(19)【発行国】日本国特許庁(JP)
(12)【公報種別】特許公報(B2)
(11)【特許番号】
(24)【登録日】2024-08-15
(45)【発行日】2024-08-23
(54)【発明の名称】被覆切削工具を製造する方法および被覆切削工具
(51)【国際特許分類】
C23C 14/06 20060101AFI20240816BHJP
B23P 15/28 20060101ALI20240816BHJP
B23B 27/14 20060101ALI20240816BHJP
C23C 14/32 20060101ALI20240816BHJP
【FI】
C23C14/06 A
B23P15/28 A
B23B27/14 A
C23C14/32 F
(21)【出願番号】P 2021574258
(86)(22)【出願日】2020-06-17
(86)【国際出願番号】 EP2020066801
(87)【国際公開番号】W WO2020254429
(87)【国際公開日】2020-12-24
【審査請求日】2023-04-18
(32)【優先日】2019-06-19
(33)【優先権主張国・地域又は機関】EP
(73)【特許権者】
【識別番号】520333435
【氏名又は名称】エービー サンドビック コロマント
(74)【代理人】
【識別番号】110002077
【氏名又は名称】園田・小林弁理士法人
(72)【発明者】
【氏名】ヨセフソン, フレードリク
(72)【発明者】
【氏名】ジョンソン, ラース
(72)【発明者】
【氏名】サライヴァ, マルタ
【審査官】神▲崎▼ 賢一
(56)【参考文献】
【文献】国際公開第2009/105024(WO,A1)
【文献】国際公開第2017/175803(WO,A1)
【文献】特開2018-051705(JP,A)
【文献】特開2018-161736(JP,A)
(58)【調査した分野】(Int.Cl.,DB名)
C23C 14/06
B23P 15/28
B23B 27/14
C23C 14/32
(57)【特許請求の範囲】
【請求項1】
基材およびコーティングを含む、金属機械加工のための被覆切削工具を製造する方法であって、コーティングが、立方晶相を含む(Ti、Al)Nの少なくとも1つの層を含み、方法が、Ti
1-xAl
xN(0.70≦x≦0.98)の層を堆積させることを含み、Ti
1-xAl
xNが立方晶相を含み、Ti
1-xAl
xNの層が、DCバイアス電圧-200~-400Vを使用し、かつアーク放電電流75~250Aを使用して、7~15PaのN
2ガスの真空チャンバ圧での陰極アーク蒸気により堆積され、
Ti
1-x
Al
x
Nの層が、0.70≦x≦0.85の立方晶構造を含む単層であるか、又は、
Ti
1-x
Al
x
N層が、副層としての多層の一部であり、Ti
1-x
Al
x
N副層が、少なくとも1つのさらなる(Ti、Al)Nの副層との繰り返しで存在する、方法。
【請求項2】
Ti
1-xAl
xNの層が、8~12PaのN
2ガスの真空チャンバ圧で堆積される、請求項1に記載の方法。
【請求項3】
Ti
1-xAl
xNの層が、DCバイアス電圧-250~-350Vを使用して堆積される、請求項1
又は2に記載の方法。
【請求項4】
(Ti、Al)N多層が、立方相のみが存在する、少なくともTi
1-yAl
yNおよびTi
1-zAl
zN(0.35≦y≦0.65および0.80≦z≦0.98)の交互する副層の多層である、請求項
1又は2に記載の方法。
【請求項5】
各(Ti、Al)N副層の平均厚さが1~20nmである、請求項
1又は2に記載の方法。
【請求項6】
立方相のみが存在する、少なくともTi
1-yAl
yNおよびTi
1-zAl
zN(0.35≦y≦0.65および0.80≦z≦0.98)の交互する副層の(Ti、Al)N多層を含み、個々の(Ti、Al)N副層の平均厚さが1~20nmであるコーティングを有する、金属機械加工のための被覆切削工具。
【請求項7】
0.40≦y≦0.6および0.85≦z≦0.96である、請求項
6に記載の被覆切削工具。
【請求項8】
個々の副層の平均厚さが1.5~5nmである、請求項
6又は7に記載の被覆切削工具。
【請求項9】
