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特許7539399アルツハイマー病の診断と予後判定におけるマーカーとしてのp53ペプチド
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(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-15
(45)【発行日】2024-08-23
(54)【発明の名称】アルツハイマー病の診断と予後判定におけるマーカーとしてのp53ペプチド
(51)【国際特許分類】
   G01N 33/68 20060101AFI20240816BHJP
   G01N 33/53 20060101ALI20240816BHJP
   G01N 27/62 20210101ALI20240816BHJP
   C07K 7/06 20060101ALI20240816BHJP
   C07K 7/08 20060101ALI20240816BHJP
   C07K 14/47 20060101ALI20240816BHJP
   C07K 16/18 20060101ALI20240816BHJP
【FI】
G01N33/68 ZNA
G01N33/53 D
G01N27/62 V
C07K7/06
C07K7/08
C07K14/47
C07K16/18
【請求項の数】 13
(21)【出願番号】P 2021550121
(86)(22)【出願日】2019-03-06
(65)【公表番号】
(43)【公表日】2022-07-06
(86)【国際出願番号】 IB2019051785
(87)【国際公開番号】W WO2020178620
(87)【国際公開日】2020-09-10
【審査請求日】2022-02-14
【前置審査】
(73)【特許権者】
【識別番号】517103588
【氏名又は名称】ディアデム エス.アール.エル.
(74)【代理人】
【識別番号】110001416
【氏名又は名称】弁理士法人信栄事務所
(72)【発明者】
【氏名】ウベルティ,ダニエラ レティチア
(72)【発明者】
【氏名】メモ,マウリッチオ
【審査官】倉持 俊輔
(56)【参考文献】
【文献】特表2017-534595(JP,A)
【文献】米国特許出願公開第2019/0004038(US,A1)
【文献】韓国公開特許第10-2018-0073777(KR,A)
【文献】特表2016-507723(JP,A)
【文献】国際公開第2005/114187(WO,A2)
【文献】LEE Eun-Woo et al.,Differential regulation of p53 and p21 by MKRN1 E3 ligase controls cell cycle arrest and apoptosis,The EMBO Journal,2009年,Vol.28, No.14,pp.2100-2113
【文献】Huang Yi-Fu et al.,Isg15 controls p53 stability and functions,Cell Cycle,2014年07月15日,Vol.14, No.14,pp.2200-2210
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
G01N 33/53,33/68,
CAplus/REGISTRY(STN)
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
アルツハイマー病の診断及び/又は認知機能低下の予後判定のためのin vitro又はex vivoの方法であって、以下の工程を含む方法:
a)生体試料中の、配列式(I)P1:TEEENLR(SEQ ID N.1)の配列から成るアミノ酸配列から成るp53ペプチドの存在を特定する工程、及び、
b)所定の対照と比較して前記ペプチドを定量する工程。
【請求項2】
前記生体試料が、血液、血漿、血清、唾液、尿、神経細胞、血球、又は他の種類の細胞である、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
工程a)が、p53ペプチドに結合するモノクローナル抗体を用いてp53ペプチドを免疫沈降することにより実施される、請求項1または2に記載の方法。
【請求項4】
前記モノクローナル抗体が、ヒトp53タンパク質のアミノ酸282-297からなるエピトープに結合する抗ヒトp53抗体である、請求項3に記載の方法。
【請求項5】
工程b)が、質量分析によって実施される、請求項1~4のいずれか1項に記載の方法。
【請求項6】
工程b)が、HPLC-質量分析によって実施される、請求項5に記載の方法。
【請求項7】
工程b)が、内部対照として標識されたペプチドを使用して行われる、請求項1~6のいずれか1項に記載の方法。
【請求項8】
以下の工程を含む、請求項1~7のいずれか1項に記載の方法:
a)以下の手段によって、生体試料中のp53ペプチドの存在を特定する工程:
(i)生体試料を提供すること;
(ii)p53ペプチドに結合する抗体によるタンパク質の免疫沈降を行うこと;
(iii)トリプシンによるタンパク質の断片化を行うこと;
(iv)ペプチドの強陽イオン交換クロマトグラフィーを行うこと;
及び、
b)以下の手段によって、所定の内部対照と比較して前記p53ペプチドを定量する工程:
(v)選択反応モニタリング分析を行い、所定の対照と比較してp53ペプチドを特定及び定量すること。
【請求項9】
工程a)(i)の生体試料が、血液または血漿であり、工程a)(ii)を実行する前に、HPLC又はカラムクロマトグラフィーによる血漿タンパク質除去を受ける、請求項8に記載の方法。
