、蛍光体により標識されており、
前記第1工程は、前記第2物質に捕捉されたHE4と結合した前記第1物質を標識する蛍光体から発せられた蛍光の強度を測定し、前記蛍光の強度に基づき、前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量を算出する工程である請求項11に記載の分析方法。
【請求項13】
前記第3工程において、質量分析法又はクロマトグラフィーにより得られたピークの強度と、予め決定された基準となるピークの強度とを比較する請求項11に記載の分析方法。
【請求項14】
前記β-N-アセチルガラクトサミン残基、前記α2,3-シアル酸残基、前記α2,6-シアル酸残基又は前記マンノース残基の4種の残基のうちのいずれかの残基が、HE4の糖鎖の(非還元)末端にある請求項1~13のいずれか一項に記載の分析方法。
【請求項15】
卵巣癌の罹患又は発症に関する情報を生成する病態情報生成システムであって、
被検試料に含まれる、β-N-アセチルガラクトサミン残基、α2,3-シアル酸残基、α2,6-シアル酸残基又はマンノース残基の4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量に関する情報を取得する第1工程部と、
前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量に基づき、前記被検試料に係る被検者の卵巣癌の罹患又は発症に関する情報を生成する第2工程部と、
を有し、及び
前記被験試料が、血液、血清、又は血漿である、病態情報生成システム。
【請求項16】
糖鎖を有するHE4及び抗HE4抗体を含む請求項1~14のいずれか一項に記載の分析方法を実施するためのHE4糖鎖分析キット。
【請求項17】
前記糖鎖の(非還元)末端にβ-N-アセチルガラクトサミン残基、α2,3-シアル酸残基、α2,6-シアル酸残基又はマンノース残基を有するHE4と親和性のある物質及び抗HE4抗体を含む請求項16に記載分析キット。
【請求項18】
前記HE4と親和性のある物質が、レクチンである請求項17に記載分析キット。
【請求項19】
前記レクチンと、抗HE4抗体と、分析用基板とを組み合わせた構成である請求項16~18のいずれか一項に記載分析キット。
【請求項20】
前記レクチンが、蛍光体を備え付けている請求項16~19のいずれか一項に記載分析キット。
【請求項21】
蛍光体を備え付けた、フジレクチン又はMAMの少なくとも一種のレクチンを含む請求項16~20のいずれか一項に記載分析キット。
【請求項22】
さらに、クロマトグラフィー装置を含む、請求項16~21のいずれか一項に記載分析キット。
【請求項23】
さらに、クロマトグラフィー測定のためのラベル化試薬を含む、請求項22に記載分析キット。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、病態情報生成方法、病態情報生成システム、HE4糖鎖分析キット及びHE4に関する。より詳しくは、卵巣癌などの癌の悪性度を、簡便かつ非侵襲的な方法で評価することで、患者及び医師の負担を軽減した診断を可能とする病態情報生成方法等に関する。
【背景技術】
【0002】
卵巣癌は、婦人科癌の中では乳癌に次いで発生率が高い癌である。卵巣癌は、発症初期段階の自覚症状がほとんどないことから早期発見が困難であり、発見時には既に症状が進行していることが多い。それ故、予後は不良であり、婦人科癌の中では最も死亡率が高い致命的な婦人科悪性腫瘍である。
大多数の卵巣腫瘍は良性であり、悪性と良性を鑑別することは治療方針を決定するうえで重要である。卵巣癌の診断においては、問診及び内診に加え、CA125を中心とした腫瘍マーカー測定、経膣超音波断層法検査、MRI(Magnetic Resonance Imaging:磁気共鳴画像法)検査並びにCT(Computed Tomography:コンピューター断層撮影法)検査が必要に応じて実施される。
【0003】
CA125は卵巣癌の診断に最もよく使用されている腫瘍マーカーであるが、子宮内膜症等の良性疾患、月経、妊娠、胸腹膜の炎症性疾患でも値の上昇が認められており、卵巣腫瘍の悪性と良性の鑑別において十分な特異性を有するとは言えないため、より有用な新規マーカーや分析方法の開発と臨床応用が期待されてきた。
【0004】
一方、卵巣癌患者の血清中に高濃度で検出され、病期進行に伴い上昇が認められるヒト精巣上体タンパク4(human epididymis protein 4:以下において、「HE4」と略称する。)は、WAP(Whey Acidic Protein)ファミリーに属し,WFDC2(WAP Four-Disulfide Core Domain Protein 2)とも呼ばれる分子量約25kDaの分泌型糖タンパク質であり、精巣上体遠位の上皮細胞で発見されたことからこの名が付けられた。
成熟型ヒトHE4は,2つのWAPドメインが繋がった構造をしているが,スプライシングにより1番目又は2番目のWAPドメインが欠落し、10個、22個、又は28個のアミノ酸で置換された複数のアイソフォームを生成する。
【0005】
HE4は、卵巣癌では血清中で強く発現し、進行癌では非常に高値を示す。HE4は、ムチン糖タンパク質であるCA125に比べ子宮内膜症等の婦人科良性疾患で上昇することが少なく、特異性の高い腫瘍マーカーである。
しかし、HE4は、卵巣癌のほか、肺腺癌及び肺嚢胞性線維症でも発現しており、その腫瘍の大きさや浸潤性と、1番目のWAPドメインが22個のアミノ酸で置換されたHE4アイソフォームの発現との関連性が示唆されている。また、HE4濃度の増加は、I型/II型子宮体癌の場合は組織及び血清中で、移行上皮癌や初期/後期卵巣癌の場合は尿中で見られる。
【0006】
また、HE4は、正常な男女の生殖管上皮、上気道、唾液腺管、胸部で発現しているほか、遠位曲尿細管、結腸、子宮内膜でも可変的な発現が見られる。
そのため、HE4でも、卵巣腫瘍の悪性と良性の鑑別において十分な特異性を有するとは言えず、より有用な新規マーカーや分析方法の開発と臨床応用が依然として望まれる。また、卵巣癌などの、潜在的に治癒可能な初期の悪性腫瘍状態を検出するための、より有効なツールとしてHE4の分析方法を開発する必要が要望されている(例えば特許文献1参照)。
【0007】
腫瘍の悪性と良性とを鑑別するには、内診、直腸診、超音波(エコー)検査、CT検査、MRI検査などといった方法があるが、卵巣癌については、画像検査や診察では、良性の卵巣腫瘍と悪性腫瘍との区別が困難であるため、病理検査を行うことによって、診断を確定する必要がある。
病理検査としては、細胞診と組織診がある。細胞診では、胸水や腹水などにがん細胞が含まれていないかを検査する。手術中に採取するのが基本的な方法であるが、手術前に腹水が見られる場合は、皮膚から針を刺して、腹水を採取し検査を行う。組織診では、手術で採取した組織を検査し、良性、境界悪性、悪性の判定、組織型の判定を行い、最終的な結果が得られるまでに数週間の日数を要する。これら病理検査の方法は何れも侵襲的な検査であり、患者への負担が大きい上、結果が得られるまで時間を要する。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】特表2013-536442公報
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0009】
本発明は、上記問題・状況を鑑みてなされたものであり、その解決課題は、卵巣癌などの癌の罹患、発症又は悪性度等を、迅速、簡便かつ非侵襲的な方法で精度良く評価することで、患者及び医師の負担を軽減した診断を可能とする、病態情報生成方法、病態情報生成システム及びHE4糖鎖分析キット等を提供することである。
【課題を解決するための手段】
【0010】
本発明者は、上記課題を解決すべく、卵巣癌などの癌の発症に関連するHE4の糖鎖について検討する過程において、糖鎖の(非還元)末端に特定の残基を有するHE4が特定の癌と重要な相関性を有していることを見出し本発明に至った。
すなわち、本発明に係る上記課題は、以下の手段により解決される。
【0011】
1.癌の罹患又は発症に関する情報を生成する病態情報生成方法であって、
被検試料に含まれる、β-N-アセチルガラクトサミン残基、α2,3-シアル酸残基、α2,6-シアル酸残基又はマンノース残基の4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量に関する情報を取得する第1工程と、
前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量に基づき、前記被検試料に係る被検者の癌の罹患又は発症に関する情報を生成する第2工程と、
を有することを特徴とする病態情報生成方法。
【0012】
2.前記第1工程が、質量分析法又は前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のある第1物質と前記被検試料とを接触させる方法により、前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量に関する情報を測定する工程であることを特徴とする第1項に記載の病態情報生成方法。
【0013】
3.さらに、前記4種の残基を有するHE4に拘わらず、前記被検試料に含まれる全てのHE4の総量を取得する第3工程を有することを特徴とする第1項又は第2項に記載の病態情報生成方法。
【0014】
4.前記第3工程が、質量分析法、クロマトグラフィー又はHE4のポリペプチド鎖部分と親和性のある第2物質と前記被検試料とを接触させる方法により、前記HE4の総量を測定する工程であることを特徴とする第1項から第3項までのいずれか一項に記載の病態情報生成方法。
【0015】
5.前記第2工程が、前記被検試料に含まれる前記全てのHE4の前記総量に対する前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量の比率を算出する工程であることを特徴とする第4項に記載の病態情報生成方法。
【0016】
6.前記第2工程が、前記被検者の癌の罹患又は発症に関する情報として、前記被検者が癌に罹患しているか否か、前記被検者が癌に罹患している確率、前記被検者の癌の悪性度、又は前記被検者の癌のステージに関する情報を生成する工程であることを特徴とする第1項から第5項までのいずれか一項に記載の病態情報生成方法。
【0017】
7.前記第2工程が、前記被検者の癌の罹患又は発症に関する情報として、前記被検者が卵巣癌に罹患しているか否かに関する情報を生成する工程であることを特徴とする第1項から第6項までのいずれか一項に記載の病態情報生成方法。
【0018】
8.前記第1工程を、前記第3工程の前に行うことを特徴とする第3項から第7項までのいずれか一項に記載の病態情報生成方法。
【0019】
9.前記第1工程が、前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のある第1物質と、前記被検試料とを接触させる方法により、前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量を測定する工程であり、
前記第1物質が、前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のあるレクチン又は抗体であることを特徴とする第8項に記載の病態情報生成方法。
【0020】
10.前記第1物質が、前記4種の残基のいずれかを有する前記HE4と親和性のあるレクチンであり、ConA、フジレクチン、SSA又はMAMのいずれかのレクチンであることを特徴とする第9項に記載の病態情報生成方法。
【0021】
11.前記第1物質が、支持体に固定化されており、
前記第3工程が、HE4のポリペプチド鎖部分と親和性のある第2物質と、前記被検試料とを接触させる方法により、前記全てのHE4の前記総量を測定する工程であり、
前記第2物質が、前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のある抗体である
ことを特徴とする第9項又は第10項に記載の病態情報生成方法。
【0022】
12.前記第1工程が、クロマトグラフィーによる工程であることを特徴とする第8項から第11項までのいずれか一項に記載の病態情報生成方法。
【0023】
13.前記第3工程を、前記第1工程の前に行うことを特徴とする第3項から第7項までのいずれか一項に記載の病態情報生成方法。
【0024】
14.前記第2物質が、支持体に固定されており、