(Ti、Al)N多層の合計の厚さが0.5~10μmである、請求項
6又は7に記載の被覆切削工具。
【請求項10】
(Ti、Al)N多層が、陰極アーク蒸気で堆積された多層である、請求項
6又は7に記載の被覆切削工具。
【請求項11】
被覆切削工具の基材が、超硬合金、サーメット、セラミック、立方晶窒化ホウ素および高速度鋼の群から選択される、請求項
6又は7に記載の被覆切削工具。
【請求項12】
金属機械加工のための、切削工具インサート、ドリル、またはソリッドエンドミルである、請求項
6又は7に記載の被覆切削工具。
【発明の詳細な説明】
【技術分野】
【0001】
本発明は、立方晶構造を含み、高いアルミニウム含有量を有する(Ti、Al)Nの層を含む、被覆切削工具を製造する方法に関する。本発明はさらに、被覆切削工具に関する。
【背景技術】
【0002】
導入
物理蒸着(PVD)により作製される(Ti、Al)Nコーティングは、金属機械加工のための切削工具の分野で通常使用される。
【0003】
PVDコーティングにおける(Ti、Al)Nの結晶構造は、立方(NaCl(=B1))構造または六方(ウルツ鉱(wurzite))構造でありうる。先行技術研究では概して、(Ti、Al)Nにおいて、Al+Tiのうち60%未満などのより低いAl含有量では立方構造がもたらされ、70%超などの高いAl含有量では六方構造がもたらされる。単一相の立方構造をもたらすか、立方および六方構造の両方を含む混合構造をもたらすかについてのAl含有量レベルの具体的な限界が報告されており、例えば、堆積条件次第である程度変動する。
【0004】
単一相の立方(Ti、Al)Nの層は、硬さおよび弾性率に関して良好な性質を有する(posess)ことが知られている。これらの性質は、切削工具のコーティングが有するのに有益である。
【0005】
例えば、Tanakaら、「Properties of (Ti1-xAlx)N coatings for cutting tools prepared by the cathodic arc ion plating method」、Journal of Vacuum Science & Technology A 10、1749(1992)は、(Ti1-xAlx)N膜が、最大x=0.6では、立方B1構造を有する単一相であると報告しており、一方、アルミニウム含有量をさらに増大させるとx=0.85でウルツ鉱構造がもたらされた。さらに、Kimuraら、「Effects of Al content on hardness, lattice parameter and microstructure of (Ti1-xAlx)N films」、Surface and Coatings Technology 120~121(1999)438~441は、x≦0.6ではNaCl構造であるのがx≧0.7ではウルツ鉱構造に変化した、アークイオンプレーティング法により合成された(Ti1-xAlx)N膜について報告している。
【0006】
WO2019/048507A1は、高出力パルスマグネトロンスパッタリング(HIPIMS)技法を使用することにより、高アルミニウム含有量を有する(Ti、Al)N膜を生成する方法について開示しており、膜は結晶学的立方相を呈する。
【0007】
陰極アーク蒸気により(Ti、Al)N膜を堆積させる場合、バイアス電圧が印加され、反応チャンバはある程度のレベルの窒素ガス圧を有する。通常のレベルのバイアス電圧は-30~-150Vである。電圧が高いほど、プラズマ中のエネルギーが大きくなる。
【0008】
通常のレベルの窒素ガス圧は2~6Paである。窒素ガスの圧力が高いほど、体積あたりの窒素分子数が多くなる。窒素分子は、プラズマ中のイオンおよび粒子のエネルギーを減衰させる。したがってこの効果は、窒素圧力が高いほどより顕著(pronouced)である。ゆえに、高レベルのバイアス電圧を使用する場合、窒素ガス圧は従来、高いバイアス電圧を使用することでの望ましい効果を打ち消すことがないように低く維持されてきた。
【0009】
高いアルミニウム含有量を有し、それでいて立方晶相を含む(Ti、Al)N層を生成する方法を提供することが本発明の目的である。
【0010】