【請求項10】
無症状の人及びMCIに罹患した人のアルツハイマー病の診断のための、請求項1~9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項11】
無症状の人及びMCIに罹患した人のアルツハイマー病の認知機能低下の予知のための、請求項1~9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項12】
アルツハイマー病と他の認知症の鑑別分析のための方法であって、前記他の認知症が、前頭側頭型認知症、パーキンソン病及び血管性認知症から選択される、請求項1~9のいずれか1項に記載の方法。
【請求項13】
アルツハイマー病の診断及び/又は認知機能低下の予後判定のためのin vitroバイオマーカーとしての、
配列式(I)P1:TEEENLR(SEQ ID N.1)の配列から成るアミノ酸配列から成るp53ペプチドの使用。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、p53ペプチドP1、P2、P3及びP5、並びに、アルツハイマー病(AD)の診断及び/又は予後判定における生体試料中のバイオマーカーとしてのこれらの使用に関する。また本発明は、特に患者のヒト血漿中の前記p53ペプチドのレベルを定量化することにより、アルツハイマー病の前臨床期及び前駆段階での診断、並びに被験者の認知機能低下の予知のための高精度質量分析に基づく診断方法を提供する。
【背景技術】
【0002】
アルツハイマー病(略して「AD」)の早期危険因子としての、多量の構造変化p53アイソフォームの存在の確認は、公表された様々な研究で立証されている[非特許文献1~3]。最初に、AD、軽度認知障害、パーキンソン病、その他の認知症、及び健常者のうち400人超の被験者が様々な独立した研究に登録され、市販の構造特異的抗p53抗体を用いて様々な手法(免疫沈降実験、FACS分析、ELISA)によって変性p53が検査された[非特許文献4~7]。
【0003】
2006年にUbertiら[非特許文献8]は、散発性アルツハイマー病(AD)患者の線維芽細胞が、p53の異常かつ検出可能な構造の状態(これは、これらの細胞を、年齢を適合させた非AD患者の線維芽細胞と区別する)を特異的に発現していることを初めて明らかにした。このように構造変化した状態では、p53は標的遺伝子を転写活性化する能力を失い、結果的にその生物学的機能を失う[非特許文献9~10]。また、健康な非認知症の被験者、又は他の認知症及びPD並びにADに遷移したMCIに罹患した患者と比較して、ADの血液中には多量の変性p53が確認された。
【0004】
これらのデータを総合すると、変性p53とADの病態の直接的な関連が示唆された。
【0005】
特許文献1では、2D3A8と命名された新規の構造特異的抗Up53抗体の開発が報告されている。この抗体は、p53が野生型の構造を失って変性した表現型に向かう場合のみにアクセスできるエピトープ(aa282-297)に結合する。ADにおける変性p53の発見当初に使用された市販の抗体(PAb240、aa214-217)と比較して、2D3A8抗体はオビエド群の健常な高齢者を対照としたAD患者の識別において高い感度と特異性を示した。
【0006】
特に、前記免疫診断法は、ADの兆候である生体試料中の免疫複合体を特定し、軽度認知障害(MCI)に罹患した被験者がADを発症する素因を判定することができる。
【0007】
現在、アルツハイマー病の診断及び/又は予後判定に使用できる新規の特異的な生物学的マーカーを特定し、ADの特に前臨床期及び前駆段階における診断及び/又は予後判定、及びADと他の形態の認知症との鑑別分析に使用できる正確で実用的な診断方法を開発する必要がある。
【先行技術文献】
【特許文献】
【0008】
【文献】EP3201234B1
【非特許文献】
【0009】
【文献】Stanga,S.et al.,2010.Unfolded p53 in the pathogenesis of Alzheimer’s disease:Is HIPK2 the link? Aging,2(9),pp.545-554.
【文献】Lanni,C.et al.,2007.Unfolded p53:A potential biomarker for Alzheimer’s disease.In Journal of Alzheimer’s Disease.pp.93-99.
【文献】Uberti,D. et al.,2008.Conformationally altered p53:a putative peripheral marker for Alzheimer’s disease.Neuro-degenerative diseases,5(3-4),pp.209-11.
【文献】Lanni,C.et al.,2008.Conformationally altered p53:a novel Alzheimer’s disease marker? Molecular psychiatry,13(6),pp.641-7.
【文献】Lanni,C.,Racchi,M.,et al.,2010.Unfolded p53 in blood as a predictive signature signature of the transition from mild cognitive impairment to Alzheimer’s disease.Journal of Alzheimer’s disease:JAD,20(1),pp.97-104.