前記第1工程が、前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のある第1物質と、前記被検試料とを接触させる方法により、前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量を測定する工程であり、
前記第1物質が、前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のあるレクチンであり、
前記第1物質が、蛍光体により標識されており、
前記第1工程は、前記第2物質に捕捉されたHE4と結合した前記第1物質を標識する蛍光体から発せられた蛍光の強度を測定し、前記蛍光の強度に基づき、前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量を算出する工程であることを特徴とする第13項に記載の病態情報生成方法。
【0025】
15.前記第3工程において、質量分析法又はクロマトグラフィーにより得られたピークの強度と、予め決定された基準となるピークの強度とを比較することを特徴とする第13項に記載の病態情報生成方法。
【0026】
16.前記β-N-アセチルガラクトサミン残基、前記α2,3-シアル酸残基、前記α2,6-シアル酸残基又は前記マンノース残基の4種の残基のうちのいずれかの残基が、HE4の糖鎖の(非還元)末端にあることを特徴とする第1項から第15項までのいずれか一項に記載の病態情報生成方法。
【0027】
17.前記癌が、卵巣癌であることを特徴とする第1項から第16項までのいずれか一項に記載の病態情報生成方法。
【0028】
18.癌の罹患又は発症に関する情報を生成する病態情報生成システムであって、
被検試料に含まれる、β-N-アセチルガラクトサミン残基、α2,3-シアル酸残基、α2,6-シアル酸残基又はマンノース残基の4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量に関する情報を取得する第1工程部と、
前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量に基づき、前記被検試料に係る被検者の癌の罹患又は発症に関する情報を生成する第2工程部と、
を有することを特徴とする病態情報生成システム。
【0029】
19.第1項から第17項までのいずれか一項に記載の病態情報生成方法を実施するためのシステムであることを特徴とする第18項に記載の病態情報生成システム。
【0030】
20.糖鎖を有するHE4及び抗HE4抗体を含むHE4糖鎖分析キットであって、
第1項から第17項までのいずれか一項に記載の病態情報生成方法を実施するための分析キットであることを特徴とするHE4糖鎖分析キット。
【0031】
21.糖鎖を有するHE4及び抗HE4抗体を含むHE4糖鎖分析キットであって、
前記糖鎖の(非還元)末端にβ-N-アセチルガラクトサミン残基、α2,3-シアル酸残基、α2,6-シアル酸残基又はマンノース残基を有するHE4と親和性のある物質及び抗HE4抗体を含むことを特徴とする第20項に記載のHE4糖鎖分析キット。
【0032】
22.前記HE4と親和性のある物質が、レクチンであることを特徴とする第21項に記載のHE4糖鎖分析キット。
【0033】
23.前記レクチンと、抗HE4抗体と、分析用基板とを組み合わせた構成であることを特徴とする第20項から第22項までのいずれか一項に記載のHE4糖鎖分析キット。
【0034】
24.前記レクチンが、蛍光体を備え付けていることを特徴とする第20項から第23項までのいずれか一項に記載のHE4糖鎖分析キット。
【0035】
25.蛍光体を備え付けた、フジレクチン又はMAMの少なくとも一種のレクチンを含むことを特徴とする第20項から第24項までのいずれか一項に記載のHE4糖鎖分析キット。
【0036】
26.さらに、クロマトグラフィー装置を備えた構成であることを特徴とする第20項から第25項までのいずれか一項に記載のHE4糖鎖分析キット。
【0037】
27.さらに、クロマトグラフィー測定のためのラベル化試薬を備えた構成であることを特徴とする第26項に記載のHE4糖鎖分析キット。
【0038】
28.癌検査用バイオマーカーとしてのHE4であって、
糖鎖の(非還元)末端にβ-N-アセチルガラクトサミン残基、α2,3-シアル酸残基、α2,6-シアル酸残基又はマンノース残基の4種の残基のうちのいずれかの残基を有することを特徴とするHE4。
【発明の効果】
【0039】
本発明の手段により、卵巣癌などの癌の罹患、発症又は悪性度等を、迅速、簡便かつ非侵襲的な方法で精度良く評価することで、患者及び医師の負担を軽減した診断を可能とする、病態情報生成方法、病態情報生成システム及びHE4糖鎖分析キット等を提供することができる。
【0040】
本発明に係る特定の残基を有するHE4の発現機構ないし作用機構については、明確にはなっていない。
しかし、被検試料における特定の残基を有するHE4の量を測定することにより、被検試料に係る被検者の癌の罹患、発症又は悪性度等に関する情報を精度良く生成することができることから、簡便かつ非侵襲的な方法により被検試料に係る被検者の癌の罹患、発症又は悪性度を迅速に評価することができ、患者及び医師の負担を軽減することが可能となる。
なお、本発明の病態情報生成方法、病態情報生成システム及びHE4糖鎖分析キット等は、特に50歳以下の被検者が卵巣癌に罹患しているか否かの精度の良い情報を得ることができる点が特徴である。
【図面の簡単な説明】
【0041】
図1】SPFS測定装置の構成を模式的に示す概略図
図2図1の測定装置のセンサチップ周辺の部分拡大図
図3】HE4糖鎖分析キットの一例を示す模式図
図4】レクチンとしてWFAを用いたレクチンカラム法による糖鎖の末端にβ-N-アセチルガラクトサミン残基を有するHE4(GalNAcHE4)の定量結果を示す図
図5】癌検体と非癌検体(健常者と子宮内膜症患者を含む)の比較より求めたROC曲線
図6】50歳以下の癌患者と非癌検体(健常者と子宮内膜症患者)の比較より求めたROC曲線
図7】グレード1の癌検体と非癌検体(健常者と子宮内膜症患者)の比較より求めたROC曲線
図8】α2,3-シアル酸を持つHE4タンパク量と、卵巣癌のグレードとの関係を示す図。
【発明を実施するための形態】
【0042】
本発明の病態情報生成方法は、癌の罹患又は発症に関する情報を生成する病態情報生成方法であって、被検試料に含まれる、β-N-アセチルガラクトサミン残基、α2,3-シアル酸残基、α2,6-シアル酸残基又はマンノース残基の4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量に関する情報を取得する第1工程と、前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量に基づき、前記被検試料に係る被検者の癌の罹患又は発症に関する情報を生成する第2工程と、を有することを特徴とする。
この特徴は、下記各実施形態に共通する又は対応する技術的特徴である。
【0043】
本発明の実施形態としては、前記第1工程が、質量分析法又は前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のある第1物質と前記被検試料とを接触させる方法により、前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量に関する情報を測定する工程であることが本発明の効果発現及び精度の観点から好ましい。さらに、前記4種の残基を有するHE4に拘わらず、前記被検試料に含まれる全てのHE4の総量を取得する第3工程を有することが、上記と同様の観点から好ましい。
【0044】
また、前記第3工程が、質量分析法、クロマトグラフィー又はHE4のポリペプチド鎖部分と親和性のある第2物質と前記被検試料とを接触させる方法により、前記HE4の総量を測定する工程であることが好ましい。
【0045】
本発明の実施形態としては、前記第2工程が、前記被検試料に含まれる前記全てのHE4の前記総量に対する前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量の比率を算出する工程であることが、本発明の効果発現及び精度の観点から好ましい。
また、前記第2工程が、前記被検者の癌の罹患又は発症に関する情報として、前記被検者が癌に罹患しているか否か、前記被検者が癌に罹患している確率、前記被検者の癌の悪性度、又は前記被検者の癌のステージに関する情報を生成する工程であることが好ましい。さらに、前記第2工程が、前記被検者の癌の罹患又は発症に関する情報として、前記被検者が卵巣癌に罹患しているか否かに関する情報を生成する工程であることが好ましい。
【0046】
本発明の実施形態としては、前記第1工程を、前記第3工程の前に行うことが好ましい態様の一つである。また、前記第1工程が、前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のある第1物質と、前記被検試料とを接触させる方法により、前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量を測定する工程であり、前記第1物質が、前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のあるレクチン又は抗体であることが好ましい。
さらに、前記第1物質が、前記4種の残基のいずれかを有する前記HE4と親和性のあるレクチンであり、ConA、フジレクチン、SSA又はMAMのいずれかのレクチンであことが好ましい。
【0047】
また、前記第1物質が、支持体に固定化されており、前記第3工程が、HE4のポリペプチド鎖部分と親和性のある第2物質と、前記被検試料とを接触させる方法により、前記全てのHE4の前記総量を測定する工程であり、前記第2物質が、前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のある抗体であることが本発明の効果発現の観点から好ましい。さらに、前記第1工程が、クロマトグラフィーによる工程であることが好ましい。
【0048】
本発明の別の実施形態としては、前記第3工程を、前記第1工程の前に行うことも好ましい。また、前記第2物質が、支持体に固定されており、前記第1工程が、前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のある第1物質と、前記被検試料とを接触させる方法により、前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量を測定する工程であり、前記第1物質が、前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のあるレクチンであり、前記第1物質が、蛍光体により標識されており、前記第1工程は、前記第2物質に捕捉されたHE4と結合した前記第1物質を標識する蛍光体から発せられた蛍光の強度を測定し、前記蛍光の強度に基づき、前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量を算出する工程であることが精度等の観点から好ましい。
【0049】
さらに、前記第3工程において、質量分析法又はクロマトグラフィーにより得られたピークの強度と、予め決定された基準となるピークの強度とを比較することが、上記と同様の観点から、好ましい。
【0050】
本発明においては、前記β-N-アセチルガラクトサミン残基、前記α2,3-シアル酸残基、前記α2,6-シアル酸残基又は前記マンノース残基の4種の残基のうちのいずれかの残基が、HE4の糖鎖の(非還元)末端にあることが、本発明の効果の観点から好ましい。また、前記癌が、卵巣癌であることが、好ましい。
【0051】
本発明の病態情報生成システムは、癌の罹患又は発症に関する情報を生成する病態情報生成システムであって、被検試料に含まれる、β-N-アセチルガラクトサミン残基、α2,3-シアル酸残基、α2,6-シアル酸残基又はマンノース残基の4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量に関する情報を取得する第1工程部と、前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量に基づき、前記被検試料に係る被検者の癌の罹患又は発症に関する情報を生成する第2工程部と、を有することを特徴とする。また、本発明の実施形態としては、前記病態情報生成方法を実施するためのシステムであることを特徴とする。