金属機械加工用途における長い工具寿命を提供するために、コーティングが逃げ面摩耗およびクレーター摩耗などの各種摩耗に対し良好な耐性を有する、被覆切削工具に対する継続的な需要が存在する。また、特定の用途は、切削工具の刃先線の完全性についての高い需要を有する、すなわち、刃先線の高い強靭性が望ましい。
【0011】
ゆえに、良好な逃げ面摩耗耐性および/または良好なクレーター摩耗耐性および/または良好な刃先線の強靭性を有する、被覆切削工具を提供することが本発明のさらなる目的である。
【発明の概要】
【0012】
本発明
そこで、基材およびコーティングを含む、金属機械加工のための被覆切削工具を製造する方法であって、コーティングが、立方晶相を含み、高いアルミニウム含有量を有する(Ti、Al)Nの少なくとも1つの層を含む、方法が提供される。
【0013】
本明細書では、(Ti、Al)Nの層における立方晶相の存在は、シータ-2シータXRD解析における1つまたは複数の立方のピークの存在として定義される。
【0014】
方法は、Ti1-xAlxN(0.70≦x≦0.98)の層を堆積させることを含み、Ti1-xAlxNは立方晶相を含み、Ti1-xAlxNの層は、DCバイアス電圧-200~-400V、好ましくは-250~-350Vを使用し、かつアーク放電電流75~250A、好ましくは100~200Aを使用して、N2ガス7~15Pa、好ましくは8~12Paの真空チャンバ圧での陰極アーク蒸気により堆積される。
【0015】
本方法に従って作製される(Ti、Al)N層は単層として堆積されてよい。そうするとTi1-xAlxN層の厚さは、好適には0.2~10μm、好ましくは0.5~5μmである。
【0016】
一実施形態において、本方法は、アルミニウム含有量(Al+Ti中のAl)少なくとも最大80at%または最大85at%の、立方晶構造を含む単層(Ti、Al)Nを提供する。立方(Ti、Al)N相は、(Ti、Al)N層において単一相となる程度で存在してもよく、立方(Ti、Al)N相は、六方(Ti、Al)N相とともに存在してもよい。ゆえに、本方法の一実施形態において、Ti1-xAlxNの層は、立方晶構造を含む、0.70≦x≦0.85の単層である。本方法の別の実施形態において、Ti1-xAlxNの層は、立方晶構造を含む、0.70≦x≦0.80の単層である。
【0017】
本方法の別の実施形態において、Ti1-xAlxNの層は、立方晶構造を含む、0.75≦x≦0.85の単層である。本方法の別の実施形態において、Ti1-xAlxNの層は、立方晶構造を含む、0.75≦x≦0.80の単層である。
【0018】
アルミニウム含有量(Al+Ti中のAl)75at%超、または80at%超では、(Ti、Al)N層が単層である場合、立方(Ti、Al)N相は、好適には六方(Ti、Al)N相とともに存在する。アルミニウム含有量75at%以下、好ましくは80at%以下では、立方(Ti、Al)N相は、好適には存在する単一の(Ti、Al)N相である。
【0019】
本方法に従って作製される(Ti、Al)N層は、Ti1-xAlxN副層が少なくとも1つのさらなる(Ti、Al)Nの副層との繰り返しで存在する、コーティング中の多層の一部としても使用されうる。このような(Ti、Al)N多層の実施形態は、例えば、A/B/C.../A/B/C.../...またはA/B/A/B/....として繰り返される、少なくとも2種の異なる副層(A、B、C...)の交互の層を有し、(Ti、Al)N副層A、B、C...は、互いに異なるTi/Al比を有する。
【0020】
各(Ti、Al)N副層の平均厚さは、好適には1~20nm、好ましくは1~10nm、最も好ましくは1.5~5nmである。
【0021】
多層(Ti、Al)Nでは、単層(Ti、Al)Nよりも高い最大Al含有量の、(Ti、Al)N副層の単一相の立方構造を得ることができる。
【0022】
一実施形態において、(Ti、Al)N多層は、立方相のみが存在する、少なくともTi1-yAlyNおよびTi1-zAlzN(0.35≦y≦0.65および0.80≦z≦0.98)の交互の副層の多層である。
【0023】
一実施形態において、0.35≦y≦0.65および0.85≦z≦0.96である。
【0024】