【文献】Buizza,L.et al.,2012.Conformational altered p53 as an early marker of oxidative stress in Alzheimer’s disease.PloS one,7(1),p.e29789
【文献】Arce-Varas N,et al.Comparison of extracellular and intracellular blood compartments highlights redox alterations in Alzheimer’s and Mild Cognitive Impairment patients.Current Alzheimer Research 2017;14(1):112-122.
【文献】Uberti,D.et al.,2006.Identification of a mutant-like conformation of p53 in fibroblasts from sporadic Alzheimer’s disease patients.Neurobiology of aging,27(9),pp.1193-201.
【文献】Lanni,C.,Nardinocchi,L.,et al.,2010.Homeodomain interacting protein kinase 2:a target for Alzheimer’s beta amyloid leading to misfolded p53 and inappropriate cell survival.PloS one,5(4),p.e10171.
【文献】Lanni,C.et al.,2008.Pharmacogenetics and Pharmagenomics,Trends in Normal and Pathological Aging Studies:Focus on p53.Current Pharmaceutical Design,14(26),pp.2665-2671.
【発明の概要】
【発明が解決しようとする課題】
【0010】
本発明の目的は、特許請求の範囲に記載された配列を有するP1(SEQ ID N.1)、P2(SEQ ID N.2)、P3(SEQ ID N.3)及びP5(SEQ ID N.5)と呼ばれる4つのp53ペプチドを生体試料中で特定することによって達成された。
【0011】
本発明の別の側面は、アルツハイマー病の様々な段階の診断及び/又は予後判定に使用するための、前記ペプチドの特定及び定量化に基づく診断方法に関する。
【0012】
本発明の特徴と利点は、以下の詳細な説明と、例示の目的で提供される実施例から明らかになるであろう。
【発明を実施するための形態】
【0013】
[発明の詳細な説明]
したがって、本発明は、アルツハイマー病の前臨床期及び前駆段階における診断のための高精度な質量分析法に関する。前記方法は、アルツハイマー病に罹患した患者又はアルツハイマー病が発症しやすくなる症状を有する患者のヒト血漿中で質量分析法によって検出された特定のp53ペプチド(「P1」、「P2」、「P3」及び「P5」又は「p53ペプチド」と略して呼ばれる)のレベルの特定及び定量化に基づく。
【0014】
特に質量分析法は、これらのp53の特定の配列とADとの正確な相関関係に関する情報が知られていないときに行われた定性及び定量的な方法である。
【0015】
最初に、アルツハイマー病の前臨床期、前駆臨床期の患者、MCI安定期の患者、及び認知機能が正常な被験者の血漿中で、ADに罹患した患者の血漿中に存在するp53ペプチドをディープシークエンスプロテイン法により特定した。次いで、血漿中のp53ペプチドのレベルを、ROC曲線の下面積(AUC)(ROC曲線とは「受信者動作特性曲線」を意味する)を実行する高感度選択反応モニタリング(SRM)質量分析法を用いて定量した。
【0016】
したがって、得られたデータは、ADの診断及び/又は予後判定において、p53ペプチドをバイオマーカーと考えることができる強力な証拠を示す。
【0017】
有利には、前記方法は、迅速であり、必要とする血漿サンプルが少量であり、分析された各サンプル中のp53ペプチドの濃度を定量化する。
【0018】
さらに、当該方法及び特定されたバイオマーカーは、無症状の人及びMCIに罹患した人のアルツハイマー病の診断にも用いることができ、診断法市場への参入を可能とする。
【0019】
また、前記バイオマーカーは無症状被験者及びMCI被験者のアルツハイマー型認知症に向かう認知機能低下の予知に用いることができるため、前記方法では、p53ペプチドの発現を用いて臨床試験の被験者を選択し、臨床試験の成功を可能にすること、及びADに罹患した患者を他の形態の認知症と区別することが可能となる。
【0020】