【0052】
本発明のHE4糖鎖分析キットは、糖鎖を有するHE4及び抗HE4抗体を含むHE4糖鎖分析キットであって、本発明の上記病態情報生成方法を実施するための分析キットであることを特徴とする。また、糖鎖を有するHE4及び抗HE4抗体を含むHE4糖鎖分析キットであって、前記糖鎖の(非還元)末端にβ-N-アセチルガラクトサミン残基、α2,3-シアル酸残基、α2,6-シアル酸残基又はマンノース残基を有するHE4と親和性のある物質及び抗HE4抗体を含むことを特徴とする。
【0053】
HE4糖鎖分析キットの実施形態としては、精度及び簡便さ等の観点から、前記HE4と親和性のある物質が、レクチンであることが好ましい。また、前記レクチン、と抗HE4抗体と、分析用基板とを組み合わせた構成であることが好ましい。さらに、前記レクチンが、蛍光体を備え付けていることが好ましい。また、蛍光体を備え付けた、フジレクチン又はMAMの少なくとも一種のレクチンを含むことが好ましい。
また、実施形態として、クロマトグラフィー装置を備えた構成であることが好ましい。さらに、クロマトグラフィー測定のためのラベル化試薬を備えた構成であることが好ましい。
【0054】
本発明に係るHE4は、癌検査用バイオマーカーとしてのHE4であって、糖鎖の(非還元)末端にβ-N-アセチルガラクトサミン残基、α2,3-シアル酸残基、α2,6-シアル酸残基又はマンノース残基の4種の残基のうちのいずれかの残基を有することを特徴とする。
【0055】
以下、本発明とその構成要素、及び本発明を実施するための形態・態様について詳細な説明をする。なお、本願において、「~」は、その前後に記載される数値を下限値及び上限値として含む意味で使用する。
【0056】
本願において、「検出対象糖鎖」(アナライト、「検出対象」、「被検物」ともいう。)とは、例えば特定の疾患を発症した場合に血中に比較的高濃度で存在するようになるマーカーとなる抗原である糖タンパク質が特異的に有する糖鎖であって、アナライトを検出するために、検出用レクチンを極力多く結合させることが意図される糖鎖をいう。
一方、「非検出対象糖鎖」とは、アナライトとともに検体中に存在する夾雑物(アナライトとは異なる糖タンパク質、糖脂質等)が有する糖鎖であって、アナライトの検出の障害となるため、検出用レクチンを極力結合させないことが意図される糖鎖をいう。
なお、本明細書における「検出方法」は、定性的にアナライトを検出する方法のみならず、定量的にアナライトを検出・測定する方法(アナライトの定量・測定方法)を当然に含む。また、当該検出方法は、本発明の病態情報生成方法の工程に含まれるものである。
【0057】
[1]病態情報生成方法の概要
本発明の病態情報生成方法は、癌の罹患又は発症に関する情報を生成する病態情報生成方法であって、被検試料に含まれる、β-N-アセチルガラクトサミン残基、α2,3-シアル酸残基、α2,6-シアル酸残基又はマンノース残基の4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量に関する情報を取得する第1工程と、前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量に基づき、前記被検試料に係る被検者の癌の罹患又は発症に関する情報を生成する第2工程と、を有することを特徴とする。
以下において、構成要素及び方法について詳細な説明を順次する。
【0058】
<検出対象物質及び検出対象糖鎖>
本発明に係る検出対象物質は糖鎖を有するHE4であり、検出対象糖鎖は糖鎖の(非還元)末端にβ-N-アセチルガラクトサミン残基、α2,3-シアル酸残基、α2,6-シアル酸残基又はマンノース残基の4種の残基のうちのいずれかの残基を有する糖鎖である。
これらを検出対象とするのは、癌、特に卵巣癌との相関性度が大きいことが、本発明者らのスクリーニングテストなどで確認されているからである。
【0059】
なお、糖鎖は、グルコース、ガラクトース、マンノース、フコース、キシロース、N-アセチルグルコサミン、N-アセチルガラクトサミン、シアル酸などの単糖及びこれらの誘導体がグリコシド結合によって鎖状に結合した分子の総称である。生体高分子の中でも、糖鎖は、非常に多様性に富んでおり、天然に存在する生物が有する様々な機能、例えば、細胞間情報伝達や、タンパク質の機能や相互作用の調整などに深く関わっていることが明らかになりつつある。
【0060】
糖鎖は、生体内でタンパク質や脂質などに結合した複合糖質として存在することが多い。糖鎖を有する生体高分子としては、例えば、細胞の安定化に寄与する植物細胞の細胞壁のプロテオグリカン、細胞の分化、増殖、接着、移動等に影響を与える糖脂質、及び細胞間相互作用や細胞認識に関与している糖タンパク質等が挙げられる。これらの生体高分子に含まれる糖鎖が、この生体高分子と互いに機能を代行、補助、増幅、調節、あるいは阻害しあいながら高度で精密な生体反応を制御する機構が次第に明らかにされつつある。このような糖鎖と細胞の分化増殖、細胞接着、免疫、及び細胞の癌化との関係が明確にされれば、この糖鎖工学と、医学、細胞工学、あるいは臓器工学とを密接に関連させて新たな展開を図ることが期待できる。
【0061】
<糖鎖を有するHE4と親和性のある物質>
本発明に係る糖鎖を有するHE4と親和性のある物質としては、種々の物質を採用し得るが、下記レクチン群(1)~(4)の全体から選択されたいずれかのレクチン又は糖鎖認識抗体であることが好ましい。さらに、前記4種の残基のいずれかを有する前記HE4と親和性のある物質が、ConA、WFA、WFL、SSA又はMAMのいずれかのレクチンであること、特に、ConA、WFA又はSSAのいずれかであることが好ましい。
なお、本願において、「レクチン」とは、細胞膜を構成する糖タンパク質や糖脂質の糖鎖に結合活性を示すタンパク質(糖鎖結合タンパク質)の総称をいう。レクチンの詳細については、後述する。
【0062】
レクチン群:
(1)高マンノース型糖鎖を認識するタンパク質等:
Artocarpin、CRLL、Conarva、CCA、Heltuba、jacalin、Calsepa、MornigaM、UDA、PSA、LTA、LTL、NPA、HHA、HHL、GNL、GNA、AMA、Succinylae及びConA等のレクチンや、抗高マンノース型糖鎖抗体。
【0063】
(2)N-アセチルガラクトサミン残基を認識するタンパク質:
BRL、TJA-II、RCA I、RCA120、BPA、BPL、SBA、WFA、VVA-G、VVA、VVL、PTLI、WBAI、PTLII、WBAII、RCAII、RCA60ricin、WFA,WFL、SBA、GSL、SBA、WSA、WJA及びSIA等のレクチンや、RM2等の抗N-アセチルガラクトサミン残基抗体。
【0064】
(3)シアル酸α2,6-残基を認識するタンパク質:
SNA、EBL、BRL、BRA2、TJA-I、PPL、SNA、SAN-I、SSA、RCA120、RCAI及びAMA等のレクチンや、抗シアル酸α2,6-残基抗体。
【0065】
(4)シアル酸α2,3-残基を認識するタンパク質:
MALII、MAH及びMAM等のレクチンや、抗シアル酸α2,3-残基抗体。
【0066】
本発明において、特に好ましく用いられるレクチンとしては、HE4の糖鎖の(非還元)末端に結合したβ-N-アセチルガラクトサミン残基(GalNAcβ1→R、)α2,3シアル酸残基及びα2,6シアル酸残基、マンノース残基等と親和性のあるレクチンが好ましい。
例えば、特に、β-N-アセチルガラクトサミン残基に対して親和性を有するレクチンとしては、WFA、TJA-II、ECA、RCA120及びDSA等が挙げられる。
α2,3シアル酸残基に対して親和性を有するレクチンとしては、MAL及びMAM等があげられる。また、α2,6シアル酸残基に対して親和性を有するレクチンとしては、SNA、SSA及びTJA-I等が挙げられる。高マンノース(high-Mannose)に対して親和性を有するレクチンとしては、ConA及びUDA等を挙げることができる。
【0067】
なお、TJA-IIは、キカラスウリの塊根から抽出及び精製されるレクチンであり、非還元状態の電気泳動による分子量は64kDaであるが、S-S結合した2量体であり、還元状態の電気泳動による分子量は32kDa及び29kDaを示す。
WFAは、ノダフジの種子から抽出及び精製されるレクチンであり、β-N-アセチルガラクトサミン残基(GalNAcβ1→R)そのものに強い親和性を示す。また、GalNAcβ1→4Gal残基、及びGalNAcβ1→4GlcNAc残基にも強い親和性を示す。
【0068】
本発明の実施形態においては、特に、前記4種の残基のいずれかを有する前記HE4と親和性のある物質が、ConA、WFA、WFL、SSA又はMAMのいずれかノレクチンであること、さらに、ConA、WFA又はSSAのいずれかであることが好ましい。
【0069】
本発明に係る検出方法では、検出対象糖鎖を有する検出対象物(アナライト)を標識するための標識用レクチンとしてレクチンが用いられる。
また、夾雑物が有する検出対象糖鎖をマスキングするためのマスク用糖鎖認識分子としてレクチンが用いられる場合がある。本発明において、マスキングに用いられる糖鎖認識分子はレクチンに限定されるものではなく、例えば検出対象糖鎖をエピトープとして認識し、特異的に結合する抗体も包含されるが、標識用レクチンと同様、安価で大量に入手が可能であり、またタンパク質の安定性にも優れており長期間保存も可能であるという観点からは、レクチンが好適である。
【0070】
レクチンは、その種類に応じた特定の糖鎖に高い結合能で結合するが、それとは別の糖鎖にも低い結合能ながら結合することがある。したがって、本発明の検出方法は、アナライトが有する検出対象糖鎖に高い結合能で結合する一方、夾雑物が有する非検出対象糖鎖にも弱い結合能で結合するレクチンを、標識用レクチンとして用いる場合に適用される。 そして、標識用レクチンが弱い結合能で結合する非検出対象糖鎖に対して強い結合能で結合する糖鎖認識分子をマスク用糖鎖認識分子として用いる。このようなマスク用糖鎖認識分子は、標識用レクチンが強い結合能で結合する検出対象糖鎖に対しては、実質的に結合しないか、弱い結合能で結合する糖鎖認識分子(例えば標識用レクチンとは異なる種類レクチン)である必要がある。
【0071】
<検出対象物質を含む被検試料>
本発明に係る検出方法では、前記検出対象物質(アナライト)を含む可能性のある検体を被検試料とすることができる。前記検出対象物質を含む可能性のある被検試料(検体)は、現実に検出対象物質を含む検体であってもよいし、現実には検出対象物質を含まない被検試料(検体)であってもよい。
このような被検試料としては、例えば、血液、血清、血漿、尿、髄液、唾液、細胞、組織、腹水、又は器官、若しくはそれらの調製物(例えば、生検標本)等の生体試料及び生体由来試料を挙げることができる。特に、がん抗原/腫瘍マーカーを含む可能性のある、血液、血清又は血漿が被検試料として好適である。
【0072】
前記血液、血清、血漿、尿、髄液、唾液、腹水などの液性の試料は、適当な緩衝液により希釈して使用することができる。また、細胞、組織、又は器官などの固形の試料は、固形の試料の体積の2~10倍程度の適当な緩衝液で均一化(ホモジェナイズ)して、懸濁液又はその上清を、そのまま、若しくはさらに希釈して使用することができる。
【0073】
<標識体>
本発明の方法においては、糖鎖を有するHE4(検出対象抗原)を検出するために、レクチンと複合体化させた標識体を用いることが好ましい。そのために、標識体とレクチンとを複合体化(結合)させた、標識化レクチンを用いることが好ましい。
【0074】
標識体としては、蛍光色素(蛍光体)、酵素・補酵素、化学発光物質、放射性物質等の当業者に公知の標識体を用いることができる。
蛍光色素(蛍光体)としては、例えば、フルオレセイン・ファミリーの蛍光色素(Integrated DNA Technologies社)、ポリハロフルオレセイン・ファミリーの蛍光色素(アプライドバイオシステムズジャパン(株))、ヘキサクロロフルオレセイン・ファミリーの蛍光色素(アプライドバイオシステムズジャパン(株))、クマリン・ファミリーの蛍光色素(インビトロジェン(株))、ローダミン・ファミリーの蛍光色素(GEヘルスケア バイオサイエンス(株))、シアニン・ファミリーの蛍光色素、インドカルボシアニン・ファミリーの蛍光色素、オキサジン・ファミリーの蛍光色素、チアジン・ファミリーの蛍光色素、スクアライン・ファミリーの蛍光色素、キレート化ランタニド・ファミリーの蛍光色素、BODIPY(登録商標)・ファミリーの蛍光色素(インビトロジェン(株))、ナフタレンスルホン酸・ファミリーの蛍光色素、ピレン・ファミリーの蛍光色素、トリフェニルメタン・ファミリーの蛍光色素、Alexa Fluor(登録商標)色素シリーズ(インビトロジェン(株))等の有機蛍光色素が挙げられる。