一実施形態において、0.40≦y≦0.60および0.80≦z≦0.98である。
【0025】
一実施形態において、0.40≦y≦0.60および0.85≦z≦0.96である。
【0026】
被覆切削工具の基材は、超硬合金、サーメット、セラミック、立方晶窒化ホウ素および高速度鋼の群から選択されうる。好ましくは、被覆切削工具の基材は超硬合金である。
【0027】
そこで、基材およびコーティングを含む、金属機械加工のための被覆切削工具がさらに提供され、コーティングは、立方(Ti、Al)Nの交互の副層の多層を含む。
【0028】
被覆切削工具は、立方相のみが存在する(XRDシータ-2シータ解析により検出)、少なくともTi1-yAlyNおよびTi1-zAlzN(0.35≦y≦0.65および0.80≦z≦0.98)の交互の副層の多層を含み、個々の(Ti、Al)N副層の平均厚さは1~20nmである。「立方相のみが存在する」という語は、シータ-2シータXRD解析で見られる六方(Ti、Al)Nのピークは存在しないが、1つまたは複数の立方(Ti、Al)Nのピークのみが存在することを意味する。
【0029】
副層Ti1-zAlzNの厚さに対する副層Ti1-yAlyNの厚さの比は、好適には0.5以上および3未満、好ましくは0.75~2である。
【0030】
一実施形態において、(Ti、Al)N多層は、A/B/C.../A/B/C.../...として繰り返される、少なくとも3種の異なる副層(A、B、C...)の交互の副層を含み、任意の副層A、B、C...の組成はTi1-vAlvN(0.35≦v≦0.98)であり、2つの副層はそれぞれ、Ti1-wAlwNおよびTi1-rAlrN(0.35≦w≦0.65および0.8≦r≦0.98)である。
【0031】
一実施形態において、(Ti、Al)N多層は、Ti1-yAlyNおよびTi1-zAlzN(0.35≦y≦0.65および0.80≦z≦0.98)の交互の副層の多層である。
【0032】
一実施形態において、0.35≦y≦0.65および0.85≦z≦0.96である。
【0033】
一実施形態において、0.40≦y≦0.60および0.80≦z≦0.98である。
【0034】
一実施形態において、0.40≦y≦0.60および0.85≦z≦0.96である。
【0035】
個々の副層の平均厚さは、好適には1~10nm、好ましくは1.5~5nmである。
【0036】
一実施形態において、(Ti、Al)Nは非周期的な多層である。この種の多層では、副層は、同じ組成のものであっても、厚さにいくらかの差を有しうる。この種の多層は通常、PVDチャンバにおける、3回回転のために回転する切削工具素材を使用する堆積方法から生じる。
【0037】
一実施形態において、(Ti、Al)Nは周期的な多層である。この種の多層では、各組成の副層はほぼ同じ厚さを有する。
【0038】
(Ti、Al)N多層の合計の厚さは、0.5~10μm、または1~8μm、または2~6μmである。
【0039】
(Ti、Al)N多層は、好適には陰極アーク蒸気により堆積された層である。
【0040】
一実施形態において、コーティングは、(Ti、Al)N多層の下に金属窒化物の1つまたは複数のさらなる層を含む。金属窒化物は、好適には、任意選択でAlおよび/またはSiをともに含む、IUPAC元素周期表の4~6族に属する1つまたは複数の金属の1つの窒化物/複数の窒化物である。このような金属窒化物の例はTiNおよび(Ti、Al)Nである。これらの1つまたは複数の金属窒化物層の合計の厚さは、約0.1~約2μm、または約0.2~約1μmであってよい。
【0041】
被覆切削工具の基材は、超硬合金、サーメット、セラミック、立方晶窒化ホウ素および高速度鋼の群から選択されうる。好ましくは、被覆切削工具の基材は超硬合金である。
【0042】
被覆切削工具は、金属機械加工のための、切削工具インサート、ドリル、またはソリッドエンドミルであってよい。切削工具インサートは、好適にはミーリング、ドリリングまたはターニングインサートである。
【0043】