したがって、配列式(I)P1:TEEENLR(SEQ ID N.1)から成るp53ペプチドは、本発明の一実施形態である。あるいは、本発明のp53ペプチドは、配列式(I)の配列と少なくとも80~90%の同一性、好ましくは配列式(I)の配列と少なくとも90~95%の同一性、より好ましくは配列式(I)の配列と少なくとも96~99%の同一性を有するアミノ酸配列を有する。
【0021】
本発明のさらなる実施形態は、配列式(II)P2:TEEENLRK[GG]K(SEQ ID N.2)を有するp53ペプチドである。[GG]は、翻訳後修飾後のp53タンパク質のK291でのユビキチン化に由来するユビキチンの残基テール部分である。この点について、本発明の目的のために、角括弧内の用語「[GG]」は、P2配列の一つ目のK(アミノ酸)が前記部分によって分岐していることを示す。
【0022】
本発明のさらなる実施形態は、配列式(II)P2:TEEENLRK[GG]K(SEQ ID N.2)から成るp53ペプチドである。[GG]は上記で定義した通りである。あるいは、本発明のp53ペプチドは、配列式(II)の配列と少なくとも80~90%の同一性、好ましくは配列式(II)の配列と少なくとも90~95%の同一性、より好ましくは配列式(II)の配列と少なくとも96~99%の同一性を有するアミノ酸配列を有する。
【0023】
さらなる実施形態は、アルツハイマー病の診断及び/又は予後判定のためのin vitroバイオマーカーとしての、本発明によるp53ペプチドP1及び/又はP2の使用である。
【0024】
本発明のさらなる実施形態は、配列式(III)P3:KKPLDGEYFTLQIR(SEQ ID N.3)を有するp53ペプチドである。
【0025】
本発明のさらなる実施形態は、配列式(III)P3:KKPLDGEYFTLQIR(SEQ ID N.3)から成るp53ペプチドである。
【0026】
本発明のさらなる実施形態は、配列式(V)P5:GEPHHELPPGSTKRALPNNTSSSPQPK(SEQ ID N.5)を有するp53ペプチドである。
【0027】
本発明のさらなる実施形態は、(V)P5:GEPHHELPPGSTKRALPNNTSSSPQPK(SEQ ID N.5)から成るp53ペプチドである。
【0028】
さらなる実施形態は、アルツハイマー病の診断のためのin vitroバイオマーカーとしての、本発明によるp53ペプチドP3及び/又はP5の使用である。
【0029】
本発明のさらなる実施形態は、アルツハイマー病の診断及び/又は予後判定のためのin vitro又はex vivoの方法であって、当該方法は以下の工程を含む:
a)生体試料中のp53ペプチドの存在を特定する工程、及び、
b)所定の内部対照と比較して前記ペプチドを定量する工程。
【0030】
好ましい実施形態では、工程a)のp53ペプチドは、p53ペプチドP1又はP2である。
【0031】
好ましい実施形態では、本発明の方法は、p53ペプチドの量を、疾患の様々な段階にある患者のアルツハイマー病の診断と関連付ける工程c)も含む。
【0032】
好ましくは、前記生体試料は、血液、血漿、血清、唾液、尿、神経細胞、血球、又は他の種類の細胞である。
【0033】
好ましい実施形態では、本発明による方法において、工程a)は、p53ペプチドに結合するモノクローナル抗体を用いてp53ペプチドを免疫沈降することにより実施される。
【0034】
好ましくは、前記モノクローナル抗体は、抗体2D3A8である。
【0035】
本発明による方法の好ましい実施形態では、工程b)は、質量分析、好ましくはHPLC-質量分析によって実施される。
【0036】
さらに好ましい実施形態では、工程b)において、標識されたペプチドが内部対照として使用される。
【0037】
好ましい実施形態によれば、本発明のin vitro又はex vivoの方法は、以下の工程を含む:
a)以下の手段によって、生体試料中のp53ペプチドの存在を特定する工程:
(i)生体試料を提供すること;
(ii)p53ペプチドに結合する抗体によるタンパク質の免疫沈降を行うこと;
(iii)トリプシンによるタンパク質の断片化を行うこと;
(iv)ペプチドの強陽イオン交換クロマトグラフィーを行うこと;
及び、
b)以下の手段によって、所定の内部対照と比較して前記p53ペプチドを定量する工程:
(v)選択反応モニタリング分析を行い、所定の対照と比較してp53ペプチドを特定及び定量すること。
【0038】
好ましくは、工程a)(ii)の抗体は2D3A8である。
【0039】
好ましくは、工程a)(i)の生体試料は、工程a)(ii)を実行する前に、HPLC又はカラムクロマトグラフィーによる血漿タンパク質除去を受ける。
【0040】
好ましい実施形態によれば、本発明のin vitro又はex vivo法は、無症状の人及びMCIに罹患した人のアルツハイマー病の診断に使用される。
【0041】
好ましくは、無症状の人及びMCIに罹患した人では、p53ペプチドの量は0.05fmol/40μl~6.70fmol/40μlである。
【0042】