【0075】
また、Eu、Tb等の希土類錯体系の蛍光色素(例えばATBTA-Eu3+)、青色蛍光タンパク質(BFP)、シアン蛍光タンパク質(CFP)、緑色蛍光タンパク質(GFP)、黄色蛍光タンパク質(YFP)、赤色蛍光タンパク質(DsRed)又はAllophycocyanin(APC;LyoFlogen(登録商標))等に代表される蛍光タンパク質、ラテックスやシリカなどの蛍光微粒子等も、蛍光色素として挙げられる。
【0076】
なお、血液検体に由来する試料を分析に供する場合は、血液中の血球成分由来の鉄による吸光の影響を最小限に抑えるため、Cy5やAlexa Fluor 647など、近赤外領域に最大蛍光波長を有する蛍光色素を用いることが望ましい。
放射性物質としては、ラジオアイソトープ(32P、14C、125I、3H、131Iなど)が挙げられる。
【0077】
<検出対象物質、標識用レクチン、マスク用糖鎖認識分子の組合せ>
本発明の検出方法においては、検出対象物(アナライト:検出対象抗原)、標識用レクチン、及びマスク用糖鎖認識分子(レクチン)を組み合せて使用することも好ましい態様である。
がん抗原/腫瘍マーカーなどの検出対象抗原、検体中にそれとともに含まれやすい夾雑物(検出対象抗原以外の糖タンパク質や糖脂質)、それぞれが有する糖鎖の種類を考慮しながら、前者が有する検出対象糖鎖に結合しやすい標識用レクチンと、そのレクチンが同時に結合するおそれのある後者が有する非検出対象糖鎖に結合しやすいマスク用糖鎖認識分子(レクチン)を適宜選択し、組み合わせて用いることも可能である。
【0078】
<HE4抗体等の抗原捕捉物質>
本発明では、HE4(アナライト:検出対象物質)を特異的に認識して結合し、かつ、レクチンによる糖鎖認識を妨げない分子を抗原捕捉物質(リガンド)として用いることができる。
HE4に対応する適切な物質であれば抗原捕捉物質は特に限定されないが、例えば、抗体、アプタマー、合成ペプチド、HE4と結合性のあるPSA、トリプシン、プロテナーゼK等の酵素等を用いることができる。特に、検出対象抗原に対するモノクローナル抗体が好適である。
【0079】
例えば、がん抗原/腫瘍マーカーなどを検出対象抗原とする場合は、その抗原に特異的に結合する抗体(モノクローナル抗体など)を抗原捕捉物質として用いることが適切である。例えば、HE4を抗原とする場合には、抗ヒト-HE4抗体を用いればよい。
【0080】
なお、上記「抗体」は、完全抗体のみならず任意の抗体断片又は誘導体を含む意味で用いられ、完全抗体に加え、Fab、F(ab’)2、CDR、ヒト化抗体、多機能抗体、単鎖抗体(ScFv)等の各種抗体も包含される。
【0081】
<捕捉支持体>
本発明の検出方法においては、測定系に応じて、抗原捕捉物質(リガンド)を固定化する(そこに検出対象物を捕捉する)ための支持体を用いることができる。
支持体としては、例えば、アガロース、セルロースなどの不溶性の多糖類、シリコン樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリアクリルアミド樹脂、ナイロン樹脂、ポリカーボネート樹脂などの合成樹脂や、ガラスなどの不溶性の支持体を挙げることができる。
これらの支持体は、ビーズ(主として球状)、プレート(主として平面状)などの形状で用いられる。ビーズとしては磁気ビーズ、樹脂ビーズ等が充填されたカラムなどが使用できる。プレートの場合、マルチウェルプレート(96穴マルチウェルプレート等)、バイオセンサーチップなどが使用できる。なお、プレート等の平面状の支持体を基板と呼ぶこともある。
【0082】
抗原捕捉物質(リガンド)と支持体との結合は、化学結合や物理的な吸着などの通常用いられる方法により行うことができる。これらの支持体はすべて市販のものが好適に使用できる。
なお、支持体に固定化されており、送液される検体中の検出対象物(アナライト)を捕捉して当該支持体上に固相化することができる状態の抗原捕捉物質(リガンド)を固相化リガンドと呼ぶこともある。
【0083】
(1.1)病態情報生成方法の実施形態
本発明の病態情報生成方法は、癌の罹患又は発症に関する情報を生成する病態情報生成方法であって、被検試料に含まれる、β-N-アセチルガラクトサミン残基、α2,3-シアル酸残基、α2,6-シアル酸残基又はマンノース残基の4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量に関する情報を取得する第1工程と、前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量に基づき、前記被検試料に係る被検者の癌の罹患又は発症に関する情報を生成する第2工程と、を有することを特徴とする。
以下において、基本的な各工程の好ましい態様等について説明する。
【0084】
(a)第1工程
第1工程は、被検試料に含まれる、β-N-アセチルガラクトサミン残基、α2,3-シアル酸残基、α2,6-シアル酸残基又はマンノース残基の4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量に関する情報を取得する工程である。
当該第1工程は、質量分析法又は前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のある第1物質と前記被検試料とを接触させる方法により、前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量に関する情報を測定する工程であることが精度、簡便さ、効率等の観点から好ましい。
【0085】
質量分析法としては、例えば高速液体クロマトグラフ質量分析法(LC-MS)、高速液体クロマトグラムタンデム質量分析法(LC-MS/MS)、ガスクロマトグラム質量分析法(GC-MS)、ガスクロマトグラム質量分析法(GC-MS/MS)、キャピラリー電気泳道質量分析法(CE-MS)及びICP質量分析法(ICP-MS)などを用いることができる。4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のある第1物質と被検試料とを接触させる方法としては、例えばクロマトグラフィー(レクチンカラムなども含む。)などを用いることができる。
【0086】
この場合、前記第1物質が、前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のあるレクチン又は抗体であることが好ましい。さらに、前記第1物質が、前記4種の残基のいずれかを有する前記HE4と親和性のあるレクチンであり、ConA、フジレクチン、SSA又はMAMのいずれかのレクチンであことが好ましい。
なお、前記β-N-アセチルガラクトサミン残基、前記α2,3-シアル酸残基、前記α2,6-シアル酸残基又は前記マンノース残基の4種の残基のうちのいずれかの残基が、HE4の糖鎖の(非還元)末端にあることが好ましい。
【0087】
(b)第2工程
第2工程は、前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量に基づき、前記被検試料に係る被検者の癌の罹患又は発症に関する情報を生成する工程である。
当該第2工程は、前記4種の残基を有するHE4に拘わらず、前記被検試料に含まれる前記全てのHE4の前記総量に対する前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量の比率を算出する工程である態様であることも好ましい。
【0088】
また、第2工程が、前記被検者の癌の罹患又は発症に関する情報として、前記被検者が癌に罹患しているか否か、前記被検者が癌に罹患している確率、前記被検者の癌の悪性度、又は前記被検者の癌のステージに関する情報を生成する工程である態様であることも好ましい。さらに、第2工程が、前記被検者の癌の罹患又は発症に関する情報として、前記被検者が卵巣癌に罹患しているか否かに関する情報を生成する工程である態様も好ましい。
【0089】
(c)第3工程
本発明病態情報生成方法においては、さらに、前記4種の残基を有するHE4に拘わらず、前記被検試料に含まれる全てのHE4の総量を取得する第3工程を有することが、精度の観点から、好ましい。
当該第3工程が、質量分析法又はHE4のポリペプチド鎖部分と親和性のある第2物質と前記被検試料とを接触させる方法により、前記HE4の総量を測定する工程であることが好ましい。
質量分析法としては、例えば前述した各種質量分析法などを用いることができる。HE4のポリペプチド鎖部分と親和性のある第2物質と被検試料とを接触させる方法としては、HE4のポリペプチド鎖部分と親和性のある抗体を用いたクロマトグラフィーや免疫反応(ELISA、ウェスタンブロッティング、金コロイド法、ラテックス凝集法、放射免疫測定法、キャピラリー電気泳道法、酵素活性発光法なども含む)などを用いることができる。
【0090】
また、第3工程が、HE4のポリペプチド鎖部分と親和性のある第2物質と、前記被検試料とを接触させる方法により、前記全てのHE4の前記総量を測定する工程であり、前記第2物質が、前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のある抗体であり、HE4の糖鎖の検出方法が、液体クロマトグラフィーによる分離方法であり、糖鎖を有するHE4を含む被験試料を前記糖鎖を捕捉する機能を有する担体に接触させ、当該糖鎖を当該担体に捕捉する工程を経た後、当該糖鎖を捕捉した担体から当該糖鎖を遊離させる工程であることが好ましい。
【0091】
さらに、第3工程が、質量分析法により、前記全てのHE4の前記総量を測定する工程であり、前記糖鎖を有するHE4から遊離された糖鎖を、クロマトグラフィーにより分離し、糖鎖構造分布を得る工程、及び前記糖鎖構造分布におけるピークの相対的な強度を基準における対応するピークの相対的な強度と比較する工程を含むことが好ましい。
【0092】
本発明においては、前記第2物質が、支持体に固定されており、前記第1工程が、前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のある第1物質と、前記被検試料とを接触させる方法により、前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量を測定する工程であり、前記第1物質が、前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のあるレクチンであり、前記第1物質が、蛍光体により標識されており、前記第1工程は、前記第2物質に捕捉されたHE4と結合した前記第1物質を標識する蛍光体から発せられた蛍光の強度を測定し、前記蛍光の強度に基づき、前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量を算出する工程であることも好ましい。
【0093】
なお、本発明の実施形態としては、前記第1工程を、前記第3工程の前に行う態様であることも精度、簡便さ、効率等の観点から好ましい。また、一方、本発明の別の実施形態としては、前記第3工程を、前記第1工程の前に行うことも好ましい。
【0094】
i)前記第1工程を、前記第3工程の前に行う場合
この場合、前記第1工程が、前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のある第1物質と、前記被検試料とを接触させる方法により、前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量を測定する工程であり、前記第1物質が、前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のあるレクチン又は抗体であることが好ましい。さらに、前記第1物質が、前記4種の残基のいずれかを有する前記HE4と親和性のあるレクチンであり、ConA、フジレクチン、SSA又はMAMのいずれかのレクチンであることが好ましい。
【0095】
また、前記第1物質が、支持体(例えばレクチンカラムの担体)に固定化されており、前記第3工程が、HE4のポリペプチド鎖部分と親和性のある第2物質と、前記被検試料とを接触させる方法により、前記全てのHE4の前記総量を測定する工程であり、前記第2物質が、前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のある抗体であることが本発明の効果発現の観点から好ましい。さらに、前記第1工程が、クロマトグラフィーによる工程であることが好ましい。