本明細書では、(Ti、Al)N層は、Cr、Zr、およびSiなどの、窒化物の一部としての追加の金属Meを、原子パーセント(Me+Al+Ti中のMe)最大3at%、または最大5at%の少量で、コーティングの性質を大きく変えることなく含有していてよい。Meが存在する場合、Meは、本明細書で使用される(Ti、Al)N式におけるTiとみなされることになる。ゆえに、(Ti、Al)NにおけるTi含有量は、実際にはTi+Me含有量である。
【図面の簡単な説明】
【0044】
【
図1】本発明によるコーティング(101)を有する基材(100)の概略図である。
【
図2】様々なバイアス電圧および/または圧力での、(Ti、Al)N層の堆積由来の試料のX線ディフラクトグラムである。
【
図3】従来の方法により堆積された、様々なAl含有量を有する(Ti、Al)N単層のX線ディフラクトグラムである。
【
図4】本発明の方法により堆積された、様々なAl含有量を有する(Ti、Al)N単層のX線ディフラクトグラムである。
【
図5】従来の方法により堆積された、様々なAl含有量を有する(Ti、Al)N多層のX線ディフラクトグラムである。
【
図6】本発明の方法により堆積された、様々なAl含有量を有する(Ti、Al)N多層のX線ディフラクトグラムである。
【
図7】Ti
0.10Al
0.90N/Ti
0.50Al
0.50NおよびTi
0.05Al
0.95N/Ti
0.50Al
0.50N多層のX線ディフラクトグラムである。
【発明を実施するための形態】
【実施例】
【0045】
実施例1:
焼結超硬合金切削工具インサート素材SNMA120808-KRに、陰極アーク蒸気によってTi
0.20Al
0.80Nの様々なコーティングを堆積させた。超硬合金は、10wt%のCoおよび残りのWCの組成を有していた。素材を載せるピンの「木々」を有する回転テーブルを使用して、3回回転で試料1~4を堆積させた。反応チャンバは、ターゲットのための4つのフランジを含んでいた。2つの相対するフランジにTi
0.20Al
0.80ターゲットを載せ、2つの残りのフランジは空にした。チャンバをポンプで真空にし(10
-2Pa未満)、チャンバ内に設置された加熱器により約450℃に加熱した。Arプラズマ中で素材を60分間エッチングした。チャンバ圧力(反応圧力)をN
2ガス4Paに設定するか、または10Paに設定し、試料1~4についての望ましいDCバイアス電圧はそれぞれ、-50V、-225V、-300Vおよび-375Vであった、表1を参照のこと。陰極に、電流150A(各)をアーク放電モードで流した。3μmの層を堆積させた。
【0046】
PIXcel検出器を備えるPANalytical CubiX3回折計を使用して、コーティングされたインサートの逃げ面に対してX線回折(XRD)解析を実施した。試料の逃げ面が試料ホルダーの基準表面に対して確実に平行となり、さらに逃げ面が確実に適切な高さとなる試料ホルダーに、被覆切削工具インサートを載せた。電圧45kVおよび電流40mAで、Cu-Kα照射を測定に使用した。1/2度の散乱防止スリットおよび1/4度の発散スリットを使用した。被覆切削工具からの回折強度を、関連ピークが発生する2θ角の周りで測定した。
【0047】
【0048】
10Paの窒素圧力ならびに基材バイアス電圧-300Vおよび-225Vを使用して作製された試料では、実質的に六方のシグナルが見られないと結論付けられる。従来のパラメーターを使用する試料1は、ディフラクトグラムで視認可能な立方のシグナルを示さなかった(例えば(2 0 0)反射)。試料4は、立方の(2 0 0)反射だけでなく、顕著な六方の(1 1 -2 0)反射も示した。
【0049】
実施例2:
反応チャンバ内の4つのフランジ全てに、様々な高さで一組の3種のターゲットとして配置される、3種の様々なターゲット、Ti0.40Al0.60、Ti0.25Al0.75およびTi0.10Al0.90を使用することにより、Ti0.10-0.40Al0.60-0.90Nの様々なコーティングを作製した。その結果、素材のチャンバ内での位置次第で、コーティングの組成が段階的に異なっていた。
【0050】
実施例1と同じ組成の形状SNMA120808-KRの切削工具インサート超硬合金素材に(Ti、Al)N層を堆積させることにより、かつ、DCバイアス電圧-50Vおよび窒素圧力4Paを使用する、実施例1に記載される堆積手順を使用することにより、第1の組の試料を作製した。まずArプラズマ中で素材を60分間エッチングした。コーティングの厚さは約3μmであった。