さらに好ましい実施形態によれば、本発明のin vitro又はex vivo法は、無症状の人及びMCIに罹患した人のアルツハイマー病の認知機能低下の予知に用いられる。
【0043】
好ましくは、アルツハイマー型認知症の認知機能低下の予兆がある無症状及び及びMCI被験者では、p53ペプチドの量は0.203fmol/40μl~6.70fmol/40μlである。
【0044】
好ましくは、無症状の人では、AUCは少なくとも80%である。
【0045】
好ましくは、MCIに罹患した人では、AUCが少なくとも90%である。
【0046】
診断/予後判定方法の精度を示す尺度として、感度と特異性がある。感度とは、対象となる疾患を有する人の中で、検査結果が陽性となる確率であり、次の式で評価される:感度=真の陽性/(真の陽性+偽陰性)。特異性とは、対象となる疾患を有さない人の中で検査結果が陰性となる確率であり、次の式で評価される:特異性=真の陰性/(真の陰性+偽陽性)。
【0047】
好ましくは、無症状の人では、p53ペプチドの感度は少なくとも70%である。
好ましくは、MCIに罹患した人では、p53ペプチドの感度は少なくとも90%である。
【0048】
好ましくは、無症状の人では、p53ペプチドの特異性は少なくとも90%である。
好ましくは、MCIに罹患した人では、p53ペプチドの特異性は少なくとも90%である。
【0049】
さらに好ましい実施形態では、本発明のin vitro又はex vivo法は、アルツハイマー病と他の認知症との鑑別分析に使用される。前記他の認知症は、前頭側頭型認知症(FTD)、レビー小体、パーキンソン病及び血管性認知症から選択される。
【0050】
好ましくは、アルツハイマー病に罹患した患者では、前記p53ペプチドの量が2.21fmol/40μl~6.56fmol/40μlであり、一方、他の形態の認知症に罹患した患者では、前記p53の量が3.81fmol/40μlよりも低い。
【0051】
好ましくは、アルツハイマー病に罹患した患者では、AUCは少なくとも85%である。
好ましくは、アルツハイマー病に罹患した患者では、p53ペプチドの感度は少なくとも75%である。
好ましくは、アルツハイマー病に罹患した患者では、p53ペプチドの特異性は少なくとも80%である。
【0052】
本発明のさらなる実施形態は、上記p53ペプチドを検出する方法であって、前記方法は以下の工程を含む:
a)生体試料中のp53ペプチドの存在を特定する工程、及び、
b)所定の対照と比較して前記ペプチドを定量する工程。
【0053】
さらなる好ましい実施形態では、本発明の方法は、p53ペプチドの量をアルツハイマー病の診断及び/又は予後判定と関連付ける工程c)をさらに含む。
【0054】
好ましい実施形態によれば、本発明の方法において、工程c)は、無症状の人及びMCIに罹患した人におけるアルツハイマー病の診断とp53ペプチドの量を関連付ける。
【0055】
好ましい実施形態では、工程a)のp53ペプチドは、p53ペプチドP1又はP2である。
【0056】
さらなる好ましい実施形態によれば、本発明の方法では、工程c)において、p53ペプチドの量は、無症状の人及びMCIに罹患した人におけるアルツハイマー病の認知機能低下の予後と関連付けられる。
【0057】
より好ましくは、本発明の方法では工程c)において、p53ペプチドの量が、アルツハイマー病と他の認知症との鑑別分析と関連付けられている。前記他の認知症は、前頭側頭型認知症(FTD)、レビー小体、パーキンソン病及び血管性認知症から選択される。
【0058】
また、本発明のペプチドの好ましい態様のすべての組み合わせ、並びに上記で報告されたそれらの調製プロセス及び使用方法が、ここに開示されているとみなされると理解されるべきである。
【0059】
上記で開示された本発明のペプチド、調製プロセス、及び方法の好ましい態様のすべての組み合わせは、本明細書に記載されている通りに理解されるべきである。
【0060】
以下に、例示の目的で提供される本発明の実施例を示す。
【実施例
【0061】
材料と方法
材料
抗体ベースの血漿/血清除去Seppro(商標)IgY14 LC10カラムは、シグマ-アルドリッチ社(メルク KGaA,ダルムシュタット,ドイツ)から購入した。トリプシン(シーケンシンググレード,ブタ由来修飾トリプシン)は、プロメガ社から入手した。アセトニトリルはJ.T.Baker社から購入し、ギ酸はEMD ミリポア社(ビレリカ,MA,USA)から入手した。サンプル調製用のC18カートリッジ、並びに、bRPLC及びトリプル四重極型質量分析計のオンラインHPLC用のクロマトグラフィーカラムは、ウォーターズ(ミルフォード,マサチューセッツ州)から購入した。血漿希釈緩衝液、血漿洗浄緩衝液、及び血漿溶出緩衝液は、当該方法の標準的なプロトコルに従って調製した。その他のすべての試薬は,特に指示がない限りシグマ-アルドリッチ社(セントルイス,ミズーリ州)から購入した。
【0062】
血漿サンプル除去