【0096】
ii)前記第3工程を、前記第1工程の前に行う場合
この場合、前記第2物質が、支持体に固定されており、前記第1工程が、前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のある第1物質と、前記被検試料とを接触させる方法により、前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量を測定する工程であり、 前記第1物質が、前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のあるレクチンであり、前記第1物質が、蛍光体により標識されており、前記第1工程は、前記第2物質に捕捉されたHE4と結合した前記第1物質を標識する蛍光体から発せられた蛍光の強度を測定し、前記蛍光の強度に基づき、前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量を算出する工程であることが精度等の観点から好ましい。
【0097】
さらに、前記第3工程が、質量分析法により、前記全てのHE4の前記総量を測定する工程であり、前記質量分析法により得られた前記全てのHE4の糖鎖構造分布と、前記糖鎖構造分布におけるピークの相対的な強度を基準における対応するピークの相対的な強度と比較する工程を更に含むことが、上記と同様の観点から、好ましい。
(1.2)HE4糖鎖の検出方法
本発明に係るHE4糖鎖の検出方法は、上記のように、第1工程において、質量分析法又は前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のある第1物質と前記被検試料とを接触させる方法により、前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量に関する情報を測定する態様であることが好ましいが、ここでは、前記4種の残基のうちのいずれかの残基と親和性のある第1物質と前記被検試料とを接触させる方法として、前記レクチンとHE4を含む可能性のある試料とを接触させ、レクチンに親和性のあるHE4の量を検出・測定する方法について詳述する。
より具体的には、次の分析方法(A)及び(B)を挙げることができる。
分析方法(A):特定レクチンにより、当該特定レクチンに親和性のあるHE4と前記レクチンに親和性のないHE4とを分別し、当該レクチンに親和性のあるHE4の糖鎖又は全HE4量を検出(判定する)分析方法(以下、分析方法(A)と称する。)
分析方法(B):特定レクチンと、当該特定レクチンに親和性のあるHE4とが結合した状態で当該レクチンに親和性のあるHE4の量を判定する分析方法
【0098】
《分析方法(A)》
分析方法(A)は、
(a)本発明のレクチンとして例えばβ-N-アセチルガラクトサミン残基と親和性のあるレクチンと、HE4を含む可能性のある試料とを接触させることにより、前記レクチンに親和性のあるHE4と前記レクチンに親和性のないHE4とを分別する段階(以下、「分別段階(a)」ともいう。)、及び
(b)前記試料中のレクチンに親和性のあるHE4の量を判定する段階(以下、「判定段階(b)」ともいう。)
を含む。
【0099】
前記分別段階(a)においてレクチンに親和性のあるHE4とレクチンに親和性のないHE4とを分別する方法は、レクチンとHE4の親和性を利用する方法であれば、特に限定されるものではないが、例えば、担体にレクチンを結合させ、担体に結合したレクチン(以下、「レクチンアフィニティーカラム」又は単に「レクチンカラム」ともいう。)にHE4を含む可能性のある試料を接触させ、レクチンに結合したHE4とレクチンに結合しないHE4を分離することによって行うことができる。
【0100】
担体としては、レクチンを結合させることのできるものであれば、限定されるものではないが、例えば、セファロース、セルロース、アガロース、デキストラン、ポリアクリレート、ポリスチレン、ポリアクリルアミド、ポリメタクリルアミド、スチレンとジビニルベンゼンのコポリマー、ポリアミド、ポリエステル、ポリカーボネート、ポリエチレンオキシド、ヒドロキシプロピルメチルセルロース、ポリ塩化ビニル、ポリメチルアクリレート、ポリスチレン及びポリスチレン・コポリマー、ポリビニルアルコール、ポリアクリル酸、コラーゲン、アルギン酸カルシウム、ラテックス、ポリスルホン、シリカ、ジルコニア、アルミナ、チタニア、セラミックスを挙げることができる。
【0101】
担体の形状も特に限定されるものではないが、粒子状のビーズ、プレート、及びゲルなどの形状の担体を用いることができる。例えば、レクチンに親和性のあるHE4と前記レクチンに親和性のないHE4との分別に、レクチンアフィニティーカラムを用いる場合は、担体はゲルの形状が好ましい。
【0102】
レクチンアフィニティーカラムは、定法に従って作製することが可能である。例えば、CNBr-活性化セファロース4Bを用い、メーカーの推奨するプロトコールに従って、カップリングを行い、レクチンカラムを作製することが可能である。セファロースゲルへのレクチンの結合量は、2~10mg/mLが好ましい。
【0103】
レクチンアフィニティーカラムを用いて、前記レクチンに親和性のあるHE4と前記レクチンに親和性のないHE4とを分別する方法は、通常のレクチンアフィニティーカラムを用いた糖タンパク質の分離方法に従って行うことができる。
レクチンアフィニティーカラムは、HE4を含む可能性のある試料を導入する前に、緩衝液で平衡化させる。平衡化緩衝液としては、例えば、0.1%牛血清アルブミン(BSA)含有リン酸緩衝液、又は0.1%牛血清アルブミン(BSA)含有トリス塩酸緩衝液を用いることができる。
【0104】
カラムを平衡化した後に、HE4を含む可能性のある試料を添加し、一定時間静置し、レクチンとHE4とを接触させる。接触時間は、特に限定されるものではなく、レクチンの種類とHE4の親和性によって、適宜決定することができるが、結合の速度と効率を考慮すると、通常15分~30分で行うことが多い。
レクチンとHE4とを接触させる温度も、特に限定されるものではなく、レクチンの種類とHE4との親和性によって、適宜決定することができるが、カラムの凍結防止やレクチンに親和性のないタンパク質の非特異結合の生成防止を考慮して、0℃~40℃で行うことが可能であり、好ましくは0℃~30℃である。
例えば、TJA-IIとHE4を接触させる温度も特に限定されるものではないが、通常、4℃~10℃で接触させるのが好ましい。また、WFAとHE4とを接触させる温度も特に限定されるものではないが、通常、4℃~10℃で接触させるのが好ましい。
【0105】
次に、レクチンに親和性のある結合画分(以下、「結合画分」ともいう。)と、レクチンに親和性のない非結合画分(以下、「非結合画分」ともいう。)を分別する。
レクチンへの非結合画分は、洗浄用緩衝液をカラムに添加し、素通り画分を回収することによって得ることができる。洗浄用緩衝液は、レクチンとHE4の結合を解離させずに、非結合成分を流出させることのできる緩衝液であれば、限定されるものではないが、例えば、前記平衡化に用いた緩衝液を使用することができる。洗浄用緩衝液の容量は、レクチンの種類とHE4との親和性に応じて、適宜決定することができるが、好ましくはカラム容量の3~7倍であり、より好ましくは5倍程度である。
【0106】
レクチンへの結合画分は、溶出用緩衝液をカラムに添加し、溶出画分を回収することによって得ることができる。溶出用緩衝液は、ハプテン糖を含んでおり、それによりレクチンに結合したHE4をレクチンから分離させることができる。ハプテン糖はレクチンの特異性によって適宜選択することが可能であるが、TJA-IIの場合は、ラクトースなどをハプテン糖として用いることができ、例えば10mMラクトース、0.1%牛血清アルブミン(BSA)含有リン酸緩衝液を用いて、溶出画分を回収することができる。
【0107】
また、WFAの場合は、GalNAcなどをハプテン糖として用いることができ、例えば10mMGalNAc、0.1%牛血清アルブミン(BSA)含有リン酸緩衝液を用いて、溶出画分を回収することができる。溶出用緩衝液の容量は、適宜選択することが可能であるが、好ましくはカラム容量の3~7倍であり、より好ましくは5倍程度である。溶出の温度も特に限定されるものではないが、0~40℃、好ましくは2~25℃、より好ましくは4~20℃で行うことができる。
例えば、TJA-IIからHE4を溶出させる温度は、特に限定されるものではないが、室温で溶出させるのが好ましい。また、WFAからHE4を溶出させる温度も、特に限定されるものではないが、室温で溶出させるのが好ましい。
【0108】
前記判定段階(b)における、レクチンに親和性のあるHE4の量の判定は、
(1)分別されたレクチンに親和性のあるHE4量の測定による判定、
(2)分別前の試料中のHE4量の測定、及び分別されたレクチンに親和性のあるHE4の測定による判定、又は
(3)分別前の試料中のHE4量の測定、及び分別されたレクチンに親和性のないHE4量の測定による判定
を挙げることができる。
【0109】
前記分別されたレクチンに親和性のあるHE4量の測定による判定(1)は、前記レクチンへの結合画分中のHE4量を定量的又は半定量的に測定することによって行うことができる。すなわち、患者の血液中に含まれているレクチンに親和性のあるHE4の絶対量を測定することによって、判定を行うものである。
【0110】
前記分別前の試料中のHE4量の測定、及び分別されたレクチンに親和性のあるHE4量の測定による判定(2)は、分別前の試料中のHE4量(又は、前記レクチンへの結合画分及びレクチンへの非結合画分のHE4量の合計量)と前記レクチンへの結合画分中のHE4量とを比較することによって行うことができる。
具体的には、分別前の試料中のHE4量(又は、前記レクチンへの結合画分及びレクチンへの非結合画分のHE4量の合計量)に対する、前記レクチンへの結合画分中のHE4量の割合を計算することによって、レクチンに親和性のあるHE4の量を判定することが可能であり、例えば、以下のいずれかの式によって求めることができる。
HE4の結合率=(結合画分中のHE4量/結合画分及び非結合画分のHE4の合計量)×100%
HE4の結合率=(結合画分中のHE4量/分別前の試料中のHE4量)×100%
【0111】
また、分別前の試料中のHE4量の測定、及び分別されたレクチンに親和性のないHE4量の測定による判定(3)は、分別前の試料中のHE4量(又は、前記レクチンへの結合画分及びレクチンへの非結合画分のHE4量の合計量)と前記レクチンへの非結合画分中のHE4量とを比較することによって行うことができる。
具体的には、分別前の試料中のHE4量(又は、前記レクチンへの結合画分及びレクチンへの非結合画分のHE4量の合計量)から、前記レクチンへの非結合画分中のHE4量を減算することによって、レクチンに親和性のあるHE4の量を判定することが可能である。例えば、以下のいずれかの式によって求めることができる。
レクチン親和性HE4量=分別前の試料中のHE4量-非結合画分中のHE4量レクチン親和性HE4量=結合画分及び非結合画分のHE4の合計量-非結合画分中のHE4量
【0112】
前記(1)及び(2)の判定では、レクチンに結合したHE4をレクチンから分離してその量を測定するが、前記(3)の判定のうち、分別前の試料中のHE4量と非結合画分中のHE4量とからの判定では、レクチンに結合したHE4量を測定しないため、レクチンに結合したHE4を分離せずに判定することもできる。
また、分取した結合画分及び非結合画分のHE4量は、すべての画分についてHE4量の測定を行うことが好ましいが、予めHE4が含まれる分取画分を調べておき、その画分について測定を行い、HE4の分析を行うことも可能である。
【0113】
前記判定段階(b)において、レクチンに親和性のあるHE4量を判定するためのHE4の測定方法としては、HE4を定量的又は半定量的に判定することのできる方法であれば、特に限定されるものではないが、トータルHE4の測定方法又はフリーHE4の測定方法を用いることができる。
トータルHE4の測定方法又はフリーHE4の測定方法は、定法に従い、抗体又はその断片を用いる免疫学的手法(例えば、酵素免疫測定法、ラテックス凝集免疫測定法、化学発光免疫測定法、蛍光抗体法、放射免疫測定法、免疫沈降法、免疫組織染色法、又はウエスタンブロット等)によって測定することができ、PSA測定キットとして市販されているものを使用することも可能である。