【0051】
DCバイアス電圧-300Vおよび窒素圧力10Paを使用する、実施例1に記載される堆積手順を使用して、切削工具インサート超硬合金素材に(Ti、Al)N層を堆積させることにより、第2の組の試料を作製した。まずArプラズマ中で素材を60分間エッチングした。コーティングの厚さは約3μmであった。
【0052】
反応チャンバ内の14種の様々なレベル由来の試料をXRDにより解析した。コーティング中のAl含有量(Ti+Al中)もEDSにより解析した。DCバイアス電圧-50Vおよび窒素圧力4Paでの堆積由来の試料5~18を示す表2、ならびにDCバイアス電圧-300Vおよび窒素圧力10Paでの堆積由来の試料19~32を示す表3を参照のこと。第2の組の試料については全ての試料を解析したわけではない(表3を参照のこと)が、様々な試料においてAl含有量が段階的に増大したことが明らかである。
【0053】
図3は、従来の方法により堆積された、様々なAl含有量を有する試料5~18の、(Ti、Al)N単層のX線ディフラクトグラムを示す。
【0054】
図4は、本発明の方法により堆積された、様々なAl含有量を有する試料19~32の、(Ti、Al)N単層のX線ディフラクトグラムを示す。
【0055】
図3(従来の方法を使用して堆積されたコーティング)から、立方の(2 0 0)反射がAl含有量(Ti+Al中)最大約66at.%で認められること、ならびに明確に視認可能な六方の反射(0 0 0 2)がAl含有量約63at.%で既に見られ始めること、ならびに視認可能な六方の反射(1 1 -2 0)および(1 0 -1 0)がAl含有量約76at.%で見られ始めることが分かる。
【0056】
図4(本発明による方法を使用して堆積されたコーティング)から、立方の(2 0 0)反射がAl含有量(Ti+Al中)最大約80at.%で認められること、ならびに明確に視認可能な六方の反射(1 1 -2 0)および(1 0 -1 0)が、約81at.%から始まるAl含有量でのみ見られることが分かる。
【0057】
本発明による方法は、従来の方法よりもはるかに高い最大Al含有量の立方構造を提供すると結論付けられる。
【0058】
実施例3:
反応チャンバ内の2つの相対するフランジに、様々な高さで一組の3種のターゲットとして配置される、3種の様々なターゲット、Ti0.40Al0.60、Ti0.25Al0.75およびTi0.10Al0.90を使用することにより、かつTi0.50Al0.50ターゲットを2つの残りの相対するフランジに配置して、Ti0.10-0.40Al0.60-0.90N/Ti0.50Al0.50Nの様々な多層コーティングを作製した。その結果、素材のチャンバ内での位置次第で、多層のコーティングにおける副層のうち1つの組成が段階的に異なっていた。
【0059】
実施例1と同じ組成の形状SNMA120808-KRの切削工具インサート超硬合金素材に多層を堆積させることにより、かつ、DCバイアス電圧-50Vおよび窒素圧力4Paを使用する、実施例1に記載される堆積手順を使用することにより、第1の組の試料を作製した。Arプラズマ中で素材を60分間エッチングした。まず、DCバイアス電圧-50Vおよび窒素圧力4Paを使用して、超硬合金基材に約0.3μmのTi0.50Al0.50Nの開始層を堆積させた。コーティングの厚さは約3μmであった。非周期的な多層がもたらされた。2種の異なる副層についての、副層の平均厚さは各約2nmであった。
【0060】
DCバイアス電圧-300Vおよび窒素圧力10Paを使用する、実施例1に記載される堆積手順を使用して、切削工具インサート超硬合金素材に多層を堆積させることにより、第2の組の試料を作製した。Arプラズマ中で素材を60分間エッチングした。まず、DCバイアス電圧-50Vおよび窒素圧力4Paを使用して、超硬合金基材に約0.3μmのTi0.50Al0.50Nの開始層を堆積させた。コーティングの厚さは約3μmであった。非周期的な多層がもたらされた。2種の異なる副層についての、副層の平均厚さは各約1.5nmであった。
【0061】