血漿中の最も豊富なタンパク質をSeppro IgY14カラムを用いて除去した。血漿サンプルを血漿希釈緩衝液中で5倍に希釈し、濾過(0.22μm)し、次にアジレント1200 HPLCシステムに取り付けられたIgY LC10カラムに注入した。保持されていない画分を回収した。高度に豊富なタンパク質は血漿溶出緩衝液で溶出した。
【0063】
免疫沈降(IP)
IP反応には、抗体クローン2D3A8を使用した。ビーズへの抗体の結合は、結合緩衝液を用いて最適化して行った。モノクローナル抗体をプロテイン G Dynal 磁性ビーズ(インビトロジェン社から入手)に直接加え、室温で2時間、回転台上で、緩衝液中で抗体をビーズに結合させた。次いで、抗体が結合したビーズを50mLの結合緩衝液A中にインキュベートして洗浄し、磁石上に回収した。回転台上で50mLの緩衝液Bと共に室温で1時間インキュベートすることにより、抗体をビーズ上のプロテインGに架橋した。
【0064】
次に、ビーズを50mLの緩衝液Cで2回洗浄し、50mLの緩衝液Cに再懸濁し、室温で15分間回転させた。ビーズを緩衝液Cに再懸濁し、使用するまで-20℃で保存した。200μlの除去された又は未除去の血漿サンプルをIP反応に使用し、各サンプルを、IP緩衝液を用いて3mlの系に再構成し、3mlの抗体結合ビーズ(1:1の体積比)を系に加えた。このIP系を毎分32回転の速度の回転台上で、4℃で18時間インキュベートした。ビーズを磁石上に集め、4℃で、IP洗浄緩衝液で3回洗浄し、続いてIP溶出緩衝液を用いて抗原を溶出した。通過した画分を回収し、タンパク質サンプルを調製した。
【0065】
タンパク質の調製
タンパク質サンプルは「フィルター補助サンプル調製」(FASP)法(Nat Methods.2009,6:359-362)に従って処理した。簡潔に説明すると、9M 尿素中のタンパク質サンプルを、5mM TCEPを用いて37℃で45分間還元し、還元されたシステインを50mM ヨードアセトアミドを用いて25℃で15分間ブロックした。次に、タンパク質サンプル(各100μg)を、10kDaのアミコンフィルター(UFC501096,ミリポア)を用いて、9M 尿素で3回、緩衝液1で2回洗浄した。次いで、トリプシン(V5111,プロメガ)を用いて、サンプルを37℃で12時間タンパク質分解した。その後、ペプチド溶液を、1%トリフルオロ酢酸(TFA)を加えて酸性化し、室温で15分間インキュベートした。Sep-Pak ライト C18カートリッジ(ウォーターズ株式会社)に5mLの100%(vol/vol)アセトニトリルを充填して活性化し、3.5mLの0.1%TFA溶液で2回洗浄した。
【0066】
酸性化した消化ペプチド溶液を1,800×gで5分間遠心分離し、上澄み液をカートリッジに充填した。カートリッジに結合したペプチドを脱塩するために、1mL、3mL、及び4mLの0.1%TFAを連続して使用した。カートリッジからペプチドを溶出するために、0.1%TFAを含む40%(vol/vol)アセトニトリル2mLを使用し、この溶出をさらに2回繰り返した(合計6mLの溶出液)。連続した各々の洗浄液と溶出液を使用する前に、カートリッジの滴下が止まっていることの確認が重要であった。溶出したペプチドをオーバーナイトで凍結乾燥し、100μLの緩衝液2で再構成した。
【0067】
強陽イオン交換クロマトグラフィー
ペプチドは、強陽イオン交換(SCX)クロマトグラフィーで分画した。簡潔に説明すると、凍結乾燥したペプチド混合物を1mlのSCX溶媒A(5mM KH2PO4 pH2.7,30% ACN)に再懸濁し,ポリスルホエチルA(5μm,200Å)カラム(200×9.4mm;ポリエルシー社,コロンビア,MD)で、SCX溶媒B(5mM KH2PO4 pH2.7,30% ACN,350mM KCl)の勾配を増加させながら、アジレント1290 インフィニティII LCシステムで、SCXクロマトグラフィーにより分画した。各実験では、最初に合計96フラクションを採取し、これを24画分にプールし、SpeedVac(エッペンドルフ)を用いて乾燥した。bRPLCとSCXを並べて実行し、TP53タンパク質の検出の適合性を比較した。この研究では、TP53アイソフォームの相対的に強い収量が繰り返し観察されたため、SCXを選択した。
【0068】
ペプチドSRM遷移の最適化
TP53タンパク質をターゲットにした4つのペプチドをSRMの定量ターゲットとして選択し、アジレント6495 トリプル四重極型質量分析計を用いて、1+、2+、3+及び4+の荷電前駆イオンについて、4つのペプチドの1092セットの遷移パラメータと保持時間を個別に設定した。次いで、2つのペプチド(P1及びP2)が、ADの病態に主に相関するものとして選択された。
【0069】
選択反応モニタリング(SRM)分析
37μlの緩衝液3で再構成したペプチドサンプルに、広い疎水性範囲と、広いM/zの範囲(M/z 200~1300)をカバーする1フェムトモルの重同位体標識ペプチドのプールから成るSRM内部対照混合物を添加した。ペプチドサンプルは、オンラインのアジレント1290 HPLCシステムを介して、アジレント6495 トリプル四重極型質量分析計のジェットストリームESI源に溶出した。