【0114】
後述の実施例の解析により、本発明のHE4の分析方法に用いることのできるMAM 又はWFAを用いたレクチンアフィニティーカラムは、試料中のHE4を約100%(少なくとも、97%以上)回収することが可能であることが分かった。
【0115】
《分析方法(B)》
前記分析方法(B)は、レクチンにより直接レクチンに親和性のあるHE4を検出する方法であるが、具体的には、電気泳動によるレクチンブロット、又はドットブロットによるレクチンブロットを挙げることができる。どちらのレクチンブロットも、定法に従って行うことができるが、電気泳動によるレクチンブロットの場合、HE4を含む可能性のある試料を電気泳動し、ニトロセルロース膜、PVDF膜にHE4を転写し、サンプルメンブレンとして用いる。ドットブロットによるレクチンブロットの場合、ドットブロッティング装置により、HE4を含む可能性のある試料をニトロセルロース膜、又はPVDF膜などに吸着させ、サンプルメンブレンとして用いる。サンプルメンブレンは、ブロッキングバッファーでブロッキングを行い、ビオチン標識したレクチン、例えばビオチン標識WFA又はビオチン標識TJA-IIを含む溶液中で接触させる。その後、発色酵素、又は発光酵素、例えばHRPで標識されたアビジンと接触させ、発色液又は発光液を接触させ、得られたシグナルを検出する。
【0116】
更に、レクチンにより直接レクチンに親和性のあるHE4を検出する方法(B)としては、イムノブロット及び酵素免疫法を一部変更して行うことができる。具体的には、前記HE4に対するモノクローナル抗体又はポリクローナル抗体を、ニトロセルロース膜など、又はELISAプレートなどに固相化し、ブロッキングバッファーでブロッキングを行う。HE4を含む可能性のある試料をニトロセルロース膜、又はELISAプレートなどに接触させ、次にビオチン標識したレクチン、例えばビオチン標識WFA又はビオチン標識TJA-IIを接触させる。その後、発色酵素、又は発光酵素、例えばHRPで標識されたアビジンを結合させ、発色液又は発光液によりシグナルを検出することができる。
【0117】
本発明のHE4の分析方法に用いる被検試料としては、前記被検試料を用いることができるが、血液、血清、血漿、腹水又は卵巣の生検標本が好ましく、特には血液、血清、又は血漿が好ましい。
健常人の血液、血清、又は血漿中のβ-N-アセチルガラクトサミン残基及び/又はα2,3シアル酸残基及びα2,6シアル酸残基を有するHE4と癌患者におけるこれらの糖鎖を有するHE4の含有量又は比率が異なるからである。
【0118】
前記尿、血液、血清、血漿、髄液、唾液、及び腹水などの液性の試料は、前記分析方法(A)又は分析方法(B)において、それぞれの分析方法に応じて適当な緩衝液により希釈して使用することができる。また、細胞、組織、又は器官などの固形の試料は、固形の試料の体積の2~10倍程度の適当な緩衝液で均一化(ホモジェナイズ)して、懸濁液又はその上清を、前記分析方法(A)又は分析方法(B)において、そのまま、又は更に希釈して使用することができる。
【0119】
例えば、前記分析方法(A)において、レクチンアフィニティーカラムを用いる場合、前記液体試料、又は固形の試料の懸濁液若しくはその上清は、適当な緩衝液により希釈して用いることができる。希釈倍率は、レクチンとHE4との結合が阻害されなければ、特に限定されないが、好ましくは2~400倍であり、より好ましくは2~300倍であり、最も好ましくは4~200倍である。
また、レクチンアフィニティーカラムにアプライする試料の容量は、カラムのベッドボリュームの40%以下が好ましく、30%以下がより好ましく、20%以下が、最も好ましい。例えば1mLのベッドボリュームのレクチンアフィニティーカラムを用いる場合、400μL以下が好ましく、300μL以下がより好ましく、200μL以下が最も好ましい。
【0120】
<サンドイッチ型アッセイ->
本発明に係るサンドイッチ型アッセイは、標識化レクチン及び測定領域に固相化された捕捉物質を用いて、検出対象物質としてのHE4を定量するためのサンドイッチ型アッセイであって、測定領域に非特異的に吸着した夾雑物が有する、検出対象物質と同じ糖鎖への標識レクチンの結合を抑制する処理を含む。
なお、「測定領域」は、詳細は後述するが、そこから発せられる蛍光の強度が測定される領域(空間)であって、固相化された捕捉物質、それを担持している支持体、さらにそれらを載せている部材の表面などを含む領域を指す。
【0121】
測定領域に非特異的に吸着した夾雑物が有する、検出対象物質と同じ糖鎖への標識化レクチンの結合を抑制する処理は特に限定されるものではなく、その夾雑物の種類(糖タンパク質か、糖脂質か)の他、検出対象物質、捕捉物質、標識化レクチン、測定系などに応じて改変することが可能である。
本明細書では主に、夾雑物が検出対象物質と同じ糖鎖を有するHE4である場合の実施形態に即して本発明を説明するが、夾雑物が検出対象物質と同じ糖鎖を有する糖タンパク質以外の物質、例えば糖脂質である場合についても、その説明を応用して、所期の作用効果が奏されるように本発明を実施することが可能である。
【0122】
<SS結合開裂剤>
本発明の典型的な実施形態において、測定領域に非特異的に吸着した夾雑物は、検出対象物質と同じ糖鎖を有する糖タンパク質である。この場合、その糖鎖への標識化レクチンの結合を抑制する処理は、ジスルフィド結合を開裂する作用を呈する物質(本明細書において「SS結合開裂剤」と称する。)を夾雑物としての糖タンパク質に接触させることにより、検出対象物質と同じ糖鎖を含むドメインを遊離させる処理であることが好適である。
【0123】
夾雑物のジスルフィド結合を開裂する作用を呈する物質(SS結合開裂剤)は特に限定されるものではないが、例えば還元剤、すなわち-S-S-の架橋構造を-SH及びHS-の2つのスルフヒドリル基(チオール基)に還元する作用を呈する化合物が好適である。
【0124】
還元剤は特に限定されるものではなく、タンパク質のジスルフィド結合を開裂するために用いられている各種の還元剤の中から選択することができる。そのような還元剤としては、例えば、亜硫酸、次亜硫酸、亜リン酸、次亜リン酸などの低級酸素酸塩、水酸化アルカリ、求核剤となるチオール塩などが挙げられる。具体的には、例えば、メタ重亜硫酸ナトリウム、チオグリセロール、トルエンチオスルフィン酸ナトリウム、2-メルカプトエタノール、ジチオスレイトール(DTT)、2-メルカプトエチルアミン塩酸塩、臭化2-アミノエチルイソチオウロニウム臭化水素酸塩、トリス(2-カルボキシエチル)ホスフィンなどを用いることができ、これらの中では特にメタ重亜硫酸ナトリウムが好ましい。
SS結合開裂剤としては上記のような化合物以外にも、ジスルフィド還元酵素(ジスルフィドレダクターゼ)を用いることができる。
【0125】
<カラムクロマトグラフィー>
カラムクロマトグラフィーを用いた分析(測定)方法としては(a)検体由来の試料からHE4を精製する工程と、(b)前記工程(a)で精製したHE4からHE4誘導体を調製する工程と、(c)前記工程(b)で得られたHE4誘導体を標識する工程と、(d)前記工程(c)で得られた標識化HE4誘導体を高速液体クロマトグラフィー、キャピラリー電気泳道等のクロマトグラフィーを用いて高マンノース型糖鎖、N-アセチルガラクトサミン残基、シアル酸α2,6-残基、シアル酸α2,3-残基に起因するシグナルを検出することにより、HE4上の糖鎖構造の解析を行う。
【0126】
例えば、工程(1)では血清検体中のアルブミンをproteinAアガロース(PIERCE)などを用いて除去する工程、HE4タンパクを、抗HE4抗体を備え付けたビーズ等を用いてHE4タンパクを精製する工程等が挙げられる。工程(b)では工程(a)で回収したHE4タンパクプロテイナーゼK、サーモリシン等を用いて、糖鎖とHE4タンパクを切断する工程等がある。
工程(c)では、工程(b)で調整されたHE4誘導体にBOA、PA、2-AA、2-AB等の糖鎖のアルデヒド基と結合するような化合物でラベル化する方法がある。
なお、前記レクチンアフィニティーカラム(「レクチンカラム」ともいう。)を高速液体クロマトグラフィー装置に装着して測定する方法も好ましい。
【0127】
<質量分析法>
前記カラムクロマトグラフィー法の前記工程(a)~(b)と同様に調製されたHE4誘導体を質量分析法によって分析する工程を含む。
質量分析法としては、LC-MS、MALDI-ToF-MS、GC-MS等を使用することができる。質量分析の方法としては、下記のような方法で実施することができる。質量分析において、測定対象の試料をイオン化した後、生成された様々なイオンを質量分析装置に送り込み、イオンの質量数m、価数zの比である質量対電荷比m/z毎に、イオン強度を測定する。この結果得られたマススペクトルは、各質量対電荷比m/z値に対する、測定されたイオン強度のピーク(イオンピーク)からなる。
【0128】
このように、試料をイオン化した、そのものを質量分析することをMS1と呼ぶ。多段解離が可能なタンデム型質量分析装置では、MS1で検出されたイオンピークのうち、ある特定の質量対電荷比m/zの値を有するイオンピークを選定して(選択したイオン種を親イオンと呼ぶ。)、更に、そのイオンを、ガス分子との衝突等により解離分解し、生成した解離イオン種に対して、質量分析して、同様にマススペクトルが得られる。ここで、親イオンをn段解離して、その解離イオン種を質量分析することをMSn+1と呼ぶ。このように、タンデム型質量分析装置では、親イオンを多段(1段、2段、…、n段)に解離させ、各段階で生成したイオン種の質量数を分析する(MS2、MS3、…、MSn+1)。
【0129】
<表面プラズモン励起増強蛍光分光:SPFS)法>
本発明の検出方法に用いる測定法として、表面プラズモン励起増強蛍光分光(surface plasmon-field enhanced fluorescence spectroscopy:SPFS)法が好適に用いられる。SPFSは、誘電体部材上に形成された金属薄膜に全反射減衰(ATR)が生じる角度で励起光を照射したときに、金属薄膜を透過したエバネッセント波が表面プラズモンとの共鳴により数十倍~数百倍に増強されることを利用して、金属薄膜近傍に捕捉されたアナライト(分析対象物)を標識する蛍光体を効率的に励起させ、その蛍光シグナルを測定する方法である。このようなSPFSは、一般的な蛍光標識法などに比べて極めて感度が高いため、サンプル中にアナライトがごく微量しか存在しない場合であってもそれを定量することができる。
【0130】
<SPFS用測定部材>
SPFS用測定部材は、一般的に、サンドイッチ型免疫複合体を形成してSPFSによる蛍光測定を行うための場(測定領域)が形成されているセンサチップと、サンドイッチ型免疫複合体の形成などに用いられる各種の溶液(アナライトを含む試料、標識リガンド溶液、その他の反応試薬等)を測定領域上に保持することのできる、流路又はウェルを構築するための部材とを積層化した構成をとる。
【0131】
センサチップは、基本的に、金属薄膜の裏面に励起光を導入するための透明支持体と、当該透明支持体上に形成された、表面プラズモン共鳴を発生させるための金属薄膜と、当該金属薄膜上に形成された、アナライトをセンサ表面に捕捉するための反応層とを含み、さらに必要に応じて、金属薄膜と反応層の間に形成された、蛍光体が金属薄膜に近接しすぎることにより起こる蛍光の金属消光を防止するためのスペーサ層を含んでいてもよい。
【0132】
反応層が形成されている部位が測定領域に相当する。流路又はウェルの底面全域に反応層を形成して測定領域としてもよいし、底面の一部のみに(必要であれば所望のパターニングで)反応層を形成して測定領域としてもよい。測定領域の面積は、一般的にレーザー光として照射される励起光の照射面積を考慮しながら調整することができる。例えば、励起光のスポット径が1mmφ程度であれば、上記アッセイエリアは通常、少なくとも数mm四方の面積を有するものとなるよう設計される。
【0133】
SPFSのシステムを、密閉流路を通じて各種の溶液を送液する「流路型」とする場合、センサチップの上に、流路を形成するための穴のあいた「フローセル」を積載し、必要に応じてさらにその上に、上記フローセルの穴に対応する位置に送液導入口及び送液排出口のあいた「天板」を積載し、これらを密着させて固定するようにして、測定部材を構築する。上記フローセルの穴に対応する位置のセンサチップ表面が、流路の底面をなし、そこに測定領域が形成される。流路型の場合、例えばポンプやチューブを含む送液手段を用いて、各種の液体を送液導入口から流路内に送液して送液排出口から排出することができ、必要に応じて往復型、循環型の送液を行うこともできる。送液速度や送液(循環)時間などの条件は、試料の量や試料中のアナライトの濃度、流路ないしウェルのサイズや反応層の態様(固相化リガンドの密度等)、ポンプの性能等を考慮しながら、適宜調整することができる。