反応チャンバ内の17種の様々なレベル由来の試料をXRDにより解析した。コーティング中のAl含有量(Ti+Al中)もEDSにより解析した。各EDS結果から、Ti0.50Al0.50N以外の副層Ti1-xAlxNについての副層組成を、ターゲット組成から、Ti1-xAlxNおよびTi0.50Al0.50Nの副層の厚さを等しいとみなして推定した。
【0062】
DCバイアス電圧-50Vおよび窒素圧力4Paでの堆積由来の試料33~49を示す表4、ならびにDCバイアス電圧-300Vおよび窒素圧力10Paでの堆積由来の試料50~66を示す表5を参照のこと。表から分かるように、全ての試料を解析したわけではないが、様々な試料においてAl含有量が段階的に増大したことが明らかである。
【0063】
図5は、従来の方法により堆積された、全ての副層を有する(Ti、Al)N多層全体の、試料33~49のX線ディフラクトグラムを示す。
【0064】
図6は、本発明の方法により堆積された、全ての副層を有する(Ti、Al)N多層全体の、試料50~66のX線ディフラクトグラムを示す。
【0065】
図5(従来の方法を使用して堆積された多層コーティング)から、明確に視認可能な六方の反射(0 0 0 2)が、副層のうち1つにおけるAl含有量(Ti+Al中)約77at.%で見られ始めることが分かる。
【0066】
図6(本発明による方法を使用して堆積された多層コーティング)から、副層のうち1つにおけるAl含有量(Ti+Al中)約87at.%でも六方の反射が全く見られない。
【0067】
本発明による方法は、従来の方法よりもはるかに高い最大Al含有量の単一相の立方構造を提供すると結論付けられる。また、単一相の立方構造は、1つの副層におけるAl含有量(Ti+Al中)少なくとも87at.%を有する、本発明による多層においてもたらされる。
【0068】
実施例4:
反応チャンバ内の2つの相対するフランジに配置される、Ti0.10Al0.90ターゲット(それぞれTi0.05Al0.95ターゲット)を使用することにより、かつTi0.50Al0.50ターゲットを2つの残りの相対するフランジに配置して、Ti0.10Al0.90N/Ti0.50Al0.50NおよびTi0.05Al0.95N/Ti0.50Al0.50Nの多層コーティングのさらなる試料(samles)を作製した。
【0069】
ターニングインサート形状CNMG120804-MM(試料67aおよび68a)およびミーリングインサート形状R390-11T308M-PM(試料67bおよび68b)の切削工具インサート超硬合金素材に、それぞれ、Ti0.10Al0.90N/Ti0.50Al0.50NおよびTi0.05Al0.95N/Ti0.50Al0.50Nの交互の副層の多層を堆積させることにより、一組の試料(「試料67および68」)を作製した。超硬合金は実施例1と同じ組成であり、DCバイアス電圧-50Vおよび窒素圧力4Paを使用する、実施例1に記載される堆積手順を使用することによるものである。Arプラズマ中で素材を60分間エッチングした。まず、DCバイアス電圧-50Vおよび窒素圧力4Paを使用して、超硬合金基材に約0.3μmのTi0.50Al0.50Nの開始層を堆積させた。コーティングの厚さは約3μmであった。非周期的な多層がもたらされた。それぞれの試料における2種の異なる副層についての、副層の平均厚さは各約2nmであった。
【0070】
次いで、ターニングインサート形状CNMG120804-MM(試料69aおよび70a)およびミーリングインサート形状R390-11T308M-PM(試料69bおよび70b)の切削工具インサート超硬合金素材に、それぞれ、Ti0.10Al0.90N/Ti0.50Al0.50NおよびTi0.05Al0.95N/Ti0.50Al0.50Nの交互の副層の多層を堆積させることにより、一組の試料(「試料69および70」)を作製した。超硬合金は実施例1と同じ組成であり、DCバイアス電圧-300Vおよび窒素圧力10Paを使用する、実施例1に記載される堆積手順を使用することによるものである。Arプラズマ中で素材を60分間エッチングした。まず、DCバイアス電圧-50Vおよび窒素圧力4Paを使用して、超硬合金基材に約0.3μmのTi0.50Al0.50Nの開始層を堆積させた。コーティングの厚さは約3μmであった。非周期的な多層がもたらされた。それぞれの試料における2種の異なる副層についての、副層の平均厚さは各約1.5nmであった。
【0071】
多層の実際の組成については解析がなされなかったが、多層の組成は、ターゲットの組成、すなわち、Ti0.10Al0.90N/Ti0.50Al0.50NおよびTi0.05Al0.95N/Ti0.50Al0.50Nに非常に類似していると推定された。数パーセンテージの差は存在しうる。
【0072】
図7は、従来の方法により作製された試料67aおよび68a、ならびに本発明による方法により作製された試料69aおよび70aの、Ti
0.10Al
0.90N/Ti
0.50Al
0.50NおよびTi
0.05Al
0.95N/Ti
0.50Al
0.50N多層全体のX線ディフラクトグラムを示す。
【0073】
図7から、従来の方法を使用して堆積された多層コーティングを有する試料は、ディフラクトグラムにおいて明確に視認可能な六方の(0 0 0 2)反射を有すると結論付けられる。本発明による方法を使用して堆積された多層コーティングを有する試料は、六方の反射を示さない。
【0074】
本発明による方法は、従来の方法よりもはるかに高い最大Al含有量の単一相の立方構造を提供すると結論付けられる。また、単一相の立方構造は、1つの副層におけるAl含有量(Ti+Al中)が少なくとも約95at.%である、本発明による多層においてもたらされる。
【0075】
実施例5~7において使用される語に対する説明:
以下の表現/語は金属切削において通常使用されるが、とは言え以下の表で説明される:
Vc(m/分):メートルでの1分あたりの切削速度
fn(mm/回転)1回転あたりの送り率(ターニングにおける)
ap(mm):ミリメートルでの軸方向切り込み深さ
【0076】
実施例5:
逃げ面摩耗試験:
長軸方向ターニング
被削材:Uddeholm Sverker 21(工具鋼)、硬さ約210HB、D=180、L=700mm、
Vc=125m/分
fn=0.072mm/回転
ap=2mm
切削液なし
【0077】
工具寿命のカットオフ基準は、逃げ面摩耗VB0.15mmである。
【0078】
試料67aのコーティング、従来の方法により作製され六方相を含有するTi0.10Al0.90N/Ti0.50Al0.50Nを、試料69aのコーティング、本発明による方法により作製され単一相の立方構造であるTi0.10Al0.90N/Ti0.50Al0.50Nと比較した。
【0079】
実施例6:
クレーター摩耗試験:
長軸方向ターニング
被削材:Ovako 825B、ボールベアリング鋼。熱間圧延および焼きなまし済み、硬さ約200HB、D=160、L=700mm、
Vc=160m/分
fn=0.3mm/回転
ap=2mm
切削液あり
【0080】
工具寿命の終わりの基準は、クレーター面積0.8mm2である。
【0081】
試料67aのコーティング、従来の方法により作製され六方相を含有するTi0.10Al0.90N/Ti0.50Al0.50Nを、試料69aのコーティング、本発明による方法により作製され単一相の立方構造であるTi0.10Al0.90N/Ti0.50Al0.50Nと比較した。
【0082】
実施例7:
熱亀裂耐性(「くし状亀裂」耐性)試験:
ミーリング
被削材:Toolox33、PK158 600x200x100mm、P2.5.Z.HT
z=1
Vc=250m/分
fz=0.20mm
ae=12.5mm
ap=3.0
切削液あり
【0083】
カットオフ基準は、亀裂が刃先のチッピング0.30mm超をもたらした時に到達される。工具寿命は、これらの基準を達成するための、切削に入ることの数として提示される。
【0084】
試料67bのコーティング、従来の方法により作製され六方相を含有するTi0.10Al0.90N/Ti0.50Al0.50Nを、試料69bのコーティング、本発明による方法により作製され単一相の立方構造であるTi0.10Al0.90N/Ti0.50Al0.50Nと比較した。
【0085】
【0086】
本発明による試料は、比較試料よりも良好な、逃げ面摩耗、クレーター摩耗およびくし状亀裂に対する耐性を有すると結論付けられる。