【0070】
結果
血漿中のp53タンパク質について、過去の研究で累積的に5つのペプチドが検出された[P1:TEEENLR(SEQ ID N.1);P2:TEEENLRK[GG]K(SEQ ID N.2),P3:KKPLDGEYFTLQIR(SEQ ID N.3),P4:EPGGSRAHSSHLK(SEQ ID N.4);及びP5:GEPHHELPPGSTKRALPNNTSSSPQPK(SEQ ID N.5)]。4つのペプチドについて、SRM検出法を確立した。ペプチドGEPHHELPPGSTKRALPNNTSSSPQPKは、分子量が大きいため、SRMベースの検出には適していない。
【0071】
p53ペプチド配列とAD診断の相関関係
実施例1.ディープシークエンスプロテイン法による無症状(正常な認知機能)段階及びMCI期におけるアルツハイマーのp53ペプチドマーカーの検出
構造特異的Ab 2D3A8を用いて、免疫沈降したヒト血漿のディープシークエンス質量分析を実施した。上記の方法に従って、血漿サンプルから豊富なタンパク質を除去した。次いで、サンプルを2D3A8で免疫沈降し、オービトラップ型(ディープシークエンス質量分析)を用いて分析した。得られたペプチドは、AD、MCIからAD、及び無症状からADに特異的に存在し、無症状及び安定したMCIのサンプルには存在しないペプチドをマーカーとして選んだ。この方法によるペプチドの検出(存在/非存在)は、被験者の臨床診断と相関した。
【0072】
PiB(ピッツバーグ化合物B)+veのAD患者(PiB+ve)由来の10サンプルのプール(AD);ベースライン後少なくとも108カ月間、無症状及びPiB-veの両方を維持した無症状のPiB陰性者由来のベースライン血漿サンプル10サンプルのプール(正常);AD症状に転換する18か月前のPiB+veのMCI患者由来のベースライン血漿サンプル10サンプルのプール(前駆期、ADによるMCI);AD症状に至るさらなる認知機能低下を経験しなかったPiB-veのMCI患者由来のベースライン血漿サンプル10サンプルのプール(ベースライン後18~72ヶ月の継続調査)(安定したMCI);及び、AD症状に転換する18か月前のPiB+veのMCI患者由来のベースライン血漿サンプル3サンプル(前臨床期、正常からADへの転換)を分析した。
【0073】
表1:ベースライン特性の包含基準
【0074】
【表1】
【0075】
結果
表2:無症状及びMCI期のAD診断におけるp53マーカーの性能の検証:ディープシークエンス質量分析法による結果
遷移Nが1は「陰性の可能性」と判断することができる。遷移N=2は「可能性あり」、遷移N=0は「陰性」、及び、遷移N=3は「陽性」である。
【0076】
【表2】
【0077】
実施例2.アルツハイマー病の前臨床期及び前駆段階における、アルツハイマー病に構造特異的なp53ヒト血漿バイオマーカーの検証
認知機能が正常な被験者とADへの可能性が高い軽度認知障害のある人の臨床的進行について、直接ELISAで測定したU-p53シグナルを測定する4年間の縦断研究の初期の結果は、進行に対する非常に高い予測値を示した。この知見に基づき、前臨床期及び前駆段階におけるアルツハイマー病の診断、並びに認知機能低下の予後判定のために、p53ペプチドP1及び/又はP2の特定に基づく高精度の質量分析法が開発された。認知機能低下からアルツハイマー型認知症への予後判定のPPVは、MCIの被験者と無症状の被験者の両方で最大となった。P53ペプチド(P1及び/又はP2)の診断性能と予後判定性能の両方は、これまでに報告された中で最も高いと考えられる。
【0078】
(トリプル四重極型質量分析計を用いた)SRM(選択反応モニタリング)法である特定の質量分析法を使用して、AD、無症状、MCI被験者由来の血漿サンプル中のP1及び/又はP2の両方を定量した。本質的に質量フィルターとして機能するトリプル四重極型質量分析計により、様々な遷移ピークを見ることでペプチドの配列を決定することができる。次いで、ペプチド1及び2の重標識内部対照を使用して、選択反応モニタリング(SRM)法により、これらのペプチドを最高の精度で定量することができる。
【0079】
予後判定性能
PiB+であるがMCIから18か月後に認知機能低下を示す被験者、及び、診察時に無症状であり18~72ヵ月後に認知機能低下を示す被験者である患者について抽出するバイオマーカーの予後判定力を評価した。これは、無症状及びMCI患者における疾患修飾試験の終点として、認知機能低下を有意に抽出するバイオマーカーの価値を評価するために行われた。P1とP2の予後判定力を、臨床症状の将来の転換を用いて検討した。P1とP2の予後判定力を説明できる統計的パラメータは以下の通りである。
【0080】
表3:ADに向かう無症状被験者診断の予後判定力
【0081】