【0134】
一方、SPFSのシステムを、上記流路よりも広い空間に各種の溶液を貯留させる「ウェル型」とする場合、センサチップの上に、ウェルを形成するための貫通孔を有する「ウェル部材」を積載して固定することにより測定部材を構築する。ウェル型の場合、例えばピペット状の部材を用いて、各種の液体をウェルに添加し、除去することができる。
【0135】
上記フローセルは、例えばシート状のポリジメチルシロキサン(PDMS)製とすることができる。上記天板は、測定領域から発せられる蛍光を測定できるよう透明性を有する材料で作製され、例えばプレート状のポリメタクリル酸メチル(PMMA)製とすることができる。あるいは、フローセル及び天板を、成形加工やフォトリソグラフィにより所望の形状にしたプラスチック製とすることも可能である。
【0136】
センサチップ上にフローセル又はウェル部材を密着させて固定する手段は特に限定されるものではなく、一般的には物理的に上下から圧力をかけるようにすればよく、必要であれば、透明支持体と同じ光屈折率を有する接着剤、マッチングオイル、透明粘着シートなどを用いてもよい。
【0137】
<SPFS用測定装置>
本発明に係る測定法は、一般的なSPFS用測定装置を使用して実施することができる。SPFS用測定装置は、基本的に、SPFS用測定部材が着脱可能となっており、使用する蛍光体に応じた適切な波長の励起光(好適にはレーザー光)を照射するための光源、励起光をセンサチップの金属薄膜の裏面に所定の角度で入射させるためのプリズム(透明支持体が平面基板状のセンサチップを使用する場合)、金属薄膜で反射した光を受光しその強度を測定する受光器、蛍光体から発せられる蛍光を集光するためのレンズ及びその蛍光の強度を測定するための検出器、励起光及び蛍光から所定の波長を有する光のみを透過させそれ以外の光をカットするための各種のフィルタなどを備える。
【0138】
より具体的な態様は、例えば、特開2010―145272号公報、特開2011-80935号公報、特開2008-102117号公報、特許第3562912号公報など、各種の文献を参照することができる。
【0139】
以下、より詳細なSPFS用測定装置の構成例について説明する。
図1は、本発明のアナライトの定量測定方法を説明する定量測定装置の概略を模式的に示す概略図、図2は、図1の定量測定装置の部分拡大図である。
【0140】
図1及び図2に示すように、本発明の定量測定装置10は、鉛直断面形状が略台形であるプリズム形状の誘電体部材12と、この誘電体部材12の水平な上面12aに形成された金属膜14とを有するセンサチップ16を備えており、このセンサチップ16は、定量測定装置10のセンサチップ装填部18に装填されている。
【0141】
また、誘電体部材12の下方の一方の側面12bの側には、図に示すように、光源20が配置されており、この光源20からの入射光22が、誘電体部材12の外側下方から、誘電体部材12の側面12bに入射して、誘電体部材12を介して、誘電体部材12の上面12aに形成された金属膜14に向かって照射されるようになっている。
【0142】
また、光源20と誘電体部材12との間には、光源20から照射されるレーザー光を、金属膜14上で表面プラズモンを効率よく発生させるP偏光とするための偏光フィルタを設けることもできる。
【0143】
また、誘電体部材12の下方の他方の側面12cの側には、図1に示すように、入射光22が金属膜14によって反射された金属膜反射光24を受光する受光手段26が備えられている。
【0144】
なお、光源20には、光源20から照射される入射光22の、金属膜14に対する入射角α1を適宜変更可能とする入射角調整手段(図示せず)が備えられている。一方で、受光手段26にも、図示しない可動手段が備えられており、金属膜反射光24の反射角が変わった場合にも、光源20と同期して、確実に金属膜反射光24を受光するように構成されている。
【0145】
なお、センサチップ16、光源20、受光手段26によって、本発明の定量測定装置10のSPR(Surface plasmon resonance:表面プラズモン共鳴)測定を行うSPR測定部28が構成されている。
また、センサチップ16の上方には、後述するような蛍光物質が励起されて発光した蛍光30を受光するための光検出手段32が備えられている。
【0146】
なお、センサチップ16と、光検出手段32との間には、例えば、カットフィルタや集光レンズなどを設けることもできる。
なお、センサチップ16、光源20、光検出手段32によって、本発明の定量測定装置10のSPFS測定を行うSPFS測定部34が構成されている。
【0147】
また、受光手段26及び光検出手段32は、それぞれ、定量演算手段40に接続されており、受光手段26によって受光した金属膜反射光24の光量と、光検出手段32によって受光した蛍光30の光量とが、定量演算手段40に送信されるように構成されている。
【0148】
また、本実施例のセンサチップ16では、金属膜14の上面14aに微細流路36が形成されている。この微細流路36の一部には、検出対象抗原(アナライト)と特異的に結合する分子(リガンド)が固相化されたセンサ部38が設けられている。
【0149】
[2] 病態情報生成システム
本発明の病態情報生成システムは、癌の罹患又は発症に関する情報を生成する病態情報生成システムであって、被検試料に含まれる、β-N-アセチルガラクトサミン残基、α2,3-シアル酸残基、α2,6-シアル酸残基又はマンノース残基の4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量に関する情報を取得する第1工程部と、前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量に基づき、前記被検試料に係る被検者の癌の罹患又は発症に関する情報を生成する第2工程部と、を有することを特徴とする。
実施形態としては、本発明の上記病態情報生成方法を実施するためのシステムであることが好ましい。
【0150】
[3]HE4糖鎖分析キット
本発明のHE4糖鎖分析キットは、本発明のHE4糖鎖分析キットは、糖鎖を有するHE4及び抗HE4抗体を含むHE4糖鎖分析キットであって、本発明の上記病態情報生成方法を実施するための分析キットであることを特徴とする。また、糖鎖を有するHE4及び抗HE4抗体を含むHE4糖鎖分析キットであって、前記糖鎖の(非還元)末端にβ-N-アセチルガラクトサミン残基、α2,3-シアル酸残基、α2,6-シアル酸残基又はマンノース残基を有するHE4と親和性のある物質及び抗HE4抗体を含むことを特徴とする。
【0151】
実施形態としては、前記HE4と親和性のある物質が、前記レクチン群(1)~(4)の全体から選択されたいずれかのレクチンであることが、本発明の効果発現の観点から好ましい。また、前記HE4と親和性のある物質が、前記レクチン群(1)~(4)のうち、複数の群から選択された2種以上のレクチンであることが好ましい。
【0152】
本発明のHE4糖鎖分析キットとしては、正確な測定を行う観点から、前記レクチン、と抗HE4抗体と、分析用基板とを組み合わせた構成であることが好ましい。また、前記レクチンが蛍光体を備え付けていることが好ましい。さらに、蛍光体を備え付けた、WFA又はMAMの少なくとも一種のレクチンを含むことが好ましい。
【0153】
実施形態としては、さらに、正確さ、簡便さの観点から、クロマトグラフィー装置を備えた構成であることが好ましい。また、さらに、クロマトグラフィー測定のためのラベル化試薬を備えた構成であることが好ましい。
【0154】
図3に本発明のHE4糖鎖分析キットの一例の模式図を示す。本発明のHE4糖鎖分析キット50の一形態例は、図3に示すように、少なくとも検体保持ウェル51、検体回収ウェル52、薬剤用ウェル53及び検体チップ54が連結し、一体化されており、注入された検体等の液体を送液しながら、検出ができるようになっている。例えば、国際公開第2017/130369号に開示されている検出用カートリッジが参考となる。
【0155】
なお、薬剤回収ウェル53には、糖鎖の末端にβ-N-アセチルガラクトサミン残基、α2,3-シアル酸残基、α2,6-シアル酸残基又は高マンノース残基を有するHE4と親和性のある物質、又はHE4抗体のようなHE4ペプチドに親和性のある物質をウェル内に保持することができる。前記HE4糖鎖と親和性のある物質とHE4抗体の両方を薬剤ウェル内に備え付けておいてもよい。
本発明のHE4糖鎖分析キットは、前記本発明のHE4糖鎖の検出方法を実施するためのキットとして好ましく適用できる。
【0156】
[4] 癌検査法
本発明の病態情報生成方法は、癌の罹患又は発症に関する情報を生成する病態情報生成方法であって、被検試料に含まれる、β-N-アセチルガラクトサミン残基、α2,3-シアル酸残基、α2,6-シアル酸残基又はマンノース残基の4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量に関する情報を取得する第1工程と、前記4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4の量に基づき、前記被検試料に係る被検者の癌の罹患又は発症に関する情報を生成する第2工程と、を有することを特徴とする。
【0157】
本発明の病態情報生成方法は、癌の診断又は発症を予測するためにHE4糖鎖の検出を行う癌検査法であって、特定レクチンに親和性のある糖鎖を有するHE4の糖鎖の定量値、又は全HE4の定量値に対する前記糖鎖の定量値の比率に基づき、被験者が、患者が卵巣癌に罹患しているかどうかを評価することを特徴とする。また、卵巣癌患者の癌の悪性度又はステージを評価することを特徴とする。
【0158】
前記HE4糖鎖の分析方法により、試料中のレクチンに親和性のあるHE4の量を分析することにより、卵巣癌の罹患の可能性及び悪性度等を鑑別することができる。
前記HE4の分析方法により、レクチンに親和性のあるHE4の量を測定し、健常人から採取した血液等中のレクチンに親和性のあるHE4の量と比較することにより、前記患者が卵巣癌であるか否かを判定することができる。より具体的には、健常人の試料中に存在するレクチンに親和性のあるHE4と比べて、前記患者の試料中に存在するレクチンに親和性のあるHE4が有意に多い場合に前記患者は卵巣癌であると判定することができる。
【実施例
【0159】
以下に実施例及び比較例を示し本発明の具体的な説明を行うが、これらは本発明の範囲を限定するものではない。
【0160】
[実施例1]:レクチンカラム法によるGalNAcHE4の定量
本実施例1では、レクチンとしてWFAを用いたWFAカラムを作製して、卵巣癌と診断された患者及び、非癌検体である、健常者、子宮内膜症患者について、本発明に係るHE4糖鎖分析方法により、糖鎖の末端にβ-N-アセチルガラクトサミン残基を有するHE4(「GalNAcHE4」と略記する。)の量を測定した。
【0161】
(WFAカラムの作製)
WFAアガロースゲル(J-ケミカル製、MAM濃度3mg/mL)を1.5mLをPierce(登録商標) Disposable Columns(Thermo Fisher Scientific製)に加え、1mLあたり0.5mgの密度でWFAが結合したセファロース溶液を充填したWFAカラムを作製した。
【0162】
(HE4糖鎖の量を測定)
4℃の条件下で、WFAセファロース溶液2mLを0.1%牛血清アルブミン(BSA)含有リン酸緩衝液で平衡化した。血清試料1~50μLをリン酸緩衝液で希釈し、200μLとして、カラムにアプライし、30分保持した。その後、5倍容量の洗浄用緩衝液(0.1%BSA含有リン酸緩衝液)でカラムを洗浄し、各1mLずつ分画してWFA非結合画分を得た。カラムを室温に戻した後、5倍容量の溶出緩衝液(10mMラクトース、0.1%BSA含有リン酸緩衝液)で、1mLずつ分画して溶出し、WFA結合画分を得た。
【0163】
WFAカラムによる分別前の血清試料、WFA非結合画分、及びWFA結合画分について、トータルHE4量を、ARCHITECT i1000SR(abbott社製)を用いて測定した。
WFAカラムからのHE4回収率は常に97%~100%であった。表Iに分別前の全(total)He4量、WFA結合比率(GalNAcHE4比率)、卵巣癌患者のグレード(grade)の値を示す。
【0164】
なお、WFA結合率は次の式により計算した。
WFA結合率=(WFA結合画分中のHE4量/(WFA結合画分のHE4量+WFA非結合画分中のHE4量)×100%
また、WFA結合率は検体中の全HE4に対する、末端GalNAc糖鎖HE4を示している。なお、total HE4はすべての糖鎖構造を含めたHE4タンパク質の濃度を表す。
上記測定の結果を表Iと図4に示す。
【0165】
【表1】
【0166】
表I及び図4に示した結果から、卵巣癌のグレードが高くなるにしたがって、全HE4(total HE4)のうち、GalNAc末端を持つ糖鎖の含有比率が低下していることが、特に当該含有比率の平均値の対比によって、明らかに分かる。
卵巣癌患者について、HE4タンパクの糖鎖構造含有率が変化しおり、卵巣癌の診断において、全HE4のうちGalNAcHE4の含有比率から、卵巣癌検体におけるグレード診断情報が得られることが分かる。
【0167】
[実施例2]:レクチンカラム法による各種糖鎖を有するHE4の定量
(癌細胞の培養)
JCRB細胞バンク購入より購入した卵巣癌細胞(細胞番号JCRB1046、細胞名OVSAHO)の培養を行った。
RPMI 1640 Medium11875-093 20mLに、OVSAHO細胞懸濁液を2.7~4.2×10cells/mLの濃度になるように加え、Nunc細胞培養用処理済みEasYFlaskに加えて、36.7℃、CO25%濃度環境下で3日間培養した。細胞培養した上清を回収し卵巣癌細胞培養上清を作製した。
【0168】
(レクチンカラムの作製)
実施例1のWFAアガロースの代わりに、ConA、AAL MAM、SSAをアガロースに結合させたレクチンアガロースを、WFAアガロースを用いたレクチンカラムと同様の方法で、レクチンカラムを作製した。
(各種HE4糖鎖の量を測定)
上記で作製した各種レクチンカラムを実施する検体試料(サンプル)としては、上記培養した卵巣癌細胞の培養上清と、健常者女性の血清を用い、実施例1と同様にレクチンカラムを用いて測定した。結果を表IIに示す。
【0169】
【表2】
【0170】
表IIに示した結果から分かるように、健常者から分泌されるHE4と、卵巣癌細胞から分泌されるHE4では、その糖鎖構造が異なっており、トータルHE4の量に対して、β-N-アセチルガラクトサミン(GalNAc)、高マンノース、フコース残基を持つHE4の含有比率は癌化に伴い低下する。
【0171】
特にβ-N-アセチルガラクトサミン残基の糖鎖を持つHE4の含有比率が変化していることが分かる。また、α2,3-シアル酸、α2,6-シアル酸の含有比率(分泌量)は増加することが分かる。
上記結果から分かるように、β-N-アセチルガラクトサミン残基の糖鎖を持つHE4は、他種の残基の糖鎖を有するHE4より、含有比率の変化が比較的著しいことから、癌か非癌かの鑑別において特に有用である。
【0172】
[実施例3]:表面プラズモン励起増強蛍光分光法による測定
本実施例3では、表面プラズモン励起増強蛍光分光法(「SPFS」)により、次のようにして測定した。
【0173】
(プラズモンセンサの作製)
厚さ1mmのガラス製の透明平面基板「S-LAL10」((株)オハラ製、屈折率〔nd〕=1.72)を、プラズマドライクリーナー「PDC200」(ヤマト科学(株)製)でプラズマ洗浄した。プラズマ洗浄された該基板の片面に、まずクロム膜をスパッタリング法により形成し、さらにその表面に金膜をスパッタリング法により形成した。このクロム膜の厚さは1~3nm、金膜の厚さは44~52nmであった。
【0174】
次いで、このようにして得られた基板を25mg/mLに調整した10-カルボキシ-1-デカンチオールのエタノール溶液10mLに24時間浸漬し、金膜の表面に自己組織化単分子膜(Self-Assembled Monolayer;SAM)を形成した。この基板をエタノール溶液から取り出し、エタノール及びイソプロパノールで順次洗浄した後、エアガンを用いて乾燥させた。
続いて、分子量50万のカルボキシメチルデキストラン〔CMD〕を1mg/mLと、N-ヒドロキシコハク酸イミド〔NHS〕を0.5mMと、水溶性カルボジイミド〔WSC〕を1mMとを含むPBSにSAMを形成した基板を1時間浸漬し、SAMにCMDを固定化し、1NのNaOH水溶液に30分間浸漬することで未反応のコハク酸エステルを加水分解させた。
【0175】
得られた基板の表面(金膜+SAM+3次元構造を有する固相化層がこの順で形成されている表面)に、2mm×14mmの穴を有する厚さ0.5mmのシート状のシリコンゴムスペーサを設け、該表面が流路の内側となるように基板を配置し(ただし、該シリコンゴムスペーサは送液に触れない状態とする。)、流路の外側から基板を覆うように厚さ2mmのポリメチルメタクリレート板を乗せ圧着し、ビスで流路と該ポリメチルメタクリレート板とを固定した。
【0176】
送液として超純水を10分間、その後PBSを20分間、ペリスタポンプにより、室温、流速500μL/minで循環させた。続いて、NHSを50mMと、WSCを100mMとを含むPBSを5mL送液し、20分間循環送液させた後に、抗HE4モノクローナル抗体(3C24;hytest製)溶液2.5mLを30分間循環送液することで、3次元構造を有する固相化層上に一次抗体を固相化した。最後に質量1%牛血清アルブミン〔BSA〕を含むPBS緩衝生理食塩水にて、30分間循環送液することで非特異吸着防止処理を行うことで、プラズモンセンサを作製した。
【0177】
(蛍光標識MAMの作製)
MAM(J110、Jケミカル社製)を、Alexa Fluor(商標名)647タンパク質ラベリングキット(インビトロゲン社)を用いて蛍光標識化した。手順はそのキットに添付されたプロトコールに従った。未反応のレクチン及び蛍光色素を除去するため、限外濾過膜(日本ミリポア(株)製)を用いて反応物を精製し、Alexa Fluor 647標識MAM溶液を得た。吸光度を測定してその溶液のAlexa Fluor 647標識MAMの濃度を求めた。
蛍光標識MAM濃度を5μg/mLになるように、3%BSA(boval社製)、PBS(日本ジーン社製)溶液に添加した。
【0178】
(血液検体の調製)
癌の疑いがある患者に由来する血清サンプル及び、癌の確定診断を受けた患者に由来する血清サンプルそれぞれについて、リン酸緩衝溶液にて3~54倍希釈し、血清検体を調整した。
【0179】
(SPFSによる測定)
第1洗浄工程:Tween(登録商標)20を0.05質量%含むトリス緩衝生理食塩水を10分間、循環送液した。
ブランク測定工程:トリス緩衝生理食塩水で流路を満たした状態で、波長635nmのレーザー光を、光学フィルタによりフォトン量を調節し、プリズムを通じて、プラズモン励起センサーの裏面から金属薄膜に照射した。測定領域の上部に設置された、倍率20倍の対物レンズを付けたCCDイメージセンサー(テキサスインスツルメント(株))で、蛍光成分以外の波長をカットするフィルタを通過した光の強度を測定した。この測定値は、MAMを標識した蛍光体が発する蛍光を含まないノイズ値であるので、ブランク値とする。
第1次反応工程:前記抗HE4抗体固相化領域が形成された流路に、前記調整した血清検体を30分間循環送液した。
【0180】
第2洗浄工程:Tween(登録商標)20を0.05質量%含むトリス緩衝生理食塩
第2次反応工程:前記調整した標識MAM溶液を10分間循環送液した。
【0181】
第3洗浄工程:Tween(登録商標)20を0.05質量%含むトリス緩衝生理食塩水を10分間、循環送液した。
【0182】
シグナル測定工程:トリス緩衝生理食塩水で流路を満たした状態で、波長635nmのレーザー光を、光学フィルタによりフォトン量を調節し、プリズムを通じて、プラズモン励起センサーの裏面から金属薄膜に照射した。測定領域の上部に設置された、倍率20倍の対物レンズを付けたCCDイメージセンサー(テキサスインスツルメント(株))で、蛍光成分以外の波長をカットするフィルタを通過した光の強度を測定した(シグナル値)。この測定値は、HE4抗体に結合したHE4上に存在する、α2,3-シアル酸残基(以下、「sia2,3」と略記する。)を有する糖鎖(sia2,3-糖鎖)に結合したMAMを標識した蛍光体が発する蛍光であり、シグナル測定工程から得られた蛍光光量からブランク測定工程において得られた蛍光光量を差し引いた値に検体を希釈した倍率をかけたものをsia2,3-糖鎖量の定量値(相対的蛍光強度値;単位:pW)とした。表III及びIVの実施例(sia2,3-HE4)の欄に示した数値は、当該蛍光強度値である。
【0183】
【表3】
【0184】
【表4】
【0185】
(ROC曲線の算出方法)
表III及び表IVに示した結果より求めたROC曲線を図5図6(A、B、C)及び図7(A、B、C)に示す。
なお、(1)癌検体と非癌検体(健常者と子宮内膜症患者を含む)、(2)50歳以下の癌患者と非癌検体(健常者と子宮内膜症患者)、及び(3)グレード1の癌検体と非癌検体(健常者と子宮内膜症患者)の比較より求めたROC曲線をそれぞれ、図5~7に示す。当該図に基づいて決定されるROC曲線の曲線下面積(ROC-AUC)等を表Vにまとめて示す。
【0186】
なお、ここで示すROC曲線線(「受診者動作特性曲線」ともいう。)は、横軸に偽陽性率、縦軸に感度をプロットし、閾値を媒介変数として大から小へ変化させるときに描かれる曲線である。はじめは、陽性者も陰性者も捕捉しにくいので、どちらも小さな値をとるが、次第に感度が上がり、遅れて偽陽性度が上がる。最終的には、感度も偽陽性度も100%になる。バイオマーカーが有能であれば、ROC曲線は45度の傾斜から左上に離れる。すなわち、ROC曲線の曲線下面積(ROC-AUC)は、バイオマーカーの性能を表す。
【0187】
【表5】
【0188】
表III~V及び図5~7に示した結果から、本発明に係るバイオマーカーであるα2,3-シアル酸末端HE4のROC曲線は0.7を超えていることから優れたバイオマーカーであることが分かる。特に50歳以下の癌患者と非癌患者の診断においては、トータルHE4、ROMAと比較して、α2,3-シアル酸HE4の評価結果に基づくROC曲線下面積が最も大きいことから、本発明に係るα2,3-シアル酸は優れたバイオマーカーであることが分かる。
なお、表Vに示したようにROC曲線の曲線下面積(ROC-AUC)が0.7を超えたこと、そして最適な閾値での感度及び特異度が高いことは、本発明のバイオマーカーの診断性能が高いことを示している。
【0189】
図8に、実施例3の測定結果から得られた、α2,3-シアル酸残基末端を持つHE4タンパク量と、卵巣癌のグレード(健常者、G1、G2、及びG3)との関係を示す。Y軸はα2,3-シアル酸定量値であるΔS値の対数でプロットしている。
得られた結果から、卵巣癌のグレードが高いほど、α2,3-シアル酸残基末端を持つHE4の量が増加していることが分かる。HE4タンパクの糖鎖構造含有率が変化しおり、卵巣癌の診断において、α2,3-シアル酸残基を有する糖鎖を持つHE4量が、卵巣癌のグレードと相関があることが分かる。
【0190】
<結論>
以上の結果に基づき、β-N-アセチルガラクトサミン残基、α2,3-シアル酸残基、α2,6-シアル酸残基又はマンノース残基の4種の残基のうちのいずれかの残基を有するHE4が、卵巣癌のバイオマーカーになり得ることが示された。
したがって、本発明により、卵巣癌を含む癌の罹患又は発症に関する情報を生成する病態情報生成方法及び病態情報生成方法システムを提供することができる。すなわち、簡易かつ安価な方法で、卵巣癌に関連して発現するHE4を効果的に検出することができるため、卵巣癌の早期発見、診断及び治療が可能になる。また、本発明の方法により、患者血液を用いて卵巣癌を低侵襲的に検出できるため、卵巣癌を簡便かつ迅速に検出することが可能になる。
【産業上の利用可能性】
【0191】
本発明は、医療の分野において利用することができる。
【符号の説明】
【0192】
10 定量測定装置
12 誘電体部材
12a 上面 12b 側面
12c 側面
14 金属膜
14a 上面
16 センサチップ
18 センサチップ装填部
20 光源
22 入射光
24 金属膜反射光
26 受光手段
28 SPR測定部
30 蛍光
32 光検出手段
34 SPFS測定部
36 微細流路
38 センサ部
40 定量演算手段
50 HE4糖鎖分析キット
51 検体保持ウェル
52 検体回収ウェル
53 薬剤用ウェル
54 検体チップ
図1
図2
図3
図4
図5
図6
図7
図8