【表3】
【0082】
表4:ADに向かうMCI被験者診断の予後判定力
【0083】
【表4】
【0084】
結論
P1及びP2は、非常に高い特異性と感度で、無症状又はMCIのいずれかの臨床症状から認知機能低下を示す患者を正確に抽出できるため、疾患の非常に初期の段階を対象とした疾患修飾薬のための患者の募集を成功させることができる。
【0085】
実施例3.アルツハイマー病と他の認知症の鑑別診断
また、アルツハイマー型認知症におけるU-P53バイオマーカーの特異性における過去のデータを検証するための分析も行った。アミロイド陽性でアルツハイマー型認知症であるよく特徴付けられたアルツハイマー病の患者を、FTD(前頭側頭型認知症)、パーキンソン病、レビー小体、血管性認知症等の他の認知症の臨床症状のある患者と比較した。
【0086】
OD(FTD、血管性、パーキンソン病、レビー小体)の血漿サンプルは、病期に採取されたものであり、いずれにせよ鑑別診断においては、特定のカットオフ値を超えると、両ペプチド配列はODに比べてADに対して高い特異性と感度を示すことが確認できる。
【0087】
さらに、両ペプチドのAUCは90%超であり、バイオマーカー濃度とAD診断の間に高い相関関係を示すことが確認された。
【0088】
文献において、アルツハイマー型認知症の鑑別診断については、これらは臨床症状が類似している場合があるので、a)進行性FTDと進行性AD;b)進行性LBDとADの間に満たされていないニーズがある。AD又は他の認知症のいずれかを除外できるものであれば、臨床的価値がある。したがって、いずれかの認知症の感度が高ければ十分価値がある。
【0089】
表5:認知症の被験者におけるアルツハイマー病の病態と他の認知症を区別するp53ペプチドP1及びP2の性能測定
【0090】
【表5】
【0091】
参考文献
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3.Uberti,D. et al.,2008.Conformationally altered p53:a putative peripheral marker for Alzheimer’s disease.Neuro-degenerative diseases,5(3-4),pp.209-11.
4.Lanni,C.et al.,2008.Conformationally altered p53:a novel Alzheimer’s disease marker? Molecular psychiatry,13(6),pp.641-7.
5.Lanni,C.,Racchi,M.,et al.,2010.Unfolded p53 in blood as a predictive signature signature of the transition from mild cognitive impairment to Alzheimer’s disease.Journal of Alzheimer’s disease:JAD,20(1),pp.97-104.
6.Buizza,L.et al.,2012.Conformational altered p53 as an early marker of oxidative stress in Alzheimer’s disease.PloS one,7(1),p.e29789
7.Arce-Varas N,et al.Comparison of extracellular and intracellular blood compartments highlights redox alterations in Alzheimer’s and Mild Cognitive Impairment patients.Current Alzheimer Research 2017;14(1):112-122.
8.Uberti,D.et al.,2006.Identification of a mutant-like conformation of p53 in fibroblasts from sporadic Alzheimer’s disease patients.Neurobiology of aging,27(9),pp.1193-201.
9.Lanni,C.,Nardinocchi,L.,et al.,2010.Homeodomain interacting protein kinase 2:a target for Alzheimer’s beta amyloid leading to misfolded p53 and inappropriate cell survival.PloS one,5(4),p.e10171.
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【配列表】